絵里「Play with me」 (47)

 なにかマンネリしている。

 日々の生活に不満があるわけではない。むしろ生活自体は好調で、学業もバイトもそこそこ上手くいっている。

 だからこそ、かもしれない。上手くいきすぎというか、スリルがない。快適すぎる環境がかえって苦痛を生み出している。

 情動がないのだ。全てが予定通りにこなすことができて、まぁそんなもの、という感じで終わってしまう。

 スリル。刺激。楽しみ。目的。

 人生に活力を与えるようなものが不足しているのだ。

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真姫「歩き方を教えて」 - SSまとめ速報
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海未「私を見つけだして」 - SSまとめ速報
(http://ex14.vip2ch.com/test/read.cgi/news4ssnip/1449850433/)

上記の続き

「恋人でも作ればいいんじゃない」

 亜里沙に相談するとそんな感じのことをいわれた。少しばかり面倒そうにしていたのは記憶に新しい。

 姉をぞんざいに扱うようになったのは雪穂ちゃんの影響だろうか。ちょっと寂しい。

 しかし、恋人。つまるところの恋。思えば私は恋というものをしたことがない。

 小学校や中学校の頃は髪のこともあり距離を取られていたし、高校は夢中になっていることがあって考えもしなかった。

 年頃の女として、これは少し危機感を持つべきではないだろうか。

 ふむ、であれば恋をしてみよう。しようと思ってすることではないだろうが、まぁ恋人を作るというのは悪くないだろう。

「で、なんでうちに来たの?」

「……私もよくわからないわ」

「えぇ……?」

 穂乃果は眉を八の字に曲げて、ミルクのたっぷり入ったコーヒーを啜る。

 ここは穂乃果の家。さほど大きくない、癖になるような狭さの家だ。

 いやもう自分でもさっぱりポンとわからないのだけど、恋人を作ろうと考えていると穂乃果が思い浮かんだのである。

 穂乃果のことが恋愛的意味合いで好きというわけではない……と思う。私が穂乃果に対して抱いている感情は様々で、形容しがたいものだ。

 そのなかに恋愛感情が皆無かといわれれば否定せざるをえない。

「絵里ちゃん、美人さんなんだから恋人くらいすぐ作れるんじゃない?」

「美人ってだけで恋人が作れるなら苦労しないわ。それに、見てくれだけで選んでくるような人はちょっと」

「めんどくさいねぇ」

「…………っ!?」

 穂乃果にめんどくさいっていわれた。

 いや、確かに? 確かに面倒な女だなと自分でも思ったけれど。まさか面と向かっていわれるとは思わなかった。

 しかも穂乃果に! これが真姫やにこだったらなんとも思わなかっただろうが、穂乃果にいわれるとちょっとダメージが大きい。

 まったく、誰の影響を受けたのだか。

「え、なに。結局、恋人を作る方法を聞きにきたの?」

「それもあるけど、いい人いないかなって」

「人選間違えてるよ、絶対」

 それはどうだろうか。なんだかんだ穂乃果は何とかしてくれそうな気がする。根拠は特にないが。

 コトリ、とマグをテーブルに置き、穂乃果は天井を見る。ゆらりゆらりと前後に身体を揺らす。

「絵里ちゃん、どんな人が好きなの?」

「タイプってこと?」

「うん」

「そうねぇ……」

 具体的な人物像を思い描いているわけではないが。

 強いていえば、行動力のある人物がいい。外見とか収入とか、いいに越したことはないが、最低限気があって、行動力のある人がよい。

 結婚相手が欲しいというわけではないから妥協することもできるが。

 ……しないほうがいいのだろうか。この機会を逃すと独身のまま三十路を迎えてしまうかもしれない。

 なんてことをぽつぽつと穂乃果に伝え、温くなったコーヒーを啜る。こちらはブラックのままだ。

「行動力のある人、かぁ。なら、ナンパしてきた人に一回ついていってみればいいんじゃない?」

「えぇ……。それ、危なくないかしら」

「危ないって?」

「……え、えっちなことされたり」

「漫画の読みすぎじゃないかなぁ」

 というかまだ経験ないんだ、と穂乃果。人のこといえないくせに。

「ナンパしてくるだけ、してこない人よりは行動力あるんだからさ」

「それは、そうだけど」

