オーク族が暮らす村に、不幸な一家がありました。
父親であるオークは姫騎士と関わり、私を殺せとせがまれ続けてノイローゼにかかり、床に臥せるようになりました。
母親はその看病をしながらも、「人間の女に唆されたダメな亭主」として周囲のオークに詰られる日々です。
一人息子であるオークは、そんな親を見ながら育ち、人間に、とりわけ姫騎士という存在には決して近づかないように決めたのでした。
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しかし、運命とは避けえないもの。
少年オークは出会ってしまったのです。
これからの運命を大きく揺るがす存在に。
少年が一人前と認められると、村を襲いかねない人間と戦うべく訓練をします。
訓練とはいえ実践であり、敵意を持った人間を相手に戦闘を行うため、負傷も死もあり得る過酷なものです。
オーク母「これが初の出陣ね。頑張っていらっしゃい!」
オーク「必ず武勲を立てて帰ってくるよ! パパと一緒に待っててね!」
オーク母「立派になって…! 武勲なんていいから、無事で帰ってきなさい」
オーク「ママ…わかったよ! 行ってきます」
少年オークはこうして村を出て、外の世界へ足を踏み出したのです。
老オーク「おい、おまえさん」
オークが村から出て、戦闘集団との合流地点へ向かうとき、一人の老いたオークが話しかけてきました。
オーク「どうしました?」
老オーク「ここから西に行こうとしているな? やめておきなされ。凶星が見える。東へ行くのじゃ」
オーク「東に行ったら家に帰ることになるんだけど」
老オーク「ならば戻るがよい、ということじゃよ。少年、君にはまだ、背負える業ではない」
少年オークはよくわからないため、無視をすることにしました。
少年オークが立ち去って数分後、ある黒いフードを被った人物が老オークの傍に音もなく現れました。
老オーク「やれやれ。…これで良かったのかね?」
???「はい。彼には我が主に仕えてもらわなくてはならないので。言いつけ通りに戻るようならここで斬り捨てるつもりでしたよ」
老オーク「見た目と裏腹に物騒なことを言いよるわい。儂は仕事をした。これにて帰るよ」
???「これは謝礼です」
老オークに金貨五枚(金貨一枚でオークの村では一か月豪遊可)を渡し、謎の人物は姿を消したのです。
老オーク「禍福は糾える縄の如し、か。少年よ、災いを乗り越えるのじゃぞ」
老オークの呟きは、誰の耳にも届かず、虚空へと消えていきました。
少年オークが戦闘集団に合流しました。
そこには、屈強な青年から魔法を使える賢そうな中年まで様々なオークがいました。
オーク「これからどこへ戦闘を仕掛けるんです?」
屈強なオーク「どこって、そりゃあ、この丘の向こうに城があるだろう? その近くの村さ」
魔導士オーク「彼奴ら、我らを悪と見なし殺戮を楽しんでおるからな。灸をすえてやらねばならぬ」
オーク「この人数で進軍するには厳しくないんですか?」
周りを見渡しても20程度しか見当たらないのです。
これでは奇襲に成功したとしても、城から援軍が来たらすぐに返り討ちに遭うでしょう。
魔導士オーク「心配ない。こちらには一騎当千のロード・アーリマン様がいる」
少年が見渡すと、一人だけ離れたところで佇む精悍な顔つきをしたオークがいました。
屈強なオーク「一つ呪文を唱えれば町が一つ吹き飛び、剣を振るえば一薙ぎで死体の山ができるというぜ」
オーク「へぇ、すごすぎてよくわからないですね」
オークはロードに近づき、質問したのです。
オーク「僕たちだけであの村を襲って、全員が生還できるのですか?」
ロードは大笑いしたあと、こう返しました。
ロード「君が彼らを殺せば、彼らは君を殺すだろう。私が為すのは天誅であり、他はない」
オーク「? どういうことですか? 殺さずに戦力を削ぐ方法があるんですか?」
ロード「すべてはこれからだ。神の御業を知れ」
オーク「わかりました」
そう言いながらも、少年は何を言いたいのか理解できずに魔導士たちのところに戻りました。
屈強なオーク「おいおい、あの方と話をしてきたのかよ。俺なんて怖くて近づけねぇわ」
