千早と真美のバースデーパニック (30)
「お疲れ様でした」
レッスンを終えて帰路に着く。始めた時はまだ登り切っていなかった太陽は既に沈んでいて、人工の明かりが街を照らす。
すっかり遅くなってしまった。いくらライブを控えているからとはいえ、空が真っ暗になるまでレッスンをするのは自分でもどうかと思った。
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(明日はコンディション調整が必要かもしれないわね……)
最寄り駅で電車を降りて、今日は時間もないしお惣菜にしようとスーパーに寄り道する。
値引きされたひじき煮と筑前煮をカゴに入れて、レジに向かう途中でふとケーキが目に止まる。
(……そう言えば、今日は私の誕生日だった)
ライブの準備に忙しかったとは言え、まだ十代だと言うのに自分の誕生日を忘れるとは。
まぁ、今から祝っても遅くはないだろう。ショートケーキを一つカゴに入れて、会計を済ませて足早に自宅へ急ぐ。
甘い物を食べるなら、早めにご飯を済ませなければいけない。
お風呂の支度もしなければならないし、洗濯物もある。ゆっくりケーキを食べる時間があるかどうか……。
色々と考えを巡らせながら、自宅へと帰ってきた。
「ただいま」
鍵を開けて、誰も居ない部屋に向かって呟くと。
ぱん! ぱん!
暗闇から突然破裂音が鳴り響く。咄嗟に電気を付けると、玄関にクラッカーを持った真美が居るのが分かった。
「千早お姉ちゃん、お誕生日おめでとう!」
満面の笑みで私を祝ってくれる真美。嬉しいんだけど……嬉しいんだけど。
「あの、真美? どうしてここに?」
「千早お姉ちゃんの誕生日を祝いにやってきたのだ~!」
誇らしげに胸を張る真美。うん。嬉しいんだけど、帰りの時間とか大丈夫なのだろうか。
「真美。気持ちは嬉しいんだけど、もう夜も遅いんだから、帰りなさい」
「だいじょーぶ! 千早お姉ちゃん家に泊まるって言ってきたから!」
思わず、頭を抱えた。
「全くこの子は……私が断ったらどうするつもりだったの?」
「うっ……なんも考えてなかった……」
「はぁ……。いい? 騒がしくしない事。それが守れるならしょうがないから泊まってもいいわよ」
「やった! 千早お姉ちゃんだいすき!」
真美はぱあっと目を輝かせると、私が持っていたスーパーの袋を奪ってリビングの方まで行ってしまった。
やれやれ、と頭を軽く振って、後を追いかけるようにリビングへと向かった。
リビングの扉を開けると、そこは綺麗に飾り付けがされていて、小学校のクラス会みたいな雰囲気だ。
折り紙で作られた輪っかがカーテンの上を彩っていて、これをせっせと準備している真美を想像して、笑みがこぼれる。
きょろきょろと見渡していると、真美が何か不満そうな声を上げた事に気がついた。
そちらに顔を向けると、何故か台所に居る真美はスーパーの袋を覗き込んで顔をしかめているのが見えた。
「千早お姉ちゃん、ケーキ買っちゃったの!?」
「え? ええ……まさか真美が来ると思わなくて、一人で食べる用にって……」
「真美も買っちゃったよ~~」
そう嘆きながら真美は冷蔵庫から何か箱を取りだして、ケーキ! とにっこり笑った。
良く見ると、駅前のケーキ屋さんの名前が箱に書いてある。ここに来る前に買ったんだろう。
「なら、一緒に食べましょう?」
「ん! あ、あとね~、晩ご飯も一緒に食べようって思ってさ」
「晩ご飯?」
「じゃーん! フライドチキン!」
私にも見えるようにちょっと高く別の箱を掲げる真美。今度は一目見てあのフライドチキンと言う事が分かる。
「私、ご飯のおかずも買ってきちゃったんだけど……」
「それも全部一緒に食べればいいっしょ!」
「食べきれるかしら……」
冷めちゃったからとレンジでチキンを温めている所を見ながら、私は自分の胃袋の心配をした。
程なくして、温まったチキンとサラダと私の買ってきたお惣菜がテーブルに並ぶ。
「いただきまーす!」
「いただきます」
手が汚れないようにと紙ナプキンでチキンを食べる。一方の真美は、汚れなどお構いなし! と言わんばかりに鷲づかみして食べている。
……本当に、美味しそうに食べるわね。
数十分後に、ご飯を平らげた私達は、早速ケーキの箱に手を付ける。
真美の買ってきたケーキは、ケーキの詰め合わせだった。モンブランにチョコケーキ、チーズケーキ。
色とりどりのケーキ達が自己主張をして、目移りしてしまう。とても、美味しそう。
そう言えばこの前真美が遊びに来た時は、私はチョコケーキを食べていたわね。
お皿に取り分けて、さあ食べるかと言うまさにその時。
突然、リビングが暗闇に包まれる。停電だ。非常用の懐中電灯が確か近くに……。
がちゃん!
