【ミリマスSS】伊織「雨の日の思い出」 (26)
ミリオンライブのSSです。
前作 グリP「伊織と千鶴」 を読んでからのほうが楽しめるかもしれません。
ですが直接的なつながりはないので、この話だけでも読めると思います。
簡単に説明しますと伊織は千鶴と仲良くしたくて、千鶴は伊織のことがちょっと苦手、という関係です。
拙い文章ですが、よろしくお願いします。
SSWiki : http://ss.vip2ch.com/jmp/1401448945
「……なによ。朝はあんなに晴れてたのに、まさか雨が降ってくるなんてね……」
レッスンスタジオを出て事務所へと戻ろうとした矢先のことだった。5月も終盤、そろそろ梅雨入りなのかしら。
それにしても、これじゃあ動けないわね。しばらくすれば止むだろうし、ちょっと休憩しましょ。
鞄からスポーツドリンクを取り出し、一口飲む。ダンスレッスンで火照った体にひんやりと染み渡る。
涼しい風が心地いい。最近は晴れ続きで辛かった。春から夏に変わろうとしているこの微妙な暑さには、正直うんざりしていた。
壁に寄りかかり、地面に生まれはじめた水たまりを眺めながら、ぼんやりと今日のレッスンを思い返す。
ダンスは体力勝負だ。私も以前よりマシになったとはいえ、まだまだ完璧に踊りきる余裕はない。
後半の方は踊ることで精一杯だ。これで歌も歌わなければいけないのだから、アイドルは大変だ。
だからって、やめるつもりはないけど。
そんなことを考えていたら携帯が震えだす。画面にはプロデューサーの文字。
「もしもし……どこにいるって、レッスンスタジオに決まってるでしょ。……うっさいわね! 傘ぐらい忘れることもあるわよ!」
プロデューサーはすまんすまん、と笑いながら言う。あとで説教ね。
「それで? ……千鶴が? ……そう。……別に嫌なんて言ってないでしょ」
千鶴がこの近くで仕事をしていたらしく、迎えに来てくれるらしい。千鶴は事務所から歩いて行ける現場には、いつも歩きで向かう。
今回はたまたま事務所までの道のりに、私のいるスタジオがあると。あと十分もすればここに到着するみたい。
「はいはい……それじゃ切るわよ。あとで覚悟しておきなさい」
プロデューサーの間抜けな声を無視して通話終了。私が帰るまでしっかり反省することね。
それにしても……そっか。千鶴が来るのか。
この様子だと事務所まで雨が止むことはないだろう。千鶴は傘を持ってるだろうけど、私の分はどうするんだろうか。
そもそもどうして千鶴が迎えに来るんだろう。プロデューサーは忙しいと言っていたけど、担当を迎えに行くぐらいのことはするべきじゃない?
千鶴が来ることは別に嫌じゃない。むしろ嬉しいぐらい。他の人はどうかわからないけど、私はあいつが嫌いじゃない。
千鶴がセレブキャラを演じる理由はわからないけど、あいつは良いやつで努力家だ。あいつの努力は本物だ。
けどたまに、申し訳なさそうに私たちやファンを見ているときがある。だから私は言いたい。
あんたの中身はその辺の金持ちよりずっと高潔よ、って。
そんなことを、ぼんやり考えていた。
「ごきげんよう、水瀬さん」
いつの間にか、千鶴がそばにいた。
「へっ!? ちょ、ちょっ千鶴!? 何でここにいるのよ!」
慌てて顔を隠す。頬が火照ってまともに千鶴の方を見れない。
「何って、迎えに来ましたのよ。どうかしましたの?」
「な、なんでもないわよ! それで? 私の傘は?」
そうでしたわ、と千鶴はビニール傘を差し出してくる。
「そこのコンビニで買ってきましたの。さぁ帰りましょう!」
千鶴はそれなりに高級っぽい見た目の傘を差している。本当に、見た目だけならセレブに見えないこともない。
「ビニール傘を持ったセレブなんているのかしらね」
「えっ!? えっと、水瀬さん? それはどういう……」
