双葉杏「冬の国、春の国」 (85)

 冬の北海道は寒い。
 道民じゃなくても、日本全国、誰だって知ってる事実だ。

 吹雪が窓を叩く音で深夜に瞼が開いて、いつの間にか微睡んで、起きたら朝。
 顔を洗おうかと蛇口を捻ると、出てきた冷水に「しゃっこ!」と布団へ舞い戻る。

 炬燵はぬくい。
 これも、日本全国、誰だって知ってる事実だ。

 布団の温もりでは物足りなくなって、枕元のVitaを片手に居間へとダッシュ。
 居間の中心に鎮座する炬燵大明神の中へと飛び込む。
 体まで中へ潜って炬燵のスイッチを入れると、仄かに赤色の灯るそこはまるで私にとっての小宇宙。

 しばらくするとさすがにちょっと暑くなって、顔と腕だけ亀みたいに布団の下から突き出す。
 肩まですっぽり大明神の恩恵を授かって、Vitaでロンパする、今この瞬間が、私は人生で一番しあわせ。

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 うきうき気分で裁判の証拠を集めていると、お母さんが二階から降りてくるのに気付いた。

「杏、外行って、雪どけれ」

「やーだー、いま忙しいから」

 ほら、日向くんも大変なんだよ。
 雪かきなんてしてられるわけないじゃん。

「ゲームしとるだけだべ。雪どけれ」

「やーだー、お母さんが行けばいーじゃーん」

「だはんこくな。どけれ」

 段々とお母さんの語気が強くなってきたので、しぶしぶ布団から体を出す。
 玄関の扉を開けるとびゅうと冷たい風が吹いてきて途端に寒さが増す。
 早いとこ終わらせて大明神の元へ還ろうと、私は納屋からスコップを引きずり出した。

 柔い雪にスコップを突き刺して、そのまま道ばたへぐぐーっと押し退ける。
 全身の体重を使わないと押し負けるので、なかなかの重労働だ。
 杏にやらせる仕事じゃないよね。つくづくそう思う。

「あ、そこのお嬢ちゃん。ねえ、ねえ」

 お嬢ちゃんって私のことかな、と顔を向けると、やっぱりそうみたいだ。
 スーツの上にコートを羽織った男の人がこちらに手を振っていた。
 スーツ着た人なんて久しぶりに見た。

「この辺に民宿があるらしいんだけど、もしかしてそこの大きな家のことかな?」

 スーツマンが私の背後(=我が家)を指さす。

「違います」

 私が応えるとスーツマンは「そっかー、地図見間違えてるのかな」と背を向けた。
 雪かきを再開。
 しばらくすると、さくさくと雪を踏みしめる音が再び聞こえてきた。

「何度確認しても、やっぱりここらしいんだけど……」

「違います」

 自信なさげに言葉を選ぶスーツマンに、私はさっきと同じ言葉を返す。
 でも、今度はスーツマンも諦めなかったみたいだ。
 おもむろにポケットへ手を突っ込むと、

「……よし、君に飴ちゃんをあげよう」

「わーい! 飴だー! うちが民宿・双葉でーす!」

「じゃあ君は、単にめんどくさいってだけで嘘ついてたの?」

「チェックインの時間、まだですからー」

 スーツマンの署名を預かって言葉を返す。

「荷物だけ先に置かせて欲しいって言ってあったのになあ。最近の子供はこんな感じなのかなあ」

 ぶつぶつ文句を言って出て行くスーツマンを見送ると、私はすぐさま大明神の中へと飛び込んだ。
 あー、ぬくいー。

 炬燵大明神のお膝元でだらだらゲームをしてると、一生こうして暮らしたいなあなんて思うんだけど、そういうわけにはいかないのは私にもわかってる。

 私もいつの間にやら高校生。
 人生のなんたるかはまだわからないけど、その厳しさは何となくわかってるつもりだ。
 だらだらするためにはお金が必要だし、そのためには働かなくちゃいけない。雪かきもしなくちゃいけない。

 まあうちは不動産持ってるみたいだから多少は楽できるだろうけど、それでも遊んでるだけじゃ生きていくほどのお金は入ってこない。

 あーあー、なんとかしてニートになれないかなー。
 でも家にいたら絶対に働かされるよね。お母さんが許さない。
 今でもこうして働かされてるくらいなんだし。

 夜になって「うー、さむさむ」と戻ってきたスーツマンを出迎えた。

 オフシーズンの平日にわざわざこんな辺境へやって来る物好きなお客さんなんて、このひと一人きりだ。
 お客さんが多いとそりゃあ忙しいから嫌になるんだけど、一人のお客さんのために働くのもやる気が出なくてめんどくさい。
 それで仕事の手を抜いていたら「杏、さぼんな」とお母さんに怒られた。

 お風呂に入って浴衣マンになった男の人が食堂にやってくる。
 背後のお母さんが「ほれ、もう来たべ」と呟いたのにちょっとむっとしながら、夕飯を机に運ぶ。

「あぁ、ありがとう。お嬢ちゃん。ビールももらえる?」

「はーい」

 冷蔵庫からビール瓶を取り出すと今度は「つげ」と囁かれる。

 お母さんの言う通りにビールをコップへついでいると、浴衣マンがじーっとこちらに視線を送ってきた。

「あのさ、お嬢ちゃん。ちょっと話を聴いてほしいんだけど」

「なんですかー」

 会話を早く打ち切りたくて、わざと気のない返事をする。

 浴衣マンは私のつぎ終えたビールをごくごくと飲み干す。

「あー、うま。いや、俺さ、上司の指示で全国を回らされててさ。三人以上スカウトするまで東京に戻ってくんなって言われてんだよね」

「へえー、大変ですねー」

 我ながら超棒読みだ。
 これは早く酔わしちゃった方が楽そうだなあ、と私は空いたグラスにビールをつぐ。

「でさ、途中で見かけた可愛い子に声をかけつつちまちま北上して、日本の最北端まで辿り着きはしたものの、まだスカウト成功、ゼロ。このまま沖縄まで行かされかねないんだよね」

「大変ですねー」

「大変なんだよ。でね、君可愛いじゃん。サボり癖すごそうだけど、そこはもう大目に見るからさ。スカウトされてみない?」

「お断りしまーす」

 何の話なのかわからないけど。

「ごめんごめん、いきなり言われても、そりゃそういう返事になるよね。いや、俺、まだ新人なんだけど、芸能事務所でアイドル担当のプロデューサーやっててね。お嬢ちゃん、アイドルにならないかってお誘いなんだけど。可愛いし、年の割に緊張しなそうだし喋れそうだし、案外向いてると思うんだよ」

「お断りしまーす」

「いやいや、もうちょっと考えてみよう。成功するかどうかは君と俺次第ではあるけど、もし成功したら、お金がっぽがっぽだよ。CDとか本とかの印税で一生遊んで暮らせるよ。飴ちゃんたくさん買えるよ」

