一方通行「俺は、オマエが好きなンだ」フィアンマ「……っ」 (547)




このスレには
上琴、女体化、右方総受け要素が含まれます。



・フィアンマさんが女の子

・上フィア→上琴→垣フィア(?)→魔神フィア→一フィア←イマココ!

・キャラ崩壊、設定改変及び捏造注意

・ゆっくり更新



支部にも上げた半年書き溜めだったものの一部を流用していました。


前スレ

上条「俺は、美琴が好きなんだ」フィアンマ「……」
上条「俺は、美琴が好きなんだ」フィアンマ「……」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1372597346/)



※注意※
エログロ描写が入るかもしれません。


SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1375879837


能力名『強制善意(グラフトアフェクション)』

右方のフィアンマが元から宿していた能力。
『原石』としての才能。
無能力者とも超能力者とも断定し難いことに加え、研究価値がないとされている。
故に現在は『無能力者』扱い。
実際に活用出来るとすれば先天性精神病質者の治療など。

発動条件は、彼女自身のマイナス感情。
緊張、不安、困惑、絶望、悲哀、憤怒、マイナス要素のある情動全て。
尚、学園都市製の能力開発を受けても制御は出来ていない様子。

対象は、自我のある人間ならば誰しもが持つ『自分だけの現実(パーソナルリアリティ)』。

効果は、『彼女を助けたくなる』或いは『彼女を好きになる』。
原理不明のため、存在するありとあらゆるベクトルを操作する第一位でさえ、防御は不可能。

自我の存在する相手の善意を揺さぶり、厚意を押し付ける能力。
どんな悪党でも、彼女を傷つけこそすれ、トドメを刺すことはためらわざるを得ない。
日常的には"落ち込んでいるとすぐ慰めてもらえる"程度の威力しか発揮しない。
相手に精神的な拠り所がなければ無ければ無い程に魅了する。
所謂ヤンデレ、キチデレとの相性は最悪。



フィアンマ=ミラコローザ

16歳程度、細身の少女。
ローマ正教により、『右方のフィアンマ』へと仕立てられるも逃亡。
上条当麻と暮らしていたが、現在はとある学生寮へ一人で住んでいる。
神様への祈りが必ず届く希有な体質を持っているが、誰かを不幸にして叶えることしか出来ない。
現時点で一人の少女の死を願ってしまったため、彼女はこの後未来にて凄惨な死を迎えることが決定している。


上条当麻

15歳、中肉中背の少年。
幼い頃に『疫病神』としてマスコミに取り上げられ、イタリアへ逃亡。
逃亡した先でもいじめに遭い、命令されたまま登った塔でフィアンマと出会う。
フィアンマと暮らしていたが、絶対能力者進化実験阻止をきっかけに御坂美琴と肉体関係を結ぶ。
最終的には美琴と付き合い、美琴を愛しているが、フィアンマを気にかけ続けている。
尚、この先彼は二度とフィアンマと出会うことは出来ない。


御坂美琴

14歳、華奢な少女。
学園都市第三位の『超能力者』、超電磁砲。
常盤台の電撃姫としてその名を馳せるが、実態としては一般的な感性の少女。
ふとしたきっかけで上条を好きであることに気がつき、現在は交際状態に。
金銭的な問題を解決することで上条を闇から救い出した人物。
とある少女に死を願われた為、幸福の絶頂の手前で死ぬことが確定している。


一方通行

16歳程度、華奢過ぎる少年。
学園都市第一位の『超能力者』、一方通行。
本名は"山田幸之助"という平凡な名前だが、フィアンマ以外に呼ばれることをよしとしない。
打ち止めを救うことが出来ず、絶望していたところをフィアンマに救われたが、それ以前から交流があった。
声をかけたきっかけ以外では、彼女の能力の影響を受けていない人物。
魔神に彼女が囚われたことから必死に電話をかけ続け、今、ようやく、繋がった。


垣根帝督


長身の少年。
学園都市第二位の『超能力者』、未元物質。
能力名で呼ばれることを良しとせず、名前で呼ばれることを好む少年だった。
フィアンマに、産まれて初めて自分の頑張りを認めてもらえたことから、彼女に好意を抱いていた。
彼女の笑顔と幸福を願い、生涯手を汚し続け、その様は一方通行が一流の悪党と認めた程だった。
魔神オッレルスにより殺害され、脳を悪用されないようにとの計らいで一方通行に完全に脳を破壊された。
彼自身が今後蘇ることはない。享年17歳。

 


とりあえず立てました。
ちょっと量が足りないので投下は明日にでも。
前作は長々とお付き合いいただきありがとうございました。今作もよろしくお願いいたします。


美琴ちゃんに限らず、人はいつか死ぬものです。
>>1のハッピーエンド基準は魔神右方スレでお察し。

(書くのやめた方が良いかなあとちょっと思ったのですが前スレで様々お言葉をいただき頑張れると思いました。ありがとうございます)


















投下。


『もし、もし』

奇しくも、それは七十七度目の電話。
ようやく繋がった通話の向こう側。
少女の声はか細くて、今にも消えてしまいそうだった。
一方通行は深呼吸し、慎重に言葉を練る。

「……怪我、してねェか」
『………ああ』

衣擦れの音。
着替えながら、ということはないだろう。
声量は低いが、別に遠慮している様子はないようだ。
周囲の雑音の無さからして、彼女一人でどこかの部屋にいるのだろう。
そこまで推測して、一方通行は何と言えば良いのか、迷う。
元々頭は良くとも、弁は立つ方ではない。
女を慰めた経験などないし、そもそも最近まではロクに人と会話をしてこなかった。
言葉に詰まる彼に対し、彼女はようやく通常の声量に戻り、言葉をかけてきた。

『帝督が死んだというのは、本当か』
「…………あァ」

嘘を吐いたって、いつかはバレる。

だからこそ、一方通行は肯定した。
そうか、と相槌を打って、フィアンマは困ったように笑った。
その笑い声が儚くて、一方通行は胸をかきむしりたくなる。
雑音があっては気が散るから、と『グレムリン』メンバーを遠ざけた一方通行もまた、フロアに一人。
スピーカーを通したお互いの声だけが、お互いの空間に静かに響いている。

『………もう、大丈夫だ。全て、終わったんだよ』

フィアンマは、そう言った。
終わったと。これで良いのだと。
自分を犠牲にする形がベストという答案で良いのだと、結論を叩き出した。

一方通行は、それが許せない。

垣根がかつて言ったように。
一方通行は、彼女が奪われてそれで終わりという結論を認めたくないから、戦う覚悟を決めたのだ。
どれだけ傷ついても、最後には彼女に、隣りで笑っていて欲しかったから。

《あ、間違えた》





「……何が、終わったンだよ」
『この男は、俺様が居れば良いと言っている。何かことを起こすつもりはないと。
 だから、もう良いだろう。俺様のことは見捨てて…いや、言い方が悪いかな。
 忘れてくれ。俺様にはもう、お前たちのいる場所へ戻る資格がないのだから』

もういいんだ、と。
忘れて欲しい、と。

彼女は全て諦めた様子でそう言う。
だが、通話を強制的に終了させたりはしない。
それは、心底で助けを求めているからではないのか。
一方通行は、きつく唇を噛み締める。

「終わってねェ」
『……俺様は、』

血でも吐くかのように、彼女は言い放つ。
それは、彼女自身を裂くために振るうナイフの如く、鋭く。

『帝督を、殺したんだ』

それは、事実ではない。
実際に手を下したのはオッレルスであって、彼女ではない。
きっかけになった人間が殺人者であるはずがない。

たとえば。

絶対能力者進化実験において、一方通行は殺人者だ。
そして、死んでいった妹達は被害者だ。
だが、その発端となった大元の御坂美琴が殺人犯であるはずがない。

それと同じで、フィアンマは垣根を殺した訳ではない。
しかし、一方通行がどんなに言葉を尽くしたところで、彼女は否定するだろう。
思い込みというのは堅牢なもの。そうそう簡単に解除できるはずがない。

故に、一方通行は黙って考える。

彼女の言葉は続いていった。


『俺様は、かつて魔神の誘いに乗った。どんな理由があっても、それは事実だ。
 俺様の身勝手がこの状況を呼び込んだ。多くの人を巻き込み、傷つけた。
 垣根に至っては、俺様のせいで死なせてしまった。俺様が殺したことと同じだ。
 このまま俺様が身勝手を続ければ、お前や打ち止め、妹達どころか世界中が危険に晒される。
 ……自分の身から出た錆は、自分で決着をつけるべきだろう。もう、誰かに押し付けるわけにはいかない』
「………ダメに決まってンだろ」
『何故だ。俺様は、…取り返しがつかないようなことをした。沢山した。
 だから、誰にも許されない。罰を受けるべきだ。これから降り注ぐ痛みは当然のものだ。 
 贖わなければならんだろう。………どのみち、ヤツに抱かれればこの感情も消えるさ。
 それなりに見目の整った人形として生きていくことになるだろうが、それが似合いなんだよ』

そうでなければならない。
そうでなくてはいけない。

彼女の言葉は一貫してそのような響き。
そうしたい訳でも、そうして欲しい訳でもなく。
そうしなければならないから、と、そう言うのだ。

『お前は俺様が居なければ生きていけん訳でもあるまい。
 打ち止めには、……そうだな、引っ越したとでも伝えてくれれば』

抑揚を無理につけた、空元気の声が痛ましい。
一方通行は、ギリ、と歯ぎしりをした。












「イイ加減にしやがれ」


フィアンマの言葉が止まる。
彼はそのまま続けた。

『垣根は死ンだ。殺された。俺がこの手で最期の面倒を看た。
 だから、今ここでどォしようと、アイツはもう知ることが出来ねェ。
 どれだけお前が傷ついて償おうとしたって、何一つ届かねェンだよ』
「………、…」
『…どの口がそれを言うンだって、わかってる。だが、言う。
 オマエが傷ついて、自由を捨てて、贖罪にだけ生きて、惨めな目に遭って死ンで。 
 あの野郎が"ああ良かった"なンて言うとでも本気で思ってンのか。
 死ぬ瞬間までオマエの笑顔を願って、嫌ってた俺に任せて死ンでいった野郎が! 
 本気でオマエが苦しむことを望むとでも思ってンのか。笑うと思ってンのか。
 "それがお似合いだから"なンて理由でお前が苦しむのを納得出来る訳ねェだろォが!!』
「………」

彼女は、無言でシーツを握り締めた。
強く強く握りしめて、一度だけ深呼吸をする。
もう流さないと思っていた涙が、ぽたぽたと布を濡らしていった。

「………どうして、そこまで俺様に拘る」
『俺は――――』

少年は、すぅ、と深く息を吸い込んだ。

『俺は、オマエが好きなンだ』


『……っ』

少女は息を呑んで、それを否定しようとした。
それは能力によるまやかしで、本当の気持ちではないのだと。
だが、一方通行は今、自分の気持ちにだけは自信を持っている。
何を犠牲にしても何を失っても絶対に守りたいと想えたから。


「理由が必要ならいくらでも言ってやる。
 オマエの肯定が、笑顔が、言葉が、存在が、必要なンだよ、俺には。
 ……だから、………自己犠牲で、満足してンじゃねェよ…。
 俺に、…手を伸ばして藻掻く権利位与えろってンだよ……」

彼は、別に彼女の能力に魅了されて、依存している訳ではない。

認めてもらえたことが。
許してもらえたことが。
救ってもらえたことが。

言葉にしきれない全てが嬉しかったから。
そして、ずっと一緒にいて欲しいと思ったから。
笑っていて欲しい、幸せでいて欲しいと。
誰かの都合に振り回されず、ひだまりの中で笑っていて欲しいと。

だから、彼は手を引いたりしない。
妥協はしないし、身勝手を通すことも構わない。

自分が死ぬその最期の瞬間まで、彼女の幸福を諦めたりしない。

『………もう、やり直しなんて、きかないんだよ…』

声は涙によって歪んでいた。
けれど、能力の効果ではなく、一方通行は本心から、彼女の言葉を聞く。

『助けてなんて、言えない、そんな我が儘、もういえない、』

携帯電話を握り締めて泣いているであろう彼女の姿が容易に想像出来る。

『だれも許してなど、くれ、ない…から、……帰れない、』

彼女の本音は、それだった。
誰も、もう、こうなっては自分が幸福になることを許してなんてくれない。
だから戻れない。助けだって求められない。足掻くことも出来ない。

「……オマエ自身は、どォしたいンだ」
『………少し前の様に、皆で過ごせたらそれで良かった。
 帝督はもう居ない。完璧な状態で取り戻すことはできない。 
 だが、帰りたい。……戻りたい。また、いっしょに、』
「そォか」


一方通行は、優しい笑みを浮かべた。
それは、能力が人を傷つけてしまってから、失われた微笑みだった。

世界中の誰もが彼女は悪であると断じても。
世界中の誰もが彼女が幸福になることを許さなくても。

自分だけは、彼女の味方でいようと思う。
居られる、とも思う。だって、彼女は自分の味方でいてくれたから。

「もう、大丈夫だ。……位置情報さえ寄越せば、後は助け出してやる」
『……ほん、とうに? こ、こまでの、ことを、仕出かした、のに…?』
「俺はヒーローじゃねェし勇者でもねェ。悪党って程高尚でもねェ。
 ただの人殺しで、言い逃れの出来ない悪人で罪人だ。王子様にもなれねェしな」

英雄や王子様は何の非もなく世界から認められるお姫様を愛してさえいればいい。
そんなことはどうだっていい。憧れようとも思わない。
どこかのヒーローが彼女のヒーローであったことだって、どうでも良かった。

「オマエが、手を伸ばすだけが精一杯だってンなら、俺がその手を掴ンでやる」
『こう、』
「俺はどォしようもねェ臆病者だ。一万人殺して尚気づかなかった程の馬鹿野郎だ。
 だから、オマエと一緒に地獄に堕ちる勇気なンざねェ」

一緒に地獄へ堕ちたくないのなら。

「―――地獄から引きずり上げてやる。約束だ」


電池切れ。
通話は強制的に終了された。
充電の切れた携帯電話を手に、一方通行は外へ出る。
様々な素材をかき集め、変電装置を作り上げた。
一歩間違えれば指先が吹き飛ぶ状況で、それでも彼は間違えない。
デフォルトの反射があることもそうだが、それだけではなく。
暴力ではなく、ようやく誰かを救うために振るえる力なら、失敗しないと思った。

「説得は終わったのかよ」

ひょこ、と顔を覗かせたのは少女的な少年だった。
雷神トール。
電気関連自体も勉強しているのか、彼は変電装置作りを手伝っている。
コネクタを即興で作り上げ、携帯電話の充電を開始した。

「……説得じゃねェ。………約束しただけだ」
「ふうん」

メールを読める程度にまで電池が回復するまで、後一分。
彼は手すりに腰掛け、不安定な体勢で少し嬉しそうに言った。

「全部終わったら勝負してくれよ。アンタなら良い敵になりそうだ」
「……悪りィが、レベルアップなンつゥ言葉にはイイ思い出がねェ。
 他当たれ、他」
「つれねえな」

充電が、終わる。
携帯電話の電源を、再び入れた時。



位置情報付きメールを、着信した。


約束。

それは甘美な響きであると同時、恐ろしくもある。
目を閉じ、フィアンマは静かに祈った。

もし、自分が学園都市に戻り、今まで通りの生活に戻れたのなら。
自分の能力に踊らされたあの魔神が、ささやかな幸福を得られますように。

垣根に謝るのは、やはり自分一人で良い。
魔神の幸福を願ったことがどのような結果へ繋がるかはわからない。
彼も自分の能力に侵された被害者なのだ。救わねばなるまい。
代償は不明。だが、今よりもずっと軽い罰ならば、両手を広げて受け入れよう。
自分に対して、罰が下りますように。忘れず願っておく。



汝の敵こそを愛せ。




「……」

携帯電話をしまいこみ。
フィアンマは手を伸ばし、引き出しの中にあったハサミを手にとった。
自殺するためではない。位置情報付きメールを送った今、自分が出来ることをやるだけだ。
彼女はそのハサミで、自分の髪を切った。

上条が綺麗だと褒めてくれた長い髪は、もう必要ない。

髪の毛がはらはらとベッドへ落ち、赤い髪はやや不揃いなセミロング程度の長さへ変わる。

「……」

切った髪の毛を丁寧に編む。
独特な編み方は、呪術の原則に沿ったものだ。
こんな霊装が役に立つとは思えないけれど。

地獄から引きずり上げる。

そう約束してくれた少年の生存率を、少しでも上げたいから。


今回はここまで。


(少し見ない間に盛り上がってた…便乗して右方止めの画像ください  連絡ですが、今夜は投下出来ないと思います)


……キャラ紹介に書いたから…もう、やり直しなんて、きかないんだよ…。
本当はフィアンマちゃんと和解して世間知らずな彼女にクレープご馳走して仲良くする美琴ちゃんが書きたいなんて、言えない、そんな我が儘、もういえない、
だれも許してなど、くれ、ない…から、……書けない、 

短いですがご勘弁願います。













投下。


辿りついた屋敷は、豪華なものだった。
だが、外観はどこか寂れているようにも感じられる。
何にせよ、やることは一つだった。
目的を単純化してしまえば、迷うことはない。

「…ンで、オマエ等は何やってンだよ」
「人払いと設置作業だが」

先程から屋敷と一定の距離をとり、オティヌスはロープを各所へ建てた杭へ結んでいた。
三次元的な魔法陣の構成をしているのだが、当然、超能力者である一方通行には理解出来ない行動な訳で。
軽薄そうなウートガルザロキまでもが真面目にやっているので、彼は首を傾げるばかりだった。

「あれ張っとけば色々と楽なんだよ。攻撃に」
「……」
「疑いの目向けんなって、真面目な話だっつの。
 魔術ってのは超能力と違って下準備の差が勝敗を分けるモンなんだよ」

雷神トールの説明に訝しげにする一方通行だったが、理解するつもりはない。
どのみち、能力者に魔術は使えない、使っても死の危険があると彼女に聞かされているのだから。

陣の構成を終えて。

さて、そう簡単には出てこない魔神をどうやっておびき出すか、という話になった。
この建造物の中にいることだけは間違い無い。

シギン、オティヌス、トール、ベルシ、マリアン、ウートガルザロキ。

合計11つの目が、一方通行を捉えた。
恐らく、あの家の中にはいくつかの魔術的な仕掛けがあるだろう。
『グレムリン』の誰かが入れば、集団相手の戦闘対策をされる。
故に、まだ『グレムリン』と繋がりがあると知れぬ一方通行(戦闘要員)が行くべきなのだった。

元より、頼り切るつもりはない。

一方通行は無言で屋敷の裏手へ回った。
鍵がかかっていないのは、罠か、或いは思惑あってのことか。

白い少年は、屋敷の中へと、第一歩を踏み出す。


ピクリ。

指先を僅か動かし、魔神は侵入者の存在に気がついた。
バカ正直に裏手から入ってきたらしい。
魔力の類は感知出来ないことから、魔術師ではない。
一般人が入ってくるとは思えない。
いくつかの"措置"に引っかかったようだが、生きている。
オッレルスは一旦部屋から出、フィアンマのいる部屋のドアを軽くノックした。
一応の返答を耳にしてから開ける。
彼女の髪は肩につくかつかないか程度のセミロングになっていた。
やや不揃いなのは、切ったばかりだからなのだろうか。

「どうして髪を?」
「何となくだよ」

区切りをつける時、女は髪を切るものだ。

そんなことを言って、彼女は優しく微笑んだ。
見抜かれるとわかっているから、魔神に嘘はつかない。
彼女の懐には、既に出来上がった霊装がしまわれている。
ただ、愛しい愛しい少女が微笑んでいるので、彼は気にしないことにした。

「俺は少し出てくるけど、此処にいてくれ」
「待て」

連絡だけして迎撃に向かおうとする魔神の腕を、フィアンマは掴んだ。
あまりにも綺麗過ぎる笑みを見せて、首を傾げる。

「……一緒にいてくれないのか?」


絶対能力者進化実験に比べればどうということはない。

というのは自分に対する強がりであって。
一方通行は実際、屋敷に入って数歩で何度か死にかけた。

第一に酸素が薄かった。
次いで、妙な法則性に則った光の刃物が飛んできた。

薄々、特殊なベクトルの存在については解析しつつある。
だが、その時々によってまったく法則性が異なるのだ。
それは宗教の違いや術式創作過程の違いによるもの。
完全に理解すれば、その法則だけでも一方通行の脳を穢す。
なので、彼の脳は本能的に術式の完全な解析を拒絶していた。
だが、うっすらとした理解でも『反射』程度ならば出来る。

こつ、こつ。

靴音を響かせて進む廊下。
ふと、彼の手が何かを掠った。
途端、天井が崩れ、壁が壊れ、人型の武器<ゴーレム>となって襲いかかる。
単なる反射だけでは乗り切れない。

思い、彼は手を突き出した。


ゆっくりと進む青年の背を追う形で、フィアンマは歩いていた。
長い長い廊下に、不清潔さはない。

「…何かあったのか?」

彼女の問いかけに、オッレルスは暫し言いよどむ。

「……侵入者だよ」
「侵入者?」
「魔力の流れは感知出来ていない」
「つまり超能力者か」
「それはわからないが。……よく、ここがわかったものだ」

フィアンマは、一方通行の来訪を確信した。
メールに記載した位置情報から座標を割り出して来てくれたのだろう。
彼一人で来たとは思えない。かといって、誰かに協力を乞うたとも。
となれば、自分を助けると宣言していたあの元魔神の少女も来ているのかもしれない。
ならば、後は簡単だ。この男を外へ連れ出せば、彼らの戦闘は楽になるかもしれない。

助けてもらうという身勝手の罪は、受け入れる。

最終的に、自分は楽園へは招かれないだろう。
地獄の業火で延々と清められるかもしれない。
煉獄で贖う権利さえ与えられないとしても、構わない。

自分を一番だと言ってくれた少年が、愛してくれたのだ。
自分に傍にいて欲しいと、そう強く言い張ったのだ。

ならば、その願いを叶えたい。
自分も、彼と、一緒に居たい。

「……なら、外へ出た方が良いな」
「一応、此処に色々と仕掛けてはいるんだけど」
「とはいえ、有限だろう。底が尽きては問題だ」

フィアンマは、まるで客に懐く娼婦の如く彼の服を握って笑んだ。
じ、とやや上目づかいに見つめて、誘う。

「お前となら、地の果てまでも逃げる覚悟はあるのだがね」


ラチがあかない。

一方通行は、自動迎撃ゴーレムを徹底的に叩き潰す。
相手が人間でない以上、フィアンマの言葉を思い出して躊躇することもない。
ぐちゃぐちゃの木の塊は、核のようなものを中心として再び周囲のものを素材にして再構成する。
彼はそれを的確に見抜き、能力を駆使した素手の力で核を破壊した。
ベクトル操作を利用した攻撃は、単なるパンチとは一線を凌駕する。
文字通り弾け飛んだ核は、十字架の形をしていた。
トール達が口にしていたレイソウとやらか、と一方通行は思う。

「……、」

広大な家の中、彼女を探すのは骨が折れる。
ふと、黒いドアが開いた。
偶然にも、或いは"幸運に"か、一方通行と魔神とフィアンマとは鉢合わせした。
一方通行は咄嗟に窓ガラスを壊し、それを弾丸にしてオッレルスへ放つ。
万が一にでも彼女に当たってしまわないよう、頭や心臓を狙いたいのを堪えて、脚や腹部へ。
対して、オッレルスはちらりとだけ硝子の弾丸を見やる。
たったそれだけで、全ては床に落ち、ただのゴミとして散らばった。

「………邪魔だな」

ぽつり、と。

まるで掃除中に害虫を見つけた人間の様に。
何の感情もこもらぬ、言葉通りの考えだけが込められた呟き。
次の瞬間、一方通行は屋敷の壁を突き抜け、中庭へと横たわっていた。
体中に重いダメージが残っていて、のろのろとしか起き上がれない。
オッレルスの後ろには、フィアンマが立っていた。
彼女は何を考えているのか、或いは考えていないのか、無表情だった。


一方通行が、倒れていた。
予想に違い、魔術師達は居なかった。
元魔神、オティヌスを含めて誰一人。
潜んでいるのかもしれないが、誰も一方通行を助けに来ない。
反射に反撃手段の重きを置いている彼は、痛みに慣れないはずだ。

痛いはずだ。
辛いはずだ。
怖いはずだ。
苦しいはずだ。

それでも、彼は立ち上がった。
よろよろとよろめき、立ち上がり、魔神を睨みつける。
フィアンマはふと、視界の端、カモフラージュの施された縄を見抜いた。
自分はあまり使わない手段だが、あれは何らかの陣を構成する手段だろう。
主神オーディンの異説死因(フェンリル大蛇説)に合わせて、蛇の魔術記号を満たす素材として縄を選択したのか。
近頃になって造られた異説を応用するとは、手段にこだわらぬ『グレムリン』らしいといったところだろう。

気を逸らす必要がある。

フィアンマはそう判断し、一方通行に駆け寄りたい気持ちをぐっと我慢した。
周囲を観察しようとする彼の腕をぐいと引き、自分へ注目を向けさせる。

ぐん、と。

縄がたわんだ。
辺りに炎が立ち込める。
一つ一つ魔術記号を用意することで、総合して一つの術式を構成するつもりらしい。

「炎、」

魔神の性質自体を捕縛する拘束術式。
オッレルスは北欧王座で崩そうとしたが、うまくいかず。
無限の可能性が負に傾き、彼は術式失敗のペナルティにて血を吐き捨てた。

「オティヌスの悪知恵か、」


「返してもらおうか」

少女の、凛とした声。
気がつけば、一方通行の前にオティヌスが立っていた。

「彼女は私が手にすると決めたんだ」
「オイ」

オティヌスの発言に、思わず一方通行はツッコミそうになる。
反撃を試みる度に無限の可能性が邪魔をしているらしい。
未だ姿を現さぬ『グレムリン』の魔術師が施した術式が、フィアンマの幸運に補強されて、届く。
体内で魔力を空転させられ、体の中が焼け付く様な痛みに耐えながら、彼は術式を行使した。

空から硫黄の雨が降り注ぎ、地面を溶かす。
地面から湧き出した剣山の様な物質が人体を裂く。

術式の制御に必死になればなる程、防御というものは疎かになる。


ぐじゅり、と嫌な音がした。

拘束、術式妨害といった術式に悩まされ。
可能性が負に傾き、体の内外がズタボロになっているオッレルスの背中に、ナイフが突き刺さった音だった。

「っ、」

ぐらり。

彼の身体が倒れかけ、辛うじて踏みとどまる。
突き刺さったままのナイフを、フィアンマは数度ねじった。
傷口が広がり、内臓を傷つけられ、青年はなすすべもなく吐血した。
ナイフの持ち手は編まれた赤い髪で出来ていた。
魔力を通し、突き刺した為、彼女の口からも血が垂れていた。
 
「……古来より、女の長い髪は執念や誘惑を表す」

だからこそ、修道女は皆髪を切るか、フードで隠すのだ。

「……咄嗟に作ったものだし、色々と伝承を混ぜすぎた。
 髪の長さの分だけ、痛みは長く持続する。一センチにつき一時間といったところか」

彼女の髪の長さは、約60cm。
そして、執念を軸にしたこの霊装は時間が長引く程に、痛みを増やす。
動きを止め、息を詰める魔神に、彼女は彼にしか聞こえぬ声量で言った。

「………お前には、謝っておく。俺様の能力で狂わせてしまったことを。
 だが、それでも、俺様を愛し、そのためにここまでやり遂げられた男なんだ。
 他の誰かを本当に愛したとして、その力は活かされる。……嘘を、ついて」

すまない、と。

彼女の謝罪に、オッレルスは小さく笑った。
痛みが神経を焼き尽くしてしまいそうだったが、言葉を返す。

「……良い、よ。……許すさ」

彼女がずっと求め続けていた言葉を口にしたのは、意外にもこの男だった。

「たとえ、まやかしだったとしても。…俺が君を愛したことは、事実だ。
 それ、に。…………君がどうしても俺を選べないのなら、仕方ない」

偽りだったとして、短い間だったとして。
嘘でも幻想でも夢でも、彼女を愛し、それで自分が満たされたことは現実。
君を恨まないから、どうか謝らないで欲しい。

彼はそう告げて。

「……でも、まあ、…誰かを選ぶなら、オティヌス以外に、した方が、良い。
 言っては、何だが……ヤツも、歪んでいるから、ね」

負け惜しみの如くそれだけ言うと、最後の死力を振り絞って姿を消した。
血液を吐きだし、フィアンマはその場に膝をつく。
げほげほと咳き込む度に血液が散った。
意識がぐらぐらと揺らぎ、徐々に遠のいていく。







