希「えりちがウチのことを好き?」 (95)
希「……」
凛「希ちゃーん?」
花陽「ど、どうかしたの……?」
希「えっ?あ、なんでもないんよ、なんでも……」
ウチは慌ててやって来た下級生の二人に首を振った。
出来るだけ生徒会室の中を覗かせないようにしながら。
それに気付いているのか気付いていないのか、二人は心配そうな顔をしながらも「早く部室行くにゃー!」と
ウチの手を引いていく。
花陽「り、凛ちゃん!そんなに引っ張っちゃだめだよ」
凛「でも練習始まっちゃうよー」
希「ん、そやな。急がな」
ウチは答えると、大人しく凛ちゃんについていくことにした。
生徒会室の扉は、まだ開かれる様子はない。それを確認してからはもう振り返らなかった。振り返れなかった。
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◆
――あー、ほんまびっくりした。
えりちが、ウチのこと……。
そんなはずあるわけない、と思いながらもどうしたって考えてしまう。
だって、それくらいびっくりしてもうたんやもん。
希「……」
全て立ち聞きしたわけではない。
一部を聞いただけだ。だから間違いだったのかもしれない。しれないけども。
『さっさと告白しちゃいなさいよね』
『にこには言われたくないわよ……』
『うっ。にこは皆のアイドルだからぁ』
『好きなんでしょ』
『……あんただって、希のこと』
『……好きよ』
うう、思い出しただけで赤くなってきてもうた。
そもそもにこっちが生徒会室に来ていること自体が珍しいというのに、あんな会話をしているなんて想像つくはずもないし。
聞くつもりはなかった。なかったのに、扉に手をかけた瞬間聞こえてきたのだから仕方ない。
海未「希?どうかしましたか?」
パンパンパンというリズムをとる手拍子の音がふっと消える。
どうやら穂乃果ちゃんたちの練習が終わったようだ。
希「いや、なんもあらへんよ」
海未「でもすごくぼーっとしてますよ」
希「こ、これはその、な……」
なんと誤魔化そうか。
考えるより先に、勝手に手は動いてウチは持っていたペットボトルを海未ちゃんに差し出した。
海未「えっ」
希「疲れたやろ?それでも飲んで休み」
海未「でもこれは……」
希「凛ちゃーん、真姫ちゃんも。次練習するよー」
逃げるように屋上の影に敷いていたシートから立ち上がると、海未ちゃんが困っている様子にも気付かない振りをして
ウチは凛ちゃんたちの名前を呼ぶ。
はーいという声が返ってきて、「ほな、がんばろか」と少し遠くで音楽を聴いていた真姫ちゃんを連れて日向へと出ていこうとした。
その時、屋上の扉が開いた。
それと海未ちゃんが「あの、これっ」と声を上げたのは同時。
希「うん?」
海未「これ、希のものじゃ――」
海未ちゃんはさっきウチが渡したペットボトルを指して言う。
開いた扉から入ってきたにこっち――と、もう一人、えりちの体がぴくりと固まったのが見えた気がした。
希「えっ、そうやったっけ?」
海未「希、やはり今日は少し変じゃ」
希「そんなことないって!あ、にこっち、えりちっ」
あ、しもた。
今のとこは「ウチの希パワーがばっちり海未ちゃんに行き渡るんよ?」なんてふざけるところやったやろか。
でもそんな余裕もなくて、しかも思わずいつものように扉の前の二人に声をかけてしまった。
今はえりちとちゃんと目を合わせられる気すらしないというのに。
穂乃果「絵里ちゃん、生徒会のお仕事お疲れ様ー!」
絵里「あ、えぇ」
ことり「にこちゃんはなにしてたの?」
にこ「絵里の仕事手伝ってたのよ」
花陽「えっ、にこちゃんが?」
凛「そんなのにこちゃんじゃないにゃー……」
にこ「ちょっと、なによその反応!」
あ……。
えりちが一瞬こちらを見て、すぐにそのあと話しかけた穂乃果ちゃんたちのほうを向いてしまった。
海未「……希?」
真姫「なに?どうしたの?」
海未「あっ、希が」
希「ええの。ほら真姫ちゃん、練習するよ」
真姫「ちょっと」
音楽を聴き終えたらしい真姫ちゃんが会話に参加してくると、ウチはいよいよ話がこじれないよう(ウチのせいなんやけど)真姫ちゃんの手を引いて屋上の広い場所へ。
ウチのグループと、今さっき練習していたグループが交代するように、穂乃果ちゃんたちがこちらへ向かってくる。
その中にえりちもいて、すれ違いざま、ウチは思い切ってえりちに声をかけてみた。
希「あっ、えりち。えっと、お仕事お疲れ様。今日は手伝えなくてごめんな」
絵里「希。いいわよ。今日はにこも珍しく手伝ってくれたから」
