【デレマス】月を隣に夜を歩く (21)
アイドルマスターシンデレラガールズの二次創作です。
オリ設定の、Pではない男性キャラクターがいます。地の文ありです。
本文を要約すると、ライラさんとナイトハイキングに行く話です。
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ああ、これは間違えたかな。ここにいる人々を見てそう思った。地域センターの集会ルーム、これから始まるナイトハイキングの集合場所だ。
スーパーの入り口に貼っていたナイトハイキングのチラシを見て小学生の頃に親と地元で同じようなイベントに参加した事を思い出し、なんとなく応募したのだが早速帰りたくなってきた。
集合場所にいるのは親子連れか年配の方々のグループがほとんどだ、僕みたいな若者はほとんどいない。一組だけいるがカップル連れだ。
そもそもこの場所に一人できているヤツなんて僕以外いなかった。思い出してみれば昔参加したときも同じような面子だったと思う。
これから夜通し一人で歩くのかと思うと頭が痛くなってきた、もう帰ろうか。参加費は払い損だがいいだろう。
そんな事を考えていると、また一人集合場所に人が増えた。
短めの丈のキュロットに黒のスパッツ、明るめのパーカーにリュック。
格好はまさにこれからハイキングに出発するためのもの。
だがそれ以上に目立つ碧い瞳、褐色の肌。腰まである金髪はサイドに束ねられている。
あまりに綺麗で目が離せなかった。
そのあからさまな視線に気付いたのか、少女と目が合った。そして自分がいる壁の方まで歩いてくる。
「おとなり、よろしいでございますか?」
突然のことで咄嗟に声がでなかった。ああ、とか、うん、の間みたいな声を出して頷く。
それから少しの間、少女は集合場所を眺めていた。僕も同じように集合場所を眺めていたが、視界の端にチラチラ映る金髪ばかり気になってしまう。
「おにいさんは、お一人様でございますか?」
隣の少女がこちらを振り返る。
「まあ、そうかな」
今度はちゃんと声がでた。
「それならライラさんと同じですねー。よろしければ、一緒にどうでございますか?」
「ライラさん、お魚屋さんのご夫婦の代わりに来ましたです。旦那さんが腰を痛めてしまって参加できなくなってしまったので、代わりに行っておいでと誘われましたです」
「でも突然のことだったので、一緒に行けるお友達見つけられませんでした」
「それなら、こちらこそよろしくね」
異国の風貌をした少女から流れる言葉はとても庶民的だった。なんとなく自分とは違う人だと決めつけていた自分が恥ずかしい。でもそのギャップのおかげでこわばっていた心が柔らかくなった。
「あ、ライラさん自己紹介がまだでした。わたくし、ライラさんと申しますです。ドバイからきましたです」
「それじゃあ僕も、男って呼んでください」
それからしばらく自己紹介をしていると、集合時間になったようで、職員の方が説明を始めた。
それが終わると準備体操が始まる。職員の掛け声に合わせて、真面目に体動かすライラさんはとても微笑ましかった。
準備体操が終わるといよいよ出発だ。目的地は10kmほど離れたところにある、すこし大きな神社。
先に何組かのグループが出発して、次は俺たちのグループ。
「では、がんばりましょー」
地域センターを出て西へと歩き始める、まだまだ見慣れた道だ。
「ライラさんこの辺りは初めてですねー。商店街の方に住んでいるので」
「このあたりは車も多いから気をつけてね」
「男さんはこの辺りに住んでおられるのですか?」
「大学に通うようになってからだから、まだ2年目だけどね」
「ライラさんも日本に来たの、最近でございますね、いろいろびっくりしましたです」
歩きながらもライラさんのお喋りは全然止まらない。自己紹介のときにも言ってたけど、本当におしゃべりが大好きなんだな。
「一番びっくりしたのは自由なところです。ライラさんの家だったら、こんな時間に外に出られませんでしたねー」
ほかにも色々、日本にきてから驚いたことを教えてくれた。ライラさんの瞳から見える世界はどれも驚きに満ちていて、少し羨ましく思った。
「ここから坂になってるから気をつけてね」
気づいたら市街の端の方まで歩いていた。この坂を登ったら道路と田んぼばかりの風景になる。
「大きな坂ですねー」
ここしばらくの自堕落な生活のせいか、坂の途中まで登ったところでドッと汗が噴き出してきた。
