高森藍子「カフェで加蓮ちゃんを待つお話」 (24)
――おしゃれなカフェ――
それは、ほんのちょっぴりのいたずらごころでした。
――まえがき――
レンアイカフェテラスシリーズ第43.5話(その2)です。
以下の作品の続編です。こちらを読んでいただけると、さらに楽しんでいただける……筈です。
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「カフェテラスで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「膝の上で」
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「最初にカフェで会った時のこと」
~中略~
・北条加蓮「藍子と」高森藍子「膝の上で よんかいめ」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「手がかじかむ日のカフェで」
・高森藍子「加蓮ちゃんと」北条加蓮「1月のカフェで」
・北条加蓮「カフェに1人で来た日の話」
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ちいさい頃、よくからかわれることが多かったんです。
あんまりてきぱき動くことができなくて……ノロマ、って言われることも多くて。
小学校の給食の時でも、私が食べ終わった時にはもう教室に誰もいなくて、よく寂しい思いをしていました。
あと、怒るのも苦手だったから。
反撃されないって分かって、またいじわるされることがあったんです。
困っていた私に、お母さんは「ちょっかいをかけてくる相手には、笑ってあげればいい」って言ってくれました。
最初はどういうことか分かりませんでした。ちょっかいをかけてくるのに笑っているなんて、変な子に思われちゃいそうなのに。
でも、実際に試してみたら、これが効果てきめん。
いつの間にか、学校の友だちがいっぱいできて、からかわれることも少なくなっていきました。
ずっと、どうしてうまくいったんだろ? って、疑問に思っていました。
後から聞いたお話です。
意地悪をする人って、反応を楽しんでいるんですね。
むきになったり、悲しんだり、泣いちゃったり。それを見たいから、ちょっかいをかけてしまう。
思い通りにならないって分かれば、やる気をなくして何もしなくなる――って。
そこでプラマイゼロになるだけじゃなくて、プラスになる辺りが"らしい"よねー、って、どこか誇るように付け加えてたのが印象的です。
そうです。私の知る、いちばん意地悪な子が教えてくれたお話です。
加蓮ちゃんの望まない反応をしたら、意地悪をやめてくれますか?
なんて聞いてみたことがあります。
ちょっとだけ、ぽかん、と目を見開いて。口元を緩く歪めて、やれるものならどーぞ、と、少し鋭めに言い返されちゃいました。
眼に2つの感情が混ざっていたことを、よく覚えています。
1つは、寂しそうな気持ち。加蓮ちゃん、いつも私をからかって楽しんでいますから。楽しくなくなっちゃったら、きっと寂しくなるんだと思います。……できれば、もっと別の楽しみを見つけてほしいんですけれど。
もう1つは、どこか期待している気持ち。
演技が下手だって自覚しています。加蓮ちゃんからも、よく呆れられちゃいます。それってつまり……私が意識した反応をできるようになったら、演技力が上がったってことになりますよね。アイドルとして、1つのステータスを得たってことになるのかもしれません。加蓮ちゃんはそれを期待しているんだと思います。
冗談を言っても、いたずらっ子の顔を見せても、加蓮ちゃんはどこまでもアイドルなんですよね。
心の中だけで、すごいなぁ、って呟きました。
口にしなかったのは……その、さすがに変だって思われちゃいそうだから。
加蓮ちゃんからすれば、喧嘩を売ったらすごいって言われた、ってことになっちゃいます。
大笑いされちゃいそう。
結局、私の演技力は……お察しの通りなんですけれどね……。
私だってやられっぱなしじゃないんですよ?
勝ち負けにこだわるつもりはないんですけれど、ときどき、勝っちゃうんです。
テーブルに突っ伏せて、頭から煙を吐かせちゃうんです。
思い返しても、私の何が加蓮ちゃんに……クリーンヒット? って言うのでしょうか。弱点に入っちゃったのかは、今でも分かりません。
自分でもよく分からないところで、加蓮ちゃんが勝ったり負けたりするのは、なんだか自分ではない別の誰かがやっている気がして。
少しだけ……それが、嫌で。
無意識に結果が出るのがダメなら、たまには私から……なんて考えちゃったりしてっ。
加蓮ちゃんを困らせるつもりはないんです。悲しい姿やがっかりしている姿なんて、できれば見たくないから。
……加蓮ちゃん側はたぶんそう考えていないでしょう。見てくれる人の大切さは、加蓮ちゃんほどじゃなくても、私だって分かっているつもりですし。
でもやっぱりやりすぎるのはよくないと思うので、自己満足で終わっちゃうくらいにささやかないたずらごころ。
"今日、加蓮ちゃんってオフですよね。もしよければ、いつものカフェに来ませんか?"