にこ「絵里までなによ!あえて珍しくっていうのを強調する必要はないでしょ!」
牙をむくにこっちに、えりちが少し笑って。
ウチはいつもと同じえりちの様子に少し安心した。
あー緊張した……。
えりちと話すのなんて当たり前のはずやのに。
えりちがウチのことを好きかもしれない。
そう思うと、やっぱりウチだって気になってしまう。緊張だって、してしまう。
しばらくこんな状態が続くのかもしれない、と思うとなんとなく気が重くなった。
◆
μ'sの練習を終えて、皆で帰り支度を済ませて帰路につく。
いつもの流れ。
皆でわいわいと話しながら歩いている時間が、ウチはとても好き。
その中に混じっていられる嬉しさを、いつだって噛み締めている。
けれど今日はその嬉しさは半分で、少し前を歩くえりちのことばかりを目で追いかけていた。
時折えりちがこちらを向いて目が合うのはやっぱりウチのことを好きやから?なんて考えてしまう自分自身に赤面してしまったり、時々振られてくる会話なんかまともに聞いていられるはずもなく、散々だ。
海未ちゃんには「やはり何かあったのですか?」と心配されてしまうし。
絵里「なに?希、どういうこと?」
希「えっ、どういうことって別に。なーんもあらへんよ?」
えりちが目ざとくウチと海未ちゃんの会話に入ってきた。
ウチはドキリとしてしまって、慌ててそう答えた。海未ちゃんが何か言いたげな顔をするのをなんとか引きとどめて、ようやく分かれ道。
いつもは早いと思うのも、今日ばかりはとてもありがたかった。
神様に感謝したい気分だ。
一人、また一人と人数が減っていく。
でも、そこでウチは気付く。
ここからはえりちと二人だけになるのだと。
絵里「希、ほんとに大丈夫なの?」
えりちと一緒に穂乃果ちゃんたちを見送ってから歩き始めると、心配げなえりちがウチの顔を覗き込んできた。
綺麗なえりちの顔が思わず近くにあって、ウチはどうしたらいいのかわからなくなった。
希「大丈夫やからっ」
ぱっと顔をそらす。
今のえりちはきっと不思議そうな顔をしてウチを見ているはず。
けれど、そっとえりちのほうを見てみるとまた少し、胸の奥が疼くような感覚を覚えた。
希「あの、えりち。ほんまに、大丈夫やし」
バツが悪くなって、ウチは言葉を付け足した。
不思議そうな顔。思ってたとおりの顔をしていたえりちだけど、その表情はどこか悲しそうで。
それは、ほんの少しの違い、だと思うけども。
三年間もえりちと一緒にいるのだから、わからないわけはなかった。
それとも単純にウチがえりちのことを気にしすぎてるから――?
うぅ、やっぱりわからへん……。
頭を抱えなくなったけども、それでもえりちが「そっか」と笑ってくれてウチは明らかにほっとしていた。
絵里「希はなんでも一人で抱え込んじゃうから」
希「えりちには言われたくないわあ」
絵里「なによ。私は大丈夫――」
希「意地っ張り」
絵里「どっちがよ」
同じペースで歩く。そして、いつものような会話が続いた。
なんや、大丈夫やん。なにも意識しなければ。
……なにも、意識しなければ。
ずっと、緊張しているわけにはいかない。
ずっと今日のようなままじゃ、えりちだって辛いだろう。
かといってえりちに「ウチのこと好きってどういうこと?」なんて聞くわけにもいかないし。
気にしなければいい。
それにモテモテの我らが生徒会長、絢瀬絵里がウチなんかのことを好きなはずないのだ。
やっぱりなにかの間違いやった。そうに決まってる。
希「うん、それが正しいんよ」
カードで確かめなくたってそれがきっと正解なのだ。
絵里「えっ、なに?」
希「なーんでも?あ、えりち。なんか食べにいこ」
絵里「なんか食べに行こうって、今から?」
希「たまにはええやん」
絵里「いいけど……」
困ったようなえりちの表情は可愛い。
えりちは、こんなに可愛いのだから。
手が触れた。差し伸べた手を、えりちが控えめに握ってきたから。
その温かさに、少しだけ心が弾んだ。
―――――
――――― ――
にこ『……で?』
希「うん?」
にこ『話を振ってきたのは希なんだから、さっさと答えなさいよ』
希「なにを?」
にこ『わかってるでしょ!絵里のことどう思ってるか!』
電話の向こうのにこっちの大声に思わず携帯を耳から離し、右手に持っていたそれを左手に持ち替えた。
ウチは今、にこっちに今日あの話を聞いてしまったことを話していたのだ。
あのときあの場にいたにこっちに話すのはどうかと思ったが、こんな話ができるのはにこっちだけだとも思った。