「ただの独り言よ。ありがと千鶴、行きましょう」
ビニール傘を受け取る。安っぽい骨組にビニール特有の臭いと正直使いたくないが、仕方ない。
しばらく無言で歩き続ける。後ろを見ると千鶴がブツブツと呟きながら付いてきている。さっきの言葉気にしてるのかしら……。
「あー……千鶴?」
話しかけると、千鶴はキョトンとした顔で私を見る。いけない。この後何を言うか考えていなかった。
「えっと……雨の中を歩くのも中々良いものね?」
「そ、そうですわね! たまにはこんな日も悪くありませんわ!」
ぎこちなく笑う。とりあえず会話できる空気は戻ってきたみたいだ。
「……千鶴の髪だと雨の日はセットが大変じゃない?」
「ええ。今朝も朝早くから準備しなければいけなくて、正直めんどくさいですわ。あっ!? もちろん大変なのはヘアメイクさんですわよ!?」
「ふふっ、わかってるわよ」
千鶴の髪はかなりボリュームがある。それでも毎日綺麗なのは、日々の努力の賜物だろう。
「まぁ大変ですけれど、のんびり歩くだけなら悪くないですわ。……バ―ゲンや満員電車に乗らなきゃいけない日は最悪ですけれど」
後半にボソッと呟いた言葉もこの静けさなら聞き逃すことはない。まぁ言わないであげよう。
傘に当たる雨の音、濡れた地面を歩く足音。そして千鶴の声。それ以外は車の音が遠くで響いているぐらいだ。
千鶴とは体の大きさも全然違うから歩幅も合わせなければいけない。ちょっと進んでは離れて、慌てて近づきを繰り返してしまう。
まるで私たちの距離感を表しているように、なかなかぴったりと重なることがない。
「……ねぇ、今日はどんな仕事だったの?」
「今日ですか? 撮影とちょっとした取材ですわ。わたくしにとって簡単に終わらせられるものでしたわよ!」
撮影は得意分野だろう。取材も、千鶴は話し上手だしスムーズに進みそうだ。
「水瀬さんはどうでしたの? 確かレッスンでしたわよね?」
「ええ、そうね……。ちょっと上手くいかなかったわ」
今思い出してもへこむ。もっと上手くできたんじゃないか、そんな反省ばかり考えてしまう。
「……水瀬さん! ローマは一日にして成らず、ですわ。今日の練習は必ず明日につながっていきますわよ!」
ドヤ顔で励まされる。思わず笑ってしまうと千鶴も恥ずかしかったのか小さく笑った。
「ローマは一日にして成らず、ね。よくそんな言葉知ってたわね?」
「当然ですわ! なんだかセレブっぽいなぁと……じゃなくって一般常識ですわ!」
しばらくからかう。そうしていると、なんだか元気が出てきたみたいだ。落ち込んでても仕方ないわよね。
「千鶴に励まされなくったってわかってるわよ。こんなところで立ち止まってなんかいられないわ」
「まったく、散々からかっておいてそれですの? まぁいいですわ。落ち込んでいる水瀬さんなんて、水瀬さんらしくありませんからね」
「あら? 言ってくれるじゃない」
「ライバルとは常に最高の状態で戦わなければつまらないですわ!」
「望むところよ。いつでもかかってきなさい!」
二人で見つめ合う。千鶴の妙に自信たっぷりのドヤ顔に堪えきれず笑ってしまった。千鶴も楽しそうに笑う。
お互い冗談を言い合えるぐらいには、距離が縮まったのだろうか。
でも全部冗談ってわけではない。千鶴とは一緒に高め合える気がするのだ。
それこそ、トップアイドルになるまで。ずっとずっと……。
「あら? 雨が止んでますわ」
「本当ね。でも、もう事務所見えてるわよ。もう少し早く止みなさいよね」
「まったくですわ」
だんだんと雲の隙間から光が差し込んでくる。光は水たまりに反射して、道路はキラキラと輝きはじめる。
「それじゃ行くわよ。プロデューサーに説教をしなきゃいけないんだから」
「わたくしもちょっと文句を言いたかったのですわ。ご一緒しますわよ! おーっほっほっほゴホッゴホッ!」