「一生……遊んで……暮らせる……?」

 聞き逃さなかった。
 浴衣マンは確かにそう言った。

「成功すればね! いやでも、いけるいける。君なら大丈夫」

 アイドル……一生遊んで暮らせる……。

「あ、でも。アイドルってなんか大変そう。ダンスとか歌のレッスンとかあるんでしょ」

「そりゃあるよ」

「お断りしまーす」

「ああー、そうなるかー」

 浴衣マンはいよいよ顔を赤らめてきた。よーし、あと少し。
 コップにビールを切らさないよう、少しでも量が減ったらどんどんついでいく。

 アイドルの素晴らしさを語り続けた浴衣マンは、それから30分くらいで机におでこをつけた。

「ふう……ようやく眠ったか」

「運ぶのはお前でねえべ。この馬鹿」

「あいたっ」

 後ろから頭にげんこつを落とされたみたいだ。

 お母さんが二階からお父さんを連れてくる。
 お父さんは「杏、やるな」と笑って、浴衣マンを背負うと、そのまま寝室へ運んでいった。

 翌朝になって浴衣マンは東京へ帰っていった。
 受付に名刺を置いてったけど、こんなのゴミ箱にぽいだ。

 昨日は働きすぎたからなー。今日は一日中ゲームしてよー。

 大明神に肩まで入って、VITAを起動。
 すると、隣のお母さんに「杏」と声をかけられた。

「なに?」

「来月から東京で一人暮らしせ」

 VITAを一度床に置くことにした。

「お母さん、意味わかんない」

「住む場所は用意する。仕送りもするべさ。高校の転入試験は来週。杏なら大丈夫だべな、一応、勉強はせ」

「えー、展開早くない?」

「そろそろ民宿も飽きたべ。お母さんも悠々自適に暮らしたくなってきたべな」

 ……民宿に、飽きた?

「あのー、話が見えないんですけどー」

「民宿は杏のサボり癖治すために始めただけだべな。杏が東京行けば、民宿やめるのは当然しょや」

 初めて明かされる事実に衝撃が隠せない。

「え、あの、お金、稼がなくて良いの?」

「不動産回せばいくらでも金は入ってくるべ。杏の部屋もマンションごと買ったるべな」

 …………。

「うちってもしかして、ちょーお金持ち?」

「そうでもないしょ。普通だべ」

 うわー、うわー。
 だったら私、働かなくていいじゃん。
 領主様(お母さん)のご機嫌うかがってれば私の人生安泰じゃん。

 ……あ。それが許されないから東京送りにされるのか。

 駄々をこねたら何とかならないかなあ。
 でもお母さん、こうなったら私の言うこと聞いてくれないしなあ。
 はあ……一人暮らし。大変そうだなあ。

 でも雪かきはしなくて良くなるし、家ではゲームし放題になるのかあ。
 洗濯とか掃除はできるだけ家電任せにして、買い物はぜんぶ通販。
 あ、そうだ。都内なら即日配達とかできるんだっけ。

「お母さん、杏、都内一等地のマンションに住みたいなー」

 どうせ抵抗しても無駄なら、できるだけ楽に生きられるようにしよう。
 これでお母さんにとやかく言われる必要なくなるって思うと、ちょっとだけ楽しみになってきた。

 よーし、杏、がんばるぞ。がんばらないけど。

 引っ越し先のマンションにはソファを真っ先に運び入れてもらった。
 これでとりあえず私のゲームスペースは確保できた。

 3月に入って暖かくなってきたし(そもそも東京暑いし)、大明神はお役御免だ。
 次の冬まではソファがあればおっけー。

 ソファに寝そべってポテチを囓りながら、引っ越し業者の人に指示を出す。

「ベッドはそこの角ね」「テレビはこっち側にお願いしまーす」

 あー、楽ちん。
 結局、私がポテチの袋を開ける間に引っ越し作業はぜんぶ終わってしまった。

「ありがとうございましたー」

「こちらこそありがとうございまーす」

 引っ越し業者を見送ると、玄関を施錠してソファへ戻る。

 指示出してただけだけど、なんか一仕事終えた気分。
 杏、頑張ったなあ。今日はもうゲームしてよう。

 なんて思った瞬間に、スマホがぶるぶる震える。
 ……あー、お母さんからだ。

『杏、メール送ったべな、明日はそこいけ』

 通話ボタンを押した瞬間、お母さんの声が聞こえてくる。

「えー、なんの話?」

『印税生活の話だべ』

 通話はそれで切れた。
 杏に反論する隙はもらえなかった。

「久しぶり、杏ちゃん」

「久しぶりー、スーツマン」

 オーディション会場で挨拶を交わした相手は、うちにやってきた例のスーツマン。
 一つ机を挟んだ向こうに座るスーツマンは、今日もちゃんとスーツマンだ。

「まず確認からなんだけど、君のご両親からもらったプロフィール、あの、この年齢、ホント? 君、もう高校生なの?」

「うん。杏、今年で17だよ」

「てっきり小学生かと思ってたよ……」

 よく言われる。
 めんどくさいしうざったいから、最近はいちいち訂正もしないんだけど。

「不採用?」

「いいや? むしろアイドルとしては武器になる。元々、こちらから声をかけたんだし、採用だ」

 はあ……採用かあ。

「なんで嫌な顔をするんだ君は。アイドルになりたくないの?」

「うーん。正直、条件次第なんだよね。印税ってさー、CD1枚売るとどのくらい杏に入ってくるの?」

「最初は1%かな」

 てことは、仮に1500円のCDが10万枚売れたとして……。

「杏、帰りまーす」

「ええええええぇぇぇっ!?」

 ふー、無駄な時間だったなあ。帰ってパソコンで映画観よう。

 なんて思ってたのに、どうして、私はファミレスでジュースなんて飲んでるんだろう。

「うっきゃーっ☆ ねえねえ、ホントに? ホントに杏ちゃん、きらりと同じ学校なの?」

「うるさいなあ、ホントだよ。来週から登校。もう学年も変わるんだし、どうせなら四月からにしてほしいよね」

 正面に座るでっかい女の子は、諸星きらりっていうらしい。
 さっきのオーディション会場で知り合ったんだけど、なんか気に入られたらしくて、ビルを出る直前に呼び止められた。
 たくさん歩いて疲れたから早く家に帰りたいって言ったら「じゃあじゃあ、そこのファミレスで休憩してこうよお☆」って押し切られた。

「きらり、嬉しいな☆ 杏ちゃんとー、学校でも一緒、お仕事でも一緒にいられるかもしれないんだもん☆」

「仕事? アイドルのこと? それなら、杏、断ったよ」

「にょわーっ! え? え? なんでなんで?」

「さっきも言った通り、杏は印税の話を聞きにいっただけなんだ。でもたくさん頑張っても一生遊んで暮らせるほどは儲けられそうにないし、だったら意味ないかなあって」

「にょわーっ!」

 そう叫んだきらりのスマホが震える。
 きらりは「うぴょっ」と短く声を上げると、スマホを持ち上げて、耳にあてた。

 喜んだり落ち込んだり、きらりの表情は目まぐるしく変わる。
 それを眺めているだけで、何を言われているのかの大体の想像はついた。
 たぶん、会話の相手は、スーツマンだ。

