「ヴィーネ……キスして」 (24)

私のその言葉にヴィーネは顔を赤くして戸惑っていた。

◇◇◇

今日は休日、月曜日の提出に間に合うようヴィーネに宿題を見せてもらおうと部屋にお邪魔したんだ。

季節は夏、殺意のこもった太陽の日差しが降り注ぐ外とは違い、この家はクーラーによって快適な温度に保たれている。
控えめに言って最高だ。

「はぁ、天国ってヴィーネの部屋にあったんだな」

「クーラーつけてるだけで絶賛ね」

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「私ヴィーネの家に住もっかな、部屋も綺麗だし」

「あんたの場合ただ宿題写したいだけじゃない!」

「むしろ写すのすら面倒くさいからいっそのことヴィーネの宿題に転生したいくらいだよ」

「駄天ここに極まれりって感じね、もう」

私の言葉に対して小気味良くツッコミを入れるヴィーネの器用さにはいつも舌を巻く。
相手のボケを最大限に輝かせるために強すぎず弱すぎない絶妙な言葉をチョイスするあたり、プロのツッコミ師としての実力の高さを感じずにはいられない。

「いや私プロとかじゃないからっ!」カッ

「心の声にまで反応するなよ」

他愛のない雑談をしながらヴィーネの宿題を写していると、私のお腹が鳴った。
そうえば朝から何も食べてなかったっけ。

「休憩にしましょうか、冷蔵庫にチョコレートがあるから持ってくるわね」

「さっすがヴィーネ!私ちょうど甘いものが食べたい気分だったんだ」

ヴィーネが持ってきた一口サイズのチョコレートを遠慮なくいただく。
なんだか不思議な味がした。
途端に、頭がぼーっとして、身体がだんだん熱くなる。
ああ、思考が霞む……
私って何しに来たんだっけ?

「あれ、顔赤いけど大丈夫?ガヴ」

ヴィーネが私に何か言ってる。
何?顔?
よくわからないけど、なんかふわふわして気分がすごく良いや~。

「ヴィーネ~このチョコ美味しいねっ」モグモグ

「あんた、そんなに食べたら……ってまさか!?」

なぜがヴィーネは慌ててチョコの梱包を確認していた。アルコールがなんとか言ってるけど、ちょっと理解できない。

「ガヴ……もしかしてあなた酔ってるの?」

「ふぇ、私がチョコごときで酔うはずっ、ないじゃん」フラフラ

「そんなフラフラしながら言われても!今お水持ってくるからちょっと待ってなさいっ」

「ん、ヴィーネ~行っちゃやだ」ギュ-

「ちょ、ガヴ?!」

ヴィーネがどこかに行こうとするので抱きついて阻止する。不思議なことに今の私はすごく誰かに甘えたくて仕方がなかった。

ああ、ヴィーネの匂いだ。
優しくて、面倒見が良くて、いつも私を助けてくれる。
こんなダメな私を見捨てないで一緒に居てくれる。

なんか、困ってる顔のヴィーネ、すごく可愛いな。
もっと、もっと、困らせてみたい。

「ヴィーネ~なんで今日そんなに可愛いの」

「わ、ガヴ、ねえ……顔近すぎ……っ」カァァ

◇◇◇

「ヴィーネ……キスして」

「え、ガヴ、何言ってっ」ボンッ

「ヴィーネは私のこと嫌い?」

「いや、そういう問題じゃないけど……」

「嫌い?」

「う……嫌い……なわけないでしょ」

「じゃあ、はやく」スッ

「まって、まってガヴ、その、心の準備が……いや違っ、私は悪魔だし……天使とキ、キスなんてさすがにルール違反な気が」ドキドキ

ヴィーネの顔がすごく赤い。可愛い。
もうちょっといじわるしたい気になった。

「やっぱりヴィーネは、天使である私のことが嫌いだったんだ」

「!いや、そういう意味じゃ……」

「もういいよ、嫌いなんでしょ!」

ヴィーネは何かと葛藤しているように思えたが、だいぶ揺れていた。あとひと押し。

「っ、ガ……ガヴは嫌じゃないの?悪魔の私と、キスするなんて」

「嫌なわけないじゃん」

ヴィーネが期待と不安の混じった表情で私を見つめる

「むしろヴィーネのが欲しいんだもん……」

「っ!ガヴ……私……っ」

私の言葉がついにヴィーネの理性を崩壊させてしまったらしい。

気がつけば私はベッドに押し倒されていた。

「はあっ、はあっ」ドクン...ドクン...

