【ミリマスss】杏奈「罪と」百合子「罰」 (57)

・本編は次から

・完結済みなので、順に投稿していきます

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杏奈「(百合子さんは、杏奈に隠しごとがある)」

百合子「?」

杏奈「(百合子さんは隠しているつもりでも、杏奈には分かる)」

百合子「杏奈ちゃん?」

杏奈「(だから、杏奈は待ってるよ?)」

百合子「そ、そんなにじっと見られたら、恥ずかしいよ///」

杏奈「百合子さん」

百合子「な、何?///」

杏奈「杏奈、百合子さんのこと……ずっと待ってるから」

百合子「?」

百合子「……」

百合子「ありがと、杏奈ちゃん」

杏奈「(今はこれが精いっぱいの気持ち)」

――――――――――――

百合子「(私が『呪い』を受けてから、もう何年が経ったのか)」

百合子「(思い出そうとしても、千年からなる記憶の地層は、地平線の彼方に漂う霞みたいに、ぼんやりとして判然としない)」

百合子「(朝、目が覚めると、一番に確認するのは、ここはどこで、私は誰なのか、ということ)」

百合子「(昨日が一年前のように感じたり、百年前のことがつい一時間前に起こったように思うのは、長い時の中で、私の自己同一性が失われつつあるからだろう)」

百合子「(もしかしたら、フィリップ・K・ディックも私と同じ『呪い』を受けていたのかもしれない)」

百合子「(私は、七尾百合子)」

百合子「(アイドルで、読書が好きな女の子)」

百合子「(忘れていなかった、ただそのことで、ほっと胸を撫でおろす)」

百合子「(どれだけ思い悩んでも、私が分からない時、思い出すのは、異端審問を受け、逃げた森で啜った泥水の味や、戦場で嗅いだ血と肉の臭い、果ては私が生きるために、その首筋へ噛み付いた幼い女の子の叫び声)」

百合子「(どうして生きているのだろう、という疑問が頭を離れない)

