戸塚「…だめ、かな?」 八幡「…まじ?」 (193)
上目遣いに頼む戸塚の手には二枚の旅行チケットが握られている。突然の出来事に俺の身体は硬直してしまっていた。
「うん、八幡と、行きたいんだ…」
そんな身を捩ってお願いするな。危うく抱きしめそうになるだろ。硬直しててよかった、ナイス俺の身体。
「そ、そうか。俺は別に問題ないから大丈夫だぞ」
普通ならここで周りを見回してからかうやつがいないか確認するところだが、戸塚は男だ、心配ない。
「ほんと?…よかったぁ」
ほっと胸を撫で下ろしながら言う戸塚だったが、俺はチケットに書かれている文字に目が止まった。
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初投稿です。
文才が無い為面白くない上にキャラ崩壊してしまうかもしれませんがそれでも大丈夫な方、暇潰しに読んでいただけたら嬉しいです。
「ん、ちょっと待て。これ男女限定って書いてあるじゃねーか」
「そう、なんだよね。やっぱり男同士じゃだめかな…?お願いしたらいけるかなーなんて、あはは…」
戸塚にお願いされても断るやつなんていないと思うが、ここまではっきりと男女限定と書かれていたら無理だと考えるのが普通だ。だがあいにく俺は普通じゃない。
「戸塚が女装すればいけるかもしれない。いや、絶対イケる」
「え、女装…」
戸塚は顔を俯かせてしまう。普段から女の子扱いされることを嫌がる戸塚だ、無理もないだろう。ちょっと女装見たさに言ってみたことだったが強要するつもりはない。
「やっぱり嫌だよな…。旅行なら俺じゃなくて女子と行くのがいいんじゃ」
「嫌だっ」
珍しく強い口調に聞こえる戸塚の声に俺の言葉は遮られてしまった。
「ぼくは八幡といきたいんだ。その為だったら、その、女装だって…する」
「戸塚、無理しなくていいんだぞ…」
「ううん、ぼく、がんばるよ。練習だってする。だからはい、これ」
…練習?何の練習がいるのか気になったが、戸塚は笑顔に戻りチケットを手渡してきたのでそれを聞くことはしなかった。
「それじゃあ当日楽しみにしてるね、はちまんっ」
「おう」
楽しみにしていた日がやって来た。誰だ時間を意識すると長く感じるって言ったやつは。その通りじゃねえか馬鹿野郎。
荷造りは一週間前に終えていたが今日が楽しみ過ぎて一睡もしていない上に2時間も早く待ち合わせ場所に来てしまった。
「少し寝るか」
体調を崩して戸塚とのデートを台無しにしても…ってあれ、これデートだよな?デートってことで合ってるよな?
ぼっちを極めし俺にとって一人で過ごす時間はもはや苦ではないと思っていたが、戸塚とデートという言葉を意識してしまって寝れるか不安になった。
「…ちまん、…きて、……起きて、はちまんっ」
俺の肩を揺さぶりながら俺の名前を呼ぶ声が聞こえてくる。俺の名前を呼ぶ、というか知っているやつは少ない。故にこの甘やかな声とやわらかな手の感触、きっと戸塚に違いない。不安と思いながら結局寝てたのか俺。申し訳ないと思いながら俺は声がする方へと意識を集中させていった。
「あ、やっと起きた。おはよ、八幡」
「すまん、寝てしまってた」
「うん、知ってる」
目を擦ってぼやけていた視界から解放され、ふふっと笑う戸塚を見るとあらやだ何この天使。思わず凝視してしまう。
「…はち、まん?」
「今から一緒に寝よう。あれでもそういうホテル行ったことないからわかんねえ。くそ、親とか教師とかはこういう実践的なことを教えるべきだよなまったく」
「ごめん八幡、早口すぎて聞き取れなかった…。あと、そんなに見つめられると、ちょっと困る…」
「わ、わりぃ」
顔を赤らめ身体の前で手を組んで上目遣いになった戸塚は続けて言う。
「やっぱり…こんな格好、変、かな…?」
顔ばかり見ていた俺だったがそう言われて少し顔を引いて戸塚の全身を捉えた。
露出度が少ない白いロングスカートに栗色のジップパーカーの前を半分締めて緩く着ているその姿は、なんとも戸塚のボーイッシュさを残しながらも誰も男だと疑わない、見事なマッチング具合を魅せていた。
「全然変じゃない、凄く可愛い…」
「ほんとに?…えへへ、ありがと」
おいおいおいおい、軽い冗談も言えなくなるくらいかなり油断してたわ。女装を薦めたのが俺の間違いだった。いや間違いじゃないんだが。
このままだと俺が戸塚に求婚して砕けるまでの時間はそれほど長くない。…やっぱ砕けちゃうのね。
というか今日の戸塚、可愛いと言っても不機嫌にならないな。試しに正直な気持ちをもう一度。
「戸塚、世界一可愛いよ」
「むー…」
あれ?やっぱりだめ?可愛いって言うと怒っちゃう?そんな顔して怒る戸塚も可愛いけど!
「八幡、今日はぼく…わ、私のこと名前で呼ばないとだめだよっ」
めちゃくちゃに顔を赤くしながら身を乗り出してそう訴えてきた。不機嫌になったポイントは呼び方の問題だったのね、と納得したと同時に更なる疑問が押し寄せてきた。
「分かったけど…わたし?」
「男女限定ってことは、その、恋人ってことでしょ…?だから今日の八幡はぼ、私の…か、彼氏で…その…」
「な、なるほど」
これ以上もじもじと艶めかしく動かれると色々と俺がまずいので戸塚の言葉を途中で制した。
色々飛躍してるとは思ったが、要は今日は恋人同士になり切ろうってことだな。前に戸塚は練習するとか言っていたがおそらくこれのことだろう。
「うん…だから今日はよろしくね?はちまんっ」
思い切ったようにぐいっと俺の腕を抱き寄せて絡めてくる戸塚に俺は思わず赤面してしまう。
「お、おうっ」
上擦った声で返事した俺は今日一日暴走せずに乗り切れるか不安で仕方が無かったが、そんなこんなで戸塚とデートの一日は始まった。
「……………」
新幹線に乗り込んでまもなく、俺は千載一遇とも言える好機もとい危機に際していた。
「戸塚…何も新幹線の中でも」
「八幡?」
「さ、彩加、何も新幹線の中でも腕を組む必要はないんじゃないのか」
「恋人っていつも身体をくっつけてると思うんだけど違うのかな…?」
いやそれを俺に聞かれても困る、と言いたいところだったが戸塚にそれを言うのはなんとなく憚られた。
でも確かにそこら中のカップルは常にお互いの身体を触り合ってるよな。
現に通路を挟んだ隣のシートでは1組のカップルが互いに菓子を食べさせ合ってるし。なんなの?そうしないとエネルギー不足か何かで死ぬの?
