麻倉葉「魔法少女の叛逆・・・・・・か」 (150)

某日・某所
夜。

満月が照らす夜道を小走りでかける少女の影が一つ。

まどか(ナイトメアの数が多くて帰るのが遅くなっちゃったな……早く寝ないと明日の学校に遅刻しちゃう)

鹿目まどか。
この世界の人々の悪夢が具現化した『ナイトメア』と相対する力を持った、魔法少女。
同じく魔法少女の巴マミ、美樹さやか、佐倉杏子と協力して、この日もナイトメアを救済した。
が、この日はいつも以上にその数が多く、気が付けば間もなく日付が変わろうとしている。

ふと、広い公園の前でまどかは足を止めた。

まどか(ここの公園を通り抜ければ少しだけ近道なんだよね……)

それは、特に深い意味を持つ行動ではなかった。
距離が多少短くなるとはいえ、あくまで気休めに過ぎない程度だ。
まどかがこの公園に足を踏み入れた理由は、ただ『なんとなく』としか言えないだろう。

その選択が

「なあ、何をそんなに急いでるんだ?」

まどか「!」

一人の少年との、最初の出会いを導くこととなる。


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まどか「えっ……あの、私……ですよね?」

「ああ」

まどか「…………」

公園のベンチに座っているその少年は、一言で表せば『奇妙』だった。
学生服のワイシャツをボタン一つ留めず直に身に纏い、足元はサンダル履き。
頭に付けた大きなヘッドホンと、胸元の三本爪をかたどった首飾りが一際目を引く。

まどか(どうして……こんな時間に一人で公園にいるんだろう……?)

背丈や顔立ちから察するに……自分と同年代だろうか。

まどか「えっと……もう夜も遅いし、明日も朝から起きなくちゃいけないから……」

「そっか。それはすまんかったな、急いでるのに呼び止めちまって」

まどか「…………」

まどか「あの、あなたはどうしてこんな時間に?」

深夜、見も知らない他人からいきなり声を掛けられれば、それが同年代であろうと警戒するだろう。
その人物が奇抜な格好をしていれば尚更のことだ。

だが、それでも目の前の少年が危険だとは到底思えない。
月明かりに照らされる柔らかな表情、出で立ち、佇まい……

それらが折なって醸し出す、特有の『ユルさ』を感じられるからだろうか。

「オイラは……星を眺めてた」

まどか「星を……?」

「ああ、この公園の周りには高い建物がねえからな。綺麗な星がよく見えるんよ」

少年の言葉に、まどかは空を見上げる。

「ほんとだ……よく見える」

満天の星空。
そんな表現がよく当てはまる、少し手を伸ばせば流れる星を掴めそうなほどに明るい空だった。
この町の星空はいつも目にしているはずなのに、気分を落ち着けて見るのはずいぶんと久しぶりな気がする。
そして、この綺麗な空を見ることのできるこの町を守っているのは魔法少女である自分たちだと考えると
少し心が温かくなった。

…………
どれだけの間、星を見ていたのだろう。
公園に置かれた時計台に目をやると

まどか「こ、こんな時間になっちゃった! わ、私もう帰らないと!」

そう言ってまどかは去り際に少しだけ頭を下げ、そして家へと走り出す。背後からは

「転ばねえように気を付けて帰れよー」

焦る少女とは対照的な、どこまでもユルい声が聞こえてきた。

――――
翌日・朝

まどか「…………」

まどか「ふわ……もう朝かぁ……」

公園で星を見た後のことは、昨日のことなのによく覚えていなかった。

まどか「もしかして夢だったのかな……あの公園の出来事は」

あの遅い時間にあんな格好をした少年が、何の用もなく一人で公園にいるだろうか。
後から考えれば、何かおかしい気もする。

まどか「でも……夢でもいいかな、あんな綺麗な星を見られたんだから」

不思議な夢だったかもしれないが、それでも決して悪いものではない……どことなく、気分が良くなる夢だった。

知久「おはようまどか、さっそくで悪いけどママを起こしてきてくれるかい?」

まどか「はーい!」

今日もまた、一日が始まる。

――――
学校

早乙女「世界終末の日は刻一刻と迫ってきているのです! 人類滅亡を示したノストラダムスの予言は、まだ続いているのです!」

早乙女「でも、先生思うんです……この終わりを迎える世界は実のところ、誰かの夢なんじゃないかって……うふふふ」

まどかのクラス担任である早乙女は、ホームルームで熱弁する。
ヒステリックに、自嘲気味に、時には破滅を望む悪魔のように。

杏子『あーあー、なんだか荒れてんなー今日も』

さやか『彼氏に振られてからずっとあの調子……しかも日が経つごとに重症化してる気がするけど大丈夫なのかな、先生』

早乙女の様子に二人は半ば呆れ笑いを浮かべながら、ソウルジェムを介して会話をしていた。

早乙女「は……そういえば、今日は皆さんに転校生を紹介しないと!」

思いの丈をホームルームでの講義という形で発散し、ふと我に返った後

早乙女「それじゃ暁美さん、いらっしゃい!」

教師に促されて入ってきたのは

ほむら「暁美ほむらです。みなさん、よろしくお願いします」

黒い長髪の三つ編みが目を引く、眼鏡をかけた可愛らしい少女だった。

杏子『おーおー、すげー人気になりそうだなこりゃ!』

早乙女「暁美さんは今まで心臓の病気で入院していたので、久しぶりの学校生活に戸惑うことも……」

ほむら「…………」

早乙女の紹介の最中、ほむらが左手で前髪を直した時

さやか『えっ!』

魔法少女たちは、彼女の指に光る指輪を見逃さなかった。

杏子『ソウルジェム!?』

まどか『じゃあ……あの子も魔法少女……!?』

早乙女「……以上で、暁美さんの紹介は終わりですね。次は……」

杏子『ぶったまげたなこりゃ……これだけの魔法少女が同じクラスになるなんて普通ありえねーぞ?』

さやか『とりあえず、マミさんにも加わってもらって一度みんなで話をしないとね』

まどか「…………」

転校生が魔法少女。
きっと、これからのナイトメア退治に彼女も参加することになるのだろう。
どんな性格なのだろうか、仲良くやっていけるだろうか。
期待と少しの不安から、まどかがこれからの未来を頭に思い描いていたとき

早乙女「続いて麻倉葉くん、入ってきてください」

教室に入ってきた二人目の転校生は

葉「…………」

まどか「っ!」

夢で出会ったはずの少年だった。

さやか『ふ、二人目の転校生!?』

杏子『ヘッドホンつけてんぞアイツ……しかし見るからにユルそうな……』

まどか『…………』

さやか『まどか、どうかしたの?』

まどか『う、ううん……何でもないよ』

早乙女「麻倉くんは出雲から単身で上京してきているそうです。みなさん、色々と助けになってあげてくださいね」

まどか「…………」

一週間後

早乙女「結婚適齢期というものは、私たち庶民の生活実情を知らない人たちが作った言葉であり、もはや何の意味も成していな……」

早乙女が熱心に教え子へ言葉を投げかける中

まどか『ほむらちゃんとの連携も上手く取れるようになってきたね!』

杏子『ほんと、時間を止められるなんてすげー能力だよな。こりゃこれからのナイトメア退治が捗るってもんだ!』

さやか『調子に乗るんじゃないの。ちょっとでも連携を間違えたら、あたしたちだって怪我をするかもしれないんだから』

ほむら『あの、私はその……まだまだ未熟ですから』

杏子「謙遜するなっての! それに、何か分からないことがあるなら教えてやるからさ!」

魔法少女たちによる、ソウルジェムを介した話し合いに花が咲いていた。

杏子『しっかし、もう一人の転校生も別な意味ですげーよな。ここ一週間、学校じゃほとんど寝てるんだからさ』

杏子の言葉にふと、もう一人の転校生である麻倉葉のほうを見る。
窓際の席で頬杖をつく彼は授業を聞いている様子はなく、温かい午後の陽を受けながら前後に舟を漕いでいた。

さやか『なんていうか、ちょっと変わってるよね。個性的というか』

杏子『ヘッドホン付けてサンダルで学校に来てんのに、『ちょっと』ねぇ。ま、悪いやつじゃなさそうだけどさ』

まどか『…………』

ほむら『まどか、どうしたの?』

まどか『う、ううん……なんでもない』

転校初日の前夜、公園での記憶が蘇る。
あの夜、あの場にいたのは間違いなく彼だった。あの特徴的な外見と雰囲気を忘れるはずもない。

が、転校してきてからというもの、彼は自分へ話しかけてくることはなかった。
もしも彼が少しでも自分のことを覚えていたら、きっと向こうから声を掛けてくるだろう。
初めて会ったあの夜、顔も名前も知らない自分を呼び止めるくらいだったのだから。

