【モバマスSS】シンデレラたちの昼 (34)
ここは都内の某所にある、美城プロダクション所有の女子寮。
日々研鑽し、高みを目指すアイドルが、心と体を休ませる憩いの場所。
今日も可憐なシンデレラたちは、気の向くままに時をすごす・・・・・・
"数多のアイドルたちを圧倒的なカリスマ性で飲み込んできた第六回王者、神崎蘭子ッ!"
"対するは、多の追随を許さない迫力で、破竹の如く駆け抜けた無敵の特攻隊長、向井拓海ッ!"
"第七回ライブバトルグランプリVisual部門決勝戦ッ! この大いなる栄光の頂に輝いたのは……っ"
"勝者ッ! 神崎蘭子ッ! 大会初の二連覇達成ですっ!"
"ククク……ハハハハ……ハーッハッハ! 我は闇! 愚かなる地上の者よ、汝の背後に迫り来る闇に怯えよ! そしてその双眸にしかと焼き付けるがいい!"
"くそぉぉぉぉっ! お前の顔、声、そしてその有り様! 全部刻んだっ! ……次に会う時がテメェの最後だ……"
"――必ず這いつくばらせてやるぜ"
"我は逃げぬゆえ、そう吠えるな――"
ワァァァァァァァァァァァァ!!!
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奈緒「……なぁ蘭子、Vi部門だけ雰囲気が違いすぎる」
蘭子「我が友奈緒よ、連綿と続いたる饗宴は、民にけして覚めぬ夢を与える催しなのだ……ふぁ~……」
寮のリビングでたまの休みを満喫する二人が見ているのは、彼女たちが所属するプロダクションが有する放送局、美城テレビジョンの人気番組『ライブバトルグランプリ』。
しかし、別段興味があって見ている様子ではなく、蘭子に至っては自分の優勝シーンに目を向けることもなく奈緒の膝に顔を埋めている。 テレビの中で不遜な笑みを浮かべる怜悧な美貌は完全に隠れ、太ももの柔らかさに安らぎの寝息を立て始めてしまった。
奈緒「あ、こら。 一緒にお昼食べるんだろ? 飛鳥が買ってきてくれるんだから起きてないと」
蘭子「んん~~んぅ」
奈緒「あひっ! くすぐったいだろっ」
彼女たちが待っているのは同じ寮の住人、二宮飛鳥。 偶然にもその3人を除き、それぞれがロケや収録により出払っていたことから、コンビニ弁当で済ませてしまうことにしたのである。 コンビニといえばボク、買い出しは任せてくれ、と言い出した飛鳥が家を出てから1時間、既に太陽は中天に届こうかとしていた。
奈緒「にしてもだ。 どんだけ時間かけてんだアイツ」
蘭子「飛鳥ちゃんは、コンビニ大好きだから……」
奈緒「でも角のセブンだろ?」
蘭子「うん」
はぁー、とため息をはき、二人は空腹に脱力する。 その時、ぴんぽんぴんぽんと玄関で呼び鈴が鳴り響いた。
蘭子「きた!」
奈緒「おわっ!?」
普段見せることのないような背筋力で起き上がった蘭子に驚く奈緒。 それを尻目に、魔力切れの堕天使は駆け出していってしまった。
奈緒「あーもう。 一応誰だか確認してから…………えっ……?」
奈緒が操作したのはカメラ付きインターフォン。危険をあらかじめ防ぐべく設置されたそれに映しだされたのは、黒のライダースーツに炎の車輪がでかでかとペイントされたフルフェイスヘルメットの人物。そしてその傍らには人間の一人でも入りそうな大きなバッグが置いてあった。
――なんだこいつ、ドラマで見る誘拐犯みたいなだ……な……っ!?
奈緒「――っ! 蘭子っ、開けちゃ駄目だぁぁぁっ!!」
※別にサスペンスになったりはしません。
奈緒「――っ! 蘭子っ! 開けちゃ駄目だっ!!」
飛鳥を出迎えに玄関の鍵を開けた私にかかる制止の声。 いつになく緊迫と焦燥の色が濃いその声に驚き、慌ててサムターンを回そうと手を伸ばすが……
バンッ!!!!!
