【ガルパン】「卒業生代表、角谷杏」 (105)
・ガールズ&パンツァーのSSです。
・少しだけ劇場版のネタバレがあります。
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「卒業生より、贈る言葉。卒業生代表、角谷杏」
進行の先生の言葉に、角谷杏生徒会長がはい、と答えて舞台上に登壇していく。
少し横の方で、沙織さんのすすり泣く声が聞こえた。
私も少し目の奥が熱くなるけど、堪えてジッと会長の姿を見つめる。
身長140センチぐらいの、小さな体。
ちょっとだけ赤色っぽい髪をツインテールにした姿は、ちょっと失礼だけどお姉さんの制服を借りた小学生にしか見えないなぁ。
だけど、あの人は私達が通う大洗女子学園を束ねる、泣く子も黙ると言われた生徒会長……だった、が、正しいんだよね、もう。
いつも浮かべている、見ていると背筋がぞくっとするような、何だか嫌な予感を感じさせるような、そんなニヤリとした笑顔も今日は無くて。
登壇し終えた会長は、ただただ真剣な表情で私達在校生を端から端へとゆっくり視線を一周させると、懐から折りたたまれた手紙を取り出して、高く掲げて広げた。
まるで自分の顔を隠しているみたいに。
「卒業生より、後輩たちへ贈る言葉! 卒業生代表、角谷杏!」
静まり返った体育館に響き渡る、会長の張りつめた声。
思わず背筋がピシッと伸びてしまう。
「……まーそんな堅苦しいメッセージはないんだけどねー」
えぇ!?
会長は広げた手紙をポイッと背後へ投げ捨ててしまった。
膨れ上がった風船を爪楊枝で刺したように、今まで張りつめていた空気が一気にどこかへ消えてしまって、あちらこちらから笑い声であったり、呆れたような溜息であったりが聞こえる。
「やっぱりな」
「あの会長が真面目な言葉を残す訳がないと思っていたよ」
なんて会話も後ろから聞こえてきて……今のはたぶん、カエサルさんとエルヴィンさんかな。
舞台裏から慌てて姿を現した生徒会広報担当……であった、川嶋桃先輩が会長の投げ捨てた手紙を拾い上げてまた舞台裏へと戻っていく。
「皆ももう知ってると思うけど、この大洗女子学園は廃校の危機に遭ったんだ」
ざわついていた空気が、再びスッと冷えて静まり返る。
「文部科学省の方針でね。古いだけで何の特徴も無い、目立った功績の無い大洗女子学園は廃校になる、はずだった」
……そう。
大洗女子学園は、廃校になるはず、だった。
本当なら私達は散り散りに、他校に振り分けられる……はず、だったんだよね。
「私達生徒会も裏でいろいろやってみたんだけどさー。国のお偉いさんっていうのはそう簡単に動かせなくて……結局揚げ足取りで戦車道をやるしかなかったんだよね」
ちらちらと、いくつかの視線が私の方へ向いたような……あ、会長もこっち見て笑ってる……というか、手を振ってる……視線が更にこちらに向いて、恥ずかしい。
「最初は戦車を探すところからだったし、経験者も一人しかいなくて、精一杯足掻いてやろうと思ってただけで、正直内心では無理だと思ってたんだよねー……最初はね。でも、結果は皆が知っての通り!」
ダン!
大きな足音を立てて、会長は舞台の前方端にまで進み出た。
「我々大洗女子学園戦車道チームは全国大会で優勝した! いちゃもんつけられたけど、大学選抜チームにも勝った! 私達の学校は、守られたんだ!」
聖グロリアーナのダージリンさん。
サンダースのケイさん。
アンツィオのアンチョビさん。
プラウダのカチューシャさん。
黒森峰の小梅さんやエリカさん……そして、お姉ちゃん。
西さん、ミカさん、愛里寿ちゃん。
今までに出会った人々が脳裏に浮かんで、消えていく。
「すべては、一人の、ちょっと内気な転校生から始まったんだ……世の中、何が起きるか分からないもんだよ。いつでも助けがあるとは限らないけど、助けがある時は意外なところからひょっこり来たりもするんだ。だから、在校生のみんな。何事も、簡単にはあきらめちゃダメだからね。諦めずに、皆で支え合って、これからもこの大洗女子学園を、私達が愛して、守ったこの学校を、私達に代わって守ってほしい。頼んだよ!」
「「「はい!」」」
思わず立ち上がって、そう返事をしてしまった。
それは周りの皆も同じだったみたい。
見渡す限りの在校生が立ち上がって返事をしたから、私の小さな声はかき消されてしまった。
会長はこの様子を見ると、満足げに笑顔を浮かべて、後ろ手に手を振りながら降壇していく。
……会長、本当にいなくなっちゃうんだ。
今日は、卒業式。
私はもうすぐ、三年生になります――。
~~
「……おっ。やっぱり、みんな揃ってるねー」
「戦車を洗車しているようですね」
「河嶋上手いねー、座布団一枚。おーい!」
私達に一年生を始めとした何人かが気づいたので、手を振ってやる。
卒業式を終えた後。
生徒会の後輩連中、先生方との挨拶もそこそこに、私は河嶋、小山と共に戦車格納庫に向かっていた。
何となく、最後にヘッツァーを見ておこうか思ったんだけど……まぁ、西住ちゃん達がいる予感は、していたよね。
「会長。ちょっと遅かったんじゃないですかー?」
「おーナカジマちゃーん」
ニコニコと気持ちのいい笑顔を浮かべて近寄ってくるのは、自動車部、レオポンチームリーダーのナカジマちゃん。
その少し後ろに、レオポンチームの三人も控えている。
普段はお揃いの黄色いツナギ姿しか目にしないけど、流石に今日は全員がちゃんと大洗女子学園の制服を着ている。
……自動車部唯一の二年生であるツチヤちゃん以外の三人の胸元に、卒業生が式の際に制服に留めた造花がある。
私達も、おんなじ。
そっか、自動車部も部員一人になっちゃうのか。
いつも人当たりのいい笑顔を浮かべている印象の強い自動車部だけど、やっぱり先輩三人が卒業するのは寂しいんだろうね。
ツチヤちゃんだけは浮かない表情でうつむいている。
「会長ー!」
「河嶋先輩いかないでー!」
「小山せんぱーい!」
突然私達に抱きついてきたのは、一年生チームことウサギチーム。
この子たちも初めは頼りなかったけど、最後には欠かせない戦力になってたね。
でもチームの6人全員が涙もろいのは相変わらずみたいで、全員ボロボロ涙を流している。
「こっコラお前達! 制服が汚れてしまうだろ!」
自分に抱きつく坂口ちゃんと大野ちゃんを引き剥がすふりをしながら頭をちょっと雑に撫でている河嶋。
言葉は荒いけど、珍しく口元が笑ってるね。
私も背伸びをして、自分より背が高い澤ちゃん、丸山ちゃんの頭をなんとか撫でてやる。
「遅いってことは、もしかして……」
山郷ちゃん、宇津木ちゃんをなだめながら小山が一歩前に進み出て、きょろきょろと辺りを見渡す。
私もそれに倣うと。
「あっちゃー。やっぱみんな揃ってたかー」
卒業生はもちろん、下級生もほとんど皆が、既にここに集まっていたようだ。
「そうですよ、会長。私達皆、会長たちを待ってたんですからね!」
「おっそど子ー。卒業おめでとー」
「会長も卒業じゃないですか! おめでとうございます」
身長142㎝の私が言うのもなんだけど、ちっちゃな体の風紀委員、園みどり子。
通称そど子。
最初は冷泉ちゃんが呼んでたあだ名なんだけど、全校規模で広まっちゃったねー。
外見がそっくりの風紀委員を二人引き連れている彼女も、今日限りで卒業する。
その風紀委員の後ろでは、ネトゲチームのぴよたんちゃんと、二人のチームメイトが泣きながら握手を交わしている。
あの子もかぁ。
「待っていたって、何かあるのか?」
胸に花を刺したチームメイトたちを見て、少しだけセンチメンタルな気持ちを抱いてしまっていた私に代わって、河嶋がそど子に尋ねていた。
「私達も知りません。でも、西住さん達が何かやろうとしているみたいよ」
「西住がかぁ?」
確かに周囲には戦車道受講者のほぼ全員の姿が見えるが、優勝の立役者である西住ちゃんを始めとするあんこうチームの姿はない。
「西住さん、早速隊長として動き回っているんですね。これなら安心ですね、会長」
「そーだなー。元々西住ちゃんが隊長ではあったけど、実際色んな手配とかやってたのはウチらだからねー」
「これからは、練習試合の申し込みも、日程の調整も、戦車の調達も、移動の手配も自分達でやらなくてはいけないんだからな……大丈夫かぁ? 西住達で」
「大丈夫だよ、桃ちゃんに出来たんだから」
「呼ぶなっ!」
小山と河嶋の鉄板コントはいつ見ても面白い。
ケラケラ笑っていると、私に抱きついたままの澤ちゃんが腕に込める力が少しだけ強くなった。
顔を上げると、澤ちゃんはまだ目に涙を浮かべてくれている。
「笑ってよー澤ちゃーん。門出の日なんだからさ」
「あっ……ごめんなさい、自分でもそう思ってたんですけど……この河嶋先輩と小山先輩のやりとりも、それを見て笑ってる会長を見るのも、これで最後なのかと思うと……」
目を潤ませたまま、頑張って笑顔を作ろうとする澤ちゃんを、もう一度撫でてやる。
他の一年生も今の澤ちゃんの言葉につられたみたいで、みんなまた涙を流し始めた。
いやぁ、困った困った。
「みなさん、お待たせしました!」
おっ、ここで真打登場。
格納庫の中にいたのかな?
