アニ「……」(80)
訓練兵団に入ったのは、ただ単に父親との約束を果たすために過ぎない。
あの、私を置いていなくなったバカみたいな父親との約束のために……。
※ネタバレあります。アニメ組の人はご注意。
──アニ、約束してくれ……必ず……帰ってくるって──
─────────
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───
──
─
「なあ、アニ。お前は何のために戦ってたんだ?」
……あんたか。
「いや、お前らの大義名分は分かってる。けど、なんていうかさ……俺にはお前が躊躇ってるように感じてた」
「ほら、アニって照れ隠しとか下手だろ?いっつも他人に興味ないようにしてるけど人一倍気を配ってるやつだったし」
「真顔で自分のことをか弱い乙女なんて言いだすから最初は冗談かと思って冷かしてたけど……いや、すまねえ。あん時は俺もガキだった」
見てるよ~
>>4 ありがとう。
……………。
「けどよ、言ってくれてもよかったじゃねえか」
「お前、いっぱいいっぱいだったんだろ。通りで巨人になってる時のお前の顔が必死だったわけだよ」
「俺はもっと必死だったからあん時は全然気づかなかったけどな」
「ミカサから聞いたぞ。俺を取り逃がした後、泣いてたって」
「あのライナーですら最後はテンパって口滑らしてよお。俺もたいがいだがお前らも本当に馬鹿だぜ。下手したらコニーとかサシャよりな」
……あんたに何が分かるっていうんだい、って言っても仕方ないね。
「今さ、ここには俺とお前だけだ。……ああ、今度はウソじゃないぞ?アルミンもミカサもいねえ。ましてや兵士なんていねえ」
「こんなところで俺が一人で何してるんだって話だけどさ」
「けどよ、俺はみんな信じたいんだよ。もう頭がごちゃごちゃになんのは嫌なんだよ」
……自分勝手な奴。
「自分勝手とか思われてんのかな。それは仕方ないことだけど、とりあえずもっとちゃんと考えようぜ。お前らは急ぎすぎなんだよ」
「いまだに何がどうなってこの状況なのかとかぜんっぜん分かんねえけど、お前が必要ってことくらいは分かる」
「俺はもうあの時とは違う。お前の話を聞きたいと思ってる。お前ともっと話したいと思ってる」
……………。
「だから」
……こいつは本当に……。
「出てこいよ」
……本当に……。
「アニ」
体の力が抜ける。張りつめていた糸が切れるように、水晶が蒸発する。
「あんたってやつは、本当に馬鹿。ばかやろうだよ、エレン」
目いっぱい睨みを利かせて、訓練兵団にいた頃周りからとっつきにくいと言われていたあの目つきで、思い切り睨み付けてやった。
目の前のこの男は、それでも嬉しそうな表情を隠さない。
「そのセリフはそっくりそのままお前に返すぜ、アニ」
辺りを見回すが、本当に誰もいないようだ。
あの女──ミカサもいない。
「あんた一人なんてどういう風の吹き回しだい」
「ん?なんだよ、信じろよ。俺一人だって。それに俺が一人でお前に、アニに会いに来ちゃダメなのかよ」
こいつは、昔と変わらない無邪気さで私に話しかけてくる。
あの時、私に向けたような敵意は感じられない。
「別に。どっちにしろ私はもう逃げるつもりもないよ。死ぬ覚悟はしてる。あの父親との約束も守る義理もないしね」
「何言ってんだ馬鹿。とりあえずここを出るぞ。ちょっと歩くけど、問題ないな?」
こいつは何をたくらんでいるのだろう。
少し気になったが、私には全てがどうでもよかった。
「問題ないけど、次馬鹿って言ったら蹴るから」
「はは、こんなやり取りも久しぶりだな」
出口に向かって歩く。
光が見える。
あいつは……私に背を向けて何ともないのだろうか。
いつ巨人化するとも分からない私に、多くの仲間と罪なき人々を殺した私に、何の悪意も抱かないというの?