魔導士オーク「無理もない。あのお方は我らの中でも別次元の存在のようなものだからな」
ロード「我が名を呼べ。恐れ奉れ。あらゆる善を討つべく現れ出でよ。」
目の前に召喚されたのは巨大な竜でした。
ロード「少年、供することを許す」
ロードは竜の背中に乗ったかと思うと、少年の手を取り隣に乗せました。
先ほどいたところが見る間に遠ざかり、魔導士オークらは数秒で豆粒ほどにしか見えないほど。
魔導士の「遠見」で先ほど見た場所に竜が降り立ち、竜が声を上げました。
その竜の咆哮が轟くと、何事かと寝ぼけて出てきた人々がパニックとなり、駐留していた兵士も我先にと逃げる始末。
ロードはオークから人の姿へと変身し、武器を持ちながらも震えて何もできない男に言いました。
ロード「言伝だ。我らの安息を奪うものには竜の爪が襲うと皆に伝えよ」
男は無言のまま首を縦に懸命に振っています。従順に、言うことを聞くから殺さないでくれ、と態度が示していました。
ロード「次にここに私が来るときは焼け野原になるだろう。避けたいならば、誠意を見せるのだ」
男はその言葉を聞くや否や一目散に走りだし、大声で「災厄が来る!」と狂人のように叫びまわりました。
ロードはその様子を見た後で人の姿から戻り、竜の背中へと戻りました。
ロード「帰還だ。明日からは小うるさい諍いから解放されるだろう」
少年は竜の背中で見る光景に心を奪われて、ロードの言葉に半ば夢うつつで首肯したのでした。
また竜が飛びたち、その風を切るスピードにうっとりとしながら、魔導士たちのところへ戻りました。
数刻で村から戻ったロードは残りのオークたちから拍手喝さいを浴びましたが、少しも表情を変えませんでした。
こうして少年オークの初陣は、竜の背中に乗って村を恐怖に陥れたロードの従者、としてオークの村で話題となりました。
これで両親が疎まれることもなくなると少年は安堵して布団に入ると、遠出した疲労もあり、すぐに寝入ってしまうのでした。
今回はここまで。
書きためはないので疎らな更新になります。
数日後の朝――――
オーク父「ようやく起きてきたな、寝坊助め」
目が覚めて食卓へ向かうと、父親が新聞を読みながら待っていました。
近頃は父親もすっかり陽気になったようで、オーク一家も周囲の見る目が変わって良くなったようです。
オーク母「ほらほら、台の上を拭いてちょうだい。今から料理を並べますから」
オーク「いいにおいがする…」
オーク母「お父さんの快気祝いに奮発したのよ。ホーラ、新聞を読むのは一旦止めて」
オーク父「わかったわかった。…どうした、浮かない顔をして?」
オーク「戦場に行く途中でおじいさんに妙なことを言われたけど、何だったのかなぁ、って」
終わってみてから熱に浮かされたような状態でしたが、落ち着いてくると不可解に思われてきたようです。
オーク父「凶星、ねぇ。近所に住んでいた占星術師のじいさんは数年前に亡くなってるし、知る手立てはないな」
オーク母「無事に帰ってこれたんだから気にするほどでもないことでしょ。ほら、大好物の人参ハンバーグよ」
オーク「やったぁ! ママ大好き!」
すっかり曇り顔が晴れた様子で、少年は朝餉をぺろりと平らげたのでした。
ところ変わって、近隣の王国の城にて―――
姫「どうしてオークなんかに怯えて暮らしているのかしら! あんな汚い奴ら、根絶やしにすべきなのに!」
王「こら、口汚く言うものではない。一国の王女たるにふさわしい言動と所作を日頃から」
姫「わかりました。気を付けますわ。それではお父様、私はこれから魔物狩りに行って参ります」
王「オークにだけは手出ししてはならぬぞ。ある村で竜の存在が確認されたというからな」
姫「わかりました。それでは」
姫ははねっかえりが強く、王にとっては悩みの種となっていました。
しかし城下では、勇猛果敢な姫騎士として人気者となっていました。
これがますます姫を調子づかせているわけですが。
姫騎士「よーし、見回りがてら魔物を退けるわよー!」
近衛兵「お供します」
姫騎士「私一人で十分なのに。邪魔はしないでよ!」
近衛兵「重々承知しております」
姫が近衛兵を連れて闊歩する様は見慣れた光景となっていました。
人間の開拓によって住処を追われた魔物は食料を確保するため、人里に現れては畑を荒らして回っていました。
