佐藤心「もうすぐ32歳か……」 (20)
アイドル。
みんなから声援を受けて、それを力にして輝く存在。
歌って踊ってポーズをとって、みんなに憧れと夢を与える存在――なんて言うと、ちょっぴり大げさかも。
でも、私にとってはそれほど大きいもので、だから自分もそうなりたいと思ったんだ。
そして私は、ある人と出会って、念願叶ってアイドルになった。
デビュー時26歳、アラサー突入したての微妙な年頃。だからはじめは焦りもあったし、しんどかったし、辛かった。
でも、それ以上に楽しかったし、幸せだった。とってもスウィーティーだった。事務所の仲間はみんないい子で、力をたくさんもらえたし。
そんなこんなで、私は夢だったアイドルとしての時間を一生懸命駆け抜けて。
そして、存分にやりきったと思ったから、引退した。みんなに愛されたアイドルしゅがーはぁとは、惜しまれながらも現役を退いた。最後のライブで見えた景色は、今でも鮮明に思い出せる。きっと、一生忘れることはできないんだろうな。
ただ。しゅがーはぁとの物語が終わっても、佐藤心の人生はまだまだこれから続くわけで。
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心「いらっしゃいませー♪」
心「よろしければご案内いたしましょうか?」
心「お客様には……こちらのワンピースなんていかがでしょうか? ついでにこっちの帽子も合わせると清涼感マシマシ☆ みんなからの視線を独り占めですよ♪ ぜひ試着からっ」
心「お買い上げありがとうございます☆ 出口までお持ちいたしますね!」
心「ありがとうございましたー☆」
心「………」
心「はぁ~~、今日も疲れた~~!」
店長「お疲れ、佐藤さん。今日もいい働きっぷりだったわよ」
心「サンキューてんちょ♪ 臨時ボーナスくれてもいいんだぞ☆」
店長「それはなし」
心「ちぇー」
店長「でも、佐藤さんの能力は買ってるわ。やっぱり多少ウザいくらいが服を売るにはちょうどいいのね」
心「てんちょてんちょ、それ褒めてんのか貶してんのかわかんない」
店長「褒めてる褒めてる。さ、片付け手伝って」
心「はーい。はぁ、やっぱ歳取ると疲れが体にくるわー」コキコキ
店長「あなたいくつだっけ」
心「サーティーワンでーす☆」
店長「私はその10個上なんだから、あなたも頑張りなさい」
心「うっす!」
店長「うん、いい返事!」
アイドルを引退してから、早一年。
商店街に店舗を構えるブティックに勤めている私は、今日も店長と軽口を叩き合いながらそつなく仕事をこなしていた。
ファンとの触れ合いでコミュ力が大幅強化された結果、お客さんからの反応は上々……だと自分では思ってる。
時々、私がしゅがーはぁとだと気づいてくれる人がいて、握手とかサインとか求められたりもする。嬉しくてついつい応えようとしちゃうんだけど、そのたび背後で店長が咳払いをするので丁重にお断りすることになっている。
店長『ウチは服を売る店なのよ』
まあ、ごもっともだよなぁ。
しっかりしてる人だし、ここのお店で働くことにしたのは正解だったと思う。自覚してるけど、私って暴走しやすいタイプだし。手綱を握ってくれる人が必要なんだ。
それこそ、アイドル時代の彼のように――
心「……何してんのかなぁ、アイツ」
思い出すのは、いつも私に振り回されていたあの困り顔。たまに仕返ししてきた時の勝ち誇った顔。いい雰囲気になった時に見せてくれた真っ赤な照れ顔。
たまにネクタイが曲がっている時には、すかさず直してあげたっけ。女子力アピールは入念にってね。
いつも一緒にいたような気がするのに、アイドルを辞めてからはめっきり顔を見なくなってしまった。まあ、事務所に行かなくなったんだから当たり前だけど。
心「コンビニでスイーツ買って帰ろ」
なんだかスウィーティーな気分じゃなくなってきたので、甘いもので気晴らしすることにした。