???「お、久しぶりじゃねえか」
あからさまに怪しい、そのまま強盗の帰りと言われても信じられるような人物がいる。 飛鳥ちゃんだと思ってたから確認しなかったのが良くなかった。 そうだ、目を逸らさないようにして、話しかけながら……ゆっくり下がらないと……
蘭子「ど、どち、どちらさまですか……?」プルプル
???「アァッ!? ……っと、これ被ってちゃわかんねぇか……」
持ち上げるように外されたヘルメットから溢れだす長い黒髪。 汗に濡れる相貌には、百獣の王を彷彿とされる鋭い眼と、威嚇するように持ち上げられた口角。
拓海「よぉ、会いにきたぜェ……神崎、蘭子ッ!」
蘭子「ぴっ!?」
拓海「……ぴ?」
蘭子「ぴゃあああああああああっ!!!」ブワッ
\ピャアアアアアアアアアアアアアア!/
/ピャアアアアアアアアアアアアアア!\
蘭子の悲鳴……っ! くっ……警察に連絡してる暇はない……あたしがなんとかしなきゃ!
奈緒「うおおおおお! 蘭子大丈夫かあああああ!?」
蘭子「な゛お゛ち゛ゃあ゛あ゛あ゛あ゛ん !」
もうこれ以上ないくらい泣いている蘭子が駆け寄ってきてあたしの背中に隠れる。
拓海「お、おいっ。ア、アタシはなんもやってねーぞ!」
奈緒「嘘つけ! 犯人はみんなそういうんだっ! ライダースーツにヘルメットとか犯人以外誰が着るんだよ!」
拓海「ライダーじゃねーかな……」
奈緒「……」
拓海「……」
そうかもしれない。よく見たら玄関先にバイクもおいてあるし……勘違いした? いやでも謎のでかいバックを持った見ず知らずの人間がアイドルの女子寮にやってくるってやっぱりそういう目的なんじゃ……
少し混乱し始めたあたしは、謎の女から目を逸らさないように気をつけながら、蘭子ごとジリジリと後ずさる。
拓海「おい……お前らまだわかんねえのか?」
奈緒「な、何が……はっ! もしかして仲間がいるのか!? ゆうかいなんて絶対バレるんだからな! やめるなら今だぞ! なっ!」
拓海「しねーよ! 人をなんだと思ってやがるっ!」
誘拐犯だと思ってる。
蘭子「わ、我が友よ……ヒック……そ、そのものは我らを、拐かそうとしているのではない……」
背中に抱きついたままの蘭子がそう言いながらも後ろに下がり続ける。 犯人じゃないなら、なんで蘭子は未だに怯えているんだ……? きっと、きっと何かが……そ、そうか!
奈緒「お、お前!」
拓海「あん?」
奈緒「お前は向井拓海だな!? さっきテレビで見たぞ!」
拓海「おぉ! やっとわかったみて~だなっ! それで要件なんだけどよ……」
奈緒「は、這いつくばらせに来たんだな!? あたしらしかいないのを狙って……!」プルプル
蘭子「はいつくばらされるぅ……」プルプル
拓海「ちっげーよ! ああもうめんどくせェ! オイ! いい加減出てきて説明しやがれっ!」
あいつ、ついに仲間を呼びやがった! 少しでも時間稼ぎをして蘭子だけでも逃さないと、と考えるあたしの前に出てきたのは、コンビニ袋で両手が塞がった飛鳥だった。
飛鳥「フフフ……驚いているようだね」
蘭子「あ、飛鳥……なぜ、我が同胞たる汝がそこにっ」
驚きの声を上げる蘭子と同じく、あたしの中にも疑問が湧き上がった。 もしかして、と良くない想像がぐるぐると頭をよぎっては消えていく。
飛鳥「ハハハ! 全くおめでたいね! ボクがこの人の協力者ともしら痛ったたたた!」
あ、なんかうめぼしされてる。 んん? 何が起きているのかさっぱりわからない。
拓海「話がこじれるだろうが! あーくそ! この前の試合のお礼に来たんだよ!」
奈緒「お、お礼参りってやつか……?」
拓海「だぁぁぁぁぁ!」
飛鳥「いたいたい! やめてってば! 説明する!するから!」