 通話を終了させたきらりは、私が言葉をかける前に、自分から口を開いた。

「きらりね、オーディションの結果、保留みたいだにぃ……」

「保留って?」

「あのねあのね、きらりだけ、まだ結果が報告できなくて、もう少し待ってほしいって連絡だったの。ごめんって謝ってくれたにぃ」

 うーん、釈然としない内容だなあ。
 文句を言ってもいいくらいだと思うけど。

 あ、噂をすれば、私にもスーツマンから電話だ。
 会話の内容を気取られたくなくて、きらりに「杏、お花摘んでくるね」と声をかけて机から離れる。

『杏ちゃん? さっきのオーディションの件なんだけど、もう少し話を聞いてくれないか?』

「スーツマン、諸星きらりって子知ってる?」

 あっちの言葉を無視して、こちらから質問をかえす。

『……まさか、いま、一緒にいたりする?』

 スーツマンからは、さらに質問がかえってきた。
 どうやら勘づいたみたいだ。

 スーツマンは私の思っていたより頭が良かった。
 酔っ払ってるところしか見てなかったしなあ。さすがだ、大人だ。

「単刀直入に聞くよ。きらりの結果が保留なのって、私がアイドルになるかどうかにかかってる?」

『ノーコメント』

「……杏がアイドルにならなければきらりが合格するっていうなら、杏、喜んで辞退するんだけどなー」

 私が言うと、スーツマンは慌てて『違う違う』と繋げた。

『……逆だよ。君がアイドルになるんなら、諸星きらりも合格だ。フェアじゃないから、君には言いたくなかったんだけどね』

 ――え、なにそれ。
 私も、それ、聞きたくなかったんだけど。

『もちろんこちらとしては君に来てほしい。ただ、彼女の件を理由に承諾する必要はない。軽い気持ちで誘ってしまってすまないが、これは君の人生に大きく影響する話なのだから。一時の情に流されて判断するような話じゃない』

「なんで私がアイドルになるときらりも合格なの」

『……彼女には、君とユニットを組んでもらう予定だから』

 自然と口からため息が漏れた。

 あーあ。結局、こうなっちゃうのかあ。
 運命なのかなあ。
 それとも、お母さんのせいなのかな。
 どうしても杏にサボらせないために、北海道から東京へ向かって念を送り続けてるのかも。

 私はサボりたい。一生遊んで暮らしたい。
 アイドルなんて大変そうだし、絶対にやりたくない。

 でも、周りをないがしろにしてまで、その意思を通したいわけじゃない。
 『遊びたい』って感情だけが私の全部じゃない。

 一人暮らしを始めた時とおんなじだ。
 だったら、夢の印税生活を目指す。
 たっくさんCDが売れれば、いつかは叶うさ。

「スーツマン……じゃなくて、プロデューサー」

『うん?』

「杏、アイドルになるよ」

「杏ちゃーん☆ お・き・て~☆」

 微睡みの中で、ふわっと開放感を覚えて、布団をめくられたのがわかる。

 きらりに合い鍵を渡したのは失敗だった。
 いざという時にご飯持ってきてくれたら助かるかなあ、とか甘いこと考えてた数ヶ月前の私はどうかしてたんだと思う。
 まさかきらりが毎朝毎朝、律儀に私を起こしに来るなんて、想像もつかなかった。
 おかげでレッスンも仕事も学校もサボれない。

「あ・ん・ず・ちゃーん☆」

 語尾に☆なんかつけたって、私は起きないぞ。
 そうやって何度もきらりに言ったんだけど、一度も聞き入れてくれた覚えはない。もう私も諦めた。

「……起きるから、起こして」

「自分で起きなきゃ、駄目だにぃ!」

 押し問答もめんどくさくて、しぶしぶベッドの上を転がって、床に足をつけた。

 シャワーを浴びて、着替えて、きらりの買ってきた朝ご飯を食べて、歯磨きして。
 誰もいない部屋の中へ「いってきまーす」と言葉を投げかける。
 外へ出るとぎらっと太陽が照りつけ、夏が近付いてきたのがよくわかった。

「うー、きらり、朝日がつらい……」

 私が言うと、きらりは「仕方ないなあ」って笑って、太陽の側へ回ってくれる。やさしい。

 少しでも暑さを忘れたくて、昨日観たアニメとか今日の晩ご飯の予定とか、口から漏れ出た適当な話題をぐだぐだきらりと話してると、なんとか学校へ辿り着いた。
 もうへとへとだからおうちに帰りたい。

 校門をくぐって、下駄箱で靴を脱いで、教室の前できらりと別れる。

 道中、あちらこちらから強い視線を感じたのは、私が自意識過剰なわけじゃない。
 うざったいなあ、とは少し思うけど、私の仕事が増えるわけでもないし、あんまり気にしてない。
 昔からそういう視線は感じてたから、少しは慣れてるし。

「だるーい」

 授業が終わって、下校。

 下駄箱の辺りで、後ろからきらりが「あんずちゃーん☆ もう、どうして先に帰っちゃうの」と走り寄ってくる。
 これでもきらりが来るのをわかっててゆっくり歩いてたんだけど、そんなのわざわざ口にしたりしない。
「早く帰りたかっただけー」と答える。

「もう! 杏ちゃんのいじわる!」

 ぷりぷり怒るきらりは、それでも隣を歩いてくれる。
 日曜にプレイしたゲームの話をしてたら少しずつきらりの機嫌も戻ってきたけど、三つ目の交差点で右に曲がろうとしたところで「駅はこっちでしょ!」とまた怒られた。

「駅は左だけど、杏の家は右にあるんだよ」

「今日はお仕事があるから左なのーっ!」

 きらりに手を引かれて、電車を乗り継いで事務所へ向かう。

「よーし、きたな二人とも。あんまり時間がない。打ち合わせは車の中でしようか。早いとこ着替えてきてくれ」

 事務所の扉をくぐった途端、プロデュサーがまくしたてる。
 うえー、勘弁してよ。

「杏、歩き疲れた。ちょっとくらい休ませてよプロデューサー」

 私の言葉に、プロデューサーは「ホントに少しだぞ」と返す。
 言質はとったと、私はソファに寝っ転がってぐだーっと腕を伸ばして、そのまま瞼を閉じる。
 そして慌てた様子で「杏ちゃんっ! 時間時間っ!」と叫ぶきらりに起こされた。

 着替えをしている暇もないと、私は制服のままでプロデューサーの運転する車に押し込まれた。
 きらりの持っている、私のジャージが不吉だ。

「今日はラジオ収録だけだからな。まぁ、スタッフ相手ならジャージでも問題ないさ。制服だけは隠してもらうが」

 あぁ、私ときらりの通う学校がばれたらめんどくさいもんね。
 あれだけ注目されてるんだし、もうばれてる気もするけど。

「着替えはどこでするの?」

「車の中か、それが嫌ならこっそりスタジオのトイレだ」

 じゃあ、ばたばたするのも嫌だし……車の中かな。

「きらり、ジャージ貸して」

「ほ、ホントにここで着替えるの、杏ちゃん!」

「うん」

 きらりは「Pちゃんは絶対こっち見ちゃ駄目だにぃっ!」と運転席から見えないよう私の体を隠す。
 そんなことしなくても別に良いのに。

 ジャージに着替え終わると、ちょうどよくスタジオへ着いた。
 私たち、アンキラの出番まで、あと15分。
 まだ時間あるじゃーん、と思ったんだけど、プロデューサーに言わせたら「打ち合わせも出来ないし、向こうに迷惑がかかるし、なにより失礼だろう」ってことらしい。
 確かにそうだけどさあ、そこはうまいことプロデューサーが調整とかしてくれるところだよね。
 口に出してそう返すと、「それはもう済ませてある」と。
 たぶん車で私たちを待っている間に、スタッフに電話を入れてあったんだ。やるなあ。

