【デレマス時代劇】塩見周子「おのろけ豆」 (48)
希望のあった人情物。
剣士は出てこない。
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【デレマス時代劇】塩見周子「おのろけ豆」
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塩見周子は京の町に入った。
利休白茶に光沢がついたような銀髪。
切れ長の瞳。
少し尖った鼻。
性格は陽気で飄々としている。
物事の深いところにあまりつっこまず、
適当に楽しく生きようとする。
それで人付き合いもあっさりしていたから、
軽薄と悪しく言われることもあった。
あだ名は塩見屋の銀狐。
老舗の菓子屋を継ごうともせず、
冬眠中の狐のようにぐうたらしていたから、
こんな名前をつけられた。
そして「穀潰しはいらぬ」と追い出されたのが数年前のこと。
此度は久しぶりの帰郷である。
一方小早川紗枝は、京の大地主の娘。
艶めいた黒の長髪。
目尻はおだやかに下がる。
たおやかな物腰で柔和。
いわゆるはんなり美人で
人に優しく、人から慕われた。
周子と正反対の優等生であった。
しかし、周子が唯一、心の友としたのがこの紗枝であった。
あるいは紗枝のような友を最初に持ったから、
他の者が物足りなくなったのも知れぬ。
2人にはある共通点があった。
時折、妙に強情な態度をとることである。
周子が、形式だけでいいものを
家を継がなかったのもしかり。
紗枝が、周りが悪しく云うのも気にせず
周子と付き合いつづけたのもしかり。
その強情さゆえであった。
2人の両親は、土地柄と職業柄もあって仲が良かった。
しかし彼女達は、自分たちの娘らが
親しくなるとは予想もしていなかった。
正反対の性格。
唯一の共通は強情さ。
相容れぬように思われた。
両親達だけでなく、京の住人達も「あの2人では…」などと言った。
大方の評に反して、周子と紗枝は肝胆相照らす仲になった。
強情者同士馬があったのやも、と町の笑い話になった。
周囲が「おのろけ」に呆れるほど、
周子と紗枝はぴったり寄り添って大きくなった。
「紗枝はん」
「周子はん」
そう互いに言い合っているでけで、日が暮れることもあった。
この2人は、また、新しい遊びをよく思いついた。
その中で一等気に入っていたのは、『茶会話』であった。
これは、2人が形式張った、
退屈な茶会に招かれた時に考案された。
要は茶菓子を用いた意思疎通である。
たとえば葛餅は『嫌い』。
ひなあられは『おめでとう』。
最中は『退屈』。
このような具合に、菓子に言葉を当てはめた。
対応した菓子を相手に送って、
また相手が返すことで会話がつながる。
これに、こっそり周りを巻き込むこともあった。
打ち合わせもせず、気にくわない相手に2個
葛餅を送ってしまった時など、互いに笑いを堪えるのに苦労した。
無論その人は遊びなど知らないから、きょとんとする。
さて、周子が京に帰ってきたのは、この紗枝に会うためであった。
今度開かれる茶会は、紗枝が最後に参加するもの。
紗枝は肺に水がたまる病にかかって、現在療養中の身。
数年前は彼女が声をかけ、日がな集まって、茶会をやっていたものだ…。
塩見にはそれが、つい昨日のことのようである。
本当に楽しい日々であった。それが永遠に続くかと、周子は思っていた。
だが、2人を決定的に引き裂いてしまう出来事があった。
周子は、まだ紗枝が元気だった頃に、
彼女が大切にしていた茶器を借りた。
それを過失で壊してしまった。
紗枝は周子ならと信用して貸したわけであるから、怒った。
周子は彼女がそこまで怒るとは思っておらず、口を滑らせて、
「たかが茶器のことぐらいで」と言い返してしまった。
強情さが仇になった。紗枝は口を聞いてくれなくなった。
周子は、それをなだめるために、
彼女の好物である羊羹を茶会のたびに持って言った。
無論、謝罪の意味が当てられている。
しかし紗枝は5度の茶会で、その羊羹を人に譲った。
『絶対に許さぬ』、そういうつもりであった。
こうなってくると周子も頭にきて、
茶会に顔を出さなくなってしまった。
それどころか、京の町から飛び出してしまった。
家との関係悪化が主因なのは間違いがない。
しかし周子が抵抗もなく家を出たのは、紗枝との折り合いが悪く、
京にいるのがいたたまれなくなったからでもあった。
そうして口も聞かず、顔も合わせないようにして、数年経った。
しかし今度の茶会は、紗枝が顔をだす最後の茶会。
もしかすると、今生の別れになるやもしれぬ。
なので周子は京に戻ってきた。
京には死の匂いが充満していた。
周子が発つ前から、にわかに飢饉の予兆があったが、
まさかここまで深刻なものになろうとは。
凶作だけなら、余所から作物をもらうこともできたのだが、
