※何年か未来のお話です
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ステージを終えた私は、あの人を探していた。勿論、歌やダンスの出来を褒めてもらう為に。あれだけ完璧にこなしたんだもの、頭の一つ位撫でて貰ってもバチは当たらないと思う。
「志保」
すると向こうで、嬉しそうな顔をしたあの人が私を手招いているのが見える。
従わない理由は無い。私は堪らず駆け出し、衣装のままなのも構わず彼の腕の中に飛び込んだ。ちょっと汗臭いけど、この臭いは嫌いじゃない。
あぁ…やっぱりこれ、安心するなぁ。
「志保。おい志保っ」
…何ですか、そのぶっきらぼうな言い方は。恋人の名前を呼ぶんだから、もう少し位甘く囁く努力をするべきです。
それに何度も名前を呼ばなくても、私は貴方の腕の中に居るじゃないですか。人が気持ち良く甘えているというのに、当の貴方が水を差さないで下さい。全く、ムードも満足に作れないんですね。
「志保、起きろって。志保!」
あぁもう、さっきからうるさいですよ。私は起きてます。ほら、目もこんなにぱっちり…
ぱっちり…んんっ…
…ぱちっ。
「もぉっ、うるひゃいれふぅ…んぇ?」
気が付くと、私を抱き締めていた筈の男は一メートル程離れた所で横向きに立っていた。
「んぅ…んん~っ…!」
「ったく、やっと起き…おわっ!?」
いくら寛容な私でも、これには流石に腹が立った。ステージを完璧にこなした私に褒め言葉の一つも無いどころか、良い雰囲気を壊した挙句に抱き締めていた恋人を手放したのだから。
「なにはなれてるんですかぁ…ほら、ぎゅってしてくやひゃい…」
もう、この人は本当に手が掛かるんだから。結局私からしなくちゃいけないじゃないですか…仕方の無い人ですね。
心の中で軽くため息をつきつつ、何故か私の腕に引っかかっていた邪魔な布をぺいっとはねのけ、彼に両手を伸ばして抱き締める。
さっきよりはっきりとPさんを感じられている気がして、その嬉しさを発散させるかのようにPさんの胸に額をすりすりと擦りつける。
「えへへぇ…♪」
えへへぇ…♪
「えへへぇって…志保、お前寝ぼけてんな!?起~き~ろ~!」
「んぇ…?ひゃっ…!?」
本能の赴くまましばらくすりすりしていたが、突然彼に肩を掴まれて引っペがされ、そのままユサユサと前後に揺さぶられる。
「あぇうっ、んぁっ…うくっ…………あっ!…や、えっうそ、やだっ…!」
一往復毎に覚醒していく私の頭は十往復もする頃には完全に状況を理解し、恥ずかしさの余り沸騰してしまっていた。
「はぁ、やっと起きたか。お腹出して寝たら風邪ひくだろうが」
「あたっ……ごめんなさい」
ツンとおでこを突かれる。いたいです。
余談ですけど、さっき放り投げた布はPさんのシャツでした。…別に寝ていた私がそれを持っていた事に深い意味はありませんから。
…何ですかPさん。私をいじめて楽しいですか?
「帰りが早くなるならちゃんと連絡して下さい」
腕を組み、絶対にPさんの顔を見ないように窓の外を見ながら彼の思慮不足を指摘する。
「いや、驚かせようと思ってな…ふふっ」
「…そんな事で一々驚きません」
…そういえば窓って反射するんだった。嫌らしく弧を描いたあの人の口が見える。今すぐ逸らしたかったが、窓を選択した己の失敗を認めたくは無いのでそれを睨みつける。
「えぇー…でも志保、嬉しかっただろ?」
「…………」
図星を突かれたが、これ以上彼を調子に乗らせてはならない。
「…別に?」
「声上擦ってるぞ、えへへぇ沢志保さん?」
「な……くぅっ…」
できるだけ余裕たっぷりに言ったが、こんなチャチなハッタリでは現状のアドバンテージの差は到底覆せなかった。
…くやしい。
「……………ふぅっ」
素早く肺の中の空気を吐くのと同時にかくん、と肩を下げて力を抜いた。
…いや、もういい。ここで私が意地を張るのは色々な意味で建設的では無いし、もうそんな子供でも無い。………この人とは違って。
「はぁ…分かりました、認めますよ。貴方が早く帰って来てくれて嬉しいです。これで良いですか?」
参りましたと両手を上げ、苦笑しながら私は折れた。それに、早く帰って来てくれて嬉しいというのは紛れもない本音なんだしね。
「うん」
Pさんは満足気に頷いた。
全く…外ではあんなに大人っぽくてキリッとしていて格好良いのに(渋さは足りないけど)、私といる時はこんな感じで意地悪な子供になるんだから。
「…ふふっ」
それについての不満は少しあったが、それが私にだけ見せるPさんの素の表情だと思うとそんなに悪い気分では無かった。同時に、私以外には見せないで欲しいとも思った。
「俺も早く志保に会えて嬉しいぞ!…あ、これ他の奴には秘密な?恥ずかしいから」
「…っ。はい」
当たり前じゃないですか。…バカ。
「あはは、からかってごめんな」
本当ですよ。
「ほら、おいで」
彼がこちらへ両手を広げている。おそらくハグの誘いと見ていいだろう。
しかし見たところ、私に意地悪をしそうな色が完全に顔から消えていない。だから、まだおいそれと甘い誘いに乗る訳にはいかない。
「志保~?」
「……」
…我慢我慢。
自分の身体を抱くようにして誘惑に耐え、顔を逸らして視線を切る。すると、
「しーほ」
「きゃっ」
私の寝ていたベッドに座っていたPさんがおもむろにこちらに手を伸ばして来て、私をぐいっと抱き寄せて膝の上に座らせた。
乱雑で強引な所作ではあったが、頑として拒否する様な理由は無い。
…ただ少し、私から行くのが憚られただけだ。
そのまま身を任せて、彼の胸に頭を預けた。私はその状態のまま彼に確認する。
「本当に分かっているんですか?次からこういった時は早めの連絡をお願いします」
「分かってるって。だからそうムスッとすんな」
そう言いながら、Pさんが私の頬をぐにぐにと弄る。…今でさえされるがままでいるけれど、こんな事昔の私なら絶対に許さなかったでしょうね。
そう意識すると、こんな恋人同士の何気ないスキンシップからも私達の関係が変わった事を感じられて、じんわりと暖かいものが胸に広がる。
それは私が成長して変わったからなのか、はたまたこの人に変えられてしまったからなのか。まぁ、どちらでも構わないけれど。むしろ貴方になら、もっと私を変えて欲しいとさえ思います。
…それにしても私、そんなムスッとした顔していたかしら?
