【ミリマス】Snow Drop (13)
「あら、紗代子ちゃん。お茶碗も箸も並べてくれたのね」
突然のこのみさんの声に、本棚へ伸ばしかけた手を慌てて引っ込める。
「もちろんです。泊めてもらう上に晩御飯まで御馳走になるんですから。これぐらいしないと」
私は笑顔を返して何事もなかったかのようにクッションに座る。
そんな私を見て疑問に思う風でもなく、このみさんはにっこりと微笑んで鍋をテーブルの上に置いた。
「そんな気にしなくてもいいのに。あっ、それじゃあ、お酌してもらえるかしら?」
このみさんがチェック柄のミトンを付けたままテーブルの下から真っ白な瓶を取り出す。
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蓋を開け瓶を傾ける。
白くさらりとしたお酒が瓶の口からこぼれ落ち、グラスの底に水たまりを作る。
しかし、水たまりは池となりどんどんと嵩を増して淵を白色で染めていく。
「ほら、紗代子ちゃんも」
このみさんが烏龍茶のペットボトルを私に向けた。
ありがとうございます、と言ってガラスのコップで受け止める。
「それじゃあ……何に乾杯しましょうか」
「普通に乾杯だけじゃダメなんですか?」
「ダーメ!美味しいお酒の前では何かを祝うのが礼儀ってものよ」
「そういうものなんですか?」
「そういうものなの。そうね、こういう時は……」
このみさんはウインクをしてグラスを掲げた。
「私たちの未来に、乾杯♪」
私はちょっと笑ってグラスを合わせた。
「それじゃあ、お鍋をとり分けますね」
ミトンを手に取って鍋のふたをとる。
ふわりと優しい香りがしたかと思えば、すぐに視界がもわりと白くなった。
「ふふ、それじゃ、お鍋はとれないわね」
あわてて眼鏡の曇りをとる間に、このみさんは鍋をよそってくれた。
申し訳ないなと思いながら、透明な出汁に浸っている鶏肉を口の中へもっていく。
「……どう?初めての水炊きのお味は」
「……こんなにあっさりしているんですね。でも、しっかりと味がついていて、美味しいです!」
「お口にあったようで良かったわ。雪に感謝しないとね」
このみさんが水色のカーテンで遮られた窓を見た。
カーテンを開ければ窓の外は一面の雪。黒いアスファルトがあったことなど微塵にも感じさせない。
もちろん私の家に続く線路も同じこと。
きっと今も白い雪の下で寒い思いをして横になっているのだとう。
「そういえば、さっきは何を見ようとしていたの。気になる本でもあった?」
このみさんが本棚を見る。
さっきというと……そっか、見られてたんだ。
「その……奥に資格の本があったので」
お椀を下ろして、正直に答える。
「資格の本?紗代子ちゃんって、資格マニアだったかしら?律子ちゃんみたいに」
「そうじゃなくて……。このみさん、アイドルやりながら資格の勉強されているんだなって」
ああ、と言ってこのみさんはコップの中の白いお酒を口に含む。
「……昔に買ったものを読み直しているだけよ。あの時は全然読まなかったけど、OLの現場から離れてから読むと面白いのよね」
鍋の湯気がこのみさんの表情をぼんやりと隠す。
私は手を止めて本の背表紙をジッと見つめた。
「ちょっと読んでみる?」
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
私は席を立って本棚の奥へと手を伸ばす。
全然読まなかったというだけあって参考書のカバーはつるりとしている。
パラパラと何ページかめくる。ある程度目を通したところで私は本をぱたりと閉じ、本棚の奥へと戻した。
「ふふっ、さすがの紗代子ちゃんでも内容が難しかったかしら」
そうですね、と言って箸をとり、またお椀に口を付けた。
鼻にポン酢の酸味がツンとくる。
……さっきの本、発行日が今年だった。昔に買ったと言っていたのに。
奥歯で噛んだネギが苦い。
もしかして、このみさん……?
ううん、そんなわけない。だって、テレビにも出て、CDも売れてて、劇場でもたくさんの応援をもらってて。
私と違ってあんなに順調なのに、そんなわけが。
「……甘いわね」
このみさんの言葉に顔を上げる。
「あ、このお酒の話。ヨーグルトの日本酒だっていうから買ったんだけど。もっと酸っぱいのを想像してたわ」
このみさんがグラスを光にかざす。このみさんの顔に薄い影ができた。
「飲んでみる?」
私の視線に気づいたこのみさんがこちらにグラスを傾ける。
「……私、未成年ですよ?」
「冗談。別のが飲みたいわね。もっと辛めのやつ」
ほんのり赤い顔をしたこのみさんがキッチンへと向かう。暗いキッチンに冷蔵庫の明かりが漏れる。
白いグラスが机の上に置き去りにされている。
私はそっと手に取り、中をのぞきこんだ。
Snowdrop。
名前のとおり淡い雪を掬ったような濁りのない白色。
「試してみたら?」
薄暗いキッチンの壁にこのみさんが寄りかかってる。
「別に誰にも言わないわよ」
誘うような目を私に向け、このみさんは注いだばかりの日本酒をぐいと飲み干した。
私は手の中の雪のような白い液体に顔を近づける
うたい文句どおりのヨーグルトの甘い香り。
私はそっと目をつぶり、ゆっくりと口へ運んだ。
「……どう?」
「……甘いです。でも」
目を開ける。鍋の湯気がゆらりと揺れている。
「……それ以上に苦いです」
「……そういうものよ」
そう言って、このみさんはグラスに日本酒を注ぎ直した。
私はもう一度手の中のグラスに顔を近づけた
先ほどと同じ甘い匂いが私を誘う。
今、口の中に残っている苦さがまるで嘘だったかのような、甘い匂いが。
私はグラスを置いて、箸を持ちなおした。
そして、ちょっぴりぬるくなった水炊きのつゆで口をゆすいだ。
以上となります。
SSって見る以上に書くと難しいですね。
お付き合いいただきありがとうございました。
この少しシビアな感じいいね
乙です
>>1
高山紗代子(17)Vo/Pr
http://i.imgur.com/3Cjkcox.jpg
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馬場このみ(24)Da/An
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