コンビニ店員「しゃーせー」
さーて、どれにしよっかなぁ。
シュークリームにエクレア、アイスクリームもいいなぁ。最近めちゃくちゃ暑いし。
でも、今日はぷるっぷるのプリンにしようかな。
心「よし」
『新発売!』と書かれたコーヒープリン(残り1個)に惹かれて、手に取ろうとする。
「あっ」
その時、ちょうど隣からも手が伸びてきて、私の手と触れ合った。どうやら同じ商品を取ろうとしてしまったらしい。
心「あ、すみません」
「いえ、こちらこそ」
……ん? この声、やけに聞き覚えがあるような。
「これ、どうぞ。あなたが先に手を伸ばしたモノ……だ……」
帽子を被り、眼鏡をかけてカモフラージュをかけているが、この女の子を私は間違いなく知っている。
向こうも私が誰か気づいたようで、びっくりして目を見開いていた。
心「今をときめくトップアイドルが、平然とコンビニで買い物してていいの?」
「別にいいだろう。エクステを外していれば意外と気づかれない。それに、コンビニに来ないとボクがボクでなくなってしまう」
心「いや、それは言いすぎだろ……」
「まあ、さすがに冗談だ」
心「相変わらずコンビニ好きだなぁ……まあいいや。久しぶり、飛鳥ちゃん」
飛鳥「あぁ。久しぶり、心さん」
二宮飛鳥、19歳。ポエミーな言葉遣いと人の持つ心の在り様を叫んだ歌で、ティーンエイジャーから熱狂的な人気を得ている中二病(と言える年齢でもないか)アイドル。
最近は二十代や三十代のファンも増加の一方で、名実共にトップアイドルの称号を得たと言ってもいいくらいだと聞いている。
心「さ、あがってあがって♪ なーんもないけど」
飛鳥「お邪魔します……へえ、意外と片付いてる」
心「意外とってなんだー、意外とって」
飛鳥「寮にいた頃、部屋を散らかしていたのは誰だったかな」
心「あ、あの頃は毎日レッスンで疲れてたからな~。今は大丈夫! 私ってば三十路になっても進化してて偉い☆」
飛鳥「そうか」
心「返事がそっけなさ過ぎるぞ☆」
飛鳥「……久しぶりだね。こんなやり取りも。昔は毎日のように交わしたものだけれど」
心「そうだね、なんか懐かしい」
飛鳥「ラインで何度か連絡は取っていたけれど、こうして直接会うと感慨深い」
心「飛鳥ちゃん、この1年でまた色気増したな♪」
飛鳥「そうか……?」
心「そうだっつの! ったく、こっちは衰える一方だっていうのに」
飛鳥「強く生きてくれ」
心「そこはちょっとはフォローしろ~?」
飛鳥「フフ、冗談さ。心さんは、綺麗なままだ」
心「ほんとかー?」
飛鳥「本当だ。あの頃と何も変わらない……いや。髪型と、一人称は変わっているか」
飛鳥ちゃんの瞳が、私を見定めるようにじっと向けられる。この子、眼力強くなったよなぁ。
飛鳥「もう、しゅがーはぁとは封印したのかい」
心「ま、そんなとこかな。私なりのけじめってヤツ」
飛鳥「そうか」
心「さっきから『そうか』多くない?」
飛鳥「そうか? ……そうだね、フフ」
心「カレーあるから、食べてけよ♪」
飛鳥「お言葉に甘えて」
飛鳥ちゃんとご飯を食べるのは、いつ振りだろうか。同じ女子寮に住んでいた頃は、時々食堂でご一緒させてもらったり。私が寮を出てからも、たまに年上風を吹かせたくなった時に奢ってあげたりしたっけ。
まあ、全部アイドルやってた頃の話だけど。
心「おまた~☆ 一晩寝かして旨味を増した特製カレーだぞ♪」
飛鳥「あぁ、ありがとう」
心「サトウのごはん、召し上がれ~、なんちて♪」
飛鳥「そのネタ、前にも聞いた気がするよ」
心「あれ、そうだったっけ?」
飛鳥「12回くらい」
心「思ったより言ってた! え、なに、もうボケ始まってるの!?」
飛鳥「いただきます」
心「スルーやめろ☆ 相変わらずマイペースだな」
飛鳥「アナタには負けるよ」
心「むー、こう見えても意外と気遣ってるキャラなんだぞー」