不覚ね…やはり志保は可愛げが無いな、なんて思われていないといいんだけど…って、貴方はいつまで私の頬をこね回しているんですか。
「んむぇ、ひゃめてくらはい…いえ、怒っている訳ではありませんよ」
「…ただ、貴方が帰る時はちゃんと出迎えて、『おかえりなさい』って言いたいからです。それくらい良いでしょう?」
「……っ」
私の心が思わず捕らわれそうな程熱くなった彼の視線から逃げながら、言葉を続ける。
「…ご存知の通り、私は無愛想で生意気で可愛げもありませんから…だからせめて、かっ…彼女としてっ、出来る事はなるべくしてあげたくて…」
「…志保」
「あ、その…貴方が帰る時間が分からないと、今回の様な事は無いにしろ私が家を空けている事だって…んっ」
口ごもりながら話していた途中で後ろから片手で強く抱かれ、もう片方の手で顎をくいっと上げられて、見降ろされる様な体勢でキスをされた。
「ふぅ…っん…」
私は両手を後ろに回して彼に触れつつ、その気持ちに応える。上を向きながらのキスは少し苦しい上に普段と勝手が違う為、息が絶え絶えになり口の端から唾液がつうっと垂れる。
はしたないとは思うけれど、全身を包むこの多幸感の前ではそんな瑣末事は気にならなかった。今はこの息苦しさも心地良い。
まだ恥ずかしくて自分から甘えに行く事は中々出来ないけれど、そんな私をよく知る彼はすぐに察知して甘えさせてくれる。それが堪らなく嬉しくて、そんな彼が堪らなく愛おしかった。
書き溜め分に不備が見つかったので今日はここまで。
それでは、おやすみなさい
「っは…はぁ…はふぅ…」
「…ふうっ。っていうかそんなに気になるなら、志保がお昼寝しなきゃ良いんじゃないか?」
……あっ。
「…確かにその通りです」
「夜遅くまで俺に付き合って起きててくれて、朝早く起きてしっかり弁当作って見送りしてくれるのは嬉しいけど、志保が寝不足になるんなら無理しなくて大丈夫だよ。適当にコンビニとかで買ってくから」
「……………っ」
夜遅くまで起きているのは貴方と出来るだけ長く話していたいからで、朝のお弁当は嬉しい感想と一緒に空の弁当箱が返ってくるのが楽しみだからです。見送りの件は、さっきの出迎えの話で理解して欲しかったです。
…なんて事を口に出して言える筈もなく、もどかしさに苛立ちが募るばかり。
ねぇ、Pさん。
自分の事を棚に上げた私も悪いとは思います。けど、キスの直後にわざわざそんな事を言わなくても良いじゃないですか。
そんなの、後でいいじゃないですか。
…今は、もっと他に言う事があるじゃないですか。
ねぇ、もっと…。
「…まぁ俺は嬉しいからいいんだけどな。俺の志保は本当にいい彼女だよ」
「あっ…っんうぅ」
そう言って私の頭を捕まえ、また一つ唇にキスをくれた。消えかけていた熱が、また胸の奥からぐつぐつと上がってくる。
それだけで機嫌が直るなんて自分でもチョロいと思うけれど、好きなんだから仕方無い。言うなれば惚れた弱みって奴。
俺の、ですか…ふふっ、悪くない響きね。
熱に浮かされて働きが鈍くなった頭で、ぼんやりとそんな事を考える。
…って、いけない。これじゃまたからかわれてしまうわね。
「ははっ、志保は可愛いなぁ。顔ふにゃーってして」
頭に残る甘く大きな痺れの余韻を誤魔化すように、たった今芽生えたごくごく小さな不満を彼にぶつけた。
「綺麗だ、とは言ってくれないんですか?」
「普段なら凛としてて綺麗だけどな。今のふにゃ沢志保はやっぱり可愛いよ」
もう、またなんとか沢志保なんて言って人の名前で遊んで。バカにしてる訳じゃないのは分かっているけど…。
「もう、そうやって茶化さないで下さいっ」
「やー、ホント可愛いんだって。今の志保、可奈や静香にも見せてやりたいよ。あははっ」
可愛い可愛いって…いいですよ、そっちがそのつもりなら私にも考えがあります。
「へぇ、そうですか。こんな表情は唯一文字通り私の全てをさらけ出せる相手である貴方にしか見せるつもりは無かったのですが…仕方ありません」
「…へっ?な、何?」
「聞こえませんでしたか?ではもう一度言います。私は貴方の事を…」
「い、いや聞こえてるから!だからその」
Pさんが喋っている最中でも言葉は切らない。勢いのまま矢継ぎ早に仕掛けていく。
「…それに貴方は私に可愛いって言いますけど、貴方も大概ですよ?お仕事で辛い事があった時に甘えて来る仕草がとても可愛くて、『なあぁしぃほぉ~…』と甘えた声を出しながら両手を伸ばして駆け寄ってくる様はまるで仔犬のようで胸がときめいてしまいます」
「ぅぐ…た、頼むから…!せめて真顔をやめてくれ…!」