それを目にした人間が攻撃しては返り討ちにあう、という被害が増えてきました。
姫は退屈さと鬱憤を晴らすために我先にと魔物退治に向かうと言い出しました。
強大な魔物は出てこないだろうと、王は認可し、代わりに身を守るために近衛兵についていくように命じたのでした。
姫騎士「早く出てこないかなー」
従者「これは姫様、ご機嫌麗しく」
姫騎士「敵が出てこなくてイライラしてるんですけど? 見てわからないの?」
従者「おやおや、私としたことが、観察眼が衰えたようです」
あっはっは、と笑いながら額に手を当て、従者は見てきたことを伝えました。
姫騎士「ふーん、二時の方角にゴブリンに襲われた村があるのね。行きましょ!」
近衛兵に向かって「進撃よ!」と声高に命じ、姫騎士御一行はゴブリンに襲われたという村へ向かいました。
村人A「あの壁を越えてきたかと思ったら、作物の一部と娘を奪って逃げて行ったんです!」
姫騎士「そいつらはどこへ?」
村人A「動向を探っていた猟師は、南の森に走っていくのが見えたと言ってただ。姫様、どうか娘を助けてくれねぇべか!?」
姫騎士「わかりました! 私に任せて頂戴!」
村人A「どうかおねげぇします!」(どうかお願いします!)
訛りがきついためいまいち姫には通じていなかったが、魔物を倒せるという高揚感にうち震えていたのでした。
それから南の森へ行くと、うっそうと茂った木々が邪魔してゴブリンの姿など見えません。
姫騎士「ここで探すのは至難ね。従者!」
従者「はい、ここに。ゴブリンの所在ですね?」
姫騎士「そうよ。一刻も早く助け出さなくちゃ!」
従者「了解いたしました。やれやれ、人使いの荒い姫様だ」
いつもの憎まれ口をたたいて従者は森の奥に消えていきました。
索敵スキル全般を所持している従者は、こういったときに頼りになる存在でした。
従者「いました。ここから奥に進んだ先に洞窟があり、そこを根城にしているようです」
姫騎士「いきなり現れるのはびっくりするからやめて。よし、突撃よ!」
姫騎士が号令を出し、近衛兵が続き、洞窟の中へ進んでいきました。
従者は自分の出る幕はないと判断して、洞窟の入り口で待機しているのでした。
従者「さらわれた少女は慰み者になっていたようですが、姫様はあれを見てどう思いますかね…」
姫騎士の身よりも心を案じながら、従者は洞窟から響く魔物の悲鳴に嫌悪感を抱き佇むのでした。
ほぼ近衛兵がゴブリンを倒し、倒れている娘を助け出し、一行は外へ出てきました。
従者「いかがでしたか? 思いのほか無事なようですね」
娘を一瞥し、姫騎士に声を掛けましたが、姫騎士の目は怒りに燃えているようでした。
姫騎士「ゴブリンどもは皆殺しにすべきよ!こんな外道!」
従者「彼らもまた住処を追われたものです。村を襲うようになったのも最近のようですし」
姫騎士「父上の施策が間違っているといいたいわけ!?」
従者「いいえ。ですが、争いの種はいつしか撒かれるもの。為した側が気づかぬうちに起こるのです」
姫騎士「領民を傷つけるものを放ってはおけないわ」
従者「ゴブリンも、仲間の死体を見れば恐れを抱くか復讐するかしそうですが」
姫騎士「そんな知性はあるのかしら。食らうだけのケダモノだわ」
従者は興奮冷めやらぬ姫騎士の肩に手を置きました。
従者「彼らに関与するのは最小限にすべきなのです。姫様。どうか落ち着いてくださいませ」
姫騎士「…」
娘を村まで送り届けると、両親はボロボロになった姿を嘆いたが、命があったことを喜んだのでした。
従者はゴブリンの巣を叩いたことを告げ、仲間で復讐しようという考えを抱かないようにと諭しました。
それでいて頭では、かねてから立てていた計画を実行に移す時が来たと考えていました。
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オークの村―――
こんこん、と少年オークの家の扉を叩かれました。
オーク「だれ?」
???「くっ、殺せ!」
オーク父「ひっ、ひえぇぇぇ。出たァ!!!!」
オーク父は「殺せ」という言葉を聞いただけでトラウマスイッチが入ってしまうのでした。