「ふふっ、何してるのよ。行くわよ千鶴」
「ま、待ってくださいですわ!」
振り返ると恥ずかしそうに、でも楽しそうに笑う千鶴がいる。この笑顔が見られるなら、こんな日も悪くない。
キラキラと輝く道を、私たちは歩き始める。
これにて終了です。読んでくださった皆さんありがとうございました。
二階堂千鶴SR記念ということで、雨の日の二人を書いてみました。
ここからはおまけとなります。
「……雨ね」
「……雨ですわね」
二人揃って肩を落とす。やっと今日の仕事が片付いて、事務所に帰ろうってところだったのに……。
「傘持ってる?」
「折り畳み傘ならありますわ。伊織は?」
鞄の中を確かめても、それらしいものは入っていない。
「ダメね。持ってないわ」
「しょうがないですわね。ちょっとコンビニで買ってきますから、伊織はここで待っててください」
千鶴が傘を開く。コンビニに行こうと歩き出す千鶴を見て、ちょっと思いついてしまった。
「……ねぇ、こうすればいいんじゃない?」
千鶴が振り返るより前に、傘の下へと入り込む。うん、ちょっと窮屈だけどいけそうだ。
「ちょっ伊織!? さすがにこの傘を二人で使うには狭すぎません!?」
「大丈夫よ。ちょっと肩が濡れちゃうけど、これぐらい何ともないわ」
千鶴の左側にぴったりと密着する。肩は外に出ちゃうけど、そこまで強い雨じゃないし平気だ。
「ほらほらっ、行きましょう」
「まったく……しょうがないですわね!」
二人で歩き出す。昔は私を置いて行ってしまうことも少なくなかったのに、今では何も言わなくても私の歩幅に合わせてくれる。
たったそれだけのことでも、なんだか私は嬉しくなってしまう。
「なんだか前にもこんなことをした気がするわ」
「前に? そんなことありましたっけ……」
「その時は確かビニール傘を千鶴が買ってきてくれて、それで事務所まで一緒に帰ったのよ」
「あぁ……そんなこともありましたわね。よく覚えてますわね。言われるまですっかり忘れてましたわ」
あんたとの思い出は忘れないわよ、とは言わないでおこう。
「たまたまよ。それにしても、あのころとは随分変わったわね」
「相合い傘なんてしてませんでしたからね」
「そうね。それに、私もこんなに甘えてなかったわよね?」
そう言って腕を組む。最近はこうやってからかうことも増えてきた。千鶴も最初は照れてたが、今では呆れ笑いだけだ。
「まったく……傘が持ちづらいですわ」
それでも千鶴からやめろと言われたことはなかった。だから私も安心して甘えている。
「何よ。こうした方が濡れなくていいでしょ?」
千鶴が私の方に傘を寄せてくれていたことぐらいお見通しだ。
「それならまぁ、しょうがないですわね」
「そうそう、しょうがないのよ」
ちょっと歩きにくい。けど、千鶴の体温を感じられる。雨で少し肌寒い空気の中、確かな温もりがすぐそばにある。
「……いつもありがと」
「何か言いました?」
「なんでもないわよ」
「ふーん、伊織?」
千鶴に呼ばれ、見上げる。千鶴はいつもみたいに、優しく微笑んでいた。
「いつもありがとう、伊織」
私も笑顔で答える。言葉にはできなくても、ありがとうを伝えられただろうか。
それから特に会話もなく、事務所まで歩いた。昔のような少し気まずいものではない。
時には背中を預け、時には肩を寄せ合う。そんな日々を過ごしてきた私たちに言葉は必要ない。
うん。やっぱり、雨の日は悪くない。
これで終わりです。改めて、読んでくれた皆さんありがとうございました。
本編は仲良くなる前の話です。おまけは書いていたら仲良くなった後の二人も書きたくなったので。
この二人が好きすぎてどんどん書きたくなってしまいます。
それでは、本当にありがとうございました。
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