ヘル・オン・レッスン (63)
◆注意事項な◆
※【モバマスSS】ですが忍殺文体重点
◆確認◆読んでいてニューロンや体調に異常が発生したらブラウザバック◆しよう◆
【ヘル・オン・レッスン】
江戸時代より続く老舗芸能プロダクション「シンデレラ・プロダクション」。そこには数多のアイドルが所属し、
日夜自分達のプロデューサーと共に多彩なビジネスに励んでいる。もちろん、ビジネスだけではなく、
己の体力、歌唱力、演技力、美貌……それらを磨くため、必要なレッスンを行うことも忘れない。
ニンジャにしてアイドルであるハマグチ・アヤメ。彼女もまた他の者達の例に漏れず、自分に必要なレッスンを
こなし、今日最初の休憩に入ろうとしているところであった。
「オツカレサマ! アヤメ=サンのレッスンはいつも激しいね!」「ヒトミ=サン……ドーモ」「ドーモ!
ドリンクあるけど飲む?」「いただきます」床に座ったアヤメの隣にやってきたのは同じくプロダクションに
所属しているアイドル、ニワ・ヒトミだ。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1434238765
(参考)ハマグチ・アヤメ
http://i.imgur.com/KPq1hy9.jpg
(参考)ニワ・ヒトミ
http://i.imgur.com/vxq5YJ1.jpg
アヤメとはコンビユニット「センゴク☆ランブ」を組んでいるパートーナーであり、また同じモバPの
プロデュースを受けている身とあって、アヤメとモバPの裏の事情についてもある程度は把握している数少ない
人物の一人である。
だが、ヒトミはあえて二人の裏の事情に踏み込むことはせず、ただ良き友人として、パートーナーとして
振る舞う奥ゆかしさがある。だからこそアヤメにとっても、彼女とともに過ごす時間は貴重な安らぎの
時間であった。
「わたくしのレッスン、そんなにおかしいでしょうか……?」「少なくともマスタートレーナー=サンが
考案したジゴクめいたレッスンを平然とこなしてる人は、アヤメ=サンの他にはあと数人しか知らないなぁ」
このプロダクションにおいてアイドルのレッスンには専門のトレーナーがつくことが基本であり、その中でも
マスタートレーナーが考案するレッスン方法は多くのアイドル達にとってあまりにも過酷なため、それを
こなすことの出来る者はリスペクトされるのだ。
「他にも数人いらっしゃるのでしたら、大騒ぎすることのほどでもないのでは?」「分かってないねー
アヤメ=サンは! ……ま、それがいいところなんだけど!」まるで子どもを褒めるようにアヤメの頭を
撫でるヒトミ。
こんなことをしてくるのはヒトミただ一人のため少々こそばゆさもあったが、アヤメは黙って頭を
撫でられ続ける。穏やかで心地の良い一時だ。しかしそれを破る知らせを、一人の人物がもたらしてきた。
「アヤメ=サン、今少しよろしいでしょうか?」「……チヒロ=サン」「わ、ドーモ」「ヒトミ=サンもドーモ」
休憩している二人のもとへ現れた、目に刺さるような蛍光色の服を来た人物。このプロダクションのアシスタントで
あるセンカワ・チヒロだ。
「わざわざチヒロ=サンのほうから出向いてくださるなんて、アクシデントですか?」ヒトミの手を頭から優しく
離して立ち上がったアヤメは、すでにイクサに向けたニンジャの顔つきだ。隣に立つヒトミは、そんなアヤメを
心配そうな表情で見つめた。
「ご心配なく。アクシデントではなく、ちょっとした新製品のテストをお願いしたいだけです」すべてを
包み込む聖母めいた笑顔を浮かべながら、チヒロは手にしたブレーサー型の機械をアヤメに渡す。
「これは……?」
(参考)センカワ・チヒロ
http://i.imgur.com/F5rP4ap.jpg
「そのブレーサーは、我がプロダクションのエンジニアチームが開発した物で、なんでもこれを個人のUNIX端末に
登録すると、ぷちデレラに新たな機能が追加されるとか」「ぷちデレラに……ですか?」ぷちデレラとは、
シンデレラ・プロダクションが配信しているアイドル育成ゲームサービスのことだ。
プロダクションに所属する人気アイドルを小さくデフォルメしたような存在を育て、衣装の着せ替えなどが行えるとあって、
現在日本中で大人気のサービスである。それに新機能を加えるとは……アヤメは疑うような目でブレーサーを見る。
「事情は分かりました。しかし、ぷちデレラとブレーサー……あまり関係があるようには思えませんが?」「ええ、
実際そのブレーサーは今日急に私のところに送られてきまして。今事情をモバP=サンに確認しに行って
貰っています」
ナムサン! つまりチヒロは自分ですら確証が持てず訝しんでいる機械をアヤメで試そうというのだ!
