オリ女性Pと百瀬莉緒の百合です。
オリ女性Pメインなので、無理な人はブラバどぞ。
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お菓子が好き、それもとびきり甘いものが。 甘くて歯がとろけてしまいそうなチョコレートなんて大好物。
だからデスクの引き出しには常にお菓子を用意している。 キャビネットの上から2番目は私のお気に入りのスペース。
もちろん地味で暗い私にはキラキラしたお菓子なんて似合わないことは知ってる。 だから人前ではお菓子は食べないようにしてる。 サボってるって思われるのも嫌だし。
「はむ」
包み紙を開けチョコレートを一口…… そう言えばもうすぐ世間の色めき立つ1年に1度のイベントの日だっけ。
今まで自分には無縁のイベントだったけど、お仕事上今年は嫌でも向き合わなければならない。 事務所のみんなにチョコを送らなきゃ。
もちろん私はチョコレートを手作りなんて出来ないし、作る時間も無いから市販品をその辺のデパートの地下で買うだけだけど。
流石にみんなも私がチョコの作り方を知ってるとは思ってないようで、誰も私にチョコの作り方を聞いてくることは無かった。 それで正解。
「はむ」
チョコを二口目、頭の中に色々なチョコレートを思い浮かべていると何だか少し幸せな気持ちになってくる。 やっぱり甘いものは好き。
「あら、やっぱり今日も残業?」
ドアの開く音と共に聞こえる色香を帯びた声。 その声は私の心を跳ねさせる。 きゅんって、ぴょこんって、およそ私に似つかわしくない音が私の中から聞こえた。
振り返れない。 振り返ったらこの心音がバレちゃうから。 だから私は急いで手元のチョコレートを膝上に隠した。 弱い私の、ほんの些細な抵抗。
「百瀬さんはどうしてここに?」
平静を装うのは慣れている。 落ち着いて、普段通り普段通り。
「ふふ、また今日もキミは頑張ってるんじゃないかって思ってね」
「頑張ってなんて……」
「十分頑張ってるわよ」
誉められて喜ぶほど子どもじゃないつもりだった。 それでも百瀬さんに誉めてもらうとそれはもう特別で、全てを赦してもらったような気持ちになってしまう。
「疲れてるでしょ? 甘いものとか食べた方がいいわよ」
そう言って莉緒さんが取り出したのはキラキラした彼女に相応しいソフトキャンディ。
ただのお菓子、それはそうなんだけど彼女から差し出されたそれは私にとって特別なものに思える。
「あ、ありがとうございます……」
「あっ、もしかして甘いもの苦手だったりする?」
「いえ…… そんなことは」
「良かった。 プロデューサーって何だか甘いものより酸っぱいものとか好きそうじゃない?」
やはり他の人からはそう見えてるのか……
「疲れてるでしょ? 甘いものとか食べた方がいいわよ」
そう言って莉緒さんが取り出したのはキラキラした彼女に相応しいソフトキャンディ。
ただのお菓子、それはそうなんだけど彼女から差し出されたそれは私にとって特別なものに思える。
「あ、ありがとうございます……」
「あっ、もしかして甘いもの苦手だったりする?」
「いえ…… そんなことは」
「良かった。 貴女って何だか甘いものより酸っぱいものとか好きそうじゃない?」
やはり他の人からはそう見えてるのか……
「ねぇ、もうすぐバレンタインデーじゃない? 貴女は誰かにチョコとか送ったりするの?」
それは突然の発言。 私は百瀬さんの言葉にあっさり心を乱され動揺する私。 気にしてはいけない、この言葉に深い意味なんて無いんだから。
「アイドルの皆さん、伊吹さんや所さんに徳川さん天空橋さんに送る予定はありますよ」
「ねぇ、私にはくれないの?」
百瀬さんが体をずい、とこちらに寄せてくる。 や、やめて…… そういうの本当に反則…… です……
「も、もちろん百瀬さんにも……」
「やったぁ♪」
綺麗な見た目からは信じられないような可愛い声を出す百瀬さん。 椅子から立ち上がってやっと帰るみたいです。
「それじゃあ楽しみにしてるわよ、キミのて、づ、く、り」
え……?
