黛冬優子「アナタは優しくて」 (42)
黛冬優子さんとPのエロSSです
ふゆがアイドルとして忙しくなればなるほど、もちろんプライベートな時間も比例するようになくなって、アニメの録画が増えていく一方だった
ネタバレをされないようにするのも一苦労。ツイスタで他人が発進してる感想や考察を見ないように気をつけてええあのキャラ死んだの? ウソ!? 推しが!! 死んだ!?
軽くへこんだ。この衝撃はニュートラルな状態で受けたかった
「……最っ悪」
マスクの中で声が籠もる。周りの誰にも聴かれてませんように、と少し遅れてお願いした。むき出しの言葉は、冬優子って呼んでいいアイツだけが聞いて良いんだから
……まだディレクターさんと話し込んでるのかな。待ち時間が嫌に長く感じる。しょうがないからソシャゲを起動する。まだ今日のログインボーナスを受け取ってない
「ごめん、待たせた」
デイリーミッションをクリアして、他のソシャゲも同じようにやっていく。その途中で、アイツがやって来た
「遅い」
「……悪い」
また口が悪くなってしまった。待ってないよ、とか言えれば良かったのに。スマホをバッグに入れ、横に並んで歩いて行く。駐車場までの道のりが、来た時よりも短く感じた
「直接家の方で良いか? それとも事務所に寄る?」
「家の方でお願い」
助手席から眺める夜景は、右から左へ街灯を流していく。さっきのショックがまだ消えない。あーあのキャラ死ぬのね、これなら原作を読んどきゃ良かっ
「!?」
体が前の方へ放り出された。シートベルトに締め付けられて、呼吸が苦しくなる。急ブレーキだ、と思ったのはその後。フロントガラス越しに前を見る。信号は赤色だった
「ごめ、冬優子、大丈夫か!?」
「へ、平気……ちょっ、どうしたの」
「信号に気がつかなくて……本当にすまん」
停止線をタイヤ一つ分越えているのが分かった。放り出されたバッグを足下から拾い上げた。ちょっと砂が入り込んでいた
「気をつけてよね」
「ああ……」
横目で顔を見る。申し訳なさそうな顔色に、どこか更に違う何かが混じっていた。
青信号になった。車が緩やかに発進した。その間も横目でこいつの顔をチラ見していった
「ねぇ、なんかあったの?」
疑問を投げた。ふゆには特技というか、習性というか、身についたものがある。私自身が長い間嘘を吐いてきたから、他人の嘘や隠し事にめざといっていう、あんまり自慢にならない事だけれど。
といっても、これに自覚的だったから、ふゆはW.I.N.Gの審査中にこいつが発した言葉が真心からの言葉だって分かったし、すこし誇らしくもあった
「隠し事とか、悩みとか……なんか、あったでしょ」
だから、こいつが今取り繕っているのが分かった。こないだまでとは違う、澱みが混ざった表情をしている。それがふゆは嫌だった
「……いや、冬優子に言うことじゃないよ。気にしないでくれ」
「気を遣わなくて良いから。そんな顔されたら、帰ってこっちの方が気を遣うし」
「…………そんなに酷い顔をしてるか?」
「……私には、そう見えるけど」
「…………そうか」
また赤信号だった。今度はゆっくりめなブレーキで、体が前に行くことは無かった
「ちょっとだけ、弱音を吐かせてくれ」
隣で話を始めてくれた。私は黙って聞いてた。青信号になったから車が動いて、エンジンの音が耳障りだった
◆◇◆
まあ、女々しい話になるんだがな。俺、付き合ってた人がいたんだ。大学時代の、同じサークルの人でさ。もう付き合って何年くらいになるだろう……
その、細かいことは省くんだけど、その人が浮気しててさ。昨日、こっぴどくフラれて
「アナタは優しくてつまらない」って、最後に言われて
何が悪かったんだろう、どうすれば良かったんだろうって、心の中がグチャグチャになってさ。悩んでも仕方のないことだけど、どうすれば良かったんだって堂々巡りだった
……正直、冬優子に吐き出せて重荷みたいなものが少し軽くなった気がする。
ありがとう……そして、ごめん。快くはない話をしてしまって
◆◇◆
シートベルトに締められていないのに、ふゆの呼吸は苦しくなって。頭も熱く痛くなってきた。
こいつに彼女がいたって悲しさと、不謹慎だけど今はいないんだって喜びと、ある種の諦めと、女に対する怒り。ふゆもふゆで頭の中がグチャグチャになっている
「優しくてつまらない」って何? 優しいのがダメなの? 優しいことは良いことじゃないの?