お昼も間近なこの時間、生暖かい空気と異常事態による興奮で汗が止まらない。未だにプルプルと震える蘭子を背に、同じくプルプルと泣きそうな飛鳥の説明を聞く。
安心感に気が抜ける。それと同時に、自分は何をしているんだろうという途轍もない虚脱感がやってきた。 そよそよと涼しい風が、今は心底無気力さに拍車をかける。
はぁ……腹減った……
これはあれですね、奈緒と拓海の口調が混ざり始める予感がしますね
書いてる途中でも良いので、おかしい点があったら逐一教えてくださると僕が喜びます。
飛鳥「はい、アイスコーヒーでよかったかな? ああ、蘭子の分は冷たい紅茶にしてあるよ」
拓海「おう、わりぃな」
蘭子「赤き雫……流石は我が半身、良くわかっているわ」
飛鳥の涙まじりの説明を聞いた後、全員でリビングへと移動した。
その説明をまとめるとつまり…… あたしも知ってたことだけど、この向井拓海という人は美城とは別のプロダクションに所属しているアイドルで、うちの蘭子と大会で競い合った相手だ。 なんでもその事務所で不正が発覚したらしく、担当プロデューサー共々うちに移籍することになったらしい。それで、大会の打ち上げや移籍の挨拶を兼ねて食事会をするべくやってきたそうだ……が!
奈緒「アポ無しで来る奴が居るかっ!」
拓海「はははっ! いやー悪かったって。 サプライズのつもりだったんだよ」
はははじゃない。 すっかり馴染んじゃってるけど、蘭子もあたしもめちゃくちゃ怖かったってのにのんきなもんだよ。
奈緒「まったく……もし蘭子が居なかったらどうするつもりだったんだ? えっと、向井さん」
拓海「拓海で良い。 せっかく仲良くしにきたんだ、堅苦しのはなしでいいだろ? 」
蘭子「機獣の操者よ!」
拓海「お、おお」
飛鳥「よろしく、拓海」
拓海「お前は”さん”をつけろ」
飛鳥「えっ」
なんでボクだけ…… と飛鳥が凹んでしまった。 ヤンキーは体育会系だし、飛鳥みたいなタイプには厳しいのかもしれない。 後でフォローしといてやろう。
拓海「あー、それでだ。 もし居なかったら適当なの捕まえて連絡先聞き出すつもりだった」
飛鳥「その哀れな被害者がボクでね。 そのまま買い出しに連れて行かれたのさ」
拓海「オゥ助かったぜ! 後で腹いっぱい食わせてやるからなっ」
なるほど、それで帰ってくるのが遅かったんだな。
奈緒「それにしても、良くあんな格好したやつについてこうと思ったな?」
率直な疑問だ。
飛鳥「蘭子の対戦相手だったからね。 リサーチ済みの特徴と一致してたから信用したのさ」
拓海「いきなり名前やら何やらを言い当てられてビビったぜ。 蘭子といいコイツといい、変わったヤツが多いプロダクションだ」
特攻服とバイクで登場する元ヤンアイドルには言われたくない。 そんな拓海が、フクザツそうな目つきで、蘭子をじっと見つめている。
拓海「しかしまぁ、ステージの上でアタシを震え上がらせた、あのバケモンが……」
蘭子「?」
拓海「なんつーか……なあ?」
奈緒「ああ、わかるよ」
ステージの上、特にライブバトルでの蘭子は非常に傲慢で、高圧的で――容赦がない。 劇場型のアイドルには良くあることだけど、あいつらは自分の世界を舞台の上につくり上げることに長けている。 一度流れに乗ってしまうと、そこから主導権を取り返すのは至難の業。 為すすべもなく、創られた世界の脇役として飲み込まれていってしまう。
とりわけ、蘭子が演じるのは魔王や姫、天使や悪魔といった、いわゆる美味しい役どころ。 相手をしていて決して楽なものではない。
そんな彼女は今、きぐるみ猫パジャマを着て拓海にキラキラした眼差しを贈っている。
拓海「なんだかなあ…… にせもんとかじゃねえよな?」
蘭子「むっ、不敬なるぞ。何故我を贋作呼ばわりする!」ムン
