とある幻想の一撃男(とある×ワンパンマン) (141)

・注意事項
上条さん魔改造(上条さんサイタマ化)
そういう意味ではとある魔術の禁書目録とワンパンマンのクロスオーバー。

ハーメルンさんとマルチ投稿してます。
某禁書総合スレに投下したものと、新たに1万字書いたものをとりあえず投稿したいと思います。
それでは、よろしくお願いします。


 ・ ・ ・

 少年は不幸だった。
 持ち物をなくすのは当たり前で、財布を落とすのも日常茶飯事。
 足元に気をつけなければ犬の糞を踏みつけて、足元に気を取られていたら電柱にぶつかる。
 こうした不幸は飽くまでも身に降りかかるだけだが、時として周りを巻き込んだ不幸も多々あった。
 例えば、居眠り運転によって蛇行運転していた車が少年に突撃したり。例えば、包丁を持った通り魔が少年に襲い掛かったり。その度に少年は傷つき、周りを巻き込んでしまった。

 そんな少年を周りが排斥するのも無理からぬ話で、時には暴力沙汰にも発展したものだった。

 少年は理解した。己は不幸な星の下に生まれて来たのだと。
 同時に決意した。この身に降りかかるあらゆる不幸は周りを巻き込む事無く、己が力で跳ね除けて見せると。
 正義の味方ヒーローになるのだと、少年はその時に誓った。

 その為に少年が選んだのは、己が肉体を鍛える事だ。通り魔を返り討ちに出来るくらいに、迫り来る車を回避出来るくらいに、自身の身体能力を向上させる事に対して否やはなかった。
 雨の日も、風の日も、雪の日も、熱を出そうとも、腹を下そうとも、血反吐を吐こうとも、少年は自身に課したトレーニングを止めることはなかった。



 そしてある時、少年はウニ頭になっていた。


 

SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1407009810

 学園都市は日本でもトップクラスの技術を持った学生の街である。
 “記憶術”だとか“暗記術”だとか、そんな名目で超能力の研究を行っており、同時に脳の開発を行っている都市として有名となっている。
 何故有名なのかというと、設備の潤沢さや二十三の学区内には計二百三十万人の人口のうち八割が学生であるとか、理由は多くあるものの、最も大きな理由としてはやはり超能力にあるだろう。

 誰しもが一度は夢想した事があるだろう。
 掌から炎を出したり、物を思うように動かしたり、風を操ったり。
 そんな妄想が実現出来るような脳の開発が学問の一環として執り行われるのだから、否が応でも有名になるというものだ。
 そして、学生が全体の人口の八割を占めている事や、学生を中心にした教育機関の数々こそが、この街が学園都市と呼ばれている所以である。
 そんな学園都市であるが、授業のカリキュラムや学業の難易度は学校のレベル次第で大きく変動するものの、長期休暇は何処の学校も変わらず当たり前に用意されている。
 七月下旬から八月下旬にかけての一ヶ月と少々の期間は夏休みだし、冬にも冬休みはあるし、学年末の試験を乗り越えれば春休みとなる。

 そして七月十九日の今日は、学園都市全体で終業式を迎えていた。

 ある者はバイトに勤しむ事だろう。ある者は全力で遊ぶだろう。ある者は計画的に課題を終わらせているだろう。夏休みと言う長期休暇は、学生たちに多くの選択肢を提示していた。
 どの選択肢を選ぶのかは、その学生次第である。

 そして、学園都市の学生である少女は終業式も終わって、友人達と期末試験を乗り越えた名目で一頻り遊び終えた夕方に、路地裏を駆けていた。
 ポリバケツを飛び越え、ブロック塀をよじ登り、古ぼけて穴の空いている金網をすり抜けて、少女は逃げ回っていた。
 何度か背後を振り返ったが、追り来る不良達は嗜虐に満ちた笑みを浮かべており、何とか大通りに出なければと少女は闇雲になって走り続けた。

 どうしてこうなったのか。その解は塾に遅れそうだったから。
 彼女は軽い気持ちで路地裏をショートカットに使おうとしたのだ。

 しかし、それが失敗だった。路地裏に屯していた不良達に声を掛けられ、あれよあれよと連れて行かれそうになったので、何とか隙を突いて逃げ出した。
 だが、不良達は存外にしつこく、同時に自身の体力も限界に近づいていた。
 追っ手は六人。レベル0の自身では不良が一人居た時点で間違いなく勝てないだろう。だからこそ、少女は必死になって逃げ続けていた。
「キャッ!?」
 そして遂に限界が来たのか、少女は足をもつれさせて転んでしまう。なんとか立ち上がろうとするも、膝からはだらりと血が流れ落ち、何故だか知らないが瞳から涙が溢れてきていた。
「よー、もう鬼ごっこはおしまいかい?」
 不良の一人が悪役そのものの口調で少女に声を掛けると、少女はビクリと肩を揺らした。尻もちをついたまま、背後へと逃げとするが、座ったままで逃げられる筈もない。
 少女は自分が腰を抜かしていたと言う事に今更気がついた。

「おい、俺からヤらせろよ。最近溜まってんだよ」
「ざけんなよ、最初に見つけたのは俺だろうが。てめーはケツの穴でもほじってろ」
「じゃあ俺口もーらい」
「お前またかよ。口なんか下手糞が咥えても気持ちよくねーべ?」
「バッカお前その下手糞さが余計に興奮するんだろうが」

 下品な話題で盛り上がり、不良達はげらげらと大声を上げて笑った。
 このように入り組んだ路地では“警備員”や“風紀委員”の目は届きづらい。
 それを分かっているからこそ、不良達はここまで大騒ぎ出来るのだ。その事実を察したからこそ、少女は諦めたように涙を流している。

「まあ心配すんなよ、無駄な抵抗をしなきゃあこっちだって優しくシてやるからよ」
 そう言って不良達が少女の制服を脱がそうと、彼女の肩に手を掛けた瞬間、宙から何かが降ってきた。
「うお!?」
 それは卵だった。十個五十円の特売品らしく、そんなラベルがパックには貼り付けてある。
 しかし、どの高さから落ちたのか卵の殻は割れるどころか粉々に砕けており、その中身が飛び出して不良の一人が卵塗れになる有様であった。
「誰だ!?」
 卵を浴びた不良が怒りに身を任せて叫び声を上げる。
 建物に囲まれたこの路地裏で、まさか卵をパックごとぶつけられるとは思ってもいなかった。
 不良の声に反応したかのように、その下手人が五階もある建物の屋上から飛び降りてきた。

 服装はどこにでもあるような半袖のカッターシャツとスラックスだ。買い物帰りなのか、両手には買い物袋が握られ、生活感あふれる姿とツンツンとした髪型が特徴的な、極々ありふれた高校生の姿をしている。
 しかし、不良達は警戒心を最大限に引き上げた。それも当然だろう。五階から飛び降りておいて平然としているなど、“能力者”でなければありえないのだから。
「……誰だ、テメェは!」
「俺か? 俺は……」
 突如現れたツンツン頭に対して、不良の一人が声を張り上げて威嚇するように問い質した。
 対する少年は、買い物袋をぶら下げながら、ボケッとした表情で返答する。

「趣味でヒーローをやってる者です、はい」

 空気が凍った。

「……ふざけてんのかコラァ!!!」
 何処の世界にこれ程までに所帯染みたヒーローがいるのだと、不良達は目の前のふざけた存在に怒りを露にする。
 お楽しみを邪魔され、訳の分からない名乗りを上げられてキレない不良はそうそう居ないだろう。
「舐めやがってええええええ!!!」 
 不良の一人が殴りかかった。さっさと伸して続きを始めたい。そんな性欲に塗れた怒りの感情をツンツン頭の少年にぶつける為に。
 対する少年は、手馴れた手つきで買い物袋を左手のみに持ち替えた。
「うごっ!?」
 少年の右手が殴りかかった不良に直撃する。
 少年は不良に対してアッパーカット気味にカウンターを決めたのだ。それだけなら不良同士の喧嘩でも良くあるので驚く事はない。

 驚くべきは、殴られた不良はそのまま星となった事だ。

 まるで意味が分からないかもしれないが、そうとしか表現出来ない。
 殴られてたたらを踏む、どころの話ではない。そのまま宙高くに吹き飛んでいった。
 そのありえない光景に呆然とする不良達だったが、それを為した少年は決して手を緩めない。無慈悲な少年の右腕は、次々と不良の顔面を捉えていった。

「うげっ!?」
「ごっ!?」
「あばっ!?」
「あべし!!」

 短い断末魔と同時に、少年はあっという間に四人の不良を追加で星にした。
 その光景には巻き込まれていた少女も愕然とする。大人と子供、等と言う比喩では足りないほどに不良と少年の力量には大きな隔たりがある事を目に見えて理解させられたからだ。
「な、何だよテメェ……何なんだよォォォオォォオオオォ!!!」
 残された最後の不良が、愉悦に満ちていた筈の表情を恐怖に歪ませて、両の掌から炎の塊を噴出させた。
 威力としては“レベル3”に判定される程度の火炎放射パイロキネシスだ。
 レベル3とはいえ、人の顔面程度の大きさに燃え盛る炎の塊は、間違いなく少年を殺傷出来る力を有していた。

「逃げてください!」
 少女は叫んだ。自身を守る為に見知らぬ他人を犠牲にするなど出来るはずもない。そんな善性を有した少女だった。
 しかし、裏を返せばそんな心優しい少女を、不良達はその心までも犯そうとしていたのだ。その事実だけで、少年の心はマグマのようにふつふつと煮え滾っていく。

「いいぜ、テメェがその力で何でも思い通りに出来ると思ってるのなら……」

 少年は迫る炎に対して逃げる素振りも見せずに右手を振り被った。

「まずは、そのふざけた幻想をぶち殺す!!」

 振りかざした右腕が炎を捉えると、炎は一瞬にして消え去った。
 科学的に打ち消されたのではない。初めからそこになかったかのように消滅したのだ。
「は……? ぶはあっ!!?」
 これにはさしもの不良も目が点になったが、そんな思考を置き去りにして、その不良も同じく星になった。
「ああ、ショートカットに建物の屋上を走ってたのは良いけど、まさか卵を落としちまうとはなぁ……不幸だ……」
「あ、あの……」
「何だ? まだ居たのか」
 アンタこそ逃げれば良かったのに、と少年はからからと笑う。
「助けていただいてありがとうございます……もしよろしければ、お名前を教えていただけませんか?」
 少女はおずおずとした様子で尋ねた。塾の事など既に頭にはなく、助けてもらったお礼をどうしようかとすら考えていた。

「さっきも言ったけどさ、俺は趣味でヒーローをやってるんだ。だからお礼なんていらねーよ」

 見返りを求めてやってるわけじゃねーんだ、と言い残して少年は踵を返す。
 少女はそんな少年の背中を呆然と見つめていた。

 ・ ・ ・

「あっちいいいいいい!!!!」

 七月二十日。夏休み初日を迎えた今日、ツンツン頭の少年は茹だる暑さに言いようのない怒りに包まれていた。
 エアコンも、扇風機も、それどこか冷蔵庫も! ありとあらゆる電化製品が駄目になっていた。
 その原因は間違いなく前日の夜にあった雷が原因だろう。その心当たりがあるだけに、少年は怒髪天をつく勢いで憤慨していた。主にだらしのない電化製品達に対して。

 エアコンや扇風機が駄目になったのは百歩譲って許すとして、冷蔵庫が駄目になったのは許せなかった。
 温いお茶に、酸っぱい臭いを放つ野菜達。昨日買ったなま物は軒並み全滅していた。
 残った食べられるものは非常食用に残していたカップめんやカップ焼きそばのみで、仕方がないのでいずれかを食べようとお湯を沸かそうとするも、IHヒーターもお陀仏していた。許すまじオール電化。

 そんなこんなで外食しようと財布を捜しているうちにキャッシュカードを踏み砕き、再発行には一週間。
 しょんぼりしながら暑さに耐えるべく二度寝しようと布団に入れば携帯電話が鳴り響き、「上条ちゃんは馬鹿だから補習です♪」と担任教師からのラブコールに辟易しながらも布団から這い出たのだった。

 上条当麻は生まれつき不幸である。しかし、今となってはあまり気にしていない。

「はー。補習、補習か……仕方ねえ、布団干したら行くかなあ。っと、その前にコンビニでも行って飯買ってからにしよう」

 補習と一言に言っても、ここ“学園都市”で行われる能力開発は通常の授業とは異なる部分が多々ある。
 “能力開発”の為に錠剤メトセリンや粉薬エルブラーゼ等を使用するのは当たり前で、そうした薬品投与がある以上空腹で学校に向かうのは聊か拙いだろう。
 一先ず手持ちの金で暫く乗り切ろうと財布を開くと、お札はなく、小銭は632円。

「……まあ、これだけあれば昼飯は食えるよな」

 カップめんもこんな時の為にたくさん用意していた訳で、一週間程度ならどうにでもなるだろう。
 そんな持ち前のポジティブシンキングで夏休み開始早々の不幸と先行きの暗さを振り切った。気合を入れようと、財布をもったまま両手で頬を張ったら、ちゃんと閉じていなかった財布の小銭入れから小銭が舞い散った。

 肩を落としていそいそと小銭を拾うと、布団を畳んで窓から見える青空を仰ぐ。照り付ける太陽がまぶしい。
「お空はこんなに青いのに、お先は真っ暗♪」
 そんな太陽に負けぬよう努めて明るく振舞ってみても、目下の問題が多すぎて鬱になる。
 こんな事なら昨日のうちに素直に買って来た食材で晩飯を作ればよかったと、流石の上条も後悔を露にしていた。

 何故あの時に意味もなくファミレスに行こう等と言うトチ狂った発想になったのだろう。
 何故意味もなくテンションをあげ、訳の分からないエスカルゴの激辛ラザニアなど注文してしまったのだろう。
 何故あの時、絡まれている女子生徒から絡んでいる不良を守ろう等と思ってしまったのだろう。

 素直に家に居れば、真夏の夜の逃走劇の果てに雷を落とされて辺り一帯が停電する事などなかっただろうに。

「つか、夕立とか降ったりしねーだろうな……」
 そこはかとなく嫌な予感を過ぎらせながら、器用にも布団を両手に窓を片足で開け放つと、既に白い何かが引っ掛けられているのを上条は視界に入れた。

「……シスターさん?」

 ベランダの手すりにぐったりとした白い物体。それは白い修道服を身に纏ったシスターだった。妹ではなく、修道女的な意味での。
 だらりとだらしなく垂れた上半身と、同じくだらりと垂れた長い銀髪から見え隠れする西洋系の幼い顔立ちは、将来を約束された美少女っぷりで、上条は思わずその場に掛け布団をだらりとずり落とした。

