これは『本田未央の兄』という存在だけは確認されているキャラクターを中心にひたお話です。
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どうも! 本田未央15才、今日も元気にアイドルやってます!
いきなりで非常に残念なのですが、今日の主役はこの未央ちゃんでは無いのです……。
今日の主役は我が愚兄です!
愚は余計だ愚妹が。どうも、本田の兄です。
今日は俺がこいつの勤め先に関わることになった切っ掛けを話したいと思います。
そこまで愉快な話ではありませんが、お暇ならお付き合い下さい。
ちょっとー、固っ苦しいよ兄貴ー!
うるせぇ、お前が軽すぎんだよバカ!
あれは春休みの事でした。俺は春眠暁を覚えずの言葉の通り、朝が来たのにも気付かず惰眠を貪ってました。……妹からの通話が来るまでは。
『あっ、もしもし兄貴ー? あたしだけどさー、部屋にある着替え持ってきてくんないー?』
「……この電話は現在使いたくも御座いません」
『おーい、起きろー! そんで可愛い妹の為に着替えを持ってこーい!』
「俺には可愛い妹なんざいねぇよ。いるのは生意気な妹だ」
『生意気でもヤンチャでもいいから持ってきてよー、ダンスレッスンの後の着替えが無いんだよー!』
朝っぱらからクソうるせぇな未央の奴……。まだ10時じゃねーかよ。
「そういう雑用は末っ子の出番だ、あいつに頼め」
『残念、そっちはスポーツ少年団の練習でしたー!』
「……貸し1つだかんな」
『この間あたしのプリン食べたのはどこのどいつだーい?』
「わかった、これで貸し借りは無しだ」
『よっろしくー!』
妹との通話を終えると、俺は適当に着替えて冷蔵庫の中の菓子パンを漁り、玄関に置きっぱなしになっていたスポーツバッグを手にしていい年してお使いへと出掛けた。
妹の未央は昨年からアイドルを始めたらしい。らしい、というのは余り妹の動向に興味が無いから詳しく知らないのだ。
電車を乗り継ぎ、妹から伝えられた住所へと地図アプリを便りに向かう。
……あれ、地図が間違っているのか? それとも妹からの情報が間違っているのか?
アプリを元にたどり着いたのは現代の城と見間違う、立派という言葉ですら表現出来ない建物だった。
アイドルの事務所っつうのは雑居ビルのワンフロアを使ってるもんじゃ無いのか?
玄関らしき場所でうろついていると、聞き慣れた声が中から聞こえてきた。
「おーい!」
「お、おう」
「ごめんごめーん! 助かったよ!」
「おう……。お前、本当にここで働いてるのか?」
「そうだよ?」
「マジか……」
未央はアホだが馬鹿ではない。悪い奴に騙されてるって訳でも無いのだろう。
「未央ちゃーん!」
未央の肩越しに城の中を見ると、未央の名を呼びながら走ってくる子がいた。
「しまむー! わざわざ来なくても良かったのに~」
「えへへっ」
フワフワとした雰囲気の子はしまむー、というらしい。
「どうも、本田の兄です」
「あっ、島村卯月です! 未央ちゃんにはいつもお世話になってます!!」
なるほど、島村だからしまむーか。未央らしい安直なあだ名だ。
「未央、着替えは届いたの?」
しまむーちゃんの後ろからもう1人現れた。なんだか目付きのキツい子だな……。
「うん、またせちゃったねしぶりん!」
今度はしぶりんか。
「本田の兄です」
「……渋谷凛です」
やを抜いただけかよ! もうちょい捻ってやれって!!
「改めて紹介するね。これがあたしの兄貴、一応大学生!」
「一応は余計だ」
全く、しぶりんちゃんなんか呆れてるじゃねーか。
「よ、よろしくお願いします!」
「……お願いします」
「ど、どうも」
何をどうよろしくすればいいんだよ……。
「兄貴、どうせ夕方のバイトまで暇でしょ? カフェで何か飲んでく?」
「……奢らねーぞ」
「ふふーん、うちのアイドルなら特別価格で飲めるんだなーこれが!」
マジかよ。
「つーかレッスン? はどうすんだよ、さぼんのか?」
「いやー、それがトレーナーさんが時間を間違えてたみたいでさ。時間が空いちゃったんだよねー!」
だったら俺が持ってくる必要無かったじゃねーかよ。
「あー、俺が入っていいのか?」
「これがあれば、ね!」
そう言うと未央は“関係者”と書かれたネームプレートを差し出した。
「んじゃお言葉に甘えるとするか。どうせ暇だしよ」
「よし、それじゃー行こー!」
未央の号令でカフェ? に向かおうとする俺の耳に、懐かしい声が聞こえてしまった。
「あれ、本田くん……?」
「お前、新田……か?」
そこにはかつての同級生、新田美波がいた。
「いやー、まさかミナミンと兄貴が高校の同級生だったとはねー!」
カフェのテーブルでケラケラと楽しそうに笑う未央。しまむーちゃんとしぶりんちゃんも心なしか何かを期待しているようだ。
というか、事務所? の中にこんな立派なカフェがあるってなんなんだよここは……。
「……あぁ」
俺は数年前の記憶が呼び起こされ、とてもじゃないが笑える気分ではない。
「それにしてもまさか本田くんが未央ちゃんのお兄さんだなんてねー」
「……あぁ」
「どうしたのさ兄貴ー。あ、もしかして昔フラれたとか?」
「えぇっ!?」
「……ふぅん」
「そんなんじゃねーよ……」
3人ともあからさまに目を輝かせやがって。他人の恋ばながそんなに……楽しいな。
クソ、こうなったら赤っ恥覚悟で平然としてる新田の過去もバラしてやる!