「ちょ、ちょっとチヒロ=サン! そういうことだったらモバP=サンが戻ってきてから試したほうがいいんじゃ!?」
咄嗟に疑問をチヒロにぶつけるヒトミであったが、彼女の言葉をチヒロは笑顔で封じ込める。
「はい?」「アイエエ……」「……と、怯えさせてごめんなさいね。ですが、モバP=サンを待っていられない理由も
ありまして」そう言うと、チヒロはブレーサーと共に送られてきたというオリガミ・メールを二人に見せる。
「なになに……そのブレーサーを代表して誰か一人に今日の14時までに着けさせない。さもなければ、多くのアイドルが
恐ろしいことになるだろう……!?」コワイ!文面を読み上げたヒトミは信じられない物を見たように顔を上げる。
「チヒロ=サンにこのような物を送りつけるなど、相手は余程の命知らずなのでしょうか」アヤメもオリガミ・メールの
内容に表情を険しくする。「さて、実際本当になにか理由あってのことかもしれませんから」しかし、脅迫めいた
文章を送られた本人は、どこ吹く風といった様子だ。
「とにかく、仮にこの機械を試してなにか起きたとしても、アヤメ=サンであれば問題無いと信頼してのことですから。
どうでしょう? 上手く行けば、本当にぷちデレラの新機能を先行体験出来るかもしれませんよ?」「ちなみにその
新機能とやら、チヒロ=サンがちゃんと関わっているのですよね?」
チヒロの言葉を上辺だけで信用すると大変な目に遭うのを知っているアヤメは、まだ少し警戒した様子で
ブレーサーを見つめる。「当然です。ただ、当初の予定ではこんなブレーサーを使用するようになるとは、
私の方から提案した記憶はありませんけど」
「ますます怪しい……アヤメ=サン、やっぱり試すのやめたほうが……」良くないことが起きそうなアトモスフィアを
感じ取ったヒトミが、不安そうな表情でアヤメの顔を覗きこむ。「……ですがオリガミ・メールに書かれていた
時間のこともあります」
そう、すでに時計の針はオリガ・ミメールに指定された14時まであと1分を切っており、どちらにしても
ブレーサーのことで悩んでいる余裕はもうないのである!「仮に書かれていたことが真実だった場合を考えると
危険です。ここは指示通り装着してみるしかないかと」
「そんなぁ……」「かのミヤモト・マサシの言葉にタイガー・クエスト・ダンジョンとあります。アヤメ=サンの行いは
まさしくぷちデレラの大きな成功のために行動ですよ!」それぞれ異なる反応を見せたヒトミとチヒロの前で、アヤメは
渡されたブレーサーを左腕に装着した。
その直後、時計の針が14時を指す!『指定時間までの装着確認ドスエ、オハヨウゴザイマスドスエ』途端に奥ゆかしい
電子マイコ音声が流れ始め、その場にいた三人は驚いた表情でその音声の源であるブレーサーに注目する。
『機器を装着された方は、持っているUNIX端末にこの機器を登録して欲しいドスエ』
どうやら電子マイコ音声はブレーサーを送りつけて来た者の指示をアナウンスしているらしく、これに従わなければ
危険だと判断したアヤメは、急いで鞄から自分の小型UNIX端末を取り出すと、素早い操作でブレーサー端末を登録する。
『登録確認ドスエ。次はぷちデレラを起動して頂きたいドスエ』指示に従い素早い操作でぷちデレラを起動するアヤメ。
だが彼女はここで思い出すべきだったのだ。今自分がセンターに設定していたのが誰のぷちデレラであったかを!
『ぷちデレラ起動確認ドスエ』瞬間! FLAAAAASH! 「「ンアーッ!?」」強烈な光が小型UNIX端末の液晶から溢れ、
そのあまり眩さにアヤメとチヒロは目を閉じる。そしてコンマ数秒してから目を開けたアヤメは、UNIX端末の画面に
映しだされた物を見て自らの目を疑った!
「……ヒトミ=サン……?」そう、本来ならばセンターに設定していたヒトミのぷちデレラが表示されるべき端末の
画面には、今まさに強烈な光から目を守るような体勢で止まっている、人間のヒトミの姿が映しだされているのだ。コワイ!
さらに画面にはぷちレッスンで見るタイマーが「07:00:00」で停止した状態で、またそれとは別のタイマーが
「07:59:24」とカウントを減らしながら、ヒトミの身体に重なるように表示されている。
「……ナンデ」「……スッゴイ光だったー! アヤメ=サンだいじょう……アイエ?」「良かったヒトミ=サン無事……!?」
画面に映ったヒトミの姿に困惑していたアヤメは、隣から聞こえてくるヒトミの声に安堵し横に振り向く。だが、そこには
いるべきはずのヒトミの姿がないではないか。
「ヒトミ=サン、どこですか!」「アヤメ=サン、あなたの足元……」向かい合うように立っていたチヒロが珍しい物を
見るように視点を下げていたことに気づいたアヤメは、まさかという思いで下を見る。
「……ねぇ、なんだかアヤメ=サンとチヒロ=サンが大きくなったような……アハハ……」「…………嘘」アヤメの
足元。そこには確かにヒトミがいた。だがその姿は子猫ほどの大きさで、ぷちデレラとしてのニワ・ヒトミの姿に
なっていたのだ! コワイ!
(参考)ぷちヒトミ
http://i.imgur.com/lmlRVOm.jpg
「アイエエエエ!? アタシぷちに!? ぷちにナンデ!? アイエエエエエ!」「ヒ、ヒトミ=サン落ち着いてください!」
足元で驚いているぷちヒトミを手で持ち上げたアヤメは、それが幻であることを祈りながら触って感触を確かめる。
「ア、くすぐった……アハハ! チョット、アヤメ=サンぷにぷにしないでー!」「……スゴイ軽いけど本物だ……」
指で触ると実際弾力のある感触が返ってくるだけでなく、生物の体温までが感じられるぷちヒトミに、
アヤメは困惑の表情を浮かべてチヒロに尋ねる。
「チヒロ=サン! これは一体……!」「私にもなにがなにやら……まって、モバP=サンからの通信が」実際このような
事態は少々予想外だったチヒロは、エンジニアチームの元に向かわせたモバPからのIRC通信をアヤメとヒトミも聞こえるように
設定して受信する。
「はい、チヒロです」『チヒロ=サン! エンジニアチームのオフィスを調べて恐ろしいことが分かった!
今アヤメ=サンはどうしている!?』いつも冷静なモバPの異常な焦りように、ただならぬ事態が進行していることを
理解したチヒロとアヤメは、お互い覚悟を決めた目配せをしながらモバPの報告を聞く。
「アヤメ=サンでしたら例のブレーサーを装着しました。そうしたら隣にいたヒトミ=サンがぷちデレラになってしまい、
人間の姿をしたヒトミ=サンは、今アヤメ=サンのUNIX端末に映っています」
『やはりか! ひとまず一番大変な事態は避けられたようだが……以前、状況は悪い……皆、これから私の言うことを心して
聞いてくれ』そしてモバPの口から語られた事態の真相は、アヤメ達の予想を遥かに超えたものなのであった!
