花陽「ありがとう」 (57)

ラブライブ!SSです。

約二日遅れですが、花陽誕生日SSとなります。

孤独じゃない方の花陽ソロ曲をご用意いただくとより楽しんでいただけると思います。

また、基本的にはアニメ設定準拠ですが、話のつじつまを合わせるために独自設定&解釈がありますのでご注意ください。

至らない点等ございましたら、ご指摘いただけると幸いです。




SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1421591139

ことの始まりは、ラブライブ決勝を二ヵ月後に控えた、三学期も始まって間もない日の放課後。
いつものように部室に集まり、練習が始まるまで雑談に興じていた最中の出来事でした。

 にこ「あんたたち! 全員そろってるわね!」

 花陽「あれ? にこちゃん?」

 真姫「いきなりどうしたのよ。センター試験が近いから、今日からしばらくは三年生は練習せずにみんなで勉強会って言ってなかった?」

  凛「にこちゃん……望み薄だからって今から諦めちゃうのはさすがに早いんじゃないかな……」

 にこ「つ~ね~る~わ~よ~!」ギュムム

  凛「もうつねってるにゃ~!!」

 海未「それでいったいどうしたのですか? 勉強が嫌でここに来たのなら、希にまたわしわしされる前におとなしく勉強会に向かったほうが良いと思うのですが……」

 にこ「だから違うっての!! これを見なさい、これを!」

穂乃果「なになに……区民会館多目的ホール使用許可証?」

ことり「にこちゃん、これってもしかして……」

 にこ「そ! ライブ、やるわよ! あくまでミニライブだけどね!」

  凛「やっぱりにこちゃん、勉強が嫌で……」

 にこ「し~つ~こ~い~わ~ね~!!」ギュムムム

  凛「にゃあああああ!!」

 花陽「にこちゃん、そんなに引っ張ったら凛ちゃんのほっぺた伸びちゃうよ~!」

 真姫「でもこれ、日付がセンター試験の日になってるわよ? これってどういうこと?」

 海未「にこ……さすがにセンター試験の日にライブをやるのはいくらなんでも無理があるのではないですか?」

 にこ「もちろん、私達三年生は出ないわ」

穂乃果「じゃあどうするの? さっきはミニライブって言ってたけど」

 にこ「ユニットでのミニライブよ!」

 花陽「ユニットでライブしちゃうのぉ!?」

 真姫「でも、どうしてこのタイミングでユニットでミニライブなんて考えたわけ?」

 にこ「決勝までに少しでも多くアピールしておきたいってことを考えると、全員で出れないとしても決して無駄にはならないわ」

 海未「確かに一理あるとは思いますが……具体的にはどうするつもりなのですか?」

 にこ「私達三年生は出れないけど、ちょうど三年生がいないユニットがあるでしょ。
    今回はハコも大きくないし、尺もそんなに長く取れない。そして三年生も出れない。
    でも、決勝までに少しでもいいからアピールの機会が欲しい……

    そこで思いついたのがPrintempsのミニライブ! どう? 天才的なアイディアでしょ?    
  さすが宇宙ナンバーワンアイドル、にこにーにこちゃんよね! 頭脳まで完璧!」

  凛「そこまで自画自賛できるなんて、一周回ってうらやましいにゃ!」

 真姫「ま、今に始まった話じゃないけどね」

 海未「Printempsのリーダーも穂乃果ですが……穂乃果はどうするつもりですか?」

穂乃果「にこちゃん!」ガシッ

 にこ「なによ、いきなり人の肩つかんで……」

穂乃果「本当ににこちゃん天才だよ! それ、すーっごく面白そう♪
    二人とも、ミニライブやろうよ! 絶対すごく楽しいよ!」

ことり「穂乃果ちゃんがそう言うなら、ことりも賛成です♪」

穂乃果「花陽ちゃんはどう?」

 花陽「え、私!? うーん……えーっと……」

 一同(ドキドキ)

 花陽「ユニットでの練習もしてた時期からちょっと間が空いちゃったけど……
    あまり難しい振り付けもないし、練習も間に合いそうだからやってみたい、かな」

 一同(ホッ)

穂乃果「うん! 決まりだね! Printempsのミニライブ、やっるぞー!」

 真姫「……ちょっと待って。この時間見る限り、ユニット曲の数から言って尺ギリギリどころか少し尺が余るくらいだと思うんだけど。
    9人での曲を3人バージョンにしてやるっていっても、限界があるわよ」

穂乃果「確かに、ちょっと長めにとってあるね」

 真姫(ちょっとにこちゃん、どうするつもりなの)ボソボソ

 にこ(まーかせなさいって)ボソボソ

 にこ「もちろん、その点も考えてあるわ」

  凛「MCで時間稼ぐとかかにゃ?」

 海未「この三人でのMCは収拾がつかなくなりそうで怖いですね……」   

 にこ「いいえ、違うわ。花陽!」

 花陽「は、はい!」

 にこ「あんた、ソロで一曲歌いなさい! もちろん、新曲よ!」

一年&二年「「「「「「ソロで新曲!?」」」」」」

 花陽「無理無理無理! 無理だよ~!」

 海未「待ってください、そんなこと聞いていな……ではなく、そもそもどうして花陽だけソロで歌わせるのですか?」

 にこ「花陽をもっと目立たせたいからに決まってるじゃない」

ことり「花陽ちゃんを目立たせたい?」

 にこ「そ! 一年生の中でも、真姫は作曲で評価されてるし、凛もファッションショーのイベントで大きく注目を浴びたわ。
    でも、花陽個人が大きくフォーカスされる機会ってまだなかったでしょ」

 花陽「確かに、そうだけど……」

 にこ「まだ一年生である今だからこそ、注目度を上げることは今後スクールアイドルとして活動していく上での大きなアドバンテージにつながるわ! 
    それに私は、花陽はもっと輝ける余地があると思ってる。
    だからこそ、まだ誰もやってなかったソロ曲をやってもらうことで、世間の注目度を上げつつもう一つ上のステージへ上がって欲しいの」

穂乃果「おお、にこちゃんがまるで部長みたい」

 にこ「みたいじゃなくて部長そのものよ!」

 海未「にこが真剣に花陽のことを思って提案しているのは分かりました。
    ですが、実際本番まであと二週間も無い中で新曲を完成させ、かつ歌をお客様に披露できるレベルまで高められるでしょうか……?」

ことり「確かに、あまり余裕は無いかも……衣装もちょっと厳しいかな」

 にこ「もちろん、それについても考えはあるわ。
    今回作曲担当の真姫は出演しないから手が空くし、衣装に関しては着替えに使う尺も無いから、ユニットの衣装のままで大丈夫よ。
    ステージも大きくないし、ミニライブでのソロ曲なら振り付けはなしでもいける。どう? これなら間に合うでしょ?」

穂乃果「うん、それなら間に合うよ! 私達も全力でサポートするから、やってみない? 花陽ちゃん!」

 花陽「え、えっとぉ……」

 真姫「待って! そんなに軽々しく決めていいことじゃないでしょ。目的そのものはいいと思うけど、本人の意思も尊重すべきよ」

穂乃果「あ~、真姫ちゃんは本番に間に合うよう作曲できる自信がないからそんなこと言ってるんでしょ~?」

 真姫「なっ……! できるわよそのくらい! じゃあ見てなさい、すっごくいい曲作って度肝抜いてあげるんだから!」

 花陽「ま、真姫ちゃんまで……」

  凛「かよちん」

 花陽「凛ちゃん・・・・・凛ちゃんはどう思う?」

  凛「やった方がいいと思う。絶対やるべきだよ」


にこちゃんがソロ曲を私に歌わせたい理由を語った時から、いつものおふざけモードから表情が変わっていたことには気づいていました。

もうずっと昔に思える春のあの日、μ'sに入りたいと言い出せなかった私を一生懸命後押ししてくれた時と同じ、真摯で優しいまなざし。

あの日もらった勇気が、今再び胸の中に蘇ったような心地がしました。


 花陽「私……やります。もしかしたらうまくいかないかもしれないけど、みんなに迷惑かけちゃうかもしれないけれど……
    やってみたい、です! よろしくお願いします!」ペコリ

