雪歩「解けた氷」 (26)
以前書いた 千早「透明な雪」 というSSの千早視点ですが、こちらだけでも読めるかと
稚拙な文章であること、ご了承ください
指摘や感想など頂けるととても嬉しいです
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千早「……」
私は今、事務所の扉の前です。
最近増えた収録などの仕事。
大抵の仕事はお昼に始まり夕方や夜までかかるのですが、今日の収録は朝からなので、お昼で終わり。
何とはなしに、寄ってみました。
千早「…こんにちは」
ちなみに、「ただいま帰りました」と言わない理由は、事務所からではなく家から直接仕事場に行ったためです。
小鳥「あ、千早ちゃん。こんにちは。お仕事、終わったの?」
千早「はい。自分でも、なかなか良い仕上がりになったかと」
小鳥「まぁ、それは良かったわね。お疲れさま。飲み物、いる?」
千早「お願いします」
小鳥「日本茶とコーヒーがあるけど、どっちがいいかしら」
千早「コーヒーで」
小鳥「ちょっと待っててね」
鼻歌を歌いながら台所へ消える音無さん。
そういえば、音無さんの歌声を聴いたことが一度だけあった。
『眠り姫』の後、社長に連れられて入ったバー。
あの時の歌声は、とても綺麗で…機会があればもう一度聞きたい。
少し周りを見渡す。
事務所に入る前から気づいていたけれど、やはり誰も居ない。
ホワイトボードは…。
千早「…皆、仕事とオフなのね」
泊まりの仕事が何名か、オフが何名か、スタジオで収録中が何名か。
千早「うーん……」
まあ、なんでも、いいですけれど。
確か楽譜があったはずだから、奥で譜読みでもして時間を潰しましょう。
小鳥「コーヒー、ここに置いておくわね。ブラックで良かったのよね?」
千早「はい、大丈夫です」
こと、とマグカップを事務机に置く音無さん。
湯気に誘われて、香ばしい匂いがこちらまで漂ってくる。
小鳥「私は仕事があるんだけど、千早ちゃんはどうするの?」
千早「奥で譜読みをしようかと」
小鳥「それじゃあ、何かあったら呼んでね」
千早「はい」
マグカップを手に奥のソファへ座る。
ところどころ皮が破けて中身が見えてしまっているこのソファ、いつ買い換えるのかしら…。
座り心地も、あまり良くないし。
千早「…………」
がさがさ。
ずずずっ。
かち、こち。
音無さんが書類仕事をする音と、秒針の進む音だけが聞こえます。たまに、私がコーヒーを啜る音。
次第に、秒針も、紙の擦れる音も、私が立てる音すら意識から遠ざかり―――
とん、小さく床を叩く音がした。
かさりと衣擦れの音も聞こえた。
誰かが事務所に来て、ソファのある奥の方に入ってきたのでしょう。
しかし、音無さんに挨拶せずに通る子が居るだろうか。
私の知る限りでは居ません。
つまり、会話に気付かないほど、楽譜に熱中していたということ。
窓の外に意識を向けると、頂まで昇っていた陽が少し傾いています。
そんなに長い時間、ここにいたのね。
少し恥ずかしくなりつつ、目を横に流す。
千早「あら」
ミュールから覗く磁器のような美しい脚。
白と水色の、柔らかな印象を与えるワンピース。
小さな手には恐らく変装用の茶色い帽子。
千早「萩原さん」
雪歩「こんばんは、千早ちゃん」
花のような微笑み。
あぁ、すごく女の子らしいな、と思う。
雪歩「こんな時間なのに、どうしたの?」
千早「別に、何がというわけでもないのだけれど。少し寄ってみたくなって」
こういう時、真なら「雪歩に会いに来たんだ」なんて言っちゃうのかしら。
無自覚でそういうことを言うんだから、美希や雪歩、あと女性ファンに囲まれて大変な目に遭うのよ。
雪歩「えっと…この時間に?」
千早「この時間に」
正確にはもっと前だけれど。
説明を求められると、少し面倒くさいから。
雪歩「音無さん以外、誰もいないとは思わなかったのかな…」
千早「えぇ、すっかり失念していたわ」
雪歩「あ、あはは…」
さすがに苦笑される。
だって、いくら最近仕事が多くなってきたとはいえ、まさか事務所に誰も居ないとは思わなかったんだもの。
このあと萩原さんと少し会話を交わし、珍しく強い口調に押されて駅まで一緒に帰ることになりました。
楽譜を片付け、音無さんに一言告げてから事務所を後にします。
机には大量の書類が積まれていたのですが、音無さんは今日、家に帰れるのでしょうか。
とりあえずここまで
うわ恥ずかしい
>>9の4行目、「美希や雪歩~」となっていますが、「萩原さん」に脳内変換お願いします
のんびり行きます
駅までの道。
別段、何もない並木道が続きます。
街路樹や季節の話に花を咲かせつつ、ふと思い出したことを萩原さんに伝えます。
千早「萩原さんの歌声はとても綺麗だと思うの」
雪歩「はい?」
笑顔で聞き返されると案外怖いものなのね。
本人に自覚はないと思うけれど。
千早「とても透明感のある声で…」
風鈴…とかは、少し違うわね。
千早「ガラス細工というより、それこそ雪みたいな。慎重に扱う以前に、触れただけで消えてしまいそうな」
雪歩「……?」
千早「そうね…。響くのではなく、沁みる」
雪歩「!」
ぴこん、と音を立てて電球が光った気がします。
私の分かり辛い説明を理解してくれたようです。
千早「ゆっくりと時間をかけて、心に溶けていく。そんな感じがするわ」
雪歩「な、なんだか照れちゃいますぅ…」
顔を少し赤らめ、口元に手を遣る萩原さん。
花も恥じらう乙女とは彼女のようなことを言うのね。
雪のような歌声の楽曲例としては…そうね、『夏影』や『アムリタ』とかも良いけれど、やっぱり。
千早「カバーの『恋』、あれは特に素晴らしかったわ…」
雪歩「ほ、本当?」
千早「ええ。自分の事じゃないのに、何故か責められている気がして」
雪歩「えっ」
千早「とても謝り倒したくなったわね」
雪歩「え、えぇぇ……」
困り顔の萩原さん。とても可愛くて、思わず笑みが漏れます。
たまに萩原さんを困らせて楽しんでいる春香を見るけれど、その気持ちがよく分かったわ。
千早「あら」
気付けば駅が目の前。
楽しい時間というのはあっという間なんですね。
名残惜しくなりつつも、萩原さんに向き合います。
千早「今日は楽しかったわ。それじゃ、また」
雪歩「私も、すごく楽しかったですぅ。またね、千早ちゃん」
胸元で小さく手を振る萩原さんに背を向け、駅へ歩き出します。
千早「……」
萩原さんは、まるで雪のようです。
冷たくて鋭い氷とは違って、どこかやわらかくて、暖かみを感じます。
でも。
千早「近づいても、何ともないのに」
儚くて、触れただけで消えてしまいそうで。
千早「……抱きしめるなんて、もってのほかね」
電車に揺られながら、窓の外を見つめる。
仄暗い空。
僅かに光る星が、私に瞬いてみせた。
お粗末様でした
タイトルは「ほどけたこおり」と読んでいただければ嬉しいですが、「とけた」でも何でも構いません
千早と雪歩は二人とも人に対して不器用で、そんな二人だからこその微妙な距離感がたまらなく好きです
ゆきちは増えろ
それでは
あ、>>18の楽曲例はわざとカバーだけを挙げています。悪しからず
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