渋谷凛は魔法がお好き (43)




 「――はい。これまで応援してくれた方々には、本当に感謝の気持ちしかありません」



 『ありがとうございました。では続けて……渋谷さん自身についてお訊ねします』

 「分かりました」

 『今後の活動について、何か考えている事などはありますか?』

 「そうですね……しばらくは、ゆっくりしようと思います。その先は……まだ、分かりません」

 『歌手や女優への転向などのお話は周りから出ていらっしゃいますか?』

 「はい。ただ、私は優柔不断で……」

 『(笑い声)』

 「いえ、本当に臆病なんです私。ライブ前なんかはいつも震えていました」

 『なるほど……大変参考になりました。続いて皆さんが非常に興味を持っている質問なのですが』

 「はい」

 『渋谷さんはアイドルを卒業されました。今、恋をされていますか?』

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1467374340


 「恋……えっと、あの恋ですよね」

 『その恋です』

 「その恋ですか」

 『(笑い声)』

 「えっと……これ、答えても……あ、うん」

 『やはりシンデレラとしては、どこかの王子様と?』

 「……あはは。残念ながらまだ巡り会えていませんね、王子様には」



ちひろさんがリモコンを向けると、凛とした声がぷつりと途切れた。




  ”渋谷凛は魔法がお好き”


停止した録画と俺の顔とを交互に見比べて、ちひろさんがニヤニヤと笑う。
反応するのも負けな気がするが、どうせ反応しなくとも負けだ。

 「……停止ついでに消しといてください。ついでにデータも」

 「それなりのお代を払って頂ければ」

 「守銭奴」

 「色男」

 「悪口なんですかそれ」

 「さぁ? 凛ちゃんに訊いてみましょうか?」

 「……」

 「ふふ……♪」


結婚を機にちひろさんは変わった。
以前は年長組のヤケ酒に付き合う事も珍しくなかったのをよく覚えている。
だが最近は実に幸せそうな笑みを浮かべながら、きっちりと夕方に退社。
そして未婚の男性社員共を情け容赦なく槍の穂先で突いてくる。
やめろ。


 「ほら、見てくださいよプロデューサーさん」

 「今週だけで何回見せられてると思ってんですか。腹一杯です」

 「いやー何度見ても良いですねこれ。この凛ちゃんの一瞬の横目。堪りませんねもうふふふ」

 「……」

 「確かに『王子様』には巡り会えていませんけど、ねぇ? もっと素敵な出会いが無かったとは一言も」

 「ちひろさん」

タイピングの手を止めて向き直る。
椅子が溜息を代弁でもするみたいに軋みを上げた。

 「これは……俺達の問題です」

 「何の話?」




 「……いや別に、何でも」

 「ふーん。私の話か」



いつの間にか事務所へ顔を出していた凛が、俺の背後で呟いた。


 「何でそう思うんだよ」

 「何でって……プロデューサーが『何でもない』で誤魔化すのっていつも私の話だし」

 「……」

 「……気付いてなかった? 何年つるんでると思ってるの」

 「……言えよ」

 「やだよ」

 「いやぁ相変わらず仲がよろしいですねふふふ」

 「ちひろさん」

 「はーい」

自覚していなかった癖を指摘されると酷く落ち込むのは何でなんだろうな。
背後からブン殴られるのと変わらないからかな。

 「あ。これ、引退会見? 録画してたんだ」

 「ウチの大切なアイドルですからね」

 「来週いっぱいまではね」

 「うぅ、寂しくなりますねぇ……また遊びに来てくれますか、凛ちゃん?」

 「たまに卯月たちをつっつきに来ようかな」

 「是非!」


凛はアイドルを引退した。
やり残した事は何一つ無いと、俺は胸を張ってそう言える。

ラストライブの最後の最後。
ファンに向かって拳を掲げた凛の背中を、俺は一生忘れない。

 「あ、そうだプロデューサー」

 「どうした?」

 「好き」

今は契約やら挨拶やらの関係で凛をあちこちへ連れ回している。
立つ鳥後を濁さず、ってな。



 「……何が?」

 「言い訳はさせない。これは、私からの愛の告白。大好き。あなたを愛してる」



頭がおかしくなりそうだった。
凛の背後で、ちひろさんを筆頭に指笛を鳴らし手を叩いて大騒ぎを始めた同僚たち。
その姿を視界に捉えていなければ自分でも何をしでかすか分からなかった。


