貴音「黒馬のお武家様」 (46)

注意
・「アイドルマスター」と「花の慶次~雲のかなたに~」のクロスSSになります。
・アイマスの方はあまり詳しくはないので、アイマス勢の設定口調等はご容赦くださいませ。


――765プロ事務所

P「貴音のやつ、遅いなぁ」

小鳥「もう約束の時間を30分も過ぎてます」

亜美「珍しいね。お姫ちんが遅刻って」

真美「しかも電話にも出ないなんてね」

響「自分、もう一度かけてみるぞ!」

P「なにかトラブルに巻き込まれてなければいいけど……」

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1534650736

ガチャ

貴音「はぁ、はぁ、も、申し訳ございません。遅れてしまいました」

亜美「あ、来た」

P「貴音! いったい何してたんだ。電話にも出ないし。みんな心配してたんだぞ」

貴音「本当に申し訳ございませんでした。少々厄介事に巻き込まれておりまして……」

小鳥「と、とりあえず落ち着いて。座って水でも飲んでから話して」スッ

貴音「ありがとうございます。頂戴します」

真美「それでお姫ちん、なにがあったワケ?」

貴音「はい、実はかくかくしかじか……」

P「なるほど。話は大体わかった。ここに来る途中で携帯を落としてしまい、探しに戻った先でそれを拾ってくれていた強面の男二人組に謝礼としてしつこく言い寄られていたと」

亜美「しかも、デートしないと携帯返さないって」

小鳥「フツーに犯罪じゃないそれ」

貴音「急いでいると何度も申したのですが、こちらの言い分を一向に聞きいれてもらえず仕舞いで」

P「それで、その後はどうなったんだ?」

貴音「それが……とある御仁に助けていただきまして」

亜美「なにそのロマンチックなてんかーい!」

真美「白馬の王子様ってやつ?」

貴音「というより〝黒馬のお武家さま〟と言ったほうが正しいような気もします」

P「まあ、でも貴音が無事で何よりだよ。その人の連絡先とか聞いてないか? お礼をしないと」

貴音「あなた様がそう仰るだろうと思いまして、お連れして御座います。どうぞお入りください」

???「おっ、もうよいかね?」

――それは、身の丈六尺五寸(190cm)を優に超える大柄な男であった。

煌びやかな反物で拵えた着物を身に纏い、頭には髷という派手な風体。豪胆な雰囲気の中にも凛然さを兼ね備えた、なんとも匂い立つような美事な男ぶりであったという。

貴音のそれが決してただの比喩ではないということは、男の後ろで嘶く黒鹿毛の巨馬が雄弁に語っていた。

悠々と煙管を燻らす振舞いに、皆は一様に息をのんだ。

貴音「こちらが、私を悪漢どもから助けていただいた方です」

P(……)

亜美(……時代劇?)

真美(……ドッキリ?)キョロキョロ

小鳥(……喫煙スペース行ってくれないかな)

響(でっ、でかい! これでも馬か!?)

慶次「ん? 俺の顔に何かついてるかね?」

P「あ、いえ。失礼しました。貴音のプロデューサーを務めておりますPと申します。この度は弊社のアイドルを助けていただき、感謝致します」

慶次「ほほう、物珍しいものばかりあるなぁ! 南蛮の品々か?」キョロキョロ

亜美「全然聞いてないね」

ガチャ

春香「ただいま戻りましたー。って、なんですかこの馬は!」

やよい「うっうー、おっきいですねー」

あずさ「あらぁ~」

千早「いったいなんの騒ぎです?」

P「ああ、みんなおかえり。えーっと、どっから説明していいやら」

小鳥「というより、まだ私たちも頭の整理ができてないっていうか」

P「あ、あのう。すみません……」

慶次「ん? おおっ!?」

P「」ビクッ!

慶次「ほほう、なるほど。貴音が言っていた〝ぷろだくしょん〟とは遊郭のことだったのか」

千早「ゆ、遊郭って……」

春香「今どき言わないよね」

小鳥「それ以前に水商売と勘違いしてるわね」

高木「気に入った!」

P「うおっ」ビクッ!

