メイド「私の嫌いな貴方様」 (150)





メイド「そもそもから言って、私は貴方様との婚姻に賛成しているわけじゃないんですよ」





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メイド「覚えています? 初めて出会った日のこと」

           ヤカタ
メイド「我が家に突然お館さまがいらっしゃって、婚約者にしたからと言うんですよ」


メイド「なにも知らされてなかった私は大変驚きましたよ。……まあ、私に話がいくわけないですけど……」


メイド「納得は勿論しませんでしたよ。……けれど、旦那さまが決めたこと」


メイド「メイドの私が口出しできるわけがございません」


メイド「ええ、内心どれだけ怒りの火が燃えたぎっていたことか!」


メイド「しかも、貴方様に少しでも時間ができると、顔を見たかった~とかなんとか申し上げられて屋敷まで押し掛けて」


メイド「貴方様はそのとき十三歳ですよ」


メイド「来訪なされたとき、貴方様なんて言ったか覚えてます?」


メイド「将来のお嫁さんと早く仲良くなりたくて、ですよ!」


メイド「普通、十歳の女の子にそんなこと言いますか?! ませてますねっ!」



メイド「え? えぇえぇ確かに喜んでいましたよ。貴方様がいらっしゃる~って」


メイド「ですが、それはそれです」


メイド「いま私は貴方様との結婚に賛成できない、という話をしているんです」


メイド「だったら君の話も関係ない、ですって?」


メイド「そんなこと一々気にするような人と結婚するんですか……ふぅーん……」


メイド「話を続けますよ」


メイド「次は貴方様の別荘に行ったときのことを思い出しましょうか、ねぇ……簡単に思い出せるでしょう」


メイド「あれだけのことをおやりになられたのだから」


メイド「――そう。そうです。そのことです」


メイド「つかぬことをお聞きしますが、貴方様は当時何歳でいらしたでしょうか?」


メイド「――。そうですね、十六歳です」


メイド「と、いうことは?」


メイド「――。勿論そうですね。三歳差なのですから、十三歳ですね」


メイド「そんな男女が? ええ? 夜に別荘を抜け出して二人きり?」


メイド「どれだけ責任感無いんですかね? どんな間違いが起こるか分かったもんじゃないですよ? ねえ?」


メイド「星を見せたかった。ふぅん……見せたかっただけじゃないですよね?」


メイド「そうですね。それを言って泣かせましたね」


メイド「なんですか? 一生幸せにするって? そのフェイスに似合ったあまあま告白ですね」


メイド「古くさいプロポーズにうんざりです」

メイド「で、ですよ。泣いて帰った理由を聞いた旦那さまが……」


メイド「うちの子を君に頼んだ正解だったって」


メイド「奥様も似た調子で」


メイド「はあ……ほんと何かあったらどうするつもりだったんですか?」


メイド「……はあ……もういいです……これだけじゃありませんからね」


メイド「――って、ため息を吐かせている原因は貴方様でしょう!!」


メイド「h……っ! つぎっ!」


メイド「お祭りです! そうお祭り!」


メイド「あの頃はおたがい受験生だったのにも関わらず、よくそんなものにつれていきましたね」


メイド「確かにね、よろこんでいましたよ。わーいデートだ、といって」


メイド「……は? いまはそんなこといいでしょう。結局楽しんでたのでいいんです」


メイド「で、これまた二人で抜け出して? え? 何をしたんですか? え?」


メイド「……。しつこいとか言わない! 照れて顔を赤くしない! ほら……」


メイド「……。そうですよ。そうですそうです。ちゅーですよ、ちゅー、初めての」


メイド「おう、唇は柔らかかったか? ええ? ふざけんじゃねえよ! ……おっと、失礼……なにおふざけあそばれやがりましたのですか?」


メイド「ずっと、ずっと……私はね、大切にしていたんですよ」


メイド「それに突然手を出されたわけですよ。いやね、確かに……」


メイド「確かに許嫁同士、いつかはされるのだと思いましたよ」


メイド「けれどね――え? 嬉しそうだった? だからどうしたのです? 相手が喜べばなんでもしていいと申すのですか? 貴方様は?」


メイド「まあ、もういいですよ。キスの話は」


メイド「そんな色恋に惚けた貴方様の顔を見るのは耐えないことですからね」


メイド「……はあ? それは知っていますよ。私を誰だと思っているんですか?」


メイド「なんだかんだと言いましても、やっぱり一番信用されているのは私ですからね、残念でした!」


メイド「じゃあこの調子で話していきますか」


メイド「ちょっとそこ、逃げない。なんのために内緒で呼び出したと思っているんですか」


メイド「まあ、逃げたくなるのは分かりますよ……。だって、ねえ?」


メイド「キスの次といえばねぇ?」


メイド「……ええ、聞きますよ。聞きますとも」


メイド「貴方様が大学四年になった頃ですか……」


メイド「免許をとった貴方様は、受験の終わった許嫁を連れて遠出しましたね」


メイド「想像してください。互いに将来を約束しあった者同士だけで遠出……」


メイド「相手は明らかにこちらに好意を寄せている……」


メイド「……。間違いが起こらないわけないですよね? ね?」


メイド「……はい。なにも言わなくて結構です。その反応が全てを語ってます」


メイド「やだやだ、これだから最近の若い人は……。男女七歳にして同衾せずって言葉をしらないんですか」


メイド「どうです? 可愛かったですか? どうでしたか?」


メイド「そうですよね。ずっとずっと一緒に居たんですもの、知ってます」


メイド「というより、貴方様より知っています……」


メイド「私だって……」


メイド「……。…………」


メイド「黙ってください……。泣いてませんよ……ただ、好きだったんです……」


メイド「私は……」





メイド「お嬢様のことが……」




メイド「……お嬢様と私は、お友だちとして、貴方様より前に、お嬢様と仲良くしていたんです」


メイド「優しくて、守ってあげなくちゃいけないくらいおちょこちょいで、やっぱり優しくて……」


メイド「――私の一番の人。この人になら殺されてもいい、それぐらい大切な人」


メイド「それなのに……」


メイド「どうして貴方様なんているんですか? どうして、私は貴方様じゃないんですか? どうして……」


メイド「お嬢様……私を選んでくださらなかったのですか……?」



メイド「……。……黙ってください。しゃべらないでください話しかけないでください!」


メイド「――私にそんなに優しくしないでください……」


メイド「嫌いです。嫌い嫌いきらいっ! 男だからって、許嫁だからって、お嬢様と結婚できる貴方様が嫌いです!」


メイド「――っ!!! 知ってますよ! 貴方様がお嬢様のことを大切にしていることくらい」


メイド「お嬢様が嬉しそうに話すんですもの。今日はあれを頂いたとか、手を握って連れていってくれたとか」


メイド「私だってできますよ! プレゼントも、手を握ることも!」


メイド「でも、私は知っています……貴方様からだからあんなに嬉しそうにお嬢様は語っていらしたのだと」


メイド「それに、このことも知っています」


メイド「――貴方様がどれだけお嬢様のことを愛しているのかということを」

メイド「私もね、賛成したくなんかありませんよ、貴方様とお嬢様の結婚なんて」


メイド「でも、認めるしか無いじゃないですか……!」


メイド「私はただのメイドで、お嬢様を連れ出して逃げる力もなければ、旦那さまに婚約を反故にしてもらえる立場でもない」


メイド「それにですよ……」


メイド「お嬢様を一番幸せにできるのは貴方様なんです」


メイド「家柄的にも、経済的にも……それにお嬢様の気持ち的にも……」


メイド「ねえ……貴方様……」

メイド「………………」


メイド「………………はい……」


メイド「そうですか…………」


メイド「……貴方様……」


メイド「どうか……どうか……お嬢様のことをよろしくお願いします……」


メイド「…………」


メイド「はい……そんなこと、当たり前ですよ」


メイド(翌日、お嬢様は嫁ぎ先に行ってしまわれた……)


メイド「ああ……」


メイド(昨晩の式の後始末。散らかった紙吹雪。汚れた食器)


メイド(どれもこれもいなくなってしまったあかし)


メイド「……っ!」


メイド(心中にどうしようもない寂寥感がつまり、私を突き動かす)


メイド(気づいたら駆けていた)


メイド(後ろから、どこいくのよ掃除サボんなとか聞こえたがそんなもん知るか)


メイド(私は――)


メイド「はあ……はあ……」


メイド(お嬢様の部屋……)


メイド(ドアを開け、中に入る)


メイド(そこには当然、誰もいなかった)


メイド「お嬢様……」


メイド(足は無意識のうちにヨロヨロとベッドの方へ……)


メイド(誰もいないベッドへと倒れこむ)


メイド「お嬢様……」


メイド(鼻孔をくすぐる大好きな匂いが、つーんと目奥を撫で上げた)


メイド「っ……お嬢様ぁ……」


メイド(私の大好きな人は、私の大嫌いな人のところへといってしまった)


メイド「私の嫌いな貴方様」


メイド(お願いです。どうか……どうかお嬢様を――私の大好きな人を――幸せに……)

