提督「なに? LULLだと?」 (29)
他スレから影響を受けた。一発ネタも八作目。短いです
憲兵「くそが。最近の仕事の忙しさは冗談のようだ」
浜風「おや? 「冗談のよう」とはとても仕事を楽しんでいられるのですね。羨ましい限りです」
憲兵「……七日の不眠不休で世界一つが出来上がるならば、俺は既に七個は世界を創れていたはずだ。鎮守府の馬鹿どもの相手をしていなかったらな」
浜風「冗談のようですね」
憲兵「だから冗談なんだよ」
浜風「クスリともできない冗談です。楽しくありません」
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憲兵「あ!? お前が頓珍漢な返しをしてきたから、俺も不器用な返しをするしかなかったんだろうが!」
浜風「不器用とはいい言葉ですね。不器用な男とコミュ障な男のどっちかを選べと言われた、間違いなく前者を選んでしまいます。同じことですのにね」
憲兵「あー、もう俺が悪かったよ。ジョークセンスなくて失礼したな」
浜風「……不器用な男ならば、すぐに謝るなんてしないと思いますが?」
憲兵「いつ俺が不器用を自認した? それともなんだ謝られたくなかったのか?」
浜風「いいえ」
憲兵「………なんなんだ。というか、お前が来てから妙な事件にばっか巻き込まれている気がするんだが? だいたいそのせいで俺は今愚痴っているわけだ」
浜風「気のせいです。言いがかりはやめてください」
憲兵「いやでもな、明らかに厄介な事件が増えてきているんだよ。セクハラ提督ばっかを追っかけまわしていた頃が懐かしい」
浜風「良かったじゃないですか。仕事内容が多様化して単調さがなくなったのですから」
憲兵「俺は楽できた方が良かったよ」
浜風「怠け者ですね」
憲兵「じゃあ、お気に召すように、事件なんてない方が良いに決まっていると言っておこう。こう言えば、怠け者も名誉ある平和主義者の仲間入りだ」
浜風「そうですか。では、平和を謳う高貴な精神には神の恵みがあります」
憲兵「あ? 恵み?」
浜風「労働のない余暇が与えられるということです」
憲兵「余暇」
浜風「そうです。余暇です。具体的には私とデート?できるという恩寵です」
憲兵「………本気か?」
浜風「神に二言はありませんよ」
憲兵「神の言葉も安くなったもので」ソワソワ キョロキョロ
浜風「? 落ち着きがありません。どうしたのですか?」
憲兵「いや、この辺のホテルを探しているんだ。デートはそれからだ」
浜風「………」
憲兵「ああ、そうだ。今はグーグルマップなんて便利なものが………」
浜風「待ちなさい」
憲兵「あ? なんだよ? 浜風の聖書には俺を正しく昇天させるって書かれているんだろ? 性書だけにな。ハッハッハ」
浜風「これまでで一番下劣でくだらない洒落ですね。今この場で逝かせてあげてもいいのですよ?」
憲兵「………じゃあ何するんだよ? デートなんてセックスの誘いの婉曲表現だろ?」
浜風「あなたは文化的な平和主義者なのでしょ? ならば、行き先も文化的なところに決まりです」
憲兵「文化的ってどこだよ?」
浜風「美術館です」
憲兵「げっ」
浜風「どうしましたか?」
憲兵「いやいや! 今時デートに美術館ってお前………硬派とかそんなものじゃねえよ」
浜風「不満ですか?」
憲兵「いや不満というか、もっと遊園地とか水族館とか映画館とかあるだろ?」
浜風「デートにおいて重要なことは同じものを見てその感動を共有することです。その目的のためには美術館が最適です」
憲兵「なぜだ? 遊園地でも笑い合えるし、映画でも感動できるだろ?」
浜風「それらはやはりどこまでいっても偽物ですから」
憲兵「意味が分からない。美術館こそ偽物の巣窟だろ?」
浜風「………」
憲兵「………」
浜風「………とりあえず行きましょうか」
憲兵「って、おい! 先に行くな! 美術館に行きたいなら、素直に行きたいって言えば良いだけだろうが。………ちょっと無視するな! はぐれたら面倒だから!」