そんなメッセージを送った私は――今、そのカフェに来ています。
待ち伏せです。
先回りです。
やってきた加蓮ちゃんに、いっぱい待った、なんて言っちゃうんです。
ほんのちょっぴりだけ。
もしお誘い自体を断られちゃったら……その時は、加蓮ちゃんの家にでもお邪魔しちゃいましょうかっ。
カフェの手土産を持って、いっぱいほっぺたを膨らませて。
困らせちゃうんです。
いつも困らされてるから、お返しです。
スマートフォンが受信しました。
"藍子から誘ってくるなんて珍しいね。いいよー、すぐ行くー"
よかった。加蓮ちゃんが来てくれる。今日はどんなお話をしようかなー。あれがいいかな、これがいいかな?
……え? がっかりなんてしていませんよ? どうせ帰りに何か理由をつけて、加蓮ちゃんの家に押しかけちゃいますから♪
ここから加蓮ちゃんの家までは、20分くらいかかります。
1人の時間、あと20分だけ。
もしかしたら、これはもう「1人の時間」とは呼べないのかもしれません。お話することを思い出したり、写真フォルダを見返して見せたい写真を探したり、今日の気分を予想してメニューをめくったり。何をしたとしても、その先には確かに加蓮ちゃんがいるんです。それってもう、私の中に加蓮ちゃんがいるようなものなんです。もう、1人の時間じゃない。
さて、何を注文して待っていましょうか。
そういえば、まだ私と加蓮ちゃんがこのカフェでお話するようになって時間が経っていない頃、先に来た側が後から来る側の食べたい物を予想して注文して待っておく、っていうルールがあったような気がします。それから、後から来た側がお金を出す、ってことにしていたような気も……。
いつ頃からしなくなったんだろ、これ?
……決め事なんてしなくても、楽しいことがいっぱいあるって気付いたの、いつ頃だろう?
思い出してみようとしますけれど、なんとなくぼんやりとしていて、正確な時期が分かりません。代わりに加蓮ちゃんの楽しそうな顔と、それから……悲しそうな顔がいくつか蘇ってきます。
時間は楽しい物だけではありません。
小学校の給食は美味しかったけれど、食べ終わった時に誰もいないことはすっごく寂しかった。
加蓮ちゃんとお話するのは楽しい。でも、楽しいばかりじゃない。傷つけることもあって、傷つけられることもある。
私が何を望んでも、何を望まなくても、関係なく。
私は私で、加蓮ちゃんは加蓮ちゃんですから。
きっと、誰かと過ごす時間ってそういう物なんだと思います。
でも――ここでの出来事が無ければ良かった、なんて思ったこと、1度だってありません。
学校で「結婚」という単語を習った時、お母さんに聞いてみたことがあります。お母さんとお父さんはどうして結婚したの? って。
色々なお話を聞きました。好きになってからのお話や、ケンカが3日も長引いてしまったこと。お父さんのお仕事が上手くいかなかった時のこと。
そして最後に、「辛いことや楽しいことが色々あって、人生よ」って、綺麗な笑顔で言っていました。
達観した表情の意味を、当時の私は……ううん。ちょっと前までの私は分かっていませんでした。
どうして辛いことが必要なのだろう。楽しい時間や、幸せな時間だけがあればいいのに、って、ずっと思っていましたから。
今なら、その意味が分かります。
……ふふっ。私、ちょっぴり大人になっちゃいましたか?
それとも、加蓮ちゃんに大人にさせられちゃったのでしょうか。
そういえば前に別のお話で同じことを言ったら、言い方……って呟かれて、それから呆れた目を向けられたことがありました。
なんだったんだろう?