「それでは本日のゲストはーっ! SNSでも超話題っ! 人気急上昇中の凸凹ユニットっ! アンキラのお二人でーすっ!」

「えー? 話題になってるの? やだなあ、仕事たくさん降ってきそう。あ、双葉杏でーす」

「きーらりんっ☆ 諸星きらりですっ! もうっ! めっだよ、杏ちゃん! そういうこと言っちゃ駄目だにぃ!」

「良いじゃん良いじゃん、芸風芸風」

 ラジオの収録は基本的にはきらりとかパーソナリティの人と喋ってるだけなんだけど、楽ちんってわけじゃない。
 言っちゃいけないこともあるし、なによりラジオの進行を意識しなきゃいけない。
 仕事は仕事。大変だ。

「あ、それじゃ、タイミングも良いし、いっちゃいましょうか。さっき話題にも挙がった、アンキラの新曲――あ、お二人とも、合わせてくださいねっ――はい、その名もー?」

 きらりと目を合わせる。息を吸って、

「「あんきら!? 狂騒曲っ!」」

 先週リリースしたばかりの曲を紹介すると、ようやく小休憩。
 ふへー、と息を吐くと、パーソナリティの奈々ちゃんが「疲れちゃいました?」と笑う。

「もうちょっとだから、杏ちゃん、頑張るにぃ!」

「んー、まだまだ元気だから大丈夫。菜々ちゃんも、そっちの方が疲れてるのに、気を遣わせてごめんね」

「い、いえいえっ! 疲れてるとか! そんなことは全然!」

 慌てて手をぱたぱたと振る菜々ちゃんを不思議に思いながら、私はペットボトルの水を飲んで喉を潤す。

 トークが再開すると、私は持てる限りの愛嬌を全部放って、CDやリリースイベントの宣伝をする。
 ここが一番の頑張り時だ。全ては印税のためなり。

「はいっ! ではではっ! アンキラのお二人でしたー! お二人とも、ありがとうございましたっ!」

「こちらこそありがとうございましたっ! また来るね☆」

「次はきらりだけで来なよ」

 ふう。収録、終わり。
 控え室で待っていたプロデューサーが「良かったよ」と私の肩を叩く。
「杏、やればできるからね」と答えるとプロデューサーは笑った。

 スタジオを出て、途中、プロデューサーにファミレスでご飯をおごってもらうと、そのまま私の家へ。

「じゃ、明日は12時に事務所集合な。よろしく」

「起きれたらね」

「いや、起きろよ」

「杏ちゃんっ! また明日☆」

 車の中へ手を振り返し、国道を走っていくのを見送って、ようやく本日のお勤め終了。

「あー、疲れた」

 玄関で靴を脱いで、歯磨きして、ジャージを脱ぎ捨てて、ベッドに寝転がる。
 シャワーは明日の朝で良いや。

 これが私の一日。
 とりたてて特別でもない、日常の風景。
 楽しくないことはないけれど、それよりも全然、辛さが勝る。

 忙しいのは悪だ! 杏は週休8日を希望しまーす!

 …………。

 夢の印税生活は、どこに行ったのかな?

 事務所に後輩がやってきた。
 腰にヒーローベルトを巻いたのと、白衣を着たツインテールの中学生二人組。

「アタシは南条光! ヒーロー目指してるぞ! よろしく!」

「天才少女! 池袋晶葉だ! ロボのことなら私に任せろ!」

 威勢良く声を張り上げる二人が私にとっては眩しすぎる。
 きらりは「にょわー☆」って喜んでるけど。

「ねえ、プロデューサー、なんでこういうアクの強いのばっか拾ってくるの。杏たちも人のこと言えないけどさ」

「それだよそれ。アクの強い君らが成功したからさ、だったら次も同じ路線でいってみよう、てね」

 うへー。偶然成功しただけだと思うけど。

 挨拶を済ませると、二人は事務所の中を楽しそうにうろうろ歩き回って、ソファの位置を変えたり、棚の後ろを覗いたりしてる。
 フリーダムだなあ。

「彼女らはド新人だ。忙しいところ申し訳ないけど、きらりと杏は、二人が困っていたら手を差し伸べてあげてほしい」

「任せてPちゃん! きらり、頑張るよ☆」

「気が向いたらね」

 そんなやりとりを終えて、杏たちはグラビアの撮影へ。
 私のグラビア見て嬉しい人なんかいるのかなあ、て最初は思ったんだけど、よくよく考えてみたら、いるから撮影するんだと思う。

 現場に着いてみると、水着とかじゃなくて、秋服着て街頭での撮影だったから、ちょっと安心。
 きらりは長身長向けのジャケット、私はキッズ向けのカーディガンだ。

 スタッフの人には「このサイズの合うモデルってほとんどいないから助かる」って言われた。
 服の宣伝が半分、アンキラのファン向けが半分なのかな。

 それで、その日の仕事は終わり。
 私ときらりは「明日から忙しくなりそうだね☆」「もう十分忙しいんだけどなあ」って言い合いながら、帰路についた。

 翌日から、ホントに忙しさが増した。

 晶葉が収録現場にロボを連れていこうとするのを止めたり、約束の時間になっても事務所にやってこない光を捜しに行ったり。
 きらりは新人二人のフォローをすることが多くなった。

 私はめんどくさいからホントに気が向いたときにしか手を貸さないんだけど、その代わり、きらりがこれまでやってくれてたことを私がやらなくちゃいけなくなった。
 スケジュールを記録しておいたり、プロデューサーと打ち合わせしたり。
 きらりとのトークの内容とかも私の考えることが多くなった。

「杏は! もう! 働かないぞ! 嫌だ嫌だー! 家に引き籠もって暮らすんだ! 杏はニート生活を謳歌するぞー!」

 なんて声を張り上げて叫んでみたけど、プロデューサーは「こらこら」って冗談だと思って笑うだけ。
 きらりには「杏ちゃん……」って困った顔をさせてしまった。
 だから私は、それ以上、言葉を続けられなかった。

 忙しさが増した要因は、新人の存在だけじゃなかった。
 アンキラの人気がどんどん上昇してるみたいで、仕事が山のように舞い込んできたんだ。
 プロデューサーもその中のいくつかは弾いてるみたいだけど、やっぱりメディアへの露出は多い方が良いってことで、以前の倍くらいに仕事の量が増えた。

 仕事は楽しいこともあるし夢の印税生活に近付いてきてるのは嬉しいけど、でもやっぱり忙しい毎日でそんな嬉しさは遠くの方へ消え去ってしまう。

 印税を除いた月のお給料は、40万円くらい。
 まだまだ遊んで暮らすには程遠い。

「杏はこんな生活望んでないのに……うう……ゲームしたい漫画読みたい……炬燵で寝転がりたい……」

 弱音を吐いてみると、ちょっとだけ気が晴れる。

 そんな毎日でも、きらりは毎朝「杏ちゃーん☆ 朝だよー!」と私を起こしに家までやってきた。
 私もきらりが来なくちゃあんまり起きられる気がしないから、とても助かる。
 手のかかる友達でごめん、きらり。

 きらりの献身的なフォローのおかげで、ようやく新人二人も少しずつ常識を覚えて、ファンが付いてきた。
 二人の初ライブの映像を事務所で観たきらりは「良かったねえ☆」とちょっと涙ぐんでた。
 うん、良かった良かった。