飛鳥「知ってるよ。昔から、ボクにはそんな心さんがオトナに見えていた」
心「お、おう……なんか照れるな」
飛鳥「理解ったうえで空気を読まない時もあったから、子供っぽいなとも思っていた」
心「そこはいい話で終わらせとけ☆」
飛鳥「悪いね、素直な口なんだ」
心「素直……??」
飛鳥「何か?」
心「いや、言葉の捉え方は人それぞれだよねぇって」
飛鳥「含みのある言い方だな。ボクを見習って素直になったらどうだい」
心「んじゃ、素直に言うけどさ」
飛鳥「聞こう」
心「ビール開けていい?」
飛鳥「……いいよ、別に」
心「サンキュ☆」
一本だけ残していた缶ビールを取りに冷蔵庫まで向かう途中、飛鳥ちゃんの生暖かい視線が背後から送られているような気がした。
心「くぅ~~っ! やっぱ仕事終わりのビールは格別だわ☆」
飛鳥「アイドルが出していい声じゃ……っと、もう引退していたね」
心「へへー、だから言いたい放題だぞ☆」
飛鳥「悪い顔だ」
心「飛鳥ちゃん、来年で二十歳だよね?」
飛鳥「あぁ、次の2月でね」
心「成人したら一緒に飲もうぜ♪ 先輩が奢ってやんよ☆」
飛鳥「それは楽しみだ。是非お願いするよ」
心「やった♪ 飛鳥ちゃんの一番酒ゲット!」
飛鳥「残念ながら、初めて杯を交わす相手はもう決まっているんだ」
心「誰?」
飛鳥「P」
唐突に彼の名前を出されて、ちょっぴり心臓がドキッとした。多分、アルコールのせいじゃない。
心「……ああ、プロデューサーか。ま、飛鳥ちゃんならそうだよね」
飛鳥「まだ、彼をそう呼ぶんだね」
心「なんだよー? もうアイドルじゃないからそう呼ぶなって? 飛鳥ちゃんつめたーい」
飛鳥「そうじゃないさ。ボクはただ……その呼び方は、アナタにとって一種の枷なんじゃないかと思っただけだ」
心「枷?」
飛鳥「そう。引退後も、心さんとPの関係を固定してしまう枷」
ぱくぱくとカレーを口に運んでいた飛鳥ちゃんが、静かにスプーンを置く。ここから先は、真面目な話だと言わんばかりに。
飛鳥「単刀直入に聞くけど。心さん、彼のこと好きだろう」
心「めっちゃストレートだな」
飛鳥「素直だからね」
なんだその素直推しは、と心の中でツッコみつつ、痛いところを突かれたな、とも同時に感じる。
冗談交じりとはいえ、あれだけ露骨にアプローチかけてたんだから、バレないほうがおかしいか。
心「……好きだよ」
飛鳥「では次の質問だ。この一年、ボクらアイドルとは連絡を取りこそすれ、彼とは一度も連絡を取らなかった。これはなぜだい?」
心「そ、それはさ。あえて一度距離を置くことで、私という存在を意識させる恋の駆け引きが」
飛鳥「随分悠長な駆け引きだね」
心「ぐさっ!!」
飛鳥「それで、本当の理由は?」
心「………ほら。あの人も、忙しいだろうし。特に飛鳥ちゃんは人気も絶頂で、そうなるとそのプロデューサーもやることが多いだろうなーって」
飛鳥「………」
心「………」
飛鳥「ハァ………」
ものっすごい深いため息をつかれた。手を頭に当てるやれやれポーズまでとられた。
飛鳥「本当にお似合いだね、ふたりは」
心「……どゆこと?」
飛鳥「あっちも同じ言い訳を使ってきたんだよ。『心さんと会わないのかい』と聞いたら、『今は、飛鳥のプロデュースで手いっぱいだから……半端に時間をとっても、逆に迷惑だろうし』とね」
心「そ、そうなんだ」
飛鳥「人の恋路にアレコレ茶々を入れるのが野暮なことは理解っているさ。言ってしまえば、当人達の問題だからね。けれど、ボクを言い訳の道具にするなら話は別だ」
心「ひょっとして……怒ってる?」
飛鳥「少しね。ボクのせいでアナタ達の関係が進まないみたいに言われれば、怒りたくもなるだろう」
心「……スンマセンした」
飛鳥「まあ、それはいいさ。結局のところ、どうして彼にアプローチをかけないのか。一番聞きたいのはそれだ」
心「それは……ほら」
飛鳥「ほら?」