憲兵「これはどういうことだ? いつもは購買の焼きそばパンの棚ほど空っぽなのに、今日はコッペパンほどにぎっしりだ」
浜風「コッペパンですか。そうですね。いつの時代も流行に惑わされる野次馬の中身なんてものは無味乾燥です。売れ残り連中というわけです」
憲兵「美術館の前にどうして百人単位の行列が出来ているんだ!? というかなんだか騒がしい! うるさい! マスコミもいるし、『艦娘も同じ人間だ!』という横断幕を掲げたデモ隊もいるじゃねえか!? どういうことだ! 説明しろ、浜風!」
浜風「話題の芸術家ですからね。人気があるのでしょう」
憲兵「話題って………聞いたこともない名前なんだが?」
浜風「私も聞いたことがありません」
憲兵「じゃあ何があったんだよ? わざわざ誘ってきたんだ、お前はこの騒ぎを知っていただろ?」
浜風「以前ここで艦娘が芸術作品として展示されたのです」
憲兵「艦娘がか?」
浜風「はい。彼女は大破している姿で燃料も弾薬も補給されていない状態でした」
憲兵「俺は美術館を毛嫌いしていたようだ。ラッセンの怪しい色彩の海を背景に始まり、ルーアン大聖堂を横目にするストリップショーとは大変興味深い」
浜風「………どんな想像をしているのですか」
憲兵「それがこの混雑の原因なんだな?」
浜風「そうですね。人気を得たいならば、嫌われ者を手元に置いておくことが良いという例です」
憲兵「それでもこんな正義の怒声が響くには不十分に思える」
浜風「はい。今回は前もって告知がありました。それによれば、展示が終了するとその艦娘は処分するということらしいです」
憲兵「処分だと? それはただの解体と違うのか?」
浜風「いいえ。全くもって解体です。チェスで白と黒との間に駒数と配置に差がないのと同じくらい同じです」
憲兵「チェスかい?」
浜風「ええ。チェスです。これ以上とない比喩です」
憲兵「そうか」
浜風「チェスは同じ事物にもかかわらず、相手を黒と見なすやいなや全く性質が異なるものとして敵視して、正義を自認する白は自分と同型の駒に向かって攻撃を仕掛けるのですから。そうです。事を始めるのはいつも正義からなんです。それがこの開館前からの義憤の熱なのです」
憲兵「でも、どっちが白か黒かなんて判別できるのか? 俺にとっては芸術家とデモ隊のどっちが黒でもいいけどな」
浜風「それはやはりルールに則って目隠しして選んだ駒の色で決まるんじゃないですか? そして先制した方が白なんですよ」
憲兵「お? 扉が開いたな。おお、おお。人がなだれ込んでいくじゃないか! ホースの先を細くすれば水は勢いよく出るが、人ごみでも同じだ。扉が狭ければ狭いほど勢いづく。違いは澄んだ水遣りは虹を作るが、澱んだ人ごみは何も作らないということだ」
浜風「しかし、彼らは満足しています。というのも、あんな狭いところを通過するんです、「狭き門より入れ」という美徳を実践している気になって自分の正義を信じて疑わないのですから。彼らにとって最高の美徳は人ごみに揉まれて雑巾のようになることです」
憲兵「瞬く間にあの正義のパレードが吸い込まれていった。酔っ払いの合唱団が消えたから、後に残るのは雀の小さなさえずりの通底音だけだ」
浜風「この自然の小さな主張に思うところがあるなら、あなたはわびさびの心を理解しているということでしょう」
憲兵「じゃあ、美術館はパスしていいか? 俺の美的センスは自然主義者で、人工的な美術館には合わないからな」
浜風「では入館しましょう。あなたは仕事柄、人間の不愉快な側面を見てきましたから、人間嫌いを発症しているようです。ここで人間の美しさを見ておくことは無意味ではありませんよ」
憲兵「中は思ったより静かだな」
浜風「美術館という場所は沈黙しているだけで教養が高まった気がするので、わざわざ自分の知性がいかに洗練されているものか声高に言い立てる必要がないですからね」