「なぁ3人とも、新田って君らにとってはどんな奴だい?」
「美波さんですか? そうですね、やっぱり頼りになる優しいお姉さんでしょうか」
「そうだね、美波は年下も年上の面倒もよく見るしね」
「うんうん! それに何よりセクシーだよね!」
「も、もう3人とも~!」
年上の、の一言が気になるが、まぁ概ね予想通りだな。
よし、これなら期待出来そうだ。
「実はな、この女は優しいとか頼りになるだけじゃねーんだよ」
「ちょっと本田くん、何を言うつもり?」
「なーに、事実だけさ」
「おぉっ、これはあたしたちの知られざるミナミンの一面が知れるのかぁ~!?」
普段ならひっぱたきたくなる所だが、今だけはグッジョブと言ってやろう、未央よ。
「あれは、高校入学初日の事だったなぁ……」
期待と緊張に包まれた初日、真新しくもどこか懐かしさを覚える教室で俺達は自己紹介をしていた。
『新田美波です、中学までは実家の広島にいました。分からないことばかりですがどうぞよろしくお願いします!』
新田は他の女子の存在が霞む程の美人だった。男子は軒並み鼻の下を伸ばし、我こそがお近づきになるのだと早くも椅子から腰を浮かしていた。
「へぇ、てことは兄貴も?」
「まぁ、否定はしねぇさ」
が、それも長くは続かなかった。
自由時間、男子よりも先に女子が新田の机に群がり仲良くなろうと躍起になっていた。
俺は周りの男子と雑談をしていたのだが、そこで言ってはならない言葉を発してしまったのだ。
「言ってはならない言葉、ですか?」
「あぁ。その様子なら君たちは言ってないか、こいつが大人になったんだろうね」
『やっぱ広島育ちってことは、毎日広島焼きでも食べてるのかね?』
大阪出身なら誰でも話にオチを付けるし、神奈川出身なら誰でもサザンやTUBEを歌える、みたいな安易な偏見さ。
俺は新田の私生活について他の奴等と勝手に想像してただけだ。
でも、それは新田の逆鱗に触れる言葉だったんだ。
ガタッ! と大きな音がして、そちらを見ると新田が椅子から立ち上がっていて、何故か周りの女子は青ざめていた。
新田はツカツカとこちらに大股で歩いてきてこう言った。
『貴方…本田くん、だったかしら? よく聞こえなかったからもう一度言ってくれない?』
浮かれていた俺は愚かにもまた言ってしまったんだ、『広島出身ってことは毎日広島焼き食べたりするの?』ってな。
次の瞬間、目の前に星が見えた。
新田の奴が俺のネクタイを掴んで引き寄せながら頭突きをしたんだ。
『ねぇ本田くん? 広島にはね、“広島焼き”なんて食べ物は無いの』
『関東の人に多く知られている大阪風のお好み焼きとは確かに作り方が少し違うわ? でもね、あれは“お好み焼き”なの』
『いい? “広島焼き”じゃないの、“お好み焼き”、覚えてね?』
……今思い出しても額が痛むな。新田は一言一言言い含めるように頭突きをしながら俺にお好み焼きの講義を続けたよ。
おかげで俺は入学初日に保健室の住人となったって訳さ。
「み、ミナミン凄いね……」
「うん……」
「お、お兄さんは、その…無事だったんですか?」
青ざめながらも俺なんかを心配してくれるしまむーちゃんは優しいなぁ。
「あぁ。新田はその後持ち前のルックスや人当たりの良さで他クラスの奴らや上級生、一年後には後輩を含めて多くの男子を虜にしてきた」
「が、一年の時の同クラスの奴等の共通認識はこうだ。“新田は怒らせるな”ってな」
「もう、恥ずかしい事思い出させないでよ!」
何が恥ずかしいだ、こちとらトラウマ一歩手前だっつうの。
「いやぁ、ミナミンにもそんな狂犬時代があったとはねぇ。ねぇねぇ、逆に兄貴の面白エピソードとかあるよね!?」
「なんであること前提なんだよおい」
「もっちろん♪ さて、どれから話そうかしらねぇ~」
楽しそうにしやがって、新田の奴……。
俺達が暫くの間過去の話に花を咲かせていると、後ろから間の抜けた声がした。
「の"ぅっ!?」
「なんだ?」
「菜々ちゃん!」
「菜々、またなの?」
振り返るとメイド風のウエイトレスが腰を抑えて蹲っていた。しぶりんちゃんの言い方から察するに割りとよくあるらしい。
「もしもーし、大丈夫ですかー?」
「は、はい……。ナナはこんな事では挫けませんっ!」
言ってる事は立派だが、結構重症そうだ。
「未央、こんだけ広い事務所なら救護室みたいのもあるだろ?」
「う、うん!」
「ならしまむーちゃんたちと協力してそこに運んでやれ。あんまり酷いようなら救急車だ」
「合点だ!」
「新田、時間はあるか?」
「え、えぇ」
「よし、なら2人でこの子の抜けた穴を埋めるぞ。飲食の経験は?」
「な、無いけど……」
「よし、分かった」
俺は厨房に向かい、事情を説明。店主は柔軟な人らしく俺達が手伝う事を許可してくれた。