自分の中できちんと整理をつけたかった。
希「そりゃ、えりちはウチの大事な大事な親友よ』
にこ『……なんとも感じないの?』
希「……なんとも感じないって、そもそもウチら女同士なんよ?」
ぽつりと溢れ出た言葉。
にこっちが電話の向こうではあっと息を吸い込んだのがわかった。
怒鳴られるやろうか。ふとそう思ったけども、いつまでたってもにこっちの大声は聞こえてこない。
希「それに、やっぱりえりちがウチのこと好いてくれとるんは、なにかの間違いやと思うんよ」
にこ『そんなわけないでしょ』
希「ううん。今日その、すき、って……答えたのも、別に大した意味やなかったんちゃう?」
にこ『そこで照れないでよ』
希「なんでバレたん……」
にこっちからの返答はない。
ウチは一旦咳払いをすると続けた。
希「……ともかく、ウチはそう思ってる」
にこ『……だったらいちいち私に連絡してこなくても良かったんじゃないの?』
希「うーん、勝手に聞いちゃってたんやし、懺悔みたいなもんやと思っといて」
懺悔ねぇ。
にこっちがどこか呆れたような声をしてつぶやいたのが聞こえた。
部屋の時計はそろそろ0時を回ろうとしていた。
希「ほなそろそろ」
にこ『あ、ちょっと待ちなさいよ』
希「どうしたん?」
にこ『絵里もだけど、あんたも相当面倒くさいわよね、希』
希「……褒めてるん?」
にこ『自分で考えなさい』
希「わからへんわー」
にこ『じゃーね。おやすみ』
ぷつり。
唐突に音がして、にこっちの声は無機質な機械音へと変わった。
希「あ、切られてもうた……」
そういえばちゃんと、話を聞いてくれてありがとうとお礼が言えなかった。
こりゃまた明日、やな。
ウチは携帯を枕の上に置くと、窓にもたれかかってそっと膝を抱えた。
――えりちがウチのことを好き。
そんなありえへんこと。起こるわけもない。
だからウチももうそんなの気にしない。明日からはもうずっといつも通り。
それがウチにもえりちにも一番いい選択のように思えた。
さっきまで携帯を持っていた手は、どこかひんやりとしている。
なのにその代わりのように心の中も頭もどこかぼんやりとするほど熱くて、
ウチはベッドに広げていたタロットカードを片付けることも忘れて膝を抱えたまま横に倒れ込んだ。
電気はつけたまま。
でももうこのまま今夜は眠ってしまいたかった。
電気を消して真っ暗になったら、暗いところが苦手などこぞの生徒会長さんの顔が思い浮かんできそうで怖かった。
◆
翌朝、登校途中にえりちとばったりと顔を合わせてしまった。
絵里「希……」
希「えりち。おはよーさん」
絵里「おはよう」
希「珍しいね、こんなとこで会うなんて」
ほんとね、と笑うえりちはとびっきり嬉しそうでウチの心まで明るくなってしまう。
「一緒に行きましょうか」と当たり前のことを言う少しヘンなえりちも、朝の早いせいか少しだけ眠そうなえりちも、恐らくほとんどウチにしか見せたことのない表情をしていて、いつもそれがこっそりと誇らしかった。
今もとても誇らしくて、皆に自慢したいくらい。
でも今日はなんだか直視できそうになくて、やっぱり少し気にしてしもてるんやろかなんて自分自身にわざとらしく声をかけながらウチはえりちと一緒に歩き出す。
絵里「少し早いし、生徒会室に寄っていく?」
希「そやね、仕事もまだ残ってるやろ?昨日できなかった分頑張るわ」
絵里「といっても、だいたいは片付いてるんだけどね」
希「えー、そうなん?」
絵里「でもにこが残していった仕事も、あるし」
希「にこっち一体なにしたんー?」
ウチが笑うと、えりちもにがーく笑って。
その横顔が少し緊張しているように見えたのは気のせいなのか。
そろそろ眠気が襲ってきたので今夜はここまで。
また明日ちょろちょろと書きに来ます。
眠れないので続きを書きに
ちなみにラブライブssは初めてなので別人かと
――ひょっとしたら気のせいじゃなかったのかもしれない。
そう気付いたのは、まだ生徒の少ない学校に到着して、生徒会室の扉に手をかけたえりちの片手が震えているのを見たときだった。
ウチはびっくりして、「えりち?」と声をかけた。
えりちは何度か深呼吸をしてから、「希」と。
そのあまりの真剣な声に、思わずウチの居住まいを正したくらい。
希「えっ、なに?どうしたん?」
絵里「……」
希「……」
絵里「……なっ、なんでもないわ」
しばらく無言で見つめあった。
その後、目を逸らしたのはえりちだった。
あとちょっとえりちがウチを見ていたら、ウチはどうにかなってしまいそうで。
先に目を逸らしたのはウチだったのかもしれない。