ちょっと目を離した間に、格納庫の前に西住ちゃん、武部ちゃん、五十鈴ちゃん、秋山ちゃん、冷泉ちゃんの五人……大洗女子学園優勝の立役者、あんこうチームが、西住ちゃんを中心に並んでいた。
西住ちゃんは緊張しているのか顔を固くしていたけど、みんなの視線が向けられると、だんだんキリッと上げられていた眉尻が落ちていって、いつも通りの不安げな表情になっていく。
この子が戦車に乗れば「諦めたらそこで終わりなんです!」とか言うんだもんなぁ。
人って分からないものだね。
「みぽりん、落ち着いて!」
「そうですよ、ちゃんと練習もしたのですから」
「西住殿、胸を張ってください!」
「……ファイト」
ありゃ、早速チームメイトのフォローされてるよ。
「……本当に大丈夫かぁ?」
河嶋の疑問も少し分かっちゃうな。
でも。
「みんな、ありがとう……ではまず、角谷会長」
「おっ?」
呼ばれたので、一歩出てみる。
「河嶋先輩、小山先輩」
む。
はい。
名を呼ばれた河嶋と小山が私に倣ってなのか、一歩前に進んで三人が横並びになる。
「ナカジマさん、ホシノさん、スズキさん」
西住ちゃんはゆっくりと周囲を見渡しながら、一人ずつ名前を読んでいく。
自動車部の三年生三人もこちらにやってきて、一緒に並んだ。
いやぁ、笑顔がいつも通りの爽やかだねぇ。
「ぴよたんさん、園さん」
「そど子じゃないわよ! 園みど……あれ?」
そど子が早とちりをして、周囲が笑いに包まれる。
冷泉ちゃんなんか笑い過ぎて腰でも抜けたのか、隣の武部ちゃんの身体にもたれかかってるよ。
顔を真っ赤にしながら列に並ぶそど子。
こういうところがあるから、厳し過ぎるように見えてどこか抜けた印象があるのかもねぇ。
「ほら、みんな急いで!」
「う~……」
澤ちゃんがチームメイト達の背中を押して、西住ちゃん達の後ろへと並ぶ。
他の在校生たちもいつの間にか並んでいて、エルヴィンちゃんは帽子を取っていたり、近藤ちゃんはハチマキを取っていたり、みんながみんな、自分なりのちゃんとした格好をしているようだ。
「皆さん、ご卒業おめでとうございます!」
「「「おめでとうございます!」」」
まず初めに西住ちゃんが、続いて他の皆が私達に向かって深々と頭を下げる。
「私達は、戦車道大会で優勝して、大学選抜チームにも勝って、この大洗女子学園を守ることが出来ました。これは誰か一人でも欠けていたら、出来なかったことだと思います」
そうだね、これは西住ちゃんに全面的同意。
あれだけ派手に募集出して、特典も付けて、それでこれだけしか集まらないとは思わなかったけど、幸いなことにみんな優秀だった。
全国大会に出場するような学校の中では断トツでチーム数が少ないけど、上手いことバランスも取れてたしね。
「私は、この学校に転校してきてから、毎日が楽しいです! この学校と、みんなが大好きです!」
「……嬉しいなぁ」
「「はい」」
無意識のうちに出た独り言だったけど、河嶋と小山が即座に頷いてくれた。
こんなに言って貰えたら、生徒会活動を頑張った甲斐があるってもんだよね。
「先輩のみなさんと一緒に戦車道が出来たこと。ここにいるみんなで、学校を守ったこと。私達はきっと、一生忘れません」
そりゃあ私達も一緒だよ、西住ちゃん。
私もまさかここまで上手くいくなんて、大洗女子学園を卒業できるなんて、出来ないと思ってたもん。
ちょっとだけね。
「先輩方は! 今日、卒業されて……いなくなって、しまいますが」
西住ちゃんも感極まってきたようだ。
ぽろぽろと目の端から涙がこぼれおちているが、拭く様子はない。
涙を流しながら、目を大きく開けて、私達1人1人に視線を向け続けている。
……やっぱ強くなったなぁ、西住ちゃん。
「……これからは。私達が、皆さんの後を継いで、この大洗女子学園に何かを残せるように。学校を守れるように、頑張っていきます! 本当に、ありがとうございました!」
「「「ありがとうございました!」」」
再び西住ちゃんから、続けて他の皆が頭を下げる。
静まり返った辺りに響き渡るのは、みんなの泣き声と鼻をすする音だけ。
やめてよ、私けっこー涙もろいんだからさ。
「……行ってきなよ、会長」
ポンと私の背中を叩いたのは、ナカジマちゃんだった。
瞳を潤ませながら、それでも笑顔を浮かべている。
左右に並ぶ、卒業生たちを見る。
ナカジマちゃんもホシノちゃんもスズキちゃんも、小山もそど子もぴよたんちゃんもみんな笑って頷いている。
河嶋は顔を覆って大泣きしている。
「……うん。あんがと」
私は一歩、足を出した。
前からも後ろからも、視線が私に向けられる。
うーん、ちょっと西住ちゃん達が遠いなぁ。
もう一歩。
まだ遠い。
もう一歩。
もう一歩。
もう一歩。
気づけば私は駆け出していて。
「西住ちゃーんっ!」
勢いよく西住ちゃんへと飛びついていた。
西住ちゃんは小さな悲鳴を上げるけど、それで倒れたりはしない。
私の身体を抱き留めてくれた。
「……ありがと、西住ちゃん。みんなのおかげで、学校は守れたんだ。正直、廃校の話が出て、不安だったんだよ、けっこーね。絶対に表には出さない様にしてたけど、自信があった訳でもなかった。でもね、西住ちゃん。西住ちゃんのおかげで私、大洗女子学園を卒業できたよ。ありがとね、本当に、ありがとう」
「……はい!」
拍手が聞こえる。
やめてよー、何も良いこと言えてないんだから。
涙が溢れてきた目を、西住ちゃんの制服に押し付ける。
ごめんね西住ちゃん、制服少し汚しちゃったかも。
でも、私が泣くところなんて、誰も見たくないだろうからさ。
最後まで、笑顔で。
角谷杏の笑顔を、浮かべていたいんだ。
涙を西住ちゃんの制服で拭って、私はゆっくりと西住ちゃんの身体から降りる。
ありゃりゃ、これは近すぎたね。
一歩下がって。
「皆、私達をこの学校で卒業させてくれて、本当にありがとう!」
「あ゛り゛か゛と゛う゛~゛!」
やかましいのはもちろん河嶋だ。
卒業生からありがとう、ありがとうという言葉が次々に飛んでくる。
在校生の皆は嬉しそうだったり、恥ずかしそうだったり、それでもまだやっぱり泣いていたり。
みんなバラバラの顔をしていたけど、一度みんなで目くばせすると、
「「「はいっ!」」」
と揃えて返してくれた。
「それで、西住ちゃん。この後は何があるの? 結構待たせたってことは、まだ何かあるんでしょ?」
私は照れてしまうのを誤魔化すように、西住ちゃんの脇腹を肘で突いた。
この後何があるのか、その答えはここにいる皆が大体わかっている事だろう。
西住ちゃんは困ったように笑って、そして。
「……しょっ」
「しょ?」
「しょしょしょっ! 勝負ですっ! 会長っ!」
「おぉ~!」
おぉ、投げやりだねぇ。
ガチガチの顔で、目を閉じながら人差し指を……私に向けたかったんだろうね、目を閉じちゃってるからズレて河嶋に向いてるけど。
ホント西住ちゃんらしいけど、最後の方は声が裏返っていたけど。
まぁ、ちゃんと最後まで言えたのは成長なのかな。
秋山ちゃんなんか拍手してるよ。
「色々考えましたが、やはり私達にしか出来ない先輩達へのプレゼントは、戦車道だと思いました。三年生が所属しているチームと、一、二年生のみで構成されたチームに分かれて、殲滅戦ルールでの紅白戦を今から行いたいと思います!」
「詳しく言うと、あんこう、アヒルさん、カバさん、ウサギさんチームが在校生チーム。カメさん、カモさん、アリクイさん、レオポンさんが卒業生チームですね!」
「「「おぉ~っ!!!」」」
秋山ちゃんのフォローが入り、三年生からは歓声が上がる。
在校生は当然知っていたのだろうから驚いた様子はないが、みんながみんなニヤニヤと笑っている。
「先輩達に、八九式の57ミリスパイクをプレゼントします!」
「キャプテン~、当たっても装甲抜けないんですから挑発はやめましょうよ~」
「忍のスパイクで敵の戦車やっつけられないかな?」
「無理に決まってるでしょ……八九式ならともかく」
「特に生徒会には三年間、色々と振り回してもらったからな」
「お礼参りだな」
「赤穂事件ぜよ」
「「「それだっ!」」」
「……いや、言うほどか?」
「皆、先輩達が笑って卒業できるようどんどん撃って行くよ!」
「桃ちゃん先輩をぶっとばせー!」
「桃ちゃん先輩だけなの~?」
「桂利奈、私が撃てるようにしっかり正面で捉えてね!」
「あいーっ!」
「……」
おぉー、みんな盛り上がってるねー。
「……会長、好き勝手言われてるわよ」
「分かってるよそど子ー。生意気言う子はとっちめてやらないとねー」
意思を確認する必要はない。
みんなここに集まった時点で、こうなることを期待していたんだから。
「よぉーし上等だーっ! その勝負、受けて立つよ西住ちゃん! ねぇみんな!?」
「「「おーっ!」」」
卒業生たちも勇ましい返事をする。
私は振り向き、小山と河嶋に目くばせをした。
「ようし、たまには気合入れるぞ小山、河嶋! 西住ちゃんと真剣勝負だっ!」
「「はいっ!」」
「ホシノ、スズキ! 私達もめちゃくちゃに走り回ってやろう!」
「どうせ壊れても直すのは私達だし。多少の無茶は気にしなくていいっしょ!」
「ツチヤ、私達が気持ちよく卒業できるように、操縦頼むよ!」
「……オッケー!腕の見せ所ぉ!」
「そど子……」
「そんな泣き出しそうな顔をしてどうするのよ、ゴモヨ! せっかく貴女達がくれた機会だもの、風紀の乱れない範囲でめちゃくちゃするわよ!」
「そど子、アレから吹っ切れ過ぎ」
「まさか、今一度この三人で戦車に乗れるとは」
「ネットではいつでも会えるぞなもし」
「でも、やっぱりリアルは特別っちゃ!」
好きなだけ言って、私達卒業生はほぼ一斉に鞄の中やら懐の中からパンツァージャケットを取り出した。
その音が重なり合って、バサァと巨大な旗を振ったような音になる。
翻された反旗の音、なんちゃって。
「あっ……皆さん、ジャケット、持ってきて……」
流石に予想していなかったみたい。
西住ちゃんは目を丸くしている。
「まぁねー。別に示し合せた訳でもないんだけどさ。ま、みんなそんな予感がしてたってことだろうね。なー河嶋?」
「大会の頃は必死だったし、廃校阻止のための手段としか思ってなかったがな。まぁ……今思うと、結構、楽しかったな」
「桃ちゃん、初めの方から仕切りたがってたし撃つ時とか結構ノリノリだったじゃない」
「呼ぶなっ! 言うなっ!」
ここがお前たちの死に場所だぁ! とか言って結構盛り上がってたけどねー、河嶋。
私が仕事全部投げたから張り切ってたっていうのもあると思うけど。
「西住、場所はいつもの演習地か?」
「はい。吊り橋を中心地点として、東側を在校生チーム。西側を卒業生チームのスタート地点として開始します」
河嶋の質問に西住ちゃんが答える。
あそこかぁ。
「……会長、どうかしましたか?」
押し黙ったことを不思議に思ったようで、小山が尋ねてくる。
「いや。ただ、初めて戦車に乗ったのもあそこだったなぁと思ってさ」
「……そうですね。初めての場所で終わるなんて、なんだか素敵です」
「終わりじゃないよ、小山。一区切りはつくけど、私達の戦車道はこれからも続くんだから。さぁ、行くぞっ!」
「……はい!」
小山と共に駆け出し、河嶋の背中を二人で叩いて追い抜いてから格納庫へ向かう。
私達の愛車は38tの足回りにヘッツァー改造キットを載せた、なんちゃってヘッツァー。
結構無理矢理組み立てたから本物のヘッツァーよりたぶんスペックが低いし、中は狭いし、主砲がついている場所が中心じゃないからバランスが悪いし、エンジン出力が弱いから足も遅い。
でも、これが私達の相棒なんだ。
「みんな! 戦車に乗り込めー!」
「「「おー!」」」
私達に続いて駆け出してきていた卒業生を含むチームのメンバーが、それぞれの車両に乗り込んでいく。
それを見届けてから、私もヘッツァーに……
「……河嶋ー」
「はっ!」
私と戦車の間に走り寄って来た河嶋が、四つん這いになる。
うん、いくら戦車の扱いが上手くなっても登れないものは登れないよねー。
踏み台河嶋の背中に乗って、ヘッツァーによじ登る。
「ぐぇあ!?」
「ご、ごめんね桃ちゃん、つい……」
……どうやら、河嶋の背中に悪乗りで小山も乗ってしまったらしい。
今日は小山もテンション高いなぁ。
ま……その気持ちもわかるけどね。
『ところで会長、こっちのチームは誰が指揮を執るのかしら?』
戦車内部に降り、マイクを付けるとそど子の声が聞こえてきた。
……そど子かな?