まったく不運なことに、瀬戸内を蝗害が襲った。
打つ手がなかった。
貧しい住民達はおかしくなっていた。
死体を食らうことはなかったが、
毎日大量に出る遺灰を、これでもかと畑にまいていた。
それで作物が育つと思っているらしい。
多くの畑が灰白っぽく、三途の河原のようになっていた。
まさか、紗枝も畑の肥やしになるのか。
周子はふとそう思ったが、それはありえぬことであった。
京は富裕層と貧困層で分断されている。
富商や上流武家などは、金をかけて
食料を蓄えているから、まだ被害が少ない。
人死が出ても、それなりの葬儀をして
墓を作ってやることができる。
とはいえ周子が、紗枝の未来に
心を沈ませてしまうのは、しようのないことである。
周子は塩見家に戻った。
家族らは帰郷の理由を承知である。
だから何も言わず、周子を菓子蔵に通してくれた。
飢饉の最中でも、職人としての矜持がそうさせるのか、
菓子は毎日作られているようであった。
周子は棚の前で頭を悩ませた。
茶会にどの菓子がふさわしかろうか。
また羊羹など持っていて、
工夫のないやつと思われては悔しい。
かといって、平然と他の菓子を送ることもできぬ。
口で素直に詫びればいいものを、
周子の強情さが、彼女の邪魔をしていた。
ふと、大皿いっぱいに盛られた
おのろけ豆が目に入った。
豆に、あまじょっぱい煎餅をまとわせた菓子である。
形が悪いものがはじかれて、よく幼い周子と紗枝のおやつになった。
2人で、ぴーちく言いながらつまむから、「おのろけ雀」などと
たがいの両親がよく笑った。
豆ばかり食ったから、一時期吹き出物がひどくなったが、
それも「顔に豆ができた」と笑いあった。
紗枝と共に育った日々は、本当に、楽しい毎日であった。
茶会が開かれる日になった。
場所は、小早川家の座敷。
外出がつらい紗枝に配慮してのことである。
冷夏のせいか、座敷から見える
庭園の花々には皆元気がない。
それが日差しでくっきり照らされているものだから、周子はぞぉっとした。
以前の紗枝は、美しく均整のとれた身体をしていた。
しかし病のせいか、頰がこけ、腰回りが頼りないほど細い。
もしかすると、無理をして此度の茶会に出てきたのかもしれぬ。
自分に会うためか、と周子は思い上がらなかった。
参加は飛び入りで、周子が来ることを
紗枝は知らなかったはずである。
彼女は、他の来客と、にこやかに話などしている。
しかし周子の方は一瞥もしない。
やはり、まだ怒っているのか。
そうなると菓子が不安になった。
おのろけ豆を皆に一粒ずつ持ってきた。
安価で、食べると大きな音が出る。
さらに粉もぽろぽろ零れるから、
通常茶会には向かぬ。
菓子代をけちっていると思われる。
まして豆粒1つずつであるから、
周囲は興冷めするにちがいない。
「菓子屋の娘がなんとまあ…」などと。
だが、周子にとっては『以前のように仲良くしよう』。
そういう意味を込めた。
紗枝なら必ず意味を察するであろう。
許してくれる確証は全くないが。
紗枝が茶を汲んで、皆に配り始めた。
菓子の見せ合いはもうすぐである。
周子は、そわそわと脚が落ち着かない。
実は、信玄袋に羊羹も忍ばせてあった。
取り替えるなら今のうちである。
だが、周子がぐずぐずしていると、
他の者が小さな羊羹を取り出して、
勝手に紗枝の盛り皿に置いた。
あっと周子は声を上げそうになった。
そいつは、かつて周子と紗枝が、葛餅を送った女である。
手前勝手で、まったく忌々しい。
周子はきりきりと胃がもたれた。
普段の飄飄さが、まったく息を潜めてしまっている。
しかし、こうなっては仕方がない、腹を決めよう。
紗枝が茶を配り終わった。
先ほどの羊羹女を除いて、
皆もそわそわしはじめた。
いつもは、茶会には慣れている連中である。
しかし今回は、
紗枝の送別会のようなものであるから、
小さな失敗も笑い話にできぬ。
皆が、一口分の菓子を全員分持っていて、
互いの盛り皿にのせる。
出て来る菓子は立派であった。
姫かのこ、越乃雪、村雨。
いずれも上等で、高価な菓子。
遠方から取り寄せたものもあるだろう。
紗枝のことを慮れば、当然のこと。
それに比べ豆菓子一粒など、
まさに吹けば飛ぶようなものである。
周子は、衝撃を受けていた。
紗枝も、びっくりしているようであった。
それぞれの皿には、おのろけ豆が“二粒ずつ”盛られていた。
くは、と周子は情けない声を漏らした。
紗枝の方は、昔のようににっこりとした。
そして2人の頰に、ほろり、と涙が伝った。
もちろん周りは、困惑するばかりである。
おしまい
会話が少なくてすまぬ。
キャラが分からないという批判は
甘んじて受け入れる。
ハーメルン使いづらいから。
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