「……お」
 するとその音に気がついたのか、或いは何かを察したのか。
 謎のシスターは鼻腔をふんふんと動かしてのそりと首を持ち上げて、長い銀髪に隠れ気味だったその顔を露にした。
 日常からあまりにもかけ離れた一コマ。その第一声は一体何なのか。上条は固唾を呑んで少女の言葉を待った。

「おなかへった」
「はい?」
「おなかへった」
「……はい?」
「おなかへったって言ってるんだよ?」

 第一声はあまりにも気の抜けた台詞だった。その一言に思考を一気に持っていかれた上条に対して、少女は無視されたと感じたのか僅かにムッとした表情を浮かべて再三尋ね返した。
「まさかとは思うけど、まさかこの状況で行き倒れ等と言う突発的もしくは偶発的事故を主張する心算でせうか?」
「倒れ死にとも言うね」
 西洋風な出で立ちをした少女から発せられたのはまさかの日本語。それもぺらっぺらな日本語である。
 どんな言語で語りかけられるのか、内心では戦々恐々としていた上条は若干安心していた。
 とはいえ、少年は困っている人は見過ごさないようにしようと、幼少期の頃から心がけてきているので、如何に怪しい姿をしたシスターだろうと、助けを求めている以上見過ごすわけにはいかない。
「わりーけど、部屋の中にゃ他人様に出せる飯はねぇんだ。コンビニ飯でよけりゃ着いて来いよ」
「ホント!?」
 その言葉に少女は目を輝かせ、そしていそいそとベランダへと乗り込んだ。それと入れ替わるように、少年は布団を手すりにひっかけて布団バサミで固定した。

 ・ ・ ・

「追われてた? 誰にだよ?」
「うん。本当は別のマンションに飛び移ろうとしたんだけどね、後ろから撃たれちゃって。それで君のベランダに引っかかってたんだ」

 学生鞄片手にのろのろと歩く上条の後ろを、インデックスと名乗った少女はとてとてと着いて来ていた。
 飯に釣られてホイホイと着いてくる辺り、ちょろそうなのに良く逃げられたな、などと上条は詮無き事を考える。
「まあ、アンタが自殺志願者じゃないってのは分かった。ていうか、逃げるんだったらこんなとこで呑気してて良いのか?」
「えっと、少し罠を張ってるから、暫くの間は大丈夫かも。三十分くらいだけど」
「そうか、そりゃ大変だな。それで、七階にある俺んちに引っかかっちまう位、執拗に追い掛け回したのは一体何処の誰なんだ?」
 上条の問いに対して、インデックスはどこか答えにくそうにくぐもった表情を浮かべると、意を決めたように口を開いた。

「魔術結社」

 ここは科学の街だ。あらゆるオカルトはオカルトのままにせず、解明するまで研究し尽くす。それでも取りこぼした一部のオカルトを、科学の徒は一体どう思うだろうか。
 或いはここで気味悪がられて突き放されても悪くはない。インデックスはそう思っていた。

「へー、魔術結社。あれか、魔術師って奴か。アンタは魔術ってのは使えるのか?」
「え……? えっと、私は魔力がないから出来ないかも」

 しかし、少年は何でもないように歩き続けていた。世間話のような気軽な話でもないのに、上条からは動揺の“ど”の字も見られない。
「じゃあさ、俺も魔術を使えたりする?」
「この街で開発を受けたら、使えないかも。だって魔術は才能のない人達が、それでも異能を求めて探求した結果だから……」
 超能力は“自分だけの現実”を駆使して場を歪める力で、魔術はある理に沿って場を整える事で境界を歪める力である。
 その二つは結果として異能を放っているという点では違いがないかもしれないが、決定的な違いに才能の有無がある。
 前者は何の準備もなしに、“思う事”と“考える事”の二つだけで異能を放っているのに対して、魔術は厳密な準備と時には何か犠牲を被らなければ異能を放つ事が出来ない。

 そしてその二つは相反する力である。
 その為、超能力者としての開発を受けてしまっては最後、魔術を扱おうとすれば拒絶反応を起こし、最悪の場合は死に至るのである。

「へえー。じゃあ、俺には魔力はあるけどそれを扱う手段はないってことか」
「そういうことかも。私みたいに魔力を精製出来ない体質っていう可能性もあるけど、開発を受けたならどちらでも意味はないかな」

 そんな説明をインデックスから一頻り受けた所で、上条は少しだけガッカリした様子だが、本心では気にしていないのだろう。
 夏休みだけあって私服の学生が目立つ中、シスターと高校生と言う奇妙な組み合わせは全国チェーンのコンビニエンスストアの前で立ち止まった。

「ほら、コンビニついたぞ。好きなもん選んで良いぞ。600円以内だけどな」
「ホント!?」
 コンビニに入ると、女の店員がギョッとした目で二人を見た。
 シスターと言う服装があまりにも場違いだったからだろう。二人は気にせずに弁当コーナーへと向かった。しかし、上条の言う通り600円しか財布にはない。
「うう、どれも食べたくて選べないかも……」
「すまないねえ、俺が貧乏なばっかりに……」

 眉尻を下げて憂うシスターと、よよよと泣いた振りをする上条。
「ううん、こんな異国の地でここまで親切にしてくれたのは貴方が始めてだから……とーまが好きな弁当を選んで良いよ」
「そうか……じゃあ、このソーメンを二つ買おう。これならギリ足りるし、二人で食べられるからな」
「でも、一つ当たり税込み316円じゃとーまの財布じゃ足りないかも……」
「大丈夫だ。虎の子の三十二円がまだ入ってる。丁度632円、二つ買えるさ……ア゛!?」
 不安げなインデックスを安心させるように財布から小銭を出してその額を数えた所で、上条の表情が硬くなった。
「631円、だと……!? あの時上条さんは1円玉が二枚あったのを確認してます事よ!?」
 その言葉とは裏腹に、心当たりを思い出して顔を真っ青にする。
 そう言えば、先行きの不安さを振り払う為に気合を入れようとした拍子に小銭をばら撒いていた。
 慌てて拾ったものの、1円だけ拾い損ねていたのだろう。ここに来て、ソーメンすらも変えない自分の不甲斐なさに上条は憤った。
「すまねえ、インデックス……せめてアンタの腹だけでも膨れさせてみせるさ。ここはソーメンとオニギリを二個ぐらい買ってだな……」
「あのー……」
 血の涙を流す勢いで小銭を握り締めていた上条の背後から、聞き覚えのあるようなないような女性の声が聞こえてきた。
 振り返ると、何処か見覚えのある顔に上条は首を傾げる。
 その女性はこの店の制服を着ており、このコンビニの店員である事は容易に分かった。
「えっと、昨日助けてもらったお礼をしたいんですけど、良いですか……?」
 どうやらその女店員は、昨日助けた女生徒だったらしい。
 値引きシールを手に首を傾げる彼女を前にして、良い事はしておくものだと上条は心底そう思った。
 同時に、昨日あれだけ格好つけておいて、今更格好がつかないことに対しては一切気にしない事にした。

 ・ ・ ・

「ソーメンありがとう。美味しかったんだよ!」
「そりゃどうも。あの店員も大喜びするだろうな」
 近場の公園にあるベンチに腰を掛け、まるで飲み物を飲むような勢いでソーメンをかきこんだインデックスは、上条の持っているソーメンに視線を向けながら感謝を示した。
 ぎゅるるる、と腹から虫の声が鳴いていなければ、きっと正しく感謝の気持ちを伝えられたはずである。
 まだまだ空腹は収まらない。そんな様子のインデックスに上条は食べかけのソーメンを差し出した。
「あー……俺の分も食べるか?」
「……ううん。もう時間だから、行かなくちゃ」
 しかし、インデックスはその手を拒んだ。
 この心優しい少年を、魔術師の世界に引き摺り込むわけには行かない。それがインデックスの本心だった。
 今までだって一人で逃げてきたのだ。今更助けなどいらない。相反する想いを抱え、それをひた隠しにして、表情を見られないように踵を返した。

「なあ」
「……何かな?」
 だが、そんなインデックスを上条は引き止める。まるで、彼女の本心を正しく見通したかのように。
「お前、そんな辛そうな顔すんならよ、素直に助け求めろよ」
 その言葉が嬉しかった。だからこそ、頭がカッとなった。
 せっかく光の道を歩んでいるのに、わざわざこちら側に来る事はない。それを教える為の一言を、インデックスは咄嗟に言い放つ。

「それじゃあとーまは、地獄の底まで着いて来てくれる?」

 魔術の事や十万三千冊に完全記憶の事も、記憶が一年前から途絶えている事も、全てを教えた。
 しかし、上条は疑う事を知らず、彼女の言う事を全て受け入れた。インデックスが記憶を失ってから一年は経つが、これほど親身になって話を聞いてくれた人物を彼女は知らない。
 そんな彼だからこそ、そんな彼にこそ、助けてもらいたい。助けて欲しい。しかし、そんな彼だからこそこちら側に連れてきてはならない。
 インデックスがその意志を示すほどに、上条の意志は強固となっていく。

 救われない者こそ救われるべきなのだ。

 その考えを実践する為に、彼は全力で己が身体を鍛え抜き、強靭な身体と精神、そしていくら水に濡らしても形すら変わらない強力な髪の毛を手に入れた。

「じゃあさ、インデックス。お前を“こっち”まで引き上げたら良いんだな?」

 念を押すように、上条は問いかける。続いて、ジロリと何処か虚空を見上げた。
 直線距離にして五十メートルはあろう場所にある、周りよりも一際高いオフィスビルの屋上に視線を向けた。

「……魔術師だったら、降りてきやがれ!!」

 不思議と通行人が居ない中で、上条は叫び声を上げた。彼の声でインデックスはようやく気がつく。
 今しがた自身の周りに“人払いの結界”が張られたのだ。魔術に造詣のない上条の方が何故それを察知できたのか。
 その疑問が解決するよりも早く、太陽を覆う影が二人の上空に一瞬だけ現れた。
 その瞬間に気づかなかったインデックスにとって、目の前の存在は唐突に現れたように見えただろう。しかし、上条には彼女がオフィスビルの屋上からこの公園まで飛んできたのだと人目で分かった。

「……ステイルが張った人払いの結界に、インデックスよりも先に気づくとは……貴方は、何者ですか?」
「さあな。誰だって良いだろ。強いて言うならアンタらの邪魔をする、敵だよ」
「そうですか。では、尋ねますが……インデックスを渡してもらえますか?」

 奇妙な服装をした日本人の女だった。ジーンズの片側だけを大胆に太ももが見えるまで切ってあり、右手には二メートルにも届こうかとばかりの長身の刀が握られている。
 素人の上条からも見て取れるほどに、鞘に納まった刀からは本物である事を示す威圧と殺意が振りまかれていた。

「断る」

 対する上条の返答は短い。女の動きをジッと睨みつけ、いつでも動けるような姿勢で腰を低く落とした。
 構えらしい構えではない。独自に編み出した動き易い体勢なのだろう。
 だからこそ、女にとっては次なる動きが予想できなかった。

 だが、関係ない。“聖人”たる神裂火織に、常人の策略は通じない。

「ならば、押し通るまでです」

 すると女の身体が蜃気楼のように揺らぎ、消え去った。いくら人払いの結界を察知出来たとはいえ、相手は高々一介の高校生である。
 わざわざ正面から叩き潰すまでもなく、インデックスを捕らえるだけでよい。
 とはいえ、インデックスの着ている“歩く境界”があるので彼女を捕らえる事こそが真に難しい事柄なのだが。
 逆説的に、上条を叩き潰して人質に取る事でインデックスを抑えようと考えて、彼女は二人の前に姿を現したのだ。

「ふっ!」

 神裂は小さく息を吐いて、鞘に入ったままの刀―七天七刀を力なく振るった。
 完全に手を抜いた一撃であり、一瞬のうちに意識を刈り取ろうとした彼女の情けでもあり、聖人の傲慢とも呼べる攻撃であった。

 その瞬間。
 パシッと小さな音が響き渡った。

「……!」

 神裂は思わず飛び退いて距離を置く。
 いくら手加減をしていたとはいえ、一般人には何をされたかすら分からないはずだ。ならば、何故自身の攻撃が受け止められたのか。その答えは単純明快だ。

「手ぇ抜くのは構わないけどよ……それで勝てると思うなら、その幻想をぶち殺すぞぉ!!」

「が、あっ……!!」
 バックステップで下がった神裂との距離を一瞬の間に詰めた上条は、その右手を彼女の腹部へと叩き込んだ。その一撃を受けた彼女の身体は大きく持ち上がり、神裂は思わず肺から息を吐き出した。
「へえ……一撃でやられなかったのは、アンタで三人目だよ。俺は上条当麻ってんだ、アンタは?」
 まるでトラックのタイヤでも叩いたかのような感触だった。
 そんなモノを殴って平然としている上条も大概であるが、彼の一撃を受けてこの場に立っている彼女もまた異常である。
 彼女の持つ強さを肌で感じた上条は素直にそれを讃えながら名乗りを上げた。敵には容赦しないが、認めた者にはいくらか寛容になるものだ。
「はっ、はっ……私は、神裂火織と申します。まさか東洋の島国で私にこれ程のダメージを与える者が居るとは思っていませんでした……先ほどの無礼を謝罪します」
 息を整えた神裂は、相手の力量も察せずに加減してしまった事に謝罪をして、スッと背筋を伸ばした。
 先ほどまでのダメージがなかったかのような綺麗な姿勢で刀を構える。
「ですので、これからは全力を尽くします。貴方を打倒する為に―――救われぬ者に救いの手を《Salvere000》!!」
 魔術師が相手を殺すと誓った際に言い放つ、殺し名―魔法名というものがある。“救われぬ者に救いの手を《Salvere00》”は神裂にとっての魔法名であり、その名乗りこそが全力の証でもあった。
 十メートル程の距離を置いて、神裂は七天七刀を横薙ぎに振るう。インデックスからしたら、右腕がぶれたようにしか見えなかっただろう。
 七閃とは見えない斬撃で、一瞬で七度殺す事から七閃と呼ばれている。
 その名に相応しい速力で以って、地面を抉りながら上条へと襲い掛かった。

「なんだこりゃ、ワイヤーか?」
「ッ……!!」
 凝らすように目を細めた上条は、太陽に反射する細いワイヤーが向かってくるのを視認していた。ワイヤーを掻い潜って一歩ずつ距離を詰めていく。
 ギュッと強く右手を握り締め、じりじりと間を縮めていく上条に対して、神裂は得体の知れない恐怖を抱いた。恐怖は動きを鈍らせ、七閃の切れ味を一瞬にして弱らせる。