「……八幡?」
「ん?」
バカップルから戸塚へ視線を戻すとおいおいまじか。
同じく一連のやりとりを見ていたのだろう、感化されたらしい戸塚は俺の方へチョコが塗られた棒を差し出している。
何も卑猥なことはないぞ。絶対だ。
「はい、あーん」
「こひゅっ……」
差し出してくる戸塚が可愛すぎて呼吸が詰まって変な音が出た。この笑顔、守りたい。
笑顔を守るべく俺は戸塚の差し出した菓子をかじると戸塚は満足気に微笑み、残った部分を口に入れていた。
「八幡、おいしいね」
戸塚が口にした時に出た乾いた菓子の音が俺の脳内にこだましている。
俺は瞬間的に言葉を失ってしまったが、これだけは言っておきたい。
「充電完了」
「……?」
戸塚は俺が言った意味が分からないのか小首をかしげていたが、取り出した菓子を片付けるとすぐさま再び腕を絡めてきた。
「お、おい…」
「どうしたの?」
「さっき言ったことはわからんでもないんだが、彩加がそうしてると寝られないんだよな…」
さっきからずっといい匂いしてるし。
「もう、まだ乗ったばかりだよ?」
くすくすと手を口に当てながら笑う戸塚を見ていたら変な気持ちになりそうだ。
今にも愚息がおはよーとか言いながら起きてきそうだし。
「でも私も少し眠たいな。楽しみすぎて昨日の夜は全然眠れなかったし」
「俺はそれでここ一週間睡眠不足だ」
「え!?じゃあ眠たいよね。ごめんね八幡…」
「彩加が謝る必要は無いぞ。勝手に俺が寝られなくなっただけだ」
「でも……あ、そうだ」
「ん?」
戸塚は何か思いついたように手を打つと微笑みながら俺に言ってきた。
「私の肩、使っていいよ?」
ぽんぽんと自分の肩を叩きながらそう言う戸塚は、言葉自体はなんとも男前だがビジュアルは天使以外の何者でもなかった。
おまけに今日の戸塚の格好は女の子だ。そうだ、戸塚は女の子なのだ。何も問題はないのだ!
「いや、大丈夫だ」
心が大丈夫だと思っても行動に移せない俺はやはりヘタレだった。
「そうなの…?もし必要なときはいつでもいいからね?」
「さんきゅ…」
少し残念そうな戸塚の表情にもどぎまぎしてしまう俺は頬を掻きながら前を向いた。
程なくしてトン、と何かが俺の肩にぶつかる感触がした。
何かがというかこの場合窓側に座っている戸塚しかあり得ないわけだが。
「ふぁ…ごめんはちまん…寝ちゃってたみたい…」
眠っていたらしい戸塚が傾いて俺の肩にぶつかって目が覚めたということなのだろう。
かわいいなぁまったく。男比企谷八幡、ここはビシッと決めてやるぜ。
「っししし仕方ないから俺の肩貸すぞ?べ、別に変な意味じゃないから、な?な?」
我ながら気持ち悪い勧誘になってしまったと思う。
とんでもなくどもったし。
「ふふ……それじゃ、お借りします」
しかし戸塚は意外にも素直に俺の勧誘を受け止めた。
そしてまたトン、と俺の肩に頭が寄せられてきた。
ふわっと香る甘い匂い。近くで感じる戸塚の吐息。両手を身体の前で組むしおらしい姿。
そのどれもが刺激的だったが、気持ちよさそうに眠る戸塚の顔を見ると充足感に似た表現し難い感情が俺を満たし、緊張も解れていった。
「おーい起きろ、彩加」
「ん…んん…」
「もうすぐ着くみたいだぞ」
もうすぐ予定の降車駅に到着するというアナウンスがあったから戸塚に声をかける。
「……あれ、もしかしてずっと寝ちゃってた?」
「まあな」
「ご、ごめんね八幡…ずっと寝るつもりは無かったんだけど…」
「俺も寝てたし気にするな」
もちろん嘘だ。心は極めて冷静だったと思うが、脳は完全に興奮し覚醒していたらしい俺は全く眠れなかった。
俺の脳ってば正直。
だがそんなに大したことでもないと思うことでも本当に申し訳無さそうに謝ってこられるとこっちのほうが申し訳なくなる。
「そうなの…?」
「おう、降りるぞ」
「う、うんっ」
しばらく歩いた俺達は宿泊する旅館に着いた。
途中周囲の人の視線を感じていたのはたぶん気のせいじゃないだろう。
戸塚のような美少女を連れて歩いているのだ。俺が通行人だったら二度見いや五度見するまである。
そんなことを知るよしもない戸塚は到着した旅館を前に声を漏らしていた。
「うわぁ…おっきいねぇ」
「すまんもう一回言ってくれ」
「おっきいねぇ…?」
目を瞑って聞くと尚素晴らしい。僕、満足!
「………?」
おっといけない、戸塚が困った顔で見ている。悪ふざけはこの辺りにしておこう。
「よし、チェックインするか」
「うんっ!」
戸塚はまたスッと俺の隣に立って腕を絡めてきた。そうだったよな、恋人を装わないといけないもんな。
あまりにも自然過ぎて、あれ俺こんな可愛い彼女いたっけって思っちゃったじゃない。
「お部屋はこちらでございます」
フロントで無事用を済ませた俺達は旅館の従業員に部屋まで案内してもらった。
「おお」
「わぁ~」
俺と戸塚が同時に声を上げる。案内された部屋はかなり良い雰囲気の綺麗な部屋だった。
荷物を下ろし、とりあえず腰を下ろすと従業員が旅館の説明をし始めた。
「はい、大丈夫です」
注意事項は話半分に聞いていたが次の発言に俺は耳を疑った。
「貸切風呂のお時間ですが何時になさいますか?」
「はい?」
「今からですと18時からと19時からのお風呂が空いてますが」
「えーと…?」
貸切風呂があるという初耳の情報に困惑して戸塚に目をやるとニコッと微笑んできた。
キュン。いや、そうじゃなくて。
「私はどっちでもいいよ?」
「…じゃあ19時、で…」
「かしこまりました」
戸塚の笑顔に励まされて(?)困惑したまま貸切風呂の予約を完了させた。
その後旅館周辺の情報など、簡単な案内をし終えた従業員は部屋を出て行った。
「彩加、貸切風呂ってどういう…」
「びっくりした?」
「おう…」
嬉しそうにニコニコしながら言う戸塚にまた俺はドキッとしてしまう。
どうやら戸塚が用意したサプライズのようだった。
「でも貸し切りってことはつまり…混浴、だよな?」
「うん…。ちょっと恥ずかしいけど、楽しみ」
お父さんお母さん産んでくれてありがとう。
神様なんて信じない口だったが、やっぱり神様はいるかもしれない。
腕を組んで感動に耽っていると、戸塚が「あっ」と声を上げた。
「はちまんっ!これ!」
「なんだ?」
「浴衣だよ!一緒に着よう?」
やっぱり神様はいるわ!今日の八幡、キテます。戸塚に浴衣なんてもう鬼に金棒みたいな感じだな。
いや、この場合天使に弓矢か。
うんうんと俺が唸っていると戸塚はいつの間にか浴衣に着替え終わっていた。
ちょっとだけ大き目に思えるそのサイズが戸塚の可愛さに更なる磨きをかけており、浴衣の間から覗く白い胸元は刺激的過ぎて直視できなかった。
そんな俺の心情に気付くことなく戸塚が寄ってきた。
「ほら八幡も早くっ」
「おう、わかったわかった」
戸塚に急かされるようにして浴衣を渡されたのだが………戸塚さん?