ーーーーーーーーーーー
モバPの口よりまず語られたのは、プロダクションに所属するエンジニアチームの状態だ。彼らはチヒロより
安すぎる賃金と過酷な仕様条件で日々依頼される仕事を期日にまで完了させるため、常にカロウシ寸前であり、それを
誤魔化すため麻薬やドリンクを使い精神と体調を安定させていた。
しかしある時一人のエンジニアが新型電脳麻薬「ホラガイ」とスタミナドリンク、エナジードリンクの危険な組み合わせを
試したことがエンジニアチーム暴走のきっかけとなる。そのエンジニアの精神は完全に現実を認識出来なくなり、
さらにある幻を見始めるようになったのだ。
それは、あまりにも神秘的な少女の幻。その鈴の音で歌う美しい少女の幻が、狂ったエンジニアと仕事でLAN直結していた
チームメンバーの精神を次々と侵食。ついにはLAN直結していなかった一人を除いた全てのメンバーが汚染され、狂気に
囚われた彼らは幻の少女に出会うためある行動を開始する。
それは電脳空間にあるものを現実へ実体化させる狂気の行いだ。しかしチームにしか見えていない幻を実体化させること
など出来ず、だが代わりに彼らの狂った執念は、予想外の成果を一つ生み出してしまったのだ!
電子データでしかなかったぷちデレラを、モチーフとなった現実のアイドルと存在する場所を交換して実体化させるという
信じられない成果を!
「アタシの身体がアヤメ=サンが選んでたアタシのぷちと入れ替ちゃったんだ……」人間としての自分の姿が映った
小型UNIX端末の画面をペシペシと叩くぷちヒトミ。本人にとっては酷い状況であるが、しかしその行動はぷちデレラ
という見た目のせいでどうしてもカワイイなアトモスフィアがつきまとう。
「つまり今のエンジニアチームは狂っていて、それがこのヒトミ=サンのような姿にする技術を発明したのは分かりました。
ですがそれがどうしてブレーサーの装置に繋がるのです?」モバPの話を聞いてすでに現エンジニアチームの処分を頭の中で
決定しながら、チヒロは最もな疑問を口にする。
実際エンジニアチームは狂った精神でアイドルの存在を使ってぷちデレラを実体化させるというとんでもない技術を
生み出しはしたが、真の目的は彼らにしか見えない幻を現実のものとすることであり、このブレーサーを
作ってチヒロに送ってくるような思考が残っているとは到底思えない。
『それはエンジニア達の中で幻を見ていなかった最後の一人の産物だ。彼はチームがこのような狂った集団になったのは
すべてチヒロ=サンとアイドル達のせいだと考え、復讐するべく、チームが作った技術を利用してそのブレーサーを
作成したようだ』
「ではやはりブレーサーを装着しないほうが良かったのですか!?」モバPの言葉に悲痛な叫びを上げるアヤメ。
自分のウカツな行動が大切な友人を危険な目に合わせてしまったという認識が、彼女の心を苛む。
『いや、それは違うアヤメ=サン』だが予想に反してモバPの返答は彼女の行動を認めるものであった。「なぜですか……?」
『残された記録を見ると、14時までにそのブレーサー装置が誰にも装着されなかった場合、ぷちデレラの存在するアイドル達が
全員ヒトミ=サンと同じ状況になるように設定されていたようだ』
ナムサン!つまりあのオリガミ・メールの内容は真実だったのだ!「つまりわたくしが装着していなければ、もっと多くの
方がぷちデレラに姿を変えていた……ですが、装着したせいでヒトミ=サンは」後悔の表情でぷちヒトミを見つめるアヤメ。
その視線に気づいたぷちヒトミは、健気にも笑ってみせる。
「なに言ってんのアヤメ=サン! アヤメ=サンがブレーサーを着けたから、アタシだけがこうなることで済んだんだよ!
そこはもっと誇ろう! アタシのぷちデレラをセンターに選んでくれてたことも嬉しかったし」
ALAS!自分の身体が電子化されてしまったというのに、なんたる友を思う優しさか。「ヒトミ=サン……」
「それにほら、ゲームとかだとこういう事態には必ず解決方法とかあるし!」「そういえば、そうですね。モバP=サン、この
事態の解決方法はすでに調べていますか?」ヒトミの言葉を受けたチヒロは、モバPにさらなる調査結果を伺う。だがそこで
彼は一旦間を開けて深呼吸をする。
「……モバP=サン?」『……ああ、解決方法はあった。アヤメ=サン、よく聞いてくれ』「……はい、主」モバPとアヤメの
間のアトモスフィアが一変したことに気づいたぷちヒトミとチヒロは、お互い目を合わせて困惑する。この状態を解決するのは
それほどまでに危険な方法なのであろうか。
『今、アヤメ=サンのUNIX端末にはヒトミ=サンの姿以外に、タイマーが二種類表示されているはずだ。カウントが
減り続けている物とそうでないものと』「はい」『その減り続けているタイマーの残り時間は今いくつだ?』そこで
アヤメはもう一度端末の画面を確認する。
「残り7時間45分を切りました」『そうか……そのタイマーが0になるまでに下のタイマーの時間を0にして、表示される
レッスン完了を押す。それがこの事態の解決方法だ』「あれ? 案外簡単な気がするけど……」もっと恐ろしい解決方法を
想像していたぷちヒトミは、あまりに呆気ないモバPの言葉に首を傾げた。
『簡単ではない。動いていないタイマーを動かす方法は、ブレーサーを装着した者がその足で全力疾走を続けなければ
ならないのだぞ』「……エ?」そう、モバPが深刻な口調で話した理由はそこにあった。解除方法に指定されていたのは、
あまりにも過酷な条件だったのだ!