百合子「(どうして、あなたは生き延びているの?)」

百合子「(そんな糾弾の声さえ、頭の中にこだまする)」

百合子「(私は、吸血鬼)」

百合子「(人の血を口にしなければ生きていけない怪物)」

百合子「(フランケンシュタインの怪物が願ったように、私もまた、同胞を求めて、さまよっている)」

――――――――――――

レッスン場

杏奈「百合子さん、隣いい……?」

百合子「うん、どうぞ」

百合子「……」

杏奈「何、読んでるの?」

百合子「……ドグラ・マグラ」

杏奈「?」

杏奈「(ホラーもの?)」

杏奈「……」

百合子「……」

杏奈「(百合子さん、最近、いつも一人でいる)」

杏奈「(何か、あったのかな?)」

杏奈「……」

百合子「杏奈ちゃん」

杏奈「!」

百合子「無理して、側にいなくてもいいよ?」

杏奈「……邪魔?」

百合子「ううん、そうじゃないけど……」

百合子「……」

百合子「ううん、やっぱり違う。邪魔じゃないよ」

杏奈「……」

杏奈「(でも……そうじゃないけどって?)」

杏奈「杏奈、あっち行ってるね?」

百合子「え?」

杏奈「……」

百合子「あっ、うん。いってらっしゃい」

杏奈「(引きとめないんだ……)」

百合子「(何で? どうしてそんな悲しそうな顔するの?)」

百合子「……」

百合子「(ダメ。全然、頭に入ってこない)」

百合子「(杏奈ちゃん、亜美ちゃんたちと楽しそうに話してる)」

百合子「(どうして、私の所になんか来たの?)」

百合子「……」

百合子「(杏奈ちゃんが何考えてるのか、分からないよ)」

――――――――――――

トレーナー「全員そろってるね」

トレーナー「十分後にレッスン始めるよ。準備運動は済んでる?」

「「「「「はーーい」」」」」

百合子「はぁ」

杏奈「百合子さん、憂鬱?」

百合子「ダンスレッスンだもん」

杏奈「うん、杏奈も……」

百合子「(今度は、嬉しそうに笑ってる)」

杏奈「頑張ろう、ね?」

百合子「う、うん」

杏奈「?」

百合子「(つい、目を逸らしちゃう)」

百合子「!」

百合子「杏奈ちゃん、靴紐ほどけてるよ」

杏奈「あっ、ありがと……」

百合子「ねえ、そのトレーニングシューズ……」

杏奈「!」

杏奈「えへへ、百合子さんとおそろい」

杏奈「この前、百合子さんがおすすめ……してくれたから」

百合子「っ!」

百合子「何で……?」

杏奈「?」

杏奈「百合子さん……?」

百合子「……」

百合子「(胸が苦しい)」

百合子「(杏奈ちゃんの笑顔が眩しい)」

百合子「(苦しいよ)」

――――――――――――

事務所

杏奈「……」

星梨花「……?」

杏奈「……」

星梨花「杏奈さん、何を読んでるんですか?」

杏奈「!」

杏奈「星梨花?」

星梨花「読書ですか? 珍しいですね」

杏奈「……うん、知りたいこと……あって」

星梨花「!」

星梨花「すごい表紙ですね///」

杏奈「うん……百合子さんが、読んでたの」

星梨花「ドグラ・マグラ?」

星梨花「どういう話なんですか?」

杏奈「記憶喪失の人が、病院で目覚める話?」

星梨花「?」

杏奈「杏奈も、まだよく分かってなくて……」

星梨花「何だか、難しそうです」

杏奈「うん。全然……読み進められない」

星梨花「……?」

星梨花「そういえば、知りたいことって」

杏奈「……」

杏奈「百合子さん……最近、すごく悲しそうな顔、するの」

杏奈「だから、もっと百合子さんのこと、知りたい……」

杏奈「百合子さんの読んでるものとか……見ているものとか……好きなもの、集めたら、もっと百合子さんのこと……分かるかなって」

星梨花「……」

星梨花「すごいです! 杏奈さん!」

星梨花「杏奈さんは、本当に百合子さんのことが好きなんですね!」

杏奈「……///」

杏奈「でも……百合子さんは、嫌がるかも」

星梨花「そんなことないです!」

星梨花「きっと百合子さんも嬉しいと思います」

星梨花「杏奈さんがそんなに、たーくさん百合子さんのことを思ってくれているのを、嫌がるわけありません!」

杏奈「そう、かな?」

星梨花「そうですよ!」

杏奈「……」

杏奈「あの、少し、聞きたいことがあるの……」

――――――――――――

駅前広場

百合子「(杏奈ちゃん、急に呼び出して、どうしたんだろう?)」

杏奈「百合子さ~ん!」

杏奈「ごめんね、待った?」

百合子「っ、ううん。今来たところ」

杏奈「えへへ、準備があって、遅れちゃった!」

百合子「そんな! 私が早く来すぎただけで……」

杏奈「ううん、杏奈が……」

あんゆり「「っ! ふふっ」」

百合子「まだ待ち合わせの十五分も前なのにね」

杏奈「百合子さんが、早く来すぎなのっ」

百合子「私のせい!?」

杏奈「あははっ!」

百合子「えへへ」

杏奈「……百合子さん、やっと笑った、ね?」

百合子「え……?」