拓海「ああもう! ちょっと撫でさせろやぁぁぁぁ!」
蘭子「いやぁぁぁん~!」
ワシャワシャと、拓海が嫌がる蘭子を撫で回す。 すかさず飛鳥が間に割り込み、拓海を席に戻した。
飛鳥「止めてくれ、急に撫でたらびっくりするだろう。 頼めば割と何でもやってくれるんだ、要領を守って可愛がってくれ」
拓海「お、おう、悪かったな…… じゃあ改めてちょっと撫でさせてくれや」
蘭子「うむ」
拓海「よっしゃ。 あ~……」
飛鳥「わっ! ボクもかい!? え、エクステに気をつけてくれないか……」
拓海はなんだか感極まった表情で、二人を撫で続ける。 対する二人は喉を鳴らす猫の様に、ハの字眉毛で気持ちよさそうだ。 そういやあ、ヤンキーは捨て猫が好きってのが相場だもんな。 どう見ても野良って感じはしないけど。
奈緒→蘭子→奈緒ですね
わかりにくくて申し訳ないです
奈緒「満足したら言ってくれよ。 実はそろそろ空腹が厳しいんだ」
なにせ起きたのが10時だからな。 寮の敷地が広いからか、ついついポケモンを探して夜更かしをしてしまう。 プロダクション全体で流行っちゃってるからたちが悪いんだよなー!
拓海「おっとそうだった。 わりーわりー今用意する」
そう言うやいなや、拓海は例の誘拐バッグをテーブルに載せた。 ドスンと、見た目を裏切らない重量感。 まさか、これ全部食べ物なのか?
拓海「へっへっへっ! この間の賞金使ってフンパツしたんだぜっ!」
奈緒「んんん? もしかして……バーベキューコンロってやつか?」
拓海「大正解ッ! しかもテンション上がっちまってな、ロブスターも買ってきたッ!」
飛鳥「ボクも手伝ってたんだよ」
はー、確かに少なくない金額が貰える大会だったけど、それにしたって羽振りの良い人だ。 慶次とかフランキーみたいなタイプなのかもしれないな。
蘭子「天壌の劫火! そして紅蓮の鎧を纏いし王者!」
拓海「…………おう! 何言ってるかさっぱりだけど気に入ったみたいでよかったぜ! んじゃ早速準備するから庭借りていいか?」
奈緒「それは良いけど……その格好でやんの?」
現在、パジャマ二人にライダースーツ一人。 普通に着てるのは飛鳥だけだ。
拓海「おっと……流石に暑いし着替えるわ」
奈緒「それならあっちの部屋で……うわ、すご……」
拓海「……なんだよ、女同士なんだから良いだろ別に」
逆に恥ずかしいじゃねーか、と拓海は言ってるけど、あたしが驚いたのはそこじゃない。 なんていうか、その……一部がすごく大きかった。 しかもスーツの下に着てるのは水着だけの、それこそアニメでしか見たことない格好で、ちょっと感動している。
そうこう考えてるうちに着替えは完了し、シンプルな紺色のカッターシャツに涼しげなデニム生地のホットパンツの姿になっていた。
拓海「よし、行ってくる。 悪ぃけど20分くらい待っててくれ」
蘭子「我らの助力が必要ならばいつでも言うが良い!」
拓海「心配すんな、心置きなく饗されてろ」
そうは言うがって思ったけど、随分と慣れた手つきで準備している。 どうやら本当に任せっきりで良いみたいだな。
一応、食器の用意くらいはしておくか、と席を立とうとし、ぐいっと袖を引っ張られる。
奈緒「どうした、飛鳥」
飛鳥「ボクも買い物を手伝ったんだよ」
蘭子「飛鳥ちゃん、褒めて欲しいって言ってるの」
なるほどそういうことか。 普段は斜に構えてスカしてるくせに、ちょいちょい甘ったれてくるところがとても可愛い。 正直、ちょっとずるいよな。
奈緒「よーしよし、暑い中あたしらの為に頑張ってくれたんだな。 えらいえらい、お姉さんは嬉しいぞ~」
飛鳥「フフフ、悪くない気分だ。 もっと撫でてくれ」
蘭子「我からも汝の偉業に歎賞の威を示そうぞ」
飛鳥「ふへへ」