P「し、社長。いつの間に」

高木「話は聞かせてもらったよ。何といい面構えだ。ティンときた! 君のような人材を求めていたんだ。是非、我が社のプロデューサーとして働いてみないか?」

小鳥「えええっ!?」

P「社長! それはいくらなんでも唐突過ぎますよ!」

高木「いいや、このわたしの目に狂いはない。彼こそ、このプロダクションに必要な人材だ。間違いない」

小鳥「アイドルより目立った格好のプロデューサーなんて前代未聞ですよ。それにまだこの人の素性もわからないのに」

高木「君は惚れた男にいちいち履歴書を書かせるのかね? それに私くらいになれば本当に優秀な人材は一目見ただけでわかるのだよ」

小鳥「」

P「小鳥さん、諦めましょう。こうなった社長は止められない」

高木「では、さっそく担当してもらうアイドルだが――」



高木「やはり四条くんにしようと思うのだが、どうだろう?」

P「いや、私に聞かれましても。まあ、社長がそう仰るのであれば私は異論はありませんが。貴音はどうだ?」

貴音「わたくしは構いません。貴方様がそうしろと仰るのであれば」

響「あはは、くすぐったいぞ! 松風!」

松風「ブルルルル! ヒヒーン!」

P「えーと、突拍子もないお話なのですが、どうでしょう?」

慶次「よくわからんが、俺は別に構わないぞ」

P「では、改めてよろしくお願いします。えっと……」

貴音「この方は前田――」

貴音の肩を指でトントンと叩いた男は、その人差指を自身の口に当てパチリと片目を閉じて微笑んだ。

黙っていろ、の合図であると察した貴音はただ一つ、こくりと頷いて返事をした。

慶次「やぁやぁ申し遅れました。手前、雲井ひょっとこ斎と申す」

P「ひょ、ひょっとこ?」

亜美「変な名前~」

慶次「はっはっは! ヘンだろ? でも皆がそう呼ぶんでね」

慶次は元来、己をそう称して戯れるクセがあった。雲のように自由気ままな男、前田慶次。

こうして、戦国一の傾奇者。英雄的快男児のアイドルプロデュースが始まったのであった。


――東京都内某レコード店「四条貴音 CD発売イベント&握手会」特設会場

慶次「天下無双の美貌と美声! 765プロ一押しの〝あいどる〟四条貴音が渋谷見物に参って候! さあさあ、寄ってってちょうだいよー!」

ファンたち「うおーーっ!!」

P「心配だからこっそり見に来ましたが、なんとかうまくやってるみたいですね」

小鳥「いやいや、どちらかといえばあの人の方が目立ってますよ。というか、なんであの馬まで連れて来てるんですか。よくお店も許可しましたね」

慶次「なあ、アンタ。貴音のどこが好きなんだい?」

ファンA「ぜ、全部ですぅ~!」

慶次「う~む。貴音は確かに胸も尻もたわわに実っておるからのう。ヨッ、このスケベ!」

貴音「///」

ファン「ははははは!」

小鳥「……大盛り上がりですね」

P「どうやら杞憂だったみたいですね。ここは雲井さんにお任せして僕らは事務所に戻りましょうか」

小鳥「ええ、そうしましょう。……あら?」

P「どうしました?」

小鳥「いえ、あそこの黒い帽子にサングラスの人。ちょっと怪しくないですか?」

小鳥の指さす方。キャップを目深く被った男は上着の両ポケットに手を入れたまま列に割り込みながらズンズンと突き進む。

松風「ブルルルッ!」

慶次「ああ、わかっているさ。松風」

貴音まであと僅かというところで、男はポケットから手を抜いた。

P「あ、危ない!!」

男の手にはサバイバルナイフ。それを逆手で握り、血走った眼で貴音を今にも斬りつけようとしていた。


慶次「一応、理由を聞いといてやる。なぜこんなことを?」

お前ら「貴音たんは僕だけのものだ! 誰にも渡すもんか!」

慶次「つまり、貴音を殺して自分だけのものにしようと?」

お前ら「そうだよ! 邪魔をするな!」

慶次「は~ん」プカァー

貴音「はっ、いけない! 慶次殿の〝あれ〟が出る!

コーン、コーン

慶次は男の握るナイフを指で挟んだまま、その峰で持ちかえたキセルを二度、打ち付けて灰を落とした。それが合図である。

慶次「ふんっ!!」

ドパァァァァァン!!

お前ら「あいとわ!!」

慶次のキセルは純金の特注。並の男では両手で持ち上げることすら叶わぬ一級品である。そんな代物に慶次の腕力が加われば、顎の骨など一撃で砕けてしまうのは必定。貴音に絡んだチンピラを叩きのめしたのも、このキセルによる殴打であった。

お前ら「あばばば、ふがふが!」

P「小鳥さん、警察に電話を。それと救急車も」

小鳥「今呼んでます!」

ファンB「貴音たんに危害を加えようとするなんてファンの風上にも置けない奴め!」

ファンC「そうだそうだ! みんなでとっちめてやろうぜ!」

ウォォォォ!!