「カラオケとか行かない限り大丈夫だよ。それに、大学でお昼ご飯誘われたりするでしょ?」

「たまに」

「一緒に食べて、話してみて、それで気が合えば電話番号でも交換して。それでいいんじゃない?」

 いいのだろうか。

 もっと、こう、ドラマティックというか、ロマンティックというか。物語のように、とはいかないだろうけれど。

 いや、これが駄目なのか。こんなことをいっているから駄目なのか。受身では駄目なのか。

「今度、試してみるわ」

 そういえば。

 改めて穂乃果を見る。大人びた顔をするようになった。以前からそのような節はあったが、大学に入ってより多くなった。

「穂乃果は恋人とかいないの?」

「いないよー? よくわかんないし」

 コロコロと無邪気に笑う。高校時代の穂乃果が無邪気な子供であったのに対し、今の穂乃果は無邪気な女だ。

 どこか、いやらしささえ感じる。何気ない仕草が妖艶なのだ。

 なんというか。女として負けているような感覚に陥ってしまう。女性的魅力という観点から見れば、私もそれなりのはずなのだが。

「今はそれより、やりたいことがあるしね」

 らしい答えだ。まぁ、穂乃果が本気を出せば恋人の一つや二つすぐに作れることだろう。

 女としてはともかくとして、人間的な強度でいえば穂乃果は私よりも強いのだから。

「一緒にお昼ご飯でも、どうですか?」

 昼休みを向かえざわついた講義室のなか、一人の男が話しかけてくる。

 髪を茶色に染めた、それでもどこか真面目そうな雰囲気。万人受けする雰囲気だ。

 教科書を片付ける手を止めて、少しだけ考える。いつもなら断るところだが……。穂乃果もああいっていたことだし。

「いいわよ」

「…………へ?」

「OKだっていったの。それで、どこで食べるの」

「あ、えっと。それじゃあ」

 先を行く男についていく。若干の注目を集めつつも、無視をする。反応するだけ無駄だ。

 男が選んだのは学内にある喫茶店だった。学食なんて洒落っ気のないところを選ばないのは評価したい。

 まぁ学内の施設なんて似たり寄ったりだが。

 サンドイッチとアイスティーを頼む。対面に座った男は私と同じサンドイッチとアイスコーヒーを。

「それで?」

「え?」

「え、じゃないわ。人を食事に誘っておいてだんまりはないんじゃないかしら」

「あっ……と。スクールアイドル、やってたんですよね」

「そうね。二年前のことだけど」

「メジャーデビューとかは、考えなかったんですか」

「そんなことないけれど」

 私にも、希にも、にこにだって。アイドルプロダクションのスカウトは幾つか来ていた。

 μ'sでなくとも三人でユニットを、あるいは一人でも、と。

 結局受けたのはにこ一人だったが。まぁ、三人でアイドルをやるのも悪くない選択だったのだろう。

 いや、むしろその方が状況はよくなっていたかもしれない。少なくとも、刺激のない生活に嘆くことはなかったはずだ。

 そういえば、なんでアイドルをやらなかったんだっけ。

「今はモデル、でしたか」

「小遣い稼ぎ程度だけどね」

 学業優先。時間が空いた時に。高校生の頃から話を貰っていたところではあったので話はすんなりとついた。

 それに意外と拘束時間が短い。給料もいい。

 が、モデルをやるからアイドルをやらなかったわけではない、はず。

 ……どうでもいいことか。過去の私がどういった決断をくだしていようと、それを変えられるわけじゃない。

 適当な話をしていると、注文したものが届けられる。量はそう多くないのですぐに食べ終わるだろう。

「あなた、それで足りるの?」

 私からすれば適量か少し足りない程度。が、成人した男性が食べるものとしては聊か足りないのではないだろうか。

「小食なので」

「ふぅん」

 改めて、目の前の男を観察する。

 身長は普通。低くもないが高くもない。痩せ型で、運動が得意というわけではなさそう。

 動かないから、食べる量も少なくていいのか。そういえば私も食べる量が減った気がする。

 体系維持はしているつもりだけど……体重計に乗る習慣をつけたほうがいいかもしれない。

 それからこの男と交流を持つようになり、様々なことを話した。

 モデルのこと。講義のこと。電話番号を交換してくれといわれたので交換した。たまにかかってくるが運悪く手の離せないことが多く、こちらからかけることもない。

