文香「私の世界」 (42)

モバマスの鷺沢文香SSです

前日譚なつもりで書いてみました
よろしくお願いします

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昔、私は少し人見知りをする程度の女の子だった

周りと違うのはどれと構わずに本を読む事、一日中読むこともあったらしい

読む本の一つ一つが面白くて、私は友達と遊ぶよりも本に囲まれていることを度々選んでいた

そんな私に付けられたあだ名は「日陰女」引き篭って本ばかり読んでいたから

日が経つにつれ、その小さな悪口が私の心を抉る程の虐めへ変わるのにそう時間はかからなかった

虐められる日々に耐え切れなくなったが出した答えは、居心地の良い書の世界へ身を投じる事

同時に外の世界への関心は消え失せ、答えを出した瞬間に私の時は止まってしまった

小学校を卒業と同時に私は長野へ引越した、だけど環境を変えたとしても生き方は変わらない

中学でも高校でも友達一つ作らずに本と共に生き、本の世界で時を過ごす

高校を卒業した私は大学へ入学、それでも相変わらず私は小学生の頃と同じに書の世界で時を過ごしていた

大学では文学を学び叔父の店である古本屋で店番をしながら本を読む毎日、それがずっと続くと思っていた

最初はただのお客さんだった、週に数回来る程度

毎回本は買わずに眺めるばかり、子どもが好む絵本から大人が読むような難しい本まで

とにかく種類を選ばない見方に少し興味を引かれた

私は家族以外で唯一興味を引いた人間、だけど近付かず干渉しない人として、彼をあの人と呼ぶことにした


「・・・・・・え?」



私はなんとなく雰囲気でその人が読む本が分かる

外れることはあまりなく、外れたとしてもそれほど大きく外す事は無い

叔父に褒められる数少ない取り柄の一つで、私はそれに対して自信を持っていた

あの人が初めて来店した時、ドキュメンタリー小説をよく読むと私は予想した

だけど、あの人から出て来たのは『妖怪大百科』と『植物大辞典』

あまりの違いに驚き思わず声が出てしまい、頬が熱くなる

家族以外の人の前で声を出したのはいつ以来だろうか


「どうかしましたか?」



固まる私を不思議に思ったのか、あの人は声をかけてきた

干渉されたくなくて、触れて欲しくなくて、顔を伏せた私はその声を無視する

お代は二冊で三千五百円、出されたお金は五千円札

慌てて私は千円札と五百円玉を掴み、トレイに乗せあの人へ差し出す

少なくとも、あの人の気配が無くなるまで顔を上げるつもりはない

戸惑う気配がした後、少し声をかけてきた気がしたけれど、私はそれを無視し続ける

その甲斐あってあの人は帰って行った。立ち去ったのを確認した私は店を閉め、店の隅で膝を抱えてうずくまる

本に囲まれるこの空間は昔から変わらない、一番心を安らげられる場所

それにしても、家族以外の人と話したのはいつ以来だろうか

日陰女と虐められ、本へ逃げた私にとって他人は恐怖以外の何者でもなかった

でも、もうあの人とは会うことは無い。ああいう態度を取った店員がいる店にまた行きたいと思うことは無いから

「えっと、お邪魔します」




しかし私の予想はまた破られた。驚く私をよそにあの人は私に語りかける




「昨日本を買ったんだけど、覚えてるかな」




思わず頷く、あの二冊は忘れようにも忘れられない

覚えていたことに安心したのか、あの人の緊張が解け雰囲気が和らいだように感じた

「あの、これ」




そう言ってあの人は手を差し出した、その手の中には一万円札

私は意図を測りかねてそれをを凝視する。




「昨日のお釣り、お札間違えて渡してたみたいだったから」




ハッっとして昨日の帳簿を開く。昨日あの後、レジのお金が足りず店中を探したのを思い出した

帳簿に書かれている足りないお金は九千円、一万円を受け取り千円を渡せば帳尻が合う

