男「…人生最後の春休み」(36)
男「今年もダラダラ過ごしますか」
男「長い大学も後一年」
男「後期試験も無事終わり、多分留年もない」
男「…友は帰省、彼女もなし。田舎の実家に一人きり」
男「そして、やることもない」
男「…………」
男「春眠暁を覚えず。取り敢えず寝るための環境づくりに勤しみますか…」
男「…掃除、洗濯、ふむ」
男「たまには父さんと母さんの部屋も掃除機に掛けて、…ん、午前中は部屋の片付けで潰れるな」
コンコン…ガチャリ
男「入るよ」
男「ういうい、今日も二人とも元気そうで」
ギィ…バタン
男「つっても、もう二人とも写真の人だから、逆に変化があったら怪奇現象だけどな」
男「…この部屋に入るのも半月振りぐらいか。 やっぱり空気が澱んでるし、埃っぽい」ケホケホ
男「窓開けて空気を通して掃除機を…」
ブィーン…ペポズボボボボ
男「いかん、カーテンを吸い込んだ」
男「…焦った焦った」
男「この掃除機は、絶対にスイッチの位置が間違ってると思う」
男「…ん、単にこれは俺の指が大きいだけか?」フム
(…クスクス)
男「?」キョロキョロ
…シーン…
男「気のせいか? 今、誰かに笑われた気がしたような」
男「…」
男「…いや、気のせいだな」
ブィーン
男「♪…じ~んせいラクダにゃ、こ~ぶあるさ~」
男「♪う~る~と~らの雨蛙~、う~る~と~らのひき蛙~、そ~して太朗がうっしが~える~」
(…クスクス)
男「?」
男「また笑われた気がする」
キョロキョロ
男「…外に人影無し」
男「家の中も今は一人。 義妹も都会に行ったし、父さん母さんは……」チラッ
男「…………」
男「遂に、俺にも就活疲れが出てきたか?」
(…クスクス)
男「…本格的に参ったな。 これは早く眠れという神様からの御告げなのか?」
男「被害妄想か」
男「最近は落ち着いてきたと思ってたんだがなあ」
スッ
男「………え」ギクリ
男「…をいをい、なんで障子に人の影が映ってんだよ」
男「これは、あれか幻視属性か?。 俺は最終的には精霊掌まで覚えるのか?」
男「知り合いに、赤チョッキのブタ猫や、おっさんペンギンはいないはずなんだが…」
(…クスクス)
男「あ、こいつ笑ってる」
男「若干バカにされているのは気になるが、無害ならそれで良い」
男「…お前喋れるか?」
影『…………』
男「無理そうだな」
影『…………』スッスッスッ
男「…すまん、手話の知識はないんだ」
影『…………』ショボン
男「でも、ボディランゲージなら大体分かる」
影『…………』バタバタ
男「ん、嬉しそうでなにより」
ブォォォン…キュオォォン
男「掃除完了っと。 …ついてくるのか?」
影『…………』コクリ
スタスタスタ
男「ん、お前、ガラスに映ったり、鏡の中なら姿が見えるのか」
影『…………』コクコク
男「なかなか綺麗じゃん」
影『/////』ポッ
男「そっちの方が良いな。 表情が見えないと、やっぱり困る」
影『…………』コクリ
男「そうか、お前もそう思うか」
影『…………』パクパク
男「残念だが、姿は見えても声は聞こえない」
影『…………』ショボン
男「いやいや、俺一人の家だから、お前みたいなのが居てくれて、なんか嬉しいよ」
影『…………』ニコリ
男「さて、昼飯はなににしようかな~」
チーン
男「しかし不思議な現象だ」
影『…………』コクリ
男「これは一つの冷凍ドリアだ」
影『…………』コクコク
男「そして、そのドリアは温めが終わり、非常に美味そうな状態にある」
影『…………』フム
男「だが、鏡の中では、このアルミホイルの中は空っぽだ」
影『…………』ゴチソウサマ
男「何故だ、どうしてだ?」
影『…………』キニスンナヨ
男「頭を撫でるな。 子ども扱いされてるみたいだ」
影『………♪』クスクス
男「まあ、触れられてる感触が無いし、別に良いけどな」
男「お腹一杯になると、なんか動きたくないよな~」
影『…………』マッタリ
男「お前、それでも妖怪か?」
影『……?』サア
男「まあ、何でも良いけどさ」
影『…………』コクリ
男「それよりも、お前の姿を姿見越しにしか観測出来ない今の状態を何とかしたい」
影『………?』ナンデ
男「人間は、顔を合わせて話をするのに慣れている」
影『…………』タシカニ
男「…お前も、俺の後頭部しか見えないのは違和感ないか?」
影『………?』ソウデモナイヨ
男「さいですか」
男「名前を教えて貰っても?」
影『…………』コクリ
男「ん、口パクで」
影『…………』パクパク
男「…あえおうあ?」
影『…………』フルフル
男「違うよな。 あえおうあ、あえおうあ…」
影『…………』ワクワク
男「…はげとんま?」
影『…………』ジトリ
男「…すまん、最近の変な名前の被害者かと」
男「そかそか、影女か」
影『…………』コクコク
男「影山理一のマンガにもいたな」
影『……?』
男「なになに、男やもめの寂しい家に来る妖怪なのか」
影『…………』コクリ
男「ふむ」
影『…………』
男「そっか俺、寂しい人間なのか」
影『…………』コクリ
男「…頷くなよ。 自覚はあるが結構傷つくぞ?」
影『…………』クスクス
男「まったく先刻の仕返しかよ」
影『…………』コクリ
男「ふて寝してやる」ゴロリン
影『…………』ジー
男「…覗き込むなよ」
影『…………』
男「やれやれ、なんか用事?」
影『…………』タイクツナノ
男「そんな顔されてもな」
影『…………』アソボウ?