……気のせいでしょうか、今私の中の加蓮ちゃんが「アンタはまだ子供でしょ……」って言った気がします。
むぅ。同い年です。たぶん加蓮ちゃんは自分の方が精神年齢が高いって思ってるでしょうけれど、でも、同い年です。
おっと。のんびりばかりもしていられません。早く決めなきゃ、加蓮ちゃんが来ちゃう。
メニューを開いて、うーん、とわざとらしく唸ってみます。わざとらしく唸ってみましたけれど、アイディアが、すとん、と落ちてくることなんてありませんでした。
……ひらめく時だってあるんです。ひらめいたことが正解とは限りませんけれど……それどころか加蓮ちゃんに「……えー」って顔をされちゃったこともありますけれど……。あれはまだ好き嫌いがぜんぜん分かっていなかった時のことなんですっ。あと、ここのメニューを制覇していない頃だったから、食べたことのない物を一緒に食べたいなって思っただけで――
……って、誰に言い訳しているんでしょうね、私。あはは……。
それはともかくメニューです。メニューメニュー。
うーん……。
ふと、いたずらごころ、って単語を思い出しました。
ズルしちゃおっかなぁ。
店員さんを呼びました。朗らか笑顔で「どうされました?」と尋ねてきます。なんだか、すっごく期待している感じの声です。
オススメはありますか? って聞いてみました。
少し悩んで、いつもの野菜定食が、って答えてくれました。
限定メニューではなくて、いつだって注文できる定食です。
特別なことじゃなくて、ありふれたことに胸を張れるのって、きっと、それだけ自信があるってことでしょうね。私も見習いたいです。
いつだって大丈夫。どんなお仕事でもどんと来い! 高森藍子、今日もアイドルとして大活躍っ♪
…………店員さん。気を遣わないでください。ぷいっと目を背けないでください。一歩退くのやめてくださぃ……。
なんだか加蓮ちゃんの気持ちが分かってしまいました。気を遣われるのって、辛いんですね……。
……たった1度のことで分かったつもりになったら、怒られちゃうのかもしれません。
加蓮ちゃんの気持ちって、分かる時と分からない時があるんです。同意できる時と同意できない時。共感できる時と共感できない時――
素直に、分からない、って言う方が、加蓮ちゃんは喜ぶみたいです。少なくとも、怒りはしないみたいです。
言ってほしいことや言いたいことを、はっきりと言う方が好きなのが、加蓮ちゃんです。
……あ、これは私の「分かっている」加蓮ちゃんの気持ちですっ。
ズルはやめにしました。
後でまたお願いします、と軽く頭を下げると、いえいえこちらこそ、となぜだか恐縮されちゃいました。
……できれば私の挙動不審さに一刻も早く離れたかったとかじゃないことを祈ります。
深呼吸、深呼吸。すー、はー。
さてっ。
今日の加蓮ちゃんはどんな気持ちでしょうか?
ヒントは、「すぐ行くー」ってメッセージ。今から行く、ではなくて、すぐ行く、ってことは、何かお話したいことがあるって感じがします。
面白い話題でも見つけたのかな?
それとも、私に聞いてほしいお話があるのかな?
どっちでも楽しみです。それは決して、必要とされているからって理由じゃありません。ありませんし、たぶん、私には説明できない理由なんです。だって考えようとしたら、その、顔がにやけちゃって……。
お話したいことがあるなら、がっつりとご飯をいっぱいって注文は避けるべきですよね。
ううん……今は午後1時前。お昼時です。やっぱりサンドイッチ? でも……。
ちょっと前まで、加蓮ちゃんはいつもサンドイッチを注文していたんです。ほら、年末年始の後の「サンドイッチ美味しかった事件」……事件かなぁ……? が、どうやら衝撃的だったみたいで。いつも頬張ってから、食レポ番組みたいに多彩なコメントを残していました。「ほら、藍子も」って差し出された時には、どうすればいいかって困っちゃいました。でも手にとって口にしたらそれっぽい言葉が思い浮かべられたんです。私も、それなりにアイドルに慣れて来てるのかな?
それなりに、なんて言うとまた加蓮ちゃんに怒られるかもしれませんね。
いつも、私に言ってくれるんです。自分だってアイドルだろう、って。
分かってはいるんですよ。さすがに何度もステージに立って、CDを出して、ユニットも組んで……そうすれば、自分がアイドルだって自覚くらいは生まれます。あと、過度な謙遜はよくないっていうのも社会に出て学びました。ちょっとは学びました。
でも、加蓮ちゃん。
本気になっている時のあなたの顔がどれほど美しいか、知っているんですか?