申し訳ないけれど、ここで死ぬのも悪くない。
初めて誰かに許されたという充足感を得ながら、彼女はそう思い――――――――。


今回はここまで。


(今回は珍しく執着心の薄い魔神さんだから拷問とかしなかったよ! 後サローニャちゃんは前スレ地の文参照)
(後一方さんが潜入したのは地盤ごとやると万が一フィアンマちゃんに傷がついたら嫌だからでsy)
(ちゃんとやりとおします(震え声) ウートガルザロキさんも脅迫されれば一生懸命お仕事……自分で書いてて笑った)
















投下。


温かい。
ほっとする。

フィアンマが目を覚まして真っ先に抱いた感想はそれだった。
誰かの背中におぶわれているらしい。
のろのろと目を開けてみれば、そこには白い髪。
疑いようもなく、彼女をおんぶしているのは一方通行だった。
街並みも、とうに見慣れた学園都市のものへと戻っている。

「……」
「……」

きゅ。

彼女は、回した腕に少し力をこめた。
一方通行はそのことに気づき、しかし、何も言わない。

「………『グレムリン』は、どうした」
「宥めすかした。…今頃何処かに身ィ潜めてンじゃねェの」
「そうか」

一方通行の返答に、ひとまずは安堵する。
もう、日常を望んではいけないと、自分に言い聞かせるのはやめた。


やがて、一方通行はフィアンマの家へ、彼女を運んできた。
非力な腕でよくもと思う人間が多いだろうが、彼にとっては紙切れも人体も変わらない。
生体電流操作で筋肉の力を限界まで出すことも出来たりもするのだから。今回は違うものの。
能力を応用すれば、彼は電車だって生身の身体で持ち上げられるだろう。

「……ン、着いた」
「…ああ」

降ろされ、彼女は自らの足で床を踏みしめる。
踵を返そうとする一方通行を、呼び止める。
廊下で会話をしているというのに、ドアは開かない。
いつだって入っていた冗談による妨害が、ない。

垣根帝督。

彼は、もう居ない。
二度と、フィアンマの隣室へ帰ってはこない。

「……少し、飲み物でも飲んでいかないか」

疲れた体で、彼女はそう誘った。
体痛くないのは、気絶している間にオティヌス辺りが治療でもしてくれたのだろう。
一方通行は暫し返答に迷い悩み、それから、こくりと頷いた。

直接言いたいことがあった。
直接話したいことがあった。

だから。


友人の協力を求め、外泊許可を得て。
美琴は現在、上条宅で晩御飯を作っていた。
冷蔵庫にはさほど食糧がなかったので、買い出しまでしてきた良妻ぶりである。

時刻は午後七時。
一時間程で作ってしまえば、夕飯にはちょうど良いだろう。

「じゃがいもの皮剥いてよ。はい」
「ん、りょーかい」

上条は軽く返し、でこぼことした芋の皮を剥いていく。
包丁で剥いている辺りが、料理歴の長さを伺わせた。

「何作るんだ?」
「カレーよ。見たらわかるでしょ? 
 アンタ最近カップ麺ばっかり食べてるし」

そう、そうなのだ。
冷蔵庫は空っぽなクセに、戸棚にはカップ麺ぎっしりなのである。
後はレトルトのおかゆだとか、そんなものばかり。
これではそのうち倒れるぞ、と美琴はため息を吐き出す他ない。

「玉ねぎいっぱい入れるけど、嫌いだったっけ?」
「いや、嫌いじゃねえよ」
「そ。ならいいわ」

玉ねぎを半分に切って、両端を落とす。
それから茶色い皮をとって、筋に沿って切っていく。
既にお湯は沸かしてある。
正しい作り方は炒めから、らしいのだが、無駄なカロリー増量作業だ。
旨みが欲しいなら隠し味に醤油でも使えば良い。
育ち盛りの男にカロリーが大切なのはわかるが、それでも過剰な油分はよろしくない。


「悪いな、二日分近く作ってもらっちゃって」
「カレーうどん、カレーライス、カレー食パン…な感じで食べれば多分飽きないから。
 っていうか前は自分でちゃんと自炊してたじゃない」

何かあったのか、と少女は首を傾げる。
作る度に二人分作ってしまい、憂鬱になるから、などとは言えない。
言ったところで、彼女はそうそう外泊許可が出ないのだ。
作りすぎてしまった食事を食べることは出来ない。故に、上条の孤独は埋まらない。
ただ、こうして美琴が遊びに来てくれたため、今は寂しくなどない。
美琴のことは、ちゃんと好きなのだ。それは、胸を張って言える。

「何かやる気削がれちゃってさ」
「……そ。あ、クッキー持ってきてあげたから。冷蔵庫の一番上で良かった?」
「ん、ありがとな」

美琴は丁寧にご飯をしゃもじでよそっている。
普段騒いでいる時は何の変哲もない少女だが、こういう何気ない振る舞いはやはりお嬢様なのだと思わされる。
白魚のような細い指がしゃもじを水に浸け、続いておたまの持ち手を握る。
甘くスパイシーな香りを漂わせるとろとろのカレールーを、ご飯の脇、空いたスペースへ注ぎ込む。
野菜たっぷり、牛肉たっぷりのカレーは、一晩おかずとも美味しいに決まっている。

「美味そうだな」

美琴がカレーを作っている途中に作ったヨーグルトドリンクをコップに注ぎ、上条は配膳する。
少しだけ照れ臭そうに笑って、美琴は二人分のカレーをそれぞれ食卓に配置した。

「何かさ、」
「んー?」
「新婚さんみたいだよな、こういうの」
「ばっ、にゃ、なに言ってんのよ」

妄想が過ぎるわよばか、だの何だのと彼女はごにょごにょ呟いている。
同じ照れるでも照れ方はほとんど真逆だな、と一瞬比較してしまって。
そんな自分が嫌になり、上条は早く食べよう、と彼女を促した。


インスタントコーヒーには、僅かばかりのミルク。
ブラック派の一方通行だったが、胃が心配だと言われれば文句など言えなかった。
静かに苦く黒い液体を啜り、彼は目の前の少女を見つめる。

「………感謝する」

それだけ言って、彼女は再び沈黙を保守する。
少しだけ寂しそうな表情で俯いた。

「……帝督は、死んでしまったな」
「……あァ」
「………」
「……だが、オマエは生きてる」

それで充分だ、と一方通行は言った。
フィアンマは拳を握り締め、俯いたままに言葉を返す。

「……酷い言葉だ」
「どォせ、死ンだら俺はあの野郎と同じ場所行きだ」

地獄行きの人間だから、と彼は肩を竦め。
それから、少しだけ寂寥さを浮かべてカーペットを見やり。
そうして、それを誤魔化すかのようにコーヒーを飲んだ。

「俺は早死にタイプってよく言われるしよ。
 先に逝ったらオマエが詫びてたことを伝えてやる」

だから、落ち込まなくて良い。

一方通行の言葉に、フィアンマは頷いた。
たとえここで泣き叫び懺悔しても、彼には届かないから。


「………俺様を、一番大切だと言ってくれたな」
「あァ」
「………助けに来てくれたな。たかが友人だというのに」
「……俺にとっては、……」
「………」
「……何でもねェよ」

先の言葉は紡げなかった。
頭に血が上れば、怒りに任せて何でも吐き捨てられるのに。
彼女に嫌われるために押し倒すことは出来ても。
こうして面と向かってしまうと、冷静な状態では告白など出来ない。
だから成人は酒の勢いを借りて何かをするのか、と白い少年は思う。

「………うれしかった。電話も、助けも」

ぽつ、と。
雨が降り出すその最初の一滴の様に、彼女は消えかかった声で言った。
不器用な返事しか出来ない一方通行は、苦し紛れに相槌を打つ。

「……ヤツに身を任せようと思った時。…全て諦めた時、お前の顔が頭に浮かんだ」
「……俺の顔?」

待ち合わせをして、遅れてしまった時。
怒りも責めもせず、何かあったのかと心配してくれた時の顔と、言葉が。
もちろん責められないにしてもちゃんと謝った訳だが、優しく許してくれたことも含めて、思い出していた。

「抱かれそうになった時、……ヤツでは嫌だと感じた。
 ………お前が良いと、ほんの少し思った。少なくとも、お前相手ならば嫌ではないと」

つまり。

言わんとしていることを読み取り、一方通行はピシリと固まった。

(それは、つまり、そォいう、)

女が、この男になら抱かれても良いと思う理由は、好意、経済力、テクニック、このどれかだ。
当然、テクニックは除外。経済力も、彼女はむしろ一方通行には依存しないようにしている方だ。
そもそも売春になど耽る性格はしていない。これで二つの要素は除外。

となると。

だから、要するに。

「俺様は」
「待て」

一方通行はガバッと動き、彼女の口を手で塞いだ。
その顔は赤く、指先は震えている。
嬉しいのだが、その先を聞くと後戻り出来ない気がするのだ。
彼も彼で割と臆病な人間である。好きな子とこれ以上発展するのが怖かったりする。

「もがもが」
「俺は、そォいうンじゃ、…いや……」

もがもが。
もごもご。

時計の針が、二人を急かすように時を刻んでいた。


今回はここまで。
ちなみに叩かれてもむしろ"よく読んでくださっている"んだなあと思うので書くことはやめません。やめるとしたらスランプです。
やっと日常回に戻ってきました。


普通に書いているのですが、嫌いだろ、と決めつけられてしまうと美琴ちゃんの出番を無くす他対策がなくなる訳で。

(第三次世界大戦が起きてないのでサローニャちゃんに動機がなかったので…)
(ネタ被りと表現被りは不可抗力です…書いてる本数的に…)

もがもがンマちゃんかわいいです。家事をする一方さんはその内。















投下。


ようやく、手が引かれたところで。
フィアンマは深く息を吸い込み、じっと一方通行を見つめた。
琥珀の瞳に見据えられ、赤い瞳が無意識に泳ぐ。

「……俺様は、お前の事が好きだ」
「……」
「………と、思う」

一方通行の羞恥心と緊張が一気に吹っ飛んだ。
そんなギャグキャラではないのに、ベッドに勢いよく上体を倒しそうになる。

「…曖昧過ぎンだろ」
「冷静に考えると、俺様は恋をしたことがないんだ」
「……何?」

あのヒーローは、と言わんばかりの顔。
彼女は少し考えた後、困ったように言う。

「……俺様のあれは、依存心に近いものだった。恋愛感情のみではない」
「………」
「だから、感覚に自信が持てん。だが、周囲よりお前を優先させたいという考えはある」

或いは、自分よりも。
けれど、それが恋心などという甘酸っぱいものなのかわからない。
また依存心のぶり返し、対象の変化なのかもしれないし、同情なのかも。
うまく言葉に出来ない、と困惑した様子の彼女に、一方通行は苦く笑った。

「……自信を持って問題ねェだろ」

少なくとも、同情程度で抱かれても良いとは思わないはずだ。
一方通行の指摘に今更ながら自分の発言に羞恥を覚え。
今度は彼女が顔を赤くしてもごもごする番だった。


十月三十一日。

今日は楽しいハロウィンの日だった。
元より、日本という国はお祭り<イベント>好きの国である。
ありとあらゆる店が、ハロウィンという単語で商売をしようと試みるのだ。
もちろんそれは、学園都市だって同じ。
ハロウィンは収穫祭であると同時、日本における"お盆"と同じ。
死者が家族や身内の元へ帰ってくる催し、祭り事なのだった。

本当に、帰ってきたら、良いのに。

フィアンマはそんなことを思いながら、第一○学区へとやって来た。
その手には手作りのクッキーの箱と、豚肉のコーヒー煮込みが入った紙箱。
それから、ホワイトレースの花束。

「……食べさせてやれなくてすまなかったな」

墓石には、四文字の人名。

垣根帝督

その四文字だ。
この墓石の下に、彼の骨はない。
『超能力者』である彼の身柄自体は、検体としてどこかの研究所にでも引き取られただろう。
だからこそ一方通行は、この墓を建てた。

唯一、この世に居た友人と。
彼に謝りたい彼女のために。

フィアンマは、墓石の前に持ってきた料理と菓子を置いた。
花束も丁寧にそっと置き、それから、墓石を見つめる。
十字教流のお祈りをすれば良いのかどうか、判別がつかない。


迷った結果、祈りの言葉だけを贈り。
しゃがんだまま、フィアンマは友人に語りかけるように言葉を零した。
物理的には届かないとわかっていても、心の整理をひとまずつけるために。

「……俺様のせいで、振り回してしまったな。
 これからもずっと続いていくはずだった人生を、潰してしまった」

もし、仮にここに彼が居たのなら。
それは絶対に違うと否定しただろう。
俺がムカついてんのはあの男だけだ、とはっきり言うだろう。
彼女を泣かせたくないから、抱きしめるかもしれない。

でも、ここに彼は居ない。

戻ってもこない。

「結局、俺様がいたずらに生きながらえさせてしまった。
 ……お前を殺したのは俺様だ。違うとしても、同じようなことだ。
 幸之助は否定してくれたが、それはやはり事実だよ」

ごめんなさい。
どうか、私を恨んでください。

その言葉は、風に乗って消えていく。


墓参りを終えて。
フィアンマは第一○学区から出、店の多い区画へと向かった。
ハロウィンということで、店々はとかく賑わっている。
打ち止めに何か美味しそうなお菓子でも買ってあげよう、と思ったのだ。

「すまない、」

人にぶつかった。
慌てて謝ると、そこには魔女の仮装をした少女。

否。

仮装などではなかった。
コスプレする女の子が多いために目立たないだけで本物の魔女だった。

「問題ない。お前こそ怪我はしていないか?」

見目を少女の形に整えた、(元)魔神オティヌスの笑顔がそこにあった。


「『グレムリン』はひとまず解散したよ。お前を傷つけてまでやることはないからな」

世界の変革も、学園都市を潰すことも。
それらがフィアンマのためにならないのなら、やる必要はない、と彼女は言った。

雷神トールは経験値集めに再奔走。
マリアンはベルシと世界中を旅すると言っていた。
『投擲の槌』はマリアンについていった。
シギンとウートガルザロキは不明だが、恐らくマリアンと同じ道を辿っている。

らしい。

フィアンマはご馳走してもらったミルクティー(やたら高い)を恐る恐る啜る。
とっても美味しかった。ただ、気がかりなことがある。

「……オッレルスはどうなった」
「すっかり身を潜めたようだ。何の話も聞かないな」

調べたことには調べた、と彼女は言う。

「自殺している、或いは野垂れ死に。その可能性も高いだろう」

むしろそちらであって欲しい、とオティヌスは吐き捨てた。
正に犬猿の仲である。その表現すら生ぬるい程に。

「……それで、正真正銘私も一人になった訳なのだが」

にっこりと。
ブロンドの髪をふわふわとさせている少女は微笑んだ。
その愛らしい笑みは、この世界に存在する全ての男性の視線を集めることだって出来るだろう。
笑みを浮かべたまま、オティヌスは優しい声音で言った。

「私の花嫁になってくれないか?」
「げほ、」

噎せた。
どうしてこうなった、と彼女は涙目で口を押さえる羽目になった。


「お菓子買って買って、ってミサカはミサカはおねだりしてみたり!」
「面倒臭せェ……」
「お菓子くれないといたずらしちゃうぞーってミサカはミサカは言ってみる」
「へェへェ……」

彼女と過ごした一晩、一方通行には何もなかった。
いや、こういってしまうと語弊が生じることだろう。
少なくとも、関係性に改めて名前が付いたのだから。

恋人。

優しく、甘美で、素敵な響き。
しかしながら、一方通行にとっては恐れ多い響きでもあった。
自分のような罪人が、彼女の恋人になって良かったのだろうか。

『甘えてはいけないと、迷惑をかけてはならないと自らを律した』
『だが、お前はそれでも手を伸ばして、言葉通りに救い出してくれた』
『嬉しかった。安堵した。……本当に、……安心、したんだ』
『お前に何一つ恐怖を覚えなかった。他者に対して少しは持つマイナス感情を。
 俺様が求めたあの日々は、もう戻らない。……だが、お前には傍にいて欲しい』

だから。
恋人になってもらっても良いだろうか。
迷惑でなければ、好意が消えていないのであれば。

もう少しだけ、甘えてもいいかな。

最後の一言は、彼女の普段の口調らしからぬものだった。
普通の女の子の、弱々しい、甘え気味の言葉だった。
本来、彼女の素というものはああいったところなのかもしれない。


幸せにするから。
高い指輪を買ってあげよう。
一緒に家庭を築こう。
未来永劫後悔させないから。

素敵な言葉の羅列。
しかしながら同性愛である。
そこは無視したにせよ、関係性が浅すぎる。
そうでなくたって、フィアンマはもうこういった好意を受け入れる訳にはいかなかった。
別に、オッレルスからの忠告故ではなく。

単純に今はもう、恋人という最優先するべき人が出来たから。

店を破壊されたり彼女が自暴自棄になりませんようにと願いながら。
彼女はおずおずとオティヌスへ言い放った。事実を。

「……すまないが、俺様には恋人が居るんだ。だから、結婚は出来ない」
「な……に………?」

ガーン。

効果音が現実に目撃出来るとしたら、こんなところだろうか。
意外にも、怒ったり暴れたりする様はなかった。
見た目はともかく実際には大人だからかもしれない。

「……それならば、仕方がないか…ちなみに相手は…?」
「……お前もよく知っているはずだが」
「あの白髪少年か……」

がっくりと項垂れ、オティヌスはコーヒーを啜る。
彼女はフィアンマの能力に侵されてはいるものの、本性は人の幸福を願う人間だった。

「……もしもフラれたり泣かされたりしたら言ってくれ。殺してやるぞ。
 お前の手を汚させる訳にはいかないからな」
「物騒なことを言うな」


オティヌスと別れ、フィアンマは数あるお菓子売り場の中の一つへ来ていた。
ワゴンの中にはところ狭しと詰め込まれたかぼちゃの飴やら兎のマシュマロ。
かぼちゃの形をしているだけで、この飴は実際にはオレンジ味である。
どうせならかぼちゃ味にすれば良いのに、とフィアンマは思う。

「…ん」

ふと、視線が吸い寄せられた。
そこには、饅頭の姿があった。
ハロウィン仕様ということで、仮装したひよこの形をしている。
中身はカスタードクリームのようなので、正確には饅頭ではない。

「………」

ジャック・オ・ランタン風の帽子を被ったちびひよこ風ぷち饅頭。
デフォルメされたその見目は、丸っこく愛らしい。

「…か、わ」

いい。

姫と運命の出会いを果たした王子様のように、フィアンマは立ち止まり、固まっていた。
とてもかわいい。是非欲しい。このひよこを愛でてから食べたい。

しかし。

そのお値段は、非常にも彼女の前に立ち塞がる。

「………」

彼女は無能力者だ。学園都市においては、金の無い方の人間だ。
買えないことはないのだが、これを買ってしまうと打ち止めに何も買ってあげられなくなる。
もちろん、自分の能力をフル活用すれば値切ることだって出来るかもしれない。
だが、そんな風に能力を悪用してもロクなことにはならないだろう。

「………」

哀しいが、諦めるしかないのか。

悔しさに打ちひしがれ、フィアンマは唇を噛んだ。

「いたいた、ってミサカはミサカは抱きついてみたり!」

幼い少女が、抱きついてきた。


「……よォ」

打ち止めに遅れて、一方通行が近寄ってきた。
フィアンマは打ち止めの頭を撫でてやりつつ挨拶をする。
お菓子ワゴンを眺め、少女は目を輝かせた。

「このかぼちゃの飴が欲しいなってミサカはミサカはおねだりしてみる」
「……そこの小せェカゴに入れろ」

子供というのは無邪気なものだ。
一方通行から許可をもらった打ち止めは、ワゴン脇のミニカゴを手にする。
ぽいぽいと次から次へマシュマロや飴を入れていく。

「……食いきれる量以上に買うンじゃねェぞ」

一方通行は、元より金には困っていない。
なので、それだけ言うと後は彼女に向き直った。
フィアンマは、無邪気というには年齢を経ている。
なので、おこがましく一方通行にあのひよこが欲しいなどとは言わなかった。
恋人なのだから、少しはおねだりしても良いものなのだが、言わない。
嫌われたくないだとか、我が儘だと思われたくないだとか、そういったことではなく。
ただ、自分が欲しいものを誰かにねだって買ってもらうという発想が好きでないだけだ。
打ち止めや妹達のように幼く収入もないのならともかく。

「ハロウィン、ねェ」

馬鹿馬鹿しい、とばかりに一方通行は呟く。
フィアンマは小さく笑って、首を傾げた。

「お前は菓子はいらんのか」
「いらねェよ。既製品なンざガキの頃に食い尽くした」
「そうか」

一方通行はふと、ワゴンの中に手を突っ込んだ。
そして、ちょこんとしたひよこのお菓子を取り出す。
先程、フィアンマがじっと見つめていた商品だった。

「買ってやる」
「……何故だ?」
「オマエの手製の菓子目当て」

言いながら、一方通行は顔を逸らす。
照れ隠しをしていることは明白だった。

自分が欲しいものを、言ってもいないのに見抜いてくれた。

それが嬉しくて、フィアンマははにかんだ。
その笑顔が可愛くて、一方通行はプレゼント包装もしてもらおうと決意した。


今回はここまで。


(ふぇえ…いじめられるよう…不可抗力だよう… まあ同じ人間が書いてたら被りますからねー)
(多分目的を喪った魔術師は皆旅をするんじゃないですかね。『落第防止』出戻りも考えたのですがマリアンちゃんが嫌がるかなと)

やはり次回は水着回…いや十月にそれはないから何回にすれば良いのか。

















投下。


かわいい紙袋の中。
綺麗な包み紙。
赤い紙に青いリボンの小さな箱。
その中には愛らしいひよこの形のお菓子。
その全ては、それを手にしている少女のために。

「……」

無言だが、鼻歌でも歌いかねない上機嫌。
打ち止めはたんまりと美味しそうなお菓子を買ってもらい、それらが入った袋を手に笑んでいる。
彼女は自分がもらったお菓子もさることながら、フィアンマの機嫌が良い事に更に機嫌を良くしていた。
自分の好きな人が楽しそうなら、自分も楽しくなってくる。人とは例外を除いてそういう生き物だ。

「……」

一方通行はそんな二人を眺め。
ほんの僅か、目元を緩ませた。
どれだけ死地へ飛び込んでも、彼が守りたいものはこういう風景なのだ。
何でもない日常を謳歌する彼女と、打ち止めの姿。
この二人の笑顔があるならば、自分の居場所がそこになくとも、一方通行は構わない。





………そう、思っていたのだが。


「幸之助と打ち止めと歩いている時が、一番幸福だと感じるよ」
「ミサカも、ってミサカはミサカは便乗してみる」

少女二人が小さくはにかみあう。
一方通行は、視線を彷徨わせる。
そんなことを言われたら、自分の居場所も必要になってくる。

自分が此処に居ても、手放しで喜んでも良いような気分になってくる。

そんなことがあってはならないのに。

その考えは、魔神に身を任せるか否か悩んだ彼女と同一のものだと彼は気づかない。
当然、彼に救われたフィアンマが彼を救わないはずもなく。

「お前は、どうなんだ」

問いかけに。
一方通行は口ごもる。
これが他の人間相手ならば、お前には関係ないだろうと素っ気ない態度をとれるのに。
どうにも、彼女に相手には嘘も誤魔化しも言いづらいのだった。

「……否定はしねェよ」

結果、出てきたのはそんな言葉だった。
だが、彼女がそのような問いかけをしてくれたことで、精神的に満たされる。

自分は、必要とされている。

それは、人間にとって必要な感覚だ。


ガタンゴトン。

音にすれば、その様な感じで。
鉄道はその速度を下げることなく進んでいた。
時折訪れる揺れに眠気を覚えながら。
その度に、愛おしい背中の痛みが意識を覚醒させる。
お陰でもうあの日からずっと(とはいっても48時間程だが)眠れていない。
ぐじゅりと抉られた背中の傷が、内臓を痛めつけていた。
治癒術式はいくつかかけてみたものの、痛みは消えない。呪術によるものだからだ。

「……は、」

背もたれに身を預ける。
脂汗が出る程の激痛だったが、愛おしい痛みだった。
五年もの間想い続けてきた少女からの最後の痛みなのだから。

ふと。

ドアが開いた。

「……ご一緒しても問題ない?」

金髪の女性がそう問いかける。
オッレルスは頷いて、ぼんやりと窓の外を見つめた。


オッレルスの手には、一本のナイフ。
持ち手が赤い髪で結われた縄で出来ているもの。
彼の背中を突き刺し抉った、激痛の根源。
その持ち手を丁寧に撫でながら、オッレルスはぼんやりとしていた。
痛みがあまりにも引かないので、いっそ酒酔いの様な酩酊すら覚える。

『すまない』

俺様の、せいで。

震えた声が、今でも脳裏に蘇る。
謝らせてしまったことが、かえって申し訳ない。
自分は彼女の友人を殺したのだから、謝る必要なんてないのに。

「……」
「……ん?」

女性の視線に気がついた。
なかなか気が強そうな美人だな、とうっすら思う。

同時に。

……どこか、見覚えがあるような気もする。


「…そのナイフは?」
「…土産といったところかな。フラれてしまってね」
「…フラれた?」
「ああ。……五年間程想い続けていたんだが、あっさりと。
 ……謝罪までされる始末だ。情けない」

ふふ、と小さく笑って。
オッレルスは指先で持ち手を撫で続ける。
このナイフだけは、生涯手放すことはないだろう。
彼女が与えてくれたものは、痛みすら愛おしい。

「……確かに、情けないモンね。土壇場でダメなところは変わってない訳か」
「………ん? もしや君は、」

やはり見覚えがある。
彼女は、そうか、自分がまだ屋敷に次男として住んでいた頃。
唯一、自分を人間として扱ってくれた、年下のメイドだったはずだ。

「ここで会ったのはまったくの偶然だけど、久しぶり。
 もう主人じゃないから敬語は使わない。…行き先は?」

旧知の友人の様に話しかけてきてくれるのはありがたい。

魔神は少し考えて、困ったように言った。

「…決めていないんだ。君は?」
「とりあえず修行中だからね。行く場所は悩み中」
「……そうか」





―――フィアンマの願いは、必ず叶う。


一方通行の家へと到着する。
打ち止めはお菓子をテーブルに並べ、ぱたぱたと脚を揺らしていた。
そんな様子に心を和ませつつ、フィアンマは空いたスペースへ紙袋を置いた。

「これでしばらくお菓子には困らない、ってミサカはミサカは満足げ」
「……毎日食べていると太るがね」
「あう」

意地悪ではなく、事実を述べるフィアンマに項垂れる打ち止め。
ちゃんと計画的に食べるもん、などという反論はしているが、アホ毛が垂れている。
表情以上に彼女の気持ちを物語るこの毛は一体何なのだろう、とフィアンマは首を傾げた。
本日、黄泉川は警備員の業務に追われて居ない。
芳川は子供達だけの時間というものに配慮してか、リビングまでは出てこなかった。

「芳川におすそ分けついでにいたずらしてきます、ってミサカはミサカは行ってきます!」

言うなり、彼女はたたたたと駆けていく。
やがて部屋のドアが開けられ、閉まり、中から笑い声が聞こえてきた。
本当に、あの子供はいつまでもあんなような振る舞いな気がする。
思いつつ、フィアンマは紙袋を丁寧に、慈しむように撫でた。
人からもらったプレゼントは大切にする主義だ。欲しかったものならば尚更。

「……ン」

とん、とフィアンマの前にマグカップが置かれた。
中にはミルクティーが注がれてある。
匂いからして使用された茶葉はアールグレイだろう。

「流れで来たからとはいえ、手土産もなしに訪問しておいて施しをいただくのも申し訳ないが、ありがとう」
「……オマエ偉そうなのかすげェ丁寧なのかどっちかにしろよ」

別に、遠慮など必要ない。
手土産などなくてももてなそうという気持ちはある。
他人ではないのだから、迷惑や利害を考えずとも良い。

そんなようなことを、一方通行はごにょごにょと口にした。


ガチャリ、と不意にドアが開く。
芳川桔梗の部屋のドアだった。
打ち止めにイタズラされたのだろう、笑いを堪えつつ、クール系の女性が顔を覗かせる。
彼女は一方通行とフィアンマを見やり、笑い混じりのままにこう言った。

「今日、愛穂は戻ってこられないそうだから、食事当番よろしくお願いね。
 冷蔵庫の中身でどうしても賄えないのであれば買い出しも」
「あァ?」

何で俺が。
オマエが作れよ。

そう言わんばかりの視線が、芳川を睨みつける。
一応、彼女も一方通行の守る対象には入っている。
だが、打ち止めやフィアンマ相手のような負い目はないので、結構容赦なかったりするのだった。
芳川は肩をすくめ、部屋に閉じこもってしまう。
弁が立たない訳ではあるまいに、話し合うつもりはないらしい。
最も、打ち止めも一方通行のご飯が食べたい、などと便乗しそうなので、追及はしない。

「………オマエも食って行くか」
「良いのか?」

一方通行に誘われ、フィアンマは嬉しそうな雰囲気を纏って聞き返した。
彼女は正真正銘、家に帰れば一人ぼっちなのだ。
元親しい友人、現恋人と一緒に御飯を食べることが許されるのなら、そちらの方が良いに決まっている。

「……買い出し行ってる間、ガキの面倒看とけ」

それだけ芳川の部屋に声をかけると、一方通行はソファーから立ち上がる。
フィアンマも紅茶を飲み干し、同じく立ち上がった。




楽しい買い物デートである。


今回はここまで。

乙でしたー

11月辺りは余りイベント無いですからね、紅葉狩りとかどうでしょう…?
あとは…温水プール、温泉、冬服ショッピングとか……
もう少し寒い時期なら鍋物つついたり、おこたに入ってマッタリなんてのも見たいっす

乙自分探しの旅とかお前らどこのOLだよって思ったが、まぁ自分の目的と芯を見失ってからすぐそんな行動力ある魔術師さんたちはやっぱり精神的にもタフですごいんだなぁっておもいましたまる

次回は裸エプロン回か…楽しみだなーチラッ


>>138
ネタ提供ありがとうございます!