「久しぶりの外の光は眩しすぎるかもしれないから気を付けろよ」
冗談交じりの笑みを湛えて、あいつはまた無邪気に笑っている。
「はあ……」
思わずため息。
分からない。
きっと一生私には分からないだろう。
あいつの、エレンの考えていることなんて。
「……眩しい」
思わず口をついてそんな言葉が出た。
久しぶりの日の光だ。
眩しい。暖かい。身体に染みわたっていく。
「これ、万が一のために持っとけ。使い方忘れたりはしてないだろ、さすがに」
入口を出たところに置いてあったのは、立体起動装置だった。
通りには人っ子一人いない。
なんだか、不思議だ。
「あ、点検はちゃんとしてるぞ。アルミンがな」
少し、心臓が跳ねた。
アルミン……彼には申し訳ないことをした。
いいやつだったけれど。
そしてこいつにも……。
「おいおい、信用しろって。……っていっても難しいかもしれねえけど、俺が保証する。そいつはちゃんと動く」
「分かってる。あんたを信用してるわけじゃないけど信用してないわけでもない」
どうしてこいつが突然来たのかとか。
なんで一人で来れたのかとか。
なんで私はこいつについて行ってるんだろうとか。
全部分からなくて、どうでもいい。
「あー、いい天気だなあ」
目の前のエレンが頭の後ろで腕を組んで、暢気に歩いている。
「あんたはホントに気楽でいいね」
そんな風に呆れつつ、心地よく感じている自分がいるのが分かる。
なんとなく情けない。
「あのさ、アニ」
前を向いたままエレンがそういった。
「何」
少しだけ真剣になったこいつの口調に、私は少しだけ身構える。
「俺らってまだガキだろ?もっと正直になっていいと思うぞ。お前はいろいろと無理とか無茶とかしすぎだ」
「死ぬ覚悟してるとか、お父さんとの約束守らないとか、できそうにないの見え見えだぞ」
何が言いたいのだろう。
「あんたがそういう口のきき方してると、妙にイラッとするけど……何が言いたいの」
するとエレンは少しだけ頬を緩めて、
「だって、アニってさ、か弱い乙女なんだろ?」
なんて言うもんだから思わず──
「いってえ!」
──足が出た。
「お前なあ……ここ石畳だぞ」
「今のはあんたが悪いよエレン」
「悪い悪い。バカにしたわけじゃねえんだ」
手を貸そうか頭の片隅でほんの少しだけ悩んでいると、
よっ、なんて言いながらエレンは一人で元気に立ち上がった。
「でもよ、さっきの話は真面目なんだぜ」
また、真剣な口調。
そしてまた、身構えそうになって気付く。
私……身構えそうになっているということは……。
まだ……。
「考えてみりゃ、まだまだ子どもだったお前らがやったことは、お前らにとって荷が重すぎることだったと思う」
「それに、お前が訓練やってるやつらを心底バカを見る目で見てたのもいろいろ納得できる節もある」
「こんな風に説明口調で長話するのとか苦手なんだが、お前と戦ったりしてるうちにいろいろ考えてたんだ」
「言いたいことの半分も言えてねえけどよ……なあ、アニ。俺は信じるよ」
「アニがか弱い女の子だってこと」
何を言い出すかと思えば……。
「言いたいことは……それだけかい」
「ああ、だからさ、どうせならもう全部話しちまえよ。俺ごときじゃイヤってんならいいけど」
エレンはそんなことを言いながら、けど気楽そうだ。
いろいろ考えている私がばかみたい。
「あんたはさ、本当は全部分かってるんじゃないのかい?」
「人類を滅ぼそうとしてる私らのことも、ユミルたちのことも、壁名の中の悪魔たちのことも」
「それと……私の……」
いや、だめだ。これは言えない。
口に出してはいけない。
私は腐っても戦士だ。
一度敗北し、今も情けをかけてもらっているも同然だ。
……情け?
誰に?
敵に?
──エレンは……敵?
