俺「DQNが店員にクレームをつけてるので妄想することにした」(29)

休日の昼下がり、俺はとあるカラオケ店にやってきた。

目的は一人カラオケ、いわゆる“ヒトカラ”というやつだ。



といっても、俺はカラオケが上手くなりたいとか、十八番を増やしたいとか、

そんなつもりは全くない。



一人で一時間あるいは二時間ぐらい歌うととてもスッキリするのである。

俺はペースにして、三ヶ月に一回ぐらい、このヒトカラを行っている。

特に大きな仕事が控えている時などは、ヒトカラは欠かせない。

俺の行きつけのカラオケボックスは自宅から自転車で15分ほどのところにある。

はっきりいってしまえば、場末のカラオケボックスといえる。



調べたことはないが、多分チェーン店とかではないんじゃなかろうか。

仮に他に店舗があったとしても、せいぜい数件、といったところだろう。

だからこそ、ヒトカラに来やすいともいえるのだが。



繁華街にあるような大型カラオケ店でヒトカラってのはちょっと気が引けるし。

(そういうところでヒトカラしてる人がいたらすみません)

当然受付は一つしかなく、二組以上客がいたら、一組は後ろに並ぶしかない。



ただし、俺は今までにそういう場面に遭遇したことはない。

俺が意図的に、カラオケボックスが混む時間帯を避けているのもあるが、

ぶっちゃけ流行ってないんだろう。そろそろ潰れるかもしれない。



当然今日も、ストレートに受付し、すぐに部屋に入れる、と思っていた。

ところが、先客がいた。



髪を派手な色に染め、ピアスをいくつかつけた、中肉中背の青年。

ようするにDQNである。DQNはなにやらクレームをつけているようだった。



DQN「…………!」

店員「…………」ペコペコ…



すごい勢いで怒号を発するDQNと、平謝りする店員。



受付が一つしかない以上、俺がカラオケを楽しむには彼らのやり取りが終わるのを

じっと待つしかない。

DQN「…………!」

店員「…………」ペコペコ…

DQN「…………!」

店員「…………」ペコペコ…



DQNが怖くあまり近づけないので、二人がどんなやり取りをしてるのかは分からない。



ここで「ちょいとお前さん、少し落ち着いたらどうだい」と近寄って

小粋に仲裁できれば最高だが、失敗するのは目に見えている。

下手すると、DQNの矛先が俺に向いてくるかもしれない。それは御免こうむる。

結局、待つしかないのだ。

さて、こういう客と店員がなにやら言い合いをしている場面を見るのは、

決して初めてではない。



俺はこういう場合、たとえ事情を知らなくても、店員に肩入れしてしまう。

といっても実際に口を出すわけではないので、感情移入といった方がいいかもしれない。

ようするに、客が悪で、店員が善だと判断してしまうのだ。

これには理由があって、一つは俺自身も接客業の経験があるからだ。



特にスーパーマーケットでバイトをしていた時などはひどかった。

やれ欲しい商品がないだの、レイアウトを勝手に変更するなだの、

挨拶が大きいだの小さいだの、空調を止めろだの強くしろだの、

下らないことでイチャモンをつけてくる客のなんと多いことか。



だから、今回の件もDQNの方が悪いんだろう、となんとなく思ってしまうのだ。

もう一つは、DQNの態度だ。



カラオケボックスで起こりうるクレームといえば、

たとえば機械の調子が悪いとか、頼んでない飲み物が出てきたとか、

時間と料金の計算がおかしい、とかだいたいこんなところだろう。



もし俺がこれらの事態に遭遇したとしても、文句の一つや二つはいうだろう。

だが、DQNの態度はいくらなんでもひどすぎだ。



仮にカラオケ店に100%非があったとしても、DQNの高圧的な態度は

それを帳消しにして一気に自分を悪者に持っていってしまっているレベルである。

そんなに気に食わないことがあったなら、とっとと店を出ればいいのである。

この時点で、俺の中でDQNは完全に悪役になった。

ここまで考えたところで、ふと受付を見ると──



DQN「…………!」

店員「…………」ペコペコ…

DQN「…………!」

店員「…………」ペコペコ…



まだやっている。終わる気配すらない。

DQNは親の仇とでも相対したかのように、なにやらわめいている。

あの大人しそうな店員の気持ちを考えると、胃が痛くなる思いだ。

俺の中で、DQNはどうしようもない悪者だと結論づけられようとしていた。



しかし、これでは少々つまらない。ちょっと不公平な気もする。

というわけで、俺は妄想することにした。

どういう妄想かというと、あのDQNはあの店員に本当に親を殺されたという妄想だ。

どうせあの口論はもうしばらくかかりそうだし、ちょうどいいヒマ潰しになりそうだ。

まずDQNの年齢を推測してみることにする。

推測に使える材料なんかほとんどないので、推測というより決めつけだが、

とにかくやってみる。



髪を染めてるし、あの店員への恫喝もなんだか手慣れたものを感じる。

だから、高校生ではなく大学生以上の年齢とするのが妥当だろう。



年齢はどうしよう。

少なくとも未成年っぽくはない。かといって20代半ばまではいってなさそうだ。

よし、20歳ということにしよう。

きっと成人式では大暴れしたにちがいない。

続いては気弱そうな店員だ。

彼は、DQNが小学生の時、DQNの両親を殺したということにする。



当時DQNは10歳ということにしよう。

一方、店員はその当時15歳だったことにする。

15歳なら人殺しの一つや二つやれるだろう。多分。



つまり、事件から10年経った今、店員は25歳だ。

フリーターというやつなのだろう。

今から10年前、事件は起こった。

