京太郎「わらう顔が見たいから」 (142)


「宮永さんって嫌われてるの?」

「私去年同じクラスだったけどマジ最悪だったよ」

「なんか感じ悪いよねえ」


眠い目を擦りながら登校して教室に入ると教室の片隅に集まった女子達の会話が耳に入ってきた。

中二から中三に進学して間もない春、クラスメイト達は新しくなったクラスで友人を作るべく奔走している。

去年同じクラスだった友人と楽しそうに話す奴、部活の仲間と一緒に早速出された宿題を解く奴、席の近い奴に声をかける奴。

誰も彼もが他の誰かと友人関係を築く。これから一年間の自分の居場所を作るために。

当然のことだろう、一人ぼっちで一年間過ごすなんて少なくとも俺は絶対に嫌だ。

幸い今年のクラスには小学校からの親友や部活の仲間など仲の良い友人達が多く居るのでそんなことにはならないと思うが。

きっとこの「宮永さん」の陰口を言っている女子達もそれと同じなんだろう。

敵の敵は味方、なんて言うように共通の敵をつくればそれだけで仲間意識が生じるものだしそれを話の種にするなんて特別珍しいことでも無い。

朝一でそんな話を聞いてしまったのは気分が悪いけど俺は正義感を振りかざしてやめさせるなんてキャラでもないので黙って横を通り過ぎて自分の席に座る。


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嫁田「よっ、京太郎」

京太郎「おっす嫁田」

嫁田「眠そうだな」

京太郎「ああ、昨日遅くまでゲームやっててさ」


席に着くと親友の嫁田が声をかけて近寄ってくる。

そう言えばさっきの「宮永さん」って嫁田が前なんか言ってたっけ確か顔は結構可愛いのに嫌われてて可哀想だとか何とか。

少し気になったので訪ねてみる。


京太郎「そう言えばお前が前言ってた宮永って同じクラスだったよな、どの子だ?」

嫁田「ああ、宮永ならそこで本読んでる子だよ」

京太郎「へえ」


周りに聞こえないように声を落としながら言葉を交わすと俺は嫁田が目配せした方向をちらりと見る。


周りに聞こえないように声を落としながら言葉を交わすと俺は嫁田が目配せした方向をちらりと見る。

そこには一人本に向き合う少女が居た。

クラスの中でたった一人、誰とも話すことなく本を読んでいる。


嫁田「顔は可愛いだろ?」

京太郎「まあ、可愛いとは思うけど……」

嫁田「ああ、そこなんだよな」


見た目は普通の女の子といった風、顔も目立つほどでは無いものの可愛い方だと思う。

だけど彼女の表情はまるで凍りついたかのように冷たく何を考えているのかわからない。

人間味の感じられないその少女はただ本のページをめくるだけの人形のようだ。


嫁田「おっと、そろそろ先生来そうだな」

京太郎「もうそんな時間か」

嫁田「俺も自分の席に戻るわ」

京太郎「また後でな」

嫁田「おう」


嫁田が去っていくと同時に担任が教室に入ってくる。

皆がバタバタと音を立てて自分の席に戻る中俺は宮永のことを見ていた。

宮永も担任が入ってきたのに気づいて本を閉じると顔を上げる。

本を机に入れながら周りをくるりと見渡して、その際に俺と目が合った。

冷たい視線が突き刺さる。

宮永は俺のことを一瞥するとすぐに担任の方へと視線を戻した。



それから放課後までの間、何だか気になった俺は宮永のことを窺っていた。

淡々と授業を受けて休み時間になると一人で読書するその様はまるで機械のようで、どこかとてもつまらなさそうに見える。

たまに配布物だったりの関係で宮永に話にいく奴も居たが彼らに対する彼女の態度はとても冷たく陰口を言われていたことにもつい納得してしまった。

だが俺はその姿に違和感も覚えた。

宮永の態度は人付き合いが苦手だからというよりも人と関わりたくないからに見える。

何故そんなことをするのか、俺には理解できなくて、だから知りたいと思った。

そして帰りのホームルームで俺は僥倖に巡りあう。

担任が実施した席替えでなんと宮永の隣になったのだ。

俺のすぐ横で宮永は担任の話を無表情に聞いている。

これはきっとチャンスだ、何とかして仲良くなれないものかと思案する。

だが良い考えがまとまらず結局隣を伺っているだけでホームルームは終わり皆は帰る支度をし始める。

今日は部活は休みだが、どうしたものか。考え込もうとしたその時、思わぬ声が聞こえてきた。


咲「あの」

京太郎「はいっ!?」


声が裏返った。

やばい、恥ずかしい。って言うか宮永から話しかけてくるとは……。


咲「私に何か?」

京太郎「へっ?」

咲「いや、朝からずっと見られてたと思うんですけど」


ああ、バレてたのか……ってか朝の時点で目が合ってるんだから気付かれてない方がおかしいか。

早速悪印象与えちゃったか……?