でも、もしウチが先に目を逸していたら、なんとなく、予感はあった。
だから絶対に目は逸らしちゃいけないと、どこかで思っていた。この目を逸らしてみたい、とも。
矛盾した気持ちを抱えて、ウチはえりちを見つめていた。
絵里「さあ、仕事、片付けちゃいましょうか」
無駄に元気のいい声で、えりちが扉を開けて中へと消えていく。
その背中を追いながら、ウチは「えりち」と、呼んでしまいそうな衝動を必死に押しとどめていた。
絵里「希?」
中々後に続かないウチに気付いたのか、えりちが扉からひょこりと顔を出す。
その表情はもうすっかりいつものえりちで、ウチもなんとかいつもの東條希で笑ってみせた。
希「今行くで」
扉に手をかけた。
昨日、もうなにも気にしないと。
ずっといつも通りだと決めたのだから。
◆
希「にこっち。昨日はありがとうな」
にこ「昨日?」
希「電話。付き合うてくれて」
あーとにこっちはわかっているのかわかっていないのかわからないような気のない返事を返してきた。
ウチが首を傾げると、「そんなことよりも」といきなりこわーい顔をしてウチにぐいっと顔を近づけてきた。
希「ど、どうしたん?」
にこ「……真姫、見なかった?」
希「見てへんけど……」
にこ「そう……」
明らかににこっちの迫力が衰えた。
ウチはもしかして、と思いながらにこっちを覗き込んだ。
希「にこっちは真姫ちゃんのことが」
にこ「わーっ!べ、べべべつにそんなんじゃないわよそんなんじゃあ!」
おぉ、こんな反応とは。
そういえば昨日すっかりとえりちのことしか頭になくて、もう一人――この目の前の親友が誰かを好きらしい、という情報についてはスルーしかけてしまっていた。
危ないとこやったわぁ。
希「なんや、そうなんやったら教えてくれたら良かったのに」
にこ「教えるわけないでしょ!」
希「なんとなくわかってたんやけどね」
にこ「わかってたの!?」
希「わかってたでー。ウチそういうのはよく気付くほうなんやから」
にこ「……どの口が言うのかしら」
にこっちはわざとらしく大きな溜息をついた。
その顔は真っ赤でとても可愛らしい。
にこ「だいたい希……昨日、女同士がどうって言ってなかった?」
希「え?あぁ、そやね。でもここ女子高やん?ウチは別にそういうのに抵抗はないし」
にこ「だったら昨日、なんであんなこと言ったの?」
希「……もしかして、にこっちを傷付けて」
ウチが言いかけると、にこっちが「ストップ!」をかけた。
そのまま、じとっとウチを見上げてくる。
にこ「そういうことじゃないの!」
希「じゃあ」
にこ「にこだってね、わかってんのよ。でも真姫が好き。それは絶対に変わらないし変えられない。変える気もないわ」
希「……かっこええね」
にこ「希。あんたはどうなのよ」
ギクリとした。
にこっちの目がそんなウチを見抜いたかのように細められて、ウチはますます居心地が悪くなる。
にこ「“女同士”だからって理由で逃げる気?」
にこっちが何を言おうとしているのか、わかる気がする。
それでもあとちょっと――あとちょっとで溢れてきそうな何かを、ウチは気付かないフリをする。
希「そういうわけやないよ」
にこ「絵里は本気よ」
希「そんなんわからんよ」
にこ「本気ったら本気なの!「……もっとちゃんと、向き合いなさいよ」
本当に面倒くさいんだから。
捨て台詞のように、にこっちが言葉を付け足した。
面倒くさい、なあ。
にこっちにこう言われるんも何回目やろうな。
希「ごめんな」
にこ「謝るなら私じゃなくて絵里でしょ」
希「そうかもしれへんね」
にこ「……ほんっと面倒くさいわねあんた」
ウチは曖昧に笑った。
にこっちの大きな溜息も、一体何度目なんだろう。
希「あ、真姫ちゃん」
にこ「えっ、どこ!?」
希「ほら、行ってきぃ」
恐らく屋上へ向かうらしい真姫ちゃんのほうへと、にこっちを押し出した。
三年の教室から体を半分だしたにこっちは、真姫ちゃんへと足先は向けたまま振り返った。
にこ「希」
希「うん?」
にこ「今日、告るから」
希「えっ、うん」
にこ「もし私が宣言通りにしたら――次はあんたの番だからね」
予想外の言葉に、ウチはすぐには返事が出来なかった。
その間ににこっちは行ってしまい、教室にはウチ一人しかいなくなる。
次はウチの番って――そんなん、別に。
希「……」
ウチはえりちが好き。
初めて出来た友達だった。初めて出来た親友だった。
それはこれから先絶対に変わらないと、はっきり言える。神様にだって誓える。
でも、それだけ。
それだけ、やろ?