「彩加、そんなに見られてると着替えにくいんだが…」
「わわ、ごめんっ」
慌てて手で目元を隠すようにする戸塚。いやいや、指の隙間から見えてるよねそれ。
「…脱ぐぞ」
「う、うん…」
何この宣言とか思いながらも、戸塚が諦めてくれないので俺は浴衣へ着替え始めた。
「ぁ…」
着替える途中、戸塚の小さい声が聞こえたような気もしたが俺はそれどころじゃなかった。
「これどうやって締めるんだったか」
帯の締め方が分からなかった。
小さいころ家族に連れられて浴衣を着て祭りに行ったことがあるが、あの時は着せてもらったしな。
「貸して?」
「ん」
「ふふっ…八幡亡くなった人みたいになってるよ」
「え」
確かに死んだ目をしているかもしれないが戸塚に言われるとなんだか悲しい。
「上になる方が逆だよ。これだと死に装束」
戸塚はよほど面白いのかくすくすと笑いながら俺の浴衣を着付けてくれる。
後ろから腕を回しながら手伝ってくれる姿を俺は鏡越しに見ていた。
「…………」
「これでよしっと」
「おう…助かった」
「うん、似合ってるよ八幡」
そう言って鏡の前に二人で肩を並べ褒めてくれる戸塚の言葉にしまったと後悔した。
こういうのは男から褒めるのが普通だろうきっと。
「彩加も似合ってるぞ」
「…あ、ありがと」
恥じらうとつかわいい。
そんな戸塚を見つ続けていたら鏡越しにまた戸塚と目が合った。
「見過ぎだよ、はちまん…」
俺の裾を握りながら俺の後ろに隠れてしまうとつかわいい。
鏡を介して見つめ合うとかなんかエロいもといロマンチックだな。
戸塚が耐えられないといった様子で裾を握る力を強めて引っ張ってくるので、俺は話を切り出した。
「外、歩くか」
「うんっ」
旅館を出た俺達は波の音に誘われるようにして海岸へやって来た。
「海きれいだね」
「お前の方が綺麗だよ」
「え?八幡なに?」
「おう、なんでもないぞ」
遺憾なく難聴スキルを発揮する戸塚に寧ろ感謝しながら浜辺を歩く。
浴びる海風は心地よく、夕暮れに染まる海はとても綺麗だった。
歩きにくいのか戸塚がまた腕を絡めてきたので、その方を見やると鼻歌混じりに歩いていた。
戸塚が楽しそうにしているならそれでいいか。
「…ん?八幡どうしたの?」
「楽しそうだなと思ってな」
「すごく楽しいよ。…八幡は楽しくなかった?」
しまった。そういう風に聞こえてしまう言い方だったことを俺は後悔した。
コミュニケーションって難しい。
「そういうつもりで言ったわけじゃない。俺も楽しいぞ。幸せだ」
「ほんとに…?」
「ほんとだ」
不安げな戸塚に精一杯の笑顔を向けながら俺は言った。
笑い慣れてない俺の顔は今、親にも見せられない状態になってるだろう。
「そっか、よかったぁ…。…あ、見て八幡」
ほっと胸を撫で下ろすやいなや戸塚の指が指す方を見るとぞろぞろと人が列を作って並んでいるのが見えた。
「何に並んでいるんだろう」
「行ってみるか」
俺達は並んでいる場所へと向かった。
「うわぁ、綺麗な貝がたくさん売ってるね」
「でかいな」
というか並んでいるのが皆男女の組み合わせでちょっと引いた。ということは戸塚には言わないでおこう。
そもそもこんなでかい貝をどうするんだ、と思っていると近くにいたカップルの声が聞こえてきた。
「あの辺に掛けよー!」
「その位置結構高くね?」
「がんばってよー」
なるほど、貝を木に飾るのか。よく見ると海岸に生えたそこら中の木に大きな貝が飾られてある。
貝の用途を理解したところで戸塚の呼ぶ声が聞こえてきた。
「はちまーん、こっちー」
先に購入したのか大きな貝を手に持ち、手を振って呼んでいる。
周りにいた男どもが自分の彼女そっち置きで戸塚を見ている。俺の彼女だぞ、手出すなよ。
「その貝木に飾るみたいだな。俺も買ってくるから少し待っててくれるか」
睨みをきかせながら戸塚のもとに辿り着いた俺はまた踵を返そうとしたが、それを戸塚が止めた。
「ううん、大丈夫だよ」
「え、だって一枚しかないだろ?」
「一枚でいいみたいだよ。1組1枚で好きな内容を書くみたい」
「へぇ、なんともリア充たちが好き好みそうなやり方だな」
「あはは…。何て書こう?」
ペンを口元に当てながら戸塚が聞いてくる。そのペン後でくれ。
「他のやつは名前とかメッセージを書いてるみたいだな」
「ふーん…じゃあ八幡、名前書いて!」
そう言われて俺は貝殻の裏に自分の名前を書き、戸塚に渡したのだが戸塚は名前を書き終えたところでじーっと固まってしまった。
「どうかしたか?」
「えっ、ううん、なんでもないよ?」
どこか焦っているように見えた戸塚だったが、そこを詮索するつもりはない。
気づいていないように振る舞うのが紳士ってやつだろう。
「そうか」
そう言って俺は海を眺めた。
冬が明けたと言っても夕日が沈むにはまだ少し早い気もした。
それでも一日の終わりを伝える日没の瞬間は寂しくも美しかった。
海なんて場所はリア充しか居ないうるさくて汚い場所としか思っていなかったが、案外そうでもないな。
…柄でもねえな。戸塚と一緒にいるからだということにしておくか。
「でーきた」
可愛らしく満足気に完成を伝える戸塚を見ると、胸の前で貝を持ち笑顔で俺を見ていた。
「なんて書いたんだ?」
「んー、教えて欲しい?」
いたずらっぽく問いかけてくる。
何この可愛い小悪魔。まじで彼女にしたい。
「…教えて欲しい」
「じゃあ木にかけて?」
「おう、ここら辺でいいか?」
「うんっ」
戸塚から貝を受け取った俺は木に掛けようとしたところで書かれた文字が目に入った。
八幡と書かれた俺の字と戸塚の書いた彩加という字の間にはハートが書かれており、大好き!これからもよろしく!と添えてあった。
なんともシンプルで戸塚らしいと思ったが、ハートと大好きの意味はどういう意味なんだろうか…。
それを考えるとやはりどぎまぎしてしまった。
チラリと戸塚の方を見ると俺に文字を見られたことに気づいたのか、戸塚も恥ずかしそうに俺の方を見ている。
「こ、こんな感じでいいか」
「うん、お疲れ様八幡!」
お疲れ様と言われるようなことは特にしていないのだが、戸塚に言われると全く悪い気はしない。
寧ろ毎日仕事から帰った時に言って欲しい。
でもあれか、働かないから意味ないか。残念。
いや待てよ。戸塚を養えるなら働くことも悪く無いか?
