春香「AM@ZON」 (79)
それはなんでもない平日の帰りのことでした
レッスン終了後は事務所には戻らずにそのまま直帰するように、と指示を出されていたので私の足は必然的に駅へと向かっていました
ですが、その後私が駅に着くことはありませんでした
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「貴音さん……?」
視界の端で捉えた仲間の姿
位置的には車道4車線を挟んだ反対側の歩道に居た為、声をかけられる距離ではありません
なので普段ならそのまま素通りする所です
が、
それは普段の彼女からは想像出来ないものでした
歯を食いしばり手足をめちゃくちゃに動かしながら走る姿
よく見れば服もスカートの裾が破けています
それはまるで何かから追われているようにも見えました
そして彼女はそのまま路地裏に入り、私の視界から消えていきました
……どうしよう
あの様子では間違いなく何かトラブルに巻き込まれているに違いはありません
正直な所、あんな表情を浮かべる彼女を見たのは初めてなので少しこのあとのアクションを考えあぐねていました
プライベートでも仲の良い響ちゃんに聞けば何かを知っているかもしれません
でも、突発的なことであればプロデューサーに連絡を入れた方が……
「……よし」
気づけば体はその路地に向かって動いていました
普通に考えれば間違いなくよろしくない選択をしているのは分かっています
それでも私は小走り気味にそこへ足を進めます
確証はありませんし、どうしてそう思ったのか自分でも分かりません
ただ、私の中の何かがこれが正しい選択であると後押ししてくるのです
さて、私はどうしたらいいのでしょうか
距離的にはまだ充分逃げられる余裕があります
「……げっ、…………くっ…………に……っ!!」
まだ彼女が『四条貴音』である内に
もう彼女の様子からしても、人間としての自我が保てる時間はそう長くはなさそうです
それを過ぎしてしまえば恐らく私は、そこら中にぷかぷかと浮いている残飯と同じモノになってしまうでしょう
ならば取るべき動きはただ一つです
カツン、
一歩前進
彼女が下がるスピードよりも早く
更に1歩足を進めて
「……っ!………………!!」
叫び声など気にも止めません
ただ、自分の本能が赴くままに
私が思う正しい選択を
距離が近づくに連れ、彼女も徐々に抗え無くなってきたのか徐々に体の1部が人のそれではなくなってきていました
悲痛に叫ぶ声とは真逆に歪むように釣り上がる口角
後退はしているものの先ほどとは違い、寝転がる様な姿勢から上半身はしっかり上げられ、いつでも動けるような体制に変わっています
でも構いません
私は迷わず歩を進めます
少女に迫る怪人のように
迫りくる私から逃れようと彼女も必死に後ろへ下がりますが……、
そこまで広くないフロアです
気付けば彼女は一番奥の壁に背をぶつけていました
もう逃げ場はありません
更に歩幅を大きくし距離を詰めます
間はおよそ1m
手に持っていたハンドバック放り捨て、少し両腕を広げ、
「もう逃げなくていいですよ」
徐々に白い美しい肌を艶のある黒い皮膚へと変化させる彼女に歩み寄ります
既に背中にはさっきみた尻尾も生えています
「!!!!!」
言葉にならない声を上げ、泣きながら私を拒むように腕を突き出してきました
それと同時に私の体に衝撃が走り、フロア中に炸裂音が響きます
そして、一息後に後ろからボチャリと水溜まりに何かが落ちる音
「っと」
思わず転びそうになりますが何とか踏ん張ります
よし、まだ動けます
アドレナリンがドバドバです
目の前の彼女は突き出された自分の腕と、それと同時に飛び出した尻尾を見たまま固まっていました
様子からして反射的に出てしまったのでしょう
ですが、それを見逃しません
彼女がショックで固まっている隙に、半ば飛びかかるような形で私は彼女の体に自分の体を重ねます
しかし、日頃から転び癖のある私が果たして片腕のない状態でバランスが取れる筈もなく
「うわっと!?」
重ねようとした直前に足を滑らせ、左腕で彼女を引っ張りながら体を倒してしまいました
……どうしよう
本来ならそのまま抱きしめようと思っていたのに
痛みこそありませんが、もう体を持ち上げる元気はもうありません
仕方がないので位置的な関係もありましたが、体を仰向けにして自分のお腹に彼女の頭を抱えるような体制をとります
その直後気がついたのか、彼女は体をビクンとさせてた後にぶるぶると震え出しました