お前ら「あひ~~!!」

慶次「そこまでだ。充分反省してるさ。もうこれ以上、こいつを痛めつける必要はない」

ファンD「なんで庇うんだよ!」

ファンE「こんなやつ、死んでしまえばいいんだ!」

慶次「ふーっ、やれやれ。仕方ない。お前ら全員マラを出せ」

ファンたち「はぁ!!?」

慶次「ええい、つべこべ抜かす前にマラを出さんかぁーー!!」

慶次はあろうことか集まっていた男を全員裸にひん剥いたのだ。これには貴音も慌てて顔を覆った。

慶次「なんだ貴様らその縮み上がった情けないマラは!! よくもそれで〝ふぁん〟を語れたものだな!!」

ファンたち「……」

P「なんで俺まで……」

慶次「みろ、こいつのマラを。ものは小さいがこんな状況でもしっかりと勃っておる」

お前ら「///」

慶次「隠すな。それでいいんだ」

慶次「惚れた女の前で奮い勃たない奴は男じゃないさ。それにソレは本来、男にも女にもありがたいモノではないかね。これを不浄と罵る奴は俺が許さん」

慶次「さあ、存分に見てやってくれ。貴音」

貴音「えっ!? いや、しかし///」

慶次「こいつの行動は確かに間違っていた。しかし、お前を想う気持ちは本物だ。この健気にそそり立ったマラがその旗印だ。こいつの男気に免じてこの一件、どうか許してやってくれんか?」

貴音「わかりました! わかりましたから!///」

慶次「皆もこいつのことを許してやってくれんかね。俺からもこの通りだ」ボロン!

貴音「慶次殿まで///」

その場にいた男性陣は慶次の見事な采配と男ぶり(一物)に、皆一様に涙を流し拍手で称えた。

慶次は貴音の命。そして過ちを犯した男だけでなく、この場にいた男たちの心をマラだけで救ったのだった。

この慶次の傾いた珍事は瞬く間に全国に駆け巡り、連日ネットやニュースで取り上げられる騒ぎとなった。

後にあの場に居合わせたファンの一人はこう語る。

『あの犯人は間違いなく〝見られて興奮するタイプのマゾ〟であった』と。

P「なんで俺まで……」シクシク

小鳥「」カメラパシャパシャ

――765プロ 事務所

亜美「ねぇねぇ、雲井P」

慶次「ん~?」

真美「うちらも傾奇者になりたいYO!」

慶次「あのなあ。そもそも、お前たち傾奇者とは何かわかっているのかね?」

亜美「派手っ派手な服を着て目立てばいーんでしょ?」

真美「カンタンカンタン」

慶次「真の傾奇者とは見た目が派手なだけでは駄目だ。そうだな、生き方と言ってもいい」

亜美「生き方?」

慶次「いつでもどこでも己の意地を貫き通す生き方。そして、自由気ままに振舞う生き方さ」

真美「なにそれ! チョー憧れる!」

慶次「なら問うが、もし真美がP殿に『大衆の前で恥を晒してこい。それが次の仕事だ』と言ってきたらどうするかね?」

真美「え~、嫌だけど、兄ちゃんがそう言うのなら。んでもって、お仕事ならやる……かなぁ」

慶次「俺ならすっぱり断る」

亜美「もしどうしてもって強要されたら?」

慶次「その時はP殿を斬る」

真美「うえっ!? 殺しちゃうの!」

亜美「でも、そんなことしたらケーサツに捕まっちゃうよ」

慶次「ならそのケーサツとやらも悉く殺そう」

真美「そんなことしたら、死刑になちゃうYO!」

慶次「そう、それだ!」

亜美、真美「へっ?」

慶次「自由気ままに意地を立て通すというのは、それ即ちいつどこで死んでもいいという野垂れ死にの自由と隣り合わせなんだ。俺は俺のやりたいように振舞う。いずれそれが災いして死罪となり果てるのなら、それもまた一興。最期まで意地を立て通せたのなら悔いはないさ」

真美「傾くのってタイヘンなんだね~」

亜美「そうだねー」

慶次「ああ。一人だけおったぞ。てれびとやらで特集されておった南蛮の女人」

亜美「外国の人? だれだろ?」

真美「ハリウッドスターとか?」

慶次「確か……なんちゃらガガと言ってたかな。あの娘は大層傾いておったのう」

亜美「ガガ様は仕方ない」

真美「うん、仕方ない」


響「あはは、くすぐったいぞ!」

慶次「ほ~、松風を手懐けられるとは大したものだ」

貴音「響はどんな動物とも打ち解けられますから」

響「ねえ、雲井さん! 松風に乗ってもいいかな?」

慶次「それは俺に聞かないで松風に直接聞いたらいい。こいつが乗せるというのなら乗ってみな。だが、気をつけろよ。そいつは――」

響「よーし! いくぞ松風!」

松風「ヒヒーン!!」

ブンブン!