それをしないということは、彼が自分に気づいていないか、それとも意図的に声を掛けていないのか。
どちらにしても、こちらから話し掛けるのは少し気が引ける。

まどか(どこかで、お話しするきっかけがあればいいな)

一旦ここまでで切ります
なるべく毎日来ます

――――

ナイトメア結界内

さやか「二人とも遅い!」

まどか「ごめんね、さやかちゃん!」

ほむら「きゅ、急だったから時間がかかってしまって……」

ビルの屋上には五人の魔法少女に加えて

ベベ「マスカルポーネ! マスカルポーネ!」

マミのパートナーにして、魔法少女たちのマスコットでもあるベベの姿があった。

杏子「うしっ! 全員集まったことだし、今日もさっさと終わらせちまおうぜ!」

さやか「まどか、準備できてる?」

まどか「うん、大丈夫だよ! ほむらちゃんは?」

ほむら「わ、私も!」

マミ「みんなばっちりね……それじゃあ、行きましょう!」

全員の準備が整っていることを確認し、標的のナイトメアを改めて目視した時だった。

マミ「ま、待って! ナイトメアの近くに人がいるわ!」

杏子「はあっ!?」

マミの指差した先、自分たちのいる場所から建物を二つ挟んだビルの屋上に一つの後ろ姿が見て取れた。
自分たちよりも遥かにナイトメアに近い位置に。

さやか「な、なんで結界内に人が!?」

杏子「おい、やばいぞ! あれじゃナイトメアに……」

遅かった。

ナイトメアは既に標的を察知し、攻撃を仕掛けてしまっていた。
それは人々の悪夢が具現化し、町や人々に害を為す異形の存在。
魔法少女ではない、一般人がその攻撃を受ければどうなるか……

マミ「暁美さん! 時間を!」

ほむら「あっ……!」

咄嗟、マミがほむらに指示を送る。

しかし、魔法少女としてこの町に来たばかりであり、戦いの経験も少ないほむらは即座に動くことが出来なかった。
彼女が能力を発動しようとした時には、既にビルの屋上はナイトメアの攻撃によって爆破されていた。

杏子「くそっ!」

自身への悪態と同時、いち早く杏子は粉塵の舞い上がるビルに駆ける。
この町でナイトメア退治を始めてから、どれだけ経っただろう。

正確には思い出せないが、決して少なくない場数を踏んできたはずだ。
その中で仲間との連携も習熟し、最近では、ほむらという新たな仲間も加わった。
故に、自分がナイトメアに不覚を取るなど想像もしていなかった。

杏子(馬鹿かあたしは!)

自分は、ナイトメアから人々を守る存在。
役目は敵を『倒す』ことではなく、『守る』こと……それを見失っていたのは、言い訳のきかない慢心だった。
後悔と自責の中、これ以上の攻撃を防ぐべく杏子は跳ぶ。

四人の魔法少女たちもそれに続いて動いていた。

その時だった。

「阿弥陀流――――」

その場の全員に理解の及ばない、不思議なことが起こったのは。

まどか「えっ……?」

一瞬だった。

ビルの屋上に立ちこめる大量の粉塵が吹き飛び

「真空仏陀斬り!」

その中に立つ者がナイトメアに反撃を仕掛けるまで。

杏子「なっ……なんだよアイツ」

後ろ姿しか見えないが、察するに自分たちと同年代の少年。
彼は一つの掛け声と共に、刀を空で強く振った。
同時、三日月状の形をした衝撃波が刀の先から発生し、一直線にナイトメアへと飛んでいく。

ナイトメア『――っ!!』

一撃は僅かに外れたものの、ナイトメアを動揺させるには十分だった。
人の言葉ではない規制を挙げながら、一目散にその場から逃げ去っていく。

「…………」

しかし、逃げるナイトメアを追う者は誰一人としていなかった。
呆然と状況を見つめるだけの魔法少女たちの方に少年は振り返り


葉「よっ!」

ユルい笑いと共に、短くそう挨拶をした。

さやか「て、転校生!?」

まどか「あ、麻倉葉くん……?」

葉「おお、覚えててくれたんだな。忘れられてたらどうしようかと思ったぞ」

驚愕する二人とは対照的な、いつも通りの雰囲気だった。

マミ「彼は……みんなの知り合い?」

さやか「し、知り合いというか……あたしたちのクラスに、ほむらと一緒の時期に転校してきたクラスメートで……」

葉「初めましてだな。オイラは麻倉葉、これからよろしくな」

マミ「えっ、あっ……こ、こちらこそ」

ナイトメアの結界内に一般人が侵入し、あまつさえ攻撃を受けたという切迫した状況にも拘らず
葉につられて、マミは思わず頭を下げてしまった。

杏子「……お前、怪我はないのかよ?」

訝しげな表情で杏子が訪ねる。
コンクリートで作られたビルの屋上が割れるほどの攻撃を、間違いなく受けていたはずだ。
しかし、目の前のクラスメートには傷一つ見られない。

葉「ああ、オイラのことなら大丈夫だ。それより、すまんかったな。今の奴、どうも逃がしちまったみたいだ」

まどか「あっ……お、追いかけないと」

さやか「で、でも……この状況じゃ」

ナイトメアの攻撃を受けてなお無傷である、突如として現れた麻倉葉という謎の存在。
敵意は感じられないとはいえ、このまま放置しておくわけにはいかなかった。

それとナイトメア退治という責務の両者を天秤に掛け、マミが出した結論は

マミ「いえ……鹿目さんの言う通り、まずはナイトメアを退治しましょう。彼のこと、時間を取って詳しく聞くためにね」

経験を積んだ、ベテランの魔法少女らしい冷静なものだった。

――――
ナイトメア浄化後

麻倉葉を含む六人は、人気のない静かな公園へと足を運んでいた。

マミ「さすがにこの時間なら誰もいないわね、ここにしましょうか」

まどか「あっ……この公園……」

その呟きに

葉「最初に、オイラたちが話したところだな」

まどか「やっぱり……夢じゃなかったんだ」

ほむら「まどか、何の話をしているの?」

まどか「実は私、葉くんが転校してくる前の夜に、この公園でちょっとだけお話してて……」

まどかは、その夜のことをかいつまんで説明する。
たまたまの思い付きでこの公園を通ったこと。ベンチに座っていた麻倉葉が声を掛けてきたこと。
そして少しの間、一緒に星を眺めていたこと。