ふゆがこいつの優しさに、どれだけ救われたと思ってるの?
「アンタも女を見る目がないわね、でもま、良いんじゃない? そんな女なんて、きっとロクでもないし。向こうからフラれてよかったんじゃ」
「……ゆ子」
「浮気して責任を相手になすりつけるなんて、どうしようもなさ過ぎて、怒りを通り越して呆れ」
「冬優子」
「……ごめん、言い過ぎた」
「……俺の事はどれだけ悪く言っても良い。俺のために怒ってくれるのも嬉しいよ。でも、やっぱり、彼女のことを悪く言うのは、控えてくれると助かる」
「……うん」
確実に、悪いのは向こうの方でしょと思った。けど、私は口を噤んだ。このお人好し野郎は、どこまで言っても優しさが根底にあって、その所為でこっちが泣きたくなってしまう。
「……怒ってる?」と聞いた
「ああ」と応えられた
「それは誰に?」とは聞けなかった。それから二人とも無言だった。エンジンの音が、本当にうるさい
「じゃあ、また明日」
助手席から降りると、汗ばんでいたのか体の後ろ側がスースーした。
「今日は何かごめん。冬優子のおかげで、少しは楽になったよ。明日はもう、大丈夫だと思う」
「うん……じゃあ、また明日」
車のドアを閉めた。半ドアだった。もう一度開いて、締めようとしたけど、言いたいことがあったからまた開いた
「その……ふゆは、アンタの優しいところ、す……良いと、思ってるから」
「……ありがとう」
ドアを閉める。今度は半ドアじゃなかった。車が遠くへ走っていくのを見届けてから、自室に戻った
夜は深まっていて、もうそろそろ日付が変わる。でも眠くなくて、録画してたアニメを流してた。推しキャラが死ぬシーンまで来た。衝撃は前もって知ってた分、あまりなかった
最新話まで見終わってから、ベッドに潜る。目を閉じると、アイツと、顔も知らない元カノのことばかりが浮かんできて、嫌になる。やっぱり眠れない
暗い部屋で、スマホの明かりだけを灯す。こうやってツイスタやってればいつのまにか寝落ちしてええあのキャラ生き返るの。原作組の考察文のせいで余計眠気吹っ飛んだんだけど
………今日は厄日だ。また明日に、いやもう明日になってる。
とにもかくにも、寝よう。寝て、少し頭の中をスッキリさせよう。明日(今日)アイツに合う顔は、いつも通りの、素顔でいられるように
今日はここまでです、続きはまた
「おはよう、冬優子」
翌朝のプロデューサーは、平気そうな顔をしていた。平気そうに振る舞った、へたくそな普段通りの表情だった
「昨日はすまなかったな、もう大丈夫だ。」
声をちゃんと出せてない。緊張で喉がしまっているんだ。嘘を吐くときの声色だ
「……」
「冬優子は今日、ダンスレッスンだったよな。午後からレッスン場に向かって」
今のコイツを見ていると、こっちの方がしんどくなる。弱い部分をみせたくなくて、塗り固めた仮面を被って、削れた端から継ぎ足していくような、昔の『私』よりもずっと無理してて、哀しそうで。
そんな姿を見ると、怒りが湧いてくる。怒りの矛先は、目の前のコイツと、私自身に対してだった。強がっているコイツと、強がらせてしまった私に、どうしようもなく腹が立つ。
プロデューサーにずかずかと歩み寄る。身長はふゆの方が低いから、見上げる形で。にらみつけるようになってから、頭に浮かんだ言葉と気持ちをぶつけていく
「嘘吐かないでよ」
言葉は昨日の車内くらい、すんなりと出た。ダイレクトな気持ちがそのまま出た
「へたくそ。やせ我慢も作り笑いも、気丈に振る舞っているのもバレバレ。なんで……嘘吐くの。なんで我慢してるの。それでなんでヘラヘラしてるの!」