響「わっ、わっ! おち、落ち着いて松風! 落ちちゃうから!」

松風「ガオオオ!!」ポイー

響「うわーーー!!」

貴音「響!」

ドシーン!

慶次「あ~あ、言わんこっちゃない。松風、お前も少しは手加減してやれ」コツン

松風「ブルルルル」

貴音「大丈夫ですか? 響」

響「ま、ますます気に入ったぞ、まつかぜ~」バタン

ドタドタドタ、ガチャ

P「みんな、ビッグニュースだ! って、なんだ今のすごい音は」

貴音「おかえりなさいませ、あなた様。今のは響が松風殿に振り落とされた音にございます」

響「いたた……。お、おかえり~。プロデューサー」

P「なにやってんだよ響。遊ぶのもいいけど、怪我だけはしないでくれよ」

貴音「それであなた様。びっぐにゅーすとは、一体何事でしょうか?」

P「おお! ちょうどいい所にいてくれた貴音! 聞いてくれ。実はお前に大河ドラマのオファーが来てるんだ!」

亜美「え~!? すごいじゃん!」

真美「お姫ちん、大河デビューだぁ!」

貴音「わたくしが、大河に?」ポカン 

P「あれ? 嬉しくないか?」

貴音「いえ。あまりにも唐突過ぎてどのような反応をしたらよいのやら……ですが、とても光栄に存じます」

P「そうか。俺も嬉しいよ。まさかうちの事務所からお声がかかるなんて夢のようだよ。あれ? ところで雲井さんは?」

貴音「先刻、散歩に行ってくると事務所を出て行ったばかりです」

真美「入れ違いだったねー」

P「そーかぁ。明日にも打ち合わせがあるから雲井さんにも連絡しないといけないんだけど、あの人会社の携帯いつも持っていかないんだもんなぁ。ちょっとその辺探してくるよ。あれだけ目立つんだ。すぐ見つかるだろ」

亜美「あー、今は行かない方がいいと思うYO!」

P「へっ? なんで?」

真美「なんかねー、さっき兄ちゃんのこと斬るって言ってた」

P「」

――都内某所、三つ星ホテル内宴会場

社長「えー、本日はこのプロダクションから大河の主演女優が誕生したというたいへん喜ばしい日であるからして、我が社の今後の発展と益々の――」

小鳥「社長。あまりお話が長いと女の子たちが……」

美希「zzz・・・・・・」

やよい「うっうー、お腹空きましたー」

あずさ「あらあら」

高木「コホン。まあ、今夜は貴音くんの祝賀会だ。皆無礼講ということで大いに飲み食いして楽しんでくれたまえ。乾杯!」

カンパーイ!!!!