 距離が、手の届く所まで縮まった。

「捕まえたぜ、魔術師……!!」
「それは、こちらの台詞です」

 ピンと、空気が一瞬にして張り詰めた。周囲から人が払われた事もあって辺りは静寂に包まれている。
 しかし、それ以上の“何か”が二人の間には渦巻いていた。

 いや、張り詰めていたのは空気だけではない。物理的に、二人の間をワイヤーが張り巡らされており、懐に入り込んだ上条は例えるならば蜘蛛の餌である。
 だがそんな事は関係ない。彼に出来る事は真っ直ぐ行ってぶっ飛ばす事だけなのだから。しかし、その愚直な動きだけで数多の敵を屠ってきた。
 その戦いぶりから、学園都市最強を冠する超能力者よりも上条に対して喧嘩を売りに行く不良もいたりいなかったりするらしい。
 曰く、第三位を買い物帰りの片手間に往なし、第七位とは死闘の果てに親友となったらしい。
 そんな彼を打倒することで名を挙げようとした不良達は数多く居るが、その悉くが彼の拳の前に倒れた。

 閑話休題。
 さて、相対した二人はどちらが先に動くのか。いや、実の所既に動いているのではないか。インデックスには二人の動きが見切れる筈がないが、固唾を呑んで見守っていた。

 インデックスが見える範囲で先に動いたのは神裂だった。本気を出すとは言ったものの不殺を貫く心算でいるらしく、彼女は鞘から刀身を抜き放つ事はない。
 それでも、彼女が充分本気である事はその殺意のような鋭い戦意から察する事が出来る。
 察する事が出来るからこそ、鞘に収まった刀の動きも見栄えがよくなるというものだ。どんなに速力を得ていようとも、まだその一振りは視認も出来れば反応も出来る。

 避けるのに、何の問題もありはしない。

「クッ……!!」

 神裂は本気の一振りがいとも容易く避けられた事に対して驚きを示しながらも歯噛みした。
 これ以上はいけない。これ以上の力を発揮するには、本気を通り越して全力にならなければならない。
 その全力は、相手を確殺せずにはいられないのだ。そんな事は神裂自身が認められなかった。
「お前、そんなに強い力を持っててさ、何でインデックスを追い回すような事にそんな力を使ってんだ?」
「ッ……!!」
「詰まんない顔してんぜ、お前。せっかく鍛えた力を、何下らねぇ事に使ってんだよ。もっとさ、何かあるだろ。なんつーか、ほら、魔術師って普段何してっか知らねえけど、多分なんかあるだろ」
 鞘の嵐を丁寧にすり抜けながら、上条は懇々と言葉を重ねた。その一つ一つが形を持たない刃物ののように、神裂の中にある何かへと突き刺さっていく。

 神裂は思う。
 ―――何も知らないくせに、偉そうな事を言うな!!


「……うるっせえんだよ、ド素人が!!」

 唐突に、神裂から放たれていた丁寧で鋭い武術然とした攻撃が、荒々しくなった。

「今まで私達がどんな気持ちで“あの子の記憶を奪ってきた”か分かりますか!? 何も知らない他人が、ずけずけとこっちの領域まで踏み込んでんですか!! 私が、ステイルが、一体どんな思いで彼女の前に立っているのか、貴方なんかに一体何が分かるというのですか!?」

 荒々しさは言葉を重ねるうちに増して行き、竜巻のような暴風の中に上条は晒される。
 何度も何度も叩きつけられる鞘に対して、両手を駆使してガードを重ねていたものの、そのガードを無理矢理こじ開ける力強さがあり、さしもの上条も彼女の攻撃を受けざるを得なかった。

 そうしてガードが上がった所に、神裂からの蹴りが入る。脇腹に捻じ込まれたミドルキックは、上条の身体を持ち上げたまま二、三メートルは吹き飛ばした。

「ハッ、ハッ……」
 興奮のままに畳み掛けた神裂はゆっくりと息を整える。手ごたえは充分にあった。
 未だに両足を地に着けて立っている上条の姿が信じられない。だが、ダメージはあった筈。

 しかしその考えは、一瞬にして覆された。

「成程、何か事情があるってのは分かったし、確かにアンタは強えよ。だけど、そんなアンタに俺のダチの言葉を教えてやる……!」

 上条が一歩足を踏み出すと、地面が大きく揺れた。二歩目を踏み出すと、揺れによってワイヤーの結界が大きく緩む。神裂は迎撃しようと鞘を振るい、ワイヤーを操作するが、最早手遅れであった。

「―――お前の攻撃には、  根  性  が  足  り  ね  ぇ!!!」

 あらゆる幻想を打ち砕く右手が神裂の顔面に突き刺さって、彼女は天高くへ吹き飛び星となった。
 一介の高校生が世界に十と居ない聖人を圧倒した余りにも衝撃的な光景を、インデックスは一生忘れないだろう。

 そんな風に余韻に包まれていると、天高く舞い上がった神裂がそのまま重力にしたがって再び公園へと落ちてきた。
 ちょっとしたクレーターが出来ており、その中心にはどこぞの栽培マンから自爆攻撃を喰らったような姿で倒れこむ神裂の姿があった。


「……私は……負けたのですね」

 流石に勝ったろうと思っていた上条すらも、ムクリと起き上がった彼女に対して驚きを露にする。
 しかし、彼女から戦意は感じられない。それどころか何処か吹っ切れた面持ちを浮かべていた。

「……私は、迷っていました。このままで良いのか、と。ですが、こうするしかないと思い込むことで自分自身すらも誤魔化していたのかもしれません。上条当麻、貴方には感謝しています。貴方の拳があったからこそ、私は目を覚ます事が出来ました……私は向き合う事にします。自分の罪とも、インデックスとも……」
「そうか、それは良かったな」

 そして、起き上がるなり言い放った言葉がインデックスへの謝罪だった。
 続いて、インデックスを取り巻く十万三千冊の魔道書と記憶について語り、涙して謝ったのだ。

 インデックスと言うか弱い存在をよってたかって追いかけていたのには、それなりの理由があったというわけである。
 一年周期で記憶を消さねば、インデックスの命が危ない。完全記憶と言う能力が、彼女の脳を圧迫しているのだそうだ。事実として、一年前も彼女は謎の高熱にうなされ、命の危機に晒されたのだ。
 説明を一通り聞いたところで、インデックスは唸るように考え込みながら、借りてきた猫のように小さくなっている神裂と向き合った。

「つまり、かおりは私の友達だったって事でいいの?」
「あ、ああ……インデックスが私の事を昔のように呼んでくれる日が来るとは……許してください、インデックス。弱くて情けなくて、貴方と向き合うのが怖くなって逃げ出した私を……!!」
「かおりも辛かったんだね、もう大丈夫。怖くない、怖くないから……」
「インデックス……うう、ああぁああぁぁ……!!」
 ひざまずいて懺悔する神裂を、インデックスは聖女の如き微笑みで抱きしめた。そして、神裂の中で押し留めていた何かは呆気なく決壊する。

 ここに来るまでに、一体何度の襲撃をかけたのか、最早分からなかった。
 心を殺してインデックスを追いかけた。記憶を消すたびに、自身の中にある何かを一緒に殺していた。
 失ったものを取り戻す事は出来ないが、失う恐怖をこれ以上インデックスに背負わせたくない。それが彼女の本心であった。

「……私は、これからインデックスとずっと共にいたいと思います。そして、インデックスの記憶を消すその瞬間まで、たくさんの思い出を作って、最後の時まで健やかに、幸せに過ごしてもらう事をここに誓います!!」
「ちょっと待って、何でそうなるんだよ」
「そうなるとは……?」

 上条は思わず突っ込みを入れた。何故根本的な原因を模索しないのか。
 病気なら医者に見せれば良い。この科学の街で、理解出来ない現象を目の当たりにしてそれの追求をしないのは怠慢と言っても過言ではない。
 しかし、魔術のプロフェッショナルである神裂とて、その術を探していないはずはない。ありとあらゆる手段を用いて、インデックスを治そうとしたはずだ。それでも届かなかったからこそ、現状の状況なのである。
 しかし、分からないことを分からないまま蓋をしてしまった彼女を、上条は理解できなかった。

 確かに、上条当麻は頭が悪い。ここで言う頭が悪いとは、知識が足りていないというだけであって決して愚鈍だと言う訳ではない。
 足りない知識は勉強するなり調べるなり、或いは教えを請うなりして解決を図り、補習はあれども何だかんだで単位はしっかりと取っていた。


「だから、記憶を消さなきゃならない理由を見つけりゃ良いだろって言ってるの上条さんは!! お分かり!?」
「だから、完全記憶が原因で脳の容量を圧迫してるって言ってるじゃないですか!! 何故分からぬのです!?」

 このままでは埒が開かないと、上条は携帯電話を取り出してアドレス帳を開いた。
 カーソルを“小萌先生”に合わせ、通話ボタンを押す。

『あ、上条ちゃん。どうかしましたか~? 補習なら後三十分程で開始ですよ~』

 子供のような無邪気な声色が電話越しから伝わってきた。担任の月詠小萌は、上条からの電話を補習時間の確認かと思っているようだが、そうではない。
 これはのっぴきならない事情と言うものだ。寧ろ公休扱いにしてもらって然るべき所を、サボったという悪名を背負ってまでサボるのだ。
 そんな風に自分を言い聞かせながら、上条は意を決して今日の補修に参加出来ないことを告げた。

「すみません、先生。今度補習の補習をして下さい。今日は急用が入ったので無理です!」
『えぇ~! 何でですか!? 先生の授業、そんなに嫌だったんですかぁ!?』

 今にも泣き出しそうな声で、その情景を思い浮かべた上条は思わず罪の意識に苛まれてしまった。
 だが、心を鬼にして告げる。今は補習などしている時間はないのだ。今すぐにでも脳科学に造詣の深い人物を探しにいかねばならないのだから。

「あ! 後お尋ねしたいのですが、完全記憶が原因で人が死んじゃう事ってあるんすか!? 例えば、記憶が多すぎて脳を圧迫するとか!」
『……うう、上条ちゃん。補習の補習は脳科学についても学んでもらいますからね。結論から述べると、そんな事はありえません。元々、人の記憶は色んな場所に収められるように出来ていて、歩き方とか喋り方と言った記憶と、その日あった出来事だとか勉強して学んだ知識などの記憶は別々の場所に収納されるのです。そんな風に枝分かれしている記憶をひとくくりにするのはナンセンスなのですよ~。と言うか、少し調べたらわかると思いますけど、完全記憶能力を持った人々が検索にヒットすると思いますし、その中には高齢の方も居られますよ』
「そうなんですか、ありがとうございます! 助かりました!」

 携帯を閉じて、上条はどこか非難めいた視線を神裂へと向けた。

「そら見た事か! 上条さんは科学の人なので、完全記憶の所為で死んじゃうなんてオカルト認めません!!」
「ですが上条当麻! 貴方こそ初めは信じていたではありませんか! それに、彼女は一年周期で記憶を消さなければ、本当に苦しんじゃうんですよ!? その理由が完全記憶能力でなければ、一体何なのです!?」
「……そこなんだよ、俺が気になってんのは」

 十万三千冊と言う魔道書。詳細は分からないが、魔術師にとって重要な本であるという事は上条にも分かる。
 そんな重大な文書を紙という媒体に残しておかず、データと言う形で保存しようと言う発想は分かる。その際に科学の結晶であるパソコンを使わないのもまあ分かる。

 ただ一つ分からないことは、何故都合よく完全記憶能力を持った少女が、都合よく魔力を精製できない体質であったのか。
 両者共に希少性の高い体質であるということは、インデックスとの会話と小萌との会話で理解していた。ならばこそ、そんな都合の良い人材が果たして存在しているのか。

 そして、インデックスと言う重要書類の塊を、何の保険もなしにこうして野放しにする状況はありえるのだろうか。

「ひょっとしてだけどさ、記憶は消さなければならないんじゃなくて、消さざるを得ないように仕向けたんじゃないのか? その魔術ってのを使ってさ。条件さえ整えば、何でも出来るんだろ? 十万三千冊もあれば、そんな魔術の一つもあって良いと思うけど」
「う、うん……確かに、複数の条件付けをクリア出来れば、時限性と記憶破壊を両立させられるかも。でも、それを実現するには物凄く複雑で膨大な術式が必要なんだよ? 設置するのにも、解除するのにも」
「あるんなら、実現させたって事だろうぜ。何せ十万三千冊だ。とんでもない価値がありそうだってのは素人の俺にだって分かる事だ。だったら、何か小細工をして当然だろ」

 上条の推理を聞くに連れて、神裂の表情はみるみるうちに青くなっていった。
 確かに、魔術に関してありとあらゆる手段を講じたのは事実だ。だが、それは飽くまでインデックスが完全記憶と言う奇病にかかっていたという場合である。

 病気でもなんでもなく、第三者の魔術によって歪められたとなれば話は違う。治療を目的とした魔術から、解呪を目的とした魔術へと調査内容をシフトしなければならなかったのだ。
 結局の所、自身が騙されていたというの可能性に気がつかなかった神裂の落ち度である、ということだ。

「そ、んな……ならば、私は今まで一体何を……」

 今まで行ってきた記憶消去は全て無駄な事だったのかもしれない。その事実に、神裂は打ちひしがれるしかなかった。

「落ち込むのは良いけどよ、まずは動こうぜ。現状を打破するのが先だろ? その後、いくらでもインデックスに謝れば良いさ」
「そうですね……すみません、インデックス。本当なら今ここで切腹をしたいくらいなのですが……全ては貴方の身体をちゃんと治してからにしてもよろしいですか?」
「う、うん。出来れば自殺なんてやめて欲しいかも……」

 大団円で済みそうな所で腹を切られでもしたら、いくらなんでも後味が悪すぎるだろうと、インデックスと上条は若干引き気味に突っ込みを入れた。

 ・ ・ ・

「……それで、これから一体どうするんだい? 言っておくがインデックスに残された時間は精々三日か四日だ。こうなると残りの時間、上の連中はすっとぼけるに違いないだろう。それで僕らがインデックスの記憶を消して帰還した所で、僕らの持つ都合の悪い情報を消す、何てこともあってもおかしくない。必要悪の教会ネセサリウスとは、即ちそういう場所だ」