そしてきっとえりちだって。
――『……好きよ』
えりちだって、そんなはずない。
えりちがウチのことを大事に思ってくれているのは知ってる。
知ってるからよけいに、ウチは違うと思うのだ。……それとも、思いたい、のか。
希「なんやろね、ウチ」
ウチは考えることをやめると、近くにあった椅子を引いて腰掛ける。
今日は練習に行かんと、このままここでぼんやりとしとこかな。
そんな考えが頭をもたげる。
えりちも、朝に生徒会の仕事を終わらせてしまったから今日は最初から屋上に来ているだろうし――
絵里「希」
そう、だから。
そんなふうに考えていたから。
えりちの凛とした声で、名前を呼ばれて。
後ろの扉に手をかけて、練習着のまま、少し息を切らして立っているえりちを振り返って。
ドキドキと心臓が鳴っていた。
希「えっ、えりち……どうしたん?そんな急いで」
絵里「それは……そう、にこに、言われたのよ。希がいないから探してこいって」
希「あー、部長やもんね」
えりちがここに来た理由は、なんとなく予想はついていた。
強引な部長。
でもこれはそんな強引でツンデレなアイドル研究部の部長が用意してくれたチャンスなのだとも。
それでもウチは臆病だった。
立ち上がると、「ほな早く行かないと」とえりちから遠ざかろうとする。
絵里「待って!」
引いた椅子をもとに戻そうとしたとき、いつのまに傍に来たのだろうか。
えりちがウチの手を掴んだ。
絵里「待って、希……」
えりちの息は、まだ少し荒いまま。
それでもえりちは、その先の言葉を口にする。
絵里「――少しだけ、話してからにしない?」
―――――
――――― ――
ウチは制服のまま、隣に座っているえりちと目を合わせないようにしながら座っていた。
えりちは中々話し出そうとはしないし、ウチだってなにも言葉は出てこない。
いつもなら、静かな空間も苦ではないはずなのに。今は少し辛かった。
希「あのっ」
絵里「のぞみっ」
そやから、と思って口にした声はかぶるという始末。
にこっちといるときはそうでもなかったはずが、えりちと二人きりの教室はとても広く感じられて。
隣にいるはずのえりちも少し遠いように思えた。
希「あ、ウチはええで。えりちが話して」
絵里「えっ、でも希が先だったんじゃ」
希「ええのええの。大したことやないし」
大したこと、どころか。なにも考えていなかったとはさすがに言えない。
その後もえりちは食い下がってきたが、結局折れて「それじゃあ」と大きな大きな息を吐いた。
希「うん」
自然と、握った手のひらに力が入ってくるのを感じる。
手も、肩も、というより身体全体が。
緊張、していた。
絵里「いきなり、なんだけど」
えりちの声も、少し固く震えていた。
お互い、前を向いたまま。やっぱり目は合わそうとはしなかった。
絵里「……私、ね。好きな子がいるの」
えりちの声はとても静かだ。
それ以上に静かな教室では、そんな声もよく聞こえてしまう。
とても澄んだえりちの声。今は、震えているけども。
希「……そうなんや」
絵里「同じ学校なの」
希「女の子」
絵里「えぇ……へんかしら」
初めて、視線を感じた。
えりちがウチを見ているのがわかって、なんだか体温が急上昇していくような気がした。
ウチはなんだか尚更えりちを見ることができなくなってしまって、「どうやろ」なんて曖昧な言葉で濁した。
絵里「――気持ち悪い?」
希「そんなことはっ!」
えりちの声がますます震えたのが分かって、ウチはハッと俯かせていた顔を上げてえりちを見た。
えりちは案の定泣きそうな顔をしていた。
中々泣くことのないえりちに、ウチはまたそんな顔を。
いやや。
そう思う。えりちにそんな顔をさせるのはいや。
誰であろうと。ううん、自分自身が一番いや。
えりちには笑顔が似合うのだから。絶対に、泣かせたくなんかないのに。
でも、にこっち――ウチ、ほんまにダメなんや。
心の中で言い訳。
その後の言葉が出てこないのだ。驚いた顔になったえりちを、今度は笑わせる言葉が。
絵里「希……」
希「……」
再び、顔を俯かせてしまう。
これ以上えりちを見ているのが辛かった。
そのせいで。
「絢瀬先輩っ」
その声がしたほうへ視線を向けるのに、少し時間が掛かってしまった。
リボンの色から一年生だとわかる。
さっきえりちが入ってきたほうとは反対の扉の前に立っている、その子の体も震えていた。
お話があります、とその子は言った。
絵里「あなた……」
えりちは明らかに困惑している様子だった。
それでもその子は続けた。ウチのことなんかは見えていないかのように。
「以前、絢瀬先輩にお手紙をお渡ししました」
なんだか、今度はウチの中からすっと急激に体温が下がっていくような気がした。
ああ、やっぱり。
えりちはモテモテなんやから。
絵里「ちょっと待って!ちゃんと返事はしたはず――」
えりちの言葉に、その子は少したじろいだようだった。
「それは、そうですが」と口の中をもごもごとさせている。
でも強かった。その子は、ウチよりもきっとえりちよりも、断然。
「確かにお返事はいただきました。でも、お付き合いされている方はいないと。だから私、諦めないでおこうと思ったんです」