さやか「……えーっと、話をまとめるとだ」

さやか「まどかが偶然通った公園に偶然いた葉くんが、偶然まどかに声を掛けて、その翌日に偶然同じクラスに転校してきた……」

杏子「で、その転校生はナイトメアの攻撃を受けて無傷なだけじゃなく、反撃までできる不思議くんだったって?」

マミ「たまたま……ではないわね、間違いなく」

一つ息をつき

マミ「答えてくれるかしら、麻倉くん……一体、あなたは何者なのかしら?」

少しの猜疑心と警戒を表情に出しながら問いかけるマミに


葉「オイラはシャーマン。『あの世とこの世を結ぶ者』だ」

敵意のない柔らかな笑みと共に、葉はそう答えた。

短いですが今日はここまでで、また明日来ます

マミ「シャーマン……?」

さやか「あ、あの世とこの世ぉ……?」

葉の抽象的な説明に、皆が眉を顰める。

ほむら「あ……た、確かシャーマニズムっていう原始宗教があって、その司祭をシャーマンと呼ぶって本で読んだような……」

葉「ウェッヘッヘッ、オイラはそんなすげえやつじゃねえけどな」

さやか「えっと、その……シャーマンだっけ? それには結局、どんな力があるのさ」

葉「んー……まあ、分かりやすいのは霊が見えたり話すことが出来たりだな」

さやか「霊って……あの、幽霊とかそういう?」

まどか「ゆ、幽霊って、そんなの本当に……?」

葉「ああ、その辺にいっぱいいるぞ」

まどか「うう……き、聞かなければよかった……」

マミ「ずいぶんとスピリチュアルな話ね……べ、別に怖いわけではないけれど」

杏子「…………」

まどかたちと話す葉の様子を杏子は具に観察していた。

一言で、ユルい。
学校でいつも寝ている麻倉葉そのままだった。
真面目な話をしていたかと思えば、いつの間にかその雰囲気に全員が流されている。

それは決して作られたものではない。おそらくは天性のものなのだろう。
少なくとも、何か嘘をついていたり、企みがあるようには思えない。
だからこそ分からなかった。

杏子「みんな、どいてなよ」

杏子は短く仲間にそう告げた直後、手にした長柄の槍を数分の狂いなく

葉の喉元へ突きつけた。


まどか「きょ、杏子ちゃん……?」

困惑した声をまどかが漏らしたのは、全てが終わった後。
風を切る音がわずかに響く、瞬きを一つする間の出来事だった。

葉「……すげえな」

自らへ槍を向ける杏子の目を見据え、柔らかい表情のまま葉はそう言った。

矛先が葉の喉を貫くことはなかった。
しかし、一寸の手前で止められた刃は、杏子が手元を数センチ動かすだけで葉の命を絶つことができる。
まさに、寸止めだった。

杏子「……なんで避けなかった?」

動く素振りを見せなかった葉へ問いかける。

葉「殺す気が感じられんかったからな。途中で止めてくれるって分かったんよ」

けど、もし止めてくれんかったらどうしようかと思ったぞ。
ユルユルと笑いながら、最後にそう付け加えた。

杏子「……まったく、調子狂うなぁ」

溜め息交じりの、半ば呆れ笑いが出てしまう。
『気が抜ける』とは、まさにこの状況のことを言うのだろう。
喉元から槍を引き、柄で肩を叩きながら

杏子「いきなり仕掛けたのは悪かったけどさ。こっちはアンタがナイトメアの攻撃を受けて無事なのかを知りたいんだよ」

杏子「幽霊と話せるだとか、そういうのとは別に……なにか力があるんじゃねーの?」

杏子の疑問は、魔法少女全員が抱いているものだった。
幽霊が見えようが、それだけではナイトメアに対抗できることに直接は繋がらない。

麻倉葉が敵ではないにしろ、その力の性質を見極めたいと考えるのは当然だった。

葉「じゃあ、もう一回やってみるか」

杏子「?」

葉「今と同じで、いつでも好きな時に仕掛けてきていいぞ。それで、今度は止めんでいい」

まどか「そ、そんなの危ないよ!」

まどかの制止にも葉は穏やかな表情を崩さず

葉「ウェッヘッヘッ、ありがとな。けど、オイラのことなら大丈夫だ」

杏子「……怪我しても知らないからな」

葉「ああ、いいぞ」

数メートルの幅を取り、杏子は槍を構える。
その時、刀を抜く麻倉葉の後ろを舞う一枚の花弁が目に入った。

仕掛けるのは、あれが地に触れた瞬間とする。

杏子は左右に揺れる花弁の動きに呼吸を合わせつつ、静かにその時を待った。
時間にしてわずか数秒、槍を深く握り直し、一歩を踏み込む右足に力を込める。

杏子(……どうなってんだよ、あたしは目がどうにかなっちまったのかよ!)

対峙する葉の姿を見ながら、杏子は思考する。

そして、花と地が交錯した刻

静寂の空間に、交錯する金属音が響き渡った。

さやか「う……嘘でしょ」

さやかの口からこぼれたのは驚愕と困惑の入り混じった言葉だった。

麻倉葉は、杏子の槍を難なく受け止めてみせた。
それは、受け流しでも、斬り上げによる払いとも違う。

槍の刃に、刀の切っ先を正面から当て返す、文字通りの『受け止め』だった。

まどか「す、すごい……漫画みたい……」

マミ「すごいなんてものじゃないわ……あんなの、普通の人間じゃ絶対に不可能よ」

ほむら「は、速くて私には何がなんだか……」

傍らで二人の競りを目の当たりにした各々が言葉を漏らす中

杏子「…………」

杏子「……今、あたしの槍を止めたのは」

繰り出した矛を引き

杏子「……侍だった」

短く、そう呟いた。

マミ「さ、佐倉さん? 何を言って……」

杏子「見たままのことだよ……仕掛ける直前、あたしはあいつに侍の姿を見たんだ」

困惑しながらも言葉を続ける杏子に

葉「杏子が見た侍は、オイラに憑依合体してた持霊の阿弥陀丸だ」

さやか「ひょ、『憑依合体』……?」

葉「シャーマンには自分の相棒になる霊がいてな、そいつを持霊って言うんよ」

オイラの持霊は、侍――『阿弥陀丸』。

葉「阿弥陀丸は修羅の時代を生きた侍なんだ。真っ直ぐに来る槍の動きを見切るぐらい、わけはない」

葉「それと、オイラの友達に長柄の武器を使う『蓮』って奴がいて、そいつと戦った経験もある」

杏子「おい、ちょっと待てよ。もしかして、『憑依合体』って……!」

葉「ああ。今みたいに、自分の意思で霊を体に乗り移らせることだ」

さやか「そ、それってつまり、自分の体を幽霊に預けて戦ってもらうってこと」

葉「ウェッヘッヘッ、まあそんなところだな。けど……シャーマンの戦い方には、もう一つ別の形がある」

そうして

葉「持霊の力を引き出す媒介を使ってその力を具現化させる……」

葉が右手に持った刀に左手を重ねた時

葉「こいつが、『オーバーソウル』だ」

杏子「っ!」

少女たちは、今までにない『圧』を感じた。

マミ「これが……シャーマンの力……?」

霊力を持たない魔法少女たちは、麻倉葉のいうオーバーソウルが視えていない。
それでも、その力がどれほどのものかを感じることは出来る。

刀を交えた杏子のみではなく、その場の全員が確信した。
この力をもってすれば、ナイトメアの攻撃を受けて無事でも不思議ではないと。

葉「っと、まあこんな感じだな」

ふと、圧がなくなり葉がオーバーソウルを解いたことがわかる。

さやか「正直、幽霊の力で戦うなんて信じられなかったけど……こりゃ、嘘じゃないみたいだね」

杏子「ま、あたしたちの魔法だって十分に不思議な力なんだ。霊力ってやつで戦う奴がいてもおかしくはねーだろ」

マミ「あなたの力は分かったわ、麻倉くん。でも……もう一つ聞かせてほしいことがあるの」

マミ「なぜ、あなたは何故この町へやってきたのかしら?」

先ほどナイトメアの結界にいたのも、たまたま巻き込まれたわけではなく自らの意思で侵入していたのだろう。
自分の存在を、魔法少女たちに知らせるために。

わざわざ転校してきたのも、何らかの理由があるのだろう。

葉「あー……それは」

少し、言葉に詰まりながら葉が口を開いたとき


「あたしに隠れて5人も女を囲ってるなんていい度胸してるわね、葉」

葉「っ!!」

夜の公園に、神楽鈴を思わせる声が通り抜けた。

すみません、一旦切ります

黒いワンピースに赤のスカーフを身に付けた金髪の少女だった。
美しさに加えて意志の強さを感じさせる顔立ちに、首から下がる数珠が一際目を引く。

そして、なによりも気になるのは

葉「あ、ああああ……アンナ……!」

杏子「よ、葉……急にどうしちまったんだよ?」

先ほどまで、あれだけのユルさを見せていた葉が突如として震え出したことだ。

アンナ「葉。こんな『誰もいないところ』で『あたしに黙って』、『知らない女』と会って何をしてたの」

葉「ち、違うぞアンナ! オイラはシャーマンが何なのかを説明してて……」

アンナ「そう。シャーマンの説明をしてただけで、『葉』って呼び捨てにされるくらい仲良くなったわけね」

葉「…………」

アンナ「考えておくわ」

葉「……うい」

杏子「…………」

杏子(……なんかよくわかんねーけど、これあたしのせいか?)