そんなことを考えていると「はい」と言って戸塚が携帯を渡してきた。
「じゃ、写真とろっか」
俺が撮るってことだよな。
他人の写真を撮ることはプロ並みに上手くとも、自分撮りの技術はないんだが…と思いつつも戸塚の頼みならば断ることはできまい。
なんとか掛けた貝も映るように位置を調整し、あとはシャッターを切るのみとなった。
「んじゃ撮るぞ…」
「お願いします」
近い近い…。それ以上くっつかれるとせっかくの手ブレ補正の意味がなくなるから頼むぜ戸塚さんよ。
「…はい、ピーナッツ」
しかし俺の懸念と裏腹に合図の途中でただでさえ近かった戸塚はぐいっと顔を近づけてきた。
そしてカシャッと独特な電子音が鳴ったと同時に、俺の頬に柔らかい感触が伝わる。
一瞬過ぎて何が起きたのか分からなかったが、ふわりと漂う甘い香りと頬の感触は永遠に残るのではないかと思うほど鮮明で強烈な実感をもたらしていた。
「…………」
「ど、どんな風に撮れたっ?見せて?」
黙って固まっていた俺を気にかけて戸塚が声をかけてくれた。
言われた通りに携帯を返すと、撮れた写真を確認した戸塚は顔を真っ赤にしてしまった。
「う、うん!すごく良く撮れてるよ八幡!ありがとう!」
「そ、そうか、それはよかった…」
ははは、と空笑いになってしまう俺だったが無理もない。
だって今…キス、されたよな?おそらく頬の感触は本物だ。
いくら俺が戸塚にキスされたいとか思っていてもさすがに妄想であの感触は味わえないだろう。
味わえるなら妄想の道を超極めたい。
「八幡、戻ろ?」
「あ、ああ」
頬に残る感触を思うととても戸塚の顔を直視することはできず、真意ばかりが気になった。
だが俺はそれを確かめることはせず、海を背に旅館へと戻った。
部屋に戻ってくるやいなや、旅館の人が夕食を運んできてくれた。
俺と戸塚は机を挟んで向かい合わせになりながら、豪華な料理が並べられていくのを見ている。
配置が終わり旅館の人は出て行き、再び二人きりとなった。
「うわぁ、おいしそうだね」
「ああ」
「こんなに大きな蟹を食べるのはじめてだよ」
「ああ」
「お腹すいたし食べよっか」
「ああ」
「もう、ちゃんと聞いてるの八幡?」
声音が少し不機嫌になった戸塚の声に気が付き意識が現実に引き戻されたところで改めて出された食事の豪華さに気付いた。
「うおっ、まじで豪華だな」
「むぅ…」
しまった、戸塚の好感度を下げてしまう痛恨のミス!俺としたことが…!
しかし会食じゃなくて部屋出しの時点でそこそこ良いと思うんだが、こんな豪華なのものを高校生が食べていいのかってレベルだぞ。
とか思いつつも俺達は食べ始めた。
それからというもの、特に心配していたような気まずい雰囲気になることは無く、普段通りに会話を楽しみながら俺達は食事を終えた。
「食った食った」
「ごちそうさまでした」
満たされた腹を撫でていると、旅館の人が片付けにやってきた。
「いかがでした?」
そして片付けながら旅館の人は俺達に話しかけてきた。
「おいしかったです」
戸塚も俺が言った言葉に同調するように微笑みながら頷いて見せた。
「そうですか、ありがとうございます。お二人は学生さんですか?」
「あ、はいそうです」
関係ないけどなんでこういう初対面の人と話す時って初めに「あ」が付くんだろうな。
コンビニで「レシートは要りますか」とか「スプーンお付けしましょうか」とかの度に「あ、大丈夫です」って言うの自分で結構気になってたりする。
俺はそれが嫌で最近は手話で対応するようになった。まあどうでもいいけど。
「若くていいねぇ。こんな可愛い彼女さんもいて」
高校生だということが分かった途端敬語じゃなくなったことが多少気になったが、戸塚を褒めてくれたので許すことにした。
「はは、俺には勿体無いですよまったく」
「そんな、はちまん…」
本当の彼女であるかどうかはさておき正直な気持ちを言ったまでだが、俺の言葉に戸塚はもじもじとしていた。
「いいえ、お似合いだと思いますよ」
「は、はぁ…ども…」
お世辞にしか聞こえない言葉に俺の返事はぎこちないものとなってしまった。
「今からお風呂のお時間となりますが、お布団はご用意させていただいもよろしいですか?」
「お願いします」
入浴中に布団を敷いておいてもいいかの確認を最後に終えると旅館の人は部屋を出て行った。
「それじゃ八幡、お風呂いこっか」
入浴の準備を終えたらしい戸塚が待っている。
そうだった。何か重要なことを忘れていると思っていたが風呂がまだだった。
今日というこの日は俺の人生を大きく変えてしまう日かもしれない。
そう思うと緊張せずにはいられなかった。
「どうしたの八幡?いこ?」
「お、おう」
そんな風に裾を引っ張らないでくれ。
俺の心臓はもう保ちそうにないんだよ。
俺達はドアに掛けられた札を入浴中に替えると、脱衣所に入った。
「…………」
「はちまん…?大丈夫?」
「あ、いや、大丈夫だ」
全然大丈夫じゃねえ。戸塚が男か女か分かっちまうじゃねえかよ。
もしも戸塚が女だったら?何も問題ない。
もしも戸塚が男だったら?このルックスで性格も文句なし、やっぱり問題ないな。
性別がどうだろうが戸塚は戸塚だ、問題ない。大丈夫だ。
そんなことを考えていると戸塚が浴衣の帯を解いた状態で困ったように言ってきた。
「は、八幡…そんなに、見られると…困る、な…」
「す、すまん…」
やばいやばいやばい。心臓がもたねえ!血液が逆流してるかの如く熱いぞ…。
俺はほぼ反射的に身体を翻してしまった。
「ううん、どうせ今から一緒に入るんだし良いんだけれど……見つめられると、その、恥ずかしくて…」
戸塚の切ない声が俺の身体中に響き渡る。
まずい、血液が一点に集中してきたぞ。覚醒めの時か…?