犬の尻尾が見える、なんて表現があるけれど、今の飛鳥はまさにその状態だ。 ここまでわかりやすいと余計可愛がってやりたくなる。 動物っぽい行動が萌え要素になるのもそういうことなのかな……
奈緒「そういえば、いまさらかもだけど。 そのパジャマはどうしたんだ?」
蘭子「我が獣王の鎧のことか?」
奈緒「獣王…… まあそのキグルミパジャマだよ」
蘭子「汝が我らに天啓を授けたのだ。 そして遠征の際、彼方の地にて見つけた礼装よ!」
飛鳥「この間、原宿へ行った時ついでにね。 別のキグルミだけど一応お揃いさ」
なるほどな。 実は今の格好(キグルミ)も体の線が目立つ上に胸元が広く作られててけっこー際どいんだけど、この際それには目を瞑ろう。
奈緒「よし。せっかくのパジャマが汚れるのもなんだし着替えてくるか。 飛鳥はみんなの分のエプロン持って来といてくれるか?」
飛鳥「任せてくれ」
蘭子「では、行ってくる!」
着替えを終えたあたし達が庭へ出ると、じんわりと暑い初夏の日差しが出迎えてくれる。 これは日焼け止めを塗らせて正解だったな……
拓海「遅かったじゃねーか。 もう準備万端だ」
奈緒「ごめんな、あたしらは肌焼くと事務所に怒られるんだ」
拓海「マジでか。 アタシんとこは焼けたら焼けたで需要があるーっつってたぜ」
随分とあけすけな物言いの所だったんだな…… あたしもアイドルになる前はプールや海で真っ黒になったりもしてたけど、今は多方面の活動をする手前、イメージを壊すあれこれは避けなきゃいけない。
奈緒「そういえば、おまえたちは日焼けするイメージないよな」
特に蘭子なんかは白すぎて心配になる。 風呂あがりなんかは薄くピンクがかってもはや違う色だしな。
蘭子「我らに求められる仮面は深淵に咲く徒花…… 退廃と背徳に散り逝く美よ!」
飛鳥「キャラ性を抜きにしても、赤くなるだけで日焼けできない体質なんだ」
闇の住人らしく日には焼け爛れるのさ、と非常に飛鳥らしい。
蘭子「わたしもまっかっかになっちゃう」
奈緒「あれ痛いんだよなぁ……」
あたしも初めて海に行った時は真っ赤になってたな……あまりに痛くて幼稚園を休んだっけ……
拓海「肌もいいけど肉を焼け肉をっ! そしてハラいっぱい食いやがれっ!」
懐かしい記憶に思いを馳せてもお腹はいっぱいにならないもんな。 せっかく用意してもらったんだし、迅速に焼いて沢山食べるのが拓海への礼儀にもなるだろう。
蘭子「お肉っ!」
飛鳥「凄い……本当に串に刺さってるやつだ……っ!」
奈緒「おぉー!テレビでしか見たことないぞこんなの!」
二又の鉄串にゴロゴロお肉と色とりどりの野菜、しいたけ、輪切りのトウモロコシが刺さって、テーブルの上に山盛りになっている。 甘酸っぱい香りのソースが掛けられ、まだ焼いても居ないのにとっても美味しそうだ。
飛鳥「それにしても手際が良すぎないかい? ボクらが来るまで30分もかかってないだろう」
奈緒「確かにな。 跡を見るかぎり、全部今用意したんだろ?」
現在の庭には調理用テーブルとバーベキューコンロがあり、広げられた40Lのゴミ袋には人参やピーマンの切れ端が捨てられている。
拓海「アタシはチームの特攻隊長だからな。 こういうイベント仕切ったりすんのも当たり前だろ」
奈緒「だろって言われてもな……」
飛鳥「文化が違いすぎると何が正解か理解らない。 おいそれと関われない相手なら尚更、だね」
蘭子「お肉焼いていい?」
拓海「おっ、いいぞいいぞ。 どんどん乗っけてっちまえ」
我慢の限界を超えた蘭子の発言に応えて、拓海は串を網にのせていく。 ジュゥゥゥゥゥと焼ける音と一緒に、バーベキューソースの香りが漂いはじめる。 滴る油が落ちる度に音が弾けて立ち上る煙にかわっていく。