マミ「あの……話をさえぎってごめんなさい、あなたは……麻倉くんの知り合い?」

葉「あ、ああ……なんというかオイラの……」


アンナ「恐山アンナ。葉の許嫁よ」


「…………」

沈黙。
そして

杏子「……なあ、イイナズケってどういう意味だっけ?」

小声でさやかに杏子は問いかけた。

マミ「えっと……話が逸れちゃったけれど、麻倉くんがここへ来た理由をまだ聞いていなかったわね」

目まぐるしく変化する状況についていけないが、先の質問だけはきちんと解決しておかなければならない。
マミは一つ呼吸を置いて、再び葉へ問いかけた。

葉「ああ、それは……」

アンナ「この町に悪霊が増えてるからよ」

葉に割って入りながらアンナが答える。

アンナ「葉がどこまで説明したかは知らないけど、あたしたちシャーマンの役目の一つはこの世の魂を正しく導くこと」

アンナ「そして、この町にはそれができるシャーマンがいなかった。だから、あたし達が来たのよ。面倒だけど」

ほむら「あ、悪霊……?」

困惑した声を出すほむらに

葉「すまん。霊はその辺にいっぱいいるってさっき言ったけどな、善い霊もいれば当然、そうじゃないやつもいる」

まどか「そのよくない霊が……悪霊?」

ああ。
そういって、葉は首を縦に振る。

葉「この世に強いウラミや憎しみを抱えたまま死んだ霊は悪霊になって、生きている人間を引きずり込もうとする」

葉「そういう奴らをなんとかするのも、オイラ達の仕事なんよ」

さやか「……なるほどね。話の流れは大分わかってきた」

この町で魔法少女として活動を始めてどれだけになるか、正確には思い出せない。
だが、自分たちの魔法にも似た力を持つ『シャーマン』という存在はまるで知らなかった。

魔法少女がこの町に多く集結している代わりに、シャーマンの数は少なかったのかもしれない。
その結果、増えてしまったこの町の悪霊を抑えるために……麻倉葉と恐山アンナがやってきた。

おそらくは、そういうことなのだろう。

杏子「じゃあ、葉が授業中にずっと寝てるのは……夜中に一人で悪霊ってのを退治してるからかよ」

それならば、葉が授業中に寝ているのも説明が付く。
夜、悪霊退治のために一人奮闘していたのならば日中に疲れも出るだろう。

葉「……すまん」

杏子「謝ることじゃねーさ。あたしたちだってナイトメアと戦ってるんだ。似たようなことしてるアンタの苦労はよく分かるよ」


葉「いや、オイラが寝てるのは……単純に、授業の内容がよくわからんからだ」

杏子「返せ! 今、あたしがしてやった気遣いを返せお前!」

葉「ウェッヘッヘッ、お前いいやつだなー」

杏子「馬鹿にしてんのかこのやろー!」


アンナ「…………」

まどか(なんだかアンナさん……目が怖い……)

マミ「とりあえず……二人がこの町へ来た目的は分かったわ」

話を聞き、マミもようやく合点が行ったらしく表情に柔らかさが戻っていた。

まどか「最初の夜、私に声を掛けたのも……私が魔法少女って知ってたから?」

葉「ああ。なにやら、この町にはシャーマン以外に不思議な力を持ってる女子がいるって聞いててな」

葉「そいつらに、オイラが怪しいやつじゃねえってことを伝えときたかった」

さやか「いやいや! 夜中、いきなり顔も知らない女子中学生に話しかける時点で十分怪しいってーの」

もっともな指摘に、葉は思わず苦笑いをする。

ほむら「さっき、ナイトメアの結界の中にいたのは……」

葉「すまん……みんなの邪魔をするつもりはなかった。けど、そのナイトメアってのを一度見ときたくてな」

杏子「で? 見るだけじゃなくて、実際やり合ってみてどうだったよ」

葉「とりあえずナイトメアってのも、悪霊と似たようなものってことはわかった」


考えてみれば、分かることだった。

悪霊は『この世に強いウラミや憎しみを抱えたままに死んだ霊が生きている人間へ悪影響を与える』
ナイトメアは、『人間の悪夢が具現化し、生きている人間に干渉する存在』

人間の負の感情から生まれたものという、共通点がある。

マミ「だから、霊力を持っている麻倉くんはナイトメアに対抗することが出来た……そういうことね」

目を閉じて少し考えた後

マミ「麻倉くん、恐山さん。聞いてくれるかしら」

マミ「もし、二人がよければ……ナイトメア退治に協力をしてほしいのだけど」

麻倉葉の力を見込んでの頼みだった。
ナイトメアとの戦闘、佐倉杏子との競り合い……そして、オーバーソウルで感じた圧。

これだけの力を持っているシャーマンが味方になってくれれば、何よりも心強い。
横にいる恐山アンナも、おそらくは麻倉葉と同じだけの力を持っていることだろう。

そんなマミの申し入れを


葉「ああ、いいぞ」

アンナ「嫌よ、めんどくさい」

さやか「な、なんていうか二人して想像通りの返事……」

シャーマンの二人が言葉を紡ぐ前に、マミの提案に口を開いたのは

杏子「マミよぉ。二人は元々、悪霊退治のためにここへ来てるんだぞ?」

杏子「その二人に、あたしたち魔法少女の仕事も手伝えなんてさすがに一方的すぎるだろ」

自分が逆の立場だったら、どうだろうか。
どちらと断言はできないだろうが、自らの領分ではない所に関与しようとしないアンナの気持ちは理解できる。

マミ「もちろん、無理にとは言わないわ。二人に迷惑が掛かってしまうことも分かってる」

マミ「でも、ナイトメアと戦う力を持っている人は一人でも多いほうがいい。この町の安全を守るためにも」

さやか「確かに……二人が戦力になってくれるなら、ナイトメア退治もきっとスムーズにはなるよね」

葉「オイラでいいならいつでも力になるぞ」

マミ「……ありがとう、麻倉くん。もし、私たちにシャーマンとしての仕事で手伝えることがあるならいつでも協力させて」

当然、助けてもらうばかりではない。
魔法少女たちとしても、シャーマンの仕事を手伝うことができるのなら……
そう思っての提案だった。

葉「オイラたちの力がナイトメアに通用するんだ。みんなも、やり方によっては悪霊と戦うことも出来るかもしれん……けど」

アンナ「アンタたちはそれ以前の問題。まず、霊が視えないんじゃ話にならないわ」

さやか「あ、あはは……あたしも、お化けと戦うのはちょっと……ねえ、まどか?」

まどか「ちょ、ちょっと怖いかもね……でも、葉くんたちが困ってるなら……」

葉「まあ、オイラたちのことは気にせんでいいぞ。こっちはアンナと二人でなんとかなりそうだ」

マミ「……恐山さんもどうかしら。本当に無理強いはしないから、本当に手が空いた時だけでも……」

アンナ「…………」

アンナ「……葉が行くなら、ね」

さやか「おっ、何だかんだで付き合い良いね」


アンナ「葉が浮気しないか監視するためよ」

さやか「あっ……はい」



さやかは思った。
冷やかしでも、絶対にこの人は敵にしないようにしよう、と。

まどか「それじゃあ……あの、これからよろしくね。葉くん」

葉「おお、よろしくな」

まどか、マミ、さやか、杏子と順に葉は握手を交わし

葉「ほむらだっけか、よろしくな」

ほむら「よ、よろしくお願いします!」


こうして、ナイトメアと戦う五人の魔法少女に、二人のシャーマンが加わった。



キュゥべえ「…………」

――――
まどかたちから別れた帰路。
月明かりの下、葉とアンナは並び歩いていた。

葉「良いやつらだったな、みんな」

アンナ「葉……分かってるだろうけど、ここに来た目的を忘れるんじゃないわよ」

葉「心配かけてすまん。けど、こればっかりはラクするわけにはいかんからな」

アンナ「……シャーマンファイトと葉王との戦いを通じて、確かにあんたは強くなった」

――だからこそ、気を付けなさい。
静かでいて、強い口調だった。

アンナ「ここじゃ、本当に何が起こるのか分からないんだから」

葉「……ああ」

アンナ「フン……まあ、分かってるならいいわ。あたしは先に帰ってるから……わかってるわね?」

葉「あ、ああ……」


そうしてアンナの背を見送った後、葉は近くの電柱に寄りかかり

葉「ああ、帰りたくねぇ……」

呟きに反応するように葉の背後から

阿弥陀丸『な、何かあったでござるか?』

葉「さっきアンナが言ってたの、お前も聞いただろ……『考えておく』って」

阿弥陀丸『言われてみれば……しかし葉殿、「考えておく」とは一体……?』

葉は、夜の色をより濃く染める空に浮かぶ満月を見上げながら


葉「お仕置きの方法に決まってんだろ……」

阿弥陀丸『よ、葉殿……』

諦観の涙を流す葉につられ、阿弥陀丸も同じく涙した。

今日はここまでで、明日また来ます

――――
数日後

ナイトメア『――! ――!!』

さやか「そっち行ったわよ! 葉」

杏子「逃がすんじゃねーぞ!」

葉「おお、任せとけ」

さやか、杏子と共に前線でナイトメアを葉は追う。

葉は幾日もしない間に、それぞれ異なる能力を持った魔法少女たちと息の合った連携を取れるようになっていた。
逆もまたそうであり、少女たちも葉の見えないオーバーソウルの動きを感じ取って次の行動へスムーズに移行する。