じゃあね、と手を振る百瀬さんを私は呆然としながら見送って、時計を見て慌てて仕事を再開。
どうしよう…… 手作りチョコだなんて……
「どうしよう……」
流れで百瀬さんに手作りのチョコを渡す、みたいな話になってしまった。 すぐに訂正しようかと思ったけど、その後中々百瀬さんに同行する機会が無くて出来なかった。 わざわざ百瀬さんにライン送って訂正するのも変だし。
なんて悩んでいる内に今日はもうバレンタイン3日前、このまま2月14日が過ぎ去ってくれたら なんて思うけど、期待してくれている(といいな) 百瀬さんを裏切るのはそもそも彼女のプロデューサーとして論外。
だけどチョコの作り方なんてわからない…… 適当にネットで調べるにしても、自分にお菓子作りセンスが無いことくらいわかっている。
仕方無いし、事務所の子がチョコを作る時に一緒に作らせてもらおう…… 劇場に行けばきっと誰か居るでしょう、多分。
そんな思いで劇場を覗くと、そこに居たのはエプロン姿でチョコレート作りの準備を進めている徳川さんと天空橋さんだった。 良かった、全く知らない子に教えてもらうよりはこの二人の方が安心出来る。
「はいほー、プロデューサーさん」
「お休みの日もお仕事場に来るなんて、プロデューサーさんは勤勉ですね~」
「あ、あの…… ちょ、チョコレート……」
やはり口にするのは恥ずかしい…… つまらない意地を張る自分が本当に嫌になる。
「ほ? プロデューサーさんも姫たちと一緒にチョコレートを作りたいのです?」
「ふふっ、いいですよ~ 普段の感謝を伝えるために、たぁ~っぷり気持ちを込めたチョコレートを作りましょうね~」
気持ち…… 気持ちか……
私が百瀬さんに向けてるこの気持ちは何だろう。 私が百瀬さんに惹かれてるのは純粋な恋愛感情なのか、それともこの環境に未だに馴染めない私が優しい彼女に精神的な拠り所として依存しているだけなのか。
答えはきっと後者、私はただ百瀬さんに甘えているだけ、そんな気持ちをチョコレートに込めたって、きっと甘くも無い苦くて不味いチョコレートが出来上がるだけだろう。
やっぱり手作りのチョコレート何て嫌だ。 こうやって自分の気持ちと強制的に向き合わされるから。 仕方無い、手作りのチョコは自分で処理して百瀬さんに渡すのは既製品を……
「プロデューサーさん、どうしてそんな暗い顔をしているのです?」
「チョコ、誰に渡すつもりなんですか~?」
…… なんで私の心を覗こうとするの
「えっと、取り合えず社長さんに、お世話になっている音無さんに青羽さんに、伊吹さん所さん、後貴女達二人にも渡すつもりで」
「ふふ、案外沢山の人に送るつもりなんですね~」
「でももう一人居る、でしょう?」
徳川さんに見つめられて思わず視線をそらす。 この二人は危険だ。 目を合わせるだけで考えてること全て読み取られそうになるから。
「そ、そうですね百瀬さんにも渡すつもりです」
「渡すのは女の子ばかりなのですね、それなら甘いチョコレートをオススメするのです。 女の子は誰だって甘いお菓子が大好きだから、とびきり甘い甘いチョコレートを渡せば喜んでもらえること間違いなし! なのです」
「そうですね~ 甘いお菓子が苦手な女の子が居たら見てみたいものですよねぇ、まつりさん?」
「ふふ、甘いお菓子が苦手な女の子なんて朋花ちゃんはおかしなことを言うのです。 それより、プロデューサーさんは甘いチョコレートの作り方はわかりますか?」
「それは…… 砂糖を沢山入れるとか」
「ふふ、プロデューサーさんらしい回答です」
「それは正解なのです。 だけどそれだけじゃない、好きな相手から渡されたチョコはとっても甘くて食べると胸がドキドキしちゃうものなのです」
「ドキドキ…… ?」