 何のために交換したのだかわからないが、それでも嬉しそうだったのが記憶に残っている。

 それでも食事に誘われれば同行するし、講義の際に隣に座ることもあった。

「今度、どこかへ遊びに行きませんか」

 そういわれたとき、珍しいなと思った。

 この男、今までそういう話を持ちかけてくることが殆どなかったのだ。遊園地とか動物園とかそういった場所のことは度々話に上ったが、一緒に行こうとはいわれなかった。

 いわゆる草食系と呼ばれるタイプ。今までの交流でもボディタッチを避けるような、若干の距離を置いたものだった。こちらとしてはありがたかったが。

「ええ、いいわ。それじゃあ、暇な日を確認したら連絡するから」

「あ、はい」

 ああ、つまりこれは、デートの誘いなのか。

「デートするの?」

「遊びに、といっていたけれど。実質デートでしょうね」

「で、なんでまた穂乃果に?」

「それは……。私、デートしたことないし」

 暇な日を確認したら、とはいったものの。実はそれ自体は結構簡単に都合がつく。モデルとはいえ所詮バイトだ。

 問題は私がデートをしたことがないということで、まあ、有体にいってしまえばなにをどうすればいいのか全くわからないわけで。

 また穂乃果に泣きつきに来たのだ。自分一人で考えるよりかは建設的だ。

「私もデートの経験なんてないよ……。にこちゃんか希ちゃんのほうが良かったんじゃない?」

「にこはアイドルだからって相談に乗ってくれそうにないし、希も希で初心なところがあるし」

 花陽や凛、真姫たちはまだ高校生だし、海未はたぶん話にならない。ことりも忙しいらしい。

 消去法で選んだとはいわないが、一番都合が良かったのが穂乃果であるのは間違いない。

「……要は」

 穂乃果が口を開く。

「要は、絵里ちゃんはデートしたことがないから不安ってことだよね?」

「まぁ、そうね」

「ならデートすればいいんだよ」

「練習ってこと? でもそんな相手いないわよ」

「私がいるじゃん」

「……へぁっ?」

 変な声が出た。

「デートコースが決まってるなら私でもエスコートできそうだし」

「いやいや。いやいやいや。穂乃果はいいの?」

「なにが?」

「私たち、女同士でしょう?」

「ただの練習じゃん。それに、普通に遊びに行くのとそんなに変わらないでしょ」

 そうかもしれないけど……。私が意識しすぎなのだろうか。

「まぁ、意識してたほうが練習としてはいいかもね」

 練習。練習か。

 経験がないから一度やってみるというのは理に適っている。0と1の差は果てしなく大きいけれど、しかし簡単に越えることができるものだ。

 だが、

「なんか、ドキドキするわね……」

「絵里ちゃん、そっち人?」

「違うわよっ」

 たぶん。

 なんだかんだで穂乃果とデートすることが決定して、その当日となった。

 休日の午前十時。駅前で穂乃果を待つ。穂乃果とだから、ということで特別気合を入れたりはしなかったが大丈夫だろうか。

 モデルになってから服装には殊更気をつけるようになった。が、いつもいつも気を入れるのは流石に疲れる。

 時には適当な姿でもよいだろう。

「おーい!」

 遠くから穂乃果が駆けてくる。いつもと変わらないが、どことなく男性的な格好をしている。

 洒落っ気のないパンツルックに派手さを抑えた防寒具。エスコートする、といっていたから穂乃果が男性の役割を果たすつもりなのだろう。

 ……男の子にしては少しかわいらしすぎるが。まぁ練習だ。気にすることはない。

「待った?」

「少しだけね」

 そう口にしてからはたと気づく。待ってないといったほうが良かっただろうか。

 いや、あまり意識しないほうがいいだろう。練習は練習だが、意識しすぎてはあまり意味がない。気楽にやるのが一番の経験となるのだ。

 穂乃果も特に気にしていないようだし。

「それで、今日はどこへ行くの?」

「水族館。クリオネが見れるんだって」

 無難といえば無難。お金も余りかからないし、学生の身に合っている。

 クリオネか……。テレビでしか見たことがないから楽しみだ。

「なに考えてるんだろうね、この子たち」

 クリオネがふわふわと浮く水槽の前に張り付きながら穂乃果がいう。

 ここにはクリオネだけでなく、くらげの水槽も設置されている。

 この子たち、というのはクリオネだけでなく全体のことを指しているのだろう。

「……なにも考えてないんじゃないかしら」