的確なコンビネーションで確実にナイトメアを追いこんでいき

マミ「恐山さん!」

アンナ「いちいち命令しないで」

伸縮自在なマミのリボンと、洗練されたアンナの巫力で生み出された術式結界で動きを止める。

そして

まどか「行こう! ほむらちゃん」

ほむら「ええ!」

捕えたナイトメアを魔法少女たちが囲み、その負の感情を解消させ

ベベ「――――!」

マスコットであるベベによって、救済を行う。


五人と二人が合わさった、魔法少女とシャーマンの七重奏はまさに無敵だった。

まどか・ほむら「やったね!」

さやか「ま、あたしたちの手に掛かればちょろいもんよね」

杏子「ほんと、楽勝すぎて眠たくなっちまうよ」

マミ「コラコラ、はしゃぎすぎないの。私たちは勝つためじゃなく、守るために戦っているんだから」

先日の麻倉葉と邂逅した時のことを思い出させるマミの言葉だった。
二人が少しばつが悪そうに

さやか「あ、あはは……あの時は本当にびっくりしたっけ……」

杏子「くっそ……葉、お前があの日あんなところにいやがるからマミのお説教バリエーションが増えたじゃねーかよ」

葉「いやぁ、それをオイラのせいにされてもな……」

ほむら「…………」


楽しげなやり取りを見て、ほむらは思う。

そう、これが私たちの過ごす日々……

まどか、美樹さん、佐倉さん、巴さん……そして、シャーマンの麻倉くんに恐山さん。
私を含めた五人の魔法少女と、不思議な力を持つ二人のシャーマンが手を取り合ってナイトメアと戦う。

昼は仲のいい友達として友情を深め、夜は共に戦う仲間として時を過ごす。
仲間たちと共に、この町の平和を守っていく。

そんな、夢のような毎日……

ほむら「本当に……これが私の、毎日……?」


ふと、少女は違和感を覚える。


キュゥべえ「…………」

――――
麻倉葉と共に戦い始めて、どれだけの月日が経っただろう。


杏子「で? 何だよ話って」

ある日の放課後、杏子はほむらに誘われ二人でテラスカフェのテーブルを囲んでいた。

杏子「わざわざ呼び出したんだ。広めたくない何か大切な話があるんだろ?」

ほむら「あの……佐倉さん。なんだか最近、変じゃありませんか?」

杏子「はぁ? 変って、あたしが?」

ほむら「いえ、そうじゃなくて……でも……佐倉さんも含めて、変というか」

ほむら「私の中の佐倉さんは……こんなんじゃなかったというか……」

杏子「…………?」

杏子は戸惑うしかなかった。
当然だろう。呼び出されて開口一番、『なにかがおかしい』と言われたのだから。
それを理解するためには、ほむらの説明はあまりに抽象的であり、要領を得ないものだった。

それでも、ほむらの表情は真剣だった。
決して自分を馬鹿にしようとして話しているわけではないことが見て取れる。

ほむら「佐倉さん……今はどこに住んでいますか?」

それから、ほむらは杏子を質問攻めする。
今の居住地、いつからこの町に来たのか、前に住んでいた町は、なぜ見滝原中学に来たのか……

杏子「いつから……あれ……?」

通常ならば、答えに詰まることのない問いかけばかりのはずだった。
今の自分はさやかの家に居候している。
でも、それはいつからだろうか。
正確に思い出そうとすると頭に靄がかかったかのような錯覚に陥り、答えを出すことが出来ない。

ほむら「前にいた町への帰りかたは……覚えていますか?」

杏子「……この町からバスが出てる。それに乗れば一本で行けるよ」

自分がいた『風見野』は、この『見滝原』の隣町だ。
当然、二つを繋ぐバスが走っている。

何度も使ったバスだ、どこの曲がり角でどちらへ曲がるかまで覚えている。

ほむら「それなら、佐倉さん……今から私と、風見野に行ってくれませんか?」

杏子「はぁ!? 何しにさ!?」

ほむら「行くだけでいいんです! もし、本当に風見野にたどり着くことが出来たら、全部私の勘違い……その時は謝ります!」

杏子「…………」

状況はまるで呑み込めない。
目の前のほむらが、何を考えていて、何をそんなにむきになっているのか。
だが、これだけ我を通そうとする強気な暁美ほむらを見るのは

杏子「……初めて、な気がしねーな」

ほむら「えっ?」

杏子「なんでもねーよ。いいさ、アンタが何をそんなに調べたがってるのかは知らないけどさ」

杏子「アンタの不安が、ただの気のせいってことを証明してやるよ」

ほむら「ありがとう……佐倉さん」

そうして、杏子が席を立つ直前

ほむら「最後にもう一つ……佐倉さん、あなたは麻倉葉くんと恐山アンナさんを知っていますか?」

杏子「……マジで何言ってんのさ。もうアイツらとも付き合い始めてずいぶん経つだろ?」

ほむら「…………」

ほむら「そう……ですよね、二人は……いて当然の存在……」

――――

杏子「どうなってんだよ……これ……!」

ほむら「…………」

証明された。
いや、ここは『されてしまった』、と言うべきだろうか。
暁美ほむらの違和感が、形となって。

杏子「風見野に行くはずのバスは、見滝原をグルグル回って……歩いていこうにも、風見野へ曲がる三叉路が消えちまってる……」

杏子「どうやっても……この見滝原から外へ出ることが出来ない」

杏子「こいつは……幻覚か何かか……!?」

新手のナイトメアが自分たちに何かを仕掛けている。
最初にその可能性を疑うも、杏子の中ですぐにそれは否定された。

杏子(あたしも含めた複数の魔法少女全員をこの町に閉じ込めるなんて……そんな力を持ったヤツがいるわけがない)

いたとしても、その存在に気付かないはずがない。
そもそも、ナイトメアは悪夢が具現化して生きている人間に悪影響を与える存在。
その影響は直接的なもので、一つの町に閉じ込めて抜け出せなくするなどということをするはずがない。

杏子「オイ待てよ……これが、葉の言ってた『悪霊』ってやつの仕業なんじゃねーか?」

幻覚にしろ、不可思議な力で閉じ込めているにしろ、人外の力を持った存在がこの現象を引き起こしていることは間違いない。
そして、それがナイトメアでないとするならば……同じような性質を持った悪霊が干渉しているのではないか。

しかし

ほむら「いえ……その可能性も低いでしょうね」

ほむら「私たちがナイトメアの存在を即座に感知できるように、あの二人も悪霊が現れれば、きっとその存在に気付くはず」

ほむら「彼らの力は一緒に戦ってきた私たちならよく分かっている……そうでしょう?」

杏子「悪霊のせいでもないってんなら、これはどういうことなんだよ……」

ほむら「…………」

杏子の言葉に応えず、ほむらは思考する。

中にいる物をあざ笑うかのような、閉ざされた空間。
ここは出口のない迷路……自分たちは、その中で踊るだけの人形を演じさせられている。
そう。私はここを知っている。覚えている。

ほむら「……ごめんなさい、佐倉さん。このことはもう少し、私一人だけで調べさせて」

少女は、結んだ髪をほどき、眼鏡を外す。
真実をその目で見定める、固い決意を表すかのように。


間違いない。ここは

――――『魔女』の結界だ。

――――

一緒に調べると強く主張する杏子を説き伏せ、別れた後
造られた街を一人歩き、ほむらは考える。

魔女。
生ける者に災厄と呪いをもたらす呪われた存在。
そして、絶望の海に沈んだ魔法少女の行き着く成れの果ての姿。

魔女を打ち倒す存在の魔法少女が等しく背負う、変えようのない惨酷な運命。
かつて、時を遡る能力を活用して、その運命に抗おうともがき続けていた頃を思い返す。

そして、その結末を。

世界は魔法少女が魔女へ成ることのない……新しい理へと導かれたのだ。
一人の、大切な友人の『存在』と引き換えに。

そう。魔女は、既にこの世界には存在しない。

ほむら(それでも、ここが魔女の結界の結界であること……これだけは疑いようのない事実)

何故か、そう言われても『分かるから』としか説明しようがなかった。

ほむら(この魔女は、私や佐倉杏子を含む……魔法少女を自身の結界に閉じ込めて、偽りの日々を過ごさせている)

ナイトメアと言う、ありもしない架空の敵を作り上げ、魔法少女たちと戦わせる。
ただ、それだけだ。

そのナイトメアの性質も、一人では手に負えない力を持った存在ではなく
数人で協力をすれば難なく退治できる程度のもの。
危険らしいものは、ほとんどない。

ほむら(この結界を作った魔女の目的は何……?)