杏奈「最近、百合子さん、落ち込んでるみたいだったから」

杏奈「杏奈、心配だったの」

百合子「……それじゃあ、今日、急に誘ったのも?」

杏奈「うん! 今日は杏奈がエスコートするね!」

杏奈「星梨花にも相談して、準備していたんだ」

杏奈「だから、今日は目一杯楽しんでね!」

――――――――――――

とある美術館

百合子「うわぁ~!」

百合子「すごい! 杏奈ちゃん、見て!」

杏奈「うん、宇宙ヒーロー伝説の原画……!」

百合子「『名作が甦る! アニメ・マンガ・ノベル 原画・挿絵展』最近は、美術館でもこういうのやるんだね!」

杏奈「杏奈も、あんまり詳しくなかったけど……亜利沙が教えてくれて」

杏奈「百合子さんと一緒に来たいなって……///」

百合子「杏奈ちゃん! Million Fantasyの設定画だよ!」

杏奈「うん……!」

杏奈「(百合子さんが嬉しそうで、よかった)」

――――――――――――

レストラン

百合子「ふわぁ~、疲れたね」

杏奈「Million Fantasyのドット絵もあって、杏奈、みんなの最期を思い出して、泣いちゃった……///」

百合子「私も、リーン・サーガの挿絵があって……」

杏奈「百合子さん、口に出てた、よ?」

百合子「ええっ!」

百合子「は、恥ずかしい///」

杏奈「えへへ」

百合子「うう~、リーン、勇気を貸して……」

杏奈「で、でも、周りにいた人……みんな頷いてた」

百合子「頷く?」

杏奈「リーンのこと、思い出した……のかな?」

百合子「……そうだといいなぁ」

杏奈「……」

杏奈「ねえ、百合子さん、手を出して」

百合子「……?」

杏奈「杏奈に勇気を貸して?」

百合子「えっ!」

杏奈「新作、ぷっぷかプリン味のアイス」

杏奈「一緒に、食べよ?」

――――――――――――

電車内

杏奈「……」

百合子「(杏奈ちゃん、寝ちゃった)」

百合子「(はしゃいでた私に、頑張って付き合ってくれたんだよね)」

百合子「(杏奈ちゃんのおかげで、元気になれたよ)」

百合子「(ありがと、杏奈ちゃん)」

百合子「……」

百合子「(可愛い寝顔)」

百合子「(ほっぺ、柔らかそう)」

百合子「(ちょっと触るぐらいなら、いいよね?)」

杏奈「うぅん……」

百合子「!」

百合子「(び、びっくりした)」

杏奈「ゆりこ、さん……」

百合子「……」

杏奈「ありがと……」

百合子「……」

百合子「(私、杏奈ちゃんに感謝されるようなことしたかな?)」

百合子「(私の方が、杏奈ちゃんにありがとうって、言いたい)」

百合子「!」

ゾクゾクゾク

百合子「あっ……!」

百合子「(どうして、今なの?)」

百合子「(血、血が欲しい……!)」

杏奈「……」

百合子「(杏奈ちゃん、逃げて)」

百合子「……」

百合子「(美味しそう)」

百合子「……」

杏奈「……?」

――――――――――――

夜の路地

百合子「はぁはぁ」

「…………」

百合子「どうして?」

「…………」

百合子「杏奈ちゃん……」

「…………」

百合子「杏奈ちゃん……!」

百合子「死なないで」

「…………」

百合子「(どうしよう、血が止まらない)」

百合子「(杏奈ちゃんが死んじゃう)」

百合子「(止まって、止まって!)」

「…………」

百合子「(杏奈ちゃん、ごめんなさい)」

百合子「(私が、吸血鬼だったから)」

百合子「(杏奈ちゃん、ごめんなさい)」

「…………」

百合子「……」

「…………」

百合子「……」

ピチャピチャ

百合子「(杏奈ちゃんを生き返らせる方法が、一つだけある)」

百合子「(杏奈ちゃんの血を飲み干して、私の眷属にする)」

百合子「(杏奈ちゃんを、私みたいな化物に……)」

百合子「うぅ、ごめんなさい……」

百合子「(考えちゃダメだ)」

百合子「(躊躇ったら、杏奈ちゃんが死んじゃう)」

百合子「(ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい)」

――――――――――――

百合子「……」

杏奈「ゆりこさん……?」

百合子「杏奈ちゃん、ごめんね」

杏奈「?」

杏奈「……!」

杏奈「百合子さんがしたの?」

百合子「……」

杏奈「百合子さんが、杏奈を……」

百合子「うん」

百合子「杏奈ちゃん、もう分かってると思うけど……」

百合子「杏奈ちゃんは私とおんなじ、怪物なんだ」

杏奈「……」

百合子「ごめんね」

杏奈「……」

百合子「ごめんね、私が杏奈ちゃんと一緒にいなかったら、杏奈ちゃんは化け物にならずにすんだのに」

杏奈「百合子さん、杏奈は大丈夫」

百合子「……それは、杏奈ちゃんが眷属だから言えるだけで……」

杏奈「違うよ?」

百合子「!」

杏奈「百合子さんが悩んでたの、この事だったんだね?」

杏奈「なら、杏奈は、百合子さんと一緒になれて……うれしい」