そど子だと思うけど、風紀委員はみんな声が似てるからなー。
「それはモチロン!」
河嶋が意気込んでいる。
ま、曲がりなりにも副隊長だったわけだし妥当かな。
『ここは会長でしょー』
『会長、お願いします!』
『文句ない、です……』
「えっ」
各戦車から次々届く指名の通信に河嶋が絶句する。
……ちょっと可哀想だけど、ここは。
「ん、おっけー。じゃあ私がやらせてもらうよー」
「会長!?」
「ごめんね河嶋ー。私も1回、西住ちゃんとやり合ってみたかったんだよねー」
「……そうだったんですか?」
「うん。いっつも撃破されて回収されて、大モニターであんこうの動き見てたからさ。一戦車乗りとしては直接やってみたくなるじゃない?」
「私は絶対に戦いたくないと思っていましたが……」
「ビビりだなぁ河嶋はー」
笑ってやると、河嶋は少しだけ顔を赤くして押し黙った。
恥ずかしがってるのかな、珍しい。
ヘッツァー後方のスペースに寝転びながら、作戦を考える。
「とはいえー……最後のお祭りみたいなものだし。めんどくさいことは無しでしょ」
『おっ、全車で突っ込みます?』
「そうだねー。それで行こうか」
『えっ!?』
ナカシマちゃんに同意すると、そど子の驚いた声が聞こえた。
「西住ちゃんなら多分、左右に八九式とM3を偵察に出すんじゃないかな。で、最初は見晴らしのいい場所……M8500地点の高地辺りに陣取ると思う。五十鈴ちゃんの腕前も信頼してるだろうしね。稜線射撃されたら厄介だねー」
『こっちからは狙いにくくて、向こうは五十鈴さんが狙ってくるのかぁ。嫌になっちゃうね』
「で、この高地。私達側から見ると切り立ってて、真っ直ぐ突っ込んでも登れないよねー。高地に上る為には左右から回り込んでいくしかない。そうなると、三突が余ってるのが嫌だよね」
『回り込んで上ろうとしたら、後ろから三突がズドン! って感じかな?』
「たぶんね。それでこっちが三突の方を向いたら上からⅣ号が来る。ほぉんとーに嫌になるね」
4体4の殲滅戦となると、こんな感じじゃないかなー。
殲滅戦だから全部一か所に集まってる可能性もありそうだけど……西住ちゃん、結構偵察出したがるしね。
「読みが当たってるといいんだけどなぁ」
「私でも同じような指示を出したと思います、会長」
「河嶋と一緒かー」
「桃ちゃん、それって大丈夫なの~?」
「大丈夫に決まってるだろぉ!?」
『で、こっちはどう出るんですか、会長』
河嶋と小山の夫婦喧嘩を止めるように……実際はうるさくなったからなんだろうけど。
ナカジマちゃんが会話に割って入ってくる。
「そうだねー。ポルシェティーガーの固さと、自動車部カスタムの機動力はいかさないとね。電撃作戦を仕掛けてみようか。作戦、今から言うから聞いててね」
私は作戦を考えながらみんなに伝えていく。
ひとしきり話し終わると、各車から了解の返事が返ってきた。
「それじゃあみんな、行くよー! パンツァー・フォー! ……言ってみたかったんだよね、これ」
~~
「西住殿。卒業生チームはどう来ると思いますか?」
しばらくキューポラから身を乗り出して辺りを見渡してみたけれど、どこにも異変を感じることが出来なかったので戦車の内部に降りた、そんな時。
優花里さんが眉を寄せた、真面目な表情で尋ねてきた。
偵察に出したチームからの報告は未だ無し。
なので接敵もしていないハズ。
「バランスよく展開してくる可能性も考えたけど……まだ1両も発見できないから、部隊を固めているのかな」
「電撃戦でしょうか?」
「うん。右側面か左側面、どっちかから固まって……かな。指揮を執っているのが河嶋さんならもっと大胆に動いてくると思うから、多分隊長は会長だと思う。電撃戦だとしてもスタート地点に結構距離があるから、まだ暫くは大丈夫……かな」
「でもみぽりん、会長って戦車道の指揮はやったことないんじゃないの?」
ヘッドフォンから聞こえてきたのは、同じⅣ号戦車の下段、通信手席に座っている沙織さんの声。
「うん。でも、河嶋さんか会長かって聞かれたら……」
「あぁ~」
「沙織さん、何の疑いも無く同意するのは失礼かと」
「あっゴメン。で、でもほら、聞かれてないから」
「……通信傍受機が打ち上げられてるかもしれないぞ」
「も~、そんなアリサさんじゃないんだから~」
「あはは……」
さすがに、通信傍受機は無いと思うけど。
楽しい会話からフッ、と我に返り、再びキューポラから頭を出す。
視界のほとんどは待ち伏せ、奇襲に優れた森林。
私達は高地を上った地点に陣取っていて、前方はほとんど崖の様な、少なくとも戦車が上ることは出来ない急斜面。
この斜面の少し先は更に切り立った、本物の崖になっていて、下には川も流れている。
かなり遠回りして回り込んでくる以外には崖にかけられた一本橋を突っ切ってくるしかない。
少なくとも突然目の前から敵戦車が現れることは無いので、ちょっとだけいつもよりは落ち着くことができるけど。
静かだなぁ。
「敵が電撃戦を仕掛けてくるのだとしたら、その中にルノーB1がいるのは変な感じがしますね!」
「そうだね。電撃作戦って言うと、ルノーは撃破される側のイメージがあるかも……でも、ルノーの装甲は厚いから。注意が必要です」
「その通りですね! ルノーB1重戦車は90発被弾しても戦い続けた、なんて話も聞いたことがあります。ですが、それはドイツ軍の主力対戦車兵器が3.7㎝ PaKやアハト・アハト砲であった時代の話でありますから。このⅣ号の長砲身はそれこそルノーやイギリスのマチルダ歩兵戦車、ソ連のT-34中戦車対策の為に開発されたものでありますし、そして何より五十鈴殿の腕ならきっとルノーに有効打を与えられるであります!」
「あら……ご期待に応えられるよう、頑張らなくてはいけませんね」
戦車知識を披露する中で優花里さんがさらりと華さんを褒めた。
嬉しそうにしている華さんの声を聞いて、なるほどこうやって人を褒めればいいのかなぁと思う。
黒森峰にいた頃は怒られてばかりで褒められることなんてほとんど無かったし、人を褒める機会なんて無かったし。
戦車道に関する知識はあっても、人と人の関わり合いの経験が足りてません。
『こちらアヒルチーム! D4880地点の森の中で敵部隊発見、4両全部が縦一列になって、高地へ向けて前進しています。見つかった……と、思ったんですけどこちらへの砲撃はありません。無視されてるのかも?』
無関係なことに傾きかけていた思考が、アヒルさんチーム通信手、近藤さんの声によって引き戻される。
「D4880地点、予想より速い!? アヒルさんチーム、距離を取ってください! 八九式では装甲を抜けないので戦闘は避け、迂回ルートでこちら側に合流してください!」
『アヒル了解!』
私はキューポラの縁から身を乗り出し、報告のあったD4880地点、ほぼ真正面の崖の向こうへと目を凝らす。
その瞬間、森の茂みの中から勢いよく、ポルシェティーガーが飛び出してきた。
「森の中をまっすぐ突っ切って来た! それにしても速い……そうか、一列縦隊!」
「「スリップストリーム!」」
思わず口から出た私の言葉は、優花里さんの興奮した声と重なった。
『こちらレオポン。高地の上に何か見えたよ! でもⅣ号かは分からなかった、ごめんね』
「カメ了解、じゅーぶんじゅーぶん。いやぁ、スリップストリームって凄いねぇー。予想よりずっと速く橋まで来られたよ」
『森の中を無理やり突っ切らせるからでしょ!? 早くないと割に合わないわよ!』
『し、死ぬかと思った……』
「大丈夫大丈夫、みんな生きてるから。そど子、八九式は?」
『もういないみたい。どこにいったかまでは分からないわ』
「了解。それじゃあ無視してもいいかな。それじゃあみんな、作戦通りよろしくね! 西住ちゃんっぽく言うなら、こいこい作戦だっ!」
『『『了解!』』』
レオポン、アリクイ、カモそれぞれの通信手から威勢のいい返事が返ってくる。
私達の戦車の中で最も足が速いのはポルシェティーガーだ。
スペック上ではアリクイチームの三式の方が速かった気がするんだけど、自動車部の改造は恐るべしだね。
モーターがうんとかかんとか言っていたけど、正直私にはピンと来ない。
加えて装甲は段違いで厚いので、一列縦隊の先頭はポルシェティーガー。
続いて三式、私達のヘッツァー、しんがりにルノーB1bis。
足の速さはヘッツァーよりルノーの方が上だけど、後ろから攻撃されたときのことを考えると砲塔が旋回しないヘッツァーは都合が悪い。
ので、カモさんチームのルノーを最後尾に配置した。
森を突っ切るのは中々度胸が必要だったけど、そこは先頭レオポンチーム。
自動車部のレーサーが咄嗟咄嗟でルートを開拓、度胸を見せた突っ込みを見せてくれたので、後続の私達は無理矢理それについていくことで何とか森を抜けることが出来た。
目の前に広がるのは崖。
事前の指示通り、縦隊を維持したまま進路変更、真っ直ぐに橋へと向かう。
私は周囲の確認の為、キューポラの縁に手をかけ、懸垂の要領で体を持ち上げる。
足がつかないんだよ。
高地へと目を凝らすが、少なくとも私には敵影の姿は見えなかった。
が。
ずどぉん!
遠距離だが、凄まじい音だ。
私は慌てて内部に戻り、取っ手にしがみつく。
バァンと大きな音がして、車体が揺れた。
車体に近い地面に着弾したようだ。
良かった、直撃してたら戦車内に叩きつけられていたかもしれない。
「あー、西住ちゃんかは分からないけど、高地から撃ってきているのが見えた。みんな、計画通りにいくよー。準備はいいね! 高地を狙って、撃て!」
首につけているスロートマイクを抑え、各車両に伝える。
このマイク、喉元の振動を音声にして伝えるんだって。
すごいよね。
このマイクをしている時に飲み物を飲むと、化け物が人間を食べているかのような音が聞こえるからやめたほうがいいよー。
私は一回それで河嶋に往復ビンタしたことがある。
ズドン! ズドン! ドドドン!
