谷風「お久しぶりだねぇ、谷風さんだ」
谷風「酒なんてのは不思議なもんで、笑いだしたり泣きだしたり、人と空気で具合が違う」
谷風「どんな呑み方もそれぞれ自由だが、忘れちゃいけないのは人に迷惑をかけないことかね」
武蔵「どうした相棒、さっきからちっとも呑んでいないじゃないか。まさかたったそれだけで酔ったなんてことはあるまい」
清霜「ねぇ武蔵さん、酔っ払うってどんな感じなの?」
武蔵「そうだな清霜……あそこに大和が二人いるだろう、あれが四人に見えるのが酔うということだ」
清霜「でも、うちの大和さんは一人だけだよ」
谷風「まぁ、少なくともこんな面倒臭い酔っ払いは一人で十分だ」
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谷風「さて、とある鎮守府に、艦隊指揮の腕前がめっぽう立つことで有名な提督がいた」
谷風「ところが白壁の微瑕、玉に瑕とはよく言ったもんで、人間長所があれば欠点もある」
谷風「この提督の場合、瑕ってぇのはとにかく大酒食らいなことだった」
提督「今日はもう補給艦を五十は沈めたか、こんな時には祝いに呑むしかないな」
鳳翔「またそうやって、出撃前にも景気付けなんて言って呑んでいらしたでしょう」
谷風「何かにつけて浴びるように酒を呑み、翌日は二日酔いで午前休……これじゃいくら有能でも出世のしようがない」
谷風「ケッコンしたばかりの軽空母も頭を悩ませて、毎日毎晩どうにかせねばと考えていた」
谷風「ある日とうとう意を決し、このカミさんカッコカリはこう言った」
鳳翔「今日は天気も良いことですし、お酒の代わりに朝の散歩に出かけられてはどうでしょう」
提督「しかし昨夜の酒がまだ残っていてな、どうにも頭痛が治まらん」
鳳翔「お薬を用意していますから、飲んで少し歩いてみてください」
提督「私が外していて艦隊に何かあったらどうする」
鳳翔「哨戒の持ち回りは皆が組んでくれました、後は判を押していただければ」
提督「……すっかり忘れていたんだが軍服に穴が」
鳳翔「昨日のうちに繕ってあります」
提督「……」
鳳翔「さぁ、浜辺にでも行ってきてくださいな。きっと日の出が綺麗ですよ」
谷風「もう言い逃れのしようもない、提督もしぶしぶマルゴーマルマルの散歩に出かけて行った」
谷風「ところがそれからしばらく経って、出た時にはまるで呆けた様子だった提督が、今度はえらく慌てて帰ってきた」
鳳翔「あら提督、どうしました? お酒はもうありませんけれど」
提督「それどころじゃない、とんでもないものを見つけたんだ」
提督「まだ暗くて誰もいない浜辺を歩いていたらな、こう、お天道様が昇ってくるだろう」
提督「これは確かに良い眺めだ、もっと近くで見てみようと思って、波打ち際まで歩いていった」
提督「そうしたらどうだ、足元に日光を受けて輝くこれが沢山打ち上げられているじゃないか」
谷風「そう言って懐から取り出して見せた袋には、なんと金色の勲章がざっと四十ほど」
谷風「これには嫁さんカッコカリも驚いたが、少しばかり不審にも思った」
鳳翔「こんなに大量の勲章、いったい誰の物なんでしょう」
提督「私が拾ったんだから私の物でいいじゃないか」
鳳翔「……でも、どこかで勲章が同じだけなくなっているわけですから、大本営には報告しておいた方が」
提督「どうせ手元に残らない勲章だ、心配はない。明石に話をつけて、一つ一万で資材に交換できると約束させた。これだけあればもう出撃しなくてもお前に楽をさせてやれるさ」
鳳翔「そう……ですか。ええ、提督、ありがとうございます」
鳳翔「そんなにおめでたいことがあったのですから、少しお酒を呑んでお休みになられてもいいのではないでしょうか」
提督「珍しいな、鳳翔から勧めるとは……しかし、もう酒はないと聞いたが」
鳳翔「いえ、よくよく探したらあったものですから。勲章はここに置いておきますね」
谷風「そうして言われるままに酒を呑んだ提督、普段はしない運動の疲れもあってかすぐに寝てしまう」
谷風「次に目が覚めたのは夜も更けた頃、資材を準備した明石が戸を叩いた時だった」
明石「提督、約束の勲章四十個を受け取りに来ました」
提督「ああそうか、鳳翔がそっちに置いたと言っていたな……鳳翔、すまないが取ってきてもらえるか」
鳳翔「……あの、提督? 勲章四十個なんて、いつの間にご用意されたんですか?」
提督「何を言っているんだ。鳳翔の勧めで今朝早くに散歩に行ったじゃないか」
鳳翔「今朝はいつも通り遅くに目を覚まして、思い出したように明石さんの酒保へ出かけられただけですが……」
