ほむら「ロミオと」まどか「ジュリエット」 (259)
ワルプル越えたり杏子が学校にいたり色々めちゃくちゃ
地の文あり
ほのぼのを目指します
そんなに長くはならないです
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[教室]
仁美「それでは、私達のクラスの出し物は…演劇『ロミオとジュリエット』に決定しました」
パチパチとまばらな拍手が教室で起きる。
誰もやりたがらなかった文化祭の実行委員を引き受けてしまった志筑仁美。
そんな彼女を早速不幸が襲ってしまった。
先日、飲食店希望のクラスが多すぎた為にくじで決めることになったのだが、見事に外してしまったのであった。
先程のまばらな拍手の原因はそこにあった。
だが、実行委員を引き受けてくれた彼女を責める人間はいなかった。
ほむら(残念だったわね、仁美)
ほむらは普段授業を受けている時と同じように仁美の言葉を真面目に聞いていた。
仁美は少し申し訳なさそうな顔で言葉を続ける。
仁美「それでは…ロミオ役とジュリエット役を決めたいと思うのですが…」
教室内は沈黙に包まれている。物音ひとつでも立てたら視線の雨が降り注ぐ、そんな雰囲気だった。
ほむら(まあ、誰もやりたがらないわよね)
実行委員を決める時と全く同じ空気が教室を包んでいる。
そんな空気を破ったのは意外な人物の声だった。
さやか「はいはーい」
手を挙げながら腰を椅子から少し浮かし、さやかが口を開いた。
仁美「さやかさん?主役に立候補なさるのですか?」
ほむら(へぇ…。こういうことはやりたがらないと思ったのだけど)
恐らく教室中のクラスメイト全員がそう思っただろう。
そして意外と早く決まりそうだという安堵の空気が流れる。
そんな空気を再びさやかが破る。
さやか「あたし!美樹さやかはほむらとまどかを主役に推薦しまーっす!」
ほむら「…はっ?」
予想外過ぎる提案にほむらは思わず声が出てしまった。
さやかに集まっていた視線の半分がこちらに向いたのがはっきり分かる。
もう半分は――
まどか「…えっと……」
――顔を少し赤らめ、下を向いているまどかに向いていた。
仁美「あの…、さやかさん?推薦と言われましても…」
流石の仁美も混乱しているようだ。
取りあえずこのままではまずい、そう判断したほむらは反論する。
ほむら「美樹さやか、貴方がここまで愚かだとは思わなかったわ」
ガタッと音を立てながら立ち上がり、ほむらはさやかを見据える。
ほむら「貴方、ロミオとジュリエットを読んだことはあるのかしら?」
さやか「いやー、読んだことは無いけどさ、内容はちょっと知ってるよ」
ほむら「ならばロミオが男性だということを知らないとは言わせないわよ?」
さやか「男性だからって男子がやらないといけないってことも無いじゃん?ほら、宝塚とかでもそうでしょ?」
ほむら「宝塚は女性の人の集まった歌劇団だからでしょう?男子が居るのにわざわざ女子が演じる必要はないわ」
さやか「一風変わったほうが注目されやすいってのもあるし?」
ほむら(…まずい流れね)
このままさやかを論破できる自信はある。だが、クラス中に蔓延してしまった空気を払拭するのは別だった。
何よりも、さやかが本気でそういう空気にもっていこうとしているのが厄介だ。
ほむら(誰かが名乗り出てくれない限り、一度名前が挙がってしまった以上このまま祭り上げられるでしょうね…)
だが、勿論名乗り出そうな人物はいない。ならば…
ほむら「じゃあ貴方がロミオ役をやっても注目を浴びるんじゃないかしら?杏子と一緒にどう?」
さやか「はああああああああああ!?」
杏子「はあああああああああ!?」
ニヤニヤした表情が一気に焦りの表情に変わったさやかと、我関せずという感じで傍観していた杏子が奇声に近い大声を上げる。
杏子「なんでそこであたしの名前が出てくるんだよ!?」
ほむら「なぜって…貴方達とても仲がいいじゃない?今も息がピッタリだったわ」
さやか「仲良くなんてねーって!」
杏子「仲良くなんてねーって!」
ほむら「ほらね?」
迂闊に口が開けなくなった二人を尻目に、ほむらは畳みかけるように続ける。
ほむら「先に言っておくけど、別に貴方達を適当に選んだわけじゃないわ。ちゃんと理由があるのよ」
仁美「…理由ですか?」
ほむら「ええ。まず一つ目、さっきも言ったけれど仲の良さね。呼吸が合うというのは重要だと思うわ」
ほむら「二つ目…。美樹さやかの言う通りに注目を集めたいのなら杏子の個性を活かすべきだわ」
仁美「杏子さんの個性?」
ほむら「そう。正直、杏子と世間一般の御姫様のイメージは対極にあると思うわ」
ほむら「そこのギャップを最大限に利用するのがいいんじゃないかしら」
少し、教室内にざわめきが起こる。
男女問わずギャップに弱い人間は少なくない。
杏子は学校内でもそれなりに知名度がある。…粗暴な振舞いのおかげで、だが。
杏子「ふざけんなよ!あたしは絶対嫌だかんな!」
ほむら「普段はこういう口調の杏子の御姫様なんて滅多にみれるもんじゃないわよ」
杏子「テメェ…!」
さやか「ちょ…!杏子タンマタンマ!アンタが喋ると不利になるんだって!」
ほむら(もう少し自滅して欲しかったけれど…まあ手ごたえは上々ね)
後だしで更に魅力的な案、教室内の空気は完全に変わっていた。
ほむら(このチャンスを逃す手は無いわね)
ほむらはこのまま一気に決めにかかった。
ほむら「他に立候補する人はいる?」
仁美「あ…えっと、他に立候補する方はいらっしゃいませんか?」
ざわめきが一瞬で静寂に変わった。候補はこの二組に絞られたようだ。
ほむら「美樹さやか、杏子…大人しく役を演じる気になったかしら?」
さやか「誰が!」
杏子「やるか!」
ほむら「仕方無いわね。本人同士の同意が得られない以上、投票で手を打つべきだと思うのだけど」
ほむら「もし投票以外でいい案があるのならそちらでもいいわよ?」
さやか「ぐっ…!」
ほむら(愚かね。こういう駆け引きでも貴方は絶対私には勝てないのよ…残念だったわね)
仁美「さやかさん…?何かあれば…」
さやか「うー…!無いわよ!」
ほむら「それじゃあ投票ね。無いとは思うけど不正防止の意味で記名投票にしましょう」
ほむら「勿論開票の際は名前は読み上げなくていいわ」
仁美「…いかがでしょう?さやかさん、杏子さん」
さやか「…いいわよ……」
杏子「なんであたしがこんな目に…神様……」
ほむら(少し、杏子には同情するけど…恨むならさやかを恨みなさい)
仁美「まどかさんもよろしいですか?」
まどか「えっ…!あ、…うん」
今まで沈黙を続けていたまどかが少し驚き返事をした。
そしてまどかは座ったまま振り向き、ほむらを見た。
ほむら「…?」
まどかの表情から何を考えているか読み取れない。
ほむら(不安なのかしら…?でも大丈夫よ)
この流れのまま投票に持ちこめた時点でほむらは勝ちを確信していた。
その確信が油断になっていたのをほむらは最後まで気が付けずにいた。
仁美「それでは開票します」
記入が終わった紙を広げては読み上げていく。最初は票が並んでいたが徐々に差がつき始める。
仁美「現在、鹿目暁美ペアが7票、美樹佐倉ペアが12票となっております」
杏子「いーやーだー!」
杏子が机に突っ伏してうなだれている。
さやかは最早諦めたのか、一言も発さず開票を続ける仁美を見続けていた。
仁美「では開票を続けます。ええと………鹿目暁美ペア」
ほむら(…何?今の間は…)
少し、嫌な予感がした。
こういうときの予感は的中する、そんな気もした。
仁美「それでは結果です。鹿目暁美ペアが12票、美樹佐倉ペアが18票となりました」
杏子「終わった…」
さやか「…」
ほむら「決定ね。おめでとう、二人とも」
全く感情を込めていない賛辞の言葉を贈る。そんなほむらに予想外の展開が待っていた。
仁美「ですが…ほむらさん。こちらの投票用紙をご覧ください」
ほむら「…なんなの?」
仁美が静かな足取りで近寄ってくる。そして、手に持っていた一枚の投票用紙を渡された。
ロミオとジュリエット配役 投票用紙
鹿目 暁美ペア ○
美樹 佐倉ペア
鹿目まどか
ほむら「…なっ…!?これは…っ」
仁美「先程、ほむらさんは『本人同士の同意が得られない以上、投票で』と仰いました」
仁美「本人の同意が得られた場合、そちらが優先されると私は思うのですが…」
ほむら「…まどか!?貴方…っ」
まどかは申し訳なさそうな顔で振り向き、申し訳なさそうな声で呟く。
まどか「ティヒヒ…ごめん、ね…ほむらちゃん……」
仁美が教壇に立ち他の配役を決めていく。だが、ほむらの耳は全く入ってこない。
ほむら(今の私なら中世にまで時間遡行できそうな気がするわ。
そしてウイリアムシェイクスピアの作品を全て世に出回る前に処分してしまいましょう)
「……ら……ちゃ…」
ほむら(そもそも中学校で文化祭は必要ないと思うわ。高校からで充分よ)
「ほ…ら……ゃん」
ほむら(…今思い出してもあのさやかの勝ち誇った顔は腹が立つわね。貴方は何もしていないのよ?
