P「嵌張待ち」 (23)
東風戦メンバーとアカマルに愛を込めて。
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――思い出すのは夏の青さと飛行機の轟音――
「緊張するなぁ」
姉ちゃんの隣の男がそう言った。ボクはそれを遠目から眺めていた。
彼は痩躯で、ここら辺じゃ見ない感じの男だった。肌もあまり日に焼けていない。腕も細い。
もやしっ子。
そんな単語が想起された。
姉ちゃんの民宿には少ない親戚と多すぎる知り合いが集まって、姉ちゃんの帰りとなじみのない来訪者を待ちわびていた。
ボクは一人抜け出し、少し早めに彼を覗きに行っていた。遠目から、二人に気づかれぬように。
二人が民宿に入ったのを見届けてから、ボクは少し外を歩いた。夏の暑さで肌が焼ける。
海は広く青く穏やかで、なんとなく姉ちゃんに似ているような気がした。
そして、言いようのない寂寥感を感じた。
女の人が母親に男性を紹介する、ということはそういうことなのだろう。
喜ぶべきことなんだろうけど、ボクは素直に喜べなかった。
その理由もなんとなく思い浮かぶが、小さな矜持を守るために頭を振りその雑念をかき消した。
ボクが民宿に戻ると男たちがジャラジャラと亡国の遊戯に興じていた。
(いつの間に?)
そんなことを思いながら姉ちゃんを見ると姉ちゃんは「仕方ないね」とでも言いたそうな顔をして、暖かく苦笑していた。
卓を囲む面子には彼も混じっている。おそらく彼を見定めるための囲みになったのだろう。じっちゃんの好きそうなことだ。
そんなことで人間性など分かるはずもないだろうに――
ボクの心中とは関係なく賽が振られる。
姉ちゃんの隣に座り、彼の手さばきを観察する。
牌山までの最短距離を辿り彼の手先が摸打を繰り返す。
打ち慣れてるな。そう思った。
娯楽の少ない田舎ではちょっとした刺激が喜ばれる。
ご他聞に漏れずここでもこの遊戯は多くの人が嗜むものになっている。年配にもなればもう慣れたものだ。
そんな面子に囲まれても彼の腕は見劣りしなかった。だから打ち慣れてるなと思った。
きっとそれはいいことではないのだろう。
中盤、彼にこんな手が入った。
5r67p 4445568s チー657m
ドラは7m。タンヤオドラ赤の3900聴牌である。
場に索子は安くすぐにでも上がれるだろうなと思っていた。
表示牌を一巡目に鳴ける彼に、少し嫉妬していた。彼の下家は字牌のツモ切りを繰り返している。
鳴かなければすんなりと聴牌まで持っていくこともできずにいただろう。
なんとなく、鳴けなかった手牌を想像して、自分に重ね合わせていた。動けなかったくず手。
下家の捨て牌がボクをあざ笑っているように思えた。
もし姉ちゃんに声をかけられていたら。東京に行く彼女に何か一言言えたら。
行かないで――と。それとも素直な心中を吐露出来たら。
きっと姉ちゃんとの関係は変わっていたのだろう。
彼の上家である親が7sを手出しで切った。すんなりと3900の上がりだ。ボクの暗澹たる思いも知らずに。
彼は一瞬逡巡し牌を倒した。
「……チー」
一部だけ。
5r67p 4445s チー756s 657m
打8p。三色確定の三面張。
下家がツモ切る。9p。
「ロン」
親の手牌が倒される。ダブ東のみの手。
奇しくも彼の鳴く前の手配と同じ3900の上がり。
彼がボクと姉ちゃんの方に顔を向ける。
彼の顔は姉ちゃんと同じ暖かい苦笑だった。
「あんたは響ねえちゃんと結婚するのか?」
数回の囲みが終わった後、彼に聞いてみた。
「たぶんね」
「たぶんってなんだよたぶんって」
集まった人たちに料理を配膳する忙しそうな姉ちゃんを見ながら二人で話をしていた。
「もうちょっと待ってもいいんじゃないかなって思ってるんだよ」
同じく彼も姉ちゃんを見ながらつぶやいた。
「ここでは時間はゆっくりと流れるみたいだからな」
感慨深げに彼はそうつぶやいた。
「良形になるのを待つさ」
「……親に掻っ攫われるなよ?」
言ってから少し後悔した。姉ちゃんの生い立ちと何かがかぶって見えた。
「大丈夫だよ。カンチャン待ちだって上がれるときは上がれるんだから」
その言葉から彼の真意は図りかねた。でも大丈夫なんだろうと、そう感じた。
「……7s鳴いた人の言葉とは思えないな」
「ちゃんと上がれてただろ。さっきは響がいたからいい格好したかったんだよ」
やはり彼も少し見栄を張っていたのか。
姉ちゃんを見送るときのボクと少しかぶって見えた。そして彼が悪い人間じゃないことを確信した。
「次はちゃんと上がれよ」
彼にいったのかボクにいったのか。ボクの口から出た言葉はどこかに溶けて消えた。
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