 クリオネはともかくとして、くらげは身体の九割ほどが水分らしい。なにかを考える頭があるのかどうか。

 説明文を読めば、くらげは自分で動くこともできないらしい。波に揺られることで移動し、また波に揺られていないと死んでしまう。

 よくわからない生き物だ。

「そうかなぁ。生きてるんだからなにか考えてると思うけど」

「なにも考えずに生きてる生き物なんてたくさんいるわ」

「なにも考えていないように見えるだけじゃない?」

 そうだろうか。

 そうかもしれない。

 立場が違うだけで、脳みそがあるとは思えない彼らも必死になにかを考えて生きているのかもしれない。

「クリオネって殆どなにも食べないんだって」

「へぇ。省エネな生き物なのね」

「……その感想はどうなのかなぁ?」

 む。お気に召さない様子。

 しかし、いわれてみれば省エネではないのかもしれない。

 クリオネの寿命は一年から二年だという。身体も大きくはないし、活発に動くということもなさそう。

 そもそもエネルギーを必要としない種族なのだろう。あってるかどうかは知らないが。

「なにも食べないなんて私にはできそうにないわね」

 厳密にはプランクトンなんかを食べているのだろうけど。

 人間からしてみれば霞を食べているようなものだろう。仙人か。

「絵里ちゃん、仙人知ってるんだ」

「希の影響でね」

 といっても、それくらいしか知らないのだけど。

「イルカって哺乳類なんだよね」

 目の前で飛び跳ねるイルカを見て、穂乃果が確認するように呟く。

「そうね。あと、くじらも」

「なんで態々海のなかで進化したんだろう」

「……さあ?」

 海のなかで生きるなら魚類として進化すればよかったのにと思わないでもない。そうすれば呼吸のために一々浮上しなくて済む。

 地上に出てきていれば、もっといろんなことができただろうに。それこそ、優れている頭脳で霊長類と同じかそれ以上のことが。

「そういえば、タコも頭がいいらしいわ」

「タコが?」

「ええ。寿命さえ長ければ文明を築くほどだとか」

 一説には地球外生命体が起源なのではとかいわれているとか。

 タコに限らず昆虫類も。

「タコも会社を作ったりするようになるのかな」

「かもしれないわね」

「面倒なだけだと思うんだけどなぁ」

「穂乃果は働きたくない?」

「んー……。わかんない。働くってどういうことか、まだわかってないし」

「バイト、してるんでしょう?」

「バイトはバイトだよ。働くのとは違うもん」

 確かに。労働であることには違いがないが、働くのとはまた違うものだろう。

 バイトには負うべき責任がない。負えない、というべきか。所詮バイトはバイトで、責任なんか取れはしないのだ。無責任になっていいとはいわないが。

「穂むらは? 手伝い、してたんでしょう」

「お手伝いだけだよ」

 そういうものだろうか。

 戯れるイルカたちを見終え、水族館を出る。ほぼほぼくらげだったが、それなりに楽しめたといえるだろう。

 イルカは……うん。所詮イルカだった。芸は凄いし、可愛らしいとも思ったが記憶に残らないような、そんな感じ。

 そういえば名古屋の方ではシャチが見れるらしい。機会があればいってみようか。

「お腹空いたねぇ」

 大きく伸びをした後、穂乃果がお腹をさする。時刻は一時をちょっと回ったあたり。

 少々遅めの昼食となるか。

「絵里ちゃんは食べたいものある?」

「そうねぇ」

 空腹感はそれなりにある。できれば少しボリュームのあるものを食べたい。

 かといってあまり時間がかかるのもどうだろう。せっかく遊びに来ているのだから、食事にあまり時間を取られたくない。

「……あ」

「決まった?」

「行きたい場所はある、けど……。いいのかしら?」

「私は絵里ちゃんの行きたい場所でいいよ」

「そう? じゃあ、お言葉に甘えるわね」

「ハンバーガーかぁ。本当によかったの?」

「ええ。……その、あまり食べる機会がないのよ」

 もそもそとハンバーガーを齧る。不味くはない。むしろ美味しいといえるが、どうにも安っぽい美味しさだ。

 旨みを感じる部分だけを刺激するような食べ物。ジャンクフードとはいうもののたまに食べる分には悪くない。

 高校の時には練習帰りにみんなで寄って食べたものだが……。大学に入って以降、そういうことをするほど親しくなる友人もおらず、また自発的にするほどでもなく、そのまま結構な時間が経ってしまった。

