【モバマスSS】傾奇者→歌舞伎者 (14)
梅雨。
一面に広がる曇天の下、しとしとと降り続ける。予報によれば後二、三日はこのままらしい。
この雨のせいでグラウンドを使う部活はみな、屋内でのトレーニングを余儀なくされ、活気のいい声があちこちから聞こえてくる。
その喧騒から逃れるため、特別教室棟にいた少年は落ちている一冊の本に目を止めた。
「まえだ、けいじ?」
マンガで雄々しい男性が一面に描かれている。中を見ると、やはり雄々しい。迫力のあるコマ割りで主人公が武器を持って戦っている。
「あー!」
マンガに夢中になっていたせいで、女子生徒の大きな声に必要以上に驚いてしまう。
「それ、アタシの本!」
大きな声を上げた女子生徒がこちらにやってきた。やや緑がかった黒髪で、前髪を切り揃えているのが特徴的。メモクリッとしており可愛らしい印象を与える。
制服を着崩した服装の女子生徒が多い中、彼女はしっかり着こなしている。そして学年を表すリボンは赤。少年の青――一学年よりも一年先輩であることを表している。
「そうだったんですか。すみません。勝手に読んでしまって」
「あー。別に謝らなくていいよ。あたしが落としたものだし、雨で汚れてなくてよかった……」
少年は先輩にマンガを返す。彼女は一応汚れがないかマンガを開いて確認する。
「無事で良かった。拾ってくれてありがとう!えーっとお名前は?」
少年は自分の名前と学年を教える。
「なるほど、後輩君なわけか!学校には慣れたかな?」
「まあ、それなりには……」
「困ったことがあれば、アタシに相談しなさい!アタシは丹羽仁美!先輩だからさ!」
仁美はポンポンと少年の肩を叩く。
「少年は、これ読んでたけど慶次に興味ある?もしかして知ってる?」
仁美は、仁美を輝かせて少年に近づく。こういう経験が乏しい彼は目を泳がせながら、
「い、いや……。聞いたことないんですけど……」
「まあ、そうだよね……」
それを聞いて仁美は肩を落としてため息を交じりに話す。明らかに落胆している。それを見て少年も少し罪悪感を覚えてしまう。
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「で、でも……。マンガを見て、少し気になるかなー。って……」
その言葉を聞いた瞬間、落ち込んでいた仁美の表情が花開いた。
「ホント!?アタシの布教の計が成功したようね……」
ブツブツと呟いた後、仁美は少年の腕を取って、
「さあ、興味を持った今が学び時よ!」
「ちょ!どこへ行くんですか?」
「図書館!あたしの蔵書でいっぱい教えてあげるわ!」
次の日――
少年は頬杖を突きながらぼんやりと黒板を見ていた。教壇では日本史の授業が行われており、奈良時代の貴族たちの乱がダイジェストで解説されていた。
「おい!」
先生が少年を指名していたようで、クラスメイトに指摘されるまで上の空だった彼は不意を突かれてしまった。
「九州で起きた戦争。これを何の乱か?答えろ」
少年は少し迷って、先ほどから浮かんでいた語句を出してしまう。
「け、慶次?」
それを聞いたクラスメイトは爆笑。先生は呆れ顔を作った。
「お前なあ。前田慶次は戦国時代だからな。――その場に立ってろ」
少年は顔を赤くして授業が終わるまで立つ羽目になってしまった。
放課後――
「あら?」
帰ろうとしていたところで少年は仁美と出くわす。
「どうかしら?今日も慶次のお勉強しない?」
断ることも出来たのだが、少年は首を縦に振って仁美の後をついていく。場所は昨日と同じ図書館だった。
それから毎日、出会うたびに仁美と共に慶次の勉強――もっぱらマンガを読むだけだが――を行う。時にはマンガの演出について意見を出し合うこともある。
「あたしはさ、もっとここで慶次様をババーンと出すべきだと思うのよね。だって主人公よ?」
「主人公だからこそ、もっとじらしてもよかったと思いますよ?」
二人で色々と言っていると、司書を担当している生徒から、
「すみません……。他でご利用している生徒の迷惑になりますので……」
申し訳なさそうに二人は頭を下げて、図書館から逃げ帰っていく。
「うーん。やっぱり学校の図書館は限界が来たわね……」
帰り道。先輩と一緒に帰りながら大きな独り言をつぶやき始める。
「限界?」
「そう!キミも大分慶次様のことが分かって来たでしょ?長い付き合いになりそうだからさ。今度は学校じゃなくて、もっといろいろ言える場所があってもいいと思うのよね」
「例えば?」