【メイド「私の嫌いな貴方様」】 おわり




【女吸血鬼「いつまで君のことを覚えていられるかな……?」】



少女「はやく起きてください……もうとっくに日が暮れましたよ……吸血鬼さま……」


女吸血鬼「ん? くぁあ~。……そうかい」

女吸血鬼「君、つかぬことをきくが……人間は起きている間何をしている?」


少女「あっ! ついに人間の生活に興味を持ちはじめたんですね!」

少女「いいですよ! 不肖この少女、吸血鬼さまの気になること、頭から尻尾揺りかごから冥府まで、なんでも教えますよ!」キラリーン


女吸血鬼「…………」

女吸血鬼「で? 私の質問の答えは、どうしたんだね?」


少女「ああっはいっ!」

少女「ええっとですね……男は村の外にいって狩りを、女は家で洗濯裁縫、子供は畑や田んぼの手入れですね」


女吸血鬼「つまり生産的に過ごしていると?」


少女「そうですね。生きてくために必要ですから」


女吸血鬼「ふむ……。では私はなんだ? 言ってみろ。人間か、私は?」


少女「は? 嫌ですね、吸血鬼でも痴呆ってあるんですか?」


女吸血鬼「……」ピクッ

女吸血鬼「……そうだな……私は吸血鬼だ」


女吸血鬼「……そう、私は吸血鬼である」


少女「……そうですね。爪先から頭の先まで純吸血鬼ですね」


女吸血鬼「そうだそうだ。いいか君、この私が自身の種族について忘れると言うことは一切ない!」


少女「……名前は?」


女吸血鬼「は?」


少女「自分の名前です……言えるでしょ? ……言えますよね?」


女吸血鬼「………………」

女吸血鬼「……ァ、――ノ……二世だ!」モゴモゴ


少女「はい? そんな噛みきれないものを食べているんじゃなんですから言葉をモゴモゴさせないでください。……ひょっとして……入れ歯が必要ですか?」


女吸血鬼「…………」ブチッ


女吸血鬼「なんたら、なんたらーノ二世だ! ……ふんっ」


少女「なんたらって……覚えてないじゃないですか……!」


女吸血鬼「ええい! そんなことはどうでもいいのだ」


女吸血鬼「あれだ……! 吸血鬼になるときに名前を捨ててきたのだよ! 私は!」

女吸血鬼「ともかく、いま! 大事なことは、私が吸血鬼だということだ!」


少女「はぁ……」


女吸血鬼「君、吸血鬼が死に物狂いで生きるために何か活動していると思うか?」


少女「血を吸――」


女吸血鬼「そう、無い! 無いのだ!」


少女「――? いや、ですから……吸血――」


女吸血鬼「な・い・の・だ!」

女吸血鬼「吸血鬼は優雅であり、気まぐれであり、恐怖の象徴なのだ!」


女吸血鬼「そんな私がだ! なんだ、学者だかなんだかの小娘に起こされなあかんのだ!」


少女「つまり……ここまで散々声を荒げたのは……」


女吸血鬼「そう。私はもう一度眠りにつかせてもらう!」


少女「……正直、目……覚めましたよね?」


女吸血鬼「…………うむ」

少女「一回……おちつきましょう……?」


女吸血鬼「……そうだな……うむ……」


女吸血鬼「…………」


少女「…………」


女吸血鬼「…………」


少女「……落ち着きました……?」


女吸血鬼「…………」


少女「……? 吸血鬼さま? …………?」


女吸血鬼「……くぅ……くぅ……」スヤスヤ


少女「いや、なに二度寝してるんですか! 起きて! 起きてください!」

少女「起きて、私に研究されてください!」ユサユサ


女吸血鬼「ママぁ……あと五分……」


少女「誰がママだ?! あと、ベタだな、おい!」

――――――
――――
――



女吸血鬼「……今回のことは私が寝ぼけていたということで……」


少女「はい……私も吸血鬼さまに不敬な言葉使いを……大変失礼しました……」


女吸血鬼「いいんだ、いいんだ。……忘れてさえくれれば」



女吸血鬼「さて、本題に入ろうか。君、昨日の続きでいいのかね?」


少女「はい。まだまだありますよ」パサァ

少女「ではこのカード、裏に何がかかれているか、分かりますか?」


女吸血鬼「分からない。どうやら私には透視の力はないようだ」


少女「そうですね。次、じゃあ……このカードを手を使わずに動かしてください」


女吸血鬼「同じく無理だ。念動の才能もない」


女吸血鬼「……なあ君、本当にこんな不毛なこと今晩も一晩中続けるのか?」


少女「そうですよ。何かあるはずなんです、吸血鬼の隠された力が」


少女「だってそうですよね。日光に弱い、十字架がだめ、銀のナイフで即死、流水に勝てない、ニンニクアレルギー」

少女「そんな弱点の多い吸血鬼の力が、不老不死(笑)と夜目がきく(爆死)だけですよ!」


少女「そんなわけないじゃないですか!」


女吸血鬼「……君……バカにしてるだろ……?」


少女「いいえ、まさかそんな滅相もない」


少女「ただそんなに多くの弱点があるのなら、不老不死(笑)なんてあってないようなものだと思いますけどね」


女吸血鬼「君…………まあいい……で、そう思ったから、私には何かしらプラスになる能力があると思った訳だ」


少女「ええそうです、さすが聡明でいらっしゃいますね、吸血鬼さまは」


女吸血鬼「……まあ暇潰しになるからいいか……で、次のは?」


少女「そうですね――」


女吸血鬼「――――ほうほう」

――数年後


女「吸血鬼さま、起きて……あれ?」


女吸血鬼「今日は遅かったね、君」


女「吸血鬼さまの起きるのが早いんですよ」


女吸血鬼「そうかい……まあそんな些末事はどうでもいいことだろう」

女吸血鬼「君から譲ってもらった茶をだそう」


女「おねがいしますね」


女吸血鬼「ふむ……そういえば覚えているかい、君がここに通い始めた頃のこと」

女吸血鬼「なんだったか……吸血鬼には何か知られていない力が隠されてるとかなんとか言って色々なことをしたね」


女「……結局すぐ試すことを思い付かなくなって……」


女吸血鬼「そうそう。君はそうして世間話の相手兼、ときどき検査調査の間柄になったんだけっか」


女「早いものですね……あ、ミルクありますか?」


女吸血鬼「ふむ、あるにはあるがもう少しできれるな……申し訳ないが次はミルクを持ってきてくれ」


女「はい。と、ありがとうございます」


女吸血鬼「うむ。熱いからな、気をつけて飲めよ」

女吸血鬼「ところで、君……最近こっちに来る頻度が上がったんじゃないかね」


女「そうですか?」


女吸血鬼「ああ、前は――君が少女だったころは――週に2日3日顔を出す程度だったが……」

女吸血鬼「ここ最近はほとんど毎日だぞ」


女「……居心地がいいんでしょうね、きっと」

女「吸血鬼さまはどうなんですか?」

女「ずっと一人だったでしょう、寂しくなかったんですか?」


女吸血鬼「そうでもない。何せ君たちの村が近くにあるからね」

女吸血鬼「定期的に君のような物好きが来たものさ」


女「物好き……ですか……?」


女吸血鬼「そうだね。わざわざ何が出るか分からない夜の森を抜けてここまで来るんだ」

女吸血鬼「これを物好きと言わずになんと言えばいいか、私は分からないな」


女吸血鬼「それに――」


女「それに、なんです?」


女吸血鬼「寂しさ、という感情が分からなくなるくらい、長く、生きすぎた」


女吸血鬼「寂しさだけじゃない。覚えたことよりも、忘れたことの方が多いくらいだ」


女「…………」

女「それでも――」


女吸血鬼「それでも、なんだい?」


女「……私のことは覚えていてくれますよね……?」


女吸血鬼「――…………」

女吸血鬼「どう……だろうね……」

女吸血鬼「なにせ自分の名前を忘れたくらいだ」


女「……」

――――
――


女「……こんばんは」


女吸血鬼「おや、ひさしぶりだね君」

女吸血鬼「あんな話をしたんだ、もう来てくれないと思ったよ」


女「そうですね、暗にお前のこと忘れるからと言われて、正直悲しかったですよ」


女吸血鬼「すまないね……軽率な発言だった」


女「ええ、本当に軽率……」ピトッ


女吸血鬼「……? どうしたんだね、君。そんなにくっついて……」


女「たいした理由はありませんよ。ただ、忘れてほしくないからです」


女「私が吸血鬼さまの近くにいたということを……」


女吸血鬼「……そうかい」


女吸血鬼「……君は――」


女吸血鬼「君は……随分と年をとったな……」


女「あらひどい。まだ30手前ですよ、私」

女「でも、そうですね、確かに年をとりました。もう少女とは口が割けても名乗れない」


女「……吸血鬼さまは変わりませんね。出会ったころのままです」


女吸血鬼「不老不死だからね。数多くのバッドステータスに埋もれた唯一……いや二つある長所の内の一つだ」

女吸血鬼「これがなければとっくに自殺していたところだよ、私は」


女「……自殺?」


女吸血鬼「気が狂うくらう長く生きているということさ」

女吸血鬼「おっといけない、またも軽率なことをいってしまったよ。失敬失敬。忘れてくれ」


女「……」


女吸血鬼「――おや? よく見ると君、指が綺麗だな」


女「え? 指、ですか?」


女吸血鬼「うむ、指だ」スルリ

女吸血鬼「長くて、白くて、ふむ……」ギュ


女吸血鬼「――絡ませがいのある指だ」


女「……あまり日に焼けませんから……だから白いんです」


女吸血鬼「私と一緒だな」


女「……吸血鬼さまの指も綺麗ですよ……」


女吸血鬼「ありがとう」フッ

――――
――


女「吸血鬼さま……起きてください……」


女吸血鬼「もう、少し……」ムニャムニャ


女「もう……吸血鬼さまったら……」

女「――!」ハッ


女「……」イソイソ


女吸血鬼「……くぅ……くぅ」スヤスヤ



――数時間後



女吸血鬼「んっ……ふわぁ、よく寝た~~っ……」

女吸血鬼「……ん? なんだこれ――」


女「あっ、起きましたか?」


女吸血鬼「……棺桶のなかは狭いんだけどな……」


女「けど、二人寝転がれる広さはありますよ?」


女吸血鬼「ぎゅうぎゅうだけどな」


女吸血鬼「ほら、出るから……動くな」


女「いいじゃないですか。もう少し一緒に入ってましょうよ」


女吸血鬼「……まあ、君がいいのなら」


女「ふふ……」ギュウッ


女吸血鬼「君はいい匂いがするな」ギュウ~


女「吸血鬼さまこそいい匂いですよ」

女吸血鬼「ふはっ、いい年こいた大人二人が何をやってるんだって話だな」


女「……私は、好きですよ。こういうの」


女吸血鬼「そうかい……」

女吸血鬼「じゃあ、もう少しこのままでいようか」


女「眠っちゃうかもしれません……」


女吸血鬼「いいのだよ、君……」

女吸血鬼「夜は長いのだからな、少しの間眠ってもなんら問題はない」


女「はい……」

女「クゥ……クゥ……」スヤスヤ


女吸血鬼「まさか本当に寝るとはな……」クスッ

女吸血鬼「狭いというのに良く寝れるものだ」ナデナデ


女吸血鬼「……大きくなったな。なめた口を利かなくなったのは大人になった証か否か……」

女吸血鬼「そのくせ甘ったれなところは変わらない」フフッ

女吸血鬼「……」


女吸血鬼「この子も、すぐ……」


女吸血鬼「…………」ナデナデ


――数日後


女吸血鬼「――」ムクリ


女吸血鬼「――――」キョロキョロ


女吸血鬼「……今日もいないか」ハァ


女吸血鬼「最近来ないな、あの子……」


女吸血鬼「……事故にでもあったか……? いや事故じゃなくとも怪我をしたのかもしれない……」


女吸血鬼「大丈夫か……?」ソワソワ


女吸血鬼「――ん? あれは……」


女「……久しぶりです、吸血鬼さま……」


女吸血鬼「まったくだ。どうしたんだね、君。心なしかやつれて見えるぞ」


女「身内に不幸がありまして、回るような忙しさをなんとか身一つで回しまして……」

女「やっと落ち着いたので、こちらに来たしだいです」


女吸血鬼「そうか……それは……災難だったな……」


女「いえ…………あの申し訳ありません、忙しさにかまけて顔も出せずに……」

女「心配しましたか……?」


女吸血鬼「……そうだな、心配した。それに謝る必要はない」

女吸血鬼「身内が死んだんだ。私のことよりそちらを優先するのは当然のことだよ……」


女「……父だったんです」


女吸血鬼「そうか……」

女吸血鬼「……話を聞こうか? 思うところがあるのだろう」


女「……父は私にとって唯一の肉親だったんです」

女「学者としても尊敬していたし、男手ひとつで私を育ててくれたことにすごく感謝もしています」


女「それに吸血鬼さまのことを教えてくれたのは父だったんです」


女吸血鬼「……ということは昔君のお父さんと会ったことがあるんだろうな、覚えてないけど……」


女「ええ、父も一度あっただけだけと言っていました」

女吸血鬼「ふぅん……」

女吸血鬼「……寂しいかい?」


女「はい……」


女吸血鬼「……」

女吸血鬼「あーあれだ、君。前にも言ったが夜は長い」

女吸血鬼「君の寂しさをまぎらわすにはちょうどいい」


女吸血鬼「思い出話でも何でもいい……話そうか」

女吸血鬼「誰かと何か話したくてここに来たんだろう?」


女「ありがとう、ございます……」


女吸血鬼「感謝はいらないよ、君」

……


女「――――ということがあったんです」


女吸血鬼「そうかそうか。それは可笑しいな」ケラケラ


女「……ふぅ……ありがとうございますね、吸血鬼さま」


女吸血鬼「君はさっきから感謝してばかりだな」

女吸血鬼「もちろんその言葉を受けとるのはいささかでなく嬉しいのだが……」


女「……吸血鬼さまは……」


女吸血鬼「なんだい? 私としては話せる身の上なんか無いぞ、全部忘れてしまったからね」


女「年を取ったから?」


女吸血鬼「そうだそうだ……悲しいがそんなものだ」


女「不老不死って悲しいですね……」


女吸血鬼「まあ望んでなるものじゃないな……」


女「……」

女「私は――」


女吸血鬼「……君、外に出ようか」

――外


女吸血鬼「ふむ、私には涼しいくらいなんだがどうかね、君?」


女「そうですね……寒くは、ないです」


女吸血鬼「そうか」


女吸血鬼「……君、こちらにおいで」


女「なんですか……?」

女「――うわっ!?」ビクッ


女「これって……?」


女吸血鬼「私の眷属……こうもりだよ」


女「……多く、ないですか……?」ウジャウジャ


女吸血鬼「これだけいないと……できないからな」


女「なにを……って、きゃあっ!」グワッ


女吸血鬼「間違っても、手を放すなよ……」グイッ、タッタッタ


女「そんな――こうもりの上を歩くなんて無理です!」


女吸血鬼「昔な……それこそ人類が衰退する前の映像作品に、こんなシーンがあった……こうもりではなくてカラスだったが……だから大丈夫だよ!」


女「そんな無茶苦茶なっ!!!」


女吸血鬼「ふふっ、どうだい空に近づいた感想は?」


女「死んじゃいますって、へたしたら……」


女吸血鬼「そうはならないよ、君。私がいるからね」

女吸血鬼「そんなことはさておき……ほら――」


女「はい? ぁ…………」

女「星が綺麗……」


女吸血鬼「良いだろう……ここまで空に近いと手が届きそうで……」


女「はい……」


女吸血鬼「星の海。あの中の一つに君のお父様が要るかもしれない……」


女「父が……?」


女吸血鬼「ああ、人は死んだら星になるんだ……」


女「そう、なんですか……? ……そうなんでしょうね…………」

女「…………」ヒトッ


女吸血鬼「…………」シン


女「……ありがとうございました、吸血鬼さま」


女吸血鬼「お別れの言葉は言えたかい?」


女「はい……」


女「――」

女「吸血鬼さまは、こういうこと何度もしているんですよね……?」


女吸血鬼「こういうこと?」


女「死んだ人とのお別れ……」


女吸血鬼「ん……ああ……あるな、私が大好きだった人とも、私を大好きだった人とも……」


女「それは……悲しくないんですか?」


女吸血鬼「不老不死だもの、こればかりはしょうがない……」

女吸血鬼「それにだね、愛した誰かの顔ももう覚えていないし、愛してくれた人の言葉も覚えていない」

女吸血鬼「覚えていない事をどう悲しむのかというのが本音だよ……」


女「……それは悲しいことですよ……」


女吸血鬼「そうなのか……君が言うのなら、そうなのだろうな……」

女「吸血鬼さま……私は……不老不死というものに憧れていました……」


女吸血鬼「……そうじゃないかとはうっすらと思っていたよ」


女「それが吸血鬼を調べている第一の理由です……」


女吸血鬼「ということは、私が付き合わされたあの実験は……」


女「第二理由ですよ。だってもし吸血鬼になれても、あんなに弱点が多いだけだったら生きづらいじゃないですか」


女吸血鬼「まあ、そうだな……中々に不便な体だと日々難儀しているよ」


女「……それに不老不死だと最後には一人ぼっちになってしまう」


女「ねえ、吸血鬼さま――私を――」


女吸血鬼「馬鹿なことを言うんじゃないよ、君っ――! その言葉の先は一時の感情に任せて言っていい台詞ではない!」


女「何でですか?! 吸血鬼さま……あなたのことが好きなんです! あなたを一人にはさせたくない! 悲しい思いにも――」


女吸血鬼「……望んでなるものじゃないんだよ、不老不死なんて――! 吸血鬼になんて――!!」

女吸血鬼「分からないようだから、はっきりと言おう」

女吸血鬼「――私は君を眷属にする気はない!」


女「……」

女「……私もいつかあの星々の中に入ってしまいます……」


女吸血鬼「そうだろうな、君は人間なのだから……」


女「私がそうなっても吸血鬼さまは覚えていてくれますか……?」


女吸血鬼「………………」


女吸血鬼「私は――」

女吸血鬼「――昔、今までで一番愛し愛された人と似たような約束をしたことがある……」


女「はい……」


女吸血鬼「……私はな……その人がどんな名前で、どんな顔をしていたか……まったく思い出せないんだ」


女「…………」ウルッ

女「……ひっ……すん、うぇえ……ん」ポロポロ


女吸血鬼「……地上におりようか」


女「……ひっく……ひっく……は、ぃ……」コクン

――――――
――――
――



女吸血鬼 (あの夜以来、あの子は来なくなった)


女吸血鬼 (これでよかった、これが一番いい結果だ)


女吸血鬼「はぁ――」


女吸血鬼 (窓から身を投げ出し空を見上げる)


女吸血鬼 (まぶしい星の海が目に痛い程突き刺さる)


女吸血鬼 (あの中をあの子のお父様は漂っているのだろう……)


女吸血鬼 (ひょっとしたらもうあの子がいるかもしれない。そう思えるほど時間感覚が狂っていた)


女吸血鬼「……私は……」


女吸血鬼 (あの夜がどれくらい前のことだったか思い出そうとして、止めた)


女吸血鬼 (代わりに星空を睨み付け――)


女吸血鬼「いつまで君の事を覚えていられるかな……?」


女吸血鬼 (誰ともなしに私は呟き、星を見るのに飽きたため窓をそっと閉めて、出涸らしの紅茶を飲むためカップを探した)


>>14-33

【女吸血鬼「いつまで君の事を覚えていられるかな……?」】 おわり



【女「バカじゃないの……」】



女の子「お姉ちゃんどこか行っちゃうの……?」


女性「……うん」


女の子「やだ! だめ! どこにも行かないで……ずっと一緒に遊んでよ……!」


女性「ごめんね、女の子ちゃん……」

女性「でも、夏休みとかには帰ってくるから……そのとき一緒に遊ぼう? ね?」


女の子「……なんで行っちゃうの?」


女性「……お姉ちゃんね――」

女性「先生になりたいんだ……。だから、そのための勉強を大学ってところでしなくちゃいけないの」

女性「その大学ってところはね、この家から通うには遠いから」

女性「だからね、家を出て遠くに引っ越すの」


女性「けっして、女の子ちゃんが嫌いだからって理由じゃないから」


女の子「ほんとう……?」


女性「うん、本当」


女の子「……うぅ……」カチャリ


女の子「これ……あげる……作ったの」ソッ


女性「かわいい! いいの!? 大事にするからね」

女性「そうだ――はい、これあげる。ビーズのブレスレットのおかえし」ソッ、チャラン


女の子「ネックレス――! いいの?! 貰っても!」


女性「うん……前に綺麗って言ってはしゃいでたから。私だと思って大事にしてね」


おばさん「ちょっと女性――もう時間が――!」


女性「ちょっと待ってお母さん――」

女性「ごめんね、女の子ちゃん……お姉ちゃん、もう行かなくちゃ」


女の子「うん……」


女の子「夏休みには帰ってきてよね……ぜったいだよ、ぜったいの約束だよ!」


女性「うん――約束」



女性「じゃあ、またね――」

――――――
――――
――


目覚まし時計「――――」ジリリリリリッ


女「……ん」ガチャ


目覚まし時計「――――」ピタッ


女「……なんで今さら、あんな夢……」ムクリ


女「――お姉ちゃん……」


女 (お姉ちゃんが隣の家からいなくなって数年……)


女 (私は――高校生になった……)


女「入学式って何時からだっけ……」


女 (そう言いながら、ベッド脇を探りあの時のネックレスを掴む)


女 (それを首からかけ、姿見に目を向けた)


女 (そこに写っているのはネックレスをかけたパジャマ姿の私。当たり前だ)


女「よしと……お母さん起こさないと……」


女 (ある種の失望とともに鏡から目を背け、ベッドから立ち上がる)


女 (その時見慣れない制服が壁にかかっているのを見た)


女「はぁ……」


女 (ため息を吐き、部屋を出る。見慣れない制服を着るのは朝食を食べてからでいいだろう……)


女「……」


女 (ぶら下がっているネックレスに触れる)


女 (ここ数年お姉ちゃんとはあっていない……)



女 (朝食は手堅くサンドイッチにした)


女 (何が手堅いのかと言われたら――)

女 (簡単に作れる。お腹にたまる。野菜もとれる。コーヒーによくあう。と、答える)

女 (『手堅い』の意味はよく分かっていない。……きっとみんな納得する事柄、ぐらいの意味だ)


女 (忙しい朝にピッタリ)

女 (だというのに――)


母「また、これ?」


女「……不満があるなら自分で作ってよ」


母「せめて暖かいものが食べたいなあ、お母さんは……」


女「コーヒー飲め」


母「苦いから嫌いなのよね……コーヒー……せめてゆで卵くらいだしてよ」


女「殻剥くのが面倒くさい……」


母「……あんたよくそんなんで片道二時間もかかる高校選んだわね……」


女「……」ムシャリ


女 (黙ってレタスキュウリマヨネーズを挟んだ真っ白くてパサパサしたパンにかじりつく)


女 (電車に乗って二時間の学校)

女 (そこに今日から通うことになる。知り合いはいない。たぶん)


女「自分にとって手堅く選んだらそうなっただけだし……」


母「あんた……手堅くの意味間違ってる」


女 (白けた目をしたお母さんはコーヒーを流し込み、心底苦そうに顔を歪めると)


母「手堅いってのはね、やることが確実に成功して万が一にも危険がないことをいうのよ……」


女「………………ふぅん」


女 (お母さんから目をそらしコーヒーに逃避した。苦かった。人生のよう)






女 ( “ 本当は私も入学式行きたかったんだけど ” とはお母さんの弁だ)


女「仕事だからしょうがない……」


女 (そういう訳で一人電車の座席で外を見る)


女 (乗った電車はダイヤを上から数えた方が早い。ので、もちろんがらがら)


アナウンス「ツギハ――、――」


女 (目当ての駅がアナウンスされる。お降りの際は~足下に~)


女 (そのアナウンスからちょっとして電車は止まった)


女「さて――」カタン


女 (お降りの際になったのでお足下に気をつけてホームへと……)


女「――んんっ……」


女 (伸びをして、階段へ……)


女「――乗り換えるか」


女 (遠いというのはだてじゃない)



女 (席に座ってガタゴトと揺れる。学校が段々と近づく……)


女 (比例的に乗車する人が増えた)


女 (おお、これが満員電車……)


女 (ある種の感動と共に全国の毎朝頑張っているお父さんへ合掌、もちろん心のなかで)


女 (目新しくて、行儀の悪いことだと分かりながらもついついキョロキョロしてしまう)


女「あれ――?」


女 (今一瞬……)


女 (再度、そこに目を凝らす)


女 (これって――)


女 (そこにはスーツを着たいかにもイケてなさそうな男と、見知らぬ制服――つまり私と同じ制服を着た女の子が……)


女「マジか……」


女 (痴漢でござる)


女 (イケてなさそうな男――略して池男の手が制服JK――恥ずかしそうに口をぎゅっと結んでいる――のお尻をサワサワと触っている)


女 (どうしようどうしようどうしよう)


女 (助けるべきなのだろう。だけど、どうやって……?)


女 (私だって非力な女の子だ、助けにいって逆に餌食になるかもしれない。だからと言って見て見ぬふりをするのも――)


女 (こうしている間にも調子にのって鼻を伸ばした池男の手がスカートの中へ――)

女 (って、スカートの中――!? アグレッシブすぎるだろ。膝丈まであるんだぞ、そんなまくし上げて……)


女 (てか、周りのやつは気づけよ。それかそこのJK声をあげろよ)

女「――」ハッ


JK「……――っ」ブルブル


女 (……震えてる。……怖いよね、そりゃ。怖くて声もでないのか――)


女「………………」ソッ


女 (私はスマホを取りだしカメラを起動。そして池男へと向けた)


スマホ「」カシャリ


女「――すぅっ」


女「そこの人、痴漢です!!!」

女 (車両内の視線を一斉に受ける)


女 (私が伸ばした指の先には、呆然として動けずにいる池男が)


女 (やつはすぐにはっとして手を離したがもう遅い)


おじさん「おいお前、そこの女子高生のスカートの中に腕いれてたろ、見たぞ」


スーツマン「押さえろ押さえろ、次の駅で駅員につきだすぞ」


ギャル「つーか、さっき叫んだ子が写真撮ってたし、言い逃れできないってゆ~か」


女 (瞬く間に池男が追い詰められる)

女 (やさしい世界)


女 (そうしている間に、電車が駅についた)


女 (大人の男に連行される池男。天誅でござる)


ギャル「ちょっと、あんた」


女「なに?」


ギャル「あんたもいった方がいいんじゃね、写真のことがあるわけだし」


女「ふむ……」


女 (それもそうか)


女「すみませーん、私も降ります」


女 (人垣を掻き分け車外に降りる)


女 (ちょっと向こうで例のJKがオドオドアワアワしていた)


女「あの……」


JK「あっ……ありがとうございます……」


女「いいよいいよ、これから駅員さんのとこ? 私もいくよ」


JK「えっ!? そこまでしていただかなくても……」


女「写真のことがあるから、いった方がいいかなと思ったんだけど……」


女 (JKは小さく、あっ、と言うと……)


JK「よ、よろしくお願いします……」


女 (消え入りそうな声でそう言った)

女 (話は簡単にまとまった。証拠が有るのだから当然)


女 (池男が睨み付けてきたが、スルースキルAを発動し、視界からアウト)


女 (しばらくして無事、池男はお縄についた)


女 (めでたしめでたし……ではあるが……)


女「まあ、入学式には遅刻だよね」


JK「すみませんすみませんすみません」ペコペコペコリ


女「ああうん……。そんなに謝らなくてもいいから……」


JK「すみません……」

JK「……あ、あの……お名前……」


女「名前? 私は女。見たところおんなじ学校でしょ、よろしく……えっと……?」


JK「ぁ……わ、私の……名前は……お嬢様、です……」オドオド


女「うん、分かったお嬢様さん」


女 (JK改め、お嬢様さんは尚もオドオドして視線が安定しない。視線だけでなく指の動きもせわしない。挙動不審というやつだ)


女「学校が迎えに来てくれるっていうし、気長に待とう」

女「どーせ、入学式っていっても偉い人のやんごとないお話聞くだけだし」


お嬢様「は……はぃ……」ビクビク


女「……」

女「そ、それにしてもさ災難だったね、まさか高校生活最初からこんな目に遭うなんて」


お嬢様「っそ、そう……ですね……」オドオド


女「……お嬢様さんってさ……もしかして、しゃべるの得意じゃない?」


お嬢様「…………はぃ……」ビクッ


女「そっか……ごめ――――」


お嬢様「で、でも! 女さん、が……はなしたいなら……だいじょう、ぶ……ですっ。つ、つつ、つきあい……ます!」


女「――ふふっ」


お嬢様「えっ!?」ビクンッ


女「いやごめんごめん、バカにしてるんじゃないんだよ……ただ、かわいいなって思って……」


お嬢様「かっ!? かわいいっ!? そんな……私……かわいいだなんて……」カアァッ

お嬢様「それにかわいいのなら、お、ぉ……女さん、のほうが……」


女「あっ――私のことは女でいいよ」

女「私の方はお嬢様って呼ぶからさ」


お嬢様「そんなっ!? おそれ多いですよ!?」


女「ふふっ、なにそれ? 面白いね、お嬢様は」


お嬢様「そ、そんな笑わなくても、いっ……いいじゃないですかっ!?」


女「ごめんごめん……ついね」


お嬢様「もう、女さ――お、女は……」


女「うんよろしい」




女「ん――? あの車……」


お嬢様「止まりましたね……あ、でてきた……」


女「え……?」


お嬢様「……? どうか、した? お、お……女!」


女「お姉ちゃん……?」


お嬢様「え……」


?「よかった、見つかった……」

?「お嬢様さんよね? 大丈夫だった……?!」


お嬢様「え、あっ……はい――!」

お嬢様「あの……あなたは……」


?「あっ、ごめんなさい、名乗ってなかったわね――」

女教師「私は女教師……あなたの担任に――」


女「お姉ちゃん――」ギュッ


女教師「えっ?!  きゃっ……ちょ……え?」ギュウ

女教師「もしかして女ちゃん……?」


女「うん……」


女教師「じゃあお嬢様さんを助けた新入生っていうのは……」


女「私……」


女教師「すっごい、こんなことってあるんだ――!」

女教師「とりあえず車、乗って乗って……今からなら入学式が終わる頃にはつくから、LTには間に合う」


女「……ねえ、お姉ちゃん、なんで夏休み帰ってこなくなったの?」


女教師「……忙しかったから……ごめんね、帰るって約束したのに……」


女「………………いいよ、気にしてない」



――――。

女 (お姉ちゃんの車に乗って学校へと向かう)


女 (助手席が空いていたが、座る気になれずスルーして後部座席に座った)


女 (私の横にはチラチラとこちらをうかがうお嬢様が)


女 (何か話したいのかしら、などと思いつつもこちらもスルー)


女 (私は斜め前にある運転席の彼女を見た)


女 (大人の女性)

女 (そんなお姉ちゃんの顔をにらみつける)


女 (ちょっと見ない間に随分変わったこと)

女 (嫌みったらしく内心で毒づいた)


女 (何故だか悲しくなって、そうっと制服の上からネックレスを掴んだ)


女 (お姉ちゃんはここ数年、家――実家に帰って来ていない)

女 (忙しいとかそんなのが理由だろう……)


女 (夏になると、今年こそは帰ってくる、そんな期待を抱いて過ごした)

女 (今年はどうかと夏休みの始め。まだかまだかと待った盆。来なかったとしょぼくれる始業式)


女 (そんな自分に嫌気がさしたのが去年。その夏)

女 (自分の進路を決めあぐね、どうしようかと悩んでいたころ)

女 (いや悩んでいたのは進路のことだけじゃない。手持ち部沙汰な自分の気持ちにも)


女 (そして決めた。今年の夏、お姉ちゃんが帰ってこなかったら遠くの学校に行こうと)

女 (地元にいるとお姉ちゃんといった場所、遊んだことがいちいち感傷を刺激して辛かったから)

女 (新しい場所で人間関係のすべてをリセットして、普通の青春をおくろうと――)

女 (その結果が……)


女「はぁ……」
                ドライブ
女 (とうの待ち人と同じ車に乗って登校か……)


女 (再びお姉ちゃんをじっと見つめる)

女 (シャギーが入ったセミボブの髪、うっすらとされた口紅、甘い匂いの香水……)

女 (化粧なんて私の知っている頃よりしっかりとしている)


女 (やっぱり、大人だ)


女 (ネックレスから手を離した)


女 (いやに悲しくなった……)

女 (あの頃のお姉ちゃんはもういないのだ……)


お嬢様「ぁ、っ――あの、女、ちゃん……?」


女「どうかした?」


お嬢様「ぇ、いや、女ちゃんが変な顔して、先生のこと見てるから……」


女「……知り合いでね、お姉ちゃ……先生と」


お嬢様「そっ、そうなんだ――!」


女教師「ええ、女ちゃんの小さい頃だって知ってるのよ、私」


お嬢様「へっ、へ~。ど、どんな子供だったんですか……その、女ちゃんは……」


女教師「そうね~、よく私の後ろをちょこちょこついてくる子だったな女ちゃんは」

女教師「それがかわいくってかわいくって……どうしたの、女ちゃん……?」


女「いいから……赤信号もう終わってるから、前向いて運転して……」


女教師「あっ、おっけおっけ……むふふっ……!」


女「なに?」


女教師「いやね、かわいいって言われて、赤くなった顔を隠すためにうつむいた女ちゃんもかわいいなって」


女「なっ――!? そんなわけないでしょ!? ただ車酔いして気持ち悪くって俯いただけ! 照れてない!」


女教師「うふふ~そっかそっか~、じゃあ酔った女ちゃんのために早く学校につかないとね」


お嬢様「ぉ、女ちゃん……」


女「お願い……なにも言わないで……」


――――。



女「そのおどおどしてるところが悪いと思う」


お嬢様「ぅ、……やっぱり……?」


 学校につき、お姉ちゃんは車を停めるとの事なので先に校舎に入りスリッパに履き替えた。


 数日前に郵送された手紙に記されたクラスへと足を向けている最中のこと。

 例のオドオドした調子でお嬢様に話しかけられた。


 なんで痴漢にあったんでしょうか、と。

 確かに彼女はチャラく、こういうのもなんだが、いかにも誘ってますよといった風にスカートを短くしている訳じゃない。
 むしろ、いよっ優等生! と囃し立てたいくらい長い丈だ。


 その装いも極めて普通。
 眼鏡をかけた三つ編みといったそちら向けの人に受けそうな外見。
 言ってしまえば地味。大和撫子と言ってもいいかもしれない。いよっ大和撫子!