「この、雑な感じがいいのよね」

 たまには胃腸にダメージを与えるような食事もしなければ、彼らは容易くつけあがる。甘やかしてはならないのだ。

 痛めすぎてボロボロになるよりかは甘やかしていたほうがいいのだろうけど。

「絵里ちゃんって、友達少ないの?」

「そんなことないわ」

「そうなの?」

「ええ、だっていないもの」

 穂乃果の顔が渋いものに変化する。感情が表に出やすいのは相変わらずといったところか。

 友達がいないのは事実である。μ'sメンバーを除けば、交流があるのはA-RISEとバイト先の同僚程度。

 それにしたって頻繁に連絡を取り合うわけでもないし、遊びに出たりするわけでもない。友達でなく顔見知り程度だ。

 そんなことを語ると穂乃果は大きくため息をつく。呆れているのだろうか。

「自分でいってて寂しくならない?」

「別に、そうでもないわ。穂乃果たちがいるし」

 元来友達が多いというタイプでもない。雑多な人間関係よりも、小さく強いものがいい。

「……その割には」

 小さく穂乃果が溢す。透き通るような瞳がこちらを射抜く。一瞬、心の奥底まで見通されているような感覚に陥る。

 普段からは考えられない鋭い雰囲気。こういう顔も、するようになったのか。

「どうかした?」

「ううん、なんでもない。これからはどうする? 行きたい場所とかあるかな」

 頭をふり、穂乃果が話題を切り替える。先ほどまでの鋭さが一瞬にして霧散する。

「遊園地とかどうかしら」

「遊園地! いいね、お化け屋敷とか行ってみる?」

「それはやめて」

 穂乃果は意外と目聡い。他人の悩みとかによく気づくのだ。

 先ほども何かに気づいたのだろう。私が気づいていない私のことに。

 穂乃果が他人に口を出すことはあんまりない。他人が悩んでいることに気づいていても不干渉を決め込むことが多い。

 基本的に。優しくないのだ。穂乃果は。慈悲深くはあるけれど。

 まぁ、誰かに手を引っ張って貰わなければ歩けないほど弱くはないし、自分でもなんとなく気づき始めている。

 とにかく今は楽しもう。せっかく遊びに来たのだから。

「疲れた……」

 遊園地に入ってしばらく。私は強引にお化け屋敷に連れ込まれ、それはもうみっともなく醜態を晒してしまった。

 どれほどのものだったかはプライドを守るために割愛。ただ休憩を余儀なくされたとだけ。

 適当なベンチに腰を下ろし、空を仰ぐ。太陽がゆっくりと沈み始めている。まだまだ明るいが、それも後二時間程度のことだろう。

 釣瓶落とし、といったか。面白いようにストンと落ちるものだ。

 冬だ。今年も冬がやってきた。一つの終わりが迫り、一つの始まりが近づいてくる。年の終わりが近づくとわけもなく悲しくなるのは何故だろう。

「黄昏てるね」

 にゅっと穂乃果が現れる。先ほど飲み物を買いに行くと私を置いていってしまったのだ。今、彼女の手には小さな缶が二つ握られている。

 一つは紅茶。もう一つは……コーンスープ。おでんといい、何故缶に入れてしまうのだろうか。

「はい、紅茶」

「……ありがとう」

 紅茶を手渡される。穂乃果はコーンスープの缶を軽く振ってからプルタブを引っ張った。

 カチリと僅かな金属音。それに倣って、手に収まった缶のプルタブに手をかける。

「コーンスープを缶にするのって、誰が考えたんでしょうね」