美希「ハニー。お酌してあげるの」

春香「あっ、ずるい! プロデューサーさん! 私もお酌してあげます!」

P「お、そうか? じゃあお願いしちゃおうかな」

亜美「こんなおいしーもの滅多に食べられないから今のうちに詰め込んどかなきゃね!」

真美「会社のお金で食べるご飯は格別ですなぁ!」

伊織「ちょっとアンタたち! 食い散らかすならもっと向こうでやんなさいよ。服が汚れたらどうしてくれるわけ?」

やよい「あ、伊織ちゃん。そこのお肉をこのタッパーに詰めてくれたら嬉しいかなーって」

響「これもみ~んな、貴音のおかげだなっ!」

貴音「……」

響「貴音?」

貴音「ハッ。ど、どうしましたか? 響」

響「いや、ぼーっとしてたみたいだから。もしかして、楽しくない?」

貴音「いえ、なんでもありません。最近、ちょっと忙しくて疲れているだけです」


雪歩「いつも夜遅くまで稽古してるみたいですしね」

亜美「お相手役の人って今話題の超イケメン俳優でしょー」

真美「遅くまで練習って、なんかやらし→」

貴音「」ビクッ

真「手伝えることがあれば何でも言ってくださいね。僕たちで良ければ力になりますから」

貴音「え、えぇ。ありがとうございます」

あずさ「はぁ~、おいしい♪」

千早「ちょっと、あずささん。飲み過ぎじゃないですか?」

あずさ「大丈夫よ。これくらい」

慶次「おっ、あずさ殿。いけるクチですな」

あずさ「あらぁ。雲井さん」

慶次「では、拙者とひとつ。飲み比べといきませんか?」

あずさ「うふふ~、では、お手柔らかに~」

小鳥「プロデューサーさん、私たちも負けてられませんよ!」

P「い、いや俺はいいですって」

――1時間後

P「だ、大丈夫ですか? あずささん、小鳥さん」

あずさ「あらあら~。プロデューサーさんがいっぱ~い」

小鳥「ウェップ も、もうダメです。流石にこれ以上は……」

亜美「うわ~、雲井兄ちゃんすっご~い!」

真美「酒樽ごと担いじゃってるYO!」

慶次「んぐっ、んぐっ、んぐっ! プハーッ! ささっ、P殿。返杯だ」

P「いや、これ以上呑める人はもういませんよ」

慶次「そうかね? 俺はまだまだ呑み足りんくらいだがな」

千早「酒豪というレベルを頭一つ抜けているというか……」

小鳥「〝ざる〟とはまさにこのことね」

貴音「慶次殿。では、もう一献差し上げましょう」スッ

慶次「おお、貴音か。では、もらおうか」

トクトクトクッ

慶次「」グッ

慶次は大盃に注がれた酒を黙って干した。

貴音「……」

慶次「俺になにか話でもあるんじゃないか?」

貴音「……いえ。何でもありません」

一瞬垣間見た貴音の表情の変化を悟れぬ慶次ではない。

しかし、敢えて追求しなかった。言葉を噤む理由があるのだろうという慶次なりの配慮であった。

――撮影現場、本番前

慶次「……」イライラ

真美「雲井兄ちゃん、なんか機嫌悪いね」

小鳥「いつもの着物じゃなくてスーツだからじゃないかしら? あ、もしくは現場が禁煙だからとか?」

亜美「違うと思うよ。だってこの前の宴会の後からずっとあんな感じだったもん」

P「どんな理由があるにせよ、貴音のプロデューサーを任せているんだからあんな調子じゃ仕事に支障をきたす。俺が一発ガツンと言って来よう」スタスタ


P「あ、あの、雲井さん」

慶次「なんだ」ギロリ

P「イエ、ナンデモナイデス」

小鳥「プロデューサーさん、ビビってどうするんですか!?」

P「いやいやいや、ビビるなって方がムリな話ですよ!」

響「仕方ないなぁ。自分が聞いてみるさー」

響「はいさい雲井さん! 何をそんなにイライラしてるの?」

慶次P「この演目が気に入らんのよ」台本バシッ

響「貴音のドラマのこと?」

慶次P「何が悲しくて叔父御の半生を拝まにゃならんのか。まず第一にだな、叔父御はあんなに凛々しくないぞ」

響「主演の俳優さん、今売れっ子の実力派イケメン俳優だぞ」

慶次P「それに叔父御は信長に口添えし、父上から家督も持っていった。まあ、それ自体は俺も父上も恨んではいないがな」

響「なにを言ってるのかよくわかんないぞ???」

慶次P「なによりも一番気に入らんのは貴音の配役よ」

響「主人公の奥さん役だよね」

慶次はまつに惚れていた。貴音と実際のまつは雰囲気、容姿共に決して似てはいなかった。だが、演じる貴音の一挙一動が、慶次の記憶のまつとどこか重なるところがあった。それが慶次の心を揺さぶっていたのだ。