今度魔女と戦っているときに偶然を装って流れ弾を…)
まどか「ほむらちゃん!」
自分の世界に入り込んでいたほむらはいきなり自分の名前を呼ばれ少し身体を硬直させた。
ようやく自分の世界から帰ってきたほむらは周囲を見渡す。
いつの間にかホームルームが終わっていたらしい。クラスメイトがせわしなく下校準備を進めている。
そして、目の前にまどかがいた。
まどか「…ごめんね、ほむらちゃん。怒ってる…よね」
ほむら「いえ、怒っていた訳じゃないわ。少し考え事をしていて…」
まどか「そう…よかった」
まどかは少しだけ安心した表情を見せる。しかし申し訳無いという感情はまだ見て取れた。
ほむら「まどかは…てっきり嫌がっているものだと思っていたわ」
まどか「…ほむらちゃんは嫌だったんだよね?私となんかじゃ……」
ほむら「それは違うわ」
主役を演じるのが嫌か嫌じゃないかと尋ねられたら正直、嫌だった。
だが、一緒に演じる相手がまどかになると話は別だ。
ほむら「確かに恥ずかしいけど…私はまどかと一緒に何かをするのは嫌じゃないわ」
まどか「…本当に?」
少しずついつものまどかの表情に戻ってくる。
ほむらは、いつもの明るいまどかに早く戻って欲しかった。
ほむら「ええ。まどかが嫌がっていると思ってあんなにも食って掛かったのよ」
少し、嘘を吐いた。
嘘を吐いてでもまどかを安心させたかった。
まどか「…ありがとっ♪ほむらちゃん」ニコッ
ほむらは、まどかの笑顔が好きだったからだ。
[鹿目家]
まどか「って感じで…主役をやることになりました」
知久「…まどか、文化祭はいつだい?」
まどか「えっと…11月の第一金曜日だよ」
知久「ママ」
詢子「分かってるよパパ。明日有給休暇届けてくるから。それと…」
知久「分かってるよママ。新しいビデオカメラを購入しておくよ」
詢子「三台ね」
知久「そうだね。プロジェクターについては追々考えよう」
タツヤ「ねえちゃ!がんばってね!」
まどか「あ、ありがと…」
不安の種が増えた、そう思ったまどかだった。
詢子「しかし、まどかにしては珍しいな」
まどか「う、うん…そうだよね」
詢子「ああ。ほむらちゃんの意見を聞かずに自分の意見押し通しちゃうなんてさ」
まどか「やっぱり…まずかったかな…」
詢子「まあたまにはいいんじゃないか?ほむらちゃんもそこまで怒ってなかったんだろ?」
まどか「…多分、だけど」
詢子「まあいい経験になるさ。きっと」
話が酒の肴になったのか、美味しそうに酒を飲み進めていく。
知久「台本が出来たらほむらちゃんとセリフ合わせしないといけないね」
まどか「うん…覚えられるかな…」
知久「家で練習すればいいよ。ほむらちゃんも呼んでね」
まどか「…ありがとうパパ」
知久「世界で一番二人の劇を楽しみにしている自信があるよ」
詢子「全くだ」
まどか「あはは…。が、頑張るよ」
まどか(やると決めたんだから…頑張ろう!ほむらちゃんに迷惑をかけないようにしないと)
[ほむらの部屋]
ほむらはベッドに寝転び、本を読んでいた。勿論、ロミオとジュリエットである。
ほむら(さやかに『読んだことが無いの』って言ったものの…私も実際読むのは初めてね)
軽く読み流すように目を通していく。そこまで真剣に読むつもりは無かった。
どの道、台本を嫌でも目を通すことになるのだから。
ほむら(ジュリエットの方がセリフが多いのかしら)
有名なシーンではジュリエットのセリフが多いように見える。
ほむら(流石にまどかにロミオ役をやらせるわけにはいかないけれど…)
ほむら(一応、台本が出来上がったら両方に目を通しておいたほうがよさそうね)
文化祭まで残り一か月。
[翌日 通学路]
さやか「おっはよー!主役のお二人様!いい天気だね!」
杏子「いやー!一時はどうなるかと思ったぜ」
ほむら「…おはよう、二人とも」
まどか「おはよーさやかちゃん、杏子ちゃん」
さやか「主役に惜しくも落選したあたしは音響係になったのでしたっ!」
杏子「あたしは照明だってさ。まあ主役じゃなければどうでもいいや」
ほむら「…煽っているのかしら?」
さやか「そんなことないってー!ほむら怖いー」
ほむら「…」
まどか「ほ、ほむらちゃん?」
ほむら「大丈夫よまどか。貴方には全く怒っていないから」
さやか「ロミオが怖いから先行くよ!ついてこい照明係っ!」
杏子「待てよ音響係ー」
ほむら(あ、本気で手が出そう)
まどか「ほむらちゃん…行こっ?」
まどかが隣にいてくれて助かったさやかと杏子とほむらであった。
[数日後]
文化祭へ向け、段々と周囲がせわしなくなっていった。
しかし、まどかとほむらはやることが無かった。
ほむら「台本が出来上がるまではやることが無いのはわかっていたけど…」
まどか「そうだね…」
仁美『主役のお二人に他のお仕事を手伝わせる訳にはいきません。
台本が出来上がればお二人が一番お忙しくなるでしょうしそれまではゆっくりしてください』
主役に決まった翌日に仁美にそう告げられ、二人で早々に帰路に着く日々を送っていた。
ほむら「そういえば…」
まどか「どうしたの?ほむらちゃん」
ほむら「なぜ主役を引き受ける気になったの?」
まどか「…やっぱり気になる、よね」
ほむら「そうね…まどかが自ら進んでやるなんて思ってもいなかったから」
まどか「…ほむらちゃんとならいいかなぁ、って」
ほむら「えっ?」
まどか「二人で何か協力してやりたいなぁ、って思って…だから…」
ほむら「…そう」
まどか「ごめんね…」
ほむら「いえ…、嬉しいわ」
まどか「…ほむらちゃん?」
ほむら「私を選んでくれたのが…嬉しいのよ」
まどか「ティヒヒ…恥ずかしいよ」
ほむら「本番はもっと恥ずかしいと思うわよ?」
まどか「…そうだよね。でも、ほむらちゃんとなら大丈夫…な気がする」
ほむら「私も劇なんて初めてだけど頑張るわ。成功させましょう」
まどか「うん。頑張ろうね!」
翌日、二人の元に台本が届けられた。
のんびりとした日々が終わりを告げ、忙しい日々が到来した。
文化祭まで、残り約三週間。
[教室]
ほむら「やっぱり私がロミオ役なのね」
演劇部員「うん、鹿目さんに男の人の役はさすがにかけ離れすぎちゃってるから」
まどか(うわ…思ってた以上にセリフが多い…)
ほむら(…まどかのセリフが多いわね)
ほむら「ジュリエットのセリフを少しでもロミオに回すことは出来ないかしら?」
演劇部員「難しいかなー。これでも結構はしょったりしてるんだけどね」
ほむら「そう…」
ほむらは台本をペラペラめくる。台本は五つのシーン別に区切られていた。
舞踏会で二人が出会うシーン
バルコニーのシーン
街頭での争いに巻き込まれるシーン
薬を受け取るシーン
死のシーン
問題はバルコニーのシーン。ロミオとジュリエットで最も有名な場面だ。
ジュリエットがバルコニーでロミオを想い語るセリフは長い。
更に問題なのは全ての観客の視線がまどかに向けられるということだ。
まどか「…」
まどかは食い入るように台本に目を通す。そんな様子を察してほむらはまどかの肩をポンッと叩いた。
ほむら「まだ三週間あるわ。一つずつじっくり憶えていきましょう」
まどか「う、うん…。ありがとう、ほむらちゃん」
ほむら(私も余裕があるわけじゃないけれど…まどかを心配させないようにしないと)
さやか「ほーむら」
休み時間、ほむらが台本に目を通していた時にさやかが話しかけてきた。
ほむら「…何かしら?音響係の美樹さやかさん?私は忙しいのだけど」
さやか「ごめんって…謝るからさ…」
ほむら「…はぁ。で?さやか…何の用なの?」
さやか「謝っておかないとなー、って思ってさ」
ほむら「謝るくらいなら名指しなんてしないで欲しかったわ」
さやか「うっ…仰る通りで」
ほむら「…なぜ、私とまどかだったの?」
ほむらはずっと聞きたいと思っていた。選ばれた理由を。
さやか「えっと…ね。ほむらってさ…言っちゃなんだけど友達作るの上手じゃないよね?」
ほむら「いきなり失礼なこと言うわね。……まあ、自分でも上手だとは思っていないわ」
さやか「文化祭ってさ、友達の輪っていうか交友関係が広がると思うんだ」
ほむら「そういうものなの?」
さやか「だって、あたし達の場合はみんなで一つになって劇をやるでしょ?」
さやか「同じ目的を共有すれば自然と仲良くなれそうじゃない?」
ほむら「…一理あるわね」
さやか「ほむらはなんかそういうのに積極的に参加しなさそうだと思ってね…」
ほむら「主役に私を当て込んで無理矢理その輪に引き込もうとした訳ね」
さやか「言い方がちょっとアレだけど…まあそうだね」
ほむら「そんな回りくどいことをしないでも…」
さやか「本当に?」
言いたいことを見透かされた。さやかは妙に鋭い時がある。
ほむら(気が付いて欲しくない時に気が付いてしまうからタチが悪いのよね…)
さやか「ほむらさ」
さやか「もっと学校生活を楽しもうよ」
ほむら「えっ…?」
さやか「せっかく掴んだ日常なんだしさ、楽しまなきゃ損だよ」
ほむら「……今は楽しむ余裕なんか無いわ」
さやか「ごめんってばぁ…」
ほむら「…いいわ、許してあげる」
さやか「ホントに?」
ほむら「だから台本を憶えるのに集中させてくれる?」
さやか「あー…はいはい。悪ぅございましたー」
ほむら「…さやか」
ほむら「一応、礼を言っておくわ」
さやか「…押し付けてなんだけどさ、頑張ってね」
さやかが立ち去ったのを確認してほむらは台本暗記に集中する。
ほむら(…そういえば、まどかの名前を出した理由を聞くのを忘れていたわ)
ほむら(…今度でいいわね)
[文化祭まで残り二週間]
ある程度書き溜めが出来たらまた投下します。では失礼します。
少し投下します。
[教室]
台本を片手に、シーン別での読み合わせが進んでいく。
ほむらは、自身のセリフのほとんどを頭に叩き込んでいた。
だが、まどかは依然苦戦を強いられていた。
ほむら「ああ、嬉しい。僕はあれから貴方のことばかり追いかけていたんだ」
まどか「お、お世辞が上手いのね。あなたも貴族なの?ぶと、舞踏会なんかに出席して」
ほむら「…少し、休憩しましょう」
まどか「…ごめんね」
ほむら「いいのよ。ごめんなさい、ちょっと抜けるわね」
女生徒「うん、わかった」
台本を見ながらでもセリフがスムーズに出てこない。想像していた以上に深刻だった。
ほむら「大丈夫?」
まどか「思ってた以上に大変かも…」
ほむら「量が多いと大変ね」
まどか「うん。それに…普段と言葉遣いが全然違うから、そこも意識しないといけなくて」
まどか「でもそれはほむらちゃんも同じだよね…。性別が違うからもっと大変なのかなぁ?」
ほむら「…それね」
まどか「えっ?」
ほむら「ちょっと待ってて」
ほむら「ごめんなさい、少しいい?」
演劇部員「どうしたの?」
ほむら「申し訳無いけれど、少し台本を変更して欲しいの」
演劇部員「どこの部分かにもよるけど…できそうな箇所ならするよ」
ほむら「ジュリエットのセリフ全般なんだけど…」
演劇部員「えっと…全部?」
ほむら「まどかがジュリエットになりきるんじゃなくて、ジュリエットをまどかに合わせて欲しいの」
演劇部員「うーん…」
ほむらも難しい注文をしているとは分かっていた。だが、このままでは厳しいかもしれない。
その考えは彼女にも重々分かっていた。
演劇部員「ちょっと待ってね…」
確認するように台本の最初から目を通していく。そしてペンを手にとり、何かを書き込み始めた。
演劇部員「…こんな感じ?」
手渡された台本に目を落とす、先程読み合わせた場面のセリフが書き換えられていた。
ほむら「ジュリエット『お世辞が上手いね。あなたも貴族?舞踏会に参加してるってことは』」
ほむら「もう少し…」
ほむらが更に修正を加え、台本を返す。
演劇部員「ジュリエット『褒めるの上手だね。舞踏会に参加してるってことはあなたも貴族の人なの?』」
演劇部員「うん、こっちのほうが鹿目さんに近いかも」
ほむら「大幅に変えてしまったけど大丈夫かしら」
演劇部員「暁美さんも鹿目さんも初めての劇で主役だもん、仕方が無いよ」
演劇部員「文化祭の出し物なんだしこれくらいの口調のほうが合ってるかもね」
ほむら「ごめんなさい、折角書いてもらった台本なのに」
演劇部員「いいのいいの。でも…、全てのセリフを変えるのは少し時間がかかるかもしれない」
ほむら「…私が修正してもいいかしら?」
演劇部員「確かに私より暁美さんのほうが鹿目さんのこと理解しているから任せた方が早いと思うけど…」
演劇部員「暁美さんは自分のセリフを憶えないとダメでしょ?」
ほむら「自分のセリフは粗方頭に入っているわ」
ほむら「勿論修正した後一度貴方に見せてOKかどうか確認はとるわ」
演劇部員「分かったわ。皆には私から伝えておくね」
ほむら「ありがとう」
演劇部員「いえいえ。…暁美さんとこんなに喋ったの初めてだけど優しい子なのね」
ほむら「…そんなこと」
演劇部員「照れない照れない。じゃあ台本の件はよろしく頼むわね」
ほむら「…ええ。なるべく早く見せれるようにするわ」
まどか「あっ、ほむらちゃんおかえり」
ほむら「ごめんなさい、少し長くなってしまったわ」
まどか「ううん、大丈夫。何を話してたの?」
ほむら「まどかのセリフを変更するわ」
まどか「えっ…」
ほむら「安心して。内容はほとんど変わらないから。変えるのは口調だけよ」
まどか「…わたしの為に?……ごめんね…気を使ってもらっちゃって」
ほむら「気にしないでいいわ。お互い頑張りましょう」
まどか「うん…ありがとう」
[その日の夜 ほむらの部屋]
ほむら(ここは…まどかなら……こう、かしら)
今日の読み合わせを終え帰宅したほむらは机に向かい、台本の修正作業に取り組んでいた。
ほむら(明日の読み合わせの為にも最初のシーンは終わらせておかないと…)
まどかのセリフを一つずつ変更していく。
まどかならどう言うか、まどかならどう反応するのか…そう考えながら。
ほむら(…)
深夜まで部屋の灯りは消えず、ペンを走らせる音が響いていた。
[次の日 学校]
ほむら「とりあえず今日の読み合わせの箇所だけでも変更してみたわ」
演劇部員「ちょっと見せてね」
ほむら「ええ。どうぞ」
ほむらが修正を加えた台本に目を通していく。
時折「なるほど」など感嘆したような言葉を呟いていた。
演劇部員「やっぱり暁美さんに任せて正解だったわ」
ほむら「どこかまずい箇所はあった?」
演劇部員「大丈夫だと思うよ。内容は変えずに口調だけ変えてくれているから」
ほむら「そう、よかったわ」
演劇部員「じゃあこの台本ちょっと借りるね。PCに打ち込んで印刷してくるから」
ほむら「仕事を増やしてしまって申し訳ないわ」
演劇部員「いいのいいの。それだけみんな本気ってことだからね」
演劇部員「できるだけ早く仕上げるから。少なくとも放課後までにはね」
ほむら「…ありがとう」
[放課後]
演劇部員「修正を加えた部分を配るわね」
そういい、劇に参加している全員にプリントアウトした台本を手渡していく。
まどか「ごめんなさい、私のせいで」
演劇部員「いいのよ。頑張ってね…、はいこれが鹿目さん用ね」
まどか「わたし…用?」
意味ありげな言葉と新たな台本を受け取ったまどかは台本に目を通した。
まどか(これって…変更してる部分が手書き……?)
まどか(ほむらちゃんの字…?)