『ブレーサーを装着した者が、常時カウントを減らし続けているタイマーが0になる前に、7時間全力疾走を続けたことで
画面に表示されたレッスン完了ボタンを誰かが押せばヒトミ=サンは元に戻る。だが間に合わなかった場合は、やはり
ぷちデレラの存在するアイドルが全員ヒトミ=サンと同じ状態になる』
失敗した時の結果も含めてもう一度条件を口にしたモバP。それがもたらす空気の重みは尋常ではなく、ぷちヒトミは恐怖で
身体を震わせながらアヤメとチヒロを見上げた。「ま、待って……そんなの無茶だよ! 全力疾走を7時間って、いくら
アヤメ=サンでも死んじゃうよ!」
「ええ、あまり現実的とは思えません。モバP=サン、そのエンジニアは他になにか解除方法を作っていないのですか?」
チヒロもこの事態が解決出来なかった時にプロダクションに発生する損害を頭の中で即座に計算し、リスクを減らすための
方法を探ろうとする。
『ない……残念ながら、ブレーサーを作ったエンジニアは、チヒロ=サンに脅されてぷちデレラに変化してしまった
アイドルを元に戻す条件を自分で新たに作り出さないよう自殺してしまっていた。私が見ているのは、彼が残した日記だ』
ブッダ!先ほどまでのモバPの言葉は、全て直接本人から聞いたものではなかったのだ!「なんですって……?
まさかそんな……では他のエンジニア達に解除方法を聞くか、機器へのハッキングは……」
『会話を試みたが、言葉が通じなかった。誰に話しかけてもブオオーという音を口ずさむか、鈴の音めいて美しいという
意味不明な単語を口にしながら論理タイピングを繰り返すばかりだ。それに、ハッキングはした時点でアイドル達を
ぷちデレラにするとある』
もはや完全に狂ってしまった集団に、解決方法は期待出来ない。システムを作った存在が頼れないとはなんたる不便さか。
さらにハッキングも出来ないとあって、チヒロは彼女にしては珍しく巌しい表情を浮かべ、アヤメのほうへと向き直る。
「困りましたね……こうなってはアヤメ=サン、お願いできますか?」「元よりそのつもりです」いつの間にかニンジャ装束に
着替えていたアヤメは、いつでも走り出せるように準備を始めていた。それに気づいたぷちヒトミは、必死に止めようと
その小さな身体でアヤメの服を引っ張る。
「駄目だってアヤメ=サン! 無茶だよ、チヒロ=サンとモバP=サンが他の解決方法見つけるまで待ったほうがいいって!」
「ですが残された時間は少ない、他の解決方法がその時間で見つかる可能性にかける前にやれることはしておいた
ほうがいい……そうでしょう、チヒロ=サン」
「アヤメ=サンは話が早くて助かります。勿論私達のほうでも最善は尽くしますが」『当然だ。元はといえばチヒロ=サン、
オヌシがエンジニアチームを追い詰めたのが原因のようだからな』残された日記にショドーされている凄まじい量の恨み言。
それをあえてIRC通信で伝えることはしなかったが、刺をある言い方でチヒロを非難するモバP。しかし言われた本人はあえて
モバPの言いたいところを理解した上で困ったように首を傾げる。
「そこまで無理なことを言っていた覚えはないのですが……それに、私への復讐なら直接仕掛けてくればいいのに、
アイドル達を巻き込むなんて許せないでしょうモバP=サンも?」『……それには同意するが……』けれど、チヒロへ
直接手を下すことがどれほど難しいか。
この方法をとったエンジニアも最後まで悩んでいたことを日記から見て取ったモバPは、それ以上この件には触れず、話を
逸らすようにアヤメが装着したブレーサー装置の仕様を伝えていく。
『それとアヤメ=サン、装着したそのブレーサーはオヌシの心拍数、脈拍、体温、歩数を測り現在の状態が全力疾走か
そうでないかを判定するだけでなく、GPSと震動センサー、さらに高度計を使って乗り物を使用していないかの判定まで
行っている』
「つまりわたくしがちゃんと走っていなければ、タイマーは動かないと」『そうだ、そしてもう一つ厄介なことは、
同じ場所を周回してもタイマーは動かず、最初の地点から直進して走っている時のみタイマーは動くという点だ』
これにはチヒロも驚き、耳を疑う素振りを見せる。
「この日本で直進しか許さないのですか……? 必ずどこかで障害物が現れちゃいますよ?」「そうなったら壊して
突き進むか、飛び越えるしかなさそうですね」驚くチヒロを他所に、走るアヤメ本人はさして問題にしていない様子で呟く。
「壊すのはマズイですから、出来るだけ飛び越えないといけませんね……これ、作った人は相当チヒロ=サンを
恨んでたんですね」「もう、アヤメ=サンまで……!」
あまりにもタイマーを動かそうとする気がない判定方法にアヤメは苦笑しながら、ブンシン・ジツで作った自分に
持ってこさせたパック詰めのスシとスタミナドリンク、さらに小型UNIX端末とIRC端末をカバンに納めていく。
スシとはニンジャにとっての完璧な栄養補給源であり、持久戦となることが確実な以上、走りながら体力を
回復するには絶対に必要となるものであった。「ともかく、あと残り7時間40分以内に全力疾走7時間を完了
しなければいけないのですよね?」
『そうだ』アヤメの言葉から走る準備が整ったことを悟ったモバPは、優しい声で彼女に語りかける。
『アヤメ=サンすまないな。だが、オヌシならきっと大丈夫だと信じている』「はい、モバP=サン」「……あ、あの!
