池袋晶葉「私のおもい」 (19)
正直な話、私は誕生日というものが好きではない。
誰がどれだけ祝ってくれたか、一種の友達検定のようなものだと認識してしまっている。
おおよそ華々しい青春とはかけ離れた位置にいる私は、どうもネガティブな思考に陥りがちだ。
不幸中の幸いと言うべきか、今年の私の誕生日は日曜日だ。
学校に行かなくていい、これだけでも幾分か気持ちが軽くなる。問題の先延ばしに過ぎないのだが。
しかし、事務所には行かなければならない用事が存在する。今度の仕事の軽い打ち合わせだそうだ。
ああ、気が重い、気が重い。
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当日事務所にいるのはPとちひろさんと……、それからライラだな。今回の仕事はロボフレンズでの活動だ。
Pはなんだかんだ気が利く奴だ。そつなくこなしてくるだろう。
ちひろさんはまめな人だ。パーティも好きだし祝ってはくれるだろう。
ライラは……、正直予想がつかない。私自身はライラは同僚で、同じユニットで、まあ、なんだ。友人だと思ってはいる。
しかし、人付き合いにおけるデータの絶対量が少ない私のことだ。正解が上手く導き出せない。
ああ、気が重い、気が重い。
さて、話は変わるがロボットを設計、製作しようとするとき人は主に二つに分かれる。
一つは理論派、計算に計算を繰り返し、設計を完璧にしてから製作に取り組むタイプだ。
もう一つは実践派、ある程度大まかに設計、テスト機体を作り、繰り返し実験をして問題点を改善していくタイプだ。
私は断然後者だった。どちらかが優れているという話ではないが。
案ずるより産むが易し、私はとりあえず行動あるのみの人間だった。
まあ、なにが言いたいかというと気分を落ち込ませるだけ落ち込ませておいて、悩みこんでも意味が無い。私には似合わないということだ。
来てしまうものは仕方ない、避け様が無い事実なら受け入れるしかない。私は諦めにも似た気持ちで誕生日を迎えるのであった。
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今日は6月10日、私の誕生日だ。しかし、それは世間に何の影響を及ぼさない。いつも通りの日常が始まるだけだ。
いっそのこと体調が悪くなればサボる口実が得られるのに。
アイドルになる前の虚弱な私ならいざ知らず、日々のレッスンでしごかれている今の私は体力もつき始め、体調管理もバッチシなのだった。
ああ、今日は生憎の空模様。私の持論だが雨は人のやる気を溶かして流し去ってしまう、こんな日には家に引きこもってロボ製作をしたくなるというのが本音だ。
重い足取りと重い気持ち、様々な思いを抱きながら私は事務所へと歩を進めた。
「やあ、おはよう」
当たり前のことだがどんなにゆっくりでも前には進んでいるもので、私は重く感じる事務所の扉を開けて挨拶をした。
ちなみに挨拶は常に「おはようございます」を使う。ふふん、これでも私は一端の芸能人なのだ。
「おう、おはよう。晶葉、誕生日おめでとう。ほら、プレゼントだ」
最初に私を出迎えてくれたのはPだった。当たり前のように、プレゼントを渡してくる。
その慣れた様子から、Pは多分学生時代から私のような悩みとは無縁の生活を送っていたのだろうことが伺える。
プロデューサーは仕事上様々な人と話す必要がある、さらには一番気難しい10代の女子を相手にしているのだ。コミュニケーション能力が高いのは当たり前か。
しかし、祝われることは素直に嬉しいので感謝の気持ちを伝えつつ受け取る。
「ありがとう、センスもいい、これは私好みだ。流石はPだな」
「お褒めいただき光栄です、伊達に助手をやらされてないからな」
「これからも私の助手でいてくれるか?」
「もちろん」
「ふふ、改めてありがとう」
「あー、抜け駆けしているのですか。晶葉ちゃんが来たなら私も呼んでくださいよ」
事務所の奥からちひろさんがやってきた。おそらく仕事が一段落着いたのだろう。
Pが先にプレゼントを渡したことに怒っている。ちひろさんがプレゼントを取りに奥に戻ったので、「あれは後が長いぞ」と二人で静かに笑いあった。
「おまたせいたしました。お誕生日おめでとう、晶葉ちゃん」
「ありがとう、これはクッキーかな」