「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」
「ホットを2つ、ですね。少々お待ち下さい!」
普段働いている店とは勝手が違うが、曲がりなりにも高校の頃から飲食店でバイトをしていた経験は活き、無事に次のシフトの人が来るまでは乗り切れた。
「すまないねぇ、急に手伝って貰って」
「いえ、それほどでも。困ったときはお互い様って言うじゃないっすか」
「本田くん、本当にありがとう」
「気にすんな」
俺と新田はカウンターでコーヒーを啜りながら一息付いていた。
途中で未央が顔を出し、菜々ちゃんも無事だと教えてくれた。
「すみません、こちらに本田のご家族がいると聞きましたが……」
「はい、本田の兄ですが……」
声のする方へ顔を向けると、スーツ姿の男性がいた。
「初めまして、未央さんのプロデュースをしている者です。この度は安部の件でご迷惑をおかけしたそうで……」
「いえ、俺が勝手にしたことですから」
どうやら菜々ちゃんの名字は安部と言うらしい。うむ、やはり聞いたこと無いな。彼女が無名なのか俺が無知なのかは知らないが。
「いやぁ、本当に助かったよ。彼さえ良ければこれからも働いて欲しい位さ」
「しかし彼も都合があるでしょうし……」
まぁ、この後も深夜までバイトがあるし流石にここと兼任は辛いものがある。
「おぉっと、そう言えば今日の分を渡すのが忘れていたね。はい、今日は本当にありがとう!」
「ありがとうございます」
無作法は百も承知だが、その場で店主から渡された封筒の中身を確認する。
流石に割引券なんてことは無いとは思うが……。
「えっ、こんなにいただけるんですか!?」
俺は予想よりも大分多い額に思わず大きな声を出してしまった。
「ん? あぁ、時給で計算したらそんなものさ。まぁ細かい数字にはお礼として色をつけたけどね」
おいおい、これは俺にとってもチャンスなんじゃないのか?
「マスター、ちなみに彼を雇う場合時給はどの位なんですか?」
「そうだね。……こんなところかな」
店主がメモ帳に書いた数字に息を飲んだ。今働いている店よりも断然好待遇じゃないか。恐るべき未央の事務所。
「あ、あのー。俺にも現在バイトしている店があるので今日の明日、という訳にはいきませんが……前向きに検討させていただけないでしょうか?」
「おぉ、それは有難い! こっちは何時でも歓迎するよ!」
「もしそうなったらこちらも有難いです。菜々も何時までもここでバイトをさせる訳にはいきませんからね」
「菜々ちゃん、忙しいお仕事の合間を縫ってここで働いてますからね」
どうやら菜々ちゃんはそこそこ売れっ子らしい。俺はその日バイト先に辞める旨と代わりのバイトを紹介して、未央が勤める事務所のカフェで働くこととなった。
こうして、俺は未央の事務所との繋がりが1つ出来た。
お話そのものはもう少し続くので、お暇ならどうぞお付き合い下さい。
「夜にBarを、ですか?」
事務所内のカフェで働き初めてから数ヶ月、俺は店主、もといマスターからとある相談を受けた。
「あぁ。仕事終わりに一杯飲みたいって要望が多くてね。それに、俺自身も昔からBarをやりたいと思ってたんだ」
マスターが話す内容はざっくりとこうだ。
今までは21時で閉店していたカフェをテラス席だけ閉めて、店内でのみ酒とつまみを中心に出す仕様に変更するらしい。
俺は終電の関係で23時前には上がるが、それまではテラスの締めとマスターの補助を受け持つ。
「俺も賛成っす。シフトは今まで通りっすか?」
「うーん、それは追々考えていこう。余り長いと問題だろう?」
「そっすね」
こんな具合で短時間のBarが開店となった。
「いらっしゃいませー」
Barの時間帯は原則的に未成年は入店お断りなので、必然的に客は大人だけになる。
しかし俺は驚いた。世の中には大人に見えない大人もいるものだと。
「ホワイト・レディを1つ」
ある日、ちんまいお嬢ちゃんが一丁前にカクテルを注文してきたので、俺は優しく注意をした。
「お嬢ちゃん、ここはこの時間大人しか入れないんだよ? それに君が頼んだのはお酒だ。申し訳ないけど出す訳にはいかない」
「むぅっ! 私は大人ですー!」
ははっ、面白いお嬢ちゃんだ。しかしここで怒ってはいけない。あくまでも優しく諭して帰って貰わなければ。
「それは失礼。でもレディならそろそろお布団に入ってお休みをしたら如何かな?」
「もー、バカにしてーっ! 礼子さんも言ってやってくださいよー!」
お嬢ちゃんはこの時間の常連である高橋礼子さんに助け船を求めた。
礼子さんは妖艶に微笑み
「本田くん、彼女は立派な成人女性よ」
と俺に告げた。……マジかよ。姫川さんや荒木さんも大概だったが、この子が成人してるって?