>>141
 一方さんと二人きりならともかく(震え声))














投下。


やって来たのは平凡なスーパーマーケットだ。
一方通行とフィアンマは、冷凍食品コーナーを眺めていた。
別に冷凍食品をそのまま晩御飯に回そうということではなく。
ベジタブルミックスとシーフードミックスなどを見ているのであった。

「打ち止めに好き嫌いはあるのか?」
「今ン所見当たらねェ」

しかし、その内発見されるかもしれない。

一方通行はそう解答し、冷凍肉に視線を向けた。
ミンチ肉である。彼の好物はハンバーグであった。
対して、フィアンマはシーフードミックスを手にする。
お徳用ではなく、通常サイズの方だ。

「幸之助」
「あン?」
「今日の夕飯はグラタンでどうだ」

指差した先、とろけるチーズ(お徳用大袋)が安くなっていた。
セットで買ってくださいとばかりにグラタンセットも傍らに積まれている。

「……悪くは、ねェな」

一方通行がフィアンマの意見を否定することは、まずなかった。


打ち止めと芳川、今夜戻らない(と思われる)黄泉川にはシーフードグラタン。
フィアンマと一方通行はミートグラタン。

そんな感じで本日の夕飯は決定した。
ホワイトソースはセット内の粉と牛乳で作る。
なので、今度は二人して牛乳コーナーへ立っていた。

牛乳一つで、ホワイトソース系の料理の味は変わる。
要するに脂肪分何%のものを使うか、という話である。

「……買うのは構わないが、重くなるな」
「……へばるような重さじゃねェだろ」
「いや、結構な重さだろう」
「能力使えば問題ねェ」
「ん? 俺様が持つ話をしているのだが」
「ンな重いモン持たせられるか。俺が持つ前提の話じゃなかったンかよ」

きょと、とした後に。
当然の様に重いものは自分が持つという態度の一方通行に、彼女は小さく笑った。
馬鹿にしている笑みではないとわかってはいるものの、彼はじろりと睨む。
その睨みに怯えるでもなく、彼女は口元に曲げた人差指側面をくっつけて上品にくすくすと笑う。

「まるで、結婚したばかりの新妻を気遣う夫の様な献身だと思っただけだ」
「……………バカじゃねェの」

それだけ絞り出すと、一方通行はぷいとそっぽを向いた。
缶コーヒーをドサドサかごに入れていく。
そんな態度が可愛く思えて、フィアンマはやっぱり笑ったままでいた。


買ったものを二つに分け。
重めのものは一方通行、軽めの袋はフィアンマが持ち。
二人は急ぐでもなく、のんびりと歩いて帰っていた。
幸運にも、スキルアウトに絡まれることはない。
辺りにはまだ幼稚園児相当の子供達が歩いていた。
各々魔女や骸骨男の仮装をしているが、デフォルメ的で愛らしい。
よく出来た人形の様だ、などと思いつつ。
フィアンマは今一度袋を持ち直し、てくてくと歩いていた。

一方。

一方通行はというと、視線を地面に落としている。
袋を片手に持っている訳なのだが。
空いている手同士を繋ごう、などとは言えない。
そんな勇気がなかった。度胸も。
人を傷つける勇気や覚悟と、人を愛でる度胸とはまた別のベクトルだ。

「………ン」

言葉では伝えられないのなら。

彼は、手を伸ばす。
そして、やや乱暴に、彼女の手を掴んだ。
しかし、そこからは優しく、芸術品にでも触れるように、握る。
彼女もそっと握り返し、慎重に指先を絡ませた。

視線が一度だけ合う。

今日に気恥ずかしい二人は、口ごもり、視線を地面へ向けた。


家に戻り、一緒にご飯を作り。
彼女の手伝い要請を受け、一方通行は慣れないながらも懸命に家事をした。
その姿が珍しく、故に何度か打ち止めに揶揄されたが、それでも放り出さなかった辺りは評価に値するだろう。
食べ終えた後、彼らは二人で皿洗い、及び皿拭き・収納を行った。

このまま、ずっとこんな時間が続けば良いのに。

どちらともなく、そう思った。
そんなことをわざわざ思うのは、元は平穏が許されない人間だからという自覚故か。

「…送ってやる」

食事を終え。
一方通行はそう告げて、フィアンマと共に歩いた。
彼女が自宅に到着するまで、安心出来ない。
またいつ何時何があるか、まったくわからないから。
一方通行はこれだけ説明され、関わって尚、魔術というものはよくわからない。
もちろん、子供のような理屈で暴力を振りかざす魔術師という生き物のことも。
だが、別に理解しなくて良いとも思っている。
知らない世界を理解せずとも、目の前の敵さえ排除すれば、彼女は安全なのだから。

「……ついてしまったな」

少しさみしげに、彼女はそう呟いた。
どこか元気がないように見えるのは気のせいではないだろう。

「なァ」
「ん?」
「………オマエ、予定はあるか。近々」
「いや、まったくもって余暇ばかりだが」
「そォか」

なら、また後で連絡することがある。

そう言って、彼は踵を返した。
フィアンマは家の鍵を開け、中に入る。




のどかな日常は、未だその光に影を落としてはいない。


今回はここまで。
「今度結婚するんだ。式に」→「そ、そっか。おめでとう…」→「ウェディングドレス着忘れないで来いよ」
っていうネタを見たので誰かフィアンマちゃん受けでお願いします。次回は恐らく水着回。

フィアンマちゃん受けなんてお前しか書けねえよwww
とにかく乙!!
まあ日常回もいいけど、早くドロドロした本筋も読みたいかな。

アンタぐらいしかいないよwwwww
アンタ通称「フィアンマの人」で判るレベルだしwwwwww

あと亀だけど>>53
夢話でいいなら美琴と和解してクレープを食べているフィアンマを書いてみたら?
現実とのギャップがあって悲しくなるが……(土曜日の朝10時30分アニメでそれされて欝になった)

ひとまず乙でしたー

上の方達に禿同、>>1以外にいないでしょう?

クレープネタは甘い物苦手な一方さんがフィアンマさんに進められて渋々口にして、コーヒーが引き立つから悪くねェとか言っちゃうのを妄想中


(おかしいよ…フィアンマちゃん可爱いのにどうして誰も書かないんだよ…出来る出来るそこで諦めんなって……そういえば次巻オレフィア新婚旅行らしいですね)

>>155
次回分辺りまた戦闘かもしれないです。

>>156
虚しくなるのでやめておきます…。

>>157
ネタ提供ありがとうございます。












投下。


手短にシャワータイムを済ませ。
フィアンマは欠伸を噛み殺し、ベッドに寝転んだ。
暇な時間に掃除をしているので、汚さはない。
グラタンは存外効いたらしく、腹は減らなかった。
ひき肉をあんなにいっぱい食べたのは久しぶりかもしれない、とフィアンマは思う。
元より、彼女は塩干系(ベーコンやハム)以外の肉はあまり食べない。
何かをしていて食事を忘れることなどしょっちゅうで、年中夏バテのようなものだ。
どのみち、何かを食べるにせよ、一食400グラム前後しか詰め込めない。
こまめに食事をすれば良いのだが、前述の通り彼女は食べることに執着がない。
なので、彼女に胸を含めた余計な肉がついていないのは仕方のないことである。

「………」

がさがさ。

音を立て、彼女は紙袋の中から小さな箱を取り出した。
本日、日中に一方通行から貰った例のひよこである。
ちなみに夕食後、材料を借りてクッキーを贈ってきた。
それにしてもイーブンにはならないな、と彼女はぼんやりと思い。

「……」

ふふ、と口元が緩む。
整った顔立ちを際限なく緩ませて、彼女はひよこを眺めた。
幼い頃にはこういったものを愛でられなかった分、今、時間を使って埋めようとしているのだ

ろうか。

「………食べるのが惜しいな」

しかし、いつか食べなければ腐敗することになる。壊れてしまう。
どうしてその辺りは普通の死体と何ら変わらないのだろう。
フィアンマは首を傾げ、普通の女の子らしからぬそんなことを思い、ひよこを置いて目を閉じた。


寝付けず、時刻は午後一時。
そういえば、彼は連絡を寄越すと言っていたような。
一体何の知らせなのだろうと考えていると、枕元の携帯電話が震えた。
手を伸ばして開き、届いたメールの文章を上から下までじっくりと眺める。

要約すると。

一緒に温水プールの施設に行こう、という話だった。
カチカチと慎重にボタンを押して、ひとまず承諾しつつ。

打ち止めは来るのか、黄泉川は、芳川は。
いつ頃行くのか、持っていくべきものはあるのか。
待ち合わせ時間は何時にするか、食事はどうするか。

おおよそイベントごとにおいて確認しておくべきことをメールする。
その辺りは学園都市第一位というべきか、既に考えてあったらしい。
頭の良さに基づく判断ブレの無さで、答えが返ってきた。
都合の悪い部分はメールのやり取りで調整し。

「プールか……」

行ったことはないな、とぼんやり思う。
ちなみに彼と二人とのことだった。
打ち止めや芳川達は同日、水族館に行く予定があるらしい。
彼氏と二人で遊ぶ。つまり、デート。

「……」

照れ臭いといえばそうだが、嬉しい。
何より、誘ってくれたことが嬉しかった。

振り返らなければならないことは沢山ある。
だが、それはきっと、死ぬ直前でも遅くはない。


十一月九日。

御坂美琴と上条当麻は、プール施設へとやって来た。
幸運なことに、美琴が後輩(あまり親しくない)にチケットをもらったからである。
何種類ものプールが楽しめるこの施設、チケットのお値段は高い。
が、レベル3からの能力しか在籍していない常盤台の学生にとってはそうでもないのだろう。
『よろしければお知り合いと…』と渡されたので、ありがたくもらってきたのだった。
何枚もあれば黒子や佐天といった友人を誘おうと思っていたのだが、受け取ったのは二枚。
そのため、美琴は自分の恋人である上条を誘ってやって来たのだ。

「ウォータースライダー、二種類もあるみたいね」
「一般的っつーか本格的っつーか…そういや」
「ん? 何よ」
「……うっかり能力使わないように気をつけてくれよ?」
「だ、大丈夫よ。ほら、能力対策済施設ってパンフレットにも書いてあるでしょ?」

水は電気を通す。
美琴がうっかり電撃を用いると一瞬で大惨事だ。
あんまり言いたくないけど、といった様子で注意する上条に、美琴は頬を膨らませる。
上条と付き合いはじめてからは無駄な能力使用をしていないことを、彼は知らない。
上条当麻という存在によって、彼女の能力制御が強く安定しているということも。

「お、本当だ」
「……当麻こそ、ラッキースケベするんじゃないわよ。私ならともかく」
「しねえよ! っていうかいつもしてる訳じゃないし!!」

注意された仕返しか、つーん、といった様子で美琴は言い放つ。
これまでも何度か、上条はうっかりコケるという不運と、その度に女の子のスカート内を見て

しまうという事態に見舞われている。
彼の不幸、もとい不運体質のせいだとわかってはいても、恋人としてはちょっと気に入らない。

「ほら脱衣所だぞ?」

話を逸らすがてら、上条はそう言って更衣室を指差した。
午前九時、施設が開錠されたばかりということで、人は少ない。
これは貸切状態も見込めるか、と上条は思った。

「着替えたらここで待ち合わせね」

告げて、美琴はパンフレットに記載されたマップの一部を指差す。
上条が確認して頷いたところで、彼女は女子更衣室へ消えていった。


午後一時。
待ち合わせ時間はまだまだ遠い。
フィアンマは財布の中のチケットを意識しつつ、施設近くのショップにいた。
ちなみにこちらのチケット、メールをした後日に郵送されてきたものである。
一枚位自分で買えたのに、などと思いつつ、突き返す程嫌な訳もなく。

「……んー」

何だかんだ今日まで買えなかった水着をどれにしよう、とフィアンマは悩んでいるのであった。
彼女は一方通行の好みを知らない。水着の好みどころか、女性の好みすら。
仮に聞いてみたところで、自分のことを考えて優しく、本音ではない返答が返ってくるだろう。

「こちらか、それとも」

可爱い系か、セクシー系か。
後者の場合は自分の場合胸も尻もないので強調してはいけない気がする。
となると前者な訳なのだが、当然露出度はガタ落ちする。
露出度は高めの方が良いのか、低めの方が良いのか。
それすらも迷って、結果、フィアンマは一方通行から習った通りに選ぶことにした。

「……かーみーさーまーのー」

彼女は未だ預言術式の簡略結果だと思っているそれである。


「いってらっしゃいいってきますってミサカはミサカは手を振ってみたりー!」
「ン」

騒がしい挨拶だ、と思いつつ、一方通行は打ち止めに手を振り返す。
打ち止めは黄泉川と芳川に連れられ、水族館へ向かっていった。
一方通行はというと、のんびりコーヒーを飲みつつ。
家人がいなくなった部屋で一人、服のコーディネートに悩んでいた。
水着は既に買ってあるし、すぐに着替えるのだから関係ないとはいっても。
好きな女の前で一切格好つけようとは思わないというヤツがいたらそれは男ではない、と一方通行は思う。

「……憑依してンじゃねェだろォな」

これじゃまるで垣根の思考回路だ、と思いつつ。
思考回路に影響する程、彼は友人として親密にしていたのだと再認識し。
それが何だかとても寂しくて、一方通行は口をつぐんだ。
彼はもう還ってはこない。自分がこの手で始末をつけた。
これ以降、彼のようなものが接触してきたとしたら、それは垣根帝督の皮を被った何かだ。

『俺の分も、守って、やれよ。もう、なにも、奪わせないって、その口で言ったんだろうが。
 もうこれ以上、フィアンマが誰かの都合に振り回されないように、してやれよ。 
 多分、それにはお前が一番向いてる。妹達の為だって、偽善者みてえに奔走してるテメェが』

「………」

垣根の最期の言葉を思い出す。
それを口の中で復唱すると、一方通行は選んだ服を着た。

「……安心しろ」

彼女は、絶対に守りぬく。
自分や、垣根が堕ちるべき地獄の様な目には遭わせない。

今一度そう思い、一方通行は外へ出た。


『ちょ、っぷわ、やばいやばいこれは!』
『そんなに怖い訳ないじゃない情けな…って勢い早っ!?』

美琴と上条は、二段階の内怖い方のウォータースライダーに居た。
二つのルートがある訳だが、どちらも水の流れが早い。
流れが早い上に流れている水の量も存外多い。
ちなみにこちら、怖い方(上レベル)だけあって三人まで同時に滑れる。
とはいえ、美琴と上条は二人で来たために二人で滑るのだが。

『……離すんじゃないわよ。……ぜ、絶対だからね!?』
『わかってるわかってる、』

上条がまず入口に座り。
それから、美琴が彼の脚の間に座った。
後ろからぎゅっと抱きしめてもらい、その手を掴む。

『よし、行くぞ』

言うなり、上条は勇気を出して前へ出る。
美琴の体を強く抱きしめたままに。

『これは早――――ッッ』
『ま、まってまっ、ひゃあああああああ!!!』

予想通り、素早いスピードで二人は滑っていった。


待ち合わせにやって来た一方通行は、何やら気合が入っていた。
いつも以上に服に気を遣っているという印象を、フィアンマは受けた。
が、そこで揶揄する程意地悪な性格はしていないし、揶揄する理由がない。

「早かったな」
「オマエの方が早かったじゃねェか」
「買い物をしてから来たものでな」

結局、水着は可爱い系のものにした。
ワンピースタイプのものだ。
妖艶な体つきをしていない自覚はあるので、身体のラインを強調するつもりはない。
というより、ありもしない色気を全面に出されても一方通行が困惑するだろうと思ってのこと

である。

「……行くか」
「そうだな。……幸之助」
「何だよ」
「手は、繋いでくれないのか」

微妙に距離を空けて、彼は歩いている。
彼女のおずおずとした提案に押し黙り。
それから、一方通行はそっと彼女の手を握った。


「はあ、楽しかったー…ふー」

脱衣所で着替えつつ、美琴は独り言を漏らした。
手を伸ばし、自販機でジュースを購入する。
紙パックのそれはオレンジミルクなるものだった。
甘すぎる点を除けば、なかなか美味しいと思う。

「……ん?」

ふと、着替えを終えてプールの方へ続くドアを開けた少女が視界に入った。
赤い髪だったような気がするが、すぐに見えなくなってしまう。

「……気のせいか」

もしや『彼女』かと思うも、人違いの恐れの方が高い。
なので、美琴は追いかけず、オレンジミルクを飲みながら制服に着替えた。


何となく落ち着かない。
緊張しているのだろうか、とフィアンマは一度だけ深呼吸をした。
三分程立ち尽くしていると、白髪の少年が近づいてきた。
服を脱ぐとその細さが際立つ。
フィアンマも細い方ではあるのだが、彼を見ているとこう思う。

(……もう少しダイエットをするべきだろうか)

これ以上痩せても彼女の場合骨が浮き出てくるだけなのだが。
一方通行は彼女の思考にも気づかず、彼女の姿だけを見ていた。
赤いレースと白い布生地の対比が目に眩しい。
彼女の肌も白いため、赤い水着が目立っていた。
赤といっても目に痛い色合いではなく、ちょっとピンク寄りかもしれない。
何はともあれ、似合っていた。ついでにいうと可愛らしい。

「……一応、店員に意見を聞きつつ購入はしたのだが」

じろじろとした視線に、もしやとてつもなく不似合いなのかと彼女は不安に思い。
その場でゆっくりくるりと回ってみせると、不安げに首を傾げた。
気が利いたコメントは出てこないので、一方通行は行動で表してみることにしてみた。

「………ん」

頭を撫でられる。
プラスの感情表現である優しいなで方だった。
フィアンマはそれを『似合っている』という言葉の代わりと正しく捉え。
はにかみ笑い混じり、少し照れ気味に、もごもごとお礼を言った。


何をして遊ぶか。

悩み、二人はウォータースライダーへとやって来た。
レベルが低い方の、勢いがさほど早くない方だ。

「幸之助は、こうして誰かとプールに来たことはあるのか」
「ねェよ」
「そうか。……お揃いだな」

咄嗟に照れ隠しで暴言を吐きそうになる一方通行だったが。
あまりにも悪意のない彼女の笑みに、開いた口をそのまま閉じる。

「……ここ座れ。滑るンだしよ」

促され、フィアンマは入口に座った。
流れが早くないとはいえ、少し緊張する。
そんな彼女を後ろから抱きしめ、一方通行は自分の右手でもって彼女の右手を握った。
緊張しつつ手を握り返し、フィアンマは軽く彼に寄りかかる。

「……身長、伸びたか?」
「……伸ばしたンだよ」

やがて滑り出す。
はじめて滑るウォータースライダーは、楽しいものだった。


流れるプール、泡の出るプール、ジュース風プール…。

様々なプールを楽しんだ二人は、温泉ゾーンへ来た。
温泉の薬効成分を研究して判明した要素の溶けたお湯。
要するに入浴剤のぶちこまれたあったかいぬるま湯である。

ちゃぷ。

緑色のお湯に浸かり、フィアンマは膝を抱える。
プールで泳ぎ、多少体は疲れていたのだろうか。
あたたかなお湯にじんわりと体が癒され、疲労を実感する。
楽しく遊んでいると、疲れは後々やってくるもの。
明日は筋肉痛になるかもしれないな、と彼女は思った。

「……温かいのは良いのだが、特性上水着が緩むのが難点だな」
「……脱げるとか言うンじゃねェぞ」
「言わんよ。言わないだけだが」

緩みつつある水着を抱きしめ、彼女は苦く笑った。
脱げてしまうというラッキースケベ状態にならないのは彼女の幸運故か。
一方通行はさりげなく視線を逸らし、売店を見やる。
薬効成分で、二人の身体に蓄積された疲労は丁寧に抜けていった。


温泉に入ると、汗をかく。
そうでなくとも、プールで遊ぶと人は汗をかくのだ。
運動なのだが、水中だとそのことに気がつかない。
喉が渇いた、ついでにいうと熱い。
そうぼやいた彼女を癒すため、一方通行はかき氷を買ってきた。
友人や恋人という言葉よりは縁遠い彼だったが、存外尽くすタイプである。
もっとも、それはフィアンマ相手だからかもしれない。
こき使われないと、かえって何かしてあげたくなるものである。

(日本人じゃねェのにな)

やけに控えめなところがある。
口調こそ尊大だが、傲慢でもない。
何かを遠慮しているのだろうか、と一方通行は推測して。

「ん、む。………ん」

ずい。

スプーンが口元に近づけられた。
銀色の匙、そこに乗っているのは赤いシロップのかかった細やかな氷。

「……オマエの分だ、それは」
「一口位共有しても良いだろう」
「甘いモンは好きじゃねェ」
「あーん」
「……聞けっつゥの………」

不満そうなぼやきだが、不機嫌オーラは出ていない。
これじゃバカップルだと思いながらも、一方通行はスプーンを口に含む。
爽やかで甘い苺の味が、口の中と心を満たしていった。


今回はここまで。
生体電気の一つや二つイジって身長伸ばしてそうな山田くん。彼女が高身長故。


フィアンマちゃんは萌えの塊。だがあざとくはない。















投下。



午後から遊んでいたこともあり、すっかり空は暗くなっていた。

時刻は午後六時。
家に帰るにはまだ早いし、二人には学校の課題という束縛もない。
そんな訳で、一方通行とフィアンマはファミレスへ来ていた。
別に一方通行の家で作って食べても良かったのだが、疲れを考慮しての外食だ。
これ以上疲れると明日起き上がれなくなる恐れが高いのである。

「紅葉狩りパフェか……」
「特別なモンでも乗ってンのか」
「もみじ饅頭とやらが乗っているそうだが」
「………食いてェなら食えばイイだろ」
「しかしお前に金を払ってもらうのに余計なものを頼むというのもな」
「……」

でも、自分の財布で賄うには高い。

発言の数々に悪意はなく、イヤミやプレッシャーではない。
自分の金では辛いというのも本音だろうし、奢ってもらうのも申し訳ないというのも本音だろう。
写真を見る限りでは、普通のチョコレートパフェに抹茶アイスともみじ饅頭が三個分程乗っかっている。

「………」

彼女はじっとデザートコーナー、そのパフェを見つめた後。
それからようやく諦めをつけ、ハンバーグコーナーへと視線を移した。

せっかく彼氏が目の前に居て飯を奢ると言っているのに。

甘えようとしない事に、一方通行は少しだけ腹が立った。
自分ではないのだから、もっと好意や厚意に甘えれば良いのに。
控えめなところも好きといえばそうだが、自己犠牲は気に食わない。


「俺が」
「……ん?」
「……一口食う。残りはオマエにやるから注文しろ、一つ」
「………良いのか?」
「俺が食ってみてェンだよ」

言いくるめる術など知らない。
なら、泥を被るしかない。

あくまで自分の為だと言い張る一方通行に、フィアンマは心底嬉しそうな笑みを浮かべた。
別に気遣いを要求していた訳ではないし、真面目に諦めていたのだが。
こうして優しくされて嫌な気分になる人間は居ない。
知らず知らずプレッシャーをかけてしまったか、と彼女は首を傾げ。
だとしても無視は出来たはずだと思い返せば、尚更嬉しい。



食事を終え、デザートが運ばれてきた。
予想通りというか何というか、一方通行は食事で満腹だと言い張り。
結局、彼女がパフェ全てを食べる権利を得た。
口の中の紅葉饅頭はあっという間に水分を奪っていくが、甘くて美味しい。
アイスの上、彩に乗っている紅葉柄のゼリーは涼やかで綺麗だった。
紅葉狩りパフェと銘打つだけあって、紅葉狩りの代わりになる…とは言わないまでも目にも楽しい甘味だ。

「……美味しい」

呟き、彼女はにこにこと笑みを浮かべた。
軽くキレた時に浮かぶそれではなく、喜色に満ちたものだった。
そォか、と淡々と相槌を打ち、一方通行は水を飲む。
今日のデートはひとまず成功といって申し分ないようである。


ごぽ。

水の中に産まれた気泡が、上に昇っていく。
その動きを眺めながら、明るい髪色の少女は首を傾げた。
顔立ちは御坂美琴に似ていて、オリジナルよりも数歳年上。
髪色は、かつての垣根帝督によく似ていた。
目の色も、僅かな挙措すらも。

『……、』

ごぼり。

再び、泡が上へ昇る。
どこまでも軽薄そうな男が、似合わない白衣を脱ぎつつ話しかけてきた。

「いやー、垣根帝督の精神性多少入れ込んでも発現するもんだなあ。 
 データ上の存在で本人はおっ死んでるとはいえ、流石は生産性の第二位。馴染むわ。
 ミサカネットワークちゃんにはちゃーんと繋がっちゃってるかなぁ?」
『………』
「おう、おうおうおうっと。自己紹介しとくか、どうせ死ぬ予定だけど。
 俺は木原乱数。お前はー……あー、名前考えるの超メンドいし、自分で決めて良いぜ」

言いながら、男はカチリと何かのスイッチを押した。

「………ぁ」

学習装置(テスタメント)で叩き込まれた知識が、頭の中でぐるぐると回る。
そんな彼女に戦闘用にしつらえたスーツを着せ、乱数はのんびりと伸びをした。

「っつーことで。ま、女の方は生かして連れてきてー。
 許可はもらってるし、第一位はぶっ殺していいから」
「……はいはい」

返事をして、彼女は欠伸を漏らす。
そして、何を考えるでもなく仮面を被った。


ああ、楽しかった。
ここまで楽しいと、後々何かないか心配になる程だ。

思いつつ、フィアンマは家へ戻ってきた。
シャワーを浴び、水着を片付け、掃除をする。
部屋掃除を終えてベッドに横たわると、疲れがじんわりと抜けていった。

「ふぁ、」

あくびが漏れる。
このまま眠ってしまおう、と目を瞑った。
何だかんだで時刻は午前一時。
もっと夜型とは程遠い生活をしなければな、と思う。


不意な停電に気がついたのは、午前三時のことだった。
二時間睡眠でまだまだ眠い目を擦り、フィアンマは起き上がる。
体中は疲れが残った影響でだるかったが、我慢して状況を探った。

よくよく見れば、停電ではない。

ただ、電灯が壊されていただけだ。

「っ、」

人の呼吸音が、自分以外に存在する。
ぞっとして、彼女は窓を開けた。
幽霊の存在など信じていない。ないとは思わないが、今はその存在のせいだとは思わない。
そして、その読みは正しかった。
幽霊などではなく、それは明確な襲撃者だった。

「おいおいひでえな、そんなに逃げることねえだろ」

少女の声。
しかし、トーンはまるで―――垣根のような。

バチン、と紫電が走る。
フィアンマが咄嗟に身を低めた瞬間、磁力で打ち出された鉄釘が壁に突き刺さる。
フィアンマは懐に携帯電話をしまいこみ、唇を噛んで窓から飛び降りた。
五階という高さから命綱もなしに、というのは文字通り自殺行為。
だが、彼女は自分の幸運に自信があった。