監督「次は利家とまつのプロポーズのシーン! よーい、アクション!」

貴音『あの時、貴方様に頂いたこんぺいとう。とても嬉しゅうございました』

イケメン俳優『なんの。只の砂糖の菓子じゃ』

貴音『いいえ。私には貴方でした』

小鳥「練習の成果出てるみたいですね」ヒソヒソ

P「ええ。毎日遅くまで残って稽古していたみたいですから」ヒソヒソ

慶次「亜美、真美。ちょいと頼まれてくれないか?」

亜美「へっ? いいけど」

真美「なにするの?」

慶次「俺の着物と槍を持ってきてくれ。ああ、槍は重いから松風を連れていくといい」

亜美「なんかよくわかんないけど……」

真美「面白いことが起こりそう!」

慶次「なあに、ちょっとした悪戯だ。悪戯というのは本気でやるから面白いのよ。まあ、見ておれ」

亜美、真美「あいあいさー!」

貴音『犬千代様。いいえ、利家様。私を貴方の妻にしてくださいませ』

俳優「まつ。わしと夫婦に――」

松風「ヒヒーン!」

俳優「うわぁ!? な、なんだこの馬は!」

慶次「わっはっは! 叔父御がこの馬は何かと聞いておるぞ。亜美、真美。さっき教えたアレをやれ」

亜美「へいっ!」

真美「合点だ!」


亜美「この鹿毛と申すは♪」

真美「赤いちょっかい革袴♪」

亜美「茨がくれの鉄兜♪」

真美「鳥のとさか立烏帽子♪」

亜美・真美「前田慶次の馬にて候~!」

慶次「前田慶次郎利益。罷り越しました」

貴音「慶次殿! それに亜美と真美まで」

監督「おい。慶次の登場はまだずっと先だよな?」ヒソヒソ

AD「はい。っていうか、あの人。そもそも慶次役の人と別人なんですけど」ヒソヒソ

俳優(監督。どうするんです、コレ)チラッ

監督(……)

監督(ツ・ヅ・ケ・テ)カンペ

AD「えっ! いいんですか!?」

監督「いいね~、彼。前田慶次のイメージにぴったりだ。ちょっとこのままやらせてみようじゃないか」

小鳥「……なんか、変な方向に向かってますけど」

P「ちょっと胃薬買ってきます」

俳優「コ、コホン。おおっ、慶次郎か。いったい何用じゃ?」

慶次「何の用とは異な仰せ。叔父御お忘れか。今日は拙者に槍の稽古をつけてくれると仰っていたではありませんか」

俳優「そ、そうであったか。いやしかし今日はあいにく槍を持ってくるのを忘れてしまってのう。また日を改めて――」

慶次「なんのなんの。槍ならば拙者のをお貸しいたしましょう」ポイッ

俳優「へっ、ちょっ、ちょっとま――ぐえっ!!??」

慶次が投げて寄こした朱柄の槍は鉄筋をいく条にも束ねてつくられている為、並の男が数人がかりでやっと持ち抱えられるほどの代物である。慶次はこれを小枝のように振るう。その一撃は巨馬の首すらもへし折る程であった。

慶次「流石は〝槍の又左〟と称された叔父御だ。おなごよりも槍を抱いている方がよう似合っておられる。では、その槍は叔父後へ献上致しますゆえ、手前はおまつ殿をありがたく拝領仕ります」

俳優「て、てめぇ。オレにこんなことしてタダで済むと思うなよ! たかが零細プロダクションのプロデューサー如きがこんなマネしやがって」

慶次は槍の下敷きとなってもがいている俳優を一瞥し、慶次は貴音の手を引いて松風の背に乗せた。

慶次「好いた惚れたの話であれば俺も野暮は言わん。だがな、地位や権力を笠に着て手籠にしようとするのならば是非もない」

慶次「本来ならばこの場で斬り捨てるところだが、お前のような下衆にも少なからずふぁんはいるのだろう。そいつらに免じて命だけは取らんでやる。だが、次はないぞ」

貴音「け、慶次殿……」

慶次「俺の〝ぷろでゅーす〟する女を泣かせるのならば、決着は死以外無いと心得よ!!」

――765プロ事務所

亜美「いやー、でも昨日は大変でしたなぁー」

真美「ほんとほんと。雲井兄ちゃんのカブキっぷりはスゴかったねー」

伊織「あんたたち、それ笑い事じゃないわよ」

亜美真美「へ?」

P「小難しい政治経済欄はともかく、お前らも一面記事くらい目を通した方がいいぞ」パサッ

『大河主演俳優大怪我! 765プロのプロデューサーによる暴行事件』

真美「なにこれ!?」

小鳥「各新聞社の朝刊の見出しは全部これ一色。朝から事務所の電話が鳴りっぱなしよ」

貴音「あなた様!」

P「貴音……」

貴音「此度の一件、どうかお取り計らいを」

P「残念だが、それは無理だ」

亜美「そんな!?」

P「向こうは芸能プロダクションの最大手。そこの看板俳優を怪我させたのは事実。向こうは直ぐに提訴に踏み切るだろう。それだけじゃない。仕事関係でも最大限の圧力をかけて来るに違いない。そうなれば、うちみたいな零細プロダクションに未来はない」