杏奈「百合子さんとおんなじになれて、杏奈、すごくうれしいよ? 百合子さんの秘密を知れて……うれしい」

百合子「……」

百合子「ありがとう……杏奈ちゃん」

――――――――――――

杏奈「じゃあ杏奈、不老不死なの!?」

百合子「う、うん。不死身っていう訳じゃないから、ひどい怪我をしたり、重い病気にかかると死んじゃうけどね」

杏奈「それじゃあ、吸血は?」

百合子「それはやっぱり一月に一回くらいはしないと、自我が保てなくて、私みたいになっちゃうけど」

杏奈「やっぱり、物語みたいに暗い夜道で――」

百合子「――なるべく事件にならないように気は使ってるけど」

杏奈「そっか」

百合子「(しょんぼりされた……)」

百合子「杏奈ちゃん、吸血鬼になるのなんて……そんなにいいことじゃないよ?」

杏奈「?」

百合子「杏奈ちゃんはこれから百年だって、千年だって生きていかなきゃいけないんだよ?」

百合子「大切な人もいなくなるし、同じ場所には住み続けられないし、たくさんのことにお別れしないといけないの」

杏奈「……」

杏奈「百合子さんは、そんな辛い思いをたくさん……したんだね」

杏奈「辛かった、ね?」

百合子「あ……」

百合子「(杏奈ちゃんの手、あたたかい)」

杏奈「でも、安心して!」

杏奈「これからは杏奈がずーっと一緒にいるから!」

杏奈「杏奈、百合子さんと一緒なら、どこまでだって行けるよ」

百合子「……」

百合子「(杏奈ちゃんは強いなぁ)」

百合子「(私は、そんな風になれないよ……)」

――――――――――――

事務所

P「おーい、百合子いるか?」

杏奈「百合子さん……」

百合子「はい! 何ですか、プロデューサーさん」

P「ああ、いたいた」

P「いやちょっと、次の公演のことで相談があって」

百合子「杏奈ちゃん、ちょっと行ってくるね?」

杏奈「うん」

P「何だか最近、べったりだな」

百合子「?」

P「杏奈と百合子だよ」

百合子「そうですか?」

P「いやぁ、以前からそうだったけど、最近は特に一緒にいるなと思って」

百合子「新しいゲームがリリースして、忙しいっていうのはありますけど……」

P「ふうん、ま、仲がいいのもよろしいが、学業をおろそかにするなよ?」

百合子「うっ」

P「なんて顔するんだか」

P「宿題が終わらないって泣いても知らないからな」

P「杏奈にも、注意しておくように」

百合子「は~い……」

???「……」

――――――――――――

夜のシアター

百合子「杏奈ちゃんはまだ吸血鬼になりたてだから、よく分からないと思うけど、漫画とかゲームみたいに、私たちも特殊能力が使えるの」

杏奈「……!」

百合子「いつか、この場所から追われる時には、必要になると思うから、教えておくね?」

杏奈「うん、杏奈、頑張る」

百合子「それじゃあ、まずは魅了【チャーム】から」

――――――――――――

百合子「今日はだいたいこのぐらいにしようか?」

杏奈「う、うん」

百合子「私たちが出来るのは、今日教えたものだけだから、よく覚えておいてね」

杏奈「魅了、使役、変身……だね?」

百合子「そう、下級生物を操ること、別の生き物に姿を変えること、その二つとも、魅了の力が基礎になってるから、万能の力だと思っちゃダメだよ」

杏奈「杏奈、百合子さんを守れるようになるから……!」

百合子「……」

百合子「(そんなの、必要ないのにな)」

杏奈「百合子さん?」

百合子「本当はこんな力、使わない方がいいんだけどね」

――――――――――――

P「百合子のバカはどこに行った!?」

P「こんなに宿題をため込みやがって!」

P「事務所のロッカーが破裂したぞ!」

百合子「え? な、何があったんですか?」

P「百合子ぉ!」

P「よくも、のこのこと顔を出せたもんだな!」

百合子「え、えっ?」

P「お前のロッカーから、山ほど宿題が出てきたんだぞ。どうしてくれる!」

百合子「あ、あの、何の話か――」

P「――しらばっくれるな! ほっぺむにーの刑だ!」

――――!

杏奈「プロデューサーさん、百合子さんから離れて」

P「!」

杏奈「離れて……!」

P「……」

P「(何だ? この雰囲気。身体が上手く動かない)」

杏奈「そう。プロデューサーさん、離れないんだ……なら――」

百合子「――杏奈ちゃん、待って!」

杏奈「?」

杏奈「百合子さん、どうして止めるの?」

杏奈「プロデューサーさんは百合子さんを傷付けようと――」

百合子「――そうじゃないよ!」

百合子「正気に戻って、杏奈ちゃん」

杏奈「!」

杏奈「……」

百合子「……」

P「……」

P「な、何なんだ?」

P「百合子?」

百合子「プロデューサーさん、私の目を見てください」

百合子「いいですか? 今起こったことは、765プロの中では、日常茶飯事の出来事です。プロデューサーさんが私のほっぺをむにーとして、杏奈ちゃんが止めに入った、それだけです」