「そうねえ……。喫茶店とか、ファミレスで長い時間語り合うのも良いと思うのよね!」
その後も次々とアイディアが浮かんでいく。カラオケやゲームセンター。そして、
「慶次様のゆかりの地に行くのも悪くないわね!」
「え?ちなみにどこなの?」
「米沢よ!名古屋でもゆかりの地はいっぱいあるけどね。例えば生まれた場所とか」
地名を言われてもパッと出てこなかった。少年はスマホを取り出して、米沢を検索する。ヒット。
「え!や、山形!」
「そうよ。慶次様の生まれはここだけどさ。育って有名になったのは米沢の地だからね。慶次様好きにはたまらない場所な気がするのよね!」
「でも、山形はさすがに遠いんじゃ……」
「これはさすがに泊りがけになっちゃうよね……」
「と、泊まりぃ!」
突然のことに少年は大きな声を上げてしまう。
「さすがに日帰りは無理だと思うわよ。新幹線だって東京経由でお金もバカにならないしね」
「そ、それって家族みんなで行くんだよね?」
「それは無理よ。家族は慶次好きじゃないし。キミと一緒に決まってるしょ」
さも当然に決めていく決断に、少年は何も言えなくなってしまった。
「米沢は最終目的地よ。それまでにお金を貯めて、慶次の事、一緒に勉強していきましょ!」
そこからおかしな先輩後輩は、毎日慶次のことを勉強して知識を深めていくが、学生としての試練が二人にのしかかっていく。
「キミ!助けてー!」
とある日の放課後、仁美が泣きそうな顔で駆け寄って、抱きついてきた。
場所は一年生教室がある三階廊下。大きな声でやってきた仁美の来襲で注目を浴びていたというのに、抱き着かれるという行為でさらに現場はヒートアップする。
「ヒューヒュー!お熱いねえ!」
外野からのヤジが飛び交う中、少年は仁美にやってきたわけを聞きだす。
「アタシ、テスト勉強ヤバいの!赤点取ったら慶次様没収されちゃう!だから助けて!」
逃げるようにこの場を後にした二人は、知り合いが少なさそうな市立図書館に向かい、まずは仁美に何が出来ないのかをヒアリングする。
「えっと、英語と数学Bと生物と日本史!あと、数学Ⅱも!」
「国語以外全滅じゃないですか!なんで日本史ダメなんですか?慶次好きなんでしょう?」
「だってー。慶次様は好きだけど、戦国時代好きなわけじゃないし」
「逆になんで国語は良いの?」
「何でだろうね?マンガ結構多く読んでるからかな?」
「でも、僕では先輩の授業分らないですよ?」
「アタシだってそこは先輩としての意地があるからね!キミの役割は、アタシがサボらないように監視すること!キミだってテスト勉強あるもんね」
テスト期間中は、学校が終わったら真っ直ぐ市立図書館に向かい、向かい合いながら黙々と勉強する。仁美がサボろうとすればすぐに注意が飛ぶので、長い間集中を保ちながら夜を迎える。
「閉館時間ですね」
「んんー!なんか受験勉強よりも長くやった気がするわ……」
「学校で普通に勉強していたら、困ることはないと思うんですけど?」
「そりゃー。慶次のお勉強に余念が――」
そこまで言いかけて、少年の呆れた表情を見てしまい、
「明日から真面目に授業を受けます」
「出来れば普段の授業からお願いします。慶次の勉強会出来なくなったら……」
そこで少年は話すのを止めてしまった。
「できなくなったら?」
仁美が期待している素振りを見せる。
「べ、勉強会、出来なくなったら、淋しいです。はい……」
しどろもどろに応える少年を見て、仁美は表情を明るくして少年の顔をやんわりと締め上げる。
「そちもういやつよのー。表を上げい」
今日ようやく主導権を握れたのが満足したのだろう。帰り道は終始笑みを浮かべていた。
日々の猛勉強の成果も何とか実り、仁美は何とか赤点を回避した。慶次の勉強死霊没収は免れ、週末から再開する。
「キミも大分慶次様のこと分かって来たよね」
テスト明けの週末。場所は繁華街のチェーン店の喫茶店。仁美からそう告げられた。
「そろそろ一緒に慶次様のゆかりの地を見に行こうかなーって」
「そ、それって」
「あー。まだ勘違いしちゃだめだよ。アタシは第一次試験を突破しただけだと思っているからね」
翌週からは慶次のゆかりの地を仁美と二人で巡っていく。季節は夏。容赦なく照りつける灼熱の太陽光に二人は時折休憩――この時間の方が圧倒的に多かったが――を取りながら各所を探訪していく。
「さすが慶次様ね。生家の家もすごかったわね」
「うん。神社に変わっていたけど、その時の様子や、他の武将との接点もあったんだね」