理性を保っているうちに早いところ冷静さを取り戻さねば。
俺は咄嗟の判断で戸塚に先に入っててもらうよう促した。
「わ、わかった。後から行くから先に入っててくれ」
「う、うん……」
背後から衣擦れの音が聞こえてきた後、「お先に失礼します…」と告げた戸塚は浴室へと入っていった。
「……………」
とりあえず思考をリセットして、愚息が落ち着くのを待った。
きっと意味の無いことなんだろうが。
「男でも戸塚、女でも戸塚、男でも戸塚、女でも戸塚…」と呪文のように唱えながら服を脱いでいると、浴室の中から声がした。
「はちまーん、まだー?すっごく気持ち良いよー?」
これ以上抗っても仕方がない。運命なのだと理解したところで俺は浴室に入る決心をした。
身体にお湯をかけ綺麗にしたところで、一応戸塚が女だった時のことを考えてタオルで前を隠しながら湯けむりの中を進む。
「八幡、こっちこっち」
戸塚の声がする方に近づくとようやくぼんやりと姿が見えてきた。
恐る恐る少し離れた位置に俺も入る。
「ああぁ…」
湯加減の良さに我ながら情けなく気持ちの悪い声が漏れてしまった。
「ふふっ、気持ち良いね」
戸塚は俺の声を聞いてかくすくすと笑っている。
湯けむりが濃いことと戸塚が肩までお湯に浸かっていることで幸いまだ身体は見えない。
「ね、八幡…そっち行っても、いい…?」
「ちょ、ちょっと待て。ちゃんと身体にタオルをかけた状態ならいいぞ?」
「え…?」
やはり戸塚は戸塚なのだ。
俺は今このタイミングで戸塚の性別を知りたくなかったので、タオルで身体を隠すよう頼んだ。
じゃあいつ知るのかって?いつだろ。
「頼む、今はとにかく俺のためにタオルをかけた状態できてくれ!」
「ぐっじょぶ…」
「…え!?八幡っ!?」
タオルで隠しているにも関わらずこれはこれでやばすぎるビジュアルに俺の意識が遠のいたところに、慌てて戸塚が俺を支えに近づいた。
「わ、悪い、大丈夫だ」
「ほんと…?なんか、ごめんね」
戸塚は申し訳無さそうにギュッとタオルを握る手を強めて謝った。
「戸塚は何も悪くないから気にするな」
「で、でも…だってほら、八幡はぼくと一緒に入るの嫌がってるように見えたから…」
いや寧ろ超嬉しいんだが。
「嫌じゃないんだが…困る、というか…」
「困る…?」
「戸塚の裸を見たら、その…反応しちまうかもしれなくてな…」
うわぁ今俺すげえ気持ち悪いこと言ってる。
今警察呼ばれたら捕まっても文句言えない自信ある。
「反応…ぇ、ぁ…ぅ…」
俺が言った意味を理解したのか一瞬俺の下半身へ視線を下ろし、視線のやり場に困った様子でおろおろとしてしまった。そんな戸塚もかわいい。
俺の頭の中でこの手口で虐めてみたいという背徳感と戸塚の笑顔を守らなければならないという正義感が生まれたが、僅差で正義感が勝った。
「かもしれないってだけで、まだ大丈夫だから安心していいぞ!」
フォローのつもりが余計不安になるようなことを言ったかもしれないがまあいいだろう。
「そ、そうなの…?」
おずおずと確認するように視線を下ろしてくる戸塚。前言撤回、反応した。
「お、俺頭洗ってくるわ」
「う、うんっ…」
ばつが悪かったので俺は前を隠すようにしてその場を離れた。
テンポ悪くてすみませんね。
一応もう少ししたら完結させようと考えているので良ければ引き続きお付き合いください。
あとエロ展開入れるかどうしようか悩んでるので、意見いただけたら参考にさせていただきたいと思います。
意見ありがとうございます。参考にさせていただきますね。
結果希望されていた通りにいかないかもしれませんが、最後までお付き合いくださると助かります。
戸塚の身体をあまり思い出さないようにしながら頭のシャンプーを流していると後ろから声をかけられた。
「お背中お流ししましょうか?」
「え…?」
鏡を見ると、戸塚がさっきと同じように胸元にタオルを押さえ隠しながら俺の後ろにしゃがんでいた。
せっかくの戸塚の好意だ。それに二度と無いだろうこの機会を逃す手はないのでここは好意に甘えさせてもらおう。
「八幡の背中、おっきいね」
柔らかな手が俺の背中を撫でる。ふふっと笑う戸塚。八幡のここもおっきいよ。
「前は…どうしますか…?」
「前はもうだめです…」
「もうだめですか…」
よく分からないが残念そうなとつかわいい。
だがしかし敬語の戸塚はおしとやかさが限界レベル超えてもう可愛さがチート級だな。
擬似的だが尽くされてるみたいで精神的にも気持ちいい。
戸塚はきっと尽くしタイプだろうなぁ。
俺も戸塚が相手だったら尽くすと思うし、そうすれば尽くし尽くされで家庭円満も間違いなし。戸塚ルート安定し過ぎィ!
「お湯加減はどうですか?」
「丁度いいぞ」
「はい、お疲れ様でした」
「おう、ありがとな」
俺の背中を流し終えた戸塚は俺の隣の椅子に腰掛けると、こちらを見ていたずらっぽく微笑んだ。
「はいはい…」
流せってことね。分かりましたよ戸塚さん。
「ふふっ、お願いします」
「では失礼…」
「ひぁっ」
「な、なんだ?」
突然声をあげるので普通に驚いてしまった。
「ご、ごめん、ちょっとだけ八幡の手に驚いちゃっただけで…」
「そ、そうか。あまり変な声は出さないでくれな、我慢できなくなるから」
「が、我慢?」
「そう、我慢」
俺はもう正直に気持ちを伝えていくことにした。
はぐらかしてもどの道追い込まれるケースが多いと判断したからだ。
「我慢、しなくて…いいよ」
何を言い出すのこの子。
俺はなんとか手を止めることはせず、戸塚の背中を洗いながら続ける。
「いや、それはちょっとな…」
「ん、だよね……ご、ごめんね…」
何を言っても落ち込んでしまう戸塚とこの妙な雰囲気を変えたくて少しだけ俺はちょっかいをかけてみることにした。
「お客様、謝られると困ります」
「え、あ…すみません…」
「謝られると困ります」
言いながら戸塚のくびれの部分を掴む。
「は、八幡そこ、だめっ…」
身を捩って悶えた想像を超えるその反応に男八幡は屈しない。
「失礼いたしました。力加減はいかがですか」
「う、うん…気持ちいい…よ」
背中をなるべく優しく擦ってやると、戸塚は気持ちよさそうに目を瞑った。
なんかこうしてると犬みたいだな。いや戸塚の場合猫か?