 でも、時すでに遅し。
 もう少し早く手を打つべきだったんだ。

 冬の寒さが深まってきたその日、私は次のライブに向けたダンスレッスンに遅刻した。
 最近の私は、我ながら真面目だ。意図的にサボったわけじゃない。
 起きられなかったんだ。
 きらりが、私を起こしにこなかったから。
 きらりと出会ってから初めてのことだった。

「杏一人か? 珍しいな、きらりはどうした?」

「んー、朝、起こしに来なかったんだよね。心配だから見てくるよ。プロデューサー、きらりの家まで送ってくれない?」

「いやいや隙あらばサボろうとするな。俺が一人で行ってくるから、杏はレッスンを始めているように」

 うー、心配なのはホントなのに。
 でも確かに、二人で行ったって仕方ないのもホント。
 だから私は、プロデューサーと別れてレッスンスタジオへ向かった。

 きらりが倒れたと聞かされたのは、夜になってからのことだった。

読んでる人いるのかわかんないけど、一応。

途中で書き込んじゃった。つかれたので、続き、明日にします。

雪は「投げる」のが北海道の方言
「どける」「のける」は東北以南の使い方

何度でも思うけど身長差45cmは尋常じゃないよな
そのサイズ差ででかいのが男ならまず犯罪を
疑う

あと細いけど>>27の1個目のウサミンが「奈々」になっとるで

>>43
ホンマや。気付かんかった。ありがとう!

つづき、いきます。たぶん今日中に終わると思います。

 きらりが倒れた。

 私は当日に電話で聞かされたけど、光と晶葉の二人には、翌日になってプロデューサーの口から直接伝えられた。
 光はぼろぼろ大粒の涙を流して泣いた。
 晶葉は呆然とした表情を浮かべて、唇を噛みしめた。

「私たちの、せいだな」

 晶葉が呟くと、光はわんわんと泣き声を大きくする。

「そんなことないよ。二人がいなくてもきらりは頑張っちゃってただろうし。きらりが勝手に頑張って、勝手に倒れちゃっただけ。気に病むことないよ」

「おい、杏」

 プロデューサーにたしなめられて「すみませーん」と答える。

 棘のある言い方になっちゃってたのかもしれない。
 でも、二人に責任がないと思ってるのはホントだ。

 きらりが頑張りすぎただけだとも思ってる。
 でも、だからってきらりに責任があるはずがない。誰も悪くなんかない。

 強いて言えば、悪いのは、一番そばにいたのに、いくらでも気付くタイミングはあったのに、何もできなかった、私だ。

「でもさー、プロデューサー。いまは落ち込んでる場合じゃないでしょ。来週末のライブとか、他にもアンキラの活動諸々、どうすんの」

「断れるものは全部断る。アンキラは二人揃って初めてアンキラだ。俺もファンもそう思ってる。杏だってそうだろ」

 もっちろん。

「……しかし、来週に控えたライブを今更中止にはできない。希望者にはチケットの払い戻しはするが、ライブを楽しみにしていたファンは大勢いるんだ。その中にはきらりのファンもいれば杏のファンもいる。一番多いのは、アンキラのファンだろうけどな、せめて杏一人だけでも構わないという連中も多いだろう。そんな彼らのために、ライブの中止だけは避けたい」

 うわー、愛されてるなー、杏。

「きらりの抜けた穴は大きい。その穴埋めはしなければならない。……しかし、きらりでなければ成立しないパフォーマンスも多いからな。特に『あんきら!? 狂騒曲』は顕著だ」

「あー、それならさ、プロデューサー。きらりの代わりにこの子たちに入ってもらおうよ」

 私が光と晶葉を指さすと、二人は目を丸くした。

「あ、アタシたち……っ?」

「あんなに大きなステージに立つのか?」

「いや、杏。あのな、ライブは来週だ。今から準備したって仕上がるはずがないだろう。そもそも、さっき俺が言った通り、きらりの抜けた穴はきらりでないと成立しないんだ」

「だったら、そもそも曲のテーマを変えるしかないよね。歌詞も掛け合いも全部変える。きらりの代わりに、二人が、だらしない杏を引っ張ってくれれば良いんじゃない?」

 二人へ目を向けると、少しだけ戸惑った様子を見せた後で、揃って強く頷く。
 きらりのおかげで良い子達に育ったと思う。

 プロデューサーは私たちのやりとりに頭を掻いた。

「まあ、三人がそれでやれるって言うなら、俺から止めることはないよ。やる気があるんだろ? だったら、全部任せる」

「やる気はないけど任せてくれて大丈夫だよ」

「杏らしいな」

 プロデューサーはふっと笑った後で、

「ライブの諸々、俺は口出ししないけど、演出との打ち合わせは綿密にやれ。それに、必ず三人で参加することだ。俺はしばらくライブ以外の仕事の調整に走るから、頼んだぞ、杏」

「はーい。ご褒美の飴、忘れないでね、プロデューサー」

「そのくらいお安いご用だ。……そもそもきらりが倒れたのは俺の管理不行き届きが原因だからな。苦労をかけて申し訳ない」

「じゃあ、ライブが終わったら、杏、半年くらいアイドル休業していい?」

 私が言うと、プロデューサーは「考えとくよ」と言葉を残して事務所を出て行った。

「よっと」

 ソファから身を起こして、床に足をつける。

「あ、アタシ、どうすれば良いんだっ?」

「うむ。天才な私だが、経験の浅さはカバーできない。教えてくれ、先輩」

「そうだなあ。じゃあ、まずは歌詞をぜんぶ決めちゃおっか」

 よーし。杏、がんばるぞ。
 印税生活のために、光と晶葉のために。
 そして何より、きらりのために。

 ……恥ずかしいから、口には出さないけど。

「「「できたーっ!」」」

 夕方に相談を始めて、歌詞が完成したのは夜も更けきった頃のことだった。
 すでに終電もなくなってて帰れない。
 せっかくなので、続けて他の曲とか、トークの打ち合わせなんかを朝まですることにした。
 もちろん二人の家には電話を済ませてある(プロデューサーから)。

「あ、この曲の最後、三人で勝利ポーズきめたい!」

「えー、一応これ、アンキラのライブなんだけどなあ。採用」

「だったらロボをたくさん用意して一緒に周りでポーズ取らせよう! きっと楽しいぞ!」

「えー、そんなの用意できる? 採用ー」

 突っ込み役がいないのと深夜テンションとで、ばんばん演出が決まっていく。
 きっと朝になって冷静な頭で考えてみたら大半を却下することになるんだろうなあ、とかって思いつつ。

 わーわーわーわー喧喧諤諤。

 朝になって解散、今日は三人とも学校はサボりだ。
 最近じゃ慣れっこだから大丈夫。出席日数だけ気にしておけば問題なーい。
 光と晶葉はあんまりサボりの経験はないみたいで悪いこと覚えさせちゃったなーとは思うけど。