アヤメ=サン!」
ここで、それまでずっと黙ってアヤメを見ていたぷちヒトミが、意を決したように叫んだ。「アタシも……アタシも一緒に
連れてって!」「ヒトミ=サン、なにを言っているのですか」アヤメは友人の意図するところが分からず困ったように
ぷちヒトミを見つめる。
「ほ、ほらアタシ今小さいからアヤメ=サンのカバンに入れるし、一応UNIX端末もIRC端末も操作出来るから、
一緒にいたほうが色々便利だと思う! それに一人で走るより話し相手いたほうが気が紛れるし……だから……」
このような身体で待つだけなのは嫌だというぷちヒトミの心配する思いが痛いほど分かり、アヤメとモバPは黙ってしまう。
だが、今のぷちヒトミにはなにが起きても不思議ではなく、そのような状態で7時間の全力疾走に連れて行くほうが危険
なのではないか。
そう考えたアヤメはここに残ってもらうよう伝えようとして、それよりも早くチヒロがぷちヒトミの提案を受け入れる。
「実際、それはいい考えですヒトミ=サン。アヤメ=サン、一緒に連れて行ってあげてください」「チヒロ=サン……!?
しかし……」
「ヒトミ=サンが元に戻るには、アヤメ=サンが7時間走り切るだけでなく、その後で小型UNIX端末に表示される
レッスン完了ボタンを押さなくてはいけません。仮に、走りきったあとのアヤメ=サンがそんな行動も出来ないくらい
疲労していたらどうします」
チヒロの言葉も一理あり、今から行おうとしていることはアヤメにとっても未知のこと。仮にせっかく走りきれても、
UNIX端末の操作も出来ない状態になっている可能性もないとは言い切れないのだ。「モバP=サンも、私の意見に
賛成ですよね?」
『ヌゥ……たしかにチヒロ=サンの意見も最もだが……』「お願いだよモバP=サン! アタシ、少しでもアヤメ=サンの
力になりたいの!」言葉から伝わる熱意。それがどこまでも真剣だったことにモバPは心を揺さぶられ、アヤメもまた、
大切な友人の思いに胸を打たれる。
『……分かった、今日から三日間アヤメ=サンとヒトミ=サンは休暇扱いにする。だから二人共一緒にいけ。そして、
必ずこの忌々しい仕掛けを突破してこい!』「……! ハイヨロコンデー! いいよね、アヤメ=サン!」
「まったく、ヒトミ=サンには敵いませんね」
そう言いながら、アヤメは少しだけ表情を明るくしてぷちヒトミを持ち上げると、カバンの中へと入れる。
その時視線で見つめ合った二人は、小さく「「ユウジョウ!」」と言葉を交わすのだった。
「……では、改めて行ってまいります」「はい、お願いしますアヤメ=サン」
『頼むぞ、二人共』「もし途中で他の解決方法が見つかったら連絡を入れますので」「はい……!」「任せて!」
力強く頷いたアヤメは、カバンから少しだけ顔を出して返事をしたヒトミが落ちないようにしがみついているのを確認すると、
窓を開け、そこから勢い良く飛び出してゆくのだった!「イヤーッ!」
ーーーーーーーーーーー
「…………スゴイ……」シンデレラ・プロダクションを飛び出し、一気に最高速度へと達したアヤメの背負うカバンから顔を
出していたぷちヒトミ。その彼女が外へ出てから最初に発した一言は感動を表す言葉であった。
チヒロが予想したとおり障害物となる建物や木、車や人が現れる度にアヤメが行う凄まじいルート構築。直進のみが
許されていることがまるで苦にならないかのように、ある時は壁を垂直に走り、ある時はビルとビルの間を軽やかに跳躍!
またある時はブンシン・ジツで作ったブンシンを足場にして、道なき場所に道を作って走破する!ゴウランガ!
眼下に広がる街並みが凄まじい速さで流れていくという光景を、乗り物ではなく人の動きによって見ることが出来る!
まるで風になったかのような感覚がぷちヒトミにとってはなによりも感動することであり、不謹慎だとは思いつつも、
アヤメがいつも見ているニンジャの見る景色を体験出来たことだけでも、この身体になってよかったと感じるのであった。
「……いつも、アヤメ=サンってこんな景色を見てるんだね……スゴイ……」「なんの変哲もない、普通の景色ですよ。
それよりも……タイマーのほうはちゃんと動いていますか?」「アッ、チョット待って」
カバンに潜り込み小型UNIX端末を起動したヒトミは、画面に表示されたタイマーの数値を確認する。ずっと動いていた
タイマーの数値は「07:11:12」となり、動いていなかったほうのタイマーの表示は「06:31:20」でどちらも
減少を続けている。
「あ、動いてる! 30分くらい時間減ってるよアヤメ=サン!」「そうですか……では、少し調べてみましょうか」
「なにを?」「装置の判定がどれくらい正確かです……よ! イヤーッ!」アヤメはここでビルの屋上から跳躍すると、
次の着地先を直進ルートからやや北よりにずらすように変更する。
「あ、駄目だアヤメ=サン! 今の進路変更でタイマー止まっちゃった!」端末画面を確認し、下のタイマーが
「06:29:41」で止まってしまったことを伝えるぷちヒトミ。(((この程度の進路変更でも止まる……予想以上に
厄介なタイマーだ……)))
あまりにも厳格なルート指定にうんざりしつつも、アヤメはまた元の直進ルートへと走る進路を戻す。次に彼女は速度判定を
試すため、ビルの屋上から飛び降り、街路樹をクッションにして歩道に降りると、そこから常人には見えない隠密性を
保って速度を落としていく。
最高速度から遅くなったとはいえ、車道の車並みの速さで走る存在が人混みの中を通り抜けても誰も気にする者がいない。
これこそ一般にはもはやニンジャは存在していないとされる理由の一つである! 人々の目には、今のアヤメは注意して
見たとしても色のついた風とでもしか思えないだろう!