百合子「いいですね……?」

P「……」

P「あ、ああ。何だ、百合子は変なこと言うなぁ」

P「俺が百合子のほっぺをむにーして、杏奈が止めに入っただけなのに、そんなことを確認するなんて」

百合子「(よかった)」

亜美・真美「じゃじゃ→ん、兄ちゃん! 亜美真美たちの策に掛かったな!」

亜美「実はゆーりのロッカーに入っていたのは、亜美たちの宿題だったのだ!」

真美「そうとも知らず、ゆーりのほっぺをむにーするとは、将棋会館!」

P「もしかして、笑止千万か?」

P「……」

P「というか、お前たちの仕業だったのか!」

亜美・真美「ばれてしまってはしょうがない」

亜美・真美「これは、あの技を使う時が来たようですな」

P「な、何!?」

亜美・真美「コマンド →にげる」

P「!」

P「ま、待て! 逃げるな~!」

P「あ、百合子。この償いは今度、必ずするからな!」

百合子「……」

杏奈「……」

百合子「行っちゃったね」

杏奈「……百合子さん、ごめんなさい」

百合子「大丈夫だよ……」

杏奈「杏奈、がまんできなくて。プロデューサーさんと百合子さんがいつもやってることなのに、杏奈……百合子さんのこと、守らなくちゃって……」

百合子「杏奈ちゃん、助けようとしてくれてありがとう」

杏奈「……」

杏奈「ごめん、なさい」

百合子「(どうしよう、眷属としての適性がこんなに強いなんて)」

百合子「(また同じようなことが起きた時、杏奈ちゃんは誰かを殺してしまうかも……)」

???「……」

――――――――――――

杏奈「(百合子さんがいない)」

杏奈「(事務所に帰ってきていい時間のはずなのに……)」

杏奈「(もしかして、怪我……?)」

杏奈「(ヴァンパイアハンターに襲われたのかもしれない)」

百合子『いい? 杏奈ちゃん』

百合子『この世の中には、私たちを追いかける吸血鬼専門の殺し屋がいるの』

百合子『ゲームとかアニメの題材にもされてるけど、それはヴァンパイアハンターっていって、文字通り、私たちを社会に害を及ぼすものとして、消して回ってる』

百合子『だから、私たちは誰にも正体を知られてはいけないし、能力を見せびらかしてもダメなの』

杏奈「(もし、そうなら、百合子さんを守るのは……)」

杏奈「(杏奈の仕事だ)」

星梨花「あっ、杏奈さん。どこに行くんですか?」

杏奈「……百合子さんの、お迎え」

杏奈「百合子さん、見なかった?」

星梨花「それなら、志保さんと何か話してましたよ?」

星梨花「秘密の話だって」

杏奈「!」

杏奈「(志保が?)」

杏奈「(早く行かなきゃ)」

杏奈「ありがと、星梨花」

――――――――――――

百合子「……」

志保「……」

杏奈「百合子さん!」

百合子「あ、杏奈ちゃん!?」

志保「……」

志保「百合子さん、この話はまた今度」

百合子「う、うん」

杏奈「……」

志保「それじゃあ、杏奈。百合子さんをよろしく」

杏奈「!」

百合子「……」

杏奈「百合子さん、志保と何、話してたの?」

百合子「それは……」

杏奈「百合子さん、話して」

百合子「っ……」

杏奈「百合子さん!」

百合子「ダメ! 話せないの」

杏奈「どうして?」

百合子「志保との約束だから」

杏奈「どうして!」

杏奈「杏奈と百合子さんは、一緒じゃないのっ!」

百合子「……」

杏奈「ねえ、百合子さん。杏奈は百合子さんの眷属だよ?」

杏奈「百合子さんには絶対、逆らわないの」

杏奈「百合子さんと一心同体だよ」

百合子「……」

杏奈「それなのに、話してくれないの?」

百合子「……ごめん」

杏奈「……」

百合子「で、でも、誤解しないで?」

百合子「きっと志保との話し合いは、杏奈ちゃんにもいい事だと思うの」

杏奈「……」

杏奈「百合子さん、謝ってばっかり……」

杏奈「せっかく一緒になれたと思ったのに、秘密ばっかりで、何も話してくれなくて、なのに、志保とあんなに近くで……」

百合子「……!」

杏奈「杏奈、どうしたらいいの? 百合子さんのために頑張ってるのに、百合子さん、ちっとも嬉しそうじゃない。怖いよ、杏奈、百合子さんに避けられてるみたいで」

百合子「そ、そうじゃないのっ。ただ、まだ全部は話せなくて、私も悩んでて……」

杏奈「なら、杏奈にも話して!」

杏奈「杏奈に相談してよっ!」

百合子「だから、出来ないの……。出来ないんだよ」

杏奈「!」

杏奈「(どうして? どうして?)」

杏奈「(こんなに百合子さんのこと、考えてるのに……!)」

杏奈「(どうして百合子さんは、私のこと、避けようとするの?)」

百合子「ごめんね……。ごめんね」

――――――――――――

志保「どうですか? 杏奈の様子は?」

百合子「……あんまり、よくないみたい」

志保「そうですか……」

百合子「日に日に不安定になっていくみたいで、最近は喧嘩ばっかり」