「はい、そうです。以前プロデューサーさんがプレゼントしたときに喜んでいたと聞いたので」
「ふふ、私は幸せ者だな」
「お誕生日は祝うほうも嬉しいですからね。だから私はパーティーとかが大好きなんです」
そう言うちひろさんの表情は誇らしげだった。
腰に手を当て、胸を張っている。なんだか仕草が子どもっぽくてついつい笑ってしまう。見れば、Pも同じように笑っている。
「あ、なんですか、なんですか!二人してさっきからいちゃついて。どうせ私は仲間はずれですよ」
「拗ねないでくださいよ。ちひろさんがかっこいいなって思っただけですよ。な、晶葉」
「そうそう、ちひろさんはかっこいいぞ」
「ふん、そんなお世辞通用しませんからね」
とは言ったものの、ちひろさんの頬は緩んでいた。空気も緩んでいた。
「遅くなりましたですよー」
瞬間、私の緊張の糸が張り詰める。まだ悩みの種は残っていた。
ああ、振り向くことが出来ない。もし、という考えが頭をよぎる。
「アキハさん、誕生日おめでとうですねー」
杞憂だった。急いでライラのほうを向く。
「ライラ、ありがとう」
「プレゼントですよー。いっぱいあるです」
「お、おお。どうしたんだこんなに」
「友達のプレゼント探してると言ったら、商店街の人たちがたくさんたくさんサービスしてくれたです」
友達、その言葉がすとんと胸に落ちる。
ライラを一瞬でも疑った自分が恥ずかしい。
「友達、か」
「はい、二人合わせてロボフレンズですよー」
「ふふ、ふふふ。そうだな、そうだな」
「アキハさんが笑ってるとライラさんも嬉しいですよ」
人から祝われるのは、嬉しい。単純な理屈だが、この感情は大きなエネルギーを生む。ふふ、ライラにも伝わっているようだ。
「なんだか俺達は蚊帳の外ですね」
「そうですね、妬けちゃいますよね」
ふと視界のはずれで、二人の大人たちが拗ねているのが見えた。ああ、もう。
照れくさい、恥ずかしい、そんな感情はたくさんある。だけど今日だけは、今だけはしっかりと伝えなくてはならない。
「みんなといると、喜びが無限に生み出される……これもひとつの発明だな。今日一日は、その恩恵に与るとしよう……!」
言ってしまった。顔から火が出る思い。ライブでもこんなに緊張しないぞ。
ほら、みんなぽかんとしてる。やってしまったか……?
「ライラさんも胸がぽかぽかするですよー」
「晶葉ちゃんはやっぱりかわいいですね」
「珍しく素直だな、いつもこのくらい素直だといいのだが」
三者三様の答えと、同じ笑顔が送られてくる。ああ、涙が溢れそうだ。
思わず出てきた言葉は照れ隠しだった。
「さ、さあ。早く打ち合わせをしようじゃないか」
「そうだな、早く終わらせてパーティーするぞ」
「え、そんなのも準備してあるのか」
「サプライズですよー」
「ちひろさんがいて、パーティーしないわけがないだろ」
「その通りですけどなんか馬鹿にしてません?」
「してませんよ、な」
「そうだな」「そうですねー」
「ちょっとみんなして仲良さそうでずるいですよ」
「ロボフレンズだからですねー」
「ロボフレンズ with Pです」
楽しかった時間はすぐに過ぎ去ってしまうものだ。
帰り道、私はそんなことを思いながら歩いていた。いつのまにか雨はやんでいた。
打ち合わせもつつがなく終わり、誕生日パーティーも非常に楽しいものだった。
発明家は常に刺激を求めている。ならば私は、発明を生む最高の環境にいるのだろう。何せみんなが隣にいてくれるから!
終わってしまえばなにも悩むことなど無かったな。ネガティブな思考は全部雨のせいにでもしてしまおう。
心も空も晴れ渡るようだった。気持ちが羽のように軽くなった。
しかし、悩みとは尽きないもので、私は新たな問題に直面していた。
ああ、荷物が重い、荷物が重い
ライラが来るのが遅くなったのはこの大量のプレゼントのせいだった。
ライラは本当にいろんな人に好かれているんだな。自分のことのように嬉しかった。
なんて贅沢な悩みだろうか。思わず笑みがこぼれてしまう。私は誕生日が大好きになっていた。
それにしても……。
ああ、荷物が重い、荷物が重い。
以上で短いけれど終わりです。
晶葉誕生日おめでとう!
これからも池袋晶葉の応援をよろしくお願いします。
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