いや、ここから挽回してみせるっ。


京太郎「いやあ宮永がすごくかわいいか」

咲「はい?」


京太郎「ごめんなさい今のナシで」


怖い、すっげー怖いんだけど。

なんかもうオーラが違うもん。今の「はい?」で一気に空気が変わったぞ。


咲「用がないならもういいです、それじゃあ」

京太郎「ああっ、ちょっと待った!」


弁明しようとする俺を置いて宮永は鞄を持って立ち上がる。

このままでは不味いと思った俺は咄嗟に宮永の腕を掴んだ。

その瞬間宮永は小さく悲鳴を上げた。

思いの外強く握ってしまっていたことに気付き俺は手を離して謝る。


京太郎「す、すまん……脅かすつもりはなかったんだ」


宮永は鞄を持ったまま後ずさりして俺から距離を取る。

その顔にははっきりと怯えの表情が浮かんでいて今にも泣きだしてしまいそうだ。

どうして良いか分からず立ち上がるが、


咲「こ、こないでっ」


そう拒絶され俺はそこから動けなくなった。

俺が硬直して居る間に宮永は走って教室を出て行った。

教室に取り残された俺は力が抜けたように椅子に腰を下ろした。

いつの間にか皆帰ってしまったらしく教室には誰も居ない、あの場面を見られなかっただけマシだったかな。

にしても最悪の出会いになっちまった。

こっから仲良くなるなんて出来るだろうか……。

でも、走り去る直前の宮永の表情はこれまでとは全然違った。

きっとあれが本当の宮永なんだ。

俺はそう確信していた。

そして、今度は怯えた表情ではなく笑った表情が見てみたい。

そう思った。

今日はここまで


翌朝俺が登校すると宮永は既に教室で自分の席に座っていた。

無表情で本を読むその姿を見ると昨日のあの怯えた表情が嘘のように感じられる。

でも嘘なのはきっと……。

いや今はこんなこと考えてる場合じゃないか、まず俺がするべきことは。


京太郎「宮永、昨日はゴメンっ」


謝ることだ。

まっすぐに気持ちをぶつければ宮永にもきっと伝わるはずだ。

これまでも俺はそうして友人達と分かり合ってきたんだ、だから。


咲「……気にしてませんから」


宮永が本から顔を上げてそう答える。

よし、まずは通じた。


京太郎「そっか、それはよかった」


咲「それより昨日は私の方こそすみません」

京太郎「へ?」

咲「あの反応は過剰だったと思うので」

京太郎「あぁ、そう……かな?」


確かに昨日の宮永の反応はおかしかった。

思い返してみれば俺の掴む力が強かったにしても必要以上に怯えていたようにも考えられる。

理由がわからないからただ怯えていただけだと思っていた。

だけど、もし何か他に訳があるのならそれは宮永のこの態度と関係があるんじゃ……。


咲「だから、昨日のことは忘れてください」

京太郎「は?」


咲「無かったことにして、これからは私に関わらないでください」

京太郎「いやいやいや、何を言ってるんだ?」

咲「わかりませんか?」

京太郎「そんな急に関わらないで、なんて言われても意味わかんねえって」

咲「簡単ですよ。私があなたと関わるつもりは無いから、それだけです」

京太郎「な……」

咲「そういうことなので」


宮永はそう言い切ると再び本を読み始める。

昨日とは違う毅然とした態度の拒絶に俺は言葉を失い、その日の間宮永に話しかけることは出来なかった。

宮永は人と関わりたくないからああいう態度を取っているのでは無いか、という俺の予想はどうやら当たっていたらしい。

いや、予想が当たっていたって意味が無い。

そんな宮永に俺は何も言えなかったのだから。

そもそも俺が宮永と仲良くなろうと思ったのは興味本意だ。

でもそれは宮永にとってきっと迷惑なことで、それなら俺は関わらない方が良いんじゃないだろうか。

放課後の部活の間、練習をしながらも俺の頭の中はそのことで一杯だった。



嫁田「おい、どうかしたか?今日のお前、変だぞ」


部活を終えて帰ろうとしていると嫁田が声をかけてきた。


京太郎「変、かな?」

嫁田「どっからどう見ても様子がおかしかったぜ」

京太郎「そうか」

嫁田「ああ、だから俺で良ければ相談に乗るぜ」

京太郎「悪いな」

嫁田「ダチだろ?良いってことよ。んで、何があったんだよ」

京太郎「宮永のことで、ちょっとさ」


そうして俺は学校からの帰り道で嫁田に事の顛末を話した。


俺の話を黙って聞いていた嫁田は話が終わって初めて口を開いた。


嫁田「よくわかんねえけどさ、お前宮永のこと好きなんだろ?」

京太郎「なっ!?」

嫁田「いやだって惚れてでもいなきゃそんな気にしたりしねえって」

京太郎「それは……」

嫁田「だからこれ以上嫌がられるのを避けてようとしてるんだろ」


俺は本当に嫁田の言うとおり宮永のことが好きなんだろうか。

確かに昨日から宮永のことを考えてばっかりだ。

それにそもそも好きにでもならなければここまで知りたいなんて思わないのかもしれない。

そうか、俺は宮永のことが好きだったのか。

一目惚れなんて柄じゃないと思っていたんだけどなあ。


京太郎「お前の言うとおりだ嫁田、俺は宮永のことが好きだ」

嫁田「そうか、ならどうするかも決まったか?」

京太郎「ああ」

嫁田「それは良かった」

京太郎「ありがとな嫁田」

嫁田「どういたしまして。まあアレだ、頑張れよ」

京太郎「ああ、勿論」


そうだ、宮永のことが好きならもう答えは決まっている。

関わらないまま終わるなんて、俺は絶対に嫌だから。

ここまで
本当はもっと早く投下するつもりだったけど思ったより時間が取れなくて遅くなってしまいました
遅筆で申し訳ありませんが気長に待ってもらえるとありがたいです
次の投下は一週間以内の予定で