「この坂って…… こんなに長かったんだ。いつもバイクで登ってるから気づかなかった……」
「残り半分でございますよー、男さんはバイクに乗られるのですか?」
隣を歩くは少女は涼しそうな顔でおしゃべりを続ける。これが若さなのか。
「うん、バイクって言っても原付だけどね」
「バイクがあったらこの坂も楽チンでございますねー」
「でも、歩いて登るとおしゃべりできるので、ライラさん歩くの大好きです」
「……そうだね、あとちょっと頑張ろう」
この子、底抜けに明るいな。自分には眩しさすら感じるほどに。
「おー、景色が変わりましたですねー!」
坂を登りきったら一気に視界が開ける。高い建物もないので遠くまで見通せる。
「風が気持ちいいですねー」
周りが田んぼばかりなせいか、少し風が冷たくなった気がする。火照った体を優しく冷やしてくれる。また歩こうと気力が湧いてくる
「もう少ししたら休憩所があるみたい、そこまで頑張ろう」
「ライラさんがんばりますですよ!」
また歩き始める、ライラさんは隣でキョロキョロしている。
「ライラさん? なにか気になることでもある?」
「田んぼに水がたくさんあって、その奥には林がありますですね。見渡す限り緑と水ばかり、というのはライラさんには不思議でございます」
「あー、ドバイってビルとか砂漠とかのイメージだからね」
「ライラさん、こういう日本の優しい風景もすきですねー、なんだか落ち着きますです」
「あ、ライラさん。休憩所の公園が見えてきたよ」
「本当でございますね」
公園に入ると、同じように休憩している参加者がたくさんいた。空いているベンチに二人で腰掛けた。
カバンから水筒を取り出して一息つく。
「ライラさんも水分取っておいた方がいいよ」
ライラさんが背負っていたリュックから取り出したのは、タオルに巻かれたペットボトル。
「今日のライラさんはすごいお茶を持っていますです。節約上手な大家さんが教えてくださいました」
「ペットボトルに半分麦茶を入れて冷凍庫で凍らせますです。そして出発する前に残り半分にも冷たい麦茶を入れると、なんとずっと冷たいお茶がのめるのでございますよ!」
「それにペットボトルにタオルを巻くとさらに温くならないでございます! 飲み終わったら普通にタオルとして使えてお得ですねー」
となりに座った異国の少女はどうしてこんなにも庶民的なんだろうか。冷たい麦茶を飲む姿は近所の小学生みたいだ。
「それに大家さんからはこれもいただきました」
そういって次はカバンから板チョコを取り出すライラさん。
「運動する時は甘い物がいいと、大家さん言っていましたですねー」
パッケージから出した板チョコを真ん中でパキッと割る。
「半分どうぞです。一緒に食べるともっとおいしくなりますです」
「いいの? それじゃあお言葉に甘えて」
一緒に食べるともっと美味しくなる、なるほどその通りだ。
「それじゃあチョコ食べ終わったら、また出発しよう」
「そうでございますね。ところで、いまでどれくらい歩きましたですか?」
「えーと、今で行きの半分ってところかな」
「まだまだ先は長いでございますねー、ライラさん頑張りますですよー」
チョコを食べ終えて、再び歩き出す。それから歩いている時間は長かったけど、ライラさんと一緒にいるとお喋りは尽きず、あっという間に折り返し地点の近くまで来た。
「大きな鳥居でございますね……」
立派な鳥居の向こうには長い石段が続いている。
「ここを登ったら、上で休憩だって。もう少しだね」
二人で鳥居をくぐり、石段を登り始める。時刻は23時すぎ。
夜の神社は澄んだ空気に包まれていた。どちらともなく喋らなくなり、黙々と登り続ける。
でも嫌な沈黙ではなかった。休憩所まで行けば、また今までみたいにおしゃべりが始まると分かっているから。出会ってまだ数時間しか立っていないのに、最初に感じた心の壁みたいな物はすっかりなくなっていた。
でも、進む先を真っ直ぐ見つめながら進む彼女はなぜか儚く見えた。
このまま登っていって、頂上で隣を見たら、もうそこに彼女はいないんじゃないか。
バカなことを考えているのは分かっているけど、そう思ってしまうほどに今のライラさんは綺麗だった。
疲れも忘れて、石段を登り続ける。
「やっと休憩所でございますか……?」
突然かけられた言葉に驚く、目の前には立派な社務所。隣には荒い息を整えながら笑うライラさん。