憲兵「それにしても目当てのものは分かり易いな。人垣ができていやがる」
浜風「欲しいものだから人が集まるのか、人が集まるから欲しいものになるのかをよくよく考える必要があります。私達も行きましょう」
憲兵「中心地は台座に乗った艦娘か。確かに満身創痍のボロボロ状態だな」
浜風「五十鈴です。鎖に繋がれています。解体されないための錠もありますね」
憲兵「鎮守府ごとにハートロックは異なるが、あれはかなり特殊だな。丸い四角形の錠なんて見たことがない」
浜風「あれはこの作品を創った芸術家のオリジナルらしいです。正しく世に二つとない唯一無二の錠です」
憲兵「あれを単品で展示すれば良かったんじゃないか?」
浜風「絵画を鑑賞する場合、教科書を見て満足してはいけないのと同じことです」
憲兵「どういうことだ?」
浜風「教科書には額がありませんから。作品ごとに額というのは異なっていますし、場合によっては絵より額の方が大きいぐらいのもあります。額の有り無しで随分と印象が異なる作品もあるので、教科書ではダメなのです」
憲兵「この場合だと、錠が絵だとすると五十鈴が額になるのか?」
浜風「正確にはあの立て看板も含めて額です」
『ご自由にどうぞ』
憲兵「人の想像力を掻き立てる良い言葉だ。この芸術家は鍵職人の他に詩人にもなれるらしいな」
浜風「艦娘の人権擁護のために集った義憤に燃える提督たちは静かですね」
憲兵「そりゃあ五十鈴は何も言わずに佇んでいるだけだからな。一昔前にはウサギに選挙権を与えろという訴えがあったが、その審議の末の判決は否定であった。しかし、彼ら熱心な原告が何も得なかったわけではない。「ただしウサギ自身が選挙権のために訴訟するならば認められる」という但し書きを勝ち取ったのだ!」
憲兵「残念ながら未だウサギに権利は認められていないが、艦娘ならばすぐさま認められるだろうと待機しているんだろ」
浜風「電車に老人がやってきて、誰も席を譲らない状況のように沈黙しています」
憲兵「困難な善行より容易い善行の方が時として為されえないということがあるということだ。さて、どれぐらいこれが続くかね」
浜風「小学校の演劇の主役決めに似た空気の重さです。みんなそれを指名されたら喜んで演じるだろうけれど、自ら名乗り出る勇気はない膠着状態です」
憲兵「………」
浜風「………」
憲兵「………おい、おずおずと手を上げた奴が出てきたぞ! 老齢の提督だな。係員に何か尋ねている。どうやらあの五十鈴を引き取りたいということらしい」
浜風「拍手が起こっています。私達も拍手しましょう。彼の善意に」
憲兵「一気に和やかな雰囲気になったな」
浜風「しかし、係員が二人目の五十鈴を連れてきて台座に置きましたよ。また沈黙に陥るのでしょうか」
憲兵「大丈夫だろ。一度その行為の結果にある賞賛を体感したんだ。次こそ賞賛の的になろうと提督たちの目は野心に燃えている」
浜風「すごいです! 一気に何人もの手が上がりました! 一度栓を緩めると人間の善意がとめどなく溢れ出てきたようです」
憲兵「正義のコンサート会場になったな。全員が善意に陶酔している」
§
浜風「あれからあの展示は定期的に為されました」
憲兵「そうだな。連日美術館が遊園地のジェットコースター並の人気を得たという異常事態だった」
浜風「最初は責められていた芸術家も、今では人間の正義を示すためにわざとあの展示をしたのではないかと好意的に解釈されています」
憲兵「ああ。人間の悪と正義を体現した作品として一時期マスコミも賑わしていたな」
浜風「無害な悪というものほど好まれるものもありません。それに関われば自分は正義の味方になれますし、またしくじっても痛くないのですから」
憲兵「従来のように食欲や性欲を満足させるのではなく、良心を満足させるという新しいビジネス分野を切り開いたわけだ。彼と美術館はさぞ儲かっただろうな」
浜風「しかし、彼はもう展示をやめるらしいです」
憲兵「どうして?」