提督「だったら、浜辺で拾ってお前に渡した勲章は」
鳳翔「昨晩も随分呑んでおられたようですし、勲章を拾う夢でも見たのでは?」
明石「夢!? じゃああなた、この準備した資材はどうしてくれるんですか!」
提督「いや、それは浜辺の勲章と……」
鳳翔「夢の中の勲章と交換できるわけがないでしょう……明石さん、ここは私の顔に免じて、どうか支払いを待ってはいただけませんか?」
明石「まあ、そこまで言うのなら……ただし、用意した資材の分は必ず年内に払ってもらいますからね!」
谷風「何とかその場は治まったが、これはとんでもないことになったと頭を抱える提督」
提督「ああすまない鳳翔、私が酒ばかり呑んでくだらない夢を本気にしてしまったせいで……」
鳳翔「大丈夫ですよ、提督ならきっと勲章の四十や五十くらいすぐに用意できます」
提督「よし決めたぞ、もう酒は金輪際呑まん。必ず出世して資材の片はつけるから、どうかそれまでついてきてもらえるか」
鳳翔「ええ、あなたを信じておりますから」
谷風「それから提督は、それはもう人が変わったように酒を断ち、先陣を切って作戦に参加した」
谷風「元々指揮の腕は折り紙付き、めきめき頭角を現して、一年後には元帥になり」
谷風「その頃には資材を借りた分の勲章もすっかり返し終わっていた」
明石「それでは、これであの時の資材の分は全部ですね」
提督「すまない、迷惑をかけたな」
鳳翔「おめでとうございます、提督!」
提督「鳳翔、お前にも苦労をさせた。毎日爪に火を灯すような生活、本当に不甲斐ない限りだ」
鳳翔「……実は私も、提督にお詫びしなければいけないことが」
谷風「そう言って差し出したのは、なんと金色の勲章四十個」
谷風「これには提督も仰天して言葉が出ない」
鳳翔「これは一年前のあの時、提督が拾った勲章です」
鳳翔「確かにこれを資源に換えれば楽はできたはずです、けれど私は考えました」
鳳翔「大本営に勲章の横領がバレたらただでは済まないでしょうし、何より資源が尽きてしまえば、きっとあなたは楽をすることに溺れて二度と戻れなくなってしまう」
鳳翔「それで明石さんに相談して、一芝居打つことにしたんです」
鳳翔「大本営に拾得物として預けた勲章が先ごろ帰ってきたので、もうこれは正真正銘あなたの物です……真面目に艦隊の指揮を執っている提督には無用の長物かもしれませんが」
鳳翔「さぁ、人を誑かすような女のことはさっぱり忘れて、その勲章で新しい生活を始めてくださいな」
提督「まったくお前は何を言っているんだ。その勲章を隠したのは私を第一に考えての事じゃないか」
提督「そんな気遣いの出来る嫁と、別れる男がどこにいる」
提督「鳳翔、これからもずっとそばで私を支えてほしい」
鳳翔「……怒っておられないのですか、こんな身勝手な出来損ないの嫁に」
提督「お前は私を変えてくれた。むしろ勿体ないくらいのいい女だ」
鳳翔「……提督、感謝いたします」
鳳翔「今日はめでたい記念の日ですし、少しくらいお酒を呑まれてもいいのでは」
鳳翔「あなたが禁酒を始められた後も、実はずっと隠して取っていたんです」
谷風「差し出されたお猪口を提督は手に取るが、」
提督「……いや、やっぱりよそう。これも夢になるといけない」
(原典:落語「芝浜」)
谷風「次に行く前に、一つだけ野暮な注意を聞いてくれるかい」
谷風「酒の噺は上とも下とも繋がってるせいで、どうしても汚くなりがちだ」
谷風「成人指定ってまでどぎつくないが、次の噺はほんの少しだけ下ネタが入るよ」
谷風「どうしてもそっち方面が苦手な人、許せない人は見なかったことにしてもらえると助かるね」
谷風「逆に大好物な人、期待するほどじゃないから安心してくんな」
谷風「とある離れ小島にある鎮守府の周りには、これが見事に何もない」
谷風「テレビもラジオもないもんで、楽しみと言ったら月に二回の本土からの定期便」
谷風「海軍の便だから雑誌やら何やらも自由に持ち込めない、必然娯楽は食糧類……つまりは酒に集中する」
谷風「この鎮守府の艦娘が酒で問題を起こすのに、それほど時間はかからなかった」
提督「お前たち、どうして呼ばれたか分かるか?」
千歳「どうして、と言われても……私達は最近特に変わったこともなく」
伊14「日が昇ったら目覚ましに一杯呑んでー」
Pola「昼は白ワインがいいですねぇ~パスタとよく合うんですよ~」
那智「日が沈んだらやはり達磨だな、肴が進む」
隼鷹「あ、ひょっとして酒の肴を執務室からギンバイしてたこと? いやぁー悪いね」
提督「最近妙に菓子類の減りが早いと思ったら……いや違う、問題はそこじゃない」