思考を引き裂く、耳を防ぎたくなるような爆音。
これでもまだ砲弾を受けた時よりはマシなんだから、乗り続けていたらいつか耳がおかしくなるんじゃないか。
私達が狙ったのは、Ⅳ号が待ち伏せているだろう高地。
走りながらの砲撃……行進間射撃って言うんだよね。
行進間射撃での命中は期待できないけど、目的は高地の上にいる敵を驚かせること、他に敵が近くにいるなら注意をそちらへ向ける事。
何か見えたし、全くの無駄弾にはならないと思う……んだけどなぁ。
ちゃくだーん、いま。
『着弾確認!』
「オッケー。それじゃあ今のうちに突っ込むよっ!」
『オッケー! 先鋒レオポンチーム、ポルシェティーガー! いっきまーす!』
一列縦隊のまま、橋に突っ込む。
西住ちゃんがエグいことするとは思わないけど、ここで橋を狙われたらおしまいだからね。
「かっ会長ぉ! すっごく揺れてますよぉっ!」
「分ぁかってるよ、かぁしまー。橋なんだからそりゃあ揺れるって。小山! 全速力で駆け抜けるよ!」
「はいっ!」
橋の向こう側は真正面に例の崖の様な斜面で通行不可能、左右にY字型に整備された道があるが、周囲を木々に囲まれている。
待ち伏せの可能性はある。
「それでも、とにかく西住ちゃんを倒さないことには勝ち目がない……って、言い過ぎじゃないよね」
「……はい。西住は優秀な指揮官です。アイツがいると味方全員の能力が底上げされるような、そんな感覚があります」
河嶋はちょっとだけムスっとしていた。
隊長を西住ちゃんにあげちゃったこと、気にしてるのかもしれないな。
……それとも、西住ちゃんとの能力差を気にしてたとか?
「そうだよなぁ。とにかく西住ちゃんをやっつけよう。小山、我々は予定通り右側から回り込むぞ」
「はい!」
橋を渡り終えると、部隊は左右に展開する。
ポルシェティーガーと三式がY字の左側へ、私達のヘッツァーとルノーが右側へ。
左右から高地へ上って、二方向から斜面を上りⅣ号へ仕掛ける。
流石に4対1なら、西住ちゃん率いるあんこうチームにも勝ち目が見えてくるはずだ。
そこで後ろから攻められればこっちも1両、2両旗が上がるかもしれないけど、西住ちゃんを放っておくよりはマシ……だと思う。
我が……別に私の物でもないか。
大洗女子学園戦車道チームの操縦士は、誰がどう見ても天才と言わざるを得ないあんこうチームの冷泉ちゃんと、それぞれが高校生とは思えないドライビングテクニックを持つ自動車部による特訓の成果でかなりレベルが高い。
それぞれがドリフト気味の動きで車体の向きを変え、斜面を登り始める。
「小山、飛ばし過ぎるなよっ! 崖から落ちるぞ!」
「はいっ!」
その時、再び大きな音と共に車体が揺れた。
一瞬、木にぶつかったのかとも思ったけどそんなことはない。
『会長! 後ろから砲撃されました! 命中したけど、行動に支障ありません!』
「そど子もか。こっちもだよ! 当たっては無いけどね!」
『と、いうことは後ろに2両ね! 挟まれてるわよ! でも、突っ込むんでしょ!?』
「ああそうだ、ウサギやカバは1対1でも何とかなるかもしれないけど、あんこうだけは数がある今じゃないと無理だ!」
砲撃音が続く。
『レオポン、被弾しちゃった! でも今の所は異常ないよー!』
『アリクイ、至近弾。なかなか正確な射撃です……』
立て続けに反対側に回り込んでいる2チームから報告が入る。
八九式は既に見かけてる。後ろからついてきている様子はなかったので、たぶん今ごろ崖を迂回して渡っているのだろう。
高地にいるのがあんこうだとすれば……いや、あの正確な射撃は五十鈴ちゃんだろう。
高地にいるのはあんこう。
ならば、後ろにいるのはウサギとカバ。
『レオポン、相変わらず撃たれてるよー!』
『アリクイも同じく……』
また、立て続けに通信が入った。
……待った。
なんでずっと同じタイミングで砲撃が2回来る?
いくらカバとウサギが連携を図ったとしても……しまった、ウサギ!
あの子達が乗っているのはM3だ!
「全車停止ッ! 後ろにいるのはM3一両だッ! 主砲副砲であっちこっち狙うことで二両いるように見せかけてる!側面に三突が隠れてるぞッ!」
自分でも信じられないほどの大きな声が出たと思った瞬間、ヘッツァーが大きく揺れて前のめりになる。
急停車した反動だ。
その瞬間、一際大きな爆音。
当たれば揺れるし、もっと音が大きい。
「三突は我々に任せて、みんなはあんこうへ行ってくれ!」
『『『了解!』』』
音を感じた方向の、キューポラののぞき窓に目をやる。
……木々の中に、おかしな空間がある。
別の空間を切り取ってもって来たかのような。
森の写真の上に、別物の森の写真を切って張ったような。
明らかに周りの空間から浮いた、四角い空間がある。
かなり近い、恐らく5メートルほどか。
あれは、戦車にイラストを張り付けている!
「アンツィオのマカロニ作戦か。三突発見! 小山、旋回10時方向!」
「はいっ!」
「河嶋、装填急げよ!」
「はい!」
もう少し速度を出していたら、側面から三突の餌食になっていた。
ここにいたのが足の遅いヘッツァーで助かった、のか。
私は転がり込むようにして、砲手席に着く。
スコープを覗き込む。
浮いた空間から、黒い砲身が見えた。
発射トリガーに指を駆け、引き絞る……!
「行くぞッ!」
轟音。
一瞬目の前が真っ白になり、小さな砲手席のシートに押し付けられるような衝撃。
手応えはある。
命中は間違いないが、距離が距離だったために三突が激しく煙を巻き上げ、白旗が出たのかどうかが判断できない。
「会長、私が行きます!」
「気をつけろ、河嶋! 頭あんまり出すな!」
「はいっ!」
河嶋が長い手足を伸ばし、起用にキューポラにしがみついて登っていく。
私は河嶋がそっと頭を出したのを見計らって、再びスコープを覗いた。
「会長! やりました、三突撃破です!」
「……こっちでも確認した! こちらカメチーム、三突を撃破!」
意気揚々と戦果を報告する。
が、帰ってきた報告は。
『くぅっ……こちらカモチーム、Ⅳ号に撃破されました!』
「何!?」
『冷泉さんめちゃくちゃよ! 全速力で斜面を下りながら戦車の角を木に当てて、無理やり旋回してきたわ! 私達に超近距離から撃ち込んで、そのまま一気に下って行きました! カメさん、アリクイさん、レオポンさんチームの皆さん! 健闘を祈ります!』
呆気にとられて、返事が出来なかった。
……これで3対3、か。
「……了解。カモさんチームドンマイ、回収班が来るまで待機。レオポン、アリクイはついてきて。Ⅳ号を追うよ!」
『『了解!』』
ルノーがやられちゃったかぁ……装甲厚いし、砲門二門あるし、ここで喪失は痛いな。
森の向こうからポルシェティーガーと三式が姿を現す。
とにかく、また有利な地形に到達される前に追い付かないと。
履帯の後を追うか。
砲手席から離れ、キューポラから顔を出す。
「うーん……これがⅣ号の跡……かなぁ」
ズバァン!
地面に目を凝らしていると、突然目の前の木が破裂した。
砲撃だ、まだ近くに居たのか!
ドッコンドッコンと爆音が鳴り、ヘッツァーが揺れる。
ポルシェティーガーと三式が、砲撃があった方角へ援護射撃をしてくれている。
「下手に側面を向けると痛い目を見るか。このまま砲撃が飛んでくる方向へ前進! 出来るだけ左右に揺れながら、飛ばしていくよ!」
向こうからの攻撃は依然続く。
スコープの向こうで、次々木々が撃ち抜かれていく。
『うーん、命中はしないねー。というか、弾が全部戦車の上を飛んで行ってない? 上の方で木が爆発していくから、頭も出せないよ』
『と、いうか……ボク達でもここまでは外さないと言うか……こんなあてずっぽうな攻撃する人、桃ちゃん先輩以外にいたかな……』
「おいコラ!」
「……確かにね」
元は素人の集まりだと言うのに、ウチのチームの射撃は精度が結構高い。
特に初期からいるあんこう、カバ、アヒルの下級生チームは初めから中々の命中率だったし、ウサギも勝ち進むにつれドンドン成長していった。
わざと外している……?
「きゃあっ!?」
顎に手を当てて思考を纏めようとした瞬間、カァンと音が鳴って車体が揺れた。
……が、どこにも異常はない。
振動もそれほど大きくない。
いつもやられる時は戦車が吹っ飛んで回転して、中にいる私達も大変な目に遭うんだけど。
「あたったーもう駄目だやられたよ柚子ちゃーん!」
「やられてないから!」
「……八九式か?」
「「あっ!」」
顔をくしゃくしゃにしていた河嶋は我に返るとジャケットの袖で顔を拭い、一瞬で顔をキリッと引き締めて見せた。
「損傷具合からして、その可能性は高いと思います。M3なら2発ずつ撃てますし、わざわざ護衛を減らすとは思えません」
「ああ。これはハメられたな」
やられた、という気持ちが純粋に強い。
私達はまんまと八九式に騙されていた訳か。
あひるチーム、普段は根性根性と言っているのに中々頭が回るじゃないか。
それとも西住ちゃんの指示か?