 「……凛」

 「ダメ」

 「……はっ?」

心臓の鼓動が何が何やら訳の分からない事になっている。
震える口を開いた途端、凛の掌が俺の眼前に突き出された。

 「プロデューサーってさ、ヘタレじゃん」

 「……」

 「イエスね」

都合良く解釈されて、そして俺は反論出来なかった。

 「無かった事にするから。今の私の告白」

 「……すまん、意味が分からん」

 「花を持たせてあげるって事」


凛の笑顔は、悔しさすら吹き飛ばすぐらいに綺麗だった。


 「プロデューサーからのプロポーズ、待ってるから。とびっきり格好良いやつね」

そう言い放って踵を返す。
言いたい放題捲し立てた挙句、凛は嵐のように事務所から去って行った。
あ、渡す資料あったんだった。どうするか。


 「……ふへへへへへ……」


現実逃避を始めようと元気に回り始めた頭をよそに。
これまで見た事も無いくらいのニヤつきを浮かべたちひろさんがゆっくりと近付いて来る。
その後ろにくっついてくる野郎共も、浮かべている表情は。


 「……誰か助けてくれ」


最悪、王子様でもいいから。

 ― = ― ≡ ― = ―

 「おはよ……って何かやつれてない?」

 「誰のせいだと思ってんだよ……」

 「プロデューサーの好きな人?」

 「思い出した。この世界に味方は居ないんだったな」

渋谷生花店は今日も平和に営業中だった。
出社するなり伸びて来た魔の手を振り払って飛び出た営業には、特に当てが無い。
一ヶ月ぶりに感じる花の香りには安心感があった。

 「格好良いプロポーズは考え付いた?」

 「まぁな」

 「……へぇ」

店名の入ったエプロンを身に着けた凛。
何でもない服装が、今の俺にはやけに目を惹いてしょうがなかった。

 「凛」

 「なに?」

 「一番好きな花、何だ?」

そう訊ねると、凛は一瞬きょとんとした表情を浮かべる。
それから間を置いて徐々に浮かべたのは、ちひろさんともまた違うニヤつき。


 「ふーん。まぁ、悪くない考えだと思うよ」

 「受ける側が茶化すなよ……で、どうなんだ?」

 「ん」

 「何だこれ?」

俺の質問に答えず、凛がレジ脇に並んでいた本を手渡してくる。
あちらこちらに濡れたような皺の残る、分厚めの本。
表紙には『花言葉辞典』とシンプルな字体で刻まれていた。

 「プロデューサーたる者、一生勉強だよ」

 「おいおい……」

 「私を喜ばせたいならこれから先、どの道必要になるし」

 「……」

 「予習は大事だと思うけど」

 「……良い性格になったよなぁ、凛」

 「どういたしまして」

 「そういう所がなぁ……」


受け取った本を鞄にしまい込む。
かつてない程の手応えを感じる営業だったのは言わないでおこう。

 「上がってく?」

 「いや、もうお暇するよ」

 「今さら遠慮するような間柄じゃないでしょ」

 「プロポーズを考えるのに忙しくてな」

凛と二人、顔を見合わせて笑い合う。

 「さて、行ってくるか」

 「行ってらっしゃい」

 「おう。また明後日な」

 「プロデューサー」

 「ん?」

 「今のプロデューサー、けっこう格好良かったよ」

 「そりゃどうも」

ハードルを上げてしまったらしい。


……参った。

 ― = ― ≡ ― = ―

ベッドの上で辞典を一ページずつめくっていく。
二周目を終えて、溜息と共に閉じた。


 「……まぁ、バラだよな」


バラ。
愛の花。

赤や白、黄に紫など色は様々だが、そのほとんどに共通する花言葉がある。

 「愛の告白、か」

誕生花を送ろうかとも考えた。
きっと凛の奴ならヘタレだの何だの言いつつも笑って受け取ってくれるだろう。

だからこそ。
この、端に折り目が付いて、真新しい付箋の貼ってあるページからは逃げたくない。
というかあからさま過ぎるぞアイツ。

 「……ん?」

ふと、端に添えられたコラムに目が留まった。
というのも、その豆知識が間違っているような気がしてならなかったからだ。


 「あれ……? いや、確か加蓮の奴の衣装を決める時に……」

身を起こし、デスクトップを立ち上げた。
検索ワードを打ち込んで数分、ようやく合点がいく。そういう事か。

 「……」

頭の中で作戦を組み立てた。
浮かんだのは、凛の笑顔。


 「……花を持たせてもらおうじゃないか」


魔法使いの実力を侮るなよ、凛?