「なぜ……、逃げないのです、か」
「私がこうしたいからです」
「……どうなるか、分かる……、はず、なのに」
「だからですよ」
「……どうして」
「……怖がらなくていいんですよ。私はただ、困っている仲間を助けたいですから。私がしたいがままに動いてるだけですから」
「それ、は」
「もう、我慢しなくていいんですよ」
「いけ、ません……」
「私にはこういう事しかしてあげられませんし、こうする事が1番良いと思ってますから」
「それ以上は……!」
「貴音さん」
「あ」
「……私を、食べて」
「あ、あ……、あ……」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!!!!!!!!!」
内側から抉られるような衝撃
やっぱり痛みは感じないけど、視界は徐じょに、くもっていく
これが、せいかいだとは、おもって、ない
でも、なにかが
わたしの
なか、の
なに
か
が、
……、
ここで私、『天海春香』の意識は途絶えました
────
──
「おいおい、なんだこれ……」
「清掃班への心配か?」
「そんな訳無いだろ。こっちに決まってんだろ」
「……やはりレジスターからの反応はありません」
「『ヤツ』に先を越された後かと思ってきたからこれかよ」
「どうする?」
「どうするって……」
「おーい!お嬢から連絡だ」
「……なんて来ている」
「『どちらも生きている状態で回収しろ』だそうだ」
「どうしますか?」
「どうもこうも……。雇い主からの指示通りに動くしかないだろ」
「了解しました」
「ったく。すんなり害虫駆除じゃ終わんねぇのかよ」
【1ヶ月後】
千早「……」
美希「千早さん、どうしたの?」
千早「美希……。もう撮影は終わったの?」
美希「うん、ミキの分はもう終わったの。だから千早さんを呼ぶよーにって」
千早「そう……」
美希「……」
千早「……」
美希「やっぱり千早さんも納得いかない感じ?」
千早「……ええ。ずっと1ヶ月考えてきたけど、やっぱりおかしな話だと思う」
美希「だよね。急に3人もアイドル辞めちゃうなんて」
それはちょうど1ヶ月前
朝一番に春香と四条さんが事務所を辞めたことを伝えられた
その時私は一瞬で様々な事を想像したが、その顔で察したのかプロデューサーからは
「2人は一身上の都合で辞めただけ」
と言われた
それを聞いてほんの少しの間だけ安心した
少なくとも2人の身に何かが──、そんな話ではなかったということ
そしてその直後に湧いてくる何故あの2人が?なぜ同時に?
それ以上をプロデューサーに聞いても何も答えは返ってこなかった
『おかけになった番号は現在利用されておりません』
夕方、春香の家を訪れたがそこは更地になっていた
まるで初めから何もなかったように
先週私がお泊まりしたのも嘘のように
もう、どう考えればいいのか分からず、様々な感情が頭の中で入り乱れ私はその場でへたれ込み涙を流していた
春香は──、
その翌日、それは本当に不自然だった
どのメディアにおいても2人の引退が一切話題にされない
まだ2人とも名前が売れてきたばかりなのでテレビで取り扱わないのは分からなくもないが、アイドルの専門誌ですらも一切出てこない
ネット掲示板でも春香たちに関することを書こうとすると
『404エラー』
ファンクラブも消され、ファンでさえもなにもアクションを起こさない
それこそまるで本当に2人がいなかったように……
ここで私はある考えに至る
2人は何か、それこそ国家規模のとんでもない事に巻き込まれているのではないかと
そして更に翌日、水瀬さんが事務所を辞めた事を聞かされると同時に疑惑は確証に変わる
一応水瀬さんは海外留学というもっともらしい名目ではありました
ですが、あんなにも仲の良かった高槻さんさえも、そのような話をしていなかったというかなり不自然でした
それから立て続けに3人も辞めるという事態には他のメンバーも堪えたようで、この1ヶ月の間に私と美希以外は活動を休止してしまいました
社長からも落ち着くまでは休んではどうかと勧められましたが、私たちは敢えて続けることにしました
全ては真相を知る為に
千早「そうね。でも、私たちには仕事があるわ。今はそれに集中しないと」
[どうだった?]
美希「そうだね。まだあっちは準備中みたいだから……、それまでラジオの台本打ち合わせでもしよっか」
[口止め?みたいなことはされてるみたい]
千早「……じゃあ、ここから」
[知ってそう?]