 真姫「花陽……」

ことり「花陽ちゃん……!」

  凛「やったあ、かよちん、頑張ろうねー♪」ダキッ

 花陽「ふふっ、あんまり抱きしめられると苦しいよ~」

 海未「花陽、よく言いました。私も花陽が早く練習に入れるよう作詞を頑張りますね」

 花陽「海未ちゃん……ありがとう。私も頑張るね」

 にこ「あ、言い忘れてたけど、今回は花陽自身に作詞してもらうわ」

一年&二年「「「「「「ええっ!?」」」」」」

 にこ「当然でしょ? 今回の企画は小泉花陽という個人の魅力を知ってもらうためのものなんだから、花陽自身が伝えたいことを花陽自身の言葉で書くのが一番に決まってるわ」

 花陽「ちょっ、ちょっと待って!」

穂乃果「確かににこちゃんの言うことはもっともだよ!」

ことり「私は花陽ちゃんがどんな可愛い歌詞書くのか気になっちゃうかも♪」

 海未「今回は私の手が空きますから、添削などのサポートも十分可能でしょうし……無理な話ではないかもしれませんね」

 真姫「センター試験が終わるまでは全員揃っての練習もほとんど出来ないし、こういうのも面白いんじゃない?」

 花陽「ええぇ!? みんないいの!?」

  凛「かよちん、ファイトにゃ♪」

穂乃果「うん、ファイトだよ!」

 にこ「決まりね。期待してるわよ、花陽」

 花陽「だ、誰か助けてえええええ!?」



その日、普段は声が小さい私の絶叫が学院中に響き渡りました。


その後、真姫ちゃんから「基本的には歌詞が出来上がってから作曲をしてるから、まずは歌詞を作ってみて」と言われたので、帰った後必死に考えてみました。

でも、今私が書きたい歌詞、歌いたい言葉ってなんだろうと考えてみても、なかなか思いつきません。

もちろん、アイドルの歌ならどういう雰囲気の歌詞が多いのかはよく知っています。

でもいざ自分で歌詞を考えてみると、なかなか言葉が出てこないし、ちょっと思いついたとしても歌うのが恥ずかしくてすぐ消してしまいました。


花陽「それで結局、ノートにちょっと書いては消してを繰り返してたら何も形にならなくて……」

真姫「最初からうまくいくとは思ってなかったけど、思ったより重症みたいだから……今日の放課後練習に入る前に作詞の方針を探っておきたくて」

凛「だから、二年生のみんなにも力を貸して欲しいの!」

穂乃果「うん! 任せてよ! えっと……海未ちゃん! 何かアドバイスある?」

海未「調子のいい返事をしておきながらいきなり人任せですか! 
    そうですね。まずは大前提として、こんなことを書いたら恥ずかしいかも知れないという気持ちを捨てることでしょうか」

凛「さすが海未ちゃん!あんな歌詞書くだけあって、すごく説得力のあるアドバイスだにゃ!」

海未「凛……? それはどういう意味でしょうか」

凛「う、海未ちゃん……? 笑顔だけど目が笑ってないよ……?」

真姫「ことりは? ことりもWonder Zoneの歌詞を書いてた時にだいぶ悩んでいたみたいだったけど、どうやって乗り切ったの?」

ことり「うーん……決めたテーマについて、思っていることを正直に、誠実に書こうと思って開き直ったら、あとはスラスラ出てくるようになったかな? 
    それも穂乃果ちゃんのアドバイスがあったからなんだけどね」

穂乃果「うんうん! 花陽ちゃんも自分が好きなものについて、正直に思ったことをそのまま書いてみればいいんじゃないかな?」

花陽「な、なるほど……」

海未「とりあえずアドバイスを聞いたところで書いてみますか?」

花陽「やってみます……!」


真姫「それで、試しに一人にして作業に入らせたはいいものの……」


<アイドルノサインウレシイナ、ハイ! アトハシロイゴハンタクサンタベレタラ-!

<マンプクデ、シ・ア・ワ・セ!

<……

<ダレカタスケテー!!


穂乃果「覗いてみたらどこかで見た気がする光景が……」

ことり「あはは……」

海未「あの時はにこの提案につい乗っかってしまいましたが、本当に大丈夫でしょうか?」

真姫「もうこうなった以上やるしかないけど、さすがにちょっと心配ね」

凛「一旦止めたほうがいいのかな?」
 
真姫「そうね。……花陽、入るわよ」ガララ

花陽「あ、真姫ちゃん、みんな……」

海未「だいぶ苦戦しているようですね。少し休憩しましょう」

花陽「うん……ごめんなさい」

ことり「謝ることなんてないよ。ことりもあんな感じに苦しんでたから、花陽ちゃんの気持ち、よく分かるよ」

花陽「ありがとう、ことりちゃん」

穂乃果「でも、どうしたらうまくいくのかな?」

真姫「そうね・・・例えばワンフレーズが長くならないように気をつけたり、歌詞を作る時点である程度リズムを想像しながら書けばいいんじゃない? 
    そうすれば端的に伝わる歌詞になるし、次につながる言葉も出てきやすくなると思う」

凛「さすが真姫ちゃん、作曲担当だけあっていいこと言うにゃ」

真姫「べ、別に……こんなのただの技術論だし、作曲する側からしてもその方が楽だから言ってるだけよ」

凛「まったく、真姫ちゃんは相変わらず素直じゃないんだから。
  かよちん、凛は難しいことはよく分からないけれど、かよちん自身が伝えたいことを書くのが一番いいと思うよ」

花陽「凛ちゃん……」

そう言って、ペンを離してしまっていた私の手を握る凛ちゃん。

花陽「みんな、アドバイスありがとう。今日は練習するはずだった時間もだいぶ使っちゃったし、あとは家で頑張ってみるね」


小さなころから大好きだった、その手のぬくもり。

まだ、あきらめるには早いよね。



それから私は、練習の頭の時間を少しもらいつつ、家でも作詞作業に励みました。

やっぱりなかなか言葉は出てきてくれなかったけど、こんな自分が今はラブライブの決勝なんて舞台まで来れたこと、後ろ向きな自分を変えたいと思ってきたこと……

そんなことを考えていると、少しづつだけど歌詞が出てきました。

開き直って一度書いた歌詞は簡単に消さないようにしたら、徐々に行数が増えていったけれど……

正直、本当にこれを一人で歌うとなったら恥ずかしさで声が小さくなってしまわないかとても不安でした。

それに、正直これが歌にしてまで自分が今一番伝えたいことなのかな? っていう疑問が、つねに心の中にわだかまっていました。

もちろん、ラブライブの決勝に出れることがこの上なく嬉しくて、そんな舞台に立てるのだから自分の後ろ向きなところを変えたい、というのはまったく嘘のない本音です。

でも、それよりも前に、ずっとずっと心の中にしまってきた、言葉にしたい、伝えなきゃいけない、あふれだしそうな気持ちがある気がして……

だけど、もうそろそろ歌詞を完成させないと、間に合わなくなってしまってみんなに迷惑をかけちゃう。

それに、今作っている歌詞に自分の本音を書けているのは間違いないし……

そんなことを考えれば考えるほど、焦りと迷いが自分の心の深いところに靄のように渦巻いて、一番奥にある気持ちがなんなのかを見えなくしていきました。

結局私は、そんなもやもやを心の奥に抱えたまま、土日をかけてなんとか形にした歌詞を月曜の放課後に見せることにしました。

月曜日の放課後は、天気予報が完全に外れて土砂降りの雨。

いつものように部室に集まったみんなに、私は歌詞を印刷した紙を配りました。
紙がみんなに行き渡って、しばらくの沈黙。
最初に沈黙を破ったのは、海未ちゃんでした。

海未「私は、なかなかいいと思います。これからの意気込みと、自分を変えたいという気持ちがよく伝わってきます」

ことり「これってラブライブの決勝に出れることが嬉しいからがんばるぞー! ってことだよね? 
    花陽ちゃんもすごく出たがってたし、人一倍頑張ってたもんね」

穂乃果「もっと可愛い感じの歌詞が出てくるのかなーって思ってたからちょっと意外だったけど、ちゃんと完成させるなんてすごいよ花陽ちゃん! 真姫ちゃんはどう思う?」

真姫「私は……花陽がこれでいけるって言うならいいけど。書いたけど恥ずかしくて歌えないっていうのだけはなしね」

花陽「あはは……確かに恥ずかしいけど、そこはなんとかがんばってみるよ。……凛ちゃんは、どう思う?」

凛ちゃんだけがずっと言葉を発していないことが気になっていたので、自然な流れを装って尋ねてみました。

凛「……かよちん。一つだけ、聞かせて」

凛ちゃんは私のそばまで来たかと思うと、すぐ近くで私の目を見つめました。
どうしてか私のしたいことをいつも見透かされちゃう、純粋で優しいその瞳。

凛「かよちんは、本当に今これを一番伝えたい? ステージの上から、知って欲しいって歌に乗せたい気持ちなの?」

やっぱり、凛ちゃんは私の心の奥を見透かしていました。
でも、みんな言葉にはしなかったけれど、スケジュールの限界が迫っていることを悟っているみたいで……。
それに、作った歌詞に嘘が混じっているわけでもなければ、みんなにこれ以上迷惑をかけられないというのも本音です。