心「……ほ、本気で勝負かけるのは、怖いっていうか。恥ずかしいっていうか……」
飛鳥「過去にあれだけやっておいて?」
心「あれは、プロデューサーとアイドルっていう関係があったからできてたの!」
飛鳥ちゃんは枷だって言ってたけど、同時に私と彼を繋いでくれる糸でもあった。これは間違いない。
飛鳥「……ボクが言えたことじゃないかもしれないけど。不器用だね、心さんは」
本当、その通りだと思う。
普段は暴走機関車みたいにぶっ飛ばしてるのに、肝心なところで一歩が踏み出せない。
この癖だけは、ずーっと直っていない。
飛鳥「うかうかしていると、ボクが彼を奪ってしまうぞ?」
心「えっ……」
飛鳥「冗談だからこの世の終わりみたいな顔をしないでくれ」
心「心臓止まるかと思った……」
飛鳥「……ボクは、アナタならいいと思ってる。Pを任せられると、そう思っているんだ」
心「飛鳥ちゃん……」
心「お母さんかよ」
飛鳥「うるさいな。彼の担当アイドルで一番付き合いが長いのはボクなんだ。となれば、相棒のそういうことも気になるだろう」
心「飛鳥ちゃんってば優しい! かわいいぞ☆」
飛鳥「あ、こら、頭を撫でるなっ」
心「いいじゃんいいじゃん☆ 久しぶりに会えたんだしさっ」
飛鳥「まったく……変わらないな、本当に」
ほんのり嬉しそうな顔を浮かべる飛鳥ちゃんを見てると、やっぱりこの子も変わってないなー、なんて思ってしまうのだった。
飛鳥「今日はありがとう。カレー、美味しかったよ」
心「こっちこそ、付き合ってくれてありがと! ごめんね、忙しいのに」
飛鳥「誰かとご飯を一緒に食べるくらいの時間はあるさ。都合がつけば、また誘ってほしい」
心「……うん」
飛鳥「それと、もうすぐ心さんの誕生日だったね。何が欲しい?」
心「飛鳥ちゃんのサイン」
飛鳥「友人相手の贈り物にそれを選ぶのは、ボクが嫌だ」
心「えー? じゃあ、飛鳥ちゃんに任せる♪」
飛鳥「そうか。なら、こっちでちゃんとしたものを選んでおくよ」
心「サンキュー☆」
飛鳥「……Pも、食事に誘うくらいはできると思うよ」
心「……わかった。頑張る」
飛鳥「応援してるよ。それじゃあ、ボクはこれで」
心「またね~」
手を振りながら、帰路につく友達の背中を見送る。
飛鳥「あ、そうだ」
ふと足を止めた飛鳥ちゃんが、くるりとこちらに振り返った。
飛鳥「一年ぶりだったけど……心さんは、あの頃の綺麗な女性のままだったね」
心「………」
飛鳥「また会おう」
再び前を向いて歩きだす飛鳥ちゃん。それをぼーっと眺めながら、私はこう思うのだった。
心「ついに大人の女性も堕とせるような色気がついたか。あのジゴロめ……」
『誰がジゴロだ』というツッコミが聞こえたような気がしたけど、事実だからしょうがないだろ☆
心「……さて!」
とにかく。
年下の子にあれだけ背中を叩かれて、何もしなけりゃ女がすたる。
部屋に戻った私は、勇気を振り絞ってスマホに手をかけた。
一週間後。
心「ありがとね。急な誘いだったのに乗ってくれて」
P「いえ。俺も、久しぶりに心さんの顔が見たいと思っていたので」
心「そっか……私も、P……プロデューサーの顔が、見たいと思ってたんだ。もしかして、通じ合ってる?」
P「かも、しれないですね」
7月22日。ダメもとでプロデューサーを飲みに誘ってみたら、奇跡的にOKの返事がもらえた。
P「心さんがこういうバーを選ぶの、なんだか珍しいですね」
心「いっつも居酒屋だったもんなー。ここ、今働いているお店の店長が教えてくれたんだ」
P「他の子から聞きましたけど、ブティックで働いてるんでしたっけ」
心「うん。疲れるけど、結構楽しいよ」
P「それはよかった。心さんの近況、気になってたので」
心「そっか」
その割には、連絡ひとつ来なかったけど……その理由も、私と同じなんだろうか。
だとしたら……嬉しい? 嬉しいのか? 嬉しいでいいのか?