「むぅ~! 信じてないでしょっ! はいっ、免許証!!」
お嬢ちゃんは俺に水戸黄門の印籠の如く自前の免許証を突き出した。
日下部若葉、生年月日は……本当だ。こんな子が俺より年上だなんて。
「これは失礼しました。注文はホワイト・レディでよろしかったですか?」
「えぇ、お願いしますね!」
お嬢ちゃん、もとい若葉ちゃんは薄い胸を張って自信満々に答えた。
「じゃあお詫びの印に…これは俺からの奢りね、若葉ちゃん」
「ありがと、って! 若葉ちゃんって何よー!」
「ふふっ、いいじゃないそのくらい」
礼子さんが今度は俺に助け船を出してくれた。
この一件以降、若葉ちゃんは俺がシフトに入ってくる度にBarに現れるようになった。
「ブルー・ハワイを1つ!」
「えー、ホットミルクですね」
「ちがーうっ!」
こういうわざと注文を間違えるやり取りもお馴染みになった。
「はっはっは、相変わらず仲が良いな」
「若葉ちゃんからかいがいがありますから」
「年下の癖に生意気なのよ本田くんはぁ~!」
「そいつぁすみませんね。…はい、ブルー・ハワイ」
「いただきまーす!」
若葉ちゃんはどこぞで仕入れた知識で様々なカクテルを注文するが、大抵2杯でダウンする。
「だぁかぁらぁ~わらしはもっろ大人としてぇ~~」
「はいはい、とりあえずお冷や飲んで」
「んくっ、んくっ……。私はもっとセクシーなお仕事もしたいのぉ~~」
若葉ちゃんは小中学生を中心とした大型ユニット、『L.M.B.G(リトルマーチングバンドガールズ)』に所属している。
元々幼く見える容姿のせいか、他にも大半の仕事はその特性を利用した仕事なのだが本人は不満らしい。
「でもさ若葉ちゃん。逆に考えてみたら?」
「逆ぅ~?」
「成人してるのにそういう仕事が出来るのは若葉ちゃんの特権って事さ。まぁ中には子どもと一緒に園児服着たりする人もいるけどさ」
あの仕事の後の三船さんは珍しく深酒をしていたっけ。
「でもぉ~」
「まぁ全てを受け入れるのは難しいんだと思うよ。どうしても不満が抑えきれないなら一度担当Pと話してみたら?」
「……うん」
「愚痴ならいつでも聞くからさ。はい、お冷やもう1杯」
「んぐっ、んぐっ、ぷはぁ! 話聞いてくれてありがと、本田くん」
「どういたしまして。気をつけて帰りなよ」
「ふんだ、子ども扱いしてぇ!」
その後、若葉ちゃんは他のアイドルと共にゴシックドレスを着るグラビアの仕事を貰ったらしい。
一枚はいかにも若葉ちゃんらしい幼い印象が強いパラソルを手にしたものだった。
が、もう一枚は不覚にも色気を感じてしまったソファに横になった一枚だ。どうやら話し合いは上手くいったらしい。
さて、少し夜の話をしたが俺の仕事は勿論それだけではない。昼のカフェでもバリバリと働いてる。『カフェの本田くん』の名も少しずつだが知れ渡ってきている。
そんな俺だが、昼の仕事で気になっている人がいる。
と言っても決して甘酸っぱいものでは無い。
気になっている人の名前は財前時子。この事務所に所属しているアイドルの1人だ。
この事務所は個性というものを大事にしているそうだが、彼女はその中でも異彩を放っている。
その名も『女王様アイドル』。耳にした人はどこぞのボンテージを身につけた女芸人を想像する人もいるだろう。
しかし彼女はキャラを作っているとかではなく、ナチュラルにドの付くサディストなのだ。
担当Pを豚扱いし、公衆の面前で足蹴にしたりは当たり前。何より恐ろしいのはそれを日常の風景として気にしなくなった周囲だろう。
そんな時子さんだが、年少のアイドル達からは意外と慕われていたりする。
その話をする前に、彼女と俺の初遭遇の時の話をしようと思う。
彼女は大学生なのだが、特定の曜日に決まってカフェに訪れては紅茶を飲みながら読書に勤しむ。
美人の読書姿は非常に様になっているが、下手に近付くと火傷どころか塵1つ残りはしない。
初めて彼女に接客した時もそりゃあ大変だった。
「いらっしゃいませー! こちらメニューです、お決まりになったらお声かけ下さい!」
営業スマイルを携え、俺はマニュアル通りに接客をした。しかし彼女にそんな常識は通用しない。
「……あぁん?」
……蛇に睨まれた蛙、という言葉がある。俺はあの言葉を比喩ではなく肌で感じた。
「……新人ね。覚えておきなさい、私がここに座ったら黙ってアールグレイを持ってくること」
「は、はぁ……」
「チッ!」
ここにいたらヤバい、そう感じた俺はすぐに厨房へと逃げた。
彼女の注文を伝えると、マスターは苦笑いしながた教えてくれた。
「時子様には黙って品物を出すしかないよ。諦めな」
どう見ても俺と大して年の変わらない彼女をナチュラルに様付けしている事に違和感は当然感じたが、敢えて黙っている事にした。それが世渡りというものだ。
注文の品をトレイに乗せ、時子さんへ運ぶ。腹の中でのさん付けはせめてもの抵抗だ。
「お待たせしました、アールグレイです」
「……」
返事がない、読書中のようだ。
「あのー、ご注文の品をお持ちしましたよ?」
「見れば分かるわよ。とっとと私の視界から失せなさい。それとも褒美が欲しいのかしら?」