「っふ……」

住人がうっかりしまい忘れたらしいビニールプールに着地する。
それでも抑え込めなかった衝撃が僅かに身を痛ませるが、立ち止まっている暇はない。
ふらふらと地面に手をつき、彼女は立ち上がって走り出した。
裸足だが、幸いにして、幸運にも、釘や硝子片は落ちていない。

「な、ん」

疑問を抱え込み、フィアンマは携帯電話を操作する。
二回程のコールの後、通話は繋がった。

『どォしたフィアンマ、こンなじか』
「たす、けて」


息切れをしながら、それだけ言った。
どこまで伝わるかはわからないが、現在地を口にする。
バチン、という静電気のような音に身が竦む。
慌てて壁に身を隠すと、鉄釘がコンクリートに突き刺さった。
命中していればどうなるかなど、考えるまでもなくわかる。

「どこいっちゃったわけー? ミサカから逃げようってなら無駄だよ」

一方通行を呼ぶべきではないのかもしれない。
相手の一人称からして、『妹達』の関係者なのかもしれない。
それでも、頼りたいと思ってしまったのは、自分が弱くなったからだろう。

当然。

一方通行は迷惑に感じるでもなく、返答をした。

『すぐ、行く』

それだけ言うと、彼は通話を切った。
睡眠に入っていたため、薄着に夜風は冷たく当たる。
睡眠の足りない冷えた体は動きが遅く、逃げきれるかもわからない。
彼が来れば大丈夫だという確証もないが、捕まってはいけない気がした。


ボタ。
  


頭上から、何かが垂れてきた。
それは、溶けた蝋燭の蝋だった。
触れればただの火傷では済まされない。
恐る恐る視線を上げてみれば、そこには白い仮面。
その向こうにちらと透けて見えるのは、妹達と垣根を二で割ったような少女の。

悪意に満ちた笑み。

「みぃつけた」

鋭く改造された凶悪な鉄釘が。
無慈悲な弾丸が、彼女を撃ち抜こうとしていた。





「なン、だよ。……それ…」
         学園都市第一位――― 一方通行




「もと、もと。俺様は、もう、目だったのだから、だい、じょ、」
            『強制善意』――――フィアンマ




「もちろん、対策はしてある。フィアンマが命乞いをしても、このミサカには通用しねえ」
                         私欲で造られた『妹達』―――番外個体(ミサカワースト)  




今回はここまで。
(よくフィアンマさんと垣根くんビジュアル被ってるって言われるけどミサワちゃんの方が被ってる気がしていた)


全然大丈夫じゃない。泣いた。
















投下。


「よーし、経過は順調」

木原乱数は、のんびりとモニターを眺めながら機嫌良さそうに言った。
彼は名前からもわかるように、かの木原一族の一人。
専攻は『世界平和』であり、主な研究内容は人心の同調一致だ。
故に、これまでは『心理掌握』などをメインとして詳しく調べ、人の心の動きの操作実験をしていた。
どんなに平和な目的を持って、良いことをしようとしても、所詮は"木原"。
善意すら悪意を持って使用してしまう天性の才能と感性は変えられない。

故に。

彼は手っ取り早く人の心を同調させられそうなものに目をつけた。
『外』からの多数の侵入者が狙い、第一位・第二位と親しい学生。
無能力者判定こそ受けているものの、珍しい『原石』。

『強制善意(グラフトアフェクション)』。

善意を押し付け、厚意を向けさせる能力。

一言で言えば、『絶対に自分を好きになってもらうチカラ』。

これを使えば、世界平和を容易に実現させられそうだ。
『好き』という感情で全ての人々の精神を同調させられるのだから。
スポーツの熱狂を調べた時に得られたデータを使うより、余程手っ取り早い。
今は名前だけの学校に籍を置き、研究所にも属していないようだ。

調べたい。

木原乱数の知識欲が掻き立てられた。
こんなに素晴らしい検体を放っておくなどもったいない。
自分の手腕ならば、彼女の能力を調べ尽くし、使用可能なものにたくさん"加工"出来るはずだ。
事実、能力者の限界を超えさせてでも研究する木原一族に、基本的に不可能などなかった。

だが。

それは同時に、フィアンマという少女の最終的な死を意味する。
少なくとも、精神を研究し尽くしたプロの手にかかって廃人とならない理由もないだろう。


彼が見つめるモニターの向こう側。
垣根帝督の精神性を混ぜた『妹達』の個体―――様々な薬品を用いた戦闘特化型が、フィアンマを襲撃していた。

「そーいや、モルモットちゃんの能力範囲はどこまでだっけか…? アンノウンなんだよな」

うっかり能力被害に遭っては大変だな、と乱数は肩を竦め。
フィアンマが見える時はなるべく見ないようにしつつ、欠伸を噛み殺した。

『このミサカは、……番外個体(ミサカワースト)とでも名乗っておこうかな。
 恐らく、産まれてきちゃいけなかった類の生き物だしね』

モニター越し、そう名乗った彼女は、御坂美琴のクローン。
『妹達』よりも更に薬品を追加し、成長させ、学習装置で知識を叩き込んだ一品。
その体にはいくつかの装置を埋め込んであり、ミサカネットワークを読み取ることは出来ても、命令は拒絶する。
言うなれば、エクセルのファイルデータを読み取り専用で開いていることと同じ。
見て、学ぶことが出来て、しかして、書き込みは出来ないし、干渉もされない。
ミサカネットワークからは『悪意』を抽出して読み込むように設定して生み出した。

垣根帝督の精神性を入れた理由は簡単だ。

生産性の第二位の思考を取り入れ、能力強度(レベル)の飛躍。
加えて、一方通行とフィアンマが攻撃を躊躇うように、だ。

「……まー、もっとも? あの女の方の能力は命乞いしか役に立たねえみたいですけど?」

明るい独り言。
未研究の少ないデータからフィアンマの能力をある程度推し量れる辺り、流石は木原ということか。
番外個体は勝っても負けても、フィアンマを奪取し、或いは戦闘不能の回収状態にし。
一方通行を殺害するか、殺害出来ずに自分が戦闘不能になった場合、自動的に身体に仕掛けられた『ブロッカー』により、死亡する。

一方通行が手加減すればフィアンマが連れて行かれ、心身、或いは精神を殺される。
一方通行が本気で殺害すれば、妹達を―――ましてや友人の垣根までを"また"殺したという罪悪感で自滅する。

どちらに転んでも、乱数にとっては面白い見世物だ。
一方通行が"壊れた"時どうなるかはわからないし、正直興味はない。
だが、自殺してしまうにしても暴れるにしても、フィアンマは絶望するだろう。
心の底から絶望した人間は抵抗をしないものだ。何にせよ回収は可能。

「いやー、おもしれえわ。そんじょそこらのバラエティーじゃ比較になんねえ最高のエンターテイメントっ。
 やっぱこういう"どう転がっても誰かが死ぬ"っつーのはドラマのお決まりでもあるし? 腹筋よじれそ」

ゲラゲラゲラ、と下品に笑って。
乱数は、番外個体の命を握るスマートフォンを操作した。
『未元物質』という能力の復元は出来なかったが、ある程度の物質は製造・確保出来た。
それらを引用して番外個体を使い潰すまで"補修"し続ければするだけ、エンターテイメントは過激に彩られる。


咄嗟に横に転がる。
鉄釘が頬を掠り、血液を纏って地面に突き刺さった。
かなりの勢いで撃ちだしているらしい。
体に受ければ貫通は避けられまい。

「は、」
「エロい格好。"俺が生きてる時"も見たかったな」

声は、妹達に似ている、女のものだ。
なのに、口調も、トーンも、雰囲気も。
その全てが垣根帝督のものでしかなくて、フィアンマは唇を噛む。

自分が、彼を殺した。
自分が居なければ、彼は死なずに済んだ。

ギリリ、と歯を食いしばる。
余計なことを考えている場合ではない。
自責の念が体を固めそうになるが、物陰へどうにか身を隠す。
ワンピース状の寝衣は掠った電撃などで破れている。
下着が見える程にボロボロの彼女は、寒さに耐えていた。


ガドン、という音がした。
コンクリートの破片が大量に飛んでくる。
だが、その軌道全てはフィアンマを避けたものだった。
番外個体は逐次砂鉄の盾を作り出して撃墜する。

「フィアンマ、」

軽く息を切らせた一方通行が、手を伸ばした。
彼女の手を掴み、自分の後ろへ庇う。

「は、避け損ねちまったよ。ミサカとしたことが」

一方通行は、目の前の敵を見やる。
白い仮面にはヒビが入っていた。

嫌な予感が、する。

思わず身を凍らせる一方通行の前で、仮面はバラバラに崩れ落ちていった。

「久しぶりだな、一方通行。ここはミサカって名乗るべき? 
 それとも、垣根帝督って名乗っちまった方が良いのかね」

妹達の体に、垣根帝督の心。

一方通行が二度と手をかけたくないと思っているものを混ぜた、最悪の敵。
彼女は垣根の様に肩を竦め、妹達のように手へ紫電を纏わせる。

「は、驚いたかよ、第一位。ミサカは『妹達』と同じ、御坂美琴の体細胞クローン―――番外個体。
 ちょっとした目的で派遣されてね。そこの女を持って帰ればゲームクリアなんだけど、ついでにアンタも殺すよ。
 説明しておくね。このミサカは身体にいろーーーーんな仕掛けを持ってるから、上位命令は受け付けませぇん☆
 ……ミサカネットワークから『悪意』を抽出して自動取得する脳の作りになってるから、今、ミサカはアンタが憎い。
 何ショック受けた顔してんの? まさか、第一位サマの公開オナニーなんかでミサカ達の殺された無念が消えるとでも思ってた?」

一言一言が、心をえぐる。
彼女の笑みは、どろどろに蕩けた蝋のように歪んでいく。

「そうそう。そこの女にしても、もちろん、対策はしてある。
 フィアンマが命乞いをしても、このミサカには通用しねえ」
「その、髪に……口調、は」
「おっと、抜けてたね。そうそう、垣根帝督の精神性を植えつけられてるんだ。
 だから、絶対能力者進化実験の時のミサカ達の思考パターンをあてにしない方が良いよ。
 今のこのミサカは、色々と混ぜられたモノだからさ。どうせ死ぬんだから、遊んじゃったんだろ」


「なン、だよ。……それ…」

呆然と、一方通行が呟く。
妹達に恨まれていた、悪意を抽出して得ているからお前が憎い、それはわかる。
だが、何故そこに彼女が絡んでくるのかがまったく理解出来ない。

それに、どうして―――どうして、垣根の思考パターンなど持っているのか。

彼は死んだ。
自分がこの手で脳を処分した。
考えが甘かったとでもいうのか。
あれで死者の尊厳を守れたと思ったこと自体が、生ぬるかったのか。

「……俺を殺すのは構わねェ、好きにしろ。オマエにゃ殺されても仕方ねェ理由が山ほどある。
 だが、この女は関係ねェだろォが。連れて行く? 馬鹿言うンじゃ、」
「嫌な現実から目を逸らすのが得意だね、第一位。もしかしてガキの頃はお人形遊び好きだったのか? 
 言っただろ。お前はオマケ。どっちかっていえば、その女を持って帰る方が優先。ま、抵抗不可能にすりゃいいんだけど」
「この女は無能力者だ。研究価値なンざねェ」
「あるんだなあ、それが」

彼女は指先に鉄釘を挟む。
先端が鋭く、返しがついている"殺し用"の鉄釘を。
にっこりとした笑みはどこか、垣根の面影があるかもしれない。

「『強制善意』。皆に好きになってもらうチカラ。それを応用すれば世界平和が実現可能ってのはわかるだろ?」

それがわからない程馬鹿でもないだろう、と彼女は笑みを浮かべたままに言った。

「このミサカを作り出した研究者さんはそれを研究したいんだって。
 で、非人道的な実験になっちゃうから、障害物減らしたいんだよ。
 要するに、その女を守ろうとする第一位とか、そういう邪魔者を消したいってことだ」
「………」


一方通行から感じる殺意に、番外個体は笑みから一転して無表情になった。
それから、悲しげに視線を地面へ落としてみせる。

「……ミサカを殺しちゃう? 俺の脳をまたグチャグチャにしちまうのか? 
 ひでえな。妹達のことを守るって決めたんじゃなかったのかよ。
 俺のこと、友達だって思ってくれてたんだろ。なのに、殺せるのか。殺せちまうのかよ?」

『妹達』と、『垣根帝督』。
その両方が、一方通行の精神を追い詰め、責め立てる。
鉄釘が発射された。

退けば彼女の命はない。
『反射』をすれば番外個体を傷つける。

悩みに悩んだ彼は、能力を行使出来ず。
ただ立ち尽くすだけの非力な少年の脚に、鉄釘が突き刺さった。

「が、ッァァアアアアアアア!!!」

まるで紐でも持つように、番外個体は指先を引いた。
電磁ラインが繋がっているのだろう、鉄釘が引き抜かれる。
当然、その釘には返しがついていた。

簡単な話。

飲み込んだ釣り針を、魚の口から無理やり引き抜いたらどうなるか。


血だまりが広がった。
肉が付着した鉄釘が彼女の手元へ戻る。
一方通行は耐え切れぬ激痛に崩れ落ちた。

反撃してはいけない。
防御方法には相手を傷つけるデメリットがある。
逃げても同じことの繰り返し。
無条件降伏をすればフィアンマが連れて行かれる。

非人道的実験に、彼女を使われたくない。
たとえ世界が滅んだって、彼女には傷ついて欲しくない。

誰をとっても、誰かが死ぬ。

「ちなみに。うまく手加減して戦闘不能にしたところで、ミサカは死ぬよ。
 体内に植え付けられた『ブロッカー』。これに信号を受ければ、爆発する。
 小規模な爆発だから、体内がめちゃくちゃになるだけだけどね」

それは、確定事項。

自分が死ねば解決する訳ではない。
殺すことは許されない。

思考の海に沈む一方通行の肩を、鉄釘が貫通する。
あまりにも痛みが強すぎて、いっそ感覚ごと麻痺してしまう。


「や、めろ」

血肉の夥しく広がる地面。
フィアンマは一方通行の前へ飛び出た。
番外個体を睨み、何の力もない腕で一方通行を庇う。

「お前の狙いは俺様だろう」
「んー。目的はな。けど、お前は生きて持っていけば良いって言われてるから」

物品扱いの発言。
一方通行は、それだけはダメだ、と彼女の手を力なく撫でた。
そんな二人を見て、番外個体は舌打ちする。

妹達の憎悪。
垣根帝督の嫉妬。

その両方が合わさって、強い衝動が生み出される。

「あー。ダメだ、ムカついた。とりあえず抵抗不可能にしちまうか」

どっちを先にやっても良いはずだ。
ギリギリと歯ぎしりをし、番外個体はフィアンマを睨んだ。
ミサカネットワークの悪意しか受け取らない彼女は、フィアンマに嫉妬しかしていない。

償いの対象たる自分達より余程優遇されている少女。
人に好かれる能力を持ち、沢山の人に"一番"だと、必要とされる。
ピンチの時にはいつだって誰かが駆けつけてきてくれる。

羨ましい、妬ましい。

そこに、垣根帝督の精神性の一部―――短気が加われば、後は言うまでもない。


細めの鉄釘が、恐るべきスピードで飛んできた。
だが、フィアンマは一方通行の前を退こうとは思わなかった。

あの日。

垣根の申し出を断っていれば。
こんな能力さえなければ。
魔神の好意を受け入れなければ。

こんなことにはならなかった。
一方通行だって、脚を抉られずに済んだ。
妹達が自分に悪意をもっていても、自業自得だ。

誰にも、許してもらえない。

オッレルスの許しを一度だけ受けたが、それ以外は絶対に許してもらえない。
これはきっと罰なのだ。多くの人を傷つけた、罰。

ぐちゃり

嫌な音がして、右側の視界が消えた。
否、赤黒く染まった。続いて、発狂してしまいそうな激痛が押し寄せる。
細い鉄釘が、フィアンマの目に突き刺さった。
『幸運にも』脳までは貫通しなかったが、眼球は潰され、使い物にならない。

「ァ、」

一方通行はその時。
自分が傷つけられるより余程酷い痛みを今一度思い知らされた。
打ち止めを救えないと悟った時。
手を離してしまった時の、あの後悔と絶望が蘇る。

「い、あ、っぎッ、が……!!」

歯を食いしばり、舌を噛みそうになる衝動を抑え込む。


あまりの激痛に、感覚がおかしくなったのか。
或いは、痛みで気をやってしまったのか。
はたまた、大量出血によるショック症状の一つなのか。

彼女は笑っていた。

笑いながら、しゃがみこまず、ひれ伏さず、立っていた。
文字通りの血の涙を流しながら、一方通行に向けて言う。

「もと、もと。俺様は、もう、目だったのだから、だい、じょ、」

うぶ、だよ。

振り返って見せた微笑は、優しいものだった。
自分が初めて出会った時、お礼を言ってくれた時と同じ。
この笑顔だけは崩して欲しくないと、思った。

「片目位、見えずとも問題はない。それに、研究といっても、能力関連だろう。
 予測するに、精神的なものだ。だから、……身体的な死は免れるやもしれんな。
 だから、…………もう、いい。頑張らなくて良い。俺様の為に戦わなくていい。
 そんなことをする必要はどこにもない。帝督の様に死にたい訳でも、ないんだろう」

番外個体は、彼女の様子に動揺を隠せず、一時的に攻撃を停止していた。
右目に釘が刺さったまま、彼女は立ち上がることの出来ない一方通行の頭を撫でた。

「俺様が、記憶を無くして、滅茶苦茶にされて、まともに指先一つ動かせなくなっても。
 笑ったり泣いたり出来なくても。死体にも劣る、意思のない生き物になったとしても」

研究された結果、どのような化けものか、或いは人間と呼ぶもおぞましい"検体"になっても。










「―――――また、こいびとになってくれる?」


今回はここまで。


番外垣根の発想は無かったわ
ミサカだったり俺だったりするのがあしゅら男爵風に見えてしまう

ところで、展開予想の類になるから黙ってたけどなんかそんな空気じゃないから言っちゃうけど、
フィアンマの美琴への祈りって子や孫に囲まれて老衰で逝く少し前に死ぬとかそういうオチかと思ってた


原作じゃ打ち止め最優先だったのが、こっちじゃフィアンマ最優先じゃ妹達の悪意もそりゃ割増するわな……
打ち止めでさえ、MNWの統轄なだけで実験で犠牲になる予定もなかった個体で、贖罪相手として妥当なわけでもないのに

つーか一方通行は反射や反撃しないのはいいとして、自分の血流操作くらいすればいいのに何故わざわざ出血サービスしてるのか



>>237
(当たらずとも遠からず)

>>239
あっ……多分あの、能力発動誤って番外ちゃんに何かしちゃう恐怖とかじゃないですかね(目逸らし)













投下。


自分は、何をしているんだろう。
葛藤という余計なものに囚われ、立ち上がることもせず。
こんな傷だらけの彼女にこんなことを言わせて。
守ると決めたものを一つも守れずに、無様に地べたを這いつくばっている。

「…………」

立ち上がらなければ。
歯を食いしばる一方通行と、覚悟を決めた様子のフィアンマを見て。
番外個体はようやく己を取り戻し、退屈そうに欠伸を漏らしてみせた。

「……あのさ。もしかして、自分は被害者だとか思ってる?」
「……」
「一方通行は直接的な加害者だからともかく。
 ミサカ達を救って"やった"自分は今回純粋に被害者だ、とか思っちゃってない?」

フィアンマは、片目で番外個体を見やる。
彼女は手の中で鉄釘を弄び、にやにやと笑った。
妹達の悪意は全て吸収する彼女にとっての敵は、一方通行だけではない。
主な感情は嫉妬だが、確かにフィアンマのことも憎らしいのだ。

「ミサカ達はあなたに助けて欲しいなんて一言も言ってない。
 ま、百歩譲って助けるだけならともかく。
 どうして、あなたが第一位を許しちゃってる訳? おかしいでしょ。
 ましてや、第一位と恋人になっちゃうだなんて思わなかったよ。
 そいつがどれだけ人殺しかわかってて勝手に許すってことは、あなたも加害者と同じ」
「……、」

滅茶苦茶な理論といえばそうだが、間違ってもいない。
愛して許すということは、同じ罪を背負うこと。
なら、同等の罪を被って加害者だと認めろ。
そもそも、頼んでもいないのに救って偽善者ぶるな、恩着せがましいことをするな。

向けられる悪意に、フィアンマは黙って罵詈雑言を聞いた。


「"俺"にしたってそうだ。テメェのせいで無駄死にさせられたってのにまるでわかってねえ。
 俺の好意を良い具合に弄んで、最後には遠まわしに殺しやがった。酷いモンだよなあ?」

垣根帝督の悪意が牙を剥く。
フィアンマは自分の服を一部割いて一方通行の脚を縛り、止血して。
それから、絞り出すように、贖罪の言葉を紡ごうとして。

「大体さ、幻想殺しに捨てられたからってすぐさま一方通行に移るってのは考えモンじゃねえの?」

上条を引き合いに出された。
彼女の精神の未だ大幅を占める彼を。

「………」

すぅ、とフィアンマの左目が細まる。
立ち上がろうとした一方通行を制し、フィアンマは番外個体を見つめた。

「そういう尻軽だから、幻想殺しも見捨てちまったんじゃねえかな。
 ミサカ達を助けてくれたような優しいヒーローさんが見捨てるんだから余程の非が、」


次の瞬間。
番外個体は、首筋に熱さが降りかかったことに気がついた。
目を見開き、恐る恐る、自分の首筋に手をあてがう。

手が、ぬるつく。

見やれば、赤い鮮血。
シャワーの様に、番外個体の細い首から、血液が吹き出していた。

「あ……?」

垣根帝督の精神性、口調、妹達の見目。
これらを組み合わせた自分は、ことこの戦闘において完全有利だったはずだ。
家畜を屠殺する管理者の如く、彼らと自分の差は決定的だったはずなのに。

「………知った様な口を利くな」

どこから取り出したのか。
否、通常の物理法則では考えられない。
フィアンマはいつの間にか番外個体の間合いに入り、手にした金色のナイフで番外個体の首筋を切っていた。
頚動脈こそ切られてはいないものの、このまま放り置けば死ぬ。
後ずさろうとする番外個体に手を伸ばし、フィアンマはそのまま首を絞めた。

違う。

傷口に、その指を突っ込んだのだ。
開いた傷口に、麻酔もかけず、指を。

彼女の指は細い。
だが、そもそも傷口に何かを突っ込まれること自体がありえてはならないことだ。
絶叫する番外個体の肩を片手で押さえ込み、フィアンマはそのまま傷口の中を探る。


やがて、黒い薬莢のようにも見える精密機器を投げ捨てた。
『ブロッカー』と呼ばれる自爆装置だった。
小規模の爆発を起こし、体内に破片を大量に残すことでショック死させる代物。

上条に捨てられた。

事実を今になって再び突きつけられ、フィアンマは崩壊しかかった精神で笑っていた。
だが、それでも番外個体を殺そうとはしなかった。

「……ここまで傷つけても、本物の帝督なら許してくれる。
 許してくれないのなら、それはもう帝督じゃない」

その言葉に、番外個体はゾッとした。
『強制善意』を持つ彼女の『自分だけの現実』は、つまりそういうことなのだ。

自分を愛してくれない人間は認めない。

深層心理にあるそれが、能力を行使させている。
原理不明、説明不能の『原石』。
根底にあるそのどす黒さは自分が取得している悪意よりも余程気持ちが悪い。

「どんなことをしても、俺様が泣けば皆許してくれるんだろう? 
 泣いて、悔やんで、落ち込めば。…皆、俺様に同情してくれるんだろう」

魔術を使った反動でこみ上げる血を吐きだし、撒き散らし。
釘の突き刺さった右眼窩の奥、得体の知れない闇を垣間見せ、フィアンマはナイフを振るう。

「昔、そう神に祈ったのだから、実現しないはずがない」

番外個体には、その発言の意図が読めない。
だが、彼女の願いが必ず成就するのは神様なんて美しい存在が願いを叶えているからとは思えない。
彼女の執念が、彼女自身の願いを叶えさせているとしか。


研究者が操作をしたのだろう。
番外個体の首筋は人肌の代わり、未元物質で補修されていく。
それすらも体を侵食されていくことと同じ。
激痛に叫び、番外個体はがむしゃらに電撃を放った。

だが、届かない。

フィアンマに届く前に、何かがそれを防いでいた。
それは赤く、もやのようで、怪物の腕のようだった。

「ッッ」

ようやく痛覚が麻痺して立ち上がった一方通行は、フィアンマを制止しようとした。
番外個体が死ぬことを容認出来ない。これ以上傷つけられることも。
フィアンマは一方通行が大切だし、彼のことを愛しているし、頼りにしている。

だからこそ。

どっちつかずのその態度が、気に入らない。

「……『妹達』と『垣根帝督の残骸』。そして、この俺様。
 そのどちらも選べないのなら、立ち塞がるな。退け」
「フィアン、」

掴まれた腕を動かし、一方通行を振り払い。
フィアンマは番外個体にまたナイフで傷をつけ、傷口に指を入れる。
人体を調べ尽くす術式でも応用しているのか、彼女の動きには淀みがない。
傷口に指を突っ込んでは精密機器の塊を取り出しては投げ捨てる。
その繰り返しに、番外個体の体はとうとう限界を迎えた。


失血に、身体的ショックに、未元物質の拒絶反応。
打ち上げられた魚の様にビクつく番外個体に、一方通行は発狂しそうになる。
まだまだこういった殺し合いの経験の足りない彼は、幼い少年でしかない。
世界最暗部を率いていたフィアンマよりも、余程冷酷さは足りない。
土壇場でどちらかを選ぶ勇気などないし、いつも迷ってばかりで、贖罪も的外れ。

それでも、これ以上フィアンマに誰かを傷つけさせてはいけないと、思う。

究極の選択、彼が選んだのは、妹達や垣根帝督よりも、自分が愛する恋人だった。
人間としては自然なことだった。仕方のないことだ。
けれど、そんな選択をしてしまう自分が、一方通行は心底嫌になる。

「が、ぐ。……」

番外個体の憎悪の視線が、一方通行を捉える。
ぼろぼろの体で、彼女は低くこう言った。

「あ、な、た、の、せ、い、だ」

結局。
罪滅ぼしをするつもりで、人を守るつもりでいて。
一方通行はただ、自分の都合の良い環境を守ってきただけなのだ。

自覚する。

そしてそれは、彼の精神を追い詰めるに相応しい現実だった。


「あ、ァ。ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"ア"!!!」

喉が張り裂けんばかりの絶叫と共に、彼の背から黒い翼が飛び出した。
彼が心底絶望した時に顕現するそれは、未だ解明されていない。
四方八方に暴れ、黒い翼は関係のない建物を破壊する。
対して、フィアンマが彼に行ったことは実にシンプルだった。

平手打ち。

体重を乗せて思い切り打たれ、一方通行はその勢いで倒れる。
だが、暴走する翼が反撃に出て彼女の手を傷つけるようなことはなかった。

「……絶望している暇などない」

時間がない、と彼女は言った。
地面に膝をつき、彼女は自分と番外個体の血液で陣を描く。
誰かが見ている状況で魔術は使うべきではないが、致し方ない。
翼の噴出が止み、一方通行は呆然とフィアンマを見つめた。
それは奇しくも、打ち止めを救ったあの夜に似ている状況だった。

「邪魔なものは全て取り除いた。後は適切に治療すれば良い。
 …………俺様を選んでくれて、ありがとう」

フィアンマを傷つけて番外個体を守るという手段もあった。
何も解決しない方法だが、一方通行はそれを選ばなかった。
自分を選んでもらえたフィアンマは、それで充分だった。
彼女は元より、誰かを殺して終わりにしようとは思っていない。


『俺様が奪われれば、それで全て済む』
『それを認めたくねえから、俺もアイツも立ってんじゃねえのかな』

番外個体だって、好きでこんな風に戦っている訳ではない。
確固たる信念があって、守るものがあって、対立している訳じゃない。
誰かの都合に振り回され、悪意を押し付けられ、追い立てられて戦っているだけだ。
それを、彼女が自分の意思だと誤認しているにせよ。

無理やり戦わされている子供を見捨てる程、フィアンマは冷酷ではなかった。

彼女は陣を描き終え、血まみれの手で番外個体の体に触れる。
未元物質で無理やり補修された体は、無傷に見えてボロボロだ。
今にも死んでしまいそうな番外個体を見つめ。
この状態が自分のせいだということを認識した上で、彼女は謝罪した。