志保「……」

志保「やっぱり、新月の影響ですか?」

百合子「う、うん。そろそろ、初めての吸血をする頃だから」

志保「……」

百合子「杏奈ちゃん、このままじゃ本当に怪物になっちゃう」

志保「……」

志保「では、計画を早めます」

志保「悪い芽は、早いうちに摘み取らないと」

――――――――――――

杏奈「百合子さん、こんなところに呼び出して、話って何?」

杏奈「……」

杏奈「百合子さん?」

志保「百合子さんなら、来ないわよ」

杏奈「!」

杏奈「(扉、閉められた)」

志保「ここなら、ゆっくり話ができるわね」

杏奈「百合子さんはどこ?」

志保「いないわ」

杏奈「だから、どこ!」

志保「吠えたって、変わらないわよ」

杏奈「……」

志保「そんな怖い目で睨まないでくれる?」

志保「私はただ、話がしたいだけなの」

杏奈「……何?」

志保「この頃、一つ気になってたことがあって……」

杏奈「……」

志保「その、喋りにくそうな話し方、どうしたの?」

杏奈「!」

志保「そんなに、歯を見せるのが嫌?」

杏奈「……」

杏奈「(志保、分かって言ってる)」

杏奈「(やっぱり、そうだったんだ)」

杏奈「(志保がヴァンパイアハンター)」

杏奈「(なら、百合子さんが危ない)」

杏奈「何でも、ない」

志保「ねえ、少し見せてくれないかしら?」

杏奈「触らないで!」

志保「っ!」

杏奈「百合子さんはどこ!」

志保「だから、いないって言ってるでしょう?」

杏奈「言わないなら――」

志保「――だって、百合子さんは死んだんだから」

杏奈「!」

杏奈「嘘だ!」

志保「本当のことよ。ほら、これ、何かわかるでしょう?」

志保「眷属のあなたなら」

杏奈「(真っ赤な、血?)」

杏奈「!」

杏奈「百合子さん!」

志保「ふふっ、本当に血だけで分かるのね」

杏奈「(百合子さんが殺された?)」

杏奈「(違う、殺されてなんかいない。百合子さんは生きてる。大丈夫、きっと生きてる……!)」

杏奈「志保、どいて」

志保「どこへ行くの?」

杏奈「百合子さんのところ」

志保「どうして? もう生きてもいないのに」

杏奈「生きてる!」

志保「……」

杏奈「これが最後だよ、志保。どいて」

志保「いいえ、退かないわ」

杏奈「それなら――」

志保「――私を殺す? 百合子さんが拒んだような、怪物になってでも」

杏奈「……」

杏奈「(怪物?)」

杏奈「(××××××××××××)」

杏奈「えっ? あ、あぁ……うわぁぁぁぁああああ!!!!」

杏奈「(何で? 杏奈、どうしちゃったの? 何で志保のこと、×すなんて考えて、何で?)」

杏奈「(おかしいよ、杏奈、百合子さんに会いたかっただけなのに、志保のこと、あんなに憎んで、)」

杏奈「(大切な765プロの仲間なのに、それなのに、)」

杏奈「(         )」

杏奈「(                           )」

――――――――――――

「――ちゃん」

「――なちゃん!」

「杏奈ちゃん!」

杏奈「……?」

百合子「杏奈ちゃん!」

杏奈「っ!」

杏奈「???」

杏奈「ゆ、百合子さん?」

百合子「うわぁぁん、良かった。良かったよぉ」

杏奈「どうして? 百合子さん、あれ?」

志保「ほら、杏奈、水を飲んで」

杏奈「え? 志保?」

百合子「ごめんね、杏奈ちゃん!」

杏奈「百合子さん、何で謝るの?」

志保「騙してごめんなさい、杏奈」

杏奈「?」

志保「さっき話したことは、全部演技だったのよ」

百合子「杏奈ちゃぁぁ~ん」

杏奈「百合子さん、少し……静かにして?」

百合子「!」

百合子「良かったぁ、いつもの杏奈ちゃんだぁ~」

杏奈「?」

志保「えっと、どこから話せばいいのか」

朋花「私が説明しますね~」

杏奈「朋花さん!?」

朋花「ふふふ、改めて自己紹介をさせてもらいます」

朋花「ヴァンパイアハンターの天空橋朋花と申します~」

杏奈「!」

朋花「ふふっ、驚いていますね~?」

朋花「今回の茶番は、全て、杏奈ちゃん、あなたを正気に戻すために作り上げたんですよ?」

杏奈「杏奈の、ため?」

朋花「はい~。百合子さんの眷属になったあなたが、あまりに適性が強すぎてしまったので、そのまま人間に戻してしまうと、日常生活に支障が出てしまいますので」

杏奈「???」

杏奈「適正? 人間?」

朋花「順を追って、説明しますね?」

朋花「まず、杏奈ちゃんの眷属としての適性ですが、SSRランク級の最高適正でした。眷属というものは、本来、一族や身内を現す言葉ですが、吸血鬼の場合は違います」

朋花「吸血鬼が用いる際の、眷属の意味とは即ち、奴隷とほぼ同じ意味で使われます。というのも、眷属になったものは主人の命令を忠実に聞く、操り人形と化してしまうからですね~」

