神様は海の匂いを知らないんだって(20)

金目(ふらふらだ…もうどれくらい歩いているんだろう)ヨタヨタ

金目(あつい、あついなぁ……何処かにお水、ないかなぁ)

金目(……無理かな。見渡す限り焼けた砂しかないや)

金目(ん?なんだろうあれ…何か光って……髪?誰かいるのかな?)

銀髪「おや……驚いた、こんなところにお客様かい?」

金目(人だ、なんでこんなところに……)

金目「あ、あの……み、…」

銀髪「もしかして水が欲しいのかい?」

金目「う、うん」

銀髪「水なら……ほら、この瓶の中にあるよ。僕には必要ないから、たんとお飲み」

金目「ありがと……」ゴクゴク

金目「ふぅ、助かった……本当にありがとう」

銀髪「どういたしまして。それより君は、こんな陽炎に歪んだ砂の海で何をしているんだい?」

金目「……分からないんだ」

銀髪「分からない?」

金目「僕…何にも分からなくて……でも、誰かに会いたくて…さみしくて…」

銀髪「……そうかい」

金目「僕、不安なんだ。自分のことも何にも分からない……」

銀髪「……名前は?」

金目「分からない」ふるふる

銀髪「……」

銀髪「じゃあ、僕がつけてあげようか」

金目「君が?」

銀髪「こう見えて、僕はいろいろなものに名前をつけてきたのさ。君にだって、素敵な名前をあげよう」

銀髪「そうだね、君は綺麗な金の瞳を持っているから……adamahなんてどうだい?」

金目「……?」

銀髪「《土塊》を意味する名前さ。金は土のずっと底に抱かれている。金の瞳を持った君に相応しいと思わないかい?」

金目「……そうかな、うん、いい名前だと思う」

銀髪「そうだろう。僕がずっと昔、最初につけた名前にも因んでいるんだよ。じゃあ、これから君はadamahだ」

金目「僕の、名前……」

銀髪「そうさ、君の名前。名前が有れば何かを説明するのも容易い。名前があれば、君の不安も少しは紛れるだろう」

金目「じゃあ、君は?」

銀髪「僕かい?僕は……」

銀髪「……困ったな、僕も本当は名前なんてないんだ。そうだね…」

銀髪「色んな名前で呼ばれたけれど、elってことにしておこう。呼びやすいだろう」

金目「君は、女の子なの?」

銀髪「どうしてそう思うんだい?」

金目「elって、何となく女の子みたいだし…それに、君は綺麗な長い長い銀色の髪をしているから」

金目「いや、でも……分からないや、どっちなの?」

銀髪「……どっちだろうね」ニコ

金目「……」

銀髪「そこは、君の判断に任せよう。僕は肩書きとか見た目に縛られるべきじゃない。名前がないのもそういうことさ」

銀髪「さて、話は冒頭に戻るよ」

銀髪「君は寂しいという理由だけでこの砂漠をあてもなく、さ迷っていたのかい?」

金目「……うん。でもあてのない道ってわけじゃないよ。海、探してたんだ」

銀髪「海かい?海の水は飲むのにはてきさない様だけど」

金目「違うんだ。海までいけば誰か、何かいるような気がして……」

銀髪「そんなに寂しかったのかい。でもよかったじゃないか、君はこうして、僕と出逢えた」

金目「……なんか、違うんだ」

銀髪「?」

金目「君がいるのに、僕に名前までくれたのに……まだ、寂しいんだ。なんにも、満たされないんだ」

銀髪「……君は…誰に、何に、会いたいんだい?」

金目「……わからない」

銀髪「全く、困った男の子だね……」

銀髪「じゃあ、僕も探してあげようかな」

金目「え?」

銀髪「君の探し物をさ。ひとりより、二人のほうが探しやすいだろう?」

金目「でも…」

銀髪「何も遠慮することはないさ。僕は暇をもて余していたんだ」

金目「……君は、何もすることがないの?」

銀髪「今はね。ちょっと前まではいい暇潰しがあったんだけれど……いや、」

銀髪「だいたい、時間なんて暇潰しの為にあるのさ。どれほど意味のあることをしてもそれは結局、有意義な暇潰しだったと言うだけの話だ」

金目「そうなのかなぁ…」

銀髪「難しいかい?こうして存在する以上、僕もいつか消えてなくなるだろう。その後に、僕が存在した形跡も消える。
そうなれば最初から僕が存在しないのと同じことだ。これは、全てにおいて言えることだとは思わないかい?」