???「相変わらずのようですね、オーク。おや、息子がいるのですか」
オーク父「お前は、いつぞや姫騎士の身の回りをうろうろしていた少年か」
従者の右腕にはやけどの跡があり、オーク父にとっては見覚えがあるものでした。
姫騎士の周りの世話をしつつ、オーク父が当時の姫騎士(今の姫の母にあたる)を捕らえたときにそばにいた少年でした。
オーク父「いったい何の用だ。私は罪滅ぼしはしたはずだが」
オーク父はある程度人の言葉を理解できるため。捕らえた姫騎士を尋問役として数日間、姫騎士を問いただしていました。
なぜ自分たちを殺そうとするのか、といった質問をしても、「くっ、殺せ」としか言わない姫騎士が怖くなり、放免したのです。
それから城に戻った姫の母親は「捕虜ごっこ」が止められなくなり、オーク父を一年以上幽閉し、気が済むまで趣味にふけったのでした。
王はこれを見て見ぬふりをしましたが、可哀そうになり逃がしたのも国王だったのです。
オークに対する温情も、この過去があったが故でした。
オーク父「まさかまた姫騎士の病気が…」
連れていかれるという恐怖からオーク父は脂汗が止まらなくなりました。
従者「いえ、あなたは城に連れて行くと委縮してしまう。それでは都合が悪い」
従者は少年オークに向き直りました。
従者「少年、お父さんとお母さんを助けたいかね?」
オーク「困っているなら助けたいけど、何かあるの?」
従者「姫騎士さまと話し相手になってもらいたいのですよ」
その言葉を聞いて真っ先に反対したのは父オークでした。
オーク父「だめだ! こいつには人の言葉は教えていない」
従者「それにしては伝わっているようですが」
少年オークは父の読む新聞を度々盗み見ていて、少しだけなら理解がありました。
オーク「少しならわかるけど」
従者「それで十分。また来ますよ。明日の夕刻に出かける準備をしておいてください」
従者が出て行った扉を見ながら、オーク父は頭を抱えていました。
オーク「お父さん、どうしたの?」
オークは姫騎士という単語自体はわかっていないようでした。
オーク父「〈殺せ〉と会うことになるんだよ、オーク。私はお前が心配だ」
オーク父は息子を近くに呼んで抱きしめました。
それから数刻後、買物から帰ってきたオーク母は泣きながら、息子が出かける支度をしたのでした。
夕刻になり、従者が馬車で迎えに来ました。
従者「見つかるとまずいことになる。早く乗ってくれたまえ」
オークの両親にとって、今生の別れのようにさえ思われているようでした。
オーク「いってきます」
従者「これは前払いの報酬だ。帰宅は翌日になるだろうから、旨いものでも食べさせてやるといい」
金貨が沢山入った袋を渡され、余計に心配になるのでした。
従者「お腹は空いていないかね? ビスケットでも食べるか?」
オーク「夕飯は食べてきたから、いらないよ」
少年オークは、馬車の窓から見える光景を見ながら、竜の背中に乗っていた時のことを思い出していました。
従者「道中は時間がかかる。これを読んで暇つぶしをするといい」
隣に座った従者から渡されたのは単語帳でした。人とオーク族の言語の翻訳辞典でした。
従者「物好きなオークと人間が共同で作ったものだ」
ところどころに付箋が貼られておりました。靴や鞭といった名詞から、叩く、詰るといった動詞まで様々でした。
従者「姫の母君の愛読書だったよ」
少年オークは同年代以上に知識欲があり、城へ着くまで熱心に読み耽ったのでした。
そして、馬車が城の裏門に到着する否や、オークと従者は近衛兵に囲まれてしまいました。
従者「見つからないわけがありませんでしたね」
馬車を降りると姫騎士が立っているのでした。
姫騎士「こいつが、オーク…!」
姫騎士がおもむろに剣を抜き、少年オークに襲い掛かりました。
従者が止めるより先に、オークは懐に携えた小型の斧で応戦したのでした。
戦闘経験がある姫騎士の剣を咄嗟に弾く姿を見て、従者は昔オーク父が姫騎士を下した瞬間を思い出しました。
姫騎士「殺す!」
従者は辞書で「殺す」が書かれたページを開き、オークに読ませました。
オーク「殺す」
姫騎士は得も言われぬ恐怖を感じました。人間の言葉で、魔物から、殺すと言われること。