 ― = ― ≡ ― = ―


 「凛。プロポーズにしに来た」


渋谷生花店は今日も平和に営業中だった。
お母様の隣で包装紙を纏めていた凛が、こちらを向いたまま固まる。
お父様がいらっしゃらないのは確認済みだ。
いやヘタれてない。

 「……あら? 何だか急にイジワルしたく……あ、眠っ。奥で寝そう眠っ」

わざとらしく額に手を当てたお母様が店の奥へと消えて行く。
見えなくなる直前に浮かべた笑顔に、俺は深く頭を下げた。
迂闊に上げられないなこれは。

 「……幾ら何でも急過ぎない?」

 「魔法使いだからな」

凛もだったろという言葉を舌の根元で飲み込んだ。
俺は魔法使い以前にプロデューサーだしな。
アイドルにやられっぱなしじゃ名が廃る。


 「ふー……」

凛が目を閉じて首を振る。
艶のある長髪がふわりとなびいて、店を満たす花の香りをかき回した。

 「いいか?」

 「うん」

そして、真っ直ぐに俺を見つめる。
その瞳は期待しているような、挑戦するような、何とも言えない煌めきを秘めている。

 「さぁ。プロデューサーは一体全体、どんな花を用意してくれたのかな」

 「凛」

 「……」

 「俺はもう、プロデューサーじゃない」

 「……そうだったね」

昨日で契約も全て終了。
名実と共に凛はアイドルではなく、俺は彼女のプロデューサーではなくなった。


 「何て呼べばいい?」

 「苗字でも名前でも。好きなように呼んでくれ」

 「じゃあ、好きなように呼ぶね。好きだから」

 「ああ」

 「Pさん」


名前を呼ばれた瞬間、ぶわりと顔が熱くなる。
待て、何だこれ。ちょっと待て。
ヤバい熱い。どうなってんだ。乙女か俺は。


 「……ごめ、ちょっ……待って。ごめん」


凛は凛で顔を両手で覆い隠していた。
はみ出ている小さな両耳が見事に紅葉している。
ショーケースに映った自分の顔を見そうになり、俺は慌てて目を逸らした。


 「……Pさん」

 「おう」

 「私の名前も呼んでよ。ズルい」

 「凛」

 「……」

 「……」


 「……ズルい」

 「他に何て呼べってんだ」


噛み合わないようでそうでもない会話を交わすうち、凛の顔色も落ち着いてくる。
この一瞬で平静に戻れるのは、流石トップアイドルと褒めるべき所か。

 「凛」

 「ん」

 「いいか」

 「……うん」


深呼吸を一つ。
足りなくて、もう二つ。


後ろ手に隠していた花束を、渋谷凛へ差し出した。




 「…………うそ」


青いバラを目にして、凛が口元を覆う。
とっておきの魔法は、どうやら無駄にはならなかったらしい。

 「青い、バラ……?」

 「ああ。凛の為に用意したんだ」

 「そんな……だって、青は……あのバラだって、こんなに……」


青いバラ。不可能の象徴とされる花。


そのつぼみは近年、長年の努力による園芸技術の進歩の末、見事に花を開かせた。
ただ、青いバラとは銘打っていても、その色はどう見ても青に近い紫。
俺が用意したものほど鮮やかな花は、未だこの世に存在しない。