 が、本来誉めるべき点も今回に限ってはマイナスだ。

 奥ゆかしくもいいが、抵抗しないのとは訳が違う。
 態度や雰囲気で舐められてはいけない。つけあがって今朝みたいなことになる。


お嬢様「ぁ、あの~女さん……どうやったら、度胸ってつきますかね……?」


女「踏んだ場数。あと環境」


お嬢様「……」


 顎に手を当て眉間に皺をつくり思案する彼女。

 答えたことにそんな真剣になられると困ってしまう。
 迂闊なことが言えない感じ。


女「ま……まあ、結局は慣れだよ慣れ。……あっ、だからって毎朝痴漢されろっていってる訳じゃないよ?!」


お嬢様「……ふふっ、そうですね……場数に、慣れ、か……」


お嬢様「でも、凄いな……女ちゃんは……あんなことできて……」


女「とっさだよとっさ。普通は無理。勢いでやったらなんとかなっただけ」


お嬢様「それでも凄いよ女ちゃんは。私には――」


女「……女でいいって――」


お嬢様「へ……あっそうだね……ぉ、お、女……」


女「そういうところから直していこ。そしたら度胸経験値がたまるから……たぶん……」


お嬢様「そういうもの?」


女「そういうもの」

女「っとと、ここまで一緒に来たけど、何組?」


お嬢様「ぁっ、わ、私は2組だよっ……あの、女ちゃ……女は?」


女「おんなじクラス。2組2組」


お嬢様「本当に!? やった! 同じクラスが、いいなーって、その……思ってたから……」


女「そうだね、良かった……」



女教師「あっ女ちゃんにお嬢様さん……」


お嬢様「先生……ひょっとして職員室によったほうがよろしかったですか?」


女教師「いいえ、そのまま教室に行っていいわよん」

女教師「お家のほうにはもう連絡いってるから」


お嬢様「そうですか……」


女「さっさと教室入ろう中で他の生徒待ってるから」


女教師「ぼちぼち体育館から戻ってきてるか……そうね、なにか個人的に聞きたいことがあったら終わってからで」


お嬢様「はい」


 つつがなくLTは終わった。

 出席番号一番の人が適当に挨拶をし、初日終了。


 できるだけ早く帰りたくて、鞄を掴み教室を出ようとして――


お嬢様「あの……女……」


女「……どしたの?」


 呼び止められた。

 ちろりと教卓の向こうを見やると、お姉ちゃんが、友達ができてよかったでござる、といった風な生暖かい目を向けてきていたので見なかったふりをした。

 なにがよかったでござるだ、馬鹿じゃないのか。武士かよ。


 あの人の視線から早く逃げ出したくて、お嬢様の手をとり強引に――


女「外で話そう――」


お嬢様「ぇ――」


 無理やりにお嬢様を引き連れ教室を出た。


 困惑しているお嬢様。ごめん……でござる……。
 そう心中で頭を下げて謝った。


 人一人の手を引いて歩くというのは、なかなか疲れるものである。
 相手が混乱しているうちにやるのだからなおさら。


 トタトタトタ。
 階段を危なっかしくも下りきり、下駄箱の手前まで着て手を放した。


お嬢様「ど、どうしたの突然!?」


女「ごめん……その……お姉ちゃんがいたから……」


お嬢様「……ぇ、どうして先生がいたから? 知り合い、なんだよね?」


女「そうなんだけど……気まずいというか……」

 こちらが一方的にそう感じてるだけ。現にお姉ちゃんはにこやかに私に接してきていた。


 不意に、チクリと胸が傷んでグーにした手で抑えた。
 ネックレスが鼓動に揺れる。

 心臓に一番近いところにあるそれ。

 それはお姉ちゃんから貰った宝物。

 それは昔の――私と一緒にいた頃のお姉ちゃんが、確かにいたという証明。
 逆に言えば、彼女が変わってしまったことの証明に。

 思い出に無い私の知らないお姉ちゃん。


 抱いていた憧憬も。一方的な想いも。
 吹っ切るためにここに来たのに……。


お嬢様「ぉ……女……」


女「あ、うん……ごめんね勝手に……えっと……なんのよう?」


 はっとしてお嬢様に話を促す。
 よくよく考えればお嬢様には失礼なことをした。
 ひょっとしたら、早々に帰ることを決めていた私と違って、誰かと約束があったかもしれないのに……。


お嬢様「ぇっと……今朝、あんなことが、あったから……家の人が迎えに来るの……」


女「うんうん」


お嬢様「あの……車だから、良かったら一緒に……」


女「えっと……遠いよ、うち」


お嬢様「だったら、なおさら……っ、その……一緒に……帰らない?」


女「……じゃあ、迎えに来た人に聞いて、良かったら……」

 正直、この心理状態で二時間も電車に揺られたくなかった。


お嬢様「ほんと!? たぶん……大丈夫って言ってくれると思うから、大丈夫……」


 そんなこんなで一緒に靴を履き替え、駐車場へと。


女「は?」

 駐車場に着くと同時に、目を疑った。
 自分の目がくるくるのぱーになったのかと。

 目をぱちくりさせてもう一度よく見る。
 それでも、普通の生活では滅多に見ることが叶わないそれは、やっぱりそこにあった。

 呆然としてただ見つめるばかり。


 が、そんな私をおいてお嬢様はその車へと足を止めない。

 まるで、その車の持ち主は私だというかのごとく。
 いやいやまさか……。


お嬢様「ど、どうしたの……女……!」


 突然止まった私を不審に思ったのか、振り返りおどおどと問いかけてくる。

女「ねえ……その車って――」


 おそるおそる指を目の前のそれ――黒塗りのリムジンに指を伸ばす。
 指先は動揺で揺れていた。

 そんな私をお嬢様はきょとんとした顔で見つめ――


お嬢様「家のですけど」


 なんてことなく平然とおっしゃられた。

 今度は動揺で口がパクパクして上手く塞がらない。


女「金持ちかよ……」


 やっと出た言葉がそれだった。最低である。


 私の呟きを聞いて、お嬢様はゆっくりその意味を呑み込むと、しまったと目を大きくさせた。

 あまりにも大袈裟に目を見開くものだから彼女の背後にぬらりひょんを空目したが、今は関係ない。

 むしろ彼女がそんな反応をしたものだから、こっちは直ぐに冷静に帰れた。感謝する。


女「ご……ごめんね、不躾に失礼なこといって……」


お嬢様「い……いえいえ……そうだよね……普通こんなデカイ車じゃないよね……」


 妙な空気になりかけたとき――


???「お嬢様――!」


 不意に、初老の男性がこちらに向かって声をかけてきた。

 その燻し銀な声はリムジンのドアが閉まる音と共に――


お嬢様「爺や」


 そう言ってお嬢様は一変、救われたような顔になり男の方に顔を向けた。

 実際、私も変な空気から救われたという気持ちでいたが……爺や、ときたか……。


 これって、あれ? 漫画とかでよく見る、代々家に仕える使用人ってやつ? そんな馬鹿な。


 またもポカンとしている私に、爺やは目を向けて――。


爺や「こちらの方は――?」


お嬢様「あっ、女っていうの……今朝私のことを助けてくれて……」


爺や「ほうほう……では連絡にあった少女というのは、彼女……」


 爺やは見てるこっちがほっこりするような人好きのする笑顔を浮かべた。

 そして、うやうやしく頭を下げて、

爺や「これはこれは、この度はどうもご迷惑をお掛けしました」


女「い、――いえいえ、そんな……」


お嬢様「ねえ、爺や……女を、家まで送ってあげてほしいの……遠いそうなんだけど」


爺や「ええ、いいですよ。なんでしたら当家に招待してもてなしてもいいくらいです」


お嬢様「そうね――それもいいわね! どう、女――まだ午後になったばかりだし、寄ってかない?」


 どうだとばかりに詰め寄られ、


女「ごめん……やっぱり、電車で帰るね……」


 謎に高いテンションに煽られてふらふら。知らない世界に触れてくたくた。

 正直疲れてしまった。もし、このままリムジンに乗ったら帰路全てが私の精神を磨耗させてくることに全力を出してくるだろう。


 これだったら電車で帰った方がましだ。

 そう思えるくらい、今日の自分は他人とかかわる余裕がないと、今更ながら気づいたのだ。


――――
――


女「ただいま……」


 誰もいない家に帰宅。
 ただいまの言葉は薄暗い廊下に吸い込まれて消えていった。

 時計の針音だけが異物。

 今は私しかいない家。その中。


 夜まで帰ってこない母。
 もう帰ってくることのない父。

 そして――


女「お姉ちゃん……」


 変わってしまっていたあの人。

 得たいの知れない感情が心の中をぐちゃぐちゃに塗りつぶす。


 ここには私一人。

 それが心地よくあり、不安にもなった。


 ネックレスを首から外し、握りしめる。


 自室についたら、鞄を部屋のすみに放り込み、制服にシワができるのもいとわず、ベッドに倒れこんだ。


 ぎゅっと、我が身を抱き締める。私はここに一人。




 ……。
 …………。
 ………………。


お姉ちゃん「女ちゃん起きて~遅刻しちゃうから~ほんとっ!」


女「は?」


お姉ちゃん「よかった起きた! じゃあ学校いこいこ! 急がないと」


女「いや、ちょっと……」


お姉ちゃん「いそぐよ――」


 そう言って腕を引っ張られた。

 いつの間にかベッドで寝ていた私に、いつの間にか来た朝。

 そして、いつの間にか同じ学校の制服を来たお姉ちゃん。


 引っ張られベッドから転がり落ちるように出ると、一変。


 そこは誰もいない電車内であり、私が登校したときに使ったのと同じだった。

 人気のない密室。だが、そこには、私と――


お姉ちゃん「楽しみだね~ふふっ、やっとおんなじ学校に通えるよ!」


 彼女が――。


女「お姉ちゃん――?」


お姉ちゃん「どしたの、女ちゃん……」


女「なんで電車に乗ってるの……? なんで制服を着てるの……?」


お姉ちゃん「やだ~、今年からおんなじ高校になったから一緒に通おうって約束したでしょ? でしょでしょ?」


女「そう……だっけ……?」


お姉ちゃん「そうだよ」

目の前にいたお姉ちゃんは寸分違わず私が知っている姿のまま。
どこかおかしいなと思いつつも、深くは考えなかった。いや、考えようとすると頭のなかにもやがかかってうまく考えれなかった。


お姉ちゃん「どうしたの? 変な顔して……」

女「な、なんでもないよ……」

考え込んでいたのが顔に出ていたのだろう。
せっかくお姉ちゃんと一緒にいるのだ。訳のわからない違和感などゴミ箱にポイして楽しくお喋りしよう。

そう思って――


女「ねえ、お姉ちゃん……なんで帰ってこなくなったの?」

知っていたでしょ?
楽しくお喋り。そんなもの私の口からは出てこないって。


お姉ちゃんに対してあるのは、捨てされない恨み辛み。
捨てられたと。忘れ去られたと。帰ってこないお姉ちゃんを思って何度悲しみに沈んだか分からない。

届かない思い。一方通行の無意味な思い。

そんな思いのこもった問いに、お姉ちゃんは――


お姉ちゃん「何がそんなに悲しいのかな?」

質問に質問で返してきた。
予想外の問いに思わず閉口したが、閉じたついでに咀嚼して飲み込んだ。

――何が……何がって――っ?


答えのわかりきった問いに呆れを通り越して怒りが。
肩をプルプル震わして……ふと、何が悲しいのかと思ってしまった。


決まっている。帰ってこなかったことが悲しいんだ。
だったら、再開できたのに喜びはすれど、悲しむ必要はないんじゃない?


お姉ちゃんが私のことを忘れて、夢だった職業に夢中になっていたから?
再開て非難したときすまなさそうな顔をしてたよね。ということはお姉ちゃんも気にかかっていたんじゃない?


――ねえ……。

お姉ちゃん「悲しいのはなんでかな?」

はっとしてお姉ちゃんを見つめる。
その顔は嬉々として輝いていた。


お姉ちゃんに対してあるのは、憧れ。親しみ。
その感情等は、再会すれば満たされて、悲しさなんて消えるはず。

だのに――
悲しさを抱いているこの感情は――


お姉ちゃん「こらっ本当は分かってるのに、分からないふりしないの!」


こつんっ。と、頭を小突かれる。

驚いて目を見開くと、また驚くこととなった。

彼女は大人になっていた。場所も電車の中じゃなくて、教室に。
いつの間に彼女が大人になったのか分からない。自分は制服を着たまま……。

ずきりと心が痛む。
それは何故? 悲しくて。
何故悲しい? それは――


お姉ちゃん「今から簡単な質問をします! 是非素直になってね♡」

もったいぶった口ぶりで、そのうえ教師のように堂々とした態度で、お姉ちゃんは私に向き合った。


お姉ちゃん「女ちゃんが私に抱いている感情は――?」

女「……憧れと親しみ」


お姉ちゃん「ノンノン。それだけじゃないでしょ?」

嘘ついちゃめっ、と指を振る。

その姿にドキリと心臓が高鳴った。
お姉ちゃんの可愛らしい仕種にときめいたとかそんな俗物的な理由じゃない。
もう少しで自分の気持ちに触れてしまう。そう思ったから……。


お姉ちゃんはそんな私を無視して質問を続ける。


――何でわざわざ片道二時間もかかる高校に入学したの?

 それは、この町にいるとお姉ちゃんのことを思い出してしまうから。


――思い出してもいいじゃん。だってただ憧れてただけの人なんでしょう?

 ………………。


――大人になった私を見て悲しくなったのは何故?

 ……それは……知らない人になったみたいで……。


――変わっちゃってたらって思うのが嫌なんだ?

 …………うん。



――変わっちゃてたら? それは誰が?

 ……………………。


決まってる。何でこんな分かりきったことを聞いてくるのか。

そう訝しむ私の隣に――
突如として、制服を着たお姉ちゃんがあらわれた。


ぎょっとして二人いるお姉ちゃんの顔を交互に見比べる。

よく知っているあの頃のお姉ちゃんと、大人になったお姉ちゃん。二人に見つめられ思わず固唾を呑みこんだ。


変わっちゃてたら。その疑問が二人の視線にあてられ脳裏を駆ける。


再会していたお姉ちゃんは化粧も、香水もしていた。あの頃のお姉ちゃんじゃない。
身なりに限った話じゃない。
もし、あの頃のお姉ちゃんと大人になったお姉ちゃんの性格と嗜好――内面が全くの別人になってしまっていたら……。

そう思うと怖いし悲しい。現に当たり前な外面の変化を見て、すごく悲しくなった。


お姉ちゃん「「ねえ――なんで変わっちゃてたことが、悲しいの?」」


女「………………」


お姉ちゃんが左右から私を挟むように抱き締めてくる。
私は何も言わず、それを受け入れた。

次のお姉ちゃんの言葉を待つ。


問いの答えなんて、最初から分かっていた。ただ、触れたくなかっただけで……。


そんな私を見てお姉ちゃん二人は満足そうにニンマリ笑んで、耳元で――


お姉ちゃん「私のことが――」

お姉ちゃん「好きなんでしょ」


お姉ちゃん「再会した私じゃなくて」

お姉ちゃん「昔のもう戻らない私が」


お姉ちゃん「あの頃の私と一緒にデートしたり、恋人になってイチャイチャすることを妄想したりして」

お姉ちゃん「キスしたいとだって考えてる。ああ、そうそう私と■■■■するのを妄想して、悶々と過ごした夜もあったね」



お姉ちゃん「「ねえ女ちゃん――恋愛、という意味で私のことが好きなんでしょう」」


――だから、怖いし悲しい。



左右から甘い声。その声は私の心の奥をほじくりかえす。


そして触れられた――叶わないと知って、隠した私の想いに。


お姉ちゃんが好きだという卑しい想いに。

女「………………、…………」

ドクンドクンと心臓がうるさい。
早鐘のように鼓動が脈打ち、汗がだらだらと溢れでる。呼吸がままならない。苦しい。

触れられたくなかった劣情。今まで憧れだと言い聞かせた下卑た愛情。


小さい私の面倒をみてくれたり、遊びたい盛りの私に構ってくれたいくつも年上のお姉ちゃんに対して恋愛感情を持つなんて自分でもおかしい……そう自覚している。

だから自分の気持ちに蓋をして、忘れようとした。


好きだから。彼女のことを思い出すと辛いし、変わってしまった姿なんて見たくない。
今でも、お姉ちゃんからもらったネックレスを肌身離さず持ち歩いているのがその証拠。

思い出の中のお姉ちゃんにしがみついている――惨めったらしく初恋にしがみついてるだけ。

辛いったりゃありゃしない。忘れられるものなら忘れたい……が、それも許されない。だって、お姉ちゃんと再会してしまったから。
忘れるために遠い高校に通おうとして、そこに忘れたいひと本人がいる。



女「バカじゃないの……?」


やっとのことで絞り出した言葉がそれだった。

グサリ、と。
その嘲りは自分自身を傷つけた。

お姉ちゃんをいつまでたっても求めている私も馬鹿だし、忘れようとして空回った私も馬鹿。


馬鹿な私ばかり。本当に嫌になるよ。


依然として左右にはお姉ちゃんがいて、私を抱きしめてくれている。

その二人に聞こえるようわざと声を大きくして……


女「好きだよ――ずっとずっと好きだったんだよ!!」


ああそうさ。隠してたもんを見つけられたんだ。白状するさ。



好きだよ。大好きだ。世界で一番愛してる。
何年も片思いするくらいお姉ちゃんのことを思っている。

それにだ……認めるよ、私は馬鹿だ。
お姉ちゃんの妹に向けるような愛情に、何をとち狂ったか性愛で返そうとするほどにはな。


私の言葉を聞いたお姉ちゃんたちが満足そうに笑みを顔に湛える。

すると同時に――


女「は……ははっ……」


目の前の摩可不思議現象に思わず渇いた笑い声が洩れた。

お姉ちゃんだ。目の前にお姉ちゃんがもう一人。


その彼女は幾重にも像が重なり、私のよく知っている頃にも見えたし、再会して大人になっていた彼女にも見えた。なんならあまり覚えていない小学生時代のお姉ちゃんでもあった。
確かに一人なのに、そのお姉ちゃんはいろんな年歳のお姉ちゃんに見えた。

なんだこれデタラメだ。

そのお姉ちゃんが段々と顔を近づけてくる。
体は二人のお姉ちゃんに押さえつけられているため動かない。が、そんなことどうでもいい。もとより抵抗する気はないのだから。

私の好きなお姉ちゃん。私の知らないお姉ちゃん。私の覚えていないお姉ちゃん。
全員、同じお姉ちゃん……。


彼女はなんのためらいもなしに唇を重ねてきて――

………………。
…………。
……。



ガバッと、
物凄い勢いでベッドから身を起こした。

お姉ちゃんからキスされるというあまりにもな非現実さに動転、はあはあと息を切らしながら気を落ち着ける。


女「ゆめ……?」


分かっていたことだった。非現実さといったら部屋からいきなり電車内に飛ばされたり、何よりお姉ちゃんが二人出てきたりと、とにかくおかしいものだった。
あり得ないリアル。つまりは夢。虚ろの中で見ていた幻。

そう分かっても……


唇をそうっと触る。
例え夢であっても、例え一瞬であっても、お姉ちゃんと――お姉ちゃんに触れたここ。

感触は覚えていない。たぶん柔らかいんだろうと思うし、きっと溶けてしまうくらい熱いのだろう。
でも、実際に触れたことが無いから分からない。


まだ覚醒しきってない頭でぼんやりとお姉ちゃんのことを考えている私に、カアッと、鳴き声が――


女「――ん……え?」


窓を見る。真っ赤かだった、外は。

夕暮れ黄昏に焼かれた町並み。まるでニンジンがどこかに隠れていそうなほど綺麗に染まった町。これ程綺麗に染まっていたらアリスのウサギも思わず足を止めてしまうんじゃないか、そう思えた。


もう日暮れ。カラスもお家に帰る頃合い。

何時間寝たんだ、私? いや下校に結構な時間を取られるのだから、そんなに寝てないな。二、三時間といったところか。昼寝にしては長かった。


女「……ん」

寝る前から掴んでいたネックレス。
それをまじまじと見つめる。寝てても放さなかったそれ。

思い出されるのは夢の中のこと。お姉ちゃんの言っていたこと。
お姉ちゃんのことが好きだと、私は、認めて――いいや、自覚してしまった。


そこまでくると、再三の疑問、切りとれない不審らがぐるぐると私の中でとぐろ巻く。

私が好きなのはどのお姉ちゃんなのか。


女「はあ……」

ため息を吐き宙空を睨む。
間違いなく好きなのはあの頃――女子高生時代の構ってくれて一番よく知っているお姉ちゃんなのだが……。


時間は戻らないのだから、どうしようもない。戻ったところで……って話だが……。
そもそも時間軸の違う一人物が同一であるか否かとは考えて分かることなのか。今のお姉ちゃんと昔のお姉ちゃんは同じなのか。極端だが例えば、二十歳の人を好きになったとして、はたして赤子時代のその人に懸想するかと。少なくとも私はしない。まったく違う人物であるし、その赤子時代どういう子だったか知らなかったとしたら、好きになる要素が見つけられないから。懸想するやつはただの変態か、もしくは、ウチどんなあんたも好っきやねんとかほざきやがる馬鹿のどちらかだ。


てことで、今のお姉ちゃん。昔の彼女のことを知っているといっても、今の彼女のことは何ら一切これっぽちも知らない。何度も言ってきた通りだ。

女「あれ……?」

はたと違和感。
ネックレスを見る目が見開いた。

女「……ちょっと待て……?」

――何で好きか嫌いかの話になったんだ?


確かに昔のお姉ちゃんのことが好きだ。でも、今は今だ。昔には戻らない。どうにもならないことをウジウジと考えても不毛なだけ。そんなの校長の頭だけで十分だ。


もし、変わっちゃってたらなんて――――それがどうした。

変わっちゃったお姉ちゃんのことは好きじゃないのか? もしかしたらもっと好きになるんじゃないか?


それに――
お姉ちゃんが私にキスしてきた夢が頭に焼き付いて離れない。あれは……どんな年齢のお姉ちゃんも同じだってことなんじゃないか。そう深層心理では思ってるんじゃないのか。


女「ぁ……っ!」


思い出せ。再会したときを。
私がどうして帰ってこなかったのか聞いたときの申し訳なさそうな顔を。

ああいう反応をするってことは少なくとも帰れないことを気にしていたんじゃないか? 申し訳ないって思うくらい私のこと気にしてたんじゃないか?



女「なんだ……」

私が今のお姉ちゃんに対してもっている気まずさ。いや……一方的な、が抜けている……。
それが違和感の正体。

私はただお姉ちゃんが私との約束を守らなかったことに腹をたてていただけだ。


約束が守られなかった=お姉ちゃんのなかで私のことがどうでもよくなった。という図式が成り立って、お姉ちゃんに対してどういう思いを抱けばいいのか分からなくなっただけだ。
でも、お姉ちゃんは、どうして帰ってこなかったのか、という問いにすまなさそうな顔をしていた。つまり、私のことがどうでもよくなった訳じゃない。


だから――


女「んっ――」

ネックレスに口付けた。
そのキスには、さよならをこめて……


女「じゃあね、初恋」


私の好きな人はもういない。遠い昔に消えてしまった。
それでいい。腹を立てる必要はない。帰りをもう待つこともない。

それでも遠い昔の面影は見れるから。

カ ワ ッ チ ャ ッ タ
大人になったお姉ちゃん。
きっと彼女をまた好きになる。変わっちゃってても、大人になっていても――像が重なる――同じお姉ちゃんだから。


女「ああ――馬鹿じゃないの……」

きっとお姉ちゃんが赤ん坊になっても好きになれる。そんな考えが浮かぶくらいにはとんだお馬鹿さんだ。

どんなお姉ちゃんも好きになる。だって、ドキドキしたから……夢の中で幾重のお姉ちゃんにキスされたとき。
お姉ちゃんのことが好きになる。そのことが本能に刻み込まれてるんだろう、きっと。


ネックレスを首から下げた。


鮮明に思い出せる。
彼女の匂い。――どんな香水をつけてるのかな。
大人になった容貌。――化粧の仕方、今度教えてもらおう。


――私は、初恋の人をもう一度好きになるかもしれない。


――――――。


これほど待ち遠しかった朝はない。それほどまでにブラブラ浮き足たつ。
身支度を整え、ちょっと多目に肥えた財布をポケットに押し込み、昨日のうちに時間割りを確認して教科書を詰め込んだカバンを引っ提げて、母と一緒に家を出た。

電車を一回乗り換えて、今は電車のシートに座ってガタンゴトンと揺られている。
少し少し学校に近づいている。そう思うとドキドキした。

お姉ちゃんにもう少しで会える。
ずっとずっと会いたかった人。
好きな――好きになるかもしれない人。


そんな人にもう少しで会えるなんて、嬉しくってたまらない!