花陽「……うん。本当、だよ。自分がラブライブの決勝でライブが出来るなんて信じられないし、優勝するためにも自分を変えたいの」

この言葉にも当然、嘘偽りはありませんでした。
いえ、そう思い込もうとしていました。

凛「……嘘。嘘ついてるよね、かよちん」

花陽「……えっ」

凛「気づいてた? また、指合わせてるもん」


すっかり忘れていました。

あの日にも凛ちゃんに指摘された、私の癖……

封じ込めていたつもりの迷いは、いつの間にか胸の奥からするっと抜け出して、私の両人差し指に集まって……指先同士を結びつけいたのです。


花陽「……」

真姫「花陽……」

ことり「花陽ちゃん……」

海未「花陽、凛の言っていることは本当なのですか?」

花陽「ごめん……なさい……」


穂乃果「でも、この歌詞を見ても嘘をついてるとは思えないなあ……でも、本当は何か別に書きたいことがあったってこと、だよね?」

心の迷いを完全に見透かされてしまい、二の句も告げず俯いてしまった私を、いつもよりトーンを落とした優しい声で穂乃果ちゃんが次の言葉を促してくれました。

花陽「うん……そこに書いてあるのは、全部私の本音。憧れの舞台に立てるのが嬉しくて、みんなと居るのが楽しくて、そんなみんなと一緒に勝ちたいから強くなりたくて……
    それは全部本当なの。恥ずかしかったけれど、ちゃんと自分の言葉を隠さずに書いたつもり。
    でも……書けば書くほど、思っているのは本当だけれど、これが今一番誰かに伝えたい気持ちなのかな? って考えちゃって……
    だけど、スケジュールのこととか、失敗しちゃったらどうしようって思うと、自分が本当に伝えたい気持ちってなんなのか全然分からなくなっちゃったの。
    それでも完成はさせないと協力してくれたみんなに申し訳ないから、必死に書いたんだけれど……」

海未「そうだったのですか……やはり、今回は話が急すぎましたからね」

ことり「時間も無い中で、一人での作業だったもん……辛かったよね」

真姫「歌詞自体は形にはなってはいるけれど、花陽自身がそう思ってる以上は無理して歌う意味がどれだけあるのか疑問ね。
    それにこれから作曲して練習することまで考えると、今の時点でもうギリギリよ」

花陽「そう……だよね。だから、今回は……」


凛「かよちん!!」


諦めの言葉をつぶやこうとした瞬間、私の目の前で静かに話を聞いていた凛ちゃんが大きな声をあげて、私の両手を包むように握りました。

凛「まだ諦めちゃダメだよ! あと少しだけ頑張ってみよう? 凛も一緒に考えるから、徹夜だってなんだって一緒にするから……」

花陽「でも、私……やっぱり自分のことをうまく伝えるのは向いてないよ……」

凛「凛だって、かよちんと真姫ちゃんが背中を押してくれたからもう一度可愛い服を着る勇気が出たんだよ? 
  ぶっつけ本番のファッションショーでのライブを成功させられたんだよ? だから、かよちんだってできないわけないよ!」

花陽「凛……ちゃん……」


凛「それに凛知ってるよ、ずっと前から誰にも負けないくらいアイドルに憧れてきたことも、μ'sのみんなとがんばる中でどんどん強くなってきたことも……
  だから、憧れだけで終わらないかよちんが見たいの! かよちんが本当のアイドルとして輝く姿を見せて欲しいの! 
  なのに……ぐすっ、向いてないなんて言っちゃ、イヤ、だよぉ……!」


花陽「っ!?」


凛ちゃんの言葉が、ほとんど涙声になったところでやっと気づきました。

凛ちゃんの優しい瞳から、ぽろぽろとしずくが流れ落ちていることに……

私が情けないから。嘘をついたから。弱音を吐いたから……

小さい頃からの一番大切な友達に、こんなに悲しい顔をさせてしまった……



花陽「……ごめんなさいっ!」



その事実に耐えられなくて、凛ちゃんの泣き顔を見ていられなくて……


弱虫だった私は、教室を飛び出してしまいました。

(ほぼ同時刻、千代田区内某ハンバーガーショップ)


にこ「はあ~、こんなに毎日毎日勉強ばっかりだと、さすがの宇宙ナンバーワンアイドルの私でも身体がなまっちゃうわよ」

希「それよりも先に、そんなにたくさんハンバーガーとポテトを食べてたらそれが原因で動きが鈍くなると思うんやけどな」

絵里「そうよにこ。ほどほどにしないと練習に復帰した時に困るわよ」

にこ「うるさいわね、分かってるわよ……。勉強するとお腹すくんだもん、仕方ないじゃない」

希「決勝直前なのに、今度はにこっちのダイエットギリギリまで絞るプラン発動とか嫌やからね?」

にこ「……希、半分ポテトあげるわ」

絵里「ダイエットで思い出したんだけど、花陽はかなり作詞に苦戦しているようね……
    こちらも本番まであと少しだけれど……もし今日の段階で目処が立たないようなら、私たちからも助け舟を出したほうがいいかもしれないわね」

希「そうやね……うちの時みたいに、みんなで歌詞を出し合えばなんとか……」

にこ「ダメよ。それは絶対ダメ。一切助けを借りるなとは言わないけれど、最後まで花陽自身がやりきってこそ今回のライブは意味があるのよ」

絵里「でも……ラブライブの決勝だって控えてるのに、ここで花陽がつぶれてしまっては元も子もないわ」

希「にこっちの言いたいことはよく分かるで。でも、そもそもなんで突然こんな提案したん? 
  確かに成功すれば盛り上がるかもしれないけど、当初の主旨を考えると無理してまでやる必要があるわけでもない。
  それに、こんなん失敗したら元々の計画まで水の泡になる博打やん。
  それでもわざわざこんなことさせるってことは、何か別の意図があるんやないの?」

にこ「それは……あの子を、花陽を次期部長にしたいって思ってるからよ。これはそのために必要不可欠なステップなの」

絵里「必要不可欠なステップ?」

にこ「そ! 部長を任せるにあたって花陽にはもう一皮剥けて欲しいから、今回の計画に便乗して試練を課したのよ」

希「でも、どうして花陽ちゃんなん? やっぱりアイドルに詳しいから?」

にこ「もちろん、それもあるわ。でも一番の理由は、あの子がμ'sに入る時に言った言葉」

絵里「確か聞いた話だと……」

希「『アイドルへの情熱は誰にも負けません! 』やったっけ、確か」

にこ「そうよ。私は最初それを聞いたとき、こんな気弱そうな子がそんな啖呵切ったなんて半信半疑だったわ。
   でも、ちゃんと話してみたら、確かにアイドルの知識は本物だった。私がアイドルを語るときも、あの子だけはいつも真面目に聞いてくれた。
   いつしかこの子の情熱は本物だって思うようになってたわ。
   それに、普段は引っ込み思案だけど、必死になって私たちと一緒にここまで来たんだもの……
   心の奥に強さを秘めてることくらい、私が言わなくても二人は分かってるでしょう? 
   でも、花陽の情熱には一つだけ足りないものがある」

絵里「つまりその足りないものを身につけることが、にこが言う必要不可欠なステップってことね」

にこ「そうよ」

希「でも、その足りないものってなんなん?」

にこ「自分がアイドルであること自体への覚悟よ。
   アイドルには、たとえ恥ずかしかろうが痛いと思う人がいようが、自分の思いを届け、笑顔を届ける存在でいたいっていう覚悟が必要なの。
   アイドルが大好きだけれど、もともと引っ込み思案な花陽にはそれだけが足りてなかった。
   でも、私と同じでアイドルが好きでしょうがない後輩に、私の後を任せたいから。
   私自身、あの子が真のアイドルとして輝く姿を見たいから。
   だから、今回あの子にあんな試練を課したのよ。
   この私をさしおいて、アイドルへの情熱は誰にも負けないって言っちゃうような子だもの……やり遂げてくれるわ、絶対に」

二人「「……」」

にこ「……なによ、なんか言いなさいよ」

絵里「ハラショー……さすがにこね」

希「……うち、前から思っとったことがあるんやけど」

にこ「……だからなによ」

希「……にこっちって、めっちゃ世話焼きやんな?」

凛ちゃんの涙にショックを受けて無我夢中で走り出してしまった私は、いつの間にか階段を一番上まで上って屋上の入り口の近くまで来ていました。

でも、外は一月なのに土砂降りで、とてもじゃないけど屋上に出れる天気ではありませんでした。

走る行き先を無くしてしまった私は、だんだん歩調を弱め、それと一緒に少しづつ平静を取り戻していました。

そして屋上のドアの前で立ち止まり、覗き窓から空を見上げます。

灰色の雲から降り注ぐ大粒の雨、それを見て、やっぱり思い出すのは……


花陽(凛ちゃん、泣いてた……)