まどか「あ、あの!」
演劇部員「ん?どうしたの?」
まどか「台本を修正したのって…」
演劇部員「鹿目さんの思ってる通り…暁美さんだよ」
まどか「ほむらちゃんが…」
まどかは思った。自分のセリフを憶えるだけで私は手いっぱいなのに、と
手渡された台本をまどかはとても大事そうに抱きしめた。
まどか(…応えたい。みんながこんなにも頑張ってくれているんだから……)
ほむら「踊ってくださいますか?」
まどか「喜んで」
ほむら「よかった。また出会えて」
まどか「えっ?」
ほむら「知らないでしょう、橋の上でお会いした」
まどか「知ってる。三日前に川を見つめていたよね?」
ほむら「ああ嬉しい。僕はあれからあなたのことばかり追いかけていたのだ」
まどか「褒めるの上手だね。舞踏会に参加してるってことはあなたも貴族の人なの?」
ほむら「僕は貴族じゃない。もしかしたらあなたに会えるかと思って、恋に沈む心を駆り立てて、
キャピュレット家の門を潜ったのです。そうしたら、あなたが目の前に」
まどか「嬉しいな。でも、ほどほどにしてくれないと本気にしちゃうかも」
さやか「随分変わったね」
杏子「でもいい感じじゃねーか?」
さやか「だね。まどかっぽくてやりやすそうだわ」
杏子「ホントに主役じゃなくてよかったぜ…」
さやか「同じく…」
ほむら「今日はこのあたりで御仕舞にしましょう」
女生徒「おつかれー」
まどか「ほむらちゃん、ちょっといいかな…?」
ほむら「どうしたの?」
まどか「えっと、とりあえず帰ろっ。帰り道で話すよ」
ほむら「ええわかったわ。それじゃあ皆、お先に」
まどか「みんな、また明日もよろしくね」
[帰り道]
ほむら「で…、どうしたの?」
まどか「台本書き直してくれたの…ほむらちゃんだったんだね」
ほむら「別にそこまで大したことじゃないわ。口調を変えただけだし」
まどか「ほむらちゃん、今日お化粧してるでしょ…」
ほむら「…」
まどか「遅くまで起きて台本書き直してくれてたんだよね?」
ほむら「台本を憶える為に深夜まで起きていただけよ」
まどか「嘘は…やめて欲しいな」
ほむら「…ごめんなさい、心配させたくなかったの」
まどか「謝らないといけないのはわたしの…」
ほむら「いいの。私がセリフの修正を提案したのだから」
まどか「…」
ほむら「少し覚え直さないといけない箇所がでてくるかもしれないけど…頑張りましょう」
まどか「うん…ありがとう。ほむらちゃん」
心臓がドキドキする。分かってる、前々から気が付いていた。
ほむらちゃんはいつでもわたしのことを気にかけてくれていた。
優しくて、恰好よくて…時折見せてくれる笑顔が可愛くて
そんなほむらちゃんの事が大好きなんだ、って。
だから…わたしは――
少ないですが今日はここで失礼します。
[文化祭まで残り約二週間 学校]
全てのセリフが変更し終わった台本にまどかは目を通している。
少しでも時間があれば台本を見てセリフを暗記しようとしていた。
ほむら(…今は声をかけないほうがよさそうね)
今日の読み合わせまでまだ時間がある。ほむらは校舎内を少し歩くことにした。
別のクラスから読み合わせの声が聞こえる。
廊下で何かを組み立てている。
ほむら(いかにもお祭りの前、って感じね)
そんな事をボンヤリと考えていると不意に後ろから声をかけられた。
マミ「暁美さん?どうしたの?」
ほむら「あら、マミじゃない。私は少し校舎内を見てたところよ」
マミ「そういえば暁美さんはこの学校での文化祭は初めてだったわね」
ほむら「ええ。思っていた以上に規模が大きそうで驚いているわ。活気も凄いし」
マミ「みんな祭りの前の方が楽しそうにしているわ。勿論当日も楽しんでいるけれど」
ほむら「当日…楽しめるかしらね」
マミ「劇、楽しみにしているわ」
ほむら「あまり過度な期待はやめてほしいわ」
マミ「ふふふっ…。当日は私のクラスで喫茶店を開いているから、余裕があったら来て欲しいわ」
ほむら「正直…約束はできないわね」
マミ「大丈夫よ。大変なのはわかっているつもりだし。頑張ってね」
ほむら「ありがとう、マミ」
ほむら(喫茶店ということはマミお手製のケーキと紅茶があるのよね…すぐ無くなってしまいそう)
ほむら(そういえば…劇のことで頭が一杯だったけど当日は見て回る余裕あるのかしら)
ほむら(できれば…)
ほむら(……今は劇だけに集中しましょう)
杏子「おー、何してんだこんなとこで」
そろそろ教室に戻ろうかと思った時、両手にお菓子の入った袋を抱えた杏子と出くわした。
ほむら「学校内を見て回っていたのよ…貴方、そのお菓子の量は何?」
杏子「なんか適当に他のクラス見て回ってたらどこでもお菓子があってさー」
ほむら「全く…」
杏子「くれる、って言ったから貰ったんだからな?先に言っておくけどさ」
ほむら「はいはい…そういうことにしておくわ」
杏子「…まあいいや、食うかい?」
いつもの口調でいつものスナック菓子が出てきた。
ほむら「…申し訳ないけど遠慮しておくわ。これから読み合わせがあるから」
杏子「確かにこれじゃ口パッサパサになるか」
ほむら「…そういえばまだ貴方に謝っていなかったわね」
杏子「ん?何のことだ?」
ほむら「主役を決める時のことよ」
杏子「ああ…別にいいって」
ほむら「でも…」
杏子「終わったことは気にしないんだよ、あたしは」
あっけらかんとした様子でそう言い、お菓子の入った袋を物色している。
お目当てのチョコレートを見つけて口の中に放り込んでいく。
杏子「まあ頑張りなよ。応援してっからさ」
ほむら「貴方も劇に参加しているのよ?まるで他人事ね」
杏子「ほむらと比べたら楽過ぎるけどあたしはあたしの仕事はちゃんとやるさ」
杏子「今はこのお菓子を食べきるのが重要な仕事だけどな」
ほむら「それ…全部食べ切る気なの?」
杏子「昨日もこれくらい食ったよ。毎日腹いっぱいお菓子食べれてあたしは幸せだ…」
ほむら(杏子が一番文化祭を上手く楽しめているわね…)
[文化祭まで残り一週間]
稽古はステップアップし、シーン別に台本を持たずに動きも交える段階に入っていた。
ほむら「待てティボルト。マキューシオが天国に行く前にお前を地獄に送ってやる」
ティボルト役「そうこなくっちゃ面白くねえ」
少し争った後、ティボルトの胸に剣が突き刺さりその場に倒れ込む。
グレゴリー役「ロミオ!貴様!」
サムソン役「ティボルトの仇だ!」
ほむら「待て、まだ生きている。息があるうちに家族を連れてくるがいい」
倒れ込んだマキューシオの元へ向かおうとしたほむらに、同じく倒れ込んでいたはずのティボルトが斬りかかる。
ほむらは咄嗟に避け、今度は手に握った剣をティボルトの心臓に突き刺した。
ほむら「見たかマキューシオ。お前の仇はとったぞ」
マキューシオ役「ありがとうロミオ。お前はやっぱり親友だ…。段々と頭が霞んできた、こんな簡単に終わってしまうんだな」
マキューシオ役「…あばよ……ロミオ」
ほむら「マキューシオ!マキューシオ!」
演劇部員「はい、そこまでね」
ほむら「ふう…」
まどか「お疲れ様ー」
まどかは手に持っていたペットボトルをほむらに手渡す。
ありがとう、と御礼を言いながらほむらはそれを受け取った。
演劇部員「このシーンは問題なさそうね。細かいところは後々つめていきましょう」
ほむら「そうね」
ほむら(問題は…)
ちらりとまどかを見る。まどかは台本のとあるシーンのページを食い入るように読んでいた。
バルコニーのシーンである。
ほむら(やはり、大変そうね…あのシーンは)
まどかはこのシーンに苦しめられていた。
まだ一週間あるが、一度もセリフを詰まらずに通しきることができていなかったからだ。
このシーンは壇上でまどかとほむらの二人っきりで会話を進めていく。
そして、ロミオよりもジュリエットのほうが長いセリフが多かった。
演劇部員「暁美さん、これからはバルコニーのシーンを重点的に練習しようと思うんだけど」
ほむら「いえ、バルコニーのシーンはいいわ。他のシーンに時間を割きましょう」
演劇部員「でも…言っちゃ悪いけどバルコニーのシーンの練習が一番遅れているの」
ほむら「分かってるつもりよ。だからあのシーンは二人で練習しておくわ」
演劇部員「暁美さん、ちょっと頑張りすぎじゃない?」
ほむら「大丈夫。自分の体調は管理できているから」
ほむら「それに…」
演劇部員「?」
ほむら「こんなことを言うのは少し恥ずかしいけど…こういうの悪くないな、って思えてきてね」
演劇部員(暁美さんが男子にも女子にも人気な理由がわかった気がするわ…)
演劇部員「…分かった。けどあなたも主役なんだから本当に無茶をしたらダメだからね?」
ほむら「ええ。…今日はここまでにしてもらっていいかしら」
演劇部員「そうね。じゃあ今日は解散ー」
ほむら「まどか」
まどか「なに?ほむらちゃん」
ほむら「まどかが良ければ、なんだけど」
ほむら「私の部屋に泊まり込みで練習しない?」
まどか「えっ…!?」
ほむら「バルコニーのシーンを重点的にね…ってどうしたのまどか」
まどか「あっ、えっと………お邪魔しちゃって…いいの、かな」
ほむら「構わないわ。というよりももう少しペースを上げないと厳しいかもしれない」
まどか「…ごめんね」
ほむら「…一緒に頑張りましょう。まどかは外泊は大丈夫?」
まどか「う、うん。理由を言えば許してくれると思う」
ほむら「じゃあちゃんと御家族に伝えておいてね」
まどか「わ、わかった…」
まどか(ほむらちゃんの家に…お泊まり…)
何度か遊びに行ったことはあるが、泊まるのは初めてだった。
まどか(…だめだめ!劇の為になんだから!)
まどか(顔、にやけてないよね…)
[ほむらの部屋]
ほむら「入って」
まどか「お、お邪魔します」
一度まどかの家に立ち寄り事情を説明しすると二つ返事で了承を得た。
ほむらが鹿目家に泊まるという案も提示されたが世話になることが申し訳なくほむらは断った。
それに、二人の方が集中して練習できると考えていたからだ。
ほむら「先に食事を済ませてからにしましょう。ちょっと待っててね」
ほむらはそう言い、キッチンで夕食の準備に取り掛かった。
まどか(お手伝いしたいけど…わたしじゃかえって邪魔になっちゃう…)
まどかは申し訳なさそうな表情を浮かべ一人ソファーに座り込む。
かといってこのまま何もせずに待っている訳にもいかない。
まどか(せめて少しでもセリフを憶えないと…)
鞄から台本を取り出し小さな声でセリフを読み上げていく。
最早何度手に取ったかわからないまどかの台本はあちこちが擦り切れていた。
まどか「ロミオ…ロミオ…あなたはどうしてロミオなの?」
まどか「わっきわたしにかけてくれた優しい言葉、あの愛のセリフが本当なら…名前はロミオでもいい」
まどか「せめてモンタギューという肩書を捨てて」
まどか「…そこに誰かいるの?」
まどか「風…?もう、驚かさないで。…今夜は月があんなに綺麗。でも、月の女神様…あなたは残酷」
まどか「人の運命を玩んで、こんなにひどい演出を施してわたしはなんだか魂を抜かれたようになっちゃった…馬鹿みたいだよね」
まどか「わたしは一人であなたに話しかけてるよ。おやすみなさい、月の女神ヘレーネー」
まどか「わたしの願いを気まぐれでも聞いてくれるのなら、ここにロミオを連れてきて欲しいな」
ほむら「ジュリエット、待ってくれ」
まどか「ほ、ほむらちゃん!?」
ほむら「もう、今はロミオでしょ?」
キッチンの方から声が聞こえる。どうやら読み上げていたセリフが聞こえていたらしい。
ほむら「ほら、続きを…」
まどか「あ、う、うん。…誰?」
ほむら「話がある、部屋には戻らないで」
まどか「ひどい…誰なの?」
ほむら「ジュリエット、大好きな貴方が名前を呼んでくれた」
まどか「ロミオ、ロミオなのね。ひどいね、そんなところに隠れて立ち聞きしてたんだ」
ほむら「違う、ジュリエットに一目会いたくて月に誘われてここまで来たんだ」
まどか「恥ずかしい…。独り言を全部聞かれちゃった。殺されちゃうかもしれないのにどうしてこんな所まで…」
ほむら「あなたへの想いが溢れて、気がついたらここに来ていた」
まどか「月の女神が願いを叶えてくれたのね。でも、見つかったら大変」
ほむら「あなたに会えたから、もう死んだって悔いはない」
まどか「そんなの、絶対嫌」
ほむら「大丈夫、生きる希望が沸いてきた」
ほむら「そして、料理も出来たわ」
まどか「ロミ…えっ」
台本に無いセリフにまどかは戸惑う。
ほむら「ふふっ、ごめんね。夕食にしましょう」
ほむらがキッチンから料理を盛った皿を手に姿を見せた。
まどか「ビックリしちゃった…。……美味しそう」
ソファーから立ち上がり、料理に誘われるようにまどかはテーブルに向かう。
ほむら「大したものじゃないけどね。ほら、座って」
まどか「ありがとっ。いただきます」
こうしてまどかの泊まり込みの特訓の生活が始まった。
ロミジュリ見たことも読んだこともありません。
劇もしたことありません。苦しいです。
なんでこれ書いちゃったんだろう…今日はこの辺で失礼します。
[次の日]
ほむら「まどか、起きて。朝よ」
まどか「んっ…んん……」
ほむらの呼びかけにまどかは目を覚ました。床に敷いた布団から身を起こす。