京太郎「おはよう宮永」

咲「……」


あの日から一週間。

俺は毎日欠かさずに宮永に声をかけているが返事が返ってきたことは未だにない。

それが嫌だとかは思わない。

そりゃ挨拶が返ってこないと虚しい気持ちにはなるさ。

だけど声をかけてるのは俺だし宮永にも宮永の理由があるんだろう。

だから今は待つんだ。宮永が心を開いてくれるその時を。



「それでは授業を始めます」


先生が授業の開始を告げる。

今日の授業は数学からだったか、確か前回宿題が出てたんだよな。

結構難しい問題だったけど何とか解けた。


「前回出した宿題はやってきましたね?それでは今日は……」


この先生はいつも授業の始めに前回出した宿題を黒板に解かせるんだけど出す問題が難しいのと間違えるとかなり厳しいことを言われるんで生徒からは嫌われている。

だからこそ俺は昨日の夜遅くまで時間を掛けて解いたのだ。他の先生だったら一切手をつけなかったかもしれない。


「えー、それでは宮永。解いてくれるか?」

咲「え……」


そう言えばこの先生が去年授業持ってたのって俺のクラスだけだったはずだ。

俺やその他の去年授業を受けた連中は勿論、他の奴らも友達から聞いたりして知っているだろう。

だけど去年授業を受けておらず友達からも聞いていないであろう宮永は、もしかすると。



咲「ぇと……」


悪いと思いながらも宮永の机の上に開かれたノートをちらりと見ると宿題で出された問題は途中まで解いたところで終わっていた。

ああ、そこ俺も詰まった所だ。

きっと宮永は少し躓いたところで解くのを辞めたのだろう。

先生のことを知っていればもう少し粘っただろうし、粘ったら最後まで解けていたはずだ。

だけど宮永は知らなかった。

そして不運にも当てられてしまった。


「宮永さん?」

咲「は、はいっ」


さてどうした物か。

いや、悩む必要は無いよな。

だって友達ならすることは一つだ。

そしてそれは友達になりたい奴だって同じはずだ。



京太郎「宮永」


俺は小声で宮永の名前を呼んでノートを宮永の机に置いた。


咲「……これ」

「宮永さん、まさか解いていないのですか?」


厳しい口調でそう言われた宮永は恐る恐る俺の方に視線を向けた。

笑って頷いてやると宮永もまた頷いて席を立った。


咲「いえ、解けます」



静かに歩いて黒板へと向った宮永は淡々と黒板に解答を写した。

最後まで書ききるとくるりと回って先生の顔を見る。


「うん、正解だ」

咲「ありがとうございます」


そうして宮永はまた静かに歩いて席に戻り先生は授業を開始した。

席に座り直した宮永はノートを俺の机に置くと口を開いた。


咲「……あり、がと」

ここまで



京太郎「~~♪」


放課後の廊下を本を片手に持って鼻歌交じりに歩く。

宮永の口から「ありがと」なんて聞けるとは、こんなに嬉しいことはない。


京太郎「っと、着いた着いた」


目的の場所である図書館に到着すると借りていた本を返却する。

これまでの人生でまともに本なんて読んで来なかった俺が何故学校の図書館を利用しているのかと言えば偏に宮永が読書家らしいからである。

最初は何か話のネタに出来れば良いな程度の考えだったが読んでみたら案外ハマってしまい、おかげでここ数日は寝不足気味だ。


今度はどの本を借りようかと本棚を眺めながら歩いていると偶然にも宮永を発見した。

宮永はつま先で立って手を伸ばしているが本棚の一番上の段に配置された本にギリギリ手が届かずぴょんぴょんと跳ねている。

あの教室での冷たい態度からは想像出来ない可愛らしい様子に思わず笑いが零れそうになるのを抑えた俺は静かに近づいて宮永が取ろうとしている本に手を伸ばした。

いやあこういう時背が高いってのは便利だ、本当に。

そして宮永は突如頭上に現れた手に驚いたのかびくんと肩を震わせてこちらを振り向く。


京太郎「これでいいか?」


俺の顔を見て驚いている宮永に本を差し出すと宮永は恐る恐る手を伸ばして本を受け取った。

宮永がしっかり本を持ったことを確認して手を離して、折角なので会話をしようと試みる。

ここは「そういう本読むんだな」とかが良いかな。よし、これでいこう。


そう思って口を開こうとした瞬間、宮永は俺に背を向けたかと思うと本棚の角を曲がって俺の視界から消えた。


京太郎「あっ……」


別に会おうと思えば教室でいくらでも会えるのだが逃げられたみたいでちょっとショックだ。

いやみたいというか明らかに逃げられたな、うん。

ヤバい、ちょっとどころじゃなくショックかもしれない。

本を探す気分でも無くなったので今日のところは帰ろうと思って図書館を出ることにする。

項垂れながら図書館の出口へと向かい扉の近くに来てようやく顔を上げると本の貸出手続きの最中の宮永と目が合った。



咲「……なんでついて来るんですか」

京太郎「宮永と話したいから」

咲「私は話したく有りません」

京太郎「えー」

咲「えーじゃなくてっ!」


図書館を出た後、俺と宮永はそんなやり取りを繰り返しながら一緒に歩いていた。

宮永は隣を歩く俺のことをチラチラと伺いながら「ついて来るな」とは言うものの逃げる気はないようだ。

先程から俺に向ける視線も言葉も拒絶というよりも俺のことを慮っているような節がある、気がする。

マジで嫌がられてるならストーカーだけどここまでの宮永の態度からしてそれはまあ無いだろう。

会話が止まった間にそんな事を考えていると下駄箱に辿り着いた。どうやら外に出るらしい。

宮永は相変わらず何も言わないまま靴を履き替えると校舎の外に出て行く。