 頭に大きなたんこぶを作った赤いロン毛の魔術師、ステイル=マグヌスはオフィスビルの手すりに寄りかかって不快げに淡々と状況を説明した。

 神裂が負けるとは思わず、人払いの結界を当たり一面に張った後にのこのことオフィスビルの屋上に戻った所を、公園から上条によって狙撃されたのだ。

 録に魔術を披露する間もなく、高々石ころ程度に敗北を喫した。その恥は余りにも大きい。
 今すぐにでも魔法名を言い放ってルーンをばら撒きたい所だが、今はインデックスの事が先決だと自身を強く律した。

 長時間の人払いは効力も薄くなるし、何より怪しまれる恐れがある。例えば、交通状況などを正確に把握しているこの街において、突如として人の行き来が失われた地点が急に現れるとどうなるだろうか。
 少しの間だけならばたまたまで済ませるが、長時間の場合だと偶然を通り過ぎて作為を感じざるを得ない。そこで何かが行われていると勘ぐる方が自然である。
 そんな訳で、人払いの結界を払って先のオフィスビルへと足を運んだ訳だ。
 神裂がインデックスを抱えてワイヤーなどを駆使して地上八十メートルを駆け上り、上条は一足で屋上まで辿り着いた。
 インデックスを運ぶには右手に宿った力が邪魔だったので、彼女は神裂に任せただけである。成程、聖人と真正面からやりあって勝利を収めただけあって、出鱈目な運動能力だった。

「少し、気になるのですが宜しいですか?」
「ん、何だ?」
 神裂はジッと上条を見つめて尋ねた。神裂のような巨乳美人に見つめられてたじろがない高校生はいないだろう。上条もまた僅かに視線を逸らしながら返答する。
「貴方は一体、何処でどうやってそんな力を得たのでしょうか? 魔術でもなければ超能力でもなく。純然たる身体能力。どんな鍛え方をすれば……」
 それは聖人の力に頼ってきた神裂にとって、重要な事柄を内包した質問であった。
 ここで上条から何かヒントを得られれば、もっと強くなれる。自身の魔法名に恥じない働きが出来るかもしれない。

「そうだな。隠すような事でもねえし、教えよう……しっかり聞いとけよ」

 彼女の真摯な視線に応えるべく、上条は姿勢を正して真正面から神裂を見据えた。

「いいか? 重要なのは、このハードトレーニングを最後まで続けられるかどうかだ」
 科学技術による肉体改造や遺伝子操作、薬品投与でもなく単純なトレーニングで、一体どうしてそこまでの力を得たのか。
 三人はゴクリと息を呑んで上条の言葉を待った。
「いいか神裂。継続は力なりと言う言葉を信じて、最後まで続ける事が大事なんだ。どんなに辛くてもな。俺はこの三年間で、ここまで強くなれた」
 講釈するように辺りをうろうろとしながら、上条は着実に解答へと近づいていく。

 そして、その時は訪れた。

「……腕立て伏せと腹筋にスクワット、これらを毎日百回三セットと、ランニングを十キロ。毎日だ、風邪を引いてもやり遂げろ。勿論一日三食は欠かすな。朝がきついなら消化の良いバナナやヨーグルトなんかでも良い。そして極め付けに精神力を鍛える為に、炎天下の夏だろうと豪雪の冬だろうとエアコンは使うな。節電にもなって家計にも優しいぞ。俺も最初は死ぬ程辛かったし、実際何回か冥土返しヘヴンキャンセラーの爺さんにも世話になった。一日休もうなんて思った事も何度もあった。だけど強いヒーローになるという確固たる信念の元、血反吐をぶちまけたってトレーニングは欠かさなかった」

 上条は語る。どんなに足が重く動かなくなってもスクワットを繰り返し、腕が悲鳴を上げるように奇妙な管楽器風味の音を鳴り響かせようとも腕立てを断行し、ぶちぶちっと嫌な感触が腹を巡っても腹筋を続けた。
 そうして不断の努力を続けた結果、変化に気づいたのは訓練を始めてから一年半後の事だった。

「俺はツンツン頭になっていた。そして強くなっていた」

 髪型すらろくに変わらない程の剛毛となり、その毛は鉄板をも貫く。
 髪の毛ですらこの強さであるというのに、肉体がそれに劣らないはずがない。インデックスがさわさわと上条の頭に触れる。本当に堅かった。
 どんなワックスで塗り固めてもこんな堅さは得られないだろう。
「つまり、魔術だの超能力だのと自分の力の代替を求めてる時点で俺には勝てねぇ……人間の強さってのはな、自分の意志でいくらでも変えられるもんだ」
「上条当麻、貴方と言う人は……ふざけないでください!!」

 しかし、神裂は憤慨して上条を責め立てた。
 彼の背後ではインデックスがツンツン頭を握ってぶらんとしていた。インデックス程度の体重ならば余裕で支えられる程の剛毛である。
「貴方の常軌を逸した動き……通常のハードワーク程度で得られるものではありません!!」
「いや、でもアンタだって中々常識を超えた動きしてたろ」
「私は良いんです! 魔術師ですから! では貴方は能力者としてレベルはいくつ位お持ちですか!?」
「えっと、レベルはゼロだけど……身体を鍛えるのにレベルは関係ないだろ」
「だからそのトレーニングが普通すぎておかしいって言ってるんです!!」
「んなっ……お前に何が分かる! 俺の辛いトレーニングの日々が!!」

 本当に辛かったんだ! と崩れ落ちるように跪いた。
 悔しそうに地面を叩くと、地面にひびが入ると共にオフィスビルが小さく揺れた。
 それに煽られるようにインデックスの身体も踊る。ステイルはインデックスが無邪気に上条へじゃれ付いているのを見て、嫉妬が八割を占める怒りを露にした。

「と言うかインデックス、君は何をしているんだ! そんな男に何時までもくっついてたら駄目だろう!?」
「とうまの髪の毛がどんなに力を入れても変わらないのが面白かったから……」

 ステイルがインデックスを引き離すと、彼女は名残惜しそうに上条の髪の毛から手を離した。

「……まあ、今は良いです。いずれ貴方の強さに秘密を暴いて見せますから……」
「いや、本当にこれだけなんだけどな……」
 こんな所で余計な時間を食っている場合ではないと、神裂は気を取り直すも上条は不服な面持ちである。
「まあ良いや。兎に角、インデックスに何か魔術的な仕掛けが施されてるんだろ?」
「ええ。ですので、それを何とか三日の間で調べて解決方法も模索せねばなりません」
 改めて考えると、本当に時間が足りなかった。今までインデックスを追い回す暇があるのなら、彼女を治す方法をもっと考えていればよかったと、二人の魔術師は詮無き事を思い、後悔する。

「魔術、魔術か……なら、俺の力が使えるかもな」

 屋上に腰掛けていた上条がスッと立ち上がると、自身の右手をインデックスへと向けた。彼の右手には幻想殺しイマジンブレイカーというあらゆる異能を打ち払う奇跡の力が宿っていた。
 彼の恐るべき所はそんな力に頼る事無く敵を打倒する戦闘能力なのだが、兎に角彼の右手はそんな不思議な力を有している。

「俺の右手は神様の奇跡だって打ち消す事が出来るんだ」

 とはいえ、何処に諸悪の根源となる魔術が刻まれているのか、インデックスですら分からない。
 それ程までに巧妙に隠された魔法陣を、一体どうやって魔術の素人が見つけ出すというのか。
「インデックス……俺を信じろ。お前が信じる俺を信じろ」
「……うんっ!」
 上条の言葉に対してインデックスの返答は明るく、心底信頼しているかのように全身を上条へと預けて瞳を閉じる。今日一日の付き合いだというのに、二人の間には確固たる絆が確かに宿っていた。
「行くぜ、必殺マジシリーズ……本気の幻想殺し(マジイマジンブレイカー)」

 かざした右手から、ずるりと無色透明の竜の頭が現れた。
 竜はその顎を大きく開け放ち、インデックスをパクリと飲み込む。いや、透明なので包み込んだと言った方が正しいだろうか。

 幻想殺しの効果はその竜にも宿っているらしく、歩く教会が甲高い音共に弾け飛んだ。

「あ、あ、あああああ!!! 貴方と言う人は、何て事を!! ステイル、見てはなりません!!」
「ウゴッ!?」
 下着を残して歩く教会が辺りに散らばったのを、ステイルは呆然としながらもマジマジと見つめていた。
 彼もまた男であり、思春期なのだ。そんな彼の意識を一瞬で刈り取りながら、神裂は七天七刀を腰に構えて上条を睨みつける。
 だが、当の上条は至って真剣で、これが冗談でもなんでもないことは直ぐに感じ取れた。

 竜の顎が消失する。それと共に、インデックスに変化が生じた。
 ビクンと身体が一度跳ねた後、彼女は機械のように冷たくなった瞳を開け放った。

 彼女の背中から魔方陣が出現し、魔力の循環を感じさせる力場が辺りに生じる。力場に歪められた空間はひび割れ、今にも砕けそうな程に不安定な状態を保っていた。

 冷たい目線を上条の右手へと向け、インデックスはおもむろに右手を前方へと掲げる。一体何をするのか、神裂はステイルを隅っこの方に転がしながらも警戒度を高めた。

「警告、第三章第二節―――」
「テメェが根源か、死ね!!」

 声色も、瞳も、何もかもがガラリと変わったインデックスに対して、上条は容赦しなかった。
 一瞬で間を詰めて、肉体だけはインデックスのものなので優しく右手を彼女の頭に触れさせる。

「警、告、最終章、第零……首輪、致命的な破損……確認、再生……不可……消」

 パリン! と何かが割れた音と共に、インデックスは崩れ落ちる。
 機械的な声色だが、出番が全くなかったことに対する憂いを見え隠れさせながら、魔方陣や謎の力場は消え去って行った。

「今のは……」

 神裂が呆然としていると、上条の頭上から光の羽根が降り注いでいた。
 その羽根は先の急変したインデックスによるイタチの最後っ屁と言う奴である。しかし、その羽根は最後っ屁にしては余りにも強力すぎる威力を有しているのを、魔術師たる神裂は良く知っていた。

 それに触れてはならない。神裂が声を荒げて注意を喚起する前に、上条は光の羽に触れていた。

「フンッ!」
 ツンツン頭を振るうと、光の羽根が次々とツンツンに突き刺さり、破壊されていく。上条当麻の強靭な髪の毛を前に、光の羽根は呆気なく散るだけであった。

 神裂火織は例え完全記憶能力がなくとも、その光景を一生忘れる事はないだろう。

 そうして、一連と呼ぶのもおこがましい程に、魔術と科学は交差したのかしてないのか良く分からないままに事件の収束を迎えるのであった。

 ・ ・ ・

 上条家の朝は早い。夏の茹だるような暑さに目が覚めてしまうのも理由の一つだが、最近は何故か知らないが居候が出来たお陰でおなかがすいたと起こされると言うのが大きな理由だ。
 しかし今日、彼が早起きをせざるを得なかったのは、インデックスによる目覚ましではなく、インターホンからの呼び鈴であった。
 朝の五時に一体誰だよ、と無警戒にも眠気まなこで扉を開くと、そこにはいつぞやの魔術師の一人が居た。

 神裂火織は玄関に入り込むなり土下座した。

「弟子にして下さい」
「え、ヤダよ面倒臭い」
「ッ……!?」
「何故、みたいな顔されたってやなもんは嫌なんだよ」
「人目を避けてこんな時間に来たのに……」

 にべもなく突き放された事で神裂はしょんぼりとしながら、土下座の体勢からそのまま女の子座りをする。
 態とではないのだろうが、あまりにもあざとい姿に上条は思わず頬を引きつらせた。

「そりゃ魔術師なんだからこんな場所に居たら駄目だろ。え、何? よしんば弟子になったとして、これからどうするつもりだったの?」

 今更だが、神裂は腰に刀を差し、風呂敷を背負っていた。魔術師なのだから武装しているのは百歩譲って許すとして、背中に背負ったそれは一体何なのか。上条は恐る恐る尋ねた。
「ここに住んでもいいですか?」
 風呂敷をドサッと床に下ろしながら神裂は尋ねる。
「うん、絶対ダメ。つーか必要悪の教会とやらはどうした」
 こいつマジかよ、と上条はドン引きすらしていた。
「ご心配なく。基本的に私はフリーで行動していますので、指令があれば動きますが、それまでは基本的に何処に拠点を置こうと私の勝手です」
「それが科学の街じゃなけりゃな!!」
 インデックスはまあ、色々と込み入った事情があるから居候にするのも吝かではなかった。
 しかし、この神裂という女は一体どういうつもりなのだろうか。インデックスもそうなのだが、仮にも年頃の女がそんな無防備を晒して良いものなのだろうか。
 ヒーローを志している上条だからこそ過ちは起きないし起こさせない所存ではあるが、一介の男子高校生なら間違いが起きて然るべき漫画チックな展開である。

 すると、神裂が風呂敷の中を漁り始めた。上条は何をする心算だとばかりに身構える。

 札束が上条の目の前にドサリとぶちまけられた。

「部屋代払います」
「ちゃんと歯ブラシ持ってきたか?」

 ヒーローも金には勝てなかった。そんな夏休み五日目の早朝であった。

一先ず、これで1話目っぽいなにかが終わりました。
ハーメルンさんでのサブタイトルは「ウニ頭の一撃男とシスター少女」です。

ちょっとおなかすいたので朝ごはん食べたら二話目、 「ウニと超電磁砲と一方通行(1)」を投稿したいと思います。
誤字の指摘とか気になったこととかあったら参考にしたいので、よろしければ何か感想とかください(土下座)。

よくよく考えたらこんな時間に見てる人いるわけないか
とりあえず続きを書きます。

 ・ ・ ・

 八月二十日。補習も当の昔に終わらせた上条当麻は、特に意味もなく外をぶらついていた。

 夏休み直後の七月下旬にかけて行われた補習をちょくちょくサボりながらも、上条は何とか完走する事に成功していた。
 当然、夏休みの宿題は後回しにする所存なので、そちらに関しては一切何も手を付けてはいないのだが。

 魔術師との邂逅から早一ヶ月。インデックスを巡る事件によって、上条家は随分とにぎやかになっている。
 とはいえ、居候が二人と色々あって猫一匹も飼う事になった上条宅において、ワンルームと言う間取りは非常に狭いものだった。

 元々一人暮らしだったのだからワンルームなのは仕方がないのだが、流石に女二人が眠るベッドの隣で寝ていると色々と拙い事もあるので、上条は風呂場を乾かした後にタオルケットを敷いてそこで寝るという日々が続いていた。詰まる所、上条もまた思春期の少年なのである。

 そんな訳で、トラブルの絶えない生活を続けている上条にとって、余り休みになっていないと言うのは言うまでも無い事なのだ。
 部屋でインデックスと神裂火織の相手をしているよりも、こうして夕方でも暑い外を一人で出歩いている方が心身共に休まるというおかしな状態になっている。