つーかなんでこんなに肌白いんだ。つるつるだし。
まじで女なのか?
「八幡…?まだ流さないの…?」
見てみたいという煩悩が生まれてしまった俺は我を忘れて戸塚の背中を擦りまくっていたようである。
「お、おう、悪い」
「もう…」
困ったような笑みを浮かべている戸塚に見惚れながらも無事背中を流し終え、俺達は露天風呂へと向かった。
「おあぁ…」
「ふふっ、また変な声出してる」
「出ちゃうもんは仕方ない…ってか近くないか」
一緒に露天風呂に浸かった俺たちだったが、戸塚の距離がさっきより明らかに近い
。ナチュラル過ぎて突っ込むか迷ったが念のため突っ込んでおこう。自分の為にも。
「今日は恋人だしいいでしょ?」
時々見せるその小悪魔的表情はどこで学んだのかな?遺伝かな?お義母さんかな?
「恋人ルールまだあったんだな。さっき自分のことぼくって言ったから終わったのかと思った」
「それは…八幡だって名前で呼んでくれなくなったから…」
少し面白くなさそうに口の位置まで湯に浸かり、ぶくぶくと音を立てながら続けて言う。
「八幡は…ぼくの名前を言うの、嫌…?」
「別に嫌じゃないぞ。少し恥ずかしいだけだ」
「そうなの…?できればその、やっぱり名前で呼んで欲しいな…なんて」
そう言う戸塚も少し恥ずかしそうで、さっきよりも大きな泡と音を口で立てている。
「彩加」
「はちまん…」
戸塚は音を立てるのを止め、俺の顔を見上げている。
露出した戸塚の白い肩と頬はわずかに赤みを帯びていて、ますます色っぽくなっていた。
貸し切り風呂だからもちろんこの空間にいるのは俺と戸塚だけ。
間違ってもいいんじゃないだろうか、そんな考えが頭の中を過るとともに、俺は戸塚の潤んだ瞳に釘付けになってしまっていた。
戸塚は不安なのだろうか瞳を完全に閉じることはせず、半開きにしながら次第に俺と戸塚の顔の距離は自然と縮まり……
「危ない危ない」
「むぅ…」
俺が我に返って居直ると、戸塚は再びぶくぶくと音を立てて顔を逸らしてしまった。
「……そういえば彩加、一体どうやってチケット手に入れたんだ?」
話を変えたいと思った俺は気になっていたことを聞いてみた。
豪華な食事に貸切風呂もついているこんな良いプランのチケットをどうやって手に入れたのかは正直気になっていたからな。
「そういえば言ってなかったね。仲良くしてもらってる近所の人から頂いたんだ」
「どんだけ可愛がられてるんだ…」
「あはは…親が特に仲良くてね」
「それだったらやっぱり親御さんと来るべきだったんじゃないのか」
「ううん、それは違うんだ。八幡にはいつもお世話になってるし、それに…」
別に何も戸塚が拗ねることは言っていないのに再び姿勢を崩して俺から視線を外しながら続けて言った。
「す、好きな人と行って来なさいって言われたから…」
「す、好きな人ねぇ…」
果たしてどういう意味なのだろうか。それは友達としてなのだろうか。
友達として好きという感覚を俺は知らないから分からない。
ならば家族を思うような気持ちの好きなのか。
それなら俺が小町を思う気持ちに似ているのかもしれない。
どちらにしても嬉しいことには変わりないが、やはり俺の頭には海辺での出来事が過っていた。
「戸塚の好きの意味が分からない」
「え…」
「あ、ああすまん…」
つい思ったことがストレートに口に出てしまってたみたいだ。
だが既に口から出てしまったことだ、はっきりさせてしまうのも悪くないだろう。
「さっき海辺で写真撮った時、その…したよな?」
「え…?」
「キ、キスのことだ」
「……う、うん」
「あれも理由が分からなくてな…」
全く分からない、わけではないと思う。分かりたくないだけなのかもしれない。
もし変に俺が期待を寄せたことでまたその期待を裏切られるのが怖いから。
俺の思い込みによって戸塚に気持ち悪がられるのが単純に嫌だから。
だから俺は正直に聞いてみた。
誤解するくらいならはっきりさせたい。
戸塚と正々堂々と付き合いたいと思う俺なりの勇気だ。
「そ、そうだよね…。…うん。…ぼくは八幡のこと…なんていうか、その……」
意を決したように戸塚は一度俺の方を見たが声を詰まらせてまたすぐに顔を俯かせてしまう。
「……………」
な、なんだこの空気!経験したことがないぞ。
酸素の濃度が急に薄くなったのかってくらい息苦しい。
只ならぬ雰囲気にごくりと固唾を飲み込むがそれも喉に引っかかったように苦しい。
「ええと、その……す、すごいなぁって思ってて」
「…へ?」
突然の賞賛だったので間抜けな声が出てしまった。
「苦しい時でも誰にも言わずに頑張ってるところとか…ほんとに尊敬する、よ」
戸塚はそう言ってくれているが実際そんな格好いいものじゃない。
「…俺はそんなに苦しいと思うことしてないし、仮に苦しい状況だとしてもそれを言う相手が居ないからな」
言い終えて重い沈黙がのしかかる。
戸塚の言ってくれた言葉を完全に否定するつもりはなかったが、俺の思うところそれが事実だ。
相談する相手なんて、いない。
それなのに褒められても居心地が良くないから多少沈黙になることを狙って言ったとこもある。
そんな俺の計らいも虚しく、戸塚は沈黙を破った。
「…居ないこと無いと思う」
その声は落ち着きながらも強い声音に感じられた。
「由比ヶ浜さんや雪ノ下さんに言えばきっと助けてくれるよ…それに、ぼくだって…ぼくだって八幡の力になりたいって思ってるんだよ?」
「…………」
「こう言ってもきっと八幡は他人の力を頼らないんだと思う…。一人で頑張る八幡は凄いし尊敬もしてるよ。……けど、本当に辛い時はやっぱり頼って欲しい」
戸塚の表情はとても悲しそうで、その口から発せられた声は今にも消え入りそうだった。
黙ったままだった俺はどう言葉をかけていいのかわからず、口を開いてみたものの名前を呼ぶだけに留まってしまう。
「戸塚……」
俺の呼びかけに俯いていた戸塚は再び俺に向き直って言った。
「ぼくたち友達でしょ?」
とても優しい声だった。
しかしそう言った戸塚は柔らかく微笑んでいながらも泣き出しそうな、そんな複雑な表情をしていた。
「友達、か……」
「うん、友達」
「…………」
「だから困った時は絶対言わないとだめだよ?」
「……おう」
「約束、だからね」
「……わかった」
返事をすると戸塚は満足気に頷いていつものようにふふっと笑った。
なんだか気恥ずかしくなって顔を上げると、空にはたくさんの星が輝いていた。
そして寄り添うようにして大きく輝く満月が柔らかな光を放っている。
……友達か。俺は胸の内側が暖かくなるのを感じながら湯面から立ち上る蒸気をぼんやりと見つめ続けた。
しばらくして貸切風呂の制限時間が残り数分であることに気が付き、俺達は慌てて風呂からあがった。
余韻に浸ってて時間も忘れていたが……あれ?なんかおかしくね?いやおかしいと言ったら戸塚に失礼だし、実際戸塚の言葉は嬉しかったんだが…。
「すっごく気持よかったねー」
「…そうだな」
脱衣所で戸塚に続いて俺は髪を乾かしていた。
あ、ちなみに戸塚の裸は結局見てない。俺まじ紳士。……で間違ってないよな?あれ、見るべきとこだった?