ここまで来て引き返すという選択肢は俺にはないので俺も靴を履き替えて宮永の後を追った。



京太郎「へえ、いつもこんなトコで本読んでるのか」

咲「……」


宮永は校内にあるうちの一本の木の木陰に腰を下ろしてさっきの本を読み始めた。

少し戸惑ったが俺も隣に腰を下ろして話しかけてみるが返事はない。


京太郎「……ここ、結構良い場所だな」


そこは人通りも少なく静かで本を読むには良さそうだ。

春の陽気は気持ちが良いし時折吹き抜ける風は心地良い。

寝不足だった俺は少し微睡んでしまい、目を閉じていると宮永が話しかけてきた。



咲「……んで」

京太郎「ぅん?」

咲「なんで、私に構うの?」

京太郎「なんでって……」


目を開けると宮永は本から顔を出して俺のことをじっと見つめている。

宮永の目を見ればわかる。この問いかけは、本気だ。

宮永は俺に心を開こうとしてくれている。なら俺もしっかり答えなければならないだろう。


京太郎「俺は宮永と友達になりたいんだよ」


そうは思ってもこの場で告白する勇気は残念ながら俺には無く、そんな答えをしてしまった。

だが嘘を言っている訳じゃない、友達になりたいのは本心だ。



咲「……ともだち」

京太郎「ああ」

咲「他にも可愛い女の子なら沢山いるし、そもそも須賀君はもう友達沢山いるでしょ」

京太郎「そうかな?」

咲「そうだよ。だから別に私じゃなくたって」

京太郎「駄目だ」

咲「……だめ?」

京太郎「俺は宮永と友達になりたいんだ」


まっすぐに宮永の目を見る。

俺たちはしばらくの間黙ったまま互いの目を見つめ合った。


咲「……ヘンなの」

京太郎「変で悪かったな」


宮永は俺の顔から視線を外すと本を閉じて立ち上がる。


京太郎「帰るのか?」

咲「うん」


俺に背を向けたままそう答えて一歩踏み出すと俺の方を振り向いて言った。


咲「少しだけ……少しだけ考えさせて」



京太郎「それって……」

咲「じゃ、じゃあねっ」


ぽかんと口を開けている間に宮永の後ろ姿は小さくなっていく。

最後に言った「少しだけ考えさせて」って友達になるのをってことだよな……?


京太郎「……っし!」


残された俺は強く拳を握り締めてしばらくの間木にもたれかかって居た。

ここまで

言われて読み返したらちょっと書き方が良くなかったので>>60の咲の台詞を一部訂正

他にも可愛い女の子なら沢山いるし→わざわざ私に拘らなくたって他に女の子なんていくらでも居るし



あの木陰で宮永と話してから一週間が経った。


京太郎「よう宮永」

咲「おはようございます」


宮永へのあいさつは続けているが、その前の一週間とは違い宮永もあいさつを返してくれる。

俺にだけではあるが冷たかった態度も幾分柔らかくなりあいさつ以外で話かけても応じてくれるようになった。

だが柔らかくなったと言っても前に比べればの話でやはりまだ宮永との間には距離感を感じる。

話している最中、宮永が俺のことを推し量るような目で見ていることから考えるに宮永はまだ「少し考えている」のだろう。本当に俺に心を許しても良いのか、を。


京太郎「なあ宮永」

咲「何ですか?」


そんな宮永にどう接するのが正解かなんて俺にはよくわからない。

だから俺は自分のやりたいことをすることにした。


京太郎「お前って休日は何してんの?」

咲「え?休日は……ええと、本を読んで家事をしてテレビを見るくらいかな」

京太郎「なるほどな」


だって自分を偽って仲良くなっても意味は無いと思うから。

ありのままの俺を知った上でどうするか決めて欲しい。

それで駄目ならその時はその時だ。


咲「それが何か?」

京太郎「つまり暇ってことだろ?」

咲「まあ、そうだけど」

京太郎「ならさ、今度の日曜一緒に遊びに行こうぜ」


咲「遊び?」

京太郎「おう」


怪訝そうな面持ちで聞き返してくる宮永。

さて、上手く誘えると良いが……。


咲「いかない」

京太郎「ですよねー」


っていやいや、あっさり断られすぎだろう。

どうにかして食い下がらないと。


京太郎「えっと……絶対にいかない?」

咲「いかない」

京太郎「いやあそこを何とか!」

咲「しつこいなぁ」

京太郎「う……」


不味い。このままだと断られた上に嫌われてしまう。

いったいどうすれば……っ。


咲「ちなみに」

京太郎「うん?」

咲「ちなみに遊びってどこに行くつもりだったの?」


ん?何でわざわざそんなことを聞いて来たんだ?

疑問に思ったものの遊びに行く話が続くのはありがたいのでひとまず答えることにする。


京太郎「近くのデパートとかどうかなって」

咲「デパート?」

京太郎「ああ、あそこなら色々遊ぶ場所があるからなー」

咲「へ、へぇ」

京太郎「それに近くにある数少ない本屋が入ってるってのもあるな。宮永におすすめの本とか教えてもらいたいし」

咲「!」


宮永の肩がピクリと動く。

顔を背けているせいで表情こそわからないもののいつもと比べて妙に落ち着きが無い。

ここまで来ればバカな俺にもわかる。


京太郎「お前、本当は行きたいんじゃないか?」

咲「なっ、行きたくなんかないもんっ!」


宮永は物凄い剣幕で否定するとハッと我に返り頬を赤らめた。

そして俯きがちになりながらこう続けた。


咲「で、でも須賀くんがどうしてもって言うなら、行っても良いよ……?」

今日はここまで
遅くなった上に少なくて申し訳ない
あとあんまり推敲とかしてないので変な部分とかあるかも
指摘されたり読み返して変だと思ったら今回みたいに訂正します
更新ペースを上げていきたいので次回は遅くても一週間以内……の予定