気分はハイ、顔はにやけて……。


女「えへへ……お姉ちゃん……」

端から見たら気持ち悪いだろう独り言。でも、それがどうした。
おうそこの変な目で見てきたギャルの女学生、気持ち悪いと勝手に思っておけばいいさ。お前にも誰にも私の思いは止めることなんてできないんだからな。


気づけば、目的の駅がもう少し。
駅についたら、もう少しで学校。もう少しで会える――。


ふえぇ……頬が弛んじゃう。



るんるん気分で学校へと。
だんだんと同じ制服を着た人たちが目につき始める。


ああ、こういうところでも自分が学校に近づいてるんだと実感する。もう少しもう少し……。

ふふんそこの道行く無味乾燥な学生諸君! 君たちはこんなにも心躍る思いをしているかい。私はしている。うらやましかろう?
恋、というのはこんなにも素晴らしいものなのか。好きな人に会えると思うだけで零れ落ちそうなくらい感情が溢れかえってくる。

恋をすると人は変わるなんて言うけれど、恋心を自覚した私にも当て張るのかしらん。


そんな後になって思えば死にたくなるようなタガの外れた心理状態は、校門前にわらわらと湧いている制服を着た野次馬生徒によって収まり、そして野次馬の視線をかっさらっている黒塗りの車を見て完璧になりを潜めた。

私はあの車を知っている。というか昨日見た。もっといえばその車に乗ったかもしれなかった。

思わずびびってしまう程現実離れした光景。私知ってる! 漫画とかで見るやつだ。

人の多さと黒塗りの威圧に気後れして学校に入るのを戸惑っていると――


お嬢様「あっ! 女、おはよう!」


彼女は窓から私を見つけると車から出て、一直線に私のほうへとやってきた。


女「おはよう……お嬢様……」


ひきつった顔で挨拶を返す。思考は冷静に。
もともと日夜浮ついているような愉快な性分じゃない。簡単なことで正気に戻る。今回それのきっかけがお嬢様だった。

女「あの……お嬢様、とりあえず教室行こうか」


住む世界の違う人が目の前にいる。
違う世界が目の前にあるって、結構焦る。

だというのに違う世界の住人であるところのお嬢様は、色々な感情が四方八方飛び散って持て余している私に何ら一切遠慮なく親しみを向けてきた。

そのことで野次馬の視線が私にも向けられる。
視線と一緒に私にも向けられる奇異の念も耳にした。

――あのお金持ちそうな人と友達なのかしら。
――あの二人と一緒のクラスだけど仲良さそうだったよ。
――そういえば遅刻していたわよね、流石ね今の内から重役出勤ですか。


……勘弁してくれ。





不意打ちじみたお嬢様の登場にも頭は慣れ、

むしろあそこでお嬢様に冷や水をかけてもらえたことに感謝していた。


……もしあの思考のままでお姉ちゃんにあっていたら間違いなく大火傷していた。

いやある意味で火傷はしたんだけども……。
大丈夫だよね……ヤンちゃんに目をつけられてお金せびられたりしないよね……?


お嬢様「えっと……なにか迷惑かけちゃったかな……ご、ごめんね、私常識知らずなとっ……ところがあるから」


女「うん、全然大丈夫だから気にしないで、ぜんぜんほんとに」


お嬢様「ほ……ほんとうに――?」


女「…………。ごめん……ありがたいって気持ちと、もう少し自分が周りからどう見えるか考えてほしいって気持ち半々かな……」


お嬢様「自分がどう見られるか……?」


女「そう」


お様様「なるほど……」


私の言葉に何か思うところがあったのか、まるで某石造のように顎に手をあてがい考え込んだ。
が、すぐに何か思い至ったのか顔を上げ口を開いた。

お嬢様「あれ……ありがたいって、なにがです?」


女「……………ないしょ」

好きな人に会えると思って舞い上がっていたなんて言えすか。



今日の予定は一、二限目が学校施設の案内と三、四限目は学力テスト。午後からは部活動説明会となっている。

今は午前の日程が全て終了しお嬢様と一緒にお昼を食べている。
最初は購買でお昼は何か買おうと思ったが、そんな私を見てお嬢様が作りすぎたから私のお弁当を食べるといいと言って五段のお重を取り出した。
明らかに作りすぎたとかそういうレベルの話じゃないが、くれるならとありがたく頂く。

厚く切られたハムの中華炒めに旅館で出てきそうなほど形美しく味の薄い卵焼き等々、思わず笑みがこぼれてしまうほどおいしかった。さすがはお嬢様。
花嫁修行という名目で覚えさせられたのだろうか。
それとも、作りすぎたというのは言葉の綾で、本当は使用人に作らせすぎたのか。どっちだとしても些細な事だけど。

そういった具合で楽しくお昼を過ごしている。


ちなみに今朝から今まででお姉ちゃんとは話せていない。相手が教師だとなかなか一緒に話す時間というものは取れない。
それに加えて何故だかお嬢様が暇を見つけては話しかけてきたためでもあるが。……懐かれたなぁ。


歯がゆさはある。だが私には秘策がある。焦る必要はない。


お嬢様「その……女はさ、何か部活入るの?」


女「一応そのつもりだけど……」


そう秘策とはまさにそれ。
お姉ちゃんが顧問をしている部活に入部する。
同じ組織に所属することで二人の仲は急接近。
名付けて同じ釜の飯を食べて、お姉ちゃんのことも食べちゃおう作戦。


……作戦とか抜きにしても、お姉ちゃんの近くにはいたかった。まだ何の顧問をしているか知らないけど。

ひょっとしたら顧問なんてやってないんじゃなんて思ったけれど、それはないと浮かんで二秒で否定した。
夏休み、いや盆と年末に忙しくて帰ってこれない理由なんて部活の他に何がある。いや、ないね。


女「そういうお嬢様は? どこか入るんでしょ?」


お嬢様「そうだね……女と同じところに入ろうかな」


女「知り合いがいると安心するもんね。でも、やりたくない部活だったら止めときなよ」


お嬢様「う、うん……」


お嬢様の返事に満足して頷き、ひじきに箸を伸ばす。うむ美味。




部活動説明会は体育館に全一年生を押し込み、順番に舞台の上で先輩や顧問の先生がどういった活動をしているのか、
また大会での成績はどうだったのか、といったことを紹介するというものだった。


野球部、違う。サッカー、違う。バスケ、違う。次――。

目当ての人のいない部活のお説明は聞き流し、
お姉ちゃんを舞台の上に探す。けれどなかなか舞台上には上がってきてはくれない。


家庭科部、違う。文芸部、違う。理科部、違う。つ、ぎ…………。


女「ぁ――」

今しがた舞台に上がった人たち――いや、端のほうにいる一人の人物に目が釘付けになった。


豪華絢爛な衣装。お姫様もいたし、それを護る騎士のような恰好をした人もいた。
彼女らの後ろの白面には投射機によりスクリーンが映し出されている。

映し出されているのは、去年の映像だろうか、お姫様を護る騎士の映像が。


映像が流れると同時に白を基調とした百合を彷彿とさせるドレスを着た見目麗しいお姫様がマイクのスイッチを入れた。



お姫様「どうもーっ! 私たち演劇部です!」



やけに元気いっぱいな挨拶。スクリーンに映し出されているおざなりな劇。隣にいるお嬢様は目を輝かせている。


そんなことなどどうでもいい。大事なことは、舞台の端にいる人物。


女「いた――」


お姉ちゃんが、そこに。


見つけたら即決。
お姉ちゃんを食べちゃおう作戦の決行を――。


女「演劇部に入部するわ、私……」


お嬢様「わ、わたしも……入る……」


相変わらず憧憬の眼差しで舞台上を見つめるお嬢様と、お姉ちゃんしか見えていない私。


二人の演劇部への入部が決定した。




今日の日程は全て終了。後は部活動説明会を参考にして個々人勝手に見学するのみだ。
ちなみに一年生は部活動に強制参加なので、興味なくても帰ることは出きない。

そのため、全一年生――二百人くらいだったか――が一斉に校内もしくは、グラウンドを移動している。
人の多さ、その流れがとてもわずらわしい。
さっさと体育館に移動したいのに。

私の横にはお嬢様が。

きらびやかな舞台上にあこがれたのであろう彼女はともかく、
私は不純な動機で名前を書いた入部届けを片手に体育館へと。

好きな人がいるからその部活に入る。うむ、実に不純。おおよそ真面目に部活に取り組むとは思えない。
もし私がきゃぴきゃぴとしたタイプの女子だったら、わぁー先生すごいですぅ……え? 私ですか? 汗かいちゃうから嫌ですぅ、とかほざいて真面目に取り組まないだろう。
だが私は入るからにはちゃんとやる。そりゃそうだ。裏方だろうが何だろうがちゃんと真面目にやって、お姉ちゃんにいいところを見せるのだ。


入部同機は不純だろうが、お姉ちゃんへの想いは純粋だ。頑張ろう。


お嬢様「ああ! な、なんだか、わ……わくわくするね!」


女「ね、ほんとに」


相変わらずどもる彼女に相槌を打ち、

ふと、気になった。


――このどもり具合で演劇なんてできるのか、と。


いや、野暮なことは言うまい。

きっとそんな自分を変えたくて、演劇部に入部するのだろう。

現に舞台の上を見て、目を輝かせていた。
憧れたのだろう。憧れたのだから、それに近づきたい。わかる感情だ。

それに表に立つのは無理でも、裏方という選択肢もある。

表に出るにしても、裏に出るにしても、困っていたら助けてあげよう。友達なんだし。


さて、何はともあれお姉ちゃん。待ちに待ってたのですわ~。
むひひ、仲良くなるぞ。


おっと……また頭があらまな状態に。気を付けないと……。




人の波にのまれながら、くだらないことを考える。
なぜ、部活動説明会が終わったらそのまま現地解散にしてくれなかったのか。なぜいったん教室に戻したのか。
いや後片付けとかあったんだろうけど。その兼ね合いのせいでホームルームもお姉ちゃんじゃなくて副担の中年狸だったし……。
恨むぞう。

そんなこんなで――


お嬢様「おお……!」

やっとこさ辿り着いた体育館は活気に溢れていた。

活動していた部活が演劇部だけじゃなかったのだ。
コートを二分割して、舞台から見て奥がバスケ部、手前がバレー部。


女「おお……お?」


そして、目当ての演劇部は舞台の上…………のみ。

どうやら体育館内的ヒエラルキーは低いらしい。


ううむ……あれじゃあ大して活動できないのではないだろうか。

もしかして熱心に活動してない?

大した結果残してないからあんなに活動場所少ないの?

あれじゃ大人数で練習もできないよ。ひょっとして少数精鋭?


などと、ぐだぐだ疑問を浮かばせ舞台手前で二の足を踏んでいると、


お姫様「あら……ひょっとして、演劇部への入部希望者かしら?」


舞台の上から、近くで見るとやっぱりおざなりな出来を見過ごせないドレスに身を包んだ女性に話しかけられた。


彼女を見てお嬢様は目を輝かせたきっらきらだ。少女漫画だったらキラキラの効果が惜しげもなく使われていることだろう。

お嬢様「は……はい! けっ……見学しても――い、いいで――」


おおう、相変わらずのどもりっぷり。
変な子を見るような眼をされなければいいけど。

と、思っていると、お姫様の姿をした女性は目を見開いてまじまじとお嬢様の、その次に私の顔を見て、きょとんとした顔をした。


お姫様「あれ……アンタたち……」

あれら?
お姫様から演技の仮面がずり落ちたぞ。


お姫様「へぇーなるほどねー……まあ歓迎歓迎。仲良くしようか」


お嬢様「へ……あっ、はい」


なんか気に入られたらしい。


突然崩れた口調。一人訳知り顔のお姫様。

どういうことだと脳が疑問を吐き出して、ふむ、何故かと考える。
よし、今から私はシャーロキアンだ。ホームズの小説、読んだことないけど。

きっとよく観察して真相を明るみにさらけ出すんだ! みたいなことを言っているに違いない。
現場百編だ。事件は現場で起きておる。祖を知れば自ずと真実に至るのだ。
みたいな。

――なお、余談だが、私がホームズが安楽椅子探偵だと知ったのは数年先のことだ。


体育館への移動の最中。思い浮かんだ恨み言。
なぜ、部活動説明会が終わったら現地解散にしてくれなかったのか。なぜいったん教室に戻したのか。
いや、説明会の後片付けとかあったんだろうけど。しかもその兼ね合いのせいかホームルームは副担の中年狸親父だったし。
恨むぞう。

――そんなこんなで


お嬢様「おお……!」

やっとこさ辿り着いた体育館は活気に溢れていた。

活動していた部活が演劇部だけじゃなかったのだ。
コートを二分割して、舞台から見て奥がバスケ部、手前がバレー部。


女「おお……お?」


そして、目当ての演劇部は舞台の上…………のみ。

どうやら体育館内的ヒエラルキーは低いらしい。


ううむ……あれじゃあ大して活動できないのではないだろうか。

もしかして熱心に活動してない?

大した結果残してないからあんなに活動場所少ないの?

あれじゃ大人数で練習もできないよ。ひょっとして少数精鋭?


などと、ぐだぐだ疑問を浮かばせ舞台手前で二の足を踏んでいると、


お姫様「あら……ひょっとして、演劇部への入部希望者かしら?」


舞台の上から、近くで見るとやっぱりおざなりな出来を見過ごせないドレスに身を包んだ女性に話しかけられた。


彼女を見てお嬢様は目を輝かせたきっらきらだ。少女漫画だったらキラキラの効果が惜しげもなく使われていることだろう。

お嬢様「は……はい! けっ……見学しても――い、いいで――」


おおう、相変わらずのどもりっぷり。
変な子を見るような眼をされなければいいけど。

と、思っていると、お姫様の姿をした女性は目を見開いてまじまじとお嬢様の、その次に私の顔を見て、きょとんとした顔をした。


お姫様「あれ……アンタたち……」

あれら?
お姫様から演技の仮面がずり落ちたぞ。


お姫様「へぇーなるほどねー……まあ歓迎よ。仲良くしようか」


お嬢様「へ……あっ、はい」


なんか気に入られたらしい。


突然崩れた口調。一人訳知り顔のお姫様。

どういうことだと脳が疑問を吐き出して、ふむ、何故かと考える。
よし、今から私はシャーロキアンだ。ホームズの小説、読んだことないけど。

きっとよく観察して真相を明るみにさらけ出すんだ! みたいなことを言っているに違いない。
現場百編だ。事件は現場で起きておる。祖を知れば自ずと真実に至るのだ。

――なお、余談だが、私がホームズが安楽椅子探偵だと知ったのは数年先のことだ。

女「…………」


少しぶしつけだが、お姫様の顔をよく見てみる。
薄く化粧の乗った顔。綺麗だ。化粧が上手いのだろう。

さぞや面食いにモテそうだ。羨ましくはない。
……まてよ、お姉ちゃんが面食いだったらどうしよう。
少なくとも化粧が下手なのよりは出来たほうがいいだろうな。

……羨ましくなんてないんだかんね?!


女「…………ん?」

あれ?
この人の顔、どこかで見なかったか?

まじまじと見れば見るほど、見たことあるような気がしてくる。
でも、どこで会ったかが思い出せない。


女「すみません……間違ってたら悪いですけど、どこかで会いませんでしたか?」


お姫様「ふふ」


笑っただけだった。なんでだ? にこにこしているだけで答えてくれそうにない。

お姫様「とりま、見学してきなさい。もうそろそろ始まるから」


まあいいか。この人が誰だろうと知ったことではない。

思い出せないのなら大事じゃないということだ。
前にそういう考えで受験時に必要な書類を忘れて大変なことになったが……まあ、大丈夫だろう今回は。


女「お嬢様、あの人知ってる?」

一応お嬢様にも聞いてみる。
ひょっとしたら、彼女の知り合いかもしれない。


お嬢様「ううん初めて会った……っき、綺麗だよね」

違ったらしい。考えてみれば当たり前。もし彼女の知り合いだったら、私に見覚えがあるのはおかしいか。


お姫様に促されたのでさっそく舞台の上に上がる。


誰かある! お呼ばれいただき参上した!

などと武士ばりばりな馬鹿なことを言う前に、向こうのほうから声をかけてきた。

声をかけてきた人は、まさに私が求めていた人で……


女教師「あ、女ちゃん! 来てくれたんだ! ……おっとお嬢様さんも……二人はもう仲良くなったのかな」


歓迎されたことを嬉しく思い、
お嬢様よりも先に私のことを見つけてくれたことに優越感を覚え、
お姉ちゃんの質問に答えるように、可愛く見えるよう笑顔を浮かばせて頷いた。


女「うん、仲いいよ――。一緒に演劇部入ろうってくらいに」


お嬢様「はっ、はい! ――――……とっ……ともだちっですっ!!」


友達って言うのに、やけに詰まったな。やめろよ。言わせてるみたいに聞こえるだろ。
私がボッチを脅して友達料請求してるやつみたいになるだろ。

……冗談。きっと今までまともに交友関係を築いたことがないから、友達といっていいか悩んだのだろう。
いいよ。私とあなたは友達だよ。もっと自信をもって喧伝なさい。
後になって、えっ? 別にあなたとは友達じゃないよ、なんて裏切るつもりは無いから。一緒にお昼ご飯食べた仲でしょう。


女教師「まあまあ、お嬢様さん、ぜひぜひ女ちゃんと仲良くしてあげてね」


お嬢様「はい! お、女とはも、もっと……仲良くなりたいと、お、思っていますっ!」


女教師「あらあら」


女「――――」

クスクスと笑うお姉ちゃんに思わずぽうっと見惚れにやけてしまう。
天使かよ。ガヴリールはここに降臨しなすった。ははあ。……平伏してたら、寵愛くれないかな……?

あれ……? ガヴリールってどんな天使だっけ? まあいいや。私が知っているってことはすごい天使なんだろう。
お姉ちゃんはすごい。すごく天使。それでいいじゃないか。


お姫様「先生、そろそろ時間です。これ以上待っても、もう一年来ないっぽいですし始めちゃいましょう」


女教師「ん、そうだね。じゃあ始めちゃおっか」

女教師「女ちゃんたち――ほかに三人……だったけ? 一年生いるから、その子たちと固まってくれる」


お姉ちゃんの言葉に正気に返る。天使の言葉は絶対。天使のお言葉は絶対。

舞台の右袖にちらちらとこちらを見てくる数名。見るとタイの色が私たちと同じだった。
つまり、私たちと同じ学年ということ。彼女たちが一年生か。


お嬢様をつれてその集団の中に紛れる。
演劇部の始まりで、それは同時に、お姉ちゃん食べちゃおう作戦の始まりだった。
でーんでーんでーんでーんでどでん。


演劇部員の活動は大きく分けて二つ。

一つは、演劇部の華――舞台上で演じる役者だ。
演目にもよるが、大体十数人が一度の演劇で役をもらうそうだ。

もう一つは裏方。私知ってる、縁の下の力持ちってやつだ。
演劇中、効果音や照明なんかを担当したりする。

それだけじゃなく、脚本書いたり、小道具、背景の張りぼて、衣装を作ったりもする。
こちらは手先の器用な人が杓子をとって部員全員で作業するそうだ。


とりあえず一年生は前期間は裏方だけ。
三年生が引退した後、希望した一年生は十月にある文化祭で、舞台の上に立つことができるそうだ。

だから例年、舞台の上で輝きたくて入部した人はすぐ舞台に立てなくて不満を持つそうだ。
現に自己顕示欲の強そうな娘は唇を尖らせているのを取り巻きに宥められていた。

ふん、愚かな。下積みもなくどこの上に立つというのだね。


……あ、お嬢様も残念そうだ。


女「……先輩がどういう風に演じてるか見て勉強するのも大事だよ」


お嬢様「そ、そうだよね」


少なくとも一年以内には演じられるっていうのに、そんな残念そうにしなくても。

こういうのを生き急いでるていうのかね。違うか。


私は入部動機が不純だから、そんなに演じることに執着がないだけか。


女教師「さてと大体はこれくらいかな。なにか質問は――」


お姫様「先生、活動場所について」


女教師「あっ、そうだったそうだった――明日からは舞台の上じゃなくて、二階の空き教室に集まってね」


どうやら普段は全員で活動するには狭いこの体育館では活動していないみたいだ。
毎日毎日演技の練習をしていないみたいだし。


女教師「じゃあこれから――」


今日はこれからどうするのだろう。
演劇に使う小道具を作ったりするのだろうか。

どさくさに紛れてお姉ちゃんに近づいてやる。
そして……ぐっへっへ~早いとこ食べてやる、性的に。

などと邪なことを考えていたせいだろうか。


女教師「走ろうか」

地雷が空から降ってきた。


女「は?」

お嬢様「はい?」


走り込み? 走り込みですか?

いや、別に走ること自体はいいんだよ。
でも、それだとお姉ちゃんと近づけないじゃん。
君のハートを盗塁だぜ、なんてできないじゃん。
作戦倒れだよ……。


隣を見ればお嬢様も唖然と口を開けている。

……走るのが嫌いなのだろうか。
可愛そうに。運動部じゃあるまいし、まさか演劇部で走ることになるとは思わなかったのだろう。

私も予想外だよ。もっとお姉ちゃんと近づく機会があるものだと。

例えば。例えばだよ――

衣装を作るためお姉ちゃんと一緒に針仕事をしてる最中に、間違えて針先を指に刺しちゃって、
血のにじむ私の指先を見たお姉ちゃんが――

お姉ちゃん『大丈夫? 血が出てるよ! ……舐めたら血、止まるよね』

そして、私の指はお姉ちゃんの口の中。
逆でもいい。私がお姉ちゃんの指を舐めるの。

なんてねっ! なんてねっ!?

…………。
くそう。


着替えて校門前に集合だそうだ。
大人しく運動服に着替えるため女子更衣室へと向かった。






私は走っていた。無我夢中に。
肩口で風を切るこの感覚。振り上げる足は、疲れているのか、重い。けれど、走れないわけじゃない。
むしろ、なおも全速で足を動かす。速く、速く速く、速く――――。
ただ、足を動かす。あの人にもっとよく見てもらうために……。
私の理想。私の計画。私の悲願。そのために――。


女教師「おっ! 頑張ってるね~、女ちゃん。がんばれ~」


よっしゃきたあっっ!!!

これだ。これだよ。これ! 私が求めていたものは。


誰だ。お姉ちゃんにいいところが見せられないとか言ったやつは。
今! 実際に!  お姉ちゃんは私を見て、私の走りを見て、私に……私にぃいっっ!!?


ぐへへへへ、もう私はなんにでもなれる気がする。
いや、なれるね。ウサイン・ボルトにだって。なれるとも。
いけ、私! でんこうせっかだ! ぴっぴかちゅう。

お姉ちゃん。あなたに見てもらえるのなら、バターになるまで走ります!
なんだったらぺろぺろお姉ちゃんのバター……おっと下品だったな。自重しないとR板に転移されてしまう。


さてさて、お姉ちゃんの提案……? 指導……? で走り込みをしているわけだが。

走り始めて最初は、がっかりした。がっかりして、やる気は低迷した。昨今の出版業界のように。
なんでこれから走らなくてはいけないのか、と。やすやすと出来るか、と。
意味わかんねえよ。これが陸上部だったら喜んで走るよ。さっきのバターのくだりじゃないけど、それこそ犬のように。

だって、お姉ちゃんによく見られたいんだもん!


でも、外周じゃあお姉ちゃんの目に入らない。
陸上部じゃないから、タイムがよくてもお姉ちゃんに褒められない。
そりゃ速く走れば驚かれるだろうけれど、驚くだけだ。

好意的に受け取ってもらえれば、やる気があるな、と思ってもらえるかもしれないけど、
なんでこいつ外周なんかに本気出してるの、陸上部行けよ、引くわ~などと思われたら嫌だ。

そんな可能性万に一つもないと思うが(優しいお姉ちゃんに限って、ね)
万に一つも可能性があると思うと、なかなかやる気が出ない。

そもそもやる気云々はお姉ちゃんに見てもらうという前提があってこそのお話だ。

この状況じゃ仕方ないって。
もしもお姉ちゃんが頑張れーって応援してくれたら五里霧中だろうが無我夢中で走るんだけどなぁ……。

などと思考も足もたらたらとさせながらお嬢様と一緒に――もっともお嬢様は走ること、というより運動そのものが苦手なようだが――学校回り走っていると、
一周して、校門に戻ってきた。

そこには――いた。おらっしゃった。おわしあそばせた。

お姉ちゃんが。いたのだ。


女教師「女ちゃんにお嬢様さん――自分のペースでいいから頑張って走って~。あと、二十分!」


私は本気を出した。

という訳で、私は疲労もお嬢様も何もかもを置き去りにして、ただひたすらに足を動かした。

お姉ちゃんによく見られたい一心で。


校門につけばお姉ちゃんが頑張れだったり、すごいねだったり何かしら言ってくれる。

それを聞くたびに私は鼻の穴を膨らまして尻尾を振りながら、走り倒したのだ。



お姉ちゃんが私を見てくれる。

それがうれしくて。

わんわんお。



そして、



女教師「お疲れー」



走り切った。私は走り切ったのだ。

正直足も痛いし息をするのも辛い。

だが、疲れたのにも価値がある。


これでお姉ちゃんも手放しで褒めてくれるぞ、すごーいって。


校門の淵に背を預け、お疲れの言葉をくれたお姉ちゃんを見上げる。



女「ぜえ……ぜえ……おつ、つ、かれさ……はあ……ぁまです……」



女教師「……ほんとに疲れてんじゃん……大丈夫?」



その声音には呆れが含まれているように感じた。

……あれ? ひょっとして引かれてない?