 何せ部屋に戻ればインデックスがおなかすいたと自己主張するか、神裂が上条の強さを探る為に彼を観察した日記などをつけているのだから、そんな部屋の中で休めという方が無茶だろう。
 その上、外出しようとすればインデックスもついて来ようとするし、神裂も当たり前のようにお供につこうとする。
 一体何処の世界に継ぎ接ぎの修道服を着たシスターと左右非対称でアンバランスな服装の巨乳美人を連れて行脚する高校生が居るものか。

 いや、恐ろしい事に、危うくそんな変な高校生が冗談抜きで誕生する目前でもあったのだ。

 神裂に対しては聖人や魔術に頼らないという意味合いも込めて、普通の服を着てもらうことにした。目のやりどころに困るというのが実の所なのだが。
 それはさておき、彼女の服を買いにセブンスミストに赴いた所で、御坂美琴と出くわしたりもして、何故かは知らないが絡まれた。

 神裂から貰った金を神裂の為に使おうとしているだけなのに、一見したら男が女に服をプレゼントしていると言う様相を呈しているのが性質の悪い所で、それが美琴の琴線に触れてしまったらしい。

 他にも、三沢塾で吸血鬼がどうのこうのと、良く分からないが錬金術師を名乗る男をぶっ飛ばしたりもした。これに関しては特筆する事はないのでこれ以上は語らないことにする。

 しかし、悪いことだけではない。普段からちょっとした不幸を積み重ねていた上条だったが、神裂と暮らしていると不思議と不幸の割合が減ってきているのだ。
 と言うよりは、不幸を幸運が塗りつぶしていると言った方が正しいかも知れない。

 例えば財布を落としたと上条が嘆いていると、外出から帰宅した神裂の手に上条の財布が握られていたり。
 商店街のくじ引きを上条が引いたところで残念賞しか出て来ない筈が、神裂が引いてみると特賞が当たったり。

 このように良い事も悪い事も色々あった夏休みだったが、何だかんだで楽しくはあったと上条は思う。ただ、流石に疲れる。それだけの事だった。

 だが、今日は違う。神裂は必要悪の教会ネセサリウスからの指令もあって学園都市には居ないし、インデックスはいつの間に仲良くなったのか月詠小萌と夕食を共にするそうで、早いうちから彼女の宅へとお邪魔しようと上条家を後にしていた。

 上条はこれ幸いにとばかりに外へと繰り出した。ヒーローでも彼は学生なのだ。遊びたい盛りなのだ。
 本来ならその欲求に従ってクラスメイトでも誘って遊びに行こうなどと考えていた。しかし、どうにも日が悪かったらしく残念ながら誰も付き合ってはくれなかった。

 とはいえ、一人でも出来る事は多い。何せ自身に課したトレーニングは、今もなお続けているのだから。
 パルクールだとかフリーランニングと言う言葉をご存知だろうか。これは走る・飛ぶ・登るといった移動動作で身体を鍛える方法である。

 この運動方法では周囲の環境を利用した身体の運用により、どんな地形だろうとも自由に動き回れる肉体と、どんな困難に直面しても乗り越えられる強い精神を獲得する事を目指している。
 上条が自身に課したトレーニングの内、ランニング十キロは今となってはただの作業にすぎず、本命は学園都市という優れた技術力を持つ街の中を縦横無尽に駆け巡る事にある。

 ある時は目の前にどんなビルがあろうとも迂回せず直進した。邪魔になる建物はよじ登って通過した。
 ある時は路地裏だけを使って第七学区を駆け巡った。出くわした不良は数知れず、喧嘩を売って来た者達に限りぶん殴って星にした。

 その過程で不良達とだけでなく、警備員や風紀委員とも悶着があったりする。
 変態的な動きで街中を駆け巡る変態がいる、と物凄く不名誉な内容で通報された回数は数知れず、その度に警備員や風紀委員に捕まったりもした。
 が、特に悪い事はしていないのでいつも厳重注意で釈放されている。
 いい加減何かペナルティを課した方がいいじゃん? と言うのがとある警備員の談であった。

「…………」

 そうして日課を終えた上条は、つい先月に神裂と対峙した公園に居た。
 深い理由はない。たまたま辿り着いたのがこの公園だったのだ。

 夕暮れに染まるオレンジの空の下、上条は自販機の前で呆然と立ち尽くしていた。
 ジュースを買おうと札を入れたら、反応しなかった。お釣りのレバーをガチャガチャと忙しなく動かすが、どこぞの古時計よろしく微動だにしない。

 いや、確かに今日び二千円札を機械に通すというのは如何なものかと言うのは理解できる。自販機が二千円札に反応を示さなかったのも、まあ分かる。
 ただ、何故反応しなかった札をそのまま吐き出さないのか。読み込めなかった札はそのまま飲み込むようにプログラムされているとでも言うのだろうか。
 この自販機の設計者は誰だ、フローチャートを見せろ。上条はギリギリと歯軋りしながらうんともすんとも言わない自販機を睨みつける。
 ここ最近、神裂という聖人が持つ神の加護に救われる事が多々あったが、彼自身が幸運になった訳ではないのだ。それを今、彼はまざまざと思い知らされていた。

 不幸だ。久々にこの台詞を上条は呟いた。
 しかし、この程度で熱くなってはならない。このポンコツが! と目の前の札飲み自販機を八つ当たり気味にぶん殴って星にした所で、自販機から警報が発せられて器物破損の容疑でお縄に着くのがオチなのだから。
 詰まるところ、認めたくはないが死んだ紫式部は帰ってこないと言う訳だ。がっくりと肩を落とす。
 そんな上条の背後から、革靴の歩く音がカツンと響き渡った。

「ちょっと、自販機の前でボサッとしてんじゃないわよー。ジュース買わないってならどいたどいた。こちとら水分補給しなきゃやってらんないんだから」
 と、聞き覚えのある女子生徒の声が上条の耳に届く。
 自販機の真正面に立ち止まっていた上条をぐいぐいと押しのけて、肩口に届く程度の茶髪と名門・常盤台中学の制服を身に纏った少女が自販機と相対した。
「何だビリビリか……」
「何よ。私だったら文句あるわけ? つかビリビリ言うな」
「いや、別に。じゃあな」
 絡まれては面倒だ、とばかりに上条はそそくさと踵を返した。
 この御坂美琴と言う少女とは何かと因縁深い付き合いをしており、打倒上条を公言して止まない美琴の相手をするのは聊か面倒だなあと思っている。
「ちょっと、待ちなさいよ!」
「何だよ。つかその自販機金飲み込むっぽいぞ、気をつけろ」
 しかし、そんな宿敵とも呼べる存在を前に、好戦的な性格を有する美琴が引き止めずにいられるだろうか。いや、いられない。引き止められた所で上条としては特に何かする事があるわけでもない。

 ただ、目の前の自販機は金を飲み続ける沼の如きモンスターだ。
 正義の味方としてそのぐらいは注意してあげた方が良い気がすると、上条は美琴に対して注意を促した。
「知ってるわよ」
 だが、対する美琴は何でもないように言い放った。故に解せない。それが分かっていて何故この自販機でジュースを買おうとするのだろう。

「は? だったら何でこの自販機使おうとしてんだよ。ひょっとして賽銭箱か何かなのか?」
「何言ってんの、そんなわけないじゃない。裏技があんのよ、お金入れなくてもジュースが出てくる裏技がね」

 そういって、美琴は小さく腰を落として上体を捻る。
 一体何が始まるんです? と上条が首を傾げていたのも束の間に、美琴は動き出した。
「……ちぇいさー!!」
 そんなふざけた掛け声と共に、美琴は胴回し回転蹴りを自販機に見舞った。
 ズドン!! と凡そ機械が鳴らしてはならない音を辺り一帯に響かせると、まるでもうやめてくれと言わんばかりに自販機はゴトンとジュースの缶を吐き出した。
「うーわ」
 ドン引きだった。
 常盤台中学と言えば学園都市の中でも有数の進学校であり、お嬢様学校でもある。
 そのお嬢様学校の中でも看板を背負っていると言われる二人の超能力者のうち、一人がこの御坂美琴である。
 言わば、お嬢様代表なのだ。そんな彼女がスカートの下に短パンと言うのはどうかと思うし、そんな激しい動きで身動き取れない自販機に対して蹴りを放つのもどうかと思う。
 とどのつまり、お嬢様と言うのもそんなもんだということだ。何か幻想をぶち殺された気がする。
 と言うか、こちとら二千円を使って何も得られなかったのに、目の前の少女は蹴りの一つでジュースを得ているのがどうにも不公平だと感じる。

「何でそんな目で私を見るのよ。お嬢様なんて大体こんなもんだっつーの」
「ちげーよ。テメエらが寄って集ってそこの自販機を酷使してるからぶっ壊れたんじゃねーのか、って俺は声高に問い質したい!!」
「いいじゃんよー。どうしてそんなに怒ってるの? つか、何でアンタこの自販機がお金飲むとか知ってるの?」
 げ、と上条が声を漏らした事で、美琴の中にあった考えが現実に起こったものだと繋がった。
「え、何? ホントに? 飲まれたの? まっさかまさかとは思うけど、アンタ自販機の前で呆然としてたのって、コイツにお金飲まれたからなの!?」
「うわあああ!! 言うな、何も言うなああああああ!!!」
 ゲラゲラと笑いこける美琴を見て、上条は自分自身の愚かさをまざまざと思い知らされる。正直者が馬鹿を見る、とは正にこの事だった。

「それでさ、アンタ、一体何円飲まれた訳?」
 ヒィ、ヒィ、と息継ぎをしながら、美琴は問う。上条は一瞬のうちに考えた。絶対笑われる。言いたくない。
 それどころかこの女は写メってSNSなんかに投稿とかしそうだ。二千円札を飲まれた馬鹿はコイツです、みたいな。

 警戒心を最大限に引き上げて、上条はじりじりと後退した。

「笑わないからさ、美琴姉さんに教えてみ? 何なら私の力でお金取り戻しても良いわよ」
「ホントか!?」

 が、上条の警戒心はそこらの犬猫のように一瞬で瓦解した。
 コイツちょろいなと美琴は内心でほくそ笑みながらセールスマン染みた仮初の笑顔を貼り付けて何度も頷く。

「笑わないって。ホント笑わない、笑わないから。ホントのホントに笑わないから!」

 剣呑さすら見え隠れするほどに真剣な瞳を、美琴は上条へと向けている。
 そこまで言うならと、折れるように上条は飲み込まれた額を白状する事になった。
 プルプルと羞恥と恥辱を耐える様な握りこぶしを作って、上条はおもむろに口を開く。

「……せんえん」
「え、何? 聞こえない」
「にせんえん……」
「は? 二千円? 何でそんな中途半端な額……」
 と言ったところで美琴はハッと気がついた。
「待って、二千円? え、うわ何それ超見たい! 何年前の遺物なのそれ!? 沖縄だって二千円札何か見ないって言うのに!」
「ぬわああああ!! それを言うんじゃねええええ!!」
 美琴は再びツボにはまったように転げまわる。
 笑わないって言ったのにとばかりに、上条は「うそつき!!」と美琴を糾弾するが、そんな口約束は知った事かと彼女は爆笑していた。
「アンタッ……何回私を、ヒィ、笑わせれば、ハァ……気が済むのよ……」
 何とか息を整えて笑いを収めた美琴は、再び自販機と相対して硬貨の投入口に右手の人差し指を添えた。
「これで千円札二枚が戻ってくる、何てったら承知しないわよ」
「お、おい……お前何するつもりだ?」
 そんな彼女を見て、上条は嫌な予感を過ぎらせていた。
 彼女の能力を知っているからこそ、機械を目の前にした美琴が一体何をするのか想像がついたからだ。

「何って、決まってるでしょ?」
 首を傾げた彼女の顔が、帯電している。
 まるで引き絞られた弓矢が、今か今かと放たれるのを待っているかのように。
「こうやって」
 取り戻す。そんな言葉が続いたのだろうが、バチバチ! と膨大な電気が自販機を中心に奔流した為に、彼女の言葉は中途半端に途絶えて聞こえた。
 ボスン、と何かがオーバーヒートした音と共に、まるで漫画でもみているかのように自販機の接合部から黒い煙がモクモクと立ち上っている。
 これはアカン奴や。上条が呆然としている傍ら、犯人の美琴は首を傾げてお金が出て来ない事に対して疑問を抱いていた。
「あれ、出力強すぎた?」
「そういう問題じゃねーだろ、これ……」
 誰にも見られてねーだろうな、と上条がキョロキョロと周囲を見回すと、外灯に取り付けられた監視カメラがジーッとこちらを見ていた。終わった。
「あれ、何かジュースいっぱい出て来た。二十本くらい貰えば元取れるでしょ、アンタもそれで良い? ってあれ、ちょっとなんで脱兎の如く一目散に逃げてるのよ。おーい」
 常日頃から不幸に見舞われていた上条には分かる。
 間違いなくアンチスキルの黄泉川愛穂にまた叱られるパターンか、ジャッジメントの固法美偉に反省文の提出を求められるはずだ。

 それで何故か美琴はお咎めなしで。いつも何処かでトラブルに巻き込まれている上条が大体悪い、みたいな風潮になっているのだ。

(畜生、俺が何したってんだ! 金は飲まれるし年下に笑われるし!!)