あれを見たら、胸を張るなんてできなくなってしまうんですよ。
……お話が独り歩きしちゃっています。お話がお散歩状態です。
1人で歩くことも楽しいけれど……一緒に虹を見たあの日から、加蓮ちゃんと歩くことがすっごく楽しくなったんです。
ってことで、お話も独り歩きさせたりしないで、肩を並べることにしましょう。
今日のお話のネタ、1つゲットです。ふふっ。
加蓮ちゃん、どんな顔をするかな? 今日の私はいたずらモードです。顔を赤くくらいはさせちゃいたいですっ。
あっ、今は加蓮ちゃんの食べたい物のお話ですね。
お話しやすくて、食べやすい物。サンドイッチはパス。1週間くらい前にブームは去ってしまったみたいですから。
じゃあ……手堅いところでクッキー? でもそれはご飯ではありませんよね。
おにぎりでもいいですけれど、息が荒れている時のおにぎりって食べづらいですよね。さすがに、ここに走って駆けつけてきたりはしないでしょうけれど……。早歩きで来る、くらいは予想できちゃいます。
いいや。クッキーにしちゃえっ。
店員さんを呼んで注文します。クッキーと、コーヒー。加蓮ちゃんのお気に入りの組み合わせ。
……あっ。私の分の飲み物を忘れていました。
慌ててメニューをめくろうとして、手が滑ってしまいます。たんたんっ、とテーブルの上を跳ねて逃げる姿を目で追って、ぷくっ、と小さな笑い声。
店員さんもすぐに、笑ってしまったことに気付いたのでしょう。目を見開いて、ごめんなさい! と大げさに頭を下げちゃいました。
ぱさり、と最後のページを開いて落下するメニューは、加蓮ちゃんの席へ。
……なんだかおかしくて、くすり、と笑ってしまいました。店員さんがおそるおそるって感じで頭を上げて、目が合って。お互いに、あはっ、ともうひと笑い。
少しだけ、店員さんとお話しました。
野菜定食がオススメな理由とか、2月の限定メニューの予定(秘密の内容らしいです。常連の特典ですね♪)とか。
あと、最近は写真を撮ることにハマっていて、良い写真が撮れたらお店の中に飾りたいってお話をしてもらえました。
是非見に来ますね、とお伝えしたら、畏れ多いです! なんて言われちゃって、背筋をビシっと伸ばして敬礼されちゃました。
お、畏れ多いって……。私は普通に写真を撮るのが好きなだけなんですけれど……。
私も、カフェに使えそうな風景写真とか撮ってみようかな……? そうやって、ここに来るお客さんが写真を持ち合って、なんて面白いかもしれません――って言ったら、すごく真剣な顔でメモをとられちゃいました。
もしそうなったら……こればかりは私たち、負けませんからっ。
私と加蓮ちゃんで、誰にも負けない一枚を極めてみせますっ。
もっと畏れ多いって思われちゃうようにしてみせますよ! 加蓮ちゃんが! 私じゃなくて加蓮ちゃんが!
……うぅ、なんだかごめんなさい。でも、私はそういうタイプじゃないと思うんです。そういうのは加蓮ちゃんの方が似合う気が……あっ、またまたお話のネタを見つけちゃいましたね♪
お話していたら、気分が変わりました。
野菜定食にしちゃいましょう。
一皿分だけ。
それなら、飲み物も変えた方が良さそうですね。
お茶をお願いします。2人分。そう伝えると、もちろんです! という返事が来ました。
2人分、ってところへの「もちろん」なのかな?
店員さんが足取り軽く立ち去ったところで、加蓮ちゃんの席に落ちちゃったメニューを拾いに行きます。
……これ、このまま置いておいたらどう思われるのかな?