「ん、なんだ?悪い、最後の方聞こえなかったんだが」
「そういえば……」
「あんたの目的をまだ聞いてなかったね、エレン」
「この辺りに人がいないことも含めて説明してもらおうか」
エレンが歩を止めた。
一陣の風。
本当に人の気配がしない。壁にも近づいてきている。
エレンの表情からは……何も読み取ることができない。
「ライナーたちから話を聞いた」
「なんでお前たちがあんなことをしたのか。多くの人たちが死ななければいけない元凶となったのか」
まだ、その顔には何の感情も浮かばない。
分からない。
以前のあいつならもっと憎しみを込めるはず。もっと、もっと。
私はそれで苦しくなるけど……でも少しだけ楽になることができる。いや、できたんだ。
「理解できたわけじゃない。許したわけでもない。……許すことは、多分できない」
「けど今は、俺はお前たちと一緒に行かなければならない」
「エルヴィン隊長もリヴァイ兵長も、俺に判断を任せてくれた」
「アルミンも他のみんなも……。あと、あのミカサも」
「まあ、あいつは納得いってねえ顔してたけど、あいつだって成長してんだな」
「俺のことちょっとだけ認めてくれたよ」
そういってミカサのことを話すエレンの顔は、やっぱり優しい。
うらやましくないと言ったらウソになる。
「一応、俺がいろいろ失敗するってこともかねて、この辺りの人たちは避難させてある」
「ほら、アニが暴れたりしたらどうしようもねえだろ?お前強くて俺勝てねえし」
巨人の力のことを言っているのは分かる。
「言っただろう。私はもう抵抗するつもりはないよ」
「そんなこと言うな。諦めて死ぬとかいうな」
少しだけ驚いた。
その眼差しはとても真剣なものだったから。
「なんだいその目は……。私の命なんだからあんたにとやかく言われる筋合いはないはずだけど」
「……………」
「あんたに、何が分かるっていうのさ」
ああ。
ダメだ。
気持ちが、込み上げてくる。
「あんたに、この私の気持ちが、分かるのかい?」
「なあ、アニ「うるさい……!」
「分かるわけない……!だから、分かったような口きかないで」
気づけば、エレンを押し倒していた。
エレンの肩を強く握る。下手をしたら首まで絞めてしまいそうなほどに。
つづく。
続き。
「アニ」
「なに」
「じゃあ、なんでそんなに泣きそうなんだよ」
「なんでそんなに怯えてんだよ」
エレンの手が伸びる。
行先は、私の頬。
優しい、優しい手のひら。
「怖かった!なんで私が!?」
「人がたくさん死んだ!私のせいで!今でも感触は残ってる!」
「最後はもう人を殺してるのに何も感じなかった!死んで当たり前だと思った!」
「最後には正体がばれて!みんなから軽蔑の目で見られて!もう何もかもどうでもよくなった!」
「父さんの言葉を思い出して水晶に逃げた!けどそれもただの死にぞこないで!」
「それが当然の報いだと思った!」
「人をたくさん殺したから!あんな簡単に、虫を殺すみたいに!」
「もう人を殺してる理由も覚えてない!何のために私は人を殺してるのか分からない!」
「もういやだ!我慢するのももう疲れた!」
「ねえ!どうすればいいの?」
「教えてよエレン!ねえ!私を殺してよエレン!」
「……アニ」
捲し立てるようにそう言うと、エレンは一言だけ私の名前を呟いた。
それから、気づけば私はエレンの腕の中にいた。
「笑うなよ?……昔、母さんにこうしてもらったらすごく落ち着いたんだ」
「相手が俺ですまねえけど、我慢してくれ」
ベタだけど、こいつの腕の中は暖かかった。
染み渡るような暖かさ。
私の感情の高ぶりが収まるわけではないけれど、それは不思議な感情だった。
「はあ~……。お前さあ、よく頑張った方だと思うよ。いや、頑張り方が正しいかどうかは置いといて」
「けどよ、そんなに辛かったんなら言えよな。いや、言えるわけねえんだけどさ」
背中をさする手が優しい。
こいつこんなに器用な真似できたのか。
格闘訓練では手加減すらできないようなやつだったのに。
「先に、はっきり言っとくぞ。そっちの方がお前も楽だろうからな」
顔は見えないけれど、真剣な様子は伝わってくる。
なんとなくだけれど、エレンが今から言おうとしていることが分かっている気がした。
「俺はお前らを許さねえ。特に、目の前でお前に仲間を殺された時のあの気持ちは忘れねえ」
再び心臓がはねる。
恐怖と、高揚だ。
「けど、戦って負けたら死ぬのは当たり前だ。今はそう思うことにした」
エレン、あんたは……。