朋花「ですから、眷属は主に、トカゲのしっぽ切りに使われます。生殖を行わない吸血鬼は、本来的に数を増やすことが困難です。主人の命が危うくなった時、餌となり、吸血鬼という種族を生き永らえさせることが、眷属の真の意味での役割なんです」

杏奈「百合子さんはそんなこと――」

朋花「――話は最後まで聞くものですよ~」

朋花「恐らく、百合子さんは杏奈ちゃんを一族の仲間として受け入れる準備をしていたと思います。そこで私たちに見つかった訳ですが」

朋花「さて、それでは吸血鬼が仲間を増やす方法とは、何でしょう?」

朋花「それは、主人の血を眷属に与えることです」

杏奈「!」

朋花「杏奈ちゃんも、吸血鬼の本能に教えてもらったはずです」

朋花「ヴァンパイアの吸血行為は性欲と食欲を合わせたもの。摂取量は元々、人の死に至らしめる程の量は必要ないはずです。寄生生物が寄生主を殺してしまうというのは、自分の死をも意味しますから~」

朋花「けれど、その吸血行為は時に度を越してしまいます。なぜなら食事をしながら、〇ックスをするような――」

志保「と、朋花さん///」

朋花「ふふふ、正確な説明をしようと、つい不相応な言葉を使ってしまいました。反省ですね~」

朋花「とにかく、吸血とはものすごい快楽を伴ったものであり、吸血鬼は人を殺めてしまう。そして、それは眷属と主人との間でも変わりません」

朋花「そんな中、百合子さんは適正値最高の杏奈ちゃんに、自らの血を吸うように命じようとしていた」

朋花「あとは言わずとも分かりますね?」

杏奈「……」

志保「主人の命を第一に優先させる盲従的な眷属に、私の血を飲め、と主人が命令したなら、それは三大欲求を一度に満たすような、大変な快楽になる……」

朋花「私は、意思のない泥人形を生成し、己の存続のために容易く切り捨てるような、生き物を人間とは呼びません」

杏奈「……」

朋花「私はヴァンパイアハンターです」

朋花「当然、私が目指しているのは、吸血鬼の撲滅」

朋花「つまり、吸血鬼を人間に戻すこと」

杏奈「え?」

朋花「何を驚くことがあるのですか~?」

朋花「聖母はいかなる可能性も切り捨てませんよ?」

志保「百合子さんと杏奈、二人の問題の、最大の難所はまさにそこにあった訳で……」

朋花「吸血鬼を人に戻すといっても、それは身体上のことでしかありません。眷属が主人に尽くすように、とプログラムされた心情は、薬で治るようなものではありませんから」

朋花「志保ちゃんには、そのため一芝居打ってもらいました。主人と眷属の依存関係を解消するため、杏奈ちゃんに百合子さんの死を自覚してもらう必要があったのです」

杏奈「そう、だったんだ」

志保「今までで、一番緊張したわ」

朋花「さあ、杏奈ちゃん、手を」

杏奈「これが、人間に戻る薬?」

朋花「はい」

杏奈「……」

朋花「どうかしましたか?」

杏奈「これで、本当に戻れるの? もしかして、嘘だったら」

朋花「……疑うのも無理はありませんね」

朋花「志保ちゃん?」

志保「杏奈。実は私も吸血鬼だったのよ」

志保「ほら」

杏奈「!」

志保「後遺症で、犬歯が尖っているでしょう?」

杏奈「……」

杏奈「分かった、信じる……」

朋花「ふふっ、それは良かった。もし拒むなら、私も志保ちゃんも、大切な765プロの仲間を失う所でした」

杏奈「百合子さん、一緒に……」

杏奈「?」

百合子「……」

朋花「まだ、悩んでいるのですか?」

杏奈「百合子さん?」

百合子「……杏奈ちゃん、私、人間には戻らないつもりでいるんだ」

杏奈「!」

百合子「私ね、もうずっとずぅっと生きてるの。だから、たくさんの人の血を吸って、たくさんの命を奪って、杏奈ちゃんの時だってそう。あの時、本当は分かってたの。あの日は新月で、私はまた誰かを襲っちゃうんだって」