 むくり。夕方。
 きらりがいなくても自分で起きる杏である。

 プロデューサーからのメールを確認すると、なになに? 今日のラジオは予定通り収録? うー、めんどくさいなあ。

 ラジオ出演はライブの宣伝も兼ねてるから、サプライズで光と晶葉を呼んで、三人で菜々ちゃんのラジオ番組に登場した。

 今朝の段階できらりの件は報道に流れてる。
 それでも私の口から話すことによるリスナーの反応は大きかった。
 光と晶葉の件もあったしね。
 あとで確認したら、ツイッターの流速もやばかったらしい。

 ラジオの収録が終わったら、今度は演出さんとの打ち合わせ。
 案の定、夜に話したことは次々に却下されていった。
 でも、その数は半分だけ。
 残り半分は「面白そう! それくらいやらなくちゃお客さんも納得してくれないよね!」なんて反応で強行することになった。

 で、次はプロデューサーとスケジュールの調整。

「とりあえず、先方に謝って、削れる仕事は全て削った。その代わりに、ライブの準備にかける時間を増やすぞ」

「わー、プロデューサーありがとー」

「棒読みで言われてもな」

 自分で言い出したことだから「杏やめまーす」とか言えないのが辛い。

 ドラマの撮影して、バラエティ番組に出演して、ラジオ収録して、打ち合わせして。
 レッスンして、会場の下見に行って、トークの内容考えて、思い出したみたいに学校行って。
 忙しさで頭がぐるぐるするけど、これもライブが終わるまでの辛抱だ。

『杏ちゃん、大丈夫かにぃ?』

「大丈夫。心配しなくても、杏がぜーんぶ何とかするからさー」

 きらりは私が電話すると必ず出てくれる。
 まだ入院中だから、あんまり長話はできないけど。

『ごめんねえ。きらり、こんなことになっちゃって』

「謝らないで。期待だけしててよ、杏たちのライブ」

『杏ちゃん、頼もしいなあ』

 きらりはそう言って、ふふって笑った。

 楽屋にて、カメラ越しに満員のお客さんを観察する。
 きらりがいなくても結局満員になってるのは、キャンセルした人の分の座席を、チケットを諦めてた人達が埋めたからだ。
 当日のチケットサイトはサーバー落ち寸前だったらしい。

「……うわー」「す、すごい人だ……っ」「震えてきたな」

 カメラが映すのは映像だけで音声はないんだけど、それでも客席の喧噪が伝わってくるみたいだった。

 きらりにもライブチケットを渡したけど、今日来られるかどうかはわからない。
 昨日電話した時には、まだ退院の許可が下りてないって言ってた。

「よし、三人とも、準備は出来てるか」

「うん、プロデューサー。ばっちりだよ」

 私が言うと、光と晶葉の二人が頷く。

「じゃあ、行ってこい。ここまでよく頑張ったな。もう一踏ん張りだ」

 プロデューサーに肩を押されて、楽屋を出る。

 ステージの下、奈落。今日はここから登場だ。
 暗闇の中で、右手で光と、左手で晶葉と手を繋ぐ。
 二人の手はどちらも震えていて、それがわかったから私は「気楽にやろう、いっぱい練習したし何とかなるよ」と声をかけた。

『お待たせしましたっ! それでは! アンキラソロライブ、「凸凹シンデレラのお祭り騒ぎ」開演です!』

 会場が真っ暗になって、司会の菜々ちゃんの声が響き渡る。

 曲が流れて、奈落がせり上がって歌い始めて、無数のライトが私たちを包むと、体の芯まで響くような歓声が沸いた。

 光と晶葉の方をちらり見ると、強張った表情だけど、きちんと声は出せていた。ダンスも練習通り。
 うん、これなら大丈夫。

 オープニングから、一曲、二曲、三曲。続けて歌いきる。
 それでようやく「「「私たちが! アンキラ With ヒーロボ! 今日はみんな、よろしくー!」」」と宣言した。

「きらりを楽しみにしてた人達、ごめんね。きらり、ちょっと病気でライブに出られなくなっちゃったんだ。もしかしたらきらりの病気はしばらく続くかもしれないし、これからのアンキラがどうなるのかまだ私にもわからない」

 暗いことを言ったせいだと思う、会場がしんと静まりかえる。
 慌てて私は、

「でもさ、今日の私たちは、アンキラ with ヒーロボ。双葉杏 with ヒーロボじゃないよ。アンキラだよ。アンキラのアンは双葉杏で、アンキラのキラは諸星きらり。だからこのステージは、きらりのものでもあるんだ」

 会場は相変わらず静か。
 でも、何となく、さっきとは空気が変わったことはわかる。

「だからさ、ゆるーく考えてくれたら嬉しいな。楽しかったらそれで良いじゃん。とにかく今日は、アンキラのライブなんだ。最後まで楽しんでいってね。杏からのお願いでした」

 私が小さく頭を下げると、向こうからわーっと歓声が返ってくる。
 よし、うまくいった。

「じゃあ、またばーっと続けて三曲くらいやるから、みんな付いてきてね。杏は疲れて途中でやめちゃうかもしんないけど」

 私の言葉に「「「えーっ?」」」と反応があって、音楽開始。

 ちゃんと三曲歌いきって、一旦MC。
 2回目のMCからは光と晶葉にメインで喋らせる。
 経験を積ませる意味もあるけど、正直ずっと私一人で喋ってたらすぐに限界がくるから。

 歌、MC、歌、MC、あとコント。

 体力の限界が近付いてきたら、「あー疲れたー杏ちょっと休憩するから二人で喋ってて」「「杏ちゃんっ!?」」とステージの脇へ。
 私のキャラはこういう時に便利だ。
 光と晶葉は緊張もほぐれてきたし、まだ元気も残ってそう。安心して任せられる。

 ステージ袖に座ってると、少し頭が冷静になってくる。
 ステージから眺める景色はきらきらしてて、アイドルーって感じだ。

 ライブは終盤へ向かって進み、「みんなー、今日はどうもありがとー」って手を振って、一旦、舞台袖へ下がる。

「良かったぞ! 大成功じゃないか!」

「いやー、まだ終わってないよ? プロデューサー」

 背後からアンコールの大合唱が届く。
 ラスト、一曲。
 もしお客さんが誰もアンコールしてくれなかったらどうしようかと思ったけど、杞憂で良かった。

「いってきます」

 プロデューサーにそう告げて、舞台上へ戻ると、再び強烈な歓声に包まれた。

「アンコールありがとー。ていうか、まだあの曲やってないし、終わるわけないよね」

 会場がざわめくのがわかる。
 杏が『あの曲』って言ったら、あの、アンキラの代表曲に決まってる。
 でも、きらりがいないんだからできやしない。
 きっとみんなそう思ってるんでしょ。