しかし、機械の判定はあまりにも正確だ。「やっぱり駄目! アヤメ=サン、速度を落としたらタイマー動かなくなっちゃたよ!」
ぷちヒトミの報告にアヤメは心のなかで落胆しつつ、再びビルの壁を駆け上って人のいない屋上へと登り、走る速さを
最高速度に戻す。
「まったく……機械が優れているのは普通はありがたいことですが……こういう場合には困りものですね!」「アヤメ=サン、
新しい機械好きだもんね」タイマーが再び動き出したことを確認したぷちヒトミはまたカバンの口にまでよじ登ると、
そこから顔を出して凄まじい速さで流れていく景色を眺める。
「とにかく、モバP=サンの言ったとおりこのまま真っ直ぐいくしかないねアヤメ=サン……」「はい……進路を
西にしていて正解でした。このまま走り続けていた場合、他の方角だとどうなっていたか」「すごい速いもんね」
この速度で数時間も走り続けたら、最後にはどこに行き着くのか。思っていた以上の距離を移動することに少しだけ
身震いしつつ、それでもぷちヒトミはアヤメの身体を気遣う。
「だけどアヤメ=サン無理しないでね。仮にこれで失敗しても、悪いのは元はといえばチヒロ=サンみたいだし……
多分皆許してくれ」「だめです!」「アイエ!?」予想以上の大声で反論されたぷちヒトミは、驚いて危うくカバンから
転げ落ちそうになる。
慌てて落ちないようにカバンに潜り込んだぷちヒトミの行動に、アヤメは怖がらせたのかと勘違いして急いで謝った。
「す、スミマセン! 怒ったわけではないんです……」
「え……? あ、気にしてないよ! 今のは驚いてカバンから落ちそうになっただけで……でも、珍しいね、アヤメ=サンが
あんなに大声でなにかを否定するなんて」「それは……」そこで言葉を言い淀んだアヤメの態度に、彼女だけが知る
チヒロのなにかがあると察したヒトミは、明るい調子で話題を逸らすことにした。
「まぁいいや! アヤメ=サンがやりだしたことを失敗したことなんてないし、今回もきっとダイジョブ! だから
ガンバロ! あ……でもアタシはあんまり出来ることないんだった……」「……フフッ。そんなことないです。
やっぱりヒトミ=サンがいてくれてよかったです」
面白いくらいに調子の変化するぷちヒトミの姿に勇気づけられたアヤメは、両足にさらなるカラテを込めて、沈み始めた
太陽に向かって疾走するのであった!
ーーーーーーーーーーー
……それから6時間後。「……頑張れ! 頑張れ!」もはや補給のためのスシとスタミナドリンクも底を尽き、太陽も
完全に沈んで夜になっていたが、それでもまだアヤメは走り続けていた。「ハァーッ……ハァーッ……」
最後に休息したのは何時間前か? スシを補給したのは? そもそもなぜ走っているのか? ただ全力で走るだけの
機械めいてカラテを振り絞るアヤメの思考は覚束ない。彼女の耳に聞こえるのは、空気の流れる音、地面を蹴る足音、
そして背中のぷちヒトミの声援だけだ。
「……あと少し、あと少しだから!」「ハァーッ……ハァーッ……」すでに会話どころか単純な返事をすることも難しい。
視界は霞み、顔も時折苦痛で歪む。直進するために山を、ビルを、木を飛び越え、壁を走り、人々の間を見つからずに
すり抜ける。
それらの動作は容赦なくアヤメの心臓に負荷を与え、ただ全力で走るだけ以上に彼女の体力を削った。だがもう立ち止まって
休むことは出来ない。なぜなら途中で何度かどうしても直進することの出来ない場所があり、そこを迂回するために無駄な
時間を使ったため、残り猶予は後僅かなのだ!
「上のタイマーが残り11分、下のタイマーが残り10分を切った! 頑張ってアヤメ=サン!」「ハァーッ……ハァーッ……!」
新たな市街地へと到達し、再びビルの屋上へと駆け上るアヤメ。だがそこで疲れが彼女の足を一瞬もつれさせる!
「アヤメ=サン!?」「……ッ!」足を踏み外し滑り落ちるアヤメであったが、カラテを込めなおして体勢を整えると、
再び壁を走ってビルの屋上へと到達し、全力疾走を再開する。「大丈夫!?」
心配するぷちヒトミになんとか頷いて返事をしたアヤメであったが、今の動作は容赦なくアヤメの余力を削り取っていた。
(((痛い……足が……身体中が……)))歪む視界。
眼前のビル群に生えた「計画返済」「天国はここ」「実際タノシイ」「サウザンドリバー」「恐怖を忘れよう」などの
電子カンバンの光だけが妙に目に突き刺さる。
さらにはどこからともなく聞こえる「無理せずラクしたい? ならば我が社がその手段を提供!」といった広告音声が、
アヤメの精神を刺激し、身体の動きを鈍らせる。(((楽……そうだ…………わたくしも……)))「アヤメ=サン!」
「ッ……!」
しかしその度に背中のぷちヒトミの声がアヤメの意識を呼び戻す!そうだ止まっている暇など無い!アヤメはぷちヒトミの
声に反応するように気力とカラテを全身に注ぎ込み、次のビルの屋上へと渡る!
「……ハァーッ……ハァーッ……!」「……どっちのタイマーもあと30秒を切った! 正念場だよ!」小型UNIX端末を
食い入るように見つめていたぷちヒトミの手も緊張で震え始める。
そう、このままいけばタイマーのカウントが終了し、アヤメが全力疾走を終えてレッスン完了ボタンが表示される
タイミングと、ぷちデレラのあるアイドル達が全員ぷちヒトミのようになってしまうタイミングは、ほぼ同時なのだ!
(((残り10秒前……! 9……8……!)))「……ハァーッ……! ……ハァーッ……!」小型UNIX端末の画面のカウントを
心のなかで数えるぷちヒトミ! アヤメもまたビルの屋上を、残り少ないカラテを振り絞って疾走する!ハヤイ!
(((4……3……2……1……!)))「ココダーッ!」下のタイマーのカウントが「00:00:00」になった瞬間表示された
レッスン完了ボタンを、ぷちヒトミは小型UNIX端末の画面を割りかねない勢いで押す!FLAAAAAASH!