彼の目をじっと見ながら、滅多に言わない歯の浮くようなセリフを淡々と、しかし本気の愛情を一言一言にたっぷりと込めながら畳み掛ける。真顔を貫くのは中々骨が折れたが、得られるリターンを考えればこの程度のリスク、なんて事は無い。
「私達が喧嘩をした時もです。喧嘩の原因が明らかに私が悪くて、仲直りがしたいけど中々きっかけが掴めなくて逡巡している時にプリンを買って来てきっかけをくれたり、抱き締めて頭を撫でてくれたりしますよね。その時私は大抵不機嫌な態度を取っていますが、内心はいつも嬉しくて」
「わ、分かった分かったから!!俺が悪かったから止めてくれ超恥ずかしいから!あぁごめんなさいごめんなさいごめんなさい…!うわあぁぁあぁっ」
ついに耐えられなくなったPさんが、顔を真っ赤にしながら腕の辺りをぺしぺしと叩いてくる。その情けない顔に免じて、「一旦」口撃を止めた。
まだまだ手札はあったのだけど…ふふ、残念。
「このやろー、普段はそんな事絶対言わない癖に卑怯だぞ…人をからかう為にそんな口八丁で」
「全部紛れもない本心ですけど」
「…………参った、俺の負けだからマジで止めてくれ。すみませんでした」
「はい♪」
ふふん、勝った。可愛いのはどっちでしょうね?
………それにしても私、耳が隠れる髪型で良かった。
さて、溜飲が下がった所で…
「一緒にお風呂に入りましょうか。お背中流させて頂きます、ごしゅPさま?」
前にかかった髪を耳に掛けてもう片方の手を膝に乗せて胸を寄せ、困り眉で渾身の上目遣い。
油断していた所を更に追い討ち。
相手の弱点を突くのは、どんな戦いにおいても定石だものね。
「ぐうぅっ…素でそれは反則だろぉ…」
あら、お風呂に入る前に逆上せてしまったんでしょうか。ふふっ♪
「あー、今度から甘えたり仲直りする時やりづらくなるなぁ…はぁ」
「っ!?」
そ、それは困ります…。
「まぁいいや。志保、風呂行こう」
「ぅ…はい」
…まぁ、それは今度でいいか。
私達の住む家は豪邸とまではいかないにしろ、そこそこ大きい。それは浴室や湯船にも言える事で、二人くらいはゆったりと浸かれる広さだけど、恋人同士がくっついている事に特別な理由は要らない。
…まぁ、つまりはそういう事。
Pさんの鼓動を背中に感じながらミルクのような入浴剤の香りを楽しんでいると、不意にゴツゴツした男の手が背後から悪さをしてきた。
「志保、大きくなったよなぁ」
「っ…どこ見て言ってるんですか、この変た…ちょっと、何してるんですか」
「何って…重さと大きさチェック?」
つまりこの人の言うチェックとは、私のそれを両手で下から持ち上げてたぷたぷと揺らして遊ぶ事なのだろう。
「…はぁ」
全くこの人は…女性の胸を何だと思ってるんですか。すぐそうやって…ホント、えっちなんだから。
「因みにその…今日はダメですからね。アレ来てるんで」
予防線はしっかり張っておかないと。貴方は一度スイッチが入ったら止まらないんですから。
「知ってるよ、遊んでるだけだし。ハイおしまい」
「…………」
そう言って彼はパッと手を離した。それはそれでちょっと癪だけど…いや、この際それはどうでも…
…本当はよくないけど、今はいい。
「あの…私が成長したのはそういった部分だけでしょうか」
「ん?いやいや、他にもあるぞ?例えばこの…」
「内面の話です。ふざけないで下さい」
あらぬ所へ伸びてくる彼の手を水中ではたき落とし、ぴしゃりと言い放つ。彼に対して少し辛辣なのは多分気のせい。
「…内面、か」
「はい」
大人しくなった彼の両手が私のお腹に伸び、そのまま優しく抱き締められる。直接お腹を触られる感覚に少しゾクゾクしつつ、努めて冷静な調子で続けた。バレたら何を言われるか分かったものではない。
「あの頃の私は…なんというか、子供でした」
「そうだなー」
…もうっ、即答しなくてもいいじゃないですか。それに貴方に言われたくはありません。
半分抗議する様に、半分甘える様に。私のお腹を抱き締める彼の腕に手を重ね、軽く掴む。
「ふふっ。否定してくれないんですね」
「事実だからなぁ」
「意地悪ですね」
「ごめんごめん」
私も全然怒ってないし、彼もそれに気付いてる。当然これはただのじゃれ合い。
「でも、その通りです。あの頃の私は本当にどうしようもなくて…」
「いや、仕方無いよ。多感な時期だったし、何より志保の場合……あ!いや、えっと……ごめん」
地雷を踏んだと思ったのか彼の声色が著しく落ち込み、私を抱く腕の力が緩んだ。
「あっいえ、良いんです!…すみません、気にしないで下さい。私ももう気にしていませんから。本当です」
後ろへ慌てて振り返り、助け舟を出す。私の家の事情が複雑なのは彼のせいじゃない。今更そんな事で彼を困らせる訳にはいかない。
「あぁ…うん」
申し訳無さそうに彼が呟く。
うぅ、気を遣わせてしまったかしら…?
