白菊ほたる・鷹富士茄子「セフレ」 (10)

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書き溜めなので短いです

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side ほたる

どうしてこんな関係になってしまったんだろう。


とうに夜の帳が降りた部屋で、私は天井を見つめて独りごちました。

流石にこの時間ともなると、外を通る車の数も少なく、窓の外からは時たまエンジン音が微かに聞こえるだけです。

気を抜けば、すぐにでもまどろみに堕ちて行きそうな静寂は、人を物思いに耽らせるのに十分なのでしょう。


始まりはどちらからだったか、という使い古された自問自答。

最早、そんなことは重要でないのかもしれません。

気がつけば、オフが合う度にこの家を訪れ、逢瀬を遂げる。

そんな爛れたルーティーンが形成されてしまっていました。

そこまで性に関する知識が豊富なわけではありませんが、このような関係性をなんと呼ぶのかくらいは知っています。


こうして幾度となく盛り合う中で、私が何度も尋ねられなかった疑問。

二宮さんが事務所で話していた「シュレディンガーの猫」の喩え話を思い出しました。

箱の中に50%の確率で毒ガスが出るような装置と猫を入れます。

蓋を閉めて1時間後に、猫は生きているか?死んでいるか?という思考実験でした。

うろ覚えですが、「物事は、観測するまで結果の重ね合わせ状態にあり、観測されることによって決定される」というような話をしていたような気がします(一ノ瀬さんに、『それはニュアンスが違うよ』などとケチを付けられていましたが)。


蓋を開けさえしなければ、死んだ猫を観測することはない。

疑問をぶつけることさえしなければ、いつまでも幸せな幻想に浸っていられる。

好奇心に負けて箱を開けさえしなければ、猫を殺してしまうこともないのです。

それでも尚、私は確かめる方を選んでしまいました。

『私達って付き合ってるんでしょうか』


そう言おうとした瞬間、頬が金縛りにでも遭ったかのように引きつります。

求めているのは、貴女の本心ではなく、都合のいい言葉。

様々な思いが交錯し、喉元まで出かかって、また沈んで。


「私なんかと……セックスして……楽しいですか……?」


思いが巡り巡って、ようやく絞り出します。

ぐちゃぐちゃになった脳内は、たった一言を紡ぎ出すのにすら不十分でした。

そんな私を見かねたのか、あるいは愛想を尽かしたのか。


「……ほたるちゃんは、物事を大袈裟に考えすぎです」


貴女はいつもの笑顔を崩さずに言いました。


「くっついたら、あったかい。混ざりあったら、気持ちいい。それでいいじゃないですか。私はほたるちゃんと繋がっているだけで幸せですよ」


それは優しくて、残酷で、絶望的で。

自分の思いを伝えられず、察して貰おうとしか思っていなかった卑怯な私への最後通牒でした。


本当に悲しい時には、涙が出ることはないと聞きます。

今頬を伝っている滴と、その定説、どちらが嘘なのでしょうか。

少し体温の高い腕で抱きすくめられながら、私は必死で嗚咽を抑えます。

撫でられる度に、貴女のその優しさが、愛情から来るものではないと分かってしまうから。


それでも、私はオフの日にまた貴女の部屋を訪れるのでしょう。

貴女とまた一つになりたいから。

そして、貴女がそれを拒まないのを知っているから。

結局のところ、私はあなたの優しさに甘えているだけに過ぎないのです。

自分への言い訳を幾度となく繰り返しながら、今度こそ私は深い深い眠りへと落ちていきました。

side 茄子


どうしてこんな関係になってしまったんだろう。


隣で安らかに寝息を立てている少女を横目に、私は軽い溜息を漏らしました。

同じユニットの年下、しかも未成年の女の子と、一糸纏わぬ姿で寝床を共にしている。

よくよく考えなくても、まっとうな事態ではありません。


「今日はいつもより激しかったですね」

何度目かも分からぬ行為を終え、眠気を訴えて一息ついた彼女は満足げな顔で囁きました。

恥じらいと後ろ暗さも相まって、私は答えに窮します。

その葛藤が顔にも表れていたのでしょうか、特に二の矢が継がれることはありませんでした。

彼女は小さく微笑むと、私のほうに少しずつ身を寄せてきます。

その小動物のような愛らしさは、私に多幸感と罪悪感の両方を過剰にもたらすものでした。


お互いユニットだけでなく、アイドルとしてそれなりに売れている身分とあれば、そうそうオフが重なることも多くありません。

そんな貴重な休日が、大概このような節度のない交わりに消費されていきます。

穢らわしい、などと唾を吐く人も居ることでしょう。

それは一重に、彼女が許したこと。そして何より、私が望んでしまっていることなのです。

彼女が眠りに落ちたのを見届け、私は絡んでいた指をそっと解きました。

二十歳になるまで、性行為どころか付き合うことすら経験がなかった私がこのような状況下に置かれていることは、未だに実感が湧くものではありません。

洗濯が必要そうなベッドシーツさえなければ、私は今夜の出来事を夢だと思いこむことすら出来たでしょう。


私たちは付き合っているわけではありません。

仮に付き合っていたとしても、もとより大人と未成年という隔たりがあります。

アイドルという職業である以上、それを表に出すことなどできないのですが。

この状態を適切に表す日本語が見つからない、そんな歪んだ鎖だけが、私達を繋ぎ留めていました。


『大丈夫ですよ』


『私はどこにも行きません。茄子さんのそばに居てあげます』


ふと我に返り、自分を恥じます。

彼女の寝顔を見つめるあまり、何度か前の逢瀬の時の台詞を思い出してしまうなんて。

今言葉を発していない人の顔を見て、都合の良い記憶を引き出すなど、随分と浅ましい人間になってしまったものです。


ほたるちゃん,ごめんなさい。

貴女が私に向けていた尊敬の眼差しを、私は今踏みにじっています。

彼女が抵抗しないのを良いことに、自分の欲望をぶつけているだけ。

卑怯なのは私のほうです。

私はありもしない年上の余裕を見せつけるために、上っ面の言葉を弄するような女なのですから。

いたいけな少女を傷物にしながら、なおも自分の保身に走るような人間なのですから。


窓の外に目をやると、既に空は微かに白んでいました。

一睡も出来なかったのは、果たして慣れない枕のせいだけでしょうか。

彼女を起こさないようにベッドから出て着替えを済ませると、ウェルカムボードに掛かった松ぼっくりのキーケースを拝借して外へ出ます。

メモの一つでも置いておけばよかったかな、とは思いながらも鍵をかけ、郵便受けの中へ滑り込ませました。

カコン、という微かな音を聞き届け、私はまだ肌寒い夜明けの路地へと歩いていきます。

帰ってシャワーを浴びた後、仮眠を取る時間はあるかな。

上り始めた朝日が、道路に電柱の長い影を落としました。

短いですが終わりです
ありがとうございました

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