「そろそろクリスマスだな」
「おや? 君がクリスマスの話題を出すとは思わなかった。どういう風の吹き回しだい?」
どういう風の吹き回しも何も、近頃めっきり冷え込んだ原因であるシベリア寒気団に俺のほうが文句を言いたいくらいだ。
「サンタクロースをいつまで信じていたかなんてそんな他愛もない世間話にもならないくらいのどうでもいい話がしたくてたまらないという顔をしているように見えるよ」
どんな顔だそれは。やれやれと口にするのも億劫である。俺は顔面を外気に晒さないようマフラーをずり上げて、ひとこと尋ねた。
「そう言うお前はいつまで信じてたんだ?」
「無論、今でも信じているとも」
正気か? いや、さすがに冗談だろう。
「世界中の子供たちにプレゼントを配ってまわるご老人が本当に存在するかについてはともかく、それを居ないと声高に主張する必要性を僕は感じない。実在しないとは限らないし、実在したほうが都合が良いからね」
それは果たして誰の都合だろうか。
少なくとも、俺にとっては困る問題だ。
もしもクリスマスの日にだけ働く赤服じいさんが実在するなら、俺だけがその恩恵に預かれていないことになってしまうではないか。
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「なるほど。君はあくまでも本物のサンタクロースから贈り物を贈呈されたいというわけか」
知ったような口ぶりでそう分析する佐々木に反論する気力など皆無な俺は黙々と、すっかり日が短くなり、暗くなった夜道を歩く。
「キョン。もしもサンタクロースが居るとすれば、どんな人だと君は思う?」
そんな他愛もない世間話にもならないくらいのどうでもいい質問をされた俺は、まず真っ先に脳裏に浮かんだホグワーツ魔法魔術学校の校長の名を口にした。すると佐々木はいつものようにくつくつと独特な笑みを溢して。
「なるほどね。君にとってサンタクロースとは魔法使いなのか。存外ロマンチストだね」
おかしいな。先程まであんなに寒かったのにいきなり暑くなった。母なる地球が心配だ。
「アイスピックで砕こうとしていた癖に何を言ってるんだい? 話を逸らさないでくれ」
なんとか話題を変えようと試みたものの、アイスピックを突きつけられた俺は降参した。
「では君はサンタクロースがどんな魔法を扱えると想定している? 参考までに教えてくれ」
いったい何の参考にするつもりなのやら。
ともあれ、ここで出し惜しみをするほうが恥ずかしがっているように見えるのではないかと勘ぐった俺はサンタが扱える魔法について推察を述べた。
「まず大前提として、姿は消せるだろうな」
「赤い服は目立つだろうからね」
「あとは孫悟空並みの瞬間移動は必須だ」
「世界中の良い子の気を判別出来るわけか」
「そして人を信用させる服従の魔法」
「通報されることが前提なのが嘆かわしい」
サンタが持つであろう特殊技能を挙げるごとに、やはりこのじいさんは魔法使いに違いないと俺は確信を深めていた。するとふいに。
「佐々木……?」
すぐ隣を歩いていた筈の佐々木が居ない。
くつくつという笑い声だけが、耳の奥に残ってこだましている。慌てて、友の姿を探す。
「おーい、佐々木! どこにいる!?」
呼びかけた声は、虚しく夜空に消えた。
暗くて寒い夜道に取り残された俺は、迷子の子どものような気分となり途方に暮れた。
「歩くのが早すぎたか……?」
佐々木はあれでいて女生徒である。
俺の歩調に合わせると早歩きとなる。
ましてやくだらないサンタの設定に気を取られていたので、俺のほうが知らず知らずのうちにいつもよりも早く歩いていたのかも知れない。引き返すべきだろうか。いやしかし。
「ここで待つべきか……?」
帰り道の方向は同じ筈だから、待っていればどんなに鈍足でも佐々木は追いつくだろう。
だが、それはあまりにも薄情ではないか。
俺が心細いと感じているのと同様に、佐々木も同じ気持ちになっているのではないか。
そう考えると、居ても立ってもいられず。
「待ちたまえよ、キョン」
来た道とは逆から佐々木が俺を引き留める。
「佐々木、お前どこに……?」
「前方に自動販売機を見つけてね。君が寒そうだからご馳走してあげようと思ったのさ」
振り返った俺に、佐々木はいつになく申し訳なさそうな顔で温かい缶コーヒーを手渡す。
それを受け取りながら、必死に涙を堪えた。
「ごめんよ。てっきり前に居る僕のことを君は認識しているものとばかり思っていたから、よもや見失っているとは考えなかった」
それはそうだろう。誰だってそう思う筈だ。
小走りでちょっと先の自販機まで行って飲み物を買っていたら、いきなり名前を呼ばれて慌てて戻ってみれば友達が自分のことを見失っていたなんて、滑稽すぎて笑えない話だ。
「君は無意識に、歩幅の違う僕を気にかけていたんだね。だから後ろばかりを気にした」
俺はただ間抜けなだけだ。美談にするな。
「たとえ君が間抜けでも、僕はそんな優しい間抜けを好ましく思うよ。だから、キョン」
珍しくくつくつ笑うことなく、微笑んで。
「僕は目を離すとすぐに迷子になってしまうような困った友達と、手を繋ぎたい」
差し出された佐々木の手をしっかり握る。
缶コーヒーはたいした役割を果たせなかったらしく、冷たくて、小さい、女の手だった。
「缶コーヒーを開ける時も離さないとはね」
片手で器用にプルタブを開けて見せた俺にやれやれと呆れつつ、佐々木は自分用のカフェオレを差し出してきた。俺が何も言わずに開けてやると、満足そうにくつくつと笑った。
「なんだかいつもよりも甘い気がするよ」
奇遇だな。俺のブラック無糖のコーヒーも、焙煎が素晴らしく、豆の甘さを感じるぜ。
「クリスマスだね」
「そうだな」
もしもこの世に本物のサンタクロースが居たとしてもこれ以上のプレゼントはそれこそどんな魔法を使ったとしても用意出来まいと、俺は確信を持って言える。ざまあないな。
「やけに嬉しそうじゃないか」
「気のせいだろ」
「では、確実に君を悦ばせてあげよう」
そんな不穏なことを不敵なくつくつ笑いと共に告げてきた親友にちょいちょいと手招きをされて、俺は待ってましたと言わんばかりに期待に胸を膨らませつつ、耳を傾けた。
「実はさっき、君に大声で呼ばれたときに、びっくりしてちょっと漏れた」
「フハッ!」
やれやれ。懲りないね、俺も佐々木も。
「フハハハハハハハハハハハハッ!!!!」
ぎゅっと手を繋ぎあって、気が触れたように哄笑する俺と、くつくつ笑う戦犯佐々木。
寒空にこだまする2人分の愉悦という名の嗤い声は多幸感を与えてくれて、サンタとやらが良い子にしか姿を見せないのならば、俺はずっと悪い子のままでいいと、そう思った。
【キョンと佐々木の聖夜】
FIN
涼宮ハルヒの直観、素晴らしかったです。
最高のクリスマスプレゼントでした。
もしもまだ読んでいらっしゃらないならば、是非おすすめします。
最後までお読みくださりありがとうございました。 メリークリスマス!
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