「……すまなかったな。痛い思いをさせて。
 ……これから命を賭けてお前を助けるから、それでイーブンにしてくれ。
 お前は俺様の右目を潰したんだし、これ位で手打ちとしよう」

そう言うと、彼女は陣の文字列を指先でなぞる。
魔力を流し込むと、当然のことだが、血液がこみ上げる。
陣にかからないように吐き出しながら、精神的作業を実行した。
淡い光が番外個体の体を癒し、未元物質を排出しては地面に転がす。

「な、にして……?」
「んー? 治療だが」

自分の目よりも先に、襲撃者の身体を治療する。
その理由が、垣根帝督の思考パターンを用いても、妹達の思考パターンを用いても理解出来ない。
眉を潜め、疑問を抱き、そうしてそのように思考出来る程自分の体が回復している、と番外個体は気がつく。
フィアンマは手を伸ばし、番外個体の髪を撫でて、もう一度謝った。

「………本当に、…すまない…」

光は暖かで、まるで母親の胎内のようだった。
番外個体には経験などないことだけれど、何となしにそう思う。
前代の妹達がこの女に嫉妬すると同時、甘えたり、懐いていた理由を、番外個体も理解する。

(ナニ、ソレ。…あなたに、…そんなに、謝られても…ミサカ、困るだけじゃん………)


「うっわー、陳腐な終わり方。クソつまんね。オイオイまじかよ…。
 これだけ金かけてこんな微妙なオチで終わり? はー………っつか何やってんだコレ」

モニターを見つめ、乱数は退屈そうにぼやく。
欠伸を漏らし、伸びをして、白衣を纏った。
これが失敗に終わるとなると、また別の方法を模索しなければ。
どうにかしてあの検体を手に入れたいが、それにはどうすれば良いか。

「………あん?」

停電。
一気に暗くなる研究室に、乱数は首を傾げる。
次の瞬間、彼の体は壁へ押し付けられていた。

「……少し油断をすればこれか。やはりこの街は安心出来ないな。
 あの子が自分で居たいと言い切っていなければ絶対に攫っているところだ」

少女の声。
目の前には、黒い鍔広の帽子が見えた。
首を絞められ、声も出せず、乱数は何がしかの抵抗をしようとした。
だが、その手すらも念動力と判断しきれぬ説明の出来ない力で折られた。

「もっと早く気がつけていれば良かったのだが、…楽に死ねると思うなよ」





「眼帯は慣れんな」
     『強制善意』―――フィアンマ




「ごめン。………ごめン……」
      尻に敷かれつつある第一位――― 一方通行




「(謝れる訳ないじゃんミサカにどうしろっての……?)」
               私欲で生み出されたクローン―――番外個体




 


今回はここまで。

乙でしたー

出血大サービスはあれだよ、ほら、痛すぎて演算に集中できないんですよね?
てゆうか一方さん何しに来たんですか……石ころ飛ばすぐらいしか活躍してないですよ…

乙。オッレヌス「「お揃いだな」」キラキラ

実は隻眼好きなのか…?ww

しかしあんだけ魔術行使してよく死ななかったな流石ラッキーマンだわー(棒)


>>263
助けに来てくれただけで彼女にとっては充分だから(震え声)

>>265
(このスレでは「「お揃いだな」」イライラ では)
(べっ、別に隻眼が好きな訳じゃ……どうして原作は右目じゃなく右腕)













投下。


目が覚めると、病室に居た。
一方通行が手配してくれたのだろうか、とフィアンマは首を傾げる。
そろそろと右目に触れてみる。
ひとまず止血などは済まされているようだ。

コンコン

ノック音に、返事をする。
入ってきたのは、カエル顔の優秀な医者だった。

「久しぶりだね? といっても、さほど日数が空いていないのが悲しいことだけどね?」
「……俺様の右目はどうなった」
「流石に修復は出来なかったね。……ただ、視力を回復する手段であればいくつか候補がある」
「そうか」

選択肢を文章化して持ってきてくれたらしい。
ファミレスのメニューの様に見せられ、フィアンマは少し悩む。

「お金のことなら、"彼"が払うから心配するな、とのことだったよ?」
「俺様が悩んでいるのはそこではない」
「……僕のポリシーは、患者を万全の状態でこの病院から出してあげることだ。
 だから、その為なら何でも揃える。君が痛みを欲しないというのなら、痛みを極限まで減らした治療を約束する」
「そこでもないんだ」

言って、彼女はゆるく首を横に振った。
のろのろと起き上がり、医療用眼帯を指先で撫でる。

「……このままにしておいてくれ。痛みが治まるまでは鎮痛剤が欲しいところだが」
「……片目が見えないということは、視野がだいぶ狭まるが…本当に、良いんだね?」
「…良い医者だな。患者が望まない治療はしないというところが特に」
「本人に意思がなければ、どのみち万全な状態にしてもけが人で戻ってくるだけだからね」

遠慮でも諦念でも恐怖でもなく。
純粋に、この目を取り戻したいとは思わない。
だから、治療は要らない。

フィアンマの頑なな意思に冥土帰しは困ったように苦笑いして。
それから、鎮痛剤はなるべく副作用が少ないものを使用すると約束して、病室を出て行った。


「彼女は目を覚ましたようだよ」

首に包帯を巻いた番外個体は、フィアンマの病室の外で立ち尽くしていた。
病室から出てきた冥土帰しは、番外個体に向かってそう告げる。
もごつく彼女を一瞥し、冥土帰しは再び自らの持つ診療室へ戻っていく。
接触した他の妹達から怒り混じりに押し付けられた花束を手に、番外個体は壁に寄りかかっていた。

"ミサカネットワークから悪意を抽出する機能以外全て"を取り払われた状態になった今なら、わかる。

少なくとも、彼女に悪意をぶつけたのはお門違いだ。
直接的な加害者である一方通行であればともかく。
くしゃ、と明るい色合いの髪を乱し、番外個体はうつむく。
手にもった見舞い用の花束が、妙にずっしりと重く感じられた。

(謝れる訳ないじゃん、ミサカにどうしろっての……?)

精密機器全てを取り除かれた影響で、彼女の中の垣根帝督としての思考パターンはだいぶ抜けている。
『妹達』の、ひいてはミサカネットワークの影響を受ければ受ける程、彼女がフィアンマを嫌う理由は減る。
ましてや、打ち止めと同じく"直接救ってもらった"妹達なのだから。

でも。

今更、どんな顔をして会えば良いのだ。
謝れと言われたって、自分が悪かったと思ったって、どうにもならない。
やってしまったことは変わらないし、彼女は自分の攻撃で右目を喪った。
研究者に命じられ、あの時はそれが一番正しくて、やりたいことで。
全て終わってみれば、何一つ自分の意思というものはなかった。

「………」

番外個体は、そのままその場にしゃがみこんだ。
ずるずると壁にもたれかかったままに。

『……すまなかったな。痛い思いをさせて。
 ……これから命を賭けてお前を助けるから、それでイーブンにしてくれ。
 お前は俺様の右目を潰したんだし、これ位で手打ちとしよう』

そんなことを言われたら、どうすればいいのかわからない。
自分は気がついたらほとんど無傷で、反対にフィアンマは右目を欠損し、傷だらけで。
たとえ今から病室に入って目の前で右目を抉ろうとしたところで、全力で止められるだけだろう。
謝っても、今までのパターンから考えて"大丈夫だよ"とほほ笑みかけられるに決まっている。


にっちもさっちもいかない。
膝頭を抱きしめてしゃがみこむ番外個体の耳に、足音が届いた。
顔を上げれば、そこには白髪の少年。
彼は番外個体を見て、一瞬憎悪の表情を浮かべかけ、反省の色を見せ。
それから、何も言わず、フィアンマの居る病室へと姿を消した。

「………」

自分を作り出した研究者はもう居ない。殺されたらしい。
正確には行方不明らしいのだが、死んでいることと差異はない。
これからは全て自分の意思による行動で、誰にも言い訳は出来ない。

「……」

番外個体は、9971倍にも濃縮された悪意―――自己嫌悪に口を閉ざす。
なすべきことはわかっているのに、立ち上がって動くまでの力が出ない。
許されたら、もうどうしたらいいんだろう。憎んでくれたらいいのに。
産まれた瞬間から悪意を押し付けられた彼女は、好意というものとどう向き合うか、悩んでいた。


そんな、自分の病室前で誰かが悩んでいるとも知らずに。
フィアンマはぼんやりと窓を見つめていた。
白いレースのカーテンの向こう、青い空が広がっている。

本日は十一月十日。
長い時間眠ったためか、疲れはだいぶ抜けている。
慢性的に眠いのは鎮痛剤の副作用だろうな、と彼女は思った。

ガラガラ

やや無遠慮に、ドアが開く。
数が一つ減った視線を向ければ、そこには白い少年が居た。
その手には見舞い品と思われるフルーツの盛られた籠。
まるで似合わない、と小さく笑い。
それから、フィアンマはよろよろと手を伸ばし、彼の為に見舞い客用パイプ椅子を組み立てた。
不覚にもバランスを崩して倒れそうになり、どうにか踏ん張る。

「眼帯は慣れんな。全盲の頃には感覚で全て理解していたのだが」
「………、」
「? 座ってくれ」

元を正せば、自分のせいでしかないのに。
どうして彼女は、誰を責めることもなく、番外個体を救い出して。
ぼろぼろの身体でベッドで一人、こんな風に笑っていられるんだろう。

ぎゅう、と一方通行の胸が締め付けられる。
彼の脚の怪我は冥土帰しの治療もあり、だいぶ治りかけている。
少なくとも全治三日といったところだろう。あれほどの大怪我だったというのに。
フィアンマは右目の損傷に、魔術の代償である内臓損傷で、全治一週間程の予定。
明らかに、あの戦闘で一番重症で重傷なのはフィアンマに他ならなかった。


一方通行は、籠を彼女の傍らに置いた。
枕元、見舞い品置き場に置かれた果物の籠。
リンゴがある、と彼女は反応している。

「治療、……受けないンだってな」
「ああ、目か? ……治したら罰にならんからな」
「罰?」
「……多くの人間を傷つけ、一人の死を願い、呪った罰だ」

フィアンマは知らないが。
一方通行は、彼女が美琴の死を願ったことを、知っている。
絞り出す様に、苦し紛れの呪い。

失恋した少女なら、自分の好きだった男と恋人になった女を恨めしくても仕方ない。
死んでしまえと願ってしまうのだって、仕方のないことだ。

彼女はまだ十代で。
きっと、一途だったのだ。
好きであればある程に、裏返った憎悪というものは大きくなる。

だから、罰を受けるようなことじゃない。

彼は、フィアンマの体質をきちんと理解していない。
願いが必ず叶うということを、理解出来ていない。
たとえ理解したとして、彼は恋人を守ろうと思うだろう。
何にせよ、彼の反応も返答も、一つだった。


「ごめン。………ごめン……」

彼女の心を癒す言葉を紡げない。
彼女の意思を曲げる話術を持たない。
彼女を傷つける敵から守れなかった。

彼はフィアンマを抱きしめ、謝罪した。
謝罪一言から全ての意見を読み取ることなど出来ず、フィアンマは首を傾げる。

「別にお前のせいではあるまい。謝罪の必要性はないだろうに」
「……俺が居なけりゃ、オマエはこォならなかった」

首を傾げたままの彼女に。
一方通行は、今まで話していなかったことを口にした。

絶対能力者進化実験。
それが発端となり、上条は美琴と交際を開始したこと。
結果として、自分の行いが彼女から上条を引き離すきっかけになってしまったこと。
今回の件も、自分や垣根と仲良くしていたから、フィアンマが狙われたこと。
自分が居なければミサカネットワークに悪意はなく、彼女は傷つけられなかったこと。
あるいは、妹達は存在せず、前述の通り、傷つけられなかったこと。

発端から直近まで、全て自分の責任なのだ、と彼は告げた。
嫌われるかもしれない。呆れられるかもしれない。
それでも、今回の件は、自分にだけ責任がある。
彼女に、"罰"などと思って欲しくなかった。

「オマエにはそもそも罪がねェ。……全部俺の罪で、俺だけの責任だ」
「………」
「…だから、罰なンて言うンじゃねェ。目の治療ならいくらでも出す」
「……」
「……治療が終わり次第、別れるってンならそれでも構わねェ」
「………」
「嫌なら、オマエの前に二度と姿を現したり、……しない、から。
 だから、………」

涙こそ我慢しきれたものの、二の句が継げない。
フィアンマを抱きしめたままの一方通行には、彼女の表情が見えない。

彼女は、何の感情もこもらない声で、これだけ言った。







「――――それで、お前は俺様にどう言って欲しいんだ?」


今回はここまで。
次スレ案大体決まりました。

乙。「(自分と)お揃いだな」な意味でキラキラかなって(笑) 個人的には"戒め"って結局は自己満足な気がするんだよな…

わざわざ目に見える形にして、心の中だけで思うだけに留める事ができないのは、「私はちゃんとここまで可哀想な目に遭ってるんだから、あの事についてはもう赦してくれ」ってのを表現してるだけで結局自分が責められるのを嫌がってるとしか見えない。いや別に隻眼好きだけどね

既に次スレ考案あるとか……期待するじゃないか

あれ?フィアンマがていとくんの復活を願えば…いや何でもないです。

それはさておき>>1にはフィアンマちゃんマスターの称号を


一応次スレは右方掌握にしようかなー…なんて…
何か今日は称号をいただく日のようで。フィアンマちゃんマスター使おう。
よく読まなくてもフィアンマちゃんはまじきちな子。…フィアンマさんからして…

>>286
納得しました。 (フィアンマちゃんは作中で言ったように聖女じゃないヒロインです)

>>287
祈りの結果がどう転がるかわからないから(震え声)








投下。

 
一方通行は、思わず細い肩を震わせた。
冷たい反応を、考えていなかった訳じゃない。
突き放されるというのも、予測の内にはあった。

わかっていたはずなのに。
優しい反応など期待していなかったはずなのに。

どうしようもなく手が震えて、喉が絞まって、言葉が出てこない。
何か、反応をしなければ。わかって、いるのに。

「お、れは」

今まで、一方通行はこのように突き放されたことはなかった。
拒絶されて、化けもの扱いをされたり、嫌われたりすることはあっても。
自分で考えた答えで満足させろと言わんばかりの状況など、知らない。
どう答えればまた彼女は微笑んでくれるのか、あるいはきちんと突き放してくれるのかわからない。
そもそも前提からして、白黒はっきりつけることを彼女に要求していることが間違っているのだろうか。

視線を彷徨わせる。

答えは出てこない。
知識だけは豊富な優秀な頭脳は、人の心を満たす回答をたたき出せない。


暫し、葛藤する一方通行の様子を、フィアンマは肌で感じ取っていた。
しばらく黙って様子を窺ってみるが、言葉は返ってこない。
ただ、一方通行の体が小刻みに震えていることだけはわかる。
自分の発言の意図を推し量り、一生懸命返事を考えていることは。

別に、返事などどうでも良かった。

フィアンマが求めているのは、一方通行がその話をして、如何に落ち込んでくれるか、ということだけだ。
きっかけがどうあれ、過程がどうあれ、自分はこうして現在の状況に至っただろう。
だが、一方通行がそう語って、そこに嘘がないのなら、彼のせいだということになる。
しかし、フィアンマは全てを一方通行のせいにするつもりは毛頭なかった。

彼の前に立ち塞がる選択をしたのは。
上条にみっともなくすがり続けなかったのは。
右目の視力を取り戻したいと思わないのは。

全部が全部、自分の意思によるところ。

「……俺様は、幸之助が好きだよ」
「ッ、」

フィアンマの発言に、一方通行の震えが止まる。
それを笑いもせず、彼女は続けて言葉をかける。

「隠していて、辛かったのか」
「………」
「俺様が全て自分の罪悪として抱え込もうとしたから、嫌われてでも話そうと思ったのか」

フィアンマは、一方通行をずるいとは思わない。
愛する恋人に嫌われたくないのなら、不要な情報は普通伏せる。
まして、自分の非が明らかになってしまうものならば。


「……なら、それだけで充分だよ。お前が俺様に嫌われたくないと思い。
 ………俺様を傷つけまいと葛藤してくれた今の時間だけで、もう良い」

恨みも憎みも嫌いもしない。
試す様な返し方をして申し訳なかった。

フィアンマの言葉に、割と本気で泣きそうになり。
踏みとどまって、一方通行は彼女を抱きしめたまま、彼女の頭を撫でた。
嫌われなかった、別れを告げられなかった、その安堵感だけで身体の力が抜けていく。
彼女は彼の背中を丁寧に摩り、詫びの気持ちを込めて彼の頬へ口づけた。

「……お前が悪い訳でもないしな。運命というものだろう」
「………」
「それに、…当麻の件を仮に計算に入れたとして。
 俺様を魔神の手から救い出してくれたのも、前向きにさせてくれたのも。
 帝督の墓を建ててくれたのも、励ましてくれたのも、幸之助に他ならない。
 イーブンどころか、プラスだよ。…もちろん、人間関係を計算式に直すつもりもない」

少し身を引き、フィアンマは一方通行と額をくっつける。
じ、と見つめ合い、彼女は明朝深夜と同じトーンで問いかけた。

「俺様の右目が見えないままでも、…恋人でいてくれるんだろう?」


(……とうとういちゃいちゃ始まった…)

番外個体は入ろうとして、病室のドアにひとまず手をかけて。
それから、一方通行とフィアンマの和解した雰囲気に固まる。

入り辛い。

カップルがいちゃついている部屋に、どう入れというのだ。
しかも、自分は加害者で、場違いでしかない。

「う、うぐ……」
「何をしているのですか、とミサカは今朝会ったばかりの妹を咎めます」

声をかけられ、番外個体はそちらを見やる。
看護服姿の10032号が、無表情で立っていた。
手には問診票のようなものと、血圧測定道具。

「……入る、入るよ。ちょっと待って」

制して、番外個体は中に入る。
凄まじい条件反射で、一方通行はフィアンマを抱きしめるのをやめて席に腰掛けた。


「あー……その………」

花束を握ったまま、番外個体は口ごもる。
フィアンマは彼女を見上げ、急かすでもなく言葉を待った。
番外個体は暫し困った様な表情の後、花束を差し出す。
フィアンマはそれを受け取ってやり、再度番外個体を見やる。

「…………い」

ごめんなさい。

小さな小さな呟きは、フィアンマの耳にどうにか届いた。
今にもダッシュで逃げ出しそうな、実年齢赤子を見上げ。
彼女は手を伸ばし、身を乗り出し、番外個体の髪を撫でた。

「身体の調子は、良くなったのか」
「……まあまあってトコかな」
「そうか。良かったな」
「…………」
「……これからどうするんだ?」
「…行くトコなんかないよ。ミサカを作った研究者は行方不明だし」

番外個体の発言に、フィアンマは一方通行を見やる。
彼は彼女の視線に気がつき、僅か、頷いた。

「……俺の方で面倒看る」
「最悪」
「仕方ねェだろ」
「まだ霞でも食べてる方がマシそう」
「なら、俺様と暮らすか」
「え、えあ、いやその、……それはそれで、………。
 ……仕方ないから第一位と暮らしてあげるよ。司令塔も居るんでしょ」

好意よりは、慣れ親しんだ悪意を向けるべき象徴の方が勝手が良い。
歪んだ判断を下した番外個体はそう言い放つと、病室から出て行く。

入れ替わり、10032号―――御坂妹が、ひょこりと顔を覗かせた。

「問題ありませんか、とミサカは問いかけます」
「ああ、大丈夫だ。血圧か?」
「はい、とミサカは返事を……」

ちら、と視線が向いた。
一方通行は気まずさに耐えかね、飲み物を買ってくる、とフィアンマに告げて病室を出て行った。


「……妹が大変失礼しました、とミサカは、……謝罪、します」
「お前が謝る必要はないだろう。まったくもって」
「…………」

血圧を測定しつつ、フィアンマは言葉を返す。
御坂妹は口ごもり、視線を床へ落とす。
ミサカネットワークとは、一つの大きな意思でもある。
その総意としては、フィアンマに謝りたいということらしい。
そこまで謝らなくても、とフィアンマは思う。

別に。

その気になれば、殺すことだって出来たのだから。
一方的に"やられてやった"だけなのだから、気にしなくても良い。
情に流されて"殺さないでおいてやった"だけなのだから。

つくづく歪んでいるな、とフィアンマは思う。

こうして同情を買って愛してもらうのが自分の本性。
自分自身、ゾッとしてしまう程に醜い。

…………でも、仕方がない。

誰かがこんな自分の生き方を許してくれるまで。
きっと、自分は聖女になれない、変わることなんて出来ない。

「リハビリがてら、食堂に食事に行かないか」
「……ご一緒しても良いのであれば、とミサカは休憩時間調節を即時検討します」


今回はここまで。
そろそろ終盤なのですが…十代の内にやっておくことってありましたっけ。

いつかエンディミオンでフィアンマさんが参加する話をDVD発売後待ってる……

乙です。

やはり吸血右方ではないのか…

あとレズでもええんやで?(ゲス顔)

こもえせんせーとかwwww


皆様レスありがとうございます。
別にみさきちはブームだからとかじゃなく三ヶ月前辺りからうっすら考えててですね、
次スレも非安価です。

>>308
気長に気長にお待ちください(小声)

>>309
(百合はあんまり…)
吸血右方なら姫神「安価で。許嫁にして」フィアンマ「…フィアンセか…」がありますよ。
(あれ、もしかして吸血右方ってイノフィア…?(混乱)

>>310
カップリングにすると萌えない感。











投下。


「………ン」

昔の夢を見ていたようだ。
かつて一方通行と呼ばれた最強の能力者は、そうして目を覚ます。

現在地は、学園都市―――ではない。

学園都市近くのマンションの一室だ。
現在24歳である彼は、近々医学科の卒業を控えている。
卒業までには現在同棲中の恋人にプロポーズすると共に、研究成果をレポートにまとめようと考えているのだが。
ちなみに今現在、幾つかの研究室からお呼びはかかっている。そのどれかに就職して利用するつもりだ。

「……」

十代の頃に経験した多くの悲劇から。
彼は誰かを傷つけて何かを築く道を歩むことをやめた。
恋人の支えもあり、医者となることを決めた。
故に、医学科へ進み、束縛を受けないよう学園都市からも出た。
年齢を重ねるにつれ、彼の能力は衰えていった。
だが、そんなことはどうでも良い、と彼は思う。

少なくとも。

能力があってもなくても、彼女の態度は変わらないのだから。


妹達は、御坂美琴が研究にあたり、寿命を延ばしてはいるらしい。
同じ研究をすれば、協力よりも競合を起こす可能性がある。
一方通行は医学の道に進むことで、医療的なアプローチから妹達を救おうと思った。

そして。

本来、御坂美琴が研究者に託した思いを果たそうとも。

彼が抱えている研究課題は三つ。

一つは、筋ジストロフィー患者の完治
一つは、医学方面からのアプローチにおける妹達の寿命延長
一つは、眼における希有な難病の完治

カテゴリーがバラバラながらも、彼は優秀な頭脳で対処にあたっている。
早死するかと思われた番外個体は、彼の治療に付き合うことで死を逃れている。
学園都市内外からのサポートや支援を受け、妹達は生きながらえていた。

加害者と思い込んでいる女と。
実際の加害者である男の罪滅ぼし。


眼の治療に興味が向いたのは、恋人の影響だ。

「目が覚めたか。昨夜は遅くまで書類を作っていたようだしな。
 卒業論文は出来上がったのか?」
「問題ねェよ」

ぼーっとしていると、ドアが開いた。
赤い髪をゆるく一つに結んだ、最愛の女性が起こしにきてくれたらしい。
がしがしと髪をかき、一方通行はのろのろと起き上がる。
学生の頃、一度だけ別れるかどうかの瀬戸際があったが、結局倦怠期も無く今に至る。

「今日は完全に休日だったな。体力はあるか?」

冬の朝はなかなか頭が回らない。
一方通行は目を数度ギュッと開けたり閉じたりを繰り返し、覚醒してから頷いた。

「買い物か?」
「ああ。冬服を買わねばなるまい」

もうお昼なんだから早く行かないと、とばかりに彼女は一方通行の手をくいくいと軽く引っ張る。
同い年のはずなのだが、彼女の方が若干幼いような甘え方である。
もっとも、それは自分に甘えてくれているからであって、実際には自分以上に冷めた側面のあることを彼は知っている。

「……コタツに入りたいンだが」
「帰宅してからにしろ」


外に出る。
ショッピングモールはほどよく混み合っていることと、暖房が利いていることとで暖かかった。
冬服が欲しい、と言い出した彼女は、どの店にしようか悩んでいる。
不意に視線が揺らぎ、こじんまりとしたクレープ店へ向いた。

「懐かしいな」
「あン? ……クレープか」
「まだお前が格好をつけていた時の頃に食べたな」
「……格好をつけていた、とか言うンじゃねェよ。 
 今でも甘いモンは好きじゃねェ」

学生時代。
退院祝いに何か好きなものをご馳走してやると申し出られ。
フィアンマはクレープを食べ、一方通行に差し出した。
あまりの勧め様に彼は仕方なく口にして。
素直に美味しいと言えば良いものを、『コーヒーが引き立つから悪くねェ』だとか何とか言った。
それがツボにはまったのか、フィアンマがしばらく笑っていたことは忘れられない。

「食いてェなら買うが」
「いや、不要だ。…流石に胃もたれする」

首を横に振り、彼女は店に入る。
白いマフラーを見るなり、一方通行に勧めた。
自分の服のことだけ考えろと彼はいなし、赤いリボンタイに目を向ける。
彼女の服を買ってやるのは勿論、何か贈るべきか、と彼は首をわずかに傾げる。


「今日の夕飯は鍋にするか…」
「海鮮鍋か?」
「嫌そうな顔をしなくても良いだろう。寄せ鍋だよ」

相変わらず肉ばかり食べるな、と彼女は肩を竦め。
どっさり買い込んだ冬服の入っている袋を、買い物カートのフックに引っ掛けた。
これで手が空いた為、彼女は彼の手を握る。
右側に立ってもらうと、気を使う必要がなくなるので安心出来た。

彼女の右目は、今も見えないままだ。
このまま一生このままで。否、このままがいい、と彼女が言うから。

彼女が転ばないよう、一方通行は彼女の右側に立つ。
左側しか見えない彼女にとって、それは優しさだった。

「先程ラッピングしてもらっていた箱は何だ」
「…………オマエに。髪留め」
「そうか」

一度この様な状況で誤魔化した時、浮気を疑われたので、照れ隠しはしない。
自分が浮気をすることがあったらそれは彼女のことで脅迫された時位だろう、と一方通行は思う。

「打ち止めは元気か」
「昨日メールが来た。高校生活最後の年は楽しいけど名残惜しい、だと」
「良いことだな」
「まァな」
「番外個体はどうなんだ」
「バイト先の男を適当に引っ掛けて捨ててるみてェだが」
「……少し叱っておくべきかな」
「今は一人だけ長続きしてるからイインじゃねェの。
 ……第一、オマエが叱ったらアイツ暫く家から出れねェ」

落ち込み過ぎて、との言葉に、確かにその通りだ、とフィアンマは小さく笑った。

「買い忘れがあった。ここで待っていてもらっても良いか」
「構わねェが」


休憩用に設置されたベンチに腰掛け。
沢山の荷物が詰まった袋を傍らに、一方通行は空を見上げる。
妹達の各個体はそれぞれの道を歩んでいるし、打ち止めは高校に通っている。
彼女達は学園都市からは基本的に出られない。
例外として、一方通行の治療を受けている番外個体は晴れて一人暮らしをしていた。

動乱の年から、もう八年も経過している。

未だに実感がもてない。

ギシ、とベンチが軋んだ。
そちらを見やれば、そこにはツンツン髪の―――。

「……オマエ、」
「お、まえ…もしかして、一方通行か?」

上条当麻が、座っていた。


今回はここまで。

乙。何気に未来の話は初めてじゃないか?