寝る時にほむらとベッドの譲り合いになったのだが、
これ以上甘えては申し訳ないという思いがありまどかは布団で眠ることを押し通した。
まどか「おはよぉ…ほむらちゃん」
ほむら「おはよう。顔を洗ってらっしゃい。朝食にしましょう」
二人は朝食を済ませ、身支度を整えてまどかの家に向かった。
[鹿目家]
まどか「おはよーパパ」
知久「おはようまどか、ほむらちゃん」
ほむら「おはようございます」
知久「はいこれ、お弁当だよ」
ほむら「あの…本当に頂いてよろしいのですか?」
知久「うん。まどかがお世話になってるんだしせめてこれくらいはね」
昨日、まどかがほむらの部屋に泊まることを伝えたときに知久が提案したことだった。
知久「少し手間だけど帰りにお弁当箱だけ届けてね」
ほむら「はい…ありがとうございます」
まどか「ありがとうパパ」
タツヤ「いってあー!」
ほむら「ふふっ、行ってきます」
まどか「じゃあ行ってきまーす!」
[昼休み]
杏子「隙あり!」
さやか「あ!ちょっと卵焼き返せー!」
杏子「へへっ、もう食っちまったもんねー」
さやか「このー…」
マミ「もう…毎日毎日同じやりとりして飽きないの?」
ほむら「本当にね」
まどか「…」
さやか「どうしたのまどか?全然食べてないけど」
杏子「食欲無いなら代わりに食べてやるぞ」
まどか「あ、ううん、…大丈夫」
さやか「…」
ほむら「…」
杏子「ちぇー」
マミ「佐倉さん、そんな露骨に残念そうな顔しない」
ほむら「最近本当によく食べるわね…」
杏子「食欲の秋だからな!」
さやか「アンタの場合年がら年中でしょうが」
ほむら「…まどか、本当に大丈夫?」
まどか「だ、大丈夫だよほむらちゃん。油断すると憶えたセリフが頭から抜けちゃいそうで…」
ほむら「そう…」
さやか「ねえ、まd」
杏子「隙ありぃ!」
さやか「あ!ミートボールは許さないからね!返せ!」
マミ「はぁ…」
ほむら「杏子、先に忠告しておくけど私のお弁当に手をだしたらタダじゃおかないわよ」
杏子「そういやほむらが弁当って珍しいな。自分で作ったのか?」
ほむら「いいえ、まどかのお父様のお手製よ」
杏子「…なるほどね。だからそんなにガードが堅ぇのか」
さやか「まどかのパパさんの料理本当に美味しいからなー」
ほむら「ええ。本当に美味しいわ。…まどか、ちゃんと食べないと頭が回らないわよ」
まどか「あ、うん。そうだよね」
さやか「…」
さやか(なーんかあるねコレは)
[放課後]
さやか「ほむらー」
ほむら「何か用かしら?」
さやか「ちょっとまどか借りるね」
まどか「えっ…ちょっと…さやかちゃん?」
ほむらとまどか本人の返事をまたず、手を取り引き摺るようにまどかを外に連れ出していく。
ほむら「…読み合わせまでには帰ってきてね」
さやか「あいよ」
まどか「わ、わたし台本読まないと」
さやか「少し息抜きしないと身がもたないって。ほらほら」
演劇部員「よかったの?」
ほむら「ええ。思い詰めているようだったから…。少しは休息も必要だわ」
演劇部員「じゃなくて、美樹さんに任せてしまって、ってことなんだけど」
ほむら「…大丈夫よ。…………多分」
[屋上]
さやか「で、どうしたの?」
まどか「わ、わたしは別になにも…」
さやか「まどかは嘘が下手なんだから無理しちゃダメだって」
まどか「…そうだよね。……ごめんね」
さやか「いいから、で?なんかあったの?」
まどか「……昨日からほむらちゃんの家に泊まって、ほむらちゃんが稽古に付き合ってくれてるの」
まどか「ロミオ役になったのもわたしのわがままで…それなのにわたしはセリフ憶えるのが遅くて」
まどか「ほむらちゃんはわたしのために夜遅くまでセリフの修正もしてくれて…」
まどか「昨日はご飯まで作ってくれて…なのに……わたしは…」
さやか「なるほどね。…ほむらは何か文句の一つでも言った?」
まどかは無言で首を横に振った。少し目に涙が溜まっている。
さやか「多分、ほむらも今が楽しいんだと思うよ」
まどか「楽しい…?」
さやか「…ほむらさ、最近明るくなったと思わない?」
まどか「えっ…?」
さやか「主役に決まるまではほむらってあたし達くらいとしか会話してなかったじゃん?」
まどか「…そう……かな」
さやか「うん。でも今はクラス中の皆と結構喋ってるのを見かけるようになったんだ」
さやか「元々ほむらは人気ある子だったけど少し近寄りづらい雰囲気があったから」
さやか「ってほむらの隠れファンの子が言ってたよ」
まどか「…やっぱりほむらちゃんって人気あるよね」
さやか「まあそうだねー。本人は喜んで無さそうだけど」
まどか「あはは…、そう、だね」
さやか「…早くしないとほむらを他の誰かにとられちゃうよ」
まどか「ふぇ…!?わ、わたしはそんなっ…」
さやか「もー。みんな分かりきってることなんだし隠さなくていいって」
まどか「ううぅ…」
さやか「というかさっさとくっついちゃえ!」
まどか「ちょ、ちょっと…声が大きいよぉ…」
さやか「あたしもひと肌脱いであげるからさ」
まどか「えっ…?」
さやか「あたしにいい案がある」
口の端を吊り上げるようにニヤッとさやかは笑う。
誰がどう見ても悪人のような笑い方だった。
[教室]
さやか「たっだいまー」
ガラッと音を立てて扉を開きさやかが戻ってきた。遅れてまどかも教室に入ってくる。
ほむら「お帰りなさい。まどかに変なこと吹き込んでいないでしょうね?」
さやか「ふっふーん。さーてね、っと」
ほむら「…まどか、何か変なこと言われなかった?」
まどか「…」
ほむら「…まどか?」
まどか「ふぇっ…!?あ、うん!大丈夫だよ!」
まどかの顔が少し赤いような気がする。それに、目も。
ほむら(さやかに任せたのは失敗だったかしら…)
演劇部員「二人とも、そろそろ体育館に行きましょう」
まどか「う、うん。わかった」
ほむら「…ええ」
今日から体育館で全体を通しでする稽古に切り替える。
他にも劇をするクラスが体育館を使用する為、使える時間は限られていた。
[体育館]
ほむら「やはり教室でやるのとは勝手が違うわね」
まどか「声が全然通らないよ…」
演劇部員「本番では安物だけどピンマイクを使うみたいよ。それでも声量はもう少し欲しいかも」
ほむら「さやか、当日はマイクのオンオフの切り替え忘れないでよ」
さやか「分かってるって。それが音響係のお仕事だもんね」
まどか「声の大きさもだけど…立ち位置の移動も結構大変だなぁ」
ほむら「本番は衣装のこともあるからもっと動きにくいと思うわ」
まどか「あ、そうだよね…。……衣装かぁ」
衣装に関しては仁美が「任せてください」と自信満々に言ってきた。
どうやら舞台衣装関係の人脈と繋がりがあるらしい。
ほむら「一体どんな衣装になるのかしらね…」
少し嫌な予感はある。
そして、こういうときの予感は当たるのも知ってる。
[数日後]
放課後を迎え、どの教室からも活気ある声が上がっている。
その中でも一際大きな声が上がっている教室があった。まどか達のクラスだ。
仁美「ほむらさん、とても似合っていますわ」
仁美が今までにみたことがないほどの満面の笑みを浮かべている。
そして、教室内の空気も普段と明らかに違った。
何かの撮影会かと勘違いしてしまうくらい携帯を構え写真を撮る生徒がいた。
ほむら「これは…ちょっと気合入り過ぎじゃないかしら?」
学校の文化祭で用意するレベルを遥かに超えている衣装を身に纏ったほむらは戸惑っている。
仁美「父の知り合いに舞台衣装を扱っているお方がいまして、お借りしてきました」
ほむら「なんでもありね…貴方って」
どこで話を聞きつけたのか、他のクラスの生徒も集まってきた。廊下に人だかりができている。
さやか「これは想像以上だわ…」
杏子「さやかもあれを着るかもしれなかったんだよな…」
さやか「助かったわホントに。しかし…」
チラリと周りを見渡す。男子だけではない、女子からも黄色い歓声が上がっている。
さやか(こりゃあまどかも大変だね)
さやかがそんな事を思っていた時、廊下のざわつきが大きくなった。
何かあったのかと廊下を見ると、人だかりの視線がほむらとは違う方向に集まっていた。
衣装を身に纏ったまどかがこちらに歩いてきていた。
ほむら「まどか…?」
こちらの衣装もどこかの劇団で使われているであろう、そのくらい派手な衣装だった。
更にそれだけではなく、まどかの髪の色に合わせたヘアーエクステンションまで装着しており、
今のまどかの髪はほむらと同じ位の長さになっていた。
長い髪を揺らしてまどかが教室に入ってくる。教室内から驚嘆の声が上がった。
まどか「お、お待たせ。ほむらちゃん」
照れたような表情を浮かべ、まどかとほむらの視線が交差する。
まどか(……ほむらちゃん、かっこいいなぁ…)
ほむら(…普段とイメージがガラリと変わるわね…)
ほむらは自分の胸が高鳴っているのを感じていた。
まどか(…ドキドキする)
そして、それはまどかも同じだった。
ほむら「…似合っているわ。とても」
まどか「あ、ありがとう…。ほむらちゃんも…か、かっこいいよ」
ほむら「…ありがとう」
さやか「はーい!練習の邪魔になるから散った散ったー!」
杏子「おらー!さっさと帰れー!」
さやかと杏子が廊下にできていた人だかりを散らしていく。
他のクラスの生徒は渋々と自分たちの教室に戻っていった。
まどか「ありがとうさやかちゃん、杏子ちゃん」
さやか「いいっていいって。あんなにジロジロ見られたら練習できないっしょ」
ほむら「すまないわね二人とも」
杏子「気にすんなって。しかしこの衣装ホントすげぇな」
仁美「まどかさん、ほむらさん。衣装のサイズはどうですか?」
ほむら「悔しいけど、文句ないわ」
まどか「わたしも大丈夫だよ」
仁美「それはよかったです。それでは制服に着替えましょうか」
ほむら「そうね…流石にこの衣装を着るのは本番だけでいいわ」
まどか「そうだね…」
ロミオとジュリエットからほむらとまどかに戻り、今日も日が落ちるまで稽古が続いた。
[ほむらの部屋]
ほむら「仁美のことを甘く見過ぎていたわね」
まどか「そうだね…まさかあんなにすごい衣装だなんて」
ほむらの手料理を口に運びながらまどかは放課後の事を思い出していた。
ほむら「見世物にされた気分だったわ」
まどか「…ほむらちゃんは元々人気があるし仕方無いよね」
ほむら「まどか?」
まどか「あっ、ご、ゴメンね!変なこと言っちゃって!」
少し手が止まっていたまどかは慌てて食事を再開する。
まどか「き、今日もお料理美味しいよ!ありがとうほむらちゃん」
ほむら「え、ええ。どういたしまして」
そんなまどかをを見ながら、ほむらは放課後のまどかの姿を思い出していた。
純白で、床にまで届きそうなほど長い裾のドレス。
装飾されたスパンコールが光を反射させ、美しく輝いていた。
そして、腰まで伸びた長い髪。
そんな普段と全く違う雰囲気のまどかだったが、なぜかほむらは全く違和感を覚えなかった。
ほむら(…似合っていたわね。あの衣装)
まどか「ほむらちゃん?どうしたの?」
ほむら「あっ…いえ…大丈夫、なんでもないわ」
どうやらほむらも食事の手が止まっていたようだ。
まどかと同じように慌てて食事を再開する。
まどか「でも、本当にかっこよかったよほむらちゃん」
ほむらの手が再び止まる。
ほむら「…まどかも」
まどか「えっ?」
ほむら「まどかも…凄く似合っていたわ、本当に」
まどか「そ、そんなことないよ!衣装に負けちゃってるっていうか…」
ほむら「いいえ、そんなことないわ。とても…綺麗だった」
まどか「き、綺麗だなんてそんなっ!…ご、御馳走様!わたし台本読むから!」
まどかは顔を真っ赤にして食器を下げ、ソファに勢いよく座り込み台本で顔を隠してしまった。
ほむら「ごめんなさい、別に困らせようとして言ったつもりではないの」
ほむら「ただ本当に似合っていたから」
まどか「う~、もういいよぉ…恥ずかしい……」
台本を顔に押し付け、まどかは足をバタバタさせている。
ほむら(でも、やっぱりまどかは今のまどかが一番合っているわね)
少し冷めてしまった料理に手を付けながらほむらはそんなことを思っていた。
その後もまどかとほむらは、ほむらの部屋と学校を往復する日々を送る。
ほむらの協力もあってか、まどかの苦手だったバルコニーのシーンは完璧とは言えないものの
見違えるほどよくなっていた。
そして日は過ぎ行き、文化祭前日を迎える。
帰ってきたら温かいレスが多くついつい書き溜め全弾撃ち尽くしてしまいました。
また書き溜めできたら投下します。
絶対に完結させる宣言とほんの少しだけ書いたのを置いていきます。
[文化祭前日]
演劇部員「明日の直前練習を除いたらこれが最後の全体練習よ。本番だと思ってやってねみんな」
ほむら「ええ、勿論そのつもりよ」
まどか「うう…練習なのにドキドキする」
演劇部員「本番はもっと緊張するわ。頑張って」
まどか「そ、そうだよね…」
ほむら「そろそろ始めましょうか。時間が惜しいわ」
演劇部員「そうね。じゃあ始めるよ」
本番さながらの通し練習が始まる。舞台に上がる生徒も、そうでない生徒も主役の二人を見守る。