男「と、言われても、こっちの世界の物を触れない時点で、制限多いだろ」
影『…………』ショボン
男「…ああ、トランプの神経衰弱とかならイケるか」
影『………!』
男「同じ論理で、将棋や囲碁なんかも出来る」
影『…………』コクコク
男「待ってろ。適度に遊べそうなものを取ってくる」
男「う~い、色々持ってきたぞ」
ガラカラ
影『…………』キャッキャッ
男「…って影女のヤツ、鏡の中で携帯電話をかけとる」
影『…………』
男「あ、目があった」
影『…………』ドタバタ
男「おお、焦っとるな」
影『/////』
男「安心しろ。会話の内容は聞いてない」
影『…………』ホッ
男「友達か?」
影『…………』ウン
男「そっか、仲良いんだな」
影『…………』コクコク
男「ん、そりゃ何より」
男「で、迷わず将棋を選ぶ当たり、渋い御趣味で」パチリ
影『………♪』
男「はいよ、この駒をここにだな」
影『…………』コクリ
男「全く変な気分だ。鏡の中の物は動いてるのに、こっちの世界じゃ動いてない」
影『…………』ハヤクハヤク
男「ああ、分かったよ」パチリ
影『…………』
男「…ふむ、穴熊か」
影『…………』エッヘン
男「くそう、降り飛車作戦にも対処してきやがる」
影『…………』ホレホレ
男「ぐぬぬ」
男「…5勝18敗」
影『…………』ツヤツヤ
男「お~、流石に遊び疲れたって顔してるな」
影『…………』オナカヘラナイ?
男「ん、手軽なもので良いか?」
影『…………』コクリ
男「親子丼と汁物、あと漬物」
影『…………』オトコリョウリダナー
男「どうした?」
影『…………』イエイエ
男「?」
男「お先にどうぞ」
影『…………』イタダキマス
マクマクハクハク
男「ん、美味いか?」
影『…………』コクリ
男「うむ、この味だけは義妹にも負けない自信がある」
影『…………』ソーナノ?
男「おう、我が家オリジナルだ」
影『…………』フーン
男「…と、いっても俺は養子でさ」
影『…………』
男「その味だけなんだ。俺が知ってる本当の家族の味ってのは」
影『…………』クロウシタノネ
男「いやいや、ここの家の人には不満は無いんだ」
影『…………』コクリ
男「…むしろ、俺みたいな余所者にも実の子以上に優しくしてくれて、逆に申し訳なかったぐらいだ」
影『…………』
男「でも、先月その養父も養母も事故で亡くなった」
影『…………』
男「飲食運転の自動車に、後ろからドーン、だったそうだ」
影『…………』コクリ
男「そして、義妹も逃げるように家を飛び出したんだ」
影『…………』コクリ
男「…この家が怖いんだってさ」
影『?』コワイ?
男「ああ、養父母が居て当たり前だった空間が、突然ガランと誰もいなくなる」
影『…………』
男「ご飯だと呼んでくれる声もなけりゃ、風呂から聞こえる養父の下手な歌もない」
影『…………』
男「そんな暗く沈んだこの台所で、義理の兄と黙々と飯を食う」
男「…そりゃ恐くもなるさ」
影『……?』クビカシゲ
男「どうして私にその話を聞かせたの、って顔してるな」
影『…………』コクリ
男「…いや、なんとなく?」
影『……?』ナントナク?
男「そそ、何となく」
影『…………』
男「…今日、お前を初めて見た時、なんとな~く、あの時の義妹に似てたからさ」
影『…………』ソウナノ?