奈緒「しかも炭火じゃないかっ! 本当に準備がいいな!?」
拓海「そりゃバーベキューと言ったら炭に決まってる。 ガスは楽だけどな、中まで火が通りにくいからダメだ」
飛鳥「へぇ……燃える炎の方が焼けそうなのに、なんでだい?」
拓海「知らねぇっ! 実際そうなんだから理屈がなくても肉は焼けるっ!」
蘭子「わぁ、おいしそう」
もはや蘭子はバーベキュー、しかも肉以外は見えてないみたいだ。 拓海と飛鳥も串をひっくり返すのに夢中といった様子で、空気がワクワクしてきているのが分かる。
奈緒「飲み物の用意できたぞ! あと、これなら皿は要らないか?」
拓海「そうだな、ロブスター用に箸だけおいとけ……っと、こっちももう食えそうだ」
奈緒「それじゃあ、えーっと……乾杯の音頭とか取るか?」
拓海「いらねえっ! 食うぞおおおおっ!」
拓海の号令で一斉に肉へかぶり付いた。
奈緒「んっ!?」
この肉すごく柔らかいなっ! 肉々しい赤身だったからもっと硬い肉質かと思っていたけど、これは予想外だ。 安い国産牛みたいな脂身とは違う、酸味にも似た肉自体の味を感じさせながらも適度な歯ごたえを残し噛みきれていく。
拓海「この肉……なんでこんなに柔らかいか分かるか?」
奈緒「いや全然わかんないな……どんな秘訣があるんだ?」
拓海「ふふふふ…… 100グラム5000円だっ! 高いから旨え、それだけだ!」
つまり、一切れが軽く1000円以上…… 番組でいいもの食べる機会はあるけど、それにしたって目玉の飛び出るような高級品だった。 技は力に勝てない……!
蘭子「かっこいい……」
飛鳥「拓海さん素敵」
拓海「はっはっは」
高級肉の魅力にやられた子供達が、肉を通して拓海へ崇拝するような目を向け始めた。 きっと桃太郎にきびだんごを貰ったペットたちもこんな感じだったに違いない。 飛鳥がキジで蘭子が犬……と、なるとあたしは猿だな。
奈緒「いやあ、桃太郎についてく気持ち分かっちゃうな…… 今週で一番幸せかもしれない」
蘭子「もいもいむ」
飛鳥「むもんむ」
奈緒「あーあー、ハムスターかお前らは。 落ち着いて食べろって」
飲み込むスピードが全然追いついてない。 それにしても美味しそうに食べるな…… 一枚撮っておくか。
拓海「あ、それアタシにも送ってくれよ。 LINE交換しようぜ」
奈緒「それは良いけどツイッターにアップしてあるからそっちからでも良いんじゃないか?」
蘭子「んむ!?」
飛鳥「むぐむぐむぐ……ゴクン……いきなりなんてことをするんだ!? いつもの良心的な奈緒さんはどうしたんだいっ!」
奈緒「アイドル同士で近況撮影しろって言われてただろ。 飛鳥が発端なんだからな」
飛鳥「そうだった……!」
この前、飛鳥達が上げた画像がものすごい反響でさ。 広報の部長さんが味をしめちゃたんだよな。 それ以来、やり過ぎない範囲でこういう活動も仕事の内になってしまった。
蘭子「か、かっこわるい……」
拓海「可愛いから大丈夫だ!」
ははは、不良が可愛いモノ好きってのも定番だよな。
奈緒「すごい勢いで通知が飛んで来きてるよ。 グルメ系の仕事が増えるかもしれないぞ?」
蘭子「ほう……! 美食に興じるも魔王たるものの勤めになるか……」
飛鳥「レギュラーに成れば毎週ごちそうが……それは吝かじゃないな!」
拓海「こいつら、意外としたたかなんだな」
奈緒「芸能人としては正しい反応なんじゃないか? あ、今の業界人っぽくてちょっと恥ずかしいかも」
業界人だけどな。 ああ、そういえば聞きたいことがあるんだった。
奈緒「なあ拓海……なんでVi部門に出たんだ? あれ、結構癖が強いだろ」