序盤こそ少し硬さも見られたが大きな問題はなくシーンを消化していく。
だが、バルコニーのシーンでまどかが一瞬言葉に詰まってしまう。
一度崩れそうになった気持ちをなんとか保ち、まどかは最後までやりきったが不安を拭いきれないでいた。
まどか「…やっちゃった」
ほむら「明日までまだ時間はあるわ。後でまた練習しましょう」
まどか「うん…ごめんね」
演劇部員「でも今までで一番よかったよ。明日もこの調子でよろしくねみんな」
まどか「ただいまー」
ほむら「お、お邪魔します」
知久「おかえり、ほむらちゃんもいらっしゃい」
タツヤ「おかーりー!」
ほむらはまどかの家に訪れていた。
昨日、お弁当箱を返す際に知久に「明日は泊まっていくといい」と誘われたからだった。
最初はほむらも断ったがまどかがお世話になった礼と、前日くらいはゆっくりしたほうがいいと知久も譲らなかった。
最終的にはまどかの「泊まっていってほしい」の一言に屈し、今に至るのだった。
知久「ご飯が出来たら呼びに行くよ」
ほむら「すいません、お言葉に甘えてしまって」
知久「いいんだよ。明日の為にものんびり過ごして欲しいからね」
まどか「じゃあ部屋行こっ、ほむらちゃん」
ほむらはまどかの部屋に足を踏み入れ、着替えの入った鞄を床に置いた。
まどか「はい、コレ使って」
ほむら「ありがとう」
まどかから手渡されたクッションの上に座る。まどかは自分のベッドに腰掛けていた。
ほむら「夕食まで少し練習しておく?」
まどか「うん。詰まっちゃったとこやっておきたいな」
ほむら「そうね、付き合うわ」
二人きりの練習が始まる。まどかもほむらもこの時間が楽しかった。
お互いのセリフを確認するように耳を澄ませる。
お互いの気持ちを伝えるように言葉を並べる。
お互いの視線が交差し、絡み合う。
そんな楽しい時間はすぐに過ぎ去ってしまう。
部屋をノックする音が飛び込んでくる。
知久「練習中にごめんね、ご飯だよ」
扉越しに知久が告げる。二人は練習を切り上げてリビングに向かった。
まどか「いただきまーす」
ほむら「いただきます」
知久「どうぞ召し上がれ」
ほむらは知久の手料理を口に運ぶ。やっぱりこの人には適わないな、と改めて思った。
ほむら「美味しいです」
知久「いえいえ、どうもありがとう」
詢子「しかしついに明日だな。楽しみにしてるよ二人とも」
まどか「う、うん」
知久「ほむらちゃん、仕上がり具合はどうだい?」
ほむら「私も劇は初めてですので…本番を迎えてみないと正直わからないですね」
詢子「まあ、ほむらちゃんが相手ならまどかもなんとかなるんじゃないか」
まどか「…ずっとわたしのことまで心配してくれてたから…頑張らないと」
タツヤ「ねえちゃ、ほむあ!がんばって!」
ほむら「ふふっ、ありがとうタっくん」
この家は本当に居心地がいい。ほむらは自分でも驚くほどに落ち着けていた。
詢子「あ、そうだ。衣装の方も楽しみにしてるからな」
油断大敵。この人に限っては本当に気が抜けない。
ほむら「…どこでその情報を?」
詢子「さぁてね」
詢子はニヤニヤしながら酒の入ったグラスを傾ける。
普段よりも量が控えめなのは明日の劇を万全の状態で観る為なのだろう。
ほむら「さやかか、杏子辺りですね?」
まどか「ほむらちゃん、多分先生からだよ…」
詢子「お、まどか正解!」
ほむら「本当に油断も隙もないですね…」
詢子「ちなみに写メもある」
ポケットからスマホを取り出した詢子は待ち受け画面を二人に見せる。
そこには衣装に初めて袖を通した後、顔を合わせたときのほむらとまどかが写っていた。
まどか「ちょ、ちょっとママ!」
ほむら「…は、恥ずかしいです」
詢子「まあ見せびらかせたりはしないから安心しな」
詢子「ちなみにパパも同じ待ち受けだ」
知久「ごめんね二人とも」
ほむら「もう…好きにしてください……」
リラックスはできたが、少しだけ疲れてしまったほむらだった。
[まどかの部屋]
ほむらは扉をノックし、まどかの返事を待って扉を開く。
ほむら「お風呂気持ちよかったわ。ありがとう」
まどか「ティヒヒ、わたしにありがとうって言われても困っちゃうよ」
まどかは目を通していた台本を閉じて立ち上がる。
まどか「ほむらちゃん、ここ座って」
ベッドに腰かけていたまどかは自分の隣のスペースをポンポンと叩く。
その反対の手にはドライヤーが握られていた。
まどか「ドライヤーかけさせてもらっていい?」
ほむら「ええ、頼むわね」
ほむらはまどかに委ねるように少し俯く。
まどかはほむらの後ろに回りドライヤーの温風を当て、ほむらの髪に触れる。
まどか「やっぱり…ほむらちゃんの髪ってサラサラだね」
ほむら「もう、恥ずかしいわ」
まどか「ティヒヒ…、…そういえば明日は髪の毛どうするの?」
ほむら「一応後ろをアップで纏めるくらいはしようと思っているわ」
まどか「長いと大変だね」
ほむら「本来なら私がやるべき役ではないからね」
軽く笑いながら少しおどけた様子でほむらは話す。
まどか「…いよいよ明日だね」
ほむら「そうね」
まどか「成功するかな…」
ほむら「やるからには成功で終わりたいわね」
まどか「うん…」
ほむら「…楽しめたらいいわね」
まどか「えっ?」
ほむら「やるからには楽しんでしまいましょう?」
まどか「た、楽しむかぁ…うーん…」
ほむら「…私はこうやってまどかと二人で練習したりする時間はとても楽しかったわ」
まどか「わたしも…大変だったけど、…楽しかった」
ほむら「明日も、楽しめるように頑張りましょう」
まどか「…うん!ありがとうほむらちゃん」
部屋の電気を消す。二人は同じベッドで寝ていた。
ほむら(…すぐ隣にまどかがいるのね)
まどか(…すぐ隣にほむらちゃんが)
ほむらは少し、右手をまどかに寄せる。
まどかは少し、左手をほむらに寄せる。
お互いの指先が少し、触れた。
ほむら「あっ…ご、ごめんなさい」
まどか「ほむらちゃん…」
まどか「手、繋いでもらっていい…かな?」
ほむらは少し右を向く。まどかがこちらを向いていた。
この一週間、毎日見てきた風呂上がりの髪を下ろしたまどかがそこにいた。
ほむらは優しい笑みを浮かべ更に少し右手を寄せた。
ほむら「…こちらからもお願いするわ」
まどか「…ありがとう、ほむらちゃん」
二人はそのまま眠りに落ちたが手はずっと握り合い、朝まで離さなかった。
また書けたら落としに来ます。それでは失礼します。
[文化祭当日]
校内に普段とは比べ物にならないほどの人がいる。あちこちで楽しそうな笑い声が聞こえる。
そんな楽しそうな雰囲気とはかけ離れた、ピリピリした空気が漂う教室があった。
さやか「さすがに…ピリピリしてるね」
杏子「そうだな」
普段ふざけあってる二人も、そんなことしていい雰囲気ではないことを肌で感じ大人しくしている。
ほむら「…」
まどか「…」
ほむらとまどかは隣り合うように座っているが会話は無い。無言で台本に目を通している。
さやか(ほむらも…珍しく余裕が無さそうだね。勿論まどかも)
さやか(仕方ないね)
さやか「ねぇねぇ」
演劇部員「ん?どうしたの?」
さやか「直前の練習までまだ時間あるよね?」
演劇部員「そうねぇ…12時過ぎにやろうと思ってるけど」
チラッと時計を見る。今は10時半を少し回ったところだった。
さやか「ちょっとあの二人を息抜きさせたいんだけど」
演劇部員「…そうだね。せっかくの文化祭なんだもんね」
さやか「じゃあ12時までには戻って来いって伝えてくるわ」
演劇部員「わかったわ。頼むわね」
さやか「と、いーうーわーけーでー!」
ほむら「ちょ、ちょっとさやか」
まどか「さやかちゃん!?」
さやかは教室から邪魔者扱いするように二人を追い出す。
そしてそのまま勢いよく扉を閉め、二人を完全に締め出してしまった。
さやか「しばらく息抜きしてきなって。余裕ないと頭に入んないでしょ」
まどか「で、でも時間がっ…!」
慌てて教室の扉に手をかけるが開かない。どうやらさやかが中から塞いでいるようだ。
ほむら「はぁ…仕方無いわね」
まどか「えっ、ほむらちゃん?」
ほむら「中に入れてくれる気も無さそうだし、それにさやかの言う事も一理あるわ」
ほむら「少しだけ息抜きしましょう」
まどか「でも…いいのかな」
ほむら「皆が気を使ってくれているのよ」
まどか「みんなが…」
ほむら「それに」
ほむら「少しでいいから一緒に回りたいとも思っていたから…」
まどか「ズルいよほむらちゃん…そんな風に言われたら…」
ほむら「ふふっ、ごめんなさい。じゃあ行きましょうか」
まどか「…うん。さやかちゃん、ありがとう」
さやか「12時過ぎに最後の練習だってさー」
ほむら「わかったわ。ありがとうさやか」
さやか「いってらっしゃーい、っと…」
ほむら「そういえば…他のクラスが何をするのか全く知らなかったわ」
まどか「わたしも…」
廊下のあちこちに装飾が施されている。掲示板には宣伝用のチラシが溢れんばかりに貼り付けられていた。
ほむらとまどかはチラシの一枚一枚に目を通していく。
ほむら「どこか…行きたいところはある?」
まどか「ティヒヒ…多すぎてちょっと決められないや。ほむらちゃんは?」
ほむら「マミのクラスが喫茶店を開いているみたいよ」
まどか「あ、行きたいかも!」
ほむら「じゃあマミのクラスに行きましょうか。正直お昼を食べれるほど食欲が無いわ」
まどか「わたしも劇が終わってからじゃないとご飯は無理かも…」
ほむら「ケーキくらいなら大丈夫よね?」
まどか「うん!マミさんのケーキだったらいつでも大丈夫!」
ほむら「残っていればいいけれど…」
まどか「そ、そうだね。早く行こっ!」
[マミのクラス]
マミ「あら、来てくれたのね」
ほむら「ええ。教室を追い出されてしまって」
マミ「二人とも本番前に大変ね。こっちの席が空いているからどうぞ」
まどか「ありがとうマミさん」
マミのクラスは評判がすぐに広まったのか、お昼前の時間でもほぼ満席だった。
二人は幸いにも空いていた席に案内され椅子に腰を下ろした。
ほむら「繁盛しているみたいね」
マミ「有り難いことにね。忙しくて大変だけれど」
まどか「マミさん、まだケーキ残ってますか?」
マミ「ええ。ついさっき新しく作り終えたばかりよ」
まどか「じゃあケーキのセットを…ほむらちゃんもそれでいい?」
ほむら「ええ。いつもの味で気分を落ち着かせておきたいわ」
マミ「ふふっ、かしこましました。飲み物は紅茶でいいかしら?」
ほむら「それでお願いするわ」
マミ「じゃあちょっと待っててね」
マミはそういい紅茶を淹れる準備を始めた。
注文したケーキと紅茶を待っている二人は少し落ち着かない様子だった。
ほむら「なぜか…周りからすごく見られている気がするのだけど」
まどか「ほ、ほむらちゃんもそう思う?」
気のせいではなかった。明らかにこのクラスの中にいる同じ制服を着た生徒が二人を見ている。
ほむら(落ち着かないわ)
まどか(なんか…恥ずかしい)
「あ、あの!」
少し居心地の悪さを感じている中、急に一人の女生徒が話しかけてきた。
どうやら一つ下の学年の一年生のようだった。
ほむら「えっと…何、かしら」
「き、今日この後劇をされる暁美先輩ですよね」
ほむら「え、ええ」
「が、頑張ってください!私楽しみにしてます!」
伝えたいことを伝えて満足したのか、ほむらの反応を待たず女生徒は走り去っていった。
ほむら「な、なんなの…?」
マミ「人気者ね、暁美さん」
マミがタイミングよくケーキと紅茶を二つずつ運んできた。
ほむら「人気者って…」
マミ「本番前に言ったらプレッシャーを感じると思うけど貴方達の劇、かなり注目されているみたいよ」
まどか「えっ…ほ、本当ですか…?」
マミ「席を確保するのも難しいかもしれないわね」
ほむら「そこまで注目される内容では無いと思うけど…。定番の題目だし」
マミ「あらあら、本当にそう思うの?」
ほむら「どういう意味かしら?」
マミ「それはね…」
「巴さーん!少し手貸してー!」
少しのお喋りも許されない程店が混みあってきたようだ。
マミ「はーい!…ごめんなさい、ちょっと行ってくるわね。ゆっくりしていってちょうだい」
慌てて返事をしてマミは仕事に戻っていった。
ほむら「何を言いたかったのかしら…」
まどか(やっぱりみんな…ほむらちゃん目当てなんだろうなぁ)
まどかはさやかの言葉を思い出す。
「早くしないと誰かにとられちゃうよ」
まどか(ほむらちゃんの隣に他の誰かが…)
まどか(……嫌、だな…)
ほむら「まどか、手が止まっているわよ?」
まどか「…ひ、ひゃい!?」
ほむら「ふふふっ、どうしたのそんな変な声を出して」
ほむらの事を考えていた時に声をかけられ、慌てふためいた反応をしたまどかを見てほむらは笑った。
まどか「な、なんでもない!なんでもないから!」
ほむら「そんなに慌てなくても…。それより早く食べないと時間が無くなっちゃうわよ?」
まどか「そ、そうだね。あんまりゆっくりしちゃっても悪いもんね」
恐らく外で待っている客のことを気にした発言だろう、とほむらは推察した。
自分のことよりも他人の事を考えるまどからしい趣旨だった。
ほむら「まどかは優しいわね」
まどか「えっ、どうしたの急に」