 「造花……じゃ、ない」

花弁を摘み、凛が零した。
そう、造花ではない。
摘まれたとはいえ、このバラは元気に生きている。

 「どうして」


 「魔法使いだからな」

どんな状況でも通用する、自慢の魔法の言葉だった。
シンデレラの為なら、魔法使いに不可能は無い。

 「……ま、実を言うとタネがある」

 「……だろうね」

おどけたように白状すると、凛も柔らかい笑みを零した。
綺麗だった。

 「この花な、白バラなんだ」

 「……あ。ひょっとして」

 「分かったみたいだな」

内ポケットから小瓶を取り出した。

 「青インクを吸わせたんだ」

 「ご名答」

フランス語のラベルが巻かれた瓶の中には、深い蒼のインクが詰められていた。
鮮やかな青色を出す為に画材屋を駆けずり回る事になったが、まぁ。
シンデレラを射止める為ならごくごく安いものだろう。


 「……でもさ、Pさん」

青バラを興味深そうにつついていた凛が、徐々に不満そうな表情を浮かべる。

 「花言葉辞典、ちゃんと読んだの?」

 「ああ。『不可能』だろ?」

 「私、てっきり深紅のバラでも貰えるかと思ってたんだけどね」

 「凛。変わったんだよ」

 「……? 何が?」

 「青バラの花言葉」

借りた物と一緒に、新品の花言葉辞典も手渡す。
怪訝な表情でめくっていた手が、そのページでぴたりと止まった。



 「あ……」

 「もう、不可能じゃない。青バラの花言葉は、『夢叶う』だ。ぴったりだろ?」



進歩した科学は魔法と見分けが付かない、だったか。
どこの誰だか知らないが、なかなか粋な事を言ってくれるもんだ。


 「Pさんってさ、本当にキザだよね」

 「スカウトの時点で気付くべきだったな」

 「本当に、キザ」

 「魔法使いだからな」

 「またそれ。ふふっ」

そうして俺達はしばらくの間、馬鹿みたいに笑い合った。
だが、いつまでものんびりしている訳にもいかない。
こうしている間にお客さんが来るとも分からないから……な……?

 「……」

 「どうしたの?」

 「いや、別に」

 「ふーん……私じゃない話か」

ふと振り向くと、いつの間にか、本当にいつの間にか、店の入口は閉められていた。
提げられた札の『CLOSE』という文字が、昼下がりの西日に透けて見えた。
どうやら、俺に負けず劣らずキザな方がすぐ近くにいらっしゃったようだ。


 「素敵な魔法だったよ」

青バラの花束を抱えて、凛が柔らかく微笑む。

 「好きだろ? こういうの」

 「うーん、そうでもないかな」

 「そうなのか?」

 「うん。こういうのをしてくれる人が好きなんだ」



俺は、渋谷凛が好きだった。



 「凛」


すっかり落ち着いたと思っていた熱は、単に灰の下でくすぶっていただけだった。
これじゃあ俺が灰被りだ。

そう思って顔を上げ直すと、もう一人の灰被りが見えた。
お互いの顔色が大変な事になっているのは、鏡なんて無くてもすぐに分かった。

 「俺は、その、魔法使いで」

 「……」

 「あー、その……バラを、いや」

頭も舌も回らない。
何度もリハーサルを重ねたのに、本番じゃこのザマだ。
アイドルって、凄いんだな。

 「……くっ、ふふっ……」

 「……その、何だ……すまん、格好悪くて」

 「今のPさんね……すごく、格好良い」


半人前の魔法使いを、シンデレラは認めてくれるだろうか。




 「結婚してくれ、凛」

 「うん、いいよ」




  青いバラの花束ごと、一輪の真っ赤なバラを抱き締めた。


おしまい。


http://i.imgur.com/gRsOkV9.jpg
http://i.imgur.com/FzKZE4u.jpg

青バラの元ネタはGOSICKの錬金術師の話から
また作中にて言及された品種も実在します
(参考 http://www.tenki.jp/suppl/romisan/2016/05/28/12411.html )

よく考えると凛ちゃんさ、お花屋さんでアイドルってどんだけ女の子しちゃってるの
そりゃズルいくらい可愛い訳だよ


ちなみに微課金なのでSSR周子ちゃんをお迎え出来なかった傷が癒えません
誰か助けてくれ

おっと過去作載せ忘れてた


モバP「楓さんも泣いたりするんですか?」
モバP「楓さんも泣いたりするんですか?」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1465903923/)

渋谷凛はデートがしたい
渋谷凛はデートがしたい - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1454660125/)


よかったら読んでみてね

青くさくてキザったらしい台詞が並んでたらそれ俺が書いたやつだから宜しくな

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