莉緒「WHY?」 (24)

「どうして好きになっちゃったんだろう……」

自室のベッドの上で、そんな呟きが口をついて出た。
深夜、間もなく日付が変わろうかという頃、片手には携帯電話。
タオルケットに身を包み、私は一人悶々とした時を過ごしていた。
そうなった訳は、今から一時間ほど遡る。


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~~~~一時間前~~~~

日々舞い込んでくる数々の仕事をこなし、疲れた身体をベッドに沈み込ませて早十数分。
着替えもしていないけれど、明日は久々のオフだし気にしない気にしない。

身体と一緒にベッドにダイブさせた文明の利器、携帯電話。
無造作にそれを掴み、ルーチンと化した事務所のスケジュール表チェックをする。
明日が休みだと分かっていても、仲間たちがどんな仕事に向かうのかくらいは知っておいてもバチは当たらないでしょ。
小鳥さん謹製のスプレッドシートを開いて、翌日のスケジュールを呼び出す。


「へぇ、明日は可奈ちゃんミュージックタイムに出演なのね。最近頑張ってるし、上手くいくといいわね」

みんなの活躍が、自分のことのように嬉しくなる。
全員のスケジュールに目を通し、シートを閉じて携帯を手放した。

「そっか、明日は午後から律子ちゃんがアテンドに着くのね」


アイドルだけじゃなくて、社長以下事務員に至るまでのスケジュールが記入してある小鳥さん謹製スプレッドシートによると、明日は珍しく仕事の虫とも言うべき彼の、午後のスケジュールが真っ白になっていた。
私達がそれなりに、お仕事をいただけるようになってからというもの、彼はずっと働き詰めで、それなのに凄く楽しそうで。
そんな彼を見ていると、私も何だか楽しくなってきて、自然に胸が苦しく……。


明日がオフなのは私だけ。
午後からは彼もスケジュールは空いている。

気づいた時には、手放した携帯をもう一度取って、メーラーの本文に打つべき文章をひねり出そうしていた。


良かったら午後のお茶に付き合ってくれない?
……そんなキャラじゃないわよね。

私とスイートでエモーショナルな午後を過ごさない?
……これじゃあロコちゃんだわ。

部屋の掃除手伝ってもらえないかしら?
……麗花ちゃんじゃあるまいし。散らかってもないし。


色々と悩んだ挙句ひねり出した答えが『明日逢える?』だった。
こ、こういうのはシンプルが一番よね……!?

ベッド脇の窓からは月がよく見える。
柄にも無く月に祈りながら、震える指で送信ボタンをタップした。
数秒で画面には送信完了の文字が浮かび上がる。


「送っちゃった……」

今更ながら、恥ずかしさがこみ上げてきた。
そもそもメールに気づいてもらえるかな?
こんな時間だし、もう寝てるんじゃない?
明日も早いし。
返事をくれるかな?


そうして私はタオルケットに包まって、永遠とも感じられる1秒を延々と繰り返し、煩悶としている。
こんなにもメールの返事が待ち遠しいのは、生まれて初めてかもしれない。
鳴らない携帯、時間だけが過ぎていく。
点けては消しを繰り返して、その度、ため息だけが溜まっていく。


「返事、困っちゃってるかな……?」

時計の音だけが虚しく響き渡り、送らなければ良かったのかもしれないと、後悔がのしかかってきた。

「どうして、こんなに切ないんだろう……」

こぼれ落ちた想いは、声と一緒に、生温い雫となって頬を伝い、タオルケットに小さなシミをいくつか作る。


本当は明日じゃなくって、今すぐにでも逢いたい。
メールを送る前に時間を戻せたら、こんな想いをしなくても済むかしら……?
なんて、今更どうにもならないって分かっているのに。

いっその事、この想いを忘れる事が出来たらどんなに楽だろうか。
嫌いになれたら、どんなに楽だろうか。


「そうよ、きっとこんな感情、ただの勘違いだわ! 顔もイケてない、背も高くないし、ちょっと優しいだけで、私の事をよく見ていてくれて、気さくで、頑張り屋で、話しやすくって……」

あ、これダメだ。
やっぱり……好き……なのよねぇ。

そう再認識したら、タオルケットに更にいくつかのシミが、現在進行形で増えている。


きっと、彼にとっては、私は大勢いるアイドルの中の一人で、私をどう思っているかなんて聞こうものなら、きっと困らせてしまう。

「どうして好きになっちゃったんだろう……」

報われない恋になる可能性の方が高いのに。
考えれば考えるほど、気分はどんどん落ち込んでいく。


「こんな気分の時は、アレね! お酒飲んじゃいましょ!」

暗く沈んだ気分を盛り上げるためには、やっぱりアルコールの力が必要よね!
確か冷蔵庫にビールが入っていたはず。


ビールを取りにキッチンに行こうと、ベッドから抜け出した瞬間、この一時間強沈黙を守り抜いてきた携帯電話が、メールの着信を告げた。
心臓が早鐘を打っている。
着信のメロディーが止まるまで数秒。
私はその場を動けずにいた。
音が止まり、画面の明かりが消え再び部屋の中には時計の針の音だけ。


はやる気持ちを抑えながら、携帯電話を拾い上げ、震える指でメーラーを起動する。
メールの送り主は――――――。




終わり

おわりです。

少しでもお楽しみいただけたら幸いです。
それではお目汚し失礼しました。

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