小鳥「今朝、社長のデスクに雲井さんの直筆で辞表が置いてあったの。社長自身も早朝から関係各位のところを奔走してる。こうなると、正直雲井さんのクビ一つじゃ収まらないわ」

貴音「慶次殿は、私の為にやったのです」

P「なに?」

貴音「あちらの俳優の方、毎日遅くまで稽古と称して、私を手篭めにしようとしました。身体を触られ抵抗はしましたが、受け入れなければ事務所の力を行使して、役を降ろさせるとまで仰いました」

伊織「なにそれ! 酷い!」

P「何故すぐに相談してくれなかったんだ」

貴音「大河の出演は皆が喜んでくれました。心から祝ってくださいました。それが露と消えてしまうかも知れないなどと、どうして言えましょうか。私一人が耐え忍べば良い。ただ、それだけでした……」

貴音「ですが慶次殿はっ! ……私の心中を察して、手を差し伸べてくださいました。それが、このような騒動になってしまって……本当に申し訳――」

P「もういい。だから謝るな、貴音。謝るのはこちらの方さ。アイドルの苦悩を察してやれなかった……。俺はプロデューサー失格だ。雲井さん、いや、前田さんの方がよっぽど良いプロデューサーだよ」

貴音「あなた様……」

P「小鳥さん、しばらく事務所は報道陣で騒がしくなるだろうけど任せていいかな? ちょっと出てくる」

小鳥「か、構いませんけど、一体どこへ?」

P「決まっている。向こうのプロダクションさ」

伊織「そんな無茶よ!」

P「ふふっ、少しの間だけど本物の戦国武将と過ごしてみてわかったよ。俺もしっかりと日本男児なんだなってさ。いくら平和ボケしたとしても、いくさ人の意地ってやつはしっかりと根底にある。俺だって、うちのアイドルが恥辱を受けて黙っていられるほど人間出来ちゃいないさ」

響「プロデューサー! なにとぅるばっとるばー! でーじやっさーじゅんに!」

松風「ヒヒ~ン!!」

P「響、松風!」

小鳥「響ちゃん、慌ててるのはわかるけど方言が強すぎて何言ってるか全くわからないわ」

響「ああ、ごめん。『何ぼやぼやしてんのさ、本当に大変なことになってるよ』って言いたかったさ」

亜美「すごーい! 乗れるようになったんだね」

響「というか、松風の方から乗せてきたさー。って、そうじゃなくて! 雲井さん、向こうの事務所に乗り込んでるってば!」

全員「ええっ!!?」

響「だから松風が乗れって。案内するって言ってるぞ」

貴音「急ぎましょう、貴方様」

P「いやでも、流石に三人は厳しいだろ。俺、タクシー拾って――うわぁ!!」

松風「ガブゥッ!!」

――松風は元々、関東の野生馬を率いて北条家の軍馬調達による馬狩りを悉く退けた巨馬である。

その体躯に見合う脚力、馬力は並みの馬を遥かに凌駕するものであった。

加えて、並みの馬など一合戦で乗りつぶしてしまう慶次を背に、幾度のいくさ場をその名の如く風のように駆け抜け〝悪魔の馬〟と呼ばれ畏れられていたほど。

後に関白太政大臣、豊臣秀吉から拝領される名馬、野風にも勝る日本随一の馬であり、彼もまた馬の姿をした〝いくさ人〟。

皆朱の豪槍を手に甲冑を着込んだ慶次を普段から乗せている松風からすれば、女二人に成人男性一人を咥えて走るなど、枯葉を乗せて走るのと同じであった。

――大手プロダクション社長室

社長「君が例の765プロのプロデューサーだね。話は聞いているよ。随分無茶してくれたみたいじゃないか。ええ?」

慶次「……」

社長「こっちは今売り出し中の看板俳優を怪我させられたんだ。高木さんには伝えてあるけど、うちとしては法廷で争うつもりだからさ。顧問弁護士にもその旨話を通してあるから」

社長「今更、一介のプロデューサーが出てきたところでもう遅い。終わったんだよ、キミのとこの事務所は」

慶次「勘違いするな。俺は元々765プロとは関係はない。たまたま流れ着いて世話になっていただけだ。それよりもまず、自分のとこの俳優に何をしたのかを聞いたらどうだ」

社長「はぁ?」

慶次「権力を笠に着て、女を手篭めにしようとする。それをこの事務所では狼藉とは言わんのか」

社長「なぁにぃ~、どこにそんな証拠があると言うんだね!」

慶次「無礼に対して無礼で返すのは無粋の極みだが、事は急を要する故、少々手荒な真似をさせてもらった」

社員「しゃ、社長~。すんませ~ん」ボロ

社長「んなっ! お前まさか喋ったのか!?」

慶次「どうしてもと言うのなら、こいつの襟首を掴んだまま所司代――いや、警察に申し立てを行う。貴様らの行ってきた婦女暴行、未成年淫行の悪行も洗いざらいますこみとやらの前で告発しよう」