何かが割れる音がして、小さく悲鳴が上がる。
懐中電灯を探し出して光を真美の方に向けると、真美の足下がきらりと光を反射する。見ると、ガラスのコップが割れていて、破片が光を反射していた。
「真美、大丈夫? 怪我はない?」
慎重に真美の方へと近づくと、突然足の裏に鋭い痛みを感じる。
痛みを堪えて真美の肩を抱いてあげていると、リビングの明かりが戻る。停電は数分で復旧したようだ。
改めて見ると、ガラスの破片が結構散らばっていて、飲み物がこぼれていて……、ちょっとだけ血が床に付いていた。
「千早お姉ちゃん、ごめんなさい……コップ割っちゃって……」
「真美は悪くないわ、停電したからビックリしちゃったのよね。もう大丈夫だから」
少ししょげていた真美だけど、血痕を見たのか、急に顔つきが険しくなった。
「千早お姉ちゃん、怪我して……!」
「破片を踏んだみたい。大丈夫よこれくらい。さ、危ないから片付けましょう」
「真美がやるから待ってて。千早お姉ちゃん、新聞紙と袋ある?」
「え、えーと……台所に新聞紙と袋があるわ。ほうきとちりとりは玄関。軍手もそこに」
「分かった、すぐやるね」
真美は立ち上がって、破片を踏まないように気を付けながら玄関へと向かっていった。
偉いわね、真美……いつもは悪戯ばっかりなのに、こうやって率先して片付けしてくれて。
真美がガラスの破片を集めて捨てているのをぼんやり見ていると、今度は救急箱の在処を聞いてきた。
タンスの上と答えると、すぐに持ってきて、私の足の裏に応急手当を施す。
すぐに私の足に包帯が巻かれて、真美は満足げに二回頷いた。
「これでおっけー! んじゃ、ケーキ食べようよ!」
「そうね、ちょっと食べるのが遅くなっちゃったけど、食べましょう」
もう一度テーブルに着いた時、真美はいつものようにニコニコ笑っていた。
「真美、ありがとう」
「ふぇ? あぁ~、まっ、手当てするの慣れてるしね! 良いって事よ~!」
「ふふ、新鮮だったわ。真美があんな真剣な顔で手当てしてくれてたの」
「新鮮って……! は、恥ずかしくなるっしょ!」
顔の前で両手をぶんぶんと振って照れ隠しをする真美。何というか、可愛いわね……。
「でも、本当にありがとう。お陰ですぐ良くなりそう」
「えへへ。あんなんで良ければいつでも……って言ったらダメか。ま、怪我無いことが一番だし!」
「そうね、ふふっ。それじゃあ、いただきます」
「いただきまーす!」
真美の買ってきてくれたモンブランに口をつけると、とっても優しい味がした。
おわり
千早お誕生日おめでとう!!
と言う訳でちはまみで誕生日SSを書いてみました
もっとちはまみください
見てくれてありがとう
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