誰だよ、褒めてくれるっていったバカは。

いや、いやいや、頑張ったじゃん、私。

努力に対して、正当なご褒美貰えてもいいじゃん。


お陰でこっちは、未だに呼吸が落ち着かないよ。

ぜえはあしてる。ぜえはあ。まるでお姉ちゃんに発情しているみたいじゃないか。最悪だ。



疲労した頭ながらに現実逃避の文言をつらつらと並べ、おずおずとお姉ちゃんの出方を見る。見上げる。


お姉ちゃんは――


女教師「ははっ、お疲れ……これタオル。汗拭きな」


優しげな笑みを浮かべていた。

女「あ、ありがとう……」



女教師「あと……はいこれ。皆には内緒よ」



そういって私に差し出されたのは、ペットボトルだった。



女「え?」



女教師「頑張ってたから差し入れ。女ちゃんにしか買ってないからホント内緒にしてね」



内緒にしてねと茶目っ気たっぷりにウインクする様は非常に愛らしい。

きゅんとした。

同時に心臓が苦しい。

これが、恋?

断じて走りすぎたせいではない。

決して走りすぎたせいではない。


おずおずと手を伸ばしてペットボトルを握る。

結露が指に浸透する。

清らかな冷たさが私の頬を熱くした。


お姉ちゃんが私のために――私『だけ』のために。

その事実が私の心に思慕の炎を燃え上がらせた。

女「お姉ちゃん――――!」



女教師「な……なに?」



突然呼ばれたことに若干面喰いつつも促してくる彼女の瞳を捉え、告げる。



女「私――」


気分は最っ高に高まった。鼓動はないぐらいに昂っている。

口から溢れ出そうになるこの言葉を、私は、もう、抑えることなんてできない。

作戦がなんだ。お姉ちゃんはそこにいて私のことを思ってくれていた。

それだけで私は、私の想いを伝えるのには十分じゃないか。


口は形を作る。

好きだと、そう告げるために。


女「お姉ちゃんのことが――――」



お嬢様「うげ……ぜえ、っはあ――うげぇ」



女「す…………って、はあ!? お嬢様!?」



私の口から想いが漏れる前に、現れたのは、死に体といっても過言ではないほど疲弊に疲弊を重ねたお嬢様だった。

重ねすぎてカードゲームなら進化してるところだ。


いや、冗談綴ってる場合じゃない。



女「だ、大丈夫なの!? ちょっとお!?」



お嬢様「は、はあ、あ……し、はやい――ね、ぉんな」

女「そんなことどうでもいいでしょ!? ほら、座んな。なんだったら膝枕するから横になりな! ほら!」



お嬢様「そ、そんな……わる――――ぃ」


言い切れずに倒れこんでしまった。

慌てて抱き留める。


女「ちょっと!?」



お嬢様「ん……んんっ」



女教師「気を、失ってるわね」



女「は、ははっ」



私の腕の中でスヤスヤと眠るお嬢様。

その向こうには、さっきよりも呆れの色を深くしたお姉ちゃんの顔があった。



…………。

なんでこうなった……。


お嬢様「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」



女「わかった。わかったからそんなに謝んなくていいから」



お嬢様「でも、私、大変失礼なことを」



女「気にしてないから。一人でつっぱしった私も悪いから」



太陽が暮れに暮れ、オレンジ色の陽光が窓ガラスから差し込み、もうすぐ夜になることを告げる。

そんな時間の保健室。


私は、ベッドから長坐位の姿勢で、ひたすらに謝罪の言葉を吐き出すお嬢様をなだめていた。



お嬢様「でも……」



女「デモもストないの。何も言わずに置いていった私が悪いから」


それよりも、


女「もう体は大丈夫なの?」



お嬢様「う、うん、もう大丈夫――」


その言葉にひとまずほっと息を吐き、なんであんなになるまで走ったのかを聞いた。

ひょっとしたらこの娘も先生のことを……という思いが鎌首をもたげたから。


何を言われてもいいよう身構えると、よどみながらもお嬢様は口を開いた。


掻い摘んで言ってしまえば、私に置いて行かれたくなくて一所懸命走ったそうだ。

何を馬鹿な事をと感じたのと同時に、はたと思い出した。


彼女には私しか友達がいないのだということを。



別に今までいたかどうかは知らないが、それでも今彼女の友達は私だけ。

……それにたぶんだが、お嬢様は今までまともに交友関係を築けなかったんじゃなかったのか。


思い出されるのは、彼女のおどおどした態度。

彼女はお金持ちらしい。普通それだけのポテンシャルがあったら自信にあふれているものだろう。

少なくとも、お嬢様のように自信なさげにおどおどするのはおかしい。



そういったところからお嬢様にはまともに友達がいたことがなかったんじゃないかと考え至ったわけだが。



ようは人との距離の取り方がわからないのだ。

だから、なりふり構わず突っ走り始めた私に無理して追いつこうとした。

女「うーん」



問題だ。問題なのだろう。

いや、彼女のおうちはお金持ちなわけだし、このままでも大丈夫かもしれないが。

それでもやっぱり、今のままじゃまずいだろう。


言ってしまえばコミュ障。社会に出たら間違いなく自分自身の足を引っ張る障害だ。



何とか今のうちに治しておいたほうがいい気がする。


と、言ってはなんだが、私も高校に上がってから友達はお嬢様しかできていない。

スタートダッシュが最悪だったから仕方がないが……。

これじゃあ私の友達を紹介して交友の輪を広げよう作戦もできないしな。


うーん。


……ま、いっか。

高校生活も丸々三年ある。焦る必要はない。

部活にも入ったのだ。ぼちぼち治っていくだろう。


それに外はもうじき夜になる。

ここでグズグズしていたら家に着くころには九時を回ってしまう。



そう思い、丸椅子から立ち上がる。

女「ほら、帰ろう。着替えておいで。ジャージ下校はダメなんだってさ」



お嬢様「え……はい」



女「じゃあ私先生にお嬢様が目を覚ましたこと伝えてくるから。そしたら下駄箱で待ってるよ。途中まで――」



お嬢様「あの、私、車で、その……迎えが来るんです……」



女「あぁ――そういえば今朝も来てたね。暗くなるし送り迎えがあると安心できていいよね」



お嬢様「う、うん。安心! そう、安心なの! だから、その――」



お嬢様は一呼吸置き、振り絞ったのは声と、勇気。



お嬢様「一緒に帰りませんか!!」






女「すみません、わざわざ送ってもらっちゃって」



爺や「いえいえ、良いんですよ」



人当たりのいい声音は運転席から。


えーただいまわたくしリムジンに乗っております。

ご覧ください。車内に冷蔵庫がございます。

光量を抑えたライトの下にはテレビがすえおかれております。


それにこの窓、ライフルだって通さない防弾ガラスでできているんですって。



……えらいものに乗ってしまった。



件の車窓から見る空は真黒く塗りつぶされとっくに日が沈んだことを語っていた。



空に黒いペンキがぶちまけられる前、暮れたオレンジに染められた保健室でのお誘い。


一緒に帰りませんか。


そういったお嬢様に私は、頷いた。

せっかく勇気を出してくれたであろう誘いを無碍にするのは悪い。

そんな思いで誘いに乗ったら、校門前にいたのは今朝も見た顔。

それに向けられる視線が痛くてそそくさとそれの前から退散したのを思い出した。


黒塗りのリムジンがそこにいた。

というわけで私はその車に乗っている。

乗って私の家に向かっている。


なかなかにビビる。

だってもし車の中で何かをこぼしたり、汚してしまったりしたらと思うと。


慎重になって当たり前。


となりにはお嬢様が座っている。

彼女は彼女で、私に話しかけようとしているのか妙にそわそわしている。


女「はう……」


思わずため息が漏れた。



お嬢様「ど、どうかした? やっ、やっぱり、一緒に帰りたくなかった?」



女「ううん。ただちょっと気疲れ……? 空回り? とにかく疲れちゃって」



お姉ちゃんに想いを伝えようとしてから回ったり、友達に振り回されたりと、

濃い一日だった。



女「…………」


ここ最近のことを思い返すと自分の感情に振り回されている気がする。


悪いことではないのだろうが、疲れてしまう。



窓から外を見る。

高速に移り変わってゆく風景が網膜を焼く。

知らない道路に街並み。

それらはいくら見ても主張してこないけれど、私の横にいる彼女は違う。


さっきから私に話しかけたいのかうずうずちらちらとせわしない少女が私の隣にいる。


私は心のうちでため息をつき、お嬢様に今日の学校はどうだったか聞くのだった。

嬉々として話しかけてくるお嬢様を尻目に、爺やさんが柔らかく綻んだのを見逃さなかった。




思えば変な一日だ。


お姉ちゃんからもらったネックレスを撫でる。

湯船につかった半身がジンジンと刺激される。


風呂は命の洗濯だなんて言うけれど、確かにその通りだ。


おかげで変な一日のせいで疲れた体が軽くなる。




女「好きな人……」



走り切った私はその高揚感、

そしてお姉ちゃんが私だけにプレゼントをくれたという事実に気持ちが天井をデストロイして上限知らずに高まり、

ついには溢れ出た気持ちを言葉にしてしまいそうだったけれど……


いや……けれど、じゃない。


そういうところだ。

そういうところが感情に振り回されている、と感じた理由だ。


変な一日。

そう思ったのも感情に振り回されたいるからか。


女「疲れた……」



人を好きになるって物凄いエネルギーのいることだ。

なんたって感情に振り回されるからね。



…………。

思考の堂々巡り。

こんなくだらないことを独り考えるくらいには、疲れてるのだろう。



でも、お姉ちゃんのことを忘れようと四苦八苦していた頃に比べれば、楽しい。

明日という日に希望が見える。



思わずふふっと笑みが漏れる。


こんな気持ちでネックレスを撫でる日が来るとは思わなかった。



女「あ~あ、明日が早く来ないかな」


言って、湯船に口元まで使った。

ぶくぶく。と、湯船を揺らす。



少し世間ずれしているけど友達もいて、憧れの好きな人もいる。

恵まれている。そう思った。


恵まれてる。

そうはいっても、この退屈な時間は如何ともし難い。

しいて言うなら、この時間――登校にかかる時間は恵まれていない。


いや、私が望んで片道三時間の高校を選んだのだが……。



演劇部に入部した翌日。

当然の様に朝になり、私は当たり前のように登校し、言うまでもなく……というか、言うのも面倒くさいくらい長い通学の途中。

時間つぶしの文庫本がその甘ったるい結末を語り終えてから電車は三駅ほど経過した。



満員電車の中、席に座れているのは幸い。

人にもまれながら立っているのは大変だからね。


ふと、『幸い』という字と、『辛い』という字が似ていると思った。

棒が一本あるかどうかの紙一重だ。

……案外、辛いことも幸せなことも似ているのかもしれない。

そうなると恵まれている新生活は、幸せなのかどうなのか。


そんなくだらなさに輪をかけた些末事を思いながらボケっとしていると、電車は停車しドアを開いた。


多少人は下りたが、それでもやっぱり満員は満員だ。



大変なことで。

席に座れし者の余裕の目で見ていると、ふと視界にある人物が目に入った。



ギャル「あっ」



女「……」



目が合った。

どこかで見たような顔だ。


ああ、思い出した。

よく同じ電車に乗り合わせる人だ。昨日も一昨日も見た。



ギャル「やあ、また会ったね」



女「はあ……」



ギャルは人をかき分け無理矢理にこちらにやってくる。

え、ちょっと、なんでこいつこんなにフレンドリーなの?


そこのサラリーマンさんごめんね。その子無理矢理こっちにくるのうざいよね。

いかにも迷惑そうな顔に私は申し訳なくなっているというのに、目の前のギャルにはそんなことどこ吹く風といったようで。


すぐに私の前にやってきた。

ギャル「あんた、昨日はすごかったねえ」


女「は、はあ……」



突然何を言ってるんだこの女は。

そんな気持ちを隠そうともせずに、怪訝を目に浮かべて見つめると、ギャルは苦笑。



ギャル「ははっ、そういえば誰だかぼかしたままだったか」



そういうと胸ポケットからスマホを……それはもう大層ご立派な山頂の頂から、スマホを取り出すと、

すっすぃっと指先を遊ばせると、ほれと言いつつ画面を差し出した。


何のことだと訝しみつつも画面を覗いてみると、そこには、お姫様が映っていた。

昨日見た演劇部のお姫様だ。


背景は教室。後ろの黒板には、大成功だの満員御礼だのの文字が。

お姫様自身、笑顔を浮かべているのは達成感からか。


察するに演劇終了後のプライベートな写真。それを目の前のギャルは差し出した。

つまり、このギャルは演劇部の関係者……



ギャル「これ、あたし」


そういって指さしたのは写真の真ん中。にこやかな笑顔を浮かべているお姫様。



女「は? 嘘でしょ?」



嘘をついたら地獄に落ちるんだぞと言おうとして、目が留まった、一か所に。



女「ん……むう」



唸り見つめる。私の視線を一手に引き受けているそこ。

母性の象徴であり、トップ装甲。三つある女の武器の一つ。



BWHのB。ゆうにFは越えてるであろうマストに目が行った。


まず写真のなかのお姫様だ。

でかい。メロンに例えてもいいくらいだ。


次に目の前のギャル。

これまたでかい。メロンに例えてもいいくらいだ。



そこに気付いた後に顔を見ると、似ている。というか、同一人物だ。



女「まじか」


何故だか知らないが、したり顔をしているギャルに私ができたことは、そう呟くだけだった。

ギャル「いやほんとやる気のある新入生が来てくれて嬉しい限りなのよ」



相変わらずの満員電車の中。


女「はあ、そうですか」



どうやら先輩にはここがパブリックなスペースだという認識がないようで、

さっきからボリュームあっぷあっぷで話しかけてくる先輩がはっきり言ってうっとおしかった。


返事もおざなりになろうて。



そんな私の態度に気に入らないものがあるのか(あるんだろうな……)

先輩はつまらなそうに唇を尖らせると、


不意に、にこりと微笑んだ。


女「っ……!!」


私にはその微笑みがどうにも嫌なものに見えた。


不審に思おうがもう遅い。私が何か言う前にギャルは口を開いていた。

その速度はまさにかの大剣豪佐々木小次郎が繰り出すといわれる燕返しもかくやというほど。


それほど彼女の口から放たれた言葉は衝撃的で、そして――



ギャル「あたし、あんたみたいの好きよ」


破壊力に満ちていた。



女「は? ……はあっ!?」



ギャル「素直で、一生懸命で、おまけに正義感もある」



女「正義感……?」



ギャル「見てたわよ。一昨日、一緒にいたおどおどした子を痴漢から助けてたでしょ」



見られてたのか。いや見られてたからってなんだって話だが。

だが、先ほどの発言と相まってなんだか彼女には知られてはいけない気がした。

にやにやと口元を歪めながら私を見つめるギャル。

そのある種不快な口元を再度言葉の形に変えた。



ギャル「今度の劇に出してあげようか」



女「一年生は裏方だと聞きましたが」



ギャル「だからお誘いしてるの。出たいでしょ。昨日あんなに頑張ってたもんね」



なんだこの先輩は。 

後輩一人をえこひいきしたらどうなるかわからないのか。 

ほかの新入生がすぐには劇に出られないと聞いてつまらなそうな顔をしていたのを思い出す。お嬢様もだ。残念そうな顔をしていた。 


それなのに先輩に気に入られたから私一人だけ劇に出られるとなったらやっかみの嵐だ。

女子トイレで陰口とかされちゃうんだ。知ってる漫画で見た。



ギャル「ああ、ひょっとして劇に出ることでほかの一年にいじめられるんじゃないかと思ってる?」


女「ええそうですね。だから――」



ギャル「だったら大丈夫。誰にも文句は言わせないから」


ギャル「わたしの恋人になればいいの」



私は言葉を失った。






告白されてしまった。


意味が分からない。何で朝の満員電車で告白さえなくてはいけないんだ。

しかもまともに話したことのない先輩に。



お嬢様「ど、どうしたの、女!」



女「なんでもないよ」



心配そうな友達に手を振りつつ、今朝のことを思い返す。

電車内で告白されしどろもどろになり、はあとかええしか言えなくなった直後、電車は高校の最寄り駅についた。ギャルはニヤついた笑みを引っ込めると一転、さわやかな笑顔を浮かべ、



ギャル「良い返事を期待しているよ」



そういって先に降りてしまった。慌てて電車から降りると、もうホームに先輩の姿はなかった。

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ギャル「こうやって、お昼休みのわずかな時間も、彼女とイチャイチャしたいと思うのはいけないことかね?」


女「――――っ!!!」


ぞぞけが私の腕を全力疾走した。
たまらず振りほどこうとするががっちりと組まれていえままならない。


ふざけんなよ!!

そんな思いを隠さず睨んだ。
間違ってもここで大声を出してはいけない。クラスの人たちに気づかれたら終わる。

――あ、あの人先輩と付き合ってるんだって、しかも女の

――え、それってレズってやつ? ないわぁ~

――しかも演劇部の先輩だから劇で良い役斡旋してもらってるんだって、屑くね?

――クズクズ。


なんてこと言われるに違いない。
我慢。騒ぎ立ててはいけない。断固として我慢だ。

だというのにこの女は。


ギャル「へぇ、ほどかないんだ。もしかしてまんざらでもない感じ?」


あぁっ? いまなんつった、こいつ。

言うに事欠いてまんざらじゃないだぁ?
たしかに私はお姉ちゃんが好きで、レズビアンかもしれない。
だが相手が誰だっていい訳じゃない。てめぇじゃ役者不足もはなはだしいわ!

思わず怒鳴りそうになる。
というかもう怒鳴り散らそうと思った。心のうちをマーライオンのように吐き散らかしてやろうと。げろげろに、それはもうげろげろに。


お嬢様「ええっ!!?」


だが、しかしそれは驚きのあまり椅子を倒す勢いで立ち上がったお嬢様に遮られた。

何事か。
クラス中の注目が集まった。
私は息を吐く。今朝から溜めに溜めたため息をだった。




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>>95
女「……」



ため息が出そうになるのを寸でで抑える。


ぶちゃけてしまうと、この学校でお姉ちゃんと再会しなければ靡いていたかもしれない。

お姉ちゃんのことを忘れるにはちょうどいい相手だと。なんだったら見た目もいいし……。


おまけに、奴は部活の先輩だ。これが一番のネック。

部活にはお姉ちゃんがいるから辞めたくないし、だからといって部活を続けてギャルに好意を持ってると勘違いされたら嫌だし。


そんな相手だからこそ、めんどくさいことになったとため息を吐きたくなってしまう。



女(なあなあにして誤魔化すのが妥当かな)



幸い私は舞台に出たいわけではない。

むしろ靡かないことに腹を立てて私に役を与えないよう意地悪してきても、望むところだ。

舞台裏でお姉ちゃんとイチャイチャしてやる。



よし、ギャルへの対応は決めた。

あとは臨機応変に頑張ろう。






通常授業が始まった。

といっても大半が自己紹介と一年の流れを教えるだけで勉強らしい勉強はそこまでない。


ただ話を聞くだけというのは退屈だ。


時間は進んでお昼。

四限目の授業が終わり、おのおの昼食を取ろうと席を立っている。



私も昼食を取ろうと席を立った。

女「お嬢様、私購買でお昼買ってくるから」



お嬢様「……ぉ、お弁当は、ないんですか?」



女「そんなの作ってる余裕ないんだよなあ」



お嬢様「あ、あの……だったら」



女「……なに?」



お嬢様「わ、私のお弁当、食べませんかっ!!?」


ちょっと待っててくださいというと、廊下に出ていった。


もしかしてと思うと同時にお嬢様は戻ってきた。


そして、ドンと置かれたのは三段のお重だった。



お嬢様「恥ずかしい話、そ……その学校が楽しみすぎて、その気持ちを、ぶつけたらこんなことに……」



女「これは……一人じゃ食べきれないね……」



量がエグイ。

たしか彼女は自分で弁当を作っていたはず。
よくもまあこんなに作ったなと感心してしまう。



お嬢様「その……女と、一緒に食べようと思って……」



女「……なるほど」



同じ釜の飯を食べて仲良くさせよう作戦ですね。わかります。



女「じゃあ遠慮なく」



お嬢様「は、はい! どうぞどうぞ」



差し出された割り箸を手に取り、いただきますと言ったところで――



ギャル「お、いいもん食べてんじゃん」



なんて軽々しく話しかけられた。

>>96
女「……先輩、なんでいるんですか?」



ギャル「いいじゃんいいじゃん。演劇部の期待の新人と仲良くしとこってとこよ」



そう言うとギャル先輩は適当に椅子を見繕いドカリと私の横に座った。


こいつは危険だ。頭がトンでいるといっても過言ではない。

何せ電車内で告白してくるような奴だ。


隙を見せたら殺されるくらいの心持でいいかもしれない。


しかも告白されたのは昨日の今日どころか、今朝の今だ。

何を言われるのだろうか、思わず身構えてしまう。


ぶっちゃけギャル先輩のことをよく思っていない。そのことが顔に出ていたのだろう。



ギャル「何、その目……傷つくなあ」



女「すみません。何せ先輩が突然現れたもので、どう反応していいか困ってるんですよ」



ギャル「…………わっかるぅ~~私も一年のころ先輩に話しかけられるとびっくりしたもん。あ、私もお弁当貰うね~」

>>96
私の言葉に胡乱げな視線を向けてくるも、まあいいかと言わんばかりに会話を放った。


先輩の次の意識はお嬢様のお弁当へと向かった。



お嬢様は、ぁい、どど、ぞ、とキョドリ過ぎてもはや新種のポケモンの鳴き声のような声でギャル先輩に弁当を勧めた。


……君はもっとはきはきと話そうよ。



お嬢様「ぁ……あの……」



ギャル「ん、なに? ……もしかして食べちゃいけないものでもあった? だとしたらごめんね、食べちゃった」



お嬢様「そ、そうでは、なくて、ですね……その……どなた、ですか?」



……そういえば、お嬢様は知らなかったな。

彼女が誰なのか教えた。


 
 

ギャル先輩が演劇部のお姫様だと知り驚いたお嬢様。


そんな彼女の反応になぜか気をよくしたギャル先輩は上機嫌で弁当をつついた。


というかなんでこの人はこうナチュラルに下級生のクラスで弁当を食べてるんだ。
同級生に友達はいないのかよ。
 
女「……」
 
ギャル「お、なんだよ、不機嫌かよ。もっと笑いなって、かわいい顔とおいしいご飯が台無し」
 
うるせぇ。
なんでこの人はこう人の神経を逆撫でするような話し方をするのだろう。
おかげで腹が立ってしょうがない。
 
ちらりとお嬢様の方を見る。
きっと彼女も腹が立って仕方ないことだろう。


お嬢様「はわぁ~」

なんて思ったが、なんかお友達に囲まれて満足って顔をしている。
くそうこれだからぼっちは!