いつの間にか頂上まで来ていたみたいだ。
「男さん、どうされましたか?」
さっきまでの表情が嘘みたいにコロコロ表情が変わる。
まるで月みたいだと思う、夜空に鋭く浮かぶ三日月と夜を照らす満月。どちらも同じ月で見方が違うだけ。
「……少し疲れたかな、休憩していこう」
「はいです。ライラさんもお疲れ様ですねー」
社務所の大広間に敷き詰められた畳の上に座布団と机が並んでいた。
適当に二人で座れるところを見つけ、やっと一息をつける。
「山の中を歩くのも楽しかったですねー。道路を歩くのとは違って空気が澄んでいましたです」
さすがに君に見とれていたなんて言えない、というか今思い出すとかなり恥ずかしいことを考えていた気がする。
「……ライラさんは何か食べないの?」
無理やり話題を変える。
「夜ご飯食べてきたので、チョコレートだけしか持ってきてないですね…… 何か持って来ればよかったです」
「じゃあ僕の半分食べる? 一緒に食べたほうが美味しいし」
「いいのでございますか? ではお言葉に甘えて」
カバンからおにぎりとカップラーメン、お湯を入れた水筒を取り出す。
昔家族とナイトハイキングにいったとき母親が用意してくれたのと同じメニュー。小さいときに疲れた体で食べたこれがとても美味しかったのを思い出す。
「それじゃあできるまで少し待っててね、……あ、お箸一つしかないや。器は水筒のコップでいいけど……」
「それじゃあライラさん借りられないか聞いてきますです」
そう言ってパタパタと駆けて行くライラさん、すぐに家族連れのグループから余った割り箸を借りてきた。
ああいう行動力は本当にすごい。今日も初対面の僕に真っ先に話しかけてくれたし、見習いたいものだ。
戻ってきたライラさんと、おにぎりもラーメンも半分こ。
やっぱり一人で食べるより美味しい。
二人とも食べるのに必死であっという間に平らげてしまった。
それから空になった容器をみて、ふたりで笑った。
「ライラさん、あと30分ぐらい休憩あるけどどうする?」
「……ライラさん、少し眠たいのでお休みしてもいいでございますか?」
「うん、それじゃあ時間になったら起こすから安心して寝てていいよ」
それからすぐに座布団を枕にして寝てしまった。やっぱり疲れたのかな。
これでやっと半分、折り返し地点だ。僕もゆっくり休んでおこう。
しばらくすると周りのグループが動き始めた、そろそろライラさんを起こそう。
「ライラさん、時間だよ。起きて」
「……もう時間でございますか?」
ゆっくりと体を持ち上げて、半開きの目をこすりながらの起床。
それからググッと伸びをしてアクビを一つ。
「男さん、おはようございますです」
「おはようライラさん、少ししたら出発しようか」
それぞれの荷物をカバンに詰めて、少しだけ準備運動をしてまた歩き始める。
「そうだ、ライラさん。せっかく神社にいるんだしお参りしていこうか」
「ライラさんが寝てる間にパンフレットを読んだんだけど、交通安全とか商売繁盛、あとは芸能関係のお祈りもいいらしいよ」
「おー、それは大事ですね」
ルートを少し外れてお社の方へ向かう。賽銭箱に二人分の100円を入れて、カランカランと鈴を鳴らす。
お祈りを終えて隣を見ると、ライラさんはまだお祈りしていた。
「男さんは何をお願いしましたですか?」
「帰りも安全に歩けますようにって、ライラさんは?」
「ライラさんも同じですねー」
「ライラさん、結構長いことお祈りしてたけど、それだけ?」
「あとは、お仕事がっぽがっぽお願いしますです。とお願いしましたですねー」
「ライラさん何かお仕事してるの?」
「はい、ライラさんアイドルでございますよー」
「え?」
ライラさんがアイドル、確かに美人だし言われてみれば納得できる。
でも、どうしてもアイドルと言われるとなにか自分とは違う世界の人みたいだ。
いや、ライラさんはライラさんだ。人を印象で決めつけてはいけないと教えてくれたのはライラさんだ。
「そうなんだ、すごいね! テレビとか出たことあるの?」
「テレビはまだですねー、入ってすぐなので今はレッスン漬けでございます」
となりでニコニコ笑いながら話すライラさんはやっぱり今までのライラさんと同じだ。
お参りしている人もまばらになってきたので、遅れないように元の道へ戻る。
他の人たちも休憩して元気になったのか、往路のときよりも少し賑やかな参道だった。