 すると、普段は蹴られようと殴られようと、うんともすんとも言わなかった自販機が、今までの鬱憤を晴らすかの如く警報を鳴らして産声のようなサイレンを辺り一帯に響かせた。



 さて。どこをどう走ったのかは覚えていないが、いつものフリーランニングよろしく常人ではついてこれないような急峻なコースを辿ったに違いない。
 走った時間にして一分程度に過ぎないが、彼の一分間を辿るのに一般人はどれ程の時間を費やさねばならないだろうか。

 気がつけば上条は、どこぞの魔術師達と会話を交えたオフィスビルの屋上に居た。
 ぐったりと脱力して、高層ビルから一望できる美しい景色を独り占めしてみるが、今はそんな夕焼けを楽しむ余裕など存在しない。
 オレンジに染まった上空では飛行船がその日のニュースをだらだらと垂れ流していた。
 水穂機構が研究業務提携から撤退した、だとか明日の天気は晴れですだとか、静かに黄昏ていたい夕暮れ時に、やたらと不躾な飛行船である。
「はぁ、はぁ……ちょっとアンタ、ホントにどんだけなのよ……」
「そんな数のジュースを持って俺についてきたお前もどんだけだよ」
 すると、上条を追いすがって来たらしい美琴が肩で息をしながら、両手に抱えたジュース缶を屋上にぶちまけた。
「大体、コレはアンタの取り分なんだからちゃんと持っててよね!」
「いやいや、受け取ったら確実に共犯扱いされるだろうが」
 そうやって憤慨しつつも、足元に転がってきたジュースを拾い上げてラベルを見る。
 “ヤシの実サイダー”はまあ見た目も名前も幾分かマシだろう。

 ただ、こんな真夏日に“ほっとおしるこ”が混ざっている意味が分からないし、“黒豆サイダー”や“きなこ練乳”など最早悪意の塊にしか見えなかった。
 色物だらけの自販機でジュースを買おうとしていた事に愕然すると同時に、普段からあの自販機からかつ上げ的にジュースを巻き上げていた美琴の趣味の悪さに驚愕する。

「何よ、“ガラナ青汁”とか“いちごおでん”何かを引き当てなかった美琴さんの強運を褒め称えなさいよ」
 ひくひくと上条が頬を引きつらせているのを見て、ラインナップに不満を感じたらしいと勘違いした美琴は頬を膨らませながらそう告げた。
 学園都市は、いわば実験都市である。無数に存在する大学や研究機関から提供される商品の実施テストは学園都市内全土で行われていた。
 つまり、この悪趣味甚だしいジュースの数々も、そんな試験の一つとして売り出されている。
 そんなもん売るんじゃねーよと声を大にして言いたい所だが、こうした実験的商品は基本的に利益を度外視している為に非常に安価なのである。
 安価だからといって売れるかどうかは話が別なのだが。

「いくら安いからって、金を出してるのはこっちなんだぞってのを偉い人は何故わからんのか問い詰めたい」
「良いじゃない、一歩前に進もうって意志が見え隠れしてて。あ、ヤシの実サイダーいらないなら貰うわよ」
 気味の悪いジュースの数々の中から一本だけ拾い上げ、美琴は屋上の柵によりかかりながらプルタブに指を引っ掛けた。
「大体、アンタ強い癖にみょーなとこで臆病よね。不良共が束になっても、この私が全力を尽くしたって冷や汗一つかかなかった癖に」
「俺はお前らと違って善良な学生なの。軽犯罪だって起こしてたまるものですかってんだ」
「あ。ここってさっきの公園が良く見えるのね。うわ、ちっさーい。良い風景ねえ、ここ。アンタここに良く来るの?」
「聞けよ」
 美琴はどこ吹く風と言った様子で非難めいた上条の視線から目を逸らすと、先ほどまで居た公園を指差した。それを見て上条はボンヤリと一月前を思い出す。

 神裂との一騎打ちや、様子がおかしくなったインデックス。久々に緊張感のある戦闘が出来たと思う。
 戦闘狂というわけではないが、心の何処かで自身と対等にやり合える相手を求めていたのかも知れない。

 それから、会話も途切れてので何とか飲めそうなヤシの実サイダーを拾い上げ、上条もまた屋上からの景色を眺めていた。
 すると、隣に立っていた美琴が何やら色めき立った。どうやら何かを見つけたらしい。
「おい、御坂どうした?」
「ッ……ううん。なんでもない。ちょっと用事思い出したから帰るわ。じゃあね!」
「お、おう。またな」
 慌てたように、美琴はオフィスビルの屋上から飛び降りた。
 彼女の能力からして、磁力を操作すれば地面まで悠々と下りる事が出来るので、高層ビルからの飛び降りを目の当たりにした所で上条に動揺はない。

「あれは……御坂?」
 ただ気になるとすれば、見晴らしの良い屋上から見える公園の中に御坂美琴がもう一人立っていた事だろうか。
 バチバチと音を立てて落下する美琴が別に居るので、見間違い出なければ御坂美琴が二人存在するという計算になる。
「姉か妹かな? って事はアイツ双子が居たのか」
 こんなビルから飛び降りてでも駆けつけようとするあたり、姉妹仲は良いのだろうと、上条は呑気な思考と共にヤシの実サイダーを口に含んだ。

 ・・・

 翌日。神裂によって起こされた上条は、早朝の五時だというのに第十九学区の寂れた空き地に足を運んでいた。
 第十九学区は学園都市の中でも古い技術を扱っている為か、全体的に街並みも古臭く、それどころか再開発に失敗したことで急速に廃れてしまった学区である。

 何故そんな場所に朝早くから赴いているのか。
 それはこの一ヶ月の間、神裂が自身に課していた枷の成果を確かめる為だ。

 彼女は上条の弟子となってから一ヶ月、自分自身を鍛える上で魔術による聖人の恩恵を受けないようにしていた。
 聖人とは、世界に二十人といないとされる、生まれたときから神の子に似た身体的特徴や魔術的記号を持つ人間とされている。
 彼らは心理学で言う所の類似の法則のような、類似したもの同士は互いに影響しあうという発想に乗っ取った偶像の理論を駆使して“神の力の一端”をその身に宿すことが出来る。
 例えば、聖人の証である聖痕スティグマを解放した場合、一時的に人間を超えた力を扱うことが出来、初めて神裂が上条と対峙した時も、魔法名を放つと共にこの聖痕も僅かながら解放していた。その上で彼は神裂を下したのだから恐ろしい話である。

 そんな彼女だからこそ、圧倒的能力を持つが故に単独行動を好むきらいがあり、必要悪の教会ネセサリウスの総本山でもあるイギリス教会は必要以上に干渉しないようなスタンスを取っている。
 そうでなければ彼女が上条家に留まることなど許される筈もなく、例えインデックスの保護と監視を兼ねた任務を請け負っていても、間違えても学園都市になど常駐する筈もない。
 それ程に科学サイドと魔術サイドの溝は深いのだ。

 故に、インデックスはさておき神裂の滞在に関しては何処かの学園都市総括理事長も、イギリス清教の最大主教・ローラ=スチュアートに対して苦言を呈したという。

「今日は無理な頼みを聞いていただいて、ありがとうございます」
「あ? まあ、弟子にするって言った手前な。でも手合わせって言ってもガチじゃないんだろ?」

 兎にも角にも、二人が暴れても問題ない場所を、上条はこの空き地ぐらいしか知らなかった。
 周囲の工場区画は既に閉鎖されており、かと言ってこの学区で行われていた研究は蒸気機関や真空管と言ったアンティークな研究機関しか存在していない為、奪われて困るような情報もなく、警備も監視もろくにされていない。
「私は、その心算で参ります」
 二人が力を発揮するのには打ってつけの場所であった。
 左右対称のちゃんとしたジーンズを身にまとい、術式は己の聖人としての力を抑える事にのみ従事させ、肉体の強さのみに比重を置き、七天七刀を鞘のまま上条へと向ける。

 瞬間、神裂の身体が掻き消えた。静から動、その急激な変化は正面から不意打ったといっても過言ではない程に、速度にギャップを与えている。

 そして七天七刀が上条の身体を捕らえた。感触はある。細胞は次なる動きを求めていた。
 何処かの工場と空き地を区切る為のブロック塀を、上条の身体と七天七刀が貫いた。
 いや、そう思っているのは神裂だけだったらしい。ガラガラと音を立てて崩れ落ちたブロック塀の周りには誰も居なかった。

 空気の変化を肌で察して、上条の動きを捉えた。神裂の連撃を逃れた上条を追いすがり、彼女は大きくその場から飛び上がる。
 上条の真正面に飛び降りた神裂は、一気に周辺にワイヤーを撒き散らしながら七天七刀を横薙ぎに振るった。最早、逃げ場はない。
(捉えたっ……! コレで上条当麻も本気に……!!)
「俺の勝ちだな」
 しかし、七天七刀が触れたのは虚空。空しく鞘は空を切り、目の前に居たはずの上条は視界から消え去っていた。
 とん、と肩に誰かの手が置かれる。勢い良く振り返ると、上条の人差し指が神裂の柔らかい頬に触れた。
 同時に、神裂は身体を捻って勢い良く上条の顔面に向かって七天七刀を振り回す。
 終わりと思って気を抜いた所に振るわれた刀に、上条は僅かに驚きながらもしっかりと回避して距離を取った。

「上条当麻。この手合わせのルールをお忘れですか?」
「へ?」
「回避可能な攻撃はちゃんと回避すること。ふざけずにまじめにやること。気をつかわないこと。そして、私が戦闘不能になるまで続けること」
 ギュッと強く刀を握り締めて、神裂は十メートル程距離を置いた上条の姿を見据えた。
 上条自身ですら説明の出来ない強さの秘密を、この戦いで何かつかめるかもしれない。
「!」
 そう考えたのも束の間、神裂の目の前には既に上条の姿があった。
 反射的に七天七刀を叩き付けるが、またしても上条の姿は視界から消え失せている。

 その刹那。ゾクリと、背中に氷を入れられたかのような悪寒に神裂は包まれた。
 振り返る。上条が右手を振り被っていた。野球ボールよりも少し大きい程度の拳の筈が、神裂にはとてつもなく巨大な何かに見える。死んだ、神裂は他人事のようにそう考えた。

 しかしその拳は神裂を捉える事はなく、彼女の目の前で止められ、反動による突風だけが彼女を襲った。
 髪留めが外れて吹き飛び、彼女の長い髪の毛がだらりと地面にまで垂れる。

「腹減ったし帰ろうぜ、多分インデックスも起きてくる時間だろ」
「……ええ、そうしましょう。丁度必要悪の教会の女子寮に残してきた、天草式秘伝の梅干しを持ってきたところです。きっとご飯にあうことでしょう」
「そりゃ楽しみだ。だったら鮭でも焼くかな。ザ・朝食って感じの朝飯にしようぜ」
 パンチの代わりにデコピンを見舞われた神裂は、自身の頭を撫でながら考えた。
(強くなるためならどんな事でもやる覚悟をしていたはずなのに……)

 自身が上条の持つ強さに近づけるイメージが全く湧かない。
 この一ヶ月学園都市を観察していて、今のところ上条よりも強い能力者を見たことがなかった。
 ならば、彼をも打倒しうる強さとは一体なんなのか。

 魔神、レベル6。そんな単語が神裂の脳裏には渦巻いていた。

終わりです。
続きは気分がのれば今日中にでも。乗らなければ来週中に。

誤字の指摘や設定の矛盾など、疑問に思ったことは何でも良いので教えてください。
今後の糧としたいと思います。それでは失礼します。

正直もっと先みたかった乙
特にアックアとか

何かまだスレ残ってたので初登校します。

 ・・・

 絶対能力進化実験を主導して行っていた研究者らを軒並み脅して妹達《シスターズ》の身分を保証させた。

 “実験”を立案し、“妹達”を製造した研究所。
 表向きは“進化の家”等と銘打って、能力者の強度を鍛える為の過程《プロセス》を研究する施設だった。裏ではやる事やっていたという訳だが。

 一方通行にとっては一万人も殺しておいて今更何をと言った感じもする。
 しかし妹達は人間なのだ。当たり前の幸せを享受する権利がある。それを認めさせるのに、正義も悪も関係ない。それが上条当麻の言だった。

 敗者は勝者に従うべきだ。潔くそれを認めた一方通行は上条らと共に研究者を脅すのに一枚買っていた。むしろ、彼が居てこその脅しともいえるだろう。
 何せ研究者達にとっては上条の力は不明だが、一方通行の力は周知の事実なのだから、脅しに使うのなら後者の方が効果的なのは間違いない。

 さて、そのようにして妹達が生きていくに必要な最低限を全て保障させてから六日程が経過していた。

 八月二十八日。ただでさえ光の差し込まない路地裏は、夏の昼間だと言うのにジメジメとした陰気な雰囲気に包まれている。
 そんな中、男女七人の不良達がビルとビルの間に挟まれた細長い一本道の両側を遮るようにたった一人の少年を囲んでいた。

 彼らの中心には真っ白な少年が突っ立っている。
 コンビニの袋が手に握られており、その袋からは溢れんばかりの缶コーヒーが詰められていた。

 少年の足元には既に三人の不良達が倒れている。
 その所為かは不明だが、剣呑な雰囲気が場を満たしていた。

 白い少年に対して少年達は荒々しく殺気をばら撒いており、それぞれの手には特殊警棒やナイフと言った凶器が握られている。
 彼一人を取り巻いて、周りで言いたい放題言っているが少年はその罵倒を全く聞いていなかった。
 とはいえ、喧嘩は数が全てだと言っても過言ではない。三人は既に倒した後のようだが、七人に囲まれてただで済む人間はそう多くはないだろう。
 だというのに、その白い少年に動揺はない。
 それどころかその七人に対して興味すら抱いていないのか、ビルの隙間から見える青空をぼけーっと眺めていた。それが不良達の怒りの炎に油を注いでいる。

「一方通行《アクセラレータ》! テメェいつまでもそうやって偉そうに出来ると思ってんなよ!」
 不良の一人であるらしい少女がそう喚き散らした。
 今まで、一方通行に喧嘩を売ってきたのは総じて男ばかりだったので、随分と根性のある女だと少年は思った。
 だからと言って彼らに興味が引かれる訳でもないのだが。

 そんな彼のどうでもよさげな態度に不良達は更に激昂する。
 ある種の永久機関のようだと真っ白な少年は不良達を鼻で笑った。

 さて。一方通行は不良達を無視して思考する。あの無能力者《バケモノ》との戦いを経て、一体何が変わったのだろう。

 まず、学園都市最強という肩書きが失われた。
 故に彼に挑もうと言う愚か者の数は減っていない。それどころか一方通行の敗北を知って以降、爆発的に馬鹿達は増加していた。

 今現在、一方通行に絡んでいるのもそうした命知らずの類である。
 後何回同じようなくだりを繰り返せば良いのだろうと、一方通行は内心で嘆息した。
 

 確かに、一方通行は上条当麻に敗北を喫した。完膚なきまでに力の差を痛感させられて。

 だが、一方通行はあの戦いを経て一つ強くなった。あの日の戦いで壁を乗り越えたのだ。
 それによって、ただでさえ超能力者の中でも別格の強さを誇っていたにも拘らず、更なる隔たりを生み出してしまう程に。

 世界を観測したあの瞬間、確かに一方通行は世界中を支配していた。

 湿度、気温、風速といった小さな情報から、各国の人口分布や建物の構造、超能力以外に現存する特殊な力《オカルト》まで。

 一方通行の演算能力は限界を超えて全てを掌握し、解析しきって見せた。
 しかし、今なら分かる。あれですらまだ一端に過ぎないのだ。でなければ、上条当麻という異端は誕生し得ない。

 絶対能力者に相応しい力を、あの時の一方通行は掴んでいた。
 だが、その上で負けた。上条の右腕から這い出た八体の竜によって。
 あの力は一体何なのか。人智を超えた力が上条の中には存在している。それだけは分かった。