部屋にヴィーネの息遣いの音だけが響く。
クーラーで涼しいはずのこの空間とは対照的に、
私の体温がものすごい勢いで上昇していくのを感じる。

ヴィーネのこんな顔……初めて見た。

「ガヴ……ガヴ……」

「ヴィーネ……私……ヴィーネになら、いいよ」

ああ、言ってしまった。
アルコールが全身に回っているせいなのかわからないが、私の頭はもう余計なことを何も考えられない。

ただ気分が良くて、この妖しい雰囲気に流されるのも悪くないのかもしれない、なんて思っていた。

「ガヴ……私、ガヴのことが……好き」

「んっ、私も……ヴィーネのことが好きだよ」

ムードが最高潮に達し、私たちがアニメではお見せできない禁断の扉を開こうとしたその時だった。

「あらあら~」

「ちょっと、あんた達何してんのよー?!」

玄関の方から聞き覚えのある声が。

「さ、サターニャ?!ラフィエルも……なんでここに!?」

「私は宿題を見せてもらいにきたのよ!」

「私はサターニャさんのいるところならどこにでも湧くので!」

予想外の来客に先ほどまでの妖しい空気は完全に消え、ヴィーネは私から離れて全力で二人に言い訳をしている。はは、ヴィーネったら超必死……じゃん……。

その光景を最後に私の意識はパッタリ途絶えた。

◇◇◇

「あら、起きたのねガヴ」

「んあ、ヴィーネ……?あれ、私なんで……」

「ガヴったら、チョコ食べた途端に酔っぱらって、いつのまにか私のベッドを占領して眠っちゃたのよ、覚えてない?」

「えっ、そうだっけ……」

確かヴィーネの家に宿題を写しに来て、それからおやつにチョコを食べて……それから……ダメだ、そこからの記憶が1mmも思い出せない。なんとなく楽しかった気がするんだけど。

時刻は19時、私がヴィーネの部屋に上がったのが14時頃だから、結構眠っていたみたいだ。

ふいに私のお腹が鳴る。

「ヴィーネお腹へった」

「たくっ、しょうがないわね」

そう言って台所に向かうヴィーネ。
本当に、面倒見が良くてとても悪魔には見えない。

そうえばさっき誰かが家に来てた気がするけど……まあいっか。

◇◇◇

「ねえ、ガヴ……その、昼間のことって覚えてるの?」

「いーや、チョコ食べてからの記憶が全然なくてさ」

「そ、そうなんだ……」

「ん、どうしたのヴィーネ?」

『ガヴ……私、ガヴのことが……好き』

『んっ、私も……ヴィーネのことが好きだよ』

「いや、な、なんでもないわっ」カァァ

「なんだよ、言いにくいことなのか?まあ別に無理して言う必要はないけど……」

「えっと……ガヴは……私のことってどう思う?」

「どう思うって……好きとか嫌いとか?」

「そっ、そうね、うん」

「好きに決まってんじゃん」

「ふぇ?が……ガヴ」

「ていうか嫌いだったら一緒にいないでしょ」

「……ぷ、ふふ、たしかにね!じゃあ……私もガヴのこと好きよ」

「おい、じゃあってなんだよ」

「そんなことより料理ができるまでに宿題写しちゃいなさい!」

「へいへーい」

ーーーーーーーー

この日を境に私たちは少しずつ、お互いの心の距離を縮めていった


数年後、私たちはなんと正式に付き合うことになるのだがーーーーーそれはまた、別の機会に話すことにしよう。


☆END☆

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