女「で、本当にご飯をたかりにきただけですか? だとしたら先輩のことクラスに弁当を分けてくれる友達がいない人、もしくは購買でパンを買うこともできない貧しい人って認識に修正しなくてはいけなくなるんですが」



ギャル「お、喧嘩売ってる? けど悪いね、君の言うところのパンも買えない状態なんだ、そんな安っぽい挑発も買えないくらいにね」


>>96
減らず口を、と歯噛みした。

この人は何をするか分からない。だから人目のあるところで一緒にいたくないのだが。……よく考えたら人目のないところでもやだな。

ともかく、この先輩と一緒にいたくないのは確かだ。
なんて考えていると、ずずっとイスが引きずられる音がした。


女「なっ――!?」

ギャル「ふふっ――」

引きずられた音は私の横で止まる。
突然密着した体温。
肩口に乗っかる柔らかく手入れされている髪と、その頭。

ギャルが私の横にピタリとくっつき、無理矢理腕を組んできた。


>>97
ギャル「こうやって、お昼休みのわずかな時間も、彼女とイチャイチャしたいと思うのはいけないことかね?」


女「――――っ!!!」


ぞぞけが私の腕を全力疾走した。
たまらず振りほどこうとするががっちりと組まれていえままならない。


ふざけんなよ!!

そんな思いを隠さず睨んだ。
間違ってもここで大声を出してはいけない。クラスの人たちに気づかれたら終わる。

――あ、あの人先輩と付き合ってるんだって、しかも女の

――え、それってレズってやつ? ないわぁ~

――しかも演劇部の先輩だから劇で良い役斡旋してもらってるんだって、屑くね?

――クズクズ。


なんてこと言われるに違いない。
我慢。騒ぎ立ててはいけない。断固として我慢だ。

だというのにこの女は。


ギャル「へぇ、ほどかないんだ。もしかしてまんざらでもない感じ?」


あぁっ? いまなんつった、こいつ。

言うに事欠いてまんざらじゃないだぁ?
たしかに私はお姉ちゃんが好きで、レズビアンかもしれない。
だが相手が誰だっていい訳じゃない。てめぇじゃ役者不足もはなはだしいわ!

思わず怒鳴りそうになる。
というかもう怒鳴り散らそうと思った。心のうちをマーライオンのように吐き散らかしてやろうと。げろげろに、それはもうげろげろに。


お嬢様「ええっ!!?」


だが、しかしそれは驚きのあまり椅子を倒す勢いで立ち上がったお嬢様に遮られた。

何事か。クラス中の注目が集まった。
私は息を吐く。今朝から溜めに溜めたため息をだった。



とりあえず場所を移した。

人通りの少ない渡り廊下。
随分と薄暗い。
分厚い雲が空を覆っているからだ。
雨が降るかもしれないなと思いつつ目の前の女を睨み付ける。



とにもかくにもだいぶ目立ってしまった。変な噂がたたないといいけど。

頭が痛くなる。
それもこれもこの女のせい。


女「どういうつもりなんですかあなた!!」


ギャル「……そんなに怒鳴らなくてもいいじゃん」


びっくりしたように目を丸くするギャル。
なんでこの人はあんなに無遠慮に物を言えたんだ。
むすっとした顔を浮かべるギャル先輩。反省しろとまでは言わないが、もっと慎みをもって行動してほしい。


――ああっもう! 腹立つ!! やっぱり反省しろ! あんな無遠慮にベタつきやがって。セクハラだぞ。

お嬢様「あの……」


おずおずとお嬢様が手を挙げる。


お嬢様「その、えっと、そ、その……! お、お二人は、つ、つつつ、っつ……付き合ってるんでしょうか?!」


女「寝言は寝て遺影!!」


ギャル「それ永眠してる! もう目を覚まさないタイプの寝るだから!!」


女「うるせぇ! 鬼籍入れ!!」


ギャル「奇跡的に?」


女「うるせぇ!!!」


上手くねぇよ。
がなりちらしたせいで呼吸がままならない。肩で息をする。

お嬢様「ぅ……うぁうぅ……」


見るとお嬢様はたいそう怯えていらっしゃった。


女「ああっ、怒鳴ってごめん!!」


お嬢様「い、いえ……いいんです。だって、それって、お二人にとって、わ、私が邪魔ってことですよね……恋人と一緒にいたいんですよね」

しくしく。

お嬢様「さようなら――」


女「ちょっとまてい!」


走り去ろうとするお嬢様。
彼女の腕を握り引き留める。


お嬢様「は、放してください~。気にしないっていう、やさしさが、私を、傷つける~」


女「付き合ってねぇわ!!」

ピタリとお嬢様の動きが止まる。

お嬢様「ほんとうに?」


女「マジマジ。この人と付き合うなんて、隕石が降ってきて自宅が全壊するくらいあり得ないから」


ギャル「そこまで言う……?」


お嬢様「でもさっきあんなに仲良さそうに……」


どこが?


女「とにかく、ほんとにないから!」


ギャル「そこまで否定しなくても……」


お嬢様「ほ、ほら……先輩も、こんなに、かわいそう」


女「質の悪い冗談で迷惑してる私がかわいそう」


ギャル「あ、今の台詞ナルシっぽい。うける」


女「笑えるか」


質の悪い冗談の横行に辟易とした。
もういい、疲れた。この人置いて教室帰ろう。

お嬢様「あ、ちょっ……」

お嬢様の手を引き、先輩に背を向けた。
さよならは言わない。


ギャル「あ、でも……」


もうこれでばいばい。
怒鳴ったり、悪態をついたり、さんざっぱら嫌い嫌いオーラを出したんだ、もう話しかけてくることはないだろう。これで話しかけてきたらどんだけ面の皮が厚いんだって話。

そうおもった私の背にギャルはこれ以上にない爆弾を投げつけてきた。


ギャル「レズなのはまちがいないっしょ?」


気づいたらお嬢様から手を放し、ギャルの顔を平手していた。


やけに渇いた音だった。
びりっと掌中に熱が走る。


女「馬鹿にすんな!」


ギャル「馬鹿にはしてないよ、馬鹿にはね」


そういうギャルの目は私を睨み、見下している。ニヤニヤとした笑みを崩すことなく。
馬鹿にしてる、と私は思った。


ギャル「えっと……お嬢様ちゃん、だっけ? ごめんだけどちょっと席離れてくれるかな」


お嬢様「え……?」


ギャル「どこかにいって。私たちから離れて。意味、わかる?」


お嬢様「おんな、ちゃん……」


女「ごめん、この人と話したいことがあるから」


二人きりにさせてくれと。


ギャル「くれぐれも先生は呼ばないでね。私をひっぱたいた過失10割の女ちゃんが先生に怒られちゃうから」

ギャルを睨み付ける。
苛立ちを隠さない。


ギャル「……うぅん、2:8でそっちの過失かな?」


女「9:1にしてもらっていいんでもう片方の頬張らせて貰えません?」


ギャル「ごめんね、私はキリストじゃないから差し出さないよ」


ああ。あああ、ああ。
いちいち、ぐちぐち、本当に。
この人の一言一言が私の神経を逆撫でする。
逆鱗か。この女が私の逆鱗なのか。


ギャル「それに私も、顔はちょっとイラついたかな」

なんていって頬をさする。


気づけばお嬢様はいなくなっていた。

眉根をつりあげ、目の前の女を睨み付ける。

ここからだ。





………………。
…………。
……。


ああ、こいつは恋をしているんだと思った。
一目見て分かった。

なぜ分かったかと言うと、私と同じだったから。
気づけばいつも目で追って、見つけると嬉しくて自然と笑顔が浮かんで。

私もそうだった。

違うのは彼女が眩しいということ。

私だって一年生の時に演劇でお姫様役をやれるほど認められていた。人望もあった、もっといえば見た目も良かった。

でもきらきらと輝いているかといえば首を傾げるものがあった。

確かに舞台の上では私は輝いていたのだと思う。
でも、それは私じゃない。
私が演じているお姫様が輝いていたのだ。

劇の上で輝けば、私の好きな人は誉めてくれる。
でも誉めるだけだ。私のものにはならない。

どうすれば私の思いは届くのだろう。
決まっている。私が一歩踏み出せばいいのだ。
好きです、と思いを伝えればいいのだ。

だが、私は一歩踏み出せずにいた。

だって、彼女と私の間には見えない溝があるってしっていたから。
踏み出したら溝に足をとられてこけてしまう。
こけても彼女は私に手を貸してくれないだろう。
私は惨めったらしく、もがいて立ち上がるのだ。
きっと立ち上がった場所に私の居場所はない。

それだけだったらまだいい。

溝が、溝だと思っていたものが深い深い崖だったらどうだ。

私は崖から落ちて二度と目を覚まさないかもしれない。
運良く死ななくても、もう上まで上れはしないだろう。


だから、私は崖の向こうの彼女を見つめるのみ。
ここにいたら触れることはできない。私のものにはできない。
けれど、見つめることはできる。
見つめ、時には亀裂越しに言葉を交わすことができる。
これは恋ではなく、憧れだと思うようにした。

それで満足だった。
満足だと思うことにした。

諦念のうちに私は私の初恋を棄てた。

そう思っていた矢先、女ちゃんがあらわれた。



ある朝、満員電車の中、私は痴漢されている女の子を見つけた。

私と同じ制服の少女。
おどおどとし声をあげなさそうな少女は、痴漢する男にとっていいカモなのだろう。

助けなくてはと思った。
でも、体が動かなかった。

おどおどした少女は怯えて何も言えないでいる。体を震わせている。

気づいているのは私だけではないのだろう。
それを証拠にちらちらと見ている人が何人かいる。
どうにかしたいけど声をかける勇気の無さそうな人、そもそも無関心な人。
他にも色々な人がいるけど、その人たちが少女を救おうとするのに一歩踏み出せないでいるのは見て分かった。

だからこそ私がいかなくてはいけないと思った。

だって私が一歩を踏み出さなくちゃ、あの子はこのままだ。

私が、私が一歩をださなくちゃ。
私が――


それでも足は動かなかった。




どうして。

そんなの分かっている。
怖いんだ。私も。

男にやり返されたらどうしよう。ひどい目にあったらどうしよう。

そんな考えが浮かんで足が動かないのだ。


たった一歩踏み出すだけ。
でも、私はその一歩が踏み出せない。
いつもいつも――。

勇気なんて、私には。


――カシャリ


その時、味気のない機械音が切られた。

それがカメラのシャッター音だと気づいた瞬間。


?「そこの人、痴漢です!!!」


女性の声だった。
その声は車中に瞬く間に響き、乗客の視線を一点に集める。


その女は指の先を痴漢している男へと伸ばしていた。

そこからはすぐ。
男は取り押さえられて、次の駅についた途端、ホームへと引きずり下ろされた。

かっこいい。
その少女を見て、そう思った。

憧れた。私は少女に憧れたのだ。

ああなりたいと、一歩踏み出せる人になりたいと。




眩しいと、思ったのだ。


………………
…………
……

女教師「今日すごいことがあってね!!」


なんてテンション高く話しかけてきた。

私たちは明日に迫った新入生に向けての部活動説明会の準備をしていた。
といっても、舞台の上で、新入生のみんな、ぜひ入部してねー、というだけだ。部員間での打ち合わせは終えてあり、あとは使う小道具と衣装の準備であったり、映像の確認であったりと、そんなに手間のかからない作業だけだった。
世間話しながらでも十分進められる。

だからだろう。
先生が若干興奮して話しかけてきたのは。
なんだったらミーティング中から、わきわきしていたので、なにか話したいことがあるんだろうなとは察していた。


「なに~? いいことでもあった?」

作業の手を止め、努めて自然に言葉を返した。

この人と話すときは緊張する。
おかしなところを見せて訝しがられたら、ぽろっと私の気持ちをこぼしかねない。

しかしさりとて、これでも演技はうまい方なのだ。
先生はなにも不審に思うことなく、その声音を保ちながら続けた。


女教師「むかしの知り合いにあってね~」


「ん? 今日? ってことは新入生かなにか?」


女教師「そうそう、昔仲良くしていた女の子なんだけどね。今でも私のこと覚えててくれて」

女教師「もう最後に会ったのが五、六年前になるのかな。ほんとすっごく大きくなっててね、おお、大人になったんだなぁって」

女教師「あとあと、隠してるみたいだけど私があげたネックレスを今も大事につけててくれてるみたいで。嬉しいなぁ」


女教師「いやー受け持ちの新入生が痴漢にあって最寄り駅で降りたから迎えに行ってこいって言われた時は正直、めんどくさ! って思ったけど、いやぁ女ちゃんに会えて良かったよ」

そうなんですか~、と相づちを打ちつつ、その少女について考える。

もしかして、と思った。

痴漢にあって電車から下車。
私はそれをした少女を見た。今朝見た。

先生の懐かしいと言う少女は、今朝痴漢から少女を助けた、あの眩しい少女なのではないか。


「その女の子ってどんな子なの?」


女教師「ん? もしかして気になる?」


「別にただの世間話だよ」


嘘をついた。
本当は興味を引かれていたが、それを先生に悟られるのはなんとなく嫌だった。





女教師「んーそうね、昔は私の後ろについて回るかわいい妹みたいな感じだったかな」

女教師「でも、しばらく会わないうちに大人っぽくなってたかな」

女教師「あ、さっき痴漢にあった子を迎えにいったって言ったけど、その女の子――女ちゃんっていうんだけどね」


「女ちゃん」


女教師「その子が痴漢にあったわけじゃないんだよ」

女教師「むしろ痴漢にあった子を助けたの。痴漢にあった子も私の生徒なんだけどね、女ちゃんも私が副担するクラスの生徒なの」

女教師「すっごい偶然じゃない? ……でも、女ちゃんちょっと怒ってたんだ……」

女教師「あはは……私が約束破ったのがいけないんだけどね。毎年、実家に帰るからその時遊ぼうねって約束してたの……」

女教師「ほら、親と折り合いが悪くて実家に帰ってないって前言ったじゃない。そのせい」

女教師「親に会わないのはべつにいいけど、女ちゃんのことは気にかかってたから……うん、また会えて良かった」


やけに饒舌に話す先生に、そですかと相づちをうつ。

嬉しそうな先生の顔。
私には一度も向けられたことのないその顔を見て、ああ、あの子は先生の大切な人なんだと思った。


部活動説明会はつつがなく終了。

部活が始まり新入生をまつ。
さて、説明会の釣果は……。

演劇部にきた新入生はすでに三人。

新入生全体の数がそこまで多くないから三人もいれば重畳。

重畳なのだが、昨日先生と話題にした一年――女ちゃんはきていない。

少し苛立ちにも似た感情が沸き上がった。

あれだけ先生に目をかけられて来ないのかと。
……今の言い方だと例の少女に演劇の才能があるかのように聞こえるな。

私が言いたいのはそういうことじゃない。

ようは二人が幼馴染みのような関係で、先生が女ちゃんのことを気にかけているのに、女ちゃんの方はそれを無下にするとはどういう了見だ、とムッとしたのだ。

もう待つのは止めて新入生に説明を始めてしまおうか、などと考えていると、新たに新入生がきた。

昨日打ち合わせた通りに声をかける。

と、そこで気づいた

女ちゃんだ。

ふーん、やっぱり来たんだ。

女ちゃんは友達を連れてきた。
というかその友達はおどおどとして痴漢されてた子だった。


おどおどしている子はともかく、例の少女の方は私がだれか気づかなかった。

今は化粧もしている衣装も着ている。当たり前と言えば当たり前だ。

まあ、私に気づかないのなら別にいい。
適当に話を切り上げて二人から離れた。

……。
少し残念だと思った。

その後二人は先生と話をしていた。

嬉しそうに笑う先生。
そして少女を見て……ああ、そうか。

私はその時理解した。
少女を見てすぐに察することができた。

熱びた目。
嬉しそうにはにかむ顔。
弾んでいる声のトーン。

ああ、この子は恋をしてるんだ。
先生のことが好きなんだ、と。
いつかの私と同じように――。

……ああ嫌だ。
少女と先生が輝いてみえる。
私がなりたくてなれなかったやつだ。

きらきら輝いてみえる彼女を一目見て、恋をしているんだと分かった。

苦しくなって彼女たちから目をそらした。
どろどろとした感情が私の胸につっかえる。
その感情をなんと言っていいのか分からなかった。

だけど、ただ自分が惨めに思えた。


………………
…………
……


女「正直、なんで先輩が私のことをご執心なのかわからないんですけどね」


ギャル「そんなのかんたんかんたん、輝いてみえるからよ。きらきらってね」


女「ああっぁ?」

やっぱりバカにしてる。
私は夜空のお星さまか?

女「は、先輩って鏡もってないんですか? そんな派手な見た目してて輝いてないってことはないでしょ」


ギャル「…………」


けばいんだよ化粧が、と続けざまに言おうとして、叶わなかった。

見てしまった。
いや、睨み付けているのだから見るのは当たり前なのだが。
それでも見てしまったと、見てはいけないものを見てしまったと、たじろいでしまった。

ここで私は一歩も引くことなく大嫌いな先輩に立ち向かうべきだったのだろう。

でも、無理だった。
一歩引いてしまった。


思えば先輩はにこにこと笑顔を崩さなかった。
頬を張られたときでさえも。
まるで演技しているみたいに。

けど今、目の前にいる先輩の顔からは人を馬鹿にしたような笑みは消えていた。

代わりに浮かんでいたのは――


ギャル「なれないんだよ! 出来ないんだよ! 私は、輝くことなんて!」


アイシャドウとつけまつげでバッチリと開いた目が細められ、私を睨み付ける。怒りを隠そうとしない形相だ。

地雷を踏んだ。
怒鳴り声と、怒りに満ちた表情が私にそう思わせた。


正直に言うと、この先輩のことをなめていた。
どれだけ私が失礼な態度をとっても嫌らしい笑みを浮かべてひょうひょうとするだけだと思っていた。


ギャル「見た目どんなに磨いたって、人との付き合い薄っぺらいし、辛いし、めんどくさいだけだし、楽しいって思えないし」

ギャル「だけど、一人でいると――周りがワイワイしてるなかで一人でいると自分が惨めに思えるし」

ギャル「変わりたくって、だから見た目を良くしようと、明るくみえる方法勉強して。努力して。私のこと誰も知らない高校に来て。演技して。がんばって……がんばったんだよ」

ギャル「私だって――私だって輝きたい。でも、なれないんだよ! お前みたいに!」


…………。
つまりは、その、なんだ……。

ほんとは内気だけど、それがコンプレックスだから見栄をはってるってこと?


女「……で、なんでそれが私に付きまとうことになるんですか……?」


正直ひいた。いきなり感情をぶつけられて戸惑った。
なんでこの人は出会ったばかりの私に高校デビューしたことを激白したのか。


……だけど、先輩の話を聞いて共感できるところがあった。

私も変わりたくてこの学校にきた。誰も知らない、私を知ってる人がいない場所でやり直そうと思ったんだ。

だから、分かる。

けど、分かるなんて軽々しく言ってはいけない気がした。
だって彼女は自分を変えたくて努力した。対して私は逃げた結果ここにいる。

その差は歴然。
だから口には出さない。


ギャル「わたしと、似てると思ったから」


返ってきた答えは意外なものだった。
確かに彼女の話を聞いて共感できると思った。

けど、それはあくまで私目線での話だ。
目の前の先輩には知るよしもないはずだ。

ギャル「見たよ、あなたが先生のこと目で追ってるの」


女「……? なんでいまそんなこと……まさか――!?」


ギャル「……ああ……しまったなぁ……失言しちゃったなぁ」


気づけば先輩に先程までの勢いはない。
自嘲気に口元を歪ませ、目を伏せている。


ギャル「そうだよ、その通り……好きだったんだよ、わたしも――先生のことが」


先輩の告白に頭を鈍器で殴られたような錯覚を覚えた。

ギャル「私と同じ人を好きになって、私と同じような表情をして……でもね、気づいちゃった、それは私と“似た”なの。同じ“ような”なの。決して同じじゃないね」

ギャル「私とあなたの違いは一つ。輝いてるか、くすんでるか」

ギャル「だってそうでしょ。私には先生を楽しそうに笑わせることなんてできないし、例え先に一人で行っても一生懸命追いかけてきてくれる友達もいない。――一歩踏み出す勇気もない」