浜風「もう必要ないと言っています」
憲兵「必要ない? 良心なんてものは底の抜けたバケツみたいなものだぞ。その需要がなくなるはずはない」
浜風「彼の方に良心を満足させる需要がないのでしょう。彼は美術館館長の親戚らしいので、倒れかけの美術館を立て直すことを目的にしているようです」
憲兵「もう金は集まったから必要ないってか」
浜風「いいえ。お金ではないようです」
憲兵「金じゃない?」
浜風「………それと次の目的地はこの道でいいんですか?」
憲兵「ああ、ちょっと人気のない小道だが、田舎の鎮守府だ。悪路の先に位置していても気に止めることでもない」
浜風「そうですか。田舎道は街灯もないので、標識をしっかり確認してから進んでくださいね。迷ったら大変です」
憲兵「あ? 標識なんてこの辺にはなかっただろ?」
『ご自由にどうぞ』
浜風「良い作品とは模倣される運命にあります。そして、それほど浸透したというなら芸術家がその止まり木に留まる理由もないということです」
憲兵「飢えでやせ細った首元から飛び出ていたものは丸い四角形という珍しい形の錠だった。あんなもの見たことないな」
浜風「餓死していましたね。模倣というのは概してその質が下がっていくものです。二つの点で劣っています」
憲兵「二つ?」
浜風「生きているからこそ飢餓は輝くのであって、ミイラの飢餓には何の魅力もないことです」
憲兵「もう一つは?」
浜風「さあ? 更に額縁を美術館にしなかったことじゃないですか?」
憲兵「面倒なことになったな。というかこれはどうするべきなんだ」
浜風「どうしたいですか」
憲兵「取り敢えず死体は回収しなければならん。この錠から持ち主を特定して、そこの提督を不法投棄の罪でしょっぴくか」
浜風「無駄でしょう。この錠はあの芸術家のものですよ」
憲兵「どういうことだ」
浜風「だから、この艦娘を棄てたのは美術館で正義の代表になった人ということですよ」
憲兵「じゃあ、一体この死を誰に帰責すべきなんだ。あの芸術家か」
浜風「現状難しいと思います。一応彼は艦娘の生存を保証してましたから」
憲兵「それでも、あんな展示品をしてたら裁かれるだろうよ」
浜風「さあ、どうでしょうか。彼はあの展示ゆえに国の上層部とも繋がっていたと聞きますし、容易なこととも思えません。それに世間もあの作品に慣れてしまってます」
憲兵「刺激がないのか」
浜風「それに彼は形式上は譲渡人ですから、権利も責任も相手方に移っています」
憲兵「面倒だな。となると、引き取った鎮守府を調べ上げて、この特殊な五十鈴の有無を確認するしかないのか」
浜風「それは随分と大変なことです。本部の許可を得なければならないでしょう」
憲兵「やってやるさ」
浜風「不思議ですね。どうしてあなたはそんな面倒を引き受けようとするのですか?」
憲兵「餓死している艦娘なんて見たくないだけだ」
浜風「おかしなところで情に流されますね。よろしい。私も協力しましょう」
§
浜風「報告書が提出されました」
憲兵「まさか、あの腰の重い本部を説得して多額の支援金までかっぱらってくるとはな。それで結果は?」
浜風「八割です」
憲兵「なに」
浜風「引き取った鎮守府の八割が不法投棄していました」
憲兵「………多いな」
浜風「その場の勢いで引き取っただけのところも大きいのでしょう。だから愛着も持てず手放すといったようです」
憲兵「どうだ。罰を与えれると思うか?」
浜風「数が多すぎます。一斉検挙すると鎮守府の機能が停止しかねません。事情の性質から考えてそのリスクには見合わない判断されて、恐らく黙殺されると思います」
憲兵「なるほど。つまり彼女たちの死は完全に宙ぶらりんになったわけだ」
浜風「不満ですか」
憲兵「いや、ただ「ご自由にどうぞ」と思っただけだ」
浜風「意味がわかりません」
憲兵「奇遇だな。俺もだ」
おわり
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