【モバマス】「もう一度」 (12)
【モバマスSS】です
短いです
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「踊ってくれないか?」
私の館にやってきた男はそう言うと、銀貨の詰まった小さな袋を無造作に置いた。
「場所と時間によるわよ?」
男の告げた場所と時間に問題はない。ないけれど、私は小袋の大きさが気になっていた。
小袋の大きさから判断すれば、相場とは比べものにならない大金だということはわかる。
中身は確認しない、ここで私を騙したとすれば、困るのは向こうだ。
上の顔を潰せば、男はかなり難しい立場に置かれるだろう。
私の疑問を見て取ったのか、男は観客の名前を告げる。
なるほど、隣国の実力者ね。確かに、この金額に見合う相手なのかも知れない。
どんな世界といえども、自分が必要とされるのは悪い気分ではない。
たとえそれが、どんな時代であったとしても。
気が付くと私は、この世界にいた。
覚えているのは、飛行機に乗っていたこと。飛行機にトラブルが発生したこと。
まさか、飛行機のトラブルで見知らぬ地に投げ出されるなどとは思わない。
何かがあったのだ。
何か、不可思議なことが。
依田芳乃や池袋晶葉ならば、私の身に起きたことを何らかのオカルトなり科学なりで説明してくれるのかも知れない。
いや、それどころか、遊佐こずえや鷹富士茄子ならば、私を元の世界に帰すことが出来るかも知れない。
いえ、私はとうに諦めている。というよりも、この世界に根を張ってしまった。
知り合いも仲間も、友人すら出来てしまった。彼ら、彼女らを捨てることなど、もう出来ないだろう。
そして、恋人はいない。
ああ、そうだ。私には恋人はいない。今も、過去も、そして未来も。
笑うだろうか? 佐久間まゆや渋谷凛ならわかってくれるだろうか?
彼女たちがそうであるように、私も忘れることができない。
あの人は……プロデューサーは、ただ一人の人だから。
今は、この世界に私だけ。
誰も知らない、何も知らない世界に着の身着のままで流された私が身につけていたのは、アイドルとしての技量だけ。
言葉は通じなくもないけれど、私には非常に訛りが強い言葉と感じる。向こうから見れば、私が凄まじく訛っているように聞こえるのだろう。
そして、一人彷徨うところを隊商に拾われた私は運が良かったのだろう。
何もわからない私はとりあえずの身の安全を確保し、苦労はしたけれど現状を把握することが出来た。
暦は私の知っているものと違っていたが、状況をきく限り、数十年どころのレベルではない昔にいることがわかった。
場所は、恐らくヨーロッパのどこか。その時にわかったのはそれだけだった。
元に戻る方法など私に思いつくわけもなく、私はこの世界で生きていく方法を考えた。
自分で言うのもなんだけど、私はアイドルだ、見た目は決して悪くない。女として生きていくことも不可能ではないだろう。
今思えば、隊商のボスが女としての私に目を付けていた節がないでもないけれど、私は手を付けられる前に踊り子としての技を見せることにした。
私は人々を魅了し、踊り子として立てることを商人に決めさせることができた。
今の私は、独立した踊り子だ。現代風に言えば、フリーの。
誰の前で踊るか、誰のために踊るか、決めるのは私。それだけの力を私はようやく得た。
誰かを魅了する力を。
私に人生を預けてもいいと思える誰かが現れるような力を。
もう一度、あの人に会うために。
細部を詰めた男が帰っていくと、入れ替わるように姿を現す女の子。
よく知っている女の子だ。
「決めたの?」
私は女の子に尋ねる。
父母を失った天涯孤独の女の子を、私は引き取って育てていた。
育てているのは彼女だけではない。それでも、決心したのは彼女だけだった。
「はい」
「厳しいわよ」
「はい」
「そう」
私は立ち上がると、女の子の手を取る。
「それなら、貴方に私の全てを教えましょう」
「ダンスも、歌も、全てを」
「世界レベルの全てを」
そして貴女は名前を捨てる。
私の全てを受け継いだ貴女は二代目になる。
二代目のヘレンに。
貴女は名前を継いでいく、何代も何代も。
そしていずれ……
私の全てを継いだ誰かが、もう一度あの人に出会うのよ。
私はもう会えないけれど、だけど、別の私があの人に出会う。
もう一度、あの人に。
ねえ。これが、世界レベルの再会よ。
短いです。お粗末様でした。
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