蘭子たちが再び肉に夢中になったので、ちょっとした疑問を聞いてみることにしたのだ。 蘭子や飛鳥のように独特な個性を全力で披露するライブがメインのVi部門は、必然的にアクの強いものになる。 どちらかと言えばまっすぐに自己主張をする拓海には向いてない気がするんだ。
拓海「癖が強い――か。 だから出場たんだよ」
拓海「アタシはまだアイドルになって日が浅い。 元々、声張り上げて暴れまわってたんだ。 声量や体力に自身がないわけじゃねえけど、それじゃあ全然足りねえ。 アタシには技ってのが備わってないのさ」
だけど、と拓海が言った。
拓海「ビジュアルってのは魂だ。 自分の想いに持ってるモノ総てを乗せてぶん殴る。 対戦相手にも、審査員にも、ファンたちにも、全部この拳で伝えてやれる。 そうすりゃヤンキーに対する色眼鏡だって立派な武器だ。 アタシ自身を見てもらうのはテッペン獲ってからでも遅くはないさ」
なるほどな、拓海は強いんだ。 自分に自信があるのに短所を受け入れることに忌避感がない。 しかも勝利に貪欲だ。
奈緒「なんていうか……拓海はすごいんだなあ」
拓海「ハハハハッ! だろ? つっても優勝は逃しちまったんだけどなっ!」
奈緒「蘭子は分類すればトップアイドルだし、そう簡単には行かないだろうな。 ほとんどVi専門だし」
その分、ダンスは苦手だしスタミナも全然ないけどな。 夜道で出会ったらダンスレッスンを亡き者にする、とまで言っていたくらいだ。 概念あいてにどうするつもりなのかは知らない。
拓海「ああ、でもそのうちぶっ倒してやるさ…… あの姿を見てるとやりずれぇけどな……」
奈緒「あの口調は一種の人見知りなんだよ。 もっと仲良くなれば普通に話すことも多くなるんだ」
拓海「正直な所、素が子犬みたいなヤツだとは思わなかった。 美城はスカしたヤローが多いと思ってたけど、以外な一面だったぜっ!」
会いに来てよかったぜ。 そういうと、拓海は嬉しそうな笑顔を見せた。 強気な眦が少しだけ下がり、とても優しい雰囲気になる。 これも意外な一面ってやつなのかな?
奈緒「意外ついでに他のやつらの一面も見ていかないか?」
拓海「あん? どういう意味だそりゃ」
奈緒「さっきの楽しそうな写真を見てな、用事が済んだここの住人が帰ってくるんだよ」
噂をすればなんとやら。 丁度、玄関の方が騒がしくなってきた。
拓海「そりゃ都合がいいな。 なんせ材料が余りすぎてたんだっ!」
ここは都内の某所にある、美城プロダクション所有の女子寮
青春を謳歌する乙女たちが心を通わせあう憩いの場所
今日もまた一人、大切な仲間が増えていく……
蛇足
涼「あれ? なんで拓海がいるんだよ。 ていうかどういう状況?」
拓海「り、涼!? てめえこそなんでいるんだよ!」←熟睡あすらんに膝枕中
涼「ここ、私の家だぜ」
拓海「くそが……っ! 完全に油断してた……」
涼「いぇーい、レアショット」カシャシャシャシャ!
拓海「あ、くそっ! 撮るなっ……撮るなよ……!」
涼「ハハハ! たくみんスマーイル!」
拓海「くそぅ……くそぅ……」
周子「仲良さそうやねぇ」
小梅「涼さん、すっごく楽しそう……」
おわり
かなり時間がかかってしまいましたが、これで完成になります。
もし、見ていてくださった方が居るならありがとうございます。
必要ないかもしれませんが一応の補足をします。
・ライブバトルグランプリとは、一つのステージで1:1もしくはユニット:ユニットで競い合う対バンみたいな競技という設定です。
・拓海は既に炎陣組んでるのでバイクのメットが炎の車輪マークになってます。世間的な評価は総合力の高い色モノ新人と言った感じ。
・それと日常ばかり描いてますが、概ね人気アイドルにふさわしいくらい忙しいです。
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