――慶次の豪胆な発言に対し、大手プロダクションの社長とはいえ。否、大手プロダクションの社長だからこそ肝を冷やした。

築き上げてきたものが大きければ大きいほど、失うものもそれに比例して大きいものとなるは必然。

特にそれが社会的な信用ともなれば、それは大企業にすれば、さながら百万石に等しい価値となる。

それを一介の傾奇者の手によって、今まさに崩れんとしていたのだ。

松風「ヒヒ~ン!!」ドカァァアン!!

響「三ノ門、突破ァー!!」

慶次「おお、松風! 響にP殿、それに貴音も」

貴音「慶次殿!」

社長「く、くそっ! 弱小事務所の連中が調子に乗りやがって~!」バッ!

人は極限まで追い詰められたとき、理性など簡単に消えてしまう。

社長がデスクの引き出しから取り出したのは正真正銘の鉄砲。慶次が生きた戦国時代のそれとでは、性能は桁違いのものであった。

貴音「慶次殿! 危ない!」

慶次「ふっ」

――慶次は笑った。


ただただ、涼やかで穏やかな笑みを貴音に送った。


次に貴音の見たのは、慶次の大きな背中。そして、飛び散る真っ赤な鮮血であった。



「急いで救急車! それと警察も早く!」

「逃げたぞ! 追えー!」

騒がしい声や雑踏が徐々に小さくなっていく。

いかな百戦錬磨のいくさ人、前田慶次といえど、鉄砲で撃たれれば無事では済まない。

左胸を射抜かれ、流れ出る鮮血と同時に奪われていく熱が、慶次に鮮明な終わりを告げていた。

しかし、頭部には陽だまりのように優しいぬくもりがあった。

貴音「……どうして、避けて下さらなかったのですか?」

目を開くと、目に涙を溜めた貴音の顔があった。

そこで慶次は、ようやく己の頭が貴音の膝の上にあると気づいた。

慶次「どうしてだって? ははっ、決まっているじゃないか」

あの時、身を躱していたなら凶弾は貴音の柔肌を貫いていたであろう。

しかし、慶次は敢てそれを口にはせず、貴音の目尻の涙を指でそっと拭い、ただ一言だけ呟いた。

慶次「無法、天に通ず」

その言葉の意味するところを真の意味で理解したのは、この場では貴音だけだった。

「悪い行いは天に通じない」という意味ではない。

「例え無作法であったとしても、それは時として天を動かし世界を変えることさえもある」という意味の言葉であり、一説では前田慶次が生前口にした言葉であるとも言われている。

『傾く』とは異風の姿形を好み異様な振る舞いや突飛な行動を愛する事を指す。

己の意地をどこまでも突き通し、惚れた女の為ならば死さえも厭わない覚悟を持つ。

真の傾奇者とは、己の掟のためにまさに命を賭した。

そんな傾奇者の中でも「天下一の傾奇者」と呼ばれる男がいた。

その名は――

???「――な、だ……な! だんな! 旦那ってば!」

慶次「ふわぁ~、五月蝿いなァ。なんなんだよ一体。せっかく良いところなんだから」ムニャムニャ

捨丸「いけませんよ旦那。こんな大事な日に昼寝なんかしてるから寝ぼけるんですよ。さっきから表で玄以殿がお待ちなんですって!」

慶次「玄以? ああ、そう言えば今日だったか」

この日、兼ねてより天下人である豊臣秀吉のたっての願いで、諸大名居並ぶ聚楽第にて慶次が謁見を許された日。

また、秀吉の前で美事に傾き、今後どこででも、誰が相手であっても勝手気ままに振る舞い、己の意を立て通すことを許された「傾奇御免の御意」を拝領した日でもあった。

つまり、慶次が名実ともに「天下一の傾奇者」となった日でもあった。

そしてその名声は、後の世にも語り継がれるものとなるのだ。

慶次「さればこそ、天下無双の大傾奇。前田慶次一世一代の晴れ舞台をとくとご覧ぜよ!」


傾奇御免、仕候(おわり)

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