NPO法人日本サンタクロース協会 (36)


『──なあ、父ちゃん。サンタってやっぱり父ちゃんや母ちゃんなんだろ?』

『クラスみんな知ってるもん、サンタなんかいないって』


『俺、12月に出るファミコンソフトがいい!』

『でも発売日はクリスマスより前だから、先にプレゼントだけ欲しいんだけど』

『当日はケーキがあったらいいよ』


『えー、じゃあお年玉前借りはできない?』

『……俺、来年からクリスマスプレゼントは現金がいいな──』


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……………
………



娘「サンタさん、私の欲しいものちゃんと分かるかなー」

父「どうだろうな」

娘「ママには言ったんだけどなぁ」ハァ…


父「そんなに気になるなら、サンタに手紙でも書いたらどうだ?」

娘「手紙? サンタさん読む?」

父「そりゃ読むだろ。今の内から枕元に靴下吊るして、そん中に入れとけばいい」

娘「……そっか」


父「もう保育園で字は習ったろ?」

娘「うん! でも『は』と『ほ』と『ま』をいっつも間違えるんだ……」

父「大丈夫、サンタは子供の字は見慣れてるはずだ。ちゃんと読めると思うぞ」

娘「じゃあ私、サンタさんに手紙書くよ──!」フンス


………



妻「──お疲れさま、あなた」

父「さんざん相手させられたなぁ」フゥ

妻「そりゃそうよ、朝にプレゼントを見た時から『パパが帰ってきたら一緒に遊ぶんだ』って大はしゃぎだったもの」

父「楽しいクリスマスだったみたいでなにより」


妻「ちゃんと欲しいおもちゃ解ってくれてた…って、すっかりサンタを信じてるわ」

父「そりゃよかった」

妻「でもいつまでサンタを信じる純粋な子供でいてくれるかしら」

父「……ずっとだ」

妻「だといいわね、ふふ…」


……………
………



娘「──サンタさんって、いつ手紙持って帰ってるのかな。枕元にあるのにいつの間にか消えてるの」

父「お前も大きくなったな、そういう事を不思議に思うようになったか」

娘「もう二年生だもん」フフン


父「じゃあ…そろそろ話すか」

娘「?」キョトン

父「実はな、お前の手紙はパパやママがサンタに送ってるんだ」

娘「えっ」


父「さすがにサンタも夜中、鍵をかけて家族が寝てる家に忍び込むわけにはいかんからな」

娘「……泥棒さんと間違えられちゃう」

父「そう、逆に泥棒がサンタのふりをしてたらそれも怖いだろ?」


娘「うん……でも、じゃあイブの夜にはどうやってプレゼントを置いてるの?」

父「それも…実はパパやママが夜中に玄関で受け取ってるんだ」

娘「そうなんだ……でも、サンタさんはいるんだね? プレゼントを持ってきてくれてるんだよね?」

父「そうだよ」

娘「そっか! じゃあやっぱり今年も欲しい物のお手紙書くね──!」ニパッ


………



妻「──今年のプレゼントも喜んでくれたわね」

父「ああ……でもどうかな、ちゃんとサンタを信じてくれてるだろうか」

妻「もちろんよ、じゃなきゃ欲しい物の手紙に『いつもありがとう』なんて書き添えないわ」

父「そうか、そうだな」


妻「よく遊ぶ娘友ちゃんのところでは、そろそろやっぱりサンタはパパじゃないかと疑い始めてるって」

父「隣の男の子はどうなんだ、毎日のように遊んでるけど」

妻「あの子はサンタがどうとかいうより、欲しいおもちゃの事やケーキの事で頭がいっぱいみたいよ」

父「はは……純粋でいい幼馴染みがいてよかったよ──」


……………
………



父「──今年欲しいものの手紙は書けたのか?」

娘「うん……書いたけど」

父「…どうした?」


娘「クラスのみんな、サンタさんなんかいないって言うんだ。プレゼントはパパやママがおもちゃ屋さんで買ってるって」

父「……なるほど。さすがに五年生にもなりゃ、童話みたいな話も信じ難いだろうな」

娘「じゃあ──」


父「──いるよ、サンタは」

娘「…え」


父「ただ、さすがに絵本に出てくるような赤い服でトナカイのソリに乗ったサンタはいない」