「ですが会長、Ⅳ号が本当はこちらにいて、偽装の為に発砲していないだけ、という可能性は?」
「だったらわざわざ自分達の位置を教えるような真似はしないでしょー。この森の中、静かにしていれば私達を撒けるだろうし、なんなら停止してやり過ごすことだって出来るハズ。西住ちゃんの指示ならそんなことはさせないよ。あひるチームが単独で仕掛けてきてるんだ……たぶんね」
小山の問いに、自分の考えをまとめながら口に出してみる。
うん、半信半疑だったけどたぶんそうだろうぐらいまでは思えるようになった。
~~
「キャプテーン! ごめんなさい砲撃あてちゃいました~!」
「何だと佐々木!? 当てたら損傷の少なさで私達だってバレるから絶対に当てるなと言っただろ!」
「ごめんなさ~い! へたくそスパイク作戦失敗です~!」
「……まぁいい! 西住隊長たちが逃げる時間は稼いだはずだ。攻撃続行! 一両でもこっちに食いつけば、履帯でも破壊できれば儲けものだ! 佐々木、狙って行け!」
「はっはいっ!」
「河西、私達は時間を稼げばいいんだ! 私と佐々木に気を遣わなくていいから存分にフラフラ動け!」
「任せてください!」
「近藤! 西住隊長と連絡を取れ! あっちの位置は出来るだけリアルタイムで確認しろ! 私達はその逆方向へ前進する、進路を河西に指示するんだ!」
「了解です!」
「根性だしていけッ! バレー部行くぞーッ!」
「「「「そーれそれそれーッ!」」」」
~~
「アリクイチーム。前方から撃ってきてるのはたぶん八九式一両だ。任せて良い?」
『が、がんばります……にゃあ!』
「気合十分だねー。こっちに引き付けてるってことは、多分Ⅳ号とM3は反対側に逃げてる。カメとレオポンは反転して追いかけるぞ!」
『レオポン、了解!』
「小山! 聞いてたな、反転だ!」
「はい!」
八九式(仮)を追い、前進していく三式を見送りながら、ヘッツァーとポルシェティーガーが進路を変える。
「河嶋、現在地の反対側で、待ち伏せに有効な場所はあるか?」
「森の中全てが有効と言えば有効ですが……」
「だよねー。隠れる所だらけか、嫌になっちゃうな」
それも相手が奇策奇襲の鬼、西住ちゃんだからなぁ。
とにかく、現在地の森林地帯はどこからくるか分からないという点で不利だ。
一度森を抜けよう。
「橋の所まで引き返すか。狙われやすいけど撃たれれば方向は分かるし、森の中よりはマシ……かなぁ」
そう結論付けて、指示を下す。
ヘッツァーとポルシェティーガーの2両が、森の中を並走する。
薄暗い森の中を抜け、スコープから覗く視界が一瞬光に覆われる。
思わず目を閉じそうになるが、その白い光の中で、更に一瞬、刹那のタイミング。
白い視界の中でごく小さく、更に強烈な白が、瞬いて見えた。
「停車ッ!」
小山の両肩を強く蹴る。
その瞬間、車体が大きく揺れた。
「うわあぁあぁあぁあぁあぁあ~~!?」
河嶋が素っ頓狂な悲鳴を上げる。
それにかき消されているけど、多分小山も悲鳴を上げている。
私は歯を食いしばって取っ手にしがみつくのに必死で、声を出す余裕が無い。
『カメさん大丈夫ですか!?』
「……小山ー、まだ動く?」
「……エンジン、かかってます。ロックされてません」
「かーしまー」
「はい。こちらヘッツァー、カメチーム。まだ動くようだ」
『了解……会長、どうします』
「確かにこれは予想外だ、ねっ、と」
私は砲手席を離れ、キューポラに手をかけると、腕に精一杯力を込め体を引き上げる。
足が届かないので、ヘッツァーの上部装甲そのものに立つしかない。
「やってくれるねぇ、西住ちゃん!」
森を抜けた先、開けた原っぱ。
しかし調子に乗って進むと先は崖だ。
崖と向こう岸を結ぶ橋の上。
そこに、その真ん中に、砲塔から煙を吐くⅣ号戦車の姿がある。
流石に、私が思いっきり外に出ていることに関わらず撃ってくるようなメンバーじゃない。
するとⅣ号のキューポラが開き、ゆっくりと西住ちゃんの上半身が現れた。
「……すごいです、会長。確実に撃破したと思いました」
「うん。私もやられたかと思った」
咄嗟の停車が功を奏したらしい。
車体の中で受けた衝撃から察するに、恐らくあのⅣ号の砲撃はヘッツァーを正面から見た際の左側。
主砲がついている側を狙ったんだろう。
いくらヘッツァーの全面装甲が厚いとはいえ、主砲に直撃すれば行動不能は免れない。
直撃を免れても主砲の故障、射角変更ができないなんていうのは十分にあり得る話だ。
「思い出すねぇ、西住ちゃん。初めて練習で戦車を動かしたときも、Ⅳ号は橋の上にいた」
「……はい。あの時は戦車も全部で5両。会長たちの戦車も38tでした」
「そうだねー……懐かしいなぁ。あの頃はまさか敵戦車の中に単騎で突っ込んだり土台になったりするなんてこれっぽっちも思わなかった」
「……すいません。カメさんチームの皆さんにはいつも負担を強いてしまって」
「いいんだよー。あんな作戦私達じゃ思いつかないし、発起人である以上はそれなりに働かないとね。面白いと思ったことは数あれど、西住ちゃんを恨んだことは無いよ。西住ちゃんにはホント、感謝してるよ」
「……私もです」
「西住ちゃんも?」
「はい。会長に強引に戦車道を履修させられて……正直に言うと、最初はすごく嫌でした。でも、チームメイト、対戦相手、色んな人たちに出会って……私、戦車に乗って、心の底から楽しいと思ったのはここが初めてかもしれません。だから……会長たちには、本当に感謝しています。私に戦車道をやらせてくれて、本当にありがとうございます!」
「……そっか。西住ちゃんが、そう思ってくれているなら……ちょっとは罪悪感も減るな」
『会長、罪悪感あったんですか?』
「河嶋うるさい。ねぇ西住ちゃん。廃校が無くなって、改めて戦車に乗って思ったんだけどさ…………戦車道って、いいな!」
「はい!」
「だからこれは、大洗女子学園生徒会長じゃあなくて、一人の戦車乗りとしての挑戦状。勝負だ、西住ちゃん!」
「はい!受けて立ちます!かいちょ……いえ、角谷さん!」
久し振りに名前で呼ばれたな。
なんか……いいな。
にやけちゃうね。
私は一気にヘッツァーの中に滑り込み、河嶋の肩を叩いて代わるように促す。
砲手席に着き、スコープを覗き込む。
Ⅳ号の車体が一瞬揺れ、捉えていた視界から消えた。
「走ってくるか……!」
「会長、突撃しますか!?」
「ヘッツァーじゃあ乗り上げられて砲塔を潰されるのがオチだよ! レオポン、よろしく!」
『了解! レオポン、突っ込みます! ツチヤ、モーターイグニッション!』
~~
「しかし、また盾か。戦車の修理を任されてから試合まで、貧乏くじばかりだな、私達」
「そう言うなよホシノー。戦車を触る機会なんてそうそう無いし、結構楽しかったでしょ?」
「そうそう。ホシノ、運転ならウチで一番なのに操縦士はツチヤに譲って砲手になってるじゃん。撃ってみたかったんでしょ?」
車長席から言ってやると、ホシノの姿勢が少しだけ前のめりに傾いたのがよく分かる。
「う、うるさいな。私は後輩の育成の為に……」
「ちょっと先輩方、集中集中!」
ちょっとだけ和やかになりかけた空気がツチヤによって再び引き締められる。
やっぱりマイペースなのかなぁ、私。
「そうだった。カメさんチームには悪いけど、Ⅳ号はウチがもらっちゃおう! ツチヤ、お前の中にコーナーが見えればそれでいいから、近づいてきたらそっちのタイミングで横向きに入っていいよ!あんこう必殺のアレをやる!」
「ドリフトしていいんですねぇ!? 腕の鳴らしどころだね!」
「ホシノ! ドリフトしながらになるだろうけど、しっかり側面に当ててね! シュルツェンで履帯との境目が見えにくくなってるから気を付けて!」
「任せろ!」
「決めきれなくてもこの子は固いから一発耐えられる可能性は十分にある! スズキ、最後まで装填準備止めないで!」
「オッケー!」
ちょっとだけ背筋がぞくぞくする。
黒森峰の高性能ドイツ戦車軍団を相手取った時にもこんなことは無かったんだけど……相手が西住さんだって分かっちゃってるからかな。
だけど、操縦技術なら負けてないハズ!
「さぁいっくぞー! 超音速の貴公子!」
「Ⅳ号、橋を抜けた! 減速は無し、こっちを向いたぞ! 砲塔動いて……止まった!」
「ツチヤ右!」
「オッケー!」
ズドォン!
「よっしゃあ回避成功!」
急な方向転換による慣性と至近弾の衝撃で、体が車体にぶつかる。
「わぁ、揺れるねぇ!」
「慣性に振り回されるなよー! Ⅳ号まだ真っ直ぐ突っ込んできてる、もうぶつかるよ! ツチヤ!」
「待って、もう少しだけ……今ぁ!」
慣性で揺れている車体の勢い、膨らんだ進路を反動に、ポルシェティーガーの車体が一気に横向きに滑る。
これで回り込んで、仮にもティーガーの火力で一気に勝負を……!
ドゴガァァァァァン!
「うわぁ!?」
凄まじい金属音、衝撃。
慣性で壁に触れていた体が、反動で跳ね返される。
「なんだ!?」
「どうなってるの!?」
よろめきながら、キューポラの覗き窓に視線を合わせる。
「……Ⅳ号もドリフトしたんだ、同じ方向に。それでぶつかった」
「えぇっじゃあ真横にⅣ号いるんですかぁ!?」
「大丈夫、密着してるから、長砲身じゃあこっちの車体にぶつかって狙えないハズ。こっちも同じだけど、ヘッツァーが来てるから……」
『レオポン! 対岸のM3が狙ってるぞ!』
「えっ!?」
慌てて再びのぞき窓。
橋で結ばれた向こう側、対岸にウサギさんチームのM3の姿。
いつの間に来たんだろう、森の中に隠れてたのかな。
「大丈夫、ポルシェティーガーの装甲ならM3の砲撃にも耐えられる!」
「……いや、橋側からくるⅣ号の背後の回り込もうとドリフト仕掛けたんだから、後ろ向いてるんだよ!通気口のスリット丸出し!」
「えっ、それって不味いんじゃ……」
のぞき窓の向こうで、M3の上下二つの砲塔が、同時に光った。
『うわぁあぁあぁあぁ!?』
「レオポンがやられた……! 小山! ぶつけていいからレオポンの横に側面から滑り込め! 躍進射撃!」
「はい!」
Ⅳ号を狙うため、ポルシェティーガーを抜いたところでドリフトを狙うつもりが予定変更。
ここでM3を仕留めておかないと、森の中に隠れられたら厄介だ。
進路は緩やかなカーブを描くが、とても曲がりきれない。
「停車!」
小山がレバーを操作するが、勢いは殺しきれずヘッツァーは角からポルシェティーガーに突っ込む。
金属同士の激しい衝突音、擦れる嫌な音。
ヘッツァーの速度、勢い全てをポルシェティーガーに受け止めてもらう。
「会長!」
カーブを描いた時点で、車体の向きがどう変わるかは予想済み。
狭い射角なりに、ある程度は照準を向けてあった。
後は逃げられる前に素早く微調整、引き金を引くだけ!
「撃つぞ!」
幾度目かの轟音。
それを受けた耳の奥が痺れる中で、私は目の前の操縦席にいる小山の両肩を強く叩いた。
「小山!前進!」
肩を叩いたのも、前進の合図だ。
耳が聞こえにくくなっている今、こっちの方が伝わりやすい。
「ポルシェティーガーの車体を添うように回れ!」
小山の返事は聞こえたような、聞こえなかったような。
しかし一瞬こちらを向いて見せた気の強い笑みが、意思の疎通を感じさせた。
途端に戦車が勢いよく前進、身体がグッと座席に叩きつけられる。
「会長、M3はよろしいのですか?」
「レオポンを挟んだ向こうにⅣ号がいるんだ、ボサボサしてる暇は無い! それより河嶋、周囲を確認!」
「はっ!」
土埃が酷くて、M3を撃破できたのかどうかは分からなかった。
が、この状況でのんびり確認するのは自殺行為だ。
「会長、曲がります!」
「はいよー!」
左側からガリガリと嫌な音が聞こえる。
いやぁ、自動車部には後で怒られそうだね。
「かっ会長!ポルシェティーガー後方にⅣ号!砲塔こっち向いてます!」
「ッ!小山停車ッ!」
停車の勢いで今度は身体が前に投げ出され、スコープにつけていた額が更に強く押し付けられる。
反動で首が痛くなりそうだ。
が、それでもしっかり、目を大きく見開いていたおかげで、砲撃がヘッツァーの車体前面スレスレを通過したことを見逃さずにすんだ。
「全速前進! あんこうは装填も早いからね、出来るだけ距離取って!」
「はい!」
崖に沿って、全速力で駆け抜ける。
整備もされていない道だ、車体が上下に激しく揺れる。
これなら、いくら五十鈴ちゃんでもそう簡単には狙いをつけられないでしょ。
と、思った矢先。
「うわぁ!?」
砲撃音、僅かな感覚、ラグの後に車体が揺れる。
いきなり至近弾だ。
ヘッツァーの席配置が縦一列になっていて良かった。
たぶん、今の私は緊張と焦りと興奮とが入り混じって酷い顔してるんじゃないかな。
河嶋を車長席に座らせたのも正解だった。
……なんであそこでM3を狙っちゃったかなぁ。
もしかして私、土壇場で日和っちゃったのかな。
こっちも撃破される可能性があったとはいえ、あそこはⅣ号を狙うべきだった。
少なくとも西住ちゃんに追いかけられるよりは、隠れた澤ちゃんを探す方が気が楽だよ。
今更愚痴ってもしょうがないけどねー。
「会長、どうしますか!? 固定砲塔で逃げ回るのは……!」
「分かってるよー。どっかで反転しないと……なー小山、三突がやってたCV33ターンってやつ、出来ない?」
「ええっ、どう操作すればいいのかは何となく分かりますけど……1回もやったことありませんし、出来る自信もありませんよぉ!」
「だよなー。こりゃ参ったな」
「柚子!来るぞ!」
「分かった!」
川嶋の合図で戦車が揺れる。
直後着弾音、更に大きな揺れ。
ひょーこえー。
でこぼこ道で揺れてるのにどうやって狙いつけてるんだぁ?