ふゆの喉は強く震えて、開きっぱなし。お腹の底からたまったものが飛び出てくるこの怒りは、ふゆに対してもだ。
なんで嘘を吐かせているんだ。なんで我慢をさせているんだ。なんでこうさせてしまったんだ。
「……冬優子、怒っているのか?」
「怒ってる」
コイツは優しいんだ。そんなの、これまでで分かってた。分かってたけど、わかりきってたから、自分の中から消えていた。
コイツにだって辛くなるときはある。コイツにだって泣きたいときはある。それを忘れて、大丈夫だって思い込んで、昨日の車内で何も出来なかった。むしろ傷つけた
頼って欲しいって重いと、頼らせられなかったという無力感。それが溢れる
「……嘘吐いてたら、分かるから。苦しいときは苦しいって、無理なときは無理って言ってよ。ふゆはアンタにいっぱい頼ったんだから、アンタも頼ってよ……」
「……冬優子」
一度、ふゆはこの事務所に来なくなったことがある。壁にぶつかって、自分に嫌気がさして、二度とアイドルとして活動するのが嫌いになったことがある。
でも、そんなふゆを引き上げて、「おかえり」って言ってくれたがプロデューサーだった。私に何度も力をくれた。本当のふゆを知っても、嫌いにならないでいてくれた。
だからふゆも、プロデューサーの力になりたい。迷惑を掛けて欲しい。アンタが優しくする分、ふゆにも優しくさせてほしい
たまった言葉を浴びせて行って、お腹のそこを掬っても言葉が出なくなってから。
頭が熱くて、胸の中心辺りが締め付けられるように感じた。急に恥ずかしくなってきた。ヒートアップしすぎた
「……ありがとう」
プロデューサーのその一言で、また熱を得る。暖かい感じの熱だった
「……ごめん、また言い過ぎたかも」
「いや……冬優子が怒ってくれたおかげで、ようやく、自分の中にあった何かが取れた気がする」
「……そう」
強ばっていたプリデューサーの顔が、どんどんほころんでいく。瞳が潤んだと思ったら、手で拭って、それからさっきよりかは幾分かマシな笑顔で笑った。ふゆはそれを眺めてた
「俺、無理してたのか」
ポツリと呟いた後、プロデューサーは椅子に深く腰掛けて、大きく息を吐いてから
「冬優子、少し、愚痴を言っても良いか?」
と言ってきた
愚痴を言った時間はほんの3分くらいだった。愚痴の内容も良くあるものだった。けど、こいつにとっては、きっと大きな前進なんだと思う。
薄暗い部分なんて、人間なら誰でも抱える。それを吐き出す術を持ってなかったこれまでからの、大きな一歩だと、私はそう思う
「聞いてて、あんまり気持ちよくなる内容じゃないだろ」
「うん。でも、そうやって、ちょっとは駄目なところとかみせていった方が親しみやすい」
「……そういうもんなのか?」
「そういうもんよ」
「アンタはさ、他人に優しいけど、自分自身に対してはそうじゃないから。もっと自分にも優しくなってよ」
「……ああ、気をつけるよ」
「一人で駄目になって、頼りたくなったら、頼って。愚痴をふゆに言うくらいなら、もう出来るでしょ」
「……本当にありがとう、冬優子」
「…………ん」
声色がどんどんといつも通りになっていく。まだ完全じゃないし、時間はかかりそうだけど、暖かい色を取り戻して行ってるのを聞いてホッとした
「じゃ、ふゆはもうダンスレッスン行くから」
午後からだけど、ちょっと早めに言って自主トレでもしときましょ。ソファから立ち上がって、バッグを抱え扉へ向かう
「今度、ふゆの愚痴も聞いてよね」
「ああ、もちろん」