時子さんはそう言うと、いつの間にか片手に鞭を携えていた。
「失礼致しまーす!」
三十六計逃げるに如かず。俺は業務に戻った。
そんな初遭遇を経て、俺は彼女に対して無駄に口を開かず、無駄な動作もせずに粛々とアールグレイを運ぶ仕事をしていた。
そんなある日、唐突に変化が訪れた。
俺がいつものようにアールグレイを持っていくと、時子さんに相席者がいたのだ。
「ねぇねぇ時子さん! どう、この新作ドーナツ!」
「………悪くは無いわね」
なんと、彼女を堂々と『時子さん』と呼び楽しくティータイムを満喫させているのだ。
俺は恐れ戦きつつも、いつもの如くアールグレイを差し出した。
「アールグレイです」
「あっ、『カフェの本田くん』だ! すみません、ココアを1つ!」
「法子、喋るなら口に物が無くなってからにしなさい」
「あ、ごめんなさーい」
「えーっと、ココアお1つですね。少々お待ちを」
法子ちゃん、と言ったか。呼び方からして姉妹では無さそうだが、何がどうすれば時子さんとあの様にほのぼの空間を作れるのだ? ……時子さんの眉間にはコルカ渓谷にも似た皺が刻まれてはいたが。
「お待たせしました、ココアです」
「ありがとーございまーすっ♪」
あぁ、癒される。しかしこの場に残るわけにはいかない。時子さんの鞭が飛んでくる。
時子さんのティータイムに法子ちゃんが加わるようになってから数日後、何時ものように時子さんの姿を確認してからアールグレイを持っていったら意外な言葉が耳に届いた。
「……ドーナツを2つとココア」
「えっ?」
「聞こえなかったのかしら? 顔の横に付いてるそれは飾り?」
「い、いえ! ドーナツの種類は如何なさいますか?」
「……任せるわ」
「少々お待ちを」
なんてこった、明日は隕石でも降るのか?
俺が注文の品を持っていくと、直ぐに法子ちゃんが現れた。珍しくノードーナツだった。
「あーっ、ドーナツがある!」
「黙って食べなさい。読書の邪魔よ」
「ありがとー時子さん!」
「……チッ」
なるほど、法子ちゃんの為か。
その後仕事をしながら聞き耳を立てていると、どうやら法子ちゃんはお小遣い制らしく月末が近付くと満足にドーナツが買えないらしい。
つまり、時子さんはそんな法子ちゃんの為にドーナツを奢ってあげたらしい。なんともお優しいことだ。
翌日、俺はアールグレイと共にドーナツを3つとココアを一緒に時子さんに出した。
「……あぁん?」
「今日も法子ちゃん来ますよね?」
「……だとしても、数がおかしいでしょう。貴方、数も数えられないの?」
「これは俺からのサービスです! それにしても時子さん優しいっすね、法子ちゃんのためnいったぁあ!?」
調子に乗って喋っていたら尻に鞭が飛んできた。あれは担当P専用じゃ無かったのか。
「鞭が欲しいならそう言いなさいウェイター。さぁ、次はどこに欲しいのかしら?」
「い、いえ! 結構です!! それじゃああたくしめは仕事に戻らせて頂きますのでっ!!」
そう告げると俺は脱兎の如く店内へと逃げた。汗が噴き出しているのは暑さのせいだと思いたい。
後方からは法子ちゃんの喜ぶ声が聞こえたので、まぁ安いものなのだろう。
時子さんは法子ちゃんに懐かれているのは分かって頂けたかと思うが、それだけではない。
次は夏の終わりの話をさせて貰うとしよう。
その日、俺はうっかり3時と13時を聞き間違え早くに喫茶に着いてしまったので久しぶりに客としてコーヒーを楽しんでいた。
しかし、穏やかな時間というのは長くは続かないものらしい。
「あーっ、本田くん見ーつけた!」
後方から未央の友人にして所属アイドルの1人である喜多見袖、じゃなかった、柚ちゃんの声が聞こえた。
「やぁこんにちは。なんか用かい?」
「うんっ! 本田くんってだいがくせーだよね?」
「あぁ、そうだけど?」
「それじゃあレッツゴー!」
「お、おい! なんなんだよ一体!!」
柚ちゃんは有無も言わさず俺の柚、ではなく袖を掴んで引っ張った。
この子は未央に輪をかけて行動派なので、どうせ何を言ってもこの結果になっていたのだろうが、せめて事情は話して欲しかった。
柚ちゃんに連れられてとある会議室に入ると、そこには多くのアイドルがノートやテキストとにらみ合いをしていた。
なるほど、夏休みの宿題ってやつか……。
「本田くん、手伝って!」
「嫌だって言っても帰してくれないんだろ?」
「てへっ♪」
ペロリと舌を出す柚ちゃん。未央に似ているからか、妙に腹が立つ。
「手伝うのは構わないけど、俺はこの後バイトだよ?」
「だいじょーぶ、そっちはあずきチャンたちに頼んだから!」
「はあっ!? じゃあ俺のバイト代は?」
「もーっ、こんなに可愛いアイドルに囲まれるのにそれ以上を求めるのかな?」
……平手じゃなくてゲンコにしてやろうかこいつは。
まぁいい、情けは人の為ならずだ。
「で、俺は誰に何を教えればいい? 言っとくが特別優秀って訳じゃないぞ」
「じゃー先ずはくるみちゃんの相手をよろしくっ!」
柚ちゃんが手をかざす方を見ると、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにして乳を机に乗せた女の子がいた。いや、でっか!
