安部菜々「夜、屋上にて」 (12)
カツン、カツン。
屋上へと向かう階段を上ります。ああ、ダメだな。絶対私今だらしない顔してる。
さっきまで事務所で行われていた誕生日パーティーを思い出して一人にやけてました。
片づけを自分も手伝おうとしたら主役だからとちひろさんに断られてしまいました。
ただじっとして人の作業を見ているのも自分の性に合わず、落ち着かず屋上に逃げてきました。
ガチャ、重たい金属製のドアを開けて外に出てみると私を待ち構えていたのは一面のただ真っ暗な夜空でした。
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「そうだよね」私は小さく呟きます。ここは都会ですし、周りも明るいですし星空なんて見えません。
そこにあるはずなのに、それでも見えない。「なんだかな」昔の私みたい。なんて思ってしまいました。
昼の間は夏のように暑いのに、夜に軽装だと流石に冷えます。軽く上に羽織るものでも持ってくればよかった。
ふう、軽く息を吐きます。そんな過去があって、今がある。今が楽しいから全部いいや。なんてね。
もちろんそういうわけではないですよ。でも今日晶葉ちゃんに、頼子ちゃんに、ちひろさんに、Pさんに、それからファンのみなさんに。
こんなにも多くの人に誕生日を祝ってもらえる私は紛れもなく幸せものですね。過去の悲しい思い出を全部ひっくり返せはします。
ガチャ、あ、誰か来たみたいです。
「お、菜々か。ここにいたのか」
「どうしたんですか?」
「片づけを手伝おうとしたらな。邪魔するなと頼子に言われてしまい逃げてきた」
「それでここに一服しに来たんですか」
「ああ、ばれたか」
「Pさんが屋上に来るときは大抵タバコ吸いに来るときじゃないですか」
「それもそうか」
「全く、タバコは体に悪いんですからほどほどにしないとダメですよ」
「善処する」
そう言ってPさんは形だけ申し訳なさそうに頭を掻きました。これは響いてませんね。
正直なところ私自身はタバコは好きじゃないですけどタバコを吸うPさんを見るのは嫌いじゃありません。
Pさんは胸ポケットからタバコを取り出し、咥えて、火をつける。そのあとゆっくりと煙を吐き出す。
煙は夜の街へと溶けていきます。雰囲気と合わさってほんの少しだけ綺麗だなんて思ってしまいました。
Pさんの纏う空気は一回りか二回りか年齢が上の男の人で、こういうのを渋いって言うのでしょうね。
「楽しかったかい」
「ええ、とっても」
Pさんは少し離れたところから話しかけてきます。
吸う人のマナーだといって最低限距離とか風向きとかはかんがえてくれているみたいですね。
それでも晶葉ちゃんはPさんがタバコ吸っていると不機嫌になりますけど。
「それならよかった」
「素敵な会を開いていただきありがとうございます」
「俺はなんにもしてはいないよ。他のやつらが色々やってくれたのさ。俺は少し軍資金出しただけだ」
「祝ってくれるだけで嬉しいんですよ」
照れくさそうに顔を背けてまた一回煙を吐き出します。
紫煙を燻らす。なんて詩的な表現はPさんには似合いませんね。ええ、似合いません。
「なんだよ、じろじろ見てきて。吸いたいのか?」
「いえ、ナナはアイドルですし、そもそも17歳なので遠慮しておきます」
パッケージの弓矢が印象的な箱を差し出しながら、くっくっと喉を鳴らしながらPさんが笑います。
どうせ断られることが前提で言っているのでしょうね。私が吸いますなんて言ったら色々難癖つけてとめただろうに。
あー、失敗したかも。Pさんが慌てる姿が見れるチャンスだったかもしれません。
いえ、私はPさんと違って性格が悪くないのでそんなことしません。
「いつも同じタバコを吸っているなと思いまして」
「これか?俺がタバコ始めたころはまだ学生だったからな。安かったこれについつい手を出したんだよ。まあ結局は高かったのだけど」
「どういうことですか?」
「これは普通のタバコの半分の値段なんだが入ってる本数も半分でさらに短いんだよ」
「なるほど、相対的に高くなるということですね」
「流石菜々さん、計算が速い。主婦の知恵」
「……褒め言葉として受け取っておきますよ」
「年を重ねたから対応が大人になったね」
「Pさんこそもう少し大人になってください」
「善処する」
もう、我らがPさんは本当に子どもっぽいんですから。どっちが年上かわかりませんね。
私はやれやれといった様子で肩をすくめます。あ、少し拗ねた。子どもですかあなたは。
ふと気になった質問を投げかけます。
「じゃあなんでそのタバコを吸い続けているんですか?」
「なんでだろうな。多分他を知らないからじゃないか」
そういうと同時にPさんは少し頭を下げて何かを考えているようです。
そうして意を決したようにまた煙を一回吐き出します。
「なあ、菜々。アイドルは楽しいか?」
「はい、もちろんですよ。急にどうしたんですか?」
「さっきのタバコの話じゃないけどさ。菜々はずっとアイドルを目指していたわけだろ」
「まあ、そうですね」
「他の生き方とかを知らないというと失礼に当たるかな?ifってのを考えてみたことはないのかなってな」
「なんでそんなことを?」
「この歳になるとな、諦めてきた夢が多くて多くて。菜々がうらやましいんだろうな。自分の夢に真っ直ぐ生きれて」
「そういうことですか。そうですね、Pさんが今でもそのタバコを吸い続けているのと同じ答えですね。他を知らないし、知ってもそこまで惹かれないんですよ」
「いやはや珍しい、菜々が若く見える」
「ナナはいつだって若いですよ。なんせ17歳ですから」
「そうですね」
「投げやりですよ」
「そうですね」
「もう」
しばし二人の間に沈黙が流れます。だけど静寂は流れてくれないようで都会の喧騒がすぐそこにありました。
そろそろ短くなったタバコを灰皿に入れています。それは終わりの合図でしょうか。
「戻るか」
「はい」
ガチャ、行きにも聞いた扉の音。エスコートしてもらうのは悪くないですね。
カツン、カツン。さっきよりも多い靴の音。二人分です。
「そういえばPさんの夢ってなんだったんですか?」
「消防士」
「へー、そうなんですか」
「消防士、サッカー選手、歌手、科学者、作家、技術者、自衛官、警察官、考古学者、医者」
「ずいぶん多いんですね」
「どれにもなれなくてなぜかプロデューサーなんてやってるけどね」
「後悔しているんですか?」
「いや、全く」
「そうですか」
少しだけ大人になった。そんな気がした誕生日の夜でした。
以上で短いけど終わりです。
菜々さん、誕生日おめでとう。遅れてごめんなさい。
菜々さんはいずれシンデレラガールズに輝くと信じています。
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