「じゃあ、これがホントのホントにラストソング!」

 だから、私たちが度肝を抜いてやるんだ。

「「「アンキラ VS ヒーロボ!? 狂騒曲!」」」

 叫ぶと私はステージの上手へ、光と晶葉は下手へ移動する。

 双葉杏と諸星きらりでアンキラ。それは譲れない。
 光と晶葉はきらりの代わりにはなれない。

 だからこの曲は、杏と二人の掛け合いじゃない。
 アンキラとヒーロボの、ユニット同士の掛け合いなんだ。

「にゃっほーい! 私たち、アンキラ! 歌いまーす!」

「「いーや、これからはヒーロボの時代! ヒーロボ歌うぞ!」」

「えー、まだまだ時代はアンキラだよねー」

「「ヒーロボだ!」」

「後輩のくせに生意気だなあ」

「「先輩のくせにサボってばっかでだらしないぞ!」」

「「「うーっ!」」」

 お互いに睨み合って、力を溜めて、客席に向き直って、

「「ヒーロボヒーロボヒーロボヒーロボ!」」

「アンキラアンキラアンキラアンキラ!」

 メロでは続けてユニット同士の対立を繰り広げて、そしてサビでは三人で手を繋ぐ。

「「「ハチャメチャなんだけど、楽しいでしょ!」」」

 三人揃って、客席へびしっとピースすると、今日一番の歓声が返ってくる。
 あぁ、ホント、楽しいなあ。へとへとだけど。

 二番のメロが終わって、曲調が変わって、一瞬、しんと静まりかえって、私が口を開く。

「いつもキラキラだけど、ホントは繊細なとこも」

「「平気な顔してるけど、ホントは頑張り屋なとこも」」

「知ってるし」

「「大好きだし」」

「「「だから一緒に歌おう! ねえ、きらり!」」」

 そんな感じでいくよ、ついてきて、やっぱり一緒がいいよね。

 アンキラのコール&レスポンスを経て、最後のサビだ。
 三人で横に並んで、歌詞を全力で叫ぶ。

「「「そうです、杏と、きらりでアンキラなんでーす」」」

 もう口から出てきてる言葉がなんなのかよくわかってないし。
 自分がうまく踊れてるかも自信がないけど。
 お客さんのボルテージは凄いことになってるし、たぶん大丈夫。

「「「ハピハピな未来、見つけにゆこうよー!」」」

 それがラストフレーズ。

 伴奏が終わる。
 喉の奥から息が漏れる。
 歓声が高まる。
 鳴り止まぬそれが私たちを包み、はっと気付く。

「これでおーわり! 今日はありがとうございましたー!」

 三人で礼。ステージの幕が下りる。

 客席からは「杏ちゃーんっ!」「光ーっ!」「晶葉ーっ!」「きらりちゃーんっ!」と私たちを呼ぶ声が届く。
 きらりが混ざってるのが「お客さんわかってるねー」って感じで嬉しい。

 幕が下りきっても私たちを呼ぶ声は止まないけど、今日のステージはこれで終わりだ。もう続かない。
 ライトが消され、代わりに会場の明かりが灯る。

 私はマイクの電源を落として「はー、終わったー」と、床へへたりこんだ。

 頭がぼーっとして、ふわふわちかちか、とろけそう。
 全身汗だくで、体の中心から熱がこみ上げてくるみたいだ。
 あー、ホント、疲れて指一本動かすのもめんどくさい。

「「先輩、お疲れ様でしたっ!」」

 ステージでぺたんと背中をつけて寝そべる私へ、光と晶葉が珍しく敬語を使う。

「そっちもね。あ、そうだ。杏、もう一歩も動けないから楽屋まで運んでくれない?」

「よーしわかった! プロデューサー呼んでくるっ!」

 叫んだ光は舞台袖へと走って行く。元気だなあ。

 光が消えてから、一分も経たない内にプロデューサーが現れる。

「仕方ないな、お前はホントに」

「もう絶対無理。一ミリも動けない」

 プロデューサーは笑って私の肩とふとももに手をやった。
 ふわっと体が持ち上がる。

「アイドルをお姫様だっことか。光栄に思った方が良いよ、プロデューサー」

「お前が命令したんだろ」

「そうでしたー」

 プロデューサーに答えると、ぐでーっと全身の力を抜く。
 さっきまであんなに動けてたのが嘘みたいだ。
 なんであんなにテンションあがってたんだろ。もう二度とやりたくない。

 ふわふわした頭で考える。
 アイドルになってから、ずっと悩んでたこと。

 ……あぁ、やっぱり私、アイドル向いてないなあ。

 踊ったり歌ったりできるようなおっきい体じゃないし、動き回るのもあんまり好きじゃない。

 そりゃあライブは楽しかったけどさ、炬燵大明神の元でゲームしてた方が全然楽しいし。
 苦しい思いをしてまでアイドル活動なんてやりたくない。

 正直、杏、北海道の実家でぬくぬく暮らしてた方が性に合ってると思うんだよね。
 こんなきらきらした場所、私には似合わない。
 元々、ひねくれてるし。
 ここは、私なんかじゃなくて、きらりみたいなののための場所だ。

 そろそろ、潮時なのかも。
 きらりとか、ファンのみんなには悪いけどさ。
 最後にすっごく頑張ったし、これで終わりなら許してくれるよね。

 ……でも、アイドル辞めたからって、実家に帰れるかっていえば、お母さんに『東京で一人暮らしせ』なんて言われたし。

 うーん、なるべく楽して生きるには……あ、そうだ。

「ねえ、プロデューサー、結婚して杏のこと養わない?」

「自分で稼げ」

 ですよねー。

 あーあ、私の居場所はどこにあるんだろ。
 炬燵大明神の中はけっこうそれっぽいんだけど、ずーっとはいられないし、夏は邪魔なだけだし。
 でも、アイドルを続けたとしても今回みたいなのばっかだと嫌になる。
 そもそも私はできるだけ家の中から動かずに生きていきたいんだ。

 レッスンとかしたくない。勉強とかしたくない。働きたくない。
 ゲームしたい。漫画読みたい。アニメ観たい。

 そうやって楽しいことだけして生きられればそれが一番なんだけどね。

「杏。そろそろ降ろしても良いか? すれ違うスタッフの視線が辛いんだ」

「えー、杏、頑張ったんだから、それくらい我慢してよ」

「……はあ、まぁ仕方ないか。本当に、楽屋までだぞ」

 甘えられる相手には、甘えられる時には、全力で甘える。
 それが杏の生き方。
 子供の頃からの、私の生き方だ。

 ……うん、決めた。

 アイドル、やめよう。

 ファンのみんなに甘えて、プロデューサーに甘えて、きらりに甘えて、光と晶葉にも甘えよう。
 お金のことは、なんとかなるよ。
 少しずつ仕事を減らして、来月くらいにライブで宣言しよう。
 高校を卒業する頃にはアイドル卒業だ。

「あ、受験勉強してない」

「なんだよ急に。お前、アイドルに専念するんだろ」

 ……まぁしばらくは無職でいっか。
 アイドル活動で貯金も結構貯まったし、一年くらいなら何もしなくても生きられるから。

 なんか決断したらちょっとだけ気力が沸いてきた。

 よーし、杏、引き籠もるぞーっ!