ほむら「いいえ、私なんかよりもまどかが人気者になるべきだと思ってね」
まどか「…わたしは誰かに注目されるような人間じゃないよ」
ほむら「そんなことは無いわ。少なくともまどかのファンは一人は必ずいるわよ」
まどか「ふぁ、ファンだなんて…そんな物好きな子いないよぉ…」
ほむら「自信を持って。ファンの子が悲しむわよ」
まどか「うぅぅ…」
ほむら(貴方のすぐ隣にいるわ、…なんて恥ずかしくて言えないけど)
[教室]
ほむら「ただいま」
さやか「おっ、二人ともお帰り!」
まどか「ただいま!」
杏子「なんだまどかやる気満々じゃねぇか」
まどか「うん!みんながこうやって時間くれたんだし頑張らないと、って思って」
さやか「頑張り過ぎて空回りしたらダメだよまどか」
まどか「ティヒヒ、そ、そうだね」
ほむら「じゃあ、早速で悪いけど最後の練習を始めましょう」
演劇部員「オッケー。じゃあみんな配置について」
最後の通し練習が始まる。そして、本番の時も近づいていた。
[体育館]
知久「すごい人だね。満席なんじゃないかい?」
詢子「ああ、昼前から席を確保していてよかったねパパ」
知久、詢子、タツヤはパイプ椅子で設けられた観客席のほぼ中央の席を確保していた。
知久「ここからなら撮り逃すことは無いね」
そう言いこの日の為に用意したビデオカメラを三つ取り出す。
知久「一つ頼むよ」
詢子「任された。どう撮ればいい?」
知久「全体を撮るように頼むよ。僕は右手でほむらちゃんを、左手でまどかを中心に撮るから」
詢子「頼んだよパパ」
知久「撮影の練習もしたからね。抜かりはないよ」
タツヤ「ぼくもー!かしてー!」
知久「ごめんねタツヤ。今日だけは譲れないんだ」
一世一代の大仕事の準備が整った。後は開演を待つのみである。
[舞台裏]
衣装に着替え終わったまどかの緊張はピークに達していた。
手が震える。
足がすくむ。
声はちゃんと出るだろうか。
セリフはちゃんと出てくるだろうか。
やれることは全てやった筈だ。あとは今までの練習の成果を出し切るしかない。
ほむら「まどか」
同じく衣装に着替えたほむらが姿を見せた。長く綺麗な黒い後ろ髪をアップで纏めている。
ほむら「緊張してる?」
まどか「う、うん」
ほむら「そうよね。緊張しない方がおかしいわ」
まどかは気が付いた。
ほむらの手も震えている。
いつも自分の前では常に凛とした佇まいでいたほむらも今は緊張を隠せていなかった。
ほむら「…ごめんなさい。こういう時こそまどかの力になってあげないといけないのに」
自分の震える右手を抑えるように左手を被せるが、左手の震えも収まっていない。
ほむら(っ…!止まって…お願いだから…)
やると決めた。まどかの力になると決めた。この劇を成功させると決めた。楽しむと決めた。
祈るようなポーズで自分に語り掛ける。そんな時だった。
まどかの両手が、ほむらの両手を優しく包み込むように握りしめた。
ほむら「…まどか?」
まどか「ほむらちゃんはずっとわたしを助けてくれたから…だから、今だけでも…」
ほむら「…ありがとう。まどか」
震えが収まった。――やれる。
ブザーが鳴り響く。
緞帳が上がり始める。
まどかとほむらの、初めての劇の幕を開く。
今日の分終了です。次は劇がメインになると思います。
では失礼します。
本番シーン前に殺陣と舞踏会がど派手なバレエ版見てテンション上げとこう。
ttps://www.youtube.com/watch?v=oGNQMiW7-4I
それにしてもほむほむが事前に作品の内容熟知していれば、自分が主役に決まった段階で
杏子:マキューシオ (1時間25分目くらいから殺し合い始める黄色いの)
さやか:ティボルト (↑の対戦相手の赤いの)
というえげつない配役を指定して本格的なちゃんばら活劇にできていたものをw
「橋の上で二人は初めて出会った 青年は不思議な思いで水面を見詰め
少女は友達を連れて夢を膨らませ あどけない鈴のようにほほえんだ
青年が驚いて顔を上げたとき 互いの目が深く吸い寄せられ
戻れない橋を渡ったのだ
青年の名はロミオ
少女の名はジュリエット
歳月と時を刻む無情の秒針が 2人を遠く記憶の底に追いやる前に
2人の物語を皆さんにお伝えしよう」
昔々、ヴェロナの街にキャピュレット家とモンタギュー家という二つの旧家があり、
この両家は代々お互いを仇だと思っていがみあっていた。
キャピュレット家にはジュリエットという一人娘がおり、モンタギュー家にはロミオという一人息子がいた」
「キャピュレット家による舞踏会、そこに忍び込んだロミオと、舞踏会に参加していたジュリエットが
再び出会ってしまったことにより、運命の歯車は回りだした」
夫人役「ジュリエット、遅いではありませんか」
まどか「ご、ごめんなさい。少しドレスの寸法が」
夫人役「パリスさんが来ていますよ」
まどか「はい」
パリスを探すように、まどかは長い髪を揺らしながら周囲を見渡す。
パリス役「ジュリエット、お目にかかれて光栄です」
まどか「どうもありがとう」
パリス役「宜しければ踊っていただけませんか?」
まどか「お手本のような誘い方なのね」
パリス役「違います。私がお手本なのです」
まどか「わたし、踊りはあまり上手じゃないの。あなたにお任せしていい?」
二人手を取り合い、ステップを踏む程度に簡単なダンスをする。
やがて音楽が途切れる。パートナー交換の合図だ。
まどかは手を離しパリスと別れる。そして、ほむらが登場する。
観客席が少しざわついた。おおっ、と驚いたような声も聞こえる。
ほむら「踊ってくださいますか?」
まどか「喜んで」
ほむら「よかった。また出会えて」
まどか「えっ?」
ほむら「知らないでしょう、橋の上でお会いした」
まどか「知ってる。三日前に川を見つめていたよね?」
ほむら「ああ嬉しい。僕はあれからあなたのことばかり追いかけていたのだ」
まどか「褒めるの上手だね。舞踏会に参加してるってことはあなたも貴族の人なの?」
ほむら「僕は貴族じゃない。もしかしたらあなたに会えるかと思って、恋に沈む心を駆り立てて、
キャピュレット家の門を潜ったのです。そうしたら、あなたが目の前に」
まどか「嬉しいな。でも、ほどほどにしてくれないと本気にしちゃうかも」
ほむら「からかわないでください。僕は真剣なんだ」
まどか「…わたしには好きな人がいるの」
ほむら「誰なのです?そんな幸せな人は」
まどか「三日前に橋の上ですれ違った人よ」
ほむら「…誰なのですか?」
まどか「答えて欲しい?」
ほむら「ああ。でも、声には出さなくてもいい。でももし僕の望み通りなのであれば」
まどか「あれば?」
ほむら「唇を、咎めないで欲しい」
ほむらはまどかに唇を近づける。
観客席から黄色い声が上がった。
夫人役「ジュリエット、離れなさい」
唇が触れ合う前に夫人役が慌てて走り寄り、二人を止める。
ジュリエット「…どうしたの?お母様」
夫人役「汚らわしいモンタギュー、離れて下さい。よりにもよってうちの娘と踊るなど
キャピュレットを侮辱するにもほどがあります」
夫人役「モンタギューのロミオ、一体何の真似です?早く立ち去りなさい。
…全く、お父様が見たらどんな騒ぎになっていたことか」
まどか「彼が…モンタギューのロミオなの?」
夫人役「そうです。モンタギュー…憎き敵の一人息子」
まどか「知らなかった…。知らずに会ったのが早すぎて…知った時にはもう手遅れ、なのね」
まどか「さようなら、ロミオ」
夫人役「ジュリエット、早くこっちに。ロミオ、お前は早く消えてしまいなさい」
まどかは夫人に手を引かれるように退場し、ほむら一人が残された。
ほむら「ジュリエット…。ようやく名前を知ったのにキャピュレットの娘だなんて」
舞台の照明が消え、ほむらも一時退場する。
「立ち去りがたい思いのロミオは、仮面舞踏会の後、キャピュレット家の果樹園に忍び込む。
そして偶然にも、ジュリエットの部屋のバルコニーの下へと辿り着いた」
まどか「おやすみ、ばあや」
舞台の照明が消えたまままどかの声だけが響く。
スポットライトがバルコニーのセットを照らす。
そして、バルコニーにまどかが姿を現した。
同じタイミングでほむらも舞台袖から姿を現す。同じようにスポットライトがほむらに当てられた。
そのまま草むらのセットに姿を隠すようにしゃがみ込む。
まどかは浮かない表情で手すりを握った。
浮かない表情だったのは演技だからか、それとも不安の表れだったのか。
そんな様子のまどかを見たほむらは台本には無い動きを見せた。
ほむら(まどか…大丈夫よ。自信をもって)
バルコニーに向かって右手を伸ばす。
その台本に無い動きに思わずまどかは視線をほむらに向けた。
距離がある為、ハッキリとは確認できないがほむらが微笑んでくれていた、そんな気がした。
まどか(…ありがとう)
まどかは視線を上げる。そして月に向かって語りかけ始めた。
まどか「ロミオ…ロミオ…あなたはどうしてロミオなの?」
まどか「さっきわたしにかけてくれた優しい言葉、あの愛のセリフが本当なら…名前はロミオでもいい」
まどか「せめてモンタギューという肩書を捨てて」
草が揺れる音が流れる。
まどか「…そこに誰かいるの?」
一瞬の静寂が流れる。
まどか「風…?もう、驚かさないで。…今夜は月があんなに綺麗。でも、月の女神様…あなたは残酷」
まどか「人の運命を玩んで、こんなにひどい演出を施してわたしはなんだか魂を抜かれたようになっちゃった…馬鹿みたいだよね」
まどか「わたしは一人であなたに話しかけてるよ。おやすみなさい、月の女神ヘレネー」
まどか「わたしの願いを気まぐれでも聞いてくれるのなら、ここにロミオを連れてきて欲しい」
月にそう語り掛け、まどかは部屋に戻ろうと振り返る。
それを見たほむらは草むらから勢いよく飛び出し、まどかに語り掛けた。
ほむら「ジュリエット、待ってくれ」
まどか「…誰?」
ほむら「話がある、部屋には戻らないで」
まどか「ひどい…誰なの?」
ほむら「ジュリエット、大好きな貴方が名前を呼んでくれた」
まどか「ロミオ、ロミオなのね。ひどいね、そんなところに隠れて立ち聞きしてたの?」
ほむら「違う、ジュリエットに一目会いたくて月に誘われてここまで来たんだ」
まどか「恥ずかしい…。独り言を全部聞かれちゃった。殺されちゃうかもしれないのにどうしてこんな所まで…」
ほむら「あなたへの想いが溢れて、気がついたらここに来ていた」
まどか「月の女神が願いを叶えてくれたのね。でも、見つかったら大変」
ほむら「あなたに会えたから、もう死んだって悔いはない」
まどか「そんなの、絶対嫌」
ほむら「大丈夫、生きる希望が沸いてきた」
まどか「ロミオ…橋の上の恋人と運命の再会。なのに、あなたはモンタギューの跡取り」
まどか「ねえ、お願い。名前を捨てて。わたしはなんの肩書も無いロミオとずっと踊っていたいの」
ほむら「そうしよう。ロミオはもうジュリエットのものだ」
まどか「本当?あんな恥ずかしい言葉を聞かれて、上手く付け込まれて…わたしを玩ぶために誘い出しているんじゃないの?」
ほむら「好きで好きで君を探し回ったんだ。お願いだ。僕を信じてくれ」
まどか「分かった。裏切られてもあなたなら許してあげる。でもお願い、そのときは一思いに…」
ほむら「死ぬときは僕も一緒だ。天国にだって一緒に付いていく」
まどか「それは嫌。わたしが好きなんだったらずっと一緒に生きて欲しい。この町が様変わりする遠い未来まで、末永く暮らして」
ほむら「分かった。月にかけて誓う」
まどか「待って、何も誓わないで。さっきまで名前も知らなかったのにあまりにも向こう見ずだから」
まどか「だから…もう少し待って欲しいの。」
ほむら「分かった。誓いは取っておく。…でも僕は君の答えを聞いていない」
まどか「それは…一番始めに聞かれちゃったから」
ほむら「お願いだ、もう一度だけ」
まどか「もう、ロミオのバカ。愛してるわ。わたしが好きなら信じて…」
突如扉を叩く音が響く。
まどか「いけない、ロミオ、少し待ってて。音は出さないで」
ほむら「ああ、ジュリエット。待っているよ」
一度まどかは舞台から姿を消す。すこし間を置き、慌てたように再び姿を見せた。
まどか「ロミオ、わたしのロミオ」
ほむら「ジュリエット、僕はここにいるよ」
まどか「お母様が下で呼んでるの。すぐにいかないと」
ほむら「ジュリエット、もう行ってしまうのか、今すぐさらって帰りたい」
まどか「そうして欲しいわ。…わたし、パリスという貴族の人と婚約をさせられそうなの」
ほむら「婚約なんて許さない。僕たちが先に婚約して、婚礼の儀式を済ませてしまおう」
ほむら「君が本当に僕を信じてくれるなら」
まどか「信じるわ、ロミオ」
ほむら「…明日の午後三時、ロレンス神父の教会に来て欲しい。そこで式を挙げよう」
まどか「嬉しい。…午後三時ね、必ず行くわ。…そろそろお母様が上がってくるかもしれない」
ほむら「分かった。おやすみ、ジュリエット」
まどか「おやすみなさい、ロミオ。今日の幸せが覚めませんように」
ほむら「ああ。明日夢の続きを見よう」
スポットライトが消え、舞台から光が消えた。
ほむらとまどかが闇にまぎれて舞台裏に姿を消す。
まどか(う、上手くいったかも!)