「あの、本当に私…」
「いや、信じてるよ。志保がそう言うんなら大丈夫なんだろ?」
「!…はいっ」
その言葉にほっとしていると、Pさんは私を抱く腕に少し力を込め、しばらく間を置いた後穏やかな口調で話し始めた。
「…志保は穏やかになったし、視野が広がって考え方も大人になった。周りに気を配れるようになって、よく笑うようになった」
「…」
とても優しい声。鈴が鳴るように心地良く響くPさんの声にほんの少しだけ陶酔しながら、私は黙って耳を傾けていた。
「綺麗になって色気も出てきたし、より魅力的になったよ。もうどこに出しても恥ずかしくない、素敵な女性だ。…あ、出来ればどこにも出したくはないけどな?」
「くすっ…ありがとうございます」
…そっか。良かった。
「で、それがどうかしたのか?何か悩みでもあるのか?」
「いえ?貴方に相応しい女になれているかの確認です」
「…何言ってんだ。ばーか」
ふふ、照れているのかしら。声が裏返っていますよ?顔が見えないこの体勢でいる事が少し悔やまれるわね。
そうして彼の様に意地の悪い事を考えていると、恐る恐る尋ねて来た。
「あー…なぁ、もしかして志保にとっては大事な事だったりするか?」
…このまま覆い隠しても良かったのだけど。やっぱり敵わないわね。
「…好奇心半分、本気半分です」
「…本気というと?すまん、女心の機微には疎くてな」
貴方はそれくらいで十分です。ほとんど貴方の事で一杯な心の内を完璧に見透かされた日には、私は恥ずかしさの余り死んでしまいますから。
「…秘密です。まだ」
「えぇ!?あれだけ言わせといてかよ!そりゃないぜ」
「本気と言っても大した事ではありませんから。お気になさらず」
「志保がそう言うなら…んーでもなぁ」
教えてくれなかった腹いせか、私のお腹を揉み始めてくる。
あ、ダジャレじゃありませんよ?我ながら良いセンスだとは思いますが。
…………いや、やっぱり無いわね。
「そろそろ上がりましょう。晩ご飯の時間ですし、本当に逆上せますよ」
「ん?いや、俺はどっちかというと志保ちゃんに逆上せてるんだけど…なっ」
「ひゃん!?…ちょっと、どこを触って…!夕飯抜きにされたいんですか!?」
今のは明らかに変な気持ちで触りましたね…!?
「す、すみませんでした!すぐに上がりますっ!」
そう言って、彼は逃げるように脱衣所へと消えた。
「全く…」
貴方はただの悪戯のつもりでしょうけど、こっちは…。
「はぁ、あっつい…火照っちゃったわ」
…私も上がろう。
ホント、非道いひと。
「はぐっ…がふがふ…はふっ」
「あの、美味しいですか?」
私の作った料理を勢い良く掻っ込む彼に味の感想を求める。もっともその様子を見るに返ってくる言葉は大体分かるが、それでも言葉にして欲しいのが乙女心というものだ。
「ごっく…あぁ、また腕上げたな!もうこれ金取れるレベルじゃないか?」
「ふふ、言い過ぎです」
「んな事無いさ…はむっ」
「……♪」
「ごきゅ…ごきゅ…ぷはー!んふー…あぁぐっ。んぐんぐ…んめーなこれ。おかわり!」
「はい♪」
茶碗を受け取り、席を立つ。
「あ、山盛りで頼む!」
「分かってますよ」
同棲を始めてからしばらくは彼が自分でおかわりをよそっていたが、今は私の意向で私がよそう事にして貰っている。
いつからだったか、おかわりの時に彼が笑顔と空っぽのお皿をこちらに向けてくれるのがなんだかくすぐったくて、幸せだと気付いたから。だから私は何回おかわりを求められても面倒だなんて思わない。
私は彼のお腹を満たし、彼は私の心を満たす。そのお陰でまた、ご飯を頑張って作ろうと思える。そして私の料理が上達し、彼に褒めて貰う事で更に私の心が満たされる。実に生産的なサイクルだと思う。
料理は愛情。初めてそれを春香さんから聞いた時は半信半疑だったけど、あれはこういう事だったんだなぁと今なら分かる。
彼のお陰で、毎日が本当に幸せ。これ以上無いくらいに。
「…ごくん。なんだ食べたいのか?ほらあーん」
「…えっ?」
気付くと、彼がこちらに箸を向けていた。
Pさんが美味しそうに食べてくれるのが嬉しくて、箸を止めてずっと見てしまっていたみたい…。そのせいでPさんの分を食べたいと勘違いさせてしまった。は、恥ずかしい…。
「あっいえ、私はその…」
「ん、要らないのか?」
…。
「………あ、あーん」
…まぁ、折角のお誘いだし。にしてもこれ、あまり味がしないわね…。
「どうしたニヤニヤして。そんなに美味かったか?」
「っ!?………それはもう、とても」
…しまった。
「ふっ、そうかそうか。志保は可愛いなぁ」
「ぐっ…!」
分かって聞いたのね、この人…!