提督「毎日?んでばかりで、もう半月も出撃してないだろうと言ってるんだ」
提督「毎日呑んでばかりで、もう半月も出撃してないだろうと言ってるんだ」
千歳「だって……ねえ?」
伊14「近頃は鎮守府近辺まで深海棲艦が来ることはほとんどないし」
Pola「居ない敵におびえるより、お酒を呑んだ方が何倍もお得じゃないですかぁ」
那智「大丈夫だ、ちょっとやそっとで衰えるような鍛え方はしていない」
隼鷹「艦載機の整備なんてもう一月はしてないけどさ、まぁいけるって」
提督「あそこの窓が割れているな? あれは昨日敵に石を投げられた跡だ」
提督「お前たちは昨日も散々呑んで騒いで、深海棲艦がすぐ近くまで来たことにも気付かず」
提督「あまりの警戒のお粗末さに、向こうも砲撃せずに石だけ投げて帰っていったんだぞ」
提督「まったく舐められてるだろう? こんな様では我が鎮守府の沽券にかかわる」
提督「……こうなっては仕方ない。以後この鎮守府は一切の酒類持ち込みを禁止する。私が運び込みをチェックするからな、絶対に見逃しはないぞ」
谷風「呑兵衛共もこれには堪えて、これからはきちんと出撃する、禁酒だけは勘弁してくれと言うが、提督は一切聞く耳を持たない」
谷風「いつの間にこしらえたやら、鎮守府の入り口に関所を置いて、積み荷の運び込みの時には自ら検査を行うと宣言した」
隼鷹「こりゃ参ったなぁ、どうやったって酒は全部没収されちまうよ」
千歳「……酒が没収されるなら、酒じゃないものは鎮守府に持ち込めるのよね?」
伊14「なにか考えがあるの?」
谷風「次の定期便の日、関所で積み荷の検査を行う提督の所へ向かう艦娘が一人」
Pola「提督ぅ~Polaお酒は諦めて別のものを飲むことにしましたぁ~」
提督「本当か? 手に持ってるものを見せてみろ、それは何だ?」
Pola「これはイタリアで今流行りのですね、水パスタです~」
提督「ワインのボトルに入っているように見えるが」
Pola「水パスタはこうやって保存するんですよぉ」
提督「開けるとワインの香りがするな」
Pola「ブドウを使ってるんです~」
提督「どれ、味を確かめてみるか」
谷風「と、一口飲んだ提督は真っ赤になって、」
提督「なんだこれは! ワインじゃないか!」
Pola「いえ、その、水パスタなんです~」
提督「この嘘つきめ! とにかくこれは没収だ!」
提督「全くけしからんぞ、こんなものはすぐに処分しなくては」
谷風「そういうが早いか、提督は瓶をすべて奪い取り、あっという間に飲み干してしまった」
提督「ウーイ……とにかくしゃけはいかんからな、絶対にとおさんぞぉ」
谷風「これではいかんと、呑兵衛たちは再び集まって相談する」
Pola「……それで、ワインは全部取られちゃいましたぁ」
那智「……酒が没収されるなら、酒でないものは鎮守府に持ち込めるはずだな?」
千歳「でも、中身は開けて確かめられるって」
那智「そうではない。酒でなければ『検査の後で』自由に持ち込める、そうだろう?」
伊14「あーそういう……まぁ、禁酒なんて言ってるくせに、自分だけ呑むってのはずるいよねー」
隼鷹「ふぅん、いいじゃないのさ。それじゃあ準備にかかろうかな」
谷風「さて、すっかり酔っぱらった提督の所へ再び向かう艦娘が一人」
那智「提督、荷物の持ち込みをお願いしたい」
提督「その手に持ってるのはぁ、なんだぁ」
那智「萩風が家庭菜園で使う肥料用の小便だ」
提督「まったく……ヒック……汚らしい桶にはいってるぞぉ」
那智「小便だからな、これで十分だ」
提督「開けてみるとぉ~これまた臭うなぁ」
那智「小便だからな」
提督「どぉせ……アー……しゃけだろぉ、味を見るぞぉ」
谷風「一口飲んだ提督はたまらず吹き出した」
提督「なんだこれは! 小便じゃないか!」
那智「だから言ったろう、小便を持ってきたと」
提督「この……この、正直者め!」
谷風「これにておしまい、どっとはらい」
(原典:落語「禁酒番屋」)
以上です。
前半の「芝浜」は有名な人情噺です。筋書きがシンプルかつ分かりやすいサゲがあるので、ひょっとしたらこれを元にしたドラマや劇を見たことがあるかもしれません。
後半の「禁酒番屋」は本来関所を通って酒を売りたい酒屋たちの噺ですが、裏返して鎮守府に酒を持ち込みたい艦娘たちを主人公として翻案しました。
「おしっこなんてご褒美じゃないか」と思ったそこのあなた、一つ注意しておきますが今回の噺の中では「艦娘のものだ」とは一言も言っていません。つまり提督が飲んだのは……
元の噺に興味があれば、是非原典に触れてください。
このSSまとめへのコメント
すげぇ…おもしれぇ
俺得。