するとヒトミがぷちヒトミになってしまった時と同じ光が画面からあふれだす!光を直視してしまったぷちヒトミは悲鳴を
上げる!「ンアーッ!」「……!」その反応にアヤメは急いでぷちヒトミの無事を確かめるために後ろを振り向き、そして
彼女と視線を合わせた。
「……あ、あれ? アヤメ=サンが見える。アタシいつカバンから出たっけ?」「……ヒト……ミ……サ……ン!」そこに
いたのは元の身体に戻ったニワ・ヒトミ! アヤメは嬉しさのあまりまともに呼吸も出来ない状態ながら彼女の名前を呼ぶ!
しかしここで恐ろしい事実に二人は気付く。「アタシ元に戻った!? ヤッター……って待ってその前に落ちてるーッ!?」
「……!」そう、アヤメはタイマーの時間が今どうなっているか分からなかったため、走り続けるために次のビルの屋上へと
飛び移っている最中だったのだ!
そんなタイミングで元に戻ってしまったヒトミ。当然ながらアヤメと違って空中で体勢を整える術など知らない彼女は重力に
従って落下を始めた! 「アイエエエエエ! 落ちるーーッ!」「……ッ! ……イイイヤアアーーーッ!!」
ここは20階建てのビルの屋上付近。そんなところから地面に落下してしまったらウケミも取れないヒトミはゴアめいた死体に
なってしまうことは確実! それを防ぐため、アヤメは限界を超えたカラテを全身に注ぎ込む! (((間に合えぇええ!!)))
跳躍先のビルの壁に着地したアヤメは、そこから反対側、ヒトミが落下してきているところへ向かって再跳躍! それまでの
勢いに完全に逆らう動きは、アヤメの身体を容赦なく蝕むが、そんなことには構っていられない! 急がなければヒトミは
地面まで残り30メートルだ!
「アイエエエエ!」「……ヒトミ=サン!」残り20メートル地点で落下するヒトミに追いついたアヤメは、彼女の身体を
優しく抱きしめると、落下の勢いを殺すために反対側のビルの壁へと着地しようとする! だがここで疲労がアヤメの
カラテを上回り、着地失敗!
「アイエエエエ!」「……まだだッ!」壁で勢いを殺せなかったアヤメは、ブンシン・ジツを発動し実体のあるブンシンに
自分を蹴ってもらい、その衝撃で再び反対側のビルの壁へと進む! この時点で残り10メートル!
「アイエエエエ!」「イヤーッ!」今度はカラテが疲労を上回ったアヤメは、飛び込んだ壁に見事に着地! タツジン!
そこから足をブレーキめいて壁に擦りつけながら勢いを殺すと、最後は地面でウケミをとる! KRAAAAASH!
「アイエエ……エ?」ゴウランガ!あれほどの高さから落下したのに、ヒトミは無傷のままだ!「ゲホ……ゲホォーッ!」
「ああ、アヤメ=サン!?」しかしヒトミが傷つかないよう、自分の身をクッションめいて地面からの盾にした
アヤメは咳き込む!
「死んじゃ……死んじゃやだよーッ!」抱きかかえられていたヒトミは起き上がると、泣きそうな顔でアヤメを揺さぶる。
「……ゲホ……だい……スゥーッ……じょう……ハァーッ……ぶ……」そんな彼女に、深呼吸を行いながらなんとか
無事であることをアヤメは伝える。
「ほんと……ほんとに!?」「……スゥーッ……はい……ハァーッ」「良かったーッ!」「ゴホッ!?」あまりの嬉しさに
泣いてしまったヒトミに抱きしめられたアヤメは、その衝撃で一瞬息を詰める。しかし、それでまたヒトミを心配させないよう、
黙って深呼吸を続けた。
「……お、おい……あんたら、上から落ちてきたけど大丈夫か?」そんな二人の周りには、いつしか通行人達が
心配そうな表情で集まってきており、声をかけられて初めてそのことに気づいたヒトミは、慌ててアヤメから離れると
この場をどう切り抜けるか思案する。
(((真実を話した所で絶対に信じてもらえないだろうし……かと言ってなんでもないで済ますには地面の亀裂が問題だし……
どうしよう……!))) そんな時である! 上空を飛んでいたマグロ・ツェッペリンの一機がアヤメとヒトミのいる場所に
向けてライトを照射したのは!
「アイエ!?」「な、なんだ!?」「マブシイ!」ざわめく通行人達! そんな彼らに向けてマグロ・ツェッペリンより
鳴らされる欺瞞的アナウンス! 「ただいまの光景は映画撮影のためのものであり、危険は一切ありません」
その音声は聞き覚えのある電子マイコ音声ではない、この声は……チヒロの声! 「え、映画撮影だって……?」「でもあんな
高いところから」「けど確かにこの二人テレビで見る顔のような」
アナウンスを聞いた通行人達の顔は徐々に人を心配する物から興味本位の野次馬の物に変化していく。そこへ
マグロ・ツェッペリンから第二のアナウンス!