「飲みこんだか?はいあーん」
「えっ!?ちょっと、いい加減に…!」
「いらないのか?」
「…………………………………あーん」
もぐもぐ。ごくっ。
………あーん。
それからも私は満面の笑みの彼を目一杯睨み付けながら、お腹がいっぱいになるまで餌付けをされたのだった。
今日はここまで。
更新が遅くてすみません…
それでは、おやすみなさい
自分で言うのも何だけど、765プロで過ごした私の人生はそれなりに突飛で、驚天動地とまでは行かないまでも驚くような事の連続だったと思う。私は幸運にもそんな職場に恵まれた。
そんな私の人生の中でも、今日の出来事は堂々の一位と言っていいと思う。私にとってはそれくらいの事が、私が彼と並んでお皿を洗っている時に起こった。
私は手を動かしながら、さっき彼に言いそびれた事を言おうとしていた。二人で作業しているこの空間は心地良くて良い雰囲気だと思ったし、隣り合ってはいるものの、作業をしていてお互い顔の見えない今なら言える気がした。
「あの、Pさん」
「ん?」
大丈夫、恥ずかしくなんてない。
「えっと…その、私、無理してるとかじゃないんです」
「んん?何がだ?」
手を動かしながら下を向いてもごもご話す私の横で、彼は手際良くちゃっちゃと皿を洗っていた。
「貴方が夜遅くまで私を付き合わせてる、っていう話です。…私、好きで付き合ってるんですよ?」
「…!」
作業する手を止めてこちらを向いた彼の視線を横顔に感じて少し気恥ずかしかったが、それを努めて気にしないようにしながら続ける。
「今日も私の所に帰ってきてくれたなぁって…貴方とゆっくり過ごす二人の時間が大好きで…私、それを楽しみに家の事を頑張ってるんです」
「……っ」
彼が視線を手元に戻したのをいい事に、私は彼の腕に自分の腕をぴとっとくっつけた。
「だから私、貴方と過ごすこんな毎日がずっと続いたらいいなって思ってます。ふふっ」
するとPさんはおもむろに皿を置き、手を拭き始めた。
何をしているの?まだお皿洗いは終わっていないのに…。
「あの、どうしたんです?まだ途中なの…んうっ…!?」
突然のキス。彼の勢いに文字通り押され、思わず半歩後ずさる。これでも十分びっくりしたのだが、この後降り掛かって来た言葉はその比ではなかった。
彼との距離がゼロではなくなり、肩を両手で掴まれ目で射抜かれる。そして、
「結婚しよう、志保」
世界が止まった。
そして、それまでとは少し違った世界が動き出した。
「………えっ…?」
今、なんて言ったの…?
「あっ!……うーん……………まぁいいや、ちょっと待ってろ」
「えっ?ま、待って…」
少し言い澱んだ後、彼はささっと手を拭いて足早に部屋の外へと歩いて行った。扉が閉まる音と共に私の頭がゆっくり動き出す。
聞き間違いでなければ、今私…
プロポーズされたの?
「うぅ…まだかな…」
自宅なのに妙に居心地を悪くしながら、そわそわして彼を待つ。
ガチャ。
「っ!」
再び開かれたドアの音にビクッと反応する。
彼を見やると、手には何やら小箱が握られていた。
「志保…これ、受け取ってくれるか?」
「……!」
彼がその小箱を開けると、指輪が柔らかそうなクッションの上に鎮座している。私はそれに見惚れて無意識に手を伸ばし、気付いた時には手に取っていた。
綺麗…。
とうっとりしていたのも束の間、私は小さく頭を振り、彼に詰め寄った。
「…ど、どういう事ですか!?いきなりけっ…結婚だなんて!タイミングという物があるでしょう!?なんでこんな…こんなあっさり…!」
「…すまん。実は二ヶ月くらい前からちゃんとした所で渡そうと思ってたんだけど」
「じゃあどうしてですか!?」
バツが悪そうなキッと彼を見上げ、睨み付ける。
「ぐ…だってズルいだろ!?普通に皿洗ってたらあんな…『ずっと一緒に居たい』なんてプロポーズ紛いの事言われてさ!ずっとタイミングを窺ってたのにあんなの耐えられるかよ!?幸せ過ぎてつい言っちゃったんだよ!」
すると彼は今まで見た事が無い程に顔を真っ赤にして、錯乱した様子で捲し立てた。
「あっ…!えっあ…あわぁ…」
そうだ。今考えてみれば私、見方を変えれば「結婚して下さい」とも取れるような事を…?