「そう、プロデューサーさんはまつりや朋花ちゃん、みんなのことは好きですか?」
「……」
『好き』そうやってすぐに答えられない自分が嫌、私は未だにこの子たちのことを受け入れられてない。
「ふぅ、その分だとプロデューサーさんのチョコは少しビターな風味になりそうなのです」
「ひとつを除いて、ですけどね~」
「でも安心して欲しいのです! まつりの魔法さえあれば誰が作ったって美味しいチョコになるのです」
「まつりさんの言葉は忘れて、春香さんのレシピ通り作りましょうね~」
天空橋さんが手渡したチョコレートのレシピは、分量が細かく書かれていて、手順も明確でお菓子作りの経験の無い私にも簡単に理解出来るものだった。 凄いな天海さんは。
二人の言葉で私の心はぐちゃくちゃになってしまったけれど、ひとまずは何も考えずレシピ通りに正確にチョコレートを作ることにする。
「あれ? 天空橋さんその分量は違うんじゃ」
「大丈夫ですよ、私の作るチョコレートは二人が作るものとは別ですから、私がチョコを渡したい相手は少し面倒な人ですからね~」
「面倒……?」
「はい、とってもわかりにくくて、面倒な人です」
「はぁ……」
「私が作るのはビターなチョコレート、きっとこれを渡したってあの人は素直に喜んではくれないと思います。 だけどそれでいい、私はこのチョコに愛情と、ほんの少しの嫌味を込めて送るんです」
「嫌味……?」
「ただ単に愛だけ送っても仕方がない。 あの人はストレートな愛を送るだけじゃ振り向いてくれない。 気持ちのバランス、押し引きが大事なんです」
「……」
「ふふっ、こういうお話は苦手ですよね。 理解しなくても大丈夫ですよ。 プロデューサーさんが私たちのことを全て理解する必要はありませんから」
「でも…… 貴女も女の子なんですから、女の子の気持ちくらいわかるようにならないとダメ、ですよ~?」
「ラッピングも終わり、これで完成なのです」
目の前に置かれいる、いくつもの綺麗に包まれたチョコレートたち。 お菓子作りなんて私に無縁のものと思っていたけれど、作ってみると案外これは私向きの地味で事務的なものだった。 これなら来年は私一人でもやれそうだ。
「それじゃ姫からプロデューサーさんにひとつ」
「私からも」
などと思っていると、二人はそれぞれラッピングしたチョコをひとつずつ手に取って私へ差し出した。
「「ハッピー、バレンタイン」」
「え?」
「姫たち、14日にはどうしても外せない用があってプロデューサーさんとは会えないのです」
「だから、少し早くなってしまいますが日頃の感謝を込めて、今お渡ししますね」
「はぁ……」
そうか、完全に私が彼女たちに渡すことだけを意識していたけど、こうやって渡されることもあるのか。
「それなら私も、いつもお世話になっています」
「ううん…… その渡し方は30点というところでしょうか」
「えっ?」
天空橋さんも徳川さんも不満げな顔をしている。 何か気にさわるようなことがあったかな。
「そこは『いつもありがとう』って言って欲しいのです。 そんなビジネスライクな渡し方じゃちっともときめかないのですよ?」
「私たち以外に渡す時は、もっと気を使ってくださいね~」
「ご、ごめんなさい……」
あぁ、またこのパターンか…… どうしてこの二人は私に高い理想を求めるんだろう…… 私にどうしろっていうの……
「プロデューサーさん」
怒っている、そう思われた天空橋さんの口から発せられたのは存外とても優しく、彼女が自称する『聖母』のような癒しの声だった。
「バレンタインはこれからが本番です。 もしかしたらこの後貴女にとってとても苦しいことが起きるかもしれません」
「だけど逃げたりしないでね、彼女からも自分からも逃げずに向き合って、後悔だけは絶対にしちゃダメだよ?」
えっと……