「そりゃー。傾奇者と言われる所以だからね。さて、次は慶次様の遺品があるというところに行かなきゃね」
季節は変わり秋。名古屋での聖地巡礼も一区切りした頃。学校を終えた二人はいつもの市立図書館へ向かう。
「そろそろ県外の慶次聖地巡礼も考えるべきね」
向かう途中で仁美は呟いた。
県外ともなれば今までとは違い、長い時間を二人きりで過ごすこととなる。テスト前の一件で、少年と仁美の噂は有名となり、どこまで行ったんだと余計な気を回す同級生も増えてきている。
「せ、先輩」
「ん?どしたの?」
仁美が立ち止り少年の方を見る。
「先輩は、僕と一緒に回ってて楽しいですか?」
「そりゃ、楽しいよー。慶次様が好きになってくれた人なんてキミくらいしかいなかったしね。次からの県外遠征だって来てくれるんでしょ?」
「は、はい」
「頼りにしてるよー。キミのおかげで県外行こうって気になってるんだからね」
「そうなんですか?」
「さすがに一人ではね。市内だけなら回れたけど、さすがに遠出となると勇気でないんだ。一人で出来ないことでも、二人でなら出来そうじゃん?」
仁美の言葉に落ち込んでいた少年は笑顔になる。
「そ、そうですよね!」
「そうだよ。キミのおかげで慶次様への愛がさらに増えていったんだよ!」
――僕の好きも増えているといいなあ……。
そして週末。初の県外遠征となった二人は電車を乗り継いで目的地へ向かう。鈍行電車で約三時間。その間、二人はマンガで慶次の活躍を見ていた。
目的地への最寄駅に着くころにはお昼を過ぎていた。
「お昼ご飯どうしよっかー?」
「良いところありますよ」
少年はスマホを取り出して、ランチの候補地を仁美に見せた。
「おお!ここ良さそうだね!そこに行こう!」
意気揚々で店に向かったが、
「え?定休日!」
店の前に向かった二人だが、店の店に並ぶ人も明かりもなかった。
「ど、どうしよう……」
少年はすぐにスマホを取り出して近くに食事が出来そうな場所がないかを探す。
「あ……。圏外だ……」
「え!――あ、本当だ……」
仁美も自分のスマホをバッグから取り出して確認したが、圏外になっていた。
「ど、どうしましょう……。一旦駅まで戻りますか?」
「ふっふっふ……」
困り果てる後輩をよそに、先輩の仁美が不敵な笑みを浮かべた。
「これが目に入らぬかー!」
仁美が見せたのは、携帯栄養食品だった。
「こんなこともあろうかと二人分用意していたのだー!というわけであげる」
そう言って仁美は少年に一つ手渡した。
「遠慮なく食べていいよ。腹が減っては戦は出来ぬって言うしね!」
仁美は封を破って食べ始める。
「美味しいよ」
仁美は少年に食べることを勧めて食べ始める。
「これを食べて慶次様の聖地に向かって頑張ろー!」
聖地に向かい、帰りの電車。少年は自分のミスで迷惑をかけたことが気になってずっと起きていた。一方の仁美は歩き疲れて既に眠り、彼の身体に身を寄せていた。
乗り継ぎ駅が近づく度に少年が起こして乗り換えを促す。乗り換えで歩く間、彼から言葉をかけることはない。
そして別れの時――
「今日はすいませんでした……」
駅について入り口で少年は頭を下げた。しかし、仁美は困惑していた。
「えっと、何がすいません。だったのかな?」
「僕が昼食のお店のデータを良く調べなかったせいで、先輩に迷惑を――」
「なあんだ。そのことね。気にするでない」
「だけど!」
「家臣の失態は主の失態よ。アタシもしっかり調べればよかったね。キミのせいじゃないよ」
まだ言おうとする少年の口に、仁美の人差し指が触れた。
「楽しい旅なんだから。アタシはこれで面白くなくなったとは思ってないからね。というよりもすごく楽しかった!また、行こうね!」
仁美は手を振って走って帰って行った。
それを少年は見ているだけだった。
冬。
少し早い初雪が観測されて、名古屋の交通網を麻痺させるというニュースが届く頃――
「待った?」
「いいえ!ボクも今だったので――」
待ち合わせのメッカである、繁華街のランドスケープの前で仁美は少年と待ち合わせをする。彼の返事を待たずに手が入っているポケットに手を突っ込んだ。その時の手は冷たかった。
「嘘つきは良くないなー。手、すごく冷たいよ?本当は何分前から待ってたの?」
「……三十分前から」
そのまま仁美は少年の手を引っ張り上げて、そのまま手を握った。
「暖まるまでこのままだよ!」
そのまま繁華街をぶらぶら歩き始める。どこに寄ることもなく。