「あぁあ…ぅ」
私はさっきの発言を無かった事に出来るなら、今すぐ小学生メイド姿で街を練り歩いても構わないとさえ思った。
「い、要らないなら返せよ!返せバカ!」
「っ!?嫌です!絶対返しませんっ!!」
突然伸びて来た彼の手を、慌てて払い除けた。
「いってぇ!?」
「ったぁ…」
…もとい、突然の事に手加減が出来ず思いっきり弾いた。手の甲がビリビリする。多分私の方が痛いです。貴方の体はどこもかしこも硬いんですから。
でも、それくらいこれを取られる訳には行かなかった。
「これは私の物ですから勝手に取り上げないで下さい。…私にくれるんでしょう?」
「えっ…じゃあ」
プロポーズそのものには多少の不満はあるにしろ(自業自得な部分もあるけど)、私には彼の求婚を断る理由は微塵も無い。
「はい。お引き受けします」
「…!…よっっしゃあ!!うおぉぉぉっし!!!」
彼が両の拳を震わせ、力強く天へと突き上げた。
「ふふっ。喜び過ぎですよ」
私は小さく、心の中で。
「っはぁ…断られたかと思ったぁー…」
「断る理由なんてありません。タイミングに少々不満はありますが、私のせいでもありますし」
「そっかぁ…はは、なんか俺さっきから変なテンションだよ」
そう言うと、Pさんが私をゆっくりと抱き締めた。優しく、だけど強く。それが矛盾しない暖かな抱擁。
「ふふ、私もです。なんだか夢の中に居るみたいで」
「志保」
「はい」
「お義母さんに報告しに行かないとな。あと弟くんにも」
「はい」
「ドレスも一緒に選ぼうな」
「…はいっ」
「式には皆呼ぼうな」
「っ…は、い…」
「新婚旅行はどこへ行こうか?…ま、これは二人でゆっくり決めよう」
「…うっ…ぅ…はい」
「子供も欲しいな。志保の子ならとびっきり可愛いんだろうな」
「はい、欲しいです…」
「色々…楽しみだな」
「えへへっ…ぐすっ」
「よしよし」
そうだ。私、彼と幸せになるんだ。
彼と二人で…いつかは子供も出来て、幸せな家庭を…
幸せな……家庭…を………、
「…………っ!」
『…じゃあな、志保』
『お父さん、どこに行くの?』
『……………少し、遠い所に出かけるんだ。弟の面倒をしっかり見るんだぞ』
『うん、わかった!』
「おとう……さん…」
あの日の事を、思い出してしまった。
彼の胸をぐいっと押して距離を取る。少し名残り惜しかったけど、今はもっと大事な事がある。
…少なくとも、私にとっては。
「志保?」
「お願いが…あります」
「…何だ?」
何かが伝わったのか、Pさんは一つ声のトーンを落として真剣な眼差しで私を見つめた。
「ぁ…あの…わたし…」
「…志保のタイミングでいいから。どうしても無理ならまた今度でもいい。な」
「…大丈夫、です」
体の震えが止まらない。この涙が何に対してなのか分からない。
「うぅぅ…」
「志保…!?おい、無理するなって…!」
だめ、言わなきゃ。
「ぁ………貴方は…貴方だけは、私を置いてどこかへ行ったりしないで下さい…!それと、これから生まれてくるかも知れない私達の子に…ずっと…ずうっっっと…溢れる程の…あ、愛情を…注いであげて…下さい…」
「どうか…どう…か…一生のお願いです…うっ……うっ…」
言い切った後、深く頭を下げた。
私が何を言いたいのか。誰の事を思いながら言っているのか。それは間違いなく彼には伝わっている。
私がどれだけ私を愛してくれている彼に失礼な事を言っているのかも、伝わっている。
何かが溢れ、それが嗚咽となって零れた。
「ごめんなさい…ごめ…なさい…」
頭はずっと下げたまま。
顔を上げるのが怖かった。彼の傷付いた顔を見るのが怖かった。
私の涙が床に滴る音だけが、うるさいほどに響いていた。
それからどれくらい経っただろうか、彼がそっと私の顔を上げさせた。けど何も見えない。何も分からない。
布の様な何かが私の目の辺りに触れた。優しく涙が拭き取られ、徐々に視界がクリアになる。
彼は、微笑んでいた。
「お義父さん、優しかったんだよな」
「…はい」
「大好きだったんだよな」
「……………はい」
貴方が私から居なくなるなんてありえない。そう頭では理解しているけど、いつか貴方もお父さんの様に居なくなってしまうのではないかと心のどこかで思ってしまっている。
恐怖が理性にこびりついて離れない。
…それに浅ましい考えだけど、お願いとして口に出す事で彼に私の想いを知って欲しい、どうにかして欲しいという気持ちも少なからずあった。
そんな弱い自分がたまらなく嫌だった。こんな事Pさんに言ったって困らせてしまうだけなのに。
貴方に変えて貰ったと思っていたのに。
「…そうだな。怖いよな」
優しく頭を撫でられる。
それで、もうだめだった。