あんな表情で泣く凛ちゃんは、初めて見ました。

それに、今まで私が凛ちゃんの行動にびっくりして泣いちゃうことはあったけれど、私が傷つけたせいで凛ちゃんが泣いてしまったことは一度もありませんでした。

私がやってみるって言った時、あんなに喜んでくれたのに。

何度も励ましてくれたのに。

私が弱虫で、諦めようとしたせいで凛ちゃんは…・・・

大事な友達にしてしまった仕打ちに、消えてなくなってしまいたい気分になって、涙がこぼれて・・・・・・

私はしばらく、その場にしゃがみこんで泣いていました。



でも、泣いているうちにふと思い出しました。

私のために凛ちゃんが泣いてくれたことは、今まで何度かあったよね。

凛ちゃんが初めて私の前で泣いた、あの時も。



大切な友達との、かけがえのない思い出――


凛ちゃんと出会ってから、あまり間もないころ。

そのころ私たちの周りでは、大きななわとびでどれだけたくさん跳べるかチャレンジする遊びが流行っていました。

もちろん、私もやってみたかったけれど……

うまくできなかったらどうしよう、そのせいでみんなをがっかりさせてしまったらどうしようと思うと、「いれて」の一言がどうしても言えませんでした。

そんな臆病な私を、みんなの輪の中へと手を引いて連れて行ってくれたのは、他でもない凛ちゃんでした。



『ねえねえ、そんなところでみてないで、かよちんもいっしょになわとびやろうよ! すっごくたのしいよ!』

『りんがあいずしたときにはいればだいじょうぶだから、こわくないよ』

『りんがかよちんのとなりでかずをかぞえるから、いっしょにとぼっ!そうすればとべたときもひっかかったときも、りんといっしょだからだいじょうぶだよ』



物陰で見ていることしかできなかった私を見つけて、手を引いて半ば強引に誘ってくれたときも。

大きななわが回るのを間近で見て、立ちすくんでしまったときも。

途中でどうしてもリズムを崩してしまうことに落ち込んでいたときも。

凛ちゃんはずっと私を励ましてくれました。

『……きゅうじゅうはち、きゅうじゅうきゅう、……ひゃくー!』

そして、私たちは、周りの子どもたちの中で初めて100回跳ぶことに成功しました。
息は切れているし、膝も震えていたけれど……ここまで来れた達成感に、みんなの顔には笑顔があふれていました。

『やったよかよちん! しんきろくだよー! ほんとうにがんばったね!』

私は凛ちゃんと手を取り合って喜びながら、最初に誘ってくれた凛ちゃんとたくさん跳ぶことができて、今までで一番嬉しいなって思っていました。

でも嬉しいことは、それだけじゃ終わらなくて……。



『うんうん! ほんとうにはなよちゃんはがんばってたよね!』

『えっ……?』



それは本当に思いがけない言葉で。



『こんなにとべるようになるなんて、すごいね!』

『はなよちゃんがすごくがんばったから、みんなもこんなにとべたんだよ!』

『ありがとう、はなよちゃん!』



一番足をひっぱっていたはずなのに、みんなからたくさん褒めてもらって。

引っ込み思案な私に、いつの間にかこんなに友達ができていて。

ここまで私を導いてくれた凛ちゃんの手が、すごくあたたかくて。

嬉しくて、嬉しくて、幸せすぎて……



『わたし、わたしっ……うぇっ、なみだが、ひっく、とまらないよぉ……』



胸がいっぱいになりすぎた私は、凛ちゃんに抱きついて泣いてしまいました。



『かよちんどうしたの!? どこかいたいの!? なかないで……ないちゃやだよぉ……!』



そんな私を見て、怪我でもしたのかと勘違いした凛ちゃんも泣き出してしまって……

その後は、二人してパニックになって大号泣。

せっかくたくさん跳べて喜んでいたのに、みんなを困らせちゃいました。

花陽(あのころは二人とも、嬉しくても泣くことがあるなんて知らなくて、びっくりしちゃったんだよね)


今はもう笑い話の、凛ちゃんの涙を初めて見て、凛ちゃんとたくさん泣いた思い出。

そういえばμ'sに入ったあの日も、私が前に踏み出せたことに喜んで、泣いてくれたよね。

背中を押してもらえたおかげで、μ'sに入ることができたあの日から、今日この日まで。

大変なこともたくさんあったはずなのに、思い出すのはみんなと笑っている記憶ばかりで。

気づけば、アイドルに憧れているばかりだった私が、スクールアイドルの頂点の舞台に立てるところまで来ていました。

そんな楽しくてたまらなかった思い出も、嬉しくてたまらないこの瞬間も。


全部、凛ちゃんがいてくれたから始まって、


全部、凛ちゃんが支えてくれたからここまで来れたんだね。




 花陽「……ありがとう、凛ちゃん……」




胸がいっぱいになって、声になってあふれ出したこの気持ち。

この瞬間、私の心の奥底にずっとしまっていた気持ちの正体にようやく気がつくことができました。

やっと見つけることのできた思いは、涙へと変わって次から次へとあふれだしてきます。



花陽「うえっ……ひぐっ、凛、ちゃぁ……ん! ごめんね、ごめんね……!」



今日だって、私のことを真剣に考えてくれていたから、凛ちゃんは泣いてくれたんだよね。

それなのに、情けない姿を見せちゃって、凛ちゃんの前から逃げちゃってごめんね。

でも、あきらめないでって言ってくれて嬉しかった。

アイドルとして輝く私を見たいって言ってくれて、すごく嬉しかった。

……私、凛ちゃんの願いをかなえるよ。

このままじゃ終われないから。

今私が感じているこの思いを、ちゃんと言葉にして伝えたいから。

私がステージで輝くところを、凛ちゃんに見て欲しいから。



ありがとう、凛ちゃん。



でも、ごめんね。少しだけ待ってて欲しいな。

嬉し過ぎて、今は涙が止まらないから――


(花陽が飛び出した直後の部室)

ことり「どうしよう、花陽ちゃんが……!」

穂乃果「早く追いかけなきゃ! 」

海未「凛! 今は呆然としている場合ではありません! 花陽を探しにいかないと!」

凛「……っ!」

真姫「ちょっと凛!? あなたまでどこにいくつもり!?」

凛「……謝らなきゃ。かよちんに、謝らなきゃ――」ダッ

海未「凛!!」

ことり「凛ちゃんまでいっちゃった……!」

穂乃果「きっと花陽ちゃんを探しにいったんだよ! 私たちもいこう!」

(屋上へ続く階段)

凛(こっちからかよちんの声が聞こえた気がするけど……)

凛(ここにいるの? かよちん……)

花陽「うえっ……ひぐっ、凛、ちゃぁ……ん! ごめんね、ごめんね……!」

凛(――――!!)



凛(かよちんが……泣いてる……今まで見たことないくらい・・・
 
  凛があんなわがまま言ったから……無責任にがんばれって言い続けたから……

  かよちんはもう限界だったのに、凛が無理にやらせようとしたから……! 

  もしかしたら、今までかよちんを勇気づけようとしてやってきたこと、全部迷惑だったのかな……? 辛かったのかな……? 
   
  どうしよう、どうしよう……もう、かよちんに合わせる顔がないよ……!)

穂乃果「花陽ちゃんも凛ちゃんもどこにいるの~!? 全然見つからないよ~!」

海未「今日は大雨が降っていますから、外に出ている可能性はあまりないと思うのですが……」

真姫「待って! あれ、凛じゃない!?」

ことり「本当だ! 傘もささないで学院を出て行っちゃうよ!?」

穂乃果「大変だ! 私は凛ちゃんのほうに行ってくる!」

海未「待ってください穂乃果! ここは私が行きます!」

穂乃果「えっ、海未ちゃんが!?」

海未「穂乃果とことりはミニライブが、真姫には作曲があるのに雨の中を下手に出歩いて風邪を引いてもらっては困りますから。
   みんなは花陽のことを頼みます!」ダッ

ことり「あっ、海未ちゃん! ……海未ちゃんまでいっちゃったよぉ……」

真姫「仕方ないわ。私たちは花陽を探しましょ」

穂乃果「そうだね、じゃあ手分けして探そう! じゃあ私は3階を探すから……」

真姫「……! 待って! 花陽がいたわ!」

ことり「ええっ、どこどこ!? 花陽ちゃんも外にいっちゃったの!?」 

真姫「そっちじゃなくて、あっち! 今あっちの階段から降りてきたわ!」

穂乃果「本当だ! お~い! 花陽ちゃ~ん!」

(雨の降りしきる、とある公園)

凛(凛はこれからどうすればいいんだろう……もう何もわからないよ)

凛(雨、冷たいな……)

サッ

凛(……?)