メニューは開いて上を向いています。そこにはスイーツの写真が載っています。新商品みたいです。
一緒に食べよう、って密かなメッセージになったりするのでしょうか。
もし私なら、きっとそう考えちゃいます。
……やってみようかな? 加蓮ちゃんが、私と同じことを連想してくれるかどうか。
うん。やってみようっ。
メニューはそのままに、自分の席へ戻ります。
そういえば、私たちはいつも同じ場所に座っています。店の入り口から見て右手側、一番奥の席。加蓮ちゃんが手前側で、向かい合うように私が座っています。奥の方が入り口からパッと見えなさそうだから、っていつか加蓮ちゃんが言っていたことを覚えています。私たちはアイドルだから、バレちゃう可能性はちょっとでも減らした方がいいだろうって。
普段、カフェでどこに座るかなんてぜんぜん考えていなかったから、少しびっくりしちゃいました。
でも実際は、店の入り口からでもこの席は見通せます。加蓮ちゃんが先に来ている時は、店内に入ってすぐに見つけられます。それどころか最近では加蓮ちゃんが手を振ってこっちこっちって言っています。
バレちゃわないように、ってお話、もう忘れちゃったのかな?
それなら、私だけが覚えている思い出。いつか加蓮ちゃんにお話してあげましょう。
そう思った時でした。
鐘の音が、からんころん。それから、少しだけ荒い息。
「ふうっ……。あ、いるいる。藍子ー!」
「加蓮ちゃんっ」
もどかしそうにコートのボタンを外しながら、加蓮ちゃんがやってきました。
「こんにちは、加蓮ちゃん。外、寒かったですか?」
「こんにちは、藍子。そりゃーもう寒いよー。でもあんまり凍ってはなかったなぁ。ほら、前にペンギン歩きってやってみたじゃん。あれ、もう使うタイミングはなさそうだね」
「残念。ペンギンさんみたいに歩く加蓮ちゃん、可愛かったのに」
「それまだ狙ってたの? そこまで言うなら今度、スタジオに入る時に使ってみよっかなぁ」
「そうしたらきっと、みんなが可愛いって言ってくれますよっ」
「……やっぱやめ。そういうの私のキャラじゃないし」
「えー。1日だけのキュートグループ、やってみましょうよ~」
「なら藍子も巻き込む」
「私は加蓮ちゃんを見ていたいんですっ」
「アンタもアイドルでしょーが」
「加蓮ちゃんがキュートグループをやって、それを私が撮影するんです。ほら、私って加蓮ちゃんの専属さんですから♪」
「あ、これアレでしょ。自分だけ回避したいヤツでしょ。そうはさせないよ~?」
「ふふ。バレちゃいましたっ」
コートを脱ぎ終わって投げちゃったところで、ふと目線が下に向きました。
少しの間だけ、怪訝な顔。
それから、まるで困っている私をからかおうとしているクラスメイトみたいに、口の端を上げました。
「メニューを見てたら手が滑った、とかでしょー。ダメだよ、ちゃんと戻さないと」
……。
…………。
「……藍子? え、なんで膨れてんの?」
「……別に」
膨れてなんていませんし。
「変なの。あ、店員さんだ。やほっ。私は――え? あ、もう注文はしてる? それの確認? ふうん。藍子、注文しててくれたんだ」
「……何が来るかは、来るまでのお楽しみですっ」
「だね。その方が面白そうだし。ってことで店員さん、ナイショでいいよー。わざわざありがとね」
いいえ、と首を軽く振った店員さんは、ふと、私の顔を見ました。それから、加蓮ちゃんの顔を見て、大きく頷きました。
やっぱりこれがいい、って感じの、嬉しそうな笑顔で。
ごゆっくりどうぞ、といつもの言葉に、ありがとー、って、私と加蓮ちゃんの声が重なります。
お互いに見合って、また小さく笑いました。
……あれっ?
私、加蓮ちゃんに言おうって思っていたことが、何かなかったっけ……?
頭に疑問がよぎった時、まるで見透かしたように加蓮ちゃんが新しい話題を振りました。
あとはもういつも通り。
昨日見たテレビのお話とか、事務所であったこととか。アイドルのこと、2月の予定のこと、今朝起きたら布団を蹴飛ばしていたこと。
それから……少しだけ、悲しいお話も。
気まずくなっちゃったりもしました。
結局、私が押しかけるまでもなく、今日は加蓮ちゃんの家にお泊りすることになりました。
だとしても、それが時間です。
私とあなたの、大切な大切な、時間。
おしまい。
読んでいただき、ありがとうございました。
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