今後の展開が楽しみだな


検索機能が復旧してない場合はグーグル先生がとても便利ですよ。

>>328
(神浄右方スレは未来の話ちょっと書いたもん…ふぇえ…)




















投下。


暫し、二人の青年は黙りこくる。
最後に会ったのは、フィアンマが上条と美琴を襲ったあの日。
お世辞にも、気軽に声をかけて良い関係性などではない。

「………」
「………」

沈黙。
やがて、その静けさを打ち破ったのは、一方通行の方だった。
これだけは確かめておこう、と思ったからだ。

「……オリジナルとはどォなった」
「、……美琴とは、結婚したよ」

上条の発言に。
一方通行は、奇妙な安堵を覚えた。

「………そォかよ」
「……お前は、…どうしてるんだ?」

上条に問われ。
一方通行は、フィアンマと恋人であることを言いたくないと思った。
そもそも、妹達から報告がいっていない時点で、教えなければならないことでもないだろう。

「…恋人と暮らしてる」
「そ、っか。……こんなこと、俺が聞くのは、あれなんだけど」
「何だ」
「フィアンマが今どうしてるか、知らないか? あの時の、お前が病院に運んでくれた女の子、」
「知らねェが、仮に知ってどォする」


平然と、嘘を吐いた。
上条をフィアンマに引き合わせたくなかったからだ。
昔のことを蒸し返して、彼女に泣いて欲しくなかった。

何より。

たとえ結婚しているとしても。
フィアンマの心が再び上条に向く、その万が一を想像すると頭がおかしくなりそうだったから。

「――――直接、謝りたい」

上条の発言に、一方通行は黙り込む。
彼は空を見上げ、どこか寂しげに言葉を続けた。

「自分から言い出せなくてごめん、って。約束、破って…ごめん、って…」
「………」
「……なんて、無関係なお前に言っても仕方ないよな」

一方通行が言葉を返そうとしたところで、女の声が聞こえた。
灰色のマタニティワンピースを纏った女性が、上条に向かって手を振っていた。
明るい茶色の髪、化粧をせずとも整っている顔立ち、華奢なからだつき。
年月によって成長したらしく、多少女性らしい凹凸のある体つきではあるものの、学生時代の面影は確かにある。


彼女は一方通行の存在に気がついていないらしい。
上条を手招きし、眩しいばかりの笑みを浮かべていた。
ふっくらとした下腹部を隠すゆったりとしたワンピースから、妊婦だということが見て取れる。

「……呼ばれてンぞ」
「ああ、……美琴、俺の子供、身ごもってくれて、さ。
 ………研究に没頭しちまうから不安になるけど、経過は安定してる」
「……そォかよ」
「じゃあ、またな」

上条はそう言って、笑みを浮かべる。
そして、美琴に近づくと、幸福そうに歩いて行った。
美琴の方も、幸福いっぱいといった表情を浮かべている。

『あの少女が、幸福を味わい切る前に死んでいまいますように』

フィアンマの呪いの言葉が、一方通行の脳裏に思い浮かぶ。
彼女の呪いは、彼女自身が忘れたとしても無効になることはない。

「…………」

幸福の絶頂の定義とは難しいものだ。
だからきっと、オリジナルは"まだ"死なないだろう。

一方通行は、ぼんやりとそう思う。

「遅くなったな」

完全に上条達が見えなくなったところで、フィアンマがやって来た。
運が良いのか悪いのか、一方通行には判別がつかない。

「買い忘れは何だったンだよ」
「ポン酢だが」
「………完璧に日本に馴染ンだよなァ、オマエ」
「何年住んでいると思っているんだ?」


こたつに入る。
他に余剰なスペースはあるのに、フィアンマは一方通行と同じところに脚を突っ込むのが好きだった。
両者が細いからこそ成し遂げられることかもしれない。
こたつの真ん中では、電気コンロの上、ぐつぐつとお湯が煮立ち始めている。
ひとまず人参などの硬いものを入れつつ、フィアンマは欠伸を噛み殺した。

「暖房入らずだな」
「寝る時は多少入れた方がイイがな」
「とはいえ、今年は暖冬だそうだ」

ぐつぐつ。
根のものが煮込まれたところで、肉なども投入する。
昆布だしで煮込んだ具をごまだれやポン酢で食べる。
彼女が夕方頃言ったように、寄せ鍋が今夜の夕飯である。

「締めは雑炊にしようと思ったのだが米の残りが少なかった。
 という訳でうどんにしたのだが、文句はないな」
「言ったところで変わる訳でもねェだろ」
「一応春雨という選択肢もある」
「いらねェ」

ぐつぐつぐつ。

鍋から立ち昇る美味しそうな匂いの湯気が部屋に充満し、暖める。
ようやく火が通ったようなので、二人は食べ始めることにした。


食事後。
後片付けを終え、シャワーを浴び。
カロリーを気にしつつも食べたそうなフィアンマに付き合って一方通行がアイスを半分こして。
バニラアイスの味が口の中に残ったまま、二人はベッドに横たわっていた。
こたつで寝るのもなかなか幸福な気分にはなるのだが、風邪を引くと非常に困る。

「今日、妊婦を見かけたンだが」

嘘をつかず、かといって余計なことも言わず。
一方通行はそう話を切り出して、隣の彼女を見やった。
フィアンマは首を傾げ、一方通行を見つめ返し、話を聞く体勢でいる。

「……オマエ、ガキは欲しい方か?」
「…………」

どの様に解釈したのだろうか。
彼女はわかりやすく顔を真っ赤にして黙り込み。
それから、毛布を抱きしめてちょっとだけ後ずさると、ごにょごにょと聞き返してきた。

「………したいのか?」
「………そ、…そォいう意味じゃねェ!!」


今回はここまで。


(皆さんの淡さがわからない…>>1には淡く見えないんだ…ウーさんは出したい気持ちでいます。好きなので)
(SSまとめ速報さんは自動取得なんだ…(笑顔)














投下。


別に、シたくないという訳ではない。
健全な男性(一方通行はやや不健全)は、若い内は毎日だってセックスをしたい生き物だ。
一方通行の場合はホルモンバランスが崩れているので、性欲を抑えきれないということはない。
とはいえ、好きな女を抱きたいか抱きたくないかと聞かれれば前者に決まっている。

「……」
「……」

だからといって、結婚前にそういうことをするつもりはない。
そもそも、彼女の意思を無視してしようとすればボコボコにされるのは目に見えている。
正直に言って、一方通行が恐れることの第二位にランクインする程彼女の暴力は怖い。
ちなみに第一位は彼女や打ち止め、妹達が理不尽に傷つけられることである。

「……少し思っただけだっつゥの」
「……そうか」

結婚もせずにそういうのはよろしくない、と彼女は念を押すように言った。
こればかりはなかなかプロポーズしない自分に非があるので何とも言えない一方通行である。
いや、彼女とセックスがしたくて結婚を考えている訳でもないのだが。


どうにか落ち着きを取り戻した二人は眠りに就き。
やがて、一足先に目を覚ました一方通行は家を出た。
今日は徹夜で大学の研究所に篭ろうかと思っている。
もう少しで、とある眼病の完治に必要な手術方法がまとまりそうなのだ。
優秀な頭脳、人一人とは思えぬ仕事量、ひねり出されるアイデアの希少さ、斬新さ。
一種、医学会の神…とまではいかずとも、信仰に近い賞賛を受ける彼には権力があった。
故に、提出したレポートは医学界で認められやすかったし、実際間違いはなかった。
学園都市出身、元は第一位の超能力者、というのも評価に輪をかけて良いものにしているのかもしれない。

「……出来たか」

午前中で、レポートは出来上がった。
やらなければならない実験が山と積まれている。
しかし、実験さえ済ませてしまえば後は資料として纏めるだけ。
多くの支援を受けている彼の優秀さに、不可能はなかった。
妹達の寿命は、現在時点で七十を越している。
彼女達本人からは、これ以上はさほど伸ばさなくていい、と言われた。
不老不死になりたい訳ではないのだ、とも。

なので、一方通行は今、筋ジストロフィー完治の為の研究に力を入れていた。

御坂美琴が、DNAマップを提供して成し遂げたかったこと。
本来、成し遂げられなければならなかったこと。
幼い彼女の夢を、希望を、一方通行は叶えようと努力している。
誰かに褒め称えられなくても、罪滅ぼしをするために。


目が覚めると、既に一方通行は居なかった。
眠い目を擦り、さほどお金のかかっていない適当な朝食を用意する。

ブルブル

携帯電話が震える。
トーストをかじりつつ、彼女は電話に出た。

「もしもし」
『もしもーし』
「番外個体か」
『いつも思うけど、よく区別つくよね』
「どの個体からかかってきても問題なく分かるが」
『あ、わかった。ちゃんと登録してるんだ』
「何も考えずに出ているから何とも言えんな」
『……その区別能力ミサカも欲しい』

電話の内容としては、一緒にご飯を食べに行こう、との話だった。
バイト代が入ったらしく、奢る、とのことだった。
彼女は彼女で、フィアンマへ贖罪をしている。
当人からは許されても、自分で自分を許しきれないから。


実験がなかなか終わらない。
徐々に集中力が切れてくる。
仕方がなしに勉強の方へ手をつけたが、それも終わらない。
完全に、彼は疲れていた。

「少し休憩なさっては」
「あるいはもうお帰りになった方が」

数々の部下(と呼んで良いものか彼には判別がつかない)に勧められ。
一方通行は仕方なしに今日は帰ると決め、上着を羽織って外に出る。
冷たい缶コーヒーを飲むと、多少なりとも頭が冷えた。

「………ン」
「どうも、モヤシ一位」
「もォ一位じゃねェよ」
「それもそうか」

帰り道、番外個体に遭遇した。
彼女は馴れ馴れしく悪意をもって一方通行に話しかけてくる。
話を聞けば、今日、フィアンマと食事をしたとのことだった。
今はその帰り道で、夕飯となるパンを買ったところだと。


「それで、いつプロポーズすんの?」
「……オマエに言う必要はねェだろ」
「別にいいけど。あんまりモタモタしてると他の人に攫われそうだよねー」
「…………」
「睨まれても困る困る。実際、あの人モテる訳だしさ」

あなたと違って能力健在だよね、などという番外個体には悪意しかない。
あからさまに不機嫌になるのを堪えきれず、一方通行は眉を寄せる。
くすくすと嘲笑い、それから、番外個体は神妙な顔つきになった。

「…フツー、八年も付き合ってて結婚を匂わせる発言一つなかったら浮気もしたくなるよね」

そんなことを言い残し、彼女は去っていく。
本当に、一方通行の精神を傷つける為に最適化された人格だと、彼は思う。
狙ったのだろうか、視界に宝石店が入る。

「……、…」

入るべきか。
指輪を贈って、彼女はどう思うだろうか。

少なくとも、突き返しはしないだろう。

「………決まってンじゃねェか」

取るべき道があるなら、それを進む。
自分はいつだってそうしてきた。
彼女を救い出すと決めた、あの日から。


「……ただいま」
「ん? 早かったな。お帰り」

まだ風呂は沸いてないんだ、と語った彼女は、慌てて食事の用意をする。
メールの一通でもしておけばよかったか、と一方通行は思った。
一切していなかったらしく、彼女は何を作ろうかというところから考え始めている。
冷蔵庫や戸棚を覗き込む動作は忙しなく、ひとまずパスタを作ろう、と考えたようだ。
そこまでさせてしまって申し訳ないながらも、一方通行は慌てて制止する。

「飯はイイ」
「だが、」
「それより、上着を着ろ」

外食だ、と告げられ。
フィアンマはきょとんとしながら乾麺を戸棚へ戻し、コートを着る。
そんな彼女の華奢な手を握り、一方通行は再度外へ出た。
冷たい外気が肌を突き刺す。
が、彼は自分の巻いていたマフラーをフィアンマの首へ巻いた。

「そんなに心配しなくても大丈夫だ」
「イイから巻いとけ」

丁寧に巻かれ、彼女はくすぐったそうにはにかむ。
二人はゆっくりと、レストランへの道を進んでいった。


予約はしていなかったものの、なかなか雰囲気の良い店の窓際の席をとれた。
彼女の幸運体質による効果だろうか、と一方通行は思う。
前菜を上品につまみつつ、フィアンマは首を傾げる。

「外食とは珍しいな。それも唐突に」
「たまにはイイだろ」
「まあ、幸運にも作り置きなどはしていなかったしな」

不都合はない、と言いつつ、彼女は静かにワインを飲む。
一方通行も同じくワインを飲み、彼女を見つめた。

「……オマエに渡したいモンがある」
「?」

彼女は食事の手を止める。
今日は誕生日だったか、それとも記念日だったかと思考を巡らせているのが見てとれる。
メインディッシュの脇にそっとナイフとフォークを置き、姿勢を正した。

「………」

すぅ、と息を吸い込み、緊張を抑える。
やがて彼は、懐から一つの小さな箱を取り出した。
深い紺色のそれは、所謂宝石箱と呼ばれるものだ。
縦長でなく、角の丸い正方形。
指輪が入る程度のサイズのものだった。
指先で開け、中身を提示しつつ、彼は緊張した面持ちで言う。


「幸せにするとは言い切れねェ。俺なンかと居ても幸福かどうかは保証出来ないからだ。
 ……だが、…今生きてる誰よりも、オマエを幸せにしたい気持ちはあると自負してる。
 初めて会った時から、オマエには笑っていて欲しいと思ったし、傷ついて欲しくないと思った。
 俺は何度も家を空けるし、研究ばっかりで、……オマエに寂しい思いをさせてるかもしれねェ。
                     
                      それでも、……………俺と。……結婚してくれるか」

正直過ぎて、臭さのないプロポーズだった。
箱の中、煌く指輪はシルバーにダイヤのあしらわれているもの。
ダイヤの周囲に小さく散りばめられたトパーズとルビーは自分と彼の瞳の色なのだろうか。

「……良いのか……?」

指輪を見つめ、彼の顔を見て。
もう一度指輪に視線を落とし、フィアンマは泣きそうな表情で問いかける。

「俺様は、自分の『愛情』なんていうのが、どれだけ正しいか分からん人間だぞ」

能力は健在のまま。
精神の根本も歪み果てたまま。

本当は、ずっと思っていたのだ。

自分は、一方通行に愛されて然るべき存在ではないと。
自分の愛情はねじ曲がっていて、彼は今でも能力に騙されているのではないかと。
自分を選んでもらって結婚して、愛情を注いでもらっても。
それだけの愛情を返す自信がない。

「そォか」

呟いて、一方通行はわずかに笑う。

「なら、これからたくさン確かめてみろよ」

自信など、持っていなくても良い。
そうやって不安がるところも好きなのだから。
これからどんな風に愛情を向けられても。
受け入れる位の度量はあると、自分では、思う。

だから。

結婚しよう、と彼は言い直し、言い切った。

はい、と彼女は頷いた。

店内の照明が、彼女の目元から溢れた水滴と指輪を照らしていた。


今回はここまで。


(要求がきついよぉ…ふぇえ… 半年書き溜めのエンドの方が個人的にはお気に入りなんですけどね)
(仮に>>1に文才があるとしてそれを分けられてもフィアンマ受けが早く書けるだけになるんじゃ…)
(安価はもうやらない予定です。エンデュミオンは………前向きに検討させていただきます…)

















投下。



ちょっと酔っ払っているらしい。
フィアンマは一方通行と腕を組み、ややもたれかかって歩いていた。
その左手薬指には、一時間前にもらったばかりの指輪がハマっている。
触感とイメージと優秀な頭脳だけで導き出された号数は合っていたようだ。

「今日はラッキーデイだな」

行動こそ酔っぱらいなものの、口調は確かで。
甘えているだけなのか判別がつかない、と思いつつ、一方通行は彼女にもたれかかられたままに歩く。
十代の頃のありとあらゆる努力(能力込)により、一方通行は今から五年程前に彼女の身長を抜いた。

高身長。
細身。
白髪。
冷徹な雰囲気。

えとせとら。

そんな感じでこれでもかと属性を詰め込まれた彼は結構モテるのだが、彼自身は他の女に興味がない。
彼にとって重要なのは罪を償うべき妹達と、自分を初めて認めてくれた目の前の彼女だけだ。

「運で片付けンじゃねェよ」
「んー……決まっているにせよ、嬉しい報せがあるのは運だろう…?」

今日、どちらかが死んでいたら実現はしていなかったのだから。

不穏なことを言うなとため息を吐きだし、一方通行は彼女の手を引いて帰ることにした。


翌日は雨が降っていた。
本日も一方通行は研究の為、気がつけば家から出てしまっている。
たまには彼より早起きすべきか、と彼女は首を傾げ。

「……んー」

そうして、冷蔵庫の中が空っぽであることに気がついた。
買い物に行かなければならない。
買うものはいつも通り一通り揃えれば良いだろう。
一方通行は今でも肉ばかり食べたがるが、昔よりは野菜なども食べるようになった、と彼女は思う。
実際には彼女が料理をするからであり、彼自身は今でも肉食なのだが。
少なくとも、彼は彼女と出会って食生活が改善されたということは確かである。

「思っていたよりは酷くないな」

雨は降り続けているが、勢いはさほどない。
傘をさし、フィアンマはのんびりとしたペースで歩き出した。


辿りついたスーパーマーケット内。
何を買おうか、とぼーっと悩む。
客は少ない上、雨の日ということでサービス品が多い。
ゆったり悩みながら買い物をするには最適な雰囲気だった。

「お」

男の声だった。
視線を向ければ、そこには金髪の軽薄そうな青年が立っていた。
以前、一方通行を叩きのめした幻術使いだった。
悩んだ末に声をかけたらしい、躊躇の残滓が感じ取れる。

「久しぶり…って言っても俺に関しちゃ悪印象だけだろうが」
「……確かに好意的には捉えていないが、あの時は仕方がないだろう」

全てオッレルスの手のひらの上。
あの時に起きた出来事で魔神以外を責めることは間違っているだろう。

「旅をしていたのではなかったか」
「そ。日本には偶々立ち寄っただけ」
「ほう」
「あの白い超能力者とはまだ続いてんの?」
「ああ。先日プロポーズもされた」
「ひゅー。すげえ」
「どうせ声をかけたなら荷物持ちまでしてくれるんだろうな」
「容赦ねーなおい」

牛乳パック二本は重いんだ、と彼女は言った。
男―――ウートガルザロキは肩を竦め、苦く笑って手伝った。
彼はフィアンマの能力を防ぐ術を持たないし、腕力はまあまあある方だった。


「シギンとは途中から別行動になってさ」
「ほう」
「先月トールの野郎とも会ったが、相変わらずの経験値ジャンキーだった」
「変わらんな」

傘をさしてもらい、荷物をもってもらい。
割と容赦なくウートガルザロキを使い、フィアンマは帰路についていた。
重いものは一切持っていないので、いつもより足取りは軽い。

「オティヌスとは連絡をとっているのか」
「いや、それはなし。個人的にはそんな好きじゃねーし」
「………」
「その告げ口しようかなみたいな顔やめてくれよ! 洒落にならねえからな!?」
「……っくく」
「否定しねえ!?」

くすくすと笑い、彼女は自宅前で立ち止まる。
そして、男から荷物を受け取った。

「ご苦労だったな」
「今は詐欺師一歩手前みてえな仕事してるし、たまにゃ真面目にこういうのも悪くねえな」
「……」
「美人なお嬢さんの荷物持ちなら、インテリ志向の俺も頑張れるって感じ?」
「俺様は機嫌が良い。幸運を祈ってやろうか」
「幸運と幸福は似て非なるモンだろ。恐ろしいからやめとく」

神頼みは日常生活でするものじゃない、と彼は笑う。
魔術師が何を言うのか、と彼女は肩を竦め。

「達者でやることだ」
「ん。元気でな」

手を振り、彼は姿を消す。
男の姿が消えた雨の中、何もない空間を見つめ。
それから、フィアンマは家へ入った。


「ぱーぱ、だっこー」
「はいはい、麻琴だっこなー」

娘はもうすぐ二歳になる。
大きな怪我も病気もなく、育ってくれたと思う。
一時期美琴が育児ノイローゼにかかった時はどうしようかと思ったが。
あの時自殺しそうだった彼女を引き止めた自分の判断は、間違っていなかった。
子育ては多くを学べるというが、正にその通りだと上条は思う。

「おやつ食べるか?」
「おやつ! ぱぱだーいすきー」

娘は、当然というべきか、美琴に似た。
髪色こそ上条似の真っ黒だが、その愛らしい要素は母親の幼少期と瓜二つ。
性格も美琴似なのか、はたまた幼児だからか、とかく、可愛らしいものを好んだ。

「ただいまー」
「ままおかえり!」
「っわ、麻琴、走ったら危ないでしょー?」

上条当麻の、麻。
上条(旧姓:御坂)美琴の琴。

両親の名前を一文字ずつ取るという実にベタな手法だが、娘の名前はそうして付けられた。
少女はすりすりと母親に甘え、無邪気な笑顔を浮かべる。
優しく頭を撫で、美琴は上条を見やった。

「ただいま」
「お帰り、美琴。研究は落ち着いたのか?」
「"あの子達"の寿命、八十後半にまで伸びてね。
 もういいから、って言われたから、寿命研究はこれで終わり」
「……そっか。あいつら、そこまで生きられるんだな」
「病気になったりしなければ、の話だけどね」

上着だけ脱ぎ、美琴はソファーに腰掛ける。
そして、愛娘を膝の上へ乗せ、笑顔で話しかけた。
娘はというと、今日父親と何をして遊んだか、元気いっぱいに話し始める。

幸福な生活は、順調だった。


フィアンマは、正座していた。
実に慣れない体勢だが、そうした方が落ち着くような気がしたのだ。

フィアンマ=ミラコローザ、もとい山田フィアンマ、二十六歳。

夫と結婚して早二年。
結婚式は内々に、打ち止めや黄泉川といった関係者だけを呼び立てたことを覚えている。

夫の名は、山田幸之助。
またの名を一方通行(アクセラレータ)。

彼は未だ誇りある童貞だった訳だが、それも今夜で終い。…の予定である。

「………ど、…どォした」

入浴を終えた一方通行が眠りに就こうとベッドに近寄り。
暗闇の中、ベッドに正座している彼女の姿に動揺しつつ漏らした声だった。

「幸之助」

立ち上がり。
彼女は一方通行の手を引き、ベッドに座らせる。
自分は彼の隣に座り、わずかに緊張した様子で申し出た。

「……お前にプロポーズされ、承諾して、二年が過ぎた訳だが」
「……おォ」
「……未だに手を出してこないな」
「………」
「…いや、性欲がさほど無いというのはわかる。
 だが、……その、一度もないというのは、」
「…性欲がほとンどねェ俺にとって、セックスってのはガキを作る意味合いしか持たねェ」

行為本来の意味しか。
だからこそ出来ない、と彼は言う。


「………俺には、」

息を詰め。
苦痛に耐えている様な声で、血を吐き出す様に低く言った。

「子供を持つ資格がねェ」
「…………」
「本来、オマエと結ばれる幸福だって場違いな位なンだよ」

妹達を殺したことを公的に償う手段はない。
死んでいった彼女達は死んだことさえ秘匿される存在なのだから。
故に、一方通行は糾弾されない。されないからこそ、自分で罪と向き合わなくてはならない。
だから、彼は彼自身、己に幸福の制限のようなものを設けていた。

どうしても彼女を諦められない。
彼女を愛していた、彼女も愛してくれていた。
フィアンマと結婚をした理由はそれだけだ。

理由が、制限を上回ったから、自分を甘やかした。
だけれど、そんなことは何度もあってはならないことで。

「俺は、一万と三十一人を殺した。この手で。
 自分が強くなる為に。躊躇なく、慈悲もなく」
「…………」

それはあまりにも重い罪だ。
彼がどんなに凄惨な最期を迎えても恐らくは贖いきれない。

あの時は実験動物だと思っていたから。
あの時は異常な精神状態だったから。
あの時は強くなりたかったから。

たとえどれだけの理由を並べても、それは正しくない。
人を救う医者という仕事に就いて多くの人の命を救ったからこそ、尚更身に染みる。





―――――人命は、重い。


「俺の手は血まみれの臓物塗れだ。そンな手で、自分のガキを抱きしめてイイはずがねェンだ。
 俺みてェな罪人が、クソ野郎が、自分の子供の頭を撫でて良いはずがねェ。
 俺に殺されて死ンでいった妹達は、そンなことが許されねェンだから。
 アイツ等にあったかもしれない可能性を、俺はこの手で奪った。
 その俺が、……これ以上、貪欲に、傲慢に、……求めてイイはずが…無い」

彼の手は、震えていた。
その手の甲に、透明な液体がポタポタと落ちていた。
フィアンマには、彼の罪を完全に許す権利はない。
彼を受け入れることは出来るし、罪を共に背負うことは出来ても。
彼自身を許してあげられるのは、今はもう死んでいる妹達の各個体達だけだ。

「……俺様が全て諦めた時、どのように言葉を紡いだか、覚えているか」
「………」
「あのやり取りがなければ、俺様は恐らくあのまま不幸になって、そのまま死んでいた」

フィアンマは、隣に居る一方通行の方へ体を向ける。
そして、腕を伸ばし、そっと優しく抱きしめた。

「確かに、お前は重罪人だ。死ねば地獄逝きは免れんだろう」
「………」
「……とはいえ、……俺様にとって、お前は優しい夫でしかない。
 自らの犯した罪を贖おうと足掻き続け、最大限に出来ることをし、今は多くの人間の命を救っている」
「……、」
「一万人を殺し、一万人を救えば差し引きゼロになるとは思わん。
 だから、お前はこれからも人を救う努力をするべきだし、今している研究も続けろ」

白い髪を丁寧に指先で撫でる。

「……一万三十一人を殺した。それを超える程の人数を救えば、…謝る権利位は出来るだろう」
「………謝、る」
「お前が不幸になっても、幸福になっても、死んだ妹達には届かない。
 どれだけ自分を追い詰めたところで、何も解決しないし、彼女達は蘇らない」

垣根帝督が死んだ、自分のせいだ、と彼女は言った。
その時、一方通行は同じ様なことを言った。

死んでしまった人には、今何をしても何も伝わらない。

だからこそ、人の命は重くて、尊くて、大切だ。


「聖者の中には、過去に十字教を迫害した人物も居る」
「……何の話だ」
「罪人は、その一生をかけてその罪を洗い流すことで救われる」

悔い改めれば救われる。

十字教の基本概念だ。
その観点から言えば、自分の方が余程罪深い、とフィアンマは小さく呟いて。

「俺様は、幸之助に幸福でいて欲しい。子供が欲しくないのならば、仕方ないが。
 今の口ぶりからして、そうでもないんだろう。なら、俺様は求めようと思う。
 今、生きているのは俺様と幸之助だ。だから、俺様の願いの方を叶えてくれ」

妹達に謝罪をするために、人を救うという苦難の道を歩み続けることは絶対だ。
でも、今生きていて、一方通行を愛しているのは他ならぬ自分だ。

死んでから、償えばいい。
死ぬまで、悔やみ続ければいい。

後悔は、幸福への足止めにも、制限にもならない。
そんなものは、不幸でいることで"許してもらえた勘違い"で自分を甘やかしていることに他ならない。
思考停止など、獣でも出来る。

「だから、」

抱きしめるのをやめ、視線を合わせる。
手を握り、慣れきった片側だけの視界で彼を見つめ。
彼女は、罪人の罪を赦す聖母の様に微笑んだ。










「…………しよう?」


今回はここまで。


どちらの名前にせよ、シュールな結末をたどることなどわかっていた。
考えて、考えて。それでも他の表現にするのが嫌だったので。
やがて>>1は、考えることをやめた。

すみませんエロなんで全然書けなくてあの 週末には恐らく


読者の皆はもっと山田さんにごめんなさいしないといけないよね。
キンクリで元ネタより先に某サークルが浮かんだ。フィアンマさんの薄い本はよ
エロ頑張ったんですけどだめでした。>>1の最盛期は右方後方時代だったようです…オレフィアいたずら時代か?





