海未「傘をささないと、風邪を引いてしまいますよ」

凛「海未ちゃん・・・・・・」

海未「まったく、いきなり飛び出していったいどこに行ったのかと思いました。凛は本当に猫みたいなんですから」

凛「ごめんなさい……勝手なことばっかりして、怒ってるよね」

海未「怒ってはいませんよ。心配はしましたけどね。それに、勝手な行動ばかりされるのは穂乃果のせいで昔から慣れっこですから」

凛「そっか……でも、ごめんなさい。せっかくにこちゃんが企画してくれて、ここまでみんなと進めてきたのに……
  凛が馬鹿だったから、すぐ勝手に突っ走るから……・今回の計画も台無しになっちゃうかも」

海未「どうしたのですか、あなたらしくもない。少なくとも私は、凛が間違ったことをしたとは思いませんが」

凛「そんなことない! そんなこと……ないよ……」

海未「凛……?」

凛「だって……だって、凛がかよちんにどうしても頑張って欲しくて、あんなにわがままばかり言ったからかよちんを追い詰めちゃったんだよ? 
  こんなの、ただ勝手なだけだよ……」

海未「…・・・本当にそうでしょうか」

凛「そうだよ。だって……かよちん、泣いてたもん」

海未「花陽が泣いているところを見たのですか?」

凛「かよちんは昔からよく泣いちゃうけど、あんなに泣いてたところなんて見たことない……
  それだけかよちんにとって辛いことを、凛が無理やりやらせようとしちゃってたんだよ。こんなの、親友失格だよね」


海未「……」

凛「かよちんと一緒に遊びたくて、かよちんの手をひっぱって無理に誘ったときからずっと……
  かよちんが大好きで、本当にやりたいと思ってることをしてほしくて、背中を押してきたつもりだったけど……
  全部凛の勘違いだったのかも。凛のわがままで、かよちんにとっては辛いことを押し付けてばかりだったのかも……
  そう思うと、もうどんな顔してかよちんのそばにいればいいか分からないよ」

海未「私はそうは思いません」

凛「どうして?」

海未「花陽の気持ちが、わかる気がするんです。私と花陽は、ちょっと似ているところがありますから」

凛「かよちんと海未ちゃんが、似てる?」

海未「凛の話を聞いていて思い出したんです。実はこの公園は、最初に穂乃果とことりに出会った場所だって。
    最初は穂乃果とことりたちが遊んでいるのを私は隠れて見ていたのですが……穂乃果に見つかって無理やり仲間に引き込まれたのが、私たちの出会いでした」

凛「えっ……」

海未「それからは、穂乃果に振り回された思い出ばかりです。
    もちろん、大変な思いをしたり、危ない目にあったりもたくさんしました。
    それでも、私は穂乃果の手を取って後悔したことは一度もありません。
    穂乃果に手を引かれ、見たことのない景色の広がる場所へ行けることが……
    体験したことのないワクワクする時間を共に過ごせることが……たまらなく楽しいんです。
    だから私は穂乃果が大好きですし、このうえなく感謝しています。
    絶対、本人の前では口に出さないですけどね」

凛「海未ちゃん……」

海未「きっと花陽も、私と同じような気持ちを凛に抱いていると思います。
    新しい世界を見せてくれる親友の手に、何よりも感謝しているのではないでしょうか」

凛「……そうなのかな。凛は……わからないや……くしゅん!」

海未「このままここにいても風邪を引いてしまいますし、そろそろ帰りましょうか。送っていきますよ」

申し訳ありませんが、一旦ここで区切ります。
本日中に投下を再開する予定ですが、恐らくまた夜になると思います。

(同時刻、部室)

花陽「あのっ、やっぱり私も凛ちゃんを探しに……!」

ことり「大丈夫だよ花陽ちゃん。海未ちゃんに任せよう?」

真姫「そうよ。せっかくひと泣きしたら歌詞を書ける自信が出てきたっていうのに、風邪を引いたら元も子もないわ」

花陽「うぅ……それは……」

穂乃果「あっ! 海未ちゃんから電話来たよ!」

花陽「本当!?」

穂乃果「もしもし海未ちゃん? うん……うん……そうだったんだ。こっち? こっちはもう大丈夫だよ! 花陽ちゃん歌詞書けそうみたい! 
     ……うん、分かった。お疲れ様、それじゃまた明日だね。バイバイ」ピッ

真姫「海未はなんて?」

穂乃果「凛ちゃんを見つけて、家まで送っていったって。こっちは大丈夫って伝えたら、今日はこのまま帰るって言ってたよ」

ことり「凛ちゃんが学校を飛び出していっちゃった理由は何か言ってた?」

穂乃果「それがね……泣いてた花陽ちゃんを見て、自分のせいだって落ち込んでたって言ってたよ」

花陽「ええっ!?」

ことり「花陽ちゃんと同じ理由だったなんて……」

真姫「すれ違ってても息ぴったりとか、どれだけ仲良いのよ二人とも……それで、花陽はどうするつもり?」

花陽「……歌詞を書いて、曲を完成させて、ライブでちゃんと歌って……そうすることで、私の思いを凛ちゃんに伝えたい。
    それが凛ちゃんの望んでたことでもあるから」

穂乃果「そうだね! 私はそれがいいと思うよ」

ことり「私も賛成!」

真姫「まあ、それしかないわね」

花陽「それで、真姫ちゃんには申し訳ないんだけれど……明日までには絶対完成させるから、もうちょっとだけ待っててもらっても大丈夫かな?」

真姫「待って。それなら、歌詞を作りつつ作曲すればいいわ。そうすれば時間短縮になるはずよ」

花陽「えっ? もう完全下校時刻までほとんど時間ないよ……?」

真姫「……だから、うちに来て一緒にやればいいって言ってるの」

花陽「真姫ちゃん……!」

真姫「な、なに意外そうな顔してるのよ! 別に家に呼ぶくらい普通でしょ? ……友達、なんだから」

ことり「真姫ちゃん……かわいい!」

真姫「だ、抱きつかないで!」

穂乃果「そうと決まれば真姫ちゃんちで合宿だね! わくわくしてきた~!」

真姫「ちょっと、泊り込みでやるなんて一言も言ってないわ! だいたいなんで穂乃果がわくわくするのよ」

穂乃果「せっかくだから、一緒にユニット曲の練習もしちゃえばいいかなーって思って。それに楽しそうだし!」

真姫「ちょっと、勝手に…・・・」

ことり「真姫ちゃん……ことりからも、おねがぁい!」

真姫「ヴぇえ!?」

花陽「私も……ソロの曲も作らなきゃだけど、ほとんどユニットの曲の練習もできてないから、そっちも不安かも……」

真姫「花陽まで・・・・・もう、分かったわよ。好きにしたら」

三人「「「やったぁ♪」」」

(翌朝、神田明神)

海未「結局凛は風邪を引いてしまったので、数日休むとのことです。私のところにみんなに伝えて欲しいと連絡がありました」

花陽「凛ちゃん……」

海未「大丈夫ですよ、花陽。幸いそこまで症状は重くはないとのことですから。ライブの日に間に合うことを信じましょう」

花陽「うん……そうだね」

海未「それで、そちらの首尾はどうでしたか? まさか真姫の家に押しかけるとは思いませんでしたが」

穂乃果「それがね、すっごいんだよ海未ちゃん!」

海未「すごい?」

ことり「花陽ちゃんが歌詞を作りながら、それに真姫ちゃんが曲をつけていったんだけどね……
    それがもうすごくぴゅあぴゅあで、花陽ちゃんらしい歌になってるの! 海未ちゃんも聴いたら絶対きゅんきゅんしちゃうよ?」

花陽「は、恥ずかしいよぉことりちゃん……」

海未「だいぶうまくいっているようで安心しました。今歌詞は持ってますか? よければ見せて欲しいのですが」

真姫「はい、これよ」

花陽「ま、真姫ちゃん!」

真姫「なによ、どうせこれを歌うんだから見られたところでどうってことないでしょ?」

海未「これは……」

花陽「うぅ……やっぱり恥ずかしいよぉ……」

海未(やはり私の言ったことは間違ってませんでしたよ、凛)

花陽「海未ちゃん?」

海未「いえ、こちらの話です。とにかく、ここからはいかに完成度を高められるかが勝負ですね。
    花陽、ここが正念場ですよ。頑張りましょう」

花陽「うんっ!」

穂乃果「よーし! 今夜のミニライブ直前合宿二日目も、がんばるぞー!!」

真姫「今日も来るつもりなの!?」

(その日の放課後、星空家)