初めて、その子の視線がウチへと向けられた。
そのあまりの険しさに、今度はウチがたじろぐ番だった。
「……本当は副会長と?」
えりちの動揺が、手に取るようにわかった。
でもさすがは生徒会長。
すぐに落ち着きを取り戻した。
絵里「違うわ」
はっきりとした、えりちの声。
絵里「希とは、ただの友達。それ以上でもそれ以下でもない」
えりちの声に、戸惑いや悲しみが混ざっていることにウチは気付いていた。
それでも。
それでもウチは、どこかで。
やっぱりウチのことが好きなわけないんやと。
自分で自分に傷をつける。
そうしなければ、視界がゆらゆらと水面に揺れそうだった。
休憩。
今日中には終わらせたい。また後で。
200 VIPにかわりましてNIPPERがお送りします sage 2014/08/19(火) 02:48:13.95 ID:yvYInKxDO
続きないのかな?
ほのうみ厨かりんぱな厨か知らんが相沢は死んでほしい。
>>1応援してるから完結させてくれ。
のぞえり厨怖すぎんよ…
◆
「希っ」と弾んだ声で名前を呼んだのはもちろんえりちなわけなかった。
ウチは「普段通りのウチ」でにこっちのほうを振り返る。
声と同様に、にこっちのその表情は明るくキラキラとしていた。
うまくいったんやなあ、と傍目にも分かる。
それはウチにとってもとてもとても嬉しいことのはずなのに。
にこ「希!宣言通り真姫に――って、ちょ、ちょっと!?」
少しでも気を緩めれば本当の、弱々しいウチが出てきてしまいそうで。
それを隠すかのようにぎゅうと小柄なにこっちの背中に腕を回した。
にこっちは明らかに戸惑ったふうで、ウチの背中をバンバンと遠慮なく叩いてくる。
希「……にこっち、それ、結構痛いんよ」
にこ「私だって苦しいんだけど!?」
にこっちはそう言いながらも、察しがいいのだ。
遠慮なく叩くその手は次第に優しいバンバンに変わっていった。
うわ、ちょっとずるいんちゃうこれ。
希「……痛いわ、にこっち」
にこっちは苦しい言うけど、ウチの腕の力はますます強くなる。
そうしないともう我慢なんてできそうもなかった。
校門のすぐ傍。ウチはひたすらに、自分自身の声から逃れるように耐えていた。
『希。悪いけど、先に練習行っててくれる?』
あれからも一年生の女の子は決してあそこを去ろうとはせず、
生徒会長である絢瀬絵里と堂々と渡り合っていた。
ウチはといえばひたすらおろおろとしているしかなく、そんなウチを見かねたようにえりちがウチにそう言った。
「でも」と戸惑うウチを、えりちは『いいからっ』と少し強引に送り出した。
その時のえりちの表情は確かめることができなくて、でも今となっては確かめなくて良かったとも思う。
ウチは今更練習に出る気も起きずに、海未ちゃんへと連絡をいれてすごすごと校舎を出てきたところだった。
にこ「でしょうね。希がそんな顔するくらいなんだし」
一瞬、なんのことかわからなかった。
思考があの一瞬のことに飛んでしまっていたから。
にこっちが言っているのはウチの言葉についてなのだろう。
希「顔なんか見えへんやん」
にこ「見えなくてもどんな顔してるかっていう想像くらいつくんですー」
ああ、ほんまニクいわにこっち。
にこ「なにがあったかは聞かないけど……痛いなら泣きなさいよ」
希「そんな弱虫でも泣き虫でもないよ、ウチ」
にこ「はいはい」
ほんっと面倒くさいわねーという声が聞こえて、にこっちの小さな手がウチの頭をぐいっと押して
ウチはにこっちの首元に顔を埋めた。
そういえばにこっちもまだ練習着のままで、ちょっぴり汗の匂いなんかがした。
ほんま、にこっちの言うとおりやね。
ウチは嗚咽を漏らすまいとしながら、そんなことを考えていた。
結局その日は、えりちもμ'sの練習には参加しなかったらしい。
あの後練習へと戻ったにこっちが、帰ってきてからウチに電話してきてくれたのだ。
ウチはテーブルにタロットカードを広げたまま、そんな話をぼんやりと聞いていた。
希「わざわざありがとなー。あと、ごめんね」
にこ『ごめんって、何がよ』
希「にこっちは、せっかく真姫ちゃんとうまくいったのに」
にこ『それはい・い・の!大体にこは絵里と勝負してたのよ』
希「勝負?」
にこ『どっちが先に告白できるかっていう。でもあんたの様子見る限り絵里も相当ヤバそうだし。
勝ったって気がしないからなんていうか、それが気に入らないの!』
……にこっちも大概お節介やね。
電話を切ったあと、ウチは広げたタロットカードの上に突っ伏した。
カードが告げる言葉も、今は見る気が起きなかった。
ウチはえりちが好き。
初めて出来た友達だった。初めて出来た親友だった。
それはこれから先絶対に変わらないと、はっきり言える。神様にだって誓える。
でも、それだけ。
それだけ、やん。
『希とは、ただの友達。それ以上でもそれ以下でもない』
これ以上傷つきたくなかった。傷つけたくなかった。
55:VIPにかわりましてNIPPERがお送りします[sage]
にこまき厨マジ末期(のつまらなさ)
2014/08/19(火) 08:42:23.87 ID:s17X08P4o
>>63
ブーメランって知ってる?