銀髪「結局終わりを待つだけなのだから、何をしても暇潰しさ」

金目「うーん……じゃあ、お願いしようかな。よろしくね」

銀髪「ああ、よろしく。君の探し物のお手伝いは、有意義な暇潰しになりそうだからね」

銀髪「さてと……何処へ行こうか。こちらかな、それともあちらに?」

金目「君はどっちがいいと思う?」

銀髪「さあね、よく分からないな……どちらでもあまり変わらないんじゃないかな」

金目「それじゃあ、……あの太陽に向かって歩いてみよう」スタスタ

銀髪「そうしようか」スタスタ

金目「ふぅ…暑いね…」スタスタ

銀髪「そうかい?」スタスタ

金目「君は涼しげだね…全然汗もかいてない」ジー

金目「それにしても、君の髪って本当に綺麗!素敵だね」

銀髪「そうなのかい?初めて言われたなぁ…ふふ、ありがとう」サラッ

金目「うん、太陽に近づいてるからかな、キラキラ輝いて宝石みたいだよ。君の髪、銀髪なのに虹色に光るんだね」

金目「螺鈿みたいでカッコいいね」

銀髪「螺鈿……?あぁ、海に住む貝の殻の加工品か」

金目「そうだよ。海って不思議だよね、いろんな生き物がいて…凄いんだよ」

銀髪「そうかい。実は僕は、海を実際に見たことがないんだ。ずっと遠くから眺めたことならあるけれど」

金目「本当に?じゃあ、いっしょに見に行こうよ!」

銀髪「……それは出来ない。この世界の海は、一滴残らず消えて砂になってしまった」

金目「え…?」

銀髪「……昔話をしてあげようか。この世界に海があったころのお話だ」

銀髪「昔々、この世界には、ある《生き物》が繁栄していましたとさ。それらは最初、一つの土人形に過ぎなかったけれど、ついにはこの世界の表面上の支配者となった。
…もっとも、彼らは自分たちの起源は海だと信じていたんだけどね」

銀髪「栄えるうちに、彼らは強大な力を手に入れた。そして、その使い方を誤ってしまった」

銀髪「それなりに賢い生き物ではあったんだけれどね。その未知の力がどれ程のものかまでは考えが至らなかったんだろう」

銀髪「長く繁栄していたわりに、終わりは馬鹿みたいに呆気なかった。僕が瞬きする一瞬にも満たない程、短い間に土に戻っていたさ」

銀髪「この世界のありとあらゆるものを道連れにね。……後には、静かな砂の海だけが残りましたとさ。めでたしめでたし」

金目「……全然、めでたしじゃないよ」

銀髪「物語はめでたしめでたしで締め括るものだろう?そうなるように、書き手も語り手も努力するべきなのさ……さて、いまのお話を聞いて、何か思い出したかい?」

金目「……なにも」ふるふる

銀髪「それは残念だね。でも実のところ、僕には君の正体のあてがだいたいついているんだ」

金目「ほ、本当!?」

銀髪「本当さ。僕は嘘つきなんかじゃないからね。でも、君には教えてあげないよ」

金目「どうして…」

銀髪「僕は嘘つきではないけど意地悪だからね。だいたい、はっきりと分かっているわけじゃないし……」

銀髪「それに、真実を知ることが君にとって良いことだとは限らないだろう?」

金目「それでも、僕は……」

銀髪「まぁまぁ、急いてもいいことなんて一つもないよ。…分かった、そのうちに教えてあげよう」

銀髪「それより、次の行き先を決めよう。海がない以上、探し物はともかく目的地を改める必要があるね」

金目「……こっちでいい」スタスタ

銀髪「おや、同じ方向へ行くのかい?」

金目「もう何処もかしこも砂しかないなら、どっちへ行っても変わらないよ」スタスタ

銀髪「待って待って、そうむくれないでおくれよ」スタスタ

金目「だって君、いじわるだし…」ムスッ

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