海未「凛、起きてますか?」

凛「あ、海未ちゃん……」

海未「お見舞い持ってきましたよ。食べやすいものがいいと思ってプリンやヨーグルトを買ってきたのですが、食べられますか?」

凛「うん、大丈夫だよ。でも本当のこと言うと、ラーメンが食べたかったにゃ」

海未「もう……内臓が弱っているときにそんな油の濃いものを食べてはいけませんよ」

凛「あはは、冗談だよ。……海未ちゃん、ありがと」

海未「いえ、本当に風邪はたいしたことなさそうで安心しました」

凛「……昨日は本当にごめんね。海未ちゃんには迷惑かけっぱなしで、もう頭があがらないにゃ」

海未「その口癖もなんだか久々に聞いた気がしますね。だいぶ気持ちのほうも落ち着いてきましたか?」

凛「曲作りがうまくいってるみたいって聞いたから、ほっとはしたかな。
  でも、かよちんのことを考えると、どうしても泣いてる顔が浮かんじゃって……いざ顔を合わせたら、ごめんって言葉以外出なくなっちゃいそう」

海未「花陽からのメールは、見ましたか?」

凛「……うん。体調さえ大丈夫ならミニライブ見に来てって書いてあった。
  でも、どう返したらいいのか分からなくって。
  本当は凛のために無理してるだけで、下手にがんばってなんて言ったせいで辛い目にあわせちゃったらって思うと……」

海未「またそんなことを考えていたのですか……花陽なら、きっと大丈夫です。
    第一、μ'sの活動を通して花陽は強くなったと言ったのはあなたでしょう? 強くなったあなたの親友を、ちゃんと信じてあげてください」

凛「海未ちゃん……」

海未「もう本番は明後日ですから、それまでに直るようゆっくり休んでください。あまり喋っていても消耗してしまいますし、私はそろそろ失礼しますね」

凛「……海未ちゃん、帰る前にちょっといい?」

海未「なんですか……ってちょっと凛!? もう、いきなり抱きつかれたらびっくりするじゃないですか」

凛「うん……ごめんね」

海未「その言葉は昨日でもう聞き飽きましたよ……もう、仕方ないですね」ナデナデ

凛「海未ちゃん……お姉ちゃんみたい」

海未「……落ち着いたように見えて、まだだいぶ心が弱ってるみたいですね」
 
凛「……かよちん、本当に大丈夫かな? また、凛と一緒に笑ってくれるかな?」

海未「大切な友達に涙を流させてしまう辛さは、私もよく分かります。でも、絶対に二人は大丈夫ですから」ナデナデ

凛「海未ちゃんも……風邪うつしちゃったら、ごめんね?」

海未「今回の私の役回りは、世話の焼ける妹分のお守りみたいですから……そうなったらそうなったで仕方ないとあきらめます。
    当日は裏方の仕事がある関係で私は迎えには来てあげられませんが……花陽の勇姿を、きっと見に来てあげてください」

(次の日の放課後、音楽室)

真姫 「完全に音程が取れるようになってるわね。これでもう一人で歌っても大丈夫なはずよ」

花陽 「うん! 真姫ちゃん、歌詞が遅れて作曲も大変だったのに、歌の練習まで付き合ってくれて本当にありがとう」

真姫 「それは……あれよ、ソロパートやるのとソロで一曲歌うのは全然勝手が違うから、ちゃんと練習しないと格好悪いからよ」プイッ

希 「つまり、花陽ちゃんのソロ曲がなんとしても成功して欲しかったからってことやんな?」

真姫 「もう! 勝手に翻訳しないで!」

穂乃果 「でも何度聴いてもいい曲だね~! 感動するね~!」

ことり 「まさに花陽ちゃんが歌うために生まれた曲って感じだね!」

真姫 「自分で一緒に歌ってて恥ずかしくなるくらいストレートな歌詞だけど、私も花陽にぴったりな曲だと思うわ」

にこ 「確かにね~、いつも素直になれない真姫ちゃんが歌うには~、ちょぉ~っと歌詞がピュアすぎて似合わないかもね~?」

真姫 「もう! 三年生は茶化してばっかりいるなら、明日が本番なんだからさっさと勉強しに行きなさいよ!」

絵里 「まあまあ真姫……心配が杞憂だったみたいで、希もにこも安心してるのよ。これで明日は私たちも心おきなく試験に臨めそうね」

にこ 「まあ私は花陽ならやれるって最初っから思ってたけどね! なんたってこの宇宙ナンバーワンアイドルの一番弟子みたいなもんだし?」

希 「えらそうなこと言うてるけど、実際がんばったのは花陽ちゃんと真姫ちゃんやからね?」

穂乃果 「そういえば、凛ちゃんの体調はどうなのかな?」

海未 「はい。今しがた連絡を取ってみたら、もう朝には平熱に戻っていて、大事をとって休んでいるだけとのことでした」

にこ 「……正直、この事態は計算外だったわ。今回はスケジュールも課題の内容もちょっと厳しかったかもしれない……花陽、色々無理させちゃって悪かったたわね」

花陽 「そんな、にこちゃんは悪くなんかないよ! 私ね……にこちゃんがチャンスをくれなかったら、自分で歌詞を作って一人で歌うなんて夢のまた夢だったと思う。
    にこちゃん、私にチャンスをくれてありがとう。絶対に、成功させてみせるね」

にこ 「花陽……あんた……」

希 「にこっち、目うるんどるよ?」

にこ 「そんなことない! ……とにかく、この私がわざわざ用意した舞台なんだから、最高のパフォーマンスを見せなさいよ!」
   
花陽 「うんっ! あとは……ちゃんと凛ちゃんに聴いてもらえたらいいな」

真姫 「それは任せておいて。ごちゃごちゃ言ったとしても引きずって連れてくるわ。私も心血を注いだこの歌を聴かないとかありえないしね」

真姫 (それに、明日はとても大事な日なんだから)

絵里 「この歌を聴かせることができたら、あなたの思いはきっと凛に届くわ」

花陽 「絵里ちゃん……」

希 「せやから、他のことはみんなに任せて、花陽ちゃんは最高の歌が歌えるようにすることだけ考えればええと思うよ。
   ……当日はステージにも裏方にもおらんうちが言うのもなんやけどね」
  
花陽 「ううん、その言葉だけで嬉しいから……ありがとう、希ちゃん」

穂乃果 「よーし! 明日はみんなやることは違うけれど、それぞれが最高の結果を残せるように精一杯がんばろう!」

一同 「「「「「「「おー!! !!」」」」」」」

(その夜、星空家)

ヴィーンヴィーン

凛 (あ、メール……かよちんからだ)



  こんばんは、凛ちゃん。だいぶ体調良くなったって聞いて安心したよ。
  
  明日、もし体調さえ良ければ見に来て欲しいな。

  昨日も同じようなメールしたのに、しつこくてごめんね。

  でも、凛ちゃんにはどうしても完成した曲を聴いて欲しいです。 

  明日、待ってるね。                               



凛 (かよちん……本当に完成したんだ……)

(ライブ当日、控え室)

穂乃果 「海未ちゃん、どうだった?」

海未 「まだ来ていないようです。最前列の席を用意しておいたので、来ればすぐ分かるはずなんですが……」

ことり 「真姫ちゃんから連絡は来てないの?」

海未 「家から連れ出すことには成功したという連絡はあったのですが、それ以降は……」

花陽 「凛ちゃん……」

穂乃果 「大丈夫だよ、花陽ちゃん。凛ちゃんは絶対来てくれるから」

ことり 「真姫ちゃんもついてるし、絶対大丈夫!」

海未 「そうですね。本番までもうあまり時間もありませんから、凛のことは真姫に任せて、私たちは段取りの最終確認をしましょう」

花陽 「……そうだね。絶対、成功させなきゃ……!」

(区民会館・外周ベンチ)

真姫 「……いつまでそうやって座ってるつもり?」

凛 「あはは……あともうちょっと待って欲しいにゃ……」

真姫 「さっきも同じこと言ってた気がするけど……早くしないと、本当に始まっちゃうわよ」

凛 「だって、まさか一番前の席なんて……」

真姫 「当たり前じゃない。あなたもやることがあるのに、一番前に座ってないと段取りが悪くなるでしょ」

凛 「それはそうだけど……」

真姫 「それとも、まだ花陽と顔を合わせる勇気が出ない?」

凛 「……」

真姫 「もう、本当に世話が焼けるわね……花陽がちっとも怒ってないことも、ちゃんと曲ができたことも知ってるのに、あとは何が怖いっていうのよ。
    土壇場になって親友を信じれなくなったなんて言わないでよね」