レッスン場までの道の足取りが軽い。プロデューサーの心の重りを、少しは私も背負うことが出来たこと。プロデューサーの顔が明るくなったこと。彼の力になれた事
不謹慎だけど、嬉しかった。あんまり喜ばない方が良いかもしれないけど、せめてレッスン場、までのちょっぴりだけは、この気分に浸っていたかった
プロデューサーが立ち直るまでに、時間は余りかからなかった。あのときの作り笑顔が嘘みたいに、ちゃんとした笑顔。
愚痴を言われることはあれ以来なかった。あのときの3分でもう出し切ったのかもしれない。「大丈夫?」と聞いても「不満とかもうないし」と返されたし、ふゆはそれが嘘じゃないと分かったし。ただこっちからは愚痴を言った。いつもの感じのやつ
そうやって、前とは少し違った日常に戻って行く
向こうに頼って、こっちが頼られて。プロデューサーがどうかは分からないけど、ふゆは迷惑をかけあうようなこの関係が、迷惑を掛けていただけのときより好きだった
「そういえばさ、新しい彼女とか作る気はないの?」
「今は、そういうのいいかなって」
「ふぅん…………」
プロデューサーがTV収録のとき、スタッフの女性に言いよられてて。嫉妬しちゃってたまらず帰りの車内でそう聞いた。返答を聞いてほっとしたのをおぼえている
それからも、フリーって分かって言いよる業界人と、それをいなすプロデューサーと、しっとするふゆ、っていう様な構図が何度かあって
「好きな人は?」
「いないな」
「ん……そぉ……」
もう一段踏み込んだ質問をして、ホッとしたと同時にちょっと寂しくなった。分かってはいたけど、ふゆはそうじゃないんだって事を改めて思い知らされたから
そんな日々が、続いて。12月4日が来て、ふゆが20歳になった
今年のW.I.N.G決勝のステージをTVの画面越しに見て、懐かしい気分になったのを覚えている
プロデューサーと飲みに行くことになった。お酒飲むなんて初めてだけど、コイツと一緒なら大丈夫だろうって思ったし
二人きりで飲みに行くなんて、アイドルとプロデューサーの関係だし普通じゃ考えられないけど、そこはふゆが押し切った
人生初のお酒だし、信頼出来る人と一緒に飲みたいと思ったから。……それと、最近は二人きりになれる時間も減ったっていう、個人的な理由もあって
変装をばっちり決めて、個室居酒屋へ向かう
どんなのが良いか聴きながら、お酒を呑んでいった。ビールは苦かった。カクテルは甘かった。
「チェイサーお願いします」
「ちぇいさー? 何それ、カクテル?」
「……うん、今の冬優子に飲んでほしいカクテル」
「てか、アンタは飲んでるの? せっかくふゆとふたりきりなんだし、ぶれーこーなんだし、もっと飲みなさいよ」
「絡み酒のタイプなんだな……あ、店員さんありがとうございます、ほらチェイサー」
水だった
「水じゃん」
「チェイサー」
「水じゃん」
前半はまま楽しかったように思える。お酒を飲んで、気分も上がって、料理も楽しんで。
後半からプロデューサーもふゆに言われるがまま飲み進めて、互いにべろんべろんになるまで酔っちゃって、終電を逃して、ふゆがゲロ吐いて、プロデューサーがもらいゲロして、とりあえずどこかで休もうってなって、駅前のホテルに行って、ワンルームを二つ借りて。
またふゆがゲロっちゃって、スマホでプロデューサー呼んで、介抱してもらって、それから、それから
それから
目が覚めると、まっ白な天井だった。カーテンから入り込む日差しで、薄暗い部屋が明るくなる
けど、幾ら暖房が入っているとは言え、裸だと寒い
うん、裸で。