なんか超不安になってきたんですけど。
この「人生」ってゲームの運営は早くセーブ機能実装してくれませんかね。あと大量のバグ修正も。
「…ん?どうかした?」
どうやら鏡に映る戸塚を目で追っているのに気づかれてしまったらしい。
気持ち悪いと思われていないだろうか心配。
「ああ、いやなんでもない」
髪を乾かし終えた俺は戸塚と共に脱衣所を後にしたが、部屋に着くまでの間も考えていた。
なんであんな話になったんだっけ。記憶を巡らせていたが先に部屋に到着してしまった。
部屋には既に布団が敷かれていた。そういえば風呂に入ってる間に敷いておくって言ってたな。
「…………」
布団はしっかり用意されているのだが俺達はふたりとも布団には入らず、部屋の隅に配置されたテーブルの脇に向かい合うように座っていた。
「……はふっ」
戸塚はもう眠たいのだろうか、さっきから可愛らしいあくびを繰り返している。
俺もかなり限界が近いが日々の読書が習慣づいていることもあり、旅先で宿泊しているにも関わらず普段のノリで本を読んでいた。
「そんなに眠たいのか」
「…ん、ちょっと、ね」
「…ちょっとどころじゃないって感じだけどな。さっきからあくびばかりしてるぞ」
「ばれてた」
あくびで出た涙を拭き取りながら戸塚は少し困ったように微笑み、肩をすくめてみせた。
「早そうだもんな、寝るの」
「そう、だね」
「先に寝ていいぞー」
「八幡は寝ないの?」
「俺はまだ眠たくないからな」
嘘である。今戸塚と一緒のタイミングで布団に入っても確実に寝られる気がしない。
タイミングをずらしても徹夜まである。
「目が堅いんだね八幡は」
「まあそうだな」
「……………」
「……………」
何やら視線を感じるので本から視線を外してみると、なになになんでこっち見てんの。
気になって仕方ないからやめて!
視線に気づいてからというもの、俺がチラチラと戸塚に目をやる度に目が合ってしまう。
「あ………」
なんで目が合うとちょっと赤くなって視線逸らすの。超カワイイんですけど。
戸部風に言うとまじべーわー読書どころじゃねーわー。
「……寝ないのか」
俺が咳払いでごまかしながら言うと戸塚から破壊的な言葉が返ってきた。
「…その、はちまんも……寝よ?」
ズキューン!
「ばばばばっか、おま、あーもう、仕方ねーなーははは」
動揺と歓喜が共演してしまった。
俺の反応を見た戸塚は小さく「…やった」と言って顔をほころばせると立ち上がり、布団の方へ歩いて行った。
俺も途中から読めなくなってしまった本を閉じ、後に続いて立ち上がった。
「電気消すぞー」
「うん」
戸塚が布団に入ったのを確認したところで消灯。
戸塚には堂々と眠くないと言った俺だったが、旅館の布団は肌触りが良くいつも異常に速いペースで眠気が襲ってきていた。
「八幡…?」
「んー」
俺が寝ぼけ半分に返事を返すと戸塚がまた俺の目を覚ますようなことを言ってきた。
いや良い意味でなんだが。
「…もうちょっと、近くに寄ってもいいかな…?」
「…なんだ、今更だな。…いいぞ」
「…ほんと?ありがとう」
冷静さを装って返事してみたつもりだが、もう完全に目覚めちゃってます。
どこいった俺の眠気。
「よいしょっと…」
「……………」
俺の布団とぴったりくっつけた戸塚はまた布団に入ると、深く掛け布団を被り顔だけ出して少し恥ずかしそうに微笑んだ。
距離も目と鼻の先くらいにかなり近くなって暗闇と言えどはっきりと顔も見えるし、何より息が、戸塚の息がかかって上手く呼吸できない!
「八幡?少し顔が赤い気がするけど大丈夫?」
「…あ、ああ大丈夫だ、なんでもない」
「そう…?のぼせちゃったのかな?」
「…かもな」
呼吸の我慢の限界と気恥ずかしさに耐えられなくなった俺は反対側に寝返りを打ってごまかした。
後ろから戸塚が続けて声をかけてくる。
「……今日は楽しかったね」
「そうだな。温泉も気持ちよかったしな」
もちろん色んな意味で。
「うん。…本当に八幡と来れて良かった。ありがとう」
「俺の方こそありがとな。…でも俺としては他のやつと行ったほうが楽しめたんじゃないのかって思うけどな。ほら、部活の友達とかの方が話も合うだろう」
「もう、八幡……。お風呂の中でも言ったけどぼくは八幡と来たかったんだよ…?」
顔は壁側を向いているため戸塚の顔を見えないが、戸塚が今困った表情をしているのは容易に分かる。
「…そうだったな」
「うん…。だから本当に、今日一日楽しかったし幸せでした。…ありがとう」
そして俺の浴衣が軽く握られ、コツンと背中に戸塚の頭が当たる感触が伝わってきた。
普段なら取り乱してもおかしくないところだが、顔を見ていないおかげか背中に預けられた感触は暖かく感じられ、俺は自然と落ち着いていた
……つもりだった。
「…八幡」
「な、なんだ」
「心臓の音、すごい…」
身体は正直なのだ。
いくら自分に言い聞かせたところでそんなごまかしは通用しない。
「と、戸塚がそうやってくっついてるからすごいことなってんだよ」
観念して正直に言うと戸塚から予想だにしない反応が返ってきた。
「うん…ぼくも、だよ…?」
「え…?」
くいくいっと裾が引っ張られ振り返ると、戸塚は恥ずかしそうにこちらを見ながら腕を広げていた。
どうやら心臓の音を聞けということらしい。
おずおずと耳を戸塚の胸のあたりに当てると心臓は確かに早いと思える速さで動いていた。
「……ね?」
「お、おう、やばいな」
確認した俺は急いで耳を離す。
それにしてもなんだ、やばいって。語彙力が急に失われて抽象的な感想しか出てこなくなったぞ。
戸塚が俺の言葉を真似て返してくる。
「うん…やばい」
戸塚のやばいで俺がやばい。もはややばいしか出てこないのがやばい。
「……最近ね、ぼく八幡の近くにいると…いつもこうなるんだ」
こうなるとはおそらく心臓のことだろう。
俺のせいで戸塚が苦しい思いをしている!