よく晴れた日曜日の朝。

俺は宮永と約束した待ち合わせ場所に呆然と立ち尽くしていた。


京太郎「あっ、あれー……?」


約束した、確かに約束したはずだ。

デパートの入り口で開店時間の午前10時に待ち合わせ、と。

別々の入り口で待っているなんてことが無いようにどの入り口で待つかも確認し合ったし時間も確実に午前の10時だと伝えた覚えがある。

俺の記憶違いかとも思ったがそれは無いだろう。

何故なら俺の頭の中は約束を取り付けたあの日からずっと今日のことで一杯で約束のことを忘れたことなど無かったのだから。


京太郎「……はぁ」


ちらりと時計に目をやって溜息をつく。

現在時刻は10時30分。約束の時間からは既に30分が経過している。

寝坊をしたのか約束を忘れてしまったのか、それとも……っとこれは考えないようにしよう、泣けてきた。

しかしどうしたものか、宮永の連絡先はわからないから連絡も取れない。

かと言ってここで帰れば宮永とすれ違いになる可能性があるし待っていたら待ち惚けで一日を棒に振ることになりかねない。

しばらく悩んだ末、俺は考えを決めた。


京太郎「待とう」


宮永が来てくれることを信じて。もし来なかったらその時はその時だ。


そう心を決めて待つこと数分。


「遅れてごめんなさいっ!!」


待ち続けた声が、聞こえた。



京太郎「……で、近所のデパートに来るのに道に迷って一時間以上かかったと?」

咲「う、うん……」


息を切らして走ってきた宮永が一息ついてからしてくれた説明によるとつまりはそういうことだった。

30分早く着くよう余裕を持って家を出たらしいが遅刻していては意味が無い。

いや待つ時間が30分で済んだと思えば意味はあったか。


京太郎「近所のデパートへの道で迷うか?」

咲「それは……このデパートはあんまり来ないからっ」

京太郎「え、来ないんだ」

咲「そうだよ、悪い?」


宮永の家がどこにあるかは知らないが同じ中学に通ってるならこの近くだろう。近所のデパートっていうのも否定しなかったし。

そしてこの近辺で遊べるような所はあまりない。

だからこの辺りに住んでいる中学生でここにあまり来ないと言うのは珍しい。


京太郎「いや、悪くはないけど何で?」

咲「あう、それはその……学校の人とかと会うの嫌だし……」


恥ずかしいのか俺から目を背けながらそう答える宮永。かわいい。

言われてみれば確かに宮永の言うとおりだ。

近所の中学生の遊び場ということは人と関わりたくない宮永にとっては近づきたくない場所だろう。


京太郎「あー、そっか……なら違う場所のが良かったかな」

咲「ううん、別に大丈夫。それより待たせて本当にごめんなさい」

京太郎「気にしてないから謝らなくて良いよ、それより早く中に入ろうぜ」


大分待たされはしたが宮永は来てくれたし会って早々にかわいい姿が見れたのでもう気にしていない。

そんなことより宮永と遊ぶことを楽しむ事のほうがよっぽど重要だ。


咲「……うん!」


俺が店内に向って歩き出すと少し嬉しそうに頷いた宮永が小走りで俺に駆け寄ってきて俺たちは二人並んで店内に足を踏み入れた。


咲「それで、どこに行くの?」


隣を歩いていた宮永が一歩前に出て小首を傾げながらこちらに顔を向けて問いかけてくる。

そんな仕草に緩みそうになる頬を抑えながら俺は宮永に一先ず今の行き先を教えた。


京太郎「そうだなあ、昼間でまだ時間はあるし先に本屋行くか」

咲「ん、わかったよ」


本屋に行くと聞いたからか宮永は少し嬉しそうに俺の隣に戻る。

しばらくして目的地の本屋に到着した。


京太郎「宮永は普段どんな本読むんだ?」


ずらりと並ぶ本棚を眺めながら宮永に尋ねる。


咲「うーん、私は海外ミステリーとか好きかなあ」

京太郎「海外ミステリーってあれか、コナンとかアガサとか」


見た目は子供頭脳は大人な探偵が主人公の漫画で少しだけ齧った知識で話を合わせる。

そんな俺の言葉に苦笑しながら宮永が訂正する。


咲「アーサー・コナン・ドイルとアガサ・クリスティね」

京太郎「そうそうそれそれ、その中で宮永のおすすめを教えてくれよ」

咲「えー、おすすめかぁ……っと」


話していると宮永が不意に立ち止まった。

どうやら海外ミステリーのコーナーに入ったらしい。


咲「最初に読むならこれとかこれかな」

京太郎「ほう」


それから俺は宮永におすすめの本を何冊か教えてもらい、本を見ながら宮永の話を聞いた。

どうやら本に関することになるとかなり饒舌になるらしく好きな本や面白かった本、つまらなかった本など色んなことを喋ってくれた。

その様子はすごく生き生きしていてとても楽しそうで聞いているこちらも楽しくなってくる。


咲「ふう、久しぶりにたくさん話したら疲れちゃった」

京太郎「ああ、もう昼飯にはいい時間だしそろそろ出るか」

咲「そうだね」

京太郎「じゃあ俺この本買ってくるからちょっと待っててくれ」


宮永にそう断ってから勧められた本を手にレジに向かう。

さっと並んで会計を済ませて戻ると宮永は一冊の本をじっと見つめていた。

どうやら最近出版された本らしい。


京太郎「それ、買うのか?」

咲「ううん、前から気になってたし欲しいんだけどね」


宮永は少し寂しそうな表情をしながら本から視線を外しこちらを向いた。


咲「ハードカバーは高いし、そのうち文庫化すると思うから」

京太郎「そっか」


返す言葉が見つからずそうポツリと呟くとそこで会話は途切れて俺たちの間に沈黙が流れ始めた。

何となく気不味い空気は耐えられない。そう感じた俺はわざと大きな声を出して言った。


