小日向美穂「高く、飛べる」 (23)
・モバマス・小日向美穂ちゃんのSS
・超短い
・美穂たんおめ!(みほたんとたんおめを掛けてる)
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どれだけ経っても。どこにいても。
ステージに立つ前の私は、相変わらず緊張で足が震えます。
震えは今でも止まることはないけれど、でも。かつての私とは違っています。視線の向こうにはほら、私を待ってくれる大勢のファンがいるから。
そして、私に気づかせてくれたプロデューサーさんが、いるから。
私は、心地よい震えを感じながら、開幕のベルを待つのです。
「こ、小日向美穂です!」
初めて事務所を訪れた日。自己PRを、とプロデューサーさんに言われ、私は言葉がうまく出せませんでした。
「ああ、緊張してるよね。うん、いいよいいよ。そのままそのまま」
「す、すみません……」
あうう……なかなか上手にできません。せっかくこんな私をスカウトしてくれたのに、いいとこなしです。
思えば、最初からこんな感じでした。
ひとりで。レッスンルームの鏡とにらめっこしながらステップを踏んでいたとき、プロデューサーさんは私に声をかけてくれました。それなのに、私はどう返事をしたらいいか分からなくて。
何を言ったのかすら、私自身覚えていません。でもプロデューサーさんの言葉はなぜか、耳に残っていたんです。
「あはは! うん、いいね! 君はそのままでいいよ!」
その笑顔に、私は救われた気がしました。
アイドル。私の憧れ。
緊張しいの自分がなれるなんて、実のところあまり思っていませんでした。でもレッスンを受けていて、ひょっとしたら、もしかしたらって。そんな風に思っている自分もいて。
それが現実になるなんて……
プロデューサーさんに救われた私は、それだけで舞い上がってしまいました。でも、アイドルになるってことは、そこがゴールじゃなくてスタートなんだ、って。その時の私はよく分かってなかったんです。
正式に事務所所属のアイドルになって、レッスンの内容も数段濃くなって。私の毎日は、へこんでは立ち上がりの繰り返し。
「はああ……私、ほんとにアイドルになれるのかなあ……」
でも憧れが手の届くところにあるって、知ってしまったから。諦めたくありません。気合い一発自分を立て直し、またレッスンへ。
毎日。毎日。
そんな日々が続くと、さすがに心が疲れちゃうこともありました。
「あの……プロデューサーさん」
「ん? どうした?」
「私、本当にアイドルでやっていけるんでしょうか……」
引っ込み思案で緊張しいで。こんな自分を変えたくて養成所に入って。でも、何も変わってなくて、自分をコントロールできなくて。
恥ずかしい……悔しい……
「なあ、美穂」
「……はい」
「緊張しいな自分を、変えたい?」
「それは……もちろん!」
それが私の目標でもあったから。
「そこが、さ。違うんだよ」
「え?」
プロデューサーさんは、私の意表を突きました。
「緊張することは必要なことだと思うな。むしろいい緊張をして、ありのままの自分をファンに観てもらう。それが大事だと思うよ」
こんな私でも? あまりに緊張して何もできない私でも?
「そのままの美穂が魅力的だから、僕はスカウトしたんだよ」
プロデューサーさんは笑って答えてくれました。
ほんとかな? ほんとに、このままの私で、いいのかな?
私はプロデューサーさんの言ってくれたことが、まだ理解できていませんでした。
「島村卯月です! 一緒に頑張りましょうね!」
「五十嵐響子です! よろしくお願いします!」
卯月ちゃんと、響子ちゃん。
プロデューサーさんは、まずはユニットで頑張ってみよう、と言って二人を紹介してくれました。
卯月ちゃんは、すでにアイドルとしてデビューしてる先輩。でも「同じ歳だから」と、明るくフランクに私に接してくれます。
響子ちゃんは年下なのに、私よりずっとしっかりしてて、家事なんでもござれのスーパーお姉ちゃんでした。
私たち三人はそれから、一緒にレッスンを受け、残っては練習を繰り返し。気晴らしに三人でお買い物行ったり、響子ちゃんにお料理習ったり。
明るい二人のおかげなんでしょう。私たちはすぐに打ち解けることができました。
レッスンで褒められたときは三人で喜んで、ダメ出しをくらったときは三人で努力して。喜びは三倍に。辛さは三分の一に。
三人でいるときは、緊張しいの私もそんなにプレッシャーを感じなくて、楽しくて、楽しくて!