美希「この話題は次の曲に合わなそうなの」
[見た感じ3人の件はスルーって感じ]
台本の打ち合わせという形での情報交換
もしこの件の規模が私の想像通りなら、私たちも監視されているかもしれない
ならば少しでも誤魔化せるようにと筆談で交わす
自然な形で
現に2週間ほど前から事務所には見慣れない人達が彷徨くようになったから
今の私たちはもう、誰も信用出来ない
スタッフ「準備ができましたよー」
千早「はい、今行きます」
美希「……」
[続きは次の現場で]
美希「……」
千早「美希?」
美希「頑張ろう、ね」
千早「……!ええ」
決して表情には出ないよう瞳を濡らす美希は実に頼もしく見えた
彼女も春香を姉のように慕っていたからこそ、こうして私と共に動いてくれている
だからこそ私は守らなければならない
危険な事をしているかもしれない
だからこそ彼女だけはどんなことがあったとしても
カメラマン「はい、ではまずそのベンチで──」
千早「こうですか──」
カメラマン「いえ、もう少し──」
美希「このほーが──」
カメラマン「では、それを──」
千早「……あまりこれは──」
美希「でもでも──」
カメラマン「うーんそれなら──」
たんたんとこなす仕事ではあるが、今ではこの時間が唯一の落ち着ける時間になっている
この時間だけは前とは変わらないものだから
強いて言えばその隣に春香がいない
それだけの、とても大きな違いはあるが
美希「これでおっけー?」
カメラマン「はい。ではそのまま、」
ガチャンッ
カメラマン「ぐっ……!」
美希「!?」
千早「大丈夫ですか?」
カメラマン「す、すいません。ちょっと、気分が」
バタッ......
千早「きゅ、救急車を!」
カメラマン「ぐ、ぐぅっ……!」
スタッフA「2人は控え室の方にお願いします!」
スタッフB「大丈夫ですか!?」
カメラマン「……も、もう、ダメかっ!!」
スタッフB「取り敢えず仰向けに!」
カメラマン「に、逃げ、あ、ああ……」
「がああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁ!!!!!」
叫び声と同時に倒れ込んだカメラマンの体から蒸気の様なものが勢いよく吹き出す
スタッフB「なにこ」
直後、カメラマンの近くにいたスタッフの私たちの視界から消えた
美希「……ドッキリ?」
だがそれは消えた同時に私たちの足元に転がり込んできたボール……、スタッフの頭部で否定される
そして蒸気が消えた時、それは姿を現す
「Aaaaaaaa……」
人ではない何かがそこには立っていた
千早「美希!」
強引に彼女の肩を押しながら走り出す
じっくり観るまでもない
アレは正真正銘の化け物だ
逃げる以外にアレから生き延びれる選択肢はない
幸いもアレは私たちとは別の方向を向いていたのか追ってくる様子はない
だが、背中にはあの現場にいたスタッフ達の悲鳴と絶叫が絶えず響いてくる
千早「美希、まだ走れる!?」
美希「う、うん」
千早「ひとまずは下の階に降りるわよ」
美希「それからどうするの……?」
千早「タイミングを見計らってこの建物から脱出、その後に警察へ連絡ね」
美希「今すぐしないの?」
千早「ここでするのは色々踏まえても危険だわ。今1番優先すべきは自分の命を確保することよ」
美希「……」
現状で1番不味いのは、生き証人が居なくなること
この建物内には私たちと撮影スタッフ以外がいなかった事を考えると、あの化け物の目撃者は私たちしかいない
必ず1人は生きてこの状況を外に伝えなければならない
美希だけでも、必ず
美希「千早さん」
千早「なに?」
美希「声が、止んでるの」
千早「えっ……」
それはつまり
「Aaaaaaaa……」
千早「危ない!」
それは真っ直ぐ美希へと向かい高速で伸びくる
咄嗟に美希を押しのけ、
ドシュッ
千早「がっ……!」
美希「千早さんっ!?」
肩に生じる痛み
アレの手から伸びた針状のものが私の肩を貫通している
「Aaaaaaaaaaaaaaaa!!」
千早「っ!!!」
強引に持ち上げる様に引き抜かれ、肩口から血が吹き出す
まだ致命傷ではない
だが、いよいよこれは腹を括らざるを得ない状況だ
「Aaaaaaaaaa……」
美希「血が、血が!と、止めなきゃ、」