下着とお酒の匂いが染みついた私服はベッドの縁に脱ぎ捨てられていて、隣には昨日介抱してもらった男がいて、そいつも裸で
「……」
下半身がずきずきと痛んだ。その所為で、二度寝をすることも出来なさそうだし、これが夢かどうか確かめる必要もなかった
今回はここまでです、次回以降の更新はガッツリエロなので未成年の皆様はご注意くださいませ
レディースコミックをよく読んでいる。少年漫画に比べると性的な描写が過激で、いわゆるふゆが今渦中にあるような、事後だとか朝チュンみたいなのもザラだ
あのヒロインは、こんな気持ちだったのかしら。戸惑いが2割、後悔が1割、残りの全部が嬉しさ。頭の痛みはなかった。二日酔いをする体質じゃないのかしら
まだ寝ている隣をみる。無防備な寝顔だった。ほっぺを指先で突っついた。普段のカッコイイ姿とは全く違った魅力があった
枕元のスマホへ手を伸ばす。昨日と今日が切り替わる、ちょうど間の時間に、ふゆから『たすけて』とだけ送ったメッセージが残っていた
それを見ていく内に、段々と思い出す。
太ももの付け根に、何かがこびりついて纏わるような感覚を覚えた。シーツをめくってみると、赤いものが着いて渇いていた。痛みの正体はそれだった
肌も汗でべとついているし、とりあえずさっぱりしたいし、シャワーでも浴びてこよう。
歩くと下半身の痛みが付いてきた。シャワーでそれは洗い流せなかった。
シャワーを浴びると脳もさっぱりして、いろんな事を思い出す。夜の間の出来事を、もう一度頭の中で再生していった
ああ、そうだ。ふゆがもう一回ゲロ吐いちゃったところから始まったんだっけ。喉の奥から酸っぱくて熱っぽいものがこみ上げてきて、出そうとしてもどこかでつっかえて、ただ気持ち悪さだけが体に残る
頭の痛みもあって、もうろうとして、プロデューサーに助けを求めたんだ
階も違うし遠いだろうに、プロデューサーはすぐに来てくれた。水をいっぱい飲ませてくれて、薬も買ってきてくれて、深夜なのにずっと付き合ってくれて。
「……」
「大丈夫か、冬優子」
「うん……マシになってきた」
口をゆすぐ。胃液とかの匂いがこびりついているような気がして、何度も何度もゆすいで、歯磨き粉をつけて歯ブラシで磨いて、またゆすいで、なんとか正常な状態へ戻していく
どうも酔って正常な判断力がなくなっていたような気がする。ゲロ女って思われたくなかったのかしら。もう二回も吐いているところを見られたって言うのに。でも、この判断が後々助かったりしたり
プロデューサーに手を引かれ連れられて、ベッドに寝かせられる。もう12月。暖房をつけないと部屋の中でも肌寒い。
「明日は休みにしておいてから、今日はゆっくり休んでくれ……また酒を飲むときは、お互いにほどほどにしような」
優しい声。気遣うような声。そのままプロデューサーは背を向けて部屋を後にしようとしたんだ
ふゆはその手を、捕まえて
「冬優子?」
戸惑う彼を引っ張って、同じベッドに倒れ込ませた
良く『お酒に酔った勢いで』という言葉を聞く。お酒には本人の自制心を暴走させるとか、理性の箍を外すとか、本人が本当にしたいことをさせるとか、そういうのも聞く
私はきっと、ずっとこうしたかったんだろう
首の後ろまで手を回して、抱き締めた
肩の付け根に、顔を埋めるようになる
「好きな人も、彼女もいないんでしょ?」
それが嘘じゃないってことは分かった。だから落ち込んだけど、同時に、望みのようなものも生まれていた。私が彼の『それ』になることも出来るんじゃないかって、意地汚いような思い
「ふゆは……私は」