「励まして…… くれているんですか…… ?」
二人の言葉は私に対する叱咤や要求ではなく、シンプルな純粋な応援だった。
「はい、その通りですよ。 貴女は本当にダメなプロデューサーですから、私たちのプロデューサーに相応しくあるように言わせていただいています」
「でも、今のプロデューサーさんはまつり達のプロデューサーじゃないのです! まつり達とおんなじ恋する可愛い女の子なのです!」
「こ、恋する可愛い女の子……」
いや…… そのみっつの単語はどれも私に合わないでしょう……
「プロデューサーさん、頑張って!」
徳川さんと天空橋さんに手伝ってもらって、何とか手作りチョコレートを用意出来て、ついにバレンタイン当日。
まずは首尾よく社長さんや音無さん、青羽さんに渡すことは出来た。 ある意味予想通りだけど、誰からもチョコを手作りしたことを驚かれた。 少し前の私でも、私がチョコを手作りしたことを知ったら同じ反応すると思う。
伊吹さんと所さんにも渡そうと思っていたけど、二人とも他のアイドルの子たちと遊びに出掛けていったらしい。 まぁ無理に今日渡す必要も無いか……
だから、後渡すべきは百瀬さんへのチョコレートだけ。 これを渡して…… それで……
いざ当日になると、それまで空想や物語の中だけのもので私には遠いものだったそれが、急に現実味を帯びて私の背後までやってくる。
手作りのチョコなんて一体どんな顔をして渡したら、どんな言葉を添えたらいいのやら。 わからない、怖い……
きっと、こういうことが徳川さんの言うところの『逃げない、自分と向き合う』ってことなんだと思う。
はぁ、と一呼吸。 それとコンビニで買った市販のチョコレートをひとつ口に入れてブレイク。
百瀬さんのことを気にし過ぎてお仕事が疎かになっては本末転倒。 百瀬さんだけじゃなく皆に迷惑がかかる。 今日はバレンタインデーである前にただの平日なんだから事務作業を進めないと。
やはり私は事務仕事人間のようで、仕事を始めると時間もチョコも忘れ、黙々と作業に打ち込むことが出来た。
人と向き合わない仕事は楽、PCは人と違って自分が思った通りに動いてくれるし、気を使う必要だってない。
あぁ…… 結局こういう人なんだな私は、自分の心の中は誰にも見せたく無い、それなのに他人の思考が見えないのは許せなくて、そして怖い。
私の担当アイドルのみんな、きっといい子なんだってそう信じたいのに、影で私を嘲笑ってるんじゃないかって、そう思ってしまう。
自分じゃない、『誰か』を認識出来ない。 人を理解することが出来ない。 これまでに私のことをわかった風に言う人には何度も会ったけど、何でそんなことをするのか意味がわからないし、そうやって人を理解出来るのが恐ろしくて…… 羨ましかった。
百瀬さんに惹かれる気持ちはあるのに、あの人に対してすらそう思ってしまうのだから重症。 あぁもう何で仕事に集中出来ずにこんなことばかり考えてしまうのかな。
時刻は22時、あぁもうこんな時間か…… あぁっ!
一気に体温が下がる、血の気が引いていくのを感じる。 大きな取り返しのつかない失敗をしてしまった時のあの感覚。
しまった…… いい時間になったら百瀬さんに連絡してチョコを渡そうと思ってたのにもうこんな時間に……
急いで電話を取り出して彼女にメッセージを送ろうとして、自分を制止する。 こんな時間に彼女を呼び出しても迷惑に決まっている。
あぁ…… 自分の集中力が恨めしい。 いったい何のためにチョコレートを手作りしたんだ私は。 今までの準備も何もかも、たったひとつの油断で全てが水泡。
仕方無い、チョコは明日渡そう。 明日は百瀬さんの仕事に同行する予定だし…… 別にチョコはいつ渡したってチョコだし、2月14日がそこまで特別な日な訳じゃないだろうし……
本当に……?