千早「美希!!」
美希「っ」
千早「逃げなさい」
美希「で、」
千早「早くっ!!」
美希を後ろへ押しのけ、壁に駆け寄り消化器を引っこ抜き投げつける
火事場の馬鹿力と言うのが働いているのか、消化器は私の普段の腕力を無視して飛んでいく
「!!」
だが呆気なく叩き切られる
あと2本
背後から足音が遠のいていく
美希は逃げてくれたようだ
この場に残るのは私と化け物
「Aaaaaaaaaa……」
千早「ここから先へは行かせない!」
消火器を掴み投げつける
反応が遅れたのか今度は頭にぶち当たる
「Aaaa!」
多少は効いているようだ
頭を抱えるように悶えている
これなら何とか
千早「っ!」
続けざまにもう1本
これで最後だが、怯んでくれるなら私も逃げる隙が
「Aaaaaaaaaa!!!!」
だが、その目論見はあっさりと切り裂かれる
化け物の身体中から針が飛び出し、私の投げた消火器は当たることなく針に突き刺さり静止する
千早「なっ……!?」
針が引っ込みごとりと消火器が落ちる
1本だけなら回避も出来そうだが、あの量は……
「Aaaaaaaaaa!!」
詰み、か
化け物の全身から針が更に量と勢いを増して飛び出す
千早「っ!」
全力で後ろへ飛び退くが、
千早「づあっ!!」
庇うように出した腕と脚に突き刺さる
そしてそのまま横薙ぎに体を壁に打ち付けられる
千早「かっ……」
ゴキリッと、何処かの骨が折れる
針が抜けるが、私はそのまま受身も取らずに倒れ込む
「Aaaaaaaaaa……」
近づいてくる足音
ぽたぽたと何かが落ちる音もする
逃げないと……
千早「ぁ……、」
でも、もう声を出すことすらままならない
べちょりと顔に液体がかかる
腐臭に似た匂い
視線を上げると化け物が口からそれを垂らしながらこちらを見下げている
唾液か
つまり私は食べられるのか
髪を掴みあげられ強引に体を持ち上げれる
そして化け物は私の首元にその口を大きく広げながら近づいてくる
迫る、死
だが、今の私は動くことも、声を出すことも、涙を流すことも出来ない
人間は死ぬ間際に走馬灯が流れると聞いたことがあるが、それすらもない
ただ、脳裏に浮かぶのは、嘗て事故で失った弟の顔、こんな私に妹の様に懐いてくれた美希の顔
そして、
千早「……春香」
私のただ1人の親友の顔
千早「さようなら」
「それはまだ早いよ」
勢いをそのままにぶん殴る
義手の人工皮膚が剥がれるのも無視して拳を振り抜く
どうもこの実験体は耐久性が低いのか、そのまま綺麗にぶっ飛んでいく
その直後耳に怒鳴り声が飛び込む
『あんたなに勝手に突っ込んでのよ!!』
「ごめんごめん!でも、助かったわけだし、」
『ったく。まあ、言うことを聞かないのはいつも事だけど』
「あはは……」
『下にも潜んでたみたいだけど、もう処理は済ませてるわ。そこも含めて今のところ2名の生存者と言ったところかしら』
「ならここはこれで最後かな」
『そうね。じゃ、任せるわよ』
「はーい」
「まあ、この程度で沈んだら苦労はしないよね」
「Aaaaaaaaaa……」
ゆっくりと実験体は起き上がる
「よし、やろっか」
「待って!」
くいっと、ズボンの裾を引っ張られる
「……なに?救護班は呼んでるけど、喋らない方がいいよ」
「……春香、なの?」
「……」
「答えてっ!」
「私を見て、それは決めて」
──あらいいの?あんなに会いたがっていたのに
今の私はもう、『天海春香』じゃないから
──面倒ね。本質はなにも変わらないのに
それを決めるのは私じゃないから
だって私は、
『ζ ゼータ』
「……アマゾン!」
『All kill! All kill! Death to all...』
「!!!」
「今の私には殺すことでしかあなた達を救えないから……」
──だからあの子以外は殺して救ってあげる
END
短い内容をダラダラと続けてましたが、ここで終わりです
ここまでを前編にした後編も考えていましたが、ただの長たらしい説明で終わりそうだったのでやめました
この後考えていた設定等を載せますので、その後のストーリーについてはそらでご想像の程をお願いします
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