ほむら(まどか、一先ずお疲れ様)
二人とも満足のいく内容でこのシーンを終えることが出来た。
タツヤ「ねえちゃとほむあかっこよかった!」
知久「そうだねタツヤ」
詢子「いい感じだねえ」
「そして次の日二人は式を挙げた。神父の前に立った二人はこの世のどのカップルよりも美しい姿だった。
だがその直後、ロミオは友人と共に街頭での争いに巻き込まれてしまう」
舞台上を明かりが照らす。
舞台の左からティボルト、サムソン、グレゴリーが登場する。
そして反対からマキューシオ、ベンヴォーリオが登場した。
ティボルト役「おい、ロミオはどこだ?」
マキューシオ役「さぁな。そいつらと違って忠犬よろしくやっているわけじゃないんでな」
グレゴリー役「兄貴、やっちまっていいか?」
ティボルト役「放っておけグレゴリー。こいつはモンタギューじゃない。俺たちとは何の関係もないお偉い貴族だ」
ティボルト役「…金魚のなんとかみたいにロミオに従う腑抜けどもには用はないさ。行くぞ二人とも」
舞台の上で五人が役になりきっている。その様子を見ながらほむらはペットボトルの水を流し込む。
ほむら「…ふぅ。ほんの少しの休息でも有り難いわ」
演劇部員「上手くいったね。さっきのシーン」
ほむら「ええ。少しアドリブが入ってしまったけど」
演劇部員「問題ないよあのくらい。鹿目さんもほっとしてるんじゃないかな?」
ほむら「そうだといいわね」
ほむらは舞台の右に控え、まどかは左に控えている。まどかの様子は確認できなかった。
まどか「ふぅ…ちょっと休憩……」
仁美「まどかさんお疲れ様です。これをどうぞ」
まどか「仁美ちゃんありがとっ」
まどかは手渡されたペットボトルに口を付け喉の渇きを潤した。
まどか「ぷはっ…。緊張して喉がカラカラだったよ…」
仁美「それは大変でしたね。ですが、上手く乗り越えられたようで何よりです」
まどか「うん。でもまだ終わりじゃないから気を抜いちゃダメだよね」
仁美「ふふっ、そうですわね。…あっ、ほむらさんの出番ですよ」
まどかは視線を舞台上に戻す。ほむらの決闘のシーンだ。
ほむら「それじゃあ行ってくるわ」
演劇部員「頑張ってね」
飲みかけのペットボトルを手渡し、再びロミオになりきったほむらが舞台に姿を現した。
ほむら「待て!お前達!」
ティボルト役「おっと、大本命の登場だ」
マキューシオ役「止めるなロミオ。これは正式な決闘だ」
ほむら「これが決闘だと?馬鹿を言うな。どう見ても路上の喧嘩じゃないか」
ほむら「ティボルト、お前はキャピュレット家を潰したいのか」
ティボルト役「なんだとこの野郎」
ほむら「少し落ち着いて僕の話を聞け。今はお前と争いたくないんだ」
ティボルト役「ふざけるな!俺はお前を突き刺すことしか頭にないんだ!ええい、一旦離れろ!」
マキューシオ役「邪魔をするなロミオ!」
ほむら「キャピュレットは敵だがヴェローナの名門だ。こんな軽はずみな争いで幕を閉じたいのか」
ティボルト役「…黙れ!」
ほむら「お前には妹がいるだろう。可愛い妹の幸せまで奪う権利があるのか?」
ティボルト役「なんでお前が妹の…ジュリエットの心配をしやがる!?」
ティボルト役「忌々しい…。怒りがへし折れちまったぜ。もういい、今回は詫びをいれたら許してやらぁ」
ほむら「ああ、今回はこちらの不注意だった。なかったことにしてくれないか」
ティボルト役「チッ…おい、行くぞお前ら」
マキューシオ役「待て!お前の相手は俺だ!」
立ち去ろうとしたティボルトにマキューシオが斬りかかる。
ティボルト役「てめぇ!」
マキューシオ役「人の事を無視する気か?貴族のプライドをみくびるなよ」
ティボルトに剣を構えたままマキューシオが吐き捨てる。
そしてマキューシオはほむらを睨みつけた。
マキューシオ役「ロミオ、お前とは絶交だ!腑抜けやがって…何が不注意だ!キャピュレットに土下座して泣き寝入りか!?」
ほむら「よせ!マキューシオ!」
ほむらに構わず二人は闘う。しばらく剣を交えた後、ティボルトの突きがマキューシオに届き、そのまま倒れる。
倒れ込んだマキューシオにほむらとベンヴォーリオが走り寄った。
マキューシオ役「…やられたぜ。ロミオ、お前が腰抜けだったせいで冷静を保てなかったんだ」
マキューシオ役「いいか…、俺を友達と思っているなら、ティボルトの奴を討ち果たしてくれ…」
ロミオ「マキューシオ!マキューシオ!しっかりするんだ!」
ティボルト役「まるで宮芝居の真似事だな。じゃあな」
ほむら「待てティボルト。マキューシオが天国に行く前にお前を地獄に送ってやる」
ティボルト役「そうこなくっちゃ面白くねえ」
少し争った後、ティボルトの胸に剣が突き刺さりその場に倒れ込む。
グレゴリー役「ロミオ!貴様!」
サムソン役「ティボルトの仇だ!」
ほむら「待て、まだ生きている。息があるうちに家族を連れてくるがいい」
倒れ込んだマキューシオの元へ向かおうとしたほむらに、同じく倒れ込んでいたはずのティボルトが斬りかかる。
ほむらは咄嗟に避け、今度は手に握った剣をティボルトの心臓に突き刺した。
ほむら「見たかマキューシオ。お前の仇はとったぞ」
マキューシオ役「ありがとうロミオ。お前はやっぱり親友だ…。段々と頭が霞んできた、こんな簡単に終わってしまうんだな」
マキューシオ役「…あばよ……ロミオ」
ほむら「マキューシオ!マキューシオ!」
激しい足音と、ラッパの音が鳴り響く。
激しい足音と、ラッパの音が鳴り響く。
ベンヴォーリオ役「ロミオ、お前は逃げろ。直に警備兵が来る」
ほむら「そんなっ…!嫌だ!」
ベンヴォーリオ役「お前が捕まって処刑されたらマキューシオが無駄死にじゃないか!逃げろ!」
ほむら「……くそっ!」
ほむらは逃げるように走り、舞台上から姿を消した。そして同時に舞台の照明も消える。
舞台上にいた他の出演者も舞台脇に消え、ロレンスとまどかが登場する。
「今回の騒動の当事者となったロミオは大公よりヴェローナからの追放を言い渡される。
悲しみに暮れるジュリエットに更に追い打ちをかけるかのように、パリスとの結婚が命じられた。
ジュリエットはロレンス神父に助けを求め、教会に駆け込んだ」
まどか「ああ、神父様…あんまりです」
ロレンス役「落ち着きなさいジュリエット」
まどか「わたしは、パリスなんて人の所に行くのは嫌なんです」
まどか「お願いです神父様、力を貸してください。わたしの心と体はもうロミオの物なの」
ロレンス役「わかった。私に考えがある」
まどか「望みがあるのですね。お願いします、お助けください」
ロレンス役「この薬だ。完成したばかりのものだ」
まどか「なんて美しい…、これが本当に薬なんですか?」
ロレンス役「これは魂さえ操る恐ろしい薬だ。お前にこれが飲めるか?」
まどか「ロミオに会えるのなら」
ロレンス「ではまずお前は家に帰り、パリスとの結婚を承諾するのだ」
まどか「嫌です!承諾なんて!」
ロレンス役「最後まで聞きなさい。この薬を飲み干すとお前の身体は硬くなり、熱は奪われ魂が凍り付き、死者の仮面を身にまとう」
ロレンス役「しかしきっちり一日後、眠りから覚めた子供のようにすこやかに蘇るのだ」
まどか「…そんな薬が」
ロレンス役「今夜八時にこれを飲みなさい。明日の朝、私がお前を弔い先祖代々の墓に納め、そして夜に墓を開く」
ロレンス役「そこでお前を救い出し大公の元へ向かう。私が頭を下げてでも大公を説得してみせよう」
まどか「ああ神父様ありがとう。生きる希望が沸いてきました」
ロレンス役「ではこれを持っていきなさい。いいか、決して噛んではいけないよ」
ロレンス役「心配することはない、失敗しても仮死に至らないだけのことだ」
まどか「それでは死んだも同然です」
ロレンス役「大丈夫、私の全霊を込めた芸術作品だ。間違いなど起きはしない。全ては主の導きのままに」
まどか「お導きのままに」
まどかとロレンスが祈る。
照明が消えた。いよいよラストシーンだ。
ほむら(最後、ね)
ほむらは呼吸を整える。少しまた緊張しているのが自分でも分かる。
まどか(…大丈夫)
まどかが舞台中央へ移動し横たわり、目を瞑る。
照明は消えたまま、スポットライトだけがまどかを照らしている。
「ロレンス神父の立てた計画通り、ジュリエットは仮死状態で朝を迎えた。
だがこの計画はロミオに上手く伝わらず、ジュリエットが死んだと思い込んだロミオはその夜、
キャピュレット家の霊廟に忍び込み墓を開いた」
ほむら「やっと会えた」
ほむら「ねえジュリエット…ずっと一緒だって言ってくれたじゃないか」
ほむら「あんなに温かかった身体がこんなにも凍りついて」
ほむら「お願いだジュリエット。もう一度君の瞳を見せてくれ」
ほむら「もう一度僕の名前を呼んでくれ」
ほむら「橋の上で初めて逢って、舞踏会場で運命の再会。君が僕の名前を呼んでくれて、幸せに浮かれ騒いだ」
ほむら「間違ったことは何もないのに…どうしてこんなにも上手くいかないんだろうか」
ほむら「ジュリエット。これから僕達二人はいがみ合いの無い世界で幸せになろう」
ほむら「いつまでも一緒にいよう」
ほむら「今、君の所に行くよ。…お休み、ジュリエット」
ほむらは優しくまどかの上体を降ろす。そして持っていた毒薬の入った瓶を取り出し、一気に飲み干した。
そのままほむらは仰向けに倒れ込む。倒れ込んだ際、髪を留めていた髪留めが外れた。
そして、入れ替わるようにまどかが上体を起こした。
まどか「わたしは…どうして」
まどか「そうだ、神父様!神父様はどこに!?」
周囲を見回す。そして、眠ったように地面に倒れているほむらに気が付いた。
髪が解け、いつも通りの髪型のほむらがそこにいた。
まどか「…ロ、ミオ……?」
返事は無い。ほむらはピクリとも動かず、本当に死んでいるように見えた。
まどかがほむらの顔に自身の顔を近づける。
ほむら(…まどか?)
まどかの次のセリフが飛んでこない。
ほむらは目を瞑ったまま少し戸惑っていた。
ほむら(まさかセリフを忘れて…!?)
そんな考えがほむらの頭に浮かんだ時、顔に何かが当たった。
ほむら(っ…!何!?)