魔法少女を閉じ込め弄んでいるだけなのか、何か別の理由があるのか。
現時点では判断が付かなかった。

そして、もう一つ分からないことがある。


ほむら(麻倉葉と恐山アンナ……私の記憶にも存在しない、新たな登場人物)

シャーマン……悪霊と戦う、魔法少女にも似て非なる存在。

繰り返してきた世界の全てにおいて、この二人は存在しなかった。
それが、創られたこの世界では魔法少女である自分たちと関わりを持ち、共闘するまでの信頼関係を築いている。

ほむら(一体、彼らは何者なの……?)

自身の問いに答えられる可能性は三つ。
今、自分たちが戦うナイトメアと呼ばれる『造られた存在』と同じように、『本来はあり得ない存在』なのか。
今の自分と同じように、魔女によって結界内に引き込まれてしまったのか。

そして……この結界を作り出し、魔法少女たちを欺く黒幕である可能性。

ほむら(……今、私がするべきことは)

疑わしい可能性を一つずつ調べていくこと。

――――
同時刻、杏子は誰もいない夜の公園で人を待つ。

そこは、麻倉葉と、恐山アンナという二人のシャーマンの存在を知った
杏子自身にとっても思い出深い場所。

杏子「急に呼び出して悪いな、二人とも」

そして

葉「こっちこそ、遅れちまってすまんかったな」

アンナ「…………」

待ち人は、現れた。

すみません、今日はここまでで
インフルエンザで少し間が空いてしまいました、体調管理にはお気をつけて

葉「……今日の空は、なんだか少しおっかねえな」

杏子「空が……?」

葉「ああ……たくさん出てる星が夜をもっと暗くしてて、気を抜いてたらなんだか呑み込まれちまいそうだ」

杏子「…………」

両手をポケットに入れながら空を仰ぐ葉を見る。
いつもの麻倉葉だ。自分が今まで見てきた、麻倉葉だ。

そして……『自分が知っているはずのない麻倉葉』だ。

杏子「二人に……ちょっと教えてほしいことがあってさ」

葉「あらたまってどうしたんよ。何か大変な話か?」

杏子「前に葉は言ってたよな。悪霊は生きている人間に悪さをするって」

葉「ああ」

杏子「その悪霊って、あたし達が戦ってるナイトメアみたいに結界を作ることとかあるのかよ?」

葉「…………」

風の通り抜ける音が僅かに響くだけで、葉は何も答えなかった。
穏やかな表情のままでいるものの、その中に少しの固さが見て取れる。

麻倉葉とナイトメアを相手に共闘し、日常でも触れあってきたことで、ユルさの中に僅かに混在する機微を理解しつつあった。
……それだけ、同じ時を過ごしてきた証でもある。

アンナ「回りくどい言い方ね」

代わって口を開いたのはアンナだった。

アンナ「気付いたんでしょ。この町から外に出られないことに」

杏子「……!」

知っていた。
口ぶりから察するに、二人がこの事実を知ったのは昨日今日の話ではないだろう。

ならば

杏子「ここがどこなのか……あたしたちを閉じ込めている奴が誰なのか、知ってるのか?」

葉「…………」

またしても、葉は何も答えない。
苛立ちと不安から声が自然と大きくなる。

杏子「黙ってないで何か言えよ!」


杏子の抱える不安。
それは、心を許した自分の友が、自身を欺く敵であること。

仮に、二人が何も知らないのならば良かった。
その時点で二人が、この不可思議な現象に関与していないと断定できる。

仮に嘘をつかれたとしても、自分は気付く。
人を見る目には自信があった。

葉「……すまん。今はオイラの口からは何も言えん」

杏子「…………」

そして、目の前の麻倉葉は嘘をついていない。
自らを欺こうとしているわけでも、陥れようとしているわけでもない。
事情を話すことのできない、やむを得ぬ事情があるのだろう。