◆
翌朝、ウチはあえてとても遅い時間にひとりきりの家を出た。
この時間であればえりちに途中でばったり会うということもないから。
今までだって何度か小さなケンカなんかはしたことがあった。
でもそんなのはとてもかわいらしいもので、ウチはえりちとケンカができることすら嬉しかった。
少しだけ大きなケンカをした日は、今日と同じ時間に家を出た。
出た途端、えりちがバツの悪そうな顔をしてウチの部屋の前に立っていたことがある。
今日は――そんなはずもなかった。
ケンカしたわけでも、ないんやし。
ウチはどこか自分に言い聞かせるようになりながら、朝の道を辿っていく。
ただ少し、今はえりちの顔を見ることが怖いのだ。
ギリギリに学校に着いたとき、えりちとにこっちが二人で何かを話しているのが見えた。
先にウチに気付いたのはえりちで、「おはよう……!」と声をかけてきたえりちに、ウチはいつものおはようは返せなくて。
えりちの後ろから顔を出したにこっちが、ウチのことをひどいジト目で見ているのもスルーしてしまった。
このまま気まずくなってしまうのだけは避けたかった。
それでも、ウチの中で色々なものが崩れていきそうで。
生徒会室で二人きりになってしまわないように仕事の配分に気を遣った。
μ'sの練習でも、ウチから一年生ズのほうへと絡みにいって体力作りやダンス練習などでえりちと同じにならないように気を回した。
そういうところに必死になってしまうウチがいることに、自分自身戸惑っていた。
でも、それだけウチは――
にこ「もどかしいのよ、あんたたち」
そんな日が数日続いたあとだった。
昼休みに、廊下の端っこ、唐突ににこっちに呼び出された。
にこ「希は明らかに絵里を避けはじめるわ、絵里も絵里でずっとそのまま」
にこっちは大層ご立腹だった。
小さな体で腕を組み、ウチが見下ろしているはずなのになんだか見下ろされてる気分になった。
希「……あともうちょっとやねん」
にこ「なにが?」
ウチは答えずに唇を噛み締めた。
言葉にはできない、気持ち。
違う。してはいけない、気持ち。
そのままなにも答えないウチににこっちは痺れを切らしたようにウチの腕を掴み、「いい!?あんたと絵里は――!」
絵里「にこ」
はっとした。
それはにこっちも同じだった。
にこっちは大きく口を開けたまま、言葉だけをどこかに取り落としたみたいに固まっている。
ウチの腕を掴んでいたにこっちの手は力なく落ちて。
少しタレ目なえりちが、今はきりりと眉をあげて、ウチらを見ていた。
ウチはといえばえりちの視線から逃れることができずに、だからえりちがウチの手を掴んできたのにも一瞬反応が遅れてしまって、それに驚いたウチがゆるくその手から逃れてしまっていた。
希「……あ」
えりちの表情が、きりりとあげた眉がしぼんでいく。
それでもえりちは気丈にまたそんな表情を作ると「ちゃんと自分で伝えるから」
もう一度、今度はウチが振り払わないようにか、ゆっくりと、えりちの手がウチの手を包み込んだ。
にこ「絵里……」
絵里「ありがとう、にこ」
えりちはなにか言いたげなにこっちに視線を向けると、微笑んだ。
それを見たにこっちはそれ以上なにも言わずに、ただウチを見た。そして「これが最後のお節介だからね!」と言いながら、ウチとえりち、二人の背中を強く押し出した。
えりちはそれを力にするかのように、握りなおしたウチの手を引いた。
◆
無言のままえりちに連れられてきたのは、生徒会室だった。
昼休み、扉の向こうから聞こえる喧騒もどこか遠く。
希「……なあ、えりち?」
ウチもえりちも扉の前に立ったまま。
お互いに少し息を切らして、そこにいた。
なんだか、えりちと二人きりなのは随分と久しぶりな気がした。
ウチはどうすればいいかわからなくて、「怒っとる?」
そんなことを口に出した。
するとえりちは、ウチから握った手は離さないまま、息を整えて。
絵里「怒ってるわ」