 不意に、一方通行は不良達に目を向けた。いつも感じていた煩わしさはない。
 最早、ただの不良が何人束になったところで一方通行は彼らに対して興味すら抱く事はないだろう。両者との間には大人と子供の差では形容できない程の隔たりがあるのだから。

 例えば、蟻が地面を歩いていた所で煩わしさを感じる事はないだろう。
 今、一方通行が不良達に向けているのは正にその感覚に近かった。

 つまりはどうでも良い。勝手に襲い掛かってきて、勝手に自滅している。それが一方通行の不良達に対する認識である。

 すると、背後にいた不良の一人が気合の入った声色と共に飛び掛ってきた。
 戯れに反射というベクトル変換ではなく、受け流すという方向に切り替えてみる。
 不良は一方通行の身体を滑るように流されていき、そのまま振り被った鉄パイプをあらぬ方向へと叩き付けた。
「があああぁ!?」
 地面を叩いた衝撃が手首へと伝わり、強烈な痛みへと変換される。不良はその痛みに悶絶しながら鉄パイプを捨てて両手を押さえた。

 それを見て、残った六人も一斉にかかって来た。ナイフが、金属バットが、凶器の数々が一方通行に襲い掛かる。
 一方通行はそれらが反射膜に触れた瞬間、それぞれを丁寧に受け流した。ある者は宙へと投げ出され、ある者は地面を這い蹲り、ある者はあらぬ方向に凶器を叩きつけていた。

 普段の一方通行なら反射膜の演算式を弄る事はなかっただろう。
 そして、力任せに凶器を振り回した不良達にそのまま力を送り返したに違いない。だというのに、不良達は怪我一つなく地面を転がっていた。

 手心を加えている。さっさと叩き潰せば良いものを、この行為に一体何の意味があるのだろうか。ただの気まぐれ、と言う一言で一方通行は片付ける事にした。
 或いはいちいち下を見ている暇がないと考えた方が正しいのかもしれない。
 一つ壁を越え、同時に新たな目標が見つかったのだから。不良達を気にしていちいち目くじらを立てるのは馬鹿のする事だと気がついたのだ。

 すると、背後から何か能力を発しようとするAIM拡散力場を観測した。
 大気を通じて詳しく調べると、熱エネルギーの増加と酸素の分解、分子の振動から燃焼が生じている事が分かる。

 その程度の能力ならまだ銃でも引っ張り出した方がマシというものだろう。とはいえ、一方通行を前に強力な武器を使えば使うほどその身に跳ね返る威力も上がるのだが。
「喰らいやがれ、一方通行《アクセラレータ》ァァァ!!」
 一方通行は不良の声を無視すると、振り向きもせずに座標を測定し、無慈悲にも酸素の供給を遮断してやった。
 推定・異能力者《レベル2》程度の力で発せられる炎の塊は、一方通行の大気操作によって呆気なく掻き消される。

 反射膜の演算における条件式も、世界を観測した時に新たな制御領域の拡大に成功していた。
 反射膜を通じて見る世界にも変化が生じている。この程度は朝飯前だった。
「は、え……?」
 異能力者の少年は慌てて再び炎を出した。が、出した途端に打ち消される。まるで燃料のなくなりそうなライターのようだ。
「あがっ!?」
 逆に酸素を過剰に供給してやると、少年の扱う炎は暴発して燃え上がった。驚き、慌てふためく様に一方通行は道化を見るような目でケラケラと笑う。
 自身の酸素の供給が足りなくなるまで一頻り笑うと、一方通行は哀れな道化師達に視線を向ける。蛇に睨まれた蛙。不良達は今正にそんな気分だった。

「何処で噂を聞きつけたか知らねェけどよォ……まさかとは思うが、俺がたかだか一度負けただけでオマエラが強くなったとでも思ってンですかァ?」

 その一言は、不良達の中に染み込む様に伝播する。
 だが、恐怖によって既に正気を失っているのか、何かに突き動かされるように不良達は一方通行へと飛び掛った。またしても受け流されて地面を転がる。

 一方通行の言う事が分からない程不良達は馬鹿ではない。何せ一方通行は手も足も出していないのにも関わらず、十人の内四人が早くも自滅したのだから。
 一人で軍隊とも渡り合えるという評価は伊達ではない。彼らは一様に極度の焦燥や恐怖に呑まれていた。

 普段の一方通行なら、こうした馬鹿共は一人残らず徹底的に叩き潰すだろう。二度と牙を向けられないように、丁寧にその牙を砕いて、心を挫いた事だろう。
 だが、それをしない。ただ流されるままに、自滅するのを待っている。これが果たして一方通行だと呼べるだろうか。今までの自分ならば、こんな生温い性格はしていなかった筈だ。

 残っている七人はじりじりと距離を詰めながら一方通行の様子を伺っている。
 いくら息を合わせた所で一方通行の力の前には何の意味も持たないというのに。

 その目に宿るのは戦う意志ではなく恐れ。一縷の望みを賭けて、不良達は一斉に一方通行へと再び襲い掛かった。

「おいっす、一方通行。こないだぶりじゃん」
 不意に、ズドンと言う強烈な音を立てて、何かがビルから降ってきた。一方通行はその声に聞き覚えがあった。
 余りの唐突な出来事に不良達がポカンとしている。既に一方通行には不良達の事等頭の隅へと追いやられていた。

 闖入者はツンツン頭の学生だった。見た所高校生ぐらいに見える。
 こんな不良の喧嘩に首を突っ込むという事は風紀委員の能力者か何かだろうか。不良達は僅かに安堵した。勝ち目がないことを薄々察しながらも、無様に逃げ帰る訳にはいかなかったからだ。

 しかしそこに風紀委員の介入があるのなら、言い訳も立つだろう。
 強いて言うなら不良の社会も舐められたら終わりと言う事だ。

「テメェ、三下ァ……何の用だ?」

 ギロリと睨み付けた。確かに先日の研究所では共同戦線を張ったが、だからと言って仲良くする理由はない。

「用も何も、一方通行を見かけたから降りただけだよ。丁度話したい事があったんだ、飯食いに行こうぜ。飯」

 つっけんどんな一方通行の態度を気にもせず、上条はからりとした様子で返答した。

「……そォか、丁度良い。俺もテメェに聞きてェ事があったンだ。そこのファミレスでいいだろ」
「そりゃ構わないけど、そいつらは誰だ? 友達……な訳ねーかお前に限って。武器持ってるし」
「捻り潰すぞコラ」

 不良達は絶望した。ただでさえ絶望的な戦力の差があったというのに、一方通行と対等に対話している奇妙なツンツン頭が現れたのだから。そして彼は風紀委員ですらない。愚かな自殺を選択する者達に救いはなかったという事だ。
「……やっちまえぇえぇぇ!!」
 そこで逃げれば良かったものを、彼らは最も選んではならない選択肢を選んでしまった。一方通行も上条も逃げる者をわざわざ追いかけてまでしばこうとは思わなかったのに。

 そしてその直後、学園都市に蔓延る“一撃男の噂”が事実であると実感させられるのであった。

 ・・・

「お待たせしました。こちら“赤海老とアボカドのトマトソーススパゲッティ~エスカルゴを添えて”と“特選ロースステーキ”になります」
「あ、どーもー」

 ウェイトレスから頼んだ料理を受け取ると、上条は嬉々としてパスタに手を付けた。
 海老の旨みが詰まった酸味の利いたトマトソースに、まろやかな味わいのアボカド、フランスのブドウ畑で育った天然のプチ・グリと海老のプリッとした食感が口の中で踊る。
 先月のエスカルゴを使ったラザニアは食べられなかったが、今月の限定メニューはしっかりと食べられたのでご満悦だった。

 一方通行はステーキとコーヒーを頼んでいた。缶コーヒーではなく、ドリンクバーのコーヒーだ。
 流石に飲食店で余所から買ってきた物を口にする程、一方通行は常識知らずではない。

 鉄板と木の皿のサイズがあっていないのか、ナイフを入れようとすると鉄板がグラグラと揺れてステーキを切り分けにくい。
 イラッとした一方通行は五本指を一定の間隔だけ開いて能力を行使し、ステーキを六等分に切り分けた。

 こんな風に誰かと食事をするのは何時ぶりだろうか。誰もが経験した事があるだろう日常の一ページ。
 これを享受する権利が果たして自分にはあるのだろうか。そんな思考を馬鹿馬鹿しいと断じて、一方通行は切り分けた肉を口の中に放り込んだ。

 もぐもぐとパスタを咀嚼する上条を尻目に、一方通行は食事を続けながら思案気に外を眺める。 
 今朝方、奇妙な力を感じ取った。反射を押しのけてまで一方通行に何かを及ぼそうとした奇妙な力だ。

 だが、上条との戦いで超能力以外にも別系統の“力”がある事を観測していた一方通行にとって、それを受け流す事は容易な作業であった。

 超能力と別系統の力との違いは明確だった。

 前者は自分だけの現実《パーソナルリアリティ》と言う“認識のズレ”を利用してミクロな世界を歪める事で、バタフライ効果のようにマクロな世界に超常現象を生じさせると言うものだ。
 この認識のズレと言うのは個人差がある為、能力の強度や種類は自分だけの現実に依存している。詰まる所、一言で言うなら超能力とは当人専用の力である、と言う事だ。

 後者の力は専門知識がない為に表現が難しいが、その力を扱うにはある一定の法則に従って手順を踏む事で現実の世界に超常現象を引き起こさせる力だと認識している。
 超能力が専用ならばこちらの力は汎用と表現できる力なのだ。
 法則と手順さえしっかり踏めば素人にさえ使える力。そんなものが果たして存在するのか。世界を観測した一方通行でさえ、それを断言して良いものか内心で首を傾げていた。

 上条はこの超能力以外の力について何か知っているのだろうか。それを問う為にわざわざ彼の提案に付き合ってレストランまで足を運んだのだ。

「なァ。超能力以外の力って存在すると思うか?」
「んぐっ……あるぞ」

 我ながら突拍子もない質問だ、と一方通行は自嘲する。その瞬間に上条は彼の質問に対して肯定の意を示していた。
 余りにも呆気なく、そして余りにも大雑把な回答に、一方通行は思わず呆然とする。

「魔術つってな。そういう組織もあるらしいぜ。今日も何かその件で同居人が外に出てったし」

 どうやら、その力とは魔術と呼ばれているらしい。
 確かに、名付けるならば魔法だとか魔術だとかが近そうだとは思っていたが、その予想は正しかったようだ。

 神裂火織は今朝から慌しく外出していた。それもインデックスだと名乗る青髪ピアスを連れ立って。

 曰く、全世界に強力な大魔術が展開されたらしい。

 それは大変だと何処か他人事のような台詞と共に、上条は手伝おうかと申し出た。しかし魔術サイドの厄介事は私に任せろとばかりに、神裂が青髪ピアスを引っ張っていったので細かい事は気にしない事にした。

 それと入れ替わるように友人の土御門元春からも連絡が来た。
 どうやらその魔術は誰かと誰かの肉体と中身を入れ替える効果があるらしい。
 ついでに、学園都市でも誰が誰だか分からない位にごちゃごちゃしているだろうから外出は控えておけという忠告も貰った。

 そんな訳で、面白そうなので外出してみた上条の好奇心を誰も責められないだろう、多分。人間とは所詮そんなものだ。

「そりゃまたけったいな同居人が居たモンだなァ、オイ」
「まぁ、結構面白い奴らだぞ」
 カラン、と皿の中でフォークが舞った。静かなクラシックのBGMが鳴り響いている。上条はごちそうさまと手を合わせると、空になった器を重ねて満足げに息をついた。
 それを見て、一方通行は再び切り出す。
「で、テメェの話ってのはなンだよ」
「いや……俺さぁ、最近気づいたんだけどよ」
 ズズズ、とドリンクバーのオレンジジュースを飲み干し、上条は深刻そうな表情を浮かべながら真正面に座る一方通行へ目を向けた。
「アァ? 何をだよ」
 ぶっきらぼうな返答をしながら一方通行はコーヒーを飲む。
 傍から見れば異常な光景だろう。どこぞの無能力者が学園都市最強の超能力者と対等に会話を交えているのだから。

「……俺はヒーローを名乗ってるにも関わらず、知名度が低い。さっきだってアイツら「お前誰だ?」みたいな顔してたし」

 彼の言葉を聞いて、一方通行は怪訝な面持ちを浮かべる。上条の力量は知っているし、先程も容赦なく不良達を伸していた。
 その光景を思い出せば出す程、学園都市の噂が広まる理由にも納得が出来る。

「そりゃテメーが録に名乗らずに馬鹿共をぶちのめしてるからじゃねェのか。俺が言うのもなンだがよ、アイツら大丈夫なンかよ? 物理的に星になってたけどよォ」

 一方通行は続けざま言った。そこらの不良を相手にする程度では一撃で終わってしまう。
 相手に自身の存在を認知させる前に全てが終わっているのだから、有名になるはずもないだろ、と。

 しかも助けた相手には名乗りもせずに立ち去るものだから、お陰で学園都市ではツンツン頭の噂が蔓延っているのだ。

「一応加減してるんだけどな。わざわざ冥土返し《ヘヴンキャンセラー》の爺さんに頼んで病院の屋上に衝撃吸収安全マットを敷いてもらってんだけど」
「下手すりゃ俺もアイツらの仲間入りだったって訳か……チッ。出鱈目な野郎だぜ、加減してそれか」

 狙って病院の屋上まで殴っているらしい。お陰で病院は盛況だと皮肉も言われた事もあるそうだ。
 上条はそんな事よりもとばかりに懐から一枚の紙切れを取り出した。

「それでさ、こんな案内が来たんだ」
「風紀委員の認定試験? それがどォしたってンだ」

 それを受け取った一方通行は紙切れの内容を一通り黙読して首を傾げる。紙の内容はジャッジメントへの案内であった。
 “君も街の風紀を守らないか!?”等と言うキャッチフレーズと共に、中には詳しい内容が記述されている。
 九の契約書にサインをして、十三の適性試験を行い、そして四ヶ月に及ぶ研修を行う。厳しい審査を突破して、ようやく街の治安に携わる仕事が出来るようだ。

 今までの会話から察するに、風紀委員での活躍を通じて名を知らしめようと言う所だろうか。
 だったら端から名乗って戦えば良いのに、と一方通行は思った。

「一緒に受けようぜ」
「何で俺がンな面倒な事を……」

 そして当然、そんな面倒な事を一方通行がしたいと思うわけがない。そもそも学校の風紀など彼にとってどうでも良い話なのだから。

 とはいえ一人で試験など寂しいので、誰か手ごろな人物は居ないものかと考えた時に丁度一方通行が居たのだ。
 その上、一方通行は学園都市第一位の超能力者だ。向こうも諸手を挙げて喜ぶに違いない。