京太郎「さて、飯食いに行こうぜ!お腹減ったろ?」

咲「あっ……そうだね、うん。ご飯食べよっか」


そうして俺と宮永はフードコートへと向った。

今日はここまでー

咲たんイェイ~

今夜投下したかったんですが忙しくて全然書けてないので無理そうですごめんなさい
続きは今月中には投下するのでもう少しお待ちを


フードコートで昼食を済ませた俺たちは再びデパートの中を見て回ることにした。


宮永の試着に付き合ったり。


咲「ど、どうかな?」

京太郎「……可愛いな」

咲「かわっ!?」

店員「あら、彼女さんのご試着ですか?でしたら……」

咲「彼女じゃありませんっ!」


二人で試食をしたり。


京太郎「このウインナー美味いなー」

咲「だけど高すぎるかな」

京太郎「え、普通じゃね?」

咲「えっ?」

京太郎「えっ?」


ペットショップで動物を眺めたり。


咲「わぁ……」

京太郎「宮永ってなんとなく動物苦手そうなイメージだけど」

咲「確かに大きい犬とかはちょっと苦手かも」

京太郎「やっぱり?」

咲「でも子犬とかなら平気かな、あ!こっち来たこの子可愛い!」


こうしてデパート内のお店で楽しめそうな場所を粗方回り終えた俺たちが来たのは。


咲「ゲームセンター?」

京太郎「おう」


あまり来たことが無いのか宮永は物珍しそうに眺めている。

そんな宮永を連れていろいろなゲームを遊ぶ。


咲「か、勝てない……」

京太郎「はっはっは、今のところ負けなしだな」

咲「うううう、もう一回!もう一回勝負!」

京太郎「おう、良いぜ。何度でも受けて立つぜ」


シューティングゲームにレースゲーム、リズムゲームに格闘ゲーム。

様々な種類のゲームで対戦したがどれも友人達とそれなりに遊んでいる俺の圧勝。

俺が慣れていることよりも宮永がゲーム下手なのが大きい気もするけど。

まあ何にせよ楽しんでくれているみたいで何よりだ。

そんなことを思いながら硬化を取り出す為に財布に指を入れて小銭が無いことに気付いた。



京太郎「あー、小銭切れたからちょっと両替してくるわ」

咲「わかった」

京太郎「すぐ戻って来るからやりたいゲームでも探しといてくれ」

咲「はーい」


それだけ告げて俺は両替機の元へ向かうとすぐに両替を済ませて元居た場所に戻ってきた。


京太郎「……あれ?」


しかし戻った場所に宮永の姿が見当たらない。

少し辺りを見回してみたが見つからないのでどうやらかなり移動したようだ。


京太郎「そう言えばあいつ待ち合わせの時も道に迷ったとか言ってたよな」


嫌な予感に頭を抱えながら俺は宮永を探すことにした。






咲「……あれ、私どっちから来たんだっけ」


面白そうなゲームを探しているうちによくわからないコーナーに来てしまった。

そう思った私はさっきの場所に戻ろうと思い、そして自分がどちらから来たのか分からなくなったことに気づいた。


咲「うぅ、須賀くん……どこぉ……」


ゲームセンターは音が大きくて一人で居るのは怖いかも。

うろうろと周りを見ながら歩いていると何かにぶつかる。


咲「きゃっ」

「ふらふらしてんじゃねえ、気をつけろ!」

咲「ごっ、ごめんなさい」


不機嫌そうなおじさんにぶつかってしまい慌てて謝罪する。

歩いているうちに何だか怖そうな人が増えてきて目が潤み始めた。

どうしよう……。そう思っていると不意に私を呼ぶ声が聞こえた。


京太郎「おい、宮永!」





探すこと数分。パチンココーナーで宮永の後ろ姿を発見した。


京太郎「なんであんな所に居るんだ……」


迷子スキルの高さに呆れながらおどおどと歩いているその後ろ姿に向けて声をかける。


京太郎「おい、宮永!」

咲「!」


俺の声に反応した宮永はクルッとこちらを向いて俺の姿を確認したかと思うとこちらへ駆け寄って来た。


京太郎「お前な、もうちょっと……」


説教をしようと思った俺だったが宮永の顔を見たところで口から飛び出した台詞は途切れた。

宮永は今にも泣きそうな顔をしていたのだ。

きっと怖かったのだろう、迷子になってしまっただけで本人にはそんなつもりは毛頭なかっただろうし。

そう考えると宮永が可哀想で叱ることは出来ず、代わりに俺は優しく言葉をかけることにした。


京太郎「大丈夫か宮永?」

咲「……うん」

京太郎「ええと、とりあえず別の場所行くか」

咲「……うん」


不味い、すごく不味い。

宮永は俯いてしまい返事も首を縦に振るだけで会話にならない。


困ってしまった俺は一先ず昼食を取ったフードコートで休憩することにした。

だがやっぱり空気が重い。

時間も経ってそろそろ帰る頃合いだろう。

だけどこのまま、宮永が嫌な気持ちのまま帰るのは嫌だ。

折角宮永が休日俺に付き合ってくれたんだ。だからそんな宮永に嫌な気持ちで帰らせたくない。

そうは思うもののどうすれば良いかわからない。

何か良い考えは無いだろうか、何か宮永を喜ばせることが出来る……。

そこで頭のなかに一つの考えが閃いた。


京太郎「宮永、少しここに座って待っててくれるか?」

咲「え?……うん、良いけど」


宮永に断ってフードコートを出ると俺は思わず全力で駆け出した。



そして俺は急いで用事を済ませてフードコートに戻ってきた。

宮永は居なくなっていない。

それを確認して少し安堵し、これからすることに緊張しながら宮永の隣に座る。


京太郎「宮永」

咲「なに?」

京太郎「これ、俺からのプレゼント」


そう言って手に持った袋を差し出す。

少し照れくさくて思わず視線を背けてしまう。