静かに答えた。
ウチはえりちと目が合わせられずに「そっか」とだけ反応した。
絵里「当然じゃない。突然、希が私を避け始めるんだもの」
希「そんなつもりは……あった、んやけど」
ない、と言おうとして。
ここは正直に言わなくちゃいけないような気がして、ウチは重い息と共に吐き出した。
絵里「……どうして?」
ウチの手を握るえりちの手の力が、こころなしか強くなった気がした。
ウチは、無言のまま少し背の高いえりちを見上げた。
えりちはまっすぐとウチを見ていた。
絵里「――なんて、散々にこの話を聞いておいてこんなこと聞くのは少し、ずるいかしら」
ずっと気の張ったような表情をしていたえりちが、ふと相好を崩した瞬間だった。
思わず、その微笑みに視線を奪われてしまう。
絵里「希」
えりちの手が、ウチの頬をそっと撫でていく。
その感触に、体が震えた。
絵里「私は希が好きよ」
そんなはずはない。
ありえるわけがない。
ずっと、ウチの中で否定し続けたことを。えりちは口にした。
あまりにも真剣な顔をして。
その顔を見た途端、言葉が聞こえた、途端。ウチの視界はゆっくりと揺れ始める。
それに気づかれたくなくて、ウチはえりちから再び視線を逸らして俯いた。
希「……ウチじゃだめなんよ」
絵里「えっ……?」
えりちの手が、ウチの熱くなった頬から離れた。
それでも握った手のほうは、やっぱり離れなかったのだけども。
希「ウチじゃきっと、役不足やろ?えりちにそんな好きって言ってもらえるようなもん、持ってへんし」
えりちにはもっともっと、ウチなんかよりいい人がいる。
モテモテなんやし、その気になればすぐに恋人でもなんでもできるはずやん。
ウチなんか――
そこまで、口にして、ウチは固まる。
えりちは怒っていた。真っ赤な顔をして。そうしてえりちは――泣いていた。
絵里「そんなはずないじゃないっ!」
びっくりするくらい、大きな声だった。
昼休みの喧騒なんかかき消すんじゃないかと思うほどの。
ウチはそこで初めて気が付いた。
また、えりちを傷つけてしまったのだと。ウチが、傷つきたくないあまりに。
普段滅多に泣き顔を見せることのないえりちが、怒ったまま、傷ついて、泣いている。
絵里「なにが役不足よ!希よりいい人がいる?いつものカード?でも私はそんなの認めないわ!希が海未に自分の飲み物を渡した時も、にこに腕を掴まれているのを見た時も、なんでもないってわかっていても自分じゃどうしようもないくらい動揺して、嫉妬してた!」
希「えりち……」
絵里「私にとっての希は誰よりも大切なの!希以外ありえないの!わからない!?」
希「……ずっと、ウチのこと見といてくれる?ずっと、ウチの傍にいてくれるん?ずっと離れないで」
絵里「当たり前でしょう!?」
痛い。強く掴まれた手も、心の中も。
でもそれはにこっちにすがって泣いているときの痛みよりもずっとずっと、やさしいものだった。
好きなの、と声を荒げるえりちが、見えなくなっていく。
一粒涙が溢れると、視界は一気にクリアになった。
ウチはえりちが好き。
初めて出来た友達だった。初めて出来た親友だった。
それはこれから先絶対に変わらないと、はっきり言える。神様にだって誓える。
そして、ウチはえりちが好き。
――初めての、恋。
希「――えりち、ウチもな」
泣いているえりちの手を、そっとほどいた。
そうしてウチは、少し背伸びをしてえりちの身体を思い切り引き寄せた。
えりちがバランスを崩して、驚いた顔をしてウチの腕の中。
希「えりちが大好き」
ようやく、笑えた。
やからえりちも、笑ってくれる?
終わり
今更ラブライブにハマってしまい
三年生組がとても好き。もちろん皆好き
それではまた
このSSまとめへのコメント
いい仕事しやがって…
すげー細かいけど役不足の意味違うで
話し自体は良かったよ
役者不足か力不足やね
役者不足の方がいいかなぁ
絵里にとって役不足ってことじゃないのか?