本当に、私はただ百瀬さんへの連絡を『忘れた』のか? 私の脳が高速回転を始める。 私を悪役にするために、私を追い詰めるために。
つまりこう。 私は百瀬さんにチョコを渡すのが怖いから、逃げたいからわざと連絡せずに約束を破った。 そしてそれを自分自身に『忘れた』と思い込ませて。
そうだ、きっとそう。 私は徳川さんと天空橋さんに『頑張って』って応援されたにも関わらず、結局百瀬さんとも自分とも向き合うことを恐れて何もしない選択をした。
明日からだってもっともらしい理由をつけて誤魔化し続けるんだろう『私』は、じゃあ何だ? 何のために私はチョコを作ったんだ?
段々イライラしてきた。 何に? 私にか? そうだ。 何で私はこんなクズなんだ。 無気力で無意味で無価値な集合体、それが私。
鞄の中からピンク色の小箱を取り出す。 どうせ渡さないならもう要らないじゃんこんなの。 捨てよう。 でも捨てるのは勿体無いし食べよう。
「あ、やっぱりここに居た」
ノックも無く開けられる扉。 たった少し聞いただけで、それまでのめちゃくちゃだった気持ちを更にめちゃくちゃにしてくれる声。
「も、百瀬さん……」
「今日はキミがチョコくれるって約束だったのにちっとも連絡来ないから、どーせまた仕事なんだろうって思って来ちゃった」
何で…… 何で……
「ど、どうしてここにっ……」
私の心に暖かいものが入り込む。 それまでそこにあった汚濁としたものが溢れ出る。
百瀬さんが来たことは視認したのに、不自然に振り向き直して彼女に背を向ける。 失礼だって、とてもそう思う。
だけどそうせずにはいられない。 だって今の私は汚いものを吐き出している真最中だから。 そんな姿を見せるなんて絶対にありえない。
『好きな人には自分の一番可愛い姿を見せたいのは、女の子の当たり前』なんて昔読んだ恋愛小説の一説が思い出される。 なんだ、私にもわかるじゃないか女の子の気持ち。
なんて、余計なことを考えている内にも百瀬さんは私にどんどん近付いてくる…… どうしよう……
「ねっ、どうしたの?」
「何でも…… 何でもないです……」
「また震えてる…… 泣きそう?」
はい…… 泣きそうです。
「いいえ…… そんなこと……」
「それより、なんで連絡くれなかったの? 今日忙しいならそう言ってくれればよかったのに。 今このみ姉さん達待たせてるのよ?」
それは…… 私が弱いから…… 貴女への気持ちを素直に信じられないから……
私には『人と向き合う』とか、『人に想いを伝える』とか、どんなに頑張っても出来ない人間だから……
「ごめんなさい……」
「あっ、違うその…… 責めてるわけじゃなくて……」
耳で百瀬さんの声を受けとりつつも、私の意識は私の足元、急いで隠した鞄の中のピンクの小箱に向けられていた。 いったいどうやって渡せばいいのか。
然り気無くなんて出来ない、まっすぐ見つめて想いの言葉を添えるなんてもっと出来ない。
そんな私が選ぶ方法は、結局……
「そう、チョコレートよ。 持ってきてくれた?」
百瀬さんに察してもらって、要求してもらうこと。 他人任せの、格好悪い、臆病な、とても私らしい選択。
「はい……」
鞄を漁って、ピンク色の小箱を取り出す。 この日のために作られた、私らしくて私らしくないもの。
手にとって、突きだす。 たったそれだけでも手が震える。 もう見てられない。
そんな私の手の震えは、百瀬さんの手によって止められる。 重なる手、頂点を越えて更に熱くなる私の体温。
百瀬さんを見つめられずチョコレートに下ろされていた私の視線は、二人の手が重なる所をはっきり捉えてしまって、その衝撃に耐えられず明後日の方へ飛んでいく。
