瑞鶴「提督と翔鶴ねぇ、時々わたし」 (57)
・地の文があるよ
・更新頻度はあんま多くなりそうにないよ
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「すー……………」
洋上、大きく息を吸い込んだ。
目の前からは、敵が迫ってきている。
けれど恐怖はない。むしろ、昂揚すら覚えていた。
対照的に私の後ろでは、これが初めての実戦であるらしい随伴艦の子たちが、震えている。
「……………」
私は、それに何も言わない。
今までの経験から、どんなことを言ったって今の彼女たちの耳には届かないだろうとわかっているからだ。
なのにいちいちそんなやりとりをするのも面倒臭い。
…冷血なのだろうか。
いや、違う違う。と頭を振る。
だいたい、私を初めて戦場に連れて行った先輩は、もっと厳しかった。
初陣の恐怖や緊張を感じ取っていて、その上でプレッシャーをかけてきて…。
……うん。あれに比べればマシ。絶対マシだよ、私。
「……ん?」
自分に謎の擁護をする私に、索敵機が教えてくれる。
敵複数、このまま行けば半刻もせずに接触。
それをそのまま随伴艦に伝えると、元々青かった顔が、今度は白く見えるほどまでに色を失った。
……ま、そのくらいにしてた方がいいかな。
この北方海域で命を失う確率は限りなく低いとはいえ、備えるに越したことはない。
増長し調子に乗られるよりは、そうやって震えている方が良い。
「さてさて、しっかりしなきゃね」
練度がまだ1である彼女らは、私のフォローなしにこの戦場を生き抜くことはまず不可能だ。
その事実を再確認すると、これまで幾度も成してきたこの任務にも、自然と気合が入る。
「提督さん」
『ああ』
「まもなく接敵します、ご指示を」
『了解した』
通信機の向こうから響く、硬い声。
そういえばこの人はいつまで経っても戦場に慣れないな、なんて事を思う。
だって、緊張した声は、私が初めて戦場に立った時と変わらない。
「…ふふっ」
『…どうした、なにがおかしい』
「なんでも、いつも通り提督さんの声が素敵だったから、それだけよ」
『…そうか、…ありがとう?』
「どういたしまして…さ、ちゃんと指揮してね」
『わかっている、瑞鶴…その』
「うん、随伴艦の娘達には近付けさせないわ」
『すまないな、難しい任務をいつも』
「大丈夫だってば」
思わず、苦笑を浮かべた。
艦娘にこうまで気を遣ってくれなくたっていいのに。
別に使い潰せとまでは言わないが、私達は突き詰めてしまえば所詮兵器なのだから。
そんな風に気を回されるのは、なんとなくむず痒いと。少なくとも私はそう思う。
…でも、そんな彼だからこそ、私はこんな気持ちでここにいられるのかもしれない、とも。
そうして私達の間に流れたなんとも言えない沈黙を、ちょうどいいタイミングで、電探の音が紛らわせてくれた。
それは敵がついに間近へ迫ってきた、その合図であった。
一度後ろを振り返って、随伴艦が戦列を乱していないことを確認する。
『ああ…死ぬなよ、瑞鶴』
「勿論!」
ふぅ、と息を吐く。
しかし、それでも不自然なまでに上気している頬。
それは隠せない昂揚の証であった。
当然、これから始まる―戦闘への。
弓に矢をつがえる。すべての準備は整った。
「第一次攻撃隊…発艦始め!」
まっすぐに宙空へ放たれた矢が、艦載機へと姿を変える。
私はそれを見て、笑った。
*
――此度の北方海域の任務へ参加させられた親潮は、考えていた。
果たして旗艦―瑞鶴は、初陣で命を預けるに足る人なのか、と。
当然、それは口にも表情にも出さない、出してはいけないことではあるが。
しかし彼女ら練度の低い艦は、旗艦である瑞鶴がしくじればまず間違いなくこの北方の海に命を散らすことになる。
故に、表に出さずともその疑いを抱くこと自体は当然の権利であると言えた。
彼女が瑞鶴に出会ったのはこの任務が初めてであり、その際の印象としては、なんとなく頼りない人、であった。
しかも、出撃の最中もこちらをチラチラと伺うだけで特に気の利いた言葉も掛けてこない。
時折の戦列の確認ぐらいが関の山である。
益々、彼女の瑞鶴の『指揮官』ぶりに対する印象は悪化した。
けれど、それでも彼女は瑞鶴に命運を託さねばならない。