咲「プレゼント……?ってこれってもしかして……」


宮永は俺から受け取った袋の中身を見て表情を一変させた。


咲「私の欲しかった本……」


京太郎「それくらいしか思いつかなくってさ」

咲「そんな!プレゼントなんてよかったのに……」


最初に本屋で宮永が欲しそうに見つめていた本。

俺はあれをプレゼントとして買ってきたのだった。

これで喜んでくれればと思い渡したが宮永は嬉しいと言うより申し訳無さそうな様子だ。

そんな宮永に笑いかける。


京太郎「俺は一日宮永に楽しませてもらったからさ、そのお礼ってことで」

咲「でも……」

京太郎「良いから良いから、受け取ってくれればそれで満足だからさ」

咲「須賀くん……」

京太郎「それじゃそろそろ帰ろうぜ」


そう言って俺が歩き出すと宮永も慌てて後ろを付いて来た。

宮永が喜んでくれたかはわからないしもしかしたら余計なお世話だったかもしれないけど、俺は自分のしたいことをしたから悔いは無い。

デパートを出て宮永と向き合う。


京太郎「じゃあまたな」

咲「うん、また」


別れの挨拶を交わした俺が宮永に背を向けて自宅への道に着こうとしたその時、宮永の声が俺を呼び止めた。


咲「須賀くんっ!」

京太郎「宮永……?」

咲「私……私、楽しかったよ!今日一日、須賀くんと遊んで楽しかった!」


そう言い放って後から恥ずかしくなったのか宮永は顔を赤らめると走り去っていく。


京太郎「……良かった、本当に良かった」


宮永の背中を見送りながら思わず口から零れたその言葉は、紛れも無く俺の本心だった。

ここまで






咲「ただいまーっ!」


自宅に帰るとちょうどお父さんと鉢合わせする。

お父さんは私の様子を見て怪訝な顔で問いかけてきた。


界「……何か良いことでも有ったか?」

咲「あっ……うん、ちょっとね」


そう言われて初めて自分の異常に気付く。


界「そーか……そいつは良かった。お前がそんな風に笑うの、何年ぶりだろーな」

咲「……」

界「お前も年頃の女の子なんだ。そーしててくれた方が俺も嬉しいよ」

咲「そうかな」

界「そうさ」


お父さんはそう言うとタバコに火を着けて自分の部屋へと去って行った。

そうして残された私は家事に取り掛かることにした。

一通り終えると自分で用意した夕食を一人で食べる。


お風呂から上がってもお父さんは部屋から出てくる様子が無いので扉越しに声をかける。


咲「お父さん、私もう自分の部屋に行くね。ご飯は置いてあるから」

界「おー」


お父さんにそれだけ告げた私は部屋に入るとベッドに倒れこんだ。

何だか一気に現実に引き戻された気がした。まるで今日の出来事が夢だったかのように。

そう、夢みたいに楽しかった。あんなに楽しかったのはいつぶりかな。

あの日以来、友達も楽しいこともずっと避けてきた。

周りの人達もそんな私に進んで関わろうとしなかったし私もそれで良いと思っていた。彼が現れるまでは。

拒絶されて尚態度を変えずに話しかけてきたのは彼が初めてだった。

戸惑っているうちに彼はどんどん私に近づいてきて、気付けば外に連れ出されていた。

友達。

彼とならなっても良いのかな。

もし心を開けたなら、もっと楽しいことがたくさん待っている気がする。

須賀くん、私は信じても……。



『勝ったからって調子に乗るんじゃないっ!』


乾いた音が鳴り響き頬に痛みが走る。

両目からは涙が溢れ、赤くなった頬を抑えながら後ずさる。


『まだ終わってない、さっさと卓に着きなさい』


怯えて震えながら逃げようとして背を向けた瞬間腕を掴まれる。


『どこに行くのっ』


痛みに喘ぎながら見上げた先に在るのは苛立ちを顕にした母の形相。


『言うことを聞きなさい、咲ッ!』


悲鳴が母をかき消した。

次いで現れるのは姉の顔。


『私はもうお前のお姉ちゃんじゃないんだ』


優しく微笑むその口から放たれた一言が心を引き裂く。

伸ばした手は届かず姉の姿も薄れゆく。


『将来の夢は』


背後で聞こえた声に心臓が跳ねる。


『水族館を作ること!』


慌てて振り向いた先では脳裏に焼き付いたあの日の光景が繰り返される。


咲「――ちゃんっ!!」


絶叫と共に目が覚める。どうやら眠っていたらしい。

上半身を起こして乱れた呼吸を整える。

昔何度も見た悪夢。久しぶりに見たがやっぱり慣れるものじゃない。

朝まではまだ時間があるのでもう一眠りすることにしたもののなかなか寝付けない。

結局私はその後一睡も出来ないまま朝を迎えた。



咲「行ってきます」


寝不足気味の目を擦って家を出る。

通い慣れた道を歩き中学校に登校する。

かなり早く教室に着いたので本を読んで始業を待つことにした。

読むのは昨日須賀くんが私に買ってくれた本だ。

表紙を眺めて思わず頬を緩ませている自分に気づき顔を振る。

幸い教室にはまだ誰も居ない。ほっと胸を撫で下ろすと私は本のページを捲った。



「なあ、最近アイツ付き合い悪くね」

「誰ー?」

「須賀だよ須賀」


人が増えてきた教室でクラスメイト達の会話が耳に入り、その中に混じった名前に思わず反応してしまう。

読書の集中力が途切れて近くの男子たちの会話に耳を傾ける。


「ああ、なんか最近あの感じ悪い子とつるんでるんだっけ?たしかみやな――」

「馬鹿、聞こえるだろ」

「悪い悪い」


その会話を聞いて私の中で何かがすっと冷えた。

私のせいで、須賀くんが……。

もし私といることが須賀くんを傷つけてしまうことに繋がるとしたら。

そうやってまた大切な物を失うくらいなら、大切になる前に手放した方がマシだ。