「うぅ…っ…!Pさんの事はこの世の誰よりも信じています…本当です…!…ひっぐ……だけど、優しかったお父さんは…ぐすっ………い…居なくなっちゃったから…!」
「っ…」
「もうあんな思いしたくない…!こんなに幸せなのに…怖いよ…!ごめんなさいPさん…こんな……わた…ごめんなさい…うわあぁぁぁん……!!」
あの時以上に幸せだから。
失う辛さを知ってしまった今だから。
怖くて怖くて仕方がなかった。万が一の時、私はその振れ幅に耐えられそうになかった。
「……あんな事があった志保だ。俺が口で何を言っても心の底から信じては貰えないと思う。…それに、俺には志保の気持ちは分かってやれない」
言葉に、彼の強い悲痛な想いを感じた。その響きが私の心を八つ裂きにする。
しかし、私には謝る事しか出来ない。
「ごめんなさい…」
それでも私、貴方が好きなんです。
「志保」
「…んっ」
彼は私の顔が涙でぐちゃぐちゃなのも気にせず、今までで一番優しいキスをくれた。
「だから行動で示すよ。一生かけて」
「…………えっ…?」
「何年…何十年掛かってもいい。志保に安心して貰えるように頑張るよ。私の旦那は絶対に居なくならない、って思って貰えるまでな。ずーっと約束を守る」
「…」
「あ、いやちょっと違うか…最期まで志保の側にいて初めて約束を守った事になるんだ」
「……」
もはや、言葉も出なかった。
「その代わり!志保も俺の妻として今まで以上に俺を支えてくれよ?頼んだぞ?」
多分これも、私が一方的に彼に重荷を背負わせたと感じないようにという気遣いだろう。
「はいっ。Pさん」
改めて心に決めた。
「志保。一生一緒に居ような」
「Pさん…っ」
貴方の為に生きます。
不器用だけどいつも私の味方で、いつも優しかった。
私と一緒に悩み、喜び、笑ってくれた。
うぅん、それは多分、これからも。
だから、好きになったんだよ。
「Pさんっ…!」
「おっとと…よしよし」
それからしばらくして。
彼は、私が泣き止むまで頭を胸に抱いてくれ、黙って背中をさすってくれた。
「落ち着いたか?ココアでも飲むか?」
嬉しい申し出だったが、今は彼から一瞬たりとも離れたくなかった。
「…いえ、ありがとうございます。お恥ずかしい所をお見せしてしまいました」
「今更だな。お互い」
「ふふ、そうでしたね」
ふわりと髪を撫でられる。気持ちいい。
「そろそろ顔見てもいいか?」
「だめです」
「そりゃ残念だ」
私はひと呼吸おいて、彼の手に手を重ねて口を開いた。
「…お風呂で私が言った事ですけど…好奇心半分、本気半分っていう。その本気の方の話です」
「あぁうん。教えてくれるのか?」
期待の色を示す彼の問いには答えず、平静を装いながら話し始めた。
「…あれは貴方が現状の私に対しての評価と自己評価を照らし合わせてこれからの参考にする為です」
「…んん?」
…しまった。思わず早口で言ってしまった。
「だから…あー…」
だめだ、伝わってない。…うぅ。
「わ…私を選んで良かった、って…思って貰う為です」
やっぱり、この人に心の内を明かすのは中々慣れない。恥ずかしい。
けど、伝えられない事の方がずっと嫌。
「そんな事か。そんなの今でも思ってるよ」
私はゆっくりと首を振った。首を傾げる彼に、私はその理由を告げる。
「違います。今思うだけじゃだめなんです」
「これから何十年も一緒に過ごして…貴方の最期の時に、私を妻に選んで良かった、って…志保と歩んだ人生は幸せだったって、心の底から思わせてやるんです」
そう、彼の覚悟に応える為に。彼が一生かけて約束を守ってくれるのなら、私は一生かけて彼を幸せにしよう。
この世の男性の誰よりも、この私の手で。
「……志保…」
「っ…」
熱の篭った二つの視線がぶつかり、二人の距離が近づく。このまま…。
「…言い忘れたけど、俺からもお願いがある」
「っ!…はい。何でしょう」
淡い期待を裏切られ、少し落胆する。
しかし私からお願いを言い出したのだから、私に彼のそれを拒む理由は無い。…もっとも、私がもし言わなかったとしても拒否はしなかったと思うけど。
「その…甘えたい時は甘えてくれ。夢の中だけじゃ足りない時もあるだろ?」
私のあれに対しての見返りが…それですか。
「………ばか」
…本当、ばか。
「OKと受け取ってもいいのか?」
…「お願い」だし。私も、聞いて貰ったから。
「…勝手にして下さい」
「ん、勝手にします」
そんな嬉しそうな顔して。なんなんですか貴方は。
「Pさんも、私が少しからかっただけで甘えにくくなったなんて許しませんから。私が日頃どれだけ同じような事をされてると思ってるんですか?」
「うっ」
「私に甘えて来いと言うのなら、これも飲んで貰います。それが筋というものでしょう?」
「…はい」
「それと、仲直りの件もです」