それでも

杏子「……なんだよ、それ」

葉「…………」

簡単に納得できるはずがなかった。

杏子「ほむらの奴も一人で調べさせろだの……どいつもこいつも好き勝手言いやがって」

俯きながら、強く握る拳を振るわせ杏子は言った。

杏子「町から出られないなんて意味不明のヤバい状態だってのに、あたしはただ見てろってことかよ」

自身がこの問題を解決できるとは思っていない。
だが、少なくとも力になることは出来る。杏子はそう考えていた。

アンナ「…………」

アンナ「アンタ、何を怖がってるの」

杏子「っ……」

アンナの問いかけに思わず言葉が詰まる。
自身が抱えている、『仲間になったシャーマンの二人が敵だったら』という恐怖を見抜かれた。
杏子がそう考えた時

アンナ「アンタが怯えてるのは、アンタ自身よ」

杏子「…………」

アンナの言葉が杏子の中で反響する。
佐倉杏子が怖がっているのは……佐倉杏子自身のこと。

自分でも気が付いていなかった……
違う。

分かっているのに、目を逸らしていただけだ。

杏子「変なんだよ……あたし」

少しの沈黙の後、小さな語りで言葉を紡ぐ。

杏子「あたしは今、学校に通ってて……仲間の魔法少女と一緒にナイトメアと戦って……」

杏子「そして、シャーマンの葉とアンナとも友達になって……この町の平和を守ってる」

まるで、漫画のキャラクターみたいだよ。
自嘲気味に小さく笑った後

杏子「それなのに……あたしの中の何かが、それを全部否定するんだよ」

先に、ほむらが自身の過去を尋ねてきたことを思い返す。
あの時から、杏子自身もこの世界そのものの『形に』違和感を覚えていた。

杏子「あいつの言ってた通り、本当のあたしはこんなじゃなかった……ちゃんと思い出すことは出来ないけどさ」

杏子「少なくとも、こんな絵に描いたみたいな『良い魔法少女』じゃなかったはずなんだ」

葉「…………」

杏子「本当のあたしがどんな奴だったのか、それを考えると……なんだか、落ち着いてられないんだよ」

今の自分が、自分ではない。

友と過ごす日々も、自らの中に芽生えた信頼も、過去の記憶も
それらすべてが偽りの、造られたものである可能性。

それを知った時の恐怖はどれほどのものか。

杏子「悪かったな、さっきは大声出して」

それでも、佐倉杏子は気丈に振る舞っていた。
そうでなければ、心が何かに圧殺されてしまう。
杏子は無意識のうちに、そのことを察していた。

葉「心配すんな。お前は悪いやつじゃねえさ」

杏子は口元で笑いながら

杏子「何の根拠があって言ってるのさ。本当のあたしは、もしかしたらゲラゲラ笑いながら一般人を殺しまくってたのかもしれないぜ」

葉「杏子の過去に何があったかオイラには分からんし、それに無理に聞こうとも思わん」

けど

葉「あん時、杏子は阿弥陀丸がちゃんと見えてたからな」

杏子「あの時って……あたしが、葉に突っかかったときかよ?」

葉「ああ」

確かに杏子は見えていた。
長い白髪を後ろで束ねた、大柄な侍の姿を。


葉「霊の見える人間に悪いやつはいねえ」

葉「オイラは、昔っからそう信じてる」

杏子「……はっ、なんだよそれ」

ホント、わけわかんねーな。
そう言いながら、思わず笑いがこぼれた。

杏子「実はあたし、アンタたちを少しだけ疑ってたんだよ」

自分たち魔法少女を結界に閉じ込めている張本人なんじゃないかってね。

杏子はポケットから、チョコレート菓子を取り出し

杏子「けど……こんなユルい奴を黒幕かも、なんて少しでも考えたあたしが一番馬鹿だったみたいだ」

葉とアンナに差し出した。

杏子「……信じるよ、あたしは。アンタたち二人のことをさ」

葉は、自らに差し出された菓子を少女の信頼と共に受け取り

葉「心配すんな」


葉「なんとかなる」

夜の静かな空気に透き通る、柔らかな声でそう言った。

短いですがここで一度切ります。週明けにまた来ます。

――――
閉ざされた見滝原の存在にほむらと杏子が気が付いてから数日後。
その日はナイトメアも現れず、何時ぶりのか平和な夜が訪れていた。

葉「静かないい夜だな」

アンナ「…………」

見滝原を見渡すことのできる高台。
月明かりで蒼く映える草の上に寝そべり、空を見上げながらそう言った。

葉「なあ、お前もそう思うだろ」

隣に座るアンナではない誰かに、葉は言葉をかける。
少しの静寂の後

さやか「お見通し、ってわけだね」

二人の背後から、学生服を身に纏う少女が姿を現した。

葉「立ってたら疲れちまうぞ、お前も座ったらどうだ?」

さやか「あはは、じゃあそうさせてもらおうかな」

葉の隣に腰かけ、同じく空を仰いでみる。

さやか「綺麗だね。ほんと……綺麗な星空」

葉「ああ」

空に瞬く一面の光に、思わず息をついた。
夜がより深く、より濃くなると共に、その輝きは一段と増していく。


さやか「でも……二人は知ってるんだよね。この空も、星も、月も……全部が作られたものだって」

葉「…………」

アンナ「…………」

さやか「隠さなくていいよ。むしろ、今日はそのことを聞きに来たんだからね」

横になっている葉の方へ視線を落とし

さやか「そろそろ教えてくれてもいいんじゃない? 二人が本当はここへ何しに来たのかをさ」

ここは、何者かによって作り上げられた世界。
外へ繋がることのない道、町を周回するだけのバス、ナイトメアという悪夢の具現化。

現実のそれとはまるで異なる、様々なイレギュラーが発生している。

さやか「でも……あたしにとって、一番おかしな存在は二人なんだよね」

さやかは葉とアンナに指を向ける。

さやか「驚きだよね。まさか、ほむらと一緒にもう一人謎の転校生が現れて、それが霊と戦うシャーマンだったなんてさ」

一つ、声のトーンを落として

さやか「……本当に驚いたよ。そんなの、『ここ』にいるはずのない存在なんだから」

さやか「まあそういうわけで、今まであたしはずっと二人のことを観察してたんだけど……」

葉「うええっ!? そうなんか!?」

さやかの言葉に体を起こして驚く葉へ

アンナ「気づいてなかったのはアンタだけよ」

葉「………」

アンナ「…………」

葉「あ、アンナ……分かってたなら、こっそりオイラに教えといてくれても」

アンナ「余計なこと言ったら意識して逆に固くなって不自然に思われるでしょ。アンタ、演技力ないんだから」

葉「…………」

何か言い返そう。
葉はそう試みるも、その思いは心の中だけで完結した。

アンナの言葉はまさにその通りで、文字通り、返す言葉がなかったのだ。

さやか「えーっと……話、戻していいかな?」

葉「ああ……話の途中ですまんかった……」

さやか「……はぁ」

あーあ、真面目な話なのに何かやりにくいなぁ。
呆れ声を出しながら

さやか「最初、二人はこの結界の創造主が作り出した架空の存在なんじゃないかと思ったよ……魔法少女を助ける役割を与えられたね」

それは、空想の物語にはよくある存在。
物語の核となる人物を陰から支え、共に敵と戦う、言うなれば『サブ・キャラクター』

さやか「でも、実際に二人と触れ合ってみて分かったよ。この二人は幻なんかじゃない、ってね」

さやか「つまり、実在する二人は外から来たわけだ。ここが『作られた見滝原』だと知った上でね」

組んだ両手を頭の後ろにやり、さやかは言葉を続ける。

さやか「悪霊退治、なんてよく言ったもんよね。侍が視えたっていう杏子は別にして、あたしたち全員、ロクに霊感なんてないんだからさ」

二人が本当に霊と戦っているのかどうかも分からない。
葉とアンナから、そこに霊がいる、と言われればそう納得するしかない。

さやか「だけど、あたしが観察してる限りじゃ二人が視えない存在と戦ってる場面には一度も遭遇しなかった」


そこまで言ったところで、葉は目を閉じながら口元で小さく笑い

葉「……そっか。オイラがこの世界のことを分かってるのと同じで、さやかもオイラたちのことを分かってるんだな」

葉が立ち上がると同時、一筋の風が辺りを吹き抜けた。


さやか「何にもわかってないよ。だから、それを確かめにここに来たってわけ」

少しの間を持ち、葉の目を見据えた後

さやか「今度こそ答えを聞かせてよね。二人はこの見滝原へ、一体何をしに来たのか」

それだけは、どうしても知っておきたかった。

さやか「あんたたちのことを……友達を、心の底から信じるためにさ」

葉「……さやかは、初めてオイラがシャーマンについて話した時に言ったこと、覚えてるか?」

さやか「シャーマン……」

シャーマン。
それは――『あの世とこの世を結ぶ者』。

さやか「うん、それは覚えてる。最初は何を言ってるのか全然わかんなかったからさ」

葉「ウェッヘッヘッ、いきなりあんな説明されても困っちまうよな」

さやか「…………」

ユルユルとした笑いを浮かべていながらも、いつもの葉が醸し出しているどこか抜けた空気は、もうそこにはなかった。
葉は月を見上げながら

葉「この星に生きる魂には還る場所がある。良いやつもそうじゃねえやつも、全部が平等に還るところだ」

さやか「魂の……還る場所?」

ああ。
さやかの言葉を短く肯定し

葉「『グレート・スピリッツ』。オイラたちシャーマンは、そう呼んでる」

さやか「グレート・スピリッツ…………」

その言葉を聞いたとき、さやかの頭に浮かんだのはまた別の概念だった。
そう。
自分たち魔法少女の魂の救済の場であり、過去と未来におけるすべての魔法少女の魂が向かう場所。

――円環の理。


アンナ「アンタが考えている『円環の理』……あたしたちシャーマンに言わせれば、それこそ『あるはずのない存在』よ」

誰に目を合わせるわけでもなく、独り言のようにアンナはそう言った。

アンナ「グレート・スピリッツはこの世のすべての魂が行き着く場所。その他に魂のコミューンなんてあるはずがなかった」

葉「けど、いつの間にかそれは生まれちまってた。いつ出来たのかもわからん。まるで最初からそいつがあったみたいに」

さやか「…………」

なるほど。
二人の言葉にさやかはそう思った。

円環の理は、因果の特異点となった一人の少女の願いによって生み出された。
過去も、未来も、そして現代の全ての魔法少女を救済する新しい理。

それが一つの概念と化すまでに、宇宙そのものの再編が行われることとなった。
円環の理という概念が原初から存在する世界が新しく創られたとも言える。


それでも、魂を扱うシャーマンの彼らは気が付いたのだろう。彼らだからこそ感じ取れたのだろう。
再構築された、この世界の違和感に。

『いつの間にかそれは生まれていた』。

そして、事情を何も知らない彼らシャーマンからすれば、現状はそう表現するしかなかったのだろう。

さやか「二人は円環の理を……どうするつもりなの?」

魂を扱うシャーマンにとって、円環の理はどのような存在なのか。
この世におけるシャーマンの役割をまだ完全に理解できているわけではない。
だが、彼らにとっての円環の理とは少なくとも、本来あるべき魂の在りかたに混乱を招くものではあるのだろう。