娘「………」

父「だがその絵本に出てくる昔のサンタが創った『サンタクロース協会』って組織はあるんだ」

娘「サンタ協会…?」

父「一人のサンタが世界中の子供にプレゼントを配れるわけないだろ?」


娘「そっか…服装とかは違っても、やっぱりサンタはちゃんといるんだね」

父「そういうことだ」

娘「よかった、じゃあやっぱり手紙書こうっと──」


妻「──ちょっと無理があったんじゃない?」

父「なにを言う、手紙はいつも通りだったぞ」

妻「そうだけど…ねぇ?」クスクス


父「いいんだよ、そろそろ少しは現実味を帯びた話じゃなきゃ信じない」

妻「そうかもしれないけど」

父「これでいいんだ」

妻「はいはい……でも子供にいつまでもサンタを信じていて欲しいなんて、それはそれで親の都合よね」


父「サンタだけじゃない」ボソッ

妻「え?」

父「…なんでもない」


……………
………



娘「──どうかなぁ…」ハァ…

父「どうした?」


娘「ん…サンタさんにね、手紙を書くの」

父「毎年の事じゃないか」

娘「でも、スマホなんてくれると思う? くれたとしても、その後の月々の料金とかどうなるんだろう」


父「……さすがに中学生になると、欲しいものもオモチャやゲームじゃなくなるんだな」

娘「まぁね」

父「…やむを得んな」

娘「?」


父「とうとう全てを話す時がきたか…」

娘「……やっぱ、サンタっていないの──?」


父「──いや、サンタはいる」

娘「………」


父「サンタ協会って組織がある…と言ったよな」

娘「うん」

父「この国では『NPO法人日本サンタクロース協会』がそれにあたる」

娘「…会社?」

父「非営利団体だがな。活動目的は世界の子供に対するプレゼントの配布」


娘「どうやってプレゼントを購入してるの? 資金は?」

父「もちろん会費制だ、タダでプレゼントが貰えるほど甘くはない」

娘「会費……パパやママが払ってるってこと?」

父「そうだ、毎月自動引き落としになってる。ただこの協会に加入するかどうかは任意だ」


娘「じゃあ、加入してない家も…」

父「そういうことだ、だからその家では『サンタなんかいない』ってことになる」

娘「なるほど…!」


父「通常は年間に納めた会費より、少し目減りした額のプレゼントが届く。浮いたお金は孤児や発展途上国の子供達へのプレゼントに回される」

娘「ボランティア的なものなんだね」

父「だが学校などから送られた内申書の査定により、何年かに一度掛け金を超えるスペシャルプレゼントを希望できる年がある」


娘「スペシャル…」キラキラ

父「三年生の時、覚えてるか?」ニヤリ

娘「ハッ……! Wii本体とソフトのセットだった!」


父「そうだ…そして今、またスペシャルプレゼントの権利がたまってる。いい子にしててよかったな」

娘「じゃあ…!」パァッ

父「スマホ、欲しいんだろ? 手紙に書いとけよ。ただし月料金はウチが払うんだ、ママにも感謝しろ」

娘「うんっ──」


………



妻「──飽きれたわ、あそこまで作り話して信じさせるなんて」

父「大人でも引っかかりそうだろ」クックッ…

妻「でもどうしてそんなに頑なにサンタを信じ込ませるの? あの子ももう中学生よ?」

父「それが大事だからだよ──」


『──なあ、父ちゃん。サンタってやっぱり父ちゃんや母ちゃんなんだろ?』

『クラスみんな知ってるもん、サンタなんかいないって──』


父「──俺はな、兄貴がいたのもあって小学校も早い内からサンタを信じなくなった」

父「サンタを信じないって事は、プレゼントは親がくれるものと認識するって事だ」

父「するとクリスマスというイベントは普通の家庭では『プレゼントを買ってもらって当たり前の日』という事になる」

父「子供心にも感謝の気持ちは薄くなったと思う」


父「でも実際にはどうだ。サンタがくれるプレゼントも親が買うそれも、ただ子供に喜んでもらうための優しい贈り物だ、なにも変わらない」