「えーっと、君がくるみちゃん、だね? 俺は本田未央の兄貴だ。よろしくね?」
「よろしくお願いしましゅ……」
「先ずは顔をなんとかしようか。はい、ティッシュ」
「あ、これ正方形のティッシュだぁ……♪」
珍しい形のポケットティッシュに顔を綻ばせるくるみちゃん。少し変わった子のようだ。
「で、くるみちゃんはどこが分からないのかな?」
「えっと……読書感想文でしゅ」
読書感想文かぁ~。宿題の鬼門の1つだな。
『適当なサイトから拾ったものをコピペすればいいよ!』では納得してくれないだろうなぁ。
「そっかぁ~。本は何かしら読めてるのかい?」
「う、うん…」
……ほう。つまり読んだ感想を文字に起こすのが出来ないって事か?
それならやりようはある。
俺はポケットに入っていたスマホの録音機能を起動し、くるみちゃんにバレないように机に置いた。
「くるみちゃん、因みになんてタイトルの本を読んだんだい?」
「えっとね、宮沢賢治って人の、『銀河鉄道の夜』ってご本なの…」
「ほう、名作だね。俺も名前は知ってるよ。なんでその本を選んだのかな?」
「あのね、しぇんしぇいが配ってくれたプリントに、オススメの本が載ってて…。それで選んだの」
「なるほどね。でも、そういうプリントには他にも何作か載っていると思うんだけど、その中で『銀河鉄道の夜』を選んだのには理由はあるのかい?」
「…あのね、くるみ、図書室でプリントに載ってたご本を探したの」
「それでね? 表紙を見たら、銀河鉄道がお空に上っていく絵が描かれてて、とってもキレイだったの」
「ほう! 表紙が綺麗だったんだね。それは興味を惹かれるのも納得だ。それで、『銀河鉄道の夜』はどんなお話なのかな?」
俺の質問に、くるみちゃんは拙いながらも少しずつ本の感想を述べていった。
どんな物語なのか、どんな登場人物がいるのか、彼女自身はどこに感動したのか……。
気付けば最初の涙に濡れた顔は見る影もなく、無邪気に輝いていた。
「そっかぁ、話してくれてありがとう、くるみちゃん」
「ううん。……でも、くるみ、上手に感想文書けないの」
「くるみちゃん、実は俺は君に謝らなきゃいけない事がある」
「ふえぇ?」
うん、どうやら気付いて無いらしい。
「実は今までの会話をこのスマホに録音させて貰ったんだ」
「う、うん……?」
「つまり、この録音を聞きながらくるみちゃんの言葉を文字に起こせば立派な感想文になるって訳さ」
「ほ、ほんとう?」
「あぁ、本当だとも。くるみちゃんが話してくれた内容は立派な感想だったよ」
俺がそう言うも、くるみちゃんはいまいち納得出来ていないようだ。
「くるみちゃん、君のスマホを貸してもらえるかな? ……よし、これで君のスマホにもデータは行ったよ」
「……これで書けるかなぁ?」
「もし上手に書けなかったらその時は改めて聞きにきな」
「あ、ありがとうごじゃいましゅ……」
「どういたしまして」
「本田くーん、今度はこっち手伝ってー!」
「おう、こうなったらなんでも来いやー!」
俺はこの日、学生が居残れるギリギリまで彼女たちの宿題に付き合った。
それから数日後、仕事をしていると珍しくマスターから声をかけられた。
「本田くん、君にお客さんだよー!」
「俺に、ですか?」
店内に足を運ぶと、ニコニコ顔のくるみちゃんがいた。
「おぉいらっしゃいくるみちゃん。ご機嫌だね?」
「えへへぇ。本田しゃん、これ見てぇ!」
くるみちゃんは後ろ手に持っていた表彰状を俺に見せてきた。
中身を読む限り大きな賞とかではなく学内のそれみたいだが、どうやらくるみちゃんの感想文は佳作を取れたらしい。
「凄いじゃないかくるみちゃん!」
「くるみ、こういうの初めてなの。本田しゃんと時子しゃんのおかげだよ♪」
「俺と、誰だって?」
聞き間違いかな? とてもこういうのに協力的で無さそうな人物の名前が聞こえた気がしたが。
「財前時子しゃん! くるみの感想文手伝ってくれたのぉ」
おぉう、聞き間違いじゃあ無かった。しかし、“あの”時子さんが添削をしてあげるだなんて……。
「くるみちゃんは、法子ちゃんと仲が良かったりするのかな?」
「ふぇ? 法子しゃんは同級生だけど、特別じゃない、かも……」
なるほど、法子ちゃん経由の線も無し、と。
「時子さんには、くるみちゃんがお願いしたのかな?」
「ううん、くるみが上手に書けなくて泣きそうになってたら、時子しゃんが教えてくれたの……」
はい、決定的な一言頂きましたね。
そっかー、時子さんが自ら手を差し伸べたのかー。やっぱりあの人小さい子には優しい、のか?