P「なんか、直接聞いたら迷惑かなと思って……ちひろさんとかアイドルの子達経由で、ちょこちょこ話は聞いてたんです」
心「……気にかけて、くれてたんだ」
P「もちろんです」
心「……嬉しい、かな」
P「なら、俺も嬉しいです。心さんも、同じことをしてくれていたんでしょう?」
心「え?」
P「アイドルの子達経由で俺のことを聞こうとしてるって、何人かが教えてくれたので」
心「誰、口割った子」
P「そこは黙秘権で」
思い浮かぶのは最近会ったエクステアイドル。あいつはシロか、それともクロか。
……ていうか、私もプロデューサーも、直接やり取りせずに同じことやってたのか。
心「そりゃあ、飛鳥ちゃんも痺れ切らすわ……」
P「え?」
心「なんでもない♪ とりあえず乾杯しよーぜ!」
照れ臭さを声の大きさで誤魔化しつつ、グラスとグラスを軽くぶつける。
勢いに任せてぐいっと飲み干そうとしたけど、そういう雰囲気のお店じゃないことを思い出した。
P「髪、下ろしてるんですね」
心「どう? 前の方がよかった?」
P「いえ、どっちも素敵です」
心「よかった~☆」
P「というか、撮影でも何度か下ろしてましたし」
心「それもそっか♪」
一年振りに会ったプロデューサーは、あまり変わっていなかった。見た目もそのまま、見慣れた黒スーツ。ちょっとだけかっこよくなったように見えるのは……久しぶり補正かな、多分。
心「どう? お仕事の方は」
P「順調だと思います。みんな頑張ってくれてるし、俺もそれに応えないとなって」
心「私がいた時と同じこと言ってるね」
P「初志貫徹ですから」
心「なーる♪ ほんと、真面目だよねプロデューサーは」
最初は挨拶ですら声が裏返る始末だったけど、話してるうちにだんだんと昔の調子を思い出してきた。
会話のテンポも程よくなってきて、一年振りに会うことへの不安も気づけばなくなっていた。
……やっぱり、この人といると居心地がいい。話していて楽しいし、どうしてか安心する。
これが、好きってことなんだろうなぁ。
心「彼女とか、できた?」
P「俺の近況聞いてたなら、そんなものいないって知ってるでしょう」
心「でも、本人の口から聞かないと安心できないし」
P「俺に彼女がいないと安心するんですか」
心「………うん」
P「………」
お酒って便利だよなー。顔真っ赤でも、酔ってるせいにできるもん。
……こんなふうに考えてるから、進展しないのかな。
P「そうだ。忘れないうちに、渡しておかないと」
心「え?」
ガサゴソとカバンの中を漁り、綺麗にラッピングされた箱を取り出すプロデューサー。
P「お誕生日おめでとうございます。これ、プレゼントです」
心「………指輪?」
P「このサイズの箱に入ってる指輪、多分巨人用ですね」
心「だよねー。ありがとう、開けてもいい?」
P「どうぞ」
少しだけ、ほんの少しだけ期待してたけど。やっぱり、実際にプレゼントをもらえるとめちゃくちゃ嬉しい。
気持ちのはやりを抑えて、丁寧に包装を外していくと。
心「これは……」
P「ツボ押しです」
心「なんでツボ押し?」
P「そろそろ生活必需品になる年頃かと思ったので……」
心「お前なぁ……乙女の誕生日プレゼントにツボ押しってなぁ……」
本当、この男は。
心「めっちゃ役立ちそうだわ! サンキュー☆」
本当に、私にちょうどいい。
心「誕生日、覚えててくれたんだ」
P「はい」
心「よくよく考えたら、自分の誕生日に飲みに誘うって、プレゼント催促してるみたいだな。ごめんね」
P「そんなことないですよ。それに、今日だったから俺は来れたんです」
心「え? たまたま今日だけ空きだったってこと?」
P「たまたまじゃないですよ。もともと、今日の午後はフリーにしていたんです」
心「それって……」
P「はは……心さんからの誘いがなければ、こっちから誘ってました」
心「………」
なんだよそれ。ここまで同じ行動取るって、普通ある?