想像していたものと違っていたことに、戦慄したのです。
王「そこまでだ」
そこにたくさんの近衛兵を連れた王がやってきたのです。
王「何事かと思えば、オークと剣を交えるとは。肝が冷えたぞ。これは一時預かる」
姫騎士の手から剣を奪い、王はオークの前にやってきました。
王「オークよ、加減してもらったことを感謝する。今頃娘は亡骸になっていただろう」
従者がオークに王の言ったことをわかりやすく伝えると、オークは警戒を解きました。
オーク「何を言っているのかわからなかったけど、物騒なことを言ってきたと知って怖かったよ」
王は従者から「オーク族なりのジョークです」と伝えられたため、笑いながら握手しました。
王「これは失礼をした。ここは何かと目立つ。続きは宮中で話すことにしよう」
従者とオーク、それから姫騎士らは城の中へと入っていきました。
従者は王に事情を話し、姫騎士とオークと自分の三人だけで話をさせてほしい旨を伝えました。
王妃に見つからないように使用人の部屋を使うことになり、そこで従者を交えて対話をすることになりました。
姫騎士「オークなんてゴブリンと同じようなものでしょ? 野蛮だわ」
三人だけになった途端にオークに対する嫌悪を隠しもしない姫騎士の言葉を、従者はそのままオークに伝えてみました。
オーク「いきなり襲い掛かってきた人に野蛮といわれるのは心外だよ」
従者にとって現状を維持しても平行線のままだと思い、訓練用の剣を使って戦ってみてはどうか、と持ち掛けました。
姫騎士は王の言葉に強い不満を抱いていましたのでこれを承諾し、オークも別に問題ないということで剣を交えることに。
姫騎士「負けない!」
気合一閃、数々の魔物を葬ってきた一撃を繰り出したつもりが、ポコンという気の抜けた音と共に防がれました。
防戦一方のオークに対し、姫騎士は多く繰り出しているのも関わらず打ち返されるのでした。
オークが息が上がってきた姫騎士の胴に軽く剣を当てると、姫騎士は膝をついたのでした。
姫騎士「くっ、殺せ!」
大の字になって身を投げうつ姫騎士を見て、オークは戸惑いました。
オークは従者を見やると、従者は悲しそうなmをしながら姫騎士の今の状態を説明しました。
従者「姫は王妃から剣を教わり、魔物に負けたときは潔く敗北を認め、こう叫ぶものと何度も言い聞かせられたのです」
姫騎士「殺せ! もはや生きるのは恥だ! 殺してくれ!」
オーク「うーん。これはいたたまれない」
従者「これをあなたの父はずっと見せつけられたのです。王妃の場合は表情が恍惚として我を忘れているようでしたが…」
オーク「オークと人間とでは体格に差があるから、そもそも競うような相手ではないと伝えてほしいんだけど」
姫騎士は数分後、自我を取り戻して赤面して出て行ってしまいました。
従者「今日のところはこれでお開きにしましょう。今晩は別室に床を用意しております」
オーク「明日もするってこと?」
従者「二日間で姫様には魔物に対する偏見をなくしてもらわなくては」
オークは翌日のことを思いため息を吐きました。
夜になり、誰もが寝静まったころ―――
少年オークはすることもないので、辞書を引いては眺めると繰り返していました。
そんな折、戸が叩かれる音がしました。
姫騎士がまた襲いに来たのかと用心して開けると、使用人が大きめのバスタオルを持って立っていました。
使用人「湯あみの用意ができましたので、こちらをどうぞ」
使用人は魔物を間近で見たことがなく、オークが大浴場へ行く際に珍しさから目で追ってくるようでした。
オーク「大きなお風呂だなー。パパとママにも見せてあげたい」
オークが入浴していると、いきなり王妃がやってきました。
何をするでもなく、王妃はオークの裸をじっと見てはニヤニヤと笑うだけで、オークは恐ろしくなりすぐに出てしまいました。
結局、オークが寝付けるまで時間がかかりました。
朝になり、朝食を呼ばれていくと、姫騎士だけが座っていました。
姫騎士「そこに座りなさい」
使用人によって椅子が引かれ、オークには少し小さい椅子に腰かけると、朝食を運ぶ召使いがやってきました。
並べられた料理はいずれも手が込んでおりました。
姫騎士がちらちらとオークの様子をうかがうのが気になるようで、手が一向に進まないようです。