病院に行ったほうがいいんじゃ…と言おうか迷ったが、戸塚はいつも通りでふざけた様子ではないので俺は黙って聞いていた。
「……学校でおはよって言うだけでもどきどきするんだ。今日だっていつもより八幡の近くにいることができて………ずっとどきどき、してた」
「……………」
「でもそのどきどきは…なんていうか、全然嫌じゃなくて……それで今日確信したよ。…やっぱり、ぼく……」
向かい合う戸塚の顔の赤さが一段と増したように見えた。そして少しの間隔があったあとでその言葉を戸塚は口にした。
「八幡のこと、好きだなぁって……」
「っ………」
恥ずかしそうに微笑むその顔に俺は釘付けになった。
決して逸らすことが許されないわけではない。
いつものように耐えられなくて逸らすこともできるだろう。
だが今はそうしたくなかった。ずっと見ていたいとさえ思った。
そこで俺に風呂場での記憶が蘇ってくる。戸塚が俺にかけてくれたあの言葉。
「でもそれは友達としての……」
しかし俺の言葉は途中で戸塚に遮られた。
「ううん……恋人として好き、なんだと思う…。今日だって本当の恋人じゃなかったけど、恋人だったらいいなぁなんて思うくらいに……好き」
またしても戸塚の澄んだ瞳に釘付けになる。
外からうっすら差し込んだ月明かりが微笑みを浮かべる戸塚のその表情にえも言われぬ魅力を与えていた。
「……………」
俺は硬直してしまっていた。顔が熱いのが分かる。
今の俺、どんな表情してるんだろう。
そんなどうでもいいことは頭に浮かぶのに、俺の口は思ったように動かなくなっていた。
見つめ合う状態が続くこと数秒、戸塚の顔がぼんっと赤くなったかと思うと慌てた口調で切り出した。
「…っ!ご、ごめんねっ!そんなこと言われても八幡は困っちゃうよね!…い、今の忘れてっ…」
そう言ってバサッとかけ布団を被り隠れようとする戸塚の手首を咄嗟に俺は掴んでいた。
半ば押し倒したような態勢になる。
「はち…まん…?」
見ると戸塚の顔はまだ赤く、泣きそうになっていた。
即座に返事をすることができず、こんな表情にさせてしまったことを心の中で詫びる。
敢えて口にしなかったのは、今は謝るところじゃないと思ったからだ。
「まあ、その……ありがとな」
「ん……」
泣きそうなまま小さく返事をする戸塚。
…今度は俺の気持ちを伝える番、だよな。
「……実は俺も戸塚のこと……結構、好きだ」
「えっ……?」
やはりこういう時でも俺のヘタレさは裏切らない。
結構とか余計な言葉がついてしまったが、俺の言葉を聞いて驚いた様子の戸塚だった。
だがすぐに目だけを逸らした。
そして思い出したかのように横目でチラチラと恥ずかしそうに俺に目配せをしながら戸塚は言う。
「でも、その…ぼく、男の子、だよ…?」
「戸塚が男だとかそういうのはもうどうでもいい。男だろうが女だろうが戸塚は戸塚だ」
驚いた様子の戸塚に俺は続ける。
「…つーか、それ言ったら俺だって男だ。それでも良いから戸塚は言ってきたんだろ?…一緒だろ」
「はちまん……」
戸塚が俺を見つめる。
その綺麗な瞳に吸い込まれそうになった俺は目を逸らし、急いで戸塚の腕から手を離した。
「……はちまん?」
「ん…」
横を向いた俺の顔に戸塚のひんやりとした両手が添えられ、優しい力でゆっくりと戸塚の方へ顔の向きを戻される。
頬はまだうっすらと赤く、瞳は潤んでいた。
そして戸塚は少し多めに息を吸い込んで言った。
「……ありがとう…大好き」
戸塚が言い終わるとほぼ同時にゆっくりと俺の顔は添えられた手によって戸塚の顔の方へ引き寄せられていき……唇と唇が触れた。
それはとても自然で、それでいて時が止まったように感じられて。
どれほどの間口付け合っていたのかはわからないが、遅れて俺の唇に柔らかな感触と唇を離した時に漏れた戸塚の吐息がかかった感触がやってきた。
「戸塚……」
顔を離し再び顔を見ると戸塚は目に涙を溜めていたが、すぐに微笑んで言った。
「ふふっ…しちゃった」
その表情は最高に艶やかだった。
俺が戸塚の上に馬乗りになっていたせいで戸塚の浴衣がわずかにはだけて片方の肩があらわになっている。
これは…間違えそう。
だが間違える前に言うべきことを言っておこう。本当の意味で戸塚の言葉に応えたい。
それに俺の場合おそらく今じゃないと言えない。そう思った俺は思い切ってその言葉を口にした。
「……彩加、付き合うか」
恥ずかしすぎてなんか上から目線な言い方になってしまった。
おまけに目も合わせられてないしどこ向いて言ってんだって言われるまである。
でも戸塚はそんな俺の言い方など意に介した様子もなく、応えた。
「……はいっ、よろしくお願いします」
微笑んで応えたその表情を見た俺は一層の愛おしさを感じ、大切にすると誓うとともに人生最高の幸せを噛みしめた。
そして思ったのだった
………こんな青春ラブコメがあってもいいんじゃないか、と。
だらだらと続いてしまった挙句なんとも締りの悪い終わり方になってしまったかもしれませんが、
とりあえずは一旦終わり?とさせていただきたいと思います。
暇潰しに付き合ってくださりありがとうございました!
http://i.imgur.com/6ofIeJZ.jpg
このSSまとめへのコメント
キマシタワー!
素晴らしい
ただただ素晴らしい