照れ臭そうに頬をかくプロデューサーを眺めながら、私は高まる感情を抑えきれなくなりつつあった。
ていうか、無理だ。素直になろう。
心「P」
P「あ、はい」
心「この一年間。遠慮とかしたり、変な意地張ったりとかして、全然あなたと会えなかった。ていうか、文字のひとつも送らなかった」
P「………」
心「寂しかった。すっっっごく! 寂しかった!!」
P「……俺も、寂しかったです」
心「ほんとに?」
P「本当です」
心「よかった~~~!! 私だけじゃなかった~~~!!!」
P「すみません。やっぱり、直接連絡をとればよかった」
心「それはお互い様でしょ? 同じだったんだってわかったから、今はいいよ」
寂しいとか、辛いとか、そういうマイナスの感情でも、共有できればプラスに転じるのかな。
少なくとも、今の私はなんだか満たされた気持ちだ。
心「やりきったアイドルに未練はないけど……あの事務所には、未練があるんだ。みんなが……あなたがいるから」
P「心さん……」
心「あーあ、めんどくさい女だってバレちゃったなー」
P「大丈夫ですよ。元から知ってます」
心「これ、喜んでいいとこ?」
P「いいと思います」
やけに冷たいツッコミも、なんだか懐かしい。
うん。やっぱり私、恋しいんだ。あの場所が、この人が。
P「心さん、俺」
プロデューサーが何か言おうとした瞬間、彼の胸ポケットに入っていたスマホが振動する。メールか何かが来たらしい。
心「見ていいよ。急用かもしれないし」
P「すみません」
スマホを取り出し、画面を見るプロデューサー。と、その顔が段々と真顔になっていく。
P「心さん、これ、見てもらえますか」
心「え、私?」
なんで? と思いつつ、言われるがままスマホの画面を見る。
ちひろちゃんからのメールみたいだけど、内容は――
心「………え?」
それから、二ヶ月くらいの時が流れて。
心「というわけで、見事面接に合格して事務員として採用された佐藤心です! 皆さんよろしくね☆」
飛鳥「………は?」
心「あれ、どしたの飛鳥ちゃん」
飛鳥「……なぜ、こんなことに?」
心「ちひろちゃんから事務員の採用募集してるって聞いて、来ませんかって言われたから来ちゃった☆」
飛鳥「もっかい。は?」
P「まさか本当にこんなことになるとは……ちひろさん、いいんですか?」
ちひろ「いいって、何がですか? 心さんはここの事情にも詳しいですし、事務員には適任だと思っただけですよ♪」
P「それは、そうでしょうけど」
飛鳥「……まあ、下手な遠距離恋愛されるよりはマシかもしれないね。でも、前の仕事先は大丈夫だったのかい?」
心「てんちょに相談したら、残念だけど応援してるってさ。そろそろ娘さんを跡取りとして働かせようとしてたらしいから、人員的にも問題ないって」
P「なんという豪運……」
心「あ、でも一個だけ要求があったよ」
P「それって?」
心「しゅがーはぁとのサイン♪」
飛鳥「ファンだったのかな、その店長」
心「そんなそぶりは見せてなかったんだけどねー」
とにかく、私は周りの人間に恵まれていることが改めてよくわかった。ワガママを受け入れてくれて、本当に感謝だ。
梨沙「おはようございまーす。もう10月なのにあっついわねー」
心「おっ、梨沙ちゃん! おひさー☆」
梨沙「えっ……」