ギャル「羨ましいって思った。憧れた。あなたみたいになりたいって思った」

ギャル「でも無理だった。三つ子の魂ってよくいったものだわ。変われないもん、そうやすやすと」

ギャル「だから――だから、私は、あなたみたいになりたくて、でも、無理だから、代わりにどうしようか思い付いたの」


女「それが、付き合うですか……?」


ギャル「そう、私のものにしちゃえばいいと思ったの」


その言葉を聞いて、ああ、そうかやっぱり似てると思った。

だって、先輩……その考えは……

女「逃げたんですね、先輩は自分の気持ちから」

私と同じ。
逃避した先で別の何かに妥協すればいいだけの話。

だからか、だから私は先輩にイラついたんだ。

妥協で選ばれたのが感じとれたからイラついたんだ。

思えばレズと言われて思わず手が出たのも、まるで女の人なら誰でもいいと言われたみたいだったから。


女「私は、先輩のものにはなりません」

女「確かに私は一度逃げました。逃げた先にたまたま忘れたかった人がいて、気持ちを捨てるというところまでいきませんでした」

女「本当にたまたまだったんです。ひょっとしたら私も先輩みたいになってたかもしれません」


先輩に対する気持ちをあるいは同族嫌悪と言うのかもしれない。


女「先輩、悪いですけどあなたの気持ちには答えられません――だって」


女「――好きな人がいますから」


ギャル「……」

先輩は私の返事を聞き.切なげに顔を伏せた。


ギャル「告白、しようとしてたもんね」


女「見てたんですか……」

昨日のことを言ったのだろう。

ギャル「流石にあそこは人目がありすぎ。よくしようと思ったね」


女「だって好きだから。これ以上ないくらい愛しくて、我慢できなくて、気づいたら言葉になっちゃったんです」

しょうがないね。


ギャル「そう……」


どうでもいいとばかりに先輩は短く一言呟き、ついでため息をつくと……

ギャル「先生に向かって一歩踏み出すのもうやめた方がいいよ」

つまらなそうに警告を吐き捨てた。


女「まだ言いますか……私はあなたに何を言われようと――」


ギャル「ちがうちがう。そういうことじゃない。口説くのはさすがに萎えたよ」


ギャル「……少し自分語りしようかな。もう散々しただろって野暮なツッコミはなしの方向でよろしく」

ギャル「私ね、先生への気持ちを自覚してから、先生と仲良くなろうといろんなことを話したんだ」

ギャル「まあ、もともと先生とは信頼関係って言うのかな……そういうのあったし、仲良くなるのは簡単だったよ」

ギャル「でね、プライベートなこと何回も聞いたの」

ギャル「聞いてるうちに私と先生との間には溝があるなって、ああ……私の気持ちは絶対に届かないなって気づいたの」


女「……? それが先輩の言ってた、輝いてるか、くすんでるかってことですか?」


ギャル「ん? あぁちがうよ。そりゃコンプレックスも先生のこと諦めるきっかけになったけど……」

ギャル「私が言いたいのは、もっと決定的なの――」

ギャル「先生には――」


女教師「ちょっとあなたたち!!」


女「へ――?」


先輩の言葉を遮るようにして現れたのは、渦中の人物。


女「お姉ちゃん……なんで」


女教師「お嬢様さんが呼んでくれたの……」


見れば、お姉ちゃんの後ろにお嬢様の姿が見える。


女教師「ちょっとギャルちゃん。何やったの。お嬢様さんすっごい取り乱してたよ!!」


ギャル「ははっ、まっさきに私にきたな。そんなに信用できません?」


女教師「信用も何も、あなた空気読まないことあるじゃない」


ギャル「読まない……か。読めないじゃなくて……はは、こういうときはイイエテミョーって言うんだっけ」

ギャル「そうですね、じゃあついでにしちゃおうかな、空気読まない発言」

一呼吸おいて、

ギャル「先生、彼氏さんとは順調? ……ああっと婚約者さんだったか」

……。
……。
……。


女「はあぁ!?」

変な声が出た。



その後、何をしたのか覚えていない。

気づけば放課後になっていた。

分厚い雲が空を覆っている。
まるで私の心のよう。
今にも雨が振りだしそうだ。


お嬢様「女……女ってば!!」


女「ん……なに?」


お嬢様「だ、大丈夫? さっきから、そ、その……な何回も呼んでるのに、無反応だったから」


女「ん? んん。大丈夫……じゃないなぁ」


お嬢様「……お昼のこと?」


女「ん、うん。……ねぇ先生がきてからどうなったっけ?」


お嬢様「え? せ、先生がきてから? えっと……たしか……」

お嬢様「先輩が、先生にか……彼氏と仲良くやってるかってきいて……」


女「そこはいい」


お嬢様「あ……うん。えっと、そしたら先生が怒って」

お嬢様「で、先輩がその、女に告白して振られたって、だから先生も振られてたりしないかなぁって、言ってて」

お嬢様「また、先生怒って。彼氏さんとは仲良くしてるし、他人の不幸を喜ぶようなこと言っちゃ駄目だって……そ、そんなだから、ふられるんだって」

お嬢様「そ、そこまで聞いて突然、女がふらふらって歩きだして」

お嬢様「先生の言ってることも、先輩のことも、わ……私のことを無視して教室に」


で、いまに至ると。

お嬢様の話を聞く限り、ずっと私は心ここにあらず状態だったのだろう。

……今になって正気を取り戻したのは放課後になったからか。

つまり、部活の時間。


女「帰ろう」


お嬢様「え、帰っちゃうの……? あ、そ、そうだよね、せん、先輩がいるもんね」

お嬢様「わ、わたしも、帰るよ……いっしょにかえろ……――え、女……」


お嬢様を無視して立ち上がる。
やけに現実味のない光景に、ふわふわとした足取り。
それでも足は重く、きりきりと痛むお腹は、これが――こんなのが現実だと突きつけてくる。
糞みたいだね。


誰かの声が何事か後ろから聞こえるけど、なんて言ってるのか分からなかった。

教室を出て、階段を降ると窓から雨が振りだしたのを見た。

関係ない。

靴を履き替えはした。
相も変わらず重い足を引きずって。
わたしは、外に、出た。


雨が私を濡らす。
土砂降りだった。
これまでにないほど昂った気持ちは既に氷点下を下回っている。
今更雨に濡れるくらい気にするものか。

何度かグラウンドのぬかるみに足をとられつつも、学校を出る。

薄暗い景色。
コンクリートに打ち付ける雨音。

灰色の世界。
ずっとずっと私が見てきた世界。
色のない世界。


女「バカじゃないの……」


渇いた口から出た呟きは雨音に紛れた。

私は歩き続けた。

――――――
――――
――

万華鏡の中に私はいる。

赤、黒、黄色に白。他にも色とりどりと。
くるくると一瞬一瞬、様々に変わる模様と色。
綺麗で不可思議、あるいは妖しく蠢く様はまるで汚染された海が迫ってきてるみたいで心を壊してしまいそうになる。

酔ってしまいそうなその景色を私は――


女「好きな人いたんだ」

話しかけた先には彼女――お姉ちゃんが。

彼女は今現在、女教師として私の目の前にいる。

彼女も彼女で私から体を背け、とろんと頬を上気させ熱びた目で景色を見ていた。


女「そっか……そうだよね、男がいたから、帰ってこなかったんだ。私との約束反故にしたんだ」


なおも何も言わないお姉ちゃん。


女「あはは、そりゃそうか。私より好きな人をとるのは当たり前か、はは……」

ふいにお姉ちゃんがこちらを向いた。
その顔は冷めたものに変わっていた。

「―――、―――?」


女「――っ」


お姉ちゃんが何事か呟く。
虚ろな視線をこちらに向けて。

その呟きを理解することを頭は拒否しようとしたが、しかしけれどもそんなわけにはいかない。

その言葉の意味を理解した瞬間、万華鏡がぐるぐると高速で回転しだした。

幾億と姿を変えるそれ。
色とりどりの世界から次第に色が薄れ始めた。

急速に灰色になっていく視界。
そんな世界から切り離されたように色を保ったお姉ちゃんはそこにいる。

ああ……あああ、灰色になって世界に溶け込んでいく私。

徐々に色を失う私は、それでもお姉ちゃんから目を離さなかった。

未だにニコリとも笑わないお姉ちゃんの顔はやっぱり綺麗で。


女「――……はぁ……」


その顔を見てるとさっきの呟きが思い起こされた。

体から力が抜けた。
その場にへたりこんだ。

顔を伏せ、すっかり色を失った味気のない地面を見つめる。

脳裏には、面影はあるが記憶とは違う大人の女性が。

よもや知らない女性だ。
なにせ今の彼女のことをほとんど知らないのだから。
見た目も、中身も。

彼女は、初恋の人じゃない。
変わってしまっている。

そんな彼女の呟き。


「あなた、だれ?」


あんたが誰だよ。



色のない万華鏡のなんとつまらないこと。

ついには視界が真っ黒になった。
お姉ちゃんはもう見えない。自分も見えない。

………………。
…………。
……。


目が覚めると、そこは知らない場所だった。
ベッドの上からおずおずと体を起こす。

辺りを見渡すと他にもベッドがあった、三台も。
それぞれベッドの周りにテレビがある。というかテレビぐらいしか特筆すべきことがない。

ベッド四台にテレビも四つ、あと私。
窓もあるっぽいが、カーテンが閉められていて、外の景色は分からない。
基本は白を基調にした部屋。
さっき見た気色悪い夢に比べたら大分落ち着く場所だ。

あと特筆すべきことは、そうだな……私の腕から管が延びていることくらいか。
その管は吊られている液体の入った袋に繋がっていた。


女「はぁ……」

思わずついたため息。
心の整理がつかない。

だが、一つだけ分かったことがある。

女「失恋……しちゃったな……」



ふいに引き戸のドアががらがらと音をたてて開いた。

入ってきたのは母だった。


女「あ、おかあさん、おはよう……になるのかな」


母「…………」


母は無言で近づいてきた。


母「……はあ――ッ!!」

私の目の前に立つとおもむろに手を振り上げた。


女「うごぁ――!!」

メゴっと鈍い音が響く。

母に頬を殴られた▼

私に300のダメージ▼


母「ふん――!」


女「ふべラァっ!!」


ツイゲキをくらった▼
カイシンのイチゲキ▼
51000のダメージ▼


女「ちょっ、ちょっと――ストップ、ストップストップ、ストーーップ!!」

女「なんでわたし、殴られてんの!?」


尚も手を休めようとはしない母の腕をつかんでなんとか制し、対話を試みる。

暴力ダメ、絶対だ。暴力追放だ。暴力を私は許しません、だ。

今こそガンジー先生のガンジーイズムを持ち上げるとき。
人は話し合うことでしか理解しあえないんだよ!?

母「あんた、ぬけぬけとよく言えるわね」

母「こっちはどれだけ心配したと――」


女「いやいや、私いまどんな状況かわかってないの! 眠ってる人が突然サバンナに投げ出されて家に帰れると思う? 答えはノーだね!」

意味不明な例え話が功を奏したのだろう。
掴んでいた腕から力が抜けた。


母「……あなた、三日間寝たきりだったのよ」


女「はあ?! 三日!?」


母「そう三日間。……あなたどこまで覚えてるの?」


女「え……? 雨のなか歩いて帰って……あれ?」

おかしい。歩いて帰れる距離じゃないぞ。だけど電車に乗った記憶もない。


女「まさか……」


母はそんな私を見て一息つくと言った。


母「あなた雨のなか倒れたのよ。見つかるのがあと三十分遅かったらもうここにはいなかったかもしれないって……」


女「……まじすか」


母「……そんなことで嘘つかないわよ」

母「肺炎にもなるし、ものが食べれないから点滴だし、助からないかもってお医者さんにも言われて」

母「もう、貴方しかいないのよ、私に、家族は」

母「バカなことしないでよ……」


女「お母さん……」


母「女……」


抱き締められた。
久しぶりの抱擁は温かく、頬に走る痛みを許してあげようという気になった。

心配かけた私が悪かった。

だから、お母さんの目から溢れたものは見なかったことにした。


女「ごめんなさい」

返事の代わりにきつく抱き締められた。

私は抵抗することなくしばらくそのままでいた。




見舞いには何人かきた。

といっても私の交遊関係の狭さたるやレゴ〇ンドがごとくなので、ほんとに数人しか来なかったが……。

見舞いにきた人を数えるのに片手だけあれば事足りる。むしろ余った。


最初にきたのは先生だった。
お姉ちゃん一人だ。


女教師「大丈夫?」


女「久しぶりに会った第一声がそれですか?」


女教師「……もう意地悪言うのはやめなさい。ほかに何て言うのよ」


女「ああぁん、かわいい女ちゃん……目が覚めてないならキスして起こしてあげるわよ、お姫様みたいに。ピスピス――とか」

ダブルピースで言ってみた。
若干白目を剥いて。


女教師「……」


あ、引いてる。
おかしいな昔のお姉ちゃんならこれくらい余裕綽々で言ってたんだけどな。


女教師「……何て言うか、変わったね、女ちゃん。昔はそんなこと言う子じゃなかったのに……」

女「むしろ、お姉ちゃんが言いそうだと思ったけど」

女教師「やめて、黒歴史!!」


そう言い合って二人で笑った。

笑うお姉ちゃんを見て、ああ、ほんとにこの人は変わったんだなと思った。


その後、学校関連の話をして帰った。
また来るそうだ。

自然に笑えていたと思う。

今度来たときは多分、なんで雨のなか傘も指さずに倒れるまで歩いたのか聞かれるんじゃないかと思う。

そのとき上手く笑える自信はない。



次にきたのは、先輩だった。


女「学校どうしたんですか?」


ギャル「おや、三日間も寝てたら曜日感覚なくなるんだ、新発見」


女「すみません。先輩のことだから補習で土曜日も学校なのかと思いこんでまして」


ギャル「失礼極まりないなぁ……これでも優等生よ、私。学年で三本指に入るくらいには。……ん、三本指? ちょうどあなたの友達の数と同じね」


女「失礼ですね。お嬢様だけですよ、友達は」


ギャル「あら悲惨」


女「ほっとけ」


鉄を打つような会話の応酬。
悪くはなかった。


ギャル「で、あとどれくらい入院するの」


女「二週間。ずっと点滴だったうえに、肺炎にもなって体力落ちてるから、その様子見で」


ギャル「確かに痩せたもんね。ガリガリちゃんだ」


女「言うほどそこまでガリじゃないんで、そのラクトアイスみたいなあだ名浸透させないでくださいね」


ギャル「ぶっぶー、ガリガリくんはラクトアイスじゃなくて氷菓でした」


女「うるせぇ」


何が面白かったのか先輩はコロコロと笑った。

その様子を見て、はぁ……とため息をつく。
だけど前に比べれば彼女との会話に苛立たなくなった。

むしろ……。


いや、むしろなんだ。
そこまで気を許したわけじゃないぞ。
否定するためぶんぶんと頭をふる。


ギャル「……」

そんな私を不審げに見る先輩に気づいて、こほんと咳払い。


ギャル「まあ、元気そうで良かった良かった。何日間か面会謝絶で心配したけど、大丈夫そうで安心」


女「先輩以外のおかげさまで……あれ? 何日間か……? それ知ってるってことは先輩、会えるか分からないのに連日見舞いにきたんですか?」


私の問いに先輩ははっとした……ように見えた。ついで顔がぼっと赤くなり、おもむろに立ち上がるとドアに手をかけて言った。

ギャル「今回のこと、悪いことしたって思う。ごめん。……あと……」

ギャル「あなたの友達の二本指に入ったから!!」


それだけいうと先輩はそそくさと病室を出た。


……なんというか、素直じゃない人だ。
ま、私が言えたことじゃないけど。

そうして私に友達が一人増えた。


最後はお嬢様。大トリだ。ジャンプで言えばピューと吹くジャガー。もう大分前に連載終了したけどね。

時刻は夕方近い。
もう一時間もすれば面会終了時間だ。

がらがらと音をたててドアが開く。

文庫本から顔をあげ、音のした方を見やる。


そこにはドアとの隙間から覗き見るようにこちらを窺うお嬢様の姿があった。


女「どしたの、お嬢様」


お嬢様「い、いえいえ……そ、その、お気に、お気になさらずに」


女「いや、気になるから」


私は手にした文庫本をおくと、ちょいちょいと手招きした。

それを見たお嬢様は諦めたようにドアを引くと、中にはいり、私の横にある丸椅子に腰かけた。


お嬢様「ひ、ひとり……なんだね」


女「そうだね。四人部屋だけど誰もいないから貸し切り状態。親も仕事に行っちゃって、見舞いに来たのもこれで三人目。暇で暇でしょうがないね」


お嬢様「そ、なんだ……」


それきり黙ってしまう。

開いた窓から風が吹き込みカーテンを揺らす。

秒針がかちりかちりとなる音がやけに大きく感じた。


お嬢様は何も言わない。
私も何も言わない。


ときおりお嬢様はちらちらと窺うように私を見るも目が会うたびにばっと勢い良く下を向いた。
ということを先程から繰り返している。

こうもあからさまな態度をとられると嫌でも察せられてしまう。
あ、こいつ何か言いたいことがあるな、と。

しょうがない。こっちから切り出すか。

女「お嬢さ――」


お嬢様「あの――」


なんて思ったらお嬢様も同時に口を開いた。


女「なにか話したそうにしてたから話しかけただけだから、どうぞ話して」


お嬢様「う……うん、あ、あのね――ギャル先輩と、話をしたの」


お嬢様「あ、あのね、わたし、女が倒れたのは、その……先輩のせいだと思ったの」

お嬢様「だから――」

そう言ってたどたどしくも語られるお嬢様の言葉に耳を傾けた。


………………
…………
……



昨日から続いた雨はまだ上がりません。

重くのしかかるような雲は、まるで世界に蓋をしているようで、息が詰まってしまいそうになります。


こんな話があるのをご存じでしょうか。

その話をしてくれたのは、私の叔母。
酔ったあの人はよく与太話をしてくれました。
まるで天に蓋をするような曇天を見て思い出したこの話もその一つ。


複数のロブスターを生きたまま蒸し焼きにするとき、オスの場合は蓋の上にさらに重りをのせるそうです。
それは、なんとただ蓋を乗せただけでは出てきてしまうから。
オスのロブスターは個よりも種を尊重するため、自分の身を踏み台にして犠牲にしてでも、仲間が助かる方を選ぶそうです。


じゃあメスは?

私はその話を聞いたとき、そう思いました。


そのことを叔母に伝えたところ、ひひひっと薄気味悪い笑い声をあげて言いました。


メスのロブスターは互いの足を引っ張りあう。
自分が助からないなら他のやつらも助からないように邪魔をする。
結果全員蒸し殺しさね。

語り終え、なおもひひひっと薄気味悪く笑う叔母。


その話を聞いて私は恐ろしくなってしまいました。

叔母の語る姿におぞましいものを感じたからというのもありますが、それだけではありません。
ですが、当時の私はその恐ろしさを言葉にできませんでした。なんと言っていいか分からなかったんです。
ただただおぞましく、悲しくもなったんです。
だから泣くことしかできなくて……。


今なら、その恐ろしさの正体が分かる気がします。

そのロブスター同士は仲が良かったのではないかと、思ったんです。
なんでかは分かりません。
でもそのロブスターたちはきっと互いのことを思いあってたと、そう思ったんです。

大切だと思った。だからこそその人と離れてしまわないように押さえつけたんです。
執着、と言うのでしょうか。
自分の近くに置いておきたかったんじゃないでしょうか。
その場にいてはいづれ死んでしまうとしても。
死ぬ間際まで逃げないように二人は互いに邪魔をして、最後の時まで一緒にいたんです。

他人のものになるくらいなら、手の届かないどこかにいってしまうくらいなら、いっそのこと殺してしまおう。一緒に死んでしまおう。
そんな思いがあったんじゃないかって思うんです。



もう一度、空を見ました。
やっぱりそこには重々しい雲の蓋が。


ふと、思いました。
大切な人と最後の瞬間までいられたのなら、それはとても素敵なことなのではないかと。

ついでこうも思いました。
オスのロブスターみたいに他の全てを蹴落として蓋の上に出たところで、一人で見る空は物悲しいだけなのではないかと。


ギャル「あ――」


上級生の教室が立ち並ぶフロアに足を向け、やっと見つけた目当ての彼女。


「せ、せんぱい、ぃ……は、はな、話があり、っます……!」


どもりながらも勇気を出して言った言葉。

ギャル先輩はめんどくさそうに頷いた。


窓の外には蓋に覆われている景色。


私は、息苦しくて居心地の悪い世界の中でもがき続ける。
決して誰も外には出しはしない。



「お、んなが、たおれました。がっこ、きてないです」


ギャル「はあ!?」


渡り廊下に場所を変えて話を始めました。
時刻はお昼。
ちょうど昨日女と先輩が話していた場所と時間と同じ



一つ違うとすれば先輩の顔から余裕がなくなっているということでしょうか。


ギャル「それって、入院したってこと? なんで……何があった――倒れるって……ああ……」


女が倒れたと聞いて詰め寄ってきましたが、次第にその勢いは衰え、代わりに嘆くように顔を伏せました。


「……」


取り乱しているその様子から、この人は知ってるな、女が倒れる原因を、と自分の推測が正しいことを直感しました。


お嬢様「なにを、したんですか……」



ギャル「……地雷をふみぬいちゃったかなぁ……」

お嬢様「じ、らい……?」


ギャル「言っていいのかな? どうだろう、プライベートでプライバシーに関わることだからなぁ……はは」


お嬢様「……?」


ギャル「性癖の話さ」


先輩はそう言うと空を仰ぎ見ました。

性癖、と言われ一つ思い当たることがあります。


お嬢様「昨日の……」


ギャル「そう、昨日揉めたその事だねー」


先輩は嘲笑一つ浮かべると、天から目を背け、けれども私と目をあわそうとはしませんでした。

不思議、と私は思いました。
まるで先輩の浮かべた嘲笑が、先輩自身を嘲笑ってるように感じたからです。


ギャル「あの子の好きな人と、私の好きな人とが同じだったという話さ」


笑えるだろ、と先輩はその表情を崩すことなく言いました。

好きな人。
そう言われ、女がある人物と話すときにやけに嬉しそうにしていたのを思い出しました。
好きな……まさか、と。

まさか、まさか……だって、でも――

ギャル「その感じ、誰のことか分かっちゃった?」


思い出したのは、レズといわれ先輩の頬を張った女の姿。
どくんどくんと鼓動が一際強く体を打ちます。
まさかと、嫌な予感が加速しました。


ギャル「そうだよ、私と、女ちゃんは、先生のことが好きなんだ」


すぐ女から元気がなくなった理由に思い至りました。
だって――先生には婚約者がいる。


お嬢様「まっ……まってください! っだ、だって……先輩は、お、おんなと、っつき、付き合ってるって、冗談言ったじゃないですか」


それって、女の事が好きだったからじゃないのかと、仮に先輩が女の気持ち――同じ人を好きだということに気づいて嫌がらせしたのなら、それはまったく意味のないことではないのかと。

だってその場合先輩がすべきことは、女を口説き落とすことじゃなくて、女に先生のことを諦めてもらうことではないのか。


ギャル「ふふっ、そうだね、私は彼女のことを憎からず思ってるね。だから、ちょっかいをかけたんだろうね」


お嬢様「……」


先輩の言葉を聞いて思ったことは二つ。

一つは、もし、仮に、女が先輩のことを受け入れたら、それはそれで受け入れる――つまり、付き合ってたのではないかという疑い。
だってそうだ。
やけに女に親しげに接して、一線を越えるような冗談を言うあたり、思い人から女に乗り換えようとしたんじゃないかと思ったんです。

そして二つ目。
それは、互いに先に進まないように、つまり叔母の話――外に出ないよう互いにおさえつけあうロブスターの話をなぞっているのではないか、という疑い。
もちろん私の叔母と先輩に面識はありません。
たまたまの偶然、似たようなことになったのだと思いましたが、それでも引っ掛かりました。


誰にも教えられず、その考えにたどり着いたのなら、先輩は――


お嬢様「……先輩は、どう、なりたいんですか……?」


ギャル「……自分でも分かんなくなっちゃった」

ギャル「昔はさ、こうなりたい理想の自分っていうのが、確かにあってさ――」

ギャル「憧れもあって、羨ましくて、だから変わりたくて――」

ギャル「でも、望んだ自分になるのは難しいことだって気づいちゃったんだ」


私に向けれた言葉じゃないのは見てとれました。だって先輩の瞳は私を写していなかったんですもの。

遠くを見るような遠い視線はまるで、自分に言い聞かせているよう――自分に無理だから諦めろと言っているように見えて仕方がなかったんです。

そのとき、ああ、そうかと疑問が府に落ちました。

先輩は諦めたんだ、と。

諦めて、妥協して、だから自分より弱い女を選ぼうとしたんだ、と。



ギャル「女ちゃん、どこの病院にいるか分かる?」


お嬢様「ぉ、女の、ところ、行って、どうするんですか……?」


ギャル「どうしようね。取り敢えず謝らないとね」


お嬢様「ど、どこにいるかは、しってます。でも……」


ギャル「でも……なに?」


お嬢様「いまの、あなたは、会わせられない」


ギャル「……だろうね」


お嬢様「わ……私は、女も、先輩も、先生も、みんな幸せに、なんて言えない」


お嬢様「女は私を助けてくれた! 私と友達になってくれた!」


助けてくれたからこそ、私も女のことを助けたい。
だって彼女は、自分で言うのも何だが箱入りの私にとって初めての友達だから。

極論その過程で誰が傷つこうが関知はしません。

それだけ女の事が大切なんです。

特別なんです。女しかいないんです。
だから、私はこの薄暗い蓋の下で女のためにのたうち回るんです。
私から離されないように、私から離れていってしまわないように。

だから、

お嬢様「だから、先輩! 女と友達になってください!」


ギャル「は?」

今だ。
理解できないとすっとんきょうな声をあげた今がチャンス。
呆けた先輩に畳み掛けます。


お嬢様「先輩は弱い自分を見せても良い相手を探してたんです!」


ギャル「突然なにいって……?」


お嬢様「疲れてたんですよ先輩は。誰かに好かれるために演技することに」

お嬢様「だから先輩は自分と同じところがあって、なおかつ自分のことを受け入れてくれる人を望んだ」

お嬢様「先輩がほしかったのは憧れの初恋でも、妥協の恋人でもない――自分のことを理解してくれる友達です!」


だからこそ先輩の学校での立ち位置を知らない人を望んだ。
弱味を見せても大丈夫。だって先輩のことを知らないから。
もしそういうところをみせてもこの人はそういう人なんだなですませられる人。