「登りは大変でございましたが、下るのは楽でございますねー」
そんなことを話しながら歩いていると、すぐに平地の道に出た。
しばらく歩いていて気付いた。さっきよりかなり静かだ
団子になっていた人の波もだんだんとバラけてきて、聞こえていた他のグループの話し声も遠くなっていた。
それに時間も遅いからか車の往来もほとんどなくなり、さらに静けさに拍車をかけていた。
「なにかフシギでございますねー」
「まるで世界にライラさんたちだけ取り残されたみたいでございます」
「まるでおとぎ話みたいな設定だね。でも少しさみしいね」
「ではライラさん、寂しくならないように、歌を歌いますですよー」
大きく息を吸って、右手を胸に当てる。一瞬の静寂のあと声が響く。
これまでに聞いたとこのない歌だ。きっとライラさんの故郷の曲なんだろう。
綺麗な月の下、異国の歌を奏でるライラさんはどこか儚くて、本当におとぎ話のお姫様のようだった。
こんなシーンがずっと続くなら、世界に取り残されるのも悪くない。
ライラさんが歌い終えるまで、ゆっくりと歩き続けた。
「……ありがとうございましたです」
「ライラさん、歌上手だね」
「えへへー、ありがとうございます」
さっきまで遠い何処かを見るよな瞳で歌っていた彼女の顔が、またいつものニコニコ顔に戻る。本当に不思議な女の子だ。
「ではこんどは男さんの番ですねー」
「え? 僕も歌うの?」
期待の眼差しで見つめてくるライラさん、その瞳を前にノーとは言えなかった。
「……歌下手だけどそれでもいい? それに何歌えばいいかわからないや」
「それならライラさんに日本の歌、教えて下さいです」
それから二人で歌いながら歩いた。
ライラさんはすぐに僕の歌を覚えて一緒に歌ってくれた。
それだけで楽しくて、さみしいことなんて何もなかった。
そのうちに歌を聞きつけた子供達も集まってきて、さながら歩く合唱団になった。
その輪の中にいる人たちはみんな楽しそうで、その中でライラさんは一番楽しそうだった。
最後の休憩場に着く頃には子供達はみんな疲れて眠ってしまい、車で連れて行かれたのでまたライラさんと二人になった。
今度の休憩所は往路で休憩した公園ではなく、坂のすぐ手前。農協の駐車場。
そこでボランティアの方々が甘酒の炊き出しをしてくださっていた。ラストスパートこれを飲んで頑張れ、ということだろう。
二人で駐車場の止め石に座って甘酒をいただく。
この頃には僕もライラさんもみんな疲れ果ていて、また静かな夜に戻っていた。
「ライラさん、大丈夫?」
「……疲れましたですねー、でも甘酒を飲んでライラさん復活ですよー」
疲れた体に暖かくて甘いものは本当に嬉しい、体がこれを求めているのがよく分かる。
「……それじゃあ最後まで頑張ろうか。あとは坂を下るだけだよ」
再び立ち上がり歩き始める。僕たちの街が見えてきた。
街はずれの大きな坂をゆっくりと下る、体は限界に近いのにこの時間がもっと続いて欲しいと思う。
坂は僕たちを容赦なく歩き続かせる。それに抗するように一歩一歩踏みしめて歩く。
あとで後悔しないように精一杯喋った。まだまだライラさんに聴きたいこと、伝えたいことがあった。
でも時間は有限で、街の風景はどんどん見慣れた景色に変わっていく。
「……ゴールでございますね。なんだか少しさみしいです」
なんだ、ライラさんも僕と同じ気持ちだったのか。喪失感の中、ただそれが嬉しかった。
それからライラさんとストレッチをした。いつもレッスンの終わりにしているそうだ。
そんな僕らの方にやってきた一人の男性。先ほど一緒に歌っていた子供の親御さん。
もともとライラさんとは知り合いで、家が近いらしい。なのでライラさんを車で家まで送ってくれるそうだ。
僕も誘われたけど、ここまではバイクで来ていたので断った。
「それじゃあライラさん、さようなら」
「それでは男さん、また今度でございます」
ライラさんを乗せた車はすぐに見えなくなってしまた。
でも、ライラさんは"また今度"と言ってくれた。
もし僕があんなに輝いている人の心の片隅にでも入られたら、こんなに嬉しいことはない。
僕も家に帰ろう。駐車場に置いてある原付にまたがってヘルメットをかぶる。
アイドルのライラさん、明日起きたらネットで調べてみよう。
以上です。
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