部屋に入ってくるなり固まっているのは、ロリっ子アイドルからJKアイドルにクラスチェンジした的場梨沙ちゃん。けど、今でもファンのことはロリコン扱いしているらしい。
私がここにいるとは思いもしなかったのか、じーっとこっちを眺めること十秒。
梨沙「誰?」
心「ちょっとちょっとちょっと! 薄情すぎるんじゃないかなー!? 泣くぞ!?」
梨沙「その若干ウザい絡み方……あっ、ハートさんか! ちひろと同じ格好してるからわからなかったわ」
P「というかなんで同じ格好なんですか」
心「この蛍光色じゃないとダメかと思って自作してきたぞ☆」
ちひろ「いや、別に色の指定はありませんから」
梨沙「で、なんでここにいるの?」
心「事務員としてみんなをサポートすることになりましたー♪」
梨沙「事務員……へえ、そうなんだ。よかったじゃない」
心「バリバリ働くから期待しててねん☆」
梨沙「馬車馬のようにこき使うわ」
心「そこまでっ!?」
梨沙「ウソウソ♪ それより、ちょっとこっち来て」
心「え? なに?」
梨沙「やっぱりその髪型違和感あるのよねー。だから、こうするの!」
心「のわーーー!!」
飛鳥「事務員が出していい声じゃないな」
梨沙「はい、完成♪」
梨沙ちゃんに任せるまま十数分。
鏡を見ると、そこにはかつて見慣れた自分の姿があった。
梨沙「やっぱりハートさんはこのツインテールがしっくりくるわね! スウィーティーって感じ!」
心「梨沙ちゃん、上手だな……髪の巻き方も完璧」
梨沙「ツインテールなら任せときなさい。なんてね」
飛鳥「しゅがーはぁとの復活だね」
心「え?」
梨沙「アイドルは引退しても、ここにいる間はシュガーハートでいいんじゃない? アタシも、今から呼び方変えるの違和感あるし」
心「ふたりとも……」
……まったく、しょうがないなぁ。
しっかりけじめつけたつもりなのに、そうやって望まれたら応えないわけにはいかないよね。
心「よっしゃ☆ しゅがーはぁとがバッチリみんなをアシストしてやるからなー!」
梨沙「うん、よろしく! ハートさん」
飛鳥「改めてよろしく、心さん」
心「いやそこははぁとって呼べよ☆ 今望まれて復活したところだぞ☆」
飛鳥「だって、ボクは最初から心さんと呼んでいるし」
心「かわいくないなぁ。梨沙ちゃんもなんか言ってやって!」
梨沙「あ、アタシそろそろレッスンだから行ってくるわね」
心「梨沙ちゃん!? 冷たい……しばらく見ないうちに不良になっちまっただ……」
P「……賑やかですねえ」
ちひろ「でも、いいんじゃないですか? なんだか懐かしいですし」
P「それもそうですね」
心「プロデューサー! はぁと、頑張るからね!」
P「はい。期待してます」
心「それと!」
遠巻きに眺めていた彼のもとまで走って行って、こっそり耳打ち。
心「……はぁとのハートは、いつでも準備OKだからな。P」
P「っ」
心「へへっ」
顔を赤らめるPを見て、してやったり。
覚悟しとけよ、本気で☆
飛鳥「心さんも頬が赤いけどね」
心「一言多いぞ☆」
おしまい
おわりです。お付き合いいただきありがとうございます
佐藤心さん誕生日おめでとうございます
過去作
佐藤心「不器用はぁと」
二宮飛鳥「心……お姉さん?」
二宮飛鳥「十年目の孤独と葛藤と」
などもよろしくお願いします
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