凛 「もちろん、かよちんは凛に怒ってるわけじゃないし、歌詞もちゃんと書いて曲を完成させられたってことも知ってるよ。

   かよちんが自分のステージを成功させられることだって、最初からずっと信じてる。
   ……でも、かよちんがあんなに泣いてるの、初めて見たの。
   それから、凛がかよちんのそばにいたら、本当はやりたくないこともがんばっちゃうんじゃないかって……
   単なる凛のわがままを叶えるために、泣いちゃうくらい辛いことも我慢しちゃうんじゃないかって……
   海未ちゃんはそんなことないって言ってくれたけど、かよちんの泣いてたところをどうしても思い出しちゃって……
   そんなことばかり考えてたら、かよちんとどう接すればいいか分からなくなっちゃった……」

真姫 「……凛。あなたはそもそも大きな勘違いをしてるわ。本当は自分で気づくまで言わないつもりだったけど」

凛 「えっ……?」

真姫 「それが何かは私からは教えられないけどね。
    それに、花陽のステージを見れば、きっと答えは見つかるはずだから。
    ……さあ、本当にもう時間がないんだからそろそろ行くわよ」ガシッ

凛 「ちょ、ちょっと真姫ちゃん!? ちゃんと歩く! ちゃんと歩くから放して欲しいにゃー!」ズルズル

(本番直前・多目的ホール後方)

真姫 「ここならまだ大丈夫でしょ? 立見席なら、一人一人の顔まではステージから判別するのは難しいわ」

凛 「面目無いにゃ……」

真姫 「こんなこともあろうかとマスクを持ってきてよかったわ。さすがにこの人の多さじゃ、私たちがいるっていうのがバレるとまずいし」

凛 「確かに、ミニライブなのに思ったよりもずっと人がいっぱいだね」

真姫 「立見席ですらここまで埋まるってことは、それだけμ'sがみんなに注目してもらえてるっていう証拠ね。
    でも、花陽のソロが終わる前までにはちゃんとステージ近くまで行かなきゃいけないっていうのは忘れないで。
    花陽がここまでがんばったんだから、あなたもちゃんと自分のやるべきことを果たしなさい。
    ……あなた以上の適任なんていないんだから」

凛 「……うん。でも、それを考えるとちょっと震えてきちゃった……」

ギュ

凛 「……真姫ちゃん?」
 
真姫 「……本当に、だいぶ手が震えてるわ。花陽の涙がよほどショックだったのね……
    でも、凛の不安もショックも吹き飛ぶくらいのステージを、花陽が見せてくれるはずよ。
    一緒に曲を作った私が保証するから、安心しなさい」

凛 「真姫ちゃん……」

海未 『μ'sミニユニット・Printempsのミニライブイベント、間もなく開演いたします。座席でご観覧の方は、ご着席いただきますようお願いいたします』

真姫 「ほら、始まるわよ……」

ついに始まった、ミニライブイベント。

予想を超えるたくさんのお客さんにびっくりしたけれど、真姫ちゃんの家での合宿の成果もあり、ここまでの出来は上々です。


穂乃果 「……ということで、Pure girls projectでしたー!」

ことり 「この曲は初めからユニットのために作った曲だったんですが、いかかだったでしょうか?」

花陽 「なかなか歌える機会が無かったんですけど、今日こうやってみなさんの前で披露できてとても嬉しいです」

穂乃果 「歌詞は私たちがだいたいのイメージを海未ちゃんに伝えて作ってもらったんですけど……初めて完成した歌詞を見たときは、海未ちゃん自身とのギャップにびっくりしたよね!」

ことり 「海未ちゃんは普段は凛々しくてかっこいいイメージだけど、本当は海未ちゃんもすごくピュアガールだもんね♪」

穂乃果 「そうそう! 実はこっそり鏡の前でポーズの練習したり、笑顔の練習してたりするんだよね」

花陽 「私、前に一回覗いちゃったことあるんだけどすごく可愛かったよ♪」

海未 『三人とも! 今日は私がステージにいないからって、人のことを好き勝手言わないでください! 』

穂乃果 「うわぁ! 放送室から海未ちゃんの抗議が! いつも穂乃果には段取りに無いことするなってうるさいのに、自分だってしてるじゃん!」

 ドッ ワハハハハ・・・

ことり 「さて、ひと笑いいただいたところで、次の曲いっちゃおうか?」

穂乃果 「そうだね! では次の曲なんですが……実は、μ's初めてのソロ曲なんです! それを歌うのは、なんと……花陽ちゃん!」

花陽 「よ、よろしくお願いしますっ!」ペコリ

 オオオー・・・ ザワザワザワ

ことり 「花陽ちゃん、どんな曲なのかみなさんに紹介してあげて♪」

花陽 「は、はいぃ!」

穂乃果 「花陽ちゃん、声が裏返ってるよ!、深呼吸、深呼吸!」

花陽 「ご、ごめんなさい! すーはー、すーはー……うん、大丈夫。


    ええと、今から私が歌わせてもらう曲なんですが……実は私自身が歌詞を書いたんです。

   
    つい二日前くらいにできあがったばかりなので、歌の出来もまだまだだと思います。

   
    それに、今一番伝えたい思いを正直に書いたら、とっても個人的な歌詞になっちゃいました。


    でも、胸にあふれるこの気持ちをどうしても伝えたくて……この歌を、ここで歌わせて欲しいんです。


    それでは、聴いてください。小泉花陽で」
   



花陽 「なわとび」





この歌を歌うと、たくさんのありがとうが胸にあふれてきます。



なわとびに誘ってくれて、ありがとう。


たくさん跳べたことを誰よりも喜んでくれて、ありがとう。


私のことを心配して泣いてくれて、ありがとう。


アイドルになりたいっていう憧れをずっと応援してくれて、ありがとう。


アイドルのことになるとつい熱くなっちゃうところも好きって言ってくれて、ありがとう。


臆病な私の嘘を見破ってくれて、ありがとう。


μ'sに入る勇気が出なかった私の背中を押してくれて、ありがとう。


スクールアイドルとして大きな舞台に立てるチャンスをくれて、ありがとう。


大切な友達とたくさんのキラキラした時間を過ごす機会をくれて、ありがとう。


いつも私の手を引いてくれて、


背中を押してくれて、


一緒にいてくれて、




ありがとう――





曲名を聞いて、すぐ分かったよ。


かよちんが凛との思い出を歌にしてくれたこと。


歌を聴いて、すぐ分かったよ。


かよちんが、凛と一緒にいてどういう思いでいたのかを。


かよちんの涙を見て、やっと分かったよ。


なわとびをたくさん跳べた時も、屋上で泣いてた時も、そして今も。


悲しくって泣いてるんじゃないって。


ずっと一緒にいたのに、分かってあげられなくてごめんね。


でも、凛知ってるよ。


ずーっと前から知ってたよ。




かよちんは臆病だけど、一度始めたらちゃんとやり遂げられるって――






真姫 「……凛、この間奏の間に最前列に移動するわよ。そうしないと時間がないわ」

凛 「……うん」

真姫 「もう……なによ、そのひどい涙声」




歌は2番が終わって、間奏が終わって。


ついに最後のサビに入ります。


何度言葉にしても足りない、あふれ出してくる気持ちをを抱きしめて。


私たちを見に来てくれたみんなに届くように。


μ'sのみんなに届くように。


凛ちゃんに、届くように。



心を込めて、最後のありがとうを――






その瞬間でした。



不思議なことに、まるでそこにいることが分かっていたかのように。



大好きな友達の優しい瞳を、見つけることが出来ました。



その優しい瞳を、私はまっすぐに見つめて、微笑んで――








            「ありがとう」








嬉しくて、嬉しくて、幸せすぎて……


いつの間にかまたあふれ出したしずくが、ぽろっと一滴ステージにこぼれ落ちました。




花陽 「ご清聴、ぐすっ、ありがとうございました……すみません、ちゃんとできたのが嬉しくて」


その瞬間、今まで点いていなかったスポットライトがまぶしく輝きました。



凛 「かよちん!」



照らし出されたのは、いつの間にか最前列で見てくれていた凛ちゃん。



花陽 「凛ちゃん……」


私と一緒で涙で顔がびしょぬれになった凛ちゃんが、ステージまで上がってきます。



凛 「かよちん……凛、かよちんが辛くて泣いてたんだって勘違いしてた……
   
   かよちんの思いに気づけないで、勝手に誤解してごめんなさい!」


花陽 「ううん、凛ちゃんは何も悪くないよ。私こそ、泣き虫でごめんね。
    
    ……凛ちゃんはいつも、私のことを支えてくれたよね。

    そのおかげで、こうやってたくさんのお客さんの前でスクールアイドルとして歌えるの。

    そんな大切な友達がいてくれることが、どれだけ嬉しいことかって考えたら、幸せ過ぎちゃって……

    花陽の友達でいてくれてありがとう、凛ちゃん」


凛 「凛こそ、可愛い服を着れるようになったのも、自分に自信を持てるようになったのも……全部、かよちんのおかげだよ。

   凛の友達でいてくれてありがとう、かよちん」








 絵里 「うぅ……二人とも、本当によかったわねぇ……」グスグス

  希 「……えりち、そんなに泣いとったらうちらが来てること花陽ちゃんにばれてまうよ?」



花陽 「これからもよろしくね、凛ちゃん!」
 
凛 「うん……うん!」

なんだか久しぶりに、凛ちゃんの笑顔を見た気がしました。

まるで太陽に向かって咲くひまわりのようなその笑顔が、私はやっぱり大好きです。

  