自分たちに出来ることなど殆ど無い、この戦場で。
不安は刻一刻と増していき、酷く気分が悪くなってくる。
いよいよ戦闘が開始されることになった段など、思わず踵を返して鎮守府へ逃げてやろうかという案が何度も頭をぐるぐるしていた程に。
そこで、彼女は見た。他でもない、瑞鶴を。
「え………?」
そして―信じられないと、そんな表情を浮かべた。
それは親潮だけでなく、随伴する低練度の艦、全てに共通している物だった。
瑞鶴は――笑っていた。
ただの笑みではない。心の底から楽しそうな笑みである。
親潮は、部隊長として紹介された折に浮かべていたぎこちない笑顔しか、瑞鶴の笑みを知らない。
だから困惑した。おそらく他の艦も、皆、困惑していた。
どうして今、そんな笑みを浮かべるのか、と。
虚勢には、どうしても見えなかった。
置かれた状況に心から満足していると、瑞鶴の笑顔は語っていたのだ。
――それからは、圧巻であった。
この北方海域、確かに数ある戦線の中では危険度は低い。
しかし、それでも戦場であることに変わりない。
油断が、慢心が、偶然が全て死に直結する戦場。
敵が本気で殺しに来る、戦場。
紛れも無く、死に一番近い場所を――瑞鶴は、圧倒していた。
動きに迷いはない。一切の淀みもない。指示通りに、流れ作業のように、敵を屠っていく。
確かに瑞鶴は『指揮官』では無かった。だが――
「………」
いつしか親潮は言葉を失っていた。
あれが―あれが艦娘という兵器の完成形であるのならば、自分には決して辿りつけぬ場所であると悟って。
そして同時に、瑞鶴という艦娘を、これ以上なく恐ろしく感じたのだ。
*
「…ふふっ」
自然と唇が歪む。
戦闘は、楽しい。
あの人の声を聞いて、その指示で動く時間は楽しい。
だって、何も考えなくていいから。
ただ、私の全てを、あの人に委ねればいい。
あの人の艦娘であればいい。
事実、私は戦闘中にそれだけを考えている。
そこには、自らを惜しむ気持ちなど、欠片も存在しない。
彼が死ねというのならば、迷わず死んで見せると、断言できる。
私は艦娘なのだから、兵器なのだから。それが当然で、それを成せることが幸せなのだ。
戦闘はある種、自分にとって情交のようなものだと―いつか考えた事があった。
私にしか出来ない、彼との繋がり。
……翔鶴姉には、できないこと。
「………なんてね」
頭の片隅で考えた馬鹿な事を振り払って、前を見る。
敵はもう、殆ど残っていない。
残念だと思うのは、まだ続けていたいと思うのは―私がおかしいからだろうか。
と、少し冷静になった頭が敵以外にここに存在する者を思い出して、後ろを見る。
「あ」
――やってしまった。
随伴艦が怯えている。当然敵ではない、私にだ。
………無理もない。どころか当然のことだった。
「あーあ……」
そういえばこの前新しく加入した娘達もこうして怖がらせたなぁ。
今笑いかけたら…普通に考えて逆効果、か。
…またしばらく微妙な空気で出撃するはめになるのか、と考えると、表情はどうしても重くなる。
「まぶし…」
目線を、上にやる。
北方の空には珍しいことに、空はこれでもかと青く。
氷山に反射した陽光が、私をこれでもかと照らしていた。
*
「おかえりなさい」
「うん、ただいま」
「平気だった?怪我はない?」
「…子供じゃないんだから、だいたい、何百回も行ってる戦場なのに」
「それでも、心配なの」
「……もう」
なんとなく、不満気に頬を膨らませた。勿論、本心はその反対だったけれど。
「相変わらず、翔鶴姉は余計な世話を焼くよね」
「はいはい、ごめんなさいね」
ぽんぽん。
頭を撫でられる。
思わずやめてよと言ったけれど、悪い気はしなかった。
「これから、お風呂?」
「ううん、提督さんのとこ」
「…そう…あ、報告なら私が代わりに行きましょうか?」
翔鶴姉の雰囲気が、少しだけ変わる。
隠しているつもりなのだろうけれど、丸わかりだった。
「瑞鶴も疲れてるでしょうし、先にお風呂に行ってきたらどうかしら?」
私に任せて、そう言っているように見えるけれど、きっと翔鶴姉の心の中では違う言葉が浮かんでいると思う。
だから、私はそれに気付かないふりをして、いつものようにこう言うのだ。
「…ん、お願いしようかな、ありがとう、翔鶴姉」
「ええ、ゆっくり休んでね」