「それでね、今日はこれを持ってきたの!」
俺が衝撃に意識を持っていかれていると、くるみちゃんは1つの箱を差し出した。
「これはなんだい?」
「くるみね、プリン作ったの! 手伝ってくれたお礼でしゅ!」
カウンターに箱を置いて開いてみると、そこには2つのプリンが鎮座していた。
「おぉ、これは美味しそうだ! 2つってことは、1つは時子さんにかい?」
「うん! くるみね、この後レッスンだから……。本田しゃん、代わりに時子しゃんにプリン渡してくれりゅ?」
「あぁ、任された! レッスン気を付けてね?」
「ばいばーい!」
くるみちゃんが笑顔で去ったあと、入れ違いで時子さんが何時もの席で本を読み始めた。
入ってきた方向からして顔を合わせてはいないのだろう。
俺はいつものアールグレイとくるみちゃん特製のプリンを乗せたお盆を手に時子さんの元へと歩いていった。
「……あぁん?」
見慣れないプリンを訝しむ時子さん。すかさず説明を入れる。
「くるみちゃんから、感想文の添削のお礼だそうです。彼女の手作りですって」
「……チッ!!」
顔を背け舌打ちをするが、恐らく俺に知られた事への不満なのだろう。
「いやぁ、優しいところあるんですね時子さnぉおっと!?」
俺が続けて口を開くと顔目掛けて鞭が飛んできた。間一髪避ける事が出来たが、危うく模様が出来るところだった。
「そ、それじゃあ俺は仕事に戻りますのでっ!」
2発目は避けられるとは限らないので、そそくさと逃げた。
結局、下膳の時に競走馬の如く尻に鞭を頂いたのだが。
……くるみちゃんのプリンは、優しい味がした。
とまぁ実は優しいところもある時子さんに興味を持ちつつも、“カフェの本田くん”は日々業務に勤しんでいるのである。
しかし、そんな日々も永遠には続かない。
そう、大学生には避けて通れない『就活』の問題があるのだ。
俺も段々とそれから目を背けられなくなってくる頃、何故か妹にプロレス技で起こされた。
「未央ちゃ~~ん、ドロォオップゥゥ!!」
「ぐえぇっ!?」
「おはよう本田くん、目覚めの気分はいかがかね?」
「……~~っ!!」
「あれっ、もしかしてあたし大事な所潰しちゃった?」
「み、みぞ、お……っ!!」
「なーんだ、鳩尾に入っただけかぁ~」
「だけとはなんだこのクソボケェ!!」
なんの業があったら寝てる最中に妹の膝を鳩尾に叩き込まれるのだ。
食後だったらマーライオンの擬人化になっていたわ。
「ぐほ、ごほっ。で、なんの恨みがあるんだよ。冷蔵庫のゼリーなら親父だぞ」
「なんだとぉ~~? って今はその話じゃ無いんだよ」
「じゃあなんだよ」
「兄貴、今日プロデューサーが会いたいってさ」
「……はぁ?」
なんだろう突然。未央のプロデューサーさんはたまに顔を見せにはくるが、特に懇意という訳でもない。
「マスターさんには説明済みで時間ずらしてあるって」
「ふーん。で?」
「ん?」
「そんだけか?」
「そだよ?」
「……つまりお前はそんなメール1本で済む連絡をするために俺を苦しませた、と?」
「……テヘペロ♪」
「教育的指導だこらぁっ!!」
「ごめーーんっ!!」
とりあえず未央には指導としてキャメルクラッチの刑に処しておいた。
大学の講義を終えたあと、俺はプロデューサーさんに指定された小会議室で野球のサインみたく口や耳を触って彼が現れるのを待っていた。
はて、クビになるようなポカはした覚えが無いが一体なんなんだろうか?
未央も内容までは知らないようだったし……。
貧乏揺すりがトップギアになった頃、扉をノックする音が聞こえた。
「は、はいっ!」
「いやぁ、すまない呼び出しておいて遅れてしまって。局のDと話し込んじゃってね」
「い、いえ!」
プロデューサーさんの表情から察するに、悪い話では無さそうだ。……今のところは、だが。
「はい、コーヒー。君の所には劣るだろうけど」
「ご馳走さまです」
プロデューサーさんはカップのコーヒーをテーブルに置くと、一息ついてから話し始めた。
「時に本田くん。……君は就活はどうしているのかな?」
「へ? あー、まぁまだ準備段階、ですかね」
なんだ? 急に。
「希望の企業とか職種はあったりするのかい?」
「そうっすね……。やっぱり残業が少なくて休みがちゃんとあって、給料もそこそこ貰える所、ですかね?」
俺が語った内容は、舐めていると言われようが誰しも思っている事だろう。
「そうか……。回りくどいのは無しだ、単刀直入に言おう。本田くん、うちに来る気はないか?」
「……はい?」
うち、とは? まさか2代目マスターになれってことか?