「合法的に絡んでくる面倒な奴らをぶっ飛ばせるのに?」

 余り乗り気ではない一方通行を何とか乗せようと、上条は何とか言葉を尽くす。

「馬ァ鹿。今更あンなカス共が何匹集まろうと興味ねェよ」

 だが、彼の意見を踏まえた上で学園都市の治安などどうでも良いという結論に至っていた。
 あんな羽虫の為に、何故風紀委員で業務をこなさなければならないのか。それならば正々堂々と叩き潰す方がまだマシと言うものだ。その言葉に上条はムッと考え込んでいる。

(風紀委員になりてェなら一人でなってりゃ良いだろォが。連れションしたがる女子かテメェは)

 そんな姿に一方通行が内心でボロクソに貶していると、上条は再び口を開いた。

「今なら俺の強さの秘訣を教えてやるから」
「早く行って終わらせンぞ。さっさと準備しやがれ」

 グイッとコーヒーを一気に飲み込み、席を立つ。一方通行の掌返しはとんでもなく早かった。
 何せ強さへの渇望はまだ心に残っている一方通行にとって、上条の持つ身体的な強さの秘訣には物凄く興味があったのだ。

 操車場での戦いでも、上条の身体的な強さの理由を解明する事は出来なかった。
 風紀委員での活動を通じてそれが分かるかもしれないというのなら、それも悪くないだろう。
 かくして、二人の問題児が試験地となる第二学区の風紀委員訓練所へと足を運ぶ事になった。

 夏休みということもあって風紀委員の認定試験の日程は多く用意されている。
 まず夏休み入って直ぐの七月下旬と、お盆が明けた八月の中旬、そして夏休み終わりの八月下旬だ。

 今日は八月二十八日で、試験日も八月二十八日。一度の試験で二時間を必要としており、一日につき午前と午後の二回に分けて試験が行われている。
 午前の部はもう終わっていた。時間を確認すると、もうじき午後の部が始まる時刻だ。

 早く行かねば受付時間が過ぎてしまう。二人は早々に席を立ち、清算を済ませてレストランを出た。

「そういや一方通行。お前も何か話があるってたけど、何だ?」
「あァ。すっかり忘れちまってたなァ……」

 第七学区にあるファミレスから第二学区の風紀委員訓練所までバスで三十分だが徒歩だと一時間以上かかる。二人は顔を見合わせると、一瞬にしてその場から掻き消えた。

 踏み込んだ地面が割れている。それだけが彼らがそこに存在していた証だった。

 ・・・

 風紀委員の適性試験申し込みは簡単に出来た。
 自身の所属する学区と学校をIDと共に申し出るだけで機械が勝手に処理してくれるのだ。印鑑も筆記具も要らないというのは便利なものであった。

 試験は大雑把に分けて三種類に分けられる。一つは筆記試験。一つは体力測定。そして最後に能力判定である。

 風紀委員の前に学生である以上、最低限の学力が無ければ勉強しろと言う結論に至る。
 また、激務に耐えられる体力と荒事にも対応出来る運動能力が風紀委員には必要とされている。
 そして、対能力者の為にはより強い能力者を持ってくるのが手っ取り早いので、能力測定も必要なテストとなっている。

 支給されたジャージに着替え、上条は連れて行かれるがままにグラウンドに出た。初めは体力測定を行うらしい。

「それじゃ、まずは反復横飛び三十秒じゃん」
 筋骨隆々とした肉体をスポーティなゴルフウェアで覆った警備員の試験官が重低音を利かせて告げる。
 彼の言葉を受けて、他の試験生達と並んで上条はゆらりと上体を傾けた。踵に力を込め、地面からの反動を脹脛から太ももへと伝える。

 着替えたジャージ越しにも分かる、急激に膨れ上がった強靭な肉体。その場に立ち会った試験官の目にも止まった。

「始めるじゃん!」
 その言葉と同時に、ドンッ! とグラウンドの土を踏み抜いて、一メートル間隔に引かれた三本の白線を目にも止まらぬ速度で跨いでいく。
 三十秒を終える頃には三本のラインの内、左右のラインには強く地面を踏み込みすぎた事によって穴ぼこが出来ていた。
 当然の新記録であるが、記録員が測定しきれていなかった。仕方がないので手加減をする。記録を更新した。

「次ッ、1500m走じゃん!」
 百メートル十秒ペースで駆け抜ける。一斉にスタートしたので、周りの学生達が上条の踏み込みに巻き込まれていた。

「お次は重量上げじゃん!」
 続いて、室内に移動して試験が行われた。落とした物を拾うかのように百キロのバーベルをひょいっと持ち上げた。

「……次は、垂直飛び!」
 ツンツン頭が天井を貫く。頭が天井に突き刺さっていたので、高さの測定はしやすかった。

 他にも腕立て伏せや上体起こし、長座体前屈にシャトルランと言った一般的な体力測定が行われたが、上条はそれらの記録を悉く塗り替えていった。
 
「はっはっは、やっぱ上条は面白い奴じゃん。でもお前の場合は学力試験が不安だから、しっかり頼むじゃんよ」
「え? あ、はい」

 体力試験を終えると、筋骨隆々とした試験官の教師がテナーボイスと共に馴れ馴れしく肩を組んできた。
 上条は男に方を組まれて喜ぶ趣味はないので、彼の激励を適当に受け流しながら、そのまま能力判定と学力試験を受けた。
 とはいえ彼は無能力者で、補習を受けないと単位認定されない程度の学力なので、これらに関しては特に語る事はない。

 そうして、試験結果を発表する待合室代わりの教室へと案内された。そこには既に一方通行の姿もある。
 どうやら、時間の効率化の為にそれぞれが別々の試験を同時進行で進めていたらしい。険しい表情を浮かべる一方通行の周りには誰も座っていない。

 基本的には体力試験が百点中五十点と割合が大きい。続いて学力試験が三十五点、能力判定が十五点となっている。
 といってもこれは飽くまでも目安だ。年齢や能力によって体力や学力にも大きなばらつきがあるので、その生徒が所属している学校のレベルに合わせた試験がそれぞれ決められている。

 その上で七十点以上で合格となる為、無能力者でも体力試験と学力試験次第でトップクラスの成績を残す事が出来るというわけだ。

「よっ、一方通行。どうだった、試験は?」
「あァ? どれもこれも糞つまらねェ内容だったぜ。研究所でやったような内容だったしなァ」

 心底気だるげに一方通行は言った。学園都市第一位の名は伊達ではない。その頭脳を以って解けない問題などありはしないし、能力を使えば体力測定など余裕で乗り切れる。当然、能力判定は超能力者《レベル5》だ。
 上条としては学力試験が難しかったなあだとか言おうとしたのだが、一方通行にとってはその限りではなかったらしい。

 そして一時間が経過した。

「百点、か。まァ当然っちゃ当然だなァ。で、三下は何点だったンだ? お前、出鱈目だが無能力者だし八十点か九十点ってとこか?」

 ひらひらと試験結果の用紙を一方通行が興味なさげに見せ付けた。全ての項目が満点のグラフが記載されている。

「……」

 しかし、上条からの返答はない。自分の試験結果を見つめてぷるぷると震えていた。
 一方通行の声に反応して振り返ると、形容しがたい微妙な表情を浮かべている。

「……ンだァ? そのシケた面はよォ。腐った酢昆布でも食ったみてェな顔してンな」

 上条は黙って用紙を見せた。判定は合格。一体何の文句があるのだろう。首を傾げながら詳細を示した点数表に目をやった。
 体力は文句なしで五十点満点だ。その上全ての測定の記録を更新している。相変わらずの出鱈目な運動能力だった。

 続いて、学力試験。これは百点満点の試験結果を三割に圧縮するという計算方法で、百点満点中五十点だった。
 通常の試験なら赤点である。それの三割なので、つまり十五点が彼の点数だ。

 そして能力測定。彼は文句なしの無能力者。
 なので無能力者向けの体力と学力に比重の置かれた試験だったという事で、おまけのように五点程追加されていた。

 即ち、合計七十点。ギリギリ合格の手本であった。しかもお情けのような五点がなければ不合格間違いなしである。
 上条に負けた一方通行は七十点以下。そんな図式が脳裏を過ぎる。試験結果をグシャリと握り締め、一方通行は虚空を見上げた。

「……ちょっと責任者呼んでくらァ」
「待ってくれ! それはマジで恥ずかしい!」
「ふっざけンなよ三下ァ! テメェ、この俺に勝っておいてそのザマは何なンですかねェ!? こンなカスみてェな成績で合格されちゃ俺まで恥ずかしいンだっつゥの!!」
「ぐああああ! それを言うなああああ!!」

 本気で直談判しようとしていたのか一方通行が青筋を立てながら教室を出ようとしたので、上条は思わず引き止めた。
 周りの試験生達は思った。もう少し研鑽を積んでからもう一度風紀委員の試験を受けよう、と。

 ・・・

 その日の夜、久々に一人の夜な上条当麻に二通のメールが届いた。
 メールの届け人は彼の母である上条詩菜《しいな》と一方通行からだ。
 母とは定期的に連絡しているのであまり珍しくはないのだが、半ば強引にアドレスを交換した一方通行から連絡が来るとは思ってもいなかった。

 とりあえず、上条は母からの連絡を読む事にした。メールには添付ファイルが付属されており、何のファイルだろうと思い本文を読む前にデータを開いた。

「……は?」

 そこには友人の土御門元春と母・詩菜のツーショット写真が映っている。随分と仲が良さそうだ。
 果たしてこれは一体何の冗談だろうか。土御門は義妹一筋だったはずなのに、浮気の現場を目撃してしまった気分だった。

 よもや息子の友達と一夏の過ち!? だとか、土御門の事を父さん呼ばわりしないといけないのか!? などと邪推しながら本文に目を通す。

「生の一一一《ひとついはじめ》とツーショットを撮りました? サインももらえて今日は幸せでした?」

 何言ってんだコイツ、とおよそ母に向ける言葉ではない感想を抱きながら、上条は自身のクラスメイトにして友人の土御門の言葉を思い出した。
 土御門は能力者であるが、同時に魔術師でもある。仔細はとりあえず置いておくとして、彼は魔術に関しては陰陽博士として最高位であり、中でも風水を特意とする魔術師であるのだ。
 そんな土御門から、今朝方受けた連絡の事を上条は思い出していた。

「ああ、そうか。魔術で容姿が入れ替わったとか言ってたな……偶然母さんに捕まったって事か? アイツ何やってんだよ」

 そんな呑気な感想を抱いていたのだが、翌日になり自宅が爆破された後の写メを母から送られる事になるとは露とも知らず、上条は続いて一方通行からのメールを開く。
 こちらには添付ファイルなどはなく、あったのは絵文字もないシンプルな一文だけ。

「助けろ三下……アイツが? 助けろだって?」

 それは一方通行からの救援要請だった。実に偉そうな文面だ。助ける気も失せそうになる。
 とはいえ、如何なる相手でも助けを求められては動かずにはいられない。

 何があったのかはよく分からないが、上条当麻は晩飯を一気に掻き込むと夜の街へと飛び出して行った。

終わりです。
原作で言うと4巻5巻のところです。

続きはwebで。html化は止める気ないので、続きの前にhtmlされたらハーメルンさんのとこで読んで下さい(ダイレクトマーケティング)

 その日の夜、久々に一人の夜な上条当麻に二通のメールが届いた。
 メールの届け人は彼の母である上条詩菜《しいな》と一方通行からだ。
 母とは定期的に連絡しているのであまり珍しくはないのだが、半ば強引にアドレスを交換した一方通行から連絡が来るとは思ってもいなかった。

 とりあえず、上条は母からの連絡を読む事にした。メールには添付ファイルが付属されており、何のファイルだろうと思い本文を読む前にデータを開いた。

「……は?」

 そこには友人の土御門元春とインデックスのツーショット写真が映っている。随分と仲が良さそうだ。
 果たしてこれは一体何の冗談だろうか。何ゆえ母のアドレスから土御門とインデックスのツーショットが届けられるのか。

 土御門は義妹一筋だったはずなのに、浮気の現場を目撃してしまった気分だった。
 よもや魔術師同士の一夏の過ち!? などと邪推しながら本文に目を通す。

「生の一一一《ひとついはじめ》とツーショットを撮りました? サインももらえて今日は幸せでした?」

 何言ってんだコイツ、と思った。同時に、上条は自身のクラスメイトにして友人の土御門の言葉を思い出した。

 土御門は能力者であるが、同時に魔術師でもある。仔細はとりあえず置いておくとして、彼は魔術に関しては陰陽博士として最高位であり、中でも風水を特意とする魔術師であるのだ。
 そんな土御門から、今朝方受けた連絡の事を上条は思い出していた。

「ああ、そうか。魔術で容姿が入れ替わったとか言ってたな……偶然母さんに捕まったって事か? アイツ何やってんだよ」

 そんな呑気な感想を抱いていたのだが、翌日になり自宅が爆破された後の写メを母から送られる事になるとは露とも知らず、上条は続いて一方通行からのメールを開く。
 こちらには添付ファイルなどはなく、あったのは絵文字もないシンプルな一文だけ。

「助けろ三下……アイツが? 助けろだって?」

 それは一方通行からの救援要請だった。実に偉そうな文面だ。助ける気も失せそうになる。とはいえ、如何なる相手でも助けを求められては動かずにはいられない。

 上条当麻は晩飯を一気に掻き込むと、夜の街へと飛び出した。

 ・・・

良く考えたらかーちゃんの容姿が変わってないのはおかしいので訂正しました。

>>117
正直アックア戦は書きたいです。ただそこまでどうやってもってこうかなと悩んでおります

御使堕し中の学園都市での話を書いてます。

原作では上条さんが一方通行を撃破したことでその反響から上条さんを逃がす為にほとぼり冷めるまで外に行ってたみたいな展開でしたが、
本作品では、上条さんが学園都市に残っているのはわざわざほとぼりが冷めるまで外に出る必要もないぐらい彼が強かったので外に行くような展開はありません。


神裂「魔術サイドの問題は私に任せろー」(バリバリ)←普通の私服を魔術仕様に引き裂く音

上条「やめて!」

こんな感じで神裂さんが御使堕しの対応に奔走してます。
分かりづらかったら申し訳ない。ハーメルンさんの方でもう少し魔術サイドの下りを書き足しておこうかと思います(ステマ)

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