「ほら、杏、楽屋だぞ。しばらくそこで寝てて良い、か、ら?」

 プロデューサーの左手の力が弱まって、半ば落とされるみたいに「あいたっ」と床に尻餅をつく。

「杏ちゃんっ!」

 次の瞬間、ふわっと体を抱きしめられて、あぁこの感触は、この匂いは、すぐに気付く。

「きらり、退院できたの。良かったじゃん」

「ずっと観てたにぃ。ありがとう。ありがとお、杏ちゃん」

 栗色の髪が揺れて、肩に熱い水滴がぽたぽたと触れて、きらりが泣いているのに気付く。
 泣き虫だなあ、きらりは。

 放っておいたらいつまでも泣いてそうだから、仕方なく私は言葉を返す。
 照れくさいから、本心なんか口にしないけど。

「杏、仕事だからやっただけだよ。ライブの出演料もたくさんもらえるし。全部、印税生活のためでーす」

「違うよ。きらり、杏ちゃんのことなら全部わかってるもん。照れ屋さんだけど、ホントはやさしい♪ でしょ?」

 う……そういうのやめてほしいなあ。

 あ、そうだ。きらりが退院して、ライブが終わったら、やろうって決めてたことがあったんだ。

「ねえ、きらり、来週くらいからさー、一緒に海外旅行に行こうよ。しばらく忙しくて死にそうだったし、杏、ハワイで思いっきりだらだらしたーい」

「にょわ! 杏ちゃんと旅行! ……た、楽しそうだけど、きらり、お仕事しなくちゃだにぃ」

「病み上がりで仕事なんか出来るはずありませーん」

 私が言うと、きらりは涙を飛ばして笑う。

「良いでしょ、プロデューサー?」

「あぁ、好きなだけ行ってこい」

 頭上のプロデューサーの言葉に、思わず目が丸くなった。
 え? 好きなだけ?
 それじゃあ杏、アイドル辞めてそのままずっとハワイで暮らそうかな。

「よからぬ事を考えてる顔だな。それはやめろ」

 ええー。でもアイドルはやめるけどねー。
 もう決めちゃったもーん。

「杏ちゃん」

「なに、きらり?」

 きらりが私の正面に向き直って、目元の涙を拭う。
 久しぶりに見たきらりの顔は、前よりもちょっとだけきらきらが失われてて、でも確かに光り輝いていた。

「杏ちゃんはー、今回のライブ、とーっても頑張りました」

「うんうん、そうだよね。頑張りすぎなくらいだよ」

「だからね」

 きらりがポケットに手を入れて、それを取り出す。

「はーい、頑張ったから、飴あげるにぃ☆」

「わーい!」

 そう言って、受け取った飴玉に目を落とす。
 飴玉はどこまでも丸くて、まるで吸い込まれそう。
 周りの音が聞こえなくなって、飴玉だけが私の視界に映る。

 じいっとそれを見ていると、突然、頭の中がくるんって裏返ったような気がした。

 遠くの方で誰かの声が聞こえて、続けてふわっとした開放感を覚えて、脳みそが覚醒を始めるのがわかる。

「杏ちゃーんっ! 朝だにぃ! 起きてーっ!」

「まだ眠いー」

「駄目だよ、杏ちゃんっ! 今日はヒーロボの二人のライブなんだからーっ!」

「もー、きらりのいない時、ライブ頑張ったから良いじゃん」

「もう、杏ちゃんっ! それはもう何年も前の話でしょーっ! ほら、お・き・てーっ!」

 仕方なくベッドの上を転がって、床に足をつける。
 シャワーを浴びて、着替えて、歯磨きして。
 誰もいない部屋の中へ「いってきまーす」と言葉を投げかける。

「行ってみたいカフェがあるからー、今日はそこ行こ☆」

「えー、行く途中にあるんなら良いよ」

「んーと、ちょっと寄り道になっちゃうかも?」

「じゃあ、杏、行きませーん」

 なんて言いつつ、杏は行く。

 お腹に入りきらないくらいのパフェを食べて、紅茶飲んで、きらりとだらだら喋る。
 あー、しあわせー。やっぱりこういうのだよね。こういうのが良いよ。

 なんかきらりと一緒にハワイへ旅行へ行ったのを思い出すなあ。
 そういえばあの時は一ヶ月くらいハワイにいたんだっけ。

「あっ! もうこんな時間っ! 杏ちゃん、急がなきゃ!」

「えー、あと10時間くらい大丈夫じゃない?」

「大丈夫じゃないよっ! もう! ほら、立って立って!」

 きらりに腕を引かれて立ち上がる。

 そして会計を済ませて外に出ると、猛烈な日差しに襲われる。

「むり。杏、帰ってゲームする」

 私が言うと、きらりはいよいよ「もーっ!」と叫んでぷりぷり怒り出す。
 私を置いて先に歩いて行ってしまった。

 慌てて私は後を追って、その背中に「ごめん、きらり」と声をかける。
 それだけできらりは「これで最後だからね」って許してくれるから優しい。

 暑いし間に合わなさそうだしで、途中でタクシーを拾う。
 運転手さんに「前の車を追ってくださーい」って言うと、きらりがすぐに「パシフィコ! パシフィコですっ!」って訂正した。

 会場に到着すると、大勢の人が入り口に列を作っているのが見えて、思わず「うわー」と声に出た。
 運転手さんに指示して裏側の搬入口に回ってもらう。

 搬入口にも大勢のお客さんが出待ちしてて、また「うわー」ってなったけど、気を引き締めて、営業スマイル。

「杏ちゃん、行こ☆」

「仕方ないなあ」

 車の中で会計を済ませて、一歩外へ出ると、わーわーきゃーきゃーと老若男女の声が私たちを取り囲んだ。

 私ときらりはファンのみんなに手を振って、建物の中へ。

 プロデューサーに「ギリギリだぞ」って言われたけど、開場もまだだし、着替える時間だって十分残ってる。何の問題もありませーん。

 楽屋で待ってた光と晶葉に「やーやー、今日は頑張りたまえー」って言ったら、「「杏ちゃんも頑張るんだぞ」」と声をそろえて返される。仲が良いなあ、まったく。

 やがて開演。ステージに光が灯る。

 オープニングから光と晶葉の二人は観客を目一杯沸かせて、光り輝くステージを作り上げる。

 杏ときらりの出番はライブ中盤から。
 舞台袖できらりと話をしながら、この場所でしか味わえない空気を吸い込む。
 ああ、楽しいなあ。ワクワクするなあ。

 ――私の居場所がどこにあるか、わざわざ考える必要なんてなかったんだ。

 炬燵大明神、冬の国。きっとそれはどこにでもあるし。
 きらきら煌めく、春の国。きっとそれはどこにでもある。

 私は、欲張りなんだと思う。
 楽しいことだけしたい。楽しいことだけして生きていたい。

 だったら簡単なこと。
 アイドルが楽しいんならやれば良いし、炬燵でごろごろするのが楽しいならやれば良い。

 ゲームしたい漫画読みたいアニメ観たい。
 ……でもきらりと一緒にアイドルするのも好き。

 選ぶ必要なんてない。悩む必要なんてない。
 ぜーんぶ、杏のものだ。

 無理そうになったら甘えれば良いし逃げれば良い。
 そうやってぐーたらなんにも考えずに生きられれば、それで良いや。

「んふー」

 きらりがにやにや笑うので、「どうしたの?」と声をかける。

「杏ちゃん、楽しそうだにぃ☆」

 ……きらりはそうやって全部口に出しちゃうんだもんなあ。

「杏は早く家に帰ってベッドに寝っ転がりたいよ」

「嘘ばっか! ほら、行くよ☆」

 聞き慣れた伴奏がまた耳に入る。

 舞台袖から一歩踏み出して、私たちがライトに照らされると、観客の声が大きくなるのがわかる。

 きらきらに飲み込まれそうになりながら、目を開けると見えた景色に心臓が高鳴った。

 きらりと手を繋いで、まずは四人並んで、曲のタイトルコールから。

 にやける表情をそのままに、私は大きく息を吸い込んだ。

おわり。

読んでくれた方(いてほしい)、ありがとうございました!

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