百合子「だから、私はいなくなろうかなって……」

杏奈「……」

百合子「私はいなくなった方がいいの。人殺しの吸血鬼なんていない方が……」

朋花「……」

朋花「志保ちゃん、聞きましたか? 介錯の準備を」

志保「……」

杏奈「待って!」

杏奈「百合子さん、そんなのダメ!」

百合子「ごめんね……」

杏奈「謝らないで!」

杏奈「百合子さん、死んじゃ嫌だ」

百合子「……私、もう生きてる資格なんてないの。たくさんの人を殺して、恨まれて、それでもまだ殺して、親友だったのに、杏奈ちゃんのことまで襲って、そんな化け物、この世にいない方がいいんだよ」

杏奈「……っ」

杏奈「嫌! 百合子さんがいなくなるなんて、絶対いや!」

百合子「それは、杏奈ちゃんが私の眷属だから言えるんだよ」

杏奈「違う……そうじゃない」

杏奈「杏奈は、百合子さんのことが好きなの!」

杏奈「それは、眷属になる前から、そうなの!」

杏奈「だから、違う……」

百合子「私、みんなのために罪を償わないと」

杏奈「そんなのおかしいよ……」

百合子「でもね、私の手は汚れてるんだよ」

杏奈「なら、杏奈が綺麗にするからっ」

杏奈「杏奈が手をつなぐからっ!」

杏奈「杏奈が……!」

百合子「ありがとう、杏奈ちゃん。私のために」

百合子「……」

百合子「志保、お願い」

志保「……」

杏奈「百合子さんの分からず屋!」

杏奈「百合子さんがそんなに死にたいなら、死んじゃえばいいんだ! 死んじゃえ! いなくなっちゃえ! どっか行け!」

志保「ちょっと、杏奈……」

杏奈「……」

杏奈「でも!」

杏奈「杏奈は、百合子さんに生きててほしいの」

杏奈「百合子さんがいないと、幸せじゃないの」

百合子「……」

杏奈「百合子さんが、杏奈のこと言い訳にして、死んじゃうなら、杏奈だって、言うよ!」

杏奈「杏奈のこと、吸血鬼にした責任取ってよ!」

杏奈「杏奈のために、生きて!」

百合子「けど!」

朋花「――百合子さん、結論は出ました」

百合子「!」

朋花「沢山の無実の人を殺めた罪、人間になって、償ってください


百合子「そ、そんなこと許されるわけが……」

朋花「死んで詫びる? ふふっ、おかしな話ですね~。百合子さんには、この世で生き地獄を味わってもらいます。それこそが贖罪ですよ?」

――――――――――――

百合子「(あれから、私は少しずつ、吸血鬼になってからのことを杏奈ちゃんに話している)」

百合子「(話したくないようなことも、隠したいようなことも、全部、包み隠さず、杏奈ちゃんに話すのは、すごく難しいし、辛いけれど、杏奈ちゃんがきっと側にいてくれる、と思うから頑張れる)」

百合子「(消えてなくなりたい、ということは今でも思う)」

百合子「(きっとその方が楽だ、ということも今なら分かる)」

百合子「(杏奈ちゃんが一緒に生きよう、と言ってくれなかったら、私は弱いままだった)」

百合子「(だから、いつか伝えなきゃいけない時が来るまで)」

百合子「(この秘密は、まだ私だけのもの)」

百合子「(私は、志保や朋花さんが気付いてくれなかったら、杏奈ちゃんを利用して……)」

百合子「(杏奈ちゃんに殺されるつもりだった)」

百合子「(そのことを杏奈ちゃんに伝える日まで、私は私の罪を背負って、生きようと思う)」

百合子「(それが私に与えられた、罰だから)」

――――――――――――

杏奈「(百合子さんに生きて、と言ったのは、杏奈のわがままだった)」

杏奈「(あの時は、ただ百合子さんに生きていてほしい、と思って、けど、百合子さんの傷みには全然、気付いていなかった)」

杏奈「(それに気付いたのは、朋花さんが百合子さんに薬を飲ませた後で、杏奈が百合子さんを苦しませることになるって、はっきり分かった)」

杏奈「(百合子さんは、きっとこんな気持ちの中で、毎日を過ごしていたんだと思う。毎日、朝起きるたびに、ごめんなさい、楽しいことがあるたびに、ごめんなさいって呟く)」

杏奈「(けど、これは百合子さんには知られちゃいけないことだっていうのは、しっかり分かってた)」

杏奈「(知られちゃったらきっと、百合子さんはもっと苦しむことになるから)」

杏奈「(だから、もう一度、言ったの)」

杏奈「(一緒に生きようって)」

杏奈「(百合子さんの苦しみは、杏奈も一緒に背負う)」

杏奈「(だけど、この痛みは、杏奈だけのもの)」

杏奈「(杏奈の、罪……)」

これにて完結です。

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