心臓はうるさいけど、頭は不思議と落ち着いていて、言いたいことはスルスルと出て行く。喉の震えがバネになって、ゆっくりと飛んで行った
プロデューサーとして優秀で、きっと私には手を出さないだろうって考えが、このときまでは心のどこかにあった。けど。
「……冬優子」
プロデューサーじゃない、職業人としての仮面を脱ぎ捨てた『この人』の答えには、嘘の色が混じってなかった
「彼女はいないけど……好きな人なら、多分、気づいてないだけであの日からいたんだと思う」
抱き締め返される。背中がマットレスに埋まってるから、肩を掴む感じで。手のひらの大きさが私と違って、男のそれだった
「冬優子」
「……うん」
同じ言葉を返された。顔が近くだから、向こうの言葉もすぐ届く
「……情けない男だな」
「……そういうのでも、良いんじゃない? 普段が格好つけすぎなのよ」
「……プロデューサー失格だな」
「……私も、アイドル失格ね」
「責任は取る」
「私にも背負わせてよ」
「……」
「ね?」
「……ああ」
顔を向け、目を閉じた。待った。来た。初めてのキスは、お酒の味が強かった
「……さっき吐いたけど、臭くない?」
「歯磨き粉の匂いがする」
「……そう」
もうちょいロマンチックな感想が欲しかった、と言わないと嘘になる
私はここから、今までしたくても出来なかったことをするようになる
思いっきり抱きついて体をすり寄せて、両足で挟み込んで全身をくっつけた。頭が蕩けたみたいに、甘えに行きたかった
胸元に顔を埋めて、深呼吸をした。一番の匂いがそこにあった
「ちょ、苦しい……」
「あ、ごめん……大丈夫?」
顔を離した。すると頬に手を添えられた。キスされた。啄むようなのが何度かあった後、舌を入れるキスも。漫画とかAVでしか知らなかったキスだった
頭の中で直接ちゃぷちゃぷと音が響いて、唾液が混ざり合ってるのが分かって、抱き合うよりも一つになれたような気がした。鼻息が当たるほどの距離も、遠いと感じた
口が離れていく。ちょっと前は抱き合うだけで満足してたのに、キスの後はくっついてるだけだと物足りなかった
口元に親指があった。舌先で触れた後、唇で挟んで、口の中に入れてしゃぶりだす。指フェラってやつだった。わざとらしく音を立てたりはしなかった。音の出し方もよく分からなかったし
でも、彼の体の一部を口に入れていると言う事実が、私をああさせていたんだと思う。
指を舐める間、頭に手を添えられた。撫でられてるように、髪の毛を手櫛で梳かれた。この人の前でツインテールをほどいたのも、このときが初めて。
だんだんと心が二つに分かれていくのが分かった。満足して嬉しくなっていくのが一つと、どんどん次を、もっとを求める一つ。一つと一つが喧嘩して、思い返している今でもよく分からない
違う事務所のアイドルが謳う歌で言えば、「満ちては欠ける想い」ってやつが一番似合うかも知れない
足を動かすと、下着が湿りだしているのが分かった。自分が興奮していることに気がついて、恥ずかしくなって、親指に歯を立ててしまった
撫でていた手に力が入って、動きが止まった
「ごめん……」
「いや、大丈夫」
嘘が混じってた。口から出ていく親指には、くっきりと歯形が残っていた。絶対に痛かったと思う
えぇと次に、そうだ、服を脱がされて、向こうも脱いで
ずっとお腹に当たっていたアレを初めて見て、無修正で生のやつを初めてみて、ちょっと怖くなっちゃって、酔いが少し醒めたんだった
……一般的なサイズが分からないけど、やっぱり大きいんじゃないかしら。めっちゃ痛かったし