投下。


押し倒される音というのは、存外ロマンも何もなく軽いものだった。
とさ、と軽い音と共に、フィアンマの体がベッドに沈む。

「ん、」

口づけられる。
薄い唇から舌がちろりと覗き、彼女の口内を丁寧に愛でる。
唾液の音がして、思わず身震いした。
その震えは単純な緊張によるもので、嫌悪感ではない。
少女の頃、あの魔神に抱かれるのはあれほどまでに怖くて、嫌だったのに。

「……痛みがあったら言え」

気をつけはするが、と彼はぼそりと言う。
どんな時でも自分を大切にしようとする彼が愛おしくて、彼女の表情は自然と綻んだ。
手を伸ばし、右手で彼の頬をそっと撫でる。
はにかみ混じりの笑みを浮かべて、大丈夫だ、と相槌を打つ。
再び口づけられ、フィアンマの思考はやや湧き出した淡い欲情に蕩けてぼやけた。


キスは一定の時間を超えると女性の興奮をそそり、男性に苦痛を与えるらしい。

だとすれば、自分が快楽を覚えているこの接吻は彼が苦痛に耐えていることなのだろうか。
長い唾液の糸が引いて唇が離れるのを名残惜しく思いつつ、フィアンマはそんなことを考える。

するり

衣擦れの音がして、素肌が晒された。
枕元、サイドクローゼットの上にあるランプだけが、部屋を照らしている。
間接照明の柔らかな灯りによって浮かび上がる自らの肢体というのはこそばゆいものがある。

「っ、」

壊れ物でも扱うかの様に。
彼はフィアンマの下着を脱がし、首筋に甘く噛み付く。
歯を立ててはいるものの、獣が懐く様に、その強さは甘い。
むず痒さの様な些細過ぎる痛みに身じろぎ、フィアンマは熱い吐息を漏らす。
一方通行の細い指先が、不意打ちの様に彼女の秘部周辺をそっと撫でる。
焦らしは性行為における常套手段だが、物足りなさが後を引く。
物干しげな表情を浮かべる彼女の薄く笑みを浮かべ、一方通行は口付けつつ愛撫をする。
僅かにぬるつき始める指の腹で陰核を強めに刺激する度、白い体が過剰なまでに跳ねた。

「ん、」

喘ぎ声は抑え気味で、微かなもの。
そのしおらしさが、普段の口調とのギャップと相まって興奮を誘う。


「んっ、ん、ぁ、ふ…、」

陰核を執拗に責め立てられ、首筋を舐められ。
耳朶を甘く噛まれ、緩やかに指を抽挿され。

数度絶頂に達したフィアンマは、泣きそうになりながら一方通行の背中に爪を立てる。
暴力的な抗議に目を細め、彼は彼女の赤い髪を、愛液に濡れていない、綺麗な方の指で撫でた。

「なンだよ」
「もう、いい、から」

多少痛くても構わないから、はやく。

急かす言葉に、流石に意地の悪さが過ぎたかと内心白い彼は反省する。
大事にしようとしすぎるのもなかなかに考えものだ。
過保護過ぎる環境下で育った子供がロクな大人にならないのと一緒である。

「自虐になるが、サイズはあンましねェ。だから、痛みは少ねェと思うが」

彼は幼い頃に能力者となり、それから例外を除いて能力を常に発動していた。
故に見目はアルビノのようであり、ホルモンバランスは能力開発の影響で崩れきっている。
そのために彼自身の肉棒は平均に比べて大したサイズではなかったが、彼女は別にそれで良いのだ。

彼女はセックスがしたくて彼に抱かれているのではなく。
彼に抱かれたくてセックスをしているのだから。

先端を宛てがわれる感覚に、自然と身が強ばる。
相性は悪くなかったのか、ぬるつく秘口は意外にも男性器をすんなりと飲み込んだ。
出血はしなかったし、痛みも少ない。加えて、圧迫感もさほど感じなかった。
それは散々絶頂に達した彼女の状態故こそかもしれないし、彼自身のサイズの問題かもしれない。
とはいえ、危惧していたような破瓜状態ではなかった。


「ん、……少し、苦しい、が、痛みは少ない、な」
「そォか」

男性の側にとって、セックスは初めてだろうが何回目だろうが快楽しかない。
基本的に、濡れた穴に突っ込めば快楽を感じるようにできている。
女性側はそうはいかない。処女であれば慣れぬ感覚に耐え、潤滑度が足りなければ性器が痛む。
医学を学んだ一方通行は、当然、性行為関係一切についても正しく勉強していた。
彼に逸る性欲がないことも、焦らぬ愛撫が出来る条件の一つではあっただろう。

「ん、ん…」

男性器がゆっくりと抜き差しされる度に、感電にも似た衝撃が走る。
性的快感に慣れのない彼女にとってこの性行為は酷だったが、理性を多少捨てればどうということはない。

「あっ、ぁ、」
「ン、」

ぐちゃぐちゃと淫猥な音が、部屋に響く。
そこに混じる嬌声は甘く高く、普段の彼女らしからぬものだった。
しかしながら、そこには歓喜に似た何かが満ちている。
女性にとって、愛する男性に抱かれるというのは精神的にも充足出来る行為だ。
性行為が愛の営みと呼ばれる所以はそこにある。

「あ、う、」

ぎゅう、と抱き寄せる。
細い腕に抱き寄せられ、彼は彼女の言葉に耳を貸した。
切羽詰っているのか、快楽に浮かされて頭が働かないのか。
彼女は珍しく母国の言葉、イタリア語で愛の言葉を囁くと、自分からも腰を動かした。
粘ついていた甘い匂いの愛液が、徐々に塩気の混じるぬるつきの少ないものへ変化する。
絶頂が近いのかと判断しつつ、一方通行は同じくイタリア語で応えてやり、口づけた。
窒息せんばかりに深く濃厚に強く口付け、そのままに動きを早め、指先で陰核を刺激する。
人体としての発達こそまともなものの性的には未熟以下の体は、それだけで限界を迎えた。


びちゃびちゃ、と透明な液体がベッドシーツを濡らし、女の身体が一瞬だけ緊張する。
それから、何もかもを捨てた様に脱力し、荒い息遣いだけがそこに残った。
二秒程遅れて、精液がどろどろと注がれる。
巷では熱いと聞くそれは、意外にもぬるいし量のないものなのか、と彼女はぼんやりと思う。

「ふ………」

見上げる。
目の前には白いまつげに縁どられた赤い瞳。
快楽の余韻からか僅かに蕩け、息は甘い。
視線は優しく、シーツに置かれた手は小さく震えている。

「……好きだよ」

ぽつりと告げ、彼女は小さくはにかむ。
昔と変わらない微笑だ、と思いながら、彼は相槌を打つ。
急激に冷めていく思考回路は、それでも彼女を労わる気持ちで溢れていた。

「シャワーを浴びてくる」

ふらふらと立ち上がり。
彼女はそう言うと、ゆっくりゆっくりと浴室へ消えた。

「……ン…」

一方通行は手短に自分の身を清め、怠い体を引きずって彼女の着替えを用意してやる。
ついでにタオルも取りやすい場所にセットしておき、再び寝室へ戻った。

彼女が妊娠すればいい。

出産は命の危険もある行為だが、優秀な医者として自負のある自分なら、きっと救ってみせる。

何より。

『俺様は、幸之助に幸福でいて欲しい。子供が欲しくないのならば、仕方ないが。
 今の口ぶりからして、そうでもないんだろう。なら、俺様は求めようと思う』

彼女の願いが叶いますように、と強く、想った。


目が覚めた。
腰は痛いし、体はだるい。
しかしながら、その苦痛は嫌なものではなかった。
決してマゾヒストになどなったつもりはないが、そう感じるものは感じる。

「……ん」

今日も一方通行は先に行ってしまったようだ。
別に寂しい訳でもないので、フィアンマは適当に卓上ロールを口にする。
マーガリンもジャムもつけず、彼女はもぐもぐと咀嚼を繰り返す。
流石に喉が渇いたので、冷蔵庫から牛乳を取り出して飲んだ。

白い液体。

ふと昨晩の事が思い出され、フィアンマは沈黙する。
落ち着かない様子で髪に触り、ゆっくりと息を吐き出す。
昨晩、うまく言葉を紡げたか、自信がない。
安易な慰めでは彼は自責の念を強める。だから自然と、自分本意な物言いになってしまった。
少しでもあれで前向きさが増せば、とぼんやり思い。

「……寝直すか…」

今日は遅くなるだろう。

思いつつ、ベッドへ戻り。
そうして、静かに目を瞑る。


今回はここまで。
もうすぐ終わります。


>>1がオリキヤラ掌握書いたらヤンデレになってただろうなぁ…。
もう終わりですよ…もう少しで…  次スレ案がブレブレです。……禁書幻想右方前提世界征服病条さん書きたい…需要がなかった……















投下。


すっかり懐かない。

一方通行は帰宅して早々、妻似の愛息子に泣きじゃくられていた。
産まれてから今までは、早く帰宅してはフィアンマのサポートと息子の可愛がりの為に尽くしていた一方通行だったが。
そんな頑張りも、ロクに深い情緒など持ち合わせない幼児には届かないのであって。

「え、えうう、えぁ、」
「……泣くンじゃねェ」

歳は二歳半。
もはや、泣いている目的が食事・オムツ・眠いの三種では判断出来ない年頃だ。
生来、彼は子供をあやすことなど苦手な方の人種である。
長期休みを取得したのは、彼女の代わりにこの子の世話をするため…なのだが。
じー、と見上げてくる赤色の瞳。自分は後天的アルビノなのだが、何故遺伝してしまったのか。
幸いにも、彼女の遺伝子よりは自分寄りだったのか、視力は人並み。
仮に障害があっても育てるつもりはきちんとあったが、本人のために健常である方が好ましい。

「うー」
「………」
「ぱぱ」
「なンだ」
「ぱぱー」
「なンだよ…」

すりすりと甘えてくる幼児。
先程までのぐずりはどこへいったのか、と一方通行は深くため息をつく。
小さくぷくぷくとした柔らかな手が、一方通行の頬を触った。

「………」

自分が奪ってきたものは、こんなにも重かった。
息子と見つめ合い、それを今一度自覚して、一方通行は沈黙する。

「ぱぱだいすきー」
「…おォ。俺も好きだよ。寝ろ」

照れ隠しの暴言を吐き捨てそうになり、堪える。
流石に教育に悪い、と踏みとどまったのだった。



一方。

一方通行に息子の世話を任せ。
申し訳ないとは思いつつも、フィアンマは単身でイタリアへとやって来ていた。
事前に連絡はしてあるし、会うべき相手も決まっていた。

「遅くなったな」
「ん」

十三年程。
会っていない年数をカウントすれば、それ程になるだろう。
紅茶の入ったカップ片手に振り返ったのは、三十代程度の女だった。

「久しぶりね」
「ああ」
「すっかり所帯染みたように見えるケド」
「間違ってはいないな」

向かいに腰掛け、ミルクティーを注文する。
傍らのシュガーポットを長め、フィアンマはゆっくりと息を吐きだした。

「……本当に久しいな、前方のヴェント」
「今は違う。単なるシスター」
「ほう」
「実際は女子修道院のシスター長かな」

魔術師としての道を歩む気が削がれたのだ、と彼女は言った。
弟の代替として愛していたフィアンマが出て行ってから、気力が切れたと。


魔術師にとって必要なのは精神論と向上心と知識だ。
ヴェントの気力が削がれたのも頷ける。

「…それに。アンタが住んでる学園都市を攻撃したくなかったしね」

それが一番の理由だ、と彼女はぼやく。
黒いフードに少し隠れた整った顔立ちは、疲れた様相に見えた。

「ま、久しぶりに会えて良かったってトコか。
 それ以降どうなったワケ?」
「結婚して子供を産んだ」
「ぶっ」

思い切り紅茶を吹き出し、ヴェントは眉を寄せる。
フィアンマは運ばれてきた紅茶を啜り、首を傾げた。

「そんなにおかしなことか」
「あのガキ吹っ切れてないかと思ってた」
「もうあれから何年経過していると思っているんだ」

今ではもう良い思い出だよ、と彼女はぼやく。
そんな様子を見て、ヴェントは薄く笑んだ。

「…子供、可愛い?」
「ああ。…残念なことに俺様に似てしまったが」
「イイと思うケド、充分」
「……まあ、視力は夫に似たからな」

それだけは良いか、と彼女は呟き。
薄く目を細め、青空を見上げる。

「すまなかったな」
「イイよ、別に」

そもそも、世界の運営を一人の少女に押し付けようとするのが間違っていた。

ヴェントはそう丁寧に述べて。
それから、彼女の頭を撫でて、少しだけ謝罪した。


あまり話す事がなかったのは、お互い遠い世界の人間になったからだろうか。

子供を産み、天使に近い構成などもはやほとんど見当たらない自分の見目を眺め。
それでも、今はもう力を喪ったことなど何とも思わないのは、息子と夫がいるからか、と思う。
少女の頃、あれほどまでに執着と依存を繰り返していたのは、拠り所がなかったからだ。
何の保証もない他人との約束だけを目当てに、無意味に呼吸していたから。

一方通行に救われて。
告白されて、告白して。
手を繋ぎ、キスをして。
結婚して、結ばれて。

その過程で自分に自信を得た時から、依存心は減ったと思う。
勿論、一方通行が死んで悲しくないという訳はない。
息子を喪うなど考えることすら嫌だし、一方通行についても同義。
けれど、それで世界を呪うだろうかと問われれば、今返す答えはノーだ。

「ただいま」
「おォ」

荷物を放り、ハグをする。
動揺しながらも、一方通行は彼女の体を抱きしめ返した。
一方通行の背中におぶわれた子供が、すぅすぅと寝息を立てている。


改めて子供を深く寝かしつけ。
完全に寝入ったことを確認後、フィアンマはシャワーを浴びた。
時差ボケでいやに眠い頭をスッキリとさせ、ソファーへ腰掛ける。
一方通行は論文データの入ったノートパソコンを定位置へしまい、彼女の隣りへ腰掛けた。
トン、と静かな音と共に、カップを置く。

「…寝かせるつもりなのか?」

中身は、牛乳たっぷりのカフェオレである。
それも、インスタントコーヒーではなく、豆から淹れたもの。
しかもホットである。彼女がそう言うのも無理はない。

「いつも無理して起きてンだろ、たまには寝とけ」

いかに早く帰宅しても、一方通行は医者であり、呼び出しもある。
そうなれば、自然とフィアンマは子供と一体一になる。
子供の相手とは生半可な疲れではない。まして、保育士などの職業でなく親なのだ。
休憩時間などはなく、自分のプライベート時間を切り崩す必要がある。

「幸福だから良いんだ」

言い切って、彼女はカフェオレを啜る。
温かく、砂糖は入っていないが甘味のあるそれが、心を癒していく。
疲れた脚を伸ばし、彼女は欠伸を噛み殺した。


「オマエが旅行中、ずっとアイツの世話をしてたンだが」

唐突に、一方通行が切り出した。
フィアンマはカフェオレを飲みながらに、耳を傾ける。

「……やっぱ、重いな」

体重の話ではない、とフィアンマは咄嗟に判断した。
恐らくそれは、命の重みのことだろう。

「笑って、泣いて、呼吸して、…生きてる奴にしか出来ねェ」

自責の念など、クソ程の役に立たない。

彼はそう言いながらも、時折こうして自分を責める。
自分がこの手で奪った命は、あるいはこうして命を産めたかもしれない、と。

そして、彼は誰にも慰められてはならない。

けれど、彼女は"認める"。

「そうだな。……お前が診察し、治療しなければ、病で命を喪った人間も多く居ただろう」
「…………」

彼が足掻くのは、贖罪のためではない。
自分の中で、謝る権利を得る、ただそれだけだ。
だから、フィアンマはそれを応援する。

かつて自分を救ってくれた男を。
自分の隣りに居て欲しい配偶者を。

彼女は手を伸ばし、一方通行の手を掴む。
死者の想いは生者に、生者の想いは死者に、決して届かない。

「お前は、よくやっているよ」

努力を認める。
彼の味方でいる、その言葉の意味を正しく果たすには、これだけだ。

「どんなにみっともない足掻きになっても、俺様は最期まで見守るよ」

応援の言葉に、一方通行は目を細める。








―――――別れのカウントが開始されたとも気づかずに。


今回はここまで。

乙。もうこれで終わりでもいいんじゃないかなとチラッと思ったwwww

オッさん達やグレムリンず、アックアはどうなってるのやら。


ハイペースでどんどん進んでいく。

>>438
(ご想像にお任せします)















投下。


「あのね」

七歳。
小学二年生になった赤髪の少年は、同じ髪色の母親に切り出した。
その肌は白く、とてもではないが活動的な印象は窺えない。
目が見えるからといって、運動的になることはなく。
その辺りは両親共に似てしまったのか、とフィアンマはほんのり反省しつつ。
それでも最低限の運動機能は備わったのだから、問題はないだろう。
身長にしても、同年代よりは少し高い程で、発達は悪くない。
細身なところは気になるが、食事はしているので体質的な問題だ。

「何だ」
「さくぶんかいてきなさいっていわれてね」
「ほう」

小学校で出た宿題なんだ、と彼はノートを見せる。
拙い字が、国語ノートの紙を覆っている。
ひとまずその文章量を褒め、彼女はその先を促す。

「どの辺りで悩んでいるんだ」
「おとうさんのだいすきなところでまよってるの」

作文のテーマは、『あなたの身近に居る大切な人』。
両親、保護者、親友、様々な回答が出来るものだ。

「お父さんは好きじゃないのか」

困ったように笑って、フィアンマは問いかける。
んーん、と彼はぶんぶんと首を横に振った。

「だいすきなところがいっぱいあるからまよってるんだ」
「なるほど」


「っく、」

危うくくしゃみをしてモルモットを逃がすところだった。
じたばたと暴れまわる鼠を押さえつけ、一方通行は深呼吸する。
彼が現在取り組んでいるのは、筋ジストロフィーの治療器具開発だ。
妹達の生産という結果を生み出してしまった御坂美琴の遺伝子マップ提供がなすべきだったもの。

全国で筋ジストロフィーの症状に苦しむ人間はまだまだ多い。

というよりも、治療方法や治療器具がないのだから当たり前だ。

「……」

モルモットを観察する。
実験用マウスは、ちょろちょろと尻尾を動かした。
慎重に出力を調整し、一方通行は深呼吸する。
決して、この実験動物達と、今は亡き彼女達を同時に思い浮かべてしまわないように。

「……ン…」

結果をメモに書き写し、すらすらとまとめていく。
長い長い論文。
完成し、発表すれば、この機械だって受け入れてもらえる。

もっと努力しなければ。

一方通行は自らにプレッシャーをかけ、黙々と働く。


「おとうさんってどんなひと?」
「んー。…強いが、弱い男だな」
「む」
「難しいか」
「むじゅんしてる」
「よくそんな言葉を知っていたな」

偉い偉い、と褒めつつ、フィアンマは息子を膝に乗せる。
柔らかな髪を指先で優しく梳き、隻眼を細めた。

「人とは矛盾に満ちた生き物だ」
「…そうなの?」
「たとえば、眠いと遊びたいは反した事柄だが、同時にしたくなるものだろう」

寝たいのに、遊びたい。

どう考えても同時には実行出来ないから、人は予定をやりくりしてどちらもやろうとする。
あるいは、どちらかを諦める。

「迷いや矛盾の無い人間は存在しない。完璧な人間などいたら、それは神様と呼ぶべき存在だ」

あるいは、彼女が本気で手を伸ばせば届いたかもしれない存在。
が、今の彼女には魔術師と呼ばれることすら許されない程度の実力しかない。
身体構成は壊れているし、扱える術式も少ない。気力もない。
でも、もはや闘争などする気もない彼女にとっては、それで充分だった。

「かみさまかぁ…おかあさんはかみさまにあったことある?」
「まだ無いな」
「あってみたい?」
「文句を言いたいことならある」
「もんくいうの?」
「ちょっとな」

夕食の準備をしよう、と彼女は立ち上がる。


娘は九歳になった。
ちょっとおてんばではあるが、元気で良い子だ。
そろそろ反抗期が来る頃かもしれない、と美琴は思う。

「おとうさーん」

まだまだ心配はなさそうだ。

麻琴ははにかみ、上条に抱きつく。
勢いよく抱きつかれた上条はコケそうになりつつ、笑って返事をした。
抱きとめてやり、さらさらの髪を撫でてやる。
年齢を経るにつれ、麻琴の容姿は上条にも少し似てきた。
瞳の色は上条そっくりだし、容姿も細身よりは中肉中背寄り。

(ま、子供だもんね)

あまり細くても怪我ばかりが心配になる。
ので、学生時代の上条並にタフでいてほしい、と美琴はひっそり思った。

「ご飯何がいいー?」
「麻琴はシチューがいー!」
「美琴、シチューにしてやってくれ」
「チキンシチューでいい? 鶏肉がやたら余ってるんだけど」
「いいよー」
「良いぞー」

楽しそうに強請って、麻琴はテレビを点ける。
彼女は可愛らしい衣装を身にまとう魔法少女モノのアニメにハマっているようだった。


「お父さんかえってこないね」
「昨夜無理やり帰って来たようだからな。今日は勘弁してやれ」

ぱたぱたと脚を揺らす少年は、赤い瞳を擦る。
指で擦るな、と叱りつつ、フィアンマは時計を見やる。

昨日は、息子の誕生日だった。

もう十歳になったのかと思うと、嬉しいような、寂しいような。
そんな訳で、昨日、一方通行は残る仕事を積み上げて帰ってきたようだった。
無理をしなくても良いとはいったのだが、せめて節目は、と譲らず。
彼自身が祝ってもらった経験がないからなのだろうな、とフィアンマは思い。

「夕飯は何が良い?」
「んー、んー……お父さんの好きなものかな」
「……敬愛とトレースはイコールにするものではない」
「でもお父さんとお母さんが好きなものを好きになりたいから」

首を傾げ、少年は母親を見上げる。
二桁の年齢になって尚、反抗期という言葉は程遠かった。

「少し買い物に行ってくるが、留守番出来るか。一人で」
「できるよ! 大丈夫」

任せて、と少年は胸を張る。
微笑と共に励ましを残して、フィアンマは家を出ようとする。


「―――――――ん、」

ふと。

何となしに、メモ帳を手にした。
小説を読む息子を尻目に、つらつらと言葉を綴っていく。
自分でもどうして急に書置きなどするのか、わからない。
それでも、今書かなければならないような気がした。

綴られた内容は、端的に言うと、遺書のようなものだった。

『この子をよろしく頼む』

そう言葉を締めくくって、フィアンマは上着を羽織った。
嫌な予感がするのなら行かなければ良いのに、彼女は足を止めようとは思わない。

「行ってきます」
「いってらっしゃい」

子供の声を背に、フィアンマは外へ出る。
暗雲立ち込める空が、自分の行く末を暗示しているようにも思えて。
思わず諦念の笑みすら浮かべながら、彼女は歩き出した。


ショッピングモールへ入って。
ギリギリ開店していた食料品売り場へと入る。
まもなく閉店しまうので、買い物を済ませなければならない。

が。

彼女は何となしに、自分は家へ帰れないような気がした。
そして、そういった直感はどうにも当たってしまう。
周囲の客は彼女と同年代の女性や会社帰りの男性会社員が多い。

「……」

天井はガラス張りになっている。
昼間であれば開放的な印象なのだろうが、夜なのでそのような感じはしない。
星空が見える訳でもなく、暗闇しか窺えない。

「ありがとうございましたー」

会計を終え。
食事の材料が入った袋を手に、歩き出す。

彼女は、その日、初めて不運に恵まれた。

ずっとずっと、望んでいたことだったかもしれない。
少なくとも、こういった残虐な最期なら、ずっと。


上条当麻は、小さな体で、ベンチに座っていた。
木陰のベンチは、少し風が吹き抜けるだけで涼しい。

『……、』

彼は自分の姿を見て、これが夢であることに気がついた。
所謂認識、あるいは自覚夢というものだった。

『ぁ、』
『? どうかしたのか』

隣には、赤いワンピースを纏った少女が座っていた。
目が見えぬ、自分の愛した、愛らしい少女だった。
長い髪を風に靡かせ、彼女ははにかんでいる。

『……』

言葉が出てこない。
ずっと会いたかった。

でも、これは夢なんだ。

そう再認識してしまうと、何も言えなくなる。

『とうま、やくそくしてくれる?』

手を握られた。
右手同士の小指を絡ませ、彼女は首を傾げる。

これは、ゆびきりげんまんっていうんでしょう。

『ずっといっしょにいてくれるー、って』

だめかな、と彼女は首を傾げた。
泣きそうになる内心とは反対に、幼い上条は満面の笑みを浮かべる。

『うん、やくそくするよ』

小指を絡ませ合い、童歌を口ずさむ。
何年経っても、上条の心の中には彼女が居た。

『……それじゃあ、そろそろ』

呟いて、彼女は立ち上がる。

『どこいくんだよ?』

咄嗟に手を掴もうとするが、届かない。
少女は振り返って、寂しそうな笑みを浮かべて告げた。

『ばいばい、とうま。……さよなら』


「ッッ!!」

ガバッ、と跳ね起きた。
横たわっていたのは、リビングのソファー。
美琴は買い物にでも行ったのか、居ない。
自分は、疲れて夕方から眠っていたようだった。
近寄ってきた娘の驚いた様な視線を感じる。

「…お、お父さんだいじょ…」

言いかけて。
麻琴はふと、とある一つの事実に気がついた。

「……泣いてるの?」

どこか痛いのか、と少女の手が触れてくる。
上条は無理矢理に笑みを浮かべ、次から次へ流れ出してくる涙を拭い、首を横に振った。

「大丈夫だよ、麻琴」

俺は、大丈夫だから。

そう言葉を繰り返す上条の胸を、寂寥と後悔が締め付けていた。


硝子の砕け散る音は、決して聞き間違えなどではなかった。
フィアンマは頭上を見上げ、品物の入った袋を適当に放る。

「………ああ」

大小問わず、砕けて降ってきた硝子は凶器だ。
これだけの量をあの高さから直撃すれば、死は免れない。
理解しながらも、彼女は動かなかった。

逃亡しても間に合わない。
術式で防ぐには時間がない。
『聖なる右』はもう存在しない。

そして、自分を救えと神に祈ろうとは思わなかった。

「ようやくか」

呟く。

長かった。

多くを傷つけ、多くを殺し、多くを救い、支え、支えられて。
矛盾に満ちた、あまりにも人間臭く醜い一生が、ようやく終わるのか。

「……主よ。あなたのお恵みに感謝します」

最期に願うことが許されるなら、少しだけ。

まずは、自分以外のこの場に存在する全員の無傷。
それから。


「……あなたの端女を生涯支えると誓ってくれた、夫の」

願いを、叶えてください。

彼に、償いの権利を御赦しください。

硝子は、とても綺麗だった。
光をキラキラと反射して、まるで神の光の様だった。

きっと、これを身に受ければ壮絶な痛みの中で死に逝くだろう。
ヘタをすればグチャグチャの肉塊に成り果てるかもしれない。
でも、それはそれで自分に似合いの死に方だな、と思う。

「――――、」

彼女は両腕を伸ばし、目を瞑り、凶器を受け入れる。
恵みの雨を喜ぶ非力な民の如く、静かに。

『最期までアイツのことばっかりかよ。妬けるな』

懐かしい声が聞こえた。
うっすらと目を開けると、白い羽が舞い散っているような気がした。

それは、幻覚だっただろうか。

あるいは、彼女の願いが引き起こした奇跡か、魔術か。

何にせよ、そこには『彼』が立っていた。
優しく笑って、フィアンマを庇う様に抱きしめていた。
天使様のようだ、と彼女は少しだけ思う。

「久しいな、帝督。話したいことが、いっぱい、あるんだ」
『ああ、そうだな――――』




――――そして。

            彼女の怒りは、自らを灼いた。


今回はここまで。
フィアンマちゃん死亡のお知らせ。ないてきます


世の中には体感時間というものが、
地の文でもちょっと入れたのですが、基本的に『彼女が自力で叶えられる』願いしか神様は叶えません。


















投下。


『もしもし、お父さんですか』
「どォ聞いてもお父さンですよォ…、…何かあったのか」

猫撫で声を出しかけ、ハッとして堪える。
珍しく、息子から電話がかかってきた。
時刻は0時に近く、非常に珍しい事態だ。
電話口の向こう、幼い少年はやや元気のない声で言う。

『お母さんが帰ってこないんだけど、お父さん知らない?』

八時頃に、彼女は家を出たらしい。
近くのショッピングモールへ買い物に行ってくる、とのことだった。

それから、早四時間。

帰ってくるどころか、電話一つ寄越さない。
なので、少年は幼い頭を懸命に働かせ、父親と待ち合わせた可能性を考えたらしい。
勿論、一方通行はフィアンマと帰り時間を合わせたりなどしていない。

「知らねェな。連絡も何もねェのか」
『うん。……おなかすいた』

母親を心配するより先に食欲が出てくるのは年相応というべきか。
すぐ帰ると告げつつ片付けをし、書類を整理して、一方通行は外へ出た。


帰り道に携帯電話でニュースを鑑賞して情報を取得するのが、一方通行の日課である。
急ぎ足で進みながらも、イヤホンから聞こえるニュースに耳を傾ける。

『今日午後九時頃――――』

男性アナウンサーの声が、淡々と真実を告げていく。
余計な装飾はなく、単純に整理された情報を、つらつらと。
空腹に耐えているであろう息子の為に歩き続けながら、一方通行はそれを聞いた。
そして、異様に凍えた指を自らの手で擦り、唇を噛み締めて、歩く。

「おかえりなさい」

鍵を開け、ドアを開けた。
出迎えたのは、少しだけ眠そうな愛息子。
ぐしぐしと目を擦るのをやめさせ、頭を撫でてやる。

「お母さんは……?」
「まだ帰ってこねェと思うから、先に飯食って寝ろ。弁当でイイな」
「うん…」

作りかけの夕飯が、買い物に行ったきり帰ってこない彼女の存在を無言のままに強調していた。
子供を寝かしつけ、先程嫌な予感がしたニュースを再度見る為に、テレビを点ける。