そこに従者がやってきました。
従者「お二方、お早いお目覚めで。歓談しながらでもいかがですか?」
姫騎士「冗談は休み休み言って。こうなるように仕向けておいて」
従者「ここでは話にならないようですね。昨晩と同じ場所に向かいますか」
結局、使用人の部屋で話し合いをすることになりました。
オークには敵わないと分かりはしたものの、魔物に対する強い敵愾心は収まらないようです。
姫騎士はオークに今のオークの村について説明を要求しました。
情報があれば攻めるときに優位に立てるという下心を隠しつつ訊いたのですが、平和なものでした。
こちらに被害が及ばなければ人間の里や村を襲ったりしないこと、
魔法使いや戦士はいるが、普段は別の仕事をしていること、
畑仕事もして自給自足の生活もしていることなど、姫騎士にとっては思ってもみないことでした。
姫騎士「それじゃあ、村を襲ってきた魔物は…」
オーク「人間が来ているものや食べるものが羨ましくて奪ったりするはぐれものはいるけれど、そういないよ」
従者「好事門を出でず、悪事千里を走る、ですね。一つの悪事によって全体が悪印象が根付くこともありますし」
姫騎士「そうだったのね。私もゴブリンの件があったせいで歪曲していたようね。反省するわ」
オーク「それじゃあ、ぼくは帰っていいんですね!」
姫騎士「ダメよ」
オーク「えっ」 従者「えっ」
姫騎士「私より強いなら剣を教えて頂戴。半月に一度でいいわ」
オークと従者の驚きをよそに、姫騎士は勝手に決めていきました。
姫騎士「心変わりして悪いオークになっていないかもチェックしないといけないし。わかった?」
オーク「か、考えさせてください」
姫騎士「それ相応の報酬は出すわ。王家に傅くオークとして剣術所を開く資金も与えましょう」
従者「まさかここまで姫様が心を開くとは」
オークに頼りになると思われていた従者も妙なところで感動し、オーク本人をよそに話は進んでいったのでした。
約束された日に、馬車が王都からオークの村へ走りました。
帰宅したオークは顛末を話すと、両親とも理解しかねるといった表情をしました。
王妃を見かけたといっただけで、オーク父は何もされなかったかと慌てふためきました。
それから二週間後、オークのもとに「師範代許可証」という紙が一枚送られてきました。
王都に「オーク剣術所」とあまりに直截的な名前の道場ができ、物珍しさとオークの強さが間近で見られると評判になりました。
二週間に一度と言われたものの、子どもたちから「明日も来て! せんせい!」と頼まれては無碍にもできませんでした。
初めのうちはオークが道場の外に出ただけで驚かれていましたが、数か月経つ頃にはすっかり馴染んだようでした。
二週間毎に王宮に指南にも来るように言われていましたが、姫騎士の方が剣術所に来ることも珍しくなくなりました。
しかしオークは剣術所では姫騎士の相手は決してしませんでした。
打ち負かすとくっころ状態になるのが呪いのように抜けず、領民の前であれを晒しては可哀そうというオークの配慮でした。
こうして、オークが剣術所で剣を教えるうちに、オーク族への、ひいては魔族への偏見が人々のうちからなくなっていきました。
オークの村でも一目置かれる存在となり、結婚し、数年後には男の子を授かり、剣術所の次期師範となるべく育てました。
そのうちに姫騎士も結婚し王妃となったわけですが、剣術所に顔を出しては一試合しようと申し込んできました。
それからも長い間、オークは村と王都とを行き来しながら剣を教える日々を送ることになりました。
体力が尽きかけたオークは村に戻り、息子にこう言って隠居したといいます。
オーク「もう姫騎士とは関わらないようにしよう」
あとがき
うーん、予定とは全く違うものになり申した!
名前欄のトリップテストがてら書き始めたオーク×姫騎士ものでしたが、長くなりました。
全年齢対象ってどこまで表現していいのか、など悩みながらでしたが、いかがでしたでしょうか。
別の機会にまたオークネタか、他のものを書く予定です。それでは。
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