アレを、正常位で入れられた。対面座位とか動きにくいって訊くし、騎乗位なんて出来ないし。バックでもいいけど、顔が見えないのがいやだし
濡れてはいたけど初めてだったし、血も出た。泣きたくなるくらいに痛かった。涙をこらえようとしても、耐えきれない分が少し零れて
「痛い?」って訊かれて「痛くない」って嘘を吐いて、「やめよう」と言われて「やめないで」ってお願いして。いつもみたいなわがままを言った
それからはなんというか、動かさず慣らすっていうか。その状態にしたまま、キスとかふれあいをいっぱいした
私の、大きくも小さくもないおっぱいに触られる。ビクって慣れない感触に戸惑ったけど、身を委ねたらすぐに触れられる手の温かさにやみつきになった
手のひらで包まれて、指が沈んでくるような感触がよかった。乳首を指先でいじられたり、唇で挟まれるのも好きになった。大きくはないけど、この人を虜に出来てるんだって想うと内側の方で心臓がやかましくなった。
初めてなのにおっぱいでここまで感じるなんて、私は淫乱なのかって想ったけど、きっと触る相手が相手だからだろう。
親指の、つけてしまった歯形がみえたとき、申し訳なく想ってたのになぜだか嬉しくなった。
「……キスして」
自分ではまだ満足してなくて、おっぱいを触られるときにキスをねだった。応えてくれたとき、また嬉しくなった。
キスしておっぱいを触られながら、ゆっくり、ゆっくりとピストンを初めて行く。突き上げられるような感覚に伴う痛みは、先ほどよりはなかった
向こうからのねつを、口と、胸と、あそこから受け取った。少しずつペースをあげていくピストンに、体が揺さぶられて変な声が出た
AVの女優みたいに、わざとらしい声を出せた方が良かったのだろうか。「あっ」とか「うんっ」みたいな短い声を、吐息に混ぜて出すしか出来なかった
無理矢理入られて、広げられているようで痛いのに、たまらなく満たされて。冬優子、冬優子って名前を呼んでくれるのに、応えることが出来なくて
胸がじくじくと痛んで、嬉しさが零れて涙と一緒に出そうなのをこらえた。『プロデューサー』じゃない、彼の本当の名前を呼べたのはたったの2、3回だけだった
打ち付けられて、中に入り込んでくるアレの熱と硬さもどんどん大きくなって。「イきそう」って言われて。考えがまとまらない頭で、このままじゃちょっと嫌だって思って、最後のわがまま、じゃないけど
おっぱいにあてられていた手を取って、恋人繋ぎをした。レディースコミックで読んでから、ずっとこの人とこうなれたら良いなって憧れていたシチュ。
ちゃんと手を繋げたのも、このときが初めてだった。私がしたかった初めてのほとんどを、この人で出来た
腰と腰のぶつかる音が大きくなって、間隔が短くなっていった。つなぎあった手に滲む汗が、どっちのものか分からなくなったとき
腰を思いっきり押しつけられて、奥の方まで思いっきりアレが入り込んで、ピクピクと震えた。火傷するくらいの熱が、私の中に注ぎ込まれた。
それよりもちょっと前のタイミングで、私も絶頂を迎えていた。痙攣したナカに注がれるそれは、刺激的過ぎた
つなぎ会った手が横目にみえた。手の甲に、私がつけてしまった爪の跡があった。歯形と合わせて、痛くないか心配だった
……思い出すと、自分が自分じゃなくなってた事がよく分かる。お酒の勢いって、本当に怖い
ドライヤーで髪の毛を乾かして、シャワールームを出る。
「あっ」
「……おはよう、冬優子」
「……おはよ」
シャワーとドライヤーの音で起きたのだろう。
「シャワー浴びてきたら? ベタベタしてるでしょ」
「ああ、そうさせてもらうよ」