「…分かりました」
「…私も今後は頑張りますから。それでお互い様です。今までごめんなさい」
「…」
「…ふうっ」
やっと言いたい事、全部言えた。
「…なぁ志保」
彼が突然余裕なさげな表情で私の手首を掴み、寝室の方へ引いてくる。その顔が少し怖かったのと、この雰囲気に当てられた事もあり、ついそのまま流されそうになる。
「はい?あ、えっ…!?でも今日は…」
「分かってる。最後まではしないから…志保を傷付けたりは絶対にしない」
そんな事知ってます、何ですかその言い方は。まるで私が貴方に傷付けられるのを怖がってたみたいじゃないですか。
貴方が飢えた獣の様な、怖い顔をするからですよ。
「…はい」
寝室。
優しく肩を押されて、ゆっくりとベッドに倒れ込む。
「変な触り方しないで下さいね。スイッチ入っちゃいますから」
「あぁ……志保…好きだ志保…ちゅ…ちゅううっ」
「んちゅ…私も好き…好きです…大好き…ふぅんっ…はふっ」
互いに背中を強く抱き合い、可能な限り密着する。
もっと貴方を近くに感じたい。
「志保、じっとして」
「あ、耳…んうぅっ!?ちゅ、ぴちゃ…ちゅぴ…ちゅるるっ…ちゅくっ、ちぅっ……ぷぁ、はぁっ、はぁっ…!」
彼が私の頭を抱いて来たと思ったら、耳を塞がれてそのまま絡み合うキス。ぴちゃぴちゃという水音が頭の中から響く。その初めての刺激と感覚に脳が蕩け、胸がジリジリと灼けて意識が飛びそうになる。下腹部がキュンキュンと疼く。
「はぁ…はぁ…これ、だめ……です…!ほんとにスイッチ入っちゃう…はぁっ、今日はゆっくり…キスとか、ハグしながらお話したり…ダメですか?」
「あっ…ごめんな、つい…」
「いえ、その…私が勝手にキスで感じてしまってるだけです…から…」
みるみる語気が弱くなっていく。部屋が薄暗くて本当に良かった。明るかったら私は最悪死んでしまっていた可能性がある。
「…うん。じゃあ激しいのはやめて、今日はこうしてゆったりイチャイチャしてよう。お楽しみはまた今度だ」
「うっ…分かりました」
…今日我慢させた分のツケは、今は気にしないようにしよう。
「志保、ほっぺ触ってもいいか?」
「そんな事一々聞かなくてもいいですよ。貴方の彼女なんですから、好きにしてふあはい」
言葉の途中でふにふにされる。この人、本当にほっぺが好きよね。
「だからそういう事言うとさぁ…我慢が」
「むぅ。わらひも…ちゅっ」
仕返しに私も彼の言葉を無視し、彼の手を両手で掴んで手の甲にキスをした。
やっぱりこの手、好きだなぁ。男の人の手って感じで。
「……あぁもおぉ~!この天然悪女め!締め落としてやる!」
「えっ、何がですきゃっ!?んぁんぅ~…く、くるしい…離し…かぷっ」
「あ゛ぁー!!」
「うるさいです」
夜中なんですから、少しは考えて下さい。
「いや、お前が噛むから…!」
「ほら、もっと優しく抱き締めて下さい。早く」
「くっそこの…こうか?甘えん坊の志保ちゃんよ」
彼に向かって手を広げると、脇の下に手を入れられて優しく抱かれた。その密着感と耳元で名前をぼそりと囁かれた感覚でつい甘い声が漏れてしまう。
「ふぁ…ん…♪………ん゛んっ。及第点です」
「ふふっ、それは良かった」
そのお礼か仕返しか、彼のほっぺをはむようにキスをし、提案する。
「ちゅっ…あの、今日はこのまま寝ませんか?」
「明日起きた時に腕が痺れても知らないぞ?」
「構いません……ちゅ、ちゅうっ」
「そうか…まぁまだ眠くないし、もう少しイチャイチャしてよう…ちゅっ」
「んっ……はい…♪」
その後もしばらくPさんと触れ合い、彼が眠くなった頃に抱き合って眠った。
また彼と迎える明日を楽しみにしながら。
私が十四歳の時から始まった幸せな夢。
夢はいつか終わってしまうものだけど、
この夢をなるべく永く彼と見続けられるように、そして私達の子供にも見せてあげられるように、
そしていつかこの夢が終わる時、彼に「良い夢だった」と思って貰う為に。
幾星霜を乗り越えて掴んだ幸せを、この人と一緒に守っていきたい。頑張っていきたい。
私一人じゃ不安な事も、彼と一緒なら何も怖くない。
私の一生のお願い、聞いてくれたから。
おわり
人妻恵美が一人でお留守番するお話に続いてミリオン二作目でした
志保は辛い過去があったからこそ、自分の子供には深い愛情を注いで育てるんだろうなと思います
二作続いて少し重たい話になってしまったので、次は台本形式で未来ちゃか莉緒姉かエミリーでさらっと読めるお茶漬けの様なssを書こうかなと思ってます。なぜか私が地の文で書くと重くなっちゃうので…
それでは、また。
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