「ありがとう。 今開けてみてもいい?」
「だ、ダメです! 絶対…… 今はダメです!」
チョコレートを食べて『美味しい』って言われたら自分の感情がどうなるかわからないし、『美味しくない』なんて言われてもどうなるかわからない。
「そう。 それじゃあ家に帰っての楽しみにするわね。 それじゃあ私からも……」
「ハッピー、バレンタイン」
百瀬さんが手渡したのは、私も知っている有名店の紙袋で、私には手作りを要求したのにそっちは既製品なの? とか、徳川さんや天空橋さんと同じでしょ? なんて冷静な私は死んでしまって。
ただ嬉しい。 幸せな気持ちに私はまた涙が溢れそうになる。
「いつも、私のことを支えてくれてありがとう。 貴女が人付き合いが苦手なこと、私たちとの関係に悩んでること、それでも少しでも私たちと仲良くなろうって、貴女なりに努力してること、私はわかってるつもりだから」
あぁもう…… なんでそんなこと言うの…… どうして貴女は私が喜ぶような言葉をそんなに簡単に刻めるの? どうして貴女が口にする言葉は疑う余地もなく私の芯に届くの?
「その…… 好きよ?」
「それじゃあ私はこのみ姉さん達の所へ戻らせてもらうけど…… キミは来ないわよね?」
「はい……」
百瀬さんの指す馬場さんや桜守さん、後豊川さんや北上さんらの飲み会、まだまだ私にはとても行けそうにはない。
だから私はこの百瀬さんからの贈り物を、この幸せを大事に抱えて家に帰ることにしよう。
「……え?」
そう、気持ちでは思っていた。
私の手は百瀬さんの服を掴んでいた。 強く、皺が出来るくらいに。
「行って欲しくないです……」
「側に居て、貴女ともっと一緒に居たい。 こんな幸せな時間が終わるなんて嫌。 もっともっと、幸せを瓶の底まで、最後の一滴まで味わいたい!」
「わかったわ」
きゅう、ってしてくれた。
そうされること。 それを自然に受け入れられること。 どちらも今まで信じられないことだった。
これが人の心に触れる、一歩踏み出すってこと…… なのかな……
「チョコレート、食べてもらえませんか?」
「えぇ? さっきは食べないでって言ったのに…… 意外とキミってワガママだったのね」
ワガママ、そんなこと初めて言われた。
もしかして今の私は、私じゃない別の誰かなのかもしれない。
私じゃないならむしろ好都合かもしれない。 陰湿で、弱い私が居なくなってくれるなら、きっと明日からも全てが上手くいく。
でも実際は私は私のままで、明日からはまた誰かの好意を疑うような、どうしようもない私に戻ってしまう。 それが現実。
「んっ、このチョコレートとっても甘くて美味しいわ、貴女ってお菓子作り上手なのね」
「……」
さっき、美味しいって言われたら自分がどうなるかわからないってそう思ってたけど、言われてみたら劇的な感情になるわけでもなくて、口した言葉はただ一つ
「よかった」
おわり
2/14に投稿したかったんですが、諸事情により遅れました。
読んでくれた人ありがとうございました。
まつりと朋花のアドバイスがいい感じ、流石だ
乙です
>>3
百瀬莉緒(23) Da/Fa
http://i.imgur.com/Bs3RzIe.png
http://i.imgur.com/ZZv5cN0.png
>>7
徳川まつり(19) Vi/Pr
http://i.imgur.com/Utsq77O.jpg
http://i.imgur.com/GGj50VV.jpg
天空橋朋花(15) Vo/Fa
http://i.imgur.com/g5aqYlW.jpg
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