「それにさ、俺にとってお前らはやっぱり……」
あんたは、強いね。
やっぱりあんたみたいにはなれないよ。
なのに……。
「やっぱり、大事な仲間でもあるんだよ。あん時のあの生活は嘘じゃねえんだって、信じたいんだよ」
なのになんで、私はあんたみたいになりたいって思うんだろう。
なんであんたはそんな優しい目で私を見てくれるんだろう。
ずっと、私が欲しかったものが目の前にあった。
「私はさ、あんたみたいになれないからって諦めてたんだ」
「でもさ、今、私はあんたみたいになりたいって思ってる」
「心のどこかで言い訳してたんだ。あんたがそれを気づかせてくれた」
エレンは少し笑った。
「俺みたいになりたいとかアニは物好きだな」
「一言多いんだよあんたは」
昔言ったような気がする言葉。
やっぱりこいつは何も変わっていないのかもしれない。
「わ、悪い」
言ってしまってからバツが悪そうに謝る姿。
抱きしめていた腕を緩めて、エレンの顔を見ると案の定その通りの顔をしていた。
……可愛いやつ。
「おし、そろそろ行くか」
完全に腕をほどいて立ち上がるエレン。
こいつの顔には最初から迷いなんて感じられなかった。
再び駆け出すエレンの背中を追いかけながら、今までのことを思い出していた。
超大型巨人が人類に攻撃を始めた日、私は多くの巨人を引き連れてその穴へと向かった。
引き連れるとはいっても、
私を捕食しようと追いかけてくる巨人から逃げているだけだった。
巨大樹の森でもそうだったが、未だにあの恐怖は消えない。
いつ自分が食べられてもおかしくはないのだから。
そして、自分が食べられたとしても誰も気づきはしないだろう。
私はいつだって一人。
ベルトルトやライナーとは同郷ではあるがそこまで深い付き合いではない。
私なんて、死んだってだれにも悲しまれることはない。
そう思っていたんだけど……。
「壁についたな」
気づけばもう目の前には高い壁がそびえ立っていた。
あの時私が上ろうとしたあの壁だと思う。
「上るぞ」
そういってエレンはアンカーを射出した。
久しぶりのこの感覚。
何故か分からないけれど訓練兵時代を思い出した。
「ふう。ストヘス区はとりあえずここまでだな」
「こっから先はウォール・ローゼ内だが、巨人がいることが確認されてる」
「馬はないから巨人化していくぞ」
……は、はぁ?
「あんた、何言ってるんだい」
「ええっと、確か……」
エレンは地図を取り出している。
「ここの巨大樹の森にライナーとベルトルト、ユミルがいる。そこが目的地だ」
「けどよ、恥ずかしいことに俺は建物とかの目印がないと方向が分からない」
「だからアニ、連れてってくれ」
こいつ、本当に照れくさそうな顔をしている。
私が裏切って逃げたらどうするつもりだろう。
……いや、そういうことを考えるのはもうよそう。
相手はエレン。私の常識なんて通用するはずがない。
「アニ?」
「いやだ」
「え?」
「……なんてことはもう言わない」
あの時のようにはもうしない。
「あの時私は、怖くて、それにあんたが信じられなくて」
何も信じられなくて。
「着いていくことができなかった」
でも。
「さっきあんたは俺を信じろと言った」
エレンは黙って聞いている。
「だから私は、それだけの理由であんたを信じてみようと思う」
あんたがそう言った。それで十分。
「じゃあ、行けるか?」
「………」
無言で頷く。
しかし、手が震えている。
額に汗がにじんでいる。
ふとした疑問。
私は、今巨人化できるのか?
目的ははっきりしているのか?
躊躇いは、ないのか?
壁の外側へと目を向ける。
この周辺には巨人はいないようだ。
もし私が失敗してもエレンが受け止めてくれれば特に問題はないだろう。
でも、でも……。
「アニ」
震える手にもう一つの手が重なった。
優しく握られた手を、握り返す。
「大丈夫」
また、あの優しい瞳。
かけられた言葉は、その一言だけだったけど。
さらに強く手を握り返す。
「私は逃げない、なんてことは言わない」
「ああ」
「私は弱いから」
「そんなことねえよ」
「だからさ、逃げたくなったら、エレン」
「あんたの所に逃げてもいいかな」
エレンの目を見るのは少し怖い。
けど、こういった手前、私が逃げるのは卑怯だから。
「いいに決まってるだろ」
──いつだってこいつは怖い顔をしてたけど。
──その姿が様になっていたとは思うけど。
それと同じくらいこいつは笑った顔が似合うと思う。
「ばかやろう」
……!