当時15歳の店員は、柳生新陰流の達人であった。

だいぶ無理がある気がするが、このまま進める。



そして、初めて持った真剣で人を斬ってみたくなり、DQNの両親を斬殺したのである。

10歳だったDQNはしっかりと覚えていた。

両親を斬り殺した、にっくき仇の顔を……。

しかし、DQNは悟っていた。このままでは勝てないと。

だからDQNは示現流を習い覚えることにした。



なぜ柳生新陰流と示現流なのかというと、

俺が剣術の流派をこの二つしか知らないからである。

柳生新陰流や示現流になんの恨みもないし、というか名前しか知らない。

この二つの流派がどういうものか答えよ、とテストに出たら俺はバッテンをもらう。



とにかくここに「柳生新陰流VS示現流」の構図が生まれたのである。

両親を失ったことで、やさぐれながらも剣術を続けるDQN。

裏社会を刀一本で渡り歩き、ようやく仇の情報をつかむ。



どうやら仇は、とある小さなカラオケ店に潜伏しているようだ。

しかし、なるべくジャマが入らない時間に勝負を挑みたい。



というわけで、休日の昼間に挑むことにしたのである。

いや、だったら平日のがよくないか?

ここが妄想の限界だ。整合性が取れなくなってきた。どうしよう。

いや、このままいく。DQNはバカだから、休日に挑んでしまったのだ。

カラオケボックスに入ると、いた。

受付にいるのは、まさしくあの時両親を殺したにっくき男。



すかさず10年間の恨みつらみをぶつけるが、

店員としてもそう簡単に認めるわけにはいかず、頭を下げてごまかそうとする。

人違いです、私はそんなことやっていません、と。



しかし、DQNの記憶と直感は告げている。

人違いなんかではないと。

10分余りの押し問答の末、ついにDQNが隠し持っていた日本刀を抜く。

そっちがその気ならいいさ、人違いでもいいから斬り殺す、とすごむ。



するとどうだ。

店員の気弱そうな顔がみるみるうちに、鬼のような形相に変貌する。

そう、これこそが店員の本性。



柳生新陰流を極めし鬼と示現流を極めし悪魔。

二人の対決がついに始まったのである。

くどいようだが、俺は柳生新陰流と示現流について何も知らない。

よって、どんな戦いになるかまでは妄想できない。

──と、ここでふと顔を上げる。

いい加減妄想も限界だ。早く受付したい。ヒトカラしたい。



DQN「なぜオヤジとお袋を殺したァッ!」

店員「ふん、ただ人を斬る感触ってのを味わってみたかった。それだけさ」

DQN「テメェェェッ!」



いつの間にか、とんでもないことになっていた。

狭い店内を器用に動き回り、刀を交える二人。

時代劇でよく見る、斬り合いの場面。殺陣(たて)と呼ぶらしいアレ。

しかし、目の前で行われているのは時代劇ではなく現実の死闘である。



店員「少しはやるようだな、小僧! だが、すぐに両親のもとに送ってやる!」

DQN「ほざきやがれぇっ!」



おそらく刃渡り70センチはあるであろう、二人の日本刀がほとんど目視できない。

二人の刀捌きがそれだけ速いのだ。

まったくとんでもない戦いに巻き込まれてしまったものだ。

ここで、二人がようやく俺の存在に気づく。



DQN「待て! 客がいる! 場所を移そう!」

店員「甘いことを……あの野次馬ごと斬り飛ばしてくれる!」

DQN「非道!」



店員が俺に切っ先を向けてきた。

それをかばい、DQNは一撃をもらってしまう。

明らかな致命傷。外野に過ぎない俺から見ても、もはやDQNに勝ち目はなかった。

だが、DQNは歯を食いしばり、日本刀を渾身の力で振り下ろす。

その速度は店員の反応を超え──



DQN「ずああああっ!」

店員「ぐああっ……!」



凄まじい断末魔とともに、店員が倒れた。

仰向けに倒れた店員の体からは、真っ赤な血が……。

DQNの逆転勝利であった。

もはや死を待つのみとなったDQNは俺に刀を手渡す。



俺「大丈夫か!?」

DQN「か、介錯を……」

俺「分かった!」



次の瞬間、DQNは脇差を自らの腹に突き立てた。

俺はそれを見届けてから、涙ながらにDQNの首に刀を振り下ろした。

手前味噌になるが、首の皮一枚を残した、お手本のような介錯であった。

翌日以降、この事件はテレビで大きく報道された。

なお、俺の妄想と答え合わせをしてみたところ、おおまかな流れはあっていた。

まだまだ俺も捨てたものではない。



ただし、大きく違った箇所が一つだけあった。

それは二人の流派だ。

DQNは中条流、店員は小野派一刀流の使い手であった。



ただし、どちらも習い覚えた技術を邪剣として変貌させてしまったため、

もはや我流も同然になっていたとのことだが……。

さてと、こうしてはいられない。

足元に眠っていた自動小銃AK-47を手に、俺は立ち上がる。

最初にいったように、俺にだって大きな仕事が待っているのだ。



実は俺の正体は、90年代まで北欧に存在した王国の元王子である。

(あまりにも小さくマイナーな国なので、日本の方はほとんどご存じないと思われる)

他国と内通し、国が滅びる原因を作った裏切り者が日本に潜伏していることを知り、

この国にやって来ていたのだ。

そして、この事件の前日、ようやくその居場所を突き止めたのだ。



あのDQNは、みごと両親の仇を討ち果たした。だから、きっと俺もやり遂げてみせる。

祖国の仇討ちを!





おわり

このSSまとめへのコメント

1 :  あ   2015年08月12日 (水) 10:26:29   ID: oarD0LMs

なんかワロタ

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