シャワールームに入ったのを見届けてから、ベッドに腰掛ける。
「あっ」
テレビをつけてニュースを見てから気がついた。ここワンルームだからバスタオルが足りないんじゃない? ……ハンドタオルで、なんとかしてもらおう
「朝チュンって言うと、男が先に起きて煙草吸ってて、『おはよう』って言ってくるものだとばかり」
「それは漫画的すぎるでしょ」
他愛ない会話をしていく。いつも通りみたいなトーンの会話で、服装は昨日と同じだけど、関係が昨日とは違っていた。
この他愛なさが、愛おしい
「今日も、オフなんでしょ?」
「ああ」
「……じゃ、このままここでもう一泊してとか」
「明日からは仕事だぞ」
しかも、入りの時間が早い現場だ、と『プロデューサー』は言う。
「それくらいなんとかしなさいよ」
「出来ないよ」
「しょうがないわね」
お酒が抜けて、また『ふゆ』はちょっと口が悪くなった
ニュース番組が終わって、観たこともない商品を扱うTVショッピングが始まった。そろそろチェックアウトの時間になる
「……ねぇ、プロデューサー」
今日取り上げる商品は電子辞書らしい。優れもの、といってもふゆは高校から今まで同じのを使ってるからよく分からない。テレビを見ながら、言いたいことをまとめた
アナタは優しくて、私が一番大切な人。そんなアナタへの2文字
「好き」
「……ああ」
「『ああ』ってなによ、『ああ』って」
「この年になると、もうそういうストレートな言葉が眩しくてな……」
「なにそれ」
笑ってしまった。歯をみせて笑った。照れくさそうに頭を掻くプロデューサーの姿を独り占め出来て嬉しかった
「じゃ、そろそろ行きましょ」
「忘れ物はない?」
「えーっと……あっ、ちょっと待って」
バッグの中から、使い捨てのマスクを取り出す。外出の時の必需品を忘れる所だった
マスクをして、ふゆは部屋から外に出る。12月とは思えないほど、廊下の窓から見る空は真っ青だった
【終わり】
ここまでです、ありがとうございました
『冬優子…トチノキ…』冷たいコンクリートのフートンに身を横たえ、Pは悪夢を見ていた。彼の精神は今、暗黒の只中で燃え尽きるローソクの火めいて不確かだった。だが憎悪が……憎悪が再び彼に力を与え、その意識を傷だらけの肉体へと呼び戻すのだ。『…W.I.N.G審査員……殺すべし!』
偶然にも鼻孔から吸引されたドリンク粉末と、クローン天井社長に注射された283アドレナリンが化学反応を起こし、彼のニューロンを癒していた。Pの片眼が開く。それはナラク・プロデューサーの眼だ。ナラクは異状を察知し、警告を発した。『P……!Pよ……目覚めよ……!』
「ここは……」両の瞳が黒へと戻り、開かれる。Pはめまいを撥ねのけながら、上半身を起こした。刹那、水平感知システムが作動!BEEP音を発する!胸部に固定された大型赤色液晶LEDに「時速0km」「健康サイン」の文字が表示!Vo1位へと向かう死の遊戯が始まったのだ!
2月11日のシンデレラステージ7STEP、5月19日のREADY for m@ster!!!6ではみなさまにサークルスペースへお越しいただき、大変ありがたく思っています。この場を借りて御礼申し上げます。
そこで出版した荒木比奈えっち同人誌を通販で出品しているので、ご興味のある方はぜひともよろしくお願い致します
電子版 https://svolvox.booth.pm/items/1377615
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