「いってえ!」
「バカって言ったら蹴るって言ったよね」
「悪かったって。つい言葉に出た」
「はぁ……」
こいつは昔と変わらない。
「あんたはもっと女心を理解するべきだね」
「それ、前にも言われたな」
だんだん笑ってる姿に呆れてきた。
こいつは何がそんなにおかしいのだろう。
それとも悩んでいる私がバカなのか。
「ほら、行くぞ」
「飛び降りるの?」
「そっちの方が楽しそうだろ」
確かに巨人になった私たちからしてみれば、壁の高さは身長の三倍程度だけど……。
「手、繋いだまま?」
「俺はどっちでもいいが」
手、どうしようか。
でもまあ……──
「このまま行こうよ。腕吹っ飛んじゃうけど」
「間違いないな」
はは、と笑って壁下を見渡す。
「よし!」
その合図で手を繋いだまま飛び出す。
落下しながらエレンの顔を見る。
それに気付いたエレンが私を見る。
自然と、指が絡んだ。
強く強く握ってやる。
すごい風の音で声は聞こえないけど、
エレンがせーの、と言っているのが分かる。
……………。
これから先何があるか分からないけど、
こいつに頼り切ってやろう。
いやなことがあったらこいつに八つ当たりしてやろう。
こいつがイライラしてたら話を聞いてやろう。
精々死なないように、そしてこいつを死なせないように頑張ろう。
満足するまで生きてやる。
そんなことを考えながら、私は手のひらに歯を立てた。
おわり。
読んでくれた方々ありがとうございました。
ここで終わりか�・
もう少し続きが欲しいが乙
>>62
ちょっと蛇足ですが、おまけです。
──ある宿にて──
この辺りには巨人の気配も人の気配もないということで、余裕をもっていったん休憩することになった。
まだ昼間だけど、エレンが言うには、
「夜でも巨人が動けてたらしいから早めに休むに越したことはねえだろ」
とのことだ。
今あいつは、屋根の上で見張りをしている。
かなり遠くまで見渡せるのであまり心配はしていないが、万が一のこともあるので私は気を抜いていない。
もっとも、エレンにはしっかり休むように言われたけれど。
……そうだ。
ひらめいた。
「エレン」
窓を開けて屋根の上のエレンに声を掛けた。
「なんだ、アニ。休んどけって言っただろ」
屋根の上からエレンの声が返ってくる。
「提案があるんだけど」
「はあ?提案?」
「あんたが私を肩に乗っけて移動すればいいのさ」
我ながらバカな提案だし、ただのじゃれあいのつもりだ。
「お前なあ、バ……じゃなくて、アホか」
バカもアホも一緒だろう。
「巨人の皮膚は高温なことくらい知ってるだろ」
「だいいち、途中で巨人に出くわしたらどうするんだよ」
「その時は私も変身すればいいさ」
「なんだい、ここまで来るので疲れたなんて言うんじゃないだろうね」
「つ、疲れてねえけど……」
そんなに心配そうな顔をしないで。
半分冗談なのだからそんなに真剣に聞かなくてもいいのに。
……本当に可愛いやつ。
「わ、分かった!」
「ただし、落ちたら危ないから走らねえし、なんかあったらお前もすぐに変身しろよ!」
「へえ」
やるじゃん、なんて。
結果から言えば、乗り心地はまあまあ。
エレンが気を利かせて歩いているからそんなに揺れないし、
身体だって皮膚があればそこまで熱くない。
アンカーを刺しているからそう落ちることもないし安全だ。
こいつの顔が怖いのはちょっと嫌だけど、
私も人のことは言えない。
何より地上15メートルの高さで、
こいつの肩に乗って風に揺られるのも悪くない。
今だけだ。
こんな安寧が許されるのは。
それが分かっているからこそ、今を生きようと思う。
そして、生き延びてまた、こんな風に……。
「……き、だ」
思わずつぶやいてしまったこの言葉。
……聞こえただろうか?
「アァ?」
どうやらあまり聞こえなかったらしい。
少し頬が緩むのを我慢して、こう言ってやった。
「その顔でこっちを見るな」
おまけおわり。
ありがとうございました。
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