――自分に期待を持っていない人を先輩は望んだ。


いつの間にか張った糸のような緊張はたゆんでいた。
代わりにその糸は一本一本増えてこよられ太い糸に。

それは当然、女を――初めての友達を守るため。
そしてこの重苦しい蓋の下を彼女と一緒に生きるために。

不安はあります、暴力を振るわれるかもしれないと恐怖もあります。

それでも女のために。
飄々としてコミカル、愛嬌がある彼女の顔を思い出すと、自然と湧いてくる勇気。

彼女のため、そんな大義が私に力をくれる。


ギャル「……分かったようにいうね」


お嬢様「見てればわかります。そのせいで女は傷ついたんだから」


ギャル「……あの子が傷ついたのは自業自得というところもあるんじゃないかな」


お嬢様「かもしれません」


私は一歩も引きません。


お嬢様「私は女に立ち直ってほしいんです」

お嬢様「女のことが好きだから」

偽りのない私の気持ち。


ギャル「……」


先輩はなにも言いません。
ただ空を仰ぎ見ました。私にはその様は祈ってるように見えて……


ギャル「馬鹿みたい」

なんてぽつりと言っただけでした。
それきりうつむいてしまい、足は校舎へと。


お嬢様「せ、先輩……」


ギャル「そうだね、君の言う通りだ」

ギャル「私は、疲れてたんだろうね……」

ギャル「だから、あの子のことを求めた」

ギャル「本音を本音で隠して、傷つけて、振り回して、それであの子のことが手に入ると思ってた」


ギャル「……今だから言うけどね、女ちゃんとはもっと仲良くできると思ってた。だって、私たち鏡合わせみたいなんだもん」

お嬢様「それは……」

ギャル「そうだよ、たぶんそう。……散々、ご高説垂れてくれた君には悪いけど、真実はもっと単純――」

私の横を通りすぎる。
その顔は何を思ったのか、諦めに似た……けれど決して諦めではない――しいていえば受容したというのでしょうか。
ともかく、ある種のスッキリとした表情を浮かべていました。


ギャル「私は、女ちゃんに惹かれてたんだ」


歩みを止めることのない背を見送った。


お嬢様「あ……」

と、そこで忘れていたことがひとつ。

お嬢様「せ、先輩! 女の入院してる病院言ってない!」

ギャル「……カッコつかないなぁ」

先輩は困ったようにぼやいたのでした。

………………。
…………。
……。



語られた内容に、驚きを隠せなかった。
まさか、先輩がこんなにも聞き分けがいいと思わなかったから。

女「よくもまあ……」

大立回りをしたもので。
いつもの彼女からは想像もつかないアグレッシブさ。

なにが彼女を突き動かしたのか、何て言うのは野暮だろう。
それほどまでに私のことを思ってくれているのだ。
ちょっと照れ臭ったりする。

女「ギャル先輩来たよ。……友達になった」

お嬢様「そうですか……よかった」

お嬢様はそれきり黙りこくる。
もともと彼女はおしゃべりが得意という訳ではない。
無理に話さなくても良いと、普段ならこの沈黙の中に居心地のよさを見いだすのだが、今日に限ってはそうはいかない。

女「……聞いたんだよね、私の好きだった人の話」

お嬢様「……はい」

先程お嬢様の口から語られた言葉。
その中で見事ギャル先輩は私の性癖を暴露してくれやがった。

できれば知られたくなかったこと。
ぶっちゃければ私は同性愛者ということに引目を感じている。
なにせ初恋が初恋だ。中学生の頃、恋バナをしていて周りと話が合わないなと常々感じていた。
やれイケメンの俳優が好き、やれイケイケなアイドルが素敵……等々、そう言われてもいまいちピンとこなかった。
どちらかと言えば可愛らしいアイドルや、麗しい女優に食指が動いたのだが、表には出すことは決してしない。
自分がおかしいと思っているから。
世間から見たら違うことを秘めている。それは隠し通さなくてはいけない。
なぜならば、排斥されるから。
出る杭は打たれるとは良くいったものだ。

他者と違う。
それだけで、周りから外れ、滅多うちにされる。
世界はそうできているのだ、とは今まで生きてきて自ずと学んだこと。


だから、困る。
お嬢様は、いい娘だ。
私なんかのために体を張ってくれた。
だけど、その結果、守ったのは世間から外れるマイノリティ女だと知ってしまった。

あんまりではないか。
お嬢様は出る杭の代わりに打たれようとしてくれたのに、これじゃあ報われない。

……いや、綺麗事は止めよう。お嬢様のことを憐れんでいるのではない。

困るのだ、私は。
困ってる。

優しいお嬢様のことだ。
こんな私でも拒絶はしないだろう。
でも、色物を見る目――展示されている何を表現しているのか理解不能な絵画を見るときと同じ視線を向けてくるに違いない。
それが、嫌だ。嫌なのだ。


女「……気持ち悪いよね」

やっとのことで口を開いて出た言葉はそれだった。
他になんと言えばいいのかわからなかった。卑下することでしか自分を守れなかった。

このあと、お嬢様が何て言うかは大体想像つく。

そんなことないよ、と否定はせず、けれど逃げるように今日は解散。後日、そこにはよそよそしくなったお嬢様がいるのだ。

お嬢様「き、気持ち悪くないよ」

医療器具を乗せる台車だろう。遠く、からからとタイヤの回る音が聞こえる。近づきながら空しく回るその音はドアの向こうで通りすぎた。

女「…………」

お嬢様は落ち着きが無さそうに視線をあちこちに向けている様に、何か言いたいのだと察した。
同時に抱いたのは失望。
やっぱりか、という虚ろな感傷。

――やっぱり、想像通り、思った通り。

困ったなぁ、お嬢様には嫌われたくなかったんだけどなぁ……。


そんな諦めにも似た境地の私へ、お嬢様は爆弾を投げつけた。

お嬢様「き、気持ちわるい、なんて思わないよ――だ、だってっ、わ、わた、私はっ! わたしは、女のことが好きだから」


女「……嘘だろ」

予想外のセンテンス。
そのあまりの威力に足元が吹き飛ぶような錯覚を受けた。



女「……確認するけど、友達としての好きだよね……」


お嬢様「……そういう好きもあります」

お嬢様「けど、女を誰かに取られたくない……独占したいという欲もあります。これは……きっと友情以上の気持ちです」

女「そう、なんだ……」


戸惑いは顕著に。
隠しきれないそれは挙動に出ているだろう。


お嬢様「……ごめんなさい。突然こんなこと……」

女「っ――!」

だが、こんな私でも彼女のその言葉だけは危機逃せなかった。

女「――こんなことなんて言わないでっ!」


お嬢様「お、おんな?!」

突然の大声に目をぱちくりとさせる彼女。
彼女から見たら落ち込んでいた私が突如として声をあげたのだ。
びっくりするのも無理はない。

でも、これだけは言いたかった。

女「告白を『こんなこと』なんて言っちゃ駄目!」

私自身、お姉ちゃんに告白しようとしたときに、緊張でおかしくなりそうだったから。
それを知ってるだけにお嬢様の発言は見過ごせるものではなかった。

女「お嬢様は、すごいよ……私はそれが言えなくてずっと逃げてたから……」


お嬢様「逃げてた……?」


女「うん……」

女「私ね、お姉ちゃんのこと忘れたくて、わざわざ何時間もかかるこの学校に来たの」

女「馬鹿だよね。そんなことで忘れられる訳ないのに……それに、結局再会してまた好きになっちゃって……また振られて……ほんと……」

女「馬鹿じゃないの……」

自分へと投げた嘲笑。
ここ最近の空回りし続けていた私にとってもっともお似合いな笑み。

おんなじ人を二度好きになり、告白すらせずに二度とも振られる。
まるでピエロ。
滑稽に思えて仕方がなかった。


お嬢様「でも……」

そんな私に心配そうに声をかけてくれる。
だけれど、その顔を見ることはできなかった。

自分でも自分のことを惨めだと思っている。
なのに、お嬢様――友達にまで憐れむような顔をされたら、立ち直れないんじゃないかと思うから。

女「でもも、テロもないよ」

女「馬鹿みたいに確率の低い賭けをして、案の定、惨敗。着の身着のまま逃げ出して、道端で倒れた大馬鹿者だよ私は」

おかげさまで色づいて見えた世界が、色褪せて見える。
恋をしているときは綺麗に見えたのに、今では息をするのもしんどい。


女「……そういうことだから」

時計をちらりと見やると、面会終了時間まで十分を切っていた。
ここらへんで切り上げるのが一番だ。

あとは寝て起きて調子を調えて、それで学校に行って私はおしまい。

幸いなことに告白はしてないから、気まずい雰囲気にはならないと思う。
このまま気持ちを捨てて、お姉ちゃんのいる学校に通って三年間を空費する。

それで充分。今はまだ、しんどさもあるけれど、きっと時間が癒してくれると信じて。

一刻も早く忘れるために、癒すために。
こんな自分に別れを告げよう――


女「お嬢様、今日は来てくれてありかとうね。さよな――」

ら。

お嬢様「ば、馬鹿なんかじゃありませんっ!!」

別れの言葉は途中で途切れた。
妨げたのは、湯の沸いたヤカンを思わせるお嬢様の叫び。

堰を切ったようなその声に、面くらい何も言うことができなかった。

お嬢様「女は素敵です。素晴らしい人です。決して馬鹿なんかじゃありません!」

お嬢様「なんでそれが分からないんですか……」

悲痛な叫び。
彼女はまっすぐ濁りのない目で私を見据える。

女「そんな人じゃないよ、私は」

純粋無垢な、日の光を思わせるその目に、私は耐えきれなくなって目を伏せた。
彼女の視線に晒されているとまるで、私の汚い部分を突きつけられているような気になった。


お嬢様「……女は、もっと周りの人を見るべきです」

女「は――?」

その言葉が逆鱗に触れた。

萎えていた心に渇が入った。
なにが、言うに事欠いて周りを見ろだ。まるで私が自分勝手みたいに言いやがって。

女「――私はね! これ以上迷惑にならないように、お姉ちゃんを諦めるの! 大体、教師と生徒なんて初めから上手くいくわけなかったんだよ! 世間のことも、お姉ちゃんのことも考えて、もう止めるの!」

お嬢様「違うんです。そういうことが言いたいんじゃないんです!」

女「だったら何? 憐れみとか同情で言ってるんだったら、もう止めてよ!!」

お嬢様「憐れみじゃないです――!」

女「だったら――」

放っておいてよ! 
そう言おうとしたが、続けることは叶わなかった。

だって、見てしまったから。
思わずぎょっとしてしまう。

それは――

お嬢様「友達だから……」

涙だった。

お嬢様「女ばかりが、悪いわけないんです。……それなのに、女は自分だけが悪いみたいに言って……もっと他の人の不満言ってください……女は悪い子なんかじゃありません……」

女「……お嬢様」

お嬢様「好きなんです、女のことが……」

お嬢様「あなたのことを馬鹿にされると悲しくなるんです。それが例え、女自身が言ったとしても……」


雫をぽろりぽろりと溢しながら、懸命に言う姿に、はっと我にかえった。
私は何をしてたんだ。

急いで、ティッシュの箱を手元まで引き寄せると、数枚引き出し、お嬢様の目元を拭った。

女「大丈夫?」

ちーん、とお嬢様は鼻をかむと、落ち着いきながらも、充血した目をこちらに向けた。

お嬢様「自分のこと馬鹿っていいませんか……?」

女「うん、もう言わない」

お嬢様「人の不満、溜め込みませんか? ちゃんと言ってくれますか?」

女「うん、言うよ。お嬢様には」

お嬢様「……だったらいいです」

そう言って優しく笑ったのだ。

お嬢様「面会の時間、終わっちゃいましたね」

女「うん」

お嬢様「ここまで言っておいてなんですけど、話を聞くの明日になっちゃいますね」

女「うん。そうだね……ねえ、告白の返事だけど……」

お嬢様はそっと自身の唇に指を当てた。
それは、静かに、というジェスチャーだった。

お嬢様「今答えを聞いて、良いお返事だったら、弱ってるところに漬け込んだみたいじゃないですか」

女「……オッケーしてもらえないかもよ?」

お嬢様「だったら、尚更――」

お嬢様「私のこと好きになってもらってから返事を聞きます」

そう言って、ドアへと手をかける。

お嬢様「じゃあ、女、またね」

女「うん、またね」

手を降りながら見送るその背に、以前ではなかったものを感じた。

堂々としたその背。
自然と前に交わしたやり取りを思い出す。

女「場数、ね――」

それはお嬢様からどうやって自信をつければいいか聞かれたときのこと。
場数を踏めばいいと答えた気がする。で、ここのところで彼女が頑張る場面といったら私に絡んでいることが多かった。

というところで言うと私のために彼女は変わったんだ。

女「……」

自然、笑みが漏れる。
暖かいものが胸に広がるのを感じた。

………………。
…………。
……。


ギャル「へぇー、ってことは私にもワンチャンあるんじゃね」

女「馬鹿なこと言わないでください。お友だちのギャル先輩」

 倒れてから二週間後、私は無事退院し、学校へと通っていた。

 今は昼放課。
 私と、お嬢様と、この目の前にいる軽薄という字が人の皮を着こなしているかのような女と一緒にお弁当をつついていた。

 ちなみにお弁当はお嬢様お手製のものだ。例のお重だ。
 作ってきてくれるのはありがたいのだが、いかんせん量が多い。
 時間内に消費できるよう箸を動かしながら、会話を続ける。

お嬢様「そうですよ、先輩」

ギャル「ええ……君がお願いしたんでしょ。女が倒れた次の日に、女と仲良くしてくださいーって」

お嬢様「あのとき私は、女と【友達】になってくださいって言ったんです。彼女なんて一言も……」

ギャル「つまりセフr……」

女「おおっと、それ以上は口にするな、お昼時ぞ?」

お嬢様「……せふ……ってなんですか?」

女「おおっと、箱入りも程々にしとけよ、君」 

ギャル「ん、知らんか? せふ……」

 あわてて口を塞ぎ回避。

女「いわせねぇよ? ここまできてR板に移転されてたまるか」

お嬢様「……R板ってなんですか?」

女「おおっと、なんだろうね。私も知らん。口が勝手に動いた」


ギャル「で、実際のところ、女ちゃんは先生のことを諦めたけど、お嬢様ちゃんと付き合い始めた訳じゃないんでしょ」
 
女「ん。私のこと惚れさせるんだって」

お嬢様「はい、頑張ります」

ギャル「尚更私にもチャンスが……」

お嬢様「もう! なんで諦めないんですか?」

ギャル「諦めるって……こんないい女他にいないからね。……うん、迷惑にならない程度にはアピールして、私と付き合うよう仕向けよっかなって。せっかく友達になれたんだし」

女「はっ、私にだって選ぶ権利くらいあるんですよ」

ギャル「うっわ、今のは傷ついた。これでも演劇部随一の顔と、学校一の飛び抜けたトップぞ」

お嬢様「トップ……?」

ギャル「ほらほら、私の体で、一番飛び出てるとこ」

お嬢様「ああ、お腹ですか」

ギャル「はあ!? 今のは冗談でも聞き捨てならねぇ。胸だ、胸」

ギャル「涙と笑顔に並ぶ、乙女三大兵器、バストだ。ジョークでも二度と腹なんて言うんじゃねえぞ」

女「はいはい、ギャル先輩のお腹が親方なのは置いといて」

ギャル「だーかーらー」

女「まあ、実際、胸の大きい人は、服が張ってお腹が大きく見えるものですし」

ギャル「嘘でしょ?!」


 気づけば予鈴五分前となっていた。
 途中、明らかに食べるペースが落ちたギャル先輩をつつき、なんとか山のようにあった昼食を平らげることができた。

ギャル「はあ、お嬢様ちゃん、次からはこんないっぱい持ってくるの止めてね。もし次もこうだったら、残すから」

お嬢様「あはは、女の退院祝いだからって作りすぎましたね」

女「ん、ありがと」

 私はお重を洗って返そうか気をきかせたが、お嬢様はそれを丁寧に断り、風呂敷に包んだ。

 私たち三人、揃って空き教室をでる。
 と、そこで……

女教師「あら、あなたたち、もう授業始まるから早く教室にいきなよ」

女「おねえちゃん……」

女教師「あ、女ちゃんもいる。……どう調子は?」

女「お陰さまで」

 残り少ない休み時間。
 友達と話して元気を貰って、今なら丁度いいかもしれない。

女「ねえ、先生。ちょっと、今いいですか?」

女教師「いま? もう授業だし、部活前の方が……」

女「いえ、すぐ済みますんで……それに、早く言っておきたくて」

女教師「ええっと……」


ギャル「……ふぅん。じゃあ、私たちは先に教室戻るから……ほらいくよ」

お嬢様「ちょっと、先輩っ」

ギャル「いいからいいから」

お嬢様「えぇ……」

 心配そうにこちらを見ていたが観念したのか、ギャル先輩に手を引かれるまま歩き出した。

お嬢様「先行ってるからね」

 そんな二人のことを手を降りながら見送る。
 ギャル先輩も、一瞬心配そうな顔して振り向いたが、止まることはなかった。
 ……なんだかんだで、空気の読める気のきいた先輩だ。

 さてと、

女「時間もないから、手短に話すしますね」

女教師「う、うん……なんか緊張しちゃうね。こうやって女ちゃんと話したことなかったから」

女「そう、ですね。面と向かって話す機会がありませんでしたもんね」

 あるいは逃げてきた証し。

 深呼吸を一つし、切り出す。

女「正直、約束が守れないのはどうかと思います」

女教師「……ぅ、昔の約束よね。お盆の時は実家に帰るってやつ」

女「はい。……あと、約束破ったのにヘラヘラしすぎです」

女教師「……ごめんなさい」

女「あと、お気に入りの生徒だけにペットボトル差し入れたりして甘いのは、教師としてどうなんですか?」

女教師「……よくないね」


女「はい……」

女「――でも、嬉しかった」

女「再会できたこともそう。嬉しくて嬉しくて、学校に来るのが楽しみなくらい」

女教師「そっか……そっか! うんうん私も嬉しかったよ!」

女「でも、お姉ちゃんは変わってた」

女「私の知らないお姉ちゃんだった」

女「内気で、友達の作れなかった私にとって唯一だった、年上の友達」

女「それが、私にとってのお姉ちゃん。――先生、あなたでした」

女「憧れもありました、一緒にいて楽しいって思いもありました」

 目の前には真剣に話を聞いてくれているお姉ちゃんが。
 きっと、彼女は自分がこれから何を言われるかなんて欠片も想像できていないのだろう。
 それでも私の様子から大事な話だと思って、茶化したりはしてこない。

 そんな姿に逃げ出したくなる。
 だが、私はもう一人じゃない。支えてくれる友達がいる。

女「でも、一番大きかったのは、好意です」

女教師「好意……?」

女「はい――」

 心臓がバクつく。
 手が震えてしかたない。
 心がぎゅっと掴まれてる錯覚。


 でも、逃げたくない。


女「お姉ちゃん……貴方の事が好きでした」



 そうして、数年にも及ぶ長い片想いは終わりを告げた。


………………。
…………。
……。



ギャル「お、アルバム見てるの? 見して見して!」

女「はいはい、わかったから、いい大人がアルバム一つではしゃがない」

お嬢様「そうですよ。ましてやギャルは、朝ドラ主演の大女優でしょ。……その調子じゃ、外でも子供みたいにはしゃいでないか心配だわ」

ギャル「あら、日本有数の大企業。その次期社長に心配してもらえるなんて光栄の極みですわ」

女「はいはい、バカ言い合ってないで、写真見るんでしょ」


 ギャルにアルバムを押し付ける。

ギャル「私の卒業式じゃん、懐かしい」

 そう言って指差したのは桜舞う一枚の写真。
 そのなかでギャルは黒い筒を胸に抱き、涙を浮かべていた。

お嬢様「もう十年近く前になりますか」

ギャル「そうそう、このとき私の第二ボタンを二人がとりあって……」

女 お嬢様「「うそつくな!」」

ギャル「そんな秒で否定しなくても……」

女「しょうもない嘘つくからです」

女「……で、これが私たち二人の卒業式」

お嬢様「女、いい笑顔……横にいるのが先生って言うのが気に入らないけど……」

女「ちゃんとお嬢様とのツーショットもあるんだから、妬かないの」

お嬢様「まさか、先生とその後も仲良くするとは思わなかったんですけどね」

女「腐っても幼なじみだからね、まさしく腐れ縁だったわけだ」

ギャル「今でも会ってるしね。女にそんな想われる先生、ほんと妬ける」

お嬢様「同感同感」

女「だから妬かないの。会ってるって言っても、娘っちと遊ぶだけの事が多いし」

 ふぅ、ため息一つ。
 お姉ちゃんの話をするとすぐこれだ。
 これだけは学生時代から変わらない。当時から手を焼いたものだ。

 余談だが、私が昔お姉ちゃんに貰ったペンダントは今は、お姉ちゃんの娘っちが持っている。一目見て気に入ったらしかったので、あげてしまった。


女「でも、卒業してからこっち、まさか三人で一緒に住むとはねぇ。しかも破綻せず今までずっと続いてるからおどろき」

ギャル「まあ、愛し合う二人が同じ屋根の下、一緒に暮らすのは森羅万象から続く自然の摂理だろうね。……一人余分なのがいるけ
ど」

お嬢様「あら、その言葉そっくりそのまま返しますわ」

 バチバチと火花を散らす二人を見て、またため息。

女「ほんと、よく破綻しなかったものね……」

お嬢様「……女が、私とギャルのどちらが正妻で、どちらが愛人かはっきりさせれば、より安定した関係になると思いますけど?」

ギャル「そうだそうだ」


女「そうは言ってもね……二人とも大事な人だし……」

ギャル「はい、戴きましたー。みんな大好きDD発言ですー」

お嬢様「これはどっちが上か競う必要がありますね」

ギャル「そうそう、じゃ、ベッド行こうか」

女「え? 真っ昼間どころか、まだ午前中なんだけど? いくら久しぶりに三人ともオフだからって、堕落しすぎじゃない?」

お嬢様「これはしょうがありません。どちらか選べない女が悪いんです」

ギャル「あ、そうだ! 女を満足させた回数が多い方が、晩御飯、女にあーんして食べさせてもらえるってどう?」

お嬢様「のった!」

 二人はそそくさと立ち上がり、私の手を引き、立ち上がらせる。

 なんというか、まあ……

女「私にあーん、そんなしてほしい?」

お嬢様「はい、もちろん!」

ギャル「当たり前じゃん!」

 即答する二人を見て、呆れようにも……

女「バカじゃないの……」

 照れ隠しの言葉を言うので精一杯だった。


>>40-149

【女「バカじゃないの……」】 おわり

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