男「ん、寂しい人間特有の、変な感覚だと理解してくれ」
影『…………』コクリ
男「そうして今、俺はこの家の義理の息子として管理している」
影『…………』コクリ
男「その管理人から、一つだけお願いがある」
影『……?』クビカシゲ
男「ん、基本的に、この家を好きなだけ居てくれて構わないし、好きに使ってくれ」
男「俺としても、同居人の存在は凄く嬉しい」
影『…………』ニコリ
男「だが、養父母や義妹の部屋の物は、あまり触れたりしないで欲しい」
影『…………』
男「…それらの品々は、この家の本当の娘のモノなんだ」
影『…………』
男「ん、鏡の世界の出来事が、こちらの世界に影響しないのは俺も知ってる」
影『…………』コクリ
男「…でも、あの子が両親の死と向き合うまでは、静かに置いておきたいんだ」
影『…………』
男「俺の安っぽいプライドと笑ってくれて構わないから、…管理人の我が儘に付き合ってくれないか?」
影『…………』コクリ
男「…ありがとう」
―― 翌日 ――
男「おはよう」
影『…………』ペコリ
男「ん、昨日はごめんよ。 重い話をしてしまった」
影『…………』フルフル
男「…そか、ありがとう」
影『…………』ジー
男「ん、なにか?」
影『…………』アナタハドウナノ?
男「…いや、お前が居る時点で俺の答えは決まってるだろ」
影『?』
男「ん、養父母が死んで、寂しいことには寂しいさ」
影『…………』コクリ
男「…でも、俺はその事実を受け入れて、こうして普通に生きてる」
影『…………』ヘンナノ
男「そーそー、人間は変な生き物だからな」
影『…………』
男「ん、そういうわけで、余計な気遣いはしなくていい」
影『…………』コクコク
男「ん、取り敢えず朝飯にしよう。着替えるから先に行っててくれ」
影『…………』ワカッタ
スッ
男「…やれやれ、妙に人間くさい妖怪だこと」
男「かつて、偉い人は言った」
影『…………』
男「人生には目標が必要なのだと」
影『…………』フム
男「そこで、今日はお前の声を聴く方法を考えてみたい」
影『…………』エー
男「…嫌そうな顔するなよ。お前だって、普通に会話した方が楽だろ?」
影『…………』コクリ
男「な? なら一緒に考えてくれ」
影『…………』フショウブショウ
男「それでは、第一実験」
影『…………』パチパチパチ
男「…なんだ、案外乗り気だな」
影『…………』マアネ
男「…それでは、昨日の携帯電話で、俺の携帯に掛けてくれないか?」
影『…………』バンゴウハ?
男「ん、これだ」
影『…………』ドーモ
ピポパノパ
影『…………』
男「…………」
…シーン…
影『…………』フルフル
男「駄目か、実験失敗だな」
影『…………』コクリ
男「続いて、第二実験」
影『…………』ワーワー
男「ん、ご声援ありがと~。聞こえないけどね!」
影『…………』オー
男「続いての実験では、障子に空けた穴の部分に口を当て、その穴から何かを話して貰う」
影『…………』ポカーン
男「…おい、露骨に呆れるな」
影『…………』スキニシテ
男「それでは実験開始」
影『…………』
男「…………」
影『…………』
男「駄目だ、いつ口を開いているのかすら判別出来ん」
影『…………』クスクス
男「それならば、第三実験!」
影『…………』グッ
男「おお、その意気や良し!」
影『…………』ホアチャー
男「お前の知り合いに聞いてみる」
影『…………』ヤメトケ
男「…あれ? 昨日友人もいるみたいだったし、その中に知識のある奴とかいないのか」
影『…………』フルフル
男「…そうじゃない?」
影『…………』コクリ
男「なら何故?」
影『…………』キケン
男「ん?」
影『…………』キケンナノ
男「いやいや、影女よ。実験に危険は付き物なのだ」
影『…………』
男「ほら、あるじゃん。怪しい博士が変な薬品混ぜて、大爆発の後に成功した~、ってやつ」
影『…………』シッテルケド
男「不服そうだな。でも頼む!」
影『…………』シラナイヨ?
男「構わん! 多少の危険は男のロマンだ」
影『…………』ハァ
ヒポパノパ
男「…………」
影『…………』モシモーシ
プツリ…ツーツー
男「どうだった?」
影『…………』オッケー
男「ん、我が野望も、30分ぐらいの努力により報われるのか」
影『…………』ハァ
男「でかそうな溜め息だな。そんなにヤバいのか?」
影『…………』コクリ
男「まぢかよ」
《rrrrrr…》
男「あ、俺の携帯だ」
影『…………』キタワネ
男「もしもーし」
リ『…は~い、私リカちゃん。今駅に着いたの』
プツッ
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