人に助けてもらったら、ちゃんと目を見て「ありがとう」と言いなさい

昔祖母にそう教わった、どんなに人見知りが激しくても、私にとって唯一繋がりを持つ家族の教えは私の中で絶対だから

私は力を振り絞って顔を上げあの人の顔を、前髪越しにあの人の目を見て言葉を紡ぐ


「ありがとう・・・ございます・・・」

他人と言葉を発した事が記憶にない程の昔なら、最後に他人の目を見たのは一体いつだろう

直後、あの人の瞳は私を射抜き全身に金縛りがかかったかのような錯覚を私は覚えた

嘲笑や悪意、そういう類の感情がない強い意志を持った真っ直ぐな瞳

その瞳があまりに綺麗で、私は魅入ってしまっていた


「えっと、その、どういたしまして」



あの人のその言葉で我に返り、顔に熱が灯り始めて即座に顔を伏せる

顔が熱い、息が荒くなる、胸が苦しい、視界が揺れる

人と話しただけでなく目まで合わせた私の心は決壊寸前だった

それでも何故か不快感はなく、むしろ苦しい筈の胸がほのかに暖かかい

「だ、大丈夫ですか?」


「・・・・・・・お引き取り・・・ください」



喉の奥から声を捻り出し、私の心配をするあの人を無理矢理外へ追い出す

帰ったのを確認した後、店に戻るが歩みがおぼつかない。

フラつきながらもやっとの事で店の隅へたどり着いた私は、また膝を抱えてうずくまった

いつも心を落ち着けるこの空間が、今日は役に立たない。きっとあの人の瞳が忘れられないから

落ち着いたのは、空に月が上り辺りが静まり返った頃

お店の外へ出ると、冷たい風が顔の熱を奪い心地良かった

ふと頭上を見上げると今まで見た事が無い位、綺麗な星空がそこにあった

時を止めて以来、久し振りに見た外の世界は書の世界とは違い光に満ちていた

それから三日間、私は叔父に任されたお店を休みにして外の世界を見て回った

外の世界と言っても、町内で人通りを避けて歩き回っただけだけ

それでも、今まで引き篭っていた私にとっては未知の世界だった

そして四日目の今日、私はお店へ戻り店番をしている

本を流し読みしながら、あの綺麗な星空は幻想だったのではないかと私は思っていた

町内を歩く人達、夕焼けに染まった綺麗な町並み、空に映る満天の星空

色んな風景を見ながら三日間歩き回っても、あの星空の時のような感動を感じる事は無かった

きっとあれは夢だったのだろう、私の中でそう完結してしまいそうだった

私は本を読んでいて『書の世界はどこか時が止まったような感覚がある』そう感じる事がある

それが何故かは未だに分からない、だけどどんなに面白くて

先が気になった物語でも読み終えた瞬間それは過去となる

それと同じであの時の星空は『何かの夢だった』と考えて完結させ、終わらせようとしている

あの星空を見たとき私の中で何かが変わった、少しだけど時が動き出した

瞳に映る世界が今までと違ったように見えた、何故かは分からないけど

だけどこの気持ちや想いを完結させた時、昔と同じようにまた私の時が止まる。外の世界が色褪せてしまう

でも、止まればまたいつもの日常が帰ってくるだけ、大学で文学について学び、空いた日には書の世界に身を投じる

今までと変わらない、平和な日々をただ生きるだけの生活が戻るだけ

そう考えて、私は手元にある本から目を離し窓越しに空を見上げた

青々としたとても綺麗な青空が広がっているのに、それが私の心に届く事は無い

だんだんと私の視界が狭まっていく。この青空を見る私のこの目が閉じきった瞬間、私の時が再び止まるのだろう

それがとても辛くて悲しくて、目から涙が溢れそうだった

「何かあったんですか?」



いつ店に入ってきたのだろう、唐突に近くで誰かの声が聞こえた

あまりに突然な事で驚いて、閉じかけた目を見開き声のした方を向く

向いた先にはあの人が居て、あの時と同じだけど少し戸惑いが混じった瞳があった

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