「これは、アイドルのプロデューサーへのスカウトだ」
おぉう、そちらでしたか。って、俺が?
「お、俺を、ですか?」
「あぁ。……嫌かな?」
「えぇっと、嫌も何も……なんで俺を?」
「それは君にプロデューサーとしての才能の片鱗を感じたからだ」
「……失礼ですが、どこに?」
プロデューサーの才能って……。どこに何を感じたのか知らないが、見当もつかん。
「君は、Barで日下部さんと話をしたり大沼さんの宿題を手伝ったりしたろう?」
「は、はぁ」
それがなんだって言うんだ。あんなの雑談と押し付けられた手伝いだ。
「どちらも決定打では無いかもしれない。でも君は彼女たちの背中を押したのは事実だ」
まぁ、格好よく言えばそうかもしれなくもない、のか?
「プロデューサーの仕事は多岐に渡る。でも俺は中でも“アイドルの背中を押す”事に重要さを感じているんだ」
「背中を押す、ですか……」
「あぁ。どんなダイヤの原石であっても、最後に彼女が舞台に立つために必要なのは一歩を踏み出すことだ」
「でもそれは決して容易ではない。どんなにレッスンを重ねても足がすくんでしまう時がある」
「その時に必要なのが、背中を押してあげる事なんだ」
……確かに、未央も毎日遅くまでレッスンをしてたかと思ったら部屋の隅で体育座りをしてるなんて事は何度もあったなぁ。
「それにもう1つ。君は人当たりが良い。これも立派な才能だ」
「そんなもんっすかね?」
「そうだとも。『カフェの本田くん』なんて愛称です呼ばれる事自体も良いことだが、何よりあの時子様とコミュニケーションを取れているのは凄いことなんだぞ?」
……あの人、担当以外にも様付けされてるのかよ。そういやマスターもだっけ?
「君がただの不快な存在なら彼女は通ったりしない。つまり君が少なからず彼女の機嫌の向上に繋がってるってことさ」
「そんなもんでしょうか?」
「そんなもんさ。それにね……」
「は、はい」
「この業界には昔からある言葉が伝わっているんだ『ティンときた』ってね!」
「ティ、ティン?」
なんだそりゃ?
「要は俺が君に可能性を感じたんだ! 俺の元でプロデュースのいろはを学んで未来のトップアイドルを育て上げようっ!!」
プロデューサーさんは目を輝かせて俺の肩を掴んだ。この人、スカウトでもこんなことしてんじゃ無いだろうな……。
「待ってください……。気持ちは有難いですけど、一生の決断になるかもしれない事をすぐには決められませんって」
「そ、それもそうだな。でも俺はいつでも待っているぞ、本田くん!」
「そ、それじゃ失礼します……」
暑っ苦しさマシマシな未央のPさんから逃げるように、俺はその場から立ち去った。
アイドルのプロデュース、かぁ。考えた事もねぇや……。
背中を押すだとか、人当たりだとか、挙げ句ティンとか。
とりあえず仕事するか。
数年後……、とある会議室にて。
「では改めて自己紹介を頼む」
「はいっ! 辻野あかり15才、よろしくんごっ!」
……んご? なんだろう?
「よ、よろしく! では続いてよろしく!」
「砂塚あきら、同じく同じく15才、デス」
うーん、ダウナー系かな?
「では俺が。俺は君たちのプロデュースを担当する本田だ、よろしく!」
「お願いしますんごっ!」
「よく分かんないけど、よろデス」
「いきなりで悪いんだけど辻野さん、その“んご”って何かな?」
「えっ!? と、都会で流行ってるって聞いたんご……」
どうしよう、聞いたことねぇ……。
「そ、そっか! まぁいいや!」
「ところでプロデューサーさんって偉い人?」
「ん? んー、少なくともプロデューサーとしては君たちが初担当だな。新人アイドルと新人プロデューサー、お互い頑張ろうじゃないか!」
「だ、大丈夫んご?」
「……さぁ?」
おぅ、不安がってるな? ならば!
「不安はごもっとも! ではとっておきの情報をお教えしよう。本田未央って知ってるかい?」
「知ってるんご!」
「一応知ってる…デス」
「あいつは俺の妹だ!」
「おぉー!」
「妹が凄いのとプロデューサーの能力は関係無いデスよね?」
ですよねー。
「鋭いね砂塚さん。ではこう言い直そう。あいつのプロデューサーは俺の師匠でもある! 俺自身はひよっ子だが、ノウハウならたっぷりとあるぞ!」
「おぉー!」
「へぇー」
「兎に角、まずは三人四脚で頑張っていこうじゃないか!」
「頑張るんご!」
「ま、飽きるまではやろっかな」
「目指すはトップアイドルだ!!」
……とまぁ、妹の荷物を届けに行っただけのつもりがこんな事になったわけで。
いやぁ、まさか兄貴がプロデューサーに弟子入りとはねぇ。頑張りたまえよ!
うるせぇ、お前なんざ直ぐに追い抜かしてやるからな。
なにおう!?
俺と辻野さんたち2人に、更に5人を加えて芸能界の荒波を渡っていくのはまた別の話ということで。
どうもお付き合いありがとうございました。
以上です。
まさかこのような作品を書くことになろうとは。
長々と失礼しました。
それでは失礼します。
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