「会長、森の中に逃げ込みますか?」
「整地ならヘッツァーの方が早いらしいんだけどねー。不整地ならⅣ号のが速いはず。冷泉ちゃんの腕もあるし、そう簡単には撒けないよ。姿が見えてる方がまだマシかな」
「では、どうします? このままでは……」
「分かってる。何も出来ずに撃たれるだけだね……小山! やっぱりCV33ターン、やってみようか」
「やるんですかぁ!?」
「うん。ターンからの躍進射撃。こっちに勝ち目があるとすれば、それしかない」
「出来るでしょうか……」
「大丈夫大丈夫、小山ならでき―—」
おだててのせようと思った時、おかしな発想が頭の隅っこの方から湧いて出てきてしまった。
思わず口の端が緩む。
「会長?」
「……そうだね。少し道具を使おうか」
「道具?」
「そう。ターンをする時に、回る車体の内側の角を砲塔で挟むようにして木にぶつけるんだ。そうしたらそこを軸に、反動で車体が回るはず。いい感じに回った瞬間に停車して、撃つ」
「そんな、滅茶苦茶な」
「それじゃあ交通事故ですよぉ」
「戦車は頑丈だからへーきへーき。私も成功する保証なんてどこにもない、頭のおかしな作戦だと思うけどさ。そんぐらいやらなきゃ西住ちゃんには勝てないでしょ。折れないような、デカい木を狙えよー」
後ろを向いてそう言ってやると、河嶋は完全に左頬を引き攣らせていた。
がっくりと肩を落としたと思うと、ゆっくり背筋を伸ばし私の方を見た。
自分の顔に手を伸ばし、みょうちくりんな方眼鏡を外すと、それを胸ポケットの中に仕舞った。
「滅茶苦茶だよ、本当に……でも。杏ちゃんがやりたいって言うなら、私は付き合う」
「……どったの、河嶋。タメ口何年振り?」
あまりに穏やかに笑う河嶋の、困ったような、まんざらでもなさそうな、そんな視線。
普段の険しい表情で怒鳴り散らす河嶋がどこかへ消えてしまった。
河嶋は照れくさそうに頬を掻き、ぷいとヘッツァーの上面装甲へ視線を向ける。
「……二年ぶりぐらいかなぁ。よくよく考えたらもう卒業はしたし、つまり杏ちゃんも会長じゃないし。別にいいかなって」
「いいけどさ。生徒会長はもっと昔に任期終えてたんだけど」
「昔っからそうだよ。杏ちゃんがむちゃくちゃ言って、私と柚子ちゃんは振り回されるんだ。けど、それが楽しいから。私達は杏ちゃんについていく。な、柚子ちゃん」
「そうだね、桃ちゃん。やれるかどうか、正直自信無いけど……杏ちゃんがやれって言うなら、やってみる。杏ちゃん、西住さんに勝ちたいんでしょ?」
「……まぁね」
小山まで私の事を名前で呼ぶ。
……久しぶりだな。
私が会長になってからは、会長って呼ばせてたもんな。
そうか、私はもう生徒会長じゃないんだ。
(杏ちゃん、生徒会長就任おめでとう!)
(おめでとう~! 一年生で生徒会長なんて凄いよ~!)
(ありがと……早速と言うか、柚子、桃、二人に頼みがあるんだけどさ)
(どうしたの? 杏ちゃん)
(私の事、これからは会長って呼んでほしいんだ)
(えっ?)
(ほら、私こんなちんちくりんだからさ。見た目で舐められない様にしたいんだよ。側近になる二人が仰々しいぐらいに接してくれたら、この小さな体でも威圧感とか、只者じゃあない雰囲気が出ると思うし)
(杏ちゃん……)
(……分かりました。会長)
(桃ちゃん!?)
(杏ちゃんはこの学校の事を誰より考えている。それぐらいは私でも分かる。私に出来ることが学校の為に役立つなら、私は、やるよ……ちょっと寂しい気もするけど)
(桃ちゃん……分かりました、会長。これから改めて、よろしくお願いします)
(……あんがと。これからは、小山と河嶋だな……でもまぁ……ほら。私達個人の間柄は変わらないよ。これからもずっと、ね)
(……杏ちゃあああああん!)
(早いよ、桃ちゃん)
(しょうがないなぁ~河嶋は……)
(おはようございます、会長。柚子も、おはよう)
(ん、おはよー……どったの河嶋、その変な眼鏡)
(変じゃないですよ! 参謀オーラが出てるでしょう!?)
(桃ちゃん……それはないんじゃないかな)
(柚子ちゃん!?)
(何に影響されたんだろうねー、河嶋。ま、面白いからそれつけときなよ)
(はい!)
……懐かしいな。
じゃあ……私も合わせるべきだね。
「桃、柚子。私、西住ちゃんに勝ちたい。一戦車乗りとして、全国大会優勝の立役者、大洗のエースに私達の全力をぶつけてみたいんだ。付き合ってくれる?」
「「当然!」」
揃って帰ってきた返事は、私の胸を妙に高ぶらせる。
三人で何も考えずに何かやるのって、楽しいな。
戦車道って、楽しいな。
楽しいな……西住ちゃんと戦うのは。
だから私は今、超楽しいよ!
「柚子! 森の方へ進路転換、2時方向にちょっと森からはぐれてる木があるの、分かるな。あれにターンの始動で車体引っかけて、残りは勢いで回す。停車のタイミングは任せる、行き過ぎない様に注意しろ!」
「分かったよ、杏ちゃん!」
「桃!主砲の射角は0度に合わせてある。停止した瞬間に、ヘッツァーの正面から見てⅣ号がどの位置にいるか。お前の素早い指示にかかってるからな!」
「任せろ!」
「これが多分、最後になる……私達生徒会三役員のグランドフィナーレだ! 無茶していくぞー!」
「「おおーっ!」」
ヘッツァーが大きく揺れたと思った瞬間、左側から大きな衝撃。
投げ出されるかと思ったけど、レバーを握り締めていたおかげで助かった。
砲撃を察知して、何の指示も無く柚子が回避行動をとったらしい。
前しか見えていないハズなのに大したもんだね、私達も成長しているようだ。
「……行くよ、杏ちゃん! 桃ちゃん! しっかり掴まっててね!」
小山が言うと同時に、操縦レバーを操作するその両腕が素早く、細かく、勢いよく動かされていく。
一瞬の減速の後、スコープの向こうに見える視界は右から左に流れていく。
衝撃。視界が更に勢いよく回っていく。停車。その反動。
時間の流れがゆっくりになっていく。
「右、1時!」
たぶん、桃は早口で言っているんだろうけど、それすらもゆっくり聞こえた。
ハンドルを回す私の腕もゆっくり回る。
スコープの向こう側もゆっくり動く。
Ⅳ号が、見えた。
引き金を引く。
同時にⅣ号の主砲が光ったように、見えた。
次の瞬間。
ドガァァァァァン!
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ~!?」
至近距離から発せられる轟音、桃の悲鳴が耳の奥に突き刺さり、強い衝撃に私は座席を投げ出された。
どれぐらいの時間だったのかは分からないけど、体験した身から言えばかなり長い時間私達は暴れまわる戦車の内部でシェイクシェイク。
気がついた時は3人とももみくちゃになっていて、床の上に身を重ねあうように倒れていた。
……天井に落ちてないだけマシ、だね。
「……やーらーれーちゃっ、たー。ごめんね」
「杏ちゃんは悪くないよ。このままじゃあどうあがいても後ろから追いかけられるだけだったもん」
「そうかなー。他に何か思いつければよかったんだけどなー……西住ちゃんみたいにうまくはいかないか」
「そうですね……あれに対応して、しっかり当ててくるんですから、あんこうチームは凄いです」
「あ……あの……二人とも……降り、て」
「あ、ごめんね、桃ちゃん」
私は柚子のお腹に頭を載せるように倒れていたんだけど、その柚子は桃の上にのっかかっているらしい。
苦しそうな桃の声に柚子が跳ね起きて、私の頭も勢いよく跳ねだされる。
「二人とも、顔が煤だらけだねー」
「杏ちゃんもだよ」
「我々はいつもこうだな。プラウダ戦からは毎回煤だらけだ」
「文句言うなよ桃ー。それだけ私達が貢献したってことじゃん」
「そうだけど……」
「このまましててもしょうがないし、とりあえず降りよっかー。桃、肩貸してー」
「はっ」
桃に肩車して貰って、キューポラの蓋を持ち上げる。
戦車内部のむしむしとした空気から解放され、涼しげな風が顔に吹き付けてくすぐったい。
薄暗いところに長い間座っていたから日光が眩しくて、私は何度か瞬きをした。
滲む視界が次第にはっきりしていく。
片側に広がる森。
もう片側は切り立った崖。
正面は乾いた絵具の表面みたいな、舗装されていない荒れた道が続いていて、その道を塞ぐようにⅣ号が居座っている。
……黒い煙を吐き出しながら。
「……」
「杏ちゃん? どうしたの?」
呆気にとられて、桃の問いかけに答えることも出来ない。
突然、視界が更に高くなってようやく我に返る。
中腰の姿勢で私を肩車していた桃が、限界を迎えて背筋を伸ばしたらしい。
桃の事だから私をキューポラのふちにぶつけないよう、細心の注意を払ったに違いない。
腰を痛めてなければいいけど。
私は桃の胸元に投げ出していた足を、窮屈なキューポラの縁にかけ、ヘッツァーの車上へと降りる。
さぁっ、と風が吹いて、ツインテールが揺れる。
柚子が何か言っている。
たぶん、私と同じように固まった桃に文句を言っているのだろう。
こんな近い距離での言葉が頭に入らない程。
私は全身が固まってしまったように、白旗の飛び出したⅣ号から視線を反らすことが出来なかった。