「せ、先輩?そう言えば今日はどこに寄るんですか?名古屋で新しい慶次ゆかりの場所があったんですか?」
「うーんと今日はねえ……。実は決めてないんだ」
「え?」
今まで仁美は慶次よろしく、即断即決だったのだが、今回はそれがなかった。
「実は……。ごめん少し、喫茶店に行こう!」
そう言って仁美は近くの喫茶店に入った。
店に入ってウエイトレスにコーヒーを頼むと、仁美は大きく溜息をついた。
「それで何かあったんですか?」
「ああ……。うん……。実はね……」
言葉を濁したまま、仁美はバッグから一枚の紙を取り出した。そこには名前が、男性の名前が入っていた。
「実はね。アタシにスカウトが来たんだ」
「スカウト?先輩、どこかの学校に推薦が来たんですか?」
「違うの。346プロダクションって言うアイドルのプロダクションからなの」
「あ、アイドル……」
「うん。まだ話は進んでいないんだけど、驚いててどうしたらいいのか分からなくて。それでキミに相談したかったんだ」
そこから少しの間無言が二人を包んだ。
「アイドル……」
「うん……」
「それって東京ですか?」
「うん。来年の夏から向こうでレッスンが始まって、卒業したら向こうで本格的に始めるんだって」
「そうなんですね……。じゃあ慶次の勉強会も終わりですね……」
「うん……」
二人がコーヒーに口を付ける。
「最後に、米沢行きましょうよ。レッスンが始まる前に。旅費は何とか貯めますから」
「そうだね……。うん!慶次最大のゆかりの地だもんね!絶対行こうね!」
そして年が明けて五月。
二人にとって最大の勉強会。一泊二日で米沢に行くことになった。
仁美も卒業後はアイドルになることを決心した。これがもう最後の勉強会になるだろう。
名古屋駅から新幹線を乗り継ぎ、米沢駅に辿りついた。
「さあ!慶次を堪能しに行くわよ!」
そこから日が暮れるまで慶次ゆかりの地を巡礼していく。行く場所行く場所に慶次の文字があり、仁美はそれをスマホの写真に収めていた。
「さすが慶次の地ね!名古屋の時とは比べ物にならないわね!」
めぐる場所が多すぎて、予定の半分程度で日没を迎え、一日目を終えた。
食事を摂ってホテルに戻る。お互いに部屋は別に取ったので明日の朝まで自由行動となる。
少年は目が冴えたままずっとホテルの天井を見上げていた。
結局自分の好意を伝えきれないまま今日を迎えてしまった。この旅が終われば、仁美とはもう接点が無くなってしまう。ひょんなことで出会い、こうして今日までの関係に繫げてくれた慶次に感謝して、
「だめだ!僕も慶次のように……」
慶次には慣れないが、慶次のような勇気を出すことくらいはできるはず。
少年は隣にいるはずの仁美の部屋を訪ねる。
「はいはーい。どうしたの?明日の予定の確認かな?」
「せ、先輩!僕、先輩のことがずっと好きでした!」
背中から汗が湧き出てくる。もうだいぶ遅くなってしまったけど、思いの丈をぶつけた。
「キミの気持ちずっと分かっていたよ。アタシもその気持ちを知っていながら、アタシもキミの気持ちに応えること、できなかったね。ゴメンね……」
そのまま仁美が続ける。
「だから、アタシの気持ちも、キミに伝えるね」
そう言って仁美は少年の両肩を掴み、仁美を閉じて顔を近づけた。そしてお互いの唇が触れた。わずか一瞬の時間だったが、すごく長い時間のように思えた。
「伝わった?」
「はい……。ありがとうございました」
「ふふふ……。明日も頑張ろうね!それじゃ、おやすみ!」
そこから時はあっという間に過ぎて行った。聖地巡礼旅行が終わると、仁美はアイドルに向けて準備を始めて行った。
夏が過ぎ、冬が来ると雪解けはすぐだった。
卒業式――
「先輩。二年間でしたけど本当にありがとうございました。この二年間、一生忘れません」
「アタシもだよ。キミがいなかったら、もっとつまらない学校生活だったと思うわ。本当にありがとう」
「アイドルになったら、コンサート呼んでくださいね」
「もちろん!一番に呼んであげるからね!」
そして先輩はというと、346プロダクションに入り人気アイドルになった。約束通りコンサートのチケットを送ってくれた。毎度毎度足を運び、勇気を貰っている。
『今のアタシがあるのは慶次様のおかげ!みんな今日は盛り上がっていくよー!』
慶次は戦国時代の傾奇者となったが、丹羽仁美はアイドル界の歌舞伎者となったのだ。
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