そして私は、執務室とは逆側へ歩き始める。
それが―いつもの日常。
「お疲れ様、瑞鶴」
だったはずなのに。
「提督……?」
先に反応したのは、翔鶴姉。
驚きが、声に滲んでいた。
「いや、最近ずっと報告が翔鶴からだったしな、降りてきた」
無線越しで聞くよりも、幾分か柔らかい声音。
――無意識に、無邪気に、押し殺そうとしていた心が跳ねる。
「…別に…いつもの、任務だし」
精一杯作ったそっけないつもりの態度。
わかっている。何も隠せていないことなど。わかりきっている。
私はただ、翔鶴姉から顔を逸らしていた。
「いつも、だからだよ」
「ありがとうな、瑞鶴」
言葉とともに、ぽん、とひとつ頭を叩かれた。
自然と、手が触られた場所を追って――途中で気付いて、行き場の失った手を降ろす。
「……お風呂、いってきます」
「ああ、うん、すまないな、引き止めて」
「いえ……その、翔鶴姉も、ありがと」
「………ううん、気にしないでいいのよ」
目は、合わせてくれなかった。
…別に、提督が降りてきたのは、私のせいじゃあないのに。心の中でそうふてくされて、背を向けた。
けれど―彼が降りてきてくれた事自体は、嬉しく思ってしまう自分がいる。
つまるところ、色々と複雑なのだ。
提督の気持ちも、翔鶴姉の気持ちも知っていて。
その上で、自分の気持ちも知っている。
わかってはいる。それが厄介なものだってくらい。
「そりゃ…わかっては、いるんだけどー…さぁ」
捨てた方がいいことだって、わかってはいる。
「……でも」
この気持ちの一番厄介なところは、きっと、幸せになってしまうことなのだろう。
想っているだけで幸せで、心が満たされて、世界が輝いて見えて。
…捨てられないから、捨てたくないから、さっきみたいにふとした拍子に『それ』が顔を覗かせる。
「…次の出撃は、いつになるんだろ」
ただひたすらに、何も考えず、彼の指示通りに戦っていたい。
そうすれば、きっとこうして心が痛むこともないのに。
二人は―今頃、何を話しているのだろうか。
一瞬だけそんな考えがよぎって、すぐに投げ捨てた。
続くったら続く
瑞鶴がカップルを見守るだけのお話です
*
お風呂を終えて、一人の居室。
先程の話を思い出しながら、呟く。
「ケッコンカッコカリ…ってねー」
この名前を考えた人は、どうしようもない大馬鹿だと思う。
いざ口に出せば、その思いは更に強くなった。
なんでも艦娘との強い絆の思いが百倍パワーで更に二乗でドン。らしい。
すごくどうでもいいので聞き流してしまったがだいたいそんな感じである。
ただ、加賀さんはどうでも良さそうに話を聞く私を、意外そうに見ていた。
どうにも私がその話に食いつくだろうと思っていたようだ。
多少なりとも無表情が崩れるのを見れて、ほんの少し満足した。
「…どうせ、選ばれないし」
装備は試作品として各鎮守府に一つずつしか配られていないそうで。
であれば―まあ、ここでそれを渡される相手など、自ずと知れるというもの。
「というわけで、未練なーし!」
どこかにいる誰かへ向けて宣言。びしっ。
………とても虚しい。
「うーん、甘い物でも食べに行こうかなー」
こういう時、甘い物は良い。
何かの解決になるというわけではないけれど、とりあえず幸せになる。
しばらく問題から目を逸らすにはもってこいだ。
そう決心して、身体を起こした瞬間であった。
「最悪のタイミング、ってやつだこれ」
こんこん。
今の私には不快な音を響かせて、ドアが数度叩かれる。
居留守でも使ってやろうと思ったが、流石にそれは後々面倒を引き起こすだろう。
「…はーい」
つまらない連絡だったら嫌味の一つくらいは言ってやろうと、低い声で応じる。
しかし、その一瞬後には、全ての嫌な気持ちが吹っ飛んでいた。
『ああ、瑞鶴か?』
「て、提督さん!?」
『すまない、休んでいたところを』
「だ、大丈夫!大丈夫だから!」
『そうか?だったら良いんだが…』
「え、えっと…それで、どうしたの?あ、ごめんなさい!今開けるから……」
『いや、気にしなくていい、ここには瑞鶴を呼びに来ただけだから』
「え?」
『後で時間が出来たら、執務室まで来てくれないか?』
「えっと…よくわかんないけど、ここで用件を伝えていけばいいんじゃないの?」