「さあ? でも、考えた人凄いよね」

 コーンスープの缶、というものが違和感なく受け入れることができるというところでは間違いなく凄い。

 あまつさえコーンまでも入っている。なにをどうしたら缶にコーンスープを入れようと思うのか。

「次はどこ行く?」

 缶の底をコンコンと叩く穂乃果。まだまだ楽しむ気でいっぱいの様子。それでこそ、か。

 とはいうものの絶叫系は勘弁願いたい。叫ぶのは疲れるのだ。

 ぐるぐる、ぐるぐると回る。

「ただ回るだけなのに楽しいのは不思議だよねぇ」

 穂乃果がハンドルを軽く回しながらにこにこ微笑む。流れていく風景の中で、穂乃果だけが形を保っている。

 不思議といえば不思議な光景だ。あまり見ることのできないもの。

「……人間は遺伝子的に回ることを楽しめるようになっているらしいわ」

「そうなの?」

「そう。ほら、DNAって螺旋状……ぐるぐる回るように形成されているでしょう? つまり、人間は根源的に回っているといえるのよ」

「へぇ」

「ダンスやフィギュアスケートで回転することが取り入れられるのもその一種だというわ」

「物知りだねぇ」

 関心したように頷く穂乃果。全て嘘っぱちなのだがこの子は大丈夫だろうか。

 まぁ海未かことりあたりがどうにかするだろう。嘘が広まっていく可能性もないではないが。

 コーヒーカップの後もいろんなものに乗り、時間はあっという間に過ぎていった。

 遊園地は赤い光に包まれている。東に伸びた影が夜に融けていく。

「最後に観覧車のろっか」

 その言葉と同時に、右手を引かれる。冷えた指先が温かな手のひらに包まれる。

 ふと、穂乃果からのスキンシップはこれが初めてだと気づく。お化け屋敷を除けば、私たちは一定の距離を保っていた。

 デートの練習という名目は途中からなくなっていたけれど、それでもスキンシップを取りたがる穂乃果にしては珍しいことだ。

 穂乃果に引かれるがまま観覧車に乗り込む。向かい合って座り込む。

「……」

「……」

 会話はなかった。ちっぽけな密室で、なにをするでもなく外を眺めている。

 太陽がその姿を隠そうとしていた。

「今日は楽しかった?」

 観覧車が頂点に近づいた時、穂乃果はおもむろに口を開いた。太陽を映していた瞳がこちらを向く。

「……そうね。デートっていう感じではなかったけれど」

 楽しかった。それは認めざるをえない。遊ぶ、というのがどれほど楽しいことかを再認識するに至った。

 思うに、だ。私はきっと寂しかったんだろう。

 友達が欲しい、とは思っていない。穂乃果たちだけで十分というのも間違っていない。

 ただ、私は穂乃果たちと遊びたかっただけなのだ。

 日々の生活がマンネリしているというのは、ただ遊び足りなかっただけ。そして、遊ぼうとしていなかっただけ。

 高校を卒業してからというもの、みんなで集まるということは少なくなった。決してなくなったわけではないけれど、回数は確実に減った。

 仕方のないことだと思う。それぞれにそれぞれやることがあるのだから当然だ。でも、そうやって遠慮していては駄目なのだ。

 時には暇だからと、電話をかけるくらいしてもいいのだ。それが友達というものだと思うし、それを許容するのも友達なのだろうと思う。

「また今度、遊びましょうか」

「ん、そうだね。今度はみんなも誘って」