ふらふらとした足取りで、ようやく、たぶん無理矢理柚子に上らされた桃がヘッツァーの車上、その端まで四つん這いで勢いよく這っていって、Ⅳ号を食い入るように見つめている。
振り向いた桃は信じられないものを見ているようで、口を半開きにして、目を見開いていた。
桃とは打って変わって、素早く車上に上ってきた柚子が歓声を上げて、未だ視線をⅣ号に向けている私を背後から抱きしめぴょんぴょん飛び跳ねる。
桃は驚きに塗り固められた顔をくしゃくしゃに歪め、ふらふらと立ち上がった。
「杏ちゃああああああああああん! 柚子ちゃあああああああああああん!!」
涙を流しながら私と柚子に抱きついてくる。
ぴょんぴょん飛び跳ねる二人に挟まれて息苦しい。
それでも私は目の前の光景が信じられなくて。
ただぼーっと目の前に視線を放り投げるだけ。
私が現実を受け入れることが出来たのは、二人が飛び跳ね疲れてヘッツァーの車上に座り込んだ頃。
Ⅳ号のキューポラから西住ちゃんがひょっこり顔を出して、後ろ髪を風に揺らしながら、目を細くして。
私を見て、困ったように笑った時だった。
「……倒したの? Ⅳ号を」
「「うん」」
「……私達が?」
「「うん!」」
「そっか……やったのかー! 私達!」
「そうだよ、杏ちゃん!」
「私達が、西住たちを、ぐすっ……うぇぇぇぇぇぇぇん!」
「桃ちゃん、泣き過ぎだよぉ」
「ゆずぢゃんだって泣いてるよぉ!」
二人の声を聞いているとなんだか胸が熱くなってきて、頬は緩む。
フッと息を吐き、視線をⅣ号へ向ける。
と、その視界の下の方。
ヘッツァーの目の前に、西住ちゃんの姿が見えた。
遅れてやってくる、ほかのメンバーも見える。
体の前で伸ばした腕を重ね、いつも通りの少し控えめな、白くて小さい花のような笑顔を浮かべている。
私は上面装甲の端、斜面になっている全面装甲の手前までゆっくりと歩いて西住ちゃんに近づいた。
「ね、西住ちゃん。どうなったのかな?」
「カバさん、ウサギさん、それから私達は行動不能です……みんな、会長にやられちゃいました」
「……そっか、当ててたのかー。私も中々、やるもんだねぇ」
試合中は必死になっていたので意識していなかった。
4両の内、3両は私達が倒したのか。
……全然実感が無い。
『こちらアリクイチーム! 八九式を撃破したにゃー!』
突然の報告に、ちょっと面食らう。
そっか、八九式(仮)はアリクイチームに任せたんだ。
私の考えが正しくて、アリクイチームがそれに応えてくれたんだね。
……うーん、やっぱり実感が湧かない。
「アヒルさんチームから撃破の報告がありました……負けちゃいました」
良く見ると、西住ちゃんの髪はⅣ号が撃破された衝撃でなのか、ところどころがボサボサにハネていて、左の頬が煤で汚れている。
その姿を見てようやく、私は実感が出てきたような、そんな気がする。
「ね、西住ちゃん。西住ちゃんから見て、私、少しは見れる腕前になったかな?」
「もちろんです! 会長の砲手としての実力は華さんにも負けてません。会長がいなかったら、きっと私達は優勝できませんでした」
「そもそも会長が戦車道を復活させたんだから、会長がいなかったら戦車道なんてやってなかったよね~、私達」
武部ちゃんに突っ込まれて、あわあわと手を振る西住ちゃん。
戦車を降りればこうなんだもんな。
チームメイトに何か色々言われているようで、西住ちゃんのやりどころのない身振り手振りが激しくなる。
が、フッ、と、思いがけずUFOでもみてしまったかのようにその動きが止まる。
表情を引き締め、隊長モードで私へ視線を向けると、スカートの裾やジャケットの襟を正して、ピンと背筋を伸ばす。
「会長!」
「はいよー。どったの」
「私、大洗には戦車道を辞める為に来ました。会長に戦車道をさせられて、最初は、嫌でした。でも……でも。戦車道を続ける内に、大事な友達が出来ました。本当に、ありがとうございます!」
深々と頭を下げる西住ちゃん。
これはちょっと、予想外だな。
西住ちゃん、こういう恥ずかしいことを割とスパッと言っちゃうよね。
ほら、他の四人が照れくさそうにしてる。
「そうですね。私も実際に戦車に乗ることができましたし、色んな戦車が動いているところを見ることが出来ました!」
「私も、戦車道を通してアクティブになれた気がします。華道のことも、改めて好きになることが出来ましたし」
「彼氏はまだだけど、なんか女としてレベルアップした気がするよね!」
「……戦車道をやらなければ進級できるか分からなかったしな」
「「「「ありがとうございました!」」」」
続いて秋山ちゃん、五十鈴ちゃん、武部ちゃん、冷泉ちゃんが頭を下げる。
……更に、予想外。
『我々もきっかけはバレー部の復活のためでしたが、今では戦車道も大好きです! たとえバレー部が復活しても、戦車道と両立させます! なぁみんな!』
『『『はい!』』』
『グデーリアンも言ったが、実際に戦車に乗る機会などとそうは無いしな』
『チャリオットじゃないのは残念だが』
『忍道も生かせたしな!』
『人生、どう転ぶか分からんもんぜよ。豊臣秀吉は下層階級から天下を掴んだしな』
『男友達は引いちゃうけど、気になんなくなっちゃったよねー』
『戦車に乗るなんてアニメみたいで楽しかったです!』
『紗希も楽しかったって言ってまーす!』
『こんなに楽しいなんて思わなかったよね~』
『初めて、心の底から夢中になれるものを見つけました!』
『戦車道を通して、ハイブリッド風紀委員になることが出来ました!』
『出来たの?』
『最初はびっくりしたけどね~』
『戦車をイジるのは初めてだったけど、これはこれで楽しかったよねー』
『大砲がついているのもいいもんだな』
『特に私達のはマニアックな戦車でうずいたよね!』
『もっとドリフト決めたかったんだけどなぁ』
『ゲームとこんなに違うとは思わなかったにゃあ』
『でも筋肉たくさんついたもも!』
『戦車について詳しくなれたし、もっと好きになったぴよ!
ヘッドセットから次々と聞こえてくるみんなの声。
色々と、騙すような真似もしてきたんだけどな。
西住ちゃん達に至っては、嘘はついて無いとはいえ脅迫までしたのに。
参ったなぁ、みんないい子過ぎる。
「ふふっ。杏ちゃんの負けだね」
「……何も勝負なんかしてないだろー」
柚子の言葉に思わず悪態で答えてしまう。
たぶん、私の表情がしかめっ面になっているからだろう。
西住ちゃん達がちょっと困惑した表情を浮かべているのが分かる。
「あ、あの、会長」
「気にする必要はない。杏は素直で好意的な行為が苦手なんだ。常套手段が横暴だから感謝されることが少なくてな」
「あれっ!? 河嶋さんが会長の事名前で呼んでるー!」
「杏ちゃんが生徒会長になる前は、こうだったの。桃ちゃんもそれからキャラ作り出すし」
「作ってないッ!」
あーあー、何だかもう色々暴露しちゃってるよ。
……まぁ、もういいか。
「うるさいぞー河嶋ー!」
「あれっ杏ちゃん!? 呼び方戻ってるよ!?」
お前なんか河嶋で十分だ。
私は一歩身を引くと勢いよく上面装甲を蹴り、全面装甲の斜面を2歩で駆け、最後は膝を曲げ、腕を振り。
「西住ちゃーんっ!」
思いっきり飛びついた。
「あわっ!? わっ!?」
流石は西住ちゃんというか、4度目となると慣れてるね。
結構勢いをつけたつもりだけど、しっかり抱き留めてくれた。
西住ちゃんの小さな体を思いっきり抱きしめ、腰を両足で咥え込む。
顔は見られたくない。
だから、西住ちゃんの肩に額を埋める。
「……西住ちゃん。ありがとね。戦車道をするって決めてから、私もいろいろ勉強したんだ。でも、不安だった。やったことないんだもん。だから転校生に経験者で、それも戦車道家元の娘がいるって聞いて、本当に心強かったんだ。もう今更遅いんだけどさ……今言わなきゃ一生言わないから。ごめんね、西住ちゃん。無理矢理戦車道やらせてさ」
……言っちゃった、全部。
返事聞きたく無いなぁ。
恥ずかしくて顔からマグマが噴き出そうだ。
「いいんです、会長。会長がくれたのは、友達だけじゃなくて。色んな人たちと対戦して……色んな戦車道を発見して。私、初めて戦車道が楽しいって思えました。戦車道に、お姉ちゃんに、自分に向き合って、私の戦車道を見つけることが出来ました。会長のおかげです。楽しい学校生活も、楽しい戦車道も、全部会長のおかげなんです!」
西住ちゃんがグッと腕に力を込め、私の頭に顔を寄せた。
あぁ……こんなに小さいのになぁ、西住ちゃんの身体。
こんなに小さいのに、あんなに頑張ってくれたんだな。
こんなに小さいのに……強いなぁ、この子は。
「……本当に、ありがとう。西住ちゃん。私、この学校が大好きなんだ。でも、でもね。こうやって、みんなで一つになって、戦車に乗って、凄く楽しかった。私は……戦車道も、みんなの事も、大好きだ!」
そう言った瞬間。
『『『いええええええええええええい!!!』』』
耳が痛くなるほどの歓声が飛び込んできた。
驚いて、赤いままだろう顔を上げる。
なんでだ?