『…ちょっと、長くなりそうな話でな』
「……?」
なんだろう。
長くなりそうならいつまでもこの部屋にいてくれて構わないというのに。大歓迎なのに。
もしかして私の部屋に入りたくない理由があったりするのだろうか。汗臭いのだろうか。だったら女の子的にやばいのではないだろうか。
そんな思考を頭の中で高速回転させる私に構わず、提督さんがそそくさと扉から離れていく気配を感じる。
『…と、とにかく、あとで来て欲しい』
『詳しいことはそこで話すが、新装備の話なんだ』
「え…………」
ケッコンカッコカリ。
先程馬鹿にしたその言葉が浮かんで、私は完全に動きを止めた。
「わ、わかった!行くね!今すぐ行くから!」
『あ、ああ…いや、別にそこまで急がなくても…』
*
「………………」
結論から言えば、やはりというかなんというか、聞かされた物は私の望んでいた話とは全くかけ離れていた。
ケッコンカッコカリに必要な指輪は、練度99という上限を取り払うことの出来る装備である。
ケッコンカッコカリを行うには練度が99必要である。
未だに戦場に行ったことがない翔鶴姉の練度を上げるのに適任なのは、慣れている私である。
だから明日からの北方海域任務に、翔鶴姉を加えて欲しい、と。
そして、守ってあげて欲しいと。
そんな話だった。
「すまない、また瑞鶴の負担が増えるような任務を」
「ごめんね、瑞鶴…」
執務室に入るまで浮かれて熱されていた頭が、その反動のように心底冷えている。
これではまるで、出来の悪い道化のようだ。
勿論、勘違いしたのが私である以上、誰かを責めることなどできない。
それでも――私は。
「……うん、大丈夫、翔鶴姉は私が守るからね!」
「瑞鶴…!」
貼り付けたような笑顔で言う。
それを微塵も疑う様子も無く、翔鶴姉もまた嬉しそうに笑った。
ありがとう、と。
羨ましい。
私は、あんな風に笑えない――いや。
戦場だ。戦場でだけ、あんな風に笑えていたのに。
……私は。
「…それじゃあ、話も聞いたのでこれで失礼します、提督さん、翔鶴姉」
これ以上、ここに居たくはなかった。
返事も聞かずに執務室を出て、扉を閉める。
無礼なことではあったが、別にそれを気にするような人達でもないし、いいだろう。
それよりも、早く部屋に帰りたかった。
これから行われるであろう薄ら寒い茶番の事を、一秒たりとも考えていたくなかった。
*
なぜ、翔鶴姉が好きなのか。
そんなことはわからない。わからないけれど、好きだ。
我ながら馬鹿げた話だと思う。
でも、仕方ないじゃないか。
私は、艦娘である『瑞鶴』は、そういうふうに作られているのだから。
『翔鶴の事が好きである』と、規定されて生まれたのだから。
嫌いになどなれるはずがない。
嫌いになどなってはいけない。
私が『瑞鶴』である限り、それは絶対の事。
人ならば、永遠に続く感情など存在しない。
愛情も、親愛も、嫌悪でさえ、いつしか変質してゆく。
なのに、人でない私にはそれが許されない。
翔鶴姉が好きだという感情は、生きている限り不変のものだ。
例え、今の私が、翔鶴姉の事を全く好意的に捉えていなくても変わらない。
これ以上も無く、歪である。
その歪さは、私の心を蝕んでゆく。
妬ましい。祝福したい。疎ましい。大好き。いなくなればいい。ずっと側にいて欲しい。
ああ、わからない。自分の心がわからない。
私の心を、『瑞鶴』が否定する。
浮かんだ言葉が、次々に上書きされていく。
私が、削られていくような感覚。
何かが磨り減り続けている様に感じるのは、決して錯覚ではないだろう。
それが、どうしようもなく怖かった。
だから、戦いを好きになった。
一瞬とはいえ、全てを忘れさせてくれるから。
一時とはいえ、彼が私を見てくれるから。
『瑞鶴』ではなく、私が笑うことが出来るのは、きっともう、あの場所しかないから。
なのに。
今度は、私からそれすら奪うと言うのだろうか。
唯一、私に残された場所すら、翔鶴姉は許さないというのだろうか。
ああ――――
また、心がぐちゃぐちゃになっていく。
なにも、かんがえたくない。
なにも――――
ここまで、つづく
一週間後と宣言することでうんたら
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