だけど、手放してしまったらもうあの楽しさを味わうことは無いかもしれない。

胸の内で二つの感情が渦巻き、気付けば私は駆け出してた。





嫁田「よう京太郎」

京太郎「おっす」


学校の下駄箱で偶然出くわした嫁田と挨拶を交わし二人で教室に向かう。

その道中、嫁田は思い出したように俺に言った。


嫁田「そういえばお前、噂になってるぞ」

京太郎「噂?」

嫁田「ほら、宮永ってウチの中学じゃちょっとした有名人だからさ」

京太郎「あー」


確かにあの宮永と関係を持てばそうなるのかもしれない。

でもまあそんな噂は珍しいのを面白がってるだけですぐに飽きて収まるだろう。

そう考えた俺は噂のことは頭の片隅へと追いやり嫁田に昨日の事を話す。


嫁田「へえ、良い感じじゃねえか」

京太郎「ああ、このまま心を開いてくれれば良いんだけどな」


そんな話をして歩いていると目の前の曲がり角から飛び出してきた何かが避ける間も無く衝突する。


「きゃああっ」


不意を突かれて驚きながらも何とか受け止める。

尻餅をついたまま抱きとめた人物が無事か確認しようと覗き込む。


京太郎「……宮永?」

咲「須賀、くん……」


顔を上げた少女は先ほどまで嫁田と話していた宮永咲その人だった。

状況が飲み込めず絶句しているといつの間にか立ち上がった俺に向けて叫んだ。


咲「もう……もう私に関わらないでっ」


宮永はそう言い放つと俺の横を通りすぎて走り去ろうとする。

わけがわからないまま、それでも何とか宮永を止めようと振り向き手を伸ばした。

宮永の腕に俺の手が届こうとした瞬間、脳裏に放課後の出来事が浮かび伸ばした手が硬直する。

俺の手は宮永を止めることは出来ず、ただ走り去る宮永の背中を呆然と見つめるしか出来なかった。


嫁田「良い感じ……だったんじゃなかったか?」

京太郎「だったと思ったんだけどな」


嫁田に聞かれてぼんやりと返事をする。

昨日の宮永からは考えられない行動に戸惑いを隠せない。


嫁田「で、どうするんだ?」

京太郎「どうって……」


俺に向けて不敵な笑みを浮かべながら嫁田が更に問う。

その問いかけで働いて居なかった頭が始動する。

俺はどうすればいい?

宮永は泣いていた。

だったらどうするか何て決まっている。


京太郎「アイツのところに行ってくる」

嫁田「じゃあ鞄寄越せ、持って行ってやる」

京太郎「サンキュ!」


俺は嫁田に鞄を渡すと宮永の後を追って駆け出した。


行くべき場所は分かっている、放課後に宮永と話したあの木陰だ。

まっすぐに走って行くと予想通り宮永はそこに座り込んで居た。

姿を確認して足を止めてゆっくりと歩み寄る。


京太郎「宮永」

咲「……来ないで」

京太郎「嫌だ」

咲「来ないでよっ!」


悲痛な叫びがぶつけられる。

だけど俺は歩みを止めず宮永の正面に立った。


京太郎「どうしてだ、何があった」


そしてまっすぐに問う。


京太郎「言ってくれなきゃ、わかんないだろ」


恐る恐る顔を上げた宮永と目が合う。

宮永はすぐに視線を逸らして再び俯くと呟いた。


咲「私のせいで、須賀くんが傷つくことになるなら、友達になんてならないほうがいい……っ」

京太郎「俺が傷つく?どうしてそんなこと」

咲「だって、噂でっ」


泣きながら訴える宮永の髪をくしゃっと撫でて笑う。


京太郎「バーカ、ちょっと噂されたくらいで傷ついたりしねえよ」

咲「でも……」

京太郎「それにお前と友達になろうとしてんのは俺だ。それで何か言われたって俺のせいで、お前のせいにはならねえって」


そう言うと宮永は今まで以上に泣いた。

俺はどうすれば良いかわからず、ただ隣に座って背中をさすってやることしか出来なかった。

宮永は泣きながら「無くすのが怖い」とか「お姉ちゃんみたいに居なくなっちゃう」とかそんなようなことを言っていた。

どうも脈絡が無くて要領を得なかったが過去に宮永に何かが有ってそれが今も宮永を縛ってるということは何となくわかった。


ようやく泣き止んだ宮永にハンカチを渡して言う。


京太郎「ほら、酷い顔だぞ」

咲「ありがと……」

京太郎「お前に何が有ったかとかはわかんないけどさ、俺は居なくなったりしない」

咲「……」

京太郎「それじゃ、駄目か?」

咲「……ううん、駄目じゃない」

京太郎「ってことは」

咲「私の友達に、なってくれますか……?」

京太郎「ああ、勿論」


そう答えると宮永は泣き腫らした顔で微笑んでくれた。

宮永は笑顔の裏にまだ暗い物を抱えているのだろう。

これで全てが解決出来たなんて思わないし俺一人にどうにか出来るとも思わない。

だけどこの笑顔は確かにここに在る。だから俺は俺なりにそれを守ろう。

そしていつか宮永が自分の問題と折り合いを付けることが出来た時、俺の想いを伝えよう。

そう考えて俺は自分の気持ちを心の奥底にしまうことにした。今は宮永の友達で居る為に。


咲「……ちゃん」

京太郎「ん?」

咲「あっ、いや……別になんでも」

京太郎「良いから言えって」

咲「その、京ちゃん……って呼んじゃ、駄目かな?」

京太郎「お前がそう呼びたいなら良いぞ」

咲「ありがと」

京太郎「その代わり、俺も宮永のこと下の名前で呼ばせてくれよ」

咲「う、うん!」

京太郎「それじゃあよろしくな、咲!」

今日はここまでー
嫁田君もとい高久田君は本名判明しましたがこのSSでは嫁田君のままで
次かその次の投下辺りで完結すると思うのでもう少しお付き合い下さい

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