凛 「そうだ!」


突然、何かを思いついた様子の凛ちゃん。

私はすぐに、凛ちゃんが何をしようとしてるのかを察して、凛ちゃんの手を取りました。

 
花陽 「凛ちゃん、いっしょに言おう?」

 
凛 「かよちん! ……よーし、いくよー! せーの!」





           花陽・凛「「真姫ちゃーん!!」」





さっきまで凛ちゃんがいた席のあたりを、再びスポットライトが照らします。

 
真姫 「ヴぇえ!? 私!?」





花陽 「真姫ちゃん!」

凛 「真姫ちゃんも、ステージの上に来て!」

真姫 「でも、幼馴染の二人の仲直りの場に私が入る必要なんて……」

凛 「だって、ずっと勇気が出なかった凛を、ここまで連れて来てくれたのは真姫ちゃんだから……
   それに、かよちんと凛はずっと友達だったけど……今は真姫ちゃんも大事な友達なんだから、真姫ちゃんだけ仲間はずれじゃおかしいよ!」
 
花陽 「そうだよ、真姫ちゃん!」

真姫 「……行けばいいんでしょ、行けば! もう!」


そう言うと、そっぽを向きながらステージに上がってくる真姫ちゃん。

照れ隠しなのがバレバレなのが微笑ましくて、ちょっとくすっとしちゃいました。


花陽 「真姫ちゃんにも、出会ってからずっと助けられっぱなしだね。μ'sに入りたかった時も、今回もたくさん助けてくれて、ありがとう」ギュッ

凛 「凛も、ファッションショーでのライブだったり、今回のことだったり……気づけば真姫ちゃんのお世話になりっぱなしにゃ! ありがとう、真姫ちゃん!」ギュッ

しぶしぶといった様子で私たちのところまで来た真姫ちゃんの両手を、凛ちゃんと私で片方ずつ、感謝を込めて握ります。

真姫 「まったく……今までといい今回といい、本当に世話の焼ける二人なんだから……」

凛 「真姫ちゃん、泣いてるにゃ……?」

真姫 「このまま大事な友達がすれ違ったままだったらどうしようって……心配させられるほうの身にもなってよ……」

花陽 「……真姫ちゃん!」

凛 「真姫ちゃーん!」

真姫 「もう! こんなにたくさんの人が見てる前で抱きつかないで!」



凛ちゃんと私が真姫ちゃんに抱きついた瞬間、今まで突然の展開に呆気に取られていたお客さんから、割れんばかりの盛大な拍手をいただきました。






にこ 「本番中なの忘れで何やっでんのよもう……まっだぐじがだないわねぇ!」グシュグシュ

希 「……こっちはもっと重症やね」




穂乃果 「凛ちゃーん! 感動シーンの最中で申し訳ないけど、そろそろ合図よろしくね!」

いつのまにかステージ袖まで出てきていた穂乃果ちゃんが、凛ちゃんに小声で指示を送りました。

凛 「あっ! そろそろアレをやらなきゃ!」

アレってなんだろう? さっきは凛ちゃんの意図がすぐ分かったけれど、今度は全然分かりません。

真姫 「そうね。そろそろ準備してるほうも待ちくたびれてるわ」

花陽 「ええ? ええぇ??」

聞いていた段取りには全くなかった展開に混乱する私をよそに、凛ちゃんは客席のほうに向き直りました。

凛 「よーし! みんな準備はいいかにゃー!? せーの!」

 

                       





                『花陽ちゃん、お誕生日おめでとう! 』








気づいたら私はクラッカーの紙テープまみれになって、大切な友達とお客さんたちに祝福されていました。









花陽 「あれ? あれぇ……?」

凛 「かよちん……?」

真姫 「いかにも何が起きてるのか分かりませんって顔してるけど、あなたまさか……」

花陽 「今日って何日だっけ……?」

穂乃果 「1月17日だよ、花陽ちゃん!」

ことり 「なんと今日は、我らが花陽ちゃんのお誕生日なんです♪」

海未 「確かに、気にしてるそぶりはまったくないと思っていましたが……本当に忘れていたんですね」

いつの間にかステージの上には、ステージ脇にいた穂乃果ちゃんやことりちゃん、放送室にいた海未ちゃんまでいました。



にこ 「サプライズ、大成功! にこっ♪」

絵里 「本当に、ここまで驚いてもらえると……」

希 「準備してきたかいがあったってもんやね♪」

花陽 「にこちゃん!? 絵里ちゃん、希ちゃんまで! どうしてここにいるの!?」


それに、今日は大事なセンター試験があったはずの三年生まで……


にこ 「どうしても何も、最初っから来る予定だったからよ」

絵里 「センター試験が終わった後、急げば間に合うようにスケジュールを組んでおいたの」

希 「そもそもうちらは来れないなんて、一言も言っとらんで?」

花陽 「凛ちゃん、真姫ちゃん……これって……」

凛 「もちろん、かよちんのお誕生日をお祝いするんだから、みんなそろわなきゃ始まらないにゃ!」

真姫 「ソロ曲を作るっていうのは完全ににこちゃんの独断だし、そのせいでどこかの誰かさんは雨の中飛び出して風邪ひいたりしたけどね」

海未 「それにしても、計画に無かったはずのソロ曲をやろうなんてにこが言い出したときは、本当にどうしようかと思いました」

ことり 「でも、ちゃんと無事に成功してよかったよ~。がんばったね、花陽ちゃん」

花陽 「みんな……」

穂乃果 「花陽ちゃん。みんな、花陽ちゃんにおめでとうとありがとうを伝えたかったんだよ」

花陽 「ええっ!? 私、お礼を言われるようなことしたかな……?」

穂乃果 「もちろん! だって今μ'sが存在してるのは、花陽ちゃんが救ってくれたおかげなんだから」

花陽 「えええええ!? 私が!? いつの話!?」




海未 「ファーストライブの時、もし花陽が来てくれなかったら……私たちは、きっと心が折れてしまっていました」



ことり 「それに、花陽ちゃんがμ'sに入ってくれたから、μ'sがファーストライブの後も続いたんだって思うの」



凛 「かよちんがいてくれなかったら、凛はμ'sのみんなに出会うこともなかったかもしれないにゃ!」
 


真姫 「学生証を拾ってもらったときには、まさかこんなことになるなんて思ってもみなかったけど……今思うと、あれが私のターニングポイントだったのかもね」



絵里 「希がμ'sを作ってくれた女神様なら、花陽はさしずめ生まれたてのμ'sを救った女神様ってところね」

  

希 「それに花陽ちゃんがいてくれたからこそ、うちの夢は叶ったんやで?」



にこ 「私は、あんたのアイドルへの情熱があったからこそここまで来れたんだって思ってるわ。まあ、この宇宙ナンバーワンアイドルにくらべたらまだまだだけどね」



穂乃果 「ほら、みんな花陽ちゃんにたくさん感謝してるんだよ! ありがとう、花陽ちゃん!」



花陽 「みんな……みんなぁっ……!」






凛 「よーし!みんな、もう一回いっくにゃー!」
 







      「「「「「「「「お誕生日、おめでとう!」」」」」」」」









大好きなみんなの祝福の言葉と、鳴りやまないたくさんの拍手。




それに、こんなにたくさんのありがとうまで。




ありがとうって言いたいのは私のほうなのに。




嬉しさがあふれすぎて、胸がいっぱいになって。




気づいたら、凛ちゃんに抱きついていて。




なわとびを跳んだあの日のように、またたくさん泣いてしまいました。






この先どれだけ成長したとしても……







μ'sのみんなといる限り、嬉しすぎると泣いちゃう癖だけは絶対治らないかも。








そんなことを思った、素敵な16歳の誕生日の出来事でした。







これで完結です。
序盤に投下したレスのレイアウトが崩れたたり、投下の間隔が長くなってしまったりして申し訳ありません……

ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。
途中でレスを下さった方も、大変励みになりました。

このSSまとめへのコメント

1 :  SS好きの774さん   2015年01月20日 (火) 08:44:26   ID: lvYDxvjO

これは名作‼︎

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