未曾有の大事故。

老朽化していた屋根から、硝子板が外れて割れ落ちた。
加えて、建設途中に置かれたままに忘れられていたコンクリートの資材が落ちた。

死傷者は一人。

否、負傷した人間は居ない。
居るのは、たった一人、"全身を強く打って"―――原型を留めない程に惨たらしく死んだ女が一人。


一方通行は、テレビのリモコンを取り落とした。
フローリングの床に落ちて激しい物音を立てたが、既に息子は夢の中だったらしい、起きてこない。
血の気が引くとは正にこのことをいうのだろうか、と彼はうっすら他人事の様に考えてしまう。

それ程までに。

今のこの現実に、現実感がまるでなかった。

「ァ……?」

画面に表示されているのは、死亡した女性の名前だった。
フルネームのそれは、正しく自分の妻のものだった。
同姓同名であるはずがない。何せ、そのショッピングモールは近所だ。
他でもない彼女が買い物に行った場所なのだ。

「………、」

テレビ番組では、批評家が如何にも偽善者ぶった様相で建物管理者の責任について話している。
また、考えの浅い若いアイドルの少女が、痛ましそうに"被害者の方があまりにも不幸過ぎて気の毒です"と口にした。

他にも大勢、買い物客は居た。
にも関わらず、死んだのは彼女だけ。

「……あァ、……」

何となく、分かる。
彼女は恐らく、最期、周囲の無事を願ったのだ。
そうでなければ、硝子片の一つや二つ、背丈の小さな子供などを傷つけていてもおかしくない。

奇跡的に、大事故にも関わらず、一人の死だけで済む。

奇跡。
彼女の専売特許だった。


携帯電話が震える。
知らない番号からだったが、電話に出る。
警察官からの連絡だった。
残った血液などのサンプルから、本人特定をして。
戸籍などを調べ、こうして電話をかけてきたらしい。
ほとんど原型はないものの、死体を引き取らねば葬式は出来ない。
事務的な連絡にいたって理性的な対応をして、一方通行は電話を切った。

「…………」

涙は、出てこなかった。

「……俺に関わると、酷い死に方をするとでも決まってンのか」

そんな言葉が出た。
かつて亡くなった友人、垣根帝督の死に様も酷いものだったが。
彼とは打って変わって善人側であった彼女が、こんな死に方をして良いのか。

「………」

何も考えられない。
何も考えたくない。

一方通行はソファーに横たわり、電気を消す。

ふと、彼の視界に、紙が映る。

メモ帳を一枚むしったようなものだった。
書置きだろうか、と彼は思う。
のろのろと起き上がり、手にとって、静かに眺めた。


『短い様な長い年月、本当に楽しかった。
 この子が一人で生きていけるようになるまでは、よろしく頼む。
 最期まで応援するといっておきながら、先立つ不幸を御赦しください。
 
              追伸 俺様が不幸、とは違和感しかないな』


短い内容だったが、故に、彼女の本心だけが綴られていた。
特に言い残すことがなかったのは、日常生活で言いたいことを言うタイプだったからだろう。
薄々、自分が死ぬことを理解しながら出て行ったのだろうか。
何かと神がかりな部分を見せる女性だったから、とうとう神様に連れていかれたのかもしれない。

「………」

メモ帳を、フォトアルバムの空ケースに畳んでしまう。
やはり涙は出てこない。現実を理解しても、感情がついていかない。
ふらふらと、再びソファーへと腰掛けた。頭が痛い。

硝子片が突き刺さった上に、コンクリート。
痛みが麻痺するほどの激痛の中で、彼女は何を考えて逝ったのか。
少なくとも、即死ではないような気がした。

「…………」

無言のまま、暫く思考を放棄する。
現実の非情さなど、いくらでも把握していると、思っていたのに。


葬儀の日は、大雨だった。
既に火葬は済ませてあるので、正確には告別式に近い。
多くの参列者のほとんどが、一方通行の知らない顔だった。
上条や美琴の姿はない。一方通行から、妹達に情報伝達のストップをかけた。

「少しは眠れてる? ってミサカはミサカは問いかけてみる」

久々に会った打ち止めは、先程泣きじゃくったせいで赤らんだ顔を濡れタオルで冷やしていた。
質問に目を細め、彼は首を横に振る。

「寝れねェよ」

化けて出てくる訳でもないし、と呟く一方通行に、打ち止めは唇を噛み締める。
久しく学園都市から出てくる理由がこんなにも悲しい理由とは、思わなかった。
最初に連絡を受けた時は、冗談か何かかと思ったのだ。

「これ、他の個体から、ってミサカはミサカは、手渡してみる」

世界中に散らばった個体には、参列に駆けつけられない者も居る。
その個体達の分も、と打ち止めは香典を差し出した。
葬儀を十字教式にしなかった理由は単純で、一方通行が彼女を奪った神様を認めたくなかったからだ。

彼女の運命を翻弄し、不幸にし、最期には残虐な死を与える。

そんな神様が作った神の国なら、行かせたくないと思ったから。
そもそも、死後の世界についてあまり期待していないというのもある。
遺書や生前の意思は聞かなかったので、特に問題はないだろう。

「じゃあ、ね。…って……っ、…みさ、かは、…ミサカは、手を振ってみたり」

ゆるく手を振って、彼女は目元を押さえて歩いて行った。


式も終わりに近づいた頃。
多くの人間が帰りゆく中、魔女の様な少女と、穏やかそうな青年が残っていた。
一方通行は、この二人に強い見覚えがある。

「…オマエらは」
「……久しいな」
「……久しぶりだね」

オッレルスとオティヌスだった。

別に仲良くするでもなく、彼らは呆然と遺影を眺めている。
写真の中の故人は、いつだって幸福そうに微笑んでいる。
一方通行は拳を握り締め、唇を噛んだ。

「………オマエら、魔術師なンだろ。それを究めた魔神なンだろ」

オッレルスに対しての憎悪は、時がだいぶ薄めてくれた。
そもそも、殺人者である自分が垣根の復讐をする権利など持たない。
それを抜きにしても、二人がただ座っていることに怒りを覚えた。

「世界中の法則を好きに変えられるンだろ! なら、何で座ってやがる!!」

蘇らせろ、と一方通行は吼えた。
打ち止めが式場から出て行ったからこそ垣間見える醜さ。激情。
黙り込むオティヌスとは反対に、オッレルスはきわめて冷静に言葉を返した。

「確かに私と彼女は世界を好き勝手に出来る程の暴力の持ち主だ。
 …………だが、本当に死んでしまった死者を蘇らせることは出来ない」

黄金や何かを埋め込んで、自らの手足とすることは出来ても。
真の意味での蘇生など出来ないから、座っているのだ、と彼らは言う。
弔うことしか出来ないから、そうしているのだ、と。

「……蘇生など、出来るものならとうにやっているさ」

やっていないということは、出来ないことだ。

告げて、二人は立ち上がる。
線香をあげに来ただけらしかった。
オティヌスはさり際、彼の横をすれ違う時に呟いた。

「―――あの子を救えなくて、すまなかった」


青を基準にした服を纏った大男が、赦しの言葉を紡いでいたことを覚えている。
あれは彼女の知り合いか、あるいは同僚だったのだろうか。

「……」

告別式を終えて、納骨をした。
あまり大きな墓石は購入しなかった。
立派な墓など建てても、彼女は喜ばないだろうから。

「………」

ふらふらする。
体の軸がすっぽ抜かれてしまったかの様だ。
吐き気がして、頭痛が酷い。

「………」

絶え間無い絶望感が、彼を支配していた。
もしも彼に何も守るものがなければ、彼は学生時代の様に異能の翼でもって世界を壊していたかもしれない。

「……フィアンマ…」

死にたい、と思う。
彼女に会いにいきたい。
楽になってしまいたい。

「お父さん」

くい、と服を引っ張られた。


視線を向ければ、瞳色以外は妻にそっくりな息子が立っていた。
齢十歳、ペットを飼った経験もない彼に『死』というものはわからない。
だから、少年は何を悲しむでもなく笑みを浮かべていた。

「色んな人から"かわいそうに"って言われたんだけど、何でだろ」
「……、…」
「お菓子いっぱい食べたんだ。お母さんもこられたらよかったのにね」
「ッ、」

何かのイベント事と区別がついていないのだろう。
仮に言って聞かせたとして、まだ理解出来ないとは思う。
あまりにも無邪気な笑顔が、かえって胸を締め付けた。

「……ッ、」
「、お、お父さん?」

一方通行は、黒い礼服が汚れることさえ気にせず、その場に膝をついた。
霊園のアスファルトの床はひんやり冷えていて、彼の膝を冷やしていく。
血を分けた息子と同じ紅の瞳から、涙が流れた。
ぼろぼろと涙を流しながら、無力感を堪え、絶望を押しのけ、彼は子供を抱きしめる。
抱きしめられた子供は不思議そうに首を傾げ、どこか痛いのかと聞いた。

「お母さンは帰ってこないが、俺と二人で暮らせるか」
「? うん。…なんで帰ってこないの? お父さん、喧嘩したの?」
「もォ少しデカくなれば分かる」

わかるから。

絞り出す様に言って、彼はプライドを投げ捨てて泣いた。
少年は首を傾げたままに、疑問を抱いたまま、自らの敬愛する父親を抱きしめて宥めるのだった。


今回はここまで。
次回最終回です。長かった…。


馬鹿にした人は皆山田さんにごめんなさいしなきゃいけないよね。
という訳で最終回です。あとがき的なものはしません。長い間お付き合いいただき、ありがとうございました。




















投下。


彼女の命と引き換えに、実験の失敗回数が減った。
驚く程にインスピレーションが湧き出し、論文が進む。

「……」

休憩をすることにした。
ぼんやりとしながら、一方通行はコーヒーを啜る。
息子は年々彼女に似てきたような気がする。
元より、頭髪や色の白さは瓜二つだった。

「口調、なァ」

意識しているのかもしれないが、口調も似てきた。
自分に対してはそれでも良いものの、果たしてあれで学校に馴染めているのだろうか。
何度か恋人が出来たことはあるらしいので、さほど心配することもないのだろうけれど。

「……残りは明日に回すか…」

書類を積み上げ、立ち上がる。
今頃息子は家に帰宅して夕飯でも作っている頃合だろう。


「ン、ただいま」
「お帰り、父さん」

フィアンマが死んでから、早七年が経つ。
息子は十七歳になり、身長も伸びた。
かつての彼女の様に、今は170cm後半はあるのではなかろうか。

「夕飯はどうする。一応用意はしたが」
「食うに決まってンだろ」
「そうか」

性格はさほど変わらないままに。
口調は、生き形見として彼を残していった母親とほぼ同じ。

「俺様は食事の後に自室へ戻る」
「そォかい」
「進路も決定したことだしな」
「相談も無しに決めてンじゃねェよ」
「俺様の意思が曲がらん以上相談してもどうしようもあるまい」

よく煮込まれたシチューは、彼女の手作りと同じ様な味がする。
反抗期こそ酷かったものの(自分に似た)、良い子に育ったと思う。
少し甘やかしてしまった自覚はあるが、自立心の強い子供になった。
急かしたつもりはまるでないのだが、一人暮らしをしたいと口にしている。

「ンで、進路ってのは」
「そのことなのだが」

パンを口に含み。
甘いリンゴジュースを飲みつつ、彼は何の気無しに答えた。

「弁護士になろうと思う」


「弁護士?」
「推薦枠なら担任の教師へ既に打診済だ。成績も客観的に見て良好だ、問題あるまい」
「そォいう現実的に可不可かどうかって話じゃねェよ」
「ああ、志望理由か」

彼は口の中のものを飲み込み。
軽く伸びをすると、皿洗いに移る。

「……幼い頃、母さんはよく『罪人にこそ許しを与えよ』と言った」
「………」
「罪人は自分よりも心の弱い人間だ。自分が許されたいのなら、まずは自分から許せ、とも」
「……、…」
「それが誰のことかは知らん。父さんのことなのかもしれないが」

赦す仕事。
神父になるのは向いていない気がする。
けれど、母親の言葉を聞いてずっと思っていた。
悪いことをした人が、正当な裁きを受けられる程度には、守りたい。
そして、謂れ無き罪を背負わされた人々を救いたい。

だから、弁護士。

罪人の前に立って、罪を軽くし、或いは庇い、正当性を主張する存在。

「並大抵の努力じゃなれねェが、イイのか」

国家資格である弁護士は、真面目に勉強して簡単になれるものではない。
対して、少年は明るく笑ってみせた。

「医者よりはマシだろう」

父さんの跡を継ぐつもりはない。

きっぱりと言い切るその意思の強さは、彼女に似たのか。
肩を竦め、一方通行は皿洗いを手伝ってやる。
元より、贖罪の為に始めた仕事を継いで欲しい気持ちなど微塵もなかった。


「もうすぐ麻琴も成人式かぁ」

薄暗い部屋。
間接照明が明るく照らすベッドで。
女はそう男に言葉をかけ、或いは呟いて、目を閉じる。
そうだな、と相槌を打って、青年は彼女を抱きしめた。

「私ね、麻琴を育てていっぱい苦労して、いっぱい楽しい思いをして…」
「……」
「それで、三年位前からかな。こう思ってたのよ」

もう40代だというのに、その笑顔は少女の頃の様に愛らしい。
娘は既に眠っているので、寝室には二人きり。
服を着用していない理由は、わざわざ語るまでもないだろう。

「麻琴に一番似合う着物を着てもらって、一緒に家族写真を撮ってお祝いするの―――」

夢見るように、彼女は告げた。
今は亡き女の呪いを成就する言葉と、想いだった。

「人生で一番幸福な瞬間だろうな、って」
「麻琴のやつ、何着ても似合うだろうな。美琴に似たし」
「えー、目元とかは当麻似よ? ……ま、本人の希望の柄を既に買ってあげたんだけど」

後は着てもらうだけ、と彼女はいたずらっぽく笑う。
せめて一言位相談してくれても、と少しだけ拗ねる上条。

「はあ、楽しみ」

もうすぐ麻琴の誕生日だからお披露目するわ、と美琴はにこにこと笑む。
そんな妻の笑顔が素敵なので、上条はまあいいかと拗ねるのをやめることにした。


後、少し。

論文の文法訂正を終えて、提出をして。
器具についても医学会で発表した。
評価されるまで、後もう少し。

「ただいま」
「早かったな」
「研究が終わったンだよ」
「ほう」

良かったね、と子供が笑む。
一方通行もうっすらと笑み、彼の髪を撫でた。

不意に、視界がぼやける。

嬉し涙かと思うも、ついで、吐き気がやってきた。
ふらふらとしながら座り込み、そのまま嘔吐した。
嘔吐だけではどうにも治まらず、次々と血液が吐き出される。

背中をさすりつつ、反対の手で電話をする少年。

必死に病院へ連絡しているのだろう、口調は荒かった。
本当に、心の優しい少年に育ったものだ、と一方通行は思う。
きっと、この子は自分や彼女の様に運命にイタズラに翻弄されるような人間にはならない。

平凡の生きて、笑って、泣いて、いつか幸福な死に方をするだろう。

そして。
一方通行の意識は、急速に暗闇へ堕ちていった。


夫と娘は、各々仕事と専門学校へ出かけていった。
さて、今からは自分の時間だ。
洗濯は朝夫に手伝ってもらったので、既に終わっている。

まずは掃除をしよう。
徹底的に大掃除するぞ、と意気込む。
となると、まずはバケツに水を貯めよう。

美琴はソファーから立ち上がり、髪を適当に結ぶ。
欠伸を噛み殺し、上の階へとあがった。
バケツを引っ張り出し、階段を下る。

靴下を履いていたのが原因だったのだろうか。
否、それは恐らく必然と呼ばれることだった。

「――――――え?」

身が投げ出される。
彼女の能力は年齢を重ねると共に衰えていった。
故に、何かをクッションにする程度の電気すら生み出せない。
彼女の華奢な体は、足が滑ったことで空中に浮き、そして。

ごぎゃ、という嫌な音がした。

呼吸が、死んだ。痛みも何もなく、意識だけが薄れていく。
訳もわからぬまま、美琴の身体はやがて、生命活動を停止した。


「ただいまー」

夜。

上条は仕事を終えて帰ってきた。
スーパーの雇われ店長である。
月給としては少ない方だが、仕事はそんなに忙しくない。
なので、定時帰り…とまではいかずとも、一時間半程度の残業で済んだ。

「美琴ー?」

呼びかける。
いつもなら、元気に出迎えてくれるのに。

ひた。

自分の足が、何か冷たい液体に触れたことに、上条は気がついた。
フローリングの廊下へ視線を落とせば、そこには赤黒い液体。
一部は既に乾いていて、こびりついている。
白い壁も、上条の靴下も、同じ色で汚されていた。

その赤の源泉は、一人の女性だった。

「あ………」

学生時代に幾人もを殺した上条には、わかってしまう。

「ああ、」

思わず、その場に座り込んだ。

「あああああああああああああああ!!!!!」

絶叫しても消えない現実。
これだけは、彼の右手でも打ち消せないものだった。


「普段から食欲がないからまったく気づかなかった」
「俺も驚きだっつゥの」

一方通行は病室のベッドにて、ため息を吐きだした。
点滴を打たれ、現在は意識もあるし、吐き気もない。
医者である自分が病院にかからないせいでこうなるとはお笑い種だ。

「……ンで、結果は」
「……、…末期の、胃ガン」
「そォか」
「……怖くないのか」
「死ぬことなら怖くねェよ。オマエを置いて逝く申し訳なさはあるが」

少年の瞳には、水滴が溜まっている。
両親揃って彼が未成年の内に死ぬとはあまりにも惨すぎる。
とはいえ、末期胃ガンの延命治療方法はない。
せいぜいがモルヒネを打って痛みを緩和する程度が限界だ。

「……貯金やら何やらはちゃンとわかってるな」
「ああ、問題ない。…大学の学費も自分で支払い出来る」

泣きそうになるのを懸命に堪え、彼はこくこくと頷く。
一方通行は、心から優しい柔らかな笑みを浮かべる。


解剖結果は、頭を強く打った事によるショック性急性硬膜外血腫。
痛みを認識するまでもなく即死だった、という内容だった。
だが、そんなものは上条や麻琴にとって何の慰めにもならない。

「……お母さん」

もうすぐ成人する少女は、最愛の母親の頬を撫でる。

「おかあさん、」

ぼろぼろと涙が流れていく。
不在がちだったけれど、誇りに思っていた、優しい母。
いつでも十分な愛情をくれて、心配してくれた。

「………麻琴」
「お、おかあさん、わた、わたしの成人、しき、……」

父親に頭を撫でられ、少女はとうとう大声を出して泣きじゃくる。
お母さん、お母さん、と何度も。
帰らぬ人となった母親を呼び、泣いて、泣いて、泣き喚いた。
そんな娘を抱きしめ、涙を堪えるしか、上条には出来ることがない。
虚無感が彼を支配していたが、それを娘の前で見せる訳にはいかなかった。

「うああああああ……!!!」
「………麻琴…」

もっと帰るのが早ければ。
掃除を休日にしておけば。
床が滑らなければ。

多くの『こうだったならば』は、前提条件にすらならない。
もう終わってしまったことは変えられないし、喪われた命は戻らない。
上条は強く娘を抱きしめ、大丈夫だよ、と優しい言葉をかけ続けた。

多くの人を救い続けたとある少女の願いは、こうして長い時を経て、一人の少女を、殺した。


末期胃ガンといっても、判明した瞬間死ぬものではない。
一方通行は鎮痛剤で痛みを誤魔化しつつ、ベッドで安静にする生活を送っていた。
息子は無事大学に推薦入学が決まり、合格証書も既に得ている。
一人暮らしをする家も既に決まり、抱えている課題も既に終わっていた。
なので、彼は毎日飽きずに父親の見舞いへ来ていた。手土産に、新聞や雑誌を携えて。

「父さん!」
「おォ。どォした」
「これ、」

手渡されたのは、一通の手紙。
許可を出してあったので、息子が先に開封したようだ。
既に開いているので、便箋を抜き出し、文章に目を走らせる。

まず、論文が問題無く評価されたこと。
次に、器具の安全性が証明され、量産されたこと。
特許取得はされていなかったが、人類への貢献としていくらかの金が振り込まれたこと。
筋ジストロフィー患者の病状がめざましい快復を見せており、論理は間違っていなかったこと。

一方通行の願いが、叶った。
ずっとずっと、贖罪のために何年もかけて取り組んできた研究が、ようやく日の目を見た。
そして、そのことで救われた人間が居る。
それだけで、彼にとってはもう充分過ぎる程だった。

「そォか………良かった、…ちくしょう、本当に良かった……っ」

便箋を握り締めかねない程に、一方通行は歓喜の声を漏らす。
試しにニュースを見てみれば、嘘ではなく、手紙の内容通りの情報が流れている。

筋ジストロフィー患者で、器具を使用し、回復が見られた人数は20000人を優に超える。

殺した数よりも遥かに、遥かに。
救った人数が、上回った。


父さんは、三日前から便箋を眺めている。
研究が報われたから、でだけでは済まされない喜色が見てとれたように思う。

「父さん」
「ン……」

意識が朦朧としているらしい。
今日は、父さんが告げられた余命を過ぎて四日目。
報われたことで、かえって生きる気力が削がれたとでもいうのか。
ぼんやりとした表情で、父さんは病室の天井へ手を伸ばしている。

「………」
「…父さん?」

既に俺が見えていないようだ。
父さんはうわごとの様に、何かをつぶやいている。


「なァ、フィアンマ。…俺、救ったよ。いっぱい、救ったよ」

子供が親に褒めてもらうために告げるかの如く。
否、それよりもずっと優しく甘えのない口調で、一方通行はそう言った。
天井に向かって伸ばした手の先、確かに掴んでいる華奢な指があるのだ。

「これで、アイツ等に謝れる……よなァ………?」

それ位は、許してもらえるかな。

彼の呟きに応える声は、勿論物理的には存在しない。
けれど、死期を受け入れる彼の耳元で、女がこう返した様な気がした。
意識の薄れ、痛みに追い立てられて死を迎える瞬間に。






『ああ。お前は、よく頑張ったよ。……お疲れ様』


娘は成人式を迎え、家を出て行った。
元より、俺と娘はそんなに強い絆で結ばれてはいない。
別に仲が悪い訳ではなく、べったりという程でもなかったのだ。

決定的だったのが、美琴の死。

麻琴はそれを期に、一人で生きていく、と決心したらしい。
俺はただ見送るしか出来なくて、協力するしか出来なくて。

『辛くなったらいつでも帰ってこいよ』
『うん。ありがと、お父さん』

はにかんで、彼女は出て行った。
好きな男が居ると聞いたので、父親と二人暮らしでは色々と不便だと判断したのかもしれない。
何はともあれ、俺は独りぼっちになってしまった。

「……墓参り、行くか…」

昔から、優柔不断で、何かと引きずった。
娘は、それを敏感に感じ取っていたかもしれない。

今でも、美琴の死を強く嘆き、無力感に苛まれると同時。

"彼女"に会って謝りたいと、未だに思っているのだから。


父さんを埋葬したのは、当然、七年前に死んだ母さんの居る墓だ。
ずっと母さんを焦がれていた人だったから、これで寂しくないだろう。

「……寂しいのは俺様だが」

自分の孤独を埋めたくて、母親の真似を始めた。
いつしか、父親の孤独も埋めたくて、母親の真似を続けた。
記憶の中の母さんはいつでも優しくて、強い人だった。
時折父さんと喧嘩しては、鋭い声で叱っていた様に思う。

「……これ、花束」

ミニ白薔薇の花束を、墓前に置く。
しゃがみこみ、丁寧に墓石を洗った。
それから、目を閉じ、手を合わせて祈る。

「いつまでも幸福に」

二人の下に産まれて、俺は、確かに幸せでした。


美琴の遺産で、美琴の墓を建てた。
御坂家の墓に、という声もあったが、美鈴さんには丁重に断りを入れた。
俺が手を合わせに行くのに、遠すぎては辛いと思ったからだ。
美鈴さんも旅掛さんも無理強いはせず、好きな様にしなさい、と言った。

嫁にやった以上は、あまり口出ししない。

そこまできっぱりとしてはいないものの。
亡くなった娘ならどうしたいかを考えた、と言っていた。

「……美琴」

美琴が生前好きだったお菓子を墓前に並べていく。
サルビアの花束を供え、手を合わせて、祈る。
美琴がどうか、あの世とやらでも幸せでありますように、と。

「…………」

目を開ける。
帰ろう、と立ち上がった。

「――――、」

そこには、見間違えるはずもない、彼女がしゃがみこんでいた。
少し離れた場所、墓石の前で目を閉じ、手を合わせている。

「あ、」

声が、掠れる。
思わず走り出していた。


「……じゃあ、そろそろ行くが、また来るよ」

告げて、少年は立ち上がる。
法学部に入っても、勉強を怠る訳にはいかない。
これからも忙しいだろうなあ、と思い。
寂しさを無理やり振り払って、彼は歩きだそうとする。

抱きしめられた。

「フィアンマ!!」
「……う、」

変質者だ。

少年の身体がガチガチに強ばる。

「ご、めん。俺、お、れ」
「あ、う…ひ、ひと…ち…が……」

言いかけて。
ふと、抱きついてきた男の台詞に注意が向いた。

「……母さんの知り合いか?」

振り返ってみる。
見覚えのないツンツン頭の男が立っていた。
自分の顔を見るなり愕然とする彼に、少し困惑しながらも、自己紹介をした。

「俺様の名前は、―――」


「………そっか」

線香の煙が緩やかにたゆたう霊園を歩きながら。
上条は何度かフィアンマと一方通行が眠る墓石を振り返り、唇を噛んだ。

「フィアンマ、一方通行と結婚してたのか」
「………」
「さっきは驚かせてしまってごめんな」
「いや、構わんが」

コツ、コツ。

歩調を合わせ、上条は懺悔でもするように、フィアンマとのことを語った。

(ああ、父さんが"一生敵わない相手"と言っていたのは)

この男か、と少年は気がつく。
母親の初恋相手にして、父親にとってのヒーロー。
どんな人なのかと考えていたが、何のことはない、いたって平凡そうな中年だ。

「君は、これからどうするんだ?」
「…大学に通うから、一人暮らしをしているが」

彼は、しばし言いよどむ。
それから、上条は慎重に慎重に、こう申し出た。




「もし、嫌じゃなければなんだけど―――――」





一緒に暮らしてくれないか。
彼女に出来なかった贖いを、どうかさせてください。

人を許せ、と少年は母親から習った。

人を赦し、守る生き方を彼は選んだ。
答えは、最初から決まっていたようなものだった。


『このミサカ達の命を謝罪一つで賄おうというのはあまりにもちょっと、と』
『あの屋台のクレープを右から左へ全部、とミサカは提案します』
『オマエら……』
『頭上がんないってのは怖いなオイ』
『帝督も俺様には上がらないようだがね』
『んな訳、…………まあ否定はしねえ』
『はン』
『この野郎、笑ってんじゃねえよ』
『喧嘩をするな』
『そんなことよりクレープをとミサカ00001号は』
『あー脚いたーいとミサカ9982号は』
『四方八方からオマエらは………』
『しかし、お前がフィアンマの夫とかマジ不釣り合いだわ。引く』
『あァ? もう一回言ってみろチンピラ』
『あ? 誰がチンピラだオイコラ』



コツン




『…………ん、』



『――――――存外来るのが早かったな、当麻』
    


                                    おわり

SSにフィアンマさんを出す事について
注意することとかコツとかありますかね


>>537
ギャグなら明るさと躁鬱強調、シリアスならナルシストにしないことですね
勘違いされがちですが彼は自分を大嫌いですし割と謙虚です 後解釈が人と斜め下にズレてておかしいとかが特徴では



次スレ右方掌握じゃなくなりましたすみませ、


(フィアンマSS期待しておりますのでスレ立てする方を全力で応援しております)
(……フィア火野やりたかったんですけれども…ダメか…)

フィア火野はある意味見てみたいwwww限りなく需要零だろーけどもww


そういやこのスレのHTML化依頼、携帯からやったからなのかURL上手く貼れてなかったですぜ


>>544
ファッ!? /が一つ足りなかっただけでアクセスは大丈夫っぽいです。確認してきました。

「人気投票トップはいらない。俺様は陰のトップなのだから、表立った票数は必要ない」

今回のスレで修羅場書くのに疲れたのでほのぼの右方目録辺りに引っ込みます・・・皆様お元気で・・・。

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