「よって撮影の邪魔になる方の排除は合法です。警告します、10秒以内にその場を離れてください。繰り返します、
撮影の邪魔になる方の排除は合法です」「「「ア、アイエエエ!!!」
チヒロのアナウンスが発する恐ろしいアトモスフィアが通行人達を襲い、彼らは蜘蛛の子を散らすようにその場から
立ち去っていく。事態の飲み込めないヒトミは、ふとアヤメのカバンからIRC通信を告げる音が聞こえていることに
気づく。
「アヤメ=サン、ちょっとゴメンね?」未だ深呼吸で体力回復に努めているアヤメの身体を少しだけずらし、
地面に埋まっていた彼女のカバンを掘り起こす。
中を確認すると小型UNIX端末は完全に壊れてしまっていたが、プロデューサー向けに作られたIRC端末は形を
保ったままであり、ヒトミはその耐久性に驚きながらIRC通信を行う。
「はい、ヒトミです」『良かった、繋がりました』「……チヒロ=サン! あ、あの、今のアナウンスって……」
通信してきたのはチヒロであり、ヒトミは困惑した様子でマグロ・ツェッペリンから聞こえてきたアナウンスのことを
尋ねた。
『あれは、お二人を衛星を使って監視していましたら問題になりそうな状況を確認しましたので、近くにあった
マグロ・ツェッペリンをハッキングして偽装工作をさせて頂きました。すでに、その地面の亀裂の後始末の手配も
済んでいますよ』
さらりと言ってのけたチヒロに、ヒトミは全身の力が抜けるような感覚を味わった。「監視してたのなら、もうちょっと
早く助けてください!」『ごめんなさい。でも私はプロダクションからあまり動くことが出来ないので、あれが
精一杯だったんです』
それが嘘か本当か、通信から知ることは出来ない。ただ助けられたことは事実のため、ヒトミは素直にお礼を言うことにした。
「でも、助かりました。それで、見てたのならわかると思いますけど、アタシ達今どこにいるんですか?」
『すごいですよ? お二人は今岡山県にいます。やはりニンジャの力はうちのアーチプロデューサー達にも匹敵して
素晴らしいです』そう褒めるチヒロの言葉に対してヒトミは目眩がした。アヤメが移動してきた距離のことを考えると
当然ではあったが。
ただ、それでいつまでも頭を抱えているヒトミではない。「……まぁ、分かりました。じゃあ後はモバP=サンの言っていた通り、
今日から三日間お休みでいいんですよね?」
地面で未だあまり動かず休み続けているアヤメに視線を落とし、ヒトミは心配そうな表情を浮かべる。ともかく一刻もはやく
この大切な友人をフートンなど安らげる場所で休ませてあげなくてはいけない。
『ええ、すでにホテルも……なんですモバP=サン?』「……チヒロ=サン?」『……失礼しました。モバP=サンが直接
お話したいそうなので代わりますね』すると一瞬通信にノイズが走り、相手がチヒロからモバPへと代わる。
『ヒトミ=サン、良く無事で』「ありがとうモバP=サン。でもそういうのはいいから」『分かっている、ただアヤメ=サンは
今少しでも話せそうか?』どうやら急ぎの内容らしく、ヒトミは仕方なくアヤメに近づきその身体を揺さぶる。
「アヤメ=サン、今話せそう……?」「……少し……なら……」まだ言葉に気力は感じられないが、それでも本人が
話せると言った以上ヒトミは代わるしかなかった。「アヤメ=サンに代わるね」『すまない』
IRC端末を受け取ったアヤメは、出来るだけエネルギーを使わないよう、シツレイを承知で寝転んだまま通信を行う。
「はい、アヤメです」『アヤメ=サン。今回のこと、実際良くやった。そして、見守ることしか出来なくてすまなかった』
「謝らないでください……わたくしはニンジャとしての務めを果たしたまで」『そうか……強いな、オヌシは。そうだ、
もうブレーサーは外していいぞ。ヒトミ=サンが元に戻った時点で、彼女を含め他のアイドルもぷちデレラになる可能性は
二度と無くなったからな』
ある意味一番聞きたかった言葉を聞けたアヤメは、油断すると一瞬で意識を失いそうな安心感に身を包まれながら、
ヒトミに小声で安全を伝える。「もうぷちデレラになる心配は……ないそうです、ヒトミ=サン」
「ほんと!? ヤッター!」
喜ぶヒトミの姿に自分も嬉しくなりながら、アヤメはIRC通信に意識を戻す。「では……わたくし達はこれから……
そちらに戻ります」『馬鹿なことを言うな。どう考えてもすぐ戻って来れる身体じゃないだろう』
実際モバPの言うとおり、今のアヤメの身体は長距離移動に耐えられそうもない。
『だから、現地の最高級ホテルをチヒロ=サンに予約させた。帰りの新幹線のチケットもそこに送った。二人共、三日間の
休日を楽しんで来なさい』
「そんな……わざわざ……」『チヒロ=サンもこれは正当な権利だと言っていた。だから気兼ねするなアヤメ=サン。
後始末は我々がやるから、オヌシは、少しは休むことも考えろ』「モバP=サンにだけは……言われたくないです」
『む……そうか……エ?』
そんなどこかずれたアトモスフィアで答えたモバPにアヤメは吹き出してしまう。「フフッ! 本当にもう、モバP=サンは
……分かりました、お休み、楽しませてもらいます」『ああ、楽しんでこい……』
その後モバPからホテルの場所を聞いてからIRC通信を切ったアヤメは、手持ち無沙汰で待っていたヒトミに向き直り、
モバPから聞いたことを告げた。「……最高級ホテル! こうしちゃいられない! 急いでチェックインしに行こう
アヤメ=サン!」
「あ、待ってください、ちょっと立ち上がるのに時間が」まだ身体が動かすことに悲鳴を上げているアヤメは、それでも無理に
笑顔を作って一人でなんとか立ち上がろうとする。
そんなアヤメを見かねてヒトミは彼女を引っ張って立ち上がらせると、アヤメの腕を自分の肩にまわして支えたではないか。
「ヒ、ヒトミ=サン……!? あの……」「なにも言わない! やっぱりボロボロなんでしょ? だったらこれくらいさせて」
「……ありがとう」「いいってこと!」
ヒトミに支えられて歩き出したアヤメは、途中道にゴミ箱を見つけると、そこへ左腕に装着していたブレーサーを放り捨てる。
(((……これで良し……)))そして、アイドルらしからぬ疲れた様子の二人は、ジゴクめいた一日の疲れを癒すために、
ホテルへと急ぐのであった。
【ヘル・オン・レッスン】終わり
LIVEバトルでアヤメ=サンの隣に丹羽ちゃんのぷちがいてほっこりしてて思いついたネタ
なお、今回は物理書籍版風にしています。決して通し番号が面倒になったとかそういうわけではない、いいね?
読んでくださった方ありがとうございました
一つ前に書いた物
ノーチヒロ・ノープロデューサー
ノーチヒロ・ノープロデューサー - SSまとめ速報
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