 結局、あの男からの誘いは適当に断った。

 単純にあの男と一緒にいるのは楽しくない。

「なんか、行き遅れそうね、あなた」

「ひどくない?」

 暇になったので穂乃果の家を訪れると、当の穂乃果はおらず真姫がいた。居候しているとは聞いていたが実際に目の当たりにするとびっくりするものである。

 それで暇つぶしにと今回のことを話してみた。その結果帰ってきたのが今の言葉である。

「男といるより友達と遊んでるのがいいって……。今はいいけど五年後同じこといえないわよ」

「そ、そのときはそのときよ。というか、あなたはどうなのよ」

「わたし?」

 男っ気がないのは真姫も同じである。今は女子校に籍を置いているし、元来の性格からして敬遠されるタイプだ。

 いい子であるのは間違いないが。それを理解するまでに離れていってしまう人が多い。損するタイプ。

 そこがいいのだが。というか他の友人とか作られると私と遊ぶ時間が減るので作らないで欲しい。

「わたしはまぁ、お見合いすることになるんじゃないかしら。一応、名家の娘ということになってるし」

「ああ……。お金持ってるっていうのも大変ね」

「そうでもないわ。たぶん逃げるし」

「逃げる?」

「親の言うとおりにする義理はないし。私の人生だもの」

「……変わったわね」

「成長したといって頂戴」

 むしろ退化してないだろうか。以前よりも、我儘になった。子供染みたといってもいい。

 悪いことではない。むしろいい傾向なのだろう。そっちのほうがらしいと感じる。

 真姫は我儘に見えて、そうでもない。諦観の念が強いところがあり、どこかふてくされたような態度を取ることが多々あった。

 実際、私は真姫が医者になりたいというところを聞いたことがない。医者になるとはいうけれど、それが彼女の本心かどうかはわからない。

「まぁ、なんでもいいわ。一緒に行き遅れましょう」

「やめて。行き遅れるなら一人で行き遅れなさい」

 まぁ、この子と友人であれるのならなんでもいいのだが。

 この子に限らず、みんなと友人で、一緒に遊べるのならなんでもいい。

 この先、いろんなことがあるだろう。結婚する子もいれば、海外に飛ぶ子もいるかもしれない。

 それでも私たちが友人であるということに変わりはない。顔を合わせればくだらない話で笑いあうし、暇ができれば遊びに行ったりもする。

 変哲のない友人関係。それでいいのだろう。

「あ、そういえば今度遊びに行くけど、あなたはどこ行きたい?」

「わたし、受験生なの分かってていってる? だとしたらはっ倒すわよ?」

「あなたならちょっとくらいサボっても大丈夫でしょ」

「余裕だけど、油断はしない主義なの」

 ものはいいようだ。

 限りある時間のなかで、私たちの友情は変わらない。

 どんな時も、どんなところでだって。

 そんな風に思える友人を持てたことを、今更ながら嬉しく思う。

 特別なことではないけれど。

 だからこそ、この友人たちは私の掛け替えのない宝物なのだろう。



 了

本作品はラブライブ!板に投下した作品でシリーズ物の第三作目となります
ラブライブ!板のほうで作品を投下することが困難となり、板をまたいでシリーズを継続するのもどうなのかと思いこちらに転載いたしました

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