もし、この二人が円環の理に干渉しようとしているのなら……
さやかの頭にそんな考えがよぎった時


葉「どうもしねえさ」

さやか「えっ」

あまりにあっさりとした答えに間抜けな声を出してしまう。
戸惑うさやかに葉は

葉「だってそうだろ。現にいくつかの魂がそこに向かって、もうコミューンを作ってるんだ」

葉「オイラたちが余計なことして、その魂に悪影響でも出たら元も子もねえからな」

アンナ「そもそも、その円環の理はあたしたちが簡単にどうこうできるようなものじゃない」

アンナ「グレート・スピリッツとはまた別次元の存在……その正体すら、正確には掴めていないんだから」

魔法少女とシャーマンの力は似て非なるもの。
莫大な魔力がきっかけとなって生み出された円環の理の詳細を知ることは、シャーマンである彼らでも困難だった。

葉「まあ、あるもんはもう仕方ねえさ。どんな形であれ、この世から離れた魂がきちんとそこへ向かうことができるならそれでいい」

葉「その円環のなんとかってもの、グレート・スピリッツと同じような役割をしてるってことが分かったからな」

さやか「じゃあ……二人がここに来た理由は……?」

そう尋ねた時

葉「……還るべきその魂を利用して、よくねえことをしようとしてる奴がいることに気が付いたんよ」

葉の目つきが、僅かに変わった。
これまで注視してきた中でも見たことのない、初めて見る表情。

葉「生き物の魂を弄ぶなんて、誰だろうが一番やっちゃいけねえことだ」

さやか「……」

さやかは理解した。
初めて目にした麻倉葉の表情は、きっと

葉「そいつをなんとかするために、オイラたちはここにいる」

彼の心の中で静かに猛る、強い意志を表しているものであるのだと。

さやか「……なるほど。じゃ……本当に全部分かってるわけだ」

この世界が『誰』によって作られているのかも、何をこれからしなくちゃいけないのかも。

アンナ「それに、アンタが何者なのか、もね」

さやかが葉とアンナにその正体を問いかける中、二人はさやかへ何かを尋ねることをしなかった。
つまりは、そういうことなのだろう。

さやか「あたしとあんたたちは……きっと、同じような理由でここにいるんだろうね」

葉「ああ、多分な」

葉は笑みを浮かべる。
それを見たさやかに不思議な感情が芽生えた。

さやか「おかしいな……いつも見てたはずのユルい笑顔なのに、なんだかすっごい頼もしい」

それは、麻倉葉たちが敵ではないと断定できた安心感からか。
もしくは、彼の心の奥底にある本当の強さを垣間見たからか。

さやか「しっかし……なーんでこんな当たり前のことに今まで気が付かなかったかなぁ」

決まりの悪い、どこか恥ずかしげな表情を浮かべながら

さやか「魔法少女の魂が行き着く先に『円環の理』があるように、それ以外の普通の魂が向かう先もある……考えてみれば当然だよね」

さやか「そっか……それを『グレート・スピリッツ』」って言うんだね」

葉「逆にオイラたちは、グレート・スピリッツ以外に魂が集うコミューンがあるなんて思ってもみなかった」

葉「だから、その円環のなんとかってのがあるって気づいたは本当にびっくりしたぞ」

アンナ「円環の理よ」

葉「こまけえな」


数秒後、葉の右の頬に一つの紅葉が刻まれた。
幻の左の炸裂音と共に。

さやか「さ、さて……と、あたしはそろそろ行かなきゃ」

ソウルジェムを片手に魔法少女へと変身し、葉達へ背を向ける。

葉「もう行くんか?」

さやか「うん。多分……今頃、あいつマミさんとやり合っちゃってるよ」

怪我する前に、早く行って止めてあげなきゃね。

葉「力になれるならオイラも行くぞ」

さやか「ここは大丈夫、心配しなさんなって……それに」

葉「ん?」

さやか「その紅い頬っぺたで仲裁に入ったら、締まらないってレベルじゃないっての」

そう言うと同時にさやかは跳び、次の間には姿を消していた。

葉「…………」

葉「……アンナ」

アンナ「何よ」

葉「今のオイラはそんなに締まらん顔をしてるか」

アンナ「答えてあげてもいいけど、アンタが傷つくだけよ」

葉「……やっぱいい」

アンナ「それより……分かってるでしょ。大変なのはここからよ」

葉「……ああ、分かってる」


動き出した世界の歯車を感じつつ、右の頬を掌で擦り葉は思う。
友達と力を合わせ町を守っていくこの美しい世界のまま、もう少しだけ過ごしていたかったと。

今日はここまでですみません。
週末にまた来ます。

――――
しくじった。
両腕ごと体を締め付ける黄のリボンに目をやり、思わず唇をかむ。

ほむら「くっ……」

マミ「あなたの能力(ちから)は確かに強力だけれど、常に相手より有利な立場にいると思い込むのは禁物よ」

魔法少女同士の激しい戦いによって崩落寸前の建物に立ち、拘束したほむらに言葉を投げる。

ほむら「っ……!」

暁美ほむらと巴マミが激突したきっかけは、ほんの数刻前。
ほむらがベベに攻撃を仕掛けたこと。

佐倉杏子と共に、見滝原から抜け出せない事実を知ってから数日間。
ほむらはこの現象を引き起こしている何者かの情報収集に尽力していた。

魔法少女とは異なる能力を持ったシャーマンである麻倉葉と恐山アンナが、この空間を作り出している可能性も含めて。

しかし、調べるほどに深まっていく確信があった。
自分はこの空間をよく知っていて――それが、『魔女の結界』であること。

結界を作り出すことができる存在は魔女以外にない。
そして、とうとう思い出した。

ナイトメアと戦う魔法少女たちのマスコットとなっているベベ。
それが、巴マミの命を奪ったこともある魔女なのだと。

ほむら「巴さん、あなたはこの世界に何も違和感を感じないの!? 何もおかしいと思わないの!?」

マミ「暁美さん……あなた、本当にどうしちゃったの……?」

しかし、目の前の巴マミはそれを覚えていない。
彼女からすれば、突如として暁美ほむらが友達であるベベに攻撃を仕掛けたようにしか見えていない。

ほむら「べべは……魔女は私たち魔法少女が戦う敵だったでしょう! 思い出して!」

マミ「『魔女』……? 魔女なんて知らないわ」

怪訝な表情を浮かべ、そして

マミ「私たちの敵は、『魔獣』でしょう?」

当然の事柄のように、そう言った。

ほむら「っ……!」


マミ「えっ……?」

最も当惑していたのは、その言葉を口にしたマミ本人だった。

マミ「そう……私はずっと魔獣と戦ってきた、魔法少女として……」

じゃあ、今日まで敵として戦っていたナイトメアって……?


その存在に疑問を抱いた時だった。

マミ「っ!」

視界に1メートルに満たないほどの大きさの赤い円柱が飛び込んできた。
それが消火器であることに気が付いたのは、同時に投げられていた剣によって円柱が中央から両断され
中に溜まる炭酸ガスが目の前で炸裂した時だった。

ガスはまるで煙幕のようにマミの視界を覆う。
それは、時間にしてわずか数秒。

マミ「どういうこと!」

魔力によって生み出されたリボンでガスを払ったとき、拘束していた暁美ほむらの姿はなくなっていた。

マミ「これは一体……!」

一瞬見えた剣には見覚えがあった。
ナイトメアと戦う時、さやかが使っていたものと同じ。
暁美ほむらをこの場から連れ去ったのは、彼女だろう。

マミ「なにが……どうなっているの……!」

状況を捉えきれないマミに

「それは、私の口から説明するのです」

ウェーブのかかった、白の中に僅かな桃色の入り混じる長髪を靡かせた一人の少女が、深く澄んだ透る声で語りかけた。


マミ「あ、あなたは……」

自身の記憶に全くない、初めて見る少女だった。
にもかかわらず、マミはこの少女を知っていた。

この世界で同じ時を共に過ごしていたことを。

「べべ……?」

――――

月の光が僅かに差す路地裏だった。
雨降ったのか、地面には点々として水が溜まっており、月明かりが優しく反射している。

さやか「まったく、案の定だったよ。絶好調のマミさんに真正面から仕掛けるなんて、あんたにしちゃ随分と乱暴じゃない?」

痛いところを突かれたとほむらは思う。
魔法少女としての経験も戦闘技術も頭一つ抜けている巴マミを相手にするのは、あまりに早計だった。

だが、本来の目的はマミを倒すことではない。

ほむら「巴マミを狙ったわけじゃなかった……私が狙っていたのは」

さやか「ベベ、でしょ。要するに……あの子が昔、魔女だったからこの結界を作った犯人だと思ったわけだ」

ほむら「あなた……魔女のことを……?」

覚えているのは、自分だけではなかったのか。
少なくとも、目の前のさやかは『魔女』という存在を知っている。
この世界の違和感に気づき、調べを進める中でその存在を思い出したのか。

さやか「それがあたしの役目だからね……少し、ゆっくりと話そうか。『転校生』」

ほむら「…………!」

――――
数刻後

ほむら(私の考えは間違えていなかった。ここが、偽りの世界であること……魔女の結界であること)

街灯の照らす大通りを一人歩きながら、ほむらは思う。

ほむら(美樹さやか……彼女もまた、この世界にはあり得ないはずの存在)

先に彼女と話をしている中で、最も大切なことを思い出した。
魔女が消滅したこの世界において、その存在を知っているのは暁美ほむら……すなわち、自分自身だけであったことを。

さやか『あの子が昔、魔女だったからこの結界を作った犯人だと思ったわけだ』

だが、美樹さやかは知っていた。
魔女の存在も、それが作り出す結界も、この見滝原が閉ざされた空間であることも。

ほむらは目の前のさやかの正体を暴こうと試みるも、彼女の知るさやかとは思えないほどの手際の良さで仕掛けを躱され
そのまま、姿を消されてしまった。

さやか『ねぇ、これってそんなに悪いことなの? 誰とも争わず、みんなで力を合わせて生きていく』

さやか『そんな理想の世界が訪れることを祈った心は、裁かれなきゃならないほど、罪深いものなの?』

先にさやかが口にしていたその言葉がほむらの中で反響し、そして改めて自身へと問いかける。

ほむら(当たり前よ……こんな世界を望むこと自体、身を挺して私たちを救ってくれたまどかの犠牲を踏みにじっているだけ)

絶対に、許すことは出来ない。
なんとしても、この結界を作った魔女を突き止める。

ほむらが固くそう誓いながら、川を渡る橋を通りかかった時

葉「そんなにおっかねえ顔してたら疲れちまうぞ」

ほむら「!」

欄干に腰かけた二つの影が、自身に声を掛ける。

酷く短くて申し訳ありません。二、三日程度の間を空けて書き溜めてから来ます。

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