微かに片目だけを開き状況を確認する。
まどかが、泣いていた。
大粒の涙を流しながら背景のセットに描かれた月を恨めしそうに見つめている。
視線を落としほむらを見つめ、ほむらの身体を揺さぶる。
本来ならここでもセリフが用意されていた。だがまどかの口からは何の言葉も出てこない。
音一つない、静まり返った館内でまどかは演技を続ける。
ほむらの上体を抱きかかえ、そして抱きしめた。
まどかの演技が観客の全ての視線を集める。
全ての観客がまどかの一つ一つの動作を見逃さないように見入っていた。
ほむら(まどか…貴方…)
まどかは諦めたようにほむらの身体を優しく上体を降ろし、両手で顔を覆いもう一度空を仰いだ。
そして、まどかは持っていた短剣で自らの胸を貫きそのまま倒れ込んだ。
最後に力を振り絞るようにほむらの手に自身の手を重ね、そのまま動かなくなった。
「冷たくなった二人を発見したロレンスは事の顛末を大公に話した。
それを聞いた大公は不和をつづけた両家とそれを見過ごしてきた自分に天罰が下ったと嘆く。
モンタギューとキャピュレットは手を取り合い、若いふたりの死を無駄にするまいと約束した。
両家にようやく和解の道が開けたのだった」
緞帳が降り始める。客席から盛大な拍手が巻き起こった。
ほむら(終わった、のね。最後はどうなるかと思ったけど)
まどか(…ううっ、やっちゃった……)
まどか(でも、次はちゃんと言わないと…)
緞帳が降り切った。客席の音が遮断される。
ほむら「お疲れ様、まどか」
ほむらは労いの言葉をまどかに掛けた。
だが、まだ終わっていない。
まどか(わたしの…最後のセリフ、ちゃんと言わないと)
詢子「いやー!良かったね!」
満足したように感想を話す詢子だったが、知久はまだビデオカメラを構えたまま動かない。
詢子「パパ?終わったよ?」
知久「まだだよ」
知久「まだ二人はそこにいる」
ほむら「まどか?どうしたの?」
緞帳が降り切ってもまだ動かないまどかに声を掛ける。
それでも返事をしないまどかに少し心配になったほむらは上体を起こした。
まどか「ほむらちゃん」
そこをまどかが抱き付いてきた。
ほむら「えっ、ちょ…ちょっとまどか!?」
まどか「ずっと力になってくれて…励ましてくれて…わがままに付き合ってくれてありがとう」
まどか「夜遅くまでセリフを考えてくれて、一週間ずっとご飯まで作ってくれて、練習に付き合ってくれて」
まどか「そんな…優しくてかっこよくて、でも時々可愛くて…わたしは…そんなほむらちゃんが…」
まどか「大好きだよっ」
さやか『今だああああああああああ!』
緞帳があり得ない速度で上げられる。照明が点いた舞台上にはほむらに抱き付いているまどかの姿があった。
ほむら「ちょっとっ!?一体何なの!?まどか!マ、マイクマイク!」
先程の告白は全てマイクを通して筒抜けになっていた。観客も呆気にとられた様子で固まっていた。
慌ててほむらの身体から離れ、さやかに抗議するように声を荒げた。
まどか「えっ!?さ、さやかちゃんマイクは切ってくれるって…!」
さやか『いやーごめんごめん!忘れてたっ!』
さやか『あ、以上!あたしたちのクラスによる演劇、ホミオとマドリットでしたー!拍手ー!』
強制されたように客席から再び拍手が巻き起こる。そして再び緞帳が降ろされた。
ほむら「…」
まどか「…」
状況が理解できず言葉を失っているほむらと、全て聞かれていた事実に体中の力が抜けたまどかが舞台の上に残された。
ほむら「…まどか」
まどか「は、はい!」
ほむら「貴方も一枚噛んでいるのね?」
まどか「ご、ごめんなさい!こんな事になるなんて…」
ほむら「…後で話があるわ。先に教室に戻っていて頂戴」
まどか「…わ、わかりました」
ほむら「後…まどか、少し携帯を貸してもらうわね」
音響室でさやかの携帯から着信を知らせる音が鳴り響く。
さやかは携帯を手に取り着信先を確認する。まどかからだ。
さやか「もしもしー?」
『もー!さやかちゃんひどいよー!』
まどかの声だ。怒っている様子でさやかを批難する。
さやか「ゴメンゴメン。あれだけの人の前で言ったらほむらに寄りつく子が減るんじゃないかなー、って思ってさ」
『…今どこにいるの?』
さやか「んー、まだ音響室だよ?」
『…そう、わかったわ』
さやか(あれ?最後ほむらの声だったような)
コンコン、と扉がノックされた。
さやか(なんだろう。振り向いちゃいけない気がする)
返事を待たずに扉が開かれる。足音が近づいてくる。
足音はさやかの真後ろで止む。そして、肩を叩かれた。
ほむら「もー、さやかちゃんひどいよ」
さやか「ア、アハハハ…随分まどかのモノマネが上手いんだね」
ほむら「…魔力って本当に便利よね」
ほむら「さぁ、詳しく説明してもらうわよ」
杏子(今頃ほむら怒ってるんだろうなー)
杏子はいち早く屋上に逃げ込みお菓子を頬張っていた。
さやかに指示されて最後に緞帳の上がるスピードを魔力で強化したのは杏子だった。
報酬のお菓子に釣られ、理由を聞かずに手を貸したのは完全に杏子の失敗だ。
杏子(あー…ほむらが怖ぇ…)
杏子の携帯が着信を告げる。着信先はさやかからだった。
杏子「ん~、もしもし?」
『こらー!一人で先に逃げないでよ!』
杏子「お前が全部指示してほむらに喧嘩売るような真似したからじゃねえか」
杏子「お菓子に釣られて手貸したけど先に内容を聞いておくべきだったわ」
『ゴメンゴメン。今どこにいんの?』
杏子「ん?屋上だけど…」
『…そう、わかったわ』
杏子(…やられたー)
屋上の扉が開く。そこにはさやかの携帯を握ったほむらの姿があった。
ほむら「やはり貴方達は似た者同士だわ。同じ手に引っかかってくれるなんてね」
杏子「…魔力って本当に便利だな」
ほむら「そうね。…一応貴方からも事情を聴いておくわ」
[教室]
制服に着替えたまどかは一人教室で待っていた。
まどか(ほむらちゃん…怒ってるよね)
さやかに背中を押された。劇の最後にそのまま勢いで告白してしまえと。
まどか(色んな人に聞かれちゃった…)
恥ずかしいという気持ちとほむらに申し訳ないという気持ちが混ざり合っている。
まどか(わたしは…)
ガラッと音を立てて教室の扉が開かれた。着替え終わったほむらがそこにいた。
ほむら「お待たせ」
まどか「…ごめんね、ほむらちゃん」
ほむら「…」
普段ならいいの、と返してくれるほむらだったが今は無言だった。
口を開かずまどかに近寄っていく。
ほむら「事情は二人から聞いたわ」
まどか「…うん」
ほむら「さやかがまどかを嗾けたって言っていたわ。杏子も…さやかに騙された形で協力させられたと言っていた」
ほむら「最後の騒動も全てさやかが練った計画だと白状した。私達は嵌められたって訳ね」
まどか「確かに…最後はさやかちゃんちょっとやり過ぎたと思う……」
まどか「でも、あたしの事を思ってくれて…それで、あんな事をしてくれたんだと…思うの」
ほむら「さやかを庇うっていうの?」
まどか「さやかちゃんは…誰かを傷つける為だけ、っていう理由で何かをする子じゃないもん…」
ほむら「…」
まどか「元はといえばわたしが悪いの…。勇気が無くて…誰かに背中を……押してもらわないと…」
まどか「ずっとほむらちゃんのことが好きだった…でも……言うのが怖かった……」
まどか「断られて…今のほむらちゃんとの関係が無くなっちゃうのが…」
まどか「でも…ほむらちゃんの隣に誰かがいるのも…見るのが嫌…だった…」
まどか「男の子だけじゃなくて女の子にも人気があるほむらちゃんを…取られちゃうのが…怖かった…」
まどか「…おかしいよね。女の子同士なのにこんな気持ちになっちゃうなんて…」
まどか「そのせいで…ほむらちゃんにも…あんな恥ずかしい思いをさせちゃって」
ほむら「そうね…恥ずかしかったわ」
まどか「…そうだよね。…女の子同士なのに、こんなの気持ち悪いよね…」
ほむら「聞いて、まどか」
ほむら「私は…恥ずかしいだけじゃなかったの」
ほむら「…嬉しかったわ」
ほむら「だから…もう泣かないで」
まどかを抱き寄せる。まどかの体が震えているのが伝わってきた。
まどか「ごめんなさいっ…ごめんなさい…」
ほむらは優しい手つきでまどかの頭を撫でる。まどかが泣き止むまでほむらの手は止まらなかった。
ほむら「…落ち着いた?」
まどか「……うん」
ほむら「一つ、聞きたいことがあるの」
まどか「…なぁに?」
ほむら「最後のシーンよ。セリフ、言わなかったわね」
まどか「…あれは」
まどかはほむらの肩に顔を押し付けた。顔を見られるのが恥ずかしいらしい。
ほむら「…教えて」
まどか「…ずっとほむらちゃんのことをロミオだと思い込んで演技してたの」
まどか「でも、髪留めが外れていつものほむらちゃんになって…」
まどか「名前を呼んでも返事がなくて…ほむらちゃんが死んじゃったって少し、思っちゃったの」
まどか「そうしたら涙が…止まらなくなっちゃって…セリフが言えなくなっちゃって…だから」
ほむら「…もう」
背中に回した腕の力を少し強める。愛くるしく、愛おしいまどかを強く抱きしめる。
ほむら「私はずっと貴方の側にいる。絶対に一人にしない」
まどか「…最後まで迷惑をかけて、嫌われても仕方ないことをしたのに…」
ほむら「関係ない。私も…貴方のことが大好きなのよ…まどか」
まどか「…本当に、信じていいの…?」
ほむら「信じて。月の女神ヘレネーに誓うわ」
まどか「もぅ…それはわたしのセリフだよ…」
ほむら「ふふっ、そうだったわね」
密着させていた身体を少し離す。物寂しげな表情のまどかがそこにいた。
ほむら「…まどか、私のこと…どう想ってくれているの?」
まどか「わたしは…ほむらちゃんのことが」
ほむら「ああ、声でなくてもいい、でも私の望み通りなら」
ほむら「唇を…咎めないで欲しい……」
まどかとほむら以外に誰もいない教室。今度は止める者はいなかった。
[月曜日]
賑やかな文化祭は終わりを告げ、いつもの日常が戻ってきた。
まどかとほむらは学校内で一躍有名になっていた。
二人を応援するファンクラブまで設立されるほどであった。その話はまどかとほむらの耳にも届いていた。
まどか「あ、あははは…」
ほむら「…本当に、物好きな人ばっかりね」
仁美「申し訳ございません。お二人を是非とも応援させていただきたく思ってしまいまして」
ほむら「貴方が設立したの…?」
仁美「はい。入会される方が後を絶たない状況です」
演劇部員「どうも、会員番号002番よ。今後ともよろしくね」
ほむら「頭が痛いわ…」
まどか「ほむらちゃん、保健室行く?」
ほむら「…ごめんなさい、そういう意味ではないの」
演劇部員「純粋に応援したいだけだから。あなたたちをからかっているつもりは全く無いの」
ほむら「応援、ね…。ついでにあの二人も応援してあげたらどうかしら?」
廊下に人だかりができている。お目当てはまどかとほむらでは無かった。
さやか「ちくしょー!見るな!」
杏子「見せもんじゃねーぞ!帰れ帰れ!」
そこにはロミオの衣装を着たさやかとジュリエットの衣装を着た杏子がいた。
見世物になる気持ちを味わいなさい、とほむらが二人に科した罰だった。
ほむら「杏子、ジュリエットはそんな口調ではないわ」
杏子「くそっ…なんであたしがこんな目に…」
ほむら「少し申し訳ないとは思うけど仕方ないよね。パートナーなんだから」
杏子「だからあたしは…!」
ほむら「もっとジュリエットらしく振舞いなさい。もう一日その衣装を着たいの?」
杏子「ぐっ…わ、わかりました…わよ」
ほむら「ちゃんと先生にも許可は貰ってあるから安心して過ごしなさい」
さやか「ごめん杏子…お菓子増やすから許して…」
杏子「三倍で許してや…あげます…わよっ」
肩をガックリ落としたさやかと杏子をコッソリ見に来ていたマミが写真におさめた。
この後一週間ほど二人はこのネタでマミにからかわれるとこになったのであった。
[鹿目家]
まどか「ただいまー!」
ほむら「お邪魔します」
知久「おっ、来たねほむらちゃん。座って座って」
詢子「いらっしゃーい」
学校を終えた後、ほむらは鹿目家に招待されていた。
普段はまだ仕事をしているはずの詢子も今日はもう帰宅していた。
ほむら「それで…見せたいものとは?」
知久「ふふっ、すぐわかるよ」
知久はそう言いリモコンのようなものを操作する。
壁に吊り上げられていたスクリーンが降りてきた。
そして、ほむらとまどかが座ったソファーの後ろにはプロジェクターが設置される。
ほむら「これは…まさか」
知久「じゃあこれよりホミオとマドリット上映会を始めるね。全部で三回流すよ」
まどか「さ、三回も…?」
詢子「まどか用、ほむらちゃん用、全体用で撮ったから。全部観ないとな」
リビングの照明が落とされ、知久がカーテンを締める。
ほむら「見世物になった後にそれを見せられるとはね…」
まどか「ごめんね…パパとママが…」
ほむら「いいの。まどかが隣にいてくれるから」
まどか「…うん。ずっと隣にいるよ」
ほむらの右手がまどかの左手に触れる。
お互いの指を絡めるように手を繋ぐ。
背後のプロジェクターが起動し、スクリーンに映像が流れ始める。
まどかとほむらは映し出された映像を見ながら自分のセリフを映像に合わせ呟く。
だが、お互いの名前を呼ぶ箇所はもうロミオとジュリエットでは無かった。
まどか「ほむらちゃん、私のほむらちゃん」
ほむら「まどか、私はここに居るわ」
二人は固く握った手をずっと離さなかった。
ホミオとマドリット 終劇
慌てて用意した着地点を無事に踏み抜きました。見て下さった方ありがとうございました。
色々なサイトを回ってあらすじ、設定、セリフを見ただけなので劇の内容でおかしい所があっても
スルーしていただければ幸いです。
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