父「でもそんな大人たちの気遣いも小学生の子供には解らないんだ」


父「サンタを信じるってことは、御伽噺みたいな優しい世界を信じるってことだと思う」

父「……俺はサンタを信じなくなった事が、子供らしい夢を失うきっかけのひとつになった気がする」


『……俺、来年からクリスマスプレゼントは現金がいいな──』


父「挙句、プレゼントは現金がいい…なんてな」

父「優しさの形を金に求めるなんて、大人だってするもんじゃないのに」


父「自分が色んな優しさに包まれて育てられてきたんだ……それに気づける歳になるまで」

父「俺はあの子にサンタを信じていて欲しい」

父「例えその形が偽物の団体であったとしても、子供達の幸せを願う団体とそこに加入する優しい親達が世界中にいるって」

父「そう思っておいて欲しいんだ──」


……………
………



娘「──お父さん」モジモジ

父「ん、どうした?」


娘「今年の…サンタさんへのお願いなんだけどね」

父「ああ」

娘「こんな事…怒られるかな」

父「……言わなきゃ解らん」


娘「お金…現金がいいの」

父「!!」

娘「商品券でもいいんだけど…」


父「……それは、なにかサンタに伝えにくいようなものが欲しいのか?」

娘「ち、違う!」

父「じゃあ──」


娘「──プレゼントを買いたいの」

父「プレゼント…?」

娘「うん…人にあげるプレゼント」

父「………」


娘「あの…ウチの高校、バイト禁止だから…その」

父「うん」

娘「普段のやりくりは贅沢しなければお小遣いでなんとかなるんだけど……それ以上の余裕はなくて」


父「……誰にあげたいんだ?」

娘「!!」ドキッ

父「隣の幼馴染くんか」

娘「…ん」コクン


娘「やっぱり怒られるかな」

父「怒られるもんか。でも…その願い事をしたらそれで最後なんだ」

娘「最後…?」

父「ああ…子供が自分の金で、他の誰かにプレゼントをしたい…そう言い出す時」

娘「………」

父「それがサンタの役目が終わる時なんだ」

娘「……お父…さん」グスッ


父「大きくなった…お前も大人になったんだなぁ…」

娘「大人じゃないよぅ…まだ」

父「幼馴染くんは、お前と同じように純粋で素朴な子だと思う」

娘「うん」

父「これからは彼がお前のサンタになってくれる、よかった…よかったなぁ──」


………



妻「──あら、おはよう。久しぶりだったわね、夫婦二人でのイブなんて」

父「そうだな……ところで、これはなんだ?」

妻「ああ…朝、私も見たわ。貴方の枕元にあったわね。でも私は知らないわよ、サンタさんじゃない?」

父「バカな」ガサガサ


妻「あら、いい色」

父「!!」


妻「あの子ったら……幼馴染くんへのプレゼント、少し切り詰めたのね」

父「娘、あいつ──」


……………
………



司会「──ではここで、お手元のプログラムには記載しておりませんが、新婦よりご両親への手紙を読んで頂きたいと思います」


パチパチパチ…


父「なんだ、聞いてないぞ」

妻「あらあら」ニコニコ


娘「……お父さん、お母さん。私を今日まで育ててくれて──」


娘「──でした。…それから、お父さん」

父「………」


娘「子供の言う事にちゃんと耳を傾けてくれて、ちょっと怖いけど誠実な貴方が、私は大好きでした」

娘「子供の夢をできるだけ壊さずに、ずっと守ってくれた貴方のおかげで」

娘「私は幼馴染くんから『少し天然気味』と言われてしまうくらい、純粋に育つことができたんだと思います」

娘「貴方が語ってくれたサンタさんの秘密、私はずっと忘れません」グスッ

父「うっ…うぅ…っ」


娘「…こんな大事な日に、そんなくたびれた安物のネクタイでよかったの?」ポロポロ

父「当たり…前だ」


娘「いつか私も母になると思います、だから──」

父「……娘っ」ポロッ…


娘「──私にも、サンタ協会への加入方法…教えて下さい」


【おしまい】

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