……なんでだじゃないよ、咽頭マイクつけてるじゃん、私。
しかも西住ちゃんが顔を寄せてきたから、首同士でしっかりマイクが抑えられていたんだ。
……やっちゃった。
らしくないなぁ、もう。
~~
「会長!」
「会長!私達も会長が大好きです!」
「なのでバレー部を復活させてください!」
格納庫前に戻ってきてもこれだ。
河嶋と柚子がなまぬるーい視線を向けてくるのも何とも言えない。
腹が立つわけではないけど……ねぇ。
「ああ、会長。モテモテですねぇ」
「全員に愛の告白とはな、痺れるね」
「ちょっと大胆過ぎるっしょー」
「うるさーい、うるさい。いいんだよ、たまには。普段やらない人がたまーにこういうことをすると評価が上がるんだよー」
一年生にもみくちゃにされかけたところを抜け出すなり、自動車部三年生三人組、ナカジマちゃんホシノちゃんスズキちゃんが茶化してくる。
肩をすくめてかるーく流してやると、またまたぁ、とか素直じゃないんだから~、とか聞こえてくる。
「会長も人の子だったんですね」
なんて酷いことを言ってくるのはそど子だ。
堪えたように、だけど珍しく笑っている。
「そりゃーそうだよ。私を何だと思ってたのさ?」
「だってあんな会長見たことないもの。いっつも飄々として訳の分からない言動を繰り返して風紀委員を困らせる人だから、人間としての感情が欠落していると思ってたわ」
「人外認定がゆるすぎるでしょ。そど子こそ、たまには素直になってみたら~?」
「なっ何の事かしら!? 私は清廉潔白な人間よ!」
「こりゃみんな大変だな~。ゴモヨちゃんパゾ美ちゃんも大変だったでしょ?」
振り返り、この場にいる残り二人の風紀委員に目を向ける。
「ええ、それはもう」
「とっても」
苦笑しながら言うゴモヨちゃんと、どこかボーっとして見えるパゾ美ちゃん。
見た目は似てるけど、こうやって見ると全然性格が違うんだなぁ、なんて今更ながら思う。
「特に冷泉さんが絡むと、そど子は素直じゃないですから」
「へんなこと捻くれてるからね、そど子」
「ちょっと貴女達!何言ってるのよ!」
「ほんとのことだもんねー」
「ねー」
顔を見合わせて笑う後輩風紀委員二人、顔をしかめる先輩風紀委員一人。
そど子は河嶋の次くらいに扱いやすいからなぁ。
「何だ、呼んだかそど子」
「呼んでないわよ!それと、私は園みどり子! それより冷泉さん、私がいなくなったからって安心して遅刻なんかするんじゃないわよ!遅刻はゴモヨとパゾ美が来年からもキチッと取り締まりますからね!」
「極力気を付ける。せっかく遅刻を0にしてもらったんだからな」
「そ、そう。いい心がけじゃない……」
冷泉ちゃんにばかりそれを言い続けるのも、健気と言うか何と言うか。
こりゃあそど子が素直になる日なんて当面見れなそうだね。
「あの、会長」
眉尻を下げ、申し訳なさそうな顔をしながら西住ちゃんがやってくる。
「ん。分かってるよ西住ちゃん。名残惜しいけど、そろそろ締めなきゃね」
「……はい」
寂しそうな顔はしないでほしいなぁ。
こっちまで同じ気分にさせられてしまう。
私はちょっと後ろへ下がり、最後の談笑を楽しんでいるみんなから少しだけ離れる。
大きく息を吸って。
「よぉーしみんな! ちゅうもーく!」
声を張り上げる。
ざわつきが一瞬で静まり返り、31個の視線が一斉に私に向けられる。
「みんな、今日はありがとう。高校生活の最後に、最高の思い出を貰ったよ。私達は今日でこの大洗女子学園を卒業して、ここからいなくなってしまうけど。私達みんなで守った学校を、せっかく復活させた戦車道を、後輩のみんなに託す!よろしくね!」
「「「はいっ!」」」
綺麗に揃って帰ってくる、元気のある返事。
ま、これなら大丈夫かな。
安心して卒業できそうだ。
「じゃあ、少しだけこれからの話をしようか。来年の戦車道チームの隊長だけど……これは西住ちゃんでみんな、異論はないね?」
「もちろんです!」
「西住さん以外にウチのリーダーは務まりません!」
「流石に、これに反対できる人はいないよね~」
そりゃあそうだ、今年も隊長だったし、これ以上とない実績と信頼があるからね。
チーム内にこれ以上の適任なんかいる訳がない。
「じゃあ西住ちゃん、一言お願い」
「はっはい!」
西住ちゃんはおっかなびっくりと言った様子の表情で一歩前に出て、顔を伏せた。
そして顔を上げ、もう一歩踏み出したとき。
「……いい顔してるねぇ、西住ちゃん」
その顔からはいつもの気弱な感じが消えて、キュッと引き締まった、凛とした表情を浮かべていた。
力強い足取りで私の横にやってくると、私に一度、小さく頭を下げてから振り返り、チームメイトの視線を受け止める。
「私は……一度戦車道をやめるつもりでした。でも、この大洗女子学園でもう一度戦車道を始めて、とても楽しかったです。来年も、みんなと一緒に戦車道がやりたいです! 私はドジで、気弱で、きっと迷惑をたくさんかけてしまうと思います。でも、一生懸命頑張ります! 皆さん、来年も私と一緒に戦車道をやってください! よろしくお願いします!」
わっ、と巻き上がる歓声。
どこかで言葉が途切れることも無く、すらすらと言ってのけた。
初めは注目されるだけでたじろいでいたのに、本当に成長したなぁ、西住ちゃん。
もう、立派な隊長だね。
「ま、ここまでは予定調和だからねー。本番はここからだよ」
頭の後ろで手を組んで言うと、再び私に視線が向く。
西住ちゃんも顔に疑問符を張り付けている。
「河嶋の後釜。来年の副隊長を決めなきゃねー」
あぁ、とかおぉ、とかなるほど、とかいった声が聞こえる。
……みんな本当に考えてなかったの?
ま、こっちも予定調和と言えば予定調和だから、気にしてなかったのかな。
「西住ちゃん。指名よろしくぅ」
「えっ、私ですか!?」
「うん。そりゃあそうだよー、隊長だもん。たぶん、みんな同じ考えだろうから、どんと胸張って言っちゃいな」
「……分かりました」
ちょっとだけ気弱モードに戻った西住ちゃんだけど、またすぐに表情を引き締めて、視線をチームメイト達へ向ける。
端から端へ一周させた後、もう一周。
その途中で、視線が止まった。
意中のあの子と、視線があったみたいだね。
表情柔らかく、目を細く。
にっこりと笑って、口を開く。
「澤さん。澤梓さんに、お願いしたいと思います」
「えぇっ!?」
みんな分かっていたことだから、特に大きな声は上がらない。
柔らかい表情で、みんなが驚いた表情の澤ちゃんの背中を押して、最前列へと押しやった。
「え、えっと……私、ですか?」
「うん。私は、澤さんが良いと思うの。みなさん、どうでしょうか?」
一同からの、大きな拍手が澤ちゃんに贈られる。
当然私も同意見、はくしゅー。
澤ちゃんは振り返って拍手をする仲間達に視線を向けた後、真剣な表情で、こちらへ向き直った。
「えっと……ありがとうございます。本当に、私でいいんですか?」
「うん。澤さんが誰よりも頑張っている姿はみんな見て来たから。この一年間、ウサギさんチームのまとめ役を頑張っていたのも見てたし、真面目で、優しくて、みんなの意見をちゃんと聞くことが出来る澤さんは、お友達の良い所をもっと伸ばすことが出来る人です。澤さんならきっと、将来は素敵な隊長になれるよ!」
「西住隊長ぉ……」
うんうん、と頷く。
西住ちゃんの言葉に、澤ちゃんは表情を少しだけ崩してしまった。
泣きそうなんだろうな、嬉しくて。
「みんな……私で、いいかな?」
澤ちゃんが、目を擦りながら振り返って言うと、その目の前まで来ていたウサギさんチームのメンバーが一斉に……丸山ちゃんだけ少し遅れて、頷いた。
「やっぱ、まとめ役は梓ちゃんじゃないとねー!」
「そうそう。自分で言うのも何だけど、私達って結構まとめるの大変だったと思うんだよねー」
大野ちゃん、山郷ちゃんが顔を見合わせて言えば、
「梓ちゃんにならどこまでもついてけるよっ!」
「そうだよ~。梓、西住隊長を意識してから大人っぽくなったもんね~」
坂口ちゃん、宇津木ちゃんは自分のテンポで素直な思いを口にする。
「ちょ、ちょっと優季! 何言ってるの!?」
宇津木ちゃんの言葉に反応して、澤ちゃんの顔が赤くなる。
「え? もしかして隠してたの~?」
「聖グロとの練習試合終わってから明らかに意識してたじゃん!」
「そうだよ。戦闘中なんか、落ち着こう落ち着こうとして、すっごく西住隊長っぽかったし。リトル西住隊長って感じ?」
「すっごく憧れてる感じがした!」
ついに言い返すことも出来なくなったのか、赤みをどんどん増していく澤ちゃんの頬。
俯き加減で、プルプルと体を震わせる。
「えっと……」
自分の名前を出されて西住ちゃんが困ったようにしている。
こういうところは鈍そうだもんなぁ、西住ちゃん。
ふぅ、と息を吐いて、力が抜けたかのように一度ガクンと頭を下げた澤ちゃん。
真っ赤な顔はそのまま、振り返って西住ちゃんと視線を合わせた後。
大きく息を吸っているんだろうね。
胸を少しだけ反らして、ぎゅっと目を閉じて大きく口を開いた。
「私……私。聖グロリアーナとの試合の時の先輩を、見てました! 木の上から、ですけど……あの時、西住隊長のことがすっごくカッコよく見えて、私、私……西住隊長になりたいって思いました!」
「わっ私にですか!?」
「あわわっごっごめんなさい! 西住隊長みたいな人、です! ごめんなさいっごめんなさい!」
ぺこぺこと言うよりは勢いに任せブンブン頭を下げる澤ちゃん。
なんだか初めの頃の西住ちゃんを思い出すなぁ。
可愛らしいね。
「あの試合を見て、隊長みたいな人になりたいって、思いました! それからずっと、私なりに西住隊長に近づこうと、頑張って……まだ、全然ダメですけど、それでも、私、西住隊長みたいな隊長になりたいです! 私に、隊長の戦車道を、西住流じゃなくて、西住みほ流の戦車道、教えてください! お願いします!」
きっと、これは澤ちゃんが胸の中にずっと秘めていた想いなんだろうな。
早口の言葉の間、目を合わせるのが怖かったのか、ただただ恥ずかしかったのか、澤ちゃんはずっときつく目を閉じていて、言い終わると同時に今までの中で最大の勢いをつけて頭を下げた。
「……もちろんだよ。私に教えてあげられることがあれば、何でも。改めてこれからよろしくね、澤さん」
「はい!」
握手する体調、新副隊長。
拍手する我々。
もう、任せても大丈夫だな。
西住ちゃん達なら、私達がいなくなっても上手くやってくれるだろう。
きっとね。
~~
「これより、第64回戦車道大会1回戦第1試合を開始します!」
審判の声がスピーカーから流れてくるので、観客席の私にも聞こえてきた。
1回戦ながら、1試合目だからか、はたまた前年優勝校の登場だからか、観客席は昨年の我々の試合の時よりも埋まっている。
まいったなぁ出遅れたなぁ、どこかに空いているところはないかなぁ。
そう思って周辺を見渡すと、僅かに空席を見つけたので近寄っていく。
……それにしても変な席の開き方だ。
中央に1グループ並んで座っていて、その左右が1席空いていて、また観客が詰めている。
まるであのグループが避けられているようだ……と、思ったんだけど、その理由はすぐに分かった。
「Hi,アンジー!」
「やぁやぁおケイ。それに皆さんお揃いだねぇ。そんなにウチの試合が気になったの?」
「そっ、そんな訳ないじゃない! カチューシャが来たのはたまたまよ、たまたま!」
「早起きして張り切っていたのは誰ですか?」
「ノンナうるさい!」
歓迎されているようなので、空いている席に座らせてもらう。
まぁ、これだけ個性豊かな集団には近寄りたくないよねぇ。
彼女達が誰なのか知っているのなら、やっぱりそれはそれ、恐れ多くて近づきにくいものはあるだろう。
反対側の端の席で、何か出店で買ってきたんだろうものを口に詰めたチョビ子が大きく手を振ってくれたので振り返しておいた。
「で、これはどういう集まりなの?」
「意図した訳ではない。たまたま見知った顔がいたので一緒に座っただけだ」
「ふーん……やっぱり、妹の試合は気になる?」
「……そうだな。それは否定しない」
「世の中がどんなに変化しても、人生は家族で始まり、家族で終わることに変わりはない。どんなに厳格な人にだって、家族はいるものよ」
「……私は特別厳格なつもりはないのだが」
「……それ、本気で言ってらっしゃるの?」
かつて、敵として戦い、味方として戦ったみんなが気にかけてくれて、わざわざ試合を観に来てくれている。
西住ちゃんはこのこと知っているのかな?
知らないだろうな。
無様な姿は見せられないよー、これ。
でも。
そんなことは杞憂。
西住ちゃん達なら、また私達をあっと驚かせてくれるに違いない。
私はそう、確信してるんだ。
『パンツァー・フォー!』
大画面の向こうで動き出したIV号戦車から、いつもの声が聞こえた、そんな気がした。
おわりです。
読んでくださった方がいるのでしたらありがとうございました。
以前に『エリカ「友情は瞬間が咲かせる花であり、時間が実らせる果実である」』というタイトルでエリみほを書いた結果、杏みほを書いてみたくなった結果がこのSSです。
杏みほ……?(文を読み返しながら)
追伸
戦車道大作戦でガチャ爆死した次の日に大洗制服のエリカがガチャに追加されたので悲しいです。
エリみほか杏みほください。
何でもしません
このSSまとめへのコメント
このSSまとめにはまだコメントがありません