そして、ユニットデビュー。私が、本当にアイドルになる日。
『ピンクチェックスクール』
それが、私たちユニットの名前です。
初めてのテレビ収録。私も響子ちゃんも、あまりの緊張でうわの空。ドキドキは速くなるし、息も上がります。
そんな私たちを見て、卯月ちゃんが。
「大丈夫だよ? いっぱい練習したし、それにね?」
卯月ちゃんは私を見て、響子ちゃんを見て、言ったんです。
「この緊張が楽しくなれば、一人前のアイドルになれるよ」
でもあわてて卯月ちゃんは「これ、プロデューサーさんが言ったことなんですけどね、あはは」って、笑ってました。
緊張を、楽しむ、かあ……
卯月ちゃんに言われた言葉が不思議と私の中にカチッとはまって、ちょっとだけ勇気が湧いてきました。
そして。
「はじめまして! ピンクチェックスクールの小日向美穂です!」
その時。
私は、アイドルの一歩を踏み出すことができたんです。
まるで夢のようで。どこまでも飛んで行けるようで。
卯月ちゃんと響子ちゃんと三人なら、なんだってできる、どこまでも行ける、そんな気持ちになります。
「どうだい? 美穂」
「はいっ! 三人でのお仕事、すっごく楽しいです!」
私がプロデューサーさんに答えると、プロデューサーさんは「そうか」と言って、ちょっと困った顔をします。
「どうしたんです? プロデューサーさん?」
「なあ美穂……美穂のゴールはここじゃ、ないんだよ……」
ソロのお仕事。私に与えられた試練でした。
少し考えてみれば当たり前のことだったのです。卯月ちゃんはもともとソロデビューのアイドル。ユニットの活動だけで終始することはありません。そしてそれは、響子ちゃんにも、私にも。
ユニットはユニット、その次は……
今まで三人でいることが当たり前で、楽しく自分らしくやっていた気がします。だからソロのお仕事を言われたとき、不安で仕方ありませんでした。
そのお仕事とはテレビ番組のインタビュー、とにかくやるしかありません。大丈夫、大丈夫、と自分に言い聞かせてインタビュースタジオへ。でも。
「う……ううっ……」
控室で。私は泣いていました。
思っていたことも、感じていたことも。緊張の前に全部吹き飛んで、私はただしどろもどろに受け答えするだけで。
何も出せない、何も伝えられない……ただそのことがひどく悲しかったのです。
「プロデューサーさん……プロデューサーさん!」
控室に帰ってきたプロデューサーさんに、私は思わず抱きついてしまいました。そして、声に出して泣きました。
「ダメでした……私、全然ダメでした!」
プロデューサーさんは「そうか」と言いながら、私の頭をなでてくれました。それでも心は落ち着かずに、ただただ泣くしかなくて。
泣き疲れてようやく。私が落ち着いたところで、プロデューサーさんは私をソファーに座らせると、ゆっくり話しはじめました。
「頑張れなかった?」
「……はい」
「そうかな? 美穂はすごく頑張ったと、僕は思うな」
「でも……」
私には、とても頑張ったなんて思えませんでした。だって、結果を出せなかったんですから。結果がすべて、だと。
「……何も……できなかったし」
「……まあ、今日に限ればそうだな。ただ、僕に言えることはさ、美穂はいつだって頑張っているのを知ってる。結果は出せるよ」
「……」
ただ落ち込むだけの私に、プロデューサーさんは言いました。
「なあ美穂……超えよう」
「……超え、る?」
「うん。ちょっとでいい。昨日の自分を、超えよう。明日は、今日の自分を超えよう」
自分を、超える。今の私にそれができるでしょうか。
「ほんとにちょっとでいい。ささやかでいい。昨日より今日、今日より明日、ちょっとだけ高く飛んでみよう」
「高く……飛ぶ」
「そう、ちょっとだけ高く。今の美穂のようにものすごく落ち込んで、それでも飛ぶ努力を惜しまなかったアイドル、それが卯月だ」
「卯月ちゃん、が?」
「ああ。卯月は些細な努力を毎日続けている。それが今の卯月を支えてる」
私にとって卯月ちゃんは目標で憧れ。でもそんなアイドルらしいアイドルの卯月ちゃんでも、落ち込むことがあったんだ。
言われてみれば当たり前のことでも、私には新鮮でした。
「プロデューサーさん、私……飛べますか?」
私がプロデューサーさんに尋ねると、プロデューサーさんは。
「もちろん」
笑顔で、答えてくれました。
寮に戻って。私は部屋でぼんやりと考えていました。
自分を、超える。高く、飛ぶ。
その意味が知りたくて、私は卯月ちゃんへ電話をしたのです。
『高く、飛ぶ?』
「うん。プロデューサーさんが言ってて……」
『……美穂ちゃん、頑張ってる。私も知ってるよ?』
電話の向こうの卯月ちゃんの声が、優しく響きます。
「どうしたら、飛べるかな」
『うーん……』
卯月ちゃんは少し考えて、答えました。
『練習、かな』
「練習?」
『うん。私、それしかできないから。失敗して辛くなったときは、いつも練習してる』
「……どうして?」
『だって、練習したら昨日の自分よりもっとうまくなれるかも、って。そう思うの。養成所のときから、そうだったから』
卯月ちゃんは『私、それしか知らないんだけどね』って笑います。
そっか。そうなんだ。卯月ちゃんはそんな練習の日々をずっと、毎日毎日続けてるんだ。今でも。
「私も、練習したら」
その時、ピンポーンとチャイムが。
「響子です! 美穂ちゃん、ご飯作ったからよかったら一緒に食べませんか?」
「え? あ、あ……今卯月ちゃんと電話してて」
「あ! ごめんなさい!」
そしたら電話の向こうの卯月ちゃんが。
『響子ちゃんと一緒のご飯、いいな~……うん、一緒に食べておいで!』
もう、卯月ちゃんも響子ちゃんも。 ……嬉しいなあ、泣いちゃいそう。
「うん、卯月ちゃんも話聞いてくれてありがとう! 私、響子ちゃんにちょっと甘えてくるね!」
『は~い、いってらっしゃい』
「響子ちゃんありがと! 一緒にご飯、いいかな?」
「はいっ! ぜひぜひ」
卯月ちゃんに勇気をもらい、響子ちゃんに温かさをもらい。私は知りました。
たとえソロだとしても、二人の友情は変わりない。いつだって、私を支えてくれる。だから。
飛ぼう。
進もう。
二人のためにも、プロデューサーさんのためにも。そして誰より、私自身のために。
次の日。
いつもより早くレッスンルームに入り、私は鏡に向かいます。
「うふふっ♪ ……ほんと、ひどい顔」
鏡の中の自分に言葉を吐き、私は祈るように目を伏せます。
「頑張れ……私。昨日を超えよう……」
そして目を開け、ステップを踏み始めます。
ワン、ツー、スリー、フォー、ファイブ、シックス、セブン、エイト。
ワン、ツー、さんっとっ、しっとっ、ファイブ、シックス、ななとっ、はちとっ。
ところどころ速いステップを挟んで。基本を繰り返し繰り返し。何度も。
はあはあと、息の音。きゅっきゅっと、シューズの擦れる音。
私は、ひとつひとつ繰り返します。
どのくらい時間も経ったか忘れるくらい、ひたすらに。
「美穂ちゃん、おはようございます!」
声をかけられて振り向くとそこには。
「卯月ちゃん……響子ちゃん……」
「えへへ♪ たぶん来てるんじゃないかなあって」 そう言って駆け寄る卯月ちゃん。
「久しぶりに三人で練習したくって!」 そう言う響子ちゃん。
「二人とも……うん、久しぶりに三人で、練習したい!」
そして私たち三人は、時間の許す限り練習をしました。昨日を、自分を、超えたいと思いながら。
頑張れ、今日の私。
見守っててね、明日の私。
きっと、飛んでみせるから。
一度ソロ活動が始まると、流れは止まりません。プロデューサーさんと二人、忙しく日々を駆け回ります。
ソロ曲が決まり、練習の日々がさらに続きます。練習の合間に営業活動も。相変わらず緊張しいでうまくいかないけれど、その度にレッスンルームに通う私。
大丈夫、飛べる。飛べるよ。刻むステップ。
そんな繰り返しが過ぎ、いよいよデビュー曲のお披露目がやってきます。
CD発売のストアライブ。ちょっとしたトークもあって、私はさらに緊張を増すばかり。
ああ、また失敗したら……不安がよぎります。
「なあ、ちょっと来てごらん、美穂」
プロデューサーさんに呼ばれ、私は客席を覗き見ます。そこにはたくさんのファンの皆さんが。
どうしよう……そんな気持ちが膨らみそうになったとき、プロデューサーさんは言いました。
「みんなの目、見てごらん? きらきらしてないか?」
そう言われ、私はもう一度ファンの皆さんの顔を見ます。
「……ほんとだ」
ピンクチェックスクールの小日向美穂じゃなくて、いちアイドルの小日向美穂を見に来てくれたみんな。
そっか。うん。
「緊張、してるね」
「……はい。足の震え、止まりません」
「でも、それは『いい緊張』だと、思うな」
「いい、緊張。ですか?」
プロデューサーさんがにっこり笑顔で答えます。
「そう。ファンのみんなの顔がちゃんとわかる緊張。それは自分を自分らしくさせる切り札になる。美穂は、その一歩を踏み出すんだ」
緊張しいを変えたい、引っ込み思案を変えたい。そう思って飛び込んだアイドルの世界。でもプロデューサーさんは言います。緊張はいいことだ、と。私らしくて、いいのだと。
ふと、何かをつかんだ気がしました。
足の震えを肌にとらえて、私は自然と思ったんです。
「ああ私、緊張してるな」
緊張してる私を私自身が、認めることができたんです。そしたら、なぜか心がむずむずしてきました。
早く、早くファンに会いたい。私の歌を聞いてもらいたい。
「よし。行っておいで」
プロデューサーさんが両肩をぽん、と。押してくれました。
私は自然に、ステージに歩んでいきます。そして。
「み、皆さん、ようこそ! ピンクチェックスクールじゃない、素顔の小日向美穂に会いに来てくれて、あ、ありがとうございます!」
まだ上ずった声だけど、でも。
今日の私は、少しだけ高く飛べた、気がしました。
一度気が付いてしまえば、歩んでいくことはできるのでした。
緊張しいは一朝一夕には直らないけど、でも亀の歩みでいいんだ、って。いい緊張なら、全然問題ないんだ、って。
「プロデューサーさん! 今日、ファンのみんなからこんなにいっぱい、プレゼントいただいちゃいました!」
「プロデューサーさん! 今日は昨日よりいっぱい声が出せました!」
「プロデューサーさん! 今日はいつも以上にうまく歌えました!」
プロデューサーさん!
少しずつ飛べていることが楽しい、少しずつ自分らしく表現できていることが楽しい。そして何より。
私を見出してくれたプロデューサーさんに、こうして報告できることが嬉しい!
その度にプロデューサーさんは「まだまだ飛べるよ」って、笑ってくれます。それを素直に信じられる自分がいます。
そんな日々が、続いていきました。
今日、何回目かのバースデーライブ。開幕のベルを待っています。
今日もやっぱり、足が震えてます。でも知ってます、これはいい緊張なんだって。プロデューサーさんが教えてくれたことですから。
そして、いつも傍らにはプロデューサーさんが。
「……プロデューサーさん」
「いい緊張、持ってるか?」
「はいっ! 今日も緊張してます!」
そう言ってお互いに笑います。
「うん、やっぱりいいな」
「え? 何がです?」
「ん。美穂はやっぱり、ライブをする時が一番、嬉しそうな顔してる」
それは、そうです。だって、ファンの皆さんと嬉しさと緊張を分け合えるんですから。
いよいよ、ベルが鳴りました。
「じゃあプロデューサーさん。行ってきます」
「おう、いっぱい楽しんで来い」
「はいっ! 終わったらまた、いっぱい話聞いてくださいね!」
両肩をぽん、と。プロデューサーさんの合図で今日も、私はステージへ駆け出します。
「みなさーん! みほたんワールドへようこそ!」
ファンの皆さんと、スタッフさんと、プロデューサーさんと、私と。
みんなの笑顔が光の中に交じり合い、緊張と一緒に会場へ溶けていきます。
「今日は私の、特別な日だから! いつも以上に笑って、楽しみましょうね!」
ファンの歓声と、私の声と。
いつまでもいつまでも、心に響きますように!
今日も私は、昨日より。
高く。
高く!
(おわり